(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6957329
(24)【登録日】2021年10月8日
(45)【発行日】2021年11月2日
(54)【発明の名称】宇宙機の熱制御用被覆部材
(51)【国際特許分類】
B64B 1/58 20060101AFI20211021BHJP
B32B 15/082 20060101ALI20211021BHJP
【FI】
B64B1/58
B32B15/082 B
【請求項の数】4
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2017-231899(P2017-231899)
(22)【出願日】2017年12月1日
(65)【公開番号】特開2019-98926(P2019-98926A)
(43)【公開日】2019年6月24日
【審査請求日】2020年10月22日
(73)【特許権者】
【識別番号】500302552
【氏名又は名称】株式会社IHIエアロスペース
(74)【代理人】
【識別番号】100090022
【弁理士】
【氏名又は名称】長門 侃二
(72)【発明者】
【氏名】諌山 道雄
【審査官】
立花 啓
(56)【参考文献】
【文献】
特開平4−279329(JP,A)
【文献】
特開2002−249099(JP,A)
【文献】
特開2009−113459(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B64B 1/58
B32B 15/082
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
宇宙機の熱制御に用いられる宇宙機の熱制御用被覆部材であって、
前記宇宙機の機体に貼り付けるための接着層と、フッ素樹脂に金属を蒸着して成り前記フッ素樹脂を宇宙に曝した状態で前記接着層に積層される金属蒸着層を備えた熱制御用被覆部材において、
前記宇宙機の前記機体に設けられた凹部を覆う部分に、前記凹部の周囲を覆う部分に対する該凹部を覆う部分の熱による変形量の差を吸収する変形量吸収手段を設けた宇宙機の熱制御用被覆部材。
【請求項2】
前記変形量吸収手段は、前記接着層及び前記金属蒸着層を積層方向に貫通すると共に互いに独立する複数の切込みである請求項1に記載の宇宙機の熱制御用被覆部材。
【請求項3】
前記複数の切込みは、前記凹部を覆う部分が渦巻き状に捩じれ変形するのを許容するべく形成されている請求項2に記載の宇宙機の熱制御用被覆部材。
【請求項4】
前記変形量吸収手段は、前記凹部を覆う部分に形成された余剰帯である請求項1に記載の宇宙機の熱制御用被覆部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、厳しい熱環境に曝される宇宙機の熱制御に用いられる宇宙機の熱制御用被覆部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、上記したような厳しい熱環境に曝される宇宙機の熱制御用被覆部材には、非特許文献1に記載されているように、通常、赤外線放射率が大きく且つ太陽光吸収率が小さい銀蒸着テフロン(登録商標)テープが採用される。
【0003】
この銀蒸着テフロンテープは、宇宙機の機体における必要箇所に貼り付けるための接着層と、テフロン(フッ素樹脂)に銀を蒸着して成りテフロンを宇宙に曝した状態で接着層に積層される銀蒸着層を備えている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】社団法人 日本航空宇宙学会編 第3版 航空宇宙便覧 C5.8.3
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
宇宙機には、様々な用途のボルトが使用されているが、機体の表面側に位置するボルトは、機体の表面に形成された座繰り穴に収まるようになっており、機体の銀蒸着テフロンテープで覆われる部位にも座繰り穴が設けられている場合がある。
【0006】
宇宙機の機体の銀蒸着テフロンテープで覆った面を深宇宙方向(太陽光等の入熱がほとんどない方向)に向けて極低温に曝した場合において、銀蒸着テフロンテープで覆った面に座繰り穴があると、銀蒸着テフロンテープの座繰り穴上でボルトの頭部と隙間をおいて対向する部分は、深宇宙の温度に近い極低温になり、一方、銀蒸着テフロンテープにおける座繰り穴の周囲に位置して機体に接着されている部分は、機体側から伝わる温度になるので、銀蒸着テフロンテープの座繰り穴上の部分と座繰り穴の周囲の部分とでは、収縮量(変形量)に差が生じる。
【0007】
つまり、座繰り穴の縁では、内側に収縮しようとする銀蒸着テフロンテープの座繰り穴上の部分と、金属である機体に拘束されている部分との境目に大きな引張荷重が発生することとなり、銀蒸着テフロンテープの接着層が座繰り穴の周囲において機体からはく離してしまう。
【0008】
また、このような場合、銀蒸着テフロンテープの銀蒸着層におけるフッ素樹脂であるテフロンと、金属である銀との各熱膨張係数の違いにより、銀蒸着テフロンテープ自体においても、層間境界面にはく離が生じてしまい、このように、機体からはく離した銀蒸着テフロンテープや層間境界面にはく離が生じた銀蒸着テフロンテープは、放熱機能を果たさなくなってしまうので、放熱能力の低下に直結するという問題がある。
【0009】
この際、銀蒸着テフロンテープの座繰り穴上でボルトの頭部と対向する部分を除去することで、上記はく離を回避する手立ても考えられるが、露出する座繰り穴から太陽光入熱が発生して、やはり放熱能力の低下を招いてしまうという問題を有しており、この問題を解決することが従来の課題となっていた。
【0010】
本発明は、上記した従来の課題に着目してなされたもので、宇宙機の機体を覆った状態で極低温に曝された場合において、機体の被覆した面に座繰り穴があったとしても、機体からはく離したり、金属蒸着層の金属とフッ素樹脂との間の境界面にはく離が生じたりするのを防ぐことができ、その結果、放熱能力を維持し続けることが可能である宇宙機の熱制御用被覆部材を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の第1の態様は、宇宙機の熱制御に用いられる宇宙機の熱制御用被覆部材であって、前記宇宙機の機体に貼り付けるための接着層と、フッ素樹脂に金属を蒸着して成り前記フッ素樹脂を宇宙に曝した状態で前記接着層に積層される金属蒸着層を備えた熱制御用被覆部材において、前記宇宙機の前記機体に設けられた凹部を覆う部分に、前記凹部の周囲を覆う部分に対する該凹部を覆う部分の熱による変形量の差を吸収する変形量吸収手段を設けた構成としている。
【0012】
本発明の第2の態様において、前記変形量吸収手段は、前記接着層及び前記金属蒸着層を積層方向に貫通すると共に互いに独立する複数の切込みである構成としている。
【0013】
本発明の第3の態様において、前記複数の切込みは、前記凹部を覆う部分が渦巻き状に捩じれ変形するのを許容するべく形成されている構成としている。
【0014】
本発明の第4の態様において、前記変形量吸収手段は、前記凹部を覆う部分に形成された余剰帯である構成としている。
【0015】
本発明に係る宇宙機の熱制御用被覆部材において、接着層には、アクリル系のものを用いることができ、金属蒸着層の金属には、銀やアルミニウムを用いることができる。
また、本発明に係る宇宙機の熱制御用被覆部材において、金属蒸着層のフッ素樹脂には、テフロンが用いられる。
【0016】
本発明の第1の態様に係る宇宙機の熱制御用被覆部材において、宇宙機の機体を覆った状態で極低温に曝された場合、機体の被覆した面に座繰り穴等の凹部があると、熱制御用被覆部材の凹部内の空間に接する部分は極低温になり、一方、熱制御用被覆部材の凹部の周囲に位置した部分は機体側から伝わる温度になり、両者の間には収縮量(変形量)に差が生じる。
【0017】
このとき、熱制御用被覆部材の機体の凹部を覆う部分における変形量吸収手段が、熱制御用被覆部材の凹部を覆う部分とその周囲を覆う部分との間の上記収縮量の差を吸収するので、両者の境目に引張荷重が生じることが回避され、熱制御用被覆部材の接着層が機体からはく離したり、金属蒸着層の金属とフッ素樹脂との間の境界面にはく離が生じたりすることがなくなって、熱制御用被覆部材の放熱能力が維持されることとなる。
【0018】
また、本発明の第2の態様に係る宇宙機の熱制御用被覆部材において、熱制御用被覆部材の凹部を覆う部分とその周囲を覆う部分との間に収縮量の差が生じると、変形量吸収手段である互いに独立する複数の切込みがあることで、凹部を覆う部分の収縮が許容されて収縮量の差が吸収されるので、両者の境目に引張荷重が生じることが回避されることとなる。
【0019】
さらに、本発明の第3の態様に係る宇宙機の熱制御用被覆部材おいて、熱制御用被覆部材の凹部を覆う部分とその周囲を覆う部分との間に収縮量の差が生じると、複数の切込みによって凹部を覆う部分が渦巻き状に捩じれ変形するので、この変形により収縮量の差が吸収されて両者の境目に引張荷重が生じることが回避されることとなる。
【0020】
さらにまた、本発明の第4の態様に係る宇宙機の熱制御用被覆部材おいて、熱制御用被覆部材の凹部を覆う部分とその周囲を覆う部分との間に収縮量の差が生じると、変形量吸収手段である余剰帯がある分だけ、凹部を覆う部分の収縮が許容されて収縮量の差が吸収されるので、両者の境目に引張荷重が生じることが回避されることとなる。
【発明の効果】
【0021】
本発明の第1の態様に係る宇宙機の熱制御用被覆部材では、宇宙機の機体を覆った状態で極低温に曝された場合において、機体の被覆した面に座繰り穴があったとしても、機体からはく離したり、金属蒸着層の金属とフッ素樹脂との間の境界面にはく離が生じたりするのを防ぐことができ、その結果、放熱能力を維持し続けることが可能であるという非常に優れた効果がもたらされる。
【0022】
また、本発明の第2の態様に係る宇宙機の熱制御用被覆部材では、変形量吸収手段として、凹部を覆う部分に互いに独立する複数の切込みを入れるといった簡単な加工で、機体からはく離したり層間境界面にはく離が生じたりするのを防ぐことができ、本発明の第3の態様に係る宇宙機の熱制御用被覆部材では、凹部を覆う部分が複数の切込みによって渦巻き状に捩じれ変形するので、凹部を覆う部分とその周囲を覆う部分との間の境目に引張荷重が生じるのを防ぐことができる。
【0023】
さらに、本発明の第4の態様に係る宇宙機の熱制御用被覆部材では、凹部を覆う部分が余剰帯の分だけ余裕を持って収縮するので、凹部を覆う部分とその周囲を覆う部分との間の境目に引張荷重が生じるのを防ぐことができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】本発明の一実施例による宇宙機の熱制御用被覆部材の使用状態を熱制御用被覆部材の部分拡大平面図とともに示す斜視説明図である。
【
図2】
図1A−A線位置に基づく拡大断面説明図である。
【
図3】本発明の他の実施例による宇宙機の熱制御用被覆部材を示す拡大断面説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明に係る宇宙機の熱制御用被覆部材を図面に基づいて説明する。
図1及び
図2は、本発明に係る宇宙機の熱制御用被覆部材の一実施例を示しており、この実施例では、宇宙機が国際宇宙ステーションに物資を運ぶ輸送用パレットである場合を示している。
【0026】
図1及び
図2に示すように、この熱制御用被覆部材としての銀蒸着テフロンテープ1(テフロンは商標)は、輸送用パレット(宇宙機)Sの遮蔽壁(機体)SWに貼り付けるためのアクリル系の接着層2と、フッ素樹脂としてのテフロン6に金属としての銀4を蒸着して成りテフロン6を宇宙に曝した状態で接着層2に積層される銀蒸着層5を備えている。
【0027】
輸送用パレットSの遮蔽壁SWには、様々な用途のボルトが配置されており、遮蔽壁SWの表面側に配置されているボルトBは、遮蔽壁SWの表面に形成された座繰り穴(凹部)SHに収まるようになっている。
【0028】
銀蒸着テフロンテープ1における遮蔽壁SWの座繰り穴SHを覆う部分である穴被覆部1aには、接着層2及び銀蒸着層5を積層方向に貫通すると共に互いに独立する3本の切込み8,8,8(変形量吸収手段)が配置されており、
図1の部分拡大平面図に示すように、これら3本の切込み8,8,8は、座繰り穴SHの略中心HC周りに三角形状を成すようにして配置されている。
【0029】
銀蒸着テフロンテープ1の穴被覆部1aに三角形状を成すようにして配置された3本の切込み8,8,8は、銀蒸着テフロンテープ1の穴被覆部1aの収縮量が、その周囲を覆う部分である周囲部1bの収縮量よりも大きい場合に、この穴被覆部1aが渦巻き状に捩じれ変形するのを許容して収縮量の差を吸収するように形成されている。
【0030】
なお、変形量吸収手段としての切込み8の数は3本に限定されるものではない。また、座繰り穴SHの略中心HC周りに三角形状を成すようにして3本の切込み8を配置する構成もこれに限定されることはなく、穴被覆部1aが収縮変形し易い数の切込み8を穴被覆部1aが収縮変形し易い位置に配置すればよい。
【0031】
図1及び
図2における符号10はベントホールであり、このベントホール10は、輸送用パレットSの打ち上げ時における座繰り穴SH内の空気抜きとして機能する。
【0032】
このような構成の銀蒸着テフロンテープ1において、輸送用パレットSの遮蔽壁SWを覆った状態で極低温に曝されると、銀蒸着テフロンテープ1の座繰り穴SHを覆ってボルトBの頭部と隙間をおいて対向する穴被覆部1aは極低温になり、一方、銀蒸着テフロンテープ1の穴被覆部1aの周囲を覆う周囲部1bは遮蔽壁SW側から伝わる温度になるので、両者の間に収縮量(変形量)の差が生じる。
【0033】
このとき、銀蒸着テフロンテープ1の穴被覆部1aに互いに独立する3本の切込み8,8,8があり、これら3本の切込み8が座繰り穴SHの略中心HC周りに三角形状を成すようにして配置されていることで、穴被覆部1aが渦巻き状に捩じれ変形するので、この変形により穴被覆部1aと周囲部1bとの収縮量の差が吸収されて、両者の境目に引張荷重が生じることが回避されることとなる。
【0034】
その結果、銀蒸着テフロンテープ1の接着層2が遮蔽壁SWからはく離したり、銀蒸着層5の銀4とテフロン6との間の境界面にはく離が生じたりすることがなくなって、銀蒸着テフロンテープ1の放熱能力が維持されることとなる。
【0035】
図3は、本発明に係る宇宙機の熱制御用被覆部材の他の実施例を示しており、この実施例においても、宇宙機が、国際宇宙ステーションに物資を運ぶ輸送用パレットである場合を示している。
【0036】
図3に示すように、この実施例の熱制御用被覆部材としての銀蒸着テフロンテープ11が先の実施例の銀蒸着テフロンテープ1と相違するところは、遮蔽壁SWの座繰り穴SHを覆う部分である穴被覆部11aの全体が湾曲状の余剰帯として形成され、この穴被覆部11a(湾曲状の余剰帯)を変形量吸収手段とした点にあり、他の構成は先の実施例と同じである。
【0037】
なお、穴被覆部11aの全体が湾曲状の余剰帯を成している構成に限定されるものではなく、穴被覆部11aの一部を湾曲状の余剰帯としたり、皺状の余剰帯としたりする構成でもよい。
【0038】
この銀蒸着テフロンテープ11において、極低温に曝されて穴被覆部11aとその周囲を覆う部分である周囲部1bとの間に収縮量の差が生じた場合には、変形量吸収手段である穴被覆部11aの全体を湾曲状の余剰帯としてある分だけ、仮想線で示すように、収縮が許容されて収縮量の差が吸収されるので、穴被覆部11aと周囲部1bとの境目に引張荷重が生じることが回避されることとなる。
【0039】
したがって、銀蒸着テフロンテープ11の接着層2が遮蔽壁SWからはく離したり、銀蒸着層5の銀4とテフロン6との間の境界面にはく離が生じたりすることがなくなって、銀蒸着テフロンテープ11の放熱能力が維持されることとなる。
【0040】
上記した実施例では、本発明に係る宇宙機の熱制御用被覆部材を採用する宇宙機が、国際宇宙ステーションに物資を運ぶ輸送用パレットである場合を例に挙げて説明したが、これに限定されるものではなく、本発明に係る宇宙機の熱制御用被覆部材を、例えば、静止衛星や惑星探査衛星の各熱制御に採用してもよい。
【0041】
また、上記した実施例では、銀蒸着テフロンテープ1,11の接着層2がアクリル系のものであり、金属蒸着層の金属を銀4とすると共に、金属蒸着層のフッ素樹脂をテフロン6とした場合を示したが、これに限定されるものではなく、例えば、金属蒸着層をアルミニウム蒸着層としてもよい。
【0042】
さらに、上記した実施例では、宇宙機の機体に設けられた凹部が、遮蔽壁SWの表面に形成された座繰り穴SHである場合を示したが、これに限定されるものではない。
【0043】
本発明に係る宇宙機の熱制御用被覆部材の構成は、上記した実施例の構成に限定されるものではない。
【符号の説明】
【0044】
1,11 銀蒸着テフロンテープ(宇宙機の熱制御用被覆部材)
1a 穴被覆部(凹部を覆う部分)
1b 周囲部(凹部の周囲を覆う部分)
2 接着層
4 銀(金属蒸着層)
5 銀蒸着層(金属蒸着層)
6 テフロン(フッ素樹脂)
8 切込み(変形量吸収手段)
11a 穴被覆部(凹部を覆う部分:余剰帯(変形量吸収手段))
S 輸送用パレット(宇宙機)
SW 遮蔽壁(機体)
SH 座繰り穴(凹部)