【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、先端計測分析技術・機器開発プログラム「原子分解能磁場フリー電子顕微鏡の開発」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
走査透過電子顕微鏡(Scanning Transmission Electron Microscope、STEM)は、収束させた電子線を試料上で走査し、この走査と同期させながら試料からの透過電子あるいは散乱電子による検出信号の強度をマッピングすることで走査透過電子顕微鏡像(STEM像)を得る電子顕微鏡である。走査透過電子顕微鏡は、原子レベルの極めて高い空間分解能が得られる電子顕微鏡として、近年、注目を集めている。
【0003】
走査電子顕微鏡では、一般的に、STEM像を取得する際には、中間レンズおよび投影レンズからなる結像レンズ群の焦点を対物レンズの回折面に合わせて、対物レンズの回折面と検出器の検出面とを共役にする。
【0004】
走査透過電子顕微鏡を用いた観察手法として、高角度散乱暗視野法(high-angle annular dark-field scanning transmission electron microscopy、HAADF−STEM)が知られている(例えば、特許文献1参照)。高角度散乱暗視野法は、円環状の検出領域を有する検出器を用いて、50mrad以上の高角度に散乱された電子線を検出して、STEM像を得る手法である。
【0005】
高角度散乱暗視野法では、円環状の検出領域によって、特定の角度範囲に散乱された電子を検出することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の好適な実施形態について図面を用いて詳細に説明する。なお、以下に説明する実施形態は、特許請求の範囲に記載された本発明の内容を不当に限定するものではない。また、以下で説明される構成の全てが本発明の必須構成要件であるとは限らない。
【0012】
1. 走査透過電子顕微鏡
まず、本実施形態に係る暗視野像の取得方法で用いられる走査透過電子顕微鏡について図面を参照しながら説明する。
図1は、本実施形態に係る暗視野像の取得方法で用いられる走査透過電子顕微鏡100の構成を示す図である。
【0013】
走査透過電子顕微鏡100は、
図1に示すように、電子源10と、照射レンズ系11と、走査偏向器12と、対物レンズ13と、試料ステージ14と、中間レンズ15と、投影レンズ16と、デスキャンコイル18(結像系偏向器の一例)と、暗視野検出器20と、を含む。
【0014】
電子源10は、電子線EBを発生させる。電子源10は、例えば、陰極から放出された電子を陽極で加速し電子線EBを放出する電子銃である。
【0015】
照射レンズ系11は、電子源10で発生した電子線EBを収束させる。走査偏向器12は、電子源10から放出された電子線EBを偏向させる。図示しない制御装置から供給される走査信号を走査偏向器12に供給することにより、収束した電子線EBで試料S上を走査することができる。
【0016】
対物レンズ13は、電子線EBを試料S上に収束させる。照射レンズ系11および対物レンズ13によって電子線EBを収束させることによって、電子プローブを形成することができる。また、対物レンズ13は、試料Sを透過した電子を結像する。
【0017】
試料ステージ14は、試料Sを保持する。試料ステージ14は、試料Sを水平方向や鉛直方向に移動させたり試料Sを傾斜させたりすることができる。
【0018】
中間レンズ15は、対物レンズ13の後段(電子線EBの下流側)に配置されている。投影レンズ16は、中間レンズ15の後段に配置されている。中間レンズ15および投影レンズ16は、結像レンズ群4を構成している。結像レンズ群4は、試料Sで高角度に散乱された電子を、暗視野検出器20の検出領域22に導く。
【0019】
デスキャンコイル18は、対物レンズ13と中間レンズ15との間に配置されている。
デスキャンコイル18は、試料Sを透過した電子線EBを偏向させる。
【0020】
暗視野検出器20は、投影レンズ16の後段に設けられている。暗視野検出器20は、円環状の検出領域22を有する。暗視野検出器20は、検出領域22によって、試料Sで所定の角度範囲に散乱された電子を検出する。例えば、暗視野検出器20は、試料Sで50mrad以上200mrad以下の範囲に散乱された電子を検出する。
【0021】
なお、図示はしないが、走査透過電子顕微鏡100は、試料Sで低角度に散乱された電子、および試料Sで散乱されないで試料Sを透過する電子を検出する検出器を備えていてもよい。
【0022】
2. 暗視野像の取得方法
次に、本実施形態に係る暗視野像の取得方法について説明する。
図2は、本実施形態に係る暗視野像の取得方法の一例を示すフローチャートである。
【0023】
走査透過電子顕微鏡100における暗視野像の取得方法は、所定の角度範囲に散乱された電子の幾何収差の影響を、結像レンズ群4の焦点を対物レンズ13の回折面からずらすことによって低減する工程(S10)を含む。さらに、走査透過電子顕微鏡100における暗視野像の取得方法は、結像レンズ群4の焦点を対物レンズ13の回折面からずらすことによって生じる電子線EBの光軸Aからのずれを、デスキャンコイル18を用いて補正する工程(S20)を含む。
【0024】
走査透過電子顕微鏡100では、対物レンズ13、中間レンズ15、および投影レンズ16によって、試料Sで高角度に散乱された電子は、暗視野検出器20の検出領域22に入射する。ここでは、試料Sで50mrad以上200mrad以下の範囲に散乱された電子が、検出領域22に入射する。そのため、試料Sで50mrad以上200mrad以下の範囲に散乱された電子の積分強度を得ることができる。これにより、走査透過電子顕微鏡100では、HAADF−STEM像を取得できる。
【0025】
ここで、対物レンズ13は、球面収差、コマ収差などの幾何収差を有している。特に、球面収差は、走査透過電子顕微鏡100の性能に大きな影響を与える。
【0026】
図3は、対物レンズ13に大きな幾何収差がある状態を示す図である。なお、
図3では、対物レンズ13、中間レンズ15、および投影レンズ16を、1つの結像レンズ2として表している。
【0027】
対物レンズ13の幾何収差が大きい場合、
図3に示すように、対物レンズ13では、高角度に散乱された電子ほど、より強く収束される。この結果、試料Sで50mrad以上200mrad以下の範囲に散乱された電子を、暗視野検出器20で正確に検出することができない。
【0028】
(1)ステップS10
走査透過電子顕微鏡100では、試料Sで50mrad以上200mrad以下の範囲で散乱された電子の幾何収差の影響を、結像レンズ群4の焦点を対物レンズ13の回折面からずらすことによって低減する。
【0029】
図4は、結像レンズ群4の焦点が対物レンズ13の回折面F2にあっている状態を示す図である。
図5は、結像レンズ群4の焦点が対物レンズ13の回折面F2からずれた状態を示す図である。
【0030】
対物レンズ13の回折面F2は、対物レンズ13の後焦点面である。対物レンズ13の回折面F2には、電子回折図形が形成される。検出面F4は、暗視野検出器20の検出領域22が配置される面である。
【0031】
図4に示すように、結像レンズ群4の焦点が対物レンズ13の回折面F2にあった状態では、対物レンズ13の回折面F2と、検出面F4と、が共役になる。この状態において、対物レンズ13の幾何収差が大きい場合、
図3に示すように、対物レンズ13では、試料Sで高角度に散乱された電子ほど強く収束される。したがって、試料Sで50mrad以上200mrad以下の範囲に散乱された電子を、暗視野検出器20で正確に検出することができない。
【0032】
そのため、
図5に示すように、結像レンズ群4の焦点を対物レンズ13の回折面F2からずらすことによって、試料Sで50mrad以上200mrad以下の範囲に散乱された電子の幾何収差の影響を低減する。
図5に示す例では、結像レンズ群4を弱励磁することによって、結像レンズ群4の焦点を、回折面F2に対して、アンダーフォーカスにしている。
【0033】
具体的には、試料Sで50mrad以上200mrad以下の範囲に散乱された電子間の幾何収差によって生じる角度に依存するフォーカス位置の差を、結像レンズ群4の焦点を対物レンズ13の回折面F2からずらすことによって生じるデフォーカスで補正する。
【0034】
図6は、対物レンズに大きな幾何収差がない状態(a)と、対物レンズに大きな幾何収差がある状態(b)を示す図である。
図6では、低角度から高角度に散乱される電子線をEB1,EB2,EB3として示す。
【0035】
対物レンズに大きな幾何収差がない状態では、高角度に散乱された電子と低角度に散乱された電子が同じ強さで収束される。そのため、
図6(a)に示すように、検出面F4に配置した暗視野検出器20では電子線EB2,EB3が検出される。
【0036】
対物レンズに大きな幾何収差がある状態では、高角度に散乱された電子ほど、より強く収束される。
図6(b)に示すように、検出面F4に配置された暗視野検出器20では電子線EB3が検出される。このように、対物レンズに大きな幾何収差がある状態と、対物レンズに大きな幾何収差がない状態とでは、異なる検出結果になる。
【0037】
また、
図6(b)に示すように、検出面F4に配置した暗視野検出器20よりも試料に近い位置に配置された暗視野検出器20aや検出面F4に配置した暗視野検出器20よりも試料から遠い位置に配置された暗視野検出器20bでは、対物レンズに大きな幾何収差がある状態であっても、電子線EB2,EB3を検出でき、対物レンズに大きな幾何収差がない状態と同様の検出結果が得られる。
【0038】
検出面F4に配置した暗視野検出器20であっても、結像レンズ群4の焦点を対物レンズ13の回折面F2からずらすことによって、検出面F4と共役な面を移動させ、
図6(b)と同等の検出条件が得られる。すなわち、対物レンズに大きな幾何収差がない状態と同様の検出結果が得られる。
【0039】
図7は、試料Sで50mrad以上200mrad以下の範囲に散乱された電子の幾何収差の影響を低減した結果を示す図である。
【0040】
試料Sで50mrad以上200mrad以下の範囲に散乱された電子の幾何収差の影響を低減することによって、
図7に示すように、試料Sで50mrad以上200mra
d以下の範囲に散乱された電子を、暗視野検出器20で正確に検出することができる。
【0041】
なお、
図5に示す例では、上述したように、結像レンズ群4を、回折面F2に対して、アンダーフォーカスにした。これに対して、結像レンズ群4を強励磁することによって、結像レンズ群4を、回折面F2に対して、オーバーフォーカスにしてもよい。
【0042】
図8は、結像レンズ群4の焦点が対物レンズ13の回折面F2からずれた状態を示す図である。なお、
図8は、結像レンズ群4を、回折面F2に対して、オーバーフォーカスにした状態を図示している。
【0043】
図8に示すように、結像レンズ群4を強励磁することによって、結像レンズ群4を回折面F2に対して、オーバーフォーカスにする。この結果、
図9に示すように、試料Sで50mrad以上200mrad以下の範囲に散乱された電子を、暗視野検出器20で正確に検出することができる。
【0044】
(2)ステップS20
ここで、
図5および
図8に示すように、結像レンズ群4の焦点が対物レンズ13の回折面F2からずれている場合、回折面F2と検出面F4とは共役にならない。そのため、試料S上で電子線EBを走査すると、検出面F4において電子の入射位置が、電子線EBの走査に伴って動いてしまう。
【0045】
そのため、走査透過電子顕微鏡100では、結像レンズ群4の焦点を回折面F2からずらすことによって生じる電子線EBの光軸Aからのずれを、デスキャンコイル18を用いて補正する。すなわち、結像レンズ群4の焦点を回折面F2からずらすことによって光軸Aから外れた電子線EBを、デスキャンコイル18を用いて光軸Aに振り戻す。これにより、電子線EBを光軸Aに一致させることができる。この結果、電子線EBの走査に伴って、検出面F4で電子線EBが移動することを防ぐことができる。
【0046】
なお、結像レンズ群4の焦点を回折面F2からずらすことにより、検出面F4において、電子線EBに、像面の情報が含まれることとなる。しかしながら、走査透過電子顕微鏡100において電子線EBの径は極めて小さいため、問題とならない。
【0047】
3. 効果
本実施形態に係る暗視野像の取得方法は、例えば、以下の効果を有する。
【0048】
本実施形態に係る暗視野像の取得方法は、所定の角度範囲に散乱された電子の幾何収差の影響を、結像レンズ群4の焦点を対物レンズ13の回折面F2からずらすことによって低減する工程を含む。そのため、対物レンズ13の幾何収差の影響が大きい場合であっても、所定の角度範囲に散乱された電子を、暗視野検出器20で正確に検出することができる。
【0049】
例えば、幾何収差の影響が大きい場合、高角度で散乱された電子は、結像系に配置された絞り(図示せず)によってカットされる場合があった。本実施形態に係る暗視野像の取得方法では、所定の角度範囲に散乱された電子の幾何収差の影響を、結像レンズ群4の焦点を対物レンズ13の回折面F2からずらすことによって低減するため、このような問題が生じない。
【0050】
本実施形態に係る暗視野像の取得方法は、結像レンズ群4の焦点を対物レンズ13の回折面F2からずらすことによって生じる電子線EBの光軸Aからのずれを、デスキャンコイル18を用いて補正する工程を含む。そのため、電子線EBの走査に伴って、検出面F
4で電子線EBが移動することを防ぐことができる。
【0051】
本実施形態に係る暗視野像の取得方法は、幾何収差の影響を低減する工程では、所定の角度範囲に散乱された電子間の幾何収差による角度に依存するフォーカス位置の差を、結像レンズ群4の焦点を対物レンズ13の回折面F2からずらすことによって生じるデフォーカスによって補正する。そのため、対物レンズ13の幾何収差の影響が大きい場合であっても、所定の角度範囲に散乱された電子を、暗視野検出器20で正確に検出することができる。
【0052】
なお、本発明は上述した実施形態に限定されず、本発明の要旨の範囲内で種々の変形実施が可能である。
【0053】
例えば、上述した実施形態では、暗視野検出器20が、試料Sで50mrad以上200mrad以下の範囲に散乱された電子を検出する場合について説明したが、暗視野検出器20が検出可能な散乱角の範囲は、50mrad以上の高角度であれば、特に限定されない。
【0054】
本発明は、実施の形態で説明した構成と実質的に同一の構成(例えば、機能、方法および結果が同一の構成、あるいは目的及び効果が同一の構成)を含む。また、本発明は、実施の形態で説明した構成の本質的でない部分を置き換えた構成を含む。また、本発明は、実施の形態で説明した構成と同一の作用効果を奏する構成又は同一の目的を達成することができる構成を含む。また、本発明は、実施の形態で説明した構成に公知技術を付加した構成を含む。