特許第6962216号(P6962216)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6962216溶接鋼管用防錆処理液、溶接鋼管の化成処理方法、溶接鋼管および溶接鋼管の成形加工品
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6962216
(24)【登録日】2021年10月18日
(45)【発行日】2021年11月5日
(54)【発明の名称】溶接鋼管用防錆処理液、溶接鋼管の化成処理方法、溶接鋼管および溶接鋼管の成形加工品
(51)【国際特許分類】
   C23C 22/68 20060101AFI20211025BHJP
   C23C 4/18 20060101ALI20211025BHJP
   B05D 3/10 20060101ALI20211025BHJP
   B05D 7/14 20060101ALI20211025BHJP
   B05D 7/24 20060101ALI20211025BHJP
   B32B 1/08 20060101ALI20211025BHJP
   B32B 15/18 20060101ALI20211025BHJP
   B32B 15/082 20060101ALI20211025BHJP
   B32B 15/09 20060101ALI20211025BHJP
   B32B 15/08 20060101ALI20211025BHJP
   C23F 11/00 20060101ALI20211025BHJP
【FI】
   C23C22/68
   C23C4/18
   B05D3/10 A
   B05D7/14 Q
   B05D7/14 K
   B05D7/24 302L
   B05D7/24 302V
   B05D7/24 303A
   B32B1/08 Z
   B32B15/18
   B32B15/082 B
   B32B15/09 Z
   B32B15/08 Q
   C23F11/00 B
【請求項の数】16
【全頁数】26
(21)【出願番号】特願2018-9508(P2018-9508)
(22)【出願日】2018年1月24日
(65)【公開番号】特開2019-127618(P2019-127618A)
(43)【公開日】2019年8月1日
【審査請求日】2020年9月18日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002952
【氏名又は名称】特許業務法人鷲田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松野 雅典
(72)【発明者】
【氏名】上野 晋
【審査官】 國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】 特開2003−201578(JP,A)
【文献】 特開2016−121390(JP,A)
【文献】 特開2003−105563(JP,A)
【文献】 特許第6271062(JP,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 22/68
C23C 4/18
B05D 3/10
B05D 7/14
B05D 7/24
B32B 1/08
B32B 15/18
B32B 15/082
B32B 15/09
B32B 15/08
C23F 11/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ素樹脂およびアクリル樹脂を含む有機樹脂と、
ジルコニウム化合物と、
ジエチルアジペート、ジブチルアジペート、ジメチルアジペートおよびn−メチル−2−ピロリドンからなる群から選択される1以上の結合促進剤を、を含み、
前記ジルコニウム化合物の含有量は、金属換算で0.5g/L以上6g/L以下であり、
前記ジルコニウム化合物の金属換算した含有量と前記結合促進剤の含有量の合計は、20g/L以下である、
溶接鋼管用防錆処理液。
【請求項2】
前記アクリル樹脂は、前記アクリル樹脂の全質量に対して6質量%以上のフッ素原子を含む、請求項1に記載の溶接鋼管用防錆処理液。
【請求項3】
前記ジルコニウム化合物の含有量は、金属換算で2g/L以上である、請求項1または2に記載の溶接鋼管用防錆処理液。
【請求項4】
前記結合促進剤の含有量は0.5g/L以上50g/L以下である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の溶接鋼管用防錆処理液。
【請求項5】
リン酸およびリン酸塩、ならびにアンモニアおよびアンモニウム塩、からなる群から選択されるエッチング剤をさらに含む、請求項1〜4のいずれか1項に記載の溶接鋼管用防錆処理液。
【請求項6】
前記エッチング剤は、リン酸またはリン酸塩と、アンモニアまたはアンモニウム塩と、をいずれも含む、請求項5に記載の溶接鋼管用防錆処理液。
【請求項7】
前記リン酸またはリン酸塩の含有量は、リン酸アニオン(PO3−)換算で1g/L以上であり、かつ、前記アンモニアまたはアンモニウム塩の含有量は、第四級アンモニウムカチオン(NH)換算で1g/L以上である、請求項6に記載の溶接鋼管用防錆処理液。
【請求項8】
固形分の含有量は20%以上である、請求項1〜7のいずれか1項に記載の溶接鋼管用防錆処理液。
【請求項9】
pHは7.0以上9.5以下である、請求項1〜8のいずれか1項に記載の溶接鋼管用防錆処理液。
【請求項10】
顔料をさらに含有する、請求項1〜9のいずれか1項に記載の溶接鋼管用防錆処理液。
【請求項11】
ワックスをさらに含有する、請求項1〜10のいずれか1項に記載の溶接鋼管用防錆処理液。
【請求項12】
溶接鋼管の表面と、溶接部または溶接部を覆う溶射補修層と、の両方に、請求項1〜11のいずれか1項に記載の溶接鋼管用防錆処理液を付与する工程を含む、
溶接鋼管の化成処理方法。
【請求項13】
前記溶接鋼管用防錆処理液は、溶接鋼管の全周に付与される、請求項12に記載の溶接鋼管の化成処理方法。
【請求項14】
前記溶接鋼管用防錆処理液は、膜厚0.5μm以上10μm以下の膜厚で付与される、請求項12または13に記載の溶接鋼管の化成処理方法。
【請求項15】
溶接鋼管の表面と、溶接部または溶接部を覆う溶射補修層と、の両方の上に、化成処理皮膜を有する溶接鋼管であって、
前記化成処理皮膜は、
フッ素樹脂およびアクリル樹脂を含む有機樹脂と、
ジルコニウム化合物と、
ジエチルアジペート、ジブチルアジペート、ジメチルアジペートおよびn−メチル−2−ピロリドンからなる群から選択される1以上の結合促進剤と、
を含む、溶接鋼管。
【請求項16】
溶接鋼管の成形加工によって作製された溶接鋼管の成形加工品であって、
前記溶接鋼管の成形加工品は、溶接鋼管の表面と、溶接部または溶接部を覆う溶射補修層と、の両方の上に化成処理皮膜を有し、
前記化成処理皮膜は、
フッ素樹脂およびアクリル樹脂を含む有機樹脂と、
ジルコニウム化合物と、
ジエチルアジペート、ジブチルアジペート、ジメチルアジペートおよびn−メチル−2−ピロリドンからなる群から選択される1以上の結合促進剤と、
を含む、溶接鋼管の成形加工品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接鋼管用防錆処理液、溶接鋼管の化成処理方法、溶接鋼管および溶接鋼管の成形加工品に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、農業用ビニールハウスの躯体(骨組み)や地中埋設管などの様々な用途において、Zn系合金めっき鋼板などから造管された溶接鋼管が使用されている。このような溶接鋼管は、そのままでは耐食性や耐変色性などが不十分な場合があるため、有機樹脂を含む化成処理皮膜をその表面に形成されることがある。たとえば、特許文献1には、Zn系合金めっき鋼板から造管された溶接めっき鋼管の外側の表面に、ウレタン樹脂などの有機樹脂を含む化成処理皮膜(有機樹脂皮膜)をポストコート方式で形成することが記載されている。
【0003】
ところで、化成処理皮膜の耐候性を向上させるために、化成処理皮膜を構成する有機樹脂として耐候性に優れるフッ素含有樹脂を使用することがある。フッ素含有樹脂組成物は、溶剤系フッ素含有樹脂組成物と水系フッ素含有樹脂組成物とに大別される。従来、耐候性の向上を目的としてフッ素含有樹脂を使用する場合、有機溶剤系フッ素含有樹脂組成物を使用するのが一般的であった。しかしながら、有機溶剤系フッ素含有樹脂組成物には、揮発した有機溶剤の回収などに手間がかかるとの問題がある。
【0004】
一方、水系フッ素含有樹脂組成物は、有機溶剤系フッ素含有樹脂組成物に比べて取り扱いが容易であり、様々なものが提案されている(たとえば、特許文献2参照)。しかしながら、多くの水系フッ素含有樹脂組成物は、高温での焼き付けを必要とすることが多い(たとえば180〜230℃、特許文献2参照)。たとえば、ポストコート方式で溶接鋼管の表面に化成処理皮膜を形成する場合、成形加工後の現場では設備の面からこのような高温での焼き付けを行うことが難しいことがある。
【0005】
低温での焼き付けでも造膜できるように、硬化性部位(有機官能基)を導入した水系フッ素含有樹脂組成物も提案されている(たとえば、特許文献3参照)。しかしながら、有機官能基を利用して硬化させた化成処理皮膜は、硬化部から優先的に耐候劣化してしまうため、屋外で使用すると多孔質状になり、耐水性が低下してしまう。
【0006】
そこで、特許文献4〜8には、有機官能基ではなく、第4族金属を含む化合物によってフッ素樹脂を架橋させて、フッ素樹脂を含む有機樹脂皮膜の耐水性を高めることができる、化成処理液が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2003−293165号公報
【特許文献2】特開昭57−38845号公報
【特許文献3】特開平5−202260号公報
【特許文献4】国際公開第2011/158513号
【特許文献5】国際公開第2011/158516号
【特許文献6】特開2012−21207号公報
【特許文献7】特開2012−177146号公報
【特許文献8】特開2012−177147号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前述の通り、溶接鋼管の表面に有機樹脂を含む化成処理皮膜を形成することで、耐食性や耐変色性などを向上させることができる。しかしながら、有機樹脂を含む化成処理皮膜を形成された溶接鋼管は、屋外で使用した場合に耐候性が不十分である場合があった。すなわち、ウレタン樹脂などの多くの有機樹脂は紫外線により劣化してしまうため、化成処理皮膜を形成された溶接鋼管を屋外で使用した場合、表面を被覆する化成処理皮膜が時間の経過とともに失われてしまうおそれがある。このように化成処理皮膜が失われてしまうと、溶接鋼管の表面に腐食や変色などが発生してしまい、美観が損なわれるおそれがある。
【0009】
化成処理皮膜の耐候性を向上させる手段として、耐候性に優れる特許文献4〜8に記載のようなフッ素含有樹脂を使用することが考えられる。しかし、溶接鋼管は、屋外の様々な環境で使用されるため、化成処理皮膜の耐候性を高めるのみならず、赤錆の発生をより抑制する(耐食性を高める)ことに対する要望は依然として存在する。また、防錆処理液には、当然ながら、高い保存安定性が望まれる。
【0010】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、化成処理皮膜の耐候性をより高めることができる溶接鋼管用の防錆処理液、当該処理液により溶接鋼管に化成処理皮膜を形成する方法、ならびに当該処理液により形成された化成処理皮膜を有する溶接鋼管および溶接鋼管の成形加工品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題に鑑み、本発明の一態様は、溶接鋼管用防錆処理液に関する。上記端面防錆処理液は、フッ素樹脂を含む有機樹脂と、第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンと、アジピン酸またはフタル酸と炭素数1以上3以下のアルコールとのエステル化合物およびn−メチル−2−ピロリドンからなる群から選択される1以上の結合促進剤と、を含み、上記第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンの含有量は、金属換算で0.5g/L以上6g/L以下であり、上記第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンの金属換算した含有量と上記結合促進剤の含有量の合計は、20g/L以下である。
【0012】
また、本発明の他の態様は、溶接鋼板の化成処理方法に関する。上記化成処理方法は、鋼板またはめっき鋼板の表面に、溶接鋼管用防錆処理液を付与する工程を含む。上記端面防錆処理液は、フッ素樹脂を含む有機樹脂と、第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンと、アジピン酸またはフタル酸と炭素数1以上3以下のアルコールとのエステル化合物およびn−メチル−2−ピロリドンからなる群から選択される1以上の結合促進剤と、を含み、上記第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンの含有量は、金属換算で0.5g/L以上6g/L以下であり、上記第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンの金属換算した含有量と上記結合促進剤の含有量の合計は、20g/L以下である。
【0013】
また、本発明のさらに他の態様は、溶接鋼管の表面と、溶接部または溶接部を覆う溶射補修層と、の両方の上に、化成処理皮膜を有する溶接鋼管に関する。上記化成処理皮膜は、フッ素樹脂を含む有機樹脂と、第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンと、アジピン酸またはフタル酸と炭素数1以上3以下のアルコールとのエステル化合物およびn−メチル−2−ピロリドンからなる群から選択される1以上の結合促進剤と、を含む。
【0014】
また、本発明のさらに他の態様は、溶接鋼管の成形加工によって作製された溶接鋼管の成形加工品に関する。上記溶接鋼管の成形加工品は、溶接鋼管の表面と、溶接部または溶接部を覆う溶射補修層と、の両方の上に化成処理皮膜を有し、上記化成処理皮膜は、フッ素樹脂を含む有機樹脂と、第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンと、アジピン酸またはフタル酸と炭素数1以上3以下のアルコールとのエステル化合物およびn−メチル−2−ピロリドンからなる群から選択される1以上の結合促進剤と、を含む。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、化成処理皮膜の耐候性をより高めることができる溶接鋼管用の防錆処理液、当該処理液により溶接鋼管に化成処理皮膜を形成する方法、ならびに当該処理液により形成された化成処理皮膜を有する溶接鋼管および溶接鋼管の成形加工品が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1は、本発明の一実施形態に係る溶接めっき鋼板の溶接部周辺の拡大断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明者らは、鋭意検討の結果、フッ素樹脂を含む有機樹脂および第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンを含む水系処の防錆理液に、特定の化合物(以下、単に「結合促進剤」ともいう。)をさらに含有させて、溶接鋼管用防錆処理液とすることで、溶接鋼管の表面に形成される化成処理皮膜の耐食性がより高まることを見出した。本発明者らは、この耐食性の向上をもたらす作用効果についてさらに検討した結果、上記結合促進剤としてアジピン酸またはフタル酸と炭素数1以上3以下のアルコールとのエステル化合物およびn−メチル−2−ピロリドンが使用できることを見出し、さらに、第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンの含有量を、金属換算で0.5g/L以上6g/L以下とし、第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンの金属換算した含有量と結合促進剤の含有量の合計を、20g/L以下とすることで、処理液の保存性の低下を抑制しつつ、耐食性を高めることができることを見出し、もって本発明を完成させた。
【0018】
つまり、上記結合促進剤は、通常はエマルションとして防錆処理液中に存在するフッ素樹脂を、軟質化することができる。上記結合促進剤によって軟質化したフッ素樹脂は、より融着しやすくなり、耐水性がより高い化成処理皮膜を形成するため、化成処理皮膜の耐候性がより高まると考えられる。
【0019】
また、上記第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンは、フッ素樹脂の密着性を高め、かつ、低温乾燥でも化成処理皮膜の耐水性を高めることができる。しかし、上記第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンと結合促進剤との含有量の合計が多くなりすぎると、処理液の保存性が低下するおそれがある。これに対し、第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンの含有量を、金属換算で2g/L以上6g/L以下とし、第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンの金属換算した含有量と結合促進剤の含有量の合計を、20g/L以下とすることで、これらによる密着性および耐水性の向上と、保存性の低下の抑制と、を両立させることができる。
【0020】
1.防錆処理液
上記防錆処理液は、フッ素樹脂を含む有機樹脂、第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンおよび上記結合促進剤を含む。上記防錆処理液は、エッチング剤などのその他の成分をさらに含んでもよい。
【0021】
1−1.有機樹脂
有機樹脂は、フッ素樹脂を含む有機樹脂である。フッ素樹脂は、化成処理皮膜の耐候性(耐紫外線性および耐光性など)および耐食性(赤錆の防止など)を高めることができる。なお、有機樹脂は、化成処理皮膜の耐候性および耐食性を顕著に低下させない限りにおいて、フッ素樹脂以外の樹脂を含んでもよい。
【0022】
フッ素樹脂は、溶剤系フッ素樹脂と水系フッ素樹脂に大別される。これらのうち、揮発した溶剤の回収が問題とならない防錆処理液に用いることが容易な、水系フッ素樹脂を用いることが好ましい。
【0023】
水系フッ素樹脂とは、親水性官能基を有するフッ素樹脂を意味する。親水性官能基の好ましい例には、カルボキシル基およびスルホン酸基、ならびにこれらの塩などが含まれる。カルボキシル基またはスルホン酸基の塩の例には、アンモニウム塩、アミン塩、およびアルカリ金属塩などが含まれる。
【0024】
水系フッ素樹脂は、親水性官能基の量が0.05質量%以上5質量%以下の量であることが好ましい。親水性官能基の量が0.05質量%以上5質量%以下の量であるフッ素樹脂は、乳化剤をほとんど使用せずとも、水系エマルションとすることができる。乳化剤をほとんど含まない化成処理皮膜は、耐水性に優れた化成処理皮膜とすることができる。
【0025】
水系フッ素樹脂中の親水性官能基の含有量は、水系フッ素樹脂に含まれる親水性官能基の総モル質量を、水系フッ素樹脂の数平均分子量で除して求めればよい。カルボキシル基のモル質量は45であり、スルホン酸基のモル質量は81であるので、水系フッ素樹脂に含まれるカルボキシル基およびスルホン酸基それぞれの数を求め、それぞれにモル質量を乗じることで、水系フッ素樹脂に含まれる親水性官能基の総モル質量が求まる。水系フッ素樹脂の数平均分子量はGPCで測定され得る。
【0026】
水系フッ素樹脂におけるカルボキシル基は、鋼板またはめっき層(または下地化成処理皮膜)の表面と水素結合などを形成して、化成処理皮膜と鋼板またはめっき層(または下地化成処理皮膜)表面との密着性の向上に寄与するが、Hが解離しにくいため第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンとの架橋反応が生じにくい。一方、水系フッ素樹脂におけるスルホン酸基は、Hが解離しやすいため第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンとの架橋反応が生じやすいものの、一方で第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンと架橋反応せずに未反応のまま皮膜中に残存すると、水分子の吸着作用が強いため化成処理皮膜の耐水性を著しく低下させてしまうおそれがある。したがって、それぞれの特徴を活かすべく、水系フッ素樹脂には、カルボキシル基およびスルホン酸基の両方を含むことが好ましい。この場合、カルボキシル基とスルホン酸基との比率は、カルボキシル基/スルホン酸基のモル比で5以上60以下の範囲内が好ましい。
【0027】
水系フッ素樹脂の数平均分子量は、1000以上が好ましく、1万以上がより好ましく、20万以上が特に好ましい。
【0028】
水系フッ素樹脂の数平均分子量の下限が上記値であると、化成処理皮膜の透水性および耐水性を十分に高めることができ、湿気や腐食性ガスなどが化成処理皮膜を貫通することによる鋼板またはめっき鋼板の腐食を抑制することができる。また、水系フッ素樹脂の数平均分子量の下限が上記値であると、光エネルギーなどの作用により発生したラジカルがポリマー鎖の末端に作用しにくいため、水などの相乗作用により水系フッ素樹脂が加水分解されてしまうことによる、化成処理皮膜の劣化を抑制することもできる。水系フッ素樹脂の分子量を大きくすることにより、分子間力が強くなり、化成処理皮膜の凝集力が高まるため、化成処理皮膜の耐水性をより高めることができる。また、水系フッ素樹脂の分子量を大きくすることにより、水系フッ素樹脂の主鎖における原子間の結合を安定化して、水系フッ素樹脂の加水分解による化成処理皮膜の劣化も生じにくくなる。
【0029】
一方で、水系フッ素樹脂の数平均分子量は、200万以下が好ましい。水系フッ素樹脂の数平均分子量の上限が200万以下であれば、防錆処理液のゲル化などが生じにくく、防錆処理液の保存安定性がより高まる。
【0030】
水系フッ素樹脂は、化成処理皮膜の耐候性および耐食性をより高める観点から、上記フッ素樹脂の全質量に対して6質量%以上のフッ素(F)原子を含むことが好ましく、8質量%以上のフッ素(F)原子を含むことがより好ましい。また、水系フッ素樹脂は、塗料化を容易にし、かつ、化成処理皮膜の密着性および乾燥性をより高める観点から、前記フッ素樹脂の全質量に対して20質量%以下のフッ素(F)原子を含むことが好ましい。水系フッ素樹脂中のフッ素(F)原子の含有量は、蛍光X線分析装置を用いることで測定することができる。
【0031】
水系フッ素樹脂としては、フッ素含有オレフィン樹脂であることが好ましい。フッ素含有オレフィン樹脂の例には、フルオロオレフィンと親水性官能基含有モノマーとの共重合体が含まれる。
【0032】
上記フルオロオレフィンの例には、テトラフルオロエチレン、トリフルオロエチレン、クロロトリフルオロエチレン、ヘキサフルオロプロピレン、フッ化ビニル、フッ化ビニリデン、ペンタフルオロプロピレン、2,2,3,3−テトラフルオロプロピレン、3,3,3−トリフルオロプロピレン、ブロモトリフルオロエチレン、1−クロロ−1,2−ジフルオロエチレン、および1,1−ジクロロ−2,2−ジフルオロエチレンなどが含まれる。これらのフルオロオレフィンは、単独で使用されてもよいし、2種類以上を組み合わせて使用されてもよい。耐紫外線性をより高める観点からは、これらのフルオロオレフィンの中でも、テトラフルオロエチレンおよびヘキサフルオロプロピレンなどを含むパーフルオロオレフィン、ならびにフッ化ビニリデンなどが好ましい。なお、塩素イオンによる腐食を抑制する観点からは、クロロトリフルオロエチレンなどの塩素を含むフルオロオレフィンの含有量は少ない(たとえば0.1モル%以下)ことが好ましい。
【0033】
上記親水性官能基含有モノマーの例には、公知のカルボキシル基含有モノマーおよびスルホン酸基含有モノマーが含まれる。これらの親水性官能基含有モノマーは、単独で使用されてもよいし、2種類以上を組み合わせて使用されてもよい。
【0034】
上記カルボキシル基含有モノマーの一例としては、以下の式(1)に示される不飽和カルボン酸、およびこれらのエステルまたは酸無水物などを含む不飽和カルボン酸類が挙げられる。
【0035】
【化1】
(式中、R、RおよびRは、独立に、水素原子、アルキル基、カルボキシル基またはエステル基を示す。nは0〜20の整数である。)
【0036】
上記式(1)に示される不飽和カルボン酸の具体例には、アクリル酸、メタクリル酸、ビニル酢酸、クロトン酸、桂皮酸、イタコン酸、イタコン酸モノエステル、マレイン酸、マレイン酸モノエステル、フマル酸、フマル酸モノエステル、5−ヘキセン酸、5−ヘプテン酸、6−ヘプテン酸、7−オクテン酸、8−ノネン酸、9−デセン酸、10−ウンデシレン酸、11−ドデシレン酸、17−オクタデシレン酸、およびオレイン酸などが含まれる。
【0037】
上記カルボキシル基含有モノマーの別の例としては、以下の式(2)に示されるカルボキシル基含有ビニルエーテルモノマーが挙げられる。
【0038】
【化2】
(式中、RおよびRは、独立に、飽和または不飽和の直鎖または環状アルキル基を示す。nは0または1である。mは0または1である。)
【0039】
上記式(2)に示されるカルボキシル基含有ビニルエーテルモノマーの具体例には、3−(2−アリロキシエトキシカルボニル)プロピオン酸、3−(2−アリロキシブトキシカルボニル)プロピオン酸、3−(2−ビニロキシエトキシカルボニル)プロピオン酸、および3−(2−ビニロキシブトキシカルボニル)プロピオン酸などが含まれる。
【0040】
上記スルホン酸基含有モノマーの具体例としては、ビニルスルホン酸、アリルスルホン酸、メタリルスルホン酸、スチレンスルホン酸、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸、2−メタクリロイルオキシエタンスルホン酸、3−メタクリロイルオキシプロパンスルホン酸、4−メタクリロイルオキシブタンスルホン酸、3−メタクリロイルオキシ−2−ヒドロキシプロパンスルホン酸、3−アクリロイルオキシプロパンスルホン酸、アリルオキシベンゼンスルホイン酸、メタリルオキシベンゼンスルホン酸、イソプレンスルホン酸、および3−アリロキシ−2−ヒドロキシプロパンスルホン酸などが挙げられる。
【0041】
上記フルオロオレフィンと親水性官能基含有モノマーとの共重合体には、必要に応じて、共重合可能な他のモノマーがさらに共重合されていてもよい。上記共重合可能な他のモノマーとしては、カルボン酸ビニルエステル類、アルキルビニルエーテル類、および非フッ素系オレフィン類などが挙げられる。
【0042】
上記カルボン酸ビニルエステル類は、上記水系フッ素樹脂の相溶性および化成処理皮膜の光沢を向上させたり、ガラス転移温度を上昇させたりすることができる。上記カルボン酸ビニルエステル類の例には、酢酸ビニル、プロピオン酸ビニル、酪酸ビニル、イソ酪酸ビニル、ピバリン酸ビニル、カプロン酸ビニル、バーサチック酸ビニル、ラウリン酸ビニル、ステアリン酸ビニル、シクロヘキシルカルボン酸ビニル、安息香酸ビニル、およびパラ−t−ブチル安息香酸ビニルなどが含まれる。
【0043】
上記アルキルビニルエーテル類は、化成処理皮膜の光沢および柔軟性を向上させることができる。上記アルキルビニルエーテル類の例には、メチルビニルエーテル、エチルビニルエーテル、およびブチルビニルエーテルなどが含まれる。
【0044】
上記非フッ素系オレフィン類は、化成処理皮膜の可撓性を向上させることができる。上記非フッ素系オレフィン類の例には、エチレン、プロピレン、n−ブテン、およびイソブテンなどが含まれる。
【0045】
たとえば、上記モノマーを乳化重合法で共重合させることで、親水性官能基を有するフルオロオレフィン共重合体のエマルションを得ることができる。このとき、フルオロオレフィン共重合体が0.05質量%以上5質量%以下の量の親水性官能基を有するように、原料モノマー組成物におけるフルオロオレフィンの量を調整することで、乳化剤をほとんど使用せずにフルオロオレフィン共重合体の水系エマルションを製造することができる。乳化剤をほとんど含有しない(1質量%以下)フルオロオレフィン共重合体のエマルションを用いて形成された化成処理皮膜は、乳化剤がほとんど含まれないため、乳化剤の残留による耐水性の劣化がほとんど見られず、優れた耐水性を発揮する。
【0046】
上述のような方法で作製したフッ素樹脂は、防錆処理液中でも粒子状で存在すると考えられる。フッ素樹脂のエマルションの平均粒径は、50nm以上300nm以下であることが好ましい。エマルションの平均粒径を50nm以上とすることで、防錆処理液の保存安定性を高めることができる。また、エマルションの平均粒径を300nm以下とすることで、エマルションの表面積を増やして互いに融着しやすくさせ、低温(たとえば55℃)で焼き付けたときの造膜をより容易にできる。たとえば、乳化重合法でエマルションを調製する際に、せん断速度や攪拌時間を最適化することで、エマルションの平均粒径を上記範囲内とすることができる。
【0047】
防錆処理液中のフッ素樹脂の含有量は、水100質量部に対して、10質量部以上70質量部以下であることが好ましい。フッ素樹脂の含有量が10質量部以上であると、乾燥過程において多量の水の蒸発することによる、化成処理皮膜の成膜性および緻密性の低下がより生じにくい。一方、フッ素樹脂の含有量が70質量部以下であると、防錆処理液の保存安定性がより高まる。
【0048】
また、防錆処理液中のフッ素樹脂の含有量は、固形分(水その他の溶媒を除いた成分)の合計量に対して、70質量%以上99質量%以下であることが好ましい。
【0049】
1−2.第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオン
第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンは、フッ素樹脂、特には水系フッ素樹脂中のカルボキシル基やスルホン酸基などの官能基と反応しやすく、水系フッ素樹脂の硬化または架橋反応を促進する。そのため、第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンは、フッ素樹脂の密着性を高め、かつ、低温乾燥でも化成処理皮膜の耐水性を向上させることができる。
【0050】
第4族元素を含む化合物は、4A族金属の酸素酸塩、フッ化物、水酸化物、有機酸塩、炭酸塩、過酸化塩、アンモニウム塩、アルカリ金属塩、およびアルカリ土類金属塩などとすることができる。なお、酸素酸塩は、酸素と別の元素とを有する酸(炭酸や硫酸など)との塩を意味する。酸素酸塩の例には、水素酸塩、炭酸塩、硫酸塩などが含まれる。第4族元素のイオンの例には、上記化合物に由来する、第4族元素のイオンが含まれる。
【0051】
上記第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンの例には、チタン(Ti)化合物、ジルコニウム(Zr)化合物およびハフニウム(Hf)化合物が含まれる。これらのうち、後述する光触媒による耐候性の低下を抑制する観点からは、ジルコニウム化合物が好ましい。
【0052】
第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンは、メラミン樹脂とは異なり、エステル結合やホルムエーテル結合などが酸化および加水分解などすることによる化成処理皮膜の耐候劣化を生じにくい。また、第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンは、メラミン樹脂とは異なり、酸性雨に含まれる硫酸イオンや硝酸イオンなどの酸性物質によって架橋構造が切断されることによる化成処理皮膜の耐候劣化も生じにくい。
【0053】
また、第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンは、イソシアネート樹脂を用いた架橋部分に形成されるウレタン結合よりも強い結合力でフッ素樹脂を架橋させるため、架橋構造の切断による耐候劣化の進行もより生じにくい。
【0054】
また、第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンは、化成処理皮膜の皮膜密着性、耐水性および耐変色性も向上させる。たとえば、Al含有Zn系合金めっき鋼板の表面に第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンを含む防錆処理液で化成処理皮膜を形成させると、めっき鋼板の表面に存在する強固なAl酸化物による皮膜密着性の低下を抑制することができる。また、Al含有Zn系合金めっき鋼板の表面に第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンを含む防錆処理液で化成処理皮膜を形成させると、エッチング反応などにより溶出したAlイオンと第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンとが反応して生成した反応生成物が、めっき層と化成処理皮膜の界面に濃化して、めっき鋼板の初期の耐食性および耐変色性を向上させる。
【0055】
防錆処理液中の第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンの金属換算での含有量は、0.5g/L以上6.0g/L以下である。水系フッ素樹脂を十分に架橋させて化成処理皮膜の密着性をより高める観点からは、第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンの含有量は、0.5g/L以上であればよいが、1g/L以上であることがより好ましく、2.0g/L以上であることがさらに好ましい。なお、溶接鋼管を表面処理するときは、防錆処理液の乾燥性を高めるために塗布前の板温を高くしたり、塗布後に乾燥設備によって防錆処理液を乾燥させたりする。これらによっても水系フッ素樹脂の硬化または架橋反応は促進されるため、防錆処理液中の第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンの含有量は、6.0g/L以下であっても十分である。防錆処理液中の第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンの金属換算での含有量は、蛍光X線分析装置を用いて測定することができる。
【0056】
1−3.結合促進剤
結合促進剤は、防錆処理液中に存在するフッ素樹脂を軟質化することができる。上記結合促進剤によって軟質化したフッ素樹脂は、エマルションを構成する粒子同士がより密に融着しやすくなり、より水を浸透しにくい化成処理皮膜を形成する。そのため、結合促進剤を含む上記防錆処理液から形成された化成処理皮膜は赤錆を発生させにくくなり、化成処理皮膜の耐食性がより高まると考えられる。また、結合促進剤は、フッ素樹脂を軟質化してエマルションを構成する粒子同士をより密に融着しやすくすることにより、より紫外線などの光によって分解しにくい化成処理皮膜を形成する。そのため、結合促進剤を含む上記防錆処理液から形成された化成処理皮膜は、耐候性もより高まると考えられる。
【0057】
また、上記結合促進剤は、上述した作用により、常温程度でもフッ素樹脂をよく融着させることができる。そのため、上記結合促進剤を含む防錆処理液は、鋼板またはめっき鋼板の溶接部などの基材鋼板の露出部位などに、加工現場で加熱せずにより容易に化成処理皮膜を形成することができる。
【0058】
結合促進剤は、アジピン酸またはフタル酸と炭素数1以上3以下のアルコールとのエステル化合物およびn−メチル−2−ピロリドンから適宜選択して用いることができる。このような結合促進剤の例には、ジメチルアジペート、ジエチルアジペート、ジ(イソ)プロピルアジペート、ジ(イソ)ブチルアジペート、ジメチルフタレート、ジエチルフタレート、ジ(イソ)プロピルフタレート、ジ(イソ)ブチルフタレート、およびn−メチル−2−ピロリドンが含まれる。これらの結合促進剤のうち、耐食性、処理外観の観点からは、ジメチルアジペート、ジエチルアジペート、ジ(イソ)プロピルアジペートおよびジ(イソ)ブチルアジペートが好ましい。なお、本発明において、(イソ)プロピルとは、プロピルおよびイソプロピルを意味し、(イソ)ブチルとは、ブチルおよびイソブチルを意味する。
【0059】
防錆処理液中の結合促進剤の含有量は、たとえば0.1g/L以上19.5g/L以下とすることができるが、上述した作用によりフッ素樹脂をより融着しやすくして、化成処理皮膜の耐食性をより高める観点からは、0.5g/L以上19.5g/L以下であることが好ましく、0.7g/L以上19.5g/L以下であることがより好ましく、1g/L以上15g/L以下であることがさらに好ましい。
【0060】
1−4.エッチング剤
エッチング剤は、基材鋼板の表面を均一化および活性化して、化成処理皮膜の密着性をより高め、化成処理皮膜から鋼板またはめっき鋼板への水の浸透を抑制する。そのため、結合促進剤を含む上記防錆処理液から形成された化成処理皮膜は赤錆を発生させにくくなり、化成処理皮膜の耐食性がより高まると考えられる。
【0061】
具体的には、エッチング剤は、めっき層に含まれるZnおよびAlおよび基材鋼板に含まれるFeなどの金属成分を溶解し、溶解した金属成分を化成処理皮膜中に取り込むことによって、化成処理皮膜が形成された鋼板またはめっき鋼板の耐食性を高める。このとき、本発明では、上記取り込まれた金属成分が、上述した結合促進剤によってエマルション状のフッ素樹脂のより内部にまで取り込まれて、化成処理皮膜の密着性もより高める結果、化成処理皮膜が形成された鋼板またはめっき鋼板の耐食性をより高めると考えられる。
【0062】
特に、エッチング剤は、基材鋼板の露出部位を活性化する観点からは、リン酸またはリン酸塩、およびアンモニアまたはアンモニウム塩が好ましい。
【0063】
リン酸またはリン酸塩は、基材鋼板の露出部位における鉄(Fe)や、Zn系めっきに含まれる亜鉛(Zn)を均一化および活性化する。そのため、リン酸またはリン酸塩は、鋼板およびZn系めっき鋼板に特に有用である。
【0064】
リン酸またはリン酸塩は、リン酸アニオン(PO3−)を有する水溶性の化合物であればよい。リン酸塩の例には、リン酸ナトリウム、リン酸アンモニウム、リン酸水素アンモニウム、リン酸二水素アンモニウム、リン酸マグネシウム、リン酸カリウム、リン酸マンガン、リン酸亜鉛、オルトリン酸、メタリン酸、ピロリン酸、三リン酸、および四リン酸などが含まれる。これらのリン酸またはリン酸塩は、単独で使用されてもよいし、2種類以上を組み合わせて使用されてもよい。
【0065】
アンモニア酸またはアンモニウム塩は、基材鋼板の露出部位における鉄(Fe)や、Al系めっきやZn−Al系めっきに含まれるアルミニウム(Al)を均一化および活性化する。そのため、リン酸またはリン酸塩は、鋼板およびZn−Al系めっき鋼板に特に有用である。
【0066】
アンモニウム塩の例には、第四級アンモニウムカチオン(NH)のリン酸塩、フッ化物および金属塩などが含まれる。これらのうち、第四級アンモニウムカチオンのリン酸塩を含むことが好ましく、リン酸アンモニウム、リン酸水素アンモニウムおよびリン酸二水素アンモニウムを含むことがより好ましい。
【0067】
なお、単一の防錆処理液で様々な鋼板やめっき鋼板(Zn系、Al系、Zn−Al系、およびZn−Al−Mg系など)に適用可能にする観点からは、防錆処理液は、リン酸またはリン酸塩と、アンモニアまたはアンモニウム塩と、の双方を含むことが好ましい。また、基材鋼板の表面を均一化および活性化する効果をより高め、化成処理皮膜の耐候性をより高める観点からも、防錆処理液は、リン酸またはリン酸塩と、アンモニアまたはアンモニウム塩と、の双方を含むことが好ましい。これらの観点からは、エッチング剤は、第四級アンモニウムカチオンのリン酸塩が好ましく、リン酸アンモニウム、リン酸水素アンモニウムおよびリン酸二水素アンモニウムがより好ましい。
【0068】
防錆処理液中のエッチング剤の含有量は、リン酸アニオン(PO3−)の含有量が、リン酸アニオン換算で、1g/L以上であることが好ましく、2g/L以上であることがさらに好ましい。あるいは、防錆処理液中のエッチング剤の含有量は、第四級アンモニウムカチオン(NH)の含有量が、第四級アンモニウムカチオン換算で、1g/L以上であることが好ましく、2g/L以上であることがさらに好ましい。
【0069】
防錆処理液中のエッチング剤の含有量は、エッチング剤がリン酸またはリン酸塩とアンモニアまたはアンモニウム塩との双方を含むときは、リン酸アニオン(PO3−)および第四級アンモニウムカチオン(NH)の含有量が、それぞれリン酸アニオン換算および第四級アンモニウムカチオン換算で、いずれも1g/L以上であることが好ましく、2g/L以上であることがさらに好ましい。
【0070】
1−5.顔料
顔料は、化成処理鋼管の光沢および経時的な変色の抑制に寄与する。顔料は、一種でもそれ以上でもよい。顔料は、無機顔料および有機顔料のいずれでもよい。無機顔料の例には、カーボンブラック、シリカ、チタニアおよびアルミナが含まれる。有機顔料の例には、アクリルなどの樹脂粒子が含まれる。なお、「チタニア」は、4A金属であるチタンを含むが、変色抑制効果に優れていることから、本明細書では顔料に分類される。
【0071】
1−6.ワックス
ワックスは、化成処理鋼管の加工性の向上に寄与する。所期の加工性を得る観点から、ワックスの融点は、80〜150℃であることが好ましい。当該ワックスの例には、フッ素系ワックス、ポリエチレン系ワックスおよびスチレン系ワックスが含まれる。
【0072】
防錆処理液中のワックスの含有量は、0.5〜5質量%であることが、上記加工性の向上の観点から好ましい。当該含有量が0.5質量%以上であると、上記加工性の向上効果が十分に奏され、5質量%以下だと、パイリング時の荷崩れが生じにくい。化成処理皮膜中のワックスの含有量は、ガスクロマトグラフィーや高速液体クロマトグラフィー、質量分析法などの公知の定量分析法を利用して測定することが可能である。
【0073】
1−7.その他の成分
防錆処理液は、その他の成分として、上述以外の無機化合物、シランカップリング剤などの有機潤滑剤、無機潤滑剤、無機顔料、有機顔料、および染料などを必要に応じて添加してもよい。Mg、Ca、Sr、V、W、Mn、B、Si、Snなどの無機化合物(酸化物、リン酸塩など)は、化成処理皮膜を緻密化して耐水性を向上させる。フッ素系、ポリエチレン系、およびスチレン系などの有機潤滑剤、ならびに二硫化モリブデンおよびタルクなどの無機潤滑剤は、化成処理皮膜の潤滑性を向上させる。また、無機顔料、有機顔料、および染料などを配合することで、化成処理皮膜に所定の色調を付与することができる。
【0074】
なお、防錆処理液は、バナジウム(V)イオンおよびチタン(Ti)イオンの含有量が、金属換算で500ppm以下であることが好ましい。VやTiを含む化合物は、防錆剤として用いられることがあるが、これらのイオンの含有量をより少なくすることで、VやTiの光触媒作用による化成処理皮膜の耐候性の低下を抑制することができる。
【0075】
また、防錆処理液は、クロム(Cr)、特には6価クロム、の含有量が、金属換算で100ppm以下であることが好ましい。Cr(6価クロム)の含有量をより少なくすることで、人体への影響が少なく、安全性の高い化成処理皮膜を形成することができる。
【0076】
また、防錆処理液は、クリアな皮膜を形成する観点から、無機顔料、有機顔料、および染料などを実質的に含まないことが好ましい。防錆処理液は、フッ素樹脂を主成分とするため、リン酸のマンガンまたは鉄などの塩によりリン酸塩皮膜を形成するリン酸塩処理(パーカライジング)や、多量の亜鉛粉末により犠牲防食層を形成するジンクリッチペイントとは異なり、クリアな皮膜を形成することができる。
【0077】
また、防錆処理液にシランカップリング剤を添加する場合、防錆処理液中のシランカップリング剤の含有量は、フッ素樹脂100質量部に対して、0.5質量部以上5質量部以下であることが好ましい。シランカップリング剤の含有量が0.5質量部以上であると、化成処理皮膜の密着性をより高めることができる。一方、シランカップリング剤の含有量が5質量部以下であると、防錆処理液の保存安定性の低下を抑制できる。
【0078】
1−8.防錆処理液の性状
防錆処理液は、水などの溶媒を除く固形分の含有量(固形分濃度)が、防錆処理液の全質量に対して20質量%以上であることが好ましい。固形分の含有量が20質量%以上であると、十分な膜厚を有し、十分な耐候性を有する化成処理皮膜を形成できる。なお、固形分の含有量の上限は処理液安定性の面から、40質量%以下であることが好ましい。
【0079】
防錆処理液は、pHが7.0以上9.5以下であることが好ましい。pHが7.0以上であると、Znのエッチング量を適度に調整でき、pHが9.5以下であると、Alのエッチング量を適度に調整できる。そのため、pHが7.0以上9.5以下であると、過剰なエッチングによる外観不良または耐食性の低下を抑制できる。
【0080】
防錆処理液は、1液型でもよいし、フッ素樹脂のエマルションと結合促進剤を含む溶液(または分散液)とを使用時に混合する2液混合型でもよい。
【0081】
2.溶接鋼管の化成処理方法
上述した防錆処理液は、溶接鋼管の化成処理に用いることができる。具体的には、上述した防錆処理液を、溶接鋼管の溶接部の表面またはめっきされた溶接鋼管の溶接部の表面に付与し、乾燥させて、化成処理皮膜を形成することができる。
【0082】
2−1.溶接鋼管
2−1−1.下地鋼
溶接鋼管の下地鋼の種類は、特に限定されない。たとえば、下地鋼は、低炭素鋼、中炭素鋼および高炭素鋼などを含む炭素鋼でもよいし、Mn、Cr、Si、Niなどを含有する合金鋼でもよい。また、下地鋼は、Alキルド鋼などを含むキルド鋼でもよいし、リムド鋼でもよい。良好なプレス成形性が必要とされる場合は、低炭素Ti添加鋼および低炭素Nb添加鋼などを含む深絞り用鋼板が下地鋼として好ましい。また、P、Si、Mnなどの量を特定の値に調整した高強度鋼板を下地鋼として用いてもよい。下地板の板厚は、特に限定されないが、0.8〜3.5mmの範囲内が好ましい。
【0083】
下地鋼は、上記鋼板を基材鋼板とし、公知のめっきを施したものであってもよい。めっきは、溶融めっきでも蒸着めっきでもよい。めっきの種類は、特に限定されず、Zn系めっき(Znめっき、Zn−Alめっき、およびZn−Al−Mgめっきなど)、Al系めっき、ならびにNi系めっきなどを使用することができる。これらのうち、Zn系めっきおよびAl系めっきが好ましく、Zn系めっきがより好ましい。めっきの付着量は、特に限定されないが、90〜190g/mの範囲内が好ましい。
【0084】
本明細書において、「溶接鋼管の表面」というときは、下地鋼の最表面を意味し、たとえば、下地鋼の表面のうちめっきされていない領域については鋼板の表面を意味し、下地鋼の表面のうちめっきされた領域についてはめっき層の表面を意味する。また、後述する下地化成処理皮膜が形成されている領域については、「溶接鋼管の表面」は下地化成処理皮膜の表面を意味する。
【0085】
2−1−2.下地化成処理皮膜
下地鋼が溶接された溶接鋼管の、溶接部の表面には、耐食性および密着性を向上させる下地化成処理皮膜が形成されていてもよい。下地化成処理皮膜を形成することで、下地鋼またはめっきされた下地鋼の耐食性および密着性を向上させることができる。たとえば、下地鋼またはめっきされた下地鋼を製造してから造管するまでの間に輸送または保存しなければならない場合、下地鋼またはめっきされた下地鋼の表面に腐食が発生するおそれがある。このような場合、下地鋼またはめっきされた下地鋼の表面に予め下地化成処理皮膜を形成しておくと、下地鋼またはめっきされた下地鋼の表面における腐食の発生を防止することができる。
【0086】
耐候性の観点からは、下地化成処理皮膜は、ウレタン樹脂やエポキシ樹脂などをベースとする有機系皮膜よりも、無機系皮膜が好ましい。具体的には、無機系の下地化成処理皮膜としては、バルブメタルの酸化物または水酸化物と、バルブメタルのフッ化物とを含有するものが好ましい(特許文献1参照)。ここで「バルブメタル」とは、その酸化物が高い絶縁抵抗を示す金属をいう。バルブメタル元素としては、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、MoおよびWから選ばれる1種または2種以上の元素が好ましい。
【0087】
バルブメタルの酸化物または水酸化物を配合することで、環境負荷を小さくしつつ(クロムフリー)、優れた腐食抑制作用を付与することができる。下地化成処理皮膜にバルブメタルの酸化物または水酸化物を含ませるには、下地化成処理液にバルブメタル塩を添加すればよい。バルブメタル塩を含む下地化成処理液を乾燥させることで、バルブメタル塩がバルブメタルの酸化物または水酸化物になる。バルブメタル塩は、例えばバルブメタルのハロゲン化物や酸素酸塩などである。たとえば、チタン塩の例には、KTiF(K:アルカリ金属またはアルカリ土類金属、n:1または2)やK[TiO(COO)]、(NHTiF、TiCl、TiOSO、Ti(SO、Ti(OH)などが含まれる。
【0088】
また、バルブメタルのフッ化物を配合することで、優れた自己修復作用を付与することができる。バルブメタルのフッ化物は、雰囲気中の水分に溶け出した後、皮膜欠陥部において露出している基材(下地鋼またはめっきされた下地鋼)の表面に難溶性の酸化物または水酸化物となって再析出し、皮膜欠陥部を埋める。下地化成処理皮膜にバルブメタルの可溶性フッ化物を含ませるには、下地化成処理液にバルブメタルの可溶性フッ化物を添加してもよいし、バルブメタル塩と可溶性フッ化物(例えば(NH)Fなど)とを組み合わせて添加してもよい。
【0089】
下地化成処理皮膜は、可溶性または難溶性の金属リン酸塩または複合リン酸塩を含んでいてもよい。可溶性のリン酸塩は、下地化成処理皮膜から皮膜欠陥部に溶出し、基材(下地鋼またはめっきされた下地鋼)のめっき成分(ZnやAlなど)と反応して不溶性リン酸塩となることで、バルブメタルの可溶性フッ化物による自己修復作用を補完する。また、難溶性のリン酸塩は、下地化成処理皮膜中に分散して皮膜強度を向上させる。可溶性の金属リン酸塩または複合リン酸塩に含まれる金属の例には、アルカリ金属、アルカリ土類金属、Mnが含まれる。難溶性の金属リン酸塩または複合リン酸塩に含まれる金属の例には、Al、Ti、Zr、Hf、Znが含まれる。下地化成処理皮膜に可溶性または難溶性の金属リン酸塩または複合リン酸塩を含ませるには、下地化成処理液に各種金属リン酸塩を添加してもよいし、各種金属塩とリン酸、ポリリン酸またはリン酸塩とを組み合わせて添加してもよい。
【0090】
また、下地化成処理皮膜は、フッ素系、ポリエチレン系、スチレン系などの有機ワックスや、シリカ、二硫化モリブデン、タルクなどの無機質潤滑剤などを含んでいてもよい。有機ワックスまたは無機質潤滑剤は、下地化成処理皮膜の潤滑性を向上させる。低融点の有機ワックスは、下地化成処理液を乾燥させるときに皮膜表面にブリードし、潤滑性を発現する。一方、高融点の有機ワックスおよび無機系潤滑剤は、下地化成処理皮膜の内部では分散して存在するが、最表層では島状に分布することによって潤滑性を発現する。
【0091】
下地化成処理皮膜の膜厚は、3〜1000nmの範囲内であることが好ましい。また、バルブメタルの付着量は、1mg/m以上であることが好ましい。下地化成処理皮膜の膜厚が3nm未満の場合、またはバルブメタルの付着量が1mg/m未満の場合、耐食性を十分に向上させることができないおそれがある。一方、下地化成処理皮膜の膜厚が1000nmを超える場合、下地鋼またはめっきされた下地鋼を成形加工する際にクラックが発生するおそれがある。
【0092】
下地化成処理皮膜を蛍光X線やESCAなどで元素分析すると、下地化成処理皮膜中のO濃度およびF濃度を測定することができる。これらの測定値から算出される元素濃度比F/O(原子比率)は、耐食性の観点から1/100以上であることが好ましい。元素濃度比F/O(原子比率)が1/100以上の場合、皮膜欠陥部を起点とする腐食の発生が顕著に抑制される。これは、十分な量のバルブメタルのフッ化物が下地化成処理皮膜中に含まれており、自己修復作用を発揮しているためと考えられる。
【0093】
2−1−3.溶射補修層
めっきされた下地鋼板から製造された溶接鋼管(以下、単に「溶接めっき鋼管」ともいう。)の溶接部およびその近傍には、溶射補修層が形成されていることが好ましい。溶接めっき鋼管の製造工程では、多くの場合、溶接部から突出したビード突出部が切削され、溶接めっき鋼管の外周面が平滑化される(ビードカット)。ビードカットをする際には、ビード突出部だけでなく、その周囲のめっき層も除去されるため、下地鋼が露出してしまい、耐食性の低下の原因となる。そこで、溶接部およびその近傍の耐食性を回復させるため、下地鋼が露出した部位に溶射補修層を形成することが好ましい。
【0094】
図1は、本発明の一実施の形態に係る、Al含有Zn系合金めっき層が形成された溶接めっき鋼管100の溶接部周辺の拡大断面図である。図1に示されるように、下地鋼板110の表面にAl含有Zn系合金めっき層120が形成されたAl含有Zn系合金めっき鋼板(原板)の表面には、バルブメタルの酸化物などを含む下地化成処理皮膜130が形成されている。この下地化成処理皮膜130が形成されたAl含有Zn系合金めっき鋼板は、溶接金属140により溶接されている。溶接部およびその周辺は、ビードカットされており、溶接金属140だけでなく、Al含有Zn系合金めっき層120および下地化成処理皮膜130も除去されている。その結果、ビードカット部150では、下地鋼板110が露出している。溶射補修層160は、このビードカット部150に形成されており、下地鋼板110の露出している部分を被覆している。
【0095】
図1に示されるように、本実施形態では、化成処理皮膜170は、溶射補修層160の表面のみならず、Al含有Zn系合金めっき鋼板の表面(より正確には、下地化成処理皮膜130の上)にも連続して形成されている。
【0096】
このように溶射補修層を形成する場合、溶射方法および溶射材の種類は特に限定されないが、溶射補修層の最表層にAlが0.05原子%以上含まれるようにすることが好ましい。溶射補修層の表面にAlが含まれていると、溶射補修層から溶出したAlイオンと水性処理液に含まれる第4族元素のイオンとが反応することなどにより、化成処理皮膜の密着性などが向上するからである。たとえば、Al、ZnおよびAlの三連溶射とすることで、溶射補修層の最表層のAl濃度を約100原子%とすることができる。溶射補修層の最表層のAl濃度は、XPS装置による元素分析で測定することができる。
【0097】
溶射補修層の最表層のAl濃度が0.05原子%以上であれば、Al以外の溶射成分は特に限定されない。Al以外の溶射成分としては、MgやZnなどが挙げられる。Mgを含有させる場合(Al−Mg)、溶接めっき鋼管の加工性を確保する観点から、Mgの含有量は5〜20質量%の範囲内が好ましい。また、Znを含有させる場合(Al−Zn)、ピンホール部における犠牲防食効果を発揮させる観点および溶接めっき鋼管の加工性を確保する観点から、Znの含有量は0.05〜30質量%の範囲内が好ましい。
【0098】
溶射補修層の最表層のAl濃度が0.05原子%以上であれば、溶射方法は、単発溶射、二連溶射および三連溶射のいずれの方法でもよいが、Al−Zn−Alの三連溶射が好ましい。Alは溶接部の露出下地鋼やめっき層表面にある酸化皮膜に対する親和性が高いことから、一層目のAlは、溶接部に対する溶射補修層の密着性を向上させる。また、二層目のZnは、鉄に対する犠牲防食作用により下地鋼の腐食を抑制する効果を発揮する。さらに、三層目のAlは、白錆の発生も抑制して、溶射補修層のバリア機能をさらに向上させる。
【0099】
溶射補修層の膜厚は、特に限定されないが、10〜30μmの範囲内が好ましい。膜厚が10μm未満の場合、溶接部の耐食性を十分に回復させることができないおそれがある。一方、膜厚が30μm超の場合、製造コストの観点から好ましくないだけでなく、下地鋼に対する溶射補修層の密着性に悪影響が出るおそれがある。
【0100】
2−2.化成処理皮膜の形成
上述した防錆処理液は、下地鋼、各種めっき層、下地化成処理皮膜および溶射補修層のいずれにも密着性が高い化成処理皮膜を形成できるため、溶接鋼管のうち、成形加工などにより基材鋼板が露出した部位、または溶射補修層が形成された部位に付与し、乾燥させて、化成処理皮膜を形成させることができる。具体的には、上記防錆処理液は、溶接鋼管の表面と、溶接部または溶接部を覆う溶射補修層と、の両方の上に付与される。さらには、上記防錆処理液は、溶接部の溶射補修層の表面のみならず、鋼板またはめっき鋼板の表面または下地化成処理皮膜の上と、その周囲の下地鋼、めっき層または下地化成処理皮膜と、の双方に接するように付与されることが好ましい。化成処理皮膜の形成を容易にし、かつ形成される化成処理皮膜の密着性をより高める観点からは、上述した防錆処理液は、溶接鋼管の溶接部を含む全周に付与されることが好ましい。
【0101】
上記成形加工の例には、絞り加工、曲げ加工、ロールフォーミング加工、せん断加工、溶接加工、および溶射加工などが含まれる。
【0102】
たとえば、溶接鋼管を製造する場合は、めっき鋼板をロールフォーミング加工によりオープンパイプ状に成形した後、めっき鋼板の幅方向の端部を溶接する。次いで、溶接鋼管から突出したビード突出部を切削した後、ビードカットされた溶接部に溶射補修層を形成すればよい。
【0103】
めっき層を溶かして溶接加工した溶接部では、比較的広い範囲で基材鋼板が露出して、めっき層による犠牲防食作用が低下して耐食性が低下しやすい。しかし、このような溶接部に上述した防錆処理液を付与、乾燥させて化成処理皮膜を形成すると、耐食性が顕著に向上する。
【0104】
防錆処理液の塗布方法は、特に限定されず、溶接鋼管の形状などに応じて適宜選択すればよい。塗布方法の例には、ロールコート法、カーテンフロー法、スピンコート法、スプレー法、浸漬引き上げ法、および滴下法などが含まれる。防錆処理液の液膜の厚さは、フェルト絞りやエアワイパーなどにより調整することができる。
【0105】
防錆処理液の塗布量は、特に限定されないが、化成処理皮膜の膜厚が0.5μm以上10μm以下となるように調整されることが好ましい。化成処理皮膜の膜厚が0.5μm以上であると、化成処理皮膜に耐候性、耐食性および耐変色性などを十分に付与することができる。一方、膜厚を10μm超としても、膜厚の増加に伴う性能向上を期待することはできない。
【0106】
付与された防錆処理液は、常温で乾燥させて、化成処理皮膜とすることができる。なお、付与された防錆処理液を加熱(たとえば50℃以上に加熱)して乾燥させてもよいが、このとき、有機成分の熱分解による化成処理皮膜の性能低下を抑制する観点からは、乾燥温度は300℃以下であることが好ましい。なお、加工現場などにおいて、より容易に化成処理皮膜を形成する観点からは、常温で乾燥させることが好ましい。
【0107】
3.溶接鋼管および溶接鋼管の成形加工品
上述の防錆処理液から形成された化成処理皮膜を有する溶接鋼管は、溶接鋼管と、上記溶接鋼管の表面に形成された上記化成処理皮膜と、を有する。上記溶接鋼管は、成形加工品であってもよい。成形加工の方法は特に限定されず、公知の方法から選択することができる。上記化成処理皮膜は、溶接鋼管の溶接部に形成される。上記化成処理皮膜は、溶接鋼管の表面と、溶接部または溶接部を覆う溶射補修層と、の両方の上に形成されることが好ましい。さらには、上記化成処理皮膜は、溶接部の溶射補修層の表面のみならず、鋼板またはめっき鋼板の表面または下地化成処理皮膜の上と、その周囲の下地鋼、めっき層または下地化成処理皮膜と、の双方に接するように形成されることが好ましい。化成処理皮膜の形成を容易にし、かつ形成される化成処理皮膜の密着性をより高める観点からは、上記化成処理皮膜は、溶接鋼管の溶接部を含む全周に形成されることが好ましい。
【0108】
より具体的には、上記化成処理皮膜は、上述のフッ素樹脂を含む有機樹脂と、上述の第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンと、アジピン酸またはフタル酸と炭素数1以上3以下のアルコールとのエステル化合物およびn−メチル−2−ピロリドンからなる群から選択される1以上の結合促進剤と、を含む。
【0109】
これらの成分の含有量比は、防錆処理液について上述した比率と同様である。
【0110】
化成処理皮膜の膜厚は、0.5μm以上10μm以下であることが好ましい。膜厚が0.5μm以上であると、化成処理皮膜に耐候性、耐食性および耐変色性などを十分に付与することができる。一方、膜厚を10μm超としても、膜厚の増加に伴う性能向上を期待することはできない。
【0111】
この溶接鋼管は、耐候性、特には長期の耐候性に優れるほか、溶接部の耐食性が高まる。
【実施例】
【0112】
以下、実施例を参照して本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されない。
【0113】
1.防錆処理液の調製
各成分を混合して、表1に示す防錆処理液1〜防錆処理液20を調製した。
【0114】
なお、フッ素樹脂(FR)は、フッ素系樹脂(Tg:−35〜25℃、最低成膜温度(MFT):10℃)の水系エマルションを使用した。上記フッ素樹脂エマルションの固形分濃度は38質量%であり、フッ素樹脂中のフッ素原子の含有量は25質量%であり、エマルションの平均粒径は150nmであった。
【0115】
アクリル樹脂(AR)は、アクリル樹脂エマルションである、DIC株式会社製の「パテラコール」(「パテラコール」は同社の登録商標)を用意した。「パテラコール」の固形分濃度は40質量%であり、エマルションの平均粒径は10〜100nm程度と思われた。
【0116】
ウレタン樹脂(PU)は、ウレタン樹脂エマルションである、DIC株式会社製の「ハイドラン」を使用した。「ハイドラン」の固形分濃度は35質量%であり、エマルションの平均粒径は10〜100nm程度と思われた。
【0117】
エッチング剤については、リン酸量は、リン酸、リン酸水素二アンモニウムおよびリン酸二水素アンモニウムの合計量で調整し、アンモニウム量は、アンモニア(水溶液)、炭酸ジルコニウムアンモニウム、フッ化ジルコニウムアンモニウム、リン酸水素二アンモニウム、リン酸二水素アンモニウムおよび炭酸アンモニウムの合計量で調整した。
【0118】
なお、表1の「F量」、「Zr量」、「添加量」、「リン酸量」および「アンモニウム量」は、それぞれ、フッ素原子の量(質量%)、第4族元素を含む化合物の金属換算での量(g/L)、結合促進剤の添加量(g/L)、リン酸またはリン酸塩のリン酸アニオン換算での含有量(g/L)、およびアンモニアまたはアンモニウム塩の第四級アンモニウムカチオン換算での含有量(g/L)を示す。
【0119】
また、表1の「有機樹脂」の「種類」に「FR/AR」と記載されているときは、上記フッ素樹脂と上記アクリル樹脂とをブレンドして、他の化合物とあわせた防錆処理液中の固形分量が「固形分量」に記載の数値になり、かつ、フッ素原子の量が「F量」に記載の数値になるように調整したことを示す。
【0120】
【表1】
【0121】
2.溶接鋼管の形成
板厚1.2mmの鋼板の表面に、表2に示すめっきを施して、めっき材Aおよびめっき材Bとした。めっき材Aおよびめっき材Bの表面に、表3に示す組成の下地水性処理液を塗布し、到達板温140℃で加熱乾燥して下地化成処理皮膜を形成した。形成された下地化成処理皮膜中のバルブメタルの付着量および下地化成処理皮膜の組成を表4に示す。
【0122】
【表2】
【0123】
【表3】
【0124】
【表4】
【0125】
下地化成処理皮膜を形成しためっき鋼板をオープンパイプ状に成形した後、幅方向の両端部を高周波溶接して直径25.4mmの溶接めっき鋼管を作製した。次いで、溶接部をビードカットした後、表5に示す溶射条件で幅10mmの溶射補修層を形成した。
【0126】
【表5】
【0127】
作製した溶接めっき鋼管を温水で洗浄した後、表1に示す水性処理液1〜水性処理液20のいずれかを溶接めっき鋼管の表面に滴下により塗布し、スポンジで扱いた後、ドライヤを用いて到達板温55℃で加熱乾燥して、化成処理皮膜を形成した。
【0128】
3.評価
防錆処理液1〜防錆処理液20から形成した皮膜の耐候性および溶射部耐食性を、以下の基準で評価した。
【0129】
3−1.耐候性
JIS K 5600−7−7:2008に準拠して促進耐候性試験(キセノンランプ法)を実施した。本試験法では、キセノンアーク灯の光を120分間照射する間に18分間水を噴霧する工程を1サイクル(2時間)として200cyc試験行った。試験前後における化成処理皮膜の厚さ比(TR)に応じて、以下の基準にて皮膜の耐候性を評価した。
A 化成処理皮膜の厚さ比TRは80%以上だった
B 化成処理皮膜の厚さ比TRは60%以上80%未満だった
C 化成処理皮膜の厚さ比TRは40%以上60%未満だった
D 化成処理皮膜の厚さ比TRは20%以上40%未満だった
E 化成処理皮膜の厚さ比TRは20%未満だった
【0130】
3−2.溶射部耐食性
試験片の端面をシールし、上記対候性の評価と同様の手順による促進耐候性試験を200cyc試験行った。その後、35℃の環境下で5%NaCl含有塩水を2時間噴射し、60℃かつ相対湿度30%の環境下で4時間かけて強制乾燥させ、その後、50℃かつ相対湿度95%の環境下で2時間湿潤処理を行う工程を1サイクル(8時間)とする複合サイクル腐食試験を300cyc行った。試験後に溶射部に発生した赤錆発生面積率(WR)に応じて、以下の基準にて皮膜の溶射部耐食性を評価した。
A 赤錆発生面積率(WR)は10%以下だった
B 赤錆発生面積率(WR)は10%超20%以下だった
C 赤錆発生面積率(WR)は20%超50%以下だった
D 赤錆発生面積率(WR)は50超80%以下だった
E 赤錆発生面積率(WR)は80%超だった
【0131】
3−3.処理液安定性
各防錆処理液を密閉容器内で常温で180日間保管した。フォードカップ#4からの流下時間を保管前後で比較し、増粘を評価した。
A 保管後の流下時間の増加は4秒未満だった
B 保管後の流下時間の増加は4秒以上だった
【0132】
各化成処理溶接めっき鋼管についての、使用した基材の種類、処理液の種類、乾燥温度、および形成された皮膜の膜厚、ならびに耐候性および溶射条件ごとの溶射部耐食性の評価結果を表6および表7に示す。
【0133】
【表6】
【0134】
【表7】
【0135】
フッ素樹脂を含む有機樹脂と、第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンと、結合促進剤と、を含む防錆処理液1〜防錆処理液15を用いて化成処理皮膜を形成すると、化成処理皮膜の密着性、耐候性および耐食性がいずれも良好であった。
【0136】
特に、フッ素樹脂の全質量に対して8質量%以上のフッ素(F)原子を含む防錆処理液3〜防錆処理液15を用いて化成処理皮膜を形成すると、耐候性がより高くなり、耐食性がより高くなる傾向が見られた。
【0137】
また、エッチング剤を含む防錆処理液6〜防錆処理液15を用いて化成処理皮膜を形成すると、耐食性がより高くなる傾向が見られ、エッチング剤として、リン酸またはリン酸塩と、アンモニアまたはアンモニウム塩と、をいずれも含む防錆処理液9〜防錆処理液15を用いて化成処理皮膜を形成すると、耐食性がさらに高くなった。
【0138】
一方で、フッ素樹脂以外の樹脂を含む防錆処理液16〜防錆処理液18を用いて化成処理皮膜を形成すると、耐候性および耐食性が低かった。
【0139】
また、第4族元素を含む化合物または第4族元素のイオンを含まない防錆処理液19を用いて化成処理皮膜を形成すると、密着性が低かった。
【0140】
また、結合促進剤を含まない防錆処理液20を用いて化成処理皮膜を形成すると、耐食性が低かった。
【産業上の利用可能性】
【0141】
本発明の防錆処理液により製造される化成処理皮膜は、溶接鋼管の耐食性、特には溶接鋼管の溶接部における耐食性をより高めることができる。たとえば、本発明の防錆処理液は、1)ビニールハウスまたは農業ハウス用の鋼管、形鋼、支柱、梁、搬送用部材、2)遮音壁、防音壁、吸音壁、防雪壁、ガードレール、高欄、防護柵、支柱、3)鉄道車両用部材、架線用部材、電気設備用部材、安全環境用部材、構造用部材、太陽光架台などの用途に使用する鋼板またはめっき鋼板へのポストコートによる化成処理皮膜の形成に好適に使用されうる。
【0142】
100 溶接めっき鋼管
110 下地鋼板
120 Al含有Zn系合金めっき層
130 地化成処理皮膜
140 溶接金属
150 ビードカット部
160 溶射補修層
170 化成処理皮膜
図1