特許第6962313号(P6962313)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6962313
(24)【登録日】2021年10月18日
(45)【発行日】2021年11月5日
(54)【発明の名称】呈味増強剤
(51)【国際特許分類】
   A23L 27/10 20160101AFI20211025BHJP
【FI】
   A23L27/10 C
【請求項の数】9
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2018-503312(P2018-503312)
(86)(22)【出願日】2017年2月28日
(86)【国際出願番号】JP2017007604
(87)【国際公開番号】WO2017150482
(87)【国際公開日】20170908
【審査請求日】2019年12月6日
(31)【優先権主張番号】特願2016-37678(P2016-37678)
(32)【優先日】2016年2月29日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】315015162
【氏名又は名称】不二製油株式会社
(72)【発明者】
【氏名】古谷 憲一
(72)【発明者】
【氏名】冨尾 毅
(72)【発明者】
【氏名】黒澤 陽子
(72)【発明者】
【氏名】米元 博子
(72)【発明者】
【氏名】柴田 雅之
【審査官】 安田 周史
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−013395(JP,A)
【文献】 特表2009−528847(JP,A)
【文献】 特開平03−043053(JP,A)
【文献】 特開2012−016348(JP,A)
【文献】 なた豆って何だろう?,2020年11月05日,p1-6,http://www.hp-als.jp/?tid=5&mode=f19
【文献】 冨尾毅,減塩食品への二つのアプローチ(減塩油脂と低脂肪豆乳),月刊フードケミカル,2015年,Vol. 360,pp. 30-36
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 27/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記A〜Cの要件を満たす豆類抽出物を有効成分とする、呈味の少なくとも1つが塩味又はうま味である、呈味増強剤。
A)該豆類抽出物の原料が、予め加熱処理された大豆、エンドウ又は緑豆から選択される豆類であり、該豆類のNSI(水溶性窒素指数)が、15〜77であること、
B)該豆類抽出物中の脂質含量が、固形分換算で15重量%以下、
C)該豆類抽出物中の炭水化物に対する蛋白質の含量比が、1重量%以上100重量%未満
【請求項2】
要件A)において、該加熱処理された豆類のNSI(水溶性窒素指数)が、15〜70である、請求項1記載の呈味増強剤。
【請求項3】
要件A)において、該加熱処理された豆類のNSI(水溶性窒素指数)が、30〜60である、請求項1記載の呈味増強剤。
【請求項4】
要件C)において、該豆類抽出物中の炭水化物に対する蛋白質の含量比が、1〜70重量%である、請求項1〜3の何れか1項記載の呈味増強剤。
【請求項5】
該豆類が、全脂大豆である、請求項1〜4の何れか1項記載の呈味増強剤。
【請求項6】
請求項1〜5の何れか1項記載の呈味増強剤を食品に含有させることを特徴とする、食品の製造法。
【請求項7】
下記A〜Cの要件を満たす豆類抽出物を食品に添加することを特徴とする、呈味の少なくとも1つが塩味又はうま味である、食品の呈味増強方法。
A)該豆類抽出物の原料が、予め加熱処理された大豆、エンドウ又は緑豆から選択される豆類であり、該豆類のNSI(水溶性窒素指数)が、15〜77であること、
B)該豆類抽出物中の脂質含量が、固形分換算で15重量%以下、
C)該豆類抽出物中の炭水化物に対する蛋白質の含量比が、1重量%以上100重量%未満
【請求項8】
要件A)において、該加熱処理された豆類のNSI(水溶性窒素指数)が、15〜70である、請求項7記載の食品の呈味増強方法。
【請求項9】
該豆類が、全脂大豆である、請求項7又は8記載の呈味増強方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、呈味増強剤、特に塩味、うま味やコクといった呈味の増強剤に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に食品の美味しさは、呈味,香り,テクスチャー等様々な要素のバランスによって成り立っているといわれている。中でも、呈味は食品の品質を確定する最も重要な要素である。また、そのうち、塩味やうま味は調理食品においてベースとなる呈味であり、欠かすことができない。
【0003】
塩味を与える代表的な物質は塩化ナトリウム(食塩)である。しかし食塩の過剰な摂取は、心臓病,高血圧,腎臓病などの疾患の原因になると言われており、特に昨今では減塩食品の要望が高まっている。一部の加工食品においては、単純に食塩を減らすことによって減塩した食品があるが、塩味が減少することによって食品全体の味がぼけてしまい、バランスの悪いものになっている。
うま味を与える物質としてはアミノ酸や核酸等の物質が代表されるが、成分によって呈味傾向は異なっており、口に含んだ瞬間のうま味を発現するものから、いわゆるコクといわれるような呈味の後味の余韻を強く発現するものなどがある。塩味やうま味、うま味コクは、それぞれのバランスによって複雑な呈味が形成され、食品の美味しさにつながる。
【0004】
塩味を増強する方法として、特許文献1には、γ-アミノ酪酸と有機酸および/またはその塩を添加することによる塩味増強方法について記載されている。
特許文献2には、乳またはチーズ製造時に得られるホエーから限外ろ過及び晶析操作によって乳ミネラル成分を多く含む濃縮物を得、食塩の代替とする方法が記載されている。乳ミネラル成分にはカリウム、ナトリウム、カルシウムとマグネシウムが含まれている。
また特許文献3には、トレハロースを用いることによって飲食物の塩からみやうま味を増強する方法について記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−275097号公報
【特許文献2】特開昭63−141561号公報
【特許文献3】特開平10−66540号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1の方法では、γ-アミノ酪酸を得るために乳酸菌による発酵工程を経る必要があり、簡便な製法とは言えない。また特許文献2の方法では、乳由来の風味自体が最終の食品の風味に影響を与えやすく、最終食品の種類によっては風味のバランスを損ねる場合がある。また特許文献3の方法では、トレハロース由来の甘味が砂糖の甘味度より低いものの、なお最終食品の風味に影響する場合がある。
そこで本発明では、食品の呈味性改善のため、天然由来の呈味増強剤を提供することを目的とした。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記の課題に対して鋭意研究を重ねた結果、特定の豆類抽出物を用いることで塩味やうま味を増強し、コクを付与できることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
即ち、本発明は以下のような構成を包含する。
(1)下記A〜Cの要件を満たす豆類抽出物を有効成分とする、呈味増強剤、
A)該豆類抽出物の原料が、予め加熱処理された豆類であること、
B)該豆類抽出物中の脂質含量が、固形分換算で15重量%以下、
C)該豆類抽出物中の炭水化物に対する蛋白質の含量比が、1〜200重量%、
(2)要件A)において、該加熱処理された豆類のNSI(水溶性窒素指数)が、15〜77である、前記(1)記載の呈味増強剤、
(3)要件C)において、該豆類抽出物中の炭水化物に対する蛋白質の含量比が、100〜200重量%である、前記(1)又は(2)記載の呈味増強剤、
(4)要件C)において、該豆類抽出物中の炭水化物に対する蛋白質の含量比が、1重量%以上100重量%未満である、前記(1)又は(2)記載の呈味増強剤、
(5)該豆類が、全脂大豆である、前記(1)〜(4)の何れか1項記載の呈味増強剤、
(6)該呈味の少なくとも1つが塩味である、前記(1)〜(5)の何れか1項記載の呈味増強剤、
(7)該呈味の少なくとも1つがうま味である、前記(1)〜(6)の何れか1項記載の呈味増強剤、
(8)該呈味の少なくとも1つがコクである、前記(1)〜(7)の何れか1項記載の呈味増強剤、
(9)前記(1)〜(8)の何れか1項記載の呈味増強剤を食品に含有させることを特徴とする、食品の製造法、
(10)下記A〜Cの要件を満たす豆類抽出物を食品に添加することを特徴とする、食品の呈味増強方法、
A)該豆類抽出物の原料が、予め加熱処理された豆類であること、
B)該豆類抽出物中の脂質含量が、固形分換算で15重量%以下、
C)該豆類抽出物中の炭水化物に対する蛋白質の含量比が、1〜200重量%。
【発明の効果】
【0009】
本発明の呈味増強剤は天然原料由来であることに利点を有する。そして該呈味増強剤によれば、塩味やうま味を有する食品に対して、塩味やうま味を増強し、かつコクを付与することができる。そして場合によっては該食品中の食塩含量を減らすことができ、減塩食品を製造することができる。さらに塩味やうま味だけでなく添加する食品そのものの素材の風味を引き立てることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】試験例4において、昆布ダシに低脂肪豆乳の限外ろ過膜透過液を添加したときの、「うま味」の増強効果を味覚センサーにて測定したデータを示すグラフ。
図2】試験例4において、昆布ダシに低脂肪豆乳の限外ろ過膜透過液を添加したときの、「うま味コク」の増強効果を味覚センサーにて測定したデータを示すグラフ。
図3】試験例4において、鰹ダシに低脂肪豆乳の限外ろ過膜透過液を添加したときの、「うま味」の増強効果を味覚センサーにて測定したデータを示すグラフ。
図4】試験例4において、鰹ダシに低脂肪豆乳の限外ろ過膜透過液を添加したときの、「うま味コク」の増強効果を味覚センサーにて測定したデータを示すグラフ。
図5】試験例4において、合わせダシ(鰹+昆布)に低脂肪豆乳の限外ろ過膜透過液を添加したときの、「うま味」の増強効果を味覚センサーにて測定したデータを示すグラフ。
図6】試験例4において、合わせダシ(鰹+昆布)に低脂肪豆乳の限外ろ過膜透過液を添加したときの、「うま味コク」の増強効果を味覚センサーにて測定したデータを示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の呈味増強剤は、特定の豆類抽出物を有効成分とするものであり、該豆類抽出物は、原料が予め加熱処理された豆類であること、該豆類抽出物の脂質含量が、固形分換算で15質量%以下であること、及び、該豆類抽出物中の炭水化物に対する蛋白質の含量比が1〜200質量%であること、を特徴とする。以下、本発明の実施形態について具体的に説明する。
【0012】
(豆類抽出物の原料)
本発明の有効成分である豆類抽出物の原料としては、大豆、エンドウ豆、インゲン、緑豆等の豆類が挙げられる。工業性の観点では、大豆またはエンドウ豆が好ましい。大豆を原料とする場合には、全脂大豆、部分脱脂大豆、脱脂大豆のいずれを用いることもできる。全脂大豆の脂質含量は特に限定されないが、抽出処理がされていない全脂大豆では固形分中15質量%を超えるのが通常であり、多くは18質量%以上である。全脂大豆から得られる大豆抽出物は不快な大豆臭がより少ないため、呈味増強効果をより発揮しやすくなる。
【0013】
使用する豆類は未粉砕のままでも良いし、水性溶媒により抽出する前に予め砕かれていても良い。豆類を予め砕く場合の粒子径は任意であり、粗砕でも粉砕でも良い。
【0014】
(豆類の加熱処理)
前記豆類は生のままではなく、水性溶媒により抽出する前に予め加熱処理されていることが重要である。特に豆類を砕く場合においては砕く前に予め加熱処理を行っておくのがより好ましい。豆類の加熱処理の方法は特に限定されず、例えば乾熱処理、水蒸気処理、過熱水蒸気処理、マイクロ波処理等を用いることができる。また水に浸漬した後、抽出前に加熱処理することもできるが、水に浸漬する前の段階で加熱処理されていることがより好ましい。
【0015】
加熱の程度は抽出物に炒り豆のような焦げ臭が付与されない程度が好ましい。加熱の程度は蛋白質の変性度合を表すNSI(水溶性窒素指数:Nitrogen Solubility Index)により表すことができ、加熱度合いが強いほど蛋白質が不溶化し、NSIの値が小さくなる。本発明において、加熱処理された豆類のNSIは特に下限を15以上、20以上、25以上、30以上、35以上、40以上などとすることができ、上限を77以下、75以下、70以下、65以下、60以下、55以下、50以下などとすることができる。かかる中間的な範囲のNSIとなるように、予め豆類を加熱することによって、より呈味増強効果の高い豆類抽出物を得ることができる。
加熱処理の条件は加熱処理装置により異なるため特に限定されず、好ましくはNSIが上記範囲となるように適宜設定すれば良い。例えば乾熱加熱処理を行う場合、その処理条件は製造環境にも影響されるため一概に言えないが、おおよそ120〜250℃の過熱水蒸気を用いて5〜10分の間で豆類のNSIが上記範囲となるように処理条件を適宜選択すれば良く、処理条件の決定に特段の困難は要しない。
【0016】
なお、NSIは所定の方法に基づき、全窒素量に占める水溶性窒素(粗蛋白)の比率(重量%)で表すことができ、本発明においては以下の方法に基づいて測定された値とする。
すなわち、試料2.0gに100mlの水を加え、40℃にて60分攪拌抽出し、1400×gにて10分間遠心分離し、上清1を得る。残った沈殿に再度100mlの水を加え、40℃にて60分攪拌抽出し、1400×gにて10分遠心分離し、上清2を得る。上清1および上清2を合わせ、さらに水を加えて250mlとする。No.5Aろ紙にてろ過したのち、ろ液の窒素含量をケルダール法にて測定する。同時に試料中の窒素含量をケルダール法にて測定し、ろ液として回収された窒素(水溶性窒素)の試料中の全窒 素に対する割合を重量%として表したものをNSIとする。
【0017】
(豆類抽出物)
本発明の有効成分は、上記の加熱処理された豆類を水性溶媒で抽出して得られ、下記の組成を有する豆類抽出物である(以下、この抽出物を「本抽出物」と称する場合がある)。該豆類抽出物には、該水性溶媒からの抽出物からさらに特定の画分を分画、濃縮又は精製したものも含まれる。
本抽出物中の脂質含量は固形分換算で15質量%以下であり、12質量%以下が好ましく、10質量%以下がより好ましい。なお、本発明において、脂質含量は酸分解法により測定される。本抽出物を豆類から抽出するための水性溶媒は、水や含水アルコール等を用いることができ、水や含水エタノールが食品製造上好ましい。本抽出物を豆類から抽出するときの加水量、抽出温度、抽出時間等の抽出条件は特に限定されず、例えば加水量は豆類に対して2〜15重量倍、抽出温度は20〜99℃、抽出時間は20分〜14時間などで設定すればよい。本抽出物は液状、固形状、粉末状の何れの形態もとり得る。
【0018】
本抽出物は、例えば原料が大豆の場合、丸大豆から抽出した通常の脂質含量の高い豆乳や、未変性の脱脂大豆から抽出した脱脂豆乳とは明確に区別される。本抽出物は、加熱処理した豆類から抽出された脂質含量が上記範囲の低脂肪の抽出物が典型的には包含され、該抽出物に人為的に油脂が混合された組成物を除外するものではない。また本抽出物に含まれる脂質以外の成分は水可溶性の成分であり、炭水化物、蛋白質、遊離アミノ酸、低分子ペプチド、ミネラル、有機酸、イソフラボン、サポニン等の成分の一部又は全部が含まれる。必ずしも本抽出物中に蛋白質が多く含まれている必要はなく、原料が予め加熱処理されている限り、本抽出物には例えば豆類の浸漬液、煮汁、ホエーなどの態様も包含され、豆類加工品の製造時に副生される抽出液なども包含される。
【0019】
本抽出物中の炭水化物含量に対する蛋白質含量の重量比は、一般の豆乳や脱脂豆乳のように高くなく、具体的には1〜200重量%が良好であり、より限定的には1〜170重量%が好ましく、さらに限定的には1〜150重量%の範囲が好ましい。
一方、分離大豆蛋白などのような、蛋白質が固形分中90重量%程度も含まれるような大豆蛋白質素材では、貯蔵蛋白質が主成分で炭水化物が少量しか含まれないため、炭水化物に対する蛋白質の含量が過剰で本抽出物とは異なるものであり、本発明のような効果を奏さない。逆に該素材そのものの風味が呈味増強剤の効果に影響する場合がある。
なお、本発明において、蛋白質含量はケルダール法により測定される。また炭水化物含量は、固形分から脂質、蛋白質及び灰分の含量の和を引いた計算値とする。以下、本抽出物のより具体的な例を示す。
【0020】
本抽出物の一形態として、加熱処理された大豆や脱脂大豆を水中で磨砕抽出するか、予め粉砕してから水を加えて抽出し、繊維分と脂質を遠心分離等で除去して得られた低脂肪の抽出物は、固形分中の脂質含量が上記範囲にあるものである。上記の通り、公知の方法で抽出して得たスラリー(大豆粉砕液)から不溶性画分であるオカラを除去して得られる豆乳では固形分中の脂質含量が上記範囲よりも高くなり、20重量%以上となる。
該低脂肪の抽出物の場合は大豆蛋白質がある程度抽出されているため、炭水化物含量に対する蛋白質含量の重量比は比較的高く、100〜200重量%程度である。ただし、この範囲は通常の豆乳や未変性の脱脂大豆から抽出した脱脂豆乳と比べると十分に低いレベルである。かかる特定の範囲において当業者は任意に選択することができ、下限は120重量%以上、130重量%以上や140重量%以上の範囲、上限は195重量%以下、190重量%以下、185重量%以下、180重量%以下、175重量%以下、170重量%以下、165重量%以下、160重量%未満、155重量%以下、150重量%以下等の範囲を選択することができる。蛋白質含量の比率をなるべく低減したい場合には、例えば限外ろ過等により高分子の蛋白質を除去してその透過液を回収したり、蛋白質をpH調整により沈殿させたりしてその上清を回収する方法等を用いることができる。
【0021】
本抽出物の他の一形態としては、予め加熱処理された豆類から公知の方法で蛋白質がなるべく抽出されない条件で抽出された抽出物、あるいは、該豆類から蛋白質と共に抽出した抽出液から蛋白質が除去された抽出物である。具体的な呼称として浸漬液、煮汁やホエーなどと称されるものが該当しうるが、これらの呼称には限定されない。いずれも炭水化物に対する蛋白質の含量比は上記の形態に比べて低くすることができ、1重量%以上100重量%未満程度とすることができる。かかる範囲において当業者は任意に選択することができ、下限は5重量%以上、10重量%以上や20重量%以上の範囲、上限は90重量%以下、80重量%以下、70重量%以下、60重量%以下、50重量%以下、40重量%以下や30重量%以下の範囲を選択することができる。
加熱処理後の豆類の浸漬液や煮汁は通常、豆類を砕かずに丸豆のまま水に浸漬し、必要により熱水で煮沸して得られる。大豆の場合は味噌,豆乳,豆腐,醤油,納豆などの大豆加工製品を製造する過程で副産物として生成するものを利用することができる。
ホエーは、豆類から調製した水抽出液(豆乳)に酸を加えて蛋白質の等電点付近であるpH4〜5に調整したり、豆乳にカルシウム塩やマグネシウム塩などの2価金属塩を加えたり、豆類に50〜80%のアルコール溶液を用いてアルコール抽出したり、あるいは豆類にpH4〜5の酸溶液を加えて酸洗浄したりすることにより、不溶化した蛋白質を分離して得られる水可溶性画分である(この場合必要により中和してもよい)。また該抽出物を限外ろ過膜等のろ過膜に通して蛋白質、好ましくは分画分子量50万以上ないし1万以上の蛋白質を除去した透過液なども該当する。
【0022】
(呈味増強剤)
本発明における呈味増強剤は、これを食品に添加することにより塩味やうま味を増強し、コクを付与できる。該呈味増強剤は、有効成分である本抽出物のみからなることができるし、また各種副成分を組み合わせて含有させることもできる。副成分としては、例えば油脂、乳化剤、糖類、澱粉類、無機塩、有機酸塩、ゲル化剤、増粘多糖類、着香料、調味料等の呈味成分、着色料、保存料、酸化防止剤、pH調整剤などを含有させることができる。本呈味増強剤中の本抽出物の含量は特に限定されず、固形分換算で5重量%以上が適当であるが、含量が多いほど改良効果が高いため、15重量%以上が好ましく、25重量%以上がより好ましく、30重量%以上がさらに好ましく、50重量%以上が最も好ましい。
【0023】
該呈味増強剤は、塩味やうま味を有するあらゆる食品に用いることができ、例えば典型的にはスープ、だし、たれ、ルー、ソース、醤油、味噌、マヨネーズ、ドレッシング、エキス、化学調味料等の調味料、漬け物、煮物、茶漬けのもと、甘酒、和菓子、清涼飲料、アルコール飲料、畜肉加工品(ハム、ソーセージ、缶詰、瓶詰、塩蔵品、燻製品など)、水産加工品(かまぼこ、ちくわ、缶詰、瓶詰、塩蔵品、燻製品など)、乾物(切干大根、高野豆腐など)、麺類、米飯加工品、乳製品、乳飲料、各種冷凍食品、各種ペースト、各種レトルト食品、各種プレミックス食品、米菓、焼き菓子、惣菜パン、海藻加工品、フリーズドライ食品などが例示できるが、これに限られず飲料を含む多様な食品の呈味増強の用途に使用することができる。しかも当該食品の風味を維持ないし向上させつつ食塩の使用量も減らすことができる。本呈味増強剤は最終食品の形状に応じ、液状でも固形状であっても使用することができる。また、本呈味増強剤は、他の呈味剤や呈味増強剤、又は悪風味のマスキング剤などの食品原料と適宜併用し、所望の割合で使用できることは言うまでもない。これらの食品原料は法律上定められた食品添加物に限定されず、油脂、糖類、蛋白質、ペプチド、アミノ酸等に分類されるものでもよい。
【0024】
本発明における呈味増強剤の添加量は、各食品の所望の品質に応じて適宜調整すればよいが、呈味増強剤中の豆類抽出物の固形分として、好ましくは0.1重量%以上、より好ましくは0.25重量%以上がよい。
【実施例】
【0025】
以下、実施例等により本発明の実施形態についてさらに具体的に記載する。なお、以下「%」及び「部」は特に断りのない限り「質量%」及び「質量部」を意味するものとする。
【0026】
(試験例1) 各種豆類の検討
表1の条件に従い、未加熱の豆類またはオーブンで加熱処理した豆類(未粉砕)200gに、水800gを加え、約90℃の熱水で80分間煮て、豆類から抽出液を分離した。表1に該抽出液の分析結果を示す。なお、各抽出液中の脂質含量は、いずれも固形分換算で0.3%程度、炭水化物に対する蛋白質の含量比は7%程度であった。次に、下記の評価試験により、得られた豆類抽出液を呈味液に添加し、該抽出液の呈味増強効果について評価した。
【0027】
(表1)
【0028】
(評価試験)
呈味液として0.3%のうま味調味料(MSG)溶液(うま味調味料には「味の素」(味の素(株)製)を使用した。)と0.5%の塩味液(塩化ナトリウム溶液)を用い、これらの溶液に対してそれぞれ上記各豆類抽出液を10%加え、うま味と塩味の増強効果について官能で評価した。
評価基準として、呈味液に10%の水を加えた液のうま味と塩味の強度を5とし、強度が弱いものを1、強度が強いものを10として10段階で評価した。
さらに、水に各豆類抽出液を10%加えた液のうま味と塩味について、同様に10段階で評価し、呈味液に加えた場合の点数との差が基準の数値より高いものを合格とした。
さらに全体の風味について、最も良好なものを5点、最も不良なものを1点とし、合格ラインは3点として5段階で評価した。官能評価の結果を表2に示す。
【0029】
(表2)
【0030】
以上の結果から、試験区S2〜S5,M2,P2ではいずれの種類の豆類においても、予め加熱処理を行うことによって呈味増強効果が見られた。しかも試験区S3(NSI 66),S4(NSI 16),M2(NSI 58),P2(NSI 60)の豆類を原料とした場合にはより風味も優れていた。
【0031】
(試験例2) 呈味増強剤の添加量の検討
試験1の試験区A3と同様にして、予めオーブンで120℃、10分間加熱処理した丸大豆200gに、水800gを加え、約90℃の熱水で80分間煮て、大豆抽出液をざるで分離した。次に、該抽出液をフリーズドライした後、表3の各種固形分濃度となるように水に分散させ、各呈味増強剤を得た。該呈味増強剤を呈味液に添加した場合の呈味増強効果について、試験例1と同様にして評価した。結果を表4に示す。
【0032】
(表3)
【0033】
(表4)
【0034】
以上の通り、試験区S7〜S9において呈味増強効果が見られ、特に呈味増強の強さと風味のバランスの点から試験区S7,S8がより好ましかった。
【0035】
(試験例3) 各種大豆抽出物の呈味増強効果の検討
試験に用いる大豆抽出物として、全脂豆乳粉末、脱脂豆乳粉末、低脂肪豆乳粉末、および大豆ホエー粉末の4点を試験サンプルとして表5の通り用意した。
【0036】
(表5)
【0037】
次に、各大豆抽出物の粉末を固形分濃度が5%となるように水に分散させ、溶液を得た。試験例1と同様にして呈味液として0.3%のうま味調味料(MSG)溶液と0.5%の塩味液(塩化ナトリウム溶液)を用い、これらの溶液に対してそれぞれ上記各大豆抽出溶液を10%加え、うま味と塩味への影響について官能評価した。
試験区S10、S11の全脂豆乳粉末と脱脂豆乳粉末を添加した場合、うま味と塩味はあまり変化がなく、むしろ豆乳粉末そのものの特有の風味(苦味や酸味、収斂味など)を強く感じた。
一方、試験区S11の低脂肪豆乳粉末を添加した場合、豆乳粉末そのものの風味により阻害されることなくうま味と塩味が強く感じられ、苦味や収斂味等の悪風味が少なかった。
また、試験区S12の大豆ホエー粉末を添加した場合、試験区S11よりもさらにうま味と塩味が増強され、最も良好であった。
【0038】
(試験例4) 低脂肪豆乳の限外ろ過膜透過液の添加効果
試験例3の結果を受け、試験区S13と同様にして、表5に記載した「低脂肪豆乳」(不二製油(株)製、以下の実施例において同じ。)をダイセン・メンブレン・システムズ(株)製の分画分子量1万の限外ろ過膜(以下、「UF膜」という。)に通してUF膜透過液(固形分4.5%)を回収した。
次の通り、3種類のダシ液を用意した。
(1) 昆布ダシ
昆布を水に浸漬し、さらに加熱し沸騰する直前に昆布を取り除いて、昆布ダシを作製した。
(2) 鰹ダシ
まず水を沸騰させて火を止めた後、熱湯に鰹節を加えて1分間静置した後に粕を取り除いて鰹ダシを作製した。
(3) 合わせダシ
(1)と同様にして得た昆布ダシをさらに加熱して沸騰させて火を止めた後、鰹節を加えて1分間静置した後、粕を取り除いて合わせダシを作製した。
表6の混合比に従って各3つのダシ液とUF膜透過液と水を混合した。
【0039】
(表6)
【0040】
各混合液を味認識装置「SA402B」((株)インテリジェントセンサーテクノロジー製)を用いて人工脂質膜型味覚センサーのCPA(Change of membrane Potential by Adsorption)測定法により、膜電位の変化量(mV)を測定した。
味覚センサーには表7に示したうま味、塩味、酸味、苦味、渋味の5種類のセンサーを用いて、先味である酸味、苦味雑味、渋味刺激、旨味、塩味と、後味である苦味、渋味、うま味コクの計8つの味覚項目について測定を行った。
【0041】
膜電位の測定は、表7の8つの測定手順を1反復として測定を行った。まず、プラス膜及びマイナス膜用の洗浄液で味覚センサーを90秒間洗浄し(1)、次に基準液で120秒×2回洗浄を行い(2)(3)、続いて味覚センサーを安定液(基準液)に30秒間浸漬して安定化した後(4)、サンプルの測定を30秒間行った(5)。サンプル測定後は、基準液で3秒×2回洗浄した後(6)(7)、CPA液で30秒間測定を行った(8)。
先味の膜電位変化量は、サンプル液中で測定した膜電位(Vs)から、基準液中で測定した膜電位(Vr)を減算して算出した。また、後味の膜電位変化量は、サンプル液に浸した味覚センサーをCPA液で洗浄した後に測定した膜電位(Vr’)から、基準液中で測定した膜電位(Vr)を減算して算出した。
【0042】
膜電位の測定結果を表8〜10を示し、その一部を図1〜6にグラフで示した。表中の数値はそれぞれ3回の膜電位の測定値の平均値である。
【0043】
(表7) 味認識装置の測定条件
【0044】
(表8) 昆布ダシ 味覚センサー測定結果
【0045】
(表9) 鰹ダシ 味覚センサー測定結果
【0046】
(表10) 合わせダシ 味覚センサー測定結果
【0047】
以上の結果より、いずれのダシにおいても「低脂肪豆乳」のUF膜透過液を混合することにより、コントロールに比べてうま味、塩味、うま味コクの膜電位の変化量が大きくなり、これらの呈味が増強される傾向にあった。一方で、酸味、苦味雑味、渋味刺激、苦味、渋味の膜電位の変化量は同等ないし小さくなり、これらの呈味が抑制される傾向にあった。このように、「低脂肪豆乳」のUF膜透過液は、酸味抑制剤、苦味や雑味の抑制剤、渋味抑制剤としても機能することも示された。
【0048】
(実施例1) カレーソース
市販のカレーソース120gに対して、試験例4で得られた「低脂肪豆乳」のUF膜透過液を2.4g添加したところ、添加前に比べてカレーソースが持つうま味がより底上げされた風味となった。
【0049】
(実施例2) 煮込みハンバーグ用ソース
市販のトマトソース260gに、菜種油2.6gと試験例4で得られた「低脂肪豆乳」のUF膜透過液5.2gを添加し、煮込みハンバーグ用ソースを調製した。フライパンに焼成済みのハンバーグ4個と前記ソースを加え、蓋をして煮込んだ。得られたソースは低脂肪豆乳を添加しないものに比べてコクがあり、ハンバーグの風味とも調和したものであった。
【0050】
(実施例3) ノンオイルドレッシング
玉ねぎピューレ100g、米酢20g、うすくち醤油10g、食塩1g、砂糖0.5gに試験例4で得られた「低脂肪豆乳」のUF膜透過液50gを混合し、ノンオイルドレッシングを調製した。得られたドレッシングはさっぱりとしていながら、うま味と塩味が引き立った風味であった。また、これをレタス、トマト、ワカメなどの生野菜や海草にかけると素材の味を消さずに素材本来のおいしさが引き出された。
【0051】
(実施例4) 味噌
市販の液体状の味噌12.8gに、試験例3の試験区S13で用いた大豆ホエー粉末0.4gを加え、味噌改良品を得た。これに湯150gを加えて混合し、味噌汁を調製した。得られた味噌汁はうま味と塩味が付与され、おいしさがさらに増していた。そのため、味噌の減塩にも寄与すると考えられた。
【0052】
(実施例5) 甘酒
市販の甘酒70gに、試験例4で得られた「低脂肪豆乳」のUF膜透過液30gを加えた。得られた甘酒改良品は、酸味や苦味が抑えられ、うま味が付与されたおいしい風味であった。
【0053】
(実施例6) 漬け物(浅漬け)
ポリ袋に食塩2g、砂糖6g、粉末かつおだし0.1g、水5g、試験例4で得られた「低脂肪豆乳」のUF膜透過液5gをよく混合し、漬け物用調味液を得た。きゅうり1/2本を厚み1cmの輪切りにし、前記調味液を漬け、2時間以上冷蔵庫に保管し、浅漬けを調製した。得られた浅漬けは塩味とうま味が増強されており、おいしい風味であった。そのため、漬け物の減塩効果にも寄与すると考えられた。
図1
図2
図3
図4
図5
図6