特許第6959966号(P6959966)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6959966
(24)【登録日】2021年10月12日
(45)【発行日】2021年11月5日
(54)【発明の名称】成膜装置および成膜方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/34 20060101AFI20211025BHJP
   H01L 21/316 20060101ALI20211025BHJP
【FI】
   C23C14/34 U
   H01L21/316 Y
【請求項の数】2
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2019-164707(P2019-164707)
(22)【出願日】2019年9月10日
(65)【公開番号】特開2021-42421(P2021-42421A)
(43)【公開日】2021年3月18日
【審査請求日】2020年5月8日
(73)【特許権者】
【識別番号】000207551
【氏名又は名称】株式会社SCREENホールディングス
(74)【代理人】
【識別番号】100088672
【弁理士】
【氏名又は名称】吉竹 英俊
(74)【代理人】
【識別番号】100088845
【弁理士】
【氏名又は名称】有田 貴弘
(72)【発明者】
【氏名】大澤 篤史
【審査官】 松本 瞳
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−135004(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2006/0081458(US,A1)
【文献】 米国特許第06130105(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/00 −14/58
C23C 16/00 −16/56
H01L 21/47 −21/475
H01L 21/203
H01L 21/205
H01L 21/31
H01L 21/312−21/32
H01L 21/363
H01L 21/365
H01L 21/469
H01L 21/67 −21/683
H01L 21/768
H01L 21/86
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ターゲットを横切るように前記ターゲットに対して相対的に成膜対象物を搬送させつつ、前記ターゲットに対してスパッタリングを行う連続スパッタリングにより、前記成膜対象物に膜を成膜する成膜方法であって、
前記成膜対象物の搬送速度の逆数と前記成膜対象物に成膜される膜の膜厚との対応関係を事前に計測する計測工程と、
前記対応関係を保存する保存工程と、
前記膜厚の目標値と前記対応関係とに基づいて、前記搬送速度を決定する速度決定工程と、
前記速度決定工程において決定された前記搬送速度で前記成膜対象物を搬送して、連続スパッタリングにより前記成膜対象物に前記膜を成膜する成膜工程と
を備え
前記対応関係は、切片を有する1次関数式を含む、成膜方法。
【請求項2】
連続スパッタリングにより、成膜対象物に成膜処理を行う成膜装置であって、
チャンバーと、
前記チャンバー内に設けられ、ターゲットを含むカソードと、
前記チャンバー内において前記ターゲットを横切るように、前記ターゲットに対して相対的に前記成膜対象物を搬送する搬送部と、
前記チャンバー内に不活性ガスを供給するガス供給部と、
前記カソードに電圧を印加する電圧印加部と、
前記成膜処理を行うためのデータ保存を制御する制御部と、
を備え、
前記制御部は、前記成膜対象物の搬送速度の逆数と、前記成膜対象物に成膜される膜の膜厚との対応関係を保存し、前記膜厚の目標値と前記対応関係に基づいて前記成膜対象物の搬送速度を決定し、
前記対応関係は、切片を有する1次関数式を含む、成膜装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、成膜装置および成膜方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、成膜対象物に成膜処理を行う成膜装置が提案されている(例えば特許文献1)。この成膜装置は反応性スパッタリングにより基板の表面に薄膜を成膜する。この成膜装置は真空チャンバー内において、搬送装置と、一対の円筒状の回転カソードと、磁界発生部と、反応性ガス噴射部と、不活性ガス噴射部とを含む。搬送装置は基板を水平な一方向に搬送する。
【0003】
一対の回転カソードは、基板の搬送経路に対して同じ側、かつ、当該搬送経路の一部と対向する位置に配置される。回転カソードは、その中心軸が搬送経路の幅方向に沿うように配置され、当該中心軸のまわりで回転駆動される。一対の回転カソードは搬送経路に沿って並んで配置される。各回転カソードには筒状のターゲットが取り付けられる。具体的には、ターゲットは回転カソードと同軸で回転カソードの外周を覆うように取り付けられる。磁界発生部は各回転カソードの内部に配置され、各ターゲットの外周面の近傍に磁界を形成する。
【0004】
反応性ガス噴射部は一対の回転カソードの間に配置され、基板に向かって反応性ガスを噴出する。不活性ガス噴射部も一対の回転カソードの間に配置され、基板に向かって不活性ガスを噴出する。一対の回転カソードにはスパッタリング用の電圧が印加される。この電圧の印加によりプラズマが生成されて、当該プラズマがターゲットに作用する。これにより、ターゲットからターゲット粒子が飛び出して反応性ガスと反応し、基板の表面上に堆積する。よって、基板の表面に薄膜を成膜することができる。
【0005】
この成膜装置によれば、基板は、回転カソードと対向する搬送経路の一部を通過している期間において、実質的な成膜処理を受ける。つまり、搬送経路の当該一部の通過中において、薄膜が基板の表面に成膜される。
【0006】
特許文献1では、薄膜の膜厚分布を均一にするために、プラズマの発光量に基づいて回転カソードの回転速度を制御する。具体的には、プラズマの発光量を検出する複数の光検出部が設けられる。これら複数の光検出部は各回転カソードの近傍において、基板の搬送経路の幅方向に並んで設けられる。成膜装置は、各光検出部によって検出された光の発光強度が許容範囲内となるように回転カソードの回転速度を制御している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2016−204705号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1では、薄膜の膜厚分布を低減するために回転カソードの回転速度を制御しているものの、膜厚そのものの値を目標値(例えば設計値)に一致させるための制御については記載されていない。
【0009】
さて、成膜処理中において、ターゲット粒子と反応性ガスとの反応物が順次に基板の表面に堆積して薄膜が形成される。よって、時間の経過とともに薄膜の膜厚は増加する。つまり、基板(成膜対象物)に成膜される薄膜の膜厚は、基板が実質的な成膜処理を受ける処理期間が長いほど厚くなる。この処理期間は、基板が、回転カソードと対向する搬送経路の一部を通過する期間でもある。つまり、基板の搬送速度が低いほど、処理期間が長くなり、基板に厚い薄膜を成膜できる。
【0010】
そこで、所望の膜厚で薄膜を基板に成膜すべく、基板の搬送速度を決定することが考えられる。例えば、ある搬送速度で基板を搬送したときに基板に成膜される薄膜の膜厚を予め測定し、その基板の搬送速度および薄膜の厚みに基づいて薄膜の成膜レート(ダイナミックレート)を算出する。成膜レートが算出されると、所望の膜厚と当該成膜レートとに基づいて、その所望の膜厚を実現するための基板の搬送速度を算出できる。
【0011】
しかしながら、このように算出された基板の搬送速度で成膜装置が基板に薄膜を成膜すると、実際に成膜された薄膜の膜厚は目標値からずれていた。
【0012】
そこで、本願は、より高い膜厚精度で薄膜を成膜できる成膜対象物の搬送速度を得る技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
成膜方法の態様は、ターゲットを横切るように前記ターゲットに対して相対的に成膜対象物を搬送させつつ、前記ターゲットに対してスパッタリングを行う連続スパッタリングにより、前記成膜対象物に膜を成膜する成膜方法であって、前記成膜対象物の搬送速度の逆数と前記成膜対象物に成膜される膜の膜厚との対応関係を事前に計測する計測工程と、前記対応関係を保存する保存工程と、前記膜厚の目標値と前記対応関係とに基づいて、前記搬送速度を決定する速度決定工程と、前記速度決定工程において決定された前記搬送速度で前記成膜対象物を搬送して、連続スパッタリングにより前記成膜対象物に前記膜を成膜する成膜工程とを備え、前記対応関係は、切片を有する1次関数式を含む
【0016】
成膜装置の態様は、連続スパッタリングにより、成膜対象物に成膜処理を行う成膜装置であって、チャンバーと、前記チャンバー内に設けられ、ターゲットを含むカソードと、前記チャンバー内において前記ターゲットを横切るように、前記ターゲットに対して相対的に前記成膜対象物を搬送する搬送部と、前記チャンバー内に不活性ガスを供給するガス供給部と、前記カソードに電圧を印加する電圧印加部と、前記成膜処理を行うためのデータ保存を制御する制御部と、を備え、前記制御部は、前記成膜対象物の搬送速度の逆数と、前記成膜対象物に成膜される膜の膜厚との対応関係を保存し、前記膜厚の目標値と前記対応関係に基づいて前記成膜対象物の搬送速度を決定し、前記対応関係は、切片を有する1次関数式を含む
【発明の効果】
【0017】
成膜方法の態様および成膜装置の態様によれば、膜厚と搬送速度の逆数との対応関係では、膜厚は搬送速度の逆数に対して線形に変化する。その近似直線は切片を有している。この近似直線の決定係数は高いので、この対応関係に基づいて求められた搬送速度で成膜工程を実行することにより、より目標値(例えば設計値)に近い膜厚で成膜対象面に薄膜を成膜することができる。つまり、高い膜厚精度で薄膜を成膜できる。
【0018】
しかも、1次関数式への膜厚の目標値の代入により、簡単に搬送速度を算出できる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】スパッタリング装置の構成の一例を概略的に示す図である。
図2】プラズマ処理部の周辺の一例を概略的に示す図である。
図3】膜厚と搬送速度との関係の一例を示す図である。
図4】成膜レートと搬送速度との関係の一例を示す図である。
図5】膜厚と搬送速度の逆数との関係の一例を示す図である。
図6】事前処理の一例を示すフローチャートである。
図7】スパッタリング装置の動作の一例を示すフローチャートである。
図8】膜厚と搬送速度の逆数との関係の他の一例を示す図である。
図9】スパッタリング装置の構成の一例を概略的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、図面を参照しながら、実施形態について説明する。図面では同様な構成および機能を有する部分に同じ符号が付され、下記説明では重複説明が省略される。なお、以下の実施形態は一例であり、技術的範囲を限定する事例ではない。また、図面においては、理解容易のため、各部の寸法および数が誇張または簡略化して図示されている場合がある。また、各図面には、方向を説明するためにXYZ直交座標軸が適宜に付されている。該座標軸におけるZ方向は鉛直方向を示し、XY平面は水平面である。以下では、X方向の一方側を+X側と呼び、その反対側を−X側と呼ぶことがある。Y軸およびZ軸についても同様であり、+Z側は鉛直上側を示す。
【0022】
位置関係を示す表現(例えば「一方向に」「一方向に沿って」「平行」「直交」「中心」「同心」および「同軸」等)は、特に断らない限り、その位置関係を厳密に表すのみならず、公差もしくは同程度の機能が得られる範囲で相対的に角度または距離に関して変位された状態も表すものとする。等しい状態であることを示す表現(例えば「同一」「等しい」および「均質」等)は、特に断らない限り、定量的に厳密に等しい状態を表すのみならず、公差もしくは同程度の機能が得られる差が存在する状態も表すものとする。形状を示す表現(例えば、「四角形状」および「円筒形状」等)は、特に断らない限り、幾何学的に厳密にその形状を表すのみならず、同程度の効果が得られる範囲で、例えば凹凸や面取り等を有する形状も表すものとする。一の構成要素を「備える」「具える」「具備する」「含む」または「有する」という表現は、他の構成要素の存在を除外する排他的表現ではない。「A、BおよびCの少なくとも一つ」という表現は、Aのみ、Bのみ、Cのみ、A〜Cの二者の任意の組み合わせ、および、A〜Cの全てを含む。
【0023】
<スパッタリング装置1の全体構成>
図1は、スパッタリング装置1の構成の一例を概略的に示す図である。スパッタリング装置1は、連続スパッタリングによって成膜対象物(ここでは、基材91)の成膜対象面に薄膜を成膜する成膜装置である。基材91は例えばガラス基板である。本実施の形態では一例として、スパッタリング装置1は反応性スパッタリングを行う。スパッタリング装置1によって成膜される薄膜の種類は特に限定されないものの、例えば反射防止膜などの光学薄膜を例示できる。例えば、酸化シリコン(SiO)膜および酸化ニオブ(Nb)膜を基材91に適宜に積層することで、反射防止膜(多層膜)を形成できる。ただし、ここでは説明を簡易にすべく、単一の薄膜形成に着目してスパッタリング装置1を説明する。
【0024】
スパッタリング装置1は、チャンバー100と、保持搬送機構10(搬送部)と、プラズマ処理部20と、ガス供給部500と、制御部200とを含む。
【0025】
チャンバー100は、例えば、真空チャンバーであって、直方体形状の外形を有する中空部材である。チャンバー100はその底板の上面が水平姿勢となるように配置されている。なお、X軸およびY軸の各々は、チャンバー100の側壁と平行な軸である。
【0026】
保持搬送機構10はチャンバー100内に設けられており、基材91を保持し、基材91を搬送経路Lに沿って搬送する。ここでは、搬送経路Lの延在方向は水平方向(図1ではX方向)である。
【0027】
ガス供給部500は処理空間V(後述)内にスパッターガスおよび反応性ガスを供給する。スパッターガスとしては、例えばアルゴンガスまたはキセノンガスなどの不活性ガスを採用できる。反応性ガスとしては、基材91に成膜する薄膜の種類に応じたガスを採用できる。より具体的には、反応性ガスは、例えば酸素ガス、窒素ガス、水蒸気、フッ素ガス、アンモニアガスおよび炭素系ガス(例えばメタンガス)の少なくとも一つを含む。基材91の成膜対象面に酸化シリコン膜または酸化ニオブを成膜する場合には、反応性ガスとして例えば酸素ガスを採用できる。
【0028】
プラズマ処理部20は処理空間V内において、搬送経路Lと対向する位置に設けられている。図1の例では、プラズマ処理部20は搬送経路Lよりも−Z側に設けられている。図2は、プラズマ処理部とその周辺の一例を概略的に示す図である。図2に例示するように、プラズマ処理部20はターゲット32を含んでいる。プラズマ処理部20は、後に詳述するように、プラズマを生じさせてターゲット32に対してスパッタリングを行う。スパッタリングによってターゲット32から飛び出したターゲット粒子は反応性ガスと反応しつつ基材91の成膜対象面に堆積して、薄膜を成膜する(成膜処理)。
【0029】
ターゲット32の材料としては、基材91の成膜対象面に成膜する膜の種類に応じた材料を採用できる。当該材料は、例えば、アルミニウム(Al)、シリコン(Si)、ニオブ(Nb)、スズ(Sn)、鉛(Pb)、亜鉛(Zn)、銅(Cu)、ニッケル(Ni)またはインジウム(In)等の材料を含む。例えば、基材91の成膜対象面に酸化シリコン膜を成膜する場合には、ターゲット32の材料としてシリコンが採用され、酸化ニオブ膜を成膜する場合には、ニオブが採用される。
【0030】
保持搬送機構10が基材91を搬送経路Lに沿って−X側から+X側に搬送することにより、平面視において基材91はプラズマ処理部20を横切る。基材91はプラズマ処理部20を横切るときにプラズマ処理部20から実質的な成膜処理を受ける。つまり、基材91がプラズマ処理部20を横切る際に、基材91の成膜対象面に薄膜が成膜される。
【0031】
図1の例では、スパッタリング装置1は仕切部材(以下、「チムニー130」と呼ぶ)をさらに含む。チムニー130はチャンバー100内において、プラズマ処理部20の周囲を取り囲むように配置され、搬送経路L側(図では+Z側)に開口部を有する。この開口部は搬送経路Lの一部とZ方向において対向する。以下では、チムニー130の内部空間、および、チムニー130の開口部と搬送経路Lとの間の空間を、処理空間Vと規定する。
【0032】
図1の例では、スパッタリング装置1は温調部120をさらに含む。温調部120は例えば、搬送経路Lに対してプラズマ処理部20とは反対側(図1では+Z側)に設けられる。温調部120は、チャンバー100内を搬送される基材91を加熱または冷却する。なお、温調部120は必ずしも設けられていなくてもよい。
【0033】
図1の例では、チャンバー100のうち搬送経路Lの−X側の端部には、基材91をチャンバー100内に搬入するためのゲート160が設けられている。他方、チャンバー100のうち搬送経路Lの+X側の端部には、基材91をチャンバー100外に搬出するためのゲート161が設けられている。また、チャンバー100のX方向両端部は、ロードロックチャンバーまたはアンロードロックチャンバーなどの他のチャンバーの開口部が気密を保った形態で接続可能に構成される。各ゲート160,161は、開閉の切替可能に構成される。
【0034】
図1の例では、チャンバー100には、高真空排気系170が接続されている。この高真空排気系170はチャンバー100の内部空間の気体を所定のプロセス圧(例えば0.5Pa)に減圧する。高真空排気系170は、処理空間V内の圧力を所定のプロセス圧に保つように制御部200により制御される。
【0035】
<保持搬送機構>
図1の例では、保持搬送機構10は、一対の搬送ローラ11と、駆動部(図示省略)とを含む。一対の搬送ローラ11はY方向における搬送経路Lの両側にそれぞれ設けられ、Y方向において互いに対向する。なお、図1では、一対の搬送ローラ11のうち図示手前側(−Y側)に位置するローラが描かれている。搬送ローラ11は、搬送経路Lの延在方向に沿って複数対設けられる。駆動部は、搬送ローラ11を同期させて回転駆動する。駆動部は制御部200によって制御される。
【0036】
基材91は、例えば、キャリア90の下面に設けられた図示省略の爪状部材などによってキャリア90の下に着脱可能に保持される。保持搬送機構10は成膜対象面がプラズマ処理部20側(ここでは−Z側)を向くように、基材91を保持する。キャリア90は、板状のトレーなどによって構成されている。なお、キャリア90における基材91の保持態様は、本実施形態の態様の他にも種々の態様を採用しうる。例えば、上下方向に貫通する中空部を有する板状トレーの該中空部に基材91を嵌めこむことによって、基材91の下面を成膜可能な状態で該基材91を保持する態様であっても構わない。
【0037】
基材91が配設されたキャリア90がゲート160を介してチャンバー100内に搬入されると、各搬送ローラ11が同期回転して、キャリア90および基材91を搬送経路Lに沿って搬送する。本実施形態では、各搬送ローラ11はキャリア90および基材91を双方向(±X方向)に搬送可能である。
【0038】
搬送経路Lは、プラズマ処理部20に対向した被成膜箇所P(図2も参照)を含む。具体的には、被成膜箇所Pはチムニー130の開口部と対向する箇所である。このため、保持搬送機構10によって搬送される基材91が被成膜箇所Pを通過する期間中は基材91の成膜対象面への成膜処理が行われ、基材91が被成膜箇所Pを通過しない期間中は基材91の成膜対象面への成膜処理が行われない。
【0039】
<ガス供給部>
ガス供給部500は処理空間V内にスパッターガスおよび反応性ガスを供給する。より具体的には、図1も参照して、ガス供給部500は、反応性ガス供給部510と、スパッターガス供給部520とを含む。反応性ガス供給部510は反応性ガスを処理空間V内に供給する。スパッターガス供給部520はスパッターガスを処理空間V内に供給する。
【0040】
反応性ガス供給部510は、反応性ガスの供給源である反応性ガス供給源511と、配管612とを含む。配管612の一端は反応性ガス供給源511と接続され、他端は複数に分岐し、各分岐端が、処理空間Vと連通するノズル614(図2参照)に接続される。
【0041】
図2の例では、2つのノズル614が搬送経路Lとチムニー130との間の高さ位置に設けられている。2つのノズル614はX方向において、チムニー130の開口部に対して互いに反対側に設けられる。図示の例では、平面視において(つまり、Z方向に沿って見て)、2つのノズル614はチムニー130の開口部とは重ならないように設けられている。ノズル614はY方向に延在するバーノズルであってもよい。2つのノズル614の互いに対向する面には、Y方向に間隔を空けて並ぶ複数の吐出口が形成される。2つのノズル614は各吐出口からチムニー130の開口部側に向かってX方向に沿って反応性ガスを吐出する。吐出された反応性ガスは処理空間V内において広がる。
【0042】
配管612の経路途中には、バルブ613(図1参照)が設けられる。バルブ613は、配管612を流れるガスの流量を自動調整できるバルブであり、例えば、マスフローコントローラ等を含んでいることが好ましい。バルブ613は、処理空間Vに供給される反応性ガスの量を制御部200の制御下で調整する。
【0043】
スパッターガス供給部520は、スパッターガスの供給源であるスパッターガス供給源521と、配管522とを含む。配管522の一端はスパッターガス供給源521と接続され、他端は複数に分岐し、各分岐端が、処理空間Vに設けられたノズル524(図2参照)に接続される。
【0044】
図2の例では、2つのノズル524はチムニー130内において、チムニー130の天井面と回転カソード30(後述)の上端との間の高さ位置に設けられる。2つのノズル524はX方向において、チムニー130の開口部に対して互いに反対側に設けられる。図示の例では、平面視において、ノズル524はチムニー130の開口部とは重ならないように設けられている。ノズル524は、ノズル614と同様に、Y方向に延在するバーノズルであってもよい。2つのノズル524は各吐出口からチムニー130の開口部側に向かってX方向に沿ってスパッターガスを吐出する。吐出されたスパッターガスは処理空間V内において広がる。
【0045】
配管522の経路途中には、バルブ523(図1参照)が設けられる。バルブ523は、配管522を流れるガスの流量を自動調整できるバルブであり、例えば、マスフローコントローラ等を含んでいることが好ましい。バルブ523は、処理空間Vに供給されるスパッターガスの量を制御部200の制御下で調整する。
【0046】
図2の例では、搬送経路Lの上流側のノズル524よりも−Z側には、光ファイバーのプローブ140が設けられる。また、プローブ140に入射するプラズマ発光の分光強度を測定可能な分光器180(図1参照)が設けられている。分光器180は、プラズマ発光分光をモニタするセンサであり、その測定値を制御部200に出力する。制御部200は、分光器180の出力に基づいて、プラズマエミッションモニター(PEM)法によりバルブ523を制御することで、スパッターガスの導入量(流量)を制御する。
【0047】
<プラズマ処理部>
図1および図2を参照して、プラズマ処理部20は、回転カソード30と、回転駆動部19と、スパッター用電源311(電圧印加部)とを含む。なお、図2の例では、プラズマ処理部20に誘導結合アンテナ151が設けられているものの、必ずしも誘導結合アンテナ151が設けられる必要はない。この誘導結合アンテナ151については後に概説する。
【0048】
回転カソード30は、スパッタリングに用いられる電極として機能する。回転カソード30は筒状形状を有しており、その中心軸線Q1の周りで回転可能にチムニー130内に設けられる。回転カソード30は、その中心軸線Q1が搬送経路Lの延在方向(ここではX方向)と交差(例えば直交)するように設けられる。図示の例では、回転カソード30はその中心軸線Q1がY方向に沿うように設けられている。回転駆動部19は制御部200によって制御され、回転カソード30を中心軸線Q1の周りで回転させる。
【0049】
回転カソード30は、ベース部材31と、ターゲット32とを含む。ベース部材31は円筒形状を有しており、その中心軸線Q1がY方向に沿うように設けられる。ベース部材31は導電体である。ターゲット32も円筒形状を有しており、ベース部材31の外周を被覆する。ターゲット32の外周面は処理空間V内で露出している。なお、ターゲット32が導電体である場合には、回転カソード30がベース部材31を含まずに、ターゲット32によって構成されてもよい。
【0050】
図1および図2の例では、プラズマ処理部20は磁石ユニット40をさらに含んでいる。なお、磁石ユニット40は必ずしも設けられなくてもよい。図示の例では、磁石ユニット40は回転カソード30の内部に設けられており、ターゲット32の外周面の近傍に磁界(磁場)を形成する。磁石ユニット40は磁極面40a,40bを有しており、この磁極面40a,40bは、回転カソード30の内周面のうち周方向における一部の領域と対面している。図示の例では、磁石ユニット40は、磁極面40a,40bを搬送経路L側(図の例では+Z側)に向けて設けられているので、磁極面40a,40bは回転カソード30の内周面のうち搬送経路L側の領域と対面する。この磁石ユニット40は、ターゲット32の外周面のうち、当該領域の付近に磁界を形成する。
【0051】
回転カソード30は磁石ユニット40に対して相対的に回転可能に設けられる。回転カソード30が磁石ユニット40に対して回転することにより、磁界はターゲット32の外周面を相対的に周回する。つまり、磁界はターゲット32の全周に作用する。
【0052】
ベース部材31および磁石ユニット40は、併せてマグネトロンカソード(円筒状マグネトロンカソード)とも称される。ベース部材31が設けられない場合には、ターゲット32および磁石ユニット40がマグネトロンカソードを構成することとなる。
【0053】
図2の例では、磁石ユニット40は、ヨーク41(支持板)と、複数の磁石43とを含む。ヨーク41は磁性鋼などの磁性材料により形成される。複数の磁石43は中央磁石43aおよび周辺磁石43bを含み、ヨーク41上に設けられている。
【0054】
ヨーク41は例えば平板状の部材であり、回転カソード30の内周面に対向して回転カソード30の長手方向(Y方向)に延在している。回転カソード30の内周面に対向するヨーク41の主面(表面)上には、中央磁石43aおよび周辺磁石43bが立設されている。中央磁石43aはヨーク41の長手方向に延在し、ヨーク41の長手方向に沿った中心線上に配置されている。周辺磁石43bはヨーク41の表面の外縁部において、中央磁石43aの周囲を囲む環状(無端状)に設けられている。中央磁石43aおよび周辺磁石43bは、例えば、ネオジム磁石などの永久磁石である。
【0055】
中央磁石43aおよび周辺磁石43bの、それぞれのターゲット32側の磁極面40a,40bの極性は、互いに異なっている。例えば、中央磁石43aの磁極面40aの極性はN極であり、周辺磁石43bの磁極面40bの極性はS極である。
【0056】
ヨーク41の他方の主面(裏面)には、固定部材47の一端が接合されている。固定部材47の他端は、中心軸線Q1に沿って延びる支持棒2に接合されている。支持棒2の両端部は回転カソード30よりも外側に延びて、それぞれ所定の支持部材(不図示)を介してチャンバー100の床面に固定される。回転カソード30のY方向の両端部には、それぞれシール軸受が取り付けられる。回転カソード30は一対のシール軸受を介して支持棒2に対して回転可能に連結される。各シール軸受は台座9を介してチャンバー100の床面に固定される。
【0057】
一方のシール軸受に連結された台座9には、モータと、モータの回転を伝達するギア(それぞれ図示省略)とを含む回転駆動部19が設けられている。また、回転カソード30には、回転駆動部19のギアと噛み合うギア(図示省略)が設けられている。回転駆動部19は、モータの回転によって中心軸線Q1を中心に回転カソード30を回転させる。回転カソード30の回転速度は例えば10〜20回転/分に設定され、成膜処理の期間中は上記した回転速度で定速回転される。回転カソード30は例えば図2において時計回りに回転する。
【0058】
回転カソード30の内部空間は一対のシール軸受によって封止される。回転カソード30は、シール軸受および支持棒2を介してその内部空間に冷却水を循環させるなどして、適宜、冷却される。
【0059】
スパッター用電源311は、回転カソード30にスパッター電圧を印加する。スパッター用電源311に接続される電線は処理空間Vに導入されて、回転カソード30のシール軸受内に導かれている。電線の先端には、回転カソード30のベース部材31と電気的に接続するブラシが設けられている。スパッター用電源311は、このブラシを介してベース部材31に、負電圧を含むスパッター電圧を印加する。スパッター電圧は、別の表現として、ターゲット電圧、カソード印加電圧、またはバイアス電圧とも称される。
【0060】
スパッター用電源311は例えばスイッチング電源回路(不図示)を含んでいる。このスイッチング電源回路は例えば定電圧型のスイッチング電源回路であり、スパッター電圧を回転カソード30に出力する。スパッター用電源311はスイッチング電源回路を制御することにより、パルス状のスパッター電圧を出力することができる。スパッター用電源311はこのパルスのデューティを制御することにより、スパッター電圧を制御することができる。デューティとは、パルスの1周期に対するパルス幅の比である。
【0061】
スパッター電圧が回転カソード30に印加されると、回転カソード30の外周面の近傍、特に磁石ユニット40による磁界において、プラズマが生じる。そして、このプラズマ中のイオンなどの高エネルギー体がターゲット32に衝突することにより、ターゲット32からターゲット粒子が飛び出す(いわゆるスパッタリング)。このターゲット粒子は反応性ガスと反応し、その化合物の薄膜が基材91の−Z側の表面(成膜対象面)上に成膜される。
【0062】
回転カソード30が磁石ユニット40に対して相対的に回転することにより、磁界はターゲット32の外周面を相対的に周回するので、ターゲット32の外周面のうち全周に亘ってスパッタリングが行われることとなる。よって、ターゲット32を効率的に活用することができる。
【0063】
<誘導結合アンテナ>
図1および図2の例では、プラズマ処理部20は誘導結合アンテナ151をさらに含んでいる。なお、プラズマ処理部20は誘導結合アンテナ151を含まなくてもよい。
【0064】
図2の例では、一対の誘導結合アンテナ151がチャンバー100の底板に埋設されており、その一方の誘導結合アンテナ151が回転カソード30よりも−X側に設けられ、他方の誘導結合アンテナ151が回転カソード30よりも+X側に設けられている。その各々において、複数の誘導結合アンテナ151がY方向に配列されてもよい。つまり、回転カソード30よりも−X側において、複数の誘導結合アンテナ151がY方向に配列されていてもよく、回転カソード30よりも+X側において、複数の誘導結合アンテナ151がY方向に配列されていてもよい。各誘導結合アンテナ151は、石英(石英硝子)などからなる誘電体の保護部材152によって覆われて、チャンバー100の底板を貫通して設けられる。
【0065】
また、各誘導結合アンテナ151のX方向の両側には、反応性ガス供給源511から供給される反応性ガスを処理空間V内に導入するノズル514がそれぞれ設けられている。ノズル514は配管512(図1参照)を介して反応性ガス供給源511と接続される。配管512の経路途中には、バルブ513が設けられる。バルブ513は、配管512を流れるガスの流量を自動調整できるバルブであり、例えば、マスフローコントローラ等を含んで構成することが好ましい。バルブ513は、処理空間V(具体的には、誘導結合アンテナ151の近傍)に供給される反応性ガスの量を制御部200の制御下で調整する。
【0066】
さらに、各誘導結合アンテナ151のX方向の両側には、スパッターガス供給源521から供給されるスパッターガスを処理空間V内に導入するノズル624(図2参照)がそれぞれ設けられている。ノズル624は配管622を介してスパッターガス供給源521と接続される。配管622の経路途中には、バルブ623が設けられる。バルブ623は、配管622を流れるガスの流量を自動調整できるバルブであり、例えば、マスフローコントローラ等を含んで構成することが好ましい。バルブ623は、処理空間V(具体的には、誘導結合アンテナ151の近傍)に供給されるスパッターガスの量を制御部200の制御下で調整する。
【0067】
各誘導結合アンテナ151は、例えば、金属製のパイプ状導体をU字形に曲げたものであり、「U」の字を上下逆向きにした状態でチャンバー100の底板を貫通して処理空間Vの内部に突設されている。誘導結合アンテナ151は、内部に冷却水を循環させるなどして、適宜、冷却されている。
【0068】
各誘導結合アンテナ151の一端は、整合回路154を介して、高周波電源153に電気的に接続されている。また、各誘導結合アンテナ151の他端は接地されている。この構成において、高周波電源153から誘導結合アンテナ151に高周波電力(例えば、13.56MHzの高周波電力)が供給されると、誘導結合アンテナ151の周囲に高周波誘導磁界が生じ、処理空間Vにスパッターガスと反応性ガスとのそれぞれの誘導結合プラズマ(Inductively Coupled Plasma:ICP)が発生する。上記誘導結合プラズマは、高周波誘導結合プラズマとも称される。
【0069】
上述したとおり、誘導結合アンテナ151はU字形状を有している。このようなU字形状の誘導結合アンテナ151は、巻数が1回未満の誘導結合アンテナに相当し、巻数が1回以上の誘導結合アンテナよりもインダクタンスが低いため、誘導結合アンテナ151の両端に発生する高周波電圧が低減され、生成するプラズマへの静電結合に伴うプラズマ電位の高周波揺動が抑制される。このため、対地電位へのプラズマ電位揺動に伴う過剰な電子損失が低減され、プラズマ電位が特に低く抑えられる。
【0070】
<制御部>
スパッタリング装置1の各構成要素は制御部200と電気的に接続されており、当該各構成要素は制御部200により制御される。制御部200は、具体的には、例えば、各種演算処理を行うCPU(Central Processing Unit)、プログラム等を記憶するROM(Read Only Memory)、演算処理の作業領域となるRAM(Random Access Memory)、プログラムや各種のデータファイルなどを記憶するハードディスク、LAN(Local Area Network)等を介したデータ通信機能を有するデータ通信部等がバスラインなどにより互いに接続された、一般的なFA(Factory Automation)コンピュータにより構成される。また、制御部200は、各種表示を行うディスプレイ、キーボードおよびマウスなどで構成される入力部等と接続されている。スパッタリング装置1においては、制御部200の制御下で、基材91に対して定められた処理が実行される。
【0071】
<スパッタリング装置1の動作>
次にスパッタリング装置1の動作の一例について概説する。まず、スパッタリング装置1のゲート160を介して基材91が搬入される。制御部200は保持搬送機構10を制御して、所定の搬送速度で基材91を搬送する。これにより、基材91は、チムニー130の開口部と向かい合う被成膜箇所Pを、所定の搬送速度で通過する。言い換えれば、基材91は平面視において所定の搬送速度でプラズマ処理部20(回転カソード30)を横切る。基材91の搬送速度は、基材91の成膜対象面に成膜する薄膜の膜厚の目標値(例えば、設計値)に基づいて決定される。この搬送速度の決定方法については後に詳述する。なお、制御部200は保持搬送機構10を制御して、基材91をX方向において所定回数だけ往復移動させてもよい。
【0072】
制御部200はガス供給部500を制御して、スパッターガスおよび反応性ガスを処理空間Vに供給させ、回転駆動部19を制御して、回転カソード30を回転させる。さらに制御部200はスパッター用電源311を制御して、スパッター電圧を回転カソード30に印加させ、高周波電源153を制御して、誘導結合アンテナ151に高周波電力を供給させる。これにより、高密度のスパッターガスのプラズマが生成され、当該プラズマがターゲット32に作用してターゲット32からターゲット粒子が飛び出す。ターゲット粒子は反応性ガスと反応しつつ、チムニー130の開口部から基材91へと移動して、基材91の成膜対象面に堆積する。よって、基材91が被成膜箇所Pの通過中に、基材91の成膜対象面に薄膜が成膜される。
【0073】
なお、保持搬送機構10は成膜処理中において必ずしも基材91を往復移動させる必要はなく、例えば基材91を−X側から+X側に一方向に移動させてもよい。
【0074】
<搬送速度と膜厚>
上述のように、基材91は、被成膜箇所Pを通過する処理期間において、成膜処理を受ける。基材91の搬送速度が低いほど、被成膜箇所Pを通過するのに要する処理期間は長くなり、この処理期間が長いほど、基材91の成膜対象面に成膜される薄膜の膜厚は大きくなる。よって、搬送速度が低いほど、薄膜の膜厚は大きくなる。
【0075】
そこで、本実施の形態では、制御部200は薄膜の膜厚を基材91の搬送速度で制御する。言い換えれば、制御部200は薄膜の膜厚の目標値に基づいて基材91の搬送速度を決定する。以下、具体的に説明する。
【0076】
図3は、基材91の搬送速度と薄膜の膜厚との関係の一例を示す図である。図3では、4つのプロット点P1〜P4が示されている。図3の例では、酸化ニオブ膜を基材91に成膜したときの当該関係を示している。図3に示すように、搬送速度が高いほど、薄膜の膜厚は小さくなる。
【0077】
さて、薄膜の膜厚は処理期間に比例すると考えられるので、薄膜の膜厚は搬送速度に反比例すると考えられる。そこで、4つのプロット点P1〜P4に対して累乗近似を行って近似曲線G1を算出する。累乗近似とは、aおよびbを変数として、Y=a・Xで示される近似式を求める手法である。プロット点P1〜P4に対する近似曲線G1は以下の式で表現される。以下の式において、yは膜厚を示し、xは搬送速度を示す。
【0078】
y=39.275・x−1.012 ・・・(1)
式(1)から理解できるように、xの指数は「−1」からずれている。つまり、厳密に言えば、膜厚は搬送速度に反比例していないことが分かる。
【0079】
この理由を突き止めるために、成膜レートを考察する。ここでいう成膜レートはダイナミックレートである。図4は、搬送速度と成膜レートとの関係の一例を示す図である。図4では、図3の4つのプロット点P1〜P4における成膜レートがそれぞれプロット点P11〜P14として示されている。図4から理解できるように、プロット点P11〜P13における成膜レートは互いに同程度であるのに対して、プロット点P14における成膜レートは他のプロット点P11〜P13に比べて有意に低い。これは、プロット点P1〜P3では、薄膜がほぼ想定通りの膜厚で成膜されているのに対して、プロット点P4では、薄膜が想定よりも薄く成膜されていることを意味する。つまり、搬送速度が非常に高い領域では膜厚が想定値と異なっており、それ故に、薄膜の厚みが搬送速度に反比例しないものと考察される。
【0080】
次に、搬送速度が高い領域で膜厚が想定値と異なる理由について考察する。スパッタリング処理においては、初期的には、ターゲット32から飛び出したターゲット粒子と、反応性ガスとが互いに反応しつつ、その化合物が基材91と結合して基材91の成膜対象面に堆積する。基材91の成膜対象面に薄膜が形成された後は、ターゲット粒子および反応性ガスの化合物はその薄膜に結合して、当該薄膜の上に順次に堆積する。これにより、薄膜の膜厚が時間の経過とともに増加する。
【0081】
以上のように、ターゲット粒子および反応ガスの化合物(以下、膜材料と呼ぶ)は初期的には異種材料の基材91と結合して堆積するのに対して、その後は、同材料の薄膜の上に堆積する。異種材料どうしの結合のしやすさは、同材料どうしの結合のしやすさと相違するので、初期の成膜レートと、その後の成膜レートとが互いに相違すると考察される。
【0082】
搬送速度が非常に高い場合、つまり、処理期間が非常に短い場合には、膜材料が基材91と結合する期間が処理期間の大部分を占める。よって、搬送速度が非常に高い場合の成膜レートは、膜材料と基材91との結合による成膜レートと同程度となる。一方で、搬送速度が比較的に低い場合、つまり、処理期間が比較的に長い場合には、膜材料どうしが結合する期間が処理期間の多くの部分を占める。よって、搬送速度が比較的に低い場合の成膜レートは、膜材料どうしの結合による成膜レートに近い値となる。
【0083】
以上の理由によって、搬送速度が非常に高い領域における成膜レートが、他の領域の成膜レートと有意に相違するものと考察される。
【0084】
ところで、膜材料と基材91との結合のしやすさは、膜材料と基材91の材料との組み合わせに依存する。例えば、当該結合のしやすさは、膜材料と基材91の材料の仕事関数との相違に依存すると考えられる。よって、上述の例では、搬送速度が非常に高い領域で成膜レートが低下しているものの、膜材料および基材91の材料の組み合わせによっては、成膜レートが増加する場合もあり得る。その具体例については後に示す。
【0085】
また、結合のしやすさが相違する理由は次の観点でも説明できる。成膜処理において膜材料は高い運動エネルギーを有して基材91の表面を移動する。そして、基材91の表面において反応可能な箇所があれば、膜材料が当該箇所で基材91と反応して結合する。よって、この反応可能な箇所が多いほど、膜材料は基材91に結合しやすく、反応可能な箇所が小さいほど結合しにくい。反応可能な箇所の多寡は、膜材料と基材91との組み合わせによって決定される。
【0086】
また、膜材料と基材91との結合のしやすさは、基材91の成膜対象面の状態にも依存する。例えば、大気中の不純物(例えば炭素(C)および酸素(O)などの原子およびOH基などの分子を含む)は、基材91の表面において、その基材91の構成原子と結合し得る。このような場合、成膜処理の初期では、プラズマ中のイオンまたはラジカルにより、基材91と不純物の結合が切断されつつ、膜材料が基材91の成膜対象面に堆積すると考えられる。つまり、プラズマのエネルギーが不純物の結合の遮断に用いられるので、その分、膜材料と基材91との結合速度が低下し得る。
【0087】
以上のように、成膜処理中の初期の成膜レートがその後の成膜レートと相違することから、搬送速度が膜厚と反比例しないと考察される。
【0088】
そこで、搬送速度の逆数を導入して、搬送速度と薄膜との関係を考察する。図5は、搬送速度の逆数と膜厚との関係の一例を示す図である。図5では、図4のプロット点P1〜P4に対してそれぞれ搬送速度を逆数にして得られた4つのプロット点P21〜P24が示されている。プロット点P21は、プロット点P4の搬送速度を逆数にして得られるプロット点である。
【0089】
この4つのプロット点P21〜P24に対して線形近似を行って近似直線G2を算出する。線形近似とは、aおよびbを変数として、Y=a・X+bで示される近似線を求める手法である。プロット点P21〜P24に対する近似直線G2は以下の式で表現される。以下の式において、yは膜厚を示し、x’は搬送速度の逆数を示す。
【0090】
y=39.86・x’−34.04 ・・・(2)
式(2)から理解できるように、膜厚は搬送速度の逆数に対して線形に変化するものの、切片が存在している。つまり、もし、成膜レートが搬送速度によらず常に一定であれば、切片は存在せずに膜厚が搬送速度の逆数に比例するのに対して、実際には上述のように成膜レートが相違するので、これに起因して切片が生じるものと考察される。なお、膜厚が負であることはあり得ないので、膜厚が負になる領域では、実際には、薄膜がほとんど成膜されないことを意味する。
【0091】
式(2)における決定係数(R値)は0.9999である。決定係数とは、プロット点が近似線にどの程度当てはまっているかを示す指標である。この式(2)の決定係数は式(1)における決定係数よりも大きい。つまり、式(2)の近似式は式(1)の近似式よりも実際の現象を反映しており、信頼性が高い。これは、式(1)の算出に利用した累乗近似には切片が考慮されていないからと考察される。
【0092】
そこで、本実施の形態では、薄膜の膜厚と搬送速度の逆数との対応関係を実験またはシミュレーションにより予め設定し、その対応関係を記憶部に保存する(事前処理)。記憶部は、例えば制御部200の記憶媒体である。制御部200はその対応関係に基づいて、所望の厚みを実現するための搬送速度を決定する。
【0093】
図6は、事前に行われる事前処理の一例を示すフローチャートである。まず、例えば実験により、基材91の搬送速度の逆数と、基材91の成膜対象面に成膜される薄膜の膜厚との関係を計測する(ステップS1:計測工程)。具体的には、スパッタリング装置1がある搬送速度で成膜処理を行い、次に、この成膜処理によって得られた基材91の薄膜の膜厚を計測する。搬送速度を異ならせながら、成膜処理および計測を繰り返すことにより、複数の搬送速度にそれぞれ対応した複数の薄膜を測定することができる。
【0094】
次に、計測した薄膜と搬送速度の逆数との対応関係を記憶部に保存する(ステップS2:保存工程)。当該記憶部は、例えば制御部200の記憶媒体である。この保存処理は、例えば作業員による不図示のインターフェースに対する入力処理によって行われる。具体的には、作業員はインターフェースを用いて、当該対応関係を示す情報(搬送速度および薄膜)を入力し、制御部200は当該情報に基づいて、対応関係を示す対応関係情報を記憶部に保存する。対応関係情報は、例えば式(2)のような1次関数式を示す情報であってもよく、あるいは、ルックアップテーブルであってもよい。
【0095】
次に、スパッタリング装置1の動作の一例について説明する。図7は、スパッタリング装置1の動作の一例を示すフローチャートである。まず、制御部200は、薄膜の目標値と、記憶部に保存された対応関係情報に基づいて、基材91の搬送速度を決定する(ステップS11:速度決定工程)。薄膜の目標値は、例えば作業員によって入力されてもよい。例えば作業員はユーザインターフェイスを用いて薄膜の目標値を入力し、ユーザインターフェイスは当該入力情報を制御部200に出力する。あるいは、薄膜の目標値はスパッタリング装置1よりも上流側の装置(不図示)から制御部200へと送信されてもよい。
【0096】
なお、薄膜の目標値はレシピ情報に含まれてもよい。レシピ情報とは、基材91に対する処理条件(例えば、薄膜の目標値、不活性ガスの流量、反応性ガスの流量、回転カソードの回転速度およびスパッター電圧など)などを示す情報である。このレシピ情報は例えば作業員によって入力され、あるいは、上流側の装置から制御部200へ送信される。
【0097】
制御部200はこの薄膜の目標値と対応関係情報とに基づいて搬送速度を決定する。対応関係情報がルックアップテーブルである場合には、制御部200は、薄膜の目標値を用いて対応関係情報に対する線形補間処理を行って搬送速度を算出する。一方で、対応関係情報が1次関数式である場合には、制御部200は当該1次関数式に薄膜の目標値を代入して搬送速度を算出する。これによれば、簡易に搬送速度を算出できる。
【0098】
次に、制御部200は成膜処理を行う(ステップS12:成膜工程)。具体的には、保持搬送機構10は、速度決定工程において決定された搬送速度で基材91を搬送し、ガス供給部500は反応性ガスおよび不活性ガスを供給し、回転駆動部19が回転カソード30を回転させ、スパッター用電源311がスパッター電圧を回転カソード30に印加し、高周波電源153が誘導結合アンテナ151に高周波電力を供給する。
【0099】
これにより、基材91が被成膜箇所Pの通過中において、膜材料が基材91の成膜対象面に堆積し、薄膜が成膜される。
【0100】
以上のように、スパッタリング装置1は基材91の成膜対象面に薄膜を成膜することができる。しかも、制御部200は、式(2)に例示される切片を含む近似直線(1次関数式)を実質的に利用して、搬送速度を決定している(ステップS11)。例えば対応関係情報が1次関数式である場合には、制御部200は当該1次関数式を当然に利用して搬送速度を決定している。対応関係情報がルックアップテーブルであっても、その対応関係情報に対する線形補間処理による搬送速度の算出は、実質的に薄膜の目標値の式(2)への代入処理と等価である。
【0101】
上述したように、切片を含む近似直線の決定係数は高く、膜厚と搬送速度との対応関係をより正確に表現している。したがって、スパッタリング装置1はより目標値に近い膜厚で薄膜を成膜することができる。
【0102】
これによれば、膜厚が目標値に近づくように搬送速度を調整する必要性が少ない。例えば成膜レートが搬送速度によらず常に一定であるとの考えの下で、膜厚の目標値から搬送速度を決定すると、実際に成膜された薄膜の膜厚は目標値から比較的に大きくずれる。よって、この搬送速度の値を調整しながら成膜処理を繰り返し、薄膜の膜厚が許容範囲内となるときの搬送速度を特定する必要がある。
【0103】
これに対して、本実施の形態によれば、成膜レートが相違することを発見および着目し、その考察の下で、より実際の現象に即した対応関係を求めている。そして、この対応関係に基づいて搬送速度を決定するので、より適切な搬送速度を速やかに決定することができる。
【0104】
また、上述の一例では、スパッタリング装置1は光学薄膜を成膜している。このような光学薄膜においては、膜厚の許容範囲が狭い。よって、高い膜厚精度で薄膜を成膜できる本スパッタリング装置1は、光学薄膜を成膜する場合に特に有益である。
【0105】
なお、上述の例では、膜厚と搬送速度の逆数との対応関係において、切片は負となっている(図5参照)。これは、上述のように、膜材料が基材91に結合する際の成膜レートが低いからである(図4のプロット点P14も参照)。しかしながら、膜材料が基材91に結合しやすい場合には、切片は正になると考えられる。図8は、膜厚と搬送速度の逆数との対応関係の他の一例を示す図である。図8の例では、酸化シリコン膜を基材91に成膜したときの関係を示している。図8の例では、近似直線の切片は正となっている。
【0106】
<変形例>
以上、スパッタリング装置の実施の形態について説明したが、この実施の形態はその趣旨を逸脱しない限りにおいて上述したもの以外に種々の変更を行うことが可能である。
【0107】
例えば上記した成膜処理は、有機EL(Electro-Luminescence)上のカソード電極の成膜または太陽電池半導体のパッシベーション成膜など種々の成膜処理に適用可能である。
【0108】
例えばスパッター用電源311はスパッター電圧として、交流電圧を回転カソード30に印加してもよい。この場合、スパッター電圧の大きさとして、交流電圧の振幅を採用することができる。言い換えれば、スパッター用電源311は、成膜レートが少なくとも所定の増加領域において酸素濃度に対して正の相関関係を有するときの振幅の交流電圧を、スパッター電圧として回転カソード30に印加する。
【0109】
また、上述の例では、1つの回転カソード30が設けられているものの、複数の回転カソード30が搬送経路Lの延在方向において間隔を空けて配列されていてもよい。図9は、スパッタリング装置1Aの構成の一部の一例を示している。図9の例では、2つの回転カソード30がX方向において間隔を空けて設けられている。2つの回転カソード30はスパッター用電源311に接続されている。スパッター用電源311は、負電圧を含むスパッター電圧を回転カソード30に印加する。例えば、スパッター用電源311が2つの回転カソード30に相互に逆位相の交流スパッター電圧を印加してもよい。また該態様の他にも、スパッター用電源311はスパッター電圧として負電圧を印加してもよく、スパッター電圧として負電圧と正電圧とからなるパルス状の電圧を印加してもよい。スパッター電圧として、パルス電圧または交流電圧を印加する場合には、並設された回転カソード30に交互にスパッター電圧を印加して反応性スパッタリングを行ってもよい。
【0110】
2つ回転カソード30の内部に設けられる磁石ユニット40は、その磁極面が互いに対向するように、設けられている。つまり、一方の磁石ユニット40の磁極面40a,40bがそれぞれ他方の磁石ユニット40の磁極面40a,40bとX方向において対向している。これによれば、2つの回転カソード30の間の空間に磁界を形成することができ、当該空間において高密度なプラズマを形成することができる。
【0111】
図9の例では、誘導結合アンテナ151も設けられている。図9の例では、誘導結合アンテナ151はX方向において2つの回転カソード30の間に設けられている。
【0112】
また、上述の例では、プラズマ処理部20は回転カソード30を含んでいる。しかしながら、必ずしもこれに限らず、プラズマ処理部20は平板状のカソードを含んでいてもよい。
【0113】
以上、実施形態およびその変形例にかかるスパッタリング装置について説明したが、これらは好ましい実施形態の例であって、実施の範囲を限定するものではない。本実施の形態は、その開示の範囲内において、各実施形態の自由な組み合わせ、あるいは各実施形態の任意の構成要素の変形、もしくは各実施形態において任意の構成要素の省略が可能である。
【符号の説明】
【0114】
1,1A スパッタリング装置
30 カソード(回転カソード)
32 ターゲット
10 搬送部(保持搬送機構)
91 成膜対象物(基材)
100 チャンバー
311 電圧印加部(スパッター用電源)
200 制御部
500 ガス供給部
図1
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図7
図8
図9