【実施例】
【0051】
以下、本発明を実施例によりさらに説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0052】
実験例1
<野生型ロドサイチンのαおよびβサブユニット遺伝子を含む遺伝子組換えベクターの作成>
非特許文献4に記載されたロドサイチンのαおよびβサブユニットの遺伝子配列情報を基として塩基配列を設計した(表1)。設計した塩基配列は、GENEWIZ日本支社にポリヌクレオチド合成および、合成されたポリヌクレオチドを、pUC57-Ampベクター(GENEWIZ社)(配列番号41)に導入することを委託した。得られた組換えベクターは、表2に示す。
【0053】
【表1】
【0054】
【表2】
【0055】
上記組換え体ベクターおよびpCMVベクター(Stratagene社)を用いて、表3に記載する組換え体ベクターを作製した。なお、Overlap extension PCR cloning法(Biotechniques. 2010 June ; 48(6): 463-465.)を参考にして実験を行った。
【0056】
上記組換え体ベクターおよびpCMVベクター(Stratagene社)を鋳型にして、表3に記載するプライマーを用いて、PCR法によってPCR産物を得た。PCR法は、Q5 High-Fidelity DNA polymerase(New Englind Biolab社)を用いて、PCR反応「98℃で30秒、55℃で30秒、72℃で3分」のサイクルを25回繰り返して反応をサーマルサイクラーVeriti 200(Applied Biosystems社)を用いて行った。
【0057】
それぞれ得られた、組換え体ベクターを鋳型にしたPCR産物5μLとpCMVベクターを鋳型にしたPCR産物1μLを、混合した。その混合液を100μLのコンピテントセルEscherichia coli DH5αにヒートショック法を用いて形質導入し,100μg/mLAmpicillin含有LB寒天培地に播種した。
【0058】
また、ヒートショック法およびコンピテントセルの作成は、Sambrook, J., Fritsch, E. F., and Maniatis, T., "Molecular Cloning A Laboratory Manual, Second Edition",Cold Spring Harbor Laboratory Press, (1989)を基にして行った。形質転換された大腸菌からQIAGEN Plasmid Maxi Kit(QIAGEN社)を用いて、組換え体ベクターを得た。
【0059】
また、表3に記載した組換え体ベクターを用いて、表4に記載する組換え体ベクターを作製した。表3に記載した組換え体ベクターを鋳型として、表4に記載するプライマーを用いて、インバースPCR法によってPCR産物を得た。なおインバースPCR法の条件は上記PCR法と同じである。それぞれ得られたPCR産物6μLを100μLのコンピテントセルE.coli DH5αにヒートショック法を用いて形質導入し,100μg/mLAmpicillin含有LB寒天培地に播種した。形質転換された大腸菌からQIAGEN Plasmid Maxi Kit(QIAGEN社)を用いて、組換え体ベクターを得た。
【0060】
なお、組換え体ベクターにおけるロドサイチンのαまたはβサブユニット遺伝子のシークエンスは、受注シークエンスサービス(マクロジェンジャパン社)に委託し、上記設計した塩基配列と比較し、欠損、置換、付加等がないことを確認した。
【0061】
【表3】
【0062】
【表4】
【0063】
実験例2
<宿主細胞をCHO細胞とした、発現ベクターを含む組換え細胞の作成>
・培養条件
タンパク質発現用細胞としてCHO細胞を用いた。培養条件については、直径15cm 培養皿を用い、25mLの血清DMEM培地(ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM、Life Technologies社)、10%ウシ胎児血清(FBS、Life Technologies社)、1%P/S溶液(10,000units/mLペニシリンG,10,000μg/mLストレプトマイシン硫酸塩)を加えた培養液にCHO細胞を播種し、直径15cm培養皿に対してCHO細胞が100%占有率になるまで、37℃、5%CO
2条件下で培養した。なお、遺伝子導入後のCHO細胞の培養条件も上記と同じである。
【0064】
・エレクトロポレーションによるCHO細胞への遺伝子導入
コンピテントセルの作成
直径15cm培養皿に対して100%占有率となったCHO細胞の培養液を捨て、培養皿1枚に対して15mLの1×PBSで1回細胞を洗浄した。培養皿1枚に対して2mlのトリプシン-EDTA-Na溶液(0.25w/v%トリプシン溶液と1mM EDTA-Na溶液との混合液)を加え、培養皿全体に行き渡らせた後、トリプシン-EDTA-Na溶液を回収して、培養皿を37℃で2分インキュベートした。
【0065】
インキュベート後、20mLのDMEM培地と0.2mL P/S溶液とを加えた溶液にてCHO細胞を懸濁し、50mLファルコンチューブに回収し,1,000rpm,5分間,室温(約25℃)で遠心分離し、上清を捨てた後、0.3mLのCytomix溶液(120mM KCl,0.15mM CaCl
2,10mM K
2HPO
4,10mM KH
2PO
4, 25mM HEPES, 2mM EGTA, 5mM MgCl
2, 2mM ATP, 5mM glutathione)を加えて、CHO細胞を再浮遊させた。この状態におけるCHO細胞を計数し、 CHO細胞数が2.5x10
7cell/mlになるようにCytomix溶液を加えて調整した。(目安として、通常で15cmの培養皿から得られる容量は0.5-0.6mLとなる)。
【0066】
エレクトロポレーション
エレクトロポレーション用キュベット(Cell Projects社,EP-104,GAP:4mm)に、表5にリストするCHO細胞となるように表3または表4から選択した組換え体ベクター40μgを添加し、さらに、2.5x10
7cell/mlに調整したCHO細胞懸濁液400μLを添加し、キュベットの蓋をして転倒混和した後,10分間、室温でインキュベートした。エレクトロポレーションシステムはBIO-RAD GENE PULSER(R)II Electroporation System(BIO-RAD社)を使用した。なお、遺伝子導入の条件として250mV, 950μFにて設定し、エレクトロポレーションを行った。エレクトロポレーション後、氷上で10分間インキュベートした。次に、10cm培養皿に13mL血清DMEMを準備し、ここにエレクトロポレーションを行ったCHO細胞を播種し、一昼夜培養した。培養液を除き、培養皿1枚に対して15mLの1×PBSで一回洗浄した後、13mL Opti-MEM培地(Life Technologies社)を添加して、培養を継続した。なお、得られた組換え細胞を表5に示す。
【0067】
【表5】
【0068】
実験例3
<ウエスタンブロット法によるタンパク質の発現確認>
上記組換え細胞におけるロドサイチンの発現の確認をするために、ウエスタンブロット法を用いた。
【0069】
・組換え細胞の培養液の調製
実験例2にて得られた組換え細胞において、Opti-MEM培地にて72時間培養後、培養液を回収し、3,000rpm,30分間の遠心分離を行い浮遊した細胞等を除いた。なお、必要に応じて培養液を-80℃で保存した。
上記組換え細胞の培養液は、15,000rpm, 30分間, 4℃で遠心分離後、培養液を回収した。
【0070】
・組換え細胞の細胞溶解液の調製
培養液回収後の組換え細胞に氷冷1×PBSにて2回洗浄し、細胞溶解バッファー(1% NP40,150 mM NaCl,10 mM Tris,1mM Na
3VO
3,1mM EGTA, 1mM EDTA,1μg/mL leupeptin,1μg/mL aprotinin,1μg/mL pepstatin,1mM PMSF,pH7.5)を添加し、細胞溶解液を得た。なお、必要に応じて細胞溶解バッファーを加えて細胞溶解液を希釈した。
【0071】
・ウエスタンブロット法
組換え細胞の培養液は、必要に応じてOpti-MEM培地を加えて培養液を希釈した。上記調製した組換え細胞の培養液20μLSDSサンプルバッファーを加えて、SDS-PAGEで電気泳動後、PVDF膜に転写し、一次抗体に抗ロドサイチン抗体(ウサギポリクローナル抗体)、二次抗体にHRP標識ウサギIgGを用い、ECL Prime Western Blottin Detection System(GE Healthcare Life Science)て検出した。画像撮影には,ImageQuant LAS 4000 mini(GE Healthcare Life Science)を使用し、High Resolutionモードで撮影した。なお、
図3におけるLow exposureで撮影されたバンドは、露光時間2分で撮影した。また、High exposureは、露光時間10分で撮影をした。
【0072】
上記組換え細胞の培養液を使用して、ロドサイチンαサブユニットおよびロドサイチンβサブユニットタンパク質の発現を確認した。結果を
図3に示す。
【0073】
図3について、No.1およびNo.2の組換え細胞の4倍希釈培養液におけるロドサイチンαサブユニットおよびロドサイチンβサブユニットタンパク質のバンド強度を比べると、No.1のバンド強度の方が強いことが分かる。すなわち、No.1の組換え細胞の方が、No.2の組換え細胞よりロドサイチン生産能が高いと判断できる。
【0074】
実験例4
<血小板凝集能の確認>
・マウスの洗浄血小板の調整
6−8週齢のC57BL/6(野生型)または6−8週齢のC57BL/6(Clec1b(fl/fl)PF4-Cre(血小板CLEC-2ノックアウトマウス)(J Biol Chem. 2012 Jun 22;287(26):22241-22252.))マウスをジエチルエーテル吸入により全身麻酔し、開腹した。腹部後大静脈より、1mLシリンジ(25G針を付けた1mLシリンジに予め100μLのACD溶液(acid citrate dextrose solution:2.5%クエン酸ナトリウム,1.5%クエン酸,2%グルコース)を抗凝固剤として充填しておく)で900μLの採血を行った。
【0075】
採血した血液を2mLチューブに移し、あらかじめ37℃に温めておいた900μL CFT溶液(Calcium-freen modified Tyrode buffer:137mM NaCl,11.9mM NaHCO
3, 0.4mM NaH
2PO
4, 2.7mM KCl, 1.1mM MgCl
2, 5.6mM glucose, pH 7.4)および100μL ACD溶液を、上記チューブに加え、転倒混和した。次にアングルローター式遠心機で100G,10分間,室温で遠心分離した。上清を別の2mLチューブに移し回収した。
【0076】
再度上清が回収された2mLチューブを室温で遠心分離した。その上清を回収し、上清が入っている2mLチューブに移した。その次に上清が入っている2mLチューブに1μg/μL PGI2(Prostaglandin I2)溶液2μLを加え、転倒混和し、スイングローター式遠心機で,2,300rpm,10分間,室温で遠心分離した。
【0077】
上清を除き、沈降した血小板のペレットに215μL CFT溶液を加えて再浮遊させた。そのうちの15μLを採取し後、135μL CFT溶液で10倍希釈し、多項目自動血球分析装置XE-2100(シスメックス株式会社)により血小板数を計数した。得られた血小板数に従い、20×10
4 PLT/μLになるようにCFT溶液で希釈し調製した。これを血小板凝集能測定に使用した。
【0078】
なお、多項目自動血球分析装置XE-2100は、ヒト用に設定された血球分析装置である。計数は光学方式(PLT-O)とインピーダンス方式(PLT-I)があるが、マウス血小板はヒト血小板よりも小さいため、今回マウス血小板の計数にはPLT-Oを採用した。
【0079】
・ヒトの洗浄血小板の調整
健常人ドナーの肘正中皮静脈より採血し、血液9容に3.8%クエン酸ナトリウム1容を混合して凝固を防いだ。この血液検体を、スイングローター式遠心機で1,100rpm,10分間,室温で遠心して、赤血球および白血球を沈殿させた。上清を回収して多血小板血漿(platelet-rich plasma; PRP)を得た。
【0080】
さらにPRPに終濃度が15%ACD、1μM PGI2になるよう加え、スイングローター式遠心機で2,500rpm,10分間,室温で遠心して血小板を沈降させた。
【0081】
上清を捨て、5mL CFT溶液と750μL ACD溶液を混合した液を加えてペレットを浮遊させ、さらに20mL CFT,3mL ACD溶液,10μL 1μg/μL PGI2溶液を加え、スイングローター式遠心機で2,500rpm,10分,室温で遠心した。
【0082】
上清を捨て、沈降した血小板にCFT溶液を加えて再浮遊させ、多項目自動血球分析装置XE-2100(シスメックス株式会社)により血小板数を計数した。なお、計数は光学方式(PLT-O)を用いた。
得られた血小板数に従い、20×10
4 PLT/μLになるようにCFT溶液で希釈し調製した。これを血小板凝集能測定に使用した。
【0083】
・組換え細胞の培養液の調製
実験例3にて調製した組換え細胞の培養液を血小板凝集能試験に用いた。なお必要に応じて、Opti-MEM培地を用いて、1倍、2倍、4倍、8倍、16倍希釈した培養液を調製した。
【0084】
・血小板凝集能の測定
血小板凝集能は、血小板凝集能測定装置ヘマトレーサー712(MCM HEMA TRACER 712, LMS株式会社)を用いた。調整したマウスの洗浄血小板またはヒトの洗浄血小板100μLを使用し、No.6またはNo.7の組換え細胞の培養液11.1μLを加え、凝集率を10分間、継時的に測定した。またコントロールとして、No.6またはNo.7の組換え細胞の培養液の変わりに、CFT溶液、終濃度が2μg/mlコラーゲンまたは所望する蛇毒精製ロドサイチンの濃度となるように調整した溶液を、洗浄血小板に加えた。結果を
図4、
図5に示す。
【0085】
<結果の考察>
図4について、組換え細胞の培養液は、希釈せずに用いた。C57BL/6(野生型)のマウスの血小板に、No.1またはNo.2の組換え細胞の培養液を加えたものは、血小板凝集が現れた。一方、CLEC-2ノックアウトマウスの血小板にNo.1またはNo.2の組換え細胞の培養液を加えたものは、血小板凝集が現れなかった。なお、コラーゲンは、CLEC-2と異なる血小板表面のレセプターと結合することでシグナル伝達経路を刺激し血小板凝集を起すことが既に報告されている。
【0086】
No.1またはNo.2の組換え細胞の培養液は、C57BL/6(野生型)のマウスの血小板に対して、血小板凝集能を有し、CLEC-2ノックアウトマウスの血小板に対して、血小板凝集能を示さなかった。つまり、No.1またはNo.2の組換え細胞は、血小板活性化能を有するロドサイチンを生産することが分かる。
【0087】
図5について、No.1またはNo.2の組換え細胞の培養液について、それぞれ1倍、2倍、4倍、8倍、16倍希釈した培養液を用いた。No.1またはNo.2の組換え細胞の8倍希釈培養液の血小板凝集能を比べると、No.1の組換え細胞の方が短い時間で高い血小板凝集を示すことがわかった。この結果と実験例3におけるウエスタンブロット法の結果と合わせて、No.2の組換え細胞と比べてNo.1の組換え細胞の方が、ロドサイチン生産能が高いと判断できる。
【0088】
実験例5
<変異型βサブユニット遺伝子を含む遺伝子組換えベクターの作成>
図6は、野生型ロドサイチンの三次元構造のシミュレーションに基づいた、αサブユニットとβサブユニットとが相互作用する位置とアミノ酸を示している。βサブユニットのアミノ酸配列に変異を導入する位置及びアミノ酸は、R28、K31、K53、R58、R56及びK60とした。以下、特に断りがない限り、アミノ酸変異は、βサブユニットに導入している。アミノ酸変異は、アラニンを導入することで実施した。表3に記載の[βS]-[β subunit]/pCMVを用いて、計6種類(R28A及びK31A(配列番号10)、R56A(配列番号11)、K53A及びR56A(配列番号12)、R58A及びK60A(配列番号13)、R28A、K31A、K53A及びR56A(配列番号14)並びにR28A、K31A、R58A及びK60A(配列番号15))の変異型βサブユニット遺伝子を含む遺伝子組換えベクターを作成した(表6)。アミノ酸変異は、目的の位置のアミノ酸がアラニンに置換されているプライマーを使用して、実験例1に記載のOverlap extension PCR cloning法を実行することによって実行した。
【0089】
【表6】
【0090】
作成した組換えベクターに挿入された構造遺伝子を表7及び
図20A-Hにリストした。
【0091】
【表7】
【0092】
実験例6
<ウエスタンブロット法によるタンパク質の発現確認>
実験例5において作成したベクターと[βS]-[α subunit]/pCMVを、実験例2に従ってCHO細胞にトランスフェクトした。作成したCHO細胞を表8にリストしている。
【0093】
【表8】
【0094】
実験例3に従って、表5及び8のCHO細胞(組換え細胞No.2を除く)を用いてロドサイチンの発現を確認した。結果を
図7に示す。
図7におけるレーンと組換え細胞No.との対応関係は、表9に示している。
【0095】
【表9】
【0096】
図7の通り、表8にリストしたCHO細胞は、α及びβサブユニットを培地中に分泌しており、更に、α及びβサブユニットは、いずれも同程度に培地中に分泌することが明らかとなった。
【0097】
実験例7
<変異型ロドサイチンの血小板凝集能の確認>
実験例6において用いたCHO細胞由来のロドサイチンが血小板凝集能を有するか否かを確認した。血小板は、ヒト由来のものを使用し、実験方法は、実験例4に従った。結果を
図8に示す。No.4の細胞由来のβサブユニット(R56A)を含むロドサイチンは、ポジティブコントロールであるNo.1の細胞と同様に、血小板凝集能を示した。No.5の細胞(K53A, R56A)、No.6の細胞(R58A, K60A)、No.3の細胞(R28A, K31A)、No.7の細胞(R28A, K31A, K53A, R56A)及びNo.8の細胞(R28A, K31A, R58A, K60A)由来のロドサイチンは、いずれも血小板凝集能を示さなかった。
【0098】
実験例8
<変異型ロドサイチンによる、野生型ロドサイチンが引き起こす血小板凝集の抑制試験>
血小板凝集性物質が引き起こす血小板凝集を変異型ロドサイチンが抑制するか否かを試験した。本実験例において、血小板凝集性物質は、野生型ロドサイチンとした。血小板は、ヒト血小板を使用し、実験例4に基づいて調整した。
【0099】
血小板凝集能は、血小板凝集能測定装置ヘマトレーサー712(MCM HEMA TRACER 712, LMS株式会社)を用いた。20μLのヒト血小板溶液と80μLの各組換え細胞の培養液を混合して30分間インキュベートして、No.1のCHO細胞の培養液を11.1μL加えて、10分間、凝集率を継時的に測定した。
【0100】
結果を
図9に示す。
図9Aは、No.1のCHO細胞の培養液を80μLと11.1μL加えた結果を示しており、
図9Bは、80μLの培地と、11.1μLのNo.1のCHO細胞の培養液を加えた結果を示している。No.5の細胞(K53A, R56A)とNo.6の細胞(R58A, K60A)由来のロドサイチンは、野生型ロドサイチンによる血小板凝集を完全に阻害した(
図9C及びD)。No.7の細胞(R28A, K31A, K53A, R56A)とNo.8の細胞(R28A, K31A, R58A, K60A)由来のロドサイチンは、野生型ロドサイチンによる血小板の凝集を遅延させたことから、部分的な血小板凝集阻害能を有することが明らかとなった(
図9F及びG)。
【0101】
実験例9
<野生型ロドサイチンのサブユニット構造>
No.1の細胞由来の野生型ロドサイチンとNo.5の細胞(K53A, R56A)由来の変異型ロドサイチンのサブユニット構造を、SDS-PAGE(密度勾配:4-12%)及びBN-PAGE(密度勾配:4-16%)を用いて解析した。No.1の細胞とNo.5の細胞の培養液を、それぞれ、3000rpmで10分間遠心分離した。遠心した培養液から浮遊細胞及び浮遊物質を除去し、上清を取得した。さらに、取得した上清を0.45μmフィルターに通し、沈殿物などの固形物を除き、精製用サンプルとした。精製は、ゲルろ過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、そして脱塩処理の3ステップにより行った。ゲルろ過クロマトグラフィーには、HiPrep 26/60 Sephacryl S-200 HRカラム(カラム容量320mL)(GE社製)を使用した。緩衝液は、50 mM Tris-HCl/0.1 M NaCl、pH 8.0で、流速は、1.3mL/minである。溶出サンプルを5mLごとの分画として採取した。溶出サンプルの血小板凝集能あるいは血小板凝集抑制能を指標に基づいて、野生型ロドサイチンあるいは変異型ロドサイチンを含む分画を選定した。続くイオン交換クロマトグラフィーには、HiTrap Q HP(カラム容量5mLを3つ連結)(GE社製)を使用した。ゲルろ過クロマトグラフィーと同じ緩衝液を使用し、NaCl濃度を0.1-0.5Mまで徐々に直線的に上げていき、目的タンパク(即ち、ロドサイチン)を溶出させた。流速は5mL/minである。目的タンパクが溶出される際の電気伝導率(mS/cm)を以下に示す:野生型ロドサイチン及びNo.5の細胞(K53A, R56A)由来の変異型ロドサイチンは、35-36 mS/cm。さらに、脱塩処理およびPBS交換処理を行なうために、HiTrap Desaltingカラム(カラム容量5mLを4つ連結)(GE社製)と脱塩・緩衝液交換用自然落下/遠心分離型カラムPD-10(GE社製)を用いた。濃度が低いサンプルは、アミコンウルトラ(Amicon Ultra)15 遠心式フィルターユニット(10kDaあるいは30kDa用)(メルク社製)を用いて濃縮した。サンプル中のタンパク質濃度は、吸光光度法により測定した。アプライ量は、各サンプル5μL(SDS-PAGE)又は10μL(BN-PAGE)とし、電気泳動後のゲルは、CBBにより染色した。
【0102】
SDS-PAGE(4-12%)での結果を
図10Aに示す。
図10Aの通り、No.1の細胞もNo.5の細胞(K53A、R56A)も共に、還元条件(R)下では2本のバンドを示した。アミノ酸配列の長さに基づいて、分子量が高いバンドは、αサブユニットであり、分子量が低いバンドは、βサブユニットであることが明らかとなった。非還元条件(NR)下においては、No.1の細胞もNo.5の細胞(K53A、R56A)も共に、αサブユニットとβサブユニットのヘテロ2量体が検出された。これらの結果から、野生型ロドサイチンも変異型ロドサイチンもジスルフィド結合によって多量体を形成していることが明らかとなった。
【0103】
BN-PAGE(4-16%)での結果を
図10Bに示す。
図10Bの通り、No.5の細胞(K53A, R56A)は、ヘテロ4量体を示す位置にバンドが現れた一方で、No.1の細胞は、ヘテロ8量体を示す位置にバンドが現れた。これまで、野生型ロドサイチンは、ヘテロ4量体であると報告されていたが、今回の実験で野生型ロドサイチンは、ヘテロ8量体であることが示唆された。
【0104】
更に、他のアミノ酸変異を有する変異型ロドサイチン及びヘビ毒より単離精製したネイティブのロドサイチンに対してBN-PAGEを行なった。精製は、上述の方法を用いた。目的タンパクが溶出される際の電気伝導率(mS/cm)を以下に示す:4番目のDをAに置換した変異型αサブユニット(D4A)の構造遺伝子を含む組換えベクターを含むCHO細胞由来の変異型ロドサイチンは、35-36 mS/cm;No.3の細胞(R28A, K31A)及びNo.7の細胞(R28A, K31A, K53A, R56A)由来の変異型ロドサイチンは27-28 mS/cm。No.3の細胞(R28A, K31A)由来の変異型ロドサイチンは、ヘテロ3量体を示す位置にバンドが現れた(
図11のレーン4)。No.5の細胞(K53A, R56A)由来の変異型ロドサイチンは、ヘテロ4量体を示す位置にバンドが現れた(
図11のレーン5)。No.7の細胞(R28A, K31A, K53A, R56A)由来の変異型ロドサイチンは、ヘテロ2量体を示す位置にバンドが現れた(
図11のレーン6)。ネイティブのロドサイチンもいずれの野生型ロドサイチンも、ヘテロ4量体を示すNo.5の細胞(K53A, R56A)由来の変異型ロドサイチンよりも高分子量の位置にバンドが現れた(
図11のレーン2、3、8、9)。レーン7は、4番目のDをAに置換した変異型αサブユニットの遺伝子を含む組換えベクターを含むCHO細胞由来の変異型ロドサイチンであり、野生型ロドサイチンと同様、ヘテロ8量体を示す位置にバンドが現れた。以上の結果、野生型ロドサイチンは、8量体であることが明らかとなった。また、変異型ロドサイチンは、アミノ酸変異の位置によって、サブユニットの数が変化することもあきらかとなった。表10には、
図10と11の結果をリストした。
【0105】
【表10】
【0106】
実験例10
<種々の濃度の変異型ロドサイチンによる、野生型ロドサイチンが引き起こす血小板凝集の抑制試験>
種々の濃度の変異型ロドサイチンを用いて、血小板凝集能を評価した。実験は、実験例8に基づいて行なった。野生型ロドサイチンの濃度は、10nMとした。結果を
図12に示す。
【0107】
No.5の細胞(K53A, R56A)由来の変異型ロドサイチンは、1.5625nMの濃度から抑制効果を発揮し、3.125nMの濃度から、野生型ロドサイチンが引き起こす血小板凝集を完全に抑制した(
図12A)。No.3の細胞(R28A, K31A)由来の変異型ロドサイチンは、野生型ロドサイチンが引き起こす血小板凝集を抑制しなかった(
図12B)。No.7の細胞(R28A, K31A, K53A, R56A)由来の変異型ロドサイチンは、200-400nMの濃度から抑制効果を発揮し、800nMの濃度から、野生型ロドサイチンが引き起こす血小板凝集を完全に抑制した(
図12C)。
【0108】
さらに、0、1、2、2.5、3、4、5、10、15、20nMのNo.5の細胞(K53A, R56A)由来の変異型ロドサイチンを用いて、血小板凝集能を評価した。
図13の通り、No.5の細胞(K53A, R56A)由来の変異型ロドサイチンは、4nM以上の濃度で野生型ロドサイチンが引き起こす血小板凝集を完全に抑制した。
【0109】
実験例11
<フローサイトメーターによるヒトCLEC-2との結合の確認>
変異型ロドサイチンが、CLEC-2とポドプラニン(PDPN)との相互作用を阻害するか否かを評価した。
【0110】
ヒトCLEC-2発現細胞として,ドキシサイクリン(Dox)による発現誘導が可能なT-REx ヒトCLEC-2発現293細胞(J Biol Chem. 2007 Sep 7;282(36):25993-26001)を使用した。
【0111】
T-REx ヒトCLEC-2発現293細胞は、終濃度10μg/μLドキシサイクリンを含む血清DMEM培地を用いて直径15cm培養皿に対して100%占有率になるまで培養した。培養液を捨て1×PBSで1回細胞を洗浄した。培養皿1枚に対して2mlのトリプシン-EDTA-Na溶液を加え、培養皿全体に行き渡らせた後、トリプシン-EDTA-Na溶液を回収して、培養皿を37℃で2分インキュベートした。インキュベート後、20mLのDMEMと0.2mL P/S溶液とを加えた溶液にてCHO細胞を懸濁し、50mLファルコンチューブに回収し,1,000rpm,5分間,室温で遠心分離し、上清を捨てた後、血清DMEMにてT-REx ヒトCLEC-2発現293細胞を5×10
6cells/mLに調整した。
【0112】
実験例3に従い、サンプルとして、No.1の細胞(野生型)、No.5の細胞(K53A, R56A)、No.3の細胞(R28A, K31A)及びNo.7の細胞(R28A, K31A, K53A, R56A)の培養液を使用した。ネイティブのロドサイチンは、....。ネガティブコントロールは、PBSとした。各サンプルは、ロドサイチンが1μM、100nM及び10nMとなるように調整した。
【0113】
ヒトIgG FcをPDPNに融合させて、PDPN-ヒトFc融合タンパク質とした。ネガティブコントロールとして、ヒトIgG Fcを使用した。実験での使用量は、0.5μgとした。
【0114】
T-RExヒトCLEC-2発現293細胞の浮遊液50μLに、種々の濃度(1μM、100nM及び10nM)のロドサイチンを含むサンプルおよび0.5μgのPDPN-human Fc融合タンパク質を同時に混合し、室温で30分間インキュベートした後、洗浄するために400μLの1×PBSを加え、3,000rpm、5分間、室温で遠心分離し、上清を捨て、T-RExヒトCLEC-2発現293細胞を回収した。回収されたT-RExヒトCLEC-2発現293細胞に、抗ヒトIgG抗体Alexa 488(Molecular Probes社)を加え、室温で30分間インキュベートし、サンプルとした。検出にはAccuri C6 Flow Cytometer(Becton, Dickinson and Company社)を使用した。
【0115】
またネガティブコントロールとして、T-RExヒトCLEC-2発現細胞の浮遊液50μLにPBS50μLおよびヒトIgG Fcを混合した以外は、上記と同様の方法でヒトCLEC-2との結合の確認を行った。更に、ポジティブコントロールとして、T-RExヒトCLEC-2発現細胞の浮遊液50μLにPBS50μLおよびPDPN-ヒトFc融合タンパク質を混合した以外は、上記と同様の方法でヒトCLEC-2との結合の確認を行った。
【0116】
結果を
図14に示す。No.1の細胞(野生型)の培養液、No.5の細胞(K53A, R56A)の培養液及びネイティブのロドサイチンの領域領域(
図14の黒色領域)は、1μM及び100μMの濃度で、ネガティブコントロールの領域(
図14の灰色領域)と重なることから、No.5の細胞(K53A, R56A)由来の野生型ロドサイチンは、ヒトCLEC-2と結合して、ヒトCLEC-2とポドプラニンとの結合を阻害することが明らかとなった。また、No.3の細胞(R28A, K31A)は、1μMの濃度で、ネガティブコントロールの領域(
図14の灰色領域)と重なることから、No.5の細胞(K53A, R56A)由来の野生型ロドサイチンは、ヒトCLEC-2と結合して、ヒトCLEC-2とポドプラニンとの結合を阻害することが明らかとなった。一方、1μM以下の濃度のNo.7の細胞(R28A, K31A, K53A, R56A)由来の野生型ロドサイチンは、ヒトCLEC-2とポドプラニンとの結合を阻害しなかった。
【0117】
実験例12
<変異型ロドサイチンによるがん細胞誘導性血小板凝集抑制>
変異型ロドサイチンが、がん細胞誘導性の血小板凝集を抑制するか否かを評価した。
【0118】
がん細胞として、ヒトポドプラニン(hPod)発現CHO細胞(hPod-CHO)を使用した(1×10
6 cells/μLと5×10
6 cells/μL)。ヒト血小板は、実験例4に基づいて、100×10
4 PLT/μLとなるように調整した。サンプルとして、No.5の細胞(K53A, R56A)由来の野生型ロドサイチン(100nMと600nM)を使用し、ネガティブコントロールとして、PBSを使用した。
【0119】
結果を
図15に示す。1×10
6 cells/μLと5×10
6 cells/μLのhPod-CHOの両方において、100nMのNo.5の細胞(K53A, R56A)由来の野生型ロドサイチンは、hPod-CHOが誘導するヒト血小板凝集を抑制した。
【0120】
実験例13
<変異型ロドサイチンによるがん細胞の血行性転移抑制>
変異型ロドサイチンが、がん細胞の血行性転移を抑制するか否かを評価した。
【0121】
がん細胞として、ヒトポドプラニン(hPod)発現CHO細胞(hPod-CHO)を使用した。サンプルとして、終濃度1μMの野生型ロドサイチン(K53A, R56A)を使用し、ネガティブコントロールとして、PBSを使用した。7週齢のメスBALB/cヌード(nu/nu)マウスを使用した(各群でn=5)。終濃度1μMの野生型ロドサイチン(K53A, R56A)又はPBSと1×10
6 cells/μLのhPod-CHOをマウスに眼窩投与して実験開始とした。野生型ロドサイチン(K53A, R56A)又はPBSは、一日おきに投与した。実験は、14日間行なった。実験終了後、マウスを屠殺し、肺、血液、肺結節を回収した。
【0122】
結果を
図16から19に示す。
図16の写真の通り、ネガティブコントロールのPBSでは、がんが肺に転移している一方で、野生型ロドサイチン(K53A, R56A)は、がんの転移を抑制していることが視覚的に明らかとなった。
【0123】
図17Aは、野生型ロドサイチン(K53A, R56A)を投与したマウスと、PBSを投与したマウスの肺の質量の比較結果を示している。PBSを投与したマウスの肺は、野生型ロドサイチン(K53A, R56A)を投与したマウスの肺と比較して、がんの転移に伴って質量が有意に増加した。
図17Bは、野生型ロドサイチン(K53A, R56A)を投与したマウスと、PBSを投与したマウスの血液中に含まれる血小板数の比較を示している。両者において、血小板の数に有意な差は見られなかった。
図17Cは、野生型ロドサイチン(K53A, R56A)を投与したマウスと、PBSを投与したマウスの肺結節数の比較を示している。PBSを投与したマウスは、野生型ロドサイチン(K53A, R56A)を投与したマウスと比較して、肺結節数が有意に増加した。
【0124】
図18は、野生型ロドサイチン(K53A, R56A)を投与したマウスと、PBSを投与したマウスの、免疫染色した肺の写真である。PBSを投与したマウスは、肺組織全体に染色された(
図18A)一方で、野生型ロドサイチン(K53A, R56A)を投与したマウスは、肺組織がほとんど染色されなかった(
図18B)。
図19は、全肺領域あたりのがん領域の比をグラフとして示している。
図19から明らかな通り、野生型ロドサイチン(K53A, R56A)は、著しくがんの転移を抑制したことが明らかとなった。