(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6961252
(24)【登録日】2021年10月15日
(45)【発行日】2021年11月5日
(54)【発明の名称】低吸湿性材料からなるナノメカニカルセンサ用受容体及びそれを受容体として使用するナノメカニカルセンサ
(51)【国際特許分類】
G01N 5/02 20060101AFI20211025BHJP
【FI】
G01N5/02 A
【請求項の数】8
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2019-522122(P2019-522122)
(86)(22)【出願日】2018年5月21日
(86)【国際出願番号】JP2018019431
(87)【国際公開番号】WO2018221283
(87)【国際公開日】20181206
【審査請求日】2019年11月12日
(31)【優先権主張番号】特願2017-107398(P2017-107398)
(32)【優先日】2017年5月31日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100190067
【弁理士】
【氏名又は名称】續 成朗
(72)【発明者】
【氏名】柴 弘太
(72)【発明者】
【氏名】南 皓輔
(72)【発明者】
【氏名】吉川 元起
【審査官】
北条 弥作子
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2016/121155(WO,A1)
【文献】
特開2010−071716(JP,A)
【文献】
米国特許第06534319(US,B1)
【文献】
実開平05−073560(JP,U)
【文献】
特開2001−242057(JP,A)
【文献】
特表2003−511676(JP,A)
【文献】
特開2011−084487(JP,A)
【文献】
国際公開第2016/031080(WO,A1)
【文献】
特表2002−526769(JP,A)
【文献】
特表2005−528597(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2012/0108450(US,A1)
【文献】
YOSHIKAWA, Genki,Nanomechanical Membrane-type Surface Stress Sensor,Nano Lett.,2011年02月11日,11,1044-1048
【文献】
IMAMURA, Gaku,Smell identification of spices using nanomechanical membrane-type surface stress sensors,Japanese Journal of Applied Physics,55,2016年09月26日,1102B3-1-5
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 5/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
低吸湿性ポリマーからなる表面応力センサ用受容体であって、前記低吸湿性ポリマーはポリスルホン、ポリカプロラクトン、及びポリ4−メチルスチレンからなる群から選択される、表面応力センサ用受容体。
【請求項2】
更にバインダを含む、請求項1に記載の表面応力センサ用受容体。
【請求項3】
請求項1または2に記載の受容体により形成された低吸湿性受容体層をセンサ本体の表面に有する表面応力センサ。
【請求項4】
前記低吸湿性受容体層と前記センサ本体との間に他の膜を有する、請求項3に記載の表面応力センサ。
【請求項5】
前記他の膜は自己組織化膜である、請求項4に記載の表面応力センサ。
【請求項6】
前記センサ本体を複数個有する、請求項3から5の何れかに記載の表面応力センサ。
【請求項7】
前記複数のセンサ本体を被覆する受容体層の少なくとも一が前記低吸湿性受容体層である、請求項6に記載の表面応力センサ。
【請求項8】
前記センサ本体が膜型表面応力センサである、請求項3から7の何れかに記載の表面応力センサ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はナノメカニカルセンサに関し、特に低吸湿性材料からなるナノメカニカルセンサ用受容体及びそれを受容体として使用するナノメカニカルセンサに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、センサ本体の表面あるいはその近傍における何らかの物理量の微小な変化を検出するナノメカニカルセンサの進歩により、与えられたサンプル中の微量成分の検出が容易にできるようになった。なお、本願ではナノメカニカルセンサとはセンサ表面に被覆されたいわゆる受容体層に検出対象が吸着あるいは吸収されることで生じる表面応力あるいはその結果として引き起こされる機械的変形(たわみ)を検出するセンサのことを言う。ナノメカニカルセンサとしては多様な原理・構造が提案されているが、とりわけ、本願発明者等が特許出願し、また発表した膜型表面応力センサ(Membrane-type Surface stress Sensor、MSS)(特許文献1、非特許文献1)は、その高感度及び動作の安定性など、様々な用途に利用しやすい特徴を有している。
【0003】
ナノメカニカルセンサに化学物質(以下、検出対象の化学物質を検体と称することがある)が与えられると、当該検体との相互作用によって上記微小な物理量の変化が引き起こされる。しかし、多くの検体はナノメカニカルセンサ本体の表面それ自体には大量に吸着等しないため、ほとんど検出不可能な物理量変化しか引き起こさない。そのため、多くの場合には、所望の検体を吸着や反応等によりできるだけ多く取り込み、またそのような取り込みによってできるだけ大きな物理量変化を引き起こす材料を選択して、それをセンサ本体の表面に塗布する等の何らかの形態で固定する。このようにしてセンサ本体の表面上に固定されることでセンサ本体が検出可能な物理
量変化を引き起こす物質及びその膜をそれぞれ受容体及び受容体層(場合によっては、感応材料及び感応膜と称することもある)と呼んでいる。
【0004】
多くの材料では、程度の差はあるものの、複数種類の検体に応答して物理量変化が引き起こされるため、検出精度を上げるためには、複数種類の受容体層を設けた複数のナノメカニカルセンサの出力に基づく検体の種類の同定やその量の測定が行われる。
【0005】
検出対象となりえる検体はきわめて多くの種類にわたるため、受容体層の材料となり得る物質もまたきわめて多様なものが求められている。
【0006】
ナノメカニカルセンサの有望な応用分野の一つとして、特にこれに限定するわけではないが、生体から呼吸、発汗、排泄等によって体外へ放出されるサンプル、あるいは血液やその他の各種の体液等の生体内部から取り出したサンプルの分析(対象の物質の存在の確認、その定量、あるいはその量がある閾値を超えているか否かの判定等)がある。このような分析により、人間や家畜等の動物(場合によっては植物も)の健康状態の判定や病気の診断等が可能となる。また、このような判定や診断以外にも、この種のサンプル中に含まれていたり、あるいはそこから蒸発等によって発散したりする成分の検出を利用した各種の応用が考えられる。
【0007】
ところが、生体から得られたサンプルには大量の水が含有されている。生体から得られたサンプルに限らず、自然界には水が大量に存在し、また日常生活や産業上の多くの活動に水が使用されるため、きわめて多くの局面でサンプル中に大きな割合で水が含有される。このようなサンプルをナノメカニカルセンサによって分析を行おうとする場合には、受容体がサンプル中にかなりの割合で含有されている水を吸収することで、受容体層に生じる表面応力等の物理量変化の大部分がそこに吸収された水に基づくものとなってしまう。本願発明者等の研究の結果、水が受容体に大量に吸収された場合には、受容体の表面応力等の物理量の変化が飽和したり、あるいは飽和しなくても他の微量成分が受容体に吸着されるのが阻害されたり、水による物理量変化とそのほかの成分による物理量変化とが必ずしも線形に重畳されるとは限らない等の原因により、他の微量成分による物理量変化に影響を与える、一種のマスキングとも言うべき現象が起こる場合があることが見いだされた。つまり、応力変化に基づく検出信号の大部分が水由来の成分となり、微量成分による信号成分がこれに遮蔽されたような状態となり、検出が困難となってしまう場合があることが判明した。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、サンプル中に含まれる水がナノメカニカルセンサによる測定に対して与える悪影響を低減することにある。また、このようなナノメカニカルセンサと他のナノメカニカルセンサとを組み合わせることで、検体の識別能力を向上させるなど、ナノメカニカルセンサの組み合わせによる測定能力の向上を図ることにもある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一側面によれば、低吸湿性材料からなるナノメカニカルセンサ用受容体が与えられる。
ここで、前記低吸湿性材料は炭素材料、フッ化物、芳香族化合物、及び炭化水素鎖を有する化合物からなる群から選択されてよい。
また、前記低吸湿性材料はポリスルホン、ポリカプロラクトン、ポリフッ化ビニリデン、及びポリ4−メチルスチレンからなる群から選択されてよい。
前記受容体は更にバインダを含んでよい。
本発明の他の側面によれば、上記何れかの受容体により形成された低吸湿性受容体層をセンサ本体の表面に有するナノメカニカルセンサが与えられる。
ここで、前記低吸湿性受容体層と前記センサ本体との間に他の膜を有してよい。
前記他の膜は自己組織化膜であってよい。
本発明の更に他の側面によれば、上記いずれかのセンサ本体を複数個有するナノメカニカルセンサが与えられる。
ここで、前記複数のセンサ本体の少なくとも一が前記低吸湿性受容体層を有してよい。
また、前記センサ本体が膜型表面応力センサであってよい。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、受容体の材料として吸湿性の低いものを使用することにより、サンプル中に含有される水がナノメカニカルセンサの出力に与える悪影響を大きく低減させることができるようになるなど、ナノメカニカルセンサによる測定を適用できる範囲をさらに広げることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1A】ポリスルホン被覆MSSの光学顕微鏡写真。上側の4枚の写真は被覆直後の状態を、下側の4枚の写真はサンプルガスとして水、ヘキサン、メタノール、アセトンを順次与えて計測を行った後の状態を示す。また、それぞれの4枚の写真は左上、右上、左下、右下の順で塗布の膜厚が厚くなっていく。
【
図1B】ポリカプロラクトン被覆MSSの光学顕微鏡写真。上側の4枚の写真は被覆直後の状態を、下側の4枚の写真はサンプルガスとして水、ヘキサン、メタノール、アセトンを順次与えて計測を行った後の状態を示す。また、それぞれの4枚の写真は左上、右上、左下、右下の順で塗布の膜厚が厚くなっていく。
【
図1C】ポリフッ化ビニリデン被覆MSSの光学顕微鏡写真。上側の4枚の写真は被覆直後の状態を、下側の4枚の写真はサンプルガスとして水、ヘキサン、メタノール、アセトンを順次与えて計測を行った後の状態を示す。また、それぞれの4枚の写真は左上、右上、左下、右下の順で塗布の膜厚が厚くなっていく。
【
図1D】ポリ4−メチルスチレン被覆MSSの光学顕微鏡写真。上側の4枚の写真は被覆直後の状態を、下側の4枚の写真はサンプルガスとして水、ヘキサン、メタノール、アセトンを順次与えて計測を行った後の状態を示す。また、それぞれの4枚の写真は左上、右上、左下、右下の順で塗布の膜厚が厚くなっていく。
【
図1E】比較例であるカルボキシメチルセルロース被覆MSSの光学顕微鏡写真。上側の4枚の写真は被覆直後の状態を、下側の4枚の写真はサンプルガスとして水、ヘキサン、メタノール、アセトンを順次与えて計測を行った後の状態を示す。また、それぞれの4枚の写真は左上、右上、左下、右下の順で塗布の膜厚が厚くなっていく。
【
図2】実施例においてポリマーで被覆したMSSによってそれぞれ4種類の化合物についての測定を行った実験装置構成の概念図。
【
図3A】ポリスルホン被覆MSSによる4種類の化合物の測定結果を示す図。
【
図3B】ポリカプロラクトン被覆MSSによる4種類の化合物の測定結果を示す図。
【
図3C】ポリフッ化ビニリデン被覆MSSによる4種類の化合物の測定結果を示す図。
【
図3D】ポリ4−メチルスチレン被覆MSSによる4種類の化合物の測定結果を示す図。
【
図3E】比較例であるカルボキシメチルセルロース被覆MSSによる4種類の化合物の測定結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本願発明者等の研究の結果、ナノメカニカルセンサの受容体として低吸湿性である材料を使用することによりナノメカニカルセンサの水に対する感度を低い値に抑えることができるという知見が得られ、これに基づいて本発明を完成させた。これによって、大量の水を含むサンプルを測定しても、水によってナノメカニカルセンサの出力が飽和したり、飽和に至らなくても、水による大きな出力が他の微量成分の検出信号の値に影響を与えたり、あるいは微量成分の検出信号をマスキングしてしまったりする等の含有量の大きな水による悪影響を軽減することができる。
【0013】
低吸湿性受容体材料としては、これに限定するわけではないが低吸湿性ポリマー、より具体的には以下の実施例で説明するポリスルホン(polysulfone)
【0015】
ポリカプロラクトン(polycaprolactone)
【0017】
ポリフッ化ビニリデン(poly(vinylidene fluoride))
【0019】
及びポリ4−メチルスチレン(poly(4-methylstyrene))
【0021】
が挙げられる。さらに、これに限定するわけではないが、低吸湿性受容体材料として一般に炭素材料、フッ化物、芳香族化合物、炭化水素鎖を有する化合物なども使用することができる。
【0022】
上に挙げた低吸湿性受容体とは逆に、吸湿性の高い受容体の材料の一つの例として、カルボキシメチルセルロース(carboxymethyl cellulose)
【0024】
が挙げられる。これを以下の実施例の説明において比較例として取り上げる。
【0025】
なお、上で挙げたような受容体材料に加えて、センサ本体への密着性を改善するバインダ類、その他の成分を添加してもよい。また、センサ表面に自己組織化膜を被覆しておき、低吸湿性の受容体材料との親和性を高める、すなわちこのような受容体材料とセンサ本体表面との密着性を、自己組織化膜を介することによって強化することも可能である。なお、このような目的で受容体材料に混入するバインダ類等の成分やセンサ表面と受容体層との間に介在させる膜自体も低吸湿性のものであることが望ましい。
【0026】
また、単一のナノメカニカルセンサを使用して測定を行うだけでなく、先にも触れたように、サンプルを複数のナノメカニカルセンサに与え、これらのナノメカニカルセンサから並列に得られる出力に基づいて分析を行うこともできる。このような多チャンネルのナノメカニカルセンサを使用して測定を行う場合、それぞれのナノメカニカルセンサに使用される受容体層は通常は異なる受容体材料を使用するが、使用される受容体層のすべてが低吸湿性であることは必須ではない。すなわち、複数のナノメカニカルセンサからの出力からサンプルの同定や成分の定量等を行う場合には、これらのセンサからの多数の出力を、例えば主成分分析、機械学習等のデータ処理、その他の手法を用いて解析することが提案されている(非特許文献2、
非特許文献3)。このような手法では、実際に使用される受容体の材料、サンプル中に含まれる成分の種類や量、その他の各種の要因により様々な場合があるが、状況によっては、一部のナノメカニカルセンサの受容体にだけ低吸湿性のものを使用することにより、分析を所要の精度で行うことができる。
【0027】
例えば呼気のように含有されている水分が飽和状態に近い気体の測定を行う場合には多チャンネルのナノメカニカルセンサ中のできるだけ多くのチャンネル(個別のナノメカニカルセンサ)で低吸湿性の受容体を使用するのが通常は好ましいと考えられる。しかし、そのような場合でも、受容体が測定対象の気体中の水分によって完全に飽和したり、吸収された水が引き起こすマスキングによって検出したい成分による出力がほとんど検出できないような場合はともかく、高吸湿性の受容体ではあるが測定対象の気体中の水分により検出したい成分による出力の線形性が失われたり、ある程度感度が低下したりする等の比較的軽度の悪影響しか受けない場合には、低吸湿性の受容体を使用したチャンネルと高吸湿性の受容体を使用したチャンネルとを組み合わせた測定が可能となることもある。これにより、測定対象に使用可能な受容体の組み合わせの多様性を増すことができる。このような多チャンネルのナノメカニカルセンサは単一の基材上に複数のナノメカニカルセンサが形成された形態とすることができる。例えば、特許文献1等では、単一のシリコン基板に複数のMSSを形成することが記載されている。
【0028】
また、多チャンネルのナノメカニカルセンサ中の一つのチャネルの受容体層として、水に特異的に応答する高吸湿性受容体を使用すれば、サンプルの流路中の他の成分と実質的に同じ場所で他の成分と測定条件を同一としてサンプルの水蒸気量(湿度)の測定を同時に行うことができる。すなわち、多チャンネルナノメカニカルセンサ中に湿度センサを埋め込むことが可能となる。このような高吸湿性受容体としては、これに限定するわけではないが、例えば上に例示したカルボキシメチルセルロースを使用することができる。このような場合、高吸湿性の受容体として水以外の成分に全く応答しない物質を選択するのは難しいが、他の成分の影響が当該高吸湿性受容体層を有するチャンネルの出力に現れたとしても、この種の影響は、本来他の成分の検出に使用することを目的として他の受容体層(高吸湿性、低吸湿性、あるいはこれらの組み合わせ)を有している一つまたは複数のチャンネルからの出力を流用して機械学習やその他の手法を使用することにより補償することができる。
【0029】
ナノメカニカルセンサは、当該受容体層が何らかの検体分子を吸着することでそこに引き起こされる物理パラメータの変化を、センサ本体により検出する。従って、本発明で使用可能なセンサ本体は、その表面に被覆された受容体層が検体を吸着することによって受容体層に引き起こされる変化を検知するものであれば、その構造、動作等は特に制限されない。例えば表面応力センサを使用した場合には、その表面を被覆した受容体層が検体を吸着することで当該受容体層中に引き起こされた応力変化を検出して、表面応力センサがシグナルを出力する。
【0030】
受容体層により被覆されるセンサ本体の一例として、例えば特許文献1に記載されている各種の表面応力センサが挙げられるが、その形状・材質・サイズ等は特に限定されず、どのような物体でも使用することができる。例えば1箇所または複数個所で支持された薄片状部材を好ましく例示することができる。その他に、例えば、両持ち梁などの2か所あるいはより多くの箇所で支持された薄片状の物体、膜体など、様々な形態のものを採用することができる。
【0031】
さらには、表面応力センサ以外に、測定原理の違いによって必ずしも全く同じ効果を期待できるとは限らないものの、例えば水晶振動子(Quartz Crystal Microbalance、QCM)やカンチレバーなどの振動子、表面プラズモン共鳴(Surface Plasmon Resonance、SPR)を利用したセンサ、金属ナノ粒子などの導電性材料やカーボンブラックなどの導電性材料を添加したものの電気伝導度を測定するセンサ、電界効果トランジスタやその原理を応用したセンサなどでも、低吸湿性受容体を被覆することによって上記同様の効果を実現することができる。
【0032】
以下で説明する実施例ではセンサ本体としてもっぱらMSSを使用するが、本発明で使用可能なセンサ本体をこれに限定する意図はないことを注意しておく。
【0033】
受容体をセンサ本体表面に被覆して受容体層を形成するための手法は、インクジェットスポッティング、ディップコーティング、スプレーコーティング、スピンコーティング、キャスティング、ドクターブレードを用いた被覆など、特に限定されない。なお、実施例中では受容体の材料を直接センサ本体表面に被覆した例を示しているが、他の形態を排除する意図はない。採用可能な他の形態を非限定的に例示すれば、自己組織化膜を介した被覆や他のポリマー等との混合物を受容体層とすることもできる。
【実施例】
【0034】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。当然のことであるが、以下の実施例は本発明の理解を助けるためのものであり、本発明をこれに限定するという意図は全くないことを理解すべきである。
【0035】
<実施例1>ポリスルホン、ポリカプロラクトン、ポリフッ化ビニリデン、ポリ4-メチルスチレン被覆表面応力センサによる4種類の化合物測定
以下では、上記4種類のポリマーを用いた受容体層作製と測定の一実施例について説明する。シグマアルドリッチジャパンから入手したポリスルホン(製品番号428302-100G)、ポリカプロラクトン(製品番号440752-250G)、ポリフッ化ビニリデン(製品番号427152-100G)、ポリ4-メチルスチレン(製品番号182273-10G)をそれぞれN,N−ジメチルホルムアミドに溶解させ、1g/Lの溶液とした後、インクジェットによりセンサ本体(本実施例ではMSS本体、つまりセンサチップ)上に塗布した。その際、塗布液の乾燥を早めるため、センサチップを80℃に加熱した。なお、今回は4チャンネルのMSSを使用しており、それぞれのチャンネルへ塗布するポリマーの量を、液滴量を変えることによって制御している。具体的には、左上のチャンネルに100発、右上のチャンネルに200発、左下のチャンネルに300発、右下のチャンネルに400発とした。塗布後のセンサの顕微鏡写真を
図1A〜
図1Dに示す。ここで、センサは膜型構造を有するピエゾ抵抗型表面応力センサ(MSS)を使用した。このようなMSSの構造・動作その他の特徴については当業者にはよく知られた事項であるため、これ以上の説明は省略するが、必要に応じて特許文献1、非特許文献1等を参照されたい。
【0036】
更に、比較例として、高吸湿性の物質の一つであるカルボキシメチルセルロース(シグマアルドリッチジャパンより入手、製品番号C5678-500G)を上と同様な方法でMSSに塗布した。ただし、この場合はカルボキシメチルセルロースの溶媒として純水を使用した。このようにして塗布を行った後のセンサの顕微鏡写真を
図1Eに示す。
【0037】
続いて、
図2に示す装置構成により、ポリスルホン、ポリカプロラクトン、ポリフッ化ビニリデン、ポリ4-メチルスチレン被覆MSS、さらに比較例としてカルボキシメチルセルロース被覆MSSを使用して以下に示す4種の化学種の測定を行った。具体的には、水(超純水)、ヘキサン、メタノール、アセトンの4種類を用いた。なお、
図2ではこれら4種類の物質を総称して「液体試料」と記載してある。
【0038】
上記サンプルをバイアルに分取し、そこへマスフローコントローラ(MFC1)によって流量を100 mL/分に制御された窒素をキャリアガスとして流すことにより、これをバイアルのヘッドスペース部分に溜まった一定量のサンプル蒸気を含むヘッドスペースガスとして、センサが格納された密閉チャンバーへ導入した。ここで、サンプル蒸気の取得は室温で行った。もう1台のマスフローコントローラ(MFC2)を用意し、同条件で作動させた。ただし、こちらは空のバイアルにつなぎ、その後センサチャンバーへ接続することにより、サンプル蒸気を含まない窒素を導入した。これにより、受容体層に吸着したサンプルの揮発を促進し、受容体層の洗浄を行った。上記のサンプル導入と洗浄のサイクルを30秒間隔で4回繰り返した。より具体的には、30秒間のサンプル導入と30秒間の洗浄とから成っているサイクルを4回繰り返した(合計240秒)。
【0039】
ポリスルホン、ポリカプロラクトン、ポリフッ化ビニリデン、及びポリ4-メチルスチレン被覆MSSを使用した場合の測定結果をそれぞれ
図3A〜
図3Dに示す。また、比較例のカルボキシメチルセルロース被覆MSSを使用した測定結果を
図3Eに示す。
図1A〜
図1Eに示すMSSの被覆(受容体層)の厚さは左上→右上→左下→右下の順に増加するが、
図3A〜
図3Eに示すグラフにはこれら4種類の厚さのMSSからの出力を重ねて表示した。何れの受容体を使用した場合も、層の厚さが増加するにつれて出力も増大することが確認された。層の厚みが増加すると、全体として得られる応力も大きくなるため、結果的に出力が増大することについては、解析的に確認されている。(非特許文献4)
【0040】
本発明の実施例であるポリスルホン、ポリカプロラクトン、ポリフッ化ビニリデン、及びポリ4−メチルスチレン被覆MSSの水、n−ヘキサン、メタノール及びアセトン蒸気に対する出力信号(それぞれ
図3A〜
図3Dのグラフに示す)を見ると、水に対する出力信号は何れもかなり小さいことがわかる。したがって、低吸湿性材料で形成された受容体層は水の吸収が非常に小さく、したがって高湿度のサンプルガスを与えても、大量の水を吸収してMSSの出力信号の変化の元となる物理量変化を飽和させたり、水以外の成分の吸着を妨げたりすることも当然防止、抑制される。また水に起因するMSSからの大きな出力信号中に他の微量成分によるMSSからの微小な出力信号が埋没してマスキングされることも軽減される。
【0041】
更に、
図3A〜
図3Dからわかるように、他の3種類の蒸気すなわちヘキサン、メタノール及びアセトンに対する出力信号は受容体の材料により大きく異なる。また、メタノールに対する出力信号を見ると、水溶性の溶媒であるからと言って、低吸湿性材料で形成された受容体層を使用した場合の出力信号が常に小さくなるというわけでもないことが判る。したがって、低吸湿性材料で形成された受容体層を有するMSSを使用しても、あるいは低吸湿性材料で形成された受容体層を使用したMSSだけからなるマルチチャンネルセンサを使用しても、広範な種類の物質を検出したり、あるいは複数種類のガスの混合物を含有するガス(例えば特定の状況で発生する悪臭等)の検出を行ったりすることが可能となる。もちろん、状況によっては高吸湿性材料で形成された受容体層を使用したMSSとの組み合わせを用いてさらに多様な検出を実現することもできる。
【0042】
これに対して、比較例として測定したところの、カルボキシメチルセルロースによって受容体層を形成したMSSからの出力信号のグラフである
図3Eを見ると、水に対する出力信号は非常に大きいが、他の3種類の蒸気に対する出力信号は水の場合に比較して非常に小さい。このような材料から形成された受容体層を使用したMSSは、たとえ水以外に特異的に大きな信号を出力する物質があったとしても、高湿度のガスを与えた場合には受容体層が大量の水を吸収して大きく膨潤することでMSSの出力信号が飽和することなどによって、当該物質の検出が不可能、あるいは困難になる。こういった特性は、逆に見ると、夾雑成分の影響を極力排除して、湿度を高精度に測定可能であるとも言える。
【産業上の利用可能性】
【0043】
以上説明したように、本発明によればサンプル中に大きな割合で水が含有されている場合でも、微量成分の検出が容易になる等、産業上大いに利用される可能性がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0044】
【特許文献1】国際公開第2011/148774号
【非特許文献】
【0045】
【非特許文献1】G. Yoshikawa, T. Akiyama, S. Gautsch, P. Vettiger, and H. Rohrer, "Nanomechanical Membrane-type Surface Stress Sensor" Nano Letters 11, 1044-1048 (2011).
【非特許文献2】Imamura, G., Shiba, K. & Yoshikawa, G. Smell identification of spices using nanomechanical membrane-type surface stress sensors. Japanese Journal of Applied Physics 55, 1102B1103 (2016).
【非特許文献3】江藤力、吉川元起、今村岳、「最先端嗅覚IoTセンサに基づくニオイデータマイニング」、人工知能学会第31回全国大会予稿2B2−1(2017年)
【非特許文献4】Yoshikawa, G., "Mechanical analysis and optimization of a microcantilever sensor coated with a solid receptor film" Applied Physics Letters 98, 173502 (2011).