(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
NMR(核磁気共鳴法)は、ポリマーの微細な一次構造を解析する機器分析法である。ポリマーの微細な一次構造には立体規則性、位置規則性欠陥、不飽和結合、末端構造、分岐構造などが挙げられる。これらの構造の定量の要請は、特にポリオレフィン系樹脂に関して大きい。
例えばポリプロピレンの立体規則性の評価には炭化水素系溶媒によるソックスレー抽出法、不飽和結合と分岐量はIR測定法による算出法があるが、いずれもおおよその定量値を与えるのみである。それに対しNMRは原子核の持つミクロな核磁気モーメントを利用して物質内部の磁場を測定する手段であり、精度よくポリマーの微細構造を知る上で広く汎用されている。
また、ポリプロピレンについて言えば、触媒や重合条件により、1,2結合と2,1結合、あるいは1,3結合などの位置規則性欠陥が生成し、これらは材料の最終物性に影響を与えるため、高い精度で定量することが望まれるが、そのためには、NMRによる分析が必要である。不飽和結合量や、末端構造(飽和末端、または不飽和末端等)、分岐構造についても同様である。
【0003】
ここで、分岐構造については、プロピレンと炭素数4以上のα−オレフィンを共重合した場合のプロピレン系共重合体の、ポリマー主鎖に対してエチル分岐以上の分岐構造のことを指す。なお、特許文献1や特許文献2で開示されるようなマクロマー共重合法あるいは、特許文献3で開示されるような過酸化物による変成や、特許文献4に開示されるような電子線による変成の技術を用いてポリマー主鎖に導入される、側鎖の炭素数が6を超えるような長鎖分岐構造も含まれる。
また、ポリエチレンやエチレンとα−オレフィン等のコモノマー共重合体からなるポリエチレン系樹脂についても、立体規則性を除いて、位置規則性欠陥、不飽和結合、末端構造、分岐構造等の定量は、ポリプロピレン系樹脂と同様に重要な課題である。
【0004】
ところで、NMR分析法で定量性のあるシグナル強度を採取するには、パルスを照射し、縦磁化が定常状態に戻った後、次のパルスを照射する必要がある(非特許文献1、非特許文献2)。
例えば、サンプルの縦磁化の緩和時間(スピン格子緩和時間とも称される)がT1であるとした場合、フリップ角が90°で、縦磁化が99%以上回復するには、パルスを照射してから、次のパルスを照射するまでの時間(PR)を、PR/T1≧約5とする必要がある。
同様に、フリップ角が45°であれば、PR/T1≧約3.5とする必要がある。
【0005】
NMR測定による各構造の定量精度を向上させるには、数多くのパルスを照射して積算する必要があるが、パルス間隔の時間(PR)を長くとる必要があるために、測定時間が長時間となる問題がある。
具体的には、特許文献5〜8では、重合体中のコモノマー量や、トリアッドタクティシティーや、2,1−挿入あるいは1,3−挿入に基づく位置不規則性が特定の範囲にあるプロピレン系(共)重合体が開示されており、それらの数値の算出に
13C−NMR測定方法が使用されているが、測定法を精査すると、フリップアングル45°、パルス間隔3.4T1以上(T1は、メチル基のスピン格子緩和時間のうち最長の値)を選択すると記載されている。メチレン基及びメチン基のT1はメチル基より短いので、この条件で磁化の回復が99%以上の条件で測定されている。
しかし、この条件では、パルス間隔は長いものとなり、結果、一試料あたりの測定時間が長くなり効率が悪いという課題がある。
【0006】
このように、ポリオレフィン等のポリマーの開発においては、各種の触媒や重合条件によって重合したポリマーの立体規則性、位置規則性欠陥、不飽和結合、末端構造、分岐構造等の構造を解析し、結果を触媒開発や、重合プロセス開発にフィードバックし、さらに良好な条件を探索するという開発ルーチンが一般的に行われるが、ポリマーの分析に時間がかかることは、開発スピードの低下を招くこととなり、結果、検討期間が長期間化して、開発コストの増大を招くこととなる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の熱可塑性樹脂の定量測定方法は、
13C−NMR測定により、任意のフリップ角(β、単位=度)のパルスを使用して熱可塑性樹脂の一次構造を定量測定する方法であって、
下記式(1)を満たすシグナル強度として、K強度(K=PR
K/T1
max)を算出する工程と、
下記式(2)を満たすシグナル強度として、L強度(L=PR
L/T1
max)を算出する工程と、
前記K強度及び前記L強度を得た後、該L強度に対する、測定対象シグナルに関する補正係数を算出する工程と、
前記補正係数算出工程後、前記測定対象シグナルと同じ炭素シグナルについて前記
13C−NMR測定を、前記L=PR
L/T1
maxから求まるパルス間隔PR
Lの条件で行うことにより前記L強度を得て、当該L強度に対して、前記補正係数を乗じて、前記K強度相当のシグナル強度を得る工程と、
を有することを特徴とする。
但し、T1
max(単位=秒)は、測定サンプルである熱可塑性樹脂が有する測定対象の定量のために選択された一群の炭素シグナルの縦磁化緩和時間T1の内の最長のものを示し、PR(単位=秒)は、パルスを照射してから、次のパルスを照射するまでのパルス間隔の時間を示す。
式(1):(1−exp(−K))/(1−cos(β)×exp(−K))≧0.99
式(2):{(1−exp(−K))/(1−cos(β)×exp(−K))}×sin(β)/(K)^0.5<{(1−exp(−L))/(1−cos(β)×exp(−L))}×sin(β)/(L)^0.5
【0022】
13C−NMR法にてポリオレフィンの短鎖分岐数及び/又は長鎖分岐数及び/又は末端数及び/又は位置規則性欠陥量等、熱可塑性樹脂の一次構造を、フリップ角がβ(単位:度)のパルスを使用して測定するに際し、パルス間隔PR(単位:秒)を、通常、測定対象の炭素シグナルの最長の縦磁化緩和時間T1
max(単位:秒)に対して十分長くとって測定する必要があるところ(これを条件Kと称する)、特定の条件を満足する、それよりも短いパルス間隔PR時間に設定して測定した値(これを条件Lと称する)を使用し、測定対象の炭素からのシグナルについて、(K強度)/(L強度)を求めてこれを補正係数とし、L強度に補正係数を乗じて条件K相当のシグナル強度を得ることで、単位時間当たりの積算効率を高めて短時間で分析可能とする。
一度、この補正係数(K強度)/(L強度)を決定しておけば、それ以降の測定を全て条件Lにて実施することが可能となり、測定時間の短縮を図ることができる。
【0023】
以下に、本発明を実施する態様において、本発明の定量測定方法について、具体的かつ詳細に記述する。なお、本明細書において数値範囲を示す「〜」とは、その前後に記載された数値を下限値及び上限値として含む意味で使用される。
【0024】
本発明の好ましい構成要件としては、NMR測定に際して、式(1)を満たすPR
K/T1
max=Kで一定時間積算して得たシグナルのK強度と、式(2)の不等式を満たすPR
L/T1
max=Lで測定して一定時間積算して得たシグナルのL強度を採取し、(K強度)/(L強度)で求まる補正係数を決定すると同時に、L強度に補正係数を乗じてK強度相当のシグナル強度を得ることで、定量測定をすることである。
本発明の測定方法は、少なくとも(1)K強度算出工程、(2)L強度算出工程、(3)補正係数算出工程、及び、(4)補正係数乗算工程を有する。
以下、各工程について詳述する。
【0025】
(1)K強度算出工程
K強度算出工程は、下記式(1)を満たすシグナル強度として、K強度(K=PR
K/T1
max)を算出する工程である。
式(1):(1−exp(−K))/(1−cos(β)×exp(−K))≧0.99
式(1)左辺は、フリップ角βの際の、パルス間隔PR時間経過後の縦磁化の回復率を表す式であり、例えば非特許文献2のp.27の式(2.7)から求めることができる。
K強度の値は、式(1)の左辺が0.99以上となるPR
K/T1
maxの値であり、式(1)を解くことで算出することができる。
また、
図1には、種々のフリップ角βを与えた際の、式(1)左辺の値を縦軸にプロットした図であり、この図からK強度の値を読み取ることもできる。
さらに、K強度算出工程においては、K強度を、K=PR
K/T1
maxから求まるパルス間隔PR
Kの条件で一定時間積算して得てもよい。
【0026】
具体的な式(1)左辺の算出法を以下に示す。
上記非特許文献2のp.26の
図2.19のように、NMR装置内に座標(NMR装置の静磁場方向を+Z軸方向とする)を想定し、熱的平衡状態である+Z軸方向の核スピンに、パルスを照射すると磁化ベクトルはXY平面に倒れ、次のパルス照射までの時間で、Z軸方向の縦磁化が回復し始める。
定量性のあるシグナル強度を採取するには、縦磁化が十分回復した後、次のパルスを当てる必要がある。
次のパルス直前の縦磁化(Mz)は、下記式(3)で表わされ、パルス間隔(PR)と観測対象の縦磁化緩和時間(T1)の関数である。
式(3):Mz=M0−(M0−Mz×cos(β))×exp(−PR
K/T1)
ここで、M0は熱的平衡にある縦磁化である。
【0027】
式(3)から、下記式(3’)が求まり、式(1)の左辺が導かれる。
式(3’):縦磁化の回復率Mz/M0=(1−exp(−PR
K/T1))/{(1−cos(β))×exp(−PR
K/T1))}
測定サンプルである熱可塑性樹脂が有する測定対象の定量のために選択された一群の炭素シグナルの縦磁化緩和時間T1の内の最長のものをT1
maxとして、式(1)を満たすPR
K/T1
maxがKの値である。
即ち、式(1)を満たすKを選択すること(これを条件Kとする)は、次のパルス照射直前に、縦磁化が十分に初期の状態まで回復していることを意味し、一般に定量測定に適した条件である。
【0028】
T1
maxは、T1が短いほど測定時間を短縮できるため、測定試料ごとに設定してもよい。
例えば、定量対象の構造が、エチレン/1−ヘキセン二元系樹脂のブチル分岐の場合、ブチル分岐を構成する炭素シグナルのT1は、分岐の先端のメチル炭素シグナルのT1が7.5秒、2番目のメチレン炭素シグナルのT1が4.2秒、メチン炭素シグナルのT1が1.4秒であるため、ブチル分岐の定量には、T1が最短のメチン炭素シグナルを測定対象シグナルとして採用し、分岐の先端のメチル炭素シグナルと、2番目のメチレン炭素シグナルは測定対象シグナルから除外する。また、測定対象の定量のために必要な炭素シグナルであるエチレン主鎖のメチレン炭素シグナルのT1は2.0秒である。そのため、この場合、測定対象の定量のために選択された一群の炭素シグナルは、ブチル分岐のメチン炭素シグナル(T1=1.4秒)とエチレン主鎖のメチレン炭素シグナル(T1=2.0秒)であるため、測定対象の定量のために選択された一群の炭素シグナルの縦磁化緩和時間T1の内の最長のものは、エチレン主鎖のメチレン炭素シグナルのT1であり、T1
maxは2.0秒とする。
また、別の例として、定量対象の構造がホモプロピレンのブチル末端の場合、ブチル末端を構成する炭素シグナルのT1は、先端のメチル炭素シグナルのT1が6.8秒、2番目のメチレン炭素シグナルのT1が10.2秒、3番目のメチレン炭素シグナルのT1が12.5秒であるため、ブチル末端の定量にはT1が最短の先端のメチル炭素シグナルを測定対象シグナルとして採用し、2番目のメチレン炭素シグナルと、3番目のメチレン炭素シグナルは測定対象シグナルから除外する。また、測定対象の定量のために必要な炭素シグナルであるプロピレン主鎖のメチル炭素シグナルのT1は2.1秒、メチレン炭素シグナルのT1は0.8秒、メチン炭素シグナルのT1は1.5秒である。そのため、この場合、測定対象の定量のために選択された一群の炭素シグナルは、ブチル末端を構成する先端のメチル炭素シグナル(T1=6.8秒)、プロピレン主鎖のメチル炭素シグナル(T1=2.1秒)、プロピレン主鎖のメチレン炭素シグナル(T1=0.8秒)、及び、プロピレン主鎖のメチン炭素シグナル(T1=1.5秒)であるため、測定対象の定量のために選択された一群の炭素シグナルの縦磁化緩和時間T1の内の最長のものは、ブチル末端を構成する先端のメチル炭素シグナルのT1であり、T1
maxは6.8秒とする。
【0029】
(2)L強度算出工程
L強度算出工程は、下記式(2)を満たすシグナル強度として、L強度(L=PR
L/T1
max)を算出する工程である。
式(2):{(1−exp(−K))/(1−cos(β)×exp(−K))}×sin(β)/(K)^0.5<{(1−exp(−L))/(1−cos(β)×exp(−L))}×sin(β)/(L)^0.5
L強度算出工程においては、L強度を、L=PR
L/T1
maxから求まるパルス間隔PR
Lの条件でK強度を得た時と同じ回数で積算して得てもよい。
【0030】
ある測定条件で、一定時間の測定で得られる信号雑音比(S/N比)は、その測定条件の積算効率と定義される。
パルス間隔(PR)と測定対象核の縦磁化緩和時間(T1)の比、フリップ角βの間には、下記式(4)の関係が成り立つ(参考文献:T.Nakai; New Grass, vol.28,No.109,p.17(2013))。
式(4):(S/N)/hour={(1−exp(−PR/T1))/(1−cos(β)×exp(−PR/T1))}×sin(β)/(−PR/T1)^0.5
【0031】
図2は、種々のフリップ角βに対して、PR/T1を変数として式(4)の値を計算してプロットしたものである。
図2から、単位時間当たりのスペクトルの信号雑音比(S/N比)は、式(1)を満たすKで最大とはならず、それより小さいPR/T1でS/N比が高くなる範囲があり、当該PR/T1に設定することで、積算効率が上がる。当該PR/T1の範囲がLである。
ここで、縦磁化緩和時間T1は測定サンプルである熱可塑性樹脂が有する測定対象の定量のために選択された一群の炭素シグナルの縦磁化緩和時間T1の内の最長のものをT1
maxとすれば、Lとして式(2)の不等式を満たす値を選ぶ(これを条件Lとする)ことで、条件Kでの測定よりも単位時間当たりのS/N比の向上が期待できる。
単位時間当たりのS/N比の向上のためには、
図2の極大値付近のL=PR
L/T1
maxを選択することが好ましく、最も好ましくは、極大値となるLを選択する。
詳細に述べれば、パルス間隔PRは、PR=AQ+DTである。
ここで、AQはデータの取り込み時間(単位:秒)、DTはデータ取り込み終了から次のパルス照射までの待ち時間(単位:秒)である。
即ちLとしては、測定の条件であるAQとDTの制限の範囲で選択する必要がある。
式(2)の右辺が最大となるようなLの数値を具体的に述べれば、例えばβ=90°の際にL=約1.3、β=60°の際にL=約0.69、β=45°の際にL=約0.35であるので、(AQ+DT)/T1
maxの値がそれに合うようにAQおよびDTを選べばよい。
しかし、一般にNMR測定ではAQはある程度の長さが必要であり、AQ/T1
maxが既に上記の1.3、0.69、0.35等の値を上回る場合がある。その際は、できるだけDTを小さくすればよい。
また、上記のように条件Lで得たシグナル強度(L強度)は、同一積算時間で比較した場合には、条件Kで得た強度(K強度)よりも高くなる。逆に言えば、条件Lを採用し、定量性の確保される条件Kと同じシグナル強度を得るための測定時間は、条件Kの場合より短くなり、時間短縮が達成されるが、条件Lでは全ての炭素シグナルの定量性が確保されていない。
そのため、条件Lで測定したシグナル強度(L強度)に対して、定量性を回復させるため、測定対象のそれぞれの炭素のシグナルについて、(K強度)/(L強度)を求めてこれを補正係数とする。その後、L強度に補正係数(K強度)/(L強度)を乗じてK強度相当のシグナル強度を得る。
【0032】
(3)補正係数算出工程
補正係数算出工程は、前記K強度及び前記L強度を得た後、該L強度に対する、測定対象シグナルに関する補正係数を算出する工程である。
補正係数算出工程においては、K強度及びL強度を得た後、測定対象シグナルについて、(K強度)/(L強度)を補正係数として決定してもよい。
測定対象とは、短鎖分岐数、長鎖分岐数、末端数及び/又は位置規則性欠陥量等の熱可塑性樹脂の一次構造の定量のために
13C−NMR測定が必要となる化学構造である。
測定対象シグナルとは、測定対象として選択した化学構造に含まれる炭素の中から選択される構造特定が可能な任意の炭素のシグナルである。
熱可塑性樹脂が測定対象となる複数の炭素シグナルを有する場合には、測定対象となる全ての炭素シグナルについての補正係数を、後述する補正係数乗算工程前に決定しておくことが好ましい。例えば、同じメチン炭素であっても、ブチル分岐のメチン炭素とメチル分岐のメチン炭素の補正係数は異なるため、ブチル分岐のメチン炭素とメチル分岐のメチン炭素を有する熱可塑性樹脂のブチル分岐数とメチル分岐数を定量測定する場合は、それぞれの化学構造の中から各々選ばれる任意の炭素シグナルについて補正係数を決定しておくことが好ましい。
一度、この補正係数を決定しておけば、それ以降の測定を全てPR
L/T1
max=Lで、実施することが可能となり、測定時間の短縮を図ることができる。なお、例えば、エチレン/1−ヘキセン二元系樹脂のブチル分岐のメチン炭素とエチレン/プロピレン/1−ヘキセン三元系樹脂のブチル分岐のメチン炭素の補正係数は同じにすることができるため、一度ブチル分岐のメチン炭素の補正係数を決定しておけば、異なる種類の熱可塑性樹脂についてもブチル分岐のメチン炭素については同じ補正係数を用いることができ、再度ブチル分岐のメチン炭素の補正係数を決定する必要がない。
【0033】
(4)補正係数乗算工程
補正係数乗算工程は、前記補正係数算出工程後、前記測定対象シグナルと同じ炭素シグナルについて前記
13C−NMR測定を、前記L=PR
L/T1
maxから求まるパルス間隔PR
Lの条件で行うことにより前記L強度を得て、当該L強度に対して、前記補正係数を乗じて、前記K強度相当のシグナル強度を得る工程である。
当該工程を経ることにより、上記したように、条件Lで測定したシグナル強度(L強度)に対して、測定対象の炭素シグナル(測定対象シグナル)の定量性を確保させることができる。
測定対象シグナルと同じ炭素シグナルとは、測定対象として選択した化学構造と同じ化学構造の同じ位置の炭素のシグナルである。例えば、同じメチン炭素であっても、ブチル分岐のメチン炭素とメチル分岐のメチン炭素では、化学構造が異なるため、炭素シグナルは異なる。また、同じメチレン炭素であっても、ブチル末端を構成する2番目のメチレン炭素と、3番目のメチレン炭素とでは、測定対象の化学構造はブチル末端構造で同じであるが、炭素が配置されている位置が異なる。
【0034】
本発明の定量測定方法の対象になる樹脂成分は、熱可塑性樹脂であり、特に制限はなくこれを溶解させる適当な溶媒を用いて溶液状態となっていれば測定が可能である。
定量測定する熱可塑性樹脂としては、補正係数を設定した測定対象シグナルと同じ炭素シグナルを有していれば、熱可塑性樹脂の種類は同じであっても異なっていてもよい。
また、熱可塑性樹脂としては、好ましくはポリオレフィンが挙げられる。より具体的にはポリプロピレン、ポリエチレン、ポリブテン−1やこれらと少量の他のα−オレフィンとの共重合体、例えば、プロピレン/エチレン共重合体、プロピレン/ブテン−1共重合体、エチレン/ブテン−1共重合体、エチレン/ヘキセン−1共重合体、エチレン/オクテン−1共重合体、エチレン/プロピレン/ブテン−1三元共重合体などがある。また、アクリル酸エステルなどの極性基を含有するコモノマーとの共重合体であってもよい。
これら、ポリプロピレン系樹脂やポリエチレン系樹脂等の短鎖分岐数及び/又は長鎖分岐数及び/又は末端数及び/又は位置規則性欠陥量を定量化するために、通常測定対象とするシグナルは、メチル炭素シグナル、メチレン炭素シグナル、メチン炭素シグナル等である。
【0035】
プロピレン−ブテンランダム共重合体を例にとって、測定の具体的方法を述べる。
まず、(1)K強度算出工程として、測定対象の定量に必要な全シグナルの縦磁化緩和時間T1を求める。それらの内、最も長いものをT1
maxとし、式(1)を満たす条件Kにて、定量性の確保された測定を行う。こうして得られた各シグナルがK強度である。
ついで、(2)L強度算出工程として、フリップ角βを適当に設定するが、ここではβ=45度とする。するとL=0.35が好ましい値であるので、AQ+DT=0.35となるDTを決定し、条件Lでの測定を行い、L強度を得る。
この2回の測定後、(3)補正係数算出工程として、一旦補正係数(K強度)/(L強度)を決定しておく。
これにより、以後、同様のプロピレン−ブテンランダム共重合体の解析の際には、条件Lでの測定(条件Kよりも単位時間当たりのS/N比が良い)を行い、(4)L強度乗算工程として、L強度に補正係数を乗じることで、定量性のある結果を得ることができる。
【0036】
試料を溶解させる重溶媒としては重水素化溶媒を用いるか、もしくはこれを併用することが好ましい。
試料の濃度は適宜調整すればよいが、1mg/mL以上500mg/mL以下とすることが好ましく、5mg/mL以上250mg/mL以下とすることがより好ましい。濃度が低過ぎる場合には信号強度が低下するため多数回の積算を行う必要が生じる可能性があり、濃度が高過ぎる場合にはスペクトルの分解能が低下する可能性がある。
【0037】
観測を行うプローブは、試料温度を制御する機能を有している限りにおいて、その他の機能に制限は無く、測定に供する試料管の形状や観測する核種に応じて適宜選択すればよい。
1H、
13C核が観測可能な温度可変デュアルプローブやクライオプローブ等が例示される。
【0038】
特に、微小なシグナル検出には、検出部を極低温状態に保つことで感度の高い測定ができるクライオプローブの使用が好適である。
検出部を極低温状態に保つために使用されるクライオプローブとして、極低温のヘリウムガスを用いるクライオプローブや液体窒素を用いるクライオプローブ等が例示され、ヘリウムガスを使用するクライオプローブが好ましい。
本発明において、上記極低温状態とは、クライオプローブのコイルの温度を30K以下に制御してあることを言う。
【0039】
本発明の測定方法で測定する試料の温度は、試料が液体状態を保てる範囲であれば制限は無い。
ポリオレフィンを試料とする場合には80℃を越え130℃以下、好ましくは100℃以上125℃以下で測定することが好ましい。80℃以下では試料の溶媒に対する溶解性が乏しいために十分な信号強度を得られなくなることがある。
【0040】
[熱可塑性樹脂の品質管理方法]
本発明の熱可塑性樹脂の品質管理方法は、本発明の熱可塑性樹脂の定量測定方法を用いることを特徴とする。
したがって、本発明の測定方法は樹脂の品質管理に好適に用いることができる。
分岐、末端、位置規則性欠陥は、熱可塑性樹脂の成形性、耐衝撃性などの物性に影響を及ぼす。
一般に樹脂の製造において、これらの構造の量を管理することは品質管理上重要である。
本発明の方法を用いて、熱可塑性樹脂中の分岐、末端、位置規則性欠陥を検出することにより、重合反応を追跡或いは解析することができる。
本発明の方法を用いて品質管理を行うには、生産された樹脂のロットから無作為にサンプリングし、本発明の方法によりNMR測定を行い、管理すべき分岐数、位置規則性欠陥量を調べたり、以前に製造した製品との差の検定を行ったり、更には工程の振れを管理したりすることが可能である。
【0041】
[熱可塑性樹脂の製造方法]
本発明の熱可塑性樹脂の製造方法は、本発明の熱可塑性樹脂の定量測定方法を用いることを特徴とする。
本発明の熱可塑性樹脂の製造方法は、本発明の熱可塑性樹脂の定量測定方法を用いることにより、効率よく短時間でNMR測定が可能であるため、製造コストの低減、製造時間の短縮等を図ることができる。
【実施例】
【0042】
以下に、本発明を実施例及び比較例によって、更に具体的に説明し、各実施例のデータ及び各実施例と各比較例の対照により、本発明の構成の合理性と有意性及び従来技術に対する卓越性を実証する。ただし、本発明はこれらの実施例に限定されるものでない。
本発明におけるNMR測定方法を以下に示す。
【0043】
[試料調製]
試料100〜300mgをo−ジクロロベンゼン/重水素化臭化ベンゼン(C
6D
5Br)=4/1(体積比)2.4〜2.5mlおよび化学シフトの基準物質であるヘキサメチルジシロキサンと共に内径10mmφのNMR試料管に入れ、窒素置換した後封管し、150℃のブロックヒーターで均一に溶解した。
【0044】
[装置と測定法]
NMR測定は10mmφのクライオプローブを装着したブルカー・バイオスピン(株)のAV400型NMR装置を用いた。
13C−NMRの測定条件は、試料の温度120℃、ブロードバンドデカップリング法で測定をした。
化学シフトはヘキサメチルジシロキサンの
13Cシグナルを1.98ppmに設定し、他の
13Cによるシグナルの化学シフトはこれを基準とした。
【0045】
[補正係数の算出法]
補正係数の算出方法を以下に説明する。
【0046】
[ポリプロピレンのn−ブチル末端と2,1−挿入位置規則性欠陥]
MFR(メルトマスフローレート)0.8g/10minのポリプロピレンA、MFR3010g/10minのポリプロピレンB、MFR1200g/10minのポリプロピレンCをそれぞれ、別々の試料管に200mg採取し、上記[試料調製]に記載の方法で試料を均一に溶解した。
ここで、MFRはJIS K7210:1999に準拠し、2.16kg荷重、230℃にて測定したものである。
この3本の試料管を、以下の測定条件Kと測定条件Lで前記の
13C−NMR測定に準じて測定し、n−ブチル末端シグナルC1(T1=6.8秒)と2,1位置規則性欠陥シグナル8m(T1=2.0秒)について補正係数(K強度)/(L強度)を求めた。
ここで、測定サンプルであるポリプロピレンA〜Cのプロピレン単位の繰り返しからなる主鎖のメチル炭素シグナルのT1は2.1秒、メチン炭素シグナルのT1は1.5秒、メチレン炭素シグナルのT1は0.8秒である。また、T1
maxは、n−ブチル末端シグナルC1のT1であり、6.8秒である。
T1は、測定温度を120℃、τ(180°パルスと90°パルスの待ち時間(単位:秒))を0.05〜8.0、とし、反転回復法で測定した。
条件K;フリップ角βを90°、PRを35秒(AQ=5.3秒、DT=29.7秒)、積算回数を512回、総測定時間は5時間
条件L;フリップ角βを90°、PRを9.1秒、(AQ=2.5秒、DT=6.6秒)、積算回数を512回、総測定時間は1時間18分
条件Kは、式(1)を満たすK(=PR
K/T1
max)の条件、条件Lは式(2)の不等式を満たすL(=PR
L/T1
max)の条件で、条件Kと条件Lの積算回数は同じである。
【0047】
図3に2,1位置規則性欠陥シグナル8mについて、
図4にn−ブチル末端シグナルC1について、それぞれ横軸にL強度を縦軸にK強度をプロットしたグラフを示した。
図3、
図4のL強度とK強度は1次関数で近似され、傾きが補正係数(K強度)/(L強度)となる。
L強度に補正係数(K強度)/(L強度)を乗じて条件K相当のシグナル強度を得ることで、定量測定を行うことが可能となる。
シグナルの積分は、ブルカーAVANCEIIIの解析ソフトTOPSINで実施し、得られたシグナルの絶対強度を用いた。
【0048】
[ポリエチレンのメチル分岐]
MFR16g/10minのポリエチレンAとMFR15.9g/10minのポリエチレンBを、それぞれ別々の試料管に100、200、300mg採取し、上記[試料調製]に記載の方法で試料を均一に溶解した。
ここで、MFRはJIS K7210:1999に準拠し、2.16kg荷重、230℃にて測定したものである。
この6本の試料管を、以下の測定条件Kと測定条件Lで
13C−NMR測定を行い、メチル分岐シグナル1B1(T1=3.1秒)について補正係数(K強度)/(L強度)を求めた。
ここで、測定サンプルであるポリエチレンA〜Bのエチレン単位の繰り返しからなる主鎖のメチレン炭素シグナルのT1は2.0秒である。また、T1
maxは、メチル分岐シグナル1B1のT1であり、3.1秒である。
T1は、測定温度を120℃、τ(180°パルスと90°パルスの待ち時間(単位:秒))を0.05〜8.0、とし、反転回復法で測定した。
条件K;フリップ角を90°、PRを20秒(AQ=5.3秒、DT=14.7秒)、積算回数を4096回、総測定時間22時間45分
条件L;フリップ角を90°、PRを3秒(AQ=2.5秒、DT=0.5秒)、積算回数を4096回、総測定時間3時間25分
条件Kは、式(1)を満たすK(=PR
K/T1
max)の条件、条件Lは式(2)の不等式を満たすL(=PR
L/T1
max)の条件で、条件Kと条件Lの積算回数は同じである。
図5にメチル分岐シグナル1B1について、横軸にL強度を縦軸にK強度をプロットしたグラフを示した。
図5のL強度とK強度は1次関数で近似され、傾きが補正係数(K強度)/(L強度)となる。L強度に補正係数(K強度)/(L強度)を乗じて条件K相当のシグナル強度を得ることで、定量測定を行うことが可能となる。
【0049】
[ポリエチレンのブチル分岐]
1−ヘキセン含量の異なるポリエチレンC、ポリエチレンD、ポリエチレンEを、それぞれ別々の試料管に200mg採取し、上記[試料調製]に記載の方法で試料を均一に溶解した。
この3本の試料管を、以下の測定条件Kと測定条件Lで
13C−NMR測定し、ブチル分岐シグナルbrB4(T1=1.4秒)について補正係数を求めた。
ここで、測定サンプルであるポリエチレンC〜Eのエチレン単位の繰り返しからなる主鎖のメチレン炭素シグナルのT1は2.0秒である。また、T1
maxは、エチレン単位の繰り返しからなる主鎖のメチレン炭素シグナルのT1であり、2.0秒である。
T1は、測定温度を120℃、τ(180°パルスと90°パルスの待ち時間(単位:秒))を0.05〜8.0、とし、反転回復法で測定した。
条件K;フリップ角を45°、PRを8.05秒(AQ=2.5秒、DT=5.55秒)、積算回数を1024回、総測定時間2時間18分
条件L;フリップ角を45°、PRを2.76秒(AQ=2.5秒、DT=0.26秒)、積算回数を1024回、総測定時間47分
条件Kは、式(1)を満たすK(=PR
K/T1
max)の条件、条件Lは式(2)の不等式を満たすL(=PR
L/T1
max)の条件で、条件Kと条件Lの積算回数は同じである。
図6にブチル分岐シグナルbrB4についてK強度を横軸にL強度を縦軸にプロットしたグラフを示した。
フリップ角が45°でも、
図6のL強度とK強度は1次関数で近似され、傾きが補正係数(K強度)/(L強度)となる。
L強度に補正係数(K強度)/(L強度)を乗じて条件K相当のシグナル強度を得ることで、定量測定を行うことが可能となる。
【0050】
[ポリエチレンの長鎖分岐]
ポリエチレンF、G、Hをそれぞれ200mg、ポリエチレンI、Jそれぞれ50mgを、それぞれ別々の試料管に採取し、上記[試料調製]に記載の方法で試料を均一に溶解した。
この5本の試料管を、以下の測定条件Kと測定条件Lで
13C−NMR測定し、長鎖分岐シグナルbrLCB(T1=1.0秒)について補正係数を求めた。
ここで、測定サンプルであるポリエチレンF〜Jのエチレン単位の繰り返しからなる主鎖のメチレン炭素シグナルのT1は2.0秒である。また、T1
maxは、エチレン単位の繰り返しからなる主鎖のメチレン炭素シグナルのT1であり、2.0秒である。
T1は、測定温度を120℃、τ(180°パルスと90°パルスの待ち時間(単位:秒))を0.05〜8.0、とし、反転回復法で測定した。
条件K;フリップ角を90°、PRを20秒(AQ=5.3秒、DT=14.7秒)、積算回数を1024回、総測定時間5時間41分
条件L;フリップ角を90°、PRを3秒(AQ=2.5秒、DT=0.5秒)、積算回数を1024回、総測定時間51分
図7に長鎖分岐シグナルbrLCBについてK強度を横軸にL強度を縦軸にプロットしたグラフを示した。
図7のL強度とK強度は1次関数で近似され、傾きが補正係数(K強度)/(L強度)となる。L強度に補正係数(K強度)/(L強度)を乗じて条件K相当のシグナル強度を得ることで、定量測定を行うことが可能となる。
【0051】
[実施例1〜5]
測定条件Lで前記の
13C−NMR測定方法に準じて測定し、測定対象シグナルについて、S/N比を算出した。
得られたL強度に上記で得られた補正係数(K強度)/(L強度)を乗じた強度を用いて、対象構造の定量値を算出した。
実施例1〜5における測定条件Lを、以降に記載する。
【0052】
(実施例1、2)
試料;ポリプロピレンC
測定対象シグナル;n−ブチル末端シグナルC1と2,1位置規則性欠陥シグナル8m
条件L;フリップ角を90°、PRを9.1秒(AQ=2.5秒、DT=6.6秒)、積算回数を512回、総測定時間は1時間18分
【0053】
(実施例3)
試料;ポリエチレンM
測定対象シグナル;メチル分岐1B1
条件L;フリップ角を90°、PRを3秒(AQ=2.5秒、DT=0.5秒)、積算回数を856回、総測定時間43分
【0054】
(実施例4)
試料;ポリエチレンD
測定対象シグナル;ブチル分岐brB4
条件L;フリップ角を45°、PRを2.76秒(AQ=2.5秒、DT=0.26秒)、積算回数を2988回、総測定時間2時間18分
【0055】
(実施例5)
試料;ポリエチレンN
測定対象シグナル;長鎖分岐brLCB
条件L;フリップ角を90°、PRを3秒(AQ=2.5秒、DT=0.5秒)、積算回数を5120回、総測定時間4時間16分
【0056】
[比較例1〜5]
測定条件Kで前記の
13C−NMR測定方法に準じて測定し、測定対象シグナルについて、S/N比を算出した。
比較例1〜5における測定条件Kを、以降に記載する。
【0057】
(比較例1、2)
実施例1、2で用いた試料管を用いて、実施例1、2と同じ測定時間となるように積算回数を設定した。
試料;ポリプロピレンC
測定対象シグナル;n−ブチル末端シグナルC1と2,1位置規則性欠陥シグナル8m
条件K;フリップ角を90°、PRを35秒(AQ=5.3秒、DT=29.7秒)、積算回数を134回、総測定時間は1時間18分
【0058】
(比較例3)
実施例3で用いた試料管を用いて、実施例3と同じ測定時間となるように積算回数を設定した。
試料;ポリエチレンM
測定対象シグナル;メチル分岐1B1
条件K;フリップ角を90°、PRを20秒(AQ=5.3秒、DT=14.7秒)、積算回数を128回、総測定時間は43分
【0059】
(比較例4)
実施例4で用いた試料管を用いて、実施例4と同じ測定時間となるように積算回数を設定した。
試料;ポリエチレンD
測定対象シグナル;ブチル分岐brB4
条件K;フリップ角を45°、PRを8.05秒(AQ=2.5秒、DT=5.55秒)、積算回数を1024回、総測定時間2時間18分
【0060】
(比較例5)
実施例5で用いた試料管を用いて、実施例5と同じ測定時間となるように積算回数を設定した。
試料;ポリエチレンN
測定対象シグナル;長鎖分岐brLCB
条件K;フリップ角を90°、PRを20秒(AQ=5.3秒、DT=14.7秒)、積算回数を768回、総測定時間4時間16分
【0061】
【表1】
【0062】
[実施例、比較例の対比]
表1に示すとおり、測定時間が同じとき、条件Lで得られた測定対象シグナルのS/N比は条件Kで得られた測定対象シグナルのS/N比よりも高くなり、条件Lの積算効率が高いことが分かる。
すなわち、同程度のS/N比を得ることを目的とする場合は、積算効率の高い条件Lで測定することで、条件Kに比較して時間が短縮される。
さらに、得られたL強度に補正係数(K強度)/(L強度)を乗ずることで、定量性が確保されたK強度に換算することができる。