特許第6963275号(P6963275)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6963275
(24)【登録日】2021年10月19日
(45)【発行日】2021年11月5日
(54)【発明の名称】建物被災推定システムおよび方法
(51)【国際特許分類】
   G01M 7/02 20060101AFI20211025BHJP
   G01M 99/00 20110101ALI20211025BHJP
【FI】
   G01M7/02 J
   G01M99/00 Z
【請求項の数】8
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2017-163313(P2017-163313)
(22)【出願日】2017年8月28日
(65)【公開番号】特開2019-39861(P2019-39861A)
(43)【公開日】2019年3月14日
【審査請求日】2020年6月30日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006666
【氏名又は名称】アズビル株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】899000079
【氏名又は名称】学校法人慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】100098394
【弁理士】
【氏名又は名称】山川 茂樹
(74)【代理人】
【識別番号】100064621
【弁理士】
【氏名又は名称】山川 政樹
(72)【発明者】
【氏名】高田 祐志
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 正樹
【審査官】 瓦井 秀憲
(56)【参考文献】
【文献】 特開2016−197014(JP,A)
【文献】 特開2013−064693(JP,A)
【文献】 特開2002−168963(JP,A)
【文献】 特開2012−168008(JP,A)
【文献】 特開2016−197013(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2009/0112525(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01M 7/00− 7/02
G01M 99/00
G01V 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
推定対象の建物の設計図書から抽出された構造設計パラメータの値に基づいて、前記建物の地震による動きを数式化した設計建物モデルを生成する設計建物モデル生成回路と、
前記設計建物モデルに含まれる前記構造設計パラメータの値を、所定の範囲内で変動させる構造設計パラメータ変動回路と、
地震による前記建物の地動加速度を取得する地動加速度取得回路と、
前記地動加速度を前記設計建物モデルの入力として地震応答解析を行う地震応答解析回路と、
異なる構造設計パラメータの値に基づく前記地震応答解析結果および前記地動加速度を用いて、前記結果ごとに前記建物の被災情報を算出する被災情報算出回路と、を備え、
前記構造設計パラメータ変動回路は、予め設定された、前記被災情報の算出回数に応じた回数だけ、前記構造設計パラメータの値を変動させる
ことを特徴とする建物被災推定システム。
【請求項2】
前記地動加速度取得回路は、前記建物に設置された地震センサから前記地動加速度を取得し、
前記地震応答解析回路は、地震の発生中に前記地震センサで計測された前記地動加速度を前記設計建物モデルに入力して、前記地震応答解析を行い、
前記被災情報算出回路は、前記地震の発生中に、前記被災情報を算出することを特徴とする請求項1に記載の建物被災推定システム。
【請求項3】
既知の地震に関する地震データを取得する既知地震データ取得回路と、
前記地震データに基づいて前記建物の地動加速度を算出する、地動加速度算出回路と、をさらに備え、
前記地震応答解析回路は、前記地動加速度算出回路によって算出された前記地動加速度を前記設計建物モデルに入力して、地震応答解析を行うことを特徴とする請求項1に記載の建物被災推定システム。
【請求項4】
前記被災情報算出回路が算出した前記被災情報から、前記建物の被災度を推定する被災度推定回路をさらに備えることを特徴とする請求項1から3のうちのいずれか1項に記載の建物被災推定システム。
【請求項5】
前記被災度推定回路が推定した被災度を提示する被災度提示回路をさらに備えることを特徴とする請求項4に記載の建物被災推定システム。
【請求項6】
前記地震応答解析回路による前記地震応答解析結果は、前記建物の各階の変位、加速度、および速度を含み、
前記被災情報算出回路が算出する前記被災情報は、前記建物の各階の震度、長周期地震動、最大変位、および最大加速度と、各階間の最大変位角とを含み、
前記被災度推定回路が推定する被災度は、前記建物の前記各階の最大変位、および最大加速度、ならびに前記各階間の最大変位角それぞれの最小値、代表値、および最大値を含むことを特徴とする請求項4又は請求項5に記載の建物被災推定システム。
【請求項7】
前記構造設計パラメータ変動回路は、乱数を用いて、前記構造設計パラメータの値を前記所定の範囲内で変動させることを特徴とする請求項1から6のうちのいずれか1項に記載の建物被災推定システム。
【請求項8】
推定対象の建物の設計図書から抽出された構造設計パラメータの値に基づいて、前記建物の地震による動きを数式化した設計建物モデルを生成する設計建物モデル生成ステップと、
前記設計建物モデルに含まれる前記構造設計パラメータの値を、所定の範囲内で変動させる構造設計パラメータ変動ステップと、
地震による前記建物の地動加速度を取得する地動加速度取得ステップと、
前記地動加速度を前記設計建物モデルの入力として地震応答解析を行う地震応答解析ステップと、
異なる構造設計パラメータの値に基づく前記地震応答解析結果および前記地動加速度を用いて、前記結果ごとに前記建物の被災情報を算出する被災情報算出ステップと、を備え
前記構造設計パラメータ変動ステップは、予め設定された、前記被災情報の算出回数に応じた回数だけ、前記構造設計パラメータの値を変動させる
ことを特徴とする建物被災推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建物被災推定システムおよび方法に関し、特に地震による建物の被災度を推定する建物被災推定システムおよび方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、日本国内において大規模な地震の発生が相次ぎ、地震によるビルなどの建物の損傷の度合い(以下、「被災度」という。)を推定する技術が注目されている。例えば、特許文献1には、推定対象の建物の設計図書から建物の設計構造に関するパラメータの値を抽出して設計建物のモデルを導出し、導出した設計建物のモデルに基づいて建物の被災度を推定する建物被災度推定システムが開示されている。
【0003】
地震による被災度の推定対象である実際の建物は、設計図書通りに施工されている場合であっても、建物に使用されている建材やその施工にはばらつきがある。そのため、実際の建物の設計構造に関するパラメータの値は、設計図書から抽出される仕様書通りのパラメータの値とは一致しない場合がある。また、実際の建物においては、経年劣化などの影響によって設計図書による設計構造に関するパラメータの数値から一定の誤差が生ずることが知られている。
【0004】
従来の建物被災度推定システムでは、建物の設計構造に関するパラメータの値が設計図書通りの値であると仮定した理想的な設計建物モデルを用いて、建物の被災度の推定を行っていたため、精度の良い被災度の推定を行うことが困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2016−197014号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、地震による建物の被災度をより精度良く推定することができる建物被災推定システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述した課題を解決するために、本発明に係る建物被災推定システムは、推定対象の建物の設計図書から抽出された構造設計パラメータの値に基づいて、前記建物の地震による動きを数式化した設計建物モデルを生成する設計建物モデル生成回路と、前記設計建物モデルに含まれる前記構造設計パラメータの値を、所定の範囲内で変動させる構造設計パラメータ変動回路と、地震による前記建物の地動加速度を取得する地動加速度取得回路と、前記地動加速度を前記設計建物モデルの入力として地震応答解析を行う地震応答解析回路と、異なる構造設計パラメータの値に基づく前記地震応答解析結果および前記地動加速度を用いて、前記結果ごとに前記建物の被災情報を算出する被災情報算出回路と、を備えることを特徴とする。
【0008】
また、本発明に係る建物被災推定システムにおいて、前記地動加速度取得回路は、前記建物に設置された地震センサから前記地動加速度を取得し、前記地震応答解析回路は、地震の発生中に前記地震センサで計測された前記地動加速度を前記設計建物モデルに入力して、前記地震応答解析を行い、前記被災情報算出回路は、前記地震の発生中に、前記被災情報を算出してもよい。
【0009】
また、本発明に係る建物被災推定システムにおいて、既知の地震データを取得する既知地震データ取得回路と、前記既知の地震データに基づいて前記建物の地動加速度を算出する、地動加速度算出回路と、をさらに備え、前記地震応答解析回路は、前記地動加速度算出回路によって算出された前記地動加速度を前記設計建物モデルに入力して、地震応答解析を行ってもよい。
【0010】
また、本発明に係る建物被災推定システムにおいて、前記被災情報算出回路が算出した前記被災情報から、前記建物の被災度を推定する被災度推定回路をさらに備えていてもよい。
【0011】
また、本発明に係る建物被災推定システムにおいて、前記被災度推定回路が推定した被災度を提示する被災度提示回路をさらに備えていてもよい。
【0012】
また、本発明に係る建物被災推定システムにおいて、前記地震応答解析回路による前記地震応答解析結果は、前記建物の各階の変位、加速度、および速度とを含み、前記被災情報算出回路が算出する前記被災情報は、前記建物の各階の震度、長周期地震動、最大変位、および最大加速度と、各階間の最大変位角とを含み、前記被災度推定回路が推定する被災度は、前記建物の前記各階の最大変位、および最大加速度、ならびに前記各階間の最大変位角それぞれの最小値、代表値、および最大値を含んでいてもよい。
【0013】
また、本発明に係る建物被災推定システムにおいて、前記構造設計パラメータ変動回路は、乱数を用いて、前記構造設計パラメータの値を前記所定の範囲内で変動させてもよい。
【0014】
また、本発明に係る建物被災推定システムにおいて、前記構造設計パラメータ変動回路は、予め設定された、前記被災情報の算出回数に応じた回数だけ、前記構造設計パラメータの値を変動させてもよい。
【0015】
また、本発明に係る建物被災推定方法は、推定対象の建物の設計図書から抽出された構造設計パラメータの値に基づいて、前記建物の地震による動きを数式化した設計建物モデルを生成する設計建物モデル生成ステップと、前記設計建物モデルに含まれる前記構造設計パラメータの値を、所定の範囲内で変動させる構造設計パラメータ変動ステップと、地震による前記建物の地動加速度を取得する地動加速度取得ステップと、前記地動加速度を前記設計建物モデルの入力として地震応答解析を行う地震応答解析ステップと、異なる構造設計パラメータの値に基づく前記地震応答解析結果および前記地動加速度を用いて、前記結果ごとに前記建物の被災情報を算出する被災情報算出ステップと、を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、設計図書から抽出された構造設計パラメータの値を所定の範囲内の値となるよう変動させた設計建物モデルに基づいて、地震による建物の被災情報を算出する処理を複数回行うため、建物の被災度をより精度良く推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1は、本発明の第1の実施の形態に係る建物被災推定システムの構成例を示すブロック図である。
図2図2は、本発明の第1の実施の形態に係る建物被災推定システムにおける動作を説明するフローチャートである。
図3図3は、本発明の第1の実施の形態における被災度のうち、建物の各階間の最大変位角と、各階の最大変位と、各階の最大加速度の表示例を示す図である。
図4図4は、本発明の第1の実施の形態における被災度のうち、建物の各階の長周期地震動階級の表示例を示す図である。
図5図5は、本発明の第1の実施の形態における地震センサで測定された加速度の表示例を示す図である。
図6図6は、本発明の第1の実施の形態における被災度の別の表示例を示す図である。
図7図7は、本発明の第2の実施の形態に係る建物被災シミュレーションシステムの構成例を示すブロック図である。
図8図8は、本発明の第2の実施の形態に係る建物被災シミュレーションシステムにおける動作を説明するフローチャートである。
図9図9は、本発明の実施の形態に係る被災度推定装置を実現するコンピュータの構成例を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の好適な実施の形態について、図1から図9を参照して詳細に説明する。各図について共通する構成要素には、同一の符号が付されている。
【0019】
<第1の実施の形態>
図1は、本発明の第1の実施の形態に係る建物被災推定システム1の構成例を示すブロック図である。本実施の形態に係る建物被災推定システム1は、地震による被災度の推定対象である建物2に設置された地震センサ21と、被災度推定装置3と、ユーザ端末4とがインターネットなどのネットワークNWを介して接続されている。
【0020】
建物2は、地震による被災状況を推定する対象の建築物である。本実施の形態では、建物2は、6階建ての鉄筋コンクリート構造である場合について説明する。また、建物2の基礎地盤面には地震センサ21が設置されている。
【0021】
地震センサ21は、加速度センサと通信インターフェースを備え、地震発生時に地動加速度zを検出し、ネットワークNWを介して、被災度推定装置3に送信する。地震センサ21により検出される地動加速度zは、水平方向の2成分(東西方向EW、南北方向NS)と、鉛直方向成分(鉛直方向UD)の3方向の地動加速度zを検出する。
【0022】
被災度推定装置3は、建物2の地震による被災度の推定に必要な処理を行う装置であり、推定対象である建物2の設計建物モデルを生成する設計建物モデル生成部31と、設計建物モデルにおける、設計図書から抽出された構造設計パラメータの値を、所定の範囲内で変動させる構造設計パラメータ変動部32と、建物2に設置され、地震による地動加速度zを測定する地震センサ21と、測定された地動加速度zを設計建物モデルに入力して、地震の応答解析を行う地震応答解析部34と、地震応答解析の結果と地動加速度zとを用いて、建物2の被災情報を算出する被災情報算出部35と、被災情報に基づいて建物2の被災度を推定する被災度推定部36と、被災度を表示する表示部37とを備える。
【0023】
被災度推定装置3が有する構造設計パラメータ変動部32は、予め設定された回数だけ、構造設計パラメータの値を変動させ、被災情報算出部35は、異なる構造設計パラメータの値に基づく地震応答解析の結果ごとに被災情報を算出する。
【0024】
被災度推定装置3は、ネットワークNWを介して地震センサ21から地動加速度zを取得することができ、また、ネットワークNWを介してユーザ端末4と通信可能である。被災度推定装置3に含まれる上記構成それぞれの説明については後述する。
【0025】
ユーザ端末4は、入力部41と、表示部42とを有する。ユーザ端末4は、ユーザから、入力部41を介して、例えば、後述する被災情報の算出回数などの設定を受け付けると、算出回数の設定情報を、ネットワークNWを介して被災度推定装置3(被災情報算出回数カウンタ部33)に送信する。また、表示部42には、被災度推定装置3からネットワークNWを介して送信される、建物2の被災度の推定結果などが表示される。
【0026】
次に、本実施の形態における建物被災推定システム1の動作を、図2のフローチャートを用いて説明する。まず、設計建物モデル生成部31は、建物2の地震による動きを数式化した設計建物モデルを生成する(ステップS11)。より詳細には、設計建物モデル生成部31は、建物2の設計図書から地震による建物2の応答解析に必要な構造設計パラメータを抽出し、設計建物モデルを導出する。
【0027】
構造設計パラメータは、建物2の減衰定数、各階の質量、各階の剛性がある。これらの減衰定数、各階の質量、各階の剛性から、設計建物モデルの状態方程式が得られる。
dX/dt=A×X+B×U+D×z ・・・(1)
【0028】
ここで、Xは状態変数である。状態変数Xには、建物2の各階の変位、各階の速度、制振装置(図示しない)の変位などが含まれる。Uは、制振装置を制御する制御器(図示しない)への制御入力(制御装置および制御器がない場合にはU=0)、zは地動加速度を示す。なお、A、B、およびDは、定数行列である。
【0029】
また、設計建物モデル生成部31が設計図書から抽出する構造設計パラメータの値は、仕様書通りの値である。したがって、設計図書から抽出される構造設計パラメータの値に基づいて得られた設計建物モデルは、理想的なモデルであって、経年劣化などが生じた実際の建物2の状態は反映されていない。
【0030】
次に、構造設計パラメータ変動部32は、建物2の基礎地盤面に設置された地震センサ21で計測された地動加速度zが、所定の地震判定閾値以上である場合、地震が発生したと判断し(ステップS12;YES)、ステップS11で抽出した構造設計パラメータの値を、乱数を用いて所定の範囲内で変動させる(ステップS13)。
【0031】
具体的には、構造設計パラメータ変動部32は、ステップS11で設計図書から抽出した設計建物モデルの構造設計パラメータである、建物2の減衰定数と、各階の質量と、各階の剛性それぞれの値について、乱数を用いて所定の範囲、例えば、±20%の範囲で変動させる。
【0032】
例えば、建物2の1階の質量について、+10%変動した値が得られた場合、設計建物モデルにおける1階の質量は、設計図書による質量よりも10%重い場合の値となる。また、建物2の1階の剛性について、+15%変動した値が得られた場合、設計建物モデルにおける1階の剛性は、設計図書による剛性よりも15%強度が強い場合の値となる。さらに、建物2の1階の減衰定数について、−20%変動した値が得られた場合、設計建物モデルにおける1階の減衰定数は、設計図書による減衰定数よりも20%の割合で地震による揺れ幅の減少の度合いが少ない場合の値となる。
【0033】
また、例えば、1階の質量が+10%で、2階の質量は−20%というように、各階ごとに同一の構造設計パラメータの値をランダムに変動させることができる。本実施の形態では、±20%の範囲で構造設計パラメータの値をランダムに変動させる場合について説明するが、構造設計パラメータの値を変動させる範囲については、現実的な変動範囲において、パラメータごとに異なる範囲を設定してもよい。
【0034】
次に、地震応答解析部34は、建物2の基礎地盤面に設置された地震センサ21で計測された地動加速度zと、制振装置の制御システムで演算された制御入力Uとを設計建物モデルに入力し、設計建物モデルの地震に対する応答解析を行う(ステップS14)。この地震応答解析により、地震応答解析部34は、建物2の各階の変位、各階の速度を求める。
【0035】
また、地震応答解析部34は、各階の速度を微分することにより、各階の加速度を求める。また、地震応答解析部34は、東西方向EW、南北方向NS、および鉛直方向UDそれぞれについての建物2の各階の変位、速度、および加速度を求める。
【0036】
具体的には、地震応答解析部34は、以下の式(2)に示す4次のルンゲクッタ法を用いて地震に対する応答解析を行う。
X1=X
b1=dt×(A×X1+B×U+D×z)
X2=X+b1/2
b2=dt×(A×X2+B×U+D×z)
X3=X+b2/2
b3=dt×(A×X3+B×U+D×z)
X4=X+b3
b4=dt×(A×X4+B×U+D×z)
Y=X+(b1+2×b2+2×b3+b4)/6 ・・・(2)
【0037】
ここで、dtはサンプリング時間を表す。次に、被災情報算出部35は、地震の発生中は、現在時刻から一定時間ΔT1だけ遡った地震応答解析部34の地震応答解析結果(各階の変位、各階の速度、各階の加速度)と地動加速度z(東西方向EW、南北方向NS、鉛直方向UDそれぞれの地動加速度z)とを用いて、被災情報を算出する(ステップS15)。算出された被災情報は、記憶部(図示しない)に記憶され、構造設計パラメータの値についても記憶部に記憶してもよい。
【0038】
被災情報としては、建物2の基礎地盤面での計測震度、各階の計測震度、各階の長周期地震動、各階の最大加速度、各階の最大速度、各階の最大変位、各階間の最大層間変位角がある。
【0039】
建物2の基礎地盤面での計測震度は、地震センサ21で計測された地動加速度zから算出することができる。各階の計測震度は、各階の加速度から算出することができる。各階の長周期地震動は、地動加速度zを積分して得た地動速度と各階の速度から求めた絶対速度応答に基づいて算出することができる。各階間の最大層間変位角は、各階間の最大層間変位を階高で割ることで算出することができる。
【0040】
図2に戻り、被災情報算出回数カウンタ部33は、被災情報算出部35が被災情報を算出した回数が10回(N=10)に達していないと判断した場合には(ステップS16;NO)、処理をステップS13に戻し、構造設計パラメータ変動部32は、再度、設計建物モデルにおける、設計図書による構造設計パラメータの値を、乱数を用いて±20%の範囲内で変動させる。
【0041】
このとき、構造設計パラメータ変動部32は、構造設計パラメータを変動させる範囲について異なる値を用いてもよい。また、被災情報の算出回数は予め設定された回数であり、例えば、ユーザ端末4においてユーザにより予め設定された被災情報の算出回数でもよい。
【0042】
地震応答解析部34は、再び、構造設計パラメータの値を変動させた設計建物モデルに基づいて地震応答解析を行い(ステップS14)、被災情報算出部35は、地震応答解析の結果に基づいて、被災情報を算出する(ステップS15)。
【0043】
被災情報算出回数カウンタ部33は、10パターンの異なる構造設計パラメータの値に基づく設計建物モデルから、パターンごとの被災情報が10パターン分すべて求められた場合には(ステップS16;YES)、被災度推定部36は、算出されたすべてのパターンの被災情報に基づいて、建物2の被災度を推定する(ステップS17)。なお、被災度推定部36は、地震の終了後に建物2の被災度を推定することができる。
【0044】
より具体的には、被災度推定部36は、被災情報算出部35が算出した、被災情報に含まれる、各階の最大加速度、各階の最大変位、各階間の最大層間変位角の各種データをそれぞれ集計する。例えば、被災度推定部36は、集計した10パターン分の各階の最大加速度、各階の最大変位、各階間の最大層間変位角それぞれの最小値、代表値、および最大値を、東西方向EW、南北方向NS、および鉛直方向UDのそれぞれについて算出する。
【0045】
また、被災度推定部36は、各階間の最大層間変位角の代表値が、例えば、0.005[rad]以上0.01[rad]未満の場合には、建物2におけるその階の損傷は、「小破」と推定する。また、各階間の最大層間変位角の代表値が0.01[rad]以上0.015[rad]未満の場合には、その階間の損傷は「中破」と推定し、0.015[rad]以上である場合には、その階間の損傷は「大破」と推定する。このように、「小破」、「中破」、および「大破」の3つの異なるレベルで建物2の各階間の損傷を推定する。
【0046】
また、被災度推定部36は、被災情報算出部35が算出した建物2の各階における長周期地震動に基づいて、各階の長周期地震動階級(階級1から階級4)を推定する。例えば、絶対速度応答の値が100cm/s以上の場合には長周期地震動階級4となる。このように各階ごとに長周期地震動の階級を表示することで、各階ごとに周期が長い揺れによる地震時の、人の行動の困難さの程度を示す推定値が求められる。
【0047】
次に、被災度推定部36は、ステップS17で推定した建物2の被災度を、ネットワークNWを介して、ユーザ端末4に送信する。送信された建物2の被災度は、ユーザ端末4の表示部42に表示される(ステップS18)。このとき、被災情報算出部35が算出した、建物2の基礎地盤面での計測震度と、地震センサ21で計測された地動加速度zについてもユーザ端末4に送信する。さらに、被災度推定装置3の表示部37に、被災度推定部36による建物2の被災度などを表示することもできる。
【0048】
図3は、ユーザ端末4の表示部42に表示される各階間の最大変位角と、各階の最大変位と、各階の最大加速度の表示例を示す図である。図3に示すように、建物2の各階間の最大変位角と、各階の最大変位と、各階の最大加速度において、それぞれ東西方向EW、南北方向NS、および鉛直方向UDの3つの方向成分のデータが表示されている。また、各データの曲線におけるプロット点は、それぞれのデータの代表値である。
【0049】
図3に示すように、表示部42に表示されている東西方向EWの各階間の最大変位角は、いずれの階間においても「小破」未満である。また、南北方向NSの各階間の最大変位角は、いずれの階間においても「中破」となっている。また、鉛直方向UDの各階間の最大変位角は、1階〜2階、2階〜3階、および5階〜6階については「中破」であり、3階〜4階と4階〜5階が「大破」となっている。
【0050】
また、各階間の最大変位角に基づく被災度が「中破」と「大破」に該当する南北方向NSと鉛直方向UDの各階間の最大変位角、各階の最大変位、および各階の最大加速度のデータについては、それぞれ最大値と最小値を含むデータを表示している。このように、例えば、各階間の最大変位角が「小破」以上の代表値を含む場合の各階間の最大変位角、各階の最大変位、および各階の最大加速度のデータについてのみ、それらの最小値と最大値とを表示する構成を採用してもよい。
【0051】
図4は、ユーザ端末4の表示部42に表示される、建物2の長周期地震動階級の表示例を示す図である。図4では、1階から6階までのすべての階において長周期地震動階級は階級4である被災度を表示している。
【0052】
図5は、ユーザ端末4の表示部42に表示される、建物2の地震センサ21で測定された地動加速度zの表示例を示す図である。図5の例では、東西方向EWの地動加速度z、南北方向NSの地動加速度z、および鉛直方向UDの地動加速度zの時刻歴波形が表示されている。
【0053】
図6は、ユーザ端末4の表示部42に表示される被災度の、別の表示例を示す図である。図6に示すように、表示部42には、被災情報算出部35によって算出された基礎地盤面での計測震度に基づいて「震度6強相当」と表示され、長周期地震動階級については6階で「階級4」と表示され、また、3階〜4階間の最大変位角の代表値に基づいて、3階〜4階は「大破の恐れあり」と表示されている。
【0054】
以上説明したように、第1の形態に係る建物被災推定システム1では、設計建物モデルにおいて、設計図書から抽出される構造設計パラメータの値を所定の範囲内でランダムに変動させ、その設計建物モデルを用いて被災情報を算出する処理を所定の回数繰り返して行う。これにより、実際の建物2の構造設計パラメータに含まれる、様々な組み合わせの誤差が考慮され、より実際の建物2の状態が反映された被災情報の値を含む被災情報の分布を得ることが可能となる。
【0055】
また、実際の建物2の経年劣化によって、設計図書による建物2の構造設計パラメータの値に誤差が生じている場合であっても、そのような誤差を考慮し、実際の建物2の状態が反映された、より精度の良い被災度の推定を行うことができる。さらに、建物2における各階間の最大変位角と、各階の最大変位と、各階の最大加速度について、それぞれ最小値、代表値、および最大値を算出して提示することで、推定被災度が最も大きい場合の建物の被災状況が把握できるようになる。
【0056】
<第2の実施の形態>
次に、本発明の第2の実施の形態について説明する。図7は、第2の実施の形態に係る建物被災推定シミュレーションシステム1aの構成例を示すブロック図である。なお、以下の説明では、上述した第1の実施の形態と同じ構成については同一の符号を付し、その説明を省略する。
【0057】
第1の実施の形態では、建物2の基礎地盤面に設置された地震センサ21から、実際に発生した地震の地動加速度zを取得して、その地動加速度zを設計建物モデルに入力して、地震応答解析を行い、被災情報を求めて、建物2の地震による被災度を推定する場合について説明した。これに対し、第2の実施の形態では、過去地震データ取得部38が過去に発生した地震データ(既知の地震に関する地震データ)を取得し、地動加速度算出部39がその地震データに基づいて地動加速度zを算出する。そして、算出した地動加速度zを設計建物モデルに入力して建物2における地震応答解析を行い、被災情報を算出して過去の地震に相当する規模の地震による建物2の被災度についての推定シミュレーションを行う。
【0058】
次に、第2の実施の形態に係る建物被災推定シミュレーションシステム1aの動作を、図8のフローチャートを参照して説明する。まず、設計建物モデル生成部31は、建物2の設計建物モデルを生成する(ステップS101)。続いて、過去地震データ取得部38は、過去に発生した地震の地動加速度zなどを含む地震データを記憶部(図示しない)から取得する(ステップS102)。
【0059】
なお、過去の地震データは、ネットワークNWを介して外部からダウンロードする構成を採用してもよい。また、過去の地震データについては、ユーザ端末4からのユーザによる選択に基づいて、過去地震データ取得部38が地震データを取得する。
【0060】
次に、地動加速度算出部39は、ユーザ端末4において、ユーザによって設定された、推定シミュレーション対象の建物2から過去の地震に相当する規模の地震の発生位置までの距離と方位とを取得する(ステップS103)。その後、地動加速度算出部39は、取得した距離と方位とに基づいて、過去の地震データを用いて地動加速度zを算出する(ステップS104)。
【0061】
より詳細には、地動加速度算出部39は、ユーザにより設定された、建物2からの過去の地震に相当する地震が発生する方位に基づいて、その方位に対応する地動加速度データを抽出する。地動加速度算出部34は、抽出した地動加速度データを距離に応じて減衰させることで地動加速度zを算出する。
【0062】
次に、構造設計パラメータ変動部32は、設計図書から抽出された構造設計パラメータの値を、乱数を用いて±20%の範囲で変動させる(ステップS105)。続いて、地震応答解析部34は、地震応答解析を行う(ステップS106)。さらに、被災情報算出部35は、地震応答解析結果に基づいて被災情報を算出する(ステップS107)。
【0063】
その後、被災情報算出回数カウンタ部33は、構造設計パラメータの値をランダムに変動させて、被災情報を算出した回数が10回(N=10)に達したと判断すると(ステップS108;YES)、被災度推定部36は、10パターン分の被災情報に基づいて、被災度を推定する(ステップS109)。
【0064】
さらに、被災度推定部36は、推定した建物2の被災度を、ネットワークNWを介してユーザ端末4に送信する。ユーザ端末4の表示部42には、ユーザ端末4が受信した建物2の被災度の推定シミュレーション結果が表示される(ステップS110)。
【0065】
以上説明したように、第2の実施の形態に係る被災推定シミュレーションシステム1aによれば、過去に発生した地震の地震データに基づいて算出された地動加速度zを設計建物モデルに入力する。また、その設計建物モデルの構造設計パラメータの値を所定の範囲内でランダムに変動させて、過去の地震に相当する規模の地震による建物2の被災情報を算出する処理を複数回繰り返す。
【0066】
したがって、過去に発生した地震に相当する規模の地震についての建物2における被災度の推定シミュレーションを行う場合に、経年劣化などが生じている実際の建物2における構造設計パラメータの値が考慮された設計建物モデルを用いた推定シミュレーションを行うことができる。そのため、過去に発生した地震に相当する規模の地震が実際に起こる前に、より現実的で精度の良い建物2の被災度を提示することが可能となる。
【0067】
本実施の形態で説明した被災度推定装置3、および被災度推定シミュレーション装置3aは、図9に示すように、バス301を介して接続されるCPU302、記憶装置303、I/F304、および表示装置305を備えるコンピュータと、これらのハードウェア資源を制御するプログラムによって実現することができる。CPU302は、記憶装置303に格納されたプログラムに従って本実施の形態で説明した処理を実行する。
【0068】
以上、本発明の建物被災推定システムにおける実施の形態について説明したが、本発明は説明した実施の形態に限定されるものではなく、請求項に記載した発明の範囲において当業者が想定し得る各種の変形を行うことが可能である。
【0069】
例えば、本実施の形態では、設計建物モデル生成部31は、建物2の設計図書から抽出した構造設計パラメータに基づいて、設計建物モデルを導出する場合について説明した。しかし、設計建物モデル生成部31は、構造設計パラメータに加えて、建物2の状態などに関するデータに基づいて設計建物モデルを導出してもよい。建物2の状態に関するデータとしては、例えば、建物2の完成以降に生じた地震によって建物2が受けた損壊に関するデータ、建物2の完成以降に生じた地震以外の天災などによって建物2が受けた損壊に関するデータ、および建物2の経年変化に係るデータなどがある。なお、これらの建物2の状態に関するデータを組み合わせて用いてもよい。
【0070】
また、本実施の形態においては、構造設計パラメータの値について、所定の範囲でランダムに変動させて被災情報を算出する回数が10回である場合について説明した。しかし、構造設計パラメータの値をランダムに変化させて被災情報を算出する回数は、地震が終了するまでに処理が可能な回数であれば10回に限られない。
【0071】
また、本実施の形態では、被災度の推定対象である建物2は、鉄筋コンクリート構造の6階建てのビルである場合について説明した。しかし、被災度を推定する対象は、人工的に制作されて設置された工作物、例えば、ダム、鉄塔、ガスタンク、橋梁、堤防などの建造物、マンション、家屋などの建築物であってもよい。
【符号の説明】
【0072】
1…建物被災推定システム、1a…建物被災推定シミュレーションシステム、2…建物、21…地震センサ、3…被災度推定装置、3a…被災度推定シミュレーション装置、31…設計建物モデル生成部、32…構造設計パラメータ変動部、33…被災情報算出回数カウンタ部、34…地震応答解析部、35…被災情報算出部、36…被災度推定部、37…表示部、38…過去地震データ取得部、39…地動加速度算出部、4…ユーザ端末、41…入力部、42…表示部。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9