特許第6960406号(P6960406)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6960406
(24)【登録日】2021年10月13日
(45)【発行日】2021年11月5日
(54)【発明の名称】被覆切削工具及び方法
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20211025BHJP
   B23B 51/00 20060101ALI20211025BHJP
   B23C 5/16 20060101ALI20211025BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20211025BHJP
   C23C 14/24 20060101ALI20211025BHJP
【FI】
   B23B27/14 A
   B23B51/00 J
   B23C5/16
   C23C14/06 K
   C23C14/24 F
【請求項の数】11
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2018-532459(P2018-532459)
(86)(22)【出願日】2016年12月20日
(65)【公表番号】特表2019-505396(P2019-505396A)
(43)【公表日】2019年2月28日
(86)【国際出願番号】EP2016081992
(87)【国際公開番号】WO2017108836
(87)【国際公開日】20170629
【審査請求日】2019年10月23日
(31)【優先権主張番号】15201981.6
(32)【優先日】2015年12月22日
(33)【優先権主張国】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】507226695
【氏名又は名称】サンドビック インテレクチュアル プロパティー アクティエボラーグ
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】ジョンソン, ラース
【審査官】 永田 和彦
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−1007(JP,A)
【文献】 特表2012−528732(JP,A)
【文献】 特開2005−271190(JP,A)
【文献】 国際公開第2009/011650(WO,A1)
【文献】 国際公開第2006/118513(WO,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2011/0058912(US,A1)
【文献】 特表2013−533382(JP,A)
【文献】 特表2015−501371(JP,A)
【文献】 特開2012−1383(JP,A)
【文献】 特開2009−293111(JP,A)
【文献】 特開2006−312235(JP,A)
【文献】 中国特許出願公開第103586520(CN,A)
【文献】 特表2019−501294(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14,51/00,
B23C 5/16,
C23C 14/00−14/56,30/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材及び被覆を備える被覆切削工具であって、被覆が、式Ti1−xSi(式中、0.10<x≦0.30、0≦a≦0.75、0.25≦b≦1、0≦c≦0.2、a+b+c=1)の化合物であるPVD層(A)を含み、PVD層(A)がNaCl構造固溶体であり、PVD層(A)が、≦0.35度(2θ)である、X線回折の立方晶(111)ピークのFWHM値を有する、被覆切削工具。
【請求項2】
式Ti1−xSiにおいて、0.12≦x≦0.25である、請求項1に記載の被覆切削工具。
【請求項3】
PVD層(A)が、≦0.25度(2θ)である、X線回折の立方晶(111)ピークのFWHM値を有する、請求項1又は2に記載の被覆切削工具。
【請求項4】
PVD層(A)が、>−3GPaである残留応力を有する、請求項1からの何れか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項5】
PVD層(A)が、その表面にファセット結晶粒を含む、請求項1からの何れか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項6】
PVD層(A)の厚さが、0.5から20μmである、請求項1からの何れか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項7】
PVD層(A)が、アーク蒸着層である、請求項1からの何れか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項8】
基材上に被覆を製造する方法であって、被覆が、式Ti1−xSi(式中、0.10<x≦0.30、0≦a≦0.75、0.25≦b≦1、0≦c≦0.2、a+b+c=1)の化合物である、カソードアーク蒸着によって蒸着される、PVD層(A)を含み、前記PVD層(A)は、NaCl構造固溶体であり、PVD層(A)が、≦0.35度(2θ)である、X線回折の立方晶(111)ピークのFWHM値を有し、前記PVD層(A)は、12%未満のデューティサイクル及び10kHz未満のパルスバイアス周波数を用いて、−40から−450Vのパルスバイアス電圧を基材に印加することによって蒸着される、方法。
【請求項9】
デューティサイクルが、2ら10%である、請求項に記載の方法。
【請求項10】
パルスバイアス周波数が、0.1から8kHzである、請求項8又は9に記載の方法。
【請求項11】
パルスバイアス電圧が、−50から−350Vである、請求項8から10の何れか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【発明の開示】
【0001】
技術分野
本発明は、(Ti,Si)(C,N,O)層を含む被覆切削工具に関連する。本発明はまた、それを製造する方法にも関連する。
【0002】
背景技術
概論
物理蒸着(PVD)は、例えば、硬質金属の基材に耐摩耗性被覆をもたらすための周知の技術である。この被覆は、金属加工用の切削工具、例えばインサート及びドリルとして適用される。数種類のPVD法が開発されている。1つの主要な方法は、カソードアーク蒸着法である。
【0003】
一般に用いられるPVD法には、アーク蒸着、マグネトロンスパッタリング、及びイオンプレーティングが挙げられる。他のPVD法よりもアーク蒸着法が有利な点には、一般に、基盤をなす基材又は層へのより良好な接着、及びより高い蒸着率が挙げられる。
【0004】
しかし、アーク蒸着法によって製造された層において、一般に、上部から拡大して見たときに、視認される個々の結晶粒の任意の特徴を含まず、「スミアアウト(smeared out)」と見える格子欠陥に富んだ被覆をもたらす。点欠陥などの欠陥により、被覆の残留圧縮応力が増すことになる。
【0005】
一方、スパッタ層において、より低い欠陥密度、より高い結晶化度、及び場合により表面に結晶ファセット(crystal facet)が得られる可能性がある。
【0006】
アーク蒸着法では、アーク電流を金属ターゲットに印加して、真空チャンバ内で金属蒸気若しくはプラズマを生成する。バイアス電圧を基材に印加し、一方でターゲットはカソード表面として機能する。アークは着火され、小さな発光領域が形成され、気化したカソード材が高速で基材へ向かってカソードから放たれる。通常のセットアップでは、被覆に含まれる所望の金属又は金属の組み合わせの一又は複数のターゲットが用いられ、蒸着法は、被覆される化合物に応じて、反応ガスが存在する状態で実施される。一般に、反応ガスとして、金属窒化物が所望される場合、窒素が用いられ、金属炭化物にはメタン又はエタンが用いられ、金属炭窒化物にはメタン又はエタンと共に窒素が用いられ、金属カルボキシ窒化物を蒸着するために、酸素がさらに添加される。
【0007】
被覆される基材に印加されるバイアス電圧は、DCモード又は時変モード(time varying mode)で印加することができる。時変モードは、例えば、バイアス電圧を交互に付けたり、消したりすることによって、電圧が、経時的に変化するパルスモードであることができる。蒸着の間のバイアスパルス周期の全時間のうち、「オン時間(on−time)」、すなわちバイアスが印加されている時間のパーセントは、「デューティサイクル」と称される。
【0008】
パルスモードのバイアス電圧の周波数は、変化させることもでき、通常kHzで表される。
【0009】
PVD層では残留圧縮応力のある一定のレベルが度々所望されているが、残留圧縮応力は、基盤をなす層又は基材への接着に悪影響を及ぼすリスクのために、好ましくは、高すぎてはならない。
【0010】
(Ti,Si)N被覆は、一般に、金属加工用の切削工具の分野で用いられる。(Ti,Si)Nは、集中的に研究される材料系である。例えば、Flinkらは、Si含有量が(Ti,Si)N被覆の微小構造の主要な定義パラメータであると記載している。x≦0.1(Ti1−xSiNにおいて)では、従来の被覆は、コラム状で、NaCl固溶体状態であり、一方、x>0.1では、成長が、Si(Ti)Nマトリックス相(組織相)のTi(Si)Nナノコラムによるナノコンポジット成長へと変化する。組織相の厚さは、Si含有量によって変わるが、通常は1−5nm程度である。
【0011】
被覆が、基材への接着、及び耐剥離性に関して優れた特性を有し、またクレータ耐摩耗性及び/又は逃げ面耐摩耗性などの優れた耐摩耗性も有する、(Ti,Si)N被覆切削工具が絶えず求められている。
【0012】
さらに、基材への良好な接着など、アーク蒸着層からの一般的な利点を有する他に、さらに低い点欠陥密度(low point defect density)などの低レベルの格子欠陥を有する、アーク蒸着(Ti,Si)N層が必要とされている。
【0013】
定義
用語「デューティサイクル」は、バイアス電圧が「オン」である、すなわち完全なパルス周期(「オン時間」+「オフ時間」)の間の作動している時間のパーセントを意味する。
【0014】
用語「パルスバイアス周波数」は、1秒あたりの完全なパルス周期の数を意味する。
【0015】
用語「FWHM」は、X線回折ピークの、そのピーク強度の半分での角度(2θ)の幅である「半値全幅」を意味する。
【0016】
用語「FWQM」は、X線回折ピークの、そのピーク強度の1/4での角度(2θ)の幅である「1/4値全幅」を意味する。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】試料1−4の被覆の、組み合わせたX線回折図を示す図である。
図2】試料2の(111)ピーク周辺のX線回折図を拡大した部分を示す図である。
図3】試料3の(111)ピーク周辺のX線回折図を拡大した部分を示す図である。
図4】試料4の(111)ピーク周辺のX線回折図を拡大した部分を示す図である。
【0018】
発明の概要
現在、驚くべきことに、より高いSi含有量を有するが、依然として固溶体のままであり、したがってナノ結晶状態に変化しない、(Ti,Si)NPVD層を用意することができることが明らかになった。
【0019】
本発明は、基材及び被覆を備える被覆切削工具であって、被覆が、式Ti1−xSi(式中、0.10<x≦0.30、0≦a≦0.75、0.25≦b≦1、0≦c≦0.2、a+b+c=1)の化合物であるPVD層(A)を含み、PVD層(A)は、NaCl構造固溶体である、被覆切削工具に関連する。
【0020】
式Ti1−xSiにおいて、好適には、0.11≦x≦0.27、又は0.12≦x≦0.25、又は0.13≦x≦0.24、又は0.14≦x≦0.23、又は0.15≦x≦0.22、又は0.16≦x≦0.22、又は0.17≦x≦0.22である。
【0021】
式Ti1−xSiにおいて、好適には、0≦a≦0.5、0.5≦b≦1、0≦c≦0.1、又は0≦a≦0.25、0.75≦b≦1、0≦c≦0.05、又は0≦a≦0.1、0.9≦b≦1、0≦c≦0.02、又はa=0、b=1、c=0、a+b+c=1である。
【0022】
PVD層(A)のNaCl構造固溶体の存在は、例えば、TEM(透過型電子顕微鏡)解析によって検出することができる。
【0023】
本発明は、基材上に被覆を製造する方法であって、被覆は、式Ti1−xSi(式中、0.10<x≦0.30、0≦a≦0.75、0.25≦b≦1、0≦c≦0.2、a+b+c=1)の化合物である、カソードアーク蒸着によって蒸着される、PVD層(A)を含み、PVD層(A)は、NaCl構造固溶体であり、PVD層(A)は、約12%未満のデューティサイクル及び約10kHz未満のパルスバイアス周波数を用いて、約−40から約−450Vのパルスバイアス電圧を基材に印加することによって蒸着される、方法にさらに関連する。
【0024】
一実施態様において、デューティサイクルは、約11%未満であってもよい。デューティサイクルは、さらに約1.5から約10%、又は約2から約10%であってもよい。
【0025】
一実施態様において、デューティサイクルは、約10%未満であってもよい。デューティサイクルは、さらに1.5から約8%、又は約2から約6%であってもよい。
【0026】
「オフ時間」の間、電位は、好適には変動している。
【0027】
パルスバイアス周波数は、約0.1kHzより高くてもよく、又は約0.1から約8kHz、又は約1から約6kHz、又は約1.5から約5kHz、又は約1.75から約4kHzであってもよい。
【0028】
パルスバイアス電圧は、約−40から約−450V、又は約−50から約−450Vであってもよい。
【0029】
用いられるパルスバイアス電圧の最適の範囲は、用いられる特定のPVDリアクターに応じて変わる可能性がある。
【0030】
一実施態様において、パルスバイアス電圧は、約−55から約−400V、又は約−60から約−350V、又は約−70から約−325V、又は約−75から約−300V、又は約−75から約−250V、又は約−100から約−200Vであってもよい。
【0031】
他の実施態様において、パルスバイアス電圧は、約−45から約−400V、又は約−50から約−350V、又は約−50から約−300Vであってもよい。
【0032】
パルスバイアス電圧は、好適には単極である。
【0033】
PVD層(A)は、好適には、チャンバ温度400−700℃の間、又は400−600℃の間、又は450−550℃の間で蒸着される。
【0034】
PVD層(A)は、好適には、米国特許出願公開第2013/0126347号に開示されたように、両カソードがその周りに配置されたリング型アノードを備えているカソードアセンブリを装備し、磁場に、ターゲット表面から出て、アノードに入る力線をもたらすシステムを用いた、PVD真空チャンバ中で蒸着される。
【0035】
PVD層(A)を蒸着する間のガス圧は、約0.5から約15Pa、又は約0.5から約10Pa、又は約1から約5Paであってもよい。
【0036】
基材は、超硬合金、サーメット、セラミックス、立方晶窒化ホウ素、及び高速度鋼の群から選択することができる。
【0037】
基材は、好適には切削工具として形づくられる。
【0038】
切削工具は、金属加工用の、切削工具インサート、ドリル、又はソリッドエンドミルであってもよい。
【0039】
本明細書に記載のPVD層(A)のさらに可能性のある特徴は、被覆切削工具で定められたPVD層(A)と、方法で定められたPVD層(A)との両方を示す。
【0040】
PVD層(A)のX線回折解析を実施すると、非常に鋭い立方晶回折ピークが観測される。これは、高い結晶性を意味する。また好適には、好ましい(111)面外結晶配向が得られる。
【0041】
PVD層(A)は、好適には、XRD回折の立方晶(111)ピークについて、≦0.4度(2θ)、又は≦0.35度(2θ)、又は≦0.3度(2θ)、又は≦0.25度(2θ)、又は≦0.2度(2θ)、又は≦0.18度(2θ)である、FWHM値を有する。
【0042】
PVD層(A)は、好適には、XRD回折の立方晶(111)ピークについて、≦0.45度(2θ)、又は≦0.4度(2θ)、又は≦0.35度(2θ)、又は≦0.3度(2θ)である、FWQM(1/4値全幅)値を有する。
【0043】
PVD層(A)は、好適には、XRD回折の立方晶(200)ピークについて、≦0.5度(2θ)、又は≦0.45度(2θ)、又は≦0.4度(2θ)、又は≦0.35度(2θ)である、FWHM値を有する。
【0044】
PVD層(A)は、好適には、≧0.3、又は≧0.5、又は≧0.7、又は≧0.8、又は≧0.9、又は≧1、又は≧1.5、又は≧2、又は≧3、又は≧4である、X線回折のピーク高さ強度比I(111)/I(200)を有する。
【0045】
本明細書で用いられるピーク高さ強度I(111)及びI(200)、並びにFWHM値及びFWQM値を決定するのに用いられる(111)ピークは、Cu−Kα2除去済み(stripped)である。
【0046】
PVD層(A)は、好適には、>−3GPa、又は>−2GPa、又は>−1GPa、又は>−0.5GPa、又は>0GPaである残留応力を有する。
【0047】
PVD層(A)は、好適には、<4GPa、又は<3GPa、又は<2GPa、又は<1.5GPa、又は<1GPaである残留応力を有する。
【0048】
PVD層(A)の残留応力は、I.C.Noyan、J.B.Cohen、Residual Stress Measurement by Diffraction and Interpretation、Springer−Verlag、New York、1987(p117−130)に記載されている、周知のsinψ法を用いたX線回折測定によって評価される。例えば、V Hauk、Structural and Residual Stress analysis by Nondestructive Methods、Elsevier、Amsterdam、1997も参照されたい。測定は、CuKα放射線を(200)反射に用いて実施される。側傾法(ψジオメトリ)は、選択されたsinψ範囲内の等距離の、6個から11個、好ましくは8個のψ角で用いられた。90°のΦセクター内のΦ角の等距離分布が好ましい。二軸応力状態を確かめるために、試料を、ψで傾けながら、Φ=0及び90°で回転させることになる。せん断応力が存在する可能性があるか調べることを推奨し、したがって負及び正のψ角を測定することになる。オイラー1/4−クレードルの場合、これは、様々なψ角について、Φ=180及び270°においても試料を測定することによって成し遂げられる。測定は、可能な限り平坦な表面で、好ましくは切削工具インサートの逃げ面側で実施されることになる。残留応力値を計算するには、ポアソン比ν=0.22及びヤング率E=447GPaを用いるべきである。データは、好ましくは(200)反射にある、Bruker AXS製のDIFFRACPlus Leptos v.7.8などの市販のソフトウェアを用いて、疑似フォークト関数によって評価される。全応力値は、得られた二軸応力の平均として計算される。
【0049】
PVD層(A)は、好適には、その表面にファセット結晶粒を含む。本明細書において、ファセットは、粒に平坦な面があること意味する。
【0050】
PVD層(A)のファセット結晶粒は、好適には、PVD層(A)の表面積の、>50%、又は>75%、又は>90%を占める。
【0051】
PVD層(A)の厚さは、好適には、約0.5から約20μm、又は約0.5から約15μm、又は約0.5から約10μm、又は約1から約7μm、又は約2から約5μmである。
【0052】
PVD層(A)は、好適には、アーク蒸着層である。
【0053】
PVD層(A)は、好適には、本発明の方法に従って蒸着される。
【0054】
一実施態様において、被覆は、基材に最も近い、例えば、TiN、CrN、又はZrNの最内部結合層を含む。結合層の厚さは、約0.1から約1μm、又は約0.1から約0.5μmであってもよい。
【0055】
一実施態様において、被覆は、基材に最も近い、例えば、TiN、CrN、又はZrNの最内部結合層を含む。結合層の厚さは、約0.1から約1μm、又は約0.1から約0.5μmであってもよい。最内部結合層は、PVD層(A)を蒸着するのに用いたものよりも、異なる方法パラメータ、例えば、パルスバイアスの代わりにDCバイアスを用いて蒸着してもよく、こうした最内部結合層は、PVD層(A)と実質的に同じ元素組成のものであってもよい。
【0056】
被覆切削工具の基材は、超硬合金、サーメット、セラミックス、立方晶窒化ホウ素、及び高速度鋼の群から選択することができる。
【0057】
被覆切削工具は、金属加工用の、切削工具インサート、ドリル、又はソリッドエンドミルであってもよい。
【0058】
実施例
実施例1
(Ti,Si)N層をジオメトリSNMA120804の焼結超硬合金切削工具インサートブランクに蒸着した。超硬合金の組成は、Co10重量%、Cr0.4重量%、及びWC残部であった。超硬合金ブランクを、Advanced Plasma Optimizerアップグレードを備えたOerlikon Balzer INNOVAシステムであるPVD真空チャンバで被覆した。PVD真空チャンバには、6個のカソードアセンブリを装備されていた。アセンブリは、それぞれ1個のTi−Si合金ターゲットを備えていた。カソードアセンブリを、チャンバの2つの高さ(level)に配置した。両カソードがその周りに配置されたリング型アノードを備えており(米国特許出願公開第2013/0126347号に開示されたように)、システムは、磁場に、ターゲット表面から出て、アノードに入る力線をもたらす(米国特許出願公開第2013/0126347号参照)。
【0059】
チャンバを、高真空(10−2Pa未満)までポンプダウンし、チャンバ内部に設置されたヒータで350−500℃まで加熱し、この特定の場合には500℃まで加熱した。次いで、ブランクをArプラズマで30分間エッチングした。
【0060】
ターゲット中のTiとSiとの関係を変えて、4種の異なる蒸着を実施した。用いたターゲットは、Ti0.90Si0.10、Ti0.85Si0.15、Ti0.80Si0.20、及びTi0.75Si0.25であった。
【0061】
チャンバ圧(反応圧力)をNガス3.5Paに設定し、単極パルスバイアス電圧−300V(チャンバ壁に対して)をブランクアセンブリに印加した。パルスバイアス周波数は1.9kHzであり、デューティサイクルは3.8%(「オン時間」20μ秒、「オフ時間」500μ秒)であった。カソードは、アーク放電モードで、電流150A(それぞれ)で120分間流した。厚さ約3μmの層が蒸着された。
【0062】
蒸着されたPVD層の実際の組成は、EDX(エネルギー分散分光法)を用いて測定し、それぞれ、Ti0.91Si0.09N、Ti0.87Si0.13N、Ti0.82Si0.18N、及びTi0.78Si0.22Nであった。
【0063】
X線回折(XRD)解析を、2D検出器(VANTEC−500)及び集束平行ビームMontelミラーを備えたIμS X線源(Cu−Kα、50.0kV、1.0mA)を装備したBruker D8 Discover回折計を用いて、被覆インサートの逃げ面で実施した。被覆切削工具インサートは、試料の逃げ面が試料ホルダーの基準面と平行であること、また逃げ面が適切な高さにあることを確認して、試料ホルダーに取り付けた。被覆切削工具からの回折強度は、関連するピークが生じる、したがって少なくとも35°−50°が含まれる2θ角周辺で測定された。バックグラウンド減算及びCu−Kα2除去を含むデータ解析を、PANalytical’s X’Pert HighScore Plusソフトウェアを用いて行った。疑似フォークト関数をピーク解析に用いた。得られたピーク強度に薄膜補正を適用しなかった。(111)ピーク又は(200)ピークと、PVD層に帰属しない、例えばWCなどの基材反射の、任意の回折ピークとの、起こり得るピークの重複は、ピーク強度及びピーク幅を決定するときに、ソフトウェア(組み合わさったピークのデコンボリューション)によって補正した。
【0064】
図1は、被覆試料1−4の、組み合わせたX線回折図(Cu−Kα2未除去)を示し、鋭い(111)ピークを示している。PVD層のSi含有量が増加するにつれて、(111)ピーク位置の変化することも明らかに認められる。これは、依然としてNaCl構造を保ちながら格子パラメータが変化する、すなわち、全ての試料で(Ti,Si)N固溶体が存在する証拠である。図2−4は、試料2−4の、(111)ピーク周辺の回折図を拡大した部分(Cu−Kα2除去済み)を示す。
【0065】
試料のFWHM値及びFWQM値を計算した。
【0066】
結果を表1に示す。
【0067】
実施例2
(Ti,Si)N被覆切削工具の新しい一式は、実施例1と同じ組成及び同じジオメトリSNMA120804の焼結超硬合金切削工具インサートブランクに、少し異なる装置を用いて、(Ti,Si)Nを蒸着することによって用意された。
【0068】
実施例1で用いたものと同じ組成及び同じジオメトリSNMA120804の焼結超硬合金切削工具インサートブランクを用意した。
【0069】
(Ti,Si)N層を、実施例1と異なる他の製造業者の真空チャンバで、カソードアーク蒸着によって蒸着した。真空チャンバは、4個のアークフランジを備えていた。選択されたTiSi組成のターゲットを、互いに向き合ったフランジの全てに取り付けた。全てのターゲットは同じTiSi組成を有する。未被覆ブランクをPVDチャンバ内で3回転されるピンに取り付けた。
【0070】
ターゲット中のTiとSiとの関係を変えて、蒸着を実施した。用いたターゲットは、Ti0.90Si0.10、Ti0.85Si0.15、及びTi0.80Si0.20であった。Si含有量の異なる3種の被覆(試料5−7)を、特許請求の範囲に記載の方法に従って、パルスバイアスを用いて作製した。表2の用いた方法パラメータを参照されたい。
【0071】
最初に、最内部の薄い(Ti,Si)N層(約0.1μm)を、DCバイアスを用いて蒸着した。方法パラメータを表2に示す。
【0072】
次に、試料5−7について、(Ti,Si)Nの主体層を、パルスバイアスを用いて蒸着した。方法パラメータを表3に示す。
【0073】
最内部のDCモード蒸着とパルスモードによる主体層の蒸着との間に、初めのDCモード蒸着を続けるが、圧力を4Paから10Paにランプさせ、またDCモードを、主体層に用いられるパルスモードにランプさせる中間工程を用いた。ランプ時間は10分であった。
【0074】
最内部(Ti,Si)N層(DC−蒸着+ランプ)の層厚さは、約0.1μmであった。
【0075】
それぞれの試料について、主体(Ti,Si)N層の層厚さは、約2.5μmであった。
【0076】
次いで、Si含有量の異なる3種のさらなる試料8−10を、全体の層にDCバイアスによる方法を用いて、ブランクに(Ti,Si)N層を蒸着することによって製造した。表4の用いた方法パラメータを参照されたい。
【0077】
それぞれの試料について、(Ti,Si)Nの層厚さは、約2.5μmであった。
【0078】
X線回折(XRD)解析を、前述の実施例の場合と同じ装置及び同じ手順を用いて、被覆インサートの逃げ面で実施した。
【0079】
試料の(111)ピーク及び(200)ピークのFWHM値、並びにI(111)/I(200)の比を決定した。
【0080】
結果を表5に示す。
【0081】
試料5−7と比較した場合、またSi含有量を増加させた場合の試料8−10のより幅広の(200)ピークは、一般に、さらにより多くのナノ結晶微小構造を示す。
図1
図2
図3
図4