(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6963395
(24)【登録日】2021年10月19日
(45)【発行日】2021年11月10日
(54)【発明の名称】波巻きコイル用平角線
(51)【国際特許分類】
H02K 3/28 20060101AFI20211028BHJP
H01F 5/00 20060101ALI20211028BHJP
H01B 7/00 20060101ALI20211028BHJP
H01B 7/02 20060101ALI20211028BHJP
【FI】
H02K3/28 N
H01F5/00 D
H01F5/00 F
H01B7/00 303
H01B7/02 C
【請求項の数】3
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2017-37457(P2017-37457)
(22)【出願日】2017年2月28日
(65)【公開番号】特開2018-143072(P2018-143072A)
(43)【公開日】2018年9月13日
【審査請求日】2019年12月19日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001236
【氏名又は名称】株式会社小松製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】特許業務法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】青木 庄治
(72)【発明者】
【氏名】濱出 康平
(72)【発明者】
【氏名】小林 和敬
【審査官】
三澤 哲也
(56)【参考文献】
【文献】
特開2007−227243(JP,A)
【文献】
特開2007−227241(JP,A)
【文献】
特開2009−232607(JP,A)
【文献】
特開2016−126867(JP,A)
【文献】
特開2010−055965(JP,A)
【文献】
国際公開第2017/116218(WO,A1)
【文献】
中国特許出願公開第107112081(CN,A)
【文献】
独国特許出願公開第102016222923(DE,A1)
【文献】
特開2009−123418(JP,A)
【文献】
特開2016−111732(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02K 3/28
H01F 5/00
H01B 7/00
H01B 7/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
断面長方形状の導体部と、前記導体部の周囲を被覆し、少なくとも最外周が押し出し成型により形成された被覆部とを備え、前記導体部の短辺側を隣接させて形成される波巻きコイルに用いられる波巻きコイル用平角線であって、
前記導体部の短辺の中央位置であって前記被覆部の最も厚さの薄い部分の厚さをt1、前記導体部の短辺の角隅部に応じた位置であって前記被覆部の最も厚さの厚い部分の厚さをt2としたときに、下記式(1)を満たすことを特徴とする波巻きコイル用平角線。
0.94<t1/t2≦1・・・(1)
【請求項2】
請求項1に記載の波巻きコイル用平角線において、
前記波巻きコイル用平角線の断面において、前記導体部の角隅部のR形状の曲率半径をr(μm)とし、前記導体部のR形状の円弧中心を始点として、前記導体部の長辺に対して790/√r(°)をなす線が交わる前記被覆部の表面の厚さをt3としたときに、下記式(2)および式(3)を満たすことを特徴とする波巻きコイル用平角線。
1.45×t2<t3<2×t2・・・(2)
200<t3<r・・・(3)
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の波巻きコイル用平角線において、
前記波巻きコイル用平角線に印加される電圧が1500(V)以上、2000(V)以下であり、前記導体部の角隅部のR形状の曲率半径が、200(μm)以上であることを特徴とする波巻きコイル用平角線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、波巻きコイル用平角線に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、回転電機のステータに対して、コイルの巻線を波巻きにすることが知られている(たとえば、特許文献1参照)。
このような波巻きコイルには、断面長方形の導体部と、導体部を被覆した被覆部を備えた平角線が用いられ、モータの小型化、パワー密度向上のためには、絶縁性と導線占積率を両立させる必要がある。
たとえば、特許文献2には、巻線されたときの隣接する導体部の間で、導体部の各側面の中心部分の間の絶縁性皮膜を挟む距離が最短となるように、基本断面形状の各辺を湾曲させ、占積率を向上させた技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2017−017838号公報
【特許文献2】特開2012−90441号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、前記特許文献2に開示された技術では、占積率を向上させることはできるが、絶縁性が不十分で部分放電が発生する可能性があるという課題がある。コイルは、給電部から中性点に向けて電圧降下しているため、隣接する平角線においては電位差が生じる。特に、波巻きコイルの場合、給電部に近い平角線と中性点に近い平角線とが隣接し、大きな電位差が発生し、部分放電が発生し易いという課題がある。
【0005】
本発明の目的は、占積率を向上させることができ、かつ絶縁性を確保することのできる波巻きコイル用平角線を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の波巻きコイル用平角線は、断面長方形状の導体部と、前記導体部の周囲を被覆し、少なくとも最外周が押し出し成型によって形成された被覆部とを備え、前記導体部の短辺側を隣接させて形成される波巻きコイルに用いられる波巻きコイル用平角線であって、前記導体部の短辺における前記被覆部の最も厚さの薄い部分の厚さをt1、前記導体部の短辺における前記被覆部の最も厚さの厚い部分の厚さをt2としたときに、下記式(1)を満たすことを特徴とする。
0.94<t1/t2≦1・・・(1)
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、導体部の短辺における最も厚さの厚い部分と最も厚さの薄い部分とを、前記式(1)を満たすようにすることにより、薄い部分の間の空隙を少なくすることができる。したがって、隣接する導体部間に大きな電位差が発生しても、部分放電が発生することを防止することができる。
また、前記式(1)を満たすようにすることにより、被覆部が必要以上に厚くならないので、波巻き用コイル内の波巻きコイル用平角線の占積率を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】本発明の実施形態に係る波巻きコイルの構造を示す斜視図。
【
図2】前記実施形態における波巻きコイル用平角線を示す断面図。
【
図3】前記実施形態における波巻きコイル用平角線の角隅部を示す断面図。
【
図4】前記実施形態におけるギャップと放電発生領域の関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
図1は、本実施形態に係る回転電機1のステータ2を示す斜視図である。回転電機1は、ハイブリッド式の油圧ショベル等の建設機械の旋回モータとして用いられる。
図1において、回転電機1は、たとえば、図示しない建設機械の上部旋回体を、下部走行体に対して旋回駆動する3相(U相、V相、W相)8極の交流型の永久磁石同期モータとして構成される。回転電機1は、円筒状のステータ2と、ステータ2の内部に回転自在に収容される図示しないロータとを備える。
【0010】
ステータ2は、複数の円環状の電磁鋼板を積層して構成されるステータコア3と、ステータコア3に波巻き状に巻回される平角線により形成された3相分のコイル4U、4V、4Wとを備える。3相8極を有する本実施形態において、ステータコア3にはそれぞれ、48個のティース5およびスロット6が周方向(回転電機1での回転方向に同じ)に等間隔で交互に形成されている。
【0011】
各スロット6には、波巻きコイル用平角線の中央部を折り曲げU字状となった松葉コイルセグメント7が複数挿入される。松葉コイルセグメント7の2つの脚部は、それぞれ所定ピッチ(たとえば7ピッチ)離れたスロット6に挿入される。
図2にも示すように、スロット6内で隣接する松葉コイルセグメント7同士は、導体部71の短辺側が隣接している。すなわち、スロット6内で松葉セグメント7は、導体部71の長辺方向に沿って複数配置される。なお、スロット6と松葉コイルセグメント7の間には、絶縁紙8が介在する。
松葉コイルセグメント7の脚部の先端部は、ステータコア3の挿入側の面とは反対側の面から突出し、他の松葉コイルセグメント7の脚部と溶接により接合される。コイル4U、4V、4Wは、それぞれを構成する巻線が隣接して配置され、それぞれのコイル4U、4V、4Wには、120°位相がずれた交流電圧が印加される。
【0012】
松葉コイルセグメント7を構成する平角線は、
図2に示すように、導体部71と、被覆部72とを備える。
導体部71は、断面長方形状の銅線から構成され、角隅部には、R形状が形成されている。なお、導体部71は、導電性を有するものであれば銅線に限定されるものではなく、たとえば、銅合金、アルミニウム、アルミニウム合金等を採用してもよい。
【0013】
被覆部72は、
図2に示すように、導体部71の周囲を覆うように形成されている。被覆部72は、押し出し成型により形成され、具体的には導体部71をダイの中に入れ、溶融した熱可塑性樹脂、たとえば、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)で導体部71を包み込むように押し出すことにより形成される。
なお、被覆部72は、PEEK層の単層で形成してもよいが、
図3に示すように、導体部71の表面に焼付塗装によりポリアミドイミド(PAI)層72Aを形成し、さらに、PAI層72Aの表面を、押し出し成型により、PEEK層72Bで被覆した複層により形成してもよい。すなわち、被覆部72は、単層で形成しても複層で形成してもよく、被覆部72は、少なくとも最外周が押し出し成型により形成されていればよい。
【0014】
被覆部72を構成する樹脂としては、これに限らず、たとえば、ポリアミド(PA:ナイロン)、ポリアセタール(POM)、ポリカーボネート(PC)、ポリフェニレンエーテル(変性ポリフェニレンエーテルを含む)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエチレンナフタレート(PEN)、超高分子量ポリエチレン等の汎用エンジニアリングプラスチックの他、ポリスルホン(PSF)、ポリエーテルスルホン(PES)、ポリフェニレンスルフィド(PPS)、ポリアリレート(Uポリマー)、ポリアミドイミド、ポリエーテルケトン(PEK)、ポリアリールエーテルケトン(PAEK)(変性ポリエーテルエーテルケトン(変性PEEK)を含む)、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体(ETFE)、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、熱可塑性ポリイミド樹脂(TPI)、液晶ポリエステル等のスーパーエンジニアリングプラスチック、さらに、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエチレンナフタレート(PEN)をベース樹脂とするポリマーアロイ、ABS/ポリカーボネート、ナイロン6,6、芳香族ポリアミド樹脂(芳香族PA)、ポリフェニレンエーテル/ナイロン6,6、ポリフェニレンエーテル/ポリスチレン、ポリブチレンテレフタレート/ポリカーボネート等の前記エンジニアリングプラスチックを含むポリマーアロイを採用することができる。
【0015】
被覆部72は、押し出し成型の特性から、導体部71の角隅部に応じた位置で最も厚さt2(μm)が厚くなり、導体部71の短辺の中央位置で最も厚さt1(μm)が薄くなる。その際の厚さt1(μm)と厚さt2(μm)の関係は、下記式(2)を満たすのが好ましく、より好ましくは、下記式(3)を満たす範囲である。
0.94<t1/t2≦1・・・(2)
0.97<t1/t2≦1・・・(3)
t1/t2が0.94以下になると、導体部71の短辺同士が隣接する部分において、隣接する被覆部72の中央に隙間部分が生じ、隙間部分で部分放電が生じ易くなる。
【0016】
式(2)または式(3)を満たす場合、被覆部72の角隅部で部分放電が生じ易くなる。
被覆部72の角隅部の範囲の規定は、
図2に示すように、導体部71の断面において、角隅部のR形状の曲率半径をr(μm)としたときに、R形状の円弧中心を始点として、導体部71の長辺に対して角度θ=790/√r(°)をなす線が交わる被覆部72の表面までの厚さをt3(μm)とする。厚さt3(μm)は、下記式(4)および下記式(5)を満たし、より好ましくは、下記式(6)および下記式(7)を満たす範囲である。
1.45×t2<t3<2×t2・・・(4)
200<t3<r(μm)・・・(5)
1.67×t2<t3<2×t2・・・(6)
220<t3<r(μm)・・・(7)
【0017】
導体部71の長辺に対する厚さt3(μm)方向の角度θは、r=200(μm)の場合、θ=55(°)であり、r=300(μm)の場合、θ=45(°)であり、r=600(μm)の場合、θ=32(°)であり、r=1000(μm)の場合、θ=25(°)である。
t3が200(μm)以下であると、絶縁性が確保できない。一方、t3がr(μm)以上であると、最大の厚さ寸法となる厚さt2よりも、波巻きコイル用平角線の配列方向に突出してしまい、占積率が低下してしまう。
【0018】
部分放電が発生するか否かについては、隣りあう導体部71に印加される電圧の電位差と、被覆部72間のギャップd(
図3参照)とにより決定される。具体的には、下記式(8)に示されるパッシェンの法則と、式(9)に示される空気の分担電圧とから求めることができる。
【0019】
【数1】
V
air:火花放電電圧(V)
p:気圧(mmHg)
d:空気中のギャップ(距離:cm)
B、C定数(空気の場合B=126、C=0.22)
【0020】
【数2】
V
air:空気の分担電圧(V)
d:空気中のギャップ(μm)
ε:被覆部72の誘電率
L:被覆部72の厚さ(μm)
V:導体部71間の電位差(V)
【0021】
図3を参照して説明すると、PAI層72Aの厚さを50μm、PEEK層72Bの厚さを130μmとし、導体部71間に発生する電位差を、建設機械の回転電機1に用いられる1500V以上、2000V以下とする。このとき、
図4に示すように、式(8)および式(9)から、部分放電が発生する領域と、ギャップd(μm)との関係を求めることができる。
【0022】
放電発生領域は、
図4に示すように、式(8)を表す太線のグラフを境界として、太線グラフの上側部分である。
グラフG1は、印加電圧が1500Vの場合であり、ギャップdの値によらず、部分放電は発生しない。
グラフG2は、印加電圧が2000Vの場合であり、ギャップdが30μm以上の領域で部分放電が発生してしまう。
グラフG3は、印加電圧が1760Vの場合であり、ギャップdが70μm〜90μmで部分放電が発生し、それ以上のギャップdでは、グラフG3は、部分放電発生領域から遠ざかり、部分放電は発生しなくなる。
【0023】
前述した式(2)から式(7)に示されるように、被覆部72の厚さt1、t2、t3を設定することにより、部分放電が発生することを防止することができる。
具体的には、t1=130(μm)とすれば、式(2)から上限値はt2=138(μm)となり、ギャップd=(t2−t1)×2=16(μm)となり、
図4を参照すれば、部分放電発生領域に入ることはない。
次に、角隅部のR形状の曲率半径をr=300(μm)とすると、導体部71の長辺に対する厚さt3方向の角度θは、θ=45(°)となる。
【0024】
このとき、厚さt3は、式(4)と式(5)から200(μm)<t3<276(μm)となり、導体部71の長辺に沿った被覆部72の厚さは、141.4(μm)<t3cos45°<195.2(μm)となる。
厚さt3の始点は、R形状の中心であり、導体部71の短辺の面よりも内側に控えられるので、その分を差し引くと、下限値が141.4−(300−300cos45°)=53.5(μm)、上限値が195.2−(300−300cos45°)=107.3(μm)となる。
【0025】
被覆部72の厚さt2のギャップdの上限値は、t2=138(μm)であり、隣接する被覆部72同士は、この部分で接触することとなる。また、
図4において、膜厚200(μm)<t3<276(μm)のときのグラフG3は部分放電領域に入らない。
以上のことから、被覆部72の厚さt1、t2、t3を、式(2)から式(7)の範囲とすることにより、部分放電の発生を防止することができ、かつ波巻きコイルの占積率も確保することができる。
【0026】
前述したように回転電機1は、ハイブリッド式の油圧ショベル等の旋回モータとして用いられる。このため、回転電機1は、高出力が求められるため、回転電機1には、高電圧が印加される。したがって、回転電機1は、作業負荷が高く、波巻きコイルには大電流が流れ、波巻きコイルやステータコア3等は、発熱し高温となるため、回転電機1内には、たとえば冷却油が供給されて、波巻きコイルのコイルエンドに向けて冷却油を悲惨させるなどにより、冷却されている。作業や走行により、回転電機1には振動や衝撃が作用するが、PEEKは強度的に優れている。
【0027】
なお、前述した実施形態では、回転電機1をハイブリッド式の油圧ショベル等の旋回モータとして適用していたが、本発明はこれに限られない。たとえば、建設機械のアクチュエータとして他の回転電機に使用してもよいし、建設機械以外に使われる回転電機に、本発明を適用してもよい。
【符号の説明】
【0028】
1…回転電機、2…ステータ、3…ステータコア、4U…コイル、4V…コイル、4W…コイル、5…ティース、6…スロット、7…松葉コイルセグメント、71…導体部、72…被覆部、72A…PAI層、72B…PEEK層。