(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
前記のような軸受密封装置において、外輪もしくは内輪の回転時にリップに塗布されたグリースが漏れ出ない構造とすることが求められる。特に軸受密封装置のリップのうち最も外径側に設けられるリップからのグリース漏れが問題となるため、対応策として、グリースの塗布量を少なくしたり、リップの接触面積を大きくすることが考えられる。しかしながら、この場合はシール寿命が短くなったり、トルクが増大する等の影響がある。
【0003】
下記特許文献1には、軸受密封装置の最も外径側に設けられるリップの先端縁と他方の部材の摺接部の内部空間側の角度が13〜45度の軸受密封装置が開示されている。
下記特許文献2には、転がり軸受の外輪軌道と内輪軌道との間に複数の転動体を保持器で転動自在に保持し、グリース組成物を充填したものが開示されており、グリース組成物の40℃における動粘度が15〜80mm
2/sで降伏応力が1.2〜5kPaとしたことが記載されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献1に記載のようにリップの摺接面への接触角度が小さい場合は、リップの接触面積が大きくなり、トルクが増大してしまう一方、前記接触角度が大きい場合は、シール性を確保することが難しいため、これらを満たした接触角度の設計は難しい。よって、上記特許文献1に記載のものは、接触角度を上記範囲としながら、接触面積が大きくならないようにリップの先端形状を特定の形状とする必要があるものであった。
【0006】
一方、リップからのグリース漏れを防止する観点から、グリースの粘度等に着目する場合、グリースの選択は難しく、上記特許文献2に記載のような転動体部分に封入されるグリースをリップに塗布するグリースにそのまま転用するのは難しく、リップの接触角度に応じたグリースの選択が求められる。
【0007】
本発明は、前記実情に鑑みなされたもので、最も外径側に設けられたリップからのグリース漏れを防止する軸受密封装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る軸受密封装置は、相対的に同軸回転する内側部材及び外側部材で構成される軸受空間を密封する軸受密封装置であって、 前記内側部材及び前記外側部材のうち一方の部材に嵌合される円筒部を有した芯金と、前記芯金に固着され
金属材からなる他方の部材に接触する2以上の
ゴム材からなるリップを有したシールリップ部材とを備え、前記リップのうち最も外径側の最外径リップは、先端に向かって徐々に径大化
とともに屈曲点を有しない形状とされ、前記他方の部材に接触する端部と前記最外径リップが接触する前記他方の部材の被接触面とがなす締め代が加わった状態での接触角度が40〜90°であり、前記最外径リップの前記端部に塗布されたグリースの降伏応力が450Pa以上とされ、前記最外径リップの端部に塗布されるグリースの量が、前記最外径リップと、前記最外径リップに隣接して配されたリップとの間に形成される空間の30%以下であることを特徴とする。
【0009】
本発明の軸受密封装置によれば、最外径リップの端部と被接触面とがなす前記接触角度を上記構成とすることで、最外径リップ及び被接触面におけるグリースの付着面積を小さくすることができる。よって、最外径リップ、被接触面の何れが回転する場合においても、グリースにかかる回転による遠心力を抑えることができ、また、使用するグリースを上記構成とすることで、グリースの移動を抑制することができるので、最外径リップの端部に塗布されたグリースの外部への漏れを効果的に防止できる。
【0010】
本発明の軸受密封装置において、グリースの降伏応力が500Pa以上であってもよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明の軸受密封装置によれば、最も外径側に設けられたリップからのグリース漏れを防止することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態について、図面に基づいて説明する。
本実施形態に係る軸受密封装置10は、
図1、
図2に示すように、相対的に同軸回転する内側部材(他方の部材)としての内輪5及び外側部材(一方の部材)としての外輪2で構成される軸受装置1に装着される。軸受密封装置10は、外輪2に嵌合される円筒部600を有した芯金60と、芯金60に固着され内輪5側(本実施形態ではスリンガ50)に接触する2以上のリップ611,612,613を有したシールリップ部材61とを備えている。リップ611,612,613のうち最も外径側の最外径リップ611は、先端に向かって徐々に径大化する形状とされ、最外径リップ611の端部611aと最外径リップ611が接触する被接触面501aとがなす締め代が加わった状態での接触角度αが、40〜90°であり、最外径リップ611の端部611aに塗布されたグリースGの降伏応力が450Pa以上とされている。以下、詳しく説明する。
【0014】
図1は、自動車の車輪(不図示)を軸回転可能に支持する軸受装置1を示す。この軸受装置1は、大略的に、外輪2と、ハブ輪3と、ハブ輪3の車体側に嵌合一体とされる内輪部材4と、外輪2とハブ輪3及び内輪部材4との間に介装される2列の転動体(ボール)6…とを含んで構成される。この例では、ハブ輪3及び内輪部材4が内側部材としての内輪5を構成する。外輪2は、自動車の車体(不図示)に固定される。また、ハブ輪3にはドライブシャフト7が同軸的にスプライン嵌合され、ドライブシャフト7は等速ジョイント8を介して不図示の駆動源(駆動伝達部)に連結される。ドライブシャフト7はナット9によって、ハブ輪3と一体化され、ハブ輪3のドライブシャフト7からの抜脱が防止されている。内輪5(ハブ輪3及び内輪部材4)は、外輪2に対して、軸L回りに回転可能とされ、外輪2と、内輪5とにより、相対的に同軸回転する2部材が構成され、該2部材間に環状の軸受空間Sが形成される。軸受空間S内には、2列の転動体6…が、リテーナ6aに保持された状態で、外輪2の軌道輪2a、ハブ輪3及び内輪部材4の軌道輪3a,4aを転動可能に介装されている。ハブ輪3は、円筒形状のハブ輪本体30と、ハブ輪本体30より立上基部31を介して径方向外側に延出するよう形成されたハブフランジ32を有し、ハブフランジ32にボルト33及び不図示のナットによって車輪が取付固定される。以下において、軸L方向に沿って車輪に向く側(
図1において左側を向く側)を車輪側、車体に向く側(同右側を向く側)を車体側と言う。
【0015】
軸受空間Sの軸L方向に沿った両端部であって、外輪2と内輪部材4、及び外輪2とハブ輪3との間には、軸受密封装置10,11が装着され、軸受空間Sの軸L方向に沿った両端部が密封される。これら軸受密封装置10,11によって、軸受空間S内への泥水等の侵入を防止するとともに、軸受空間S内に充填される潤滑剤(グリース等)の外部への漏出が防止される。
軸受密封装置10,11のうち、まず
図2では本発明を車体側の軸受密封装置10に適用した例を説明するが、
図3に示すように車輪側の軸受密封装置11にも本発明を適用することができる。
【0016】
図2を参照しながら、第一の実施形態に係る軸受密封装置10を説明する。軸受密封装置10は、外輪2に内嵌される円筒部600を有した芯金60と、芯金60に固着されスリンガ50に接触するリップ611,612,613を有したシールリップ部材61とを備えている。
芯金60は、金属材等からなり板金加工されたリング状で、外輪2の車体側内径面2bに内嵌される円筒部600と、円筒部600の軸受空間S側の端部600aから内径側に延びる内向鍔部601とを有している。スリンガ50は、回転する内側部材、すなわちここでは内輪部材4の一部を構成し、内輪部材4の外径面4bに外嵌されるスリンガ円筒部500と、スリンガ円筒部500の軸受空間Sとは反対側の端部500aから外径側に延びる外向鍔部501とを有している。芯金60及びスリンガ50は、鋼板をプレス加工することにより断面が略L字状に形成され、これらを
図2(a)に示すように互いに対向して組み合わせることでいわゆるパックシールを構成している。
【0017】
シールリップ部材61は、ゴム材からなり、芯金60に加硫成型により固着一体とされる。シールリップ部材61は、シールリップ基部610と、シールリップ基部610から延出された複数のリップ611,612,613とを有している。これらリップ611,612,613の個数や形状は図例に限定されないが、
図2(a)、(b)に示す軸受密封装置10は、リップが3個形成された例を示している。
【0018】
シールリップ部材61、シールリップ基部610及び各リップ611,612,613についてさらに説明する。ここでは最も外径側のリップを最外径リップ611という。図中の2点鎖線は、最外径リップ611が弾性変形する前の状態を示している。また最も内径側、すなわち軸受空間S側に設けられたリップをグリースリップ613という。さらに最外径リップ611とグリースリップ613の間に設けられたリップをラジアルリップ612という。シールリップ基部610は、芯金60における内向鍔部601の軸受空間S側の面601aの一部から内周縁部601bを回り込み、内向鍔部601の軸受空間Sとは反対側の面601cの全面及び円筒部600の内径面600bの全面を覆い、芯金60に固着一体とされている。そしてそのように形成されたシールリップ基部610からスリンガ50の外向鍔部501に向けて最外径リップ611が、スリンガ50のスリンガ円筒部500に向けてラジアルリップ612及びグリースリップ613がそれぞれ延出して形成されている。
【0019】
最外径リップ611は、先端に向かって徐々に径大化する形状とされており、最外径リップ611の端部611aは、スリンガ50の外向鍔部501に接触するように配されている。具体的には、端部611aは外向鍔部501の軸受空間S側(車輪側)の面に接触するように配されており、図中、501aは被接触面を示している。そして最外径リップ611の内径側の端部611aには、グリースGが塗布されており、この最外径リップ611の端部611aと、最外径リップ611が接触する外向鍔部501の被接触面501aとがなす締め代が加わった状態での接触角度αは、40〜90°とされている。
図2(b)に示す例では接触角度αは、約45°であり、このように接触角度αを40°以上で90°に近づけることができればできるほど、端部611aに塗布されたグリースGの被接触面501aに対する付着面積を小さくできる。よって、グリースGにかかる回転による遠心力を抑えることができ、最外径リップ611の端部611aに塗布されたグリースGの外部への漏れを防止できる。
【0020】
この点について、
図2(b)及び
図2(c)を示しながら、さらに説明する。
図2(b)は最外径リップ611の端部611aと被接触面501aとがなす締め代が加わった状態での接触角度αを約45°とした場合、
図2(c)は前記接触角度βを約15°とした場合を示している。
図2(b)と
図2(c)とは、最外径リップ611の端部611aに塗布されたグリースGの塗布量を同量とした場合を示しており、この場合、
図2(b)のように接触角度α(40〜90°)が大きいとおのずとグリースGの被接触面501aへの付着面積dは、
図2(c)の場合と比べて小さくなる。一方、
図2(c)のように接触角度β(0〜40°未満)が小さいとグリースGの被接触面501aへの付着面積d’が、
図2(b)の場合と比べて大きくなる。また
図2(b)のように接触角度α(40〜90°)が大きいとおのずとグリースGの最外径リップ611の端部611aへの付着面積eは、
図2(c)の場合と比べて小さくなる。一方、
図2(c)のように接触角度β(0〜40°未満)が小さいとグリースGの最外径リップ611の端部611aへの付着面積e’は、
図2(b)の場合と比べて大きくなる。
このように最外径リップ611及び被接触面501aにおけるグリースの付着面積(d,e)を小さくすることができるので、本実施形態で示す内輪5が回転の場合はもちろん、外輪2が回転する場合においても、グリースGにかかる回転による遠心力を抑えることができる。
【0021】
ここで最外径リップ611の端部611aに塗布されているグリースGの降伏応力は、450Pa以上とされている。グリースGの降伏応力は、450Pa以上、さらには500Pa以上が望ましく採用され、その上限値は特に限定されないが、例えば1000Paとしてもよい。
グリースGの降伏応力を450Pa以上とすることで、グリースGの移動(流動)を抑制することができる。よってこの観点からも、最外径リップ611の端部611aに塗布されたグリースGの外部への漏れを防止できる。またグリースGの降伏応力を500Pa以上とすれば、一層、グリースGの漏れ防止効果が発揮される。具体的には最外径リップ611に塗布されるグリースGは、グリースGの特性に違いによりスリンガ50の回転で生じる撹拌・流動の挙動に違いが生じるが、グリースGの降伏応力が高いとグリースGの流動範囲を小さくすることができる。それに加えて、上述のように接触角度αを設定すれば、被接触面501aへのグリースGの付着面積を小さくすることができ、グリースG自体が受ける遠心力も小さくなることから、グリースGの漏れを効果的に抑制することができる。
【0022】
以上の構成によれば、グリースGの外部への漏れを抑制できるので、最外径リップ611の端部611aに塗布されるグリースGの量を最外径リップ611とラジアルリップ612との間に形成される空間の30%以下の量としてもよい。一般的には、端部611aに塗布するグリースGの量は、長期使用による外部への漏れをある程度は想定して大目に塗布するが、本実施形態によれば、上述のようにグリースGの塗布量を少なくしても、グリースGの漏れを抑制できるので、シール寿命や回転トルクに影響がでる懸念がない。
【0023】
このとき用いられるグリースGは、エステル系、合成炭化水素系、鉱油系のもの、或いはエステル系と鉱油とを混ぜたもの等が用いられるが、これらに限定するものではない。
またグリースGの基油動粘度(40℃)についても、特に限定されず、70〜200mm
2/secと比較的高い基油動粘度のグリースGを用いてもよい。
【0024】
ラジアルリップ612の形状は、特に限定されないが、先端に向かって徐々に径小化する形状とされるとともに、軸受空間S側とは反対側に向いて形成されている。ラジアルリップ612は、最外径リップ611を通過してしまったダストや泥水等がさらに軸受空間S側に侵入することを防止できるように形成されている。グリースリップ613の形状も特に限定されないが、
図2に示す例は、シールリップ基部610からラジアルリップ612と二股に分かれ、先端に向かって径小化する形状にされるとともに、軸受空間S側に向いて形成されている。グリースリップ613は、軸受空間Sに充填されているグリースが軸受密封装置10内を経て外部へ漏れないように形成されている。ラジアルリップ612及びグリースリップ613のスリンガ円筒部500への接触角
度は、最外径リップ611のように特に限定するものではない。またラジアルリップ612及びグリースリップ613のスリンガ50のスリンガ円筒部500と摺接する面にはグリース(不図示)が塗布されているが、そのグリースは最外径リップ611の端部611aに塗布されているものと同じでもいいし、異なる降伏応力のものであってもよい。
【0025】
図3は、本発明に係る軸受密封装置の第二の実施形態を示す。本実施形態の軸受密封装置11は、車輪側の軸受密封装置を示しており、軸受密封装置11は、外輪2の内径面2cに内嵌される芯金70と、芯金70に固着されハブ輪3に接触する2以上のリップ711,712,713を有したシールリップ部材71とを備えている。上述の第一の実施形態とは、スリンガを備えていない点で異なり、リップ711,712,713が回転する内側部材、具体的にはハブ輪3を構成するハブ輪本体30、立上基部31、ハブフランジ32に直接摺接している点で異なる。
【0026】
芯金70は、
図2の芯金60と同様に金属材等からなり板金加工されたリング状で、外輪2の内径面2cに内嵌される円筒部700と、円筒部700の車輪側の端部700aから内径側に延びる内向鍔部701とを有している。シールリップ部材71は、ゴム材からなり、芯金70に加硫成型により固着一体とされる。シールリップ部材71は、シールリップ基部710と、シールリップ基部710から延出された複数のリップ711,712,713とを備える。リップ711,712,713の個数や形状は図例に限定されないが、
図3に示す軸受密封装置11は、リップが3個形成された例を示している。
【0027】
シールリップ部材71、シールリップ基部710及び各リップ711,712,713についてさらに説明する。ここでも最も外径側のリップを最外径リップ711という。図中の2点鎖線は、最外径リップ711が弾性変形する前の状態を示している。また最も内径側、すなわち軸受空間S側に設けられたリップをグリースリップ713という。さらに最外径リップ711とグリースリップ713の間に設けられたリップをアキシャルリップ712という。シールリップ基部710は、芯金70における内向鍔部701の軸受空間S側の面701aの一部から内周縁部701bを回り込み、内向鍔部701の軸受空間Sとは反対側の面701cの全面を覆い、芯金70に固着一体とされている。そしてそのように形成されたシールリップ基部710から、ハブフランジ32に向けて最外径リップ711とアキシャルリップ712が、ハブ輪本体30に向けてグリースリップ713がそれぞれ延出して形成されている。
【0028】
本実施形態における最外径リップ711も、第一の実施形態の最外径リップ611と同様に先端に向かって徐々に径大化する形状とされている。第一の実施形態に係る最外径リップ611とは、上述したように最外径リップ711の端部711aがスリンガ50ではなく、ハブフランジ32に摺接するように配されている点で異なるが、端部711aと被接触面32aとがなす締め代が加わった状態での接触角度αやそこに塗布されるグリースGの降伏粘度については、第一の実施形態と同じ構成を適用することができる。
よって本実施形態における最外径リップ711の端部711aと、最外径リップ711が接触する被接触面32aとがなす締め代が加わった状態での接触角度αは、40〜90°とされている。
図3(b)に示す例では接触角度αは、約60°であり、このように接触角度αを40°以上とし90°に近づけることができればできるほど、ハブフランジ32の被接触面32aへのグリースGの付着面積を小さくすることができ、端部711aに塗布されるグリースGの降伏応力を450Pa以上とすることで、グリースGの移動(流動)を抑制することができる。
これにより奏する効果は、第一の実施形態と同じく最外径リップ711から外部へのグリースGの漏れを効果的に防止することができる。そしてこのように第二の実施形態においてもグリースGの外部への漏れを効果的に抑制できるので、最外径リップ711の端部711aに塗布されるグリースGの量を最外径リップ711とアキシャルリップ712との間に形成される空間の30%以下の量としてもよい。
【0029】
なお、前記実施形態では、本発明に係る軸受密封装置が、自動車用の軸受装置に適用される例について述べたが、これに限らず、相対的に同軸回転する内側部材及び外側部材を備えるものであれば、他の機械装置にも等しく適用可能であり、外輪2が回転し内輪5が固定される軸受装置であってもよい。また、芯金60,70及びこれに固着されるシールリップ部材61,71、スリンガ50の形状・構成も図例のものに限定されない。最外径リップ611,711の接触角度αが40〜90°であり、端部611a,711aに塗布されるグリースGの降伏応力が450Pa以上であれば、リップ611,612,613,711,712,713の形状や数等も図例のものに限定されない。またスリンガ50に回転検出を行うためのエンコーダが固着されたものであってもよいことは言うまでもない。