特許第6961934号(P6961934)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6961934
(24)【登録日】2021年10月18日
(45)【発行日】2021年11月5日
(54)【発明の名称】操舵装置
(51)【国際特許分類】
   B62D 6/00 20060101AFI20211025BHJP
   B62D 5/04 20060101ALI20211025BHJP
【FI】
   B62D6/00
   B62D5/04
【請求項の数】6
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2016-241541(P2016-241541)
(22)【出願日】2016年12月13日
(65)【公開番号】特開2018-47884(P2018-47884A)
(43)【公開日】2018年3月29日
【審査請求日】2019年11月15日
(31)【優先権主張番号】特願2016-181541(P2016-181541)
(32)【優先日】2016年9月16日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】山下 佳裕
(72)【発明者】
【氏名】板本 英則
【審査官】 神田 泰貴
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−058240(JP,A)
【文献】 特開2016−164017(JP,A)
【文献】 特開2006−248252(JP,A)
【文献】 特開2008−201205(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2005/0082107(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 6/00 − 6/10
B62D 5/00 − 5/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の操舵機構に付与されるトルクを発生するモータと、
ステアリングホイールの操作状態を示す状態量に応じて演算される指令値に基づき前記モータの駆動を制御する制御装置と、を備え、
前記制御装置は、前記状態量に基づき前記指令値の基本的な制御成分である基本指令値を演算する基本指令値演算部と、
前記ステアリングホイールの舵角値が仮想的な操舵限界位置として定められた目標舵角値の近傍であって当該目標舵角値の絶対値よりも小さい値として定められた閾値と同じかそれより大きいとき、前記舵角値の絶対値の増大に伴って前記モータにより発生せしめる操舵反力を増加させるための制御成分である第1補正値を演算する第1補正値演算部と、
前記舵角値を前記目標舵角値に近づけるための制御成分である第2補正値を、前記舵角値と前記目標舵角値との差分に基づいて演算し、前記舵角値が前記閾値以上であるときに前記第2補正値を出力する第2補正値演算部と、
前記基本指令値、前記第1補正値、および前記第2補正値を加算することにより前記指令値を演算する加算演算部と、を有する操舵装置。
【請求項2】
前記目標舵角値は、前記ステアリングホイールおよび転舵輪の少なくとも一方の機械的な操舵限界位置に対応する舵角値近傍の値、且つ前記ステアリングホイールおよび前記転舵輪の少なくとも一方の機械的な操舵限界位置に対応する舵角値よりも小さい値に設定されている請求項1に記載の操舵装置。
【請求項3】
前記制御装置は、前記ステアリングホイールの舵角速度が速いほど前記閾値をより小さく設定する閾値可変設定部を有している請求項1または請求項2に記載の操舵装置。
【請求項4】
前記制御装置は、前記ステアリングホイールの前記舵角値の変化、および前記状態量としての操舵トルクの変化に応じて前記ステアリングホイールが切り戻し状態であるか否かを判定する切り戻し判定部を有し、
前記切り戻し判定部が切り戻し状態であると判定した場合、前記第2補正値はゼロに設定される請求項1〜3のいずれか一項に記載の操舵装置。
【請求項5】
前記制御装置は、前記舵角値が前記閾値以上であり、且つ前記目標舵角値と前記舵角値との差分である第1偏差が所定値よりも大きいという条件を満たすか否かを判定する偏差判定部を有し、
前記偏差判定部が条件を満たすと判定した場合、前記第2補正値はゼロに設定される請求項1〜4のいずれか一項に記載の操舵装置。
【請求項6】
電動パワーステアリング装置に適用される請求項1〜5のいずれか一項に記載の操舵装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、操舵装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、特許文献1に記載されるように、仮想的なラックエンドを設定したステアリング装置が紹介されている。
上記のステアリング装置は、車両の操舵機構にトルクを付与するモータと、モータの駆動を制御する制御装置とを有している。制御装置は、トルクセンサにより検出される操舵トルクおよび車速センサにより検出される車速に基づき基本電流指令値を演算する。また、制御装置は、舵角センサにより検出される操舵角に基づき補正値を演算する。補正値は、ステアリングシャフトに操舵反力が付与されるように基本電流指令値を補正する補正成分である。制御装置は、操舵角が操舵角閾値に達した以降、操舵反力が急激に大きくなるように補正値を急激に増大させる。
【0003】
上記構成とすることで、運転者はステアリングホイールを操舵角閾値以上に操作することが難しくなるため、操舵角閾値の近傍において仮想的な操舵限界位置を設定することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2015−20506号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上記構成のステアリング装置では、操舵角に応じて決まった補正値を用いて基本電流指令値を補正しているため、例えば運転者によりステアリングホイールに付与される操舵トルクが大きくなり過ぎると、狙っていた仮想的な操舵限界位置を超えてステアリングホイールが操作されるおそれがある。
【0006】
本発明の目的は、仮想的な操舵限界位置を越えるような運転者の操舵を抑制できる操舵装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成し得る操舵装置は、車両の操舵機構に付与されるトルクを発生するモータと、ステアリングホイールの操作状態を示す状態量に応じて演算される指令値に基づき前記モータの駆動を制御する制御装置と、を備えることを前提としている。前記制御装置は、前記状態量に基づき前記指令値の基本的な制御成分である基本指令値を演算する基本指令値演算部と、前記ステアリングホイールの舵角値が仮想的な操舵限界位置として定められた目標舵角値の近傍であって当該目標舵角値の絶対値よりも小さい値として定められた閾値と同じかそれより大きいとき、前記舵角値の絶対値の増大に伴って前記モータにより発生せしめる操舵反力を増加させるための制御成分である第1補正値を演算する第1補正値演算部と、前記舵角値を前記目標舵角値に近づけるための制御成分である第2補正値を、前記舵角値と前記目標舵角値との差分に基づいて演算し、前記舵角値が前記閾値以上であるときに前記第2補正値を出力する第2補正値演算部と、前記基本指令値、前記第1補正値、および前記第2補正値を加算することにより前記指令値を演算する加算演算部と、を有する。
【0008】
運転者のステアリングホイールの操作によって、ステアリングホイールが仮想的な操舵限界位置の近傍に至った場合、第1補正値演算部によりステアリングホイールの操作に抗する力を増加させるように第1補正値が演算され、その第1補正値により基本指令値を補正する。そのため、操舵限界位置の近傍において、運転者は仮想的な操舵限界位置以上にステアリングホイールを操作することが難しくなる。したがって、操舵限界位置の近傍で仮想的に運転者のステアリングホイールの操作をとめることができる。しかし、運転者がステアリングホイールに付与する操舵トルクが大きくなりすぎると、操舵限界位置を越えてステアリングホイールが操作されてしまうおそれがある。
【0009】
その点、上記構成によれば、仮想的な操舵限界位置として定められた目標舵角値を設定し、第2補正値演算部でステアリングホイールの舵角値を目標舵角値に一致させるような補正値である第2補正値を演算し、その第2補正値により基本指令値を補正する。そのため、ステアリングホイールの操作が操舵限界位置を越えてしまっても第2補正値演算部にて演算される第2補正値にて基本指令値を補正しているため、仮想的な操舵限界位置を越えるような運転者の操舵を抑制することができる。
【0010】
上記の操舵装置において、前記目標舵角値は、前記ステアリングホイールおよび転舵輪の少なくとも一方の機械的な操舵限界位置に対応する舵角値近傍の値、且つ前記ステアリングホイールおよび前記転舵輪の少なくとも一方の機械的な操舵限界位置に対応する舵角値よりも小さい値に設定されていることが好ましい。
【0011】
前記制御装置は、前記ステアリングホイールの舵角速度が速いほど前記閾値をより小さく設定する閾値可変設定部を有していることが好ましい。
上記構成では、閾値可変設定部により、ステアリングホイールの舵角速度に応じて閾値を変えている。詳しくは、閾値は、ステアリングホイールの舵角速度が速いほど閾値を小さく設定するようにしている。したがって、第1補正値演算部において第1補正値の演算されるタイミングがステアリングホイールの舵角速度が速いほど早くなるため、ステアリングホイールの舵角速度の勢いで仮想的な操舵限界位置を越えて操作されることが抑制できる。
【0012】
前記制御装置は、前記ステアリングホイールの前記舵角値の変化、および前記状態量としての操舵トルクの変化に応じて前記ステアリングホイールが切り戻し状態であるか否かを判定する切り戻し判定部を有し、前記切り戻し判定部が切り戻し状態であると判定した場合、前記第2補正値はゼロに設定されることが好ましい。
【0013】
上記構成によれば、切り戻し判定部にてステアリングホイールが操舵限界位置側から操舵中立位置に向けて操作されているか否かを判定している。切り戻し判定部は、ステアリングホイールが切り戻されていると判定した場合は、第2補正値をゼロに設定する。そのため、ステアリングホイールが切り戻されている場合は、第2補正値をゼロに設定することができる。したがって、運転者のステアリングホイールの操舵限界位置側から操舵中立位置へ向けての操作を妨げない。
【0014】
前記制御装置は、前記舵角値が前記閾値以上であり、且つ前記目標舵角値と前記舵角値との差分である第1偏差が所定値よりも大きいという条件を満たすか否かを判定する偏差判定部を有し、前記偏差判定部が条件を満たすと判定した場合、前記第2補正値はゼロに設定されることが好ましい。
【0015】
上記構成によれば、閾値可変設定部は、何かしらの演算エラーにより閾値が想定以上に小さく設定されることが稀に起こることが考えられる。ここで、例えば、閾値が小さくなり過ぎて、且つステアリングホイールの舵角値がその閾値より大きくなっている状態を考える。その場合、仮に第2補正値演算部が、ステアリングホイールの舵角値が閾値以上となるときに第2補正値を演算するとき、第2補正値演算部が想定よりも早く第2補正値を演算してしまうおそれがある。すなわち、ステアリングホイールが操舵限界位置近傍にない、いわゆる舵角値が本来のあるべき閾値よりも小さくなっているのに関わらず、第2補正値演算部により第2補正値が演算されて、基本電流指令値が補正される。このため、ステアリングホイールの操作位置が操舵限界位置の近傍にないのに関わらず、自動的にステアリングホイールが目標舵角値まで急激に操舵されてしまうおそれがある。
【0016】
その点、上記の操舵装置によれば、偏差判定部は、目標操舵角と舵角値との差分である第1偏差の大きさが所定値よりも大きいと判定した場合、第2補正値をゼロに設定する。したがって、ステアリングホイールが操舵限界位置近傍にない状態から仮想的な操舵限界位置まで急激に操作されることが抑制できる。
【0017】
上記の操舵装置において、電動パワーステアリング装置に適用されることが好ましい。
【発明の効果】
【0018】
本発明の操舵装置によれば、仮想的な操舵限界位置を越えるような運転者の操舵を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】操舵装置の一実施形態における概略図。
図2】第1の実施形態の操舵装置についてその制御装置の機能ブロック図。
図3】第1の実施形態の制御装置による基本電流指令値の演算に際して利用される操舵トルクと基本電流指令値との関係を示すマップ。
図4】一実施形態の制御装置により第1補正値の演算に際して利用される操舵角と第1補正値との関係を示すマップ。
図5】第1の実施形態の第2補正値演算部による第2補正値の機能ブロック図。
図6】第2の実施形態の操舵装置についてその制御装置の機能ブロック図。
図7】第2の実施形態における閾値演算部の機能ブロック図。
図8】第2の実施形態における第2補正値演算部の機能ブロック図。
図9】第2の実施形態における切り戻し判定部の制御フロー図。
図10】第2の実施形態における偏差判定部の制御フロー図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
<第1の実施形態>
以下、車両の操舵装置をコラムアシスト式の電動パワーステアリング装置(以下、「EPS」とする)に具体化した一実施の形態を説明する。
【0021】
図1に示すように、EPS1は、操舵機構2、アシストトルク付与機構3、制御装置5、および各種センサを備えている。
操舵機構2は、ユーザのステアリングホイール20の操作に基づいて転舵輪4,4を転舵させる。操舵機構2は、ステアリングホイール20と一体回転するステアリングシャフト21を備えている。ステアリングシャフト21は、ステアリングホイール20と連結されたコラムシャフト21aと、コラムシャフト21aの下端部に連結されたインターミディエイトシャフト21bと、インターミディエイトシャフト21bの下端部に連結されたピニオンシャフト21cと、を有している。ピニオンシャフト21cの下端部は、ラックアンドピニオン機構22を介してラックシャフト23に連結されている。ラックアンドピニオン機構22は、ピニオンシャフト21cにおけるピニオン歯が設けられた部分およびラックシャフト23におけるラック歯が設けられた部分からなる。したがって、ステアリングシャフト21の回転運動は、ラックアンドピニオン機構22を介してラックシャフト23の軸方向(図1の左右方向)の往復直線運動に変換される。当該往復直線運動が、ラックシャフト23の両端にそれぞれ連結されたタイロッド24を介して、左右の転舵輪4,4にそれぞれ伝達されることにより、転舵輪4,4の転舵角が変化する。
【0022】
アシストトルク付与機構3は、コラムシャフト21aに接続された減速機構31と、回転軸を有するモータ30と、を有している。モータ30の回転軸の回転力は減速機構31を介してコラムシャフト21aに伝達される。モータ30は、ステアリングホイール20の操作をアシストするアシストトルクの発生源として使用される。モータ30としては、例えば3相ブラシレスモータが採用される。
【0023】
各種センサは、ステアリングホイール20の操作量や車両の状態量を検出する目的で設けられている。例えば、各種センサとしては、舵角センサ6、トルクセンサ7、車速センサ8、および回転角センサ9がある。
【0024】
舵角センサ6は、コラムシャフト21aにおけるステアリングホイール20と、アシストトルク付与機構3との間に設けられている。舵角センサ6は、ユーザのステアリングホイール20の操作によるコラムシャフト21aの回転角(舵角値としての操舵角θs)を周期的に検出している。トルクセンサ7は、コラムシャフト21aにおける舵角センサ6とアシストトルク付与機構3との間に設けられている。トルクセンサ7は、ユーザのステアリングホイール20の操作によりステアリングシャフト21に生じる状態量としての操舵トルクThを周期的に検出している。尚、本実施の形態では、操舵角θsの正負の符号が、ステアリングホイール20の中立位置を基準として、ステアリングホイール20の右操舵方向を正とし、左操舵方向を負として規定されている。また、操舵トルクThの正負の符号は、ステアリングホイール20の右操舵方向の操舵トルクを正とし、左操舵方向の操舵トルクを負として規定されている。車速センサ8は、車両の車速Vを検出する。回転角センサ9は、モータ30に設けられており、モータ30の回転軸の回転角度θmを検出する。
【0025】
制御装置5は、各種センサからの出力を取り込み、その出力に基づいてモータ30の駆動を制御する。
図2に示すように、制御装置5は、車載バッテリ等の電源(電源電圧「+Vb」)から供給される直流電力を三相(U相、V相、W相)の交流電力に変換するインバータ回路50、インバータ回路50をPWM(パルス幅変調)駆動するための制御信号をインバータ回路50に出力するマイコン51、およびメモリ59を備えている。
【0026】
インバータ回路50は、マイコン51からの制御信号(PWM駆動信号)に基づいて電源から供給される直流電力を三相交流電力に変換する。この三相交流電力は給電線WLを介してモータ30に供給される。給電線WLには、モータ30の各相電流値Iを検出する電流センサ52が設けられている。電流センサ52の出力はマイコン51に取り込まれる。尚、図2において、便宜上、各相の給電線WLおよび各相の電流センサ52をそれぞれ一つにまとめて図示している。
【0027】
メモリ59には、マイコン51がモータ30を駆動するために実行するプログラムが記憶されている。また、メモリ59には、ステアリングホイール20の操作を停止させる位置を示す目標舵角値としての目標操舵角値θEも記憶されている。目標操舵角値θEは、ステアリングホイール20および転舵輪4,4が機械的にそれ以上操作できない場合における操舵角θsの上限値の近傍、かつその上限値よりも小さい値に設定されている。すなわち、目標操舵角値θEは、仮想的な操舵限界位置における操舵角θsの目標値を示している。目標操舵角値θEは定数であり、車両の設計時にステアリングホイール20の操作量等を検討して決定される。尚、仮想的な操舵限界位置とは、ステアリングホイール20および転舵輪4,4の機械的な操舵限界位置よりも手前に設けられている。仮想的な操舵限界位置の近傍では、モータ30の出力を減少させ、運転者がステアリングホイール20を介して受ける操舵感を重くすることにより、運転者にステアリングホイール20の操作位置が仮想的な操舵限界位置の近傍に至ったことを認識させる。
【0028】
マイコン51は、メモリ59に記憶されたプログラムを実行することにより、モータ30の駆動を制御する。マイコン51は、各種センサにより検出される操舵角θs、操舵トルクTh、車速V、回転角度θm、各相電流値I、および目標操舵角値θEに基づきモータ30を駆動するための制御信号を生成する。マイコン51は、生成した制御信号をインバータ回路50に出力することでインバータ回路50をPWM駆動する。
【0029】
次に、マイコン51について詳述する。
図2に示すように、マイコン51は、電流指令値演算部53と、制御信号生成部54とを備えている。電流指令値演算部53は、操舵トルクTh、車速V、操舵角θs、および目標操舵角値θEに基づき、電流指令値を演算する。電流指令値は、モータ30に供給すべき電流の目標値であり、d/q座標系におけるd軸上の電流指令値およびq軸上の電流指令値をそれぞれ示している。このうち、q軸電流指令値Iq*は、モータ30に発生させるアシストトルクの目標値である。尚、d軸電流指令値Id*は、「0」に固定されている。
【0030】
電流指令値演算部53は、基本指令値演算部としての基本電流指令値演算部55、第1補正値演算部56、第2補正値演算部57、および加算演算部58を有している。
基本電流指令値演算部55は、操舵トルクThおよび車速に基づいてq軸電流指令値Iq*の基礎成分である基本電流指令値をIas*を演算する。基本電流指令値Ias*は、運転者のステアリングホイール20の操作を補助するアシストトルクに対応する基本指令値である。
【0031】
図3のグラフに示すように、基本電流指令値演算部55は、操舵トルクThと、車速Vと、基本電流指令値Ias*との関係を示したマップを有している。このマップに示されるように、基本電流指令値演算部55は、操舵トルクThの絶対値が大きくなるほど、また車速Vが遅くなるほど基本電流指令値Ias*の絶対値をより大きい値に設定する。
【0032】
図2に示すように、第1補正値演算部56は、舵角センサ6により検出される操舵角θsに基づいて第1補正値Ira*を演算する。第1補正値Ira*は、ステアリングシャフト21に操舵反力が付与されるように基本電流指令値Ias*を補正する補正成分である。操舵反力とは、ステアリングホイール20の操作に抗する力をいう。
【0033】
図4のグラフに示すように、第1補正値演算部56は、操舵角θsと第1補正値Ira*との関係を示したマップを有している。このマップに示されるように、第1補正値演算部56は、操舵角θsに対して操舵角閾値θthを設定している。操舵角閾値θthは、ステアリングホイール20の仮想的な操舵限界位置である目標操舵角値θEに達する直前の操舵角θsに基づき設定されている。すなわち、操舵角閾値θthの絶対値は、目標操舵角値θEの絶対値の近傍であり、且つ目標操舵角値θEよりも小さい値に設定される。第1補正値演算部56は、操舵角θsの絶対値が操舵角閾値θth未満となる場合、第1補正値Ira*を「0」とする。第1補正値演算部56は、操舵角θsの絶対値が操舵角閾値θth以上であるとき、操舵角θsの絶対値の増大に対して、第1補正値Ira*を急激に増大させる。第1補正値Ira*は、操舵角θsの正負の符号と逆の符号に設定されている。すなわち、ステアリングホイール20が操舵限界位置の近傍にまで達した場合、基本電流指令値演算部55により演算される基本電流指令値Ias*の絶対値を減少させ、操舵反力をステアリングシャフト21に付与するように第1補正値Ira*が設定される。
【0034】
図2に示すように、第2補正値演算部57は、舵角センサ6により検出される操舵角θsおよびメモリ59に記憶されている目標操舵角値θEに基づき、第2補正値Irb*を演算する。第2補正値Irb*は、ステアリングホイール20の操舵限界位置近傍において、操舵角θsを目標操舵角値θEに一致させるように基本電流指令値Ias*を補正する補正値である。例えば、第2補正値演算部57は、PID制御を実行する。
【0035】
図5に示すように、第2補正値演算部57は、減算器57a、補正成分演算部57b、補正ゲイン演算部57c、および乗算器57dを有する。
減算器57aは、操舵角θsおよび目標操舵角値θEを取り込み、それらの差分である第1偏差Δθを演算する。
【0036】
補正成分演算部57bは、減算器57aにより演算される第1偏差Δθを取り込み、仮補正値Irb1*を演算する。このとき、補正成分演算部57bは、取り込んだ第1偏差Δθをなくすように、すなわち、操舵角θsを目標操舵角値θEに近づけるように仮補正値Irb1*を演算する。
【0037】
補正ゲイン演算部57cは、操舵角θsに基づき補正ゲインK1を演算する。補正ゲイン演算部57cは、操舵角θsと補正ゲインK1との関係を示したマップを有している。補正ゲイン演算部57cは、操舵角θsに対して操舵角閾値θthを設けている。ここで、操舵角閾値θthは、第1補正値演算部56で設定していたものと同等のものである。補正ゲイン演算部57cは、操舵角θsの絶対値が操舵角閾値θth未満である場合、補正ゲインK1を「0」とする。補正ゲイン演算部57cは、操舵角θsの絶対値が操舵角閾値θthよりも大きい場合、補正ゲインK1を「1」とする。
【0038】
乗算器57dは、補正成分演算部57bにより演算される仮補正値Irb1*と、補正ゲイン演算部57cにより演算される補正ゲインK1とを乗算し、第2補正値Irb*を演算する。
【0039】
ここで、補正ゲインK1を設定することの機能的な意義を説明する。
例えば、第2補正値演算部57が、補正ゲインK1の演算機能をもたない場合、ステアリングホイール20の操作位置が操舵限界位置の近傍でない場合、すなわち、舵角センサ6により検出される操舵角θsが操舵角閾値θth未満であり、仮想的な操舵限界位置まで十分に余裕があるときを考える。その場合、第2補正値演算部57の補正成分演算部57bにより演算される仮補正値Irb1*がそのまま第2補正値Irb*として使用されて、基本電流指令値Ias*が補正される。このため、ステアリングホイール20の操作位置は操舵限界位置の近傍に達してないのに関わらず、自動的に目標操舵角値θEまでステアリングホイール20が操舵されてしまうおそれがある。したがって、第2補正値演算部57により演算される第2補正値Irb*は、ステアリングホイール20の操作位置が操舵限界位置の近傍であるとき、すなわち、舵角センサ6により検出される操舵角θsが操舵角閾値θth以上となるときにのみ使用することが好ましい。そのため、補正ゲインK1は、操舵角θsが操舵角閾値θth未満のときには「0」、操舵角θsが操舵角閾値θth以上であるときには「1」と設定することが好ましい。
【0040】
図2に示すように、加算演算部58は、基本電流指令値演算部55により演算される基本電流指令値Ias*と、第1補正値演算部56により演算される第1補正値Ira*と、第2補正値演算部57により演算される第2補正値Irb*と、を加算することによりq軸電流指令値Iq*を演算する。
【0041】
制御信号生成部54は、d軸電流指令値Id*,q軸電流指令値Iq*、各相電流値I、および回転角度θmに基づきd/q座標系における電流フィードバック制御を実行することにより制御信号を生成する。詳しくは、制御信号生成部54は、回転角度θmに基づいて各相電流値Iをd/q座標上に写像することにより、d/q座標系におけるモータ30の実電流値であるd軸電流値およびq軸電流値を演算する。制御信号生成部54は、d軸電流値をd軸電流指令値Id*に追従させるべく、またq軸電流値をq軸電流指令値Iq*に追従させるべくそれぞれ電流フィードバック制御を行うことにより制御信号を生成する。この制御信号がインバータ回路50に出力されることによりモータ30に制御信号に応じた駆動電力が供給される。このため、モータ30はq軸電流指令値Iq*に応じたアシストトルクを発生する。
【0042】
以上詳述したように、本実施の形態にかかるEPS1の作用を説明しつつ、その効果を説明する。
(1)例えば、運転者がステアリングホイール20を右操舵方向に操作することによりステアリングホイール20に右操舵方向の操舵トルク、すなわち正の操舵トルクThが付与されると、図3に示すように制御装置5は操舵トルクThに応じた正の値の基本電流指令値Ias*、ひいては正の値のq軸電流指令値Iq*を演算する。これによりq軸電流指令値Iq*に応じた正のアシストトルク、すなわち右操舵方向のアシストトルクがモータ30からステアリングシャフト21に付与され、運転者のステアリングホイール20の操作が補助される。
【0043】
そして操舵角θsが操舵角閾値θthに達すると、図4に示すように、制御装置5は第1補正値Ira*を負の方向へ向けて急激に大きくする。このため、q軸電流指令値Iq*、ひいてはモータ30の出力するアシストトルクも急激に減少する。このアシストトルクの急激な減少に伴って、運転者はステアリングホイール20から受ける操舵反力が急激に大きくなるので、運転者は操舵角閾値θthを越えてステアリングホイール20を右操舵方向に操作することが難しくなる。運転者は、操舵角閾値θthの近傍におけるステアリングホイール20の操作の行き止まり感を通じて、ステアリングホイール20の操作位置が仮想的な操舵限界位置に至ったことを認識することができる。ここで、行き止まり感とは、操舵角閾値θthの近傍において、運転者がステアリングホイール20を操舵角閾値θthを越えて操作しようとしたときに重く感じることを示している。
【0044】
しかし、第1補正値演算部56では、操舵角θsによって決まった第1補正値Ira*をマップ演算するため、例えば運転者のステアリングホイール20に付与する操舵トルクThが大きくなり過ぎると、ステアリングホイール20が仮想的な操舵限界位置を越えてしまうおそれがある。
【0045】
その点、第2補正値演算部57は、操舵角θsが操舵角閾値θthに達した以降、仮想的な操舵限界位置における操舵角θsの目標値である目標操舵角値θEに対して、現在のステアリングホイール20の操舵角θsを追従させるように、すなわち、仮想的な操舵限界位置を越えてしまった操舵角θsを目標操舵角値θEに一致させるように第2補正値Irb*を演算する。その第2補正値Irb*を用いて基本電流指令値Ias*を補正するため、仮想的な操舵限界位置を越えるような運転者の操舵を抑制できる。尚、ステアリングホイール20を左操舵方向に操作したときも同様の作用となる。
【0046】
<第2の実施形態>
以下、操舵装置の第2の実施形態を説明する。本実施の形態の操舵装置は、基本的には、先の図1〜5に示される第1の実施形態と同様の構成を備えている。ただし、第1の実施形態における操舵角閾値θthの設定方法、および第2補正値演算部57の構成が異なっている。このため、第1の実施形態と同様の構成については、同一の符号を付してその詳細な説明は割愛する。
【0047】
図6に示すように、電流指令値演算部53は、閾値演算部60を有している。閾値演算部60は、操舵角θsに応じて操舵角閾値θthを設定する。第1補正値演算部56は、操舵角閾値θthおよび操舵角θsに基づき第1補正値Ira*を演算する。
【0048】
図7に示すように、閾値演算部60は、操舵角速度演算部60aおよび閾値可変設定部60bを有している。操舵角速度演算部60aは、操舵角θsに基づいて操舵角速度ωを演算する。操舵角速度ωは、ステアリングホイール20の単位時間当たりの舵角速度である。閾値可変設定部60bは、操舵角速度演算部60aにより演算される操舵角速度ωに基づいて、操舵角閾値θthを演算する。また、閾値可変設定部60bは、操舵角速度ωと、操舵角閾値θthとの関係を示したマップ60cを有している。このマップ60cに示されるように、操舵角閾値θthは、その上限値θmaxおよび下限値θminの間において操舵角閾値θthを設定する。閾値可変設定部60bは、操舵角速度ωが0を含む一定の範囲であるとき、操舵角閾値θthを上限値θmaxに設定する。閾値可変設定部60bは、操舵角速度ωの絶対値が大きくなるほど操舵角閾値θthの絶対値をより小さい値に設定する。閾値可変設定部60bは、操舵角速度ωが所定値に達した以降、操舵角閾値θthを下限値θminに設定する。
【0049】
上限値θmaxは、ステアリングホイール20が仮想的な操舵限界位置近傍において、所定の操舵角速度ωで目標操舵角値θEに向けて操舵されたとき、ステアリングホイール20の操舵角θsが目標操舵角値θEを越えない観点で設定されている。この理由は、操舵角閾値θthは、目標操舵角値θEに達する直前の操舵角θsに基づき設定されているものであるが、より目標操舵角値θEに近接した値に設定したとき、第1補正値演算部56により演算される第1補正値Ira*によりステアリングホイール20に十分な操舵反力が付与されず、所定の操舵角速度ωでステアリングホイール20の操舵角θsが目標操舵角値θEを越えてしまうおそれがあるためである。
【0050】
下限値θminは、第1補正値演算部56により第1補正値Ira*が演算されるタイミングが早くなり過ぎない観点で設定されている。この理由は、ステアリングホイール20の操舵角速度ωが早くなるほど操舵角閾値θthを小さくした場合、操舵中立位置近傍にて第1補正値Ira*によりステアリングホイール20に操舵反力が付与されてしまうおそれがあるためである。尚、操舵角閾値θthが変更されるだけであって、操舵角θsの変化に対する第1補正値Ira*の変化の割合は、図4のグラフに示される第1の実施形態と同じである。
【0051】
図8に示すように、第2補正値演算部57は、操舵角閾値θth、操舵角θs、操舵トルクTh、および目標操舵角値θEに基づいて第2補正値Irb*を演算する。第2補正値演算部57は、切り戻し判定部57e、偏差判定部57f、および乗算器57gを有している。尚、第2補正値演算部57の補正ゲイン演算部57cは、閾値演算部60により演算される操舵角閾値θthと、操舵角θsに基づいて補正ゲインK1を演算する。
【0052】
切り戻し判定部57eは、操舵角θsおよび操舵トルクThに基づき、運転者がステアリングホイール20を操舵限界位置側から操舵中立位置へ向けて操作しているか否か(以後「切り戻し」という。)を判定し、判定結果としての補正ゲインK4を演算する。
【0053】
偏差判定部57fは、操舵角閾値θthにおける上限値θmaxおよび下限値θminと、目標操舵角値θEと下限値θminとの差分である第2偏差Δθ2の絶対値とを記憶している。偏差判定部57fは、第1偏差Δθと、目標操舵角値θEと、操舵角θsと、操舵角閾値θthと、上限値θmaxと、下限値θminと、第2偏差Δθ2とに基づき、補正成分演算部57bにより演算される仮補正値Irb1*を第2補正値Irb*として使用してもよいかを判定し、判定結果としての補正ゲインK3を演算する。
【0054】
乗算器57gは、乗算器57dにおける仮補正値Irb1*と補正ゲインK1との乗算結果に対して、補正ゲインK3と、補正ゲインK4と、を乗算し、第2補正値Irb*を演算する。
【0055】
次に、切り戻し判定部57eにおけるステアリングホイール20の切り戻し判定方法について説明する。
切り戻し判定部57eは、舵角センサ6により周期的に検出されている操舵角θsの変化、およびトルクセンサ7により周期的に検出されている操舵トルクThの変化を監視している。具体的には、切り戻し判定部57eは、検出された操舵角θsおよび操舵トルクThのそれぞれにおいて、前回周期の絶対値から最新周期の絶対値が大きくなっているか(以後、「変化が正」)、または小さくなっているか(以後、「変化が負」)を監視している。尚、前回周期とは、最新周期の直前の周期を示している。
【0056】
ここで、たとえば、操舵角θsの変化が正、および操舵トルクThの変化が正である場合、ステアリングホイール20は、操舵中立位置側から操舵限界位置へ向けて回転している。操舵角θsの変化が負、および操舵トルクThの変化が負である場合、ステアリングホイール20は、操舵限界値側から操舵中立位置へ向けて回転している。
【0057】
切り戻し判定部57eは、操舵角θsの変化が負、且つ操舵トルクThの変化が負である場合にステアリングホイール20が切り戻されていると判定する。
操舵角θsの変化が負、且つ操舵トルクThの変化が負であるときにステアリングホイール20が切り戻されていると判定する理由は、操舵角θsまたは操舵トルクThだけでは、正確に切り戻し判定が実施されないおそれがあるためである。例えば、操舵角θsだけを用いて切り戻し判定をした場合を考える。この場合、路面状況によっては、転舵輪4,4からラックシャフト23またはステアリングシャフト21を介してステアリングホイール20に微小な振動を伝わるおそれがある。この微小な振動によって、ステアリングホイール20の左右方向における微小な回転が繰り返し生じることが考えられ、運転者がステアリングホイール20を切り戻しを実施していないのに関わらず、切り戻し判定部57eは、ステアリングホイール20を切り戻していると判定するおそれがある。そのため、切り戻し判定部57eは、操舵角θsの変化が負、且つ操舵トルクThの変化が負である場合にステアリングホイール20が切り戻されていると判定する。
【0058】
次に、切り戻し判定部57eの制御フローを説明する。
図9に示すように、切り戻し判定部57eは、操舵角θsおよび操舵トルクThを取り込む(ステップ91)。切り戻し判定部57eは、操舵角θsの変化が負であるかを判定する(ステップ92)。操舵角θsの変化が正である場合、補正ゲインK4を「1」に設定する(ステップ93)。切り戻し判定部57eは、操舵角θsの絶対値の変化が負であった場合は、次のステップとして操舵トルクThの変化が負であるかを判定する(ステップ94)。切り戻し判定部57eは、操舵トルクThの変化が負でなければ、補正ゲインK4を「1」に設定する(ステップ93)。切り戻し判定部57eは、操舵トルクThの変化が負であった場合、補正ゲインK4を「0」に設定する(ステップ95)。補正ゲインK4を「0」とすることは、切り戻し判定部57eがステアリングホイール20が切り戻されていると判定したことを示している。
【0059】
次に、偏差判定部57fの制御フローで説明する。
図10に示すように、偏差判定部57fは、第1偏差Δθ、操舵角閾値θth、および操舵角θsを取り込む(ステップ101)。偏差判定部57fは、操舵角閾値θthが下限値θmin以上、且つ上限値θmax以下の値であるかどうかを判定する(ステップ102)。偏差判定部57fは、操舵角閾値θthが下限値θmin以上、且つ上限値θmax以下の値であると判定した場合、次のステップとして、補正ゲインK3を「1」に設定する(ステップ103)。偏差判定部57fは、ステップ102における操舵角閾値θthが下限値θmin以上、且つ上限値θmax以下の値でないと判定した場合、次のステップとして、減算器57aにより演算される第1偏差Δθの絶対値が、偏差判定部57fに記憶されている所定値としての第2偏差Δθ2の絶対値よりも大きいか否かを判定する(ステップ104)。偏差判定部57fは、第1偏差Δθの絶対値が第2偏差Δθ2の絶対値よりも大きいと判定した場合、補正ゲインK3を「0」に設定する(ステップ105)。偏差判定部57fは、第1偏差Δθの大きさが第2偏差Δθ2の大きさよりも大きくないと判定した場合、補正ゲインK3を「1」に設定する(ステップ103)。尚、第1偏差Δθの大きさが第2偏差Δθ2の大きさよりも大きいことは、操舵角θsが操舵角閾値θthの下限値θminよりも小さいことを示している。
【0060】
ここで、補正ゲインK3,K4を設定することの機能的な意義を説明する。
例えば、第2補正値演算部57が切り戻し判定部57eおよび偏差判定部57fを持たない場合、ステアリングホイール20の操作位置が操舵限界位置の近傍である場合、すなわち、舵角センサ6により検出される操舵角θsが操舵角閾値θth以上であり、目標操舵角値θEの近傍にある場合を考える。運転者がステアリングホイール20を操舵限界位置の近傍から操舵中立位置に向けて切り戻しているときに、第2補正値演算部57の補正成分演算部57bにより演算される仮補正値Irb1*がそのまま第2補正値Irb*として使用されて、基本電流指令値Ias*が補正される。このため、ステアリングホイール20は、操舵限界位置の近傍から操舵中立位置に向けて切り戻されようとしているのに関わらず、自動的に目標操舵角値θEまでステアリングホイール20が操舵されてしまうおそれがある。したがって、ステアリングホイール20の操作が切り戻し状態であるとき、第2補正値演算部57により演算される第2補正値Irb*は、「0」とすることが好ましい。そのため、補正ゲインK4は、ステアリングホイール20が切り戻されているときには「0」、ステアリングホイール20が操舵限界位置に向けて操作されているときには「1」と設定することが好ましい。
【0061】
また、閾値可変設定部60bの何かしらの演算エラーにより操舵角閾値θthが下限値θmin以上、且つ上限値θmax以下の値にならないことが考えられる。ここで、例えば、操舵角閾値θthが下限値θminより小さく、ステアリングホイール20の操舵角θsがその操舵角閾値θthより大きく、且つ操舵角θsが下限値θminよりも小さくなっている状態を考える。その場合、補正ゲイン演算部57cは、補正ゲインK1を「1」としてしまうおそれがある。すなわち、ステアリングホイール20が操舵限界位置近傍にない、いわゆる操舵角θsが操舵角閾値θthの下限値θminよりも小さくなっているのに関わらず、第2補正値演算部57の補正成分演算部57bにより演算される仮補正値Irb1*がそのまま第2補正値Irb*として使用されて、基本電流指令値Ias*が補正される。このため、ステアリングホイール20の操作位置は操舵限界位置の近傍にないのに関わらず、自動的に目標操舵角値θEまでステアリングホイール20が操舵されてしまうおそれがある。したがって、閾値演算部60にて演算される操舵角閾値θthが下限値θmin以上、且つ上限値θmaxの値でなく、且つ操舵角θsが下限値θminよりも小さくなっている場合、第2補正値演算部57により演算される第2補正値Irb*を「0」とすることが好ましい。そのため、補正ゲインK3は、操舵角閾値θthが下限値θmin以上、且つ上限値θmax以下の値ではない場合、第1偏差Δθの絶対値が第2偏差Δθ2の絶対値よりも大きいときには「0」、第1偏差Δθの絶対値が第2偏差Δθ2の絶対値よりも大きくないときには「1」と設定することが好ましい。
【0062】
本実施の形態によれば、第1の実施形態の効果に加えて以下の効果が得られる。
(2)閾値演算部60の閾値可変設定部60bにより、ステアリングホイール20の操舵角速度ωに応じて操舵角閾値θthを変えている。詳しくは、操舵角閾値θthは、上限値θmaxと下限値θminとの間の範囲内において、ステアリングホイール20の操舵角速度ωが速いほど小さく設定される。したがって、第1補正値演算部56において第1補正値Ira*の演算されるタイミングがステアリングホイール20の操舵角速度ωが速いほど早くなるため、ステアリングホイール20の操舵角速度ωの勢いで仮想的な操舵限界位置を越えて操作されることが抑制できる。
【0063】
(3)切り戻し判定部57eは、ステアリングホイール20が切り戻されていると判定した場合は、補正ゲインK4を「0」に設定する。乗算器57dにて仮補正値Irb1*に対して補正ゲインK4が乗算されることにより、第2補正値Irb*が「0」となる。したがって、運転者によるステアリングホイール20の切り戻し操作を妨げない。
【0064】
(4)偏差判定部57fは、操舵角閾値θthが下限値θmin以上、且つ上限値θmax以下の値ではない場合、目標操舵角値θEと操舵角θsとの差分である第1偏差Δθの絶対値が目標操舵角値θEと下限値θminの差分である第2偏差Δθ2の絶対値よりも大きいと判定したとき、補正ゲインK3を「0」とする。乗算器57dにて仮補正値Irb1*に対してその補正ゲインK3が乗算されることにより、第2補正値Irb*が「0」となる。したがって、ステアリングホイール20が操舵限界位置近傍にない状態から仮想的な操舵限界位置まで急激に操作されることが抑制できる。
【0065】
尚、本実施の形態は、技術的に矛盾が生じない範囲で以下のように変更してもよい。
・第1および第2の実施形態では、第2補正値演算部57の補正ゲイン演算部57cでは、操舵角閾値θthを使用していたが、これに限らない。例えば、補正ゲイン演算部57cで使用する操舵角θsに対しての閾値としては、操舵角閾値θthよりも若干大きい値としてもよい。第1および第2の実施形態においては、運転者がステアリングホイール20に付与する操舵トルクThが大きくなりすぎる場合、モータ30は操舵反力を発生させるように制御されている。すなわち、運転者がステアリングホイール20に付与する操舵トルクThがステアリングホイール20の仮想的な操舵限界位置を越えるほど大きくなるタイミングは、操舵角θsが操舵角閾値θth以降となるときである。すなわち、第2補正値演算部57により演算される第2補正値Irb*が基本電流指令値Ias*を補正するタイミングは、操舵角θsが操舵角閾値θthに達してから若干遅くなってもよい。
【0066】
・第1および第2の実施形態では、目標操舵角値θEは、ステアリングホイール20および転舵輪4,4が機械的にそれ以上操作できない場合における操舵角θsの上限値の近傍、かつその上限値よりも小さい値に設定されているが、これに限らない。たとえば、目標操舵角値θEは、ステアリングホイール20および転舵輪4,4が機械的にそれ以上操作できない場合における操舵角θsの上限値から余裕をもって小さく設定されていてもよい。第1および第2の実施形態の操舵装置をギア比可変システム(以後「VGRシステム」とする)に適用する場合を考える。VGRシステムでは、ステアリングホイール20の操舵角θsと、転舵輪4,4の転舵角との間の舵角比が可変設定される。操舵角θsに応じて舵角比が決まっているため、転舵輪4,4がそれ以上転舵できない限界位置にあるものの、ステアリングホイール20が仮想的な操舵限界位置に達していない状況が考えられる。このとき、ステアリングホイール20が仮想的な操舵限界位置に達するまで操作されても、転舵輪4,4はそれ以上転舵しないため、運転者の操舵感に違和感を与えてしまうおそれがある。したがって、目標操舵角値θEをステアリングホイール20および転舵輪4,4が機械的にそれ以上操作できない場合における操舵角θsの上限値から余裕を持って小さく設定することで、その違和感を解消することができる。尚、この場合、目標操舵角値θEは定数ではなく、変数としてもよい。目標操舵角値θEを変数とすることで、ステアリングホイール20の操舵角θsに応じてステアリングホイール20の操作を停止させる位置を適切に可変させることができる。
【0067】
・第1および第2の実施形態において、操舵装置を電動パワーステアリング装置に具体化して説明したが、ステア・バイ・ワイヤシステムに適用してもよい。ステア・バイ・ワイヤシステムでは、ステアリングホイール20と転舵輪4,4との間の動力伝達経路が機械的に分離される。このため、ステアリングホイール20の操作に手応え感を付与するため、ステアリングホイール20には操舵角θsの絶対値に応じた操舵反力が付与される。本例においては、制御装置5は、基本電流指令値演算部55にてアシストトルクに対応する基本電流指令値Ias*を、第1補正値演算部56にてモータ30の出力するアシストトルクを急激に減少させるように第1補正値Ira*を演算することで操舵反力を発生させている。しかし、ステア・バイ・ワイヤシステムに適用する場合においては、反力モータとしてモータ30を使用するのであれば、基本電流指令値演算部55にて基本操舵反力に対応する基本電流指令値を、第1補正値演算部56にてステアリングシャフト21に付与する基本操舵反力の増加分を示す第1補正値Ira*を演算する。そのため、図4のグラフに示す第1補正値Ira*の符号を操舵角θsの符号と同じにすることが好ましい。そのようにすることで、本例と同様に操舵反力を急激に増大させることにより仮想的な操舵限界位置も設定される。尚、本実施の形態では、仮想的な操舵限界位置の近傍において、モータ30の出力を減少させ、運転者がステアリングホイール20を介して受ける操舵感を重くすることにより、運転者にステアリングホイール20の操作位置が仮想的な操舵限界位置の近傍に至ったことを認識させている。しかし、操舵装置をステア・バイ・ワイヤシステムに適用する場合は、仮想的な操舵限界位置の近傍において、反力モータの出力を増大させ、運転者がステアリングホイール20を介して受ける操舵感を重くすることにより、運転者にステアリングホイール20の操作位置が仮想的な操舵限界位置の近傍に至ったことを認識させている。
【0068】
・第1および第2の実施形態において、舵角センサ6により操舵角θsを検出していたが、これに限らない。例えば、制御装置5は、回転角センサ9により検出される回転角度θmから操舵角θsを演算してもよい。尚、そのとき、舵角センサ6は割愛してもよい。
【0069】
・第2の実施形態において、第2補正値演算部57に切り戻し判定部57eを設けていたが、制御装置5の内部であればどのような箇所に設けてもよい。また、切り戻し判定部57eの補正ゲインK4は、仮補正値Irb1*に乗算していたが、第2補正値Irb*に乗算してもよい。尚、切り戻し判定部57eを割愛してもよい。
【0070】
・第2の実施形態において、第2補正値演算部57に偏差判定部57fを設けていたが、制御装置5内の内部であればどのような箇所に設けてもよい。また、偏差判定部57fにより演算される補正ゲインK1,K3は、仮補正値Irb1*に乗算してたが、第2補正値Irb*に乗算してもよい。尚、偏差判定部57fを割愛してもよい。
【0071】
・第2の実施形態において、電流指令値演算部53に閾値可変設定部60bを設けていたが、制御装置5の内部であればどのような箇所に設けてもよい。また、閾値可変設定部60bを割愛してもよい。
【0072】
・第1の実施形態において、補正ゲイン演算部57cにおける操舵角θsと補正ゲインK1との関係を示したマップには、操舵角閾値θthが設定されていたが、これに限らない。例えば、操舵角閾値θthをメモリ59に記憶させ、補正ゲイン演算部57cに出力するようにしてもよい。しかし、メモリ59から補正ゲイン演算部57cに対して出力した操舵角閾値θthが、何かしらの理由で小さくなり過ぎるときが稀にある。その場合、第2実施形態における偏差判定部57fを第2補正値演算部57に設けることが好ましい。尚、第1の実施形態において、偏差判定部57fを適用するとき、偏差判定部57fに記憶されている第2偏差Δθ2の絶対値は、目標操舵角値θEと本来メモリ59から出力されるはずの正常な操舵角閾値θthとの差分となる。
【符号の説明】
【0073】
1…EPS、2…操舵機構、4…転舵輪、5…制御装置、6…舵角センサ、7…トルクセンサ、8…車速センサ、9…回転角センサ、20…ステアリングホイール、21…ステアリングシャフト、30…モータ、55…基本電流指令値演算部、56…第1補正値演算部、57…第2補正値演算部、57e…切り戻し判定部、57f…偏差判定部、58…加算演算部、60…閾値演算部、60b…閾値可変設定部、θs…操舵角、θm…回転角度、θth…操舵角閾値、θE…目標操舵角値、θmax…上限値、θmin…下限値、Δθ…第1偏差、Δθ2…第2偏差、Th…操舵トルク、V…車速、Ias*…基本電流指令値、Ira*…第1補正値、Irb*…第2補正値、K1,K3,K4…補正ゲイン。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10