【実施例1】
【0020】
(軸受装置の全体構成)
図1に示すように、本実施例の軸受装置1は、シリンダブロック8の下部に支承されるジャーナル部6と、ジャーナル部6と一体に形成されてジャーナル部6を中心として回転するクランクピン5と、クランクピン5に内燃機関から往復運動を伝達するコンロッド2とを備えている。そして、軸受装置1は、クランク軸を支承するすべり軸受として、ジャーナル部6を回転自在に支承する主軸受4と、クランクピン5を回転自在に支承するコンロッド軸受3とをさらに備えている。
【0021】
なお、クランク軸は複数のジャーナル部6と複数のクランクピン5とを有するが、ここでは説明の便宜上、1つのジャーナル部6および1つのクランクピン5を図示して説明する。
図1において、紙面奥行き方向の位置関係は、ジャーナル部6が紙面の奥側で、クランクピン5が手前側となっている。
【0022】
ジャーナル部6は、一対の半割軸受41、42によって構成される主軸受4を介して、内燃機関のシリンダブロック下部81に軸支されている。
図1で上側にある半割軸受41には、内周面全長に亘って潤滑油溝41aが形成されている。また、ジャーナル部6は、直径方向に貫通する潤滑油路6aを有し、ジャーナル部6が矢印X方向に回転すると、潤滑油路6aの両端開口6cが交互に主軸受4の潤滑油溝41aに連通する。
【0023】
クランクピン5は、一対の半割軸受31、32によって構成されるコンロッド軸受3を介して、コンロッド2の大端部ハウジング21(ロッド側大端部ハウジング22およびキャップ側大端部ハウジング23)に軸支されている。
【0024】
上述したように、主軸受4に対して、オイルポンプによって吐出された潤滑油が、シリンダブロック壁内に形成されたオイルギャラリーから主軸受4の壁に形成された貫通口を通じて主軸受4の内周面に沿って形成された潤滑油溝41a内に送り込まれる。
【0025】
さらに、ジャーナル部6の直径方向に第1の潤滑油路6aが貫通形成され、第1の潤滑油路6aの両端開口が潤滑油溝41aと連通している。そして、ジャーナル部6の第1の潤滑油路6aから分岐してクランクアーム部(不図示)を通る第2の潤滑油路5aが形成され、第2の潤滑油路5aが、クランクピン5の直径方向に貫通形成された第3の潤滑油路5bに連通している。
【0026】
このようにして、潤滑油は、第1の潤滑油路6a、第2の潤滑油路5aおよび第3の潤滑油路5bを経て、第3の潤滑油路5bの端部の吐出口5cから、クランクピン5とコンロッド軸受3の間に形成される隙間に供給される。
【0027】
(コンロッド軸受の構成)
そして、本実施例のコンロッド軸受3は、一対の半割軸受31、32の周方向端面76どうしを突き合わせて、全体として円筒形状に組み合わせることによって形成される(
図4参照)。半割軸受31、32は、Cu軸受合金またはAl軸受合金である摺動層を有し、あるいはFe合金製の裏金層と、Cu軸受合金またはAl軸受合金である摺動層とを有する。また、摺動層は、摺動面7となる表面側(軸線方向溝71の内面を含む)に、軸受合金よりも軟質なBi、Sn、Pbのいずれか1種からなる表面部、あるいはこれら金属を主体とする合金からなる表面部や、合成樹脂を主体とする樹脂組成物からなる表面部を有していてもよい。但し、軸線方向溝71の内面は、これら表面部を有さない方が好ましい。油中に多くの異物が含まれる場合、異物が軸線方向溝71の内面となる軟質な表面部に埋収、堆積しやすくなるからである。軸線方向溝71の内面に異物が埋収、堆積すると、軸線方向溝71を流れる油に乱流が発生しやすくなる。
半割軸受31、32は、周方向中央部Cを含む主円筒部72を有し、主円筒部72の径方向内側に摺動面7が形成されている。また摺動面7の周方向両側には、クラッシュリリーフ70、70が形成されている。
【0028】
クラッシュリリーフ70は、
図2〜4に示すように、半割軸受31、32の円周方向端部領域において半割軸受の壁厚を本来の摺動面7から半径方向に減じることによって形成される面のことであり、これは、例えば一対の半割軸受31、32をコンロッド21に組み付けた時に生じ得る半割軸受の周方向端面76の位置ずれや変形を吸収するために形成される。したがってクラッシュリリーフ70の表面の曲率中心位置は、その他の領域(摺動面7)の曲率中心位置と異なる(SAE J506(項目3.26および項目6.4)、DIN1497、セクション3.2、JIS D3102参照)。一般に、乗用車用の小型の内燃機関用軸受の場合、半割軸受の周方向端面76におけるクラッシュリリーフ70の深さ(本来の摺動面7からの周方向端面76におけるクラッシュリリーフ70までの距離)は0.01〜0.05mm程度である。
なお、半割軸受31、32の軸受壁厚(クラッシュリリーフ70の形成された領域を除く軸受壁厚、すなわち主円筒部72の壁厚)は、周方向で一定であるが、これに限定されないで、半割軸受31、32の軸受壁厚は、周方向中央部Cで最大で、周方向両端面76側へ向かって連続して減少していてもよい。
【0029】
半割軸受31、32は、半割軸受の周方向中央部Cとクランクピン5の回転方向Zの前方側のクラッシュリリーフ70との間の主円筒部72の摺動面7に、軸線方向溝71を有する。
【0030】
本実施例では、軸線方向溝71は、半割軸受31、32の周方向中央部Cから円周角度(θ1)で10°以上離間し、且つクランクピンの回転方向Zの前方側のクラッシュリリーフ70から周方向中央部側へ向かって円周角度(θ2)で10°以上離間した範囲内の摺動面7上にのみ形成されている。さらに、軸線方向溝71は、半割軸受31、32の周方向中央部Cから円周角度(θ1)で15°以上離間することが好ましい。また、軸線方向溝71は、半割軸受31、32のクランクピンの回転方向Zの前方側のクラッシュリリーフ70から周方向中央部側へ向かって円周角度(θ2)で15°以上離間することが好ましい。
ところで、内燃機関のクランク軸のクランクピン5は、運転時には一方向に回転する。このため当業者であれば、クランク軸のクランクピン5の回転方向を考慮し、半割軸受31、32の周方向両端面76、76に隣接する2つのクラッシュリリーフ70、70のうち、どちらが「クランクピンの回転方向の前方側のクラッシュリリーフ」であるか理解することができよう。また当業者であれば、本発明の開示にしたがって本発明のコンロッド軸受3を設計、製造し、これを一方向に回転するクランク軸のクランクピンを支承するように適切にコンロッドに組み付けることが可能である。
【0031】
図5は、軸線方向溝71の、半割軸受31、32の軸線方向に垂直な断面を示す。軸線方向溝71の断面は、円弧形状となっている。なお、軸線方向溝71の断面形状は、矩形、逆台形等の断面形状に変更することができる。
軸線方向溝71の摺動面7からの半径方向の深さD1は、0.5〜30μmとすることができる。軸線方向溝71の深さD1は、20μm以下とすることが好ましく、さらに10μm以下とすることが好ましい。また、軸線方向溝71の周方向長さL1は、半割軸受31、32の摺動面7上における円周角度(θ3)で1〜35°に相当する長さとすることが好ましく、さらに1〜20°に相当する長さとすることが好ましい。
本実施例では、軸線方向溝71の深さD1および周方向長さL1は、半割軸受31、32の軸線方向に亘って一定であるが、軸線方向で深さD1や周方向長さL1が変化していてもよい。
【0032】
本実施例では、軸線方向溝71の周方向長さL1は、円周角度(θ3)で10°に相当する長さになっており、また軸線方向溝71は、周方向長さL1の中心が半割軸受31、32の周方向中央部Cからクランクピン5の回転方向Zの前方側に向かって円周角度45°に位置するように形成されている。
【0033】
(作用効果)
4サイクル内燃機関では、燃焼行程においてコンロッド軸受3に加わる負荷が最大となるが、この時、コンロッド軸受3では、
図6に示すようにクランクピン5が紙面上側の半割軸受31の周方向中央部C付近の摺動面7に向かう方向(矢印M)に移動し、上側の半割軸受31の周方向中央部C付近の摺動面7とクランクピン5の表面が最も近接し、それにより半割軸受31の周方向中央部C付近の摺動面7とクランクピン5の表面との間の隙間(軸受隙間)の油は負荷を受けて圧力が極めて高くなる。
図6に示すように、クランクピン5の潤滑油路5bの吐出口5cが、上側の半割軸受31の周方向中央部Cよりもクランクピン5の回転方向Zの後方側に位置する間は、半割軸受31の摺動面7とクランクピン5の表面との間の隙間が大きいので、クランクピン5の潤滑油路5b内の油は該隙間に流出し、潤滑油路5b内の油の圧力は高くならない。
(なお、4サイクル内燃機関の排気工程では、
図1に示すクランクピン5が紙面下側の半割軸受32の周方向中央部C付近の摺動面に向かう方向に移動し、下側の半割軸受32の周方向中央部C付近の摺動面7とクランクピン5の表面とが最も近接し、したがって紙面下側の半割軸受32の周方向中央部C付近の摺動面7とクランクピン5表面との間の隙間(軸受隙間)の油の圧力が高くなる。)
燃焼行程において、クランクピン5の外周面上の潤滑油路5bの吐出口5cが半割軸受31の周方向中央部Cを通過してから周方向中央部Cと軸線方向溝71との間の主円筒部72の摺動面7上に位置している間は、クランクピン5の表面と摺動面7との間の隙間が狭いので、吐出口5cから流出する油量が少なく、特に内燃機関のクランク軸の高速回転での運転時には潤滑油路5b内の油への遠心力の作用により、潤滑油路5b内の吐出口5c近くの油の圧力が大きくなる。
【0034】
本発明によれば、次いで
図7に示すようにクランクピン5の外周面上の潤滑油路5bの吐出口5cと軸線方向溝71とが連通を開始する瞬間には、潤滑油路5b内部の油の圧力と、軸線方向溝71の内面とクランクピン5表面との間の隙間の油の圧力との差によって、潤滑油路5bから軸線方向溝内71への油流F1が形成される。この時、潤滑油路5b内部の油の圧力は減少する。
また本発明によれば、クランクピン5の潤滑油路5b内の油は、クランクピン5の潤滑油路5bの吐出口5cが、半割軸受31の周方向中央部Cを通り軸線方向溝71と連通するまでの期間しか摺動面7で閉塞されないために、遠心力の作用をうけても圧力はそれほど大きくならない。
このため、潤滑油路5b内の油の圧力と軸線方向溝71内の油の圧力との差はそれほど大きくならず、油流F1が強くなりすぎることがない。また油流F1が形成されても乱流が発生し難い。
【0035】
図8に示すように、クランクピン5の外周面上の潤滑油路5bの吐出口5cとクラッシュリリーフ70とが連通を開始する瞬間には、潤滑油路5b内部の油の圧力と、クラッシュリリーフ70とクランクピン5表面との間の隙間(リリーフ隙間)内の油の圧力との差によって、潤滑油路5bからクラッシュリリーフ内への油流F2が形成される。
しかし本発明によれば、
図7に示す軸線方向溝71への油流F1によりクランクピン5の潤滑油路5b内の油の圧力を一度、低下させたのちに、クランクピン5の潤滑油路5bの吐出口5cとクラッシュリリーフ70(リリーフ隙間)とが連通する。また吐出口5cが、軸線方向溝71との連通を終了してからクラッシュリリーフ70と連通を開始するまでの期間、すなわち吐出口5cが摺動面7に再び閉塞される期間が短いので、遠心力の作用による圧力の増加が少ない。
このため、クランクピン5の潤滑油路5bの吐出口5cがクラッシュリリーフ70に連通する瞬間の潤滑油路5b内の油とリリーフ隙間内の油との圧力差が小さく、油流F2が強くなりすぎることがない。また油流F2が形成されても乱流が発生し難いので、摩擦損失が大きくならない。
【0036】
本発明によれば、軸線方向溝71は、半割軸受31、32の周方向中央部Cからクランクピン5の回転方向Zの前方側に向かって円周角度(θ1)で10°以上離間し、且つクランクピン5の回転方向Zの前方側のクラッシュリリーフ70から半割軸受31、32の周方向中央部C側へ向かって円周角度(θ2)で10°以上離間した範囲内の摺動面7に形成される。
このような範囲に形成する理由は、軸線方向溝71が、半割軸受31、32の周方向中央部Cから軸(クランクピン5)の回転方向Zの前方側に円周角度10°以上離間していると、円周角度10°未満の範囲の摺動面7に軸線方向溝71を形成した場合に比べて摩擦損失が少なくなるからである。
図6に示すように、半割軸受31、32の周方向中央部Cから円周角度10°未満の範囲の摺動面7は、クランクピン5からの最大負荷を受けるが、この範囲に軸線方向溝71を形成すると、摺動面7とクランクピン5表面との間の油の圧力が低下し、摺動面7とクランクピン5の表面が接触しやすくなり、摩擦損失が大きくなる。
【0037】
また本発明によれば、軸線方向溝71が、クランクピン5の回転方向Zの前方側のクラッシュリリーフ70から半割軸受31、32の周方向中央部C側へ向かって円周角度10°以上離間しているので、摩擦損失が少なくなる。クランクピン5の回転方向Zの前方側のクラッシュリリーフ70から半割軸受31、32の周方向中央部C側へ向かって円周角度10°未満の範囲に軸線方向溝71を形成すると、クランクピン5の潤滑油路5bの吐出口5cが、軸線方向溝71およびクラッシュリリーフ70と同時に連通することがある。そのような連通が生じると、軸線方向溝71内の油の圧力よりもリリーフ隙間内の油の圧力が低いため、軸線方向溝71内の油は、吐出口5c付近の潤滑油路5bの内部空間を介して、さらに吐出口5cからリリーフ隙間へ流れる油流F2に引きずられて、リリーフ隙間へ流れてしまう。すると、軸線方向溝71の周囲の、摺動面7とクランクピン5の表面との間の隙間の油が軸線方向溝71内に流れ込み、軸線方向溝71に隣接する摺動面7とクランクピン5の表面とが直接接触し、摩擦損失が大きくなる。
【0038】
また、軸線方向溝71が、クランクピン5の回転方向前方側のクラッシュリリーフ70から半割軸受31、32の周方向中央部C側へ向かって円周角度10°以上離間していると、クランクピン5の潤滑油路5b内部の油に異物が含まれていても異物が軸線方向溝71内に排出され難く、したがって軸線方向溝71の内面への異物の埋収、堆積も起き難い。これは、
図6に示すように、半割軸受31、32の周方向中央部C側ほどクランクピン5の表面と半割軸受31、32の摺動面7との間の隙間が小さいからである。すなわち、周方向端部側ほど隙間が大きいが、クラッシュリリーフ70から半割軸受31、32の周方向中央部C側へ向かって円周角度10°以上離間させると、摺動面7および軸線方向溝71の内面と、クランクピン5表面との間の隙間が狭く、潤滑油路5b内の異物が軸線方向溝71内に流出し難い。クランクピン5の潤滑油路5b内の油に含まれる異物が軸線方向溝71により流出し難くなるように、軸線方向溝71は、クランクピン5の回転方向前方側のクラッシュリリーフ70から半割軸受31、32の周方向中央部C側へ向かって円周角度10°以上離間していることがより好ましい。
【0039】
なお、実施例1は、コンロッド軸受3を構成する一対の半割軸受31、32の両方が軸線方向溝71を有する構成としたが、コンロッド軸受を構成する一対の半割軸受のうち、一方が本発明の半割軸受31または32であり、他方が従来の軸線方向溝71を有さない半割軸受であってもよい。
【実施例3】
【0043】
図11および12に示すように、実施例1および2の半割軸受とは異なり、実施例3の半割軸受31、32は、その周方向中央部Cとクランクピン5の回転方向前方側のクラッシュリリーフ70との間の主円筒部72の摺動面7に、複数(3つ)の軸線方向溝71を有する。
これら軸線方向溝71はやはり、半割軸受31、32の周方向中央部Cから、円周角度(θ1)10°以上離間し、且つクランクピン5の回転方向前方側のクラッシュリリーフ70から周方向中央部C側へ向かって円周角度(θ2)10°以上離間した範囲内の摺動面7に形成される。
実施例3の他の構成は実施例1の半割軸受31、32と同じである。
【0044】
本発明を、一般的な乗用車の内燃機関のクランク軸用コンロッド軸受、すなわちクランクピン5の直径が25mm〜75mm程度であるクランク軸用コンロッド軸受に適用する場合、これら複数の軸線方向溝71どうしは、半割軸受31、32の摺動面7上で周方向に0.5〜2mm離間するよう配置されることが好ましい。さらに、複数の軸線方向溝71は、同じ周方向長さL1、および同じ深さD1を有することが好ましい。
【0045】
また、複数の軸線方向溝71と、軸線方向溝71どうしの間の摺動面とからなる摺動面7上の軸線方向溝形成領域711の周方向長さは、半割軸受31、32の摺動面7での円周角度(θ4)で5〜35°に相当する長さであることが好ましい。
本実施例では、半割軸受31、32は3つの軸線方向溝71を有するが、これに限定されないで、2つ、または4つ以上の軸線方向溝71を有していてもよい。
さらに、複数の軸線方向溝71は、実施例2と同様に半割軸受31、32の軸線方向両端部に開口していなくてもよい。
【0046】
(作用効果)
本実施例は、実施例1と同様の効果を有し、さらに、複数の軸線方向溝71の間に摺動面7が配されるので、複数の軸線方向溝71を形成した領域(軸線方向溝形成領域)でも、摺動面によりクランクピン5を支承する能力を有する。
【0047】
なお、実施例1〜3において、半割軸受31、32の周方向中央部Cと、クランクピン5の回転方向後方側のクラッシュリリーフ70との間の摺動面7にも軸線方向溝71と同様な軸線方向溝を形成して半割軸受31、32を周方向中央部Cに関して対称形状にしてもよい。
このような対称形状を採用することにより、コンロッド2への半割軸受31、32の誤った組み付けを未然に防止することができる。
【0048】
上で説明した本発明のコンロッド軸受を構成する半割軸受は、摺動面から外周面へ貫通する油穴や、摺動面に周方向に延びる部分溝を有していてもよいが、これら油穴や部分溝は、半割軸受の摺動面の軸線方向溝を避けた位置に形成される(油穴や部分溝は、軸線方向溝と連通しない)ことが好ましい。