(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6962908
(24)【登録日】2021年10月18日
(45)【発行日】2021年11月5日
(54)【発明の名称】神経保護ペプチド
(51)【国際特許分類】
C07K 7/06 20060101AFI20211025BHJP
A61K 38/08 20190101ALI20211025BHJP
A61P 25/28 20060101ALI20211025BHJP
A61P 25/16 20060101ALI20211025BHJP
A61P 25/08 20060101ALI20211025BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20211025BHJP
A61P 25/14 20060101ALI20211025BHJP
A61P 27/06 20060101ALI20211025BHJP
A61P 27/02 20060101ALI20211025BHJP
A61P 27/16 20060101ALI20211025BHJP
A61P 21/02 20060101ALI20211025BHJP
A61P 9/10 20060101ALI20211025BHJP
C07K 14/47 20060101ALN20211025BHJP
【FI】
C07K7/06ZNA
A61K38/08
A61P25/28
A61P25/16
A61P25/08
A61P25/00 101
A61P25/00
A61P25/14
A61P27/06
A61P27/02
A61P27/16
A61P21/02
A61P9/10
!C07K14/47
【請求項の数】6
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2018-509461(P2018-509461)
(86)(22)【出願日】2017年3月30日
(86)【国際出願番号】JP2017013391
(87)【国際公開番号】WO2017170926
(87)【国際公開日】20171005
【審査請求日】2020年2月21日
(31)【優先権主張番号】特願2016-73258(P2016-73258)
(32)【優先日】2016年3月31日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000199175
【氏名又は名称】千寿製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【弁理士】
【氏名又は名称】武居 良太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100166165
【弁理士】
【氏名又は名称】津田 英直
(72)【発明者】
【氏名】中嶋 毅
(72)【発明者】
【氏名】町田 麻実子
(72)【発明者】
【氏名】林 友二郎
【審査官】
藤澤 雅樹
(56)【参考文献】
【文献】
中国特許出願公開第101891799(CN,A)
【文献】
特表2013−531988(JP,A)
【文献】
特表2014−510101(JP,A)
【文献】
特開2012−232952(JP,A)
【文献】
Proteomics (2004) Vol.4, pp.3953-3959
【文献】
Neurochem. Res. (2010) Vol.35, pp.1747-1760
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 1/00−19/00
A61K 38/00
A61P 9/00
A61P 21/00
A61P 25/00
A61P 27/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS/WPIX(STN)
CAplus/REGISTRY(STN)
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
QQRPP(配列番号3)の配列、或いはそのN末端にグルタミン-アスパラギン-又はアスパラギン-が付加された配列からなり、神経保護作用を有する、ペプチド。
【請求項2】
QQRPP(配列番号3)の配列からなるペプチド。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のペプチドを含む、神経保護剤。
【請求項4】
請求項1又は2に記載のペプチドを含む、神経障害の治療又は予防用の医薬組成物。
【請求項5】
前記神経障害が、神経変性疾患又は脳血管障害である、請求項4に記載の医薬組成物。
【請求項6】
前記神経変性疾患が、認知症、パーキンソン病、脊髄小脳変性症、クロイツフェルト・ヤコブ病、アルツハイマー病、ハンチントン舞踏病、多発性硬化症、狂牛病、脊椎性進行性筋萎縮症、筋萎縮性側索硬化症、球脊椎性筋萎縮症、緑内障、網膜色素変性症、加齢性黄斑変性症、糖尿病性網膜症、難聴、及びてんかんからなる群から選ばれる、請求項5に記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
神経保護作用を有するペプチド、当該ペプチドを含む神経保護剤及び神経障害治療又は予防用医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
神経細胞は、中枢神経系と末梢神経系に大別される神経系を構成する細胞である。神経細胞は、脳卒中、脳梗塞などの脳血管障害などの外的要因や、異常タンパク質の蓄積、酸化ストレス、炎症などの内的要因などにより障害を受けやすい一方で、その再生能が低いことから、ひとたび障害が生じると、その患者のQOLを著しく低下させる要因となる。中枢神経系の神経変性および脱落を伴う神経変性疾患としては、アルツハイマー病、パーキンソン病、ハンチントン病、筋萎縮性側索硬化症、多発性硬化症などの神経変性疾患の他に、緑内障などの視神経の変性疾患や、神経性難聴などの感覚神経変性疾患が挙げられる。
【0003】
神経科学の発展により、各種の神経保護因子が発見されてきており、神経障害の予防又は治療薬としての開発が期待される。神経変性を引き起こすフリーラジカルや興奮性アミノ酸を減少させる薬剤や、神経細胞を保護及び/又は修復することができる薬剤(例えば神経栄養因子や免疫抑制剤などのイムノフィリンリガンドなど)が神経保護作用を有することが見いだされている一方で、下垂体アデニル酸シクラーゼ活性化ポリペプチド(PACAP)、CD44やヒト脳カルボキシペプチダーゼB(HBCPB)などの生体内タンパク質が、神経保護作用を有することが見いだされてきている(特許文献1及び2)。
【0004】
一方、ヒト涙液中にはリゾチームやラクトフェリンなどの多数のタンパク質が含まれており、角膜表面の恒常性の維持に寄与している。また、涙液中にはタンパク質の分解物が含まれており、そのようなペプチド断片も様々な作用を有することが期待されている。涙液中に存在することが知られているプロリンリッチプロテイン4(Proline−rich protein4:PRP4)は、全長134残基のアミノ酸長を有するタンパク質であり、抗菌作用を有することから、粘膜組織において病原体に対する防御機構を担うことが示唆されている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2014−510101号公報
【特許文献2】特開2012−232952号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Proteomics 2004, 4, 3953-3959
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、神経保護作用を有する新規ペプチド、並びに当該ペプチドを含む神経障害の治療又は予防用組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、プロリンリッチプロテイン4(PRP4)及びその単離されたペプチド断片が、神経保護作用を有することを見いだし、本発明に至った。
【0009】
そこで本発明は以下のものに関する:
[1] QQRPP(配列番号3)の配列、或いはそのN末端、C末端、又は両端に1又は2個のアミノ酸が付加された配列からなり、神経保護作用を有するペプチド。
ド。
[2] 前記1又は2個のアミノ酸がN末端に付加された配列からなる、項目1に記載のペプチド。
[3] 前記N末端に付加されるアミノ酸が、グルタミン-アスパラギン-又はアスパラギン-であり、前記C末端に付加されるアミノ酸が、-グルタミン-アルギニン又は-グルタミンである、項目1又は2に記載のペプチド。
[4] QQRPP(配列番号3)の配列からなるペプチド。
[5] 項目1〜4のいずれか一項に記載のペプチドを含む、神経保護剤。
[6] 項目1〜4のいずれか一項に記載のペプチドを含む、神経障害の治療又は予防用の医薬組成物。
[7] 項目1〜4のいずれか一項に記載のペプチド又は項目5に記載の神経保護剤を、神経障害を患う対象に投与することを含む、神経障害を治療又は予防する方法。
[8] 神経障害の治療又は予防のため又は神経保護のために使用するための項目1〜4のいずれか一項に記載のペプチド。
[9] 神経障害の治療薬又は予防薬の製造のための項目1〜4のいずれか一項に記載のペプチド、又は項目5に記載の神経保護剤の使用。
[10] 前記神経障害が、神経変性疾患又は脳血管障害である、項目6に記載の医薬組成物、項目7に記載の方法、項目8に記載のペプチド、又は項目9に記載の使用。
[11] 前記神経変性疾患が、認知症、パーキンソン病、脊髄小脳変性症、クロイツフェルト・ヤコブ病、アルツハイマー病、ハンチントン舞踏病、多発性硬化症、狂牛病、脊椎性進行性筋萎縮症、筋萎縮性側索硬化症、球脊椎性筋萎縮症、緑内障、網膜色素変性症、加齢性黄斑変性症、糖尿病性網膜症、難聴、及びてんかんからなる群から選ばれる、項目10に記載の医薬組成物、方法、ペプチド、又は使用。
[12] 神経保護を介して、神経障害を治療又は予防するための、項目7に記載の方法、項目8に記載のペプチド、又は項目9に記載の使用。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係るペプチドは、神経細胞死を抑制し、その結果、神経保護作用を有する。このため、本発明に係るペプチドは、神経障害の治療又は予防に利用することができる。また、本発明に係るペプチドは、ヒト涙液中に存在するタンパク質の断片であるため、生体に使用した場合の毒性や免疫原性が低く、副作用の低い薬剤として開発することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、神経保護作用を有する、配列番号1の配列を有するプロリンリッチプロテイン4又はその部分配列、或いはそれらの配列の改変配列からなるペプチドに関する。好ましい態様では、かかるペプチドは、単離及び/又は精製されたペプチドであることが好ましい。単離及び/又は精製されたペプチドとは、目的のペプチドのみを実質的に分離したことを意図しており、体液中や分析の際のプロテアーゼ処理後などのように、単に混合物として未分離の状態のペプチドと区別することを意図している。
【表1】
【0012】
一つの局面において、本発明の一の態様では、本発明にかかるペプチドは、配列番号2の配列を有するペプチド又はその部分配列、或いはそれらの配列の改変配列からなるペプチドであり、且つ50〜200残基のアミノ酸長のペプチドである。かかるペプチドは、例えば、80〜150残基のアミノ酸から構成されることがより好ましく、90〜140残基のアミノ酸から構成されることが特に好ましく、100〜140残基のアミノ酸から構成されることがさらにより好ましい。このような長鎖ペプチドは、そのまま神経保護作用を発揮してもよいが、生体内のプロテアーゼの作用により、本発明にかかるペプチドを生成することにより、神経保護作用を発揮することができる。一例として、Abnova社より市販される、プロリンリッチプロテイン4の17位〜116位のアミノ酸配列(配列番号2)からなるペプチド(PRR4 (Human) Recombinant Protein カタログ番号: H0001127)を用いることができる。
【0014】
本発明のさらなる態様では、本発明は、プロリンリッチプロテイン4のアミノ酸配列(配列番号1)の17位〜116位のアミノ酸配列を含むペプチドであって、神経保護作用を有するペプチドにも関する。そのようなペプチドは、プロリンリッチプロテイン4の17位〜116位のアミノ酸配列(配列番号2)のN末端及びC末端に、任意のアミノ酸が付加された配列を有しうるが、全長配列(配列番号1)に対応するアミノ酸を有することが好ましい。したがって、プロリンリッチプロテイン4の17位〜116位のアミノ酸配列を含むペプチドは、配列番号1のアミノ酸配列、又はその末端欠失配列からなるペプチドであって、ここで末端欠失配列が、
1)元の配列に対し1〜16個のN末端のアミノ酸が欠失されるか、及び/又は
2)元の配列に対し1〜18個のC末端のアミノ酸が欠失され、
かつ末端欠失配列からなるペプチドが神経作用を有するペプチドということができる。したがって、かかるペプチドは、100〜134残基のアミノ酸から構成される。
【0015】
改変配列とは、元の配列に対し1又は数個のアミノ酸が置換、欠失、又は付加された配列であって、置換、欠失、又は付加されるアミノ酸の数は、神経保護作用を有する範囲で1〜3個が好ましく、1又は2個がより好ましく、1個が最も好ましい。置換されるアミノ酸は、同じ性質を有するアミノ酸に置換されることが望ましい。また、改変配列とは、元の配列に対し所定の配列同一性を有する配列であって、その配列からなるペプチドが、元の配列からなるペプチドの有する機能又は効果を発揮することができる配列のことをいう。所定の配列同一性(BLAST)とは、少なくとも約75%、約80%、約85%、約90%、約95%、約97%、約98%、又は約99%の配列同一性のことをいう。
【0016】
部分配列を有するペプチドとしては、神経保護作用を有する限り特に限定されない。部分配列の例として、シグナル配列を除いた配列、活性に寄与しないN末端配列及び/又はC末端配列を除去した末端欠失配列、活性に寄与する配列自体などが挙げられる。部分配列の長さは、神経保護作用を有すれば任意の長さであってよく、例えば4〜133個のアミノ酸長を有する。
【0017】
別の局面において、本発明の別の態様では、本発明は、QQRPP(配列番号3)の配列、又はそのN末端、C末端、又はその両端にアミノ酸が付加された付加配列からなるペプチドに関する。付加配列は、配列番号3のN末端に1又は2個のアミノ酸が付加されるか、及び/又は配列番号3のC末端に1又は2個のアミノ酸が付加された配列をいい、当該付加配列からなるペプチドは、神経保護作用を有する。付加されるアミノ酸は、任意のアミノ酸であってよいが、市販のプロリン-リッチプロテイン4のアミノ酸配列(配列番号2)に対応するアミノ酸であるか、又は当該アミノ酸と同じ性質を有するアミノ酸であることが好ましい。したがって、本発明に係る好ましいペプチドを下記に列挙するが、これらのペプチドに限定されることを意図するものではない。
【0019】
同じ性質を有するアミノ酸とは、同じ性質の側鎖を有するアミノ酸である。非極性側鎖を有するアミノ酸としては、例えばグリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、メチオニン、プロリン、フェニルアラニン、トリプトファンなど、極性側鎖を有するアミノ酸としては、例えばセリン、スレオニン、アスパラギン、グルタミン、チロシン、システインなど、塩基性側鎖を有するアミノ酸としては、例えばリジン、アルギニン、ヒスチジンなど、酸性側鎖を有するアミノ酸としては、例えばアスパラギン酸、グルタミン酸などが挙げられる。
【0020】
一般に短いペプチドであるほど、血液脳関門又は血液網膜関門の通過性が高く、また合成が容易である。一方で、神経保護作用を担保する観点から一定の長さが必要とされる。本発明のペプチドは、神経保護作用を有するとともに、生体内、特に硝子体内における安定性が高い。生体内安定性が高いと、低い用量で長期間にわたり神経保護作用をする点で好ましい。本発明のペプチドは、特に硝子体溶液中において安定性が高いことから、硝子体内注射による投与することで、硝子体内において長期にわたり神経保護作用を発揮することができる。
【0021】
本発明に係るペプチドは、任意の製造方法により製造することができる。例えば、Boc法又はFmoc法等を用いて固相合成又は液相合成を行うことにより製造することができる。また、別法では、配列番号1又は2のような本発明のペプチドを含む長鎖のペプチドを、遺伝子導入法を用いて宿主細胞により合成させ、ポリヒスチジンタグ等を用いて精製した後に、得られた長鎖ペプチドから切断することにより本発明に係るペプチドを取得することができる。
【0022】
本発明に係るペプチドは、神経保護作用が失われない限りにおいて、N末端のアミノ基、C末端のカルボキシ基又はアミノ酸側鎖の官能基が任意に修飾された誘導体が含まれる。修飾の例としては、アミノ基への保護基の付加(例えば、アセチル化、ホルミル化、Boc化、Fmoc化)、カルボキシル基のエステル化(エチル化など)などが挙げられる。また、通常生体内で生じうる修飾、例えばリン酸化、アミド化、メチル化、エステル化、アセチル化などの他、合成過程で生じるか、又は精製を容易にする修飾、例えばビオチン化が含まれてもよい。また、ペプチドの半減期を延長する目的で、PEG化などの修飾が行われてもよい。
【0023】
本発明に係るペプチドは、医薬上許容される塩が含まれる。医薬上許容される塩としては、無機酸との塩(例えば、塩酸塩、臭化水素酸塩、硫酸塩、リン酸塩等)、有機酸との塩(例えば、メタンスルホン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、p−トルエンスルホン酸塩、ギ酸塩、酢酸塩、トリフルオロ酢酸塩、シュウ酸塩、クエン酸塩、マロン酸塩、フマル酸塩、マレイン酸塩、酒石酸塩、コハク酸塩、リンゴ酸塩等)、又は塩基との塩(例えば、アンモニウム塩、メチルピリジニウム塩、アセチルピリジニウム塩等)が挙げられる。本発明に係るペプチドは、水和物、又は溶媒和物も含まれる。
【0024】
本発明にかかる神経保護剤は、神経保護作用を有する薬剤のことをいう。したがって、神経保護剤は、神経細胞の損傷、変性及び/又は細胞死を伴う障害から神経を保護することができ、神経細胞死(アポトーシス及び/又はネクローシス)抑制剤、神経細胞変性抑制剤、神経細胞ストレス軽減剤、神経細胞毒性抵抗性の改善剤、神経細胞の生存性の改善剤、異常タンパク質蓄積抑制剤ということもできる。
【0025】
本明細書において、神経保護作用とは、神経細胞をその損傷、変性、及び/又は細胞死から保護する作用のことをいい、好ましくは神経細胞死から保護する作用をいう。より具体的には、神経保護作用には、神経細胞死(アポトーシス及び/又はネクローシス)の抑制、神経細胞変性の抑制、神経細胞ストレスの軽減、神経細胞毒性の抵抗性の向上、神経細胞の生存性の向上、異常タンパク質蓄積抑制などが含まれてもよい。神経細胞は、物理的な損傷の他、神経毒性物質に対する暴露、酸素や栄養物質の欠乏により損傷を受け、損傷が一定のレベルを超えると細胞死が引き起こされる。また、神経細胞は、神経毒性物質を蓄積することで変性を受け、最終的に細胞死が引き起こされる。本発明のペプチドが低酸素条件下における細胞死を抑制することが実施例に示されているが、単に細胞死の抑制のみならず、その前段階の神経細胞の損傷や変性に対しても保護効果を有する。したがって、本発明に係るペプチドは、低酸素誘導性のストレス又は細胞死に対する神経保護作用を有すると言うことができる。神経毒性物質は、外因性の毒性物質と内因性の毒性物質に大別される。外因性の毒性物質として、重金属や、アルコール、ボツリヌス毒素などの化学物質が挙げられる。内因性の毒性物質としては、活性酸素種、グルタミン酸などの神経伝達物質、異常タンパク質などが知られている。神経保護作用は、当業者であれば容易に測定することができる。一例として、各種ストレス、例えば低酸素負荷、神経毒性物質への暴露、栄養枯渇、紫外線照射などの条件下で、被験物質を含む培地(薬物群)又は被験物質を含まない培地(対照群)で神経細胞を培養し、培地中の生存細胞数と死細胞数を測定し、全細胞数に対する生存細胞数の割合を算出し、薬物群の生細胞数の割合が対照群の生細胞数の割合より高い場合に、被験物質が神経保護作用を有すると判断することができる。より好ましい態様では、神経保護作用を有することが知られている物質、例えばIGF−1やNGFなどを添加した陽性対照群と比較し、陽性対照群と同等又はそれ以上の保護作用を有するか否かにより測定することができる。別の例としてはin vivoの動物実験を行うことで神経保護作用を測定してもよい。
【0026】
神経保護剤は、本発明に係るペプチドから選ばれる少なくとも1のペプチドを含む。このような神経保護剤に含まれるペプチドとしては、以下のものに限定されないが、例えば配列番号1〜11からなる群から選ばれる配列のペプチドが挙げられる。
【0027】
別の局面において、本発明は、上記のペプチド又は神経保護剤の治療有効量を含む、神経障害の治療又は予防用の医薬組成物にも関する。本発明の医薬組成物を、神経障害を患っている患者に対して投与することで、神経障害を治療することができるし、或いは神経障害を患う可能性のある患者に対し投与することで、神経障害を予防することができる。また、「治療」とは、障害又は疾患が発症した際にそれらの状態の悪化を防止し、それらの状態を現状維持、軽減又は消退させることをいい、「予防」とは障害又は疾患の発症をその発症前に防止することをいう。
【0028】
本発明に係るペプチド、神経保護剤又は医薬組成物は、神経障害の治療又は予防方法において使用することができ、神経障害を患う対象に投与することができる。このような神経障害とは、神経細胞の変性・細胞死に起因して、その機能が損なわれる病態をいい、脳血管障害及び神経変性疾患が含まれる。
【0029】
脳血管障害としては、出血性の障害、例えば脳出血、くも膜下出血と、脳血管の閉塞による障害、例えば脳血栓、脳梗塞、脳循環不全症などが挙げられる。出血性障害及び閉塞性障害のいずれの障害であっても、脳内の神経細胞は低酸素状態に置かれ、細胞死を生じる。したがって、こうした脳血管障害に対して、本発明に係るペプチド、神経保護剤又は医薬組成物は、治療又は予防の目的で投与することができる。
【0030】
神経変性疾患としては、認知症、パーキンソン病、脊髄小脳変性症、クロイツフェルト・ヤコブ病、アルツハイマー病、ハンチントン舞踏病、多発性硬化症、狂牛病、てんかんなどの脳・中枢神経変性疾患、脊椎性進行性筋萎縮症、筋萎縮性側索硬化症、球脊椎性筋萎縮症などの運動神経変性疾患、及び知覚神経変性疾患が挙げられる。知覚神経変性疾患としては、視覚、聴覚、触覚、味覚及び嗅覚神経の変性疾患が挙げられ、視覚変性疾患としては、緑内障、網膜色素変性症、加齢性黄斑変性症、糖尿病性網膜症などが挙げられ、聴覚神経変性疾患としては、難聴などが挙げられる。
【0031】
本発明にかかるペプチド、神経保護剤又は医薬組成物は、非経口投与又は経口に適する剤形として提供されるが、ペプチド製剤として使用される観点から非経口投与が好ましい。非経口投与としては、例えば、静脈内、動脈内、皮下、局所、腹腔内、筋肉内、経鼻、経皮、経粘膜、髄膜内、経直腸、筋肉内、脳内、髄膜内、くも膜下、硬膜内、硬膜外、点眼、点耳、点鼻、眼内の経路で投与することができる。眼内経路としては、さらに具体的に、結膜下、テノン嚢下、硝子体内の経路が挙げられる。本発明にかかる神経保護剤は、その投与経路に応じて適宜剤形することができ、例えば点眼剤、注射剤、粉末剤、輸液製剤、顆粒剤、錠剤、坐剤等いかなるものでもよいが、非経口投与する観点では、点眼剤、注射剤、輸液製剤、用時調製用の粉末剤等が好ましい。眼内投与用の製剤として、例えば硝子体内注射剤、結膜下注射剤、及びテノン嚢下注射剤が挙げられる。また、これらの製剤は製薬上許容される種々の補助剤、即ち、担体やその他の助剤、例えば、安定剤、防腐剤、無痛化剤、乳化剤等の添加剤を含有していてもよい。また、神経保護効果を有する別の薬剤と組み合わせて使用することもできる。
【0032】
本明細書において言及される全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。
【0033】
以下に説明する本発明の実施例は例示のみを目的とし、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載によってのみ限定される。本発明の趣旨を逸脱しないことを条件として、本発明の変更、例えば、本発明の構成要件の追加、削除及び置換を行うことができる。
【実施例】
【0034】
試験例1:ペプチドの合成
後述の試験に用いた本発明の生理活性ペプチドは、ペプチドシンセサイザー(モデル:PSSM-8 島津製作所製)を用いてFmoc法により固相合成された。合成ペプチドの分析は質量分析(MALDI TOF)によって行い、下記表に示すように、いずれの測定値も理論値によく一致した。
【表4】
【0035】
試験例2:低酸素によるヒト神経芽細胞腫(SH−SY5Y細胞)の細胞死に対するペプチドの保護効果
1.細胞培養
SH-SY5Y細胞(ATCC社)を10%血清(Invitrogen, 10062-147)を含むDMEM/F12培地(Invitrogen, 11330-032)で、37℃、5%CO
2条件下で維持培養を行った。
2.低酸素誘導細胞死アッセイ
細胞を96ウェルプレート (Iwaki, 3860-096)に、2×10
4個/100μL/ウェルの密度で播種し、翌日に、培地を1%血清と10μM レチノイン酸(Wako, 302-79-4)を含むDMEM/F12培地に交換し、2日間分化培養した。低酸素 (O
2濃度0.1%以下)は、培地を100nMのペプチド1を添加したグルコース不含のDMEM培地に交換した後、プレートをアネロパック・ケンキ5%(三菱ガス化学, A-07)とともにアネロパック角形ジャーに入れ、密閉後、37℃で培養することにより誘導した。低酸素下で24時間培養後、LDH Cytotoxicity detection kit(Takara, MK401)を用いて、細胞と培地中のLDH量を測定することにより、ペプチドによる細胞死の抑制率を算出した。また、実験の陽性コントロールとして、100nMのIGF−1を利用した。IGF−1は、神経細胞死に対する保護効果を有する(Mol. Cell Neurosci. 2011, 47 (3), 181-190)。
【0036】
3.試験結果
下記表に示すように、100nMのペプチド1は、低酸素による神経芽細胞腫SH−SY5Y細胞の細胞死を有意に抑制した。この結果から、涙液中で同定されたプロリンリッチプロテイン4の部分配列であるペプチド1は、神経保護効果を示すことが判明した。その抑制率は、既存の神経成長因子であるIGF−1以上であった。
【表5】
【0037】
試験例3:低酸素によるラット網膜神経節細胞(RGC)の細胞死に対するペプチドの保護効果
1.ラット網膜神経節細胞の調製
網膜神経節細胞の単離は、磁気細胞分散法 (MACS)により行った。新生児ラット (Slc: Sprague-Dawley 7日齢)から網膜を採取し、Neural Tissue Dissociation Kit (Miltenyi Biotec社,130-094-802)を用いて、組織を分散した。続いて、Retinal Ganglion Cell Isolation Kit (Miltenyi Biotec社, 130-096-209)を用いて、内皮細胞およびミクログリアの除去を行い、CD90.1 MicroBeadsによりCD90.1
+ RGCのポジティブセレクションを行った。当該試験は、動物の愛護及び管理に関する法律(昭和48年10月1日法律第105号、最終改正:平成25年6月12日法律第38号)等に基づく動物実験倫理委員会の承認を受けて実施した。
【0038】
2.細胞培養
単離したRGCを、B27 supplement (Invitrogen, 0080085-SA)、1mM L−グルタミン(Gibco, 25030)、50ng/mL BDNF(Peprotech, 250-02)、50ng/mL CNTF (Peprotech, 450-50)及び5μM Forskolin (Sigma, F6886)を含むNeurobasal medium (Gibco社,12348-017) に懸濁した後、ポリ-D-リシン/ラミニンでコートされた96ウェルプレート(Corning, 354596)に5×10
3個/100μL/ウェルの密度で播種し、37℃、5%CO
2下で3日間培養した。
【0039】
3.低酸素誘導細胞死アッセイ
低酸素(O
2濃度0.1%以下)は、培地をB27 supplement、1mM L−グルタミンおよび各ペプチドを含むNeurobasal mediumに交換した後、プレートをアネロパック・ケンキ5%(三菱ガス化学, A-07)とともにアネロパック角形ジャーに入れ、密閉後、37℃で培養することにより誘導した。低酸素下で24時間培養後、培地にCalcein-AMと Ethidium homodimer (Invitrogen社,L3224) を添加し、細胞を染色することにより、生細胞および死細胞を判別した。生細胞と死細胞の数は、Image Pro plusを用いて計測し、生存率は、「全細胞数に対する生細胞数の割合」で示した。
【0040】
4.試験結果
下記表に示すように、ペプチド1〜4は、低酸素による細胞死を有意に抑制した。この結果から、ペプチド4は、活性を有する最小単位の配列であることが示唆された。
【表6】
【0041】
試験例4 低酸素によるラット網膜神経節細胞(RGC)の細胞死に対するプロリンリッチプロテイン4(PRP4)の保護効果
1.ラット網膜神経節細胞の調製・細胞培養
試験例3−1および2と同様の方法でRGCの単離・培養を行った。
【0042】
2.低酸素誘導細胞死アッセイ
ペプチド5は、配列番号2の配列を有する市販のPRP4(Abnova, H00011272-Q01)を用いた。ペプチド5の評価は、試験例3−3と同様の方法で実施した。
【0043】
3.試験結果
下記表に示すように、ペプチド5は、低酸素による細胞死を有意に抑制した。
【表7】
【0044】
試験例5 硝子体溶液中でのペプチド1の安定性試験
ウサギ(2匹)にペントバルビタールナトリウム溶液5mLを静脈内投与して安楽死させた後、眼球を摘出した。眼球の赤道部から切り込みを入れ、切り口からシリンジ(注射針:18G)を用いて、それぞれ硝子体溶液を採取した。混合した硝子体溶液をセルストレーナー(40μm)でろ過し、そのろ液を安定性試験に使用する硝子体溶液とした。硝子体溶液600μLと50mg/mLのPrimocin1.2μLを混合し、試料溶液とした。試料溶液270μLと1mMペプチド1水溶液30μLを混合し、検体とした。検体を37℃でインキュベートした。7日後、検体30μLを採取し、1N酢酸200μLと混合した後、100℃で10分間煮沸し、分析サンプルとした。分析サンプルを測定まで−20℃で凍結保存した。融解後、4℃で20分間遠心処理(15000×g)を行い、各サンプル中のペプチド1の濃度を液体クロマトグラフィーで分析した。得られた面積値から外部標準法にて濃度を算出した。液体クロマトグラフィーの分析条件は以下のとおりである。
【0045】
<液体クロマトグラフフィーの分析条件>
移動相A:10%アセトニトリル+0.1%トリフルオロ酢酸
移動相B:60%アセトニトリル+0.095%リフルオロ酢酸
グラジエント分析:B conc. 0〜50%15 min
流速:1mL/min
カラム:YMC-Pack ODS-AQ S-3 μm,12 nm 150 × 4.6 mm I.D. AQ12S03-1546WT
システム:島津LC−20A
カラムオーブン:40℃
【0046】
硝子体溶液とのインキュベーション7日後のペプチド1の残存率を表9に示した。残存率は、下記の計算式に従って求めた:
【数1】
【表8】
この結果により、ペプチド1は硝子体溶液中で安定であることがわかった。
【0047】
製剤例
本発明のペプチドを有効成分として含有する医薬は、例えば、次のような処方によって製造することができる。
【0048】
1.カプセル剤
(1)ペプチド1 40mg
(2)ラクトース 70mg
(3)微結晶セルロース 9mg
(4)ステアリン酸マグネシウム 1mg
1カプセル 120mg
(1)、(2)、(3)の全量、および(4)の1/2を混和した後、顆粒化する。これに残りの(4)を加えて全体をゼラチンカプセルに封入する。
【0049】
2.錠剤
(1)ペプチド4 40mg
(2)ラクトース 58mg
(3)コーンスターチ 18mg
(4)微結晶セルロース 3.5mg
(5)ステアリン酸マグネシウム 0.5mg
1錠 120mg
(1)、(2)、(3)の全量、(4)の2/3および(5)の1/2を混和した後、顆粒化する。残りの(4)および(5)をこの顆粒に加えて錠剤に加圧成型する。
【0050】
3.硝子体注射液
1ml中
(1)ペプチド1 40mg
(2)精製白糖 50mg
(3)塩化ナトリウム 2.34mg
(4)ポリソルベート80 適量
(5)リン酸水素二ナトリウム 適量
(6)リン酸二水素ナトリウム 適量
(7)滅菌精製水 適量
(1)〜(6)を、(7)滅菌精製水に溶解して硝子体注射液を調製する。
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]