(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施の形態について、図面に基づいて詳細に説明する。先ず、
図2と
図3を参照しながら本発明の電力変換装置1を一体に備えた実施例の電動圧縮機(所謂インバータ一体型電動圧縮機)16について説明する。尚、実施例の電動圧縮機16は、エンジン駆動自動車やハイブリッド自動車、電気自動車等の車両に搭載される車両用空気調和装置の冷媒回路の一部を構成するものである。
【0025】
(2)電動圧縮機16の構成
図2において、電動圧縮機16の金属性の筒状ハウジング2内は、当該ハウジング2の軸方向に交差する仕切壁3により圧縮機構収容部4とインバータ収容部6とに区画されており、圧縮機構収容部4内に例えばスクロール型の圧縮機構7と、この圧縮機構7を駆動するモータ8が収容されている。この場合、モータ8はハウジング2に固定されたステータ9と、このステータ9の内側で回転するロータ11から成るIPMSM(Interior Permanent Magnet Synchronous Motor)である。
【0026】
仕切壁3の圧縮機構収容部4側の中心部には軸受部12が形成されており、ロータ11の駆動軸13の一端はこの軸受部12に支持され、駆動軸13の他端は圧縮機構7に連結されている。ハウジング2の圧縮機構収容部4に対応する位置の仕切壁3近傍には吸入口14が形成されており、モータ8のロータ11(駆動軸13)が回転して圧縮機構7が駆動されると、この吸入口14からハウジング2の圧縮機構収容部4内に作動流体である低温の冷媒が流入し、圧縮機構7に吸引されて圧縮される。
【0027】
そして、この圧縮機構7で圧縮され、高温・高圧となった冷媒は、図示しない吐出口よりハウジング2外の前記冷媒回路に吐出される構成とされている。また、吸入口14から流入した低温の冷媒は、仕切壁3近傍を通ってモータ8の周囲を通過し、圧縮機構7に吸引されることから、仕切壁3も冷却されることになる。
【0028】
そして、この仕切壁3で圧縮機構収容部4と区画されたインバータ収容部6内には、モータ8を駆動制御する本発明の電力変換装置1が収容される。この場合、電力変換装置1は、仕切壁3を貫通する密封端子やリード線を介してモータ8に給電する構成とされている。
【0029】
(2)電力変換装置1の構造(スイッチング素子18A〜18Fの配置)
実施例の場合、電力変換装置1は、基板17と、この基板17の一面側に配線された6個のスイッチング素子18A〜18Fと、基板17の他面側に配線された制御部21と、図示しないHVコネクタ、LVコネクタ等から構成されている。スイッチング素子18A〜18Fは、実施例ではMOS構造をゲート部に組み込んだ絶縁ゲートバイポーラトランジスタ(IGBT)等から構成されている。
【0030】
この場合、実施例では後述する三相のインバータ回路(三相インバータ回路)28のU相インバータ19Uの上アーム側のスイッチング素子18Aと下アーム側のスイッチング素子18D、V相インバータ19Vの上アーム側のスイッチング素子18Bと下アーム側のスイッチング素子18E、W相インバータ19Wの上アーム側のスイッチング素子18Cと下アーム側のスイッチング素子18Fは二つずつそれぞれ並んだかたちとされ、この並んだ一組のスイッチング素子18A及び18D、スイッチング素子18B及び18E、スイッチング素子18C及び18Fが、
図3に示す如く基板17の中心の周囲に放射状に配置されている。
【0031】
尚、この出願において放射状とは
図3に示す如きコ字状も含むものとする。また、
図3に示す配置に限らず、一つ一つのスイッチング素子18A〜18Fを、基板17の中心の周囲に円弧状(扇状)に配置してもよい。
【0032】
また、実施例ではW相インバータ19Wのスイッチング素子18C及び18Fが吸入口14側に位置しており、それに対して
図3における反時計回り90°の位置にV相インバータ19Vのスイッチング素子18B及び18Eが配置され、吸入口14とは反対側の位置にU相インバータ19Uのスイッチング素子18A及び18Dが配置されたかたちとされている。そして、吸入口14から吸入された冷媒は、
図3中破線矢印の如くハウジング2の軸を中心として反時計回りに回転する。そのため、吸入冷媒の流れに対してW相インバータ19Wのスイッチング素子18C及び18Fが最も上流側に位置し、その下流側にV相インバータ19Vのスイッチング素子18B及び18Eが位置し、最も下流側にU相インバータ19Uのスイッチング素子18A及び18Dが配置されたかたちとなる。
【0033】
また、各スイッチング素子18A〜18Fの端子部22は、基板17の中心側となった状態で基板17に接続されている。更に、この実施例ではU相インバータ19Uのスイッチング素子18A及び18Dの端子部22の近傍の基板17に、スイッチング素子18A及び18Dの温度を検出するための温度センサ(サーミスタ)26Aが配置されており、V相インバータ19Vのスイッチング素子18B及び18Eの端子部22の近傍の基板17には、スイッチング素子18B及び18Eの温度を検出するための温度センサ26Bが配置され、W相インバータ19Wのスイッチング素子18C及び18Fの端子部22の近傍の基板17には、スイッチング素子18C及び18Fの温度を検出するための温度センサ26Cが配置され、各温度センサ26A〜26Cは制御部21に接続されている。
【0034】
そして、このように組み立てられた電力変換装置1は、各スイッチング素子18A〜18Fがある一面側が仕切壁3側となった状態でインバータ収容部6内に収容されて仕切壁3に取り付けられ、カバー23にて塞がれる。この場合、基板17は仕切壁3から起立するボス部24を介して仕切壁3に固定されることになる。
【0035】
このように電力変換装置1が仕切壁3に取り付けられた状態で、各スイッチング素子18A〜18Fは仕切壁3に直接若しくは所定の絶縁熱伝導材を介して密着し、ハウジング2の仕切壁3と熱交換関係となる。このとき、各スイッチング素子18A〜18Fは軸受12及び駆動軸13に対応する箇所を避けた位置に配置され、その周囲を囲繞するかたちで配置される(
図3)。
【0036】
そして、前述した如く仕切壁3は圧縮機構収容部4内に吸入される冷媒によって冷やされているので、各スイッチング素子18A〜18Fは仕切壁3を介して吸入冷媒と熱交換関係となり、仕切壁3の厚みを介して圧縮機構収容部4内に吸入された冷媒によって冷却され、各スイッチング素子18A〜18F自体は仕切壁3を介して冷媒に放熱するかたちとなる。
【0037】
(3)電力変換装置1の回路構成
次に、
図1において電力変換装置1は、前述した三相のインバータ回路(三相インバータ回路)28と、制御部21を備えている。インバータ回路28は、直流電源(バッテリ)29の直流電圧を三相交流電圧に変換してモータ8のステータ9の電機子コイルに印加する回路である。このインバータ回路28は、前述したU相インバータ19U、V相インバータ19V、W相インバータ19Wを有しており、各相インバータ19U〜19Wは、それぞれ前述した上アーム側のスイッチング素子18A〜18Cと、下アーム側のスイッチング素子18D〜18Fを個別に有している。更に、各スイッチング素子18A〜18Fには、それぞれフライホイールダイオード31が逆並列に接続されている。
【0038】
そして、インバータ回路28の上アーム側のスイッチング素子18A〜18Cの上端側は、直流電源29及び平滑コンデンサ32の正極側に接続されている。尚、平滑コンデンサ32も基板17に設けられて電力変換装置1を構成するものであるが、各スイッチング素子18A〜18Fの配置を分かり易くするため、
図2、
図3では示していない。一方、インバータ回路28の下アーム側のスイッチング素子18D〜18Fの下端側は、直流電源29及び平滑コンデンサ32の負極側に接続されている。
【0039】
そして、U相インバータ19Uの上アーム側のスイッチング素子18Aと下アーム側のスイッチング素子18Dとの間は、モータ8のU相の電機子コイルに接続され、V相インバータ19Vの上アーム側のスイッチング素子18Bと下アーム側のスイッチング素子18Eとの間は、モータ8のV相の電機子コイルに接続され、W相インバータ19Wの上アーム側のスイッチング素子18Cと下アーム側のスイッチング素子18Fとの間は、モータ8のW相の電機子コイルに接続されている。
【0040】
(4)制御部21の構成
次に、制御部21はプロセッサを有するマイクロコンピュータから構成されており、車両ECUから回転数指令値を入力し、モータ8から相電流を入力して、これらに基づき、インバータ回路28の各スイッチング素子18A〜18FのON/OFF状態を制御する。具体的には、各スイッチング素子18A〜18Fのゲート端子に印加するゲート電圧を制御する。
【0041】
この制御部21は、相電圧指令演算部33と、線間変調演算部34と、PWM信号生成部36と、ゲートドライバ37を有している。相電圧指令演算部33は、モータ8の電気角、電流指令値と相電流に基づいてモータ8の各相の電機子コイルに印加する三相変調電圧指令値U’(U相電圧指令値)、V’(V相電圧指令値)、W’(W相電圧指令値)を演算する。この三相変調電圧指令値U’、V’、W’とは、モータ8の三相変調制御を行う場合における電圧指令値の正規化後(−1〜1に補正後)の値であり、
図4に示す。尚、
図4には後述するPWM信号生成部36で比較されるキャリア三角波も同時に示されている。また、
図4中に示されたVuはモータ8の三相変調制御を行う場合の後述するPWM信号(U相)であり、
図4中のUV線間電圧は同じく三相変調制御を行う場合の後述するU相−V相間の電位差である。
【0042】
線間変調演算部34は、相電圧指令演算部33により演算され、算出された三相変調電圧指令値U’、V’、W’に基づき、二相変調電圧指令値U(U相電圧指令値)、V(V相電圧指令値)、W(W相電圧指令値)を演算する。この線間変調演算部34の動作については後に詳述する。
【0043】
PWM信号生成部36は、線間変調演算部34により演算され、算出された二相変調電圧指令値U、V、Wに基づき、インバータ回路28のU相インバータ19U、V相インバータ19V、W相インバータ19Wの駆動指令信号となるPWM信号Vu、Vv、Vwを、キャリア三角波と大小を比較することにより発生させる。
【0044】
ゲートドライバ37は、PWM信号生成部36から出力されるPWM信号Vu、Vv、Vwに基づき、U相インバータ19Uのスイッチング素子18A、18Dのゲート電圧Vuu、Vulと、V相インバータ19Vのスイッチング素子18B、18Eのゲート電圧Vvu、Vvlと、W相インバータ19Wのスイッチング素子18C、18Fのゲート電圧Vwu、Vwlを発生させる。これらのゲート電圧Vuu、Vul、Vvu、Vvl、Vwu、Vwlは、所定時間におけるON状態の時間割合であるデューティにて表すことができる。
【0045】
そして、インバータ回路28の各スイッチング素子18A〜18Fは、ゲートドライバ37から出力されるゲート電圧Vuu、Vul、Vvu、Vvl、Vwu、Vwlに基づき、ON/OFF駆動される。即ち、ゲート電圧がON状態(所定の電圧値)となるとトランジスタがON動作し、ゲート電圧がOFF状態(零)となるとトランジスタがOFF動作する。このゲートドライバ37は、スイッチング素子18A〜18Fが前述したIGBTである場合には、PWM信号に基づいてゲート電圧をIGBTに印加するための回路であり、フォトカプラやロジックIC、トランジスタ等から構成される。
【0046】
(5)線間変調演算部34の動作
次に、
図5〜
図15を参照しながら制御部21の線間変調演算部34における二相変調電圧指令値U、V、Wの演算/算出動作について詳細に説明する。線間変調演算部34が演算する二相変調電圧指令値U、V、Wとは、モータ8の二相変調制御を行うための電圧指令値の正規化後(−1〜1に補正後)の値であり、一例が
図5に示される。尚、
図5にはPWM信号生成部36で比較されるキャリア三角波も同時に示されている。また、
図5中に示されたVuはモータ8の二相変調制御を行うためのPWM信号(U相)であり、
図5中のUV線間電圧は二相変調制御におけるU相−V相間の電位差である。
【0047】
(5−1)線間変調演算部34の基本的な動作
線間変調演算部34は、基本的には相電圧指令演算部33が算出した各相の三相変調電圧指令値であるU相電圧指令値U’と、V相電圧指令値V’と、W相電圧指令値W’を比較し、絶対値が最大となる相のスイッチング素子18A〜18FのON/OFF状態をON又はOFF状態に固定させる二相変調電圧指令値であるU相電圧指令値Uと、V相電圧指令値Vと、W相電圧指令値Wを演算し、出力することにより、三相変調制御を行う場合に比して、スイッチング素子18A〜18Fのスイッチング回数を減少させる二相変調制御を実行する。
【0048】
次に、その具体的な比較演算、固定相の決定制御について詳細に説明する。先ず、実施例の線間変調演算部34は、上記の如く三相変調電圧指令値U’、V’、W’を比較する際、下記式(i)〜(iii)の如く各値に所定のバイアス値biasU、biasV、biasWを乗算して、比較値U’comp、V’comp、W’compを算出する。
U’comp=biasU×U’ ・・・(i)
V’comp=biasV×V’ ・・・(ii)
W’comp=biasW×W’ ・・・(iii)
【0049】
次に、式(iv)、(v)により、各比較値U’comp、V’comp、W’compを比較して、それらのうちの最大値K1と最小値K2を算出する。
K1=max(U’comp、V’comp、W’comp) ・・・(iv)
K2=min(U’comp、V’comp、W’comp) ・・・(v)
また、最大値K1が最小値K2の絶対値以上である場合、即ち、K1≧abs(K2)である場合は最大値K1をK3とし、最小値K2の絶対値が最大値K1より大きい場合、即ち、K1<abs(K2)である場合は最小値K2をK3とする。
【0050】
そして、K3が比較値U’compである場合、即ち、K3=U’compである場合はU相電圧指令値U’をKとする。また、K3が比較値V’compである場合、即ち、K3=V’compである場合はV相電圧指令値V’をKとし、K3が比較値W’compである場合、即ち、K3=W’compである場合はW相電圧指令値W’をKとする。
【0051】
このようにKを決定した後、下記式(vi)〜(viii)を用いて二相変調電圧指令値であるU相電圧指令値Uと、V相電圧指令値Vと、W相電圧指令値Wを演算する。
U=U’−K+sign(K) ・・・(vi)
V=V’−K+sign(K) ・・・(vii)
W=W’−K+sign(K) ・・・(viii)
但し、sign(K)とは、Kが正の値のとき1となり、Kが負の値のときは−1となるものとする。また、各式(vi)〜(viii)から三相変調制御と二相変調制御で線間電圧は変わらないことが分かる。
【0052】
従って、U相電圧指令値U’がKである場合、比較値U’compが最大値K1であるときは、U相電圧指令値Uは1となり、比較値U’compが最小値K2であるときは、U相電圧指令値Uは−1となる。これにより、U相電圧指令値U’がKである期間、U相インバータ19Uのスイッチング素子18A及び18DのON/OFF状態が固定され、その分、スイッチング回数が減少することになる。
【0053】
また、V相電圧指令値V’がKである場合、比較値V’compが最大値K1であるときは、V相電圧指令値Vは1となり、比較値V’compが最小値K2であるときは、V相電圧指令値Vは−1となる。これにより、V相電圧指令値V’がKである期間、V相インバータ19Vのスイッチング素子18B及び18EのON/OFF状態が固定され、その分、スイッチング回数が減少することになる。
【0054】
また、W相電圧指令値W’がKである場合、比較値W’compが最大値K1であるときは、W相電圧指令値Wは1となり、比較値W’compが最小値K2であるときは、W相電圧指令値Wは−1となる。これにより、W相電圧指令値W’がKである期間、W相インバータ19Wのスイッチング素子18C及び18FのON/OFF状態が固定され、その分、スイッチング回数が減少することになる。
【0055】
図5は前記式(i)〜(iii)で乗算するバイアス値biasU、biasV、biasWを全て1とした場合に線間変調演算部34から出力されるU相電圧指令値U、V相電圧指令値V、W相電圧指令値Wと、PWM信号生成部36から出力されるU相のPWM信号Vuと、UV線間電圧を示している(biasU=biasV=biasW=1)。
図5においてU相電圧指令値Uが1又は−1となっている期間、U相インバータ19Uのスイッチング素子18A及び18DのON/OFF状態が固定され、V相電圧指令値Vが1又は−1となっている期間、V相インバータ19Vのスイッチング素子18B及び18EのON/OFF状態が固定され、W相インバータ19Wのスイッチング素子18C及び18FのON/OFF状態が固定される。
【0056】
これにより、三相変調制御における各相のスイッチング素子18A〜18Fの一周期あたりのスイッチング回数の合計を、6/6(U相)+6/6(V相)+6/6(W相)=18/6と定義した場合、
図5の如き二相変調制御では、各相のスイッチング素子18A〜18Fのスイッチング回数は、何れも2/3まで低下し、4/6(U相)+4/6(V相)+4/6(W相)=12/6となる。従って、二相変調制御によれば、三相変調制御に比して各スイッチング素子18A〜18Fにおいて発生するスイッチング損失と、それよる発熱が抑制されることになる。
【0057】
(5−2)線間変調演算部34によるスイッチング密度の変更制御(その1)
図5の如く式(i)〜(iii)で乗算するバイアス値biasU、biasV、biasWを全て1とした場合(biasU=biasV=biasW=1)、各相のスイッチング素子18A〜18Fのスイッチング回数は同一となるため、一周期あたりのスイッチング回数(本発明におけるスイッチング密度)も各相において同一となる。従って、各スイッチング素子18A〜18Fにおいて発生する発熱も同様になると考えられる。
【0058】
しかしながら、例えば
図3に示す如く吸入冷媒の流れに対してW相インバータ19Wのスイッチング素子18C及び18Fが最も上流側に位置し、その下流側にV相インバータ19Vのスイッチング素子18B及び18Eが位置し、最も下流側にU相インバータ19Uのスイッチング素子18A及び18Dが配置されている場合、W相のインバータ19Wのスイッチング素子18C及び18Fよりも下流側に位置するV相インバータ19Vのスイッチング素子18B及び18Eの冷却効果はW相よりも悪くなり、V相のインバータ19Vのスイッチング素子18B及び18Eよりも下流側に位置するU相インバータ19Uのスイッチング素子18A及び18Dの冷却効果は更に悪くなる。
【0059】
そのため、例えばU相のスイッチング素子18A及び18Dの動作時のスイッチング損失に起因する発熱で温度が激しく上昇した場合、三相インバータ回路28の熱破壊が発生する危険性が生じる。そこで制御部21は、実施例では温度センサ26A〜26Cの出力に基づき、何れかの相のスイッチング素子18A〜18Fの温度が所定の保護閾値以上に上昇した場合、三相インバータ回路28の破損を防止するために電動圧縮機16を強制停止するものであるが、この発明ではそれ以前に、制御部21の線間変調演算部34が、温度上昇が激しい相のスイッチング素子の温度上昇を抑制する制御を実行する。
【0060】
以下、具体的に説明する。例えば、温度センサ26Aが検出するU相インバータ19Uのスイッチング素子18A及び18Dの温度に応じて、当該スイッチング素子18A及び18Dの温度が、温度センサ26Bや温度センサ26Cが検出する他のV相インバータ19Vのスイッチング素子18B及び18Eや、W相インバータ19Wのスイッチング素子18C及び18Fの温度より高い場合、若しくは、高い状態が所定時間継続した場合、線間変調演算部34は前述した式(i)〜(iii)で乗算するバイアス値biasUを1より大きい値とし、biasVとbiasWは1とする。
【0061】
ここで、線間変調演算部34は前記バイアス値biasU、biasV、biasWを1以上2以下の範囲(1≦バイアス値≦2)で決定する。その理由を
図6〜
図8を用いて説明する。三相変調電圧指令値U’、V’、W’のうちの中間の値を前述したKに採用すると、それ以外の相の三相変調電圧指令値は−1〜1の範囲外になって線間変調が破綻してしまう。これは前述した式(vi)〜(viii)でKに中間の値を採用すれば分かる。
【0062】
即ち、中間の値をKに採用することができないので、中間の値の絶対値が最大値・最小値の絶対値より大きくなるようなバイアス値を設定することはできない。
図6に三相変調電圧指令値U’、V’、W’を示すが、この
図6中の太い実線が最大値、細い実線が最小値、破線が中間の値となる。この
図6を絶対値化したものを
図7に示す。
図7において、中間の値(破線)が最大値(太い実線)・最小値(細い実線)に最も近づくのは中間の値が0.5のときである。
【0063】
そこで、
図7の中間の値を二倍(バイアス値=2)にしたものを
図8に示す。この図では中間の値が0.5のときが二倍されて1になり、最大値・最小値と一致している(中間の値0.5はここでは最大値・最小値と一致するためKに採用しても線間変調は破綻しない)。また、それ以外の領域であれば中間の値を二倍にしても最大値・最小値より小さいために採用されない。以上の理由により、線間変調演算部34が設定するバイアス値biasU、biasV、biasWは2以下の値とされる。また、
図5の如く各相のスイッチング素子18A〜18Fのスイッチング回数を同一とする場合は、バイアス値biasU、biasV、biasWを全て1(biasU=biasV=biasW=1)とし、後述する如くスイッチング密度を低下させるときにはバイアス値を1より大きい値とするので、結果としてバイアス値biasU、biasV、biasWは1以上、2以下の範囲で決定されることになる。
【0064】
図3の例の如く例えばU相インバータ19Uのスイッチング素子18A及び18Dの温度が他の相よりも高い場合、若しくは、高い状態が所定時間継続した場合、線間変調演算部34はバイアス値biasUを1より大きい値とし、biasVとbiasWは1とするものであるが、実施例では他の相に対するU相インバータ19Uのスイッチング素子18A及び18Dの温度上昇の度合に応じてバイアス値biasUを決定する。具体的には、U相インバータ19Uのスイッチング素子18A及び18Dの温度が他の相よりも高く、その差が大きい程、バイアス値biasUを大きくしていく。但し、1より大きく、2以下の範囲である。
【0065】
図9はバイアス値biasU=1.0、biasU=1.2、biasU=1.4、biasU=1.6、biasU=1.8、biasU=2.0としたときの二相変調電圧指令値U、V、Wの変化を示し、
図10はbiasU=1.4のときの詳細、
図11はbiasU=1.8のときの詳細、
図12はbiasU=2.0のときの詳細をそれぞれ示している(
図5はbiasU=1の詳細である。また、biasV=biasW=1である)。
【0066】
各図から明らかな如く、バイアス値biasUが大きくなる程、U相インバータ19Uのスイッチング素子18A及び18DのON/OFF状態が固定される期間(U相電圧指令値Uが1又は−1となっている期間)が長くなり、その分、一周期あたりのスイッチング回数が減少してスイッチング密度が低下する。そして、最大のbiasU=2のときに、U相インバータ19Uのスイッチング素子18A及び18Dのスイッチング回数は2/6となり、V相インバータ19Vのスイッチング素子18B及び18Eと、W相インバータ19Wのスイッチング素子18C及び18Fのスイッチング回数は何れも5/6となる(合計は2/6+5/6+5/6となって三相変調制御の6/6+6/6+6/6よりも1低減される)。
【0067】
即ち、温度上昇が激しいU相インバータ19Uのスイッチング素子18A及び18Dのスイッチング密度は他の相のスイッチング密度とは異なる値となり、V相インバータ19Vのスイッチング素子18B及び18Eと、W相インバータ19Wのスイッチング素子18C及び18Fのスイッチング密度より低下する。これにより、U相インバータ19Uのスイッチング素子18A及び18Dの発熱が抑制されることになるので、吸入冷媒による冷却効率が悪い状況でも、他の相のスイッチング素子と同等の値まで温度が低下し、熱破壊が起こらないようになる。
【0068】
(5−3)線間変調演算部34によるスイッチング密度の変更制御(その2)
一方、例えば温度センサ26Aが検出するU相インバータ19Uのスイッチング素子18A及び18Dの温度と、温度センサ26Bが検出するV相インバータ19Vのスイッチング素子18B及び18Eの温度が、温度センサ26Cが検出するW相インバータ19Wのスイッチング素子18C及び18Fより高い場合、若しくは、高い状態が所定時間継続した場合、線間変調演算部34はバイアス値biasUとbiasVを1より大きい値とし、biasWは1とする。
【0069】
この場合も実施例ではW相に対するU相インバータ19Uのスイッチング素子18A及び18D及びV相インバータ19Vのスイッチング素子18B及び18Eの温度上昇の度合に応じてバイアス値biasU及びbiasVを決定する。具体的には、U相インバータ19Uのスイッチング素子18A及び18DとV相インバータ19Vのスイッチング素子18B及び18Eの温度がW相よりも高く、その差が大きい程、バイアス値biasU及びbiasVを大きくしていく。但し、この場合も1より大きく、2以下の範囲である。
【0070】
図13はバイアス値biasU=biasV=1.0、biasU=biasV=1.2、biasU=biasV=1.4、biasU=biasV=1.6、biasU=biasV=1.8、biasU=biasV=2.0としたときの二相変調電圧指令値U、V、Wの変化を示し、
図14はbiasU=biasV=1.4のときの詳細、
図15はbiasU=biasV=2.0のときの詳細をそれぞれ示している(biasW=1である)。
【0071】
各図から明らかな如く、バイアス値biasU及びbiasVが大きくなる程、U相インバータ19Uのスイッチング素子18A及び18DとV相インバータ19Vのスイッチング素子18B及び18EのON/OFF状態が固定される期間(U相電圧指令値UとV相電圧指令値Vが1又は−1となっている期間)が長くなり、その分、一周期あたりのスイッチング回数が減少してスイッチング密度が低下する。そして、最大のbiasU=biasV=2のときに、U相インバータ19Uのスイッチング素子18A及び18DとV相インバータ19Vのスイッチング素子18B及び18Eのスイッチング回数はそれぞれ3/6となり、W相インバータ19Wのスイッチング素子18C及び18Fのスイッチング回数は6/6(常時スイッチング)となる(合計は3/6+3/6+6/6となってこの場合も三相変調制御の6/6+6/6+6/6より1低減される)。
【0072】
即ち、温度上昇が激しいU相インバータ19Uのスイッチング素子18A及び18DとV相インバータ19Vのスイッチング素子18B及び18Eのスイッチング密度はW相のスイッチング密度とは異なる値となり、W相インバータ19Wのスイッチング素子18C及び18Fのスイッチング密度より低下する。これにより、U相インバータ19Uのスイッチング素子18A及び18DとV相インバータ19Vのスイッチング素子18B及び18Eの発熱が抑制されることになるので、吸入冷媒による冷却効率がW相よりも悪い状況でも、W相インバータ19Wのスイッチング素子18C及び18Fと同等の値まで温度が低下し、熱破壊が起こらないようになる。
【0073】
また、上記の如くバイアス値biasU、biasV、biasWを三相変調電圧指令値U’、V’、W’に乗算した後、それらを比較するようにすることで、各バイアス値の比率を設定するだけで、自動的にスイッチング回数の低減値(三相変調制御から二相変調制御にしたときのスイッチング回数の低減値=1)を各相に割り振ることができるようになる。
【0074】
以上詳述した如く、モータ8を駆動する三相インバータ回路28と、モータ8に印加する三相変調電圧指令値U’、V’、W’を演算する相電圧指令演算部33と、三相変調電圧指令値U’、V’、W’に基づき、三相インバータ回路28の所定の一相のスイッチング素子(例えば、18A及び18D)のON/OFF状態を固定させると共に、他の二相のスイッチング素子(例えば、18B及び18E、18C及び18F)のON/OFF状態を変調させる二相変調電圧指令値U、V、Wを演算する線間変調演算部34と、二相変調電圧指令値U、V、Wに基づき、三相インバータ回路28をPWM制御するPWM信号Vu、Vv、Vwを生成するPWM信号生成部36を備えた電力変換装置1において、線間変調演算部34が、少なくとも一相のスイッチング素子のスイッチング密度を、他の相とは異なる値とすることができるようにしたので、スイッチング素子の動作時のスイッチング損失に起因する発熱で、三相のうちの何れか一つの相、若しくは、二つの相のスイッチング素子の温度が他の相よりも高くなるような状況において、各相のスイッチング素子18A〜18Fの温度の平準化を図り、熱破壊、若しくは、熱破壊が発生する危険性に伴う電動圧縮機16の停止を未然に回避することが可能となる。
【0075】
また、実施例では線間変調演算部34が、スイッチング素子18A〜18Fの温度に応じてスイッチング密度を変更しているので、的確にスイッチング素子18A〜18Fのスイッチング密度の変更を制御することができるようになる。
【0076】
この場合、実施例では線間変調演算部34が、他の相のスイッチング素子よりも温度が高いスイッチング素子(例えば18A及び18D)の相のスイッチング密度を低下させるようにしているので、温度が高い相のスイッチング素子のスイッチング損失に起因する発熱を抑制して、当該相のスイッチング素子(例えば、18A及び18D)が激しく温度上昇する不都合を未然に回避することができるようになる。
【0077】
また、実施例では線間変調演算部34が、各相の三相変調電圧指令値U’、V’、W’を比較し、絶対値が最大となる相のスイッチング素子のON/OFF状態を固定させると共に、各相の三相変調電圧指令値を比較する際、少なくともスイッチング密度を他の相とは異なる値とする相の三相変調電圧指令値U’、V’、W’に所定のバイアス値biasU、biasV、biasWを乗算した後、各相の三相変調電圧指令値を比較するようにしているので、バイアス値の設定によって各相にスイッチング回数の低減度合を簡単に割り振り、スイッチング密度の変更制御を円滑に行うことができるようになる。
【0078】
この場合、線間変調演算部34は、バイアス値biasU、biasV、biasWを1より大きく、2以下の値とするので、二相変調が破綻することも防止することが可能となる。
【0079】
ここで、実施例では各相のスイッチング素子のスイッチング密度を同一とする場合、線間変調演算部34がバイアス値biasU、biasV、biasWを1とするようにしているが、各相の三相変調電圧指令値U’、V’、W’を比較する際にバイアス値を乗算しないようにしてもよい。
【0080】
そして、実施例の如くスイッチング素子18A〜18Fが、電動圧縮機16に吸入される冷媒と熱交換関係に配置されている電力変換装置1に本発明を適用することで、吸入冷媒による冷却効率が悪くなる位置に配置された相のスイッチング素子(例えば、18A及び18D)のスイッチング密度を低下させ、当該スイッチング素子が激しく温度上昇する不都合を未然に回避し、電動圧縮機16が強制停止される等の不都合を解消することができるようになる。
【0081】
尚、実施例では各スイッチング素子18A〜18Fの温度を温度センサ26A〜26Cで検出するようにしたが、それに限らず、制御部21が駆動時の特性から各スイッチング素子18A〜18Fの温度の状態を推定するようにしてもよい。
【0082】
また、実施例では三相変調電圧指令値U’、V’、W’の全てにバイアス値biasU、biasV、biasWを乗算した後、比較するようにしたが、スイッチング密度を他の相とは異なる値にしようとする相の三相変調電圧指令値のみにバイアス値を乗算した後、比較するようにしてもよい。
【0083】
更に、実施例では電動圧縮機16のモータ8を駆動制御する電力変換装置1に本発明を適用したが、それに限らず、何れかの相のスイッチング素子の温度が他の相よりも上昇する危険性がある各種機器のモータの駆動制御に本発明は有効である。