(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記重合成分を100質量部としたとき、前記アルコキシ基含有アクリレート(B)は、35質量部以上46質量部以下である、請求項1または2に記載の軟質眼内レンズ材料。
前記重合成分を100質量部としたとき、前記芳香族環含有メタクリレート(A)と、前記アルコキシ基含有アクリレート(B)との総量は、75質量部以上90質量部以下である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の軟質眼内レンズ材料。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
このような折り畳み可能な軟質眼内レンズの構成材料として、シリコーン、疎水性(メタ)アクリレートおよび親水性(メタ)アクリレート等からなる軟質樹脂が汎用されている。なかでも、術後に後発白内障の発生事例が少ないことから、疎水性の(メタ)アクリレートが広く採用されている。ここで、疎水性(メタ)アクリレートは水分との馴染みが悪く、レンズ内のわずかな水分が点状に凝集して輝いて見えるグリスニングと呼ばれる現象が生じやすい。そのため、軟質眼内レンズ材料の作製には、疎水性(メタ)アクリレートと親水性(メタ)アクリレートとの併用が欠かせない。しかしながら、従来の軟質眼内レンズ材料には、上記の柔軟性および形状回復性と、グリスニングの低減との両立に改善の余地があった。また、これらを両立できる軟質眼内レンズ材料の多様性も潜在的に求められている。
【0005】
本出願は、上記従来技術の事情に鑑み、柔軟性および形状回復性と、グリスニングの低減とが両立された新しい軟質眼内レンズ材料を提供することを目的とする。また他の観点から、本出願は、この軟質眼内レンズ材料を用いた軟質眼内レンズを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
ここに開示される技術によって提供される軟質眼内レンズ材料は、重合性を有する重合成分を重合させてなり、上記重合成分は、芳香族環含有メタクリレート(A)と、アルコキシ基含有アクリレート(B)と、ヒドロキシ基含有アクリレート(C)と、架橋性(メタ)アクリレート(D)と、を含む。そして、上記重合成分を100質量部としたとき、上記アルコキシ基含有アクリレート(B)は、30質量部以上である。
【0007】
本発明者らが従来の軟質眼内レンズ材料について詳細に検証した結果、以下の事象を確認した。すなわち、従来の軟質眼内レンズ材料は、グリスニングの発生を抑制するために親水性の(メタ)アクリレートを十分に含むようにしている。しかしながら、親水性の(メタ)アクリレートは、ポリマーの空隙に房水が凝集しにくい環境を作り出すことでグリスニングの発生を抑制し得るものの、重合体の硬度を高めるという背反を生じる。また、軟質眼内レンズ材料の親水性が高まると空気中の水分を吸収してレンズの形状や物性が変化し易くなり、これにより眼内レンズの取扱い性が困難になっていた。なお、疎水性(メタ)アクリレートの中にも、公知のポリメチルメタクリレート(PMMA)等のようにグリスニングの発生を抑制し得るモノマー成分は存在し得るものの、このようなモノマー成分を用いて得られるポリマーは、レンズを構成した場合に折り畳みができない程の硬い材料であり使用することは困難である。
【0008】
そこで、本発明者らが鋭意検討した結果、芳香族環を備えるメタクリレートモノマーと芳香族環を備えないアルコキシアクリレートとを組み合わせて用いることで、軟質眼内レンズ材料に適した柔軟性および形状回復性(以下、単に「物理的特性」という場合がある。)を損ねることなくグリスニングの抑制効果が発現され、親水性モノマーの機能の一部を代替できることを見出し、本願発明を完成するに至った。ただし、十分な柔軟性を確保する点においては、メタクリレート成分に比較して軟質なアルコキシ基含有アクリレート(B)は30質量部以上含まれることが肝要となる。これにより、柔軟性および形状回復性と、グリスニングの低減とが両立された軟質眼内レンズ材料が提供される。
【0009】
ここに開示される軟質眼内レンズ材料の好ましい一態様において、上記重合成分を100質量部としたとき、上記芳香族環含有メタクリレート(A)は、40質量部以上52質量部以下である。このような構成によって、軟質眼内レンズ材料の折り畳みに適した柔軟性を損ねることなく、グリスニングの発生を好適に抑制することができる。
【0010】
ここに開示される軟質眼内レンズ材料の好ましい一態様において、上記重合成分を100質量部としたとき、上記アルコキシ基含有アクリレート(B)は、35質量部以上46質量部以下である。このような構成によって、柔軟性および形状回復性と、グリスニングの低減とを好適に両立することができる。
【0011】
ここに開示される軟質眼内レンズ材料の好ましい一態様において、上記重合成分を100質量部としたとき、上記ヒドロキシ基含有アクリレート(C)は、8質量部以上12質量部以下である。親水性アクリレートの使用をこのように少量に抑制することにより、軟質眼内レンズの柔軟性および形状回復性の低下をよりよく低減することができる。
【0012】
ここに開示される軟質眼内レンズ材料の好ましい一態様において、上記重合成分を100質量部としたとき、上記芳香族環含有メタクリレート(A)と、上記アルコキシ基含有アクリレート(B)との総量は、75質量部以上90質量部以下である。ここに開示される軟質眼内レンズ材料に因ると、芳香族環含有メタクリレートと非芳香族環含有アルコキシアクリレートとの組み合わせにより、グリスニングの低減に有効な骨格を有する重合体が形成されると考えられる。その結果、硬質な親水性(メタ)アクリレートの含有を抑制した状態でグリスニングを低減でき、物理的特性とグリスニングの低減とを高いレベルでバランスすることができる。
【0013】
ここに開示される軟質眼内レンズ材料の好ましい一態様において、上記芳香族環含有メタクリレート(A)は、以下の一般式(1):
【化1】
ただし、式中、R1は炭素数1〜8の直鎖状または分岐鎖状のアルキレン基であり、Xは元素が存在しないか酸素原子であることを示す;で表されるメタクリレートを含む。これにより、軟質眼内レンズ材料の高い屈折率と柔軟性とを実現しながら、上記効果をより良く高めることができる。
【0014】
ここに開示される軟質眼内レンズ材料の好ましい一態様において、上記アルコキシ基含有アクリレート(B)は、以下の一般式(2):
【化2】
ただし、式中、R2はメチル基またはエチル基であり、nは1〜4の整数である;で表されるアクリレートを含む。これにより、上記効果をより良く高めることができる。
【0015】
ここに開示される軟質眼内レンズ材料の好ましい一態様において、上記ヒドロキシ基含有アクリレート(C)は、以下の一般式(3):
【化3】
ただし、式中、R3は炭素数1〜8の直鎖状または分岐鎖状のアルキレン基である;で表されるアクリレートを含む。これにより、上記効果をより良く高めることができる。
【0016】
ここに開示される軟質眼内レンズ材料の好ましい一態様において、上記重合成分は、紫外線吸収能を備えるモノマーを含む。これにより、紫外線に由来する眼病発生のリスクを低減することができる軟質眼内レンズが提供される。
【0017】
ここに開示される軟質眼内レンズ材料の好ましい一態様において、上記重合成分は、黄色着色能を備えるモノマーを含む。これにより、青色光の透過を一部抑制し、水晶体による視覚と違和感のない自然な視覚を提供することができる。
【0018】
以上の軟質眼内レンズ材料は、優れた柔軟性とグリスニング抑制効果とを備えている。このような特性は、眼球内に埋植されたのち房水に浸漬された状態が長期にわたって維持される軟質眼内レンズを構成する材料として用いると特に好適である。そこで、他の側面において、ここに開示される技術は、上記のいずれかに記載された軟質眼内レンズ材料を用いて作製された、軟質眼内レンズを提供する。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の好適な実施形態を説明する。なお、本明細書において特に言及している事項(軟質眼内レンズの組成等)以外の事柄であって、本発明の実施に必要な事柄(軟質眼内レンズの基本的な形態等)は、本明細書に記載された発明の実施についての教示と、出願時の技術常識とに基づいて、当業者は理解することができる。本発明は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。また、以下の図面において、同じ作用を奏する部材・部位には同じ符号を付して説明することがあり、重複する説明は省略または簡略化することがある。また、数値範囲を示す「A〜B」との表記は、特に断りのない限り、「A以上B以下」を意味するものとする。
【0021】
図1は、一実施形態に係る1ピース型の軟質眼内レンズの構成を説明する図である。
図1の(a)は平面図であり、(b)は側面図である。軟質眼内レンズ1は、所定の屈折力を有する光学部10と、光学部10を眼内で支持するための一対の支持部20とを備えている。光学部10と支持部20とは、同一の原料樹脂組成物から一体的に成形されている。
【0022】
光学部10は、例えば平面視で、概ね直径Dが5.5mm〜7mm程度、典型的には6mm程度の円形を有している。光学部10の直径D方向に直交する方向を、厚み方向という。また、光学部10は、側面視で、例えば両面に(厚み方向の両側に)向けて突出した両凸レンズ形状を有している。光学部10の厚みは、光学部10を構成する材料の屈折率と、光学部10に求められる所望の屈折力等に基づいて決定することができる。光学部10の厚みは、円形の光学部10の中心Oにおいて、例えば、300μm以上、一例として400μm以上であってよい。また、光学部10の厚みは、例えば1000μm以下程度であり、例えば900μm以下、一例として700μm以下、600μm程度(±10%程度)であってよい。しかしながら、光学部10の形状はこれに限定されない。光学部10の形状は、例えば、平面視で楕円形や類楕円形であってよい。また、光学部10の形状は、例えば側面視で、一方の面のみが突出し、他方の面は平坦な平凸レンズ形状であってよく、あるいは、一方の面が突出し、他方の面は凹んだ凸メニスカスレンズ形状等であってもよい。
【0023】
支持部20は、光学部10の周縁から外方に向けて突出するように形成されている。一対の支持部20は、光学部10の中心Oを対称軸として、点対照となるように光学部10に対して形成されている。支持部20は、一端が自由端のループ形状を有している。支持部20は、光学部10との接続部の近傍において、レンズ部の平面内で大きく屈曲した屈曲部20aをそれぞれ備えている。支持部20は、屈曲部20aにおいて、自由端部を中心Oに近づける方向にさらに屈曲可能に構成されている。一対の支持部20の自由端の間の距離Lは、例えば11.5mm〜13.5mm程度であり、典型的には12mm〜13mm程度である。しかしながら、支持部20の形状はこれに限定されない。光学部10および支持部20は、同一の材料によって構成されていてもよいし、異なる材料によって構成されていてもよい。ここに開示される軟質眼内レンズ1は、例えば、光学部10および支持部20がともに、同一の軟質眼内レンズ材料によって構成されていてもよい。
【0024】
この軟質眼内レンズ材料は、重合性を有する重合成分を重合させることで構成されている。軟質眼内レンズ材料を構成するための重合成分は、本質的に、芳香族環含有メタクリレート(A)と、アルコキシ基含有アクリレート(B)と、ヒドロキシ基含有アクリレート(C)と、架橋性(メタ)アクリレート(D)と、を含む。換言すれば、軟質眼内レンズ材料は、香族環含有メタクリレート(A)に対応するモノマー単位と、アルコキシ基含有アクリレート(B)に対応するモノマー単位と、ヒドロキシ基含有アクリレート(C)に対応するモノマー単位と、架橋性(メタ)アクリレート(D)に対応するモノマー単位とを含む、(メタ)アクリレート共重合体によって構成されている。
【0025】
なお、この明細書において「(メタ)アクリレート共重合体」とは、いわゆる「アクリル系ポリマー」と総称されているポリマーであり、一つの分子構造中に重合性不飽和二重結合を含む(メタ)アクリロイル基を少なくとも一つ有するモノマーに由来するモノマー単位(以下、(メタ)アクリレートモノマーという場合がある。)を含む重合物をいう。(メタ)アクリレート共重合体は、典型的には、一つの分子構造中に(メタ)アクリレートモノマーに由来するモノマー単位を合計で50質量%以上(好ましくは75質量%以上、より好ましくは80質量%以上、特に好ましくは90質量%以上、例えば95質量%以上)の割合で含む重合体をいう。なお、「(メタ)アクリレート」とはアクリレートおよびメタクリレートを包括的に意味する用語である。以下、各重合成分について説明する。
【0026】
本発明者らは、芳香族環含有メタクリレート(A)とアルコキシ基含有アクリレート(B)との併用が、適度な物理的特性とグリスニング抑制とを高度なレベルで両立する作用を有することを知見し、主たる重合成分として用いるようにしている。換言すれば、芳香族環含有メタクリレートモノマー(A)とアルコキシ基含有アクリレート(B)は、協働することで、適度な物理的特性とグリスニング抑制効果との両立に寄与する。このような機構の詳細は明らかではないものの、本発明者らのこれまでの検討によると、メタクリレート系の重合成分は、アクリレート系の重合成分よりも重合物の表面近傍で相対的に高濃度に存在し得ることが明らかとなっている(例えば、国際公開第2019/138952号参照)。また、一般に疎水性アクリル系ポリマーと呼ばれる重合物であっても、1%に満たない程度ではあるが吸水性を備えるものが多く、汎用の眼内レンズにおいてはこの僅かな吸水性に基づいてグリスニングが発生していると考えられる。これに対し、ここに開示される芳香族環含有メタクリレート(A)は高濃度に重合するとPMMAと類似した高い疎水性を発揮し得る。そのため、ここに開示される構成によると、表面近傍で芳香族環含有メタクリレート(A)が高濃度に重合して疎水性の表面を形成し、グリスニングの低減に効果的に寄与するものと考えられる。また、親水性を備え得るアルコキシ基含有アクリレート(B)やヒドロキシ基含有アクリレート(C)を重合物の中心近傍に相対的に高濃度に存在させることができ、重合物の表面におけるグリスニングの低減を抑制するとともに、重合物に良好な柔軟性および形状回復性を付与しているものと考えられる。
【0027】
重合性の芳香族環含有メタクリレート(A)としては、その構造中に少なくとも一つの芳香族炭化水素基を含む化合物を用いることができる。芳香族環を含有するメタクリレートモノマーは、重合体に眼内レンズの屈折率を高める機能を付与する。芳香族炭化水素基としては、ベンゼン環、ナフタレン環、ビフェニル環、複素環などが挙げられる。複素環としては、モルホリン環、ピペリジン環、ピロリジン環、ピペラジン環などが挙げられる。芳香族環含有メタクリルモノマーとしては、例えば、具体的には、ベンジルメタクリレート、フェニルメタクリレート、o−フェニルフェノールメタクリレート、フェノキシメタクリレート、エチレングリコールフェニルエーテルメタクリレート、ジエチレングリコールフェニルエーテルメタクリレート、プロピレングリコールフェニルエーテルメタクリレート、エチレンオキサイド変性ノニルフェノールメタクリレート、エチレンオキサイド変性クレゾールメタクリレート、フェノールエチレンオキサイド変性メタクリレート、2−ヒドロキシ−3−フェノキシプロピルメタクリレート、メトキシベンジルメタクリレート、クロロベンジルメタクリレート、クレジルメタクリレート、ポリスチリルメタクリレート等のベンゼン環を有するもの;ヒドロキシエチル化β−ナフトールメタクリレート、2−ナフトエチルメタクリレート、2−(4−メトキシ−1−ナフトキシ)エチルメタクリレート等のナフタレン環を有するもの;ビフェニルメタクリレートなどのビフェニル環を有するもの等が挙げられる。これら芳香族環含有メタクリレートモノマーは、1種を単独で含んでもよいし、2種以上を組み合わせて含んでもよい。(メタ)アクリレート共重合体に占める重合性芳香族環含有メタクリレートモノマーの割合は、これに限定されるものではないが、例えば、上記(A)〜(D)の4種の重合成分の合計を100質量部としたとき、例えば、大凡35質量部以上とすることができ、約40質量部以上が好ましく、例えば約42質量部以上であってよい。芳香族環含有メタクリレートモノマー(A)の割合は、例えば、大凡55質量部以下とすることができ、52質量部以下が好ましく、例えば約50質量部以下であってよい。
【0028】
ところで、芳香族環含有メタクリレートモノマーを単位として含む高分子は、芳香族環の大きな構造に由来して硬度が高くなる傾向があることが知られている。したがって、香環含有(メタ)アクリルモノマーは、ガラス転移点が相対的に低いメタクリレートモノマーであることがより好ましい。このような芳香族環含有メタクリレート(A)としては、なかでも以下の一般式(1):
【化4】
で示されるメタクリレートモノマーであることが好ましい。ただし、式中、R1は炭素数1〜8の直鎖状または分岐鎖状のアルキレン基であり、Xは元素が存在しない(つまり単結合である)か酸素原子であることを示す。アルキレン基としては、例えば、具体的にはメチレン基、エチレン基、n−プロピレン基、イソプロピレン基、シクロプロピレン基、n−ブチレン基、イソブチレン基、s−ブチレン基、t−ブチレン基、シクロブチレン基、n−ペンチレン基、1−メチル−n−ブチレン基、2−メチル−n−ブチレン基、3−メチル−n−ブチレン基、1,1−ジメチル−n−プロピレン基、1,2−ジメチル−n−プロピレン基、2,2−ジメチル−n−プロピレン基、1−エチル−n−プロピレン基、シクロペンチレン基、n−ヘキシレン基等であり得る。重合物の吸水性を低減する観点からは、Xは単結合であることがより好ましい。このようなメタクリレートモノマー成分のなかでも好適な一例として、ベンジルメタクリレート、フェニルエチルメタクリレート、エチレングリコールモノフェニルエーテルメタクリレート、ジエチレングリコールモノフェニルエーテルメタクリレート、テトラエチレングリコールモノフェニルエーテルメタクリレート等が挙げられる。
【0029】
アルコキシ基含有アクリレート(B)は、例えば、次式:CH
2=CHCOOR
2;で表されるアクリレートモノマー成分であって、R
2が少なくとも一部にアルコキシ基を含む官能基および/または置換基であるモノマーである。アルコキシ基としては、例えば、炭素数が1〜5(以下、単に「C
1−5」のように示す。)やC
1−4、典型的にはC
1やC
2、C
3等のアルコキシ基であるとよい。具体的には、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、t-ブトキシ基、ペンチルオキシ基、アリルオキシ基等およびこれらを一部に含む官能基が挙げられる。
【0030】
このようなアルコキシ基含有アクリレートとしては、例えば、具体的には、エチレングリコールモノメチルエーテルアクリレート、エチレングリコールモノエチルエーテルアクリレート、エチレングリコールモノブチルアクリレート、ジエチレングリコールモノメチルエーテルアクリレート、ジエチレングリコールモノエチルエーテルアクリレート、ジエチレングリコールモノブチルエーテルアクリレート、ジプロピレングルコールメチルエーテルアクリレート、ジプロピレングルコールエチルエーテルアクリレート、トリエチレングリコールモノメチルエーテルアクリレート、トリエチレングリコールモノエチルエーテルアクリレート、テトラエチレングリコールモノメチルエーテルアクリレート、テトラエチレングリコールモノエチルエーテルアクリレート、ポリエチレングリコールモノメチルエーテルアクリレート、ポリエチレングリコールモノエチルエーテルアクリレート、2−(2−エチルヘキサオキシ)エチルアクリレート等のアルコキシ基含有アクリレートが挙げられる。好ましくは、アルコキシ基含有アクリレート(B)は、例えば、以下の一般式(2)で表されるアクリレートを含むことが好ましい。
【0031】
【化5】
ただし、式中、R2はメチル基またはエチル基であり、nは1〜4の整数である。このような化合物としては、一例として、エトキシ基を1〜4つ含有するエトキシ基モノメチルエーテルアクリレート、エトキシ基を1〜4つ含有するエトキシ基モノエチルエーテルアクリレート等が挙げられる。中でも、エチレングリコールモノメチルエーテルアクリレート(2−メトキシエチルアクリレート:MEA)、エチレングリコールモノエチルエーテルアクリレート(2−エトキシエチルアクリレート:EEA)、ジエチレングリコールモノメチルエーテルアクリレート(2−(2−エトキシエトキシ)メチルアクリレート:EEMA)、ジエチレングリコールモノエチルエーテルアクリレート(2−(2−エトキシエトキシ)エメチルアクリレート:EEEA)の使用が好ましい。これらは、いずれか1種を単独で含んでもよいし、2種以上を組み合わせて含むようにしてもよい。重合成分に占めるアルコキシ基含有アクリレート(B)の割合は、例えば、上記(A)〜(D)の4種の重合成分の合計を100質量部としたとき、大凡30質量部以上とすることができ、約35質量部以上が好ましく、例えば約38質量部以上であってよい。アルコキシ基含有アクリレート(B)の割合は、例えば、大凡50質量部以下とすることができ、46質量部以下が好ましく、例えば約40質量部以下であってよい。
【0032】
ヒドロキシ基含有アクリレート(C)は、(メタ)アクリレート共重合体の親水性を高め、共重合体の空隙に房水が凝集しにくい環境を作り出し、グリスニングの発生を抑制する機能を有する。ヒドロキシ基含有アクリレート(C)としては、以下の一般式(3):
【化6】
で表される化合物を含むことが好ましい。ただし、式中、R3は炭素数1〜8の直鎖状または分岐鎖状のアルキレン基である。このような重合成分としては、一例として、2−ヒドロキシエチルアクリレート、2−ヒドロキシプロピルアクリレート、4−ヒドロキシブチルアクリレート、6−ヒドロキシヘキシルアクリレート、2,3−ジヒドロキシプロピルアクリレート、8−ヒドロキシオクチルアクリレート等が挙げられる。中でも、2−ヒドロキシエチルアクリレート(HEA)、4−ヒドロキシブチルアクリレート(HBA)等の使用が好ましい。これらは、いずれか1種を単独で含んでもよいし、2種以上を組み合わせて含むようにしてもよい。
【0033】
(メタ)アクリレート共重合体に占めるヒドロキシ基含有アクリレート(C)の割合は厳密には制限されない。例えば、眼内レンズのグリスニングを好適に抑制するとの観点からは、上記(A)〜(D)の4種の重合成分の合計を100質量部としたとき、ヒドロキシ基含有アクリレート(C)の割合は、例えば、大凡5質量部以上とすることができ、約8質量部以上が好ましく、例えば約9質量部以上であってよい。しかしながら、ここに開示される技術においては、上記の芳香族環含有メタクリレートモノマー(A)とアルコキシ基含有アクリレート(B)とが、より緩和された条件でグリスニングの発生を抑制することから、眼内レンズの形状や含水量等の物性を大きく左右しうるヒドロキシ基含有アクリレート(C)の割合は、少ない方が好ましい。かかる観点から、ヒドロキシ基含有アクリレート(C)の割合は、例えば、大凡15質量部以下(15質量部未満)とすることができ、12質量部以下や11.5質量部以下が好ましく、例えば約11質量部以下であってよい。
【0034】
架橋性(メタ)アクリレート(D)としては、2官能(メタ)アクリレートや、3官能以上の多官能(メタ)アクリレートであってよい。一般的なポリマー設計において架橋点を導入する目的では、3官能〜6官能のモノマーが汎用されている。しかしながら、官能基が増えるほど重合物の硬度は高くなり得る。軟質眼内レンズ材料において架橋点を導入する場合は、適切な硬度とともに高い柔軟性を備えることが求められることから、2官能または3官能の(メタ)アクリレートを用いることが好ましい。また、架橋性(メタ)アクリレート(D)は、4官能以上の多官能(メタ)アクリレートは含まない構成であってよい。
【0035】
このような2官能(メタ)アクリレートとしては、例えば、具体的には、1,3−ブチレングリコールジ(メタ)アクリレート、1,4−ブタンジオールジ(メタ)アクリレート、1,6−ヘキサンジオールジ(メタ)アクリレート、1,9−ノナンジオールジ(メタ)アクリレート、1,10−デカンジオールジ(メタ)アクリレート、エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ジエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、トリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、テトラメチレングリコールジ(メタ)アクリレート、エチレンオキサイド変性ビスフェノールAジ(メタ)アクリレート、プロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、ジプロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、トリプロピレングリコールジ(メタ)アクリレートなどが挙げられる。3官能(メタ)アクリレートとしては、例えば、具体的には、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、トリス(2−アクリロイルオキシエチル)イソシアヌレート、エチレンオキサイド変性トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート等が挙げられる。なかでも、1,3−ブチレングリコールジ(メタ)アクリレート、1,4−ブタンジオールジ(メタ)アクリレート、1,6−ヘキサンジオールジ(メタ)アクリレートのいずれかを用いることが好ましい。なお、これに限定されるものではないが、架橋性(メタ)アクリレート(D)の総量を100質量%としたとき、架橋性アクリルモノマー成分が約50質量%以上であることが好ましく、約60質量%以上がより好ましく、例えば約70質量%以上、約80質量%以上、約90質量%以上が好ましく、例えば実質的に100質量%であってよい。これにより、軟質眼内レンズ材料の物性を安定して向上させることができる。
【0036】
(メタ)アクリレート共重合体に占める架橋性(メタ)アクリレート(D)の割合は厳密には制限されない。例えば、軟質眼内レンズのグリスニングを好適に抑制するとの観点からは、上記(A)〜(D)の4種の重合成分の合計を100質量部としたとき、架橋性(メタ)アクリレート(D)の割合は、例えば、大凡1質量部以上とすることができ、約3質量部以上が好ましく、例えば約4質量部以上であってよい。しかしながら、架橋性(メタ)アクリレート(D)の量が過剰となると、軟質眼内レンズ材料の硬度が高くなりすぎる虞があるために好ましくない。かかる点において、架橋性(メタ)アクリレート(D)の割合は、10質量部以下であってよく、10質量部以下が好ましく、8質量部以下がより好ましく、例えば5質量部以下であってよい。
【0037】
上述の芳香族環含有メタクリレート(A)、アルコキシ基含有アクリレート(B)、ヒドロキシ基含有アクリレート(C)および架橋性(メタ)アクリレート(D)において、アクリルモノマーの合計のモル数M
Aに対するメタクリルモノマーの合計のモル数M
MをM
M/M
Aとしたとき、これに限定されるものではないが、M
M/M
Aの値は、0.2以上が好ましく、0.4以上がより好ましく、例えば0.5以上であるとよい。また、M
M/M
Aの値は、1.2以下が好ましく、1.1以下がより好ましく、例えば1以下であるとよい。
【0038】
また、芳香族環含有メタクリレート(A)とアルコキシ基含有アクリレート(B)の組合せの効果をよりよく発揮する観点からは、上記(A)〜(D)の4種の重合成分の合計を100質量部としたとき、芳香族環含有メタクリレート(A)とアルコキシ基含有アクリレート(B)との総量は、75質量部以上であってよく、80質量部以上が適切であり、81質量部以上や、82質量部以上、83質量部以上や、85質量部以上であってよい。換言すると、ヒドロキシ基含有アクリレート(C)と架橋性(メタ)アクリレート(D)との総量は、25質量部以下であってよく、20質量部以下が適切であり、19質量部以下や、18質量部以下、17質量部以下や、15質量部以下であってよい。
【0039】
しかしながら、親水性モノマー成分や架橋性モノマー成分の含有を考慮すると、芳香族環含有メタクリレート(A)とアルコキシ基含有アクリレート(B)との総量は、90質量部以下、例えば89質量部以下や、88質量部以下程度に留めることが好ましい。換言すると、ヒドロキシ基含有アクリレート(C)と架橋性(メタ)アクリレート(D)との総量は、10質量部以上、例えば11質量部以上や、12質量部以上であってよい。これにより、よりシンプルな構成の軟質眼内レンズ材料によって、物理的特性と低グリスニング特性とが高度なレベルで両立された軟質眼内レンズを実現することができる。
【0040】
また、ここに開示される技術の本質を損なわない範囲において、軟質眼内レンズ材料を構成する(メタ)アクリレート共重合体は、上記以外の構成単位に対応する重合成分を含むことができる。
【0041】
その他の重合成分としては、例えば、上述の芳香族環含有メタクリレート(A)、アルコキシ基含有アクリレート(B)、およびヒドロキシ基含有アクリレート(C)にそれぞれ対応する、芳香族環含有アクリレート、アルコキシ基含有メタクリレート、およびヒドロキシ基含有メタクリレートであり得る。しかしながら、これらの重合成分は、上記(A)〜(C)の重合成分のバランスを損ない得るため、対応する芳香族環含有メタクリレート(A)、アルコキシ基含有アクリレート(B)、およびヒドロキシ基含有アクリレート(C)に対してそれぞれ10質量%以下、好ましくは5質量%以下、例えば3質量%以下の割合とすることが好ましい。芳香族環含有アクリレート、アルコキシ基含有メタクリレート、およびヒドロキシ基含有メタクリレートは含まない構成であることが好ましい。
【0042】
さらに、その他の重合成分としては、例えば、次式:CH
2=C(R
1)COOR
2;で表されるモノマーが挙げられる。ここで、上式中のR
1は、水素原子(H)またはメチル基(CH
3)である。また、上式中のR
2は炭素数1〜20(C1〜20)の直鎖状、分岐鎖状、または環状の炭化水素基である。柔軟性付与の観点から、R
2は、例えばC1〜12、典型的にはC1〜10、好ましくはC2〜8、例えばC3〜5のアルキル基であるアルキル(メタ)アクリレートを含むことが好ましい。このようなアルキル(メタ)アクリレートとしては、例えば、具体的には、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、プロピル(メタ)アクリレート、n−ブチル(メタ)アクリレート、tert−ブチル(メタ)アクリレート、イソブチル(メタ)アクリレート、n−ペンチル(メタ)アクリレート、tert−ペンチル(メタ)アクリレ−ト、ヘキシル(メタ)アクリレート、2−メチルブチル(メタ)アクリレート、ヘプチル(メタ)アクリレート、オクチル(メタ)アクリレート、2−エチルヘキシル(メタ)アクリレート、ノニル(メタ)アクリレート、デシル(メタ)アクリレート、ドデシル(メタ)アクリレート、ステアリル(メタ)アクリレート、シクロペンチル(メタ)アクリレート、シクロヘキシル(メタ)アクリレート等の直鎖状、分岐鎖状、および環状のアルキル(メタ)アクリレートが挙げられる。これらアルキル(メタ)アクリレートは、1種を単独で含んでもよいし、2種以上を組み合わせて含んでもよい。
【0043】
アルキル(メタ)アクリレート成分の過剰な含有は、上記重合成分(A)〜(C)のバランスを損ない得るために好ましくない。したがって、アルキル(メタ)アクリレート成分を含む場合は、重合成分の総量を100質量部としたとき10質量部程度の割合で含まれることが適切と考えられる。アルキル(メタ)アクリレート成分の割合は、典型的には5質量部以下程度、例えば3質量部以下、1質量部以下、例えば実質的に含まない構成がより好適である。
【0044】
また、その他の重合成分として、紫外線吸収能を有し、上記の重合成分(A)〜(D)に対する共重合性を有する紫外線吸収性モノマー成分を含むことができる。水晶体は紫外線を透過させ難い性質を有するのに対し、軟質眼内レンズは紫外線を透過し得るため、網膜を損傷する危険性がある。そこで、副モノマー成分として、紫外線吸収能を有する紫外線吸収性モノマー成分を含むことで、軟質眼内レンズ1を構成する(メタ)アクリレート共重合体に対し、紫外線吸収能を付与することができる。これにより、網膜の損傷を抑制したり、また、黄斑変性症や角膜炎等といった紫外線に由来する眼病が発生するリスクを低減することができる。なお、「紫外線吸収性モノマー」とは、紫外線吸収能を有する官能基を有するモノマー全般を意味する。また、紫外線吸収能を有する官能基としては、紫外線領域に吸収スペクトルを有する一群の機能原子団を意味する。このような紫外線吸収能を有する官能基は、広く紫外線吸収剤として用いられる紫外線吸収性化合物のアルキル残基やカルボン酸残基、アルコール残基、アミノ残基、アシル基などの総称であり得る。一例では、紫外線吸収性官能基としては、広く紫外線吸収性化合物中のカルボキシル基や水酸基、アミノ基などから水素原子を除いた原子団や紫外線吸収性化合物中のアシル基等を包含する。より具体的には、紫外線吸収性モノマー成分としては、ベンゾトリアゾール系モノマー成分、ベンゾフェノン系モノマー成分、サリチル酸系モノマー成分、シアノアクリレート系モノマー成分を好ましく用いることができる。
【0045】
紫外線吸収性モノマー成分は、重合成分の総量を100質量部としたとき0.1〜1質量部程度の割合で含まれることが適切と考えられる。紫外線吸収性モノマー成分の割合が0.1質量%よりも少なすぎると、上記の軟質眼内レンズ1の紫外線吸収能が低くなりすぎて有効に機能しない可能性があるからである。また、紫外線吸収性モノマー成分の割合が1質量%よりも多すぎると、上記の軟質眼内レンズ1が物性変化や経時変化等により変色する可能性があるためである。紫外線吸収性モノマー成分の割合は、典型的には0.15〜0.7質量%程度、例えば0.2〜0.5質量%程度がより好適である。
【0046】
また、水晶体は黄色味を帯びているため、反対色である青色光の透過を一部抑制する性質を有する。したがって、ここに開示される(メタ)アクリレート共重合体についても黄色系色素や赤色系色素等により着色されて、色覚調整が施されていることが好ましい。このような着色剤としては、上記の(メタ)アクリレートモノマー成分に対する共重合性を有し、この種の軟質眼内レンズの着色剤として使用されている公知のアゾ系化合物、ピラゾール系化合物等を適宜使用することができる。これらは、上記の重合成分との関係から適宜配合量を決定することができる。例えば、重合成分100質量部に対して、約0.001〜0.1質量部程度の範囲で含むことができる。
【0047】
(メタ)アクリレート共重合体を構成するために用いるその他の化合物としては、例えば、重合開始剤が挙げられる。重合開始剤としては、例えば、ベンゾインエーテル類やアミン類からなるラジカル重合開始剤を好ましく用いることができる。一例として、具体的には、2,2−アゾビスイソブチロニトリル、アゾビスジメチルバレロニトリル、ベンゾイン、メチルオルソベンゾイルベンゾエート等に代表される重合開始剤を用いることができる。これらは、上記の重合成分との関係から適宜配合量を決定することができる。例えば、重合成分100質量部に対して、約0.01〜1質量部程度の範囲で含むことができる。
【0048】
軟質眼内レンズ材料を得る方法は特に限定されず、溶液重合法、エマルション重合法、バルク重合法、懸濁重合法、光重合法等の、公知の(メタ)アクリレート共重合体の合成手法として知られている各種の重合方法を適宜採用することができる。中でも、例えば、上記重合成分が適宜配合された混合モノマー組成物を重合させる、溶液重合法を好ましく用いることができる。また、軟質眼内レンズ1の製造には、いわゆるキャストモールド製法や旋盤切削法(lathe cutting)等の従来公知の製造方法を適宜採用することができる。例えば、キャストモールド製法では、具体的には、目的の軟質眼内レンズ1の形状に対応したキャビティ(空隙)を備える鋳型を用意し、この鋳型に原料組成物(原料モノマー溶液)を供給して、鋳型内で原料組成物を重合させるとよい。例えば、切削法では、具体的には、目的の軟質眼内レンズ1の組成に対応した混合モノマー組成物をシート状(板状等を含む。)に重合させ、重合されたシート状の軟質眼内レンズ材料を切削することで所望の形状の軟質眼内レンズに加工するとよい。切削は、シート状の軟質眼内レンズ材料を凍結して実施するとよい。
【0049】
ここに開示される軟質眼内レンズ材料は、グリスニングの発生が顕著に低減されている。例えば、人工的にグリスニングを発生させた場合、顕微鏡で観察される輝点の数およびその面積が、低減されている。例えば、人工的にグリスニングを発生させる条件としては、湿潤状態で60℃に保持したのち25℃にまで温度変化させることが挙げられる。
【0050】
湿潤状態とは、例えば、軟質眼内レンズ材料を純水に浸漬させた状態として把握することができる。軟質眼内レンズ材料を生理食塩水等ではなく純水に浸漬させることで、グリスニングをより短時間で発生させることができる。本明細書では、純水として、25℃における電気抵抗率が15MΩ・cm以上、あるいは、電気伝導率が0.058μS/cm以下、の超純水を好ましく採用している。レンズ材料の60℃の高温環境での保持時間は、例えば約2時間を目安とすることができる。これにより、レンズ材料のポリマー構造を弛緩させた状態で水分を十分に吸収させることができる。言い換えれば、レンズ材料に過飽和の水分を吸水させることができる。
【0051】
その後、この軟質眼内レンズ材料を25℃にまで温度変化(冷却)させる。このことにより、レンズ材料のポリマー構造を収縮させて(吸水率を低下させて)、室温環境でポリマー構造に取り残された水分を微小な間隙に凝集させる。冷却後のポリマー構造とグリスニングの発生状態とを安定させるために、冷却後のレンズ材料は25℃で約24時間保持するとよい。このことにより、グリスニングを促進的に発生させることができる。
なお、上記のグリスニング発生のための温度条件である「60℃」および「25℃」との温度は、±2℃程度の変動または誤差は許容され得る。
【0052】
このとき、従来の軟質眼内レンズ材料は、レンズ材料の全体が白濁したり、レンズ材料の全体にわたって輝点の顕著な発生が確認される。従来の軟質眼内レンズ材料について顕微鏡観察で確認されるグリスニングの輝点の数は、例えば、単位面積当たり1000個/mm
2以上となり得る。また例えば、直径約6mmのレンズ材料に確認されるグリスニングの面積は、0.05mm
2超過となり得る。これに対し、ここに開示される軟質眼内レンズ材料は、親水性アクリレートに加えて、芳香族環含有メタクリレート(A)およびアルコキシ基含有アクリレート(B)の組合せがグリスニングを好適に抑制する。その結果、顕微鏡観察による単位面積当たりのグリスニングの輝点の数が、400個/mm
2以下に抑制される。また例えば、直径約6mmのレンズ材料に確認されるグリスニングの面積は、0.05mm
2以下(例えば、0.045mm
2以下、さらには0.043mm
2以下)となり得る。
【0053】
併せて、ここに開示される軟質眼内レンズ材料は、国際ゴム硬さがレンズの折畳みに最適な40以上60以下と、柔らかすぎず硬すぎずに適度に柔軟に調整され得る。このような適切な柔軟性も、芳香族環含有メタクリレート(A)およびアルコキシ基含有アクリレート(B)の適切な組合せによって実現されている。これにより、ここに開示される軟質眼内レンズ材料は、適度な柔軟性を維持しながら、グリスニングの発生が抑制されている、柔軟性と耐グリスニング特性とが両立された、新しい軟質眼内レンズ材料であるといえる。
【0054】
なお、ここに開示される軟質眼内レンズ1は、上述の構成の(メタ)アクリレート共重合体により構成されていることから、折り畳み可能な柔軟性と、弾性復元力とが従来の軟質眼内レンズと同様に好適に備えられている。そしてここに開示される軟質眼内レンズ1は、さらに、グリスニングの発生が低減されている。このことから、軟質眼内レンズ1は、生体環境内での親和性に優れているといえる。また、軟質眼内レンズ1は、小さく折り畳んでも、折り畳み力が解消されると直ちに展開されてもとの形状に回復する。このことにより、ここに開示される軟質眼内レンズ1は、専用挿入器具にて小さく屈曲されて眼内に挿入される形態の軟質眼内レンズとして特に好適に利用することができる。かかる観点から、ここに開示される技術は、この眼内レンズ挿入システムを好ましく提供することができる。
【0055】
具体的には図示しないが、眼内レンズ挿入システムは、上述の軟質眼内レンズ1と、インジェクタとを備えている。インジェクタは、例えば、シリンジ型のインジェクタ本体とプランジャとを有している。インジェクタ本体は、先端側で内部空間の幅が縮小されており、軟質眼内レンズ1はこの内部空間を通過することで幅方向に小さく折り畳まれるように構成されている。軟質眼内レンズ1は、インジェクタ本体の内部に、平坦な状態で予めセットされている。軟質眼内レンズ1を嚢内等に挿入する際には、インジェクタ本体に粘弾性物質等からなる潤滑剤等を供給したのち、インジェクタ本体にプランジャを押し込む。このことによって、軟質眼内レンズ1を折り畳むように屈曲させ、潤滑剤とともにインジェクタの先端の排出口から軟質眼内レンズ1を外部に排出する。これにより、軟質眼内レンズ1を眼球の水晶体嚢に簡便に挿入することができる。なお、インジェクタは、例えば、上記のインジェクタ本体のうち、軟質眼内レンズ1を収容する収容部から、軟質眼内レンズ1を排出する排出口までの部分であるカートリッジ部のみから構成されていてもよい。カートリッジ部は、例えば、インジェクタ本体に対して着脱可能に構成されてもよい。
【実施例】
【0056】
以下、本発明に関するいくつかの実施例を説明するが、本発明をかかる具体例に示すものに限定することを意図したものではない。
【0057】
重合成分として、下記の重合性モノマーを表1に示す配合で用意し、重合開始剤を加えて均一に混合することで、実施例1〜19および比較例1から13の眼内レンズ用原料組成物を用意した。なお、実施例11〜13および比較例11,13の原料組成物は2種類のアルコキシ基含有アクリレート(B)を含むが、その他の例の原料組成物については、芳香族環含有メタクリレート(A)、アルコキシ基含有アクリレート(B)、親水性モノマー(C)、および、架橋性モノマー(D)をそれぞれ1種類ずつ含む。そしてこの原料組成物を、両凸レンズ型のピロティを備える鋳型と、型枠(平板)と、にそれぞれ流し込み、60℃で12時間、100℃で12時間の条件で重合させた。これにより、まず、各例のグリスニング評価用の軟質レンズ成型体を得た。また、平板状の重合体については、1.5cm角、厚さ1mmに切断することで、各例の国際ゴム硬さ評価用の眼内レンズ材料とした。
【0058】
芳香族環含有モノマーとしては、以下の6種を用意した。
BZMA :ベンジルメタクリレート
EGPEMA:エチレングリコールモノフェニルエーテルメタクリレート
EGPEA :エチレングリコールモノフェニルエーテルアクリレート
PEMA :フェニルエチルメタクリレート
PEA :フェニルエチルアクリレート
【0059】
芳香族環非含有モノマーとしては、以下の7種を用意した。
MEA :2−メトキシエチルアクリレート
EEEA:2−(2−エトキシエトキシ)エチルアクリレート
MEMA:2−メトキシエチルメタクリレート
EEMA:2−エトキシエチルメタクリレート
EA :n−エチルアクリレート
BA :n−ブチルアクリレート
BMA :n−ブチルメタクリレート
【0060】
親水性モノマーとしては、以下の3種を用意した。
HBA :4−ヒドロキシブチルアクリレート
HEA :2−ヒドロキシエチルアクリレート
HEMA:2−ヒドロキシエチルメタクリレート
架橋性モノマーとしては、以下の3種を用意した。
BDDA :1,4―ブタンジオールジアクリレート
NDDA :1,9―ノナンジオールジアクリレート
TMPTA:トリメチロールプロパントリアクリレート
【0061】
[IRHDの測定]
各例の評価用眼内レンズ材料(1.5cm角)について、国際ゴム硬さ(IRHD)を測定した。デュロメータとしては、株式会社テクロック製のGS−680sel(JIS K6253:2012に規定されるタイプAデュロメータ)を用い、ISO48:2010(JIS K6253−2)のM法(中硬さ用マイクロサイズ試験)に準じて、平面硬さを測定した。国際ゴム硬さの測定は、各例の軟質レンズ成型体を、温度:21〜23℃、湿度:30〜70%RHの試験環境で1時間以上慣らしたのち、試験数:n=5にてゴム硬さを測定することで実施した。得られた国際ゴム硬さから算術平均値を算出し、下記表1の当該欄に示した。なお、IRHDは、下限が「30」であり、IRHD30未満の硬度については測定できない。
【0062】
[グリスニング抑制の評価]
各例の評価用の軟質レンズ成型体について、促進的にグリスニングを発生させたのち、顕微鏡観察および画像解析を行うことによりグリスニングの輝点の数と面積とを算出し、グリスニング特性を評価した。軟質レンズ成型体は、光学部の直径が約6mm、厚さ0.6mmであり、その周縁に一対の支持部が備えられている。グリスニング発生のための促進条件は、各例の軟質レンズ成型体を超純水に浸漬させた状態で、60℃の加熱環境で2時間保持し、次いで、室温で24時間静置するものとした。これは、嚢内を模した湿潤環境において、レンズ成型体に対し高温から低温への急激な温度変化を付与することでレンズ成型体の吸水率を急激に低下させ、ポリマー構造内に局所的に水分が取り残される状況を作り出すものである。超純水としては、電気抵抗率が16MΩ・cm以上(25℃)に管理されている超純水(通常は18MΩ・cm以上)を用いた。なお、室温環境は25±2℃に管理されている。
【0063】
顕微鏡観察には、株式会社ニコン製の実体顕微鏡SMZ1500と、株式会社ニコン製のデジタルカメラDS−Vi1とを用い、これらを画像統合ソフトウェアNIS−Elementsを使用して制御することで、評価用の軟質レンズ成型体の平面画像(800×600ピクセル)を取得した。画像には、軟質レンズ成型体の支持部の屈曲部が対角に配置され、光学部が画像の全面に大きく配置されるように、観察視野を設定した。画像解析には、アメリカ国立衛生研究所(NIH)開発のImage Jを用いた。
【0064】
実体顕微鏡の観察条件は、以下の通りである。
モード設定:手動露光
露光時間:30m/s
ゲイン:1.00×
コントラスト設定:標準
照明:暗視野(光量最大)
調光ダイヤル:光量最大
倍率:15倍(対物レンズ1×,接眼レンズ10×,ズーム1.5×)
【0065】
画像解析による輝点の数と輝点の面積の算出は、以下の手順で行った。
まず、撮像した軟質レンズ成型体の平面画像をImage Jに取り込み、Image(画像)メニューのType(画像タイプ)サブメニューの「8−bit」処理を施すことにより、画像を8ビットグレースケールに変換した。次いで、Adjust(補正)サブメニューにおいて、Threshold(閾値)レベルの上限を255、下限を40に調整することで、画像の閾値範囲のピクセルを黒色に、それ以外のピクセルを白色に変換する二値化を行った。これにより、軟質レンズ成型体の画像は、おおよそ、輪郭および輝点が黒色に、その他の部分が白色に二値化される。その後、Image(画像)メニューの楕円領域選択ツールボタンを使用し、二値化した軟質レンズ成型体像の光学部の領域(輪郭の内側)を選択することで、解析領域を作成(Create Selection)した。
【0066】
次に、Analyze(解析)メニューのAnalyze Particles(粒子解析)サブメニューを用いることで、上記選択領域内の対象物(輝点を示す黒色点)の数および面積を計測した。このサブメニューにより算出された、粒子数(particle count)を輝点の数とし、粒子面積の合計(total particle area)を輝点の総面積とした。
【0067】
そして、得られた輝点の数と面積とからグリスニング抑制効果を、下記表2に示す指標に基づいて評価し、その結果を表2の「官能評価」の欄に示した。なお、粒子面積の合計はピクセル単位で表示されるため、画像の倍率から求められる1mm=約96ピクセルとの関係から、総面積をmm
2単位に換算した。参考のため、総面積の算出結果を表1に示した。
【0068】
[評価]
以上のIRHDとグリスニング抑制の評価結果から、IRHDが40以上60以下であって、グリスニングの官能評価の結果がAであった軟質眼内レンズ材料を、適切な柔軟性等の機械的特性とグリスニング抑制効果とを備える良品(OK)と評価し、IRHDが40未満または60超過であったり、グリスニングの官能評価の結果がBまたはCの場合を不良品(NG)とし、その結果を表1の「評価」の欄に示した。
【0069】
【表1】
【0070】
【表2】
【0071】
表1に示されるように、実施例1〜10は、芳香族環含有メタクリルモノマーであるBZMAと、芳香族環非含有アルコキシ基含有アクリルモノマーであるMEAと、親水性アクリルモノマーであるHBAと、架橋性アクリルモノマーであるBDDAとを組み合わせ、これらの配合を様々に変化させて用いた例である。このようなモノマーの組合せとすることで、適切な物理的特性とグリスニング抑制効果とを両立した軟質眼内レンズ材料が得られることが確認された。また、主たる重合成分のうち主成分(最大成分)は、芳香族環含有モノマーであるBZMAと芳香族環非含有モノマーであるMEAのいずれであっても、良好な特性が実現されることが確認できた。さらに、例えば実施例6〜8等の比較からわかるように、主たる重合成分が芳香族環含有メタクリルモノマーと芳香族環非含有アルコキシ基含有アクリルモノマーである系では、グリスニングは、必ずしも親水性モノマーの含有量が多いほど低減されるものではないことが確認できた。芳香族環含有メタクリルモノマーと芳香族環非含有アルコキシ基含有アクリルモノマーとの好適な組合せが、グリスニングの低減にも寄与していることが伺える。
【0072】
ただし、比較例1に示すように、重合成分の全体を100質量部としたとき、主たる重合成分のうちのアクリル系モノマーであるMEAが30質量部を下回ると、IRHDが60を超過してしまい重合体が硬くなりすぎる場合があることが確認できた。主たる重合成分のうち、より軟質なアクリル成分については、30質量部以上を占めることが望ましいといえる。
【0073】
これに対し、親水性モノマーとして用いていたHBAを、実施例11ではHEAに、比較例2ではHEMAに変化させている。親水性モノマーとして、HBAと同じアクリルモノマー成分であるHEAを用いた実施例11では、実施例1〜10と同様に適切な柔軟性とグリスニング抑制効果とを両立した軟質眼内レンズ材料が得られることがわかった。しかしながら、親水性モノマーとして、メタクリルモノマー成分であるHEMAを用いた比較例2では、グリスニングが異常に発生してしまう結果となった。これは、重合物の表面に親水性のメタクリルモノマー成分が存在することで、BZMAによる疎水性表面が好適に形成されず、グリスニングを上手く抑制できなかったためであると考えられる。芳香族環含有メタクリルモノマーと芳香族環非含有アルコキシ基含有アクリルモノマーとを主従合成分とする系においては、親水性モノマーとしてメタクリル系モノマーを混合すると、グリスニングの発生を好適に抑制できないことがわかった。
【0074】
また、架橋性モノマーとして2官能で炭素数の少ないBDDAに代えて、実施例12では炭素数の多いNDDAを、実施例13では3官能のTMPTAを用いている。架橋性モノマーについては、官能基数やモノマー鎖の長さ等が変化した場合であっても、軟質眼内レンズ材料の柔軟性やグリスニング抑制効果に大きな変化は見られなかった。架橋性モノマーは、特に種類に制限されることなく、様々なものを上記の重合性モノマーと組み合わせて用いることができることがわかった。
【0075】
また、実施例14、比較例3〜6では、芳香族環非含有アルコキシ基含有アクリルモノマーであるMEAに代えて、実施例14では同じ芳香族環非含有アルコキシ基含有アクリルモノマーであるEEEAを、比較例3〜4では同メタクリレートであるMEMAとEEMAとを、比較例5〜6ではアルキル基含有(メタ)アクリレートモノマーであるBA、BMAを用いている。MEAと同じアルコキシアクリレートモノマー成分であるEEEAを用いた実施例14では、実施例1〜10と同様に適切な柔軟性とグリスニング抑制効果とを両立した軟質眼内レンズ材料が得られることがわかった。しかしながら、アルコキシアクリレートモノマーに代えて、アルコキシメタクリレートモノマーであるMEMAやEEMAを用いた比較例3,4、さらにアルキルメタクリレートモノマーであるBMAを用いた比較例6では、IRHDが大幅に上昇し、軟質眼内レンズ材料の柔軟性が失われてしまうことが確認された。一方で、アルキルアクリレートモノマーを用いた比較例5では、柔軟性は良好であったものの、グリスニングの発生を好適に抑制できないことがわかった。
【0076】
なお、実施例15〜17に示すように、芳香族環非含有アルコキシ基含有アクリルモノマーであれば、MEAやEEEA等の異なる2種以上のモノマー成分を併用して用いても、同様の効果が得られることが確認できた。
これらのことから、モノマー成分が、アクリレートであるかメタクリレートであるは、形成される重合体の物理的特性やグリスニング特性に大きな影響を与えることが確認できた。
【0077】
次いで、実施例18〜19、比較例7〜8では、芳香族環含有メタクリレートであるBZMAに代えて、実施例18および比較例7では、EGPEMAとEGPEAを、実施例19および比較例8では、PEMAとPEAをそれぞれ用いている。芳香族環含有メタクリレートであるEGPEMAまたはPEMAを用いた実施例18〜19では、優れた物理的特性とグリスニング抑制効果とが両立された軟質眼内レンズ材料が得られることがわかった。しかしながら、これらのアクリレートであるEGPEAとPEAを用いた比較例7〜8では、得られた重合体が柔らかくなりすぎて、IRHDの測定ができなかった。芳香族環非含有アルコキシ基含有アクリルモノマーに組み合わせる芳香族環含有モノマーは、メタクリルモノマーとしないと、軟質眼内レンズ材料の取り扱い性が困難となることがわかった。
【0078】
以上のように、各モノマー成分がアクリレートモノマーであるか、メタクリレートモノマーであるかによって、得られる軟質眼内レンズ材料の性状が大きく変わることが見て取れる。ここで、比較例9〜13では、芳香族環含有モノマー、芳香族環非含有モノマー、親水性モノマーおよび架橋性モノマーのアクリレートおよびメタクリレートとの組合せを様々に変化させた。その結果、例えば、芳香族環含有モノマーとしてEGPEAを用いた場合、比較例9〜11、13に示されるように、芳香族環非含有モノマーとして、EA、EEMA、およびこれらの組合せのいずれを用いても、IRHDが40に満たない低い値となりやすく、軟質眼内レンズの柔軟性は高いものの、折り畳まれたレンズの嚢内での形状回復に時間を要したり、形状が回復しきらなかったりする虞が生じることが確認できた。同時に、インジェクタからの射出時にレンズが傷つきやすくなることも懸念される。なお、比較例12の軟質眼内レンズについては、IRHDが40と適切であるものの、グリスニングが発生しやすく、物理的特性と低グリスニング特性とを両立できていないことがわかった。以上のことから、用いるモノマーの組合せが少しでも異なることで、IRHDおよび/またはグリスニング抑制効果のバランスが失われ、高品質な軟質眼内レンズ材料は提供されないことがわかった。これらのことから、ここに開示される技術においては、芳香族環含有メタクリルモノマー、芳香族環非含有アルコキシ基含有アクリルモノマー、および親水性アクリルモノマーを組合せて、軟質眼内レンズ材料を構成することが肝要であることが確認できた。
【0079】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。