特許第6962814号(P6962814)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6962814間葉系幹細胞培養用培地、間葉系幹細胞の培養方法及び間葉系幹細胞
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6962814
(24)【登録日】2021年10月18日
(45)【発行日】2021年11月5日
(54)【発明の名称】間葉系幹細胞培養用培地、間葉系幹細胞の培養方法及び間葉系幹細胞
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/00 20060101AFI20211025BHJP
   C12N 5/0775 20100101ALI20211025BHJP
【FI】
   C12N1/00 G
   C12N5/0775
【請求項の数】3
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2017-502532(P2017-502532)
(86)(22)【出願日】2016年2月26日
(86)【国際出願番号】JP2016055930
(87)【国際公開番号】WO2016136986
(87)【国際公開日】20160901
【審査請求日】2019年1月25日
(31)【優先権主張番号】62/121,513
(32)【優先日】2015年2月27日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】000115991
【氏名又は名称】ロート製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001508
【氏名又は名称】特許業務法人 津国
(72)【発明者】
【氏名】池山 芳史
(72)【発明者】
【氏名】大久保 徹
(72)【発明者】
【氏名】西田 浩之
(72)【発明者】
【氏名】津田 智博
(72)【発明者】
【氏名】宇野 栄子
(72)【発明者】
【氏名】湯本 真代
【審査官】 伊達 利奈
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2007/080919(WO,A1)
【文献】 特表2012−520672(JP,A)
【文献】 特開2008−061569(JP,A)
【文献】 特表2010−524499(JP,A)
【文献】 特開2006−325444(JP,A)
【文献】 特表2010−504090(JP,A)
【文献】 特表2014−516562(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00
C12N 5/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
PTEN阻害剤、p53阻害剤、p38阻害剤、Wntシグナル活性化剤及びROCK阻害剤からなる群より選択される少なくとも4種の成分と、bFGFと、ステロイド性化合物と、動物細胞培養用基礎培地とを含有し、PTEN阻害剤が、VO−OHPic、HOPic及びpVからなる群より選択され、p53阻害剤が、オルトバナジン酸ナトリウム、ピフィスリン−α及びMDM2タンパク質からなる群より選択され、p38阻害剤が、SB203580、SB202190、BIRB796、LY2228820、VX−702、PH−797804、TAK―715、VX−745、及びSkepinone−Lからなる群より選択され、Wntシグナル活性化剤が、LiCl又は補体分子C1qであり、ROCK阻害剤が、Y−27632、K−115及び塩酸ファスジルからなる群より選択される、臍帯由来間葉系幹細胞培養用培地。
【請求項2】
前記PTEN阻害剤、p53阻害剤、p38阻害剤、Wntシグナル活性化剤及びROCK阻害剤を含有する、請求項1記載の臍帯由来間葉系幹細胞培養用培地。
【請求項3】
請求項1又は2記載の臍帯由来間葉系幹細胞培養用培地を用いて、臍帯由来間葉系幹細胞を培養する、臍帯由来間葉系幹細胞の培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、間葉系幹細胞培養用培地、間葉系幹細胞の培養方法及び間葉系幹細胞に関する。
【背景技術】
【0002】
昨今、生体の細胞あるいは組織を利用した医薬品の開発や再生医療の研究が進み、注目されている。このうち、ES細胞やiPS細胞は、臓器再生技術として研究が加速されている。一方、骨髄幹細胞等体性幹細胞を抽出して利用する細胞療法は、再生医療の中でも病気による組織障害を改善・修復する本来の体性幹細胞の機能を利用するもので、より実現性の高いものとして注目され、研究が進められている。体性幹細胞は、一般的には、全ての臓器や組織に分化できるわけでなく特定の組織や臓器に分化する。体性幹細胞には様々な種類があり、間葉系幹細胞もそれらのうちのひとつである。
【0003】
臍帯には、多種類の細胞のもとになる体性幹細胞が豊富に含まれている。例えばそこには臍帯血由来の造血幹細胞も含まれており、既に白血病や再生不良性貧血等の難治性血液疾患の治療に使われている。また、臍帯は、この他に、間葉系幹細胞に分類される細胞や、神経・筋肉・心臓・血管・骨・皮膚等、多様な細胞に分化できる能力を持つ多能性幹細胞様細胞等の様々な幹細胞を含んでいる。
【0004】
一方、間葉系幹細胞の培養の為に様々な培地が開発されているが(例えば特許文献1及び2参照)、さらに、移植等による疾患の治療により適した幹細胞を、未分化性を保持したまま、大量に、効率的に、かつ長期に渡って培養できる培地の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】米国特許公開20100015710号
【特許文献2】特開2010−094062号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記従来技術に鑑みてなされたものであり、間葉系幹細胞の未分化性を保持したまま、大量に、効率的に、かつ長期に渡って培養できる培地、特に間葉系幹細胞の中でもより臍帯幹細胞の培養に適した間葉系幹細胞培養用培地を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは前記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、動物細胞培養用基礎培地に、特定の成分を添加した培地が間葉系幹細胞の培養に適していることを見出し、本発明を完成するに至った。本発明の要旨は以下の通りである。
【0008】
(1)PTEN阻害剤、p53阻害剤、p38阻害剤、Wntシグナル活性化剤及びROCK阻害剤からなる群より選択される少なくとも2種の成分と、動物細胞培養用基礎培地とを含有する、間葉系幹細胞培養用培地。
(2)PTEN阻害剤、p53阻害剤、p38阻害剤、Wntシグナル活性化剤及びROCK阻害剤からなる群より選択される少なくとも3種の成分と、動物細胞培養用基礎培地とを含有する、(1)記載の間葉系幹細胞培養用培地。
(3)PTEN阻害剤、p53阻害剤、p38阻害剤、Wntシグナル活性化剤及びROCK阻害剤を含有する、(1)又は(2)記載の間葉系幹細胞培養用培地。
(4)増殖因子及びステロイド性化合物からなる群より選択される少なくとも1種の成分をさらに含有する、(1)から(3)のいずれか記載の間葉系幹細胞培養用培地。
(5)前記PTEN阻害剤が、VO−OHPic、HOPic及びpVからなる群より選択される、(1)から(4)のいずれか記載の間葉系幹細胞培養用培地。
(6)前記p53阻害剤が、オルトバナジン酸ナトリウム、ピフィスリン−α及びMDM2タンパク質からなる群より選択される、(1)から(5)のいずれか記載の間葉系幹細胞培養用培地。
(7)前記p38阻害剤が、SB203580、SB202190、BIRB796、LY2228820、VX−702、PH−797804、TAK―715、VX−745、及びSkepinone−Lからなる群より選択される、(1)から(6)のいずれか記載の間葉系幹細胞培養用培地。
(8)前記Wntシグナル活性化剤が、LiCl又は補体分子C1qである、(1)から(7)のいずれか記載の間葉系幹細胞培養用培地。
(9)前記ROCK阻害剤が、Y−27632、K−115及び塩酸ファスジルからなる群より選択される、(1)から(8)のいずれか記載の間葉系幹細胞培養用培地。
(10)(1)から(9)のいずれか記載の間葉系幹細胞培養用培地を用いて、間葉系幹細胞を培養する、間葉系幹細胞の培養方法。
(11)(1)から(9)のいずれか記載の間葉系幹細胞培養用培地で培養された、CD29、CD73、CD90、CD105及びCD166陽性である間葉系幹細胞。
【発明の効果】
【0009】
本発明の間葉系幹細胞培養用培地を用いて間葉系幹細胞を培養すると、その未分化性を長期に渡って維持することができる。また、本発明の培地は、従来の培地に比べて、間葉系幹細胞を長期に渡って良好な細胞状態を維持しながら、より効率的に増殖させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の培地で培養3日目の臍帯幹細胞及び脂肪由来幹細胞の写真である。
図2】本発明の培地による臍帯幹細胞及び脂肪由来幹細胞の増殖を示すグラフである。
図3】本発明の培地で培養8日目の臍帯幹細胞及び脂肪由来幹細胞の写真である。
図4】本発明の培地で培養8日目の脂肪由来幹細胞の細胞表面マーカー発現を示す図である。
図5】本発明の培地で培養8日目の臍帯幹細胞の細胞表面マーカー発現を示す図である。
図6】本発明の培地で培養11日目の臍帯幹細胞の細胞表面マーカー発現を示す図である。
図7】本発明の培地による臍帯幹細胞の増殖を示すグラフである。
図8】本発明の培地で培養5日目の脂肪由来幹細胞の写真である。
図9】本発明の培地で培養5日目の臍帯幹細胞の写真である。
図10】本発明の培地で培養3週間目の臍帯幹細胞の細胞表面マーカー(CD105)発現を示す図である。
図11】本発明の培地又は従来の培地で培養して得られた臍帯由来間葉系幹細胞の、酸化ストレス耐性の比較を示す図である。
図12】本発明の培地による臍帯幹細胞の長期間培養での増殖を示すグラフである。
図13】本発明の培地による臍帯幹細胞の長期間培養での増殖を示すグラフである。
図14】本発明の培地で長期培養した臍帯幹細胞の写真である。
図15】本発明の培地による臍帯幹細胞の増殖を示すグラフである。
図16】本発明の培地による臍帯幹細胞の増殖を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[間葉系幹細胞培養用培地]
本発明の間葉系幹細胞培養用培地は、PTEN阻害剤、p53阻害剤、p38阻害剤、Wntシグナル活性化剤及びROCK阻害剤からなる群より選択される少なくとも2種の成分と、動物細胞培養用基礎培地とを含有する。本発明の培地は、これらの成分を含有することで、間葉系幹細胞の未分化性を長期に渡って維持しながら培養することができる。ここで「長期に渡って」とは、8日間以上であり、好ましくは15日間以上であり、より好ましくは30日間以上であり、さらに好ましくは50日間以上であり、特に好ましくは60日間以上である。また、本発明の培地は、間葉系幹細胞を長期に渡って良好な細胞状態を維持しながら、効率的に増殖させることができる。なお、細胞の状態が良好であるか否かは、細胞の形態、増殖速度等から当業者の技術常識に基づいて判断することができる。さらに予想もできなかった効果として、本発明の培地で培養することで、間葉系幹細胞の酸化ストレス耐性機能を向上させることができる。本発明の培地は、増殖因子及びステロイド性化合物からなる群より選択される少なくとも1種の成分をさらに含有することが好ましい。なお、本発明の培地は発明の効果を損なわない範囲でその他の成分を含有していてもよい。以下に、本発明の培地について説明する。
【0012】
本明細書において、間葉系幹細胞とは、間葉系に属する細胞(骨細胞、軟骨細胞、脂肪細胞等)への分化能を有し、当該能力を維持したまま増殖できる細胞を意味する。
【0013】
本明細書において、臍帯幹細胞とは、臍帯及び臍帯関連組織並びに臍帯血に由来する幹細胞をいう。具体的には、臍帯とそれを囲む構造体由来の間葉系幹細胞であり、より具体的には臍帯、及び胎盤、羊膜、絨毛膜、脱落膜、卵膜、ワルトン膠質(ウォートンゼリー;Wharton’s Jelly)等の臍帯周辺の構造体、並びに臍帯血由来の間葉系幹細胞である。これらのうち、好ましくは、ワルトン膠質(ウォートンゼリー;Wharton’s Jelly)、羊膜由来の間葉系幹細胞であり、より好ましくはワルトン膠質(ウォートンゼリー;Wharton’s Jelly)由来の間葉系幹細胞である。また、本明細書において、脂肪幹細胞又は脂肪由来幹細胞とは、脂肪組織に由来する幹細胞をいう。具体的には、脂肪組織由来の間葉系幹細胞である。
【0014】
(PTEN阻害剤)
本発明においてPTEN阻害剤とは、PTEN(Phosphatase and Tensin Homolog Deleted from Chromosome 10)遺伝子、又はPTENタンパク質の作用を阻害する機能を有するすべての物質をいう。PTEN遺伝子は、染色体上の10q23.3に位置し、腫瘍抑制因子として同定されている。PTENタンパク質は広く全身の細胞に発現しており、イノシトールリン脂質であるフォスファチジルイノシトール 3,4,5−トリフォスフェイト(phosphatidylinositol 3,4,5−trisphosphate;PIP3)の脱リン酸化反応を触媒する酵素として知られている。PIP3は、PI3キナーゼ(PI3K)により細胞内で合成され、プロテインキナーゼB(PKB)/ AKTの活性化を引き起こす。PTENは、このPIP3の脱リン酸化反応を担い、フォスファチジルイノシトール 4,5−ビスフォスフェイト(phosphatidylinositol 4,5−bisphosphate;PIP2)に変換する作用があるとされている。従って、PTENは、PI3K/AKT情報伝達系を負に制御する。PTENの活性が阻害されると、細胞内にPIP3が蓄積し、PI3K/AKT情報伝達系が活性化する。
【0015】
本発明におけるPTEN阻害剤としては、バナジウムを含む化合物が好ましく、例えばpV(phenbig)(ジカリウムビスペロキソ(フェニルビグアニド)オキソバナデート)、HOpic(bpV)(ジカリウムビスペロキソ(5−ヒドロキシピリジン−2−カルボキシル)オキソバナデート)、VO−OHPic三水和物((OC−6−45) Aqua (3−ヒドロキシ−2−ピペリジンカルボキシラト−kapaN1,kapaO2)[3−(ヒドロキシ−kapaO)−2−ピペリジンカルボキシラト(2−)−kapaO2]オキソ−バナジン酸(1−), 水素三水和物)等が挙げられる。これらのうち、VO−OHPic、HOpic、pVがより好ましい。VO−OHPic、HOpic、pVのいずれでも十分な効果が得られるが、pVがさらに好ましい。これらは単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0016】
本発明の間葉系幹細胞培養用培地におけるPTEN阻害剤の培地中の濃度としては、本発明の効果の観点から、10nM〜10μMが好ましく、50nM〜1μMがより好ましく、100nM〜750nMがさらに好ましく、250nM〜750nMが特に好ましい。
【0017】
(p53阻害剤)
本発明においてp53阻害剤とは、p53遺伝子又はp53タンパク質の作用を阻害する機能を有するすべての物質をいう。p53遺伝子は、染色体上の17p13.1に位置し、腫瘍抑制遺伝子としても知られている。p53タンパク質は、転写因子として作用し、多様な生理活性を有する。
【0018】
本発明におけるp53阻害剤としては、例えばオルトバナジン酸ナトリウム、ピフィスリン−α、MDM2タンパク質等が挙げられる。これらのうち、オルトバナジン酸ナトリウム、ピフィスリン−α、MDM2タンパク質が好ましい。オルトバナジン酸ナトリウム、ピフィスリン−α、MDM2タンパク質のいずれでも十分な効果が得られるが、ピフィスリン−αがより好ましい。これらは単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0019】
本発明の間葉系幹細胞培養用培地におけるp53阻害剤の濃度は、本発明の効果の観点から、100nM〜1mMであることが好ましく、500nM〜500μMであることがより好ましく、1μM〜100μMであることがさらに好ましい。
【0020】
(p38阻害剤)
本発明においてp38阻害剤とは、p38遺伝子又はp38タンパク質の作用を阻害する機能を有するすべての物質をいう。p38は、セリン/スレオニンキナーゼであるMAPキナーゼ (Mitogen−Activated Protein Kinase)の1つである。MAPキナーゼは、外界刺激を伝達するシグナル分子、細胞増殖、分化、遺伝子発現、アポトーシス等への関与が明らかにされている。
【0021】
本発明におけるp38阻害剤としては、例えばSB203580(Methyl[4−[4−(4−fluorophenyl)−5−(4−pyridinyl)−1H−imidazol−2−yl]phenyl] sulfoxide)、SB202190(4−[4−(4−Fluorophenyl)−5−(4−pyridinyl)−1H−imidazol−2−yl]phenol)、BIRB796(Doramapimod;1−[5−tert−Butyl−2−(4−methylphenyl)−2H−pyrazole−3−yl]−3−[4−(2−morpholinoethoxy)−1−naphthyl]urea)、LY2228820(5−[2−(1,1−Dimethylethyl)−5−(4−fluorophenyl)−1H−imidazol−4−yl]−3−(2,2−dimethylpropyl)−3H−imidazo[4,5−b]pyridin−2−amine dimethanesulfonate)、VX−702(2−(2,4−Difluorophenyl)−6−[(2,6−difluorophenyl)(aminocarbonyl)amino]pyridine−3−carboxamide)、PH−797804(N,4−Dimethyl−3−[3−bromo−4−[(2,4−difluorobenzyl)oxy]−6−methyl−2−oxo−1,2−dihydropyridine−1−yl]benzamide)、TAK−715(N−[4−[2−Ethyl−4−(3−methylphenyl)thiazole−5−yl]−2−pyridyl]benzamide)、VX−745(5−(2,6−Dichlorophenyl)−2−[2,4−difluorophenyl)thio]−6H−pyrimido[1,6−b]pyridazin−6−one)、及びSkepinone−L((2R)−3−[8−[(2,4−Difluorophenyl)amino]−5−oxo−5H−dibenzo[a,d]cycloheptene−3−yloxy]−1,2−propanediol)等が挙げられる。これらのうち、SB203580、SB202190、BIRB796、LY2228820、VX−702、PH−797804、TAK―715、VX−745、Skepinone−Lが好ましい。SB203580、SB202190、BIRB796、LY2228820、VX−702、PH−797804、TAK―715、VX−745、Skepinone−Lのいずれを用いても十分な効果が得られるが、SB203580、SB202190がより好ましく、SB203580がさらに好ましい。これらは単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0022】
本発明の間葉系幹細胞培養用培地におけるp38阻害剤の濃度としては、本発明の効果の観点から、1nM〜1μMであることが好ましく、10nM〜500nMであることがより好ましく、50nM〜250nMであることがさらに好ましい。
【0023】
(Wntシグナル活性化剤)
本発明においてWntシグナル活性化剤とは、Wntシグナルを活性化させるすべての物質をいう。Wntは、分泌性の細胞間シグナル伝達タンパク質で、細胞内シグナル伝達に関与している。このシグナル伝達経路は細胞の増殖や分化、運動、初期胚発生時の体軸形成や器官形成等の機能を制御している。Wntシグナル経路では、Wntが細胞に作用することにより、いくつかの別々の活性化される細胞内シグナル伝達機構が含まれる。Wntシグナル経路にはβ−カテニンを介して遺伝子発現を制御するβ−カテニン経路、細胞の平面内極性を制御するPCP(planar cell polarity, 平面内細胞極性)経路、Ca2の細胞内動員を促進するCa2経路等が知られている。本明細書において、Wntシグナル活性化剤とは、そのいずれの経路を活性化するものであってもよい。
【0024】
本発明におけるWntシグナル活性化剤には、Wnt−3aのように、カテニン依存性の活性化剤、Wnt−5aのようにカテニン非依存性の活性化剤のいずれも含まれる。この他に、塩化リチウム(LiCl)、補体分子C1q等を用いることもできる。これらのうち、Wnt−3a、Wnt−5a、LiCl、補体分子C1qが好ましく、いずれを用いても十分な効果が得られるが、LiCl、補体分子C1qがより好ましく、LiClがさらに好ましい。これらは単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0025】
本発明の間葉系幹細胞培養用培地におけるWntシグナル活性化剤の濃度は、本発明の効果の観点から、1μM〜10mMであることが好ましく、10μM〜10mMであることがより好ましく、100μM〜1mMであることがさらに好ましく、100μM〜500μMであることが特に好ましい。
【0026】
(ROCK阻害剤)
本発明においてROCK阻害剤とは、Rhoキナーゼ(ROCK)の作用を阻害するすべての物質をいう。Rhoキナーゼ(ROCK)は、低分子量GTP結合タンパク質であるRhoの標的タンパク質として同定されたセリン・スレオニンタンパク質リン酸化酵素である。Rhoキナーゼは、筋肉等の収縮、細胞増殖、細胞遊走及び他の遺伝子発現誘導等の生理機能に関与している。
【0027】
本発明におけるROCK阻害剤としては、例えばY−27632〔(R)−(+)−trans−N−(4−pyridyl)−4−(1−aminoethyl)−cyclohexanecarboxamide・2HCl・HO〕、K−115(リパスジル塩酸塩水和物)、Fasudil hydrochloride(塩酸ファスジル;〔HA1077/1−(5−Isoquinolinesulfonyl)homopiperazine Hydrochloride〕)等が挙げられる。これらのうち、Y−27632、K−115、塩酸ファスジルが好ましく、これらのいずれを用いても十分な効果が得られるが、中でもY−27632がより好ましい。
【0028】
本発明の間葉系幹細胞培養用培地におけるROCK阻害剤の濃度としては、本発明の効果の観点から、1nM〜10μMであることが好ましく、10nM〜1μMであることがより好ましく、50nM〜500nMであることがさらに好ましい。
【0029】
本発明の間葉系幹細胞培養用培地は、これらのPTEN阻害剤、p53阻害剤、p38阻害剤、Wntシグナル活性化剤及びROCK阻害剤からなる群より選択される少なくとも2種の成分を含むが、本発明の効果の観点から、いずれか3種の成分を含むことが好ましく、いずれか4種の成分を含むことがより好ましく、5種全てを含むことがさらに好ましい。上記2種の成分の組み合わせとしては、上記5種の成分のいずれを組合わせてもよく、具体的には、PTEN阻害剤及びp53阻害剤;PTEN阻害剤及びp38阻害剤;PTEN阻害剤及びWntシグナル活性化剤;PTEN阻害剤及びROCK阻害剤;p53阻害剤及びp38阻害剤;p53阻害剤及びWntシグナル活性化剤;p53阻害剤及びROCK阻害剤;p38阻害剤及びWntシグナル活性化剤;p38阻害剤及びROCK阻害剤;Wntシグナル活性化剤及びROCK阻害剤の組み合わせである。上記3種の成分の組み合わせとしては、上記5種の成分のいずれを組合わせてもよく、具体的には、PTEN阻害剤、p53阻害剤及びp38阻害剤;PTEN阻害剤、p53阻害剤及びWntシグナル活性化剤;PTEN阻害剤、p53阻害剤及びROCK阻害剤;PTEN阻害剤、p38阻害剤及びWntシグナル活性化剤;PTEN阻害剤、p38阻害剤及びROCK阻害剤;PTEN阻害剤、Wntシグナル活性化剤及びROCK阻害剤;p53阻害剤、p38阻害剤及びWntシグナル活性化剤;p53阻害剤、p38阻害剤及びROCK阻害剤;p53阻害剤、Wntシグナル活性化剤及びROCK阻害剤;p38阻害剤、Wntシグナル活性化剤及びROCK阻害剤の組み合わせである。上記4種の成分と組み合わせとしては、上記5種の成分のいずれを組合わせてもよく、具体的には、PTEN阻害剤、p53阻害剤、p38阻害剤及びWntシグナル活性化剤;PTEN阻害剤、p53阻害剤、p38阻害剤及びROCK阻害剤;PTEN阻害剤、p53阻害剤、Wntシグナル活性化剤及びROCK阻害剤;PTEN阻害剤、p38阻害剤、Wntシグナル活性化剤及びROCK阻害剤;p53阻害剤、p38阻害剤、Wntシグナル活性化剤及びROCK阻害剤の組み合わせである。
【0030】
(増殖因子)
本発明の幹細胞培養用培地における増殖因子としては、当業者に公知のいずれの増殖因子でも用いることができる。代表的には、トランスフォーミング成長因子(TGF)、上皮成長因子(EGF)等が挙げられるがこれに限定されず、インスリン様成長因子(IGF)、神経成長因子(NGF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、顆粒球コロニー刺激因子(G−CSF)、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM−CSF)、血小板由来成長因子(PDGF)、エリスロポエチン(EPO)、トロンボポエチン(TPO)、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF又はFGF2)、肝細胞増殖因子(HGF)等が挙げられる。さらにアルブミン、トランスフェリン、ラクトフェリン、フェツイン等も例示される。これらは単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0031】
本発明の間葉系幹細胞培養用培地における増殖因子の濃度としては、増殖因子の種類によって適宜適切な濃度が採用される。一般的には、本発明の効果の観点から、1nM〜100mMであることが好ましく、10nM〜10mMであることがより好ましい。
【0032】
(ステロイド性化合物)
本発明の幹細胞培養用培地におけるステロイド性化合物としては、当業者に公知のいずれのステロイド性化合物でも用いることができる。代表的には、エストラジオール、プロゲステロン、テストステロン、コルチゾン、コルチゾール、ハイドロコルチゾン等のステロイドホルモンを使用することができるが、これらに限定されない。これらは単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0033】
本発明の間葉系幹細胞培養用培地におけるステロイド性化合物の濃度としては、ステロイド性化合物の種類によって適宜適切な濃度が採用される。一般的には、本発明の効果の観点から、0.1nM〜1mMであることが好ましく、1nM〜100μMであることがより好ましく、10nM〜1μMであることがさらに好ましい。
【0034】
(動物細胞培養用基礎培地)
本発明における動物細胞培養用基礎培地とは、動物細胞の培養に必須の炭素源、窒素源及び無機塩等を含有させた培地をいう。ここで、動物細胞とは、哺乳類細胞、特にはヒト細胞を指す。本発明における動物細胞培養用基礎培地は、培養して得られる細胞やその培養上清を動物(ヒトを含む)の疾患の治療のために用いる可能性を考慮すると、できるだけ生物由来原料を含まない培地(例えば、無血清培地)であることが好ましい。動物細胞培養用基礎培地には、必要に応じて、微量栄養促進物質、前駆物質等の微量有効物質を配合してもよい。このような動物細胞培養用基礎培地としては、当業者に公知の動物細胞培養用培地を使用することができる。具体的には、イーグル培地のような最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、最小必須培地α(MEM−α)、間葉系細胞基礎培地(MSCBM)、Ham’s F−12及びF−10培地、DMEM/F12培地、Williams培地E、RPMI−1640培地、MCDB培地、199培地、Fisher培地、Iscove改変ダルベッコ培地(IMDM)、McCoy改変培地等、これらの混合培地等が挙げられる。動物細胞培養培地として用いる場合には、特にはDMEM/F12培地が好ましく用いられるがこれに限定されない。
【0035】
動物細胞培養用基礎培地には、アミノ酸類、無機塩類、ビタミン類及び炭素源や抗生物質等の添加剤を添加することができる。これらの添加剤の使用濃度は特に限定されず、通常の動物細胞用培地に用いられる濃度で用いることができる。
【0036】
アミノ酸類としては、例えば、グリシン、L−アラニン、L−アルギニン、L−アスパラギン、L−アスパラギン酸、L−システイン、L−シスチン、L−グルタミン酸、L−グルタミン、L−ヒスチジン、L−イソロイシン、L−ロイシン、L−リジン、L−メチオニン、L−フェニルアラニン、L−プロリン、L−セリン、L−スレオニン、L−トリプトファン、L−チロシン、L−バリン等が挙げられる。
【0037】
無機塩類としては、例えば、塩化カルシウム、硫酸銅、硝酸鉄(III)、硫酸鉄、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化カリウム、炭酸水素ナトリウム、塩化ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム等が挙げられる。
【0038】
ビタミン類としては、例えば、コリン、ビタミンA、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB3、ビタミンB4、ビタミンB5、ビタミンB6、ビタミンB7、ビタミンB12、ビタミンB13、ビタミンB15、ビタミンB17、ビタミンBh、ビタミンBt、ビタミンBx、ビタミンC(アスコルビン酸)、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンF、ビタミンK、ビタミンM、ビタミンP等が挙げられる。
【0039】
その他、ペニシリン、ストレプトマイシン、ゲンタマイシン、カナマイシン等の抗生物質;グルコース、ガラクトース、フルクトース、スクロース等の炭素源;マグネシウム、鉄、亜鉛、カルシウム、カリウム、ナトリウム、銅、セレン、コバルト、スズ、モリブデン、ニッケル、ケイ素等の微量金属;β−グリセロリン酸、デキサメタゾン、ロシグリタゾン、イソブチルメチルキサンチン、5−アザシチジン等の幹細胞分化誘導剤;2−メルカプトエタノール、カタラーゼ、スーパーオキシドジスムターゼ、N−アセチルシステイン等の抗酸化剤;アデノシン5’−一リン酸、コルチコステロン、エタノールアミン、インスリン、還元型グルタチオン、リポ酸、メラトニン、ヒポキサンチン、フェノールレッド、プロゲステロン、プトレシン、ピルビン酸、チミジン、トリヨードチロニン、トランスフェリン、ラクトフェリン、アルブミン、牛血清由来Fetuin、炭酸水素ナトリウム、HEPES等の緩衝剤、Lipid混合物、ITSE(インスリン、トランスフェリン、セレニウム、及びエタノールアミン)混合物等を添加してもよい。
【0040】
本発明の間葉系幹細胞培養用培地としては、例えば、DMEM/F−12培地に、L−グルタミン、アスコルビン酸、ヒト組み換え型アルブミン、ウシ血清由来Fetuin、炭酸水素ナトリウム、HEPES、Lipid混合液、ITSE混合液、トランスフェリン、bFGF、プロゲステロン、ハイドロコルチゾン、VO−OHPic、Pifithrin−α(ピフィスリン−α)、SB203580、塩化リチウム及びY−27632を加えた培地;
DMEM/F−12培地に、L−グルタミン、アスコルビン酸、ヒト組み換え型アルブミン、ウシ血清由来Fetuin、炭酸水素ナトリウム、HEPES、Lipid混合液、ITSE混合液、トランスフェリン、bFGF、プロゲステロン、ハイドロコルチゾン、VO−OHPic、Pifithrin−α(ピフィスリン−α)、SB203580を加えた培地;
DMEM/F−12培地に、L−グルタミン、アスコルビン酸、ヒト組み換え型アルブミン、ウシ血清由来Fetuin、炭酸水素ナトリウム、HEPES、Lipid混合液、ITSE混合液、トランスフェリン、bFGF、プロゲステロン、ハイドロコルチゾン、塩化リチウム及びY−27632を加えた培地;
DMEM/F−12培地に、L−グルタミン、アスコルビン酸、ヒト組み換え型アルブミン、ウシ血清由来Fetuin、炭酸水素ナトリウム、HEPES、Lipid混合液、ITSE混合液、トランスフェリン、bFGF、プロゲステロン、ハイドロコルチゾン、VO−OHPic、Pifithrin−α(ピフィスリン−α)、SB203580及びY−27632を加えた培地;
DMEM/F−12培地に、L−グルタミン、アスコルビン酸、ヒト組み換え型アルブミン、ウシ血清由来Fetuin、炭酸水素ナトリウム、HEPES、Lipid混合液、ITSE混合液、トランスフェリン、bFGF、プロゲステロン、ハイドロコルチゾン、VO−OHPic、Pifithrin−α(ピフィスリン−α)、SB203580及び塩化リチウムを加えた培地;
DMEM/F−12培地に、L−グルタミン、アスコルビン酸、ヒト組み換え型アルブミン、ウシ血清由来Fetuin、炭酸水素ナトリウム、HEPES、Lipid混合液、ITSE混合液、トランスフェリン、bFGF、プロゲステロン、ハイドロコルチゾン、VO−OHPic、SB203580、塩化リチウム及びY−27632を加えた培地;
DMEM/F−12培地に、L−グルタミン、アスコルビン酸、ヒト組み換え型アルブミン、ウシ血清由来Fetuin、炭酸水素ナトリウム、HEPES、Lipid混合液、ITSE混合液、トランスフェリン、bFGF、プロゲステロン、ハイドロコルチゾン、Pifithrin−α(ピフィスリン−α)、SB203580、塩化リチウム及びY−27632を加えた培地;
DMEM/F−12培地に、L−グルタミン、アスコルビン酸、ヒト組み換え型アルブミン、ウシ血清由来Fetuin、炭酸水素ナトリウム、HEPES、Lipid混合液、ITSE混合液、トランスフェリン、bFGF、プロゲステロン、ハイドロコルチゾン、VO−OHPic、Pifithrin−α(ピフィスリン−α)、塩化リチウム及びY−27632を加えた培地;
DMEM/F−12培地に、L−グルタミン、アスコルビン酸、ヒト組み換え型アルブミン、ウシ血清由来Fetuin、炭酸水素ナトリウム、HEPES、Lipid混合液、ITSE混合液、トランスフェリン、bFGF、プロゲステロン、ハイドロコルチゾンを含む基礎培地に、VO−OHPic及びPifithrin−α(ピフィスリン−α);又はVO−OHPic及びSB203580;又はVO−OHPic及び塩化リチウム;又はVO−OHPic及びY−27632;又はPifithrin−α(ピフィスリン−α)及びSB203580;又はPifithrin−α(ピフィスリン−α)及び塩化リチウム;又はPifithrin−α(ピフィスリン−α)及びY−27632;又はSB203580及び塩化リチウム;又はSB203580及びY−27632;又は塩化リチウム及びY−27632を加えた培地等が挙げられる。
【0041】
本発明の培地の調製方法は、特に限定されず、従来公知の常法に従って調製することができる。例えば、室温で、又は必要に応じて加温して、動物細胞培養用基礎培地に上述した各成分を添加・混合して得られる。
【0042】
本発明の培地は液体であることが好ましいが、必要に応じてゲル状としたり、寒天培地等の固形培地としてもよい。本発明の培地によれば、培養表面が表面処理されていない培養容器又は培養用担体に間葉系幹細胞を播種してインキュベートすることができる。
【0043】
[間葉系幹細胞の培養方法]
本発明は、本発明の間葉系幹細胞培養用培地を用いて、間葉系幹細胞を培養する、間葉系幹細胞の培養方法も含む。本発明の培養方法は、本発明の間葉系幹細胞培養用培地を用いた培養方法であれば特に限定されず、従来と同様の方法が用いられる。通常、30℃〜37℃の温度、2%〜7%CO環境下、5%〜21%O環境下で行われる。また、間葉系幹細胞の継代の時期及び方法もそれぞれの間葉系幹細胞に適していれば特に限定されず、間葉系幹細胞の形態を観察しながら、従来と同様に行うことができる。
【0044】
[間葉系幹細胞]
本発明は、本発明の間葉系幹細胞培養用培地で培養して得られる、CD29、CD73、CD90、CD105及びCD166陽性である間葉系幹細胞も含む。本発明の間葉系幹細胞培養用培地で培養して得られる間葉系幹細胞は、未分化性が維持されており、CD29、CD73、CD90、CD105及びCD166を強く発現している。また、本発明の間葉系幹細胞培養用培地で培養して得られる間葉系幹細胞は、バイアビリティが高く、状態が良好である。さらに、予想もできなかった効果として、本発明の間葉系幹細胞培養用培地で培養して得られる間葉系幹細胞は、酸化ストレスに対する耐性が高いことが挙げられる。そのため、本発明の間葉系幹細胞を医薬品として種々の疾患の治療に有効に用いることができる。
【0045】
本発明の間葉系幹細胞を医薬品として用いることができる疾患としては、例えば、軟骨分解、関節リウマチ、乾癬性関節炎、脊椎関節炎、変形性関節症、痛風、乾癬、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症、アルツハイマー病、パーキンソン病、うっ血性心不全、脳卒中、大動脈弁狭窄症、腎不全、狼瘡、膵炎、アレルギー、線維症、貧血、アテローム性動脈硬化症、再狭窄、化学療法/放射線関連合併症、I型糖尿病、II型糖尿病、自己免疫性肝炎、C型肝炎、原発性胆汁性肝硬変、原発性硬化性胆管炎、劇症肝炎、セリアック病、非特異性大腸炎、アレルギー性結膜炎、糖尿病性網膜症、シェーグレン症候群、ブドウ膜炎アレルギー性鼻炎、喘息、石綿症、珪肺、慢性閉塞性肺疾患、慢性肉芽腫性炎症、嚢胞性線維症、サルコイドーシス、糸球体腎炎、脈管炎、皮膚炎、HIV関連悪液質、大脳マラリア、強直性脊椎炎、らい病、肺線維症、食道癌、胃食道逆流症、バレット食道、胃癌、十二指腸癌、小腸癌、虫垂癌、大腸癌、結腸癌、直腸癌、肛門癌、膵臓癌、肝臓癌、胆嚢癌、脾臓癌、腎癌、膀胱癌、前立腺癌、精巣癌、子宮癌、卵巣癌、乳癌、肺癌、甲状腺癌、線維筋痛等が挙げられる。
【0046】
本発明の間葉系幹細胞を医薬品として用いる場合の投与方法としては、特に制限されないが、血管内投与(好ましくは静脈内投与)、腹腔内投与、腸管内投与、皮下投与等が好ましく、中でも、血管内投与がより好ましい。
【0047】
本発明の間葉系幹細胞を医薬品として用いる場合の投与量としては、疾患の種類や、その症状の度合い、剤型、投与対象の体重等によって変わり得るが、1日当たり、間葉系幹細胞を1X10個〜1X10個の範囲で投与することができる。なお、本発明の間葉系幹細胞を医薬品として用いる場合の投与は、1日のうち1〜複数回に分けて行ってもよい。また、上記投与は、単回投与でもよいし、継続的に行ってもよい。継続的に行う場合は、例えば、3日に1回以上の頻度で、2回以上継続して投与することができる。
【0048】
本発明の間葉系幹細胞を医薬品として用いる場合の投与対象となる哺乳動物としては、特に制限されないが、ヒト、サル、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウシ、ブタ、ウマ、ウサギ、ヒツジ、ヤギ、ネコ、イヌ等が好ましく、中でもヒトがより好ましい。また、本発明の間葉系幹細胞を医薬品として用いる場合は投与対象となる哺乳動物の種類と一致していることが、疾患に対するより安定して優れた予防及び/又は治療効果を得る観点から好ましい。
【0049】
本発明には、上述した本発明の間葉系幹細胞を含む医薬品の製造方法も含まれる。本発明の間葉系幹細胞を含む医薬品の製造方法は、上述の間葉系幹細胞の培養方法に従って間葉系幹細胞を調製する工程、得られた間葉系幹細胞を薬学的に許容される保存液中に保存する工程を含む。また、本発明の間葉系幹細胞を含む医薬品の製造方法は、さらに、必要に応じて、本発明の間葉系幹細胞を投与用の緩衝液等に懸濁する工程を含んでもよい。
【実施例】
【0050】
次に、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0051】
<間葉系幹細胞培養用培地の調製>
下記表1に示す基本の処方14−2−1培地(比較例1)を調製した。具体的には、DMEM/F12培地に下記表1に記載の成分を記載の濃度となるように添加した。
【0052】
【表1】
【0053】
前記調製した14−2−1培地に、下記表2に示す各成分を記載の濃度となるように添加して各培地(比較例1及び実施例1〜8)を調製した。この培地を臍帯幹細胞、脂肪由来間葉系幹細胞の培養に供した。
【0054】
【表2】
【0055】
<臍帯幹細胞及び脂肪由来間葉系幹細胞の培養と評価>
(試験1)
臍帯由来間葉系幹細胞(UC−MSC;Umbilical Cord derived Mesenchymal Stem Cells Wharton’s Jelly(HMSC−WJ)、FC−0020、LifeLine社)、及び脂肪由来間葉系幹細胞(AD−MSC;Adipose derived Mesenchymal Stem Cells、FC−0034、LifeLine社)を、37℃、5%COの条件下、LifeLine社推奨培地にて馴化した後、5,000cells/cmの密度でCellBind Flaskに播種した。翌日、LifeLine社推奨培地又は実施例1の培地に培地交換した(1X10cells/well;6well plate)。3日後、それぞれ同様に播種し直し、さらに3日後(合計では6日後)、細胞数を計数した。同様にさらに2日間培養した(合計では8日間)細胞については形態と表面マーカーを解析した。8日目までの増殖率(播種した細胞が次の継代までに分裂した回数)を図2に示す。また、3日後、8日後の細胞写真をそれぞれ図1図3に示す。さらに、8日後の細胞について、FACSにて細胞表面マーカー(脂肪由来間葉系幹細胞については、CD105及びCD73、臍帯由来間葉系幹細胞についてはCD105及びCD90)の発現を解析した結果は、図4及び5に示す。
【0056】
AD−MSCは、推奨培地と比べて、実施例1の培地を用いて培養した場合の方が細胞の増殖がよかった(図2)。また、細胞の形態については、培養3日目(図1)まではそれほど差がないものの、8日目(図3)になると、実施例1の培地を用いた場合の方がやや小ぶりで丸くなり、状態が良好なのに対して、推奨培地を用いた場合には細長い形態となり、状態がやや悪くなっていると判断された。しかし、表面マーカーの発現については、推奨培地で培養したAD−MSCはCD105、CD73の発現ピークが高いまま1つであったのに対して、実施例1の培地で培養するとCD105は一部の細胞においてその発現が低下し、発現ピークは2つとなった。またCD73は全体的に発現強度が低下した。AD−MSCの未分化性の維持には、推奨培地の方が適していると思われた。
【0057】
一方、UC−MSCは、培養6日目において、実施例1の培地の方が増殖がよかった。細胞の形態については、図1及び図3に示すように実施例1の培地の方が、細胞が小ぶりかつ丸くなり状態がよかった。また、表面マーカーの発現についても、実施例1の培地で培養したものの方が、CD105、CD90の発現ピークがより高くなり、未分化性をより維持できていると判断された。
【0058】
(試験2)
臍帯由来間葉系幹細胞(UC−MSC;Umbilical Cord derived Mesenchymal Stem Cells Wharton’s Jelly(HMSC−WJ)、FC−0020、LifeLine社)を、37℃、5%COの条件下、LifeLine社推奨培地にて馴化後、LifeLine社推奨培地又は実施例1の培地に培地交換した(1X10cells/well;6well plate)。2〜3日おきに継代を行い、培地交換から11日目の細胞について、FACSにて細胞表面マーカー(CD29、CD73、CD90、105及びCD166)の発現を解析した。結果を図6に示す。
【0059】
図6に示すように、UC−MSCの表面マーカーについては、推奨培地で培養したものに比べて、実施例1の培地で培養した方が、CD73、CD90、105及びCD166の発現が高くなり、CD29のピークはより均一になった。実施例1の培地で培養したものの方がUC−MSCの未分化性を維持できていると判断された。
【0060】
(試験3)
臍帯由来間葉系幹細胞(UC−MSC;Umbilical Cord derived Mesenchymal Stem Cells Wharton’s Jelly(HMSC−WJ)、FC−0020、LifeLine社)、及び脂肪由来間葉系幹細胞(AD−MSC;Adipose derived Mesenchymal Stem Cells、FC−0034、LifeLine社)を、37℃、5%COの条件下、LifeLine社推奨培地にて馴化した後、表2に記載の各培地中でそれぞれ5日間培養し(播種時70,000cells/well)、細胞数を計数し、結果を図7にPDLで示した。細胞写真は図8及び9に示す。さらに継代しながら培養を継続し、合計3週間、それぞれの培地中で培養した細胞の細胞表面マーカー(CD105)発現をFACSにて解析した。その結果を図10に示す。
【0061】
実施例1の培地は、比較例1の培地と比べてAD−MSC、UC−MSC共に細胞の形態をより良好に維持することができた。UC−MSCの表面マーカーについては、実施例1の培地の方がCD105の発現が高く、ピークもシャープであり、未分化で均一な集団を維持できたことがわかる。
実施例2及び3の培地は、AD−MSCに比べてUC−MSCの増殖を顕著に促進した。細胞の形態は、AD−MSC、UC−MSC共に良好であった。
実施例4の培地は、AD−MSCに比べてUC−MSCの増殖をより促進した。細胞の形態は、AD−MSC、UC−MSC共に良好であった。しかし、UC−MSCの表面マーカー(CD105)については、ピークの幅がやや広く細胞集団の均一性がやや低下した。
実施例5及び6の培地は、AD−MSCに比べてUC−MSCの増殖をより促進した。細胞の形態は、AD−MSCでやや細長くなったが、UC−MSCは良好であった。UC−MSCの表面マーカー(CD105)については、ピークもシャープであり、未分化で均一な集団を維持できたことがわかる。
実施例7の培地は、AD−MSCに比べてUC−MSCの増殖を顕著に促進した。細胞の形態は、AD−MSC、UC−MSC共に良好であった。UC−MSCの表面マーカー(CD105)については、ピークの幅がやや広くなる傾向が見られた。
実施例8の培地は、AD−MSCに比べてUC−MSCの増殖を顕著に促進した。細胞の形態は、AD−MSC、UC−MSC共に良好であった。UC−MSCの表面マーカー(CD105)については、ピークもシャープであり、未分化で均一な集団を維持できたことがわかる。
以上のように、PTEN阻害剤、p53阻害剤、p38阻害剤、Wntシグナル活性化剤及びROCK阻害剤のうちのいずれか4種類を含む培地(実施例4〜8)は、AD−MSC及びUC−MSCの両方の細胞の形態を良好な状態に維持しながら培養することができた。また、AD−MSCに比べてUC−MSCの増殖をより促進する傾向があった。さらに、上記5因子の全てを含む実施例1の培地とほぼ同程度にUC−MSCを良好な状態で維持できると共に、未分化性を維持したまま培養することができた。また、PTEN阻害剤、p53阻害剤及びp38阻害剤を含む実施例2の培地、Wntシグナル活性化剤及びROCK阻害剤を含む実施例3の培地も、AD−MSC、UC−MSCともに良好な形態を保ちながら、特にUC−MSCの増殖を促進する効果があった。
【0062】
(試験4)酸化ストレス耐性の誘導
(UC−MSC;Umbilical Cord derived Mesenchymal Stem Cells Wharton’s Jelly(HMSC−WJ)、FC−0020、LifeLine社;UC−MSC;Umbilical Cord derived Mesenchymal Stem Cells ScienCell社;及びUmbilical Cord derived Mesenchymal Stem Cells ATCC社)を、37℃、5%COの条件下、各社推奨培地にて馴化後、各社推奨培地又は実施例1の培地に培地交換した(0.3〜1X10cells/well;6well plate)。2〜3日おきに継代を行った細胞に対してRotenoneを各濃度で処理した(0nM、100nM、200nM、500nM、1μM)。48時間後にHoechest33358で染色し、ImageXpressで核数を計測した。結果を図11に示す。
【0063】
図11に示す通り、UC−MSCはRotenone処理の濃度依存的に障害を受けて細胞数が減少するが、実施例1の培地で培養することにより、Rotenone処理による障害に対する耐性ができ酸化ストレスを受けにくい状態となり、細胞数の減少が抑えられる可能性が示唆された。
【0064】
(試験5)長期間培養1
臍帯由来間葉系幹細胞(UC−MSC;Umbilical Cord derived Mesenchymal Stem Cells Wharton’s Jellyc−12971、Promo cell社)を、37℃、5%COの条件下、Promo cell社推奨培地にて馴化した後、Promo Media(c−39810 or c−28019、Promo cell社、表2の実施例1の培地で長期に渡って継代培養を続け、合計の細胞数を計数した結果を図12に示す。
【0065】
実施例1の培地による培養では、P12まで(50日間)継代培養を続けても、細胞の形態、増殖能力共に良好であった。一方、市販の培地であるPromo MediaではP9以降、細胞を維持することができなかった。
(試験6)長期間培養2
臍帯由来間葉系幹細胞(UC−MSC;Umbilical Cord derived Mesenchymal Stem Cells Wharton’s Jelly(HMSC−WJ)、FC−0020、LifeLine社)を、37℃、5%COの条件下、LifeLine社推奨培地にて馴化した後、表2の実施例1の培地又はLifeLine社推奨培地で長期に渡って継代培養を続けた。合計の細胞数を計数した結果を図13に示す。
【0066】
実施例1の培地による培養では、45日間継代培養を続けても、細胞の形態、増殖能力共に良好であり、LifeLine社推奨培地との遜色は全くなかった。なお、細胞の形態については、LifeLine社推奨培地で長期培養した細胞(16継代後、4日目)は細長い形状となるのに対して、実施例1の培地で長期培養した細胞(LifeLine社推奨培地で7継代後に、実施例1の培地で9継代後、4日目)は紡錘型(spindle shape)の良好な形態を維持し続けていた(図14)。合計の細胞数については、実施例1の培地での培養による方がより多くなり、実施例1の培地は間葉系幹細胞に対する増殖促進効果により優れていることがわかった(図13)。
【0067】
(試験7)
臍帯由来間葉系幹細胞(UC−MSC;Umbilical Cord derived Mesenchymal Stem Cells Wharton’s Jelly(HMSC−WJ)、FC−0020、LifeLine社)を、37℃、5%COの条件下、LifeLine社推奨培地にて馴化した後、表2の実施例1、4〜8の培地で8日間培養し、細胞増殖に対する効果を比較した。細胞増殖に対する効果の比較は、Hoechest33342で細胞を染色後、ImageXpressで撮影して細胞数を計数することにより行った。その結果を図15に示す。
【0068】
図15に示す通り、PTEN阻害剤、p53阻害剤、p38阻害剤、Wntシグナル活性化剤及びROCK阻害剤の5因子全てを含む実施例1の培地の結果(100%)と比較したところ、p53阻害剤又はp38阻害剤が含まれていない実施例6、8の培地で、増殖効果がわずかに低下している他は、上記5因子のうち1因子を除いても、ほぼ同程度のUC−MSCの増殖効果が得られることがわかった。
【0069】
(試験8)
臍帯由来間葉系幹細胞(UC−MSC;Umbilical Cord derived Mesenchymal Stem Cells Wharton’s Jelly(HMSC−WJ)、FC−0020、LifeLine社)を、37℃、5%COの条件下、LifeLine社推奨培地にて馴化した後、下記表3の実施例9〜18の培地及び、上記表2の実施例1の培地で5日間培養し、細胞増殖に対する効果を比較した。細胞増殖に対する効果の比較は、Hoechest33342で細胞を染色後、ImageXpressで撮影して細胞数を計数することにより行った(細胞数/0.36mm)。その結果を図16に示す。
【0070】
【表3】
【0071】
図15に示す通り、PTEN阻害剤、p53阻害剤、p38阻害剤、Wntシグナル活性化剤及びROCK阻害剤の5因子のうち、いずれか2因子を含む培地(実施例9〜18)と、全てを含む実施例1の培地と比較したところ、5日間のUC−MSCに対する増殖効果については、どの培地を使用してもほぼ同程度の効果が得られることがわかった。従って、PTEN阻害剤、p53阻害剤、p38阻害剤、Wntシグナル活性化剤及びROCK阻害剤の5因子のうちのいずれか2種の因子を含む培地を用いると、UC−MSCに対する5日間培養の系では、十分優れた増殖促進効果が得られることがわかった。
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