【課題を解決するための手段】
【0014】
上記一つの課題を解決するために成された本発明に係る内在性ペプチド同定用スペクトルライブラリ作成方法は、試料中の内在性ペプチドのアミノ酸配列を質量分析を利用したスペクトル検索法により推定して該ペプチドを同定する際に参照されるスペクトルライブラリを作成する内在性ペプチド同定用スペクトルライブラリ作成方法であって、
a)アミノ酸配列が未知である又は既知であるライブラリ作成用内在性ペプチドを含む試料に対しMS
1測定を実行しMS
1スペクトルを取得するMS
1測定実行ステップと、
b)前記ライブラリ作成用内在性ペプチドを含む試料に対し、後記プリカーサイオン選定ステップで選定されたプリカーサイオンについてのMS
2(=MS/MS)測定を実行しMS
2スペクトルを取得するMS
2測定実行ステップと、
c)前記MS
2測定実行ステップで得られた実測MS
2スペクトルに対して網羅的なペプチド同定手法による同定処理を実施することにより、前記ライブラリ作成用内在性ペプチドのアミノ酸配列を同定する又は確認するペプチド同定ステップと、
d)前記ペプチド同定ステップにおいてアミノ酸配列の同定が可能であった又はアミノ酸配列が正当であることが確認されたときに、同一ペプチド由来のMS
2スペクトルの中から同定信頼度の高さ若しくは同定時に帰属されたピークの品質の高さを示す指標値に基づいて、相対的に若しくは絶対的に品質が高いMS
2スペクトルを選別して、又は、相対的に若しくは絶対的に品質が高い複数のMS
2スペクトルを結合し合成することで、品質を向上させた新たなMS
2スペクトルを作成し、該選別した又は作成したMS
2スペクトルに基づく情報をスペクトルライブラリに登録するライブラリ登録ステップと、
e)前記ライブラリ作成用内在性ペプチドについてのMS
1スペクトルに基づいてMS
2測定でターゲットとするプリカーサイオンを選定するものであって、前記ライブラリ登録ステップにおいて、既に実施されたMS
2測定で得られたMS
2スペクトルの品質が相対的に若しくは絶対的に低いと判定された場合、又は、同定の結果、帰属されたプロダクトイオンが少なく部分構造情報量が少ないと判定された場合に、前記MS
2測定実行ステップによるMS
2測定を再度実施するためのプリカーサイオンを新たに選定するプリカーサイオン選定ステップと、
を有することを特徴としている。
【0015】
また本発明に係る第1の態様に係る内在性ペプチド同定装置は、上記発明に係る内在性ペプチド同定用スペクトルライブラリ作成方法を実施する装置であり、試料中の内在性ペプチドのアミノ酸配列をスペクトル検索法により推定して該ペプチドを同定する内在性ペプチド同定装置であって、
a)スペクトル検索法によるペプチド同定時に参照される、アミノ酸配列が既知である内在性ペプチドのMS
2スペクトルが収録されているスペクトルライブラリと、
b)MS
1測定及びMS
2測定が可能である質量分析部と、
c)アミノ酸配列が未知である又は既知であるライブラリ作成用内在性ペプチドを含む試料に対しMS
1測定を実行してMS
1スペクトルを取得するように前記質量分析部を制御するMS
1測定実行制御部と、
d)前記ライブラリ作成用内在性ペプチドを含む試料に対し、後記プリカーサイオン選定部により選定されたプリカーサイオンをターゲットとするMS
2測定を実行しMS
2スペクトルを取得するように前記質量分析部を制御するMS
2測定実行制御部と、
e)前記MS
2測定実行制御部の制御の下で得られた実測MS
2スペクトルに対して網羅的なペプチド同定手法による同定処理を実施することにより、前記ライブラリ作成用内在性ペプチドのアミノ酸配列を同定する又は確認するペプチド同定部と、
f)前記ペプチド同定部によりアミノ酸配列の同定が可能であった又はアミノ酸配列が正当であることが確認されたときに、同一ペプチド由来のMS
2スペクトルの中から同定信頼度の高さ若しくは同定時に帰属されたピークの品質の高さを示す指標値に基づいて相対的に若しくは絶対的に品質が高いMS
2スペクトルを選別して、又は、相対的に若しくは絶対的に品質が高い複数のMS
2スペクトルを結合し合成することで、品質を向上させた新たなMS
2スペクトルを作成し、該選別した又は作成したMS
2スペクトルに基づく情報を前記スペクトルライブラリに登録するライブラリ登録部と、
g)前記ライブラリ作成用内在性ペプチドについてのMS
1スペクトルに基づいてMS
2測定でターゲットとするプリカーサイオンを選定するものであって、前記ライブラリ登録部において、既に実施されたMS
2測定で得られたMS
2スペクトルの品質が相対的に若しくは絶対的に低いと判定された場合、又は、同定の結果、帰属されたプロダクトイオンが少なく部分構造情報量が少ないと判定された場合に、前記MS
2測定実行制御部による制御の下でMS
2測定を再度実施するためのプリカーサイオンを新たに選定するプリカーサイオン選定部と、
を備えることを特徴としている。
【0016】
上記ライブラリ作成用内在性ペプチドはアミノ酸配列が既知であっても未知であってもよい。アミノ酸配列が未知である場合、ペプチド同定ステップでは、実測MS
2スペクトルに対して網羅的なペプチド同定手法による同定処理を実施することにより、ライブラリ作成用内在性ペプチドのアミノ酸配列が同定される。一方、アミノ酸配列が既知である場合には、ペプチド同定ステップでは、上記同定処理のほかに、実測MS
2スペクトルから検出されたピーク強度やSN比などを基準として選定された主要ピークと、既知のペプチドから生成されると推定されるプロダクトイオンとの一致度に基づいて、推定されたアミノ酸配列が正当かどうかの確認が行われてもよい。
【0017】
また本発明においてMS
1測定やMS
2測定の際には、MS
2測定が可能である種々の方式の質量分析装置を利用することができる。例えば、タンデム飛行時間型質量分析装置(TOF/TOFMS)、四重極飛行時間型質量分析装置(q−TOFMS)、イオントラップ飛行時間型質量分析装置(IT−TOFMS)、イオントラップ型質量分析装置(IT−MS)、リニアイオントラップ型質量分析装置(LIT−MS)などを利用することが可能である。また、1台の質量分析装置においてMS
1測定とMS
2測定とを実施しなくてもよく、例えばMS
1測定はMS
2測定ができないタイプの質量分析装置、例えば飛行時間型質量分析装置(TOFMS)等で行い、MS
2測定はMS
2測定が可能である上記のような各種の質量分析装置を用いて実施しても構わない。
【0018】
上記第1の態様の内在性ペプチド同定装置により実施される本発明に係る内在性ペプチド同定用スペクトルライブラリ作成方法において、プリカーサイオン選定ステップでは、実測のMS
1スペクトルに基づいて、MS
2測定でターゲットとされるプリカーサイオンが選定される。未知試料では、プリカーサイオン強度や質量電荷比を基準として、一度の測定でより多くの同定可能なスペクトルが得られるようにプリカーサイオンが選定される。一方、既知試料の場合には、既知ペプチドの一覧の中から適宜のプリカーサイオンが選定される。ただし、既に或るプリカーサイオンについてMS
2測定が実施されており、そのMS
2測定により取得された実測のMS
2スペクトルの品質が相対的に又は絶対的に低いと判定されている場合には、そのMS
2測定におけるプリカーサイオンとは別のプリカーサイオンが再MS
2測定のターゲットとして選定される。
【0019】
プリカーサ選定ステップにおいて、MS
2測定を再度実施するためのプリカーサイオンを新たに選定する際には、同定信頼度の高さ、又は同定時に帰属された複数のプロダクトイオンの強度の総和やSN比の総和などを指標として品質の高さを判定すればよい。ここで所定の判定閾値に満たない低品質のMS
2スペクトルしか得られていなかった場合には、データの積算回数を初回のMS
2測定時よりも増やすなどの測定条件を変更するとよい。一方、帰属された系列イオンの種類によりイオン生成量に著しく偏りがある場合には、部分構造情報量が不足していると判定してもよい。例えば、y系列イオンとb系列イオンについて、それぞれのプロダクトイオンの強度の総和やSN比の総和の比が1:10などの所定の閾値以上に偏っている場合などには、部分構造情報量が不足しているとみなして構わない。
【0020】
このように部分構造情報量が不足している場合には、再測定するプリカーサイオンを選択するために、プリカーサイオンの価数と、同定された又は正当であることが確認されたライブラリ作成用内在性ペプチドのアミノ酸組成と、の少なくともいずれかを利用するとよい。即ち、同じアミノ酸配列であってもプリカーサイオンの価数が異なると開裂の態様が相違するし、また、アミノ酸配列中に塩基性アミノ酸(リシン、アルギニン、ヒスチジン、トリプトファンなど)が存在するときにはその個数とプリカーサイオンの価数との関係によって開裂の態様が相違する。具体的には、プリカーサイオンの価数が塩基性アミノ酸の個数以下であると、アミノ酸配列上でプロダクトイオンの生成に偏りが生じて検出可能なプロダクトイオン数が減少し、MS
2スペクトルの品質が低くなる傾向にある。そのような場合には、プリカーサイオンの価数が塩基性アミノ酸の個数よりも大きくなるようにプリカーサイオンを選定するとよい。
【0021】
MS
2測定実行ステップでは上述のように選定されたプリカーサイオンをターゲットとするMS
2測定を実行してMS
2スペクトルを取得する。ペプチド同定ステップでは、得られた実測MS
2スペクトルに対して網羅的なペプチド同定手法による同定処理を実施することにより、ライブラリ作成用内在性ペプチドのアミノ酸配列を同定する又は確認する。この網羅的なペプチド同定手法とは典型的にはタンパク質データベースを用いたデータベース検索法である。一例として、特許文献1及び非特許文献3に記載されている既存の内在性ペプチド同定用配列データベース検索ソフトウェアを利用することができる。網羅的なペプチド同定手法を用いることにより、同じ前駆体タンパク質由来の多様なペプチドバリアントも同定することができる。
【0022】
ライブラリ登録ステップでは、アミノ酸配列の同定が可能であった又はアミノ酸配列が正当であることが確認された場合に、そのライブラリ作成用内在性ペプチドについてのMS
2スペクトルにおいて観測されるプロダクトイオンの系列を確認し、ペアであるイオン系列(例えばy系列とb系列)のイオンが偏りなく検出されているか否かを判定することでMS
2スペクトルの品質を評価する。そして、同一ペプチド由来の複数のMS
2スペクトルの中から相対的に又は絶対的に品質が高いMS
2スペクトルを選別するか、或いは、相対的に又は絶対的に品質が高い複数のMS
2スペクトルを結合し合成することで新たなMS
2スペクトルを作成する。同一ペプチドから質量電荷比が相違する複数の異なるMS
2スペクトルが得られた場合には、各MS
2スペクトルから検出されたプロダクトイオンの同位体分布に対してデコンボリューションの手法を適用し、各MS
2スペクトルから同一の質量電荷比を持つプロダクトイオンの質量を算出して作成したピークリストを結合してもよい。そして、その選別した又は作成したMS
2スペクトルから得られるピークの質量電荷比などのスペクトル情報をアミノ酸配列の情報と共にスペクトルライブラリに登録する。
【0023】
このようにして本発明に係る内在性ペプチド同定用スペクトルライブラリ作成方法では、網羅的なペプチド同定手法で同定されたペプチドバリアントについての高い品質のMS
2スペクトルを収録したスペクトルライブラリを構築することができる。また、同一のペプチドについてプリカーサイオンの価数の相違などに起因して開裂様式が異なるプロダクトイオンの強度プロファイルを示すMS
2スペクトルを、スペクトルライブラリに収録することもできる。
【0024】
また上記一つの課題を解決するために成された本発明に係る内在性ペプチド同定方法は、試料中の内在性ペプチドのアミノ酸配列を質量分析を利用したスペクトル検索法により推定して該ペプチドを同定する内在性ペプチド同定方法であって、
a)目的の内在性ペプチドを含む試料に対しMS
2測定を実行してMS
2スペクトルを取得するMS
2測定実行ステップと、
b)前記MS
2測定実行ステップで得られた実測MS
2スペクトルについてスペクトルライブラリを用いたスペクトル検索を行うことでペプチドを推定するものであって
b1)スペクトルライブラリに収録されているMS
2スペクトルに対応するプリカーサイオンのアミノ酸配列のN末端側及びC末端側の一若しくは複数のアミノ酸残基を除去する又は一若しくは複数のアミノ酸残基を付加しつつ、MS
2測定のターゲットであるプリカーサイオンの質量電荷比と一致するものを探索することで、ペプチドバリアントのアミノ酸配列を推定するバリアント配列推定ステップと、
b2)前記バリアント配列推定ステップによるペプチドバリアントのアミノ酸配列推定に利用された元のMS
2スペクトルに基づいて、該ペプチドバリアントに対応するMS
2スペクトルを生成するスペクトル生成ステップと、
b3)前記スペクトル生成ステップにおいて得られたMS
2スペクトルと前記実測MS
2スペクトルとを照合して類似度を求め、該類似度に基づいて前記ペプチドバリアントのアミノ酸配列を推定する類似度算出ステップと、
を有することを特徴としている。
【0025】
また本発明に係る第2の態様に係る内在性ペプチド同定装置は、上記発明に係る内在性ペプチド同定方法を実施する装置であり、試料中の内在性ペプチドのアミノ酸配列をスペクトル検索法により推定して該ペプチドを同定する内在性ペプチド同定装置であって、
a)前記スペクトル検索法に利用される既知の内在性ペプチドのMS
2スペクトルが収録されているスペクトルライブラリと、
b)MS
2測定が可能である質量分析部と、
c)目的とする内在性ペプチドを含む試料に対してMS
2測定を実施してMS
2スペクトルを取得するように前記質量分析部を制御するMS
2測定実行制御部と、
d)前記MS
2測定実行制御部の制御の下で得られた実測MS
2スペクトルについてスペクトルライブラリを用いたスペクトル検索を行うことでペプチドを推定するものであって
d1)スペクトルライブラリに収録されているMS
2スペクトルに対応するプリカーサイオンのアミノ酸配列のN末端側及びC末端側の一若しくは複数のアミノ酸残基を除去する又は一若しくは複数のアミノ酸残基を付加しつつ、MS
2測定のターゲットであるプリカーサイオンの質量電荷比と一致するものを探索することで、ペプチドバリアントのアミノ酸配列を推定するバリアント配列推定部と、
d2)前記バリアント配列推定部によるペプチドバリアントのアミノ酸配列推定に利用された元のMS
2スペクトルに基づいて、該ペプチドバリアントに対応するMS
2スペクトルを生成するスペクトル生成部と、
d3)前記スペクトル生成部において得られたMS
2スペクトルと前記実測MS
2スペクトルとを照合して類似度を求め、該類似度に基づいて前記ペプチドバリアントのアミノ酸配列を推定する類似度算出部と、
を備えることを特徴としている。
【0026】
上記第2の態様に係る内在性ペプチド同定装置により実施される本発明に係る内在性ペプチド同定方法において、MS
2測定実行ステップでは、目的とする未知の内在性ペプチドを含む試料に対してMS
2測定を実行してMS
2スペクトルを取得する。一般的なスペクトル検索法では、この実測MS
2スペクトルをスペクトルライブラリに収録されているMS
2スペクトルと直接的に照合することでペプチドの同定を試みるが、ここでは、まずバリアント配列推定ステップにおいてペプチドバリアントのアミノ酸配列が推定される。即ち、スペクトルライブラリに収録されている各MS
2スペクトルについて、MS
2スペクトルに対応するプリカーサイオンのアミノ酸配列のN末端側及びC末端側の一若しくは複数のアミノ酸残基を除去する又は一若しくは複数のアミノ酸残基を付加しつつ、MS
2測定のターゲットであるプリカーサイオンの質量電荷比と一致するものの探索が試みられる。そして、プリカーサイオンの質量電荷比と一致する(質量差が所定範囲内である)ものが見つかったならば、それがペプチドバリアントのアミノ酸配列であると推定する。
【0027】
次いで、スペクトル生成ステップでは、見いだされたペプチドバリアントのアミノ酸配列推定に利用された元のMS
2スペクトルに基づいて、上記のアミノ酸残基の付加や除去に対応した質量を各ピークの質量電荷比に加算したり減算したりすることで、ペプチドバリアントに対応するMS
2スペクトルを生成する。ここで生成されるMS
2スペクトルはN末端側断片のMS
2スペクトルとC末端側断片のMS
2スペクトルに相当するものである。そして、類似度算出ステップでは、こうして得られたMS
2スペクトルと実測MS
2スペクトルとについてプロダクトイオンの強度プロファイルの一致性に基づく類似度を求める。即ち、スペクトルライブラリに収録されているMS
2スペクトルそのものではなく、ペプチドバリアントを考慮して、つまりは切断部位が多様であることを考慮して変形させたMS
2スペクトルと実測MS
2スペクトルとの照合によるスペクトル検索が実施される。