(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6959615
(24)【登録日】2021年10月12日
(45)【発行日】2021年11月2日
(54)【発明の名称】クズの根から分離した乳酸菌の取得方法、クズの根から分離した乳酸菌、この乳酸菌を用いたヨーグルトの製造方法及びヨーグルトスターター
(51)【国際特許分類】
C12N 1/20 20060101AFI20211021BHJP
A23C 9/123 20060101ALI20211021BHJP
A23L 33/135 20160101ALN20211021BHJP
【FI】
C12N1/20 A
A23C9/123
!A23L33/135
【請求項の数】6
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2018-4858(P2018-4858)
(22)【出願日】2018年1月16日
(65)【公開番号】特開2019-122296(P2019-122296A)
(43)【公開日】2019年7月25日
【審査請求日】2020年6月17日
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-02601
(73)【特許権者】
【識別番号】398055037
【氏名又は名称】株式会社井上天極堂
(73)【特許権者】
【識別番号】000225142
【氏名又は名称】奈良県
(74)【代理人】
【識別番号】100104569
【弁理士】
【氏名又は名称】大西 正夫
(72)【発明者】
【氏名】藤野 布久代
(72)【発明者】
【氏名】西尾 実紗
(72)【発明者】
【氏名】都築 正男
【審査官】
山本 晋也
(56)【参考文献】
【文献】
韓国登録特許第1064139(KR,B1)
【文献】
特開2006−081536(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/20
A23C 9/123
A23L 33/135
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
クズの根を、抗生物質を添加した乳酸菌用の液体培地にて25〜37℃で24〜48時間集積培養し、得られた培養液をBCP加プレートカウントアガール培地に塗布して培養して、特許微生物寄託センター受託番号:NITE P−02601として寄託されたLactococcus lactis subsp. lactis乳酸菌株を選択することを特徴とする、クズの根から分離した乳酸菌の取得方法。
【請求項2】
前記抗生物質は、シクロヘキシミドであることを特徴とする請求項1記載の特許微生物寄託センター受託番号:NITE P−02601として寄託されたLactococcus lactis subsp. lactis乳酸菌株を選択することを特徴とするクズの根から分離した乳酸菌の取得方法。
【請求項3】
クズの根を、抗生物質を添加した乳酸菌用の液体培地にて25〜37℃で24〜48時間集積培養し、得られた培養液をBCP加プレートカウントアガール培地に塗布して培養することで採取した特許微生物寄託センター受託番号:NITE P−02601として寄託されたLactococcus lactis subsp. lactis乳酸菌株。
【請求項4】
前記抗生物質は、シクロヘキシミドであることを特徴とする請求項3記載の特許微生物寄託センター受託番号:NITE P−02601として寄託されたLactococcus lactis subsp. lactis乳酸菌株。
【請求項5】
クズの根から分離した特許微生物寄託センター受託番号:NITE P−02601として寄託されたLactococcus lactis subsp. lactis乳酸菌株をヨーグルトスターターとして使用することを特徴とするヨーグルトの製造方法。
【請求項6】
クズの根から分離した特許微生物寄託センター受託番号:NITE P−02601として寄託されたLactococcus lactis subsp. lactis乳酸菌株であることを特徴とするヨーグルトスターター。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マメ科クズ属のつる性の多年草であるクズ(葛、学名:Pueraria montana var. lobata)の根から分離した乳酸菌、その取得方法、その乳酸菌をヨーグルトスターターとして使用するヨーグルトの製造方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
クズ(葛)はマメ科のつる性植物で、その根は葛根湯などの漢方薬の原料や吉野葛で知られた葛でんぷんの原料として広く用いられている。また、葛の花は二日酔いの予防なども目的とした漢方薬の原料として、蔓は葛布や工芸品として、葉は家畜の飼料として古来より広く用いられている。このように古くから利用されてきた葛ではあるが、その知名度は決して高いとは言えない。
出願人である株式会社井上天極堂は1870年創業の葛の老舗として長く吉野葛の普及に努めてきたところであり、さらなる葛の利用、知名度の向上を目指して葛根から分離した乳酸菌を利用したヨーグルト及びヨーグルトスターターの開発に取り組むことにした。 また、奈良県は良質な葛粉の生産地としても知られており、かねてよりクズの幅広い利用、知名度の向上に取り組んでいた。
【0003】
ヨーグルトスターターとしては、各種の乳酸菌が知られている(特許文献1参照)。
【0004】
【特許文献1】特許第3364491号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
発明者はより広範囲なクズの利用を模索していたが、従来からの葛根湯や葛でんぷん、葛布等では新たな需要、市場を生み出すことが難しいことが問題意識としてあった。
かかる問題意識を有する発明者は、新たな需要、市場を生み出すことができ、しかもより幅広い需要者にアピールできるものとして、クズの根から分離した乳酸菌をヨーグルトスターターとして使用することに思い至った。クズの根から分離した乳酸菌をヨーグルトスターターとして使用するという発想は見受けられなかったので、需要者に広くアピールできることに思い至った。
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みて創案されたもので、より広範囲なクズの利用方法として、新たな需要、市場を生み出すことができるヨーグルトスターターとして利用可能なクズの根から分離した乳酸菌の取得方法、クズの根から分離した乳酸菌、その乳酸菌を使用したヨーグルトの製造方法、ヨーグルトスターターを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係るクズの根から分離した乳酸菌の取得方法は、クズの根を、抗生物質を添加した乳酸菌用の液体培地にて25〜37℃で24〜48時間集積培養し、得られた培養液をBCP加プレートカウントアガール培地に塗布して培養して、
特許微生物寄託センター受託番号:NITE P−02601として寄託されたLactococcus lactis subsp. lactis乳酸菌株を選択することを特徴とする。
【0008】
本発明に係るクズの根から分離した乳酸菌は、クズの根を、抗生物質を添加した乳酸菌用の液体培地にて25〜37℃で24〜48時間集積培養し、得られた培養液をBCP加プレートカウントアガール培地に塗布して培養することで採取した
特許微生物寄託センター受託番号:NITE P−02601として寄託されたLactococcus lactis subsp. lactis乳酸菌である。
【0009】
本発明に係るヨーグルトの製造方法は、クズの根から分離した
特許微生物寄託センター受託番号:NITE P−02601として寄託されたLactococcus lactis subsp. lactis乳酸菌株をヨーグルトスターターとして使用する。
【0010】
本発明に係るヨーグルトスターターは、クズの根から分離した
特許微生物寄託センター受託番号:NITE P−02601として寄託されたLactococcus lactis subsp. lactis乳酸菌株である。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係るヨーグルトの製造方法で製造されたヨーグルトは、一般的な乳酸菌を用いた製造されたものより酸味が弱いため食べやすく、食感が滑らかであるという特性がある。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明に係るヨーグルトの製造方法に使用されるクズの根から分離した本件乳酸菌の光学顕微鏡写真である。
【
図2】本発明に係るヨーグルトの製造方法に使用されるクズの根から分離した本件乳酸菌をグラム染色した状態での光学顕微鏡写真である。
【
図3】DNA分子量マーカー、クズの根から分離した本件乳酸菌、正暦寺乳酸菌、NRIC1147(NBRC100933)乳酸菌の繰り返し配列をPCRで増幅したものをアガロースゲル電気泳動した写真図であって、レーンMはDNA分子量マーカー、レーン1はクズの根から分離した本件乳酸菌、レーン2は正暦寺乳酸菌、レーン3はNRIC1147(NBRC100933)乳酸菌をそれぞれ示している。
【発明を実施するための形態】
【0013】
クズの根から分離した本件乳酸菌『クズノネ乳酸菌』(
特許微生物寄託センター受託番号:NITE P−02601として寄託されたLactococcus lactis subsp. lactis乳酸菌株)は以下のようにして培養する(なお、本明細書では
特許微生物寄託センター受託番号:NITE P−02601として寄託されたLactococcus lactis subsp. lactis乳酸菌株を『クズノネ乳酸菌』とも称する。
【0014】
API50CHLによって乳酸菌(Lactococcus lactis subsp. lactis)であると推定された本件乳酸菌『クズノネ乳酸菌』株を、細菌の種の推定に用いられる16SrDNAの塩基配列を用いてその同定を行った。
PCRの鋳型の調製は、培養液を蒸留水で100倍希釈したものを用いた。
プライマーは、27F(5’−AGAGTTTGATCCFTGGCTCAG−3’)、1406R(5’−ACGGGCGGTGTGTAC−3’)を用いた。
PCR反応液はKOD+0.4μl、10×KOD buffer 2μl、dNTP Mixture(2.5μM each)2μl 、2.5mM塩化マグネシウム 0.8μl、プライマー 各0.6μl(20μM)、鋳型DNA 2μl を加え、滅菌水で20μlに調製した。
94℃、3分間でDNAを変性した後、94℃で15秒(変性)、45℃で30秒(アニーリング)、68℃で2分(伸長)を35サイクル実施し、68℃で7分、4℃で保持した。
アフィメトリックス・ジャパン株式会社製のExoSAP−ITで精製したPCR産物をシークエンス用試料とし、サーモフッシャーサイエンティフィック株式会社製のBigDye terminator Ver.3で標識してABI3130/3130xl Genetic Analyzerで塩基配列を解析した。
得られた配列は、Blast(Basic Local Alignment Search Tool)により相同性検索を行い、乳酸菌の同定を行った。
その結果、本件乳酸菌『クズノネ乳酸菌』株は、乳酸菌(Lactococcus lactis subsp. lactis)であると同定された。
【0015】
Rep−PCR法による菌株識別
API50CHLによって乳酸菌(Lactococcus lactis subsp. lactis)であると推定された本件乳酸菌『クズノネ乳酸菌』株が、既知の乳酸菌と異なることを調べるためにRep−PCR法による菌株識別を行った。
検体の培養液から菌体を遠心分離で集菌し、アクロモペプチダーゼ処理、水酸化ナトリウム溶液添加後、加熱処理を行い、染色体DNAを調製し、TE緩衝液30μlを加えて溶解した。これを鋳型としてPCRを行った。条件は、94℃で3 分、94℃で30秒、52℃で1分、68℃で2分を30サイクル実施したあと、68℃で5分、4℃で保持した。
PCR反応液は東洋紡株式会社のKOD+を0.5μl 、10×KOD bufferを2.5μl、dNTP Mixture(2. 5μM each) を2μl 、2.5mM塩化マグネシウムを2μl 、プライマーを各5μl(1μM)、に鋳型DNAを1μl加え、滅菌水で25μlに調製した。用いたプライマーはLcREP−A(5’−CTGACAAGTCTGTCAGTAAA−3’) 、LcREP−C(5’−CTGACAA
GTCTGTCAGTAAC−3’) 、LcREP−T (5’−CTGACAAGTCTGTCAGTAAT− 3’) である。
1%アガロースゲル電気泳動で増幅したDNA断片の大きさを確認した。
図3に示すように、本件乳酸菌『クズノネ乳酸菌』は、既知の乳酸菌である正暦寺乳酸菌、NRIC1147(NBRC100933)乳酸菌とも繰り返し配列の大きさが異なるので、未知の乳酸菌であることが確認された。
なお、正暦寺乳酸菌とは、特許第3122660号に係る『酒母の製造方法』で使用された乳酸菌である。
【0016】
この本件乳酸菌『クズノネ乳酸菌』(Lactococcus lactis subsp. lactis)をヨーグルトスターターとして使用したヨーグルトの製造手順について説明する。
まず、この本件乳酸菌『クズノネ乳酸菌』を10mlの乳酸菌用の液体培地に入れて、24〜48時間、27〜37℃で培養し、ヨーグルトスターターとする。
次に、牛乳又は豆乳に乳酸菌液(ヨーグルトスターター)、糖分、スキムミルクや各種果汁を添加してよくかき混ぜて27〜37℃で23〜24時間培養する。なお、ヨーグルトのレシピを表1及び表2に示す。
【0019】
表1及び表2で示した条件ですべてヨーグルトとして凝固した。
これらのヨーグルトの特徴としては以下のものがあげられる。
1)本件乳酸菌『クズノネ乳酸菌』をヨーグルトスターターとして使用したヨーグルトは、市販のものより酸味が弱いため食べやすい。
2)本件乳酸菌『クズノネ乳酸菌』をヨーグルトスターターとして使用したヨーグルトは、食感が滑らかである。
3)本件乳酸菌『クズノネ乳酸菌』をヨーグルトスターターとして使用したヨーグルトは、グルコース0.5〜3%といった低糖で製造可能である。
4)本件乳酸菌『クズノネ乳酸菌』をヨーグルトスターターとして使用したヨーグルトは、スキムミルク(脱脂粉乳)を入れることによりコクが増すことが確認された。
5)本件乳酸菌『クズノネ乳酸菌』をヨーグルトスターターとして使用したヨーグルトは、果糖の代わりに果汁を使用しても製造可能である。
【0020】
本件乳酸菌『クズノネ乳酸菌』が資化する炭素源は以下の通りである。
L−アラビノース、D−リボース、D−キシロース、D−ガラクトース、D−グルコース、D−フクルトース、D−マンノース、D−マンニトール、N−アセチルグルコサミン、アミグダリン、アルブミン、エスクリンクエン酸鉄、サリシン、D−セロビオース、マルトース、乳糖、白糖、トレハロース、でんぷん、ゲンチオビオース
【0021】
上述のようにして製造したヨーグルト(本件乳酸菌『クズノネ乳酸菌』をヨーグルトスターターとして使用したヨーグルト)を男性6名、女性16名により100g/日、2週間連続摂取の後、アンケート調査を行った。
22名の被験者は、花粉症、鼻炎、肌荒れ、鼻血、アレルギー症、体脂肪過多、くしゃみという身体の諸症状を抱えている。なお、表3の該当人数の総計が29名となっているのは、複数の症状を持った被験者が存在するためである。
その結果、以下のような感想を得ることができた。
1)摂取後30分程で鼻のむずむず感がなくなった。
2)摂取後30分ほどで目のかゆみ、鼻水が出る等の症状が一時的に改善された。
3)便がきれいになった。
4)便通がよくなった。便が楽に出るようになった。
5)乾燥気味の肌がしっとりとしてきた。
6)背中に出ていたぶつぶつによる荒れが改善した。
【0023】
上記の表3からは、本件乳酸菌『クズノネ乳酸菌』をヨーグルトスターターとして使用したヨーグルトを摂取した被験者は便秘や肌荒れの改善傾向が高いことが確認できる。その原因は判然とはしないが、本件乳酸菌『クズノネ乳酸菌』をヨーグルトスターターとして使用したヨーグルトを定期的に摂取することで腸内環境が改善されたことが主たる原因と思われる。
なお、表3においてその他に分類されたのは、季節外れでヨーグルトの摂取時にその症状(花粉症や鼻炎)が生じていなかった被験者であり、それにより結果が確認できなかったためである。
【0024】
乳酸菌の一部はバクテリオシンと称される抗菌物質を生産する。バクテリオシンは一般的に狭い抗菌スペクトルを有し、類縁菌に対してのみ抗菌効力を示すのが特徴である。乳酸菌(Lactococcus lactis subsp. lactis)の生産するバクテリオシンは比較的広い抗菌スペクトルを示す、そこでクズの根から分離した本件乳酸菌(Lactococcus lactis subsp. lactis)(
特許微生物寄託センター受託番号:NITE P−02601)が同様の抗菌性を持つことが示せるかを抗菌空間ジェットの抗菌試験方法を用いて試験した。
【0025】
本件乳酸菌『クズノネ乳酸菌』(
特許微生物寄託センター受託番号:NITE P−02601)を試験菌株とし、標準液体培地にて25〜37℃で48時間培養した。
また、グラム陽性細菌である黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)を使用菌株とした。この鶯宿ブドウ球菌は食中毒菌として知られている。
なお、この黄色ブドウ球菌の培養には、標準液体培地を使用した。
【0026】
また、この抗菌試験に使用するペーパーディスクは、アドバンテック東洋株式会社製の「ペーパーディスク抗生物質検定用、厚手8mm」を使用した。このペーパーディスクを121℃で20分で滅菌した。
【0027】
まず、滅菌したペーパーディスクに試験菌体を培地ごと80μl浸み込ませ、室温で2時間乾燥させた。
次に、10
5 〜10
6 CFU/mlに調整した黄色ブドウ球菌とSCDLP寒天培地(Soybean−Casein Digest Agar with Lecithin&Polysorbate)とを十分混釈し凝固させた後、室温で1時間掛けて表面の余分な水分を乾燥させた。
なお、接種した黄色ブドウ球菌の菌数は別に測定しておく。
使用菌体を浸み込ませたペーパーディスクをSCDLP寒天培地の中央に置き、25〜37℃で48時間培養しペーパーディスクの周りのハローの観察及び測定を行う。
なお、同時に試験菌株を滅菌水及び標準液体培地に変えたものを対照試験として実施した。
【0029】
本件乳酸菌『クズノネ乳酸菌』を混入したものにのみハローが観測されたことが表4から判明する。このハローは、本件乳酸菌『クズノネ乳酸菌』から生産された34アミノ酸残基の多環式抗菌ペプチドであるナイシンによって生じたものと推測される。
なお、ナイシンは、黄色ブドウ球菌等のグラム陽性細菌に対して幅広い抗菌スペクトルと強力な抗菌性を有し、熱や低pHでも高い安定性を有するという特性を持っている。
【0030】
すなわち、本件乳酸菌『クズノネ乳酸菌』はナイシンの生成能を有するものであり、本件乳酸菌『クズノネ乳酸菌』を使用して製造されたヨーグルトにもナイシンが含まれると推測される。このナイシンを含むヨーグルトを摂取することで表3に示すような花粉症等の症状の改善がもたらされたと考えられる。また、乳酸菌が生産する菌体成分による免疫細胞のバランスの正常化、炎症性サイトカインの抑制、腸管バリア機能の強化も症状の改善に資しているものと考えられる。
【0031】
特許微生物寄託センター受託番号:NITE P−02601