(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6963745
(24)【登録日】2021年10月20日
(45)【発行日】2021年11月10日
(54)【発明の名称】高Cr鋼のラーベス相検出方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/416 20060101AFI20211028BHJP
G01N 27/26 20060101ALI20211028BHJP
G01N 17/02 20060101ALI20211028BHJP
【FI】
G01N27/416 302M
G01N27/26 S
G01N27/416 341M
G01N17/02
【請求項の数】8
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-176782(P2017-176782)
(22)【出願日】2017年9月14日
(65)【公開番号】特開2019-52916(P2019-52916A)
(43)【公開日】2019年4月4日
【審査請求日】2020年8月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】000005234
【氏名又は名称】富士電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【識別番号】100096769
【弁理士】
【氏名又は名称】有原 幸一
(74)【代理人】
【識別番号】100107319
【弁理士】
【氏名又は名称】松島 鉄男
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 聡二
(74)【代理人】
【識別番号】100166268
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 祐
(74)【代理人】
【識別番号】100170379
【弁理士】
【氏名又は名称】徳本 浩一
(72)【発明者】
【氏名】渡部 康明
(72)【発明者】
【氏名】和泉 栄
(72)【発明者】
【氏名】山下 満男
(72)【発明者】
【氏名】庄子 哲雄
(72)【発明者】
【氏名】徐 健
【審査官】
黒田 浩一
(56)【参考文献】
【文献】
特開2016−142591(JP,A)
【文献】
特開2010−038553(JP,A)
【文献】
特開平10−227754(JP,A)
【文献】
特開平05−263171(JP,A)
【文献】
特表2007−509480(JP,A)
【文献】
阿部陽介 他,12%Crフェライト系耐熱鋼のクリープに伴うアノード分極特性の変化,Journal of the Society of Materials Science, Japan,2011年,Vol.60, No.2,pp.124-130
【文献】
駒崎慎一 他,W強化型9%Crフェライト系耐熱鋼の熱時効ぜい化と電気学的手法によるその評価,Journal of the Society of Materials Science, Japan,2000年,Vol.49, No.8,pp.919-926
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/26−27/49
G01N 33/00−33/46
G01N 17/00−19/10
G01N 23/00−23/2276
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
pHが14.3より大きい電解液を高Cr鋼からなる被測定材に接触させて、前記被測定材と電解液間の電位を低電位側から高電位側へ掃引することによりアノード電流分極波形を得る工程と、
前記アノード電流分極波形に3つ以上のアノードピーク電流が存在する場合に、2次アノードピーク電流に基づき、ラーベス相を検出する工程と
を含む、高Cr鋼のラーベス相検出方法。
【請求項2】
前記電位の掃引速度が、100mV/min.以下である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ラーベス相を検出する工程が、2次アノードピーク電流密度の極大値、または2次アノードピーク電流密度の積分値に基づき、ラーベス相析出量の指標値を得ることを含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記高Cr鋼のCr含有量が8〜14重量%である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記高Cr鋼が、Fe、Moを含む、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記高Cr鋼が、Fe、W、Moを含む、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記高Cr鋼が、タービンの構成部材である、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
高Cr鋼のラーベス相析出量の経時変化を測定する方法であって、
a)被測定材にpH14.3がより大きい電解液を接触させて、前記被測定材と電解液間の電位を低電位側から高電位側へ掃引することによりアノード電流分極波形を得る工程と、
b)前記アノード電流分極波形に基づき、3つ以上のアノードピーク電流が存在する場合に、2次アノードピーク電流密度の極大値、または2次アノードピーク電流密度の積分値を得る工程と、
c)同一の被測定材について、経時的に前記工程a)及びb)行うことにより、高Cr鋼のラーベス相析出量の経時変化を得る工程と
を含む方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気化学的分極法による高Cr鋼のラーベス相検出方法に関する。本発明は、特には、ラーベス相の選択的な検出が可能な方法に関する。
【背景技術】
【0002】
火力発電設備に使用される蒸気タービンの部品は高温、高応力で長期間使用されるため、使用材料は経年劣化する。火力発電設備の電力を安定供給するためには蒸気タービンの破損を未然に防ぐ必要があり、そのためには蒸気タービン部品の劣化度を非破壊にて計測し、部品の残寿命を予測する余寿命診断技術が重要となる。これにより、蒸気タービン部品を適切なタイミングで補修、交換することが可能となる。
【0003】
蒸気タービン部品の劣化は主に疲労損傷、クリープ損傷、脆化が挙げられ、これらの材料劣化は材料中の添加元素による固溶強化、微細析出や転位組織により高強度化された耐熱合金鋼が高温、高応力下にて長期間使用されることで、固溶強化元素が金属間化合物あるいは炭素窒化物として析出、凝集粗大化すること、また、転位組織が回復することなどによる材質変化と密接に関係する。加熱時効により、材料中には、新たに金属間化合物であるラーベス相が析出し、また、炭窒化物は凝集粗大化する。特に脆化、クリープ損傷は粗大なラーベス相あるいは炭窒化物の凝集粗大箇所が損傷の起点となるため、ラーベス相、炭窒化物などの析出物量を計測することは、材料の劣化度を予測するのに有効である。
【0004】
ラーベス相や炭窒化物の析出物量を非破壊的に計測する手法として電気化学的分極法が知られている(例えば、非特許文献1)。電気化学的分極法は被測定材に溶液を接触させ被測定材と電解液間に電位を掃引することでアノード電流分極波形を得、被測定材中に含まれる析出物の溶解量を計測する方法である。非特許文献1に記載の電気化学的法は、pH14の1mol/L水酸化カリウム水溶液を用いて腐食電位から電位掃引速度0.5mV/sec.にて電位を掃引し、アノード電流分極波形を計測する。計測したアノード電流分極波形において、−100〜400mV(vs.SCE)に観察されるアノードピーク電流密度Ipが観察され、このアノードピーク電流密度Ipとラーベス相量に相関があるとしている。
【0005】
他に、酸性の電解液を用いた電気化学的分極法も知られている(例えば、特許文献1)。特許文献1に記載の電気化学的分極法は、pHの値が0より大きく5より小さい電解液を用いてアノード分極曲線におけるアノード電流密度の極大値を得ることにより、高クロム鋼のラーベス相のみが溶解して生じるパラメータを得ることを開示している。そして、この方法により、じん性の簡便な評価が可能であることを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010-38553号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】J.Soc.Mat.Sci.,Japan,Vol.49,No.8,pp.919-926,Aug.2000
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
非特許文献1に開示された手法では、−100〜400mVに観察されるアノードピーク電流密度はラーベス相の他、炭窒化物の溶解による電流値も含まれるため、ラーベス相のみを選択的に検出できているわけではない。一方、特許文献1の方法では、タングステン(W)を含むラーベス相を溶解させることができず、Wを含む高Cr鋼においては、検出できていないラーベス相が残存する問題があった。
【0009】
被測定材の脆化を精度よく予測するためには脆化因子であるラーベス相のみを選択的に検出する必要があり、被測定材にラーベス相、炭窒化物など複数の析出物が含まれる場合、ラーベス相と炭窒化物をそれぞれ別々に溶解することができる方法が求められる。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、非破壊的な分析方法である電気化学的分極法において、ラーベス相のみを選択的に検出する方法を模索した。そして、所定の条件において、ラーベス相のみを選択的に溶解させることができることを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は、一実施形態によれば、高Cr鋼のラーベス相検出方法であって、pHが14.3より大きい電解液を高Cr鋼からなる被測定材に接触させて、前記被測定材と電解液間の電位を低電位側から高電位側へ掃引することによりアノード電流分極波形を得る工程と、前記アノード電流分極波形に3つ以上のアノードピーク電流が存在する場合に、2次アノードピーク電流に基づき、ラーベス相を検出する工程とを含む。
【0011】
前記高Cr鋼のラーベス相検出方法において、前記電位の掃引速度が、100mV/min.以下であることが好ましい。
【0012】
前記高Cr鋼のラーベス相検出方法において、前記ラーベス相を検出する工程が、2次アノードピーク電流密度の極大値、または2次アノードピーク電流密度の積分値に基づき、ラーベス相析出量の指標値を得ることを含む。
【0013】
前記高Cr鋼のラーベス相検出方法において、前記高Cr鋼のCr含有量が8〜14重量%であることが好ましい。
【0014】
前記高Cr鋼のラーベス相検出方法において、前記高Cr鋼が、鉄(Fe)、モリブデン(Mo)を含むことが好ましい。
【0015】
前記高Cr鋼のラーベス相検出方法において、前記高Cr鋼が、鉄(Fe)、タングステン(W)、モリブデン(Mo)を含むことが好ましい。
【0016】
前記高Cr鋼のラーベス相検出方法において、前記高Cr鋼が、タービンの構成部材である。
【0017】
本発明は、別の実施形態によれば、高Cr鋼のラーベス相析出量の経時変化を測定する方法であって、a)被測定材にpHが14.3より大きい電解液を接触させて、前記被測定材と電解液間の電位を低電位側から高電位側へ掃引することによりアノード電流分極波形を得る工程と、b)前記アノード電流分極波形
に基づき、3つ以上のアノードピーク電流が存在する場合に、2次アノードピーク電流密度の極大値、または2次アノードピーク電流密度の積分値を得る工程と、c)同一の被測定材について、経時的に前記工程a)及びb)を行うことにより、高Cr鋼のラーベス相析出量の経時変化を得る工程とを含む。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係る方法によれば、高Cr鋼の劣化に伴い析出する金属間化合物であるラーベス相を選択的に検出することが可能となり、また、ラーベス相析出量の指標値を得ることができる。これにより、蒸気タービンの各種部品について、実機材の劣化度を非破壊にて検査することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】
図1は、電気化学的分極法に用いる電気分極用セルの一例を概念的に示す図である。
【
図2】
図2は、本発明に係る方法により得られるアノード電流分極波形の一例を概念的に示す図である。
【
図3】
図3は、2次アノードピーク電流密度の極大値または2次アノードピーク電流密度の積分値Qと、温度、時間の劣化パラメータとの相関関係を概念的に示すグラフである。
【
図4】
図4は、実施例1により得られたアノード電流分極波形を示す図である。
【
図5】
図5は、初期状態(a)、加熱時効後(b)の高Cr鋼試料表面を、それぞれ走査型電子顕微鏡の反射電子像で観察した写真である。
【
図6】
図6は、高Cr鋼からなる被測定材に対し、pH12.9〜14.2の水酸化カリウム溶液を電解液として用い、0.2Vの定電位で保持する前(a)、及び後(b)の被測定材表面を、それぞれ走査型電子顕微鏡の反射電子像で観察した写真である。
【
図7】
図7は、高Cr鋼からなる被測定材に対し、pH14.7の水酸化カリウム溶液を電解液として用い、腐食電位から−0.56Vまで掃引試験前(a)、及び後(b)の被測定材表面を、それぞれ走査型電子顕微鏡の反射電子像で観察した写真である。
【
図8】
図8は、実施例2により得られたアノード電流分極波形を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。ただし、本発明は、以下に説明する実施の形態によって限定されるものではない。
【0021】
[第1実施形態]
本発明は第1実施形態によれば、ラーベス相の検出方法に関する。ラーベス相の検出方法は、高Cr鋼からなる被測定物にpHが14.3より大きい電解液を接触させて、前記被測定物と電解液間の電位を低電位側から高電位側へ掃引することによりアノード電流分極波形を得る工程と、前記アノード電流分極波形に3つ以上のアノードピーク電流が存在する場合に、2次アノードピーク電流に基づき、ラーベス相を検出する工程とを含む。
【0022】
実施形態において、被測定材である高Cr鋼は、Crを含む高耐熱性の鋼部材であれば特には限定されないが、好ましくは8〜14重量%のCrを含み、その他にFe、W、Mo等を含んでもよい。ある実施形態においては、被測定材は8〜14重量%のCrを含み、その他にFe、Moを主成分として含む高Cr鋼であってよい。別の実施形態においては、被測定材は8〜14重量%のCrを含み、その他にFe、W、Moを主成分として含む高Cr鋼であってよい。また、被測定材は高温や応力に曝される部材であってよく、火力発電所用の蒸気タービン、ガスタービンなどが挙げられるが、これらには限定されない。また、被測定材における測定部位は、特には限定されず、高Cr鋼からなる部材の所望の部位であってよい。例えば、蒸気タービンを評価対象とする場合には、高温、高圧に曝されやすく、脆化度合が高い部位とすることができ、シミュレーション計算などにより脆化度合が高いことが予測される部位であって良いが、これらには限定されない。本発明の方法によれば、後述する電気分極用セルを用いて、高Cr鋼からなる部材の所望の部位について、非破壊でラーベス相の検出を実施することができる。
【0023】
アノード電流分極波形を得る工程は、電気化学的分極法を用いて行う。
図1は電気化学的分極法に用いる電気分極用セルの一例を概念的に示す図である。電気分極用セル1は大別して、上部の基準電極部と下部の電解液部とに区別され、例えばアクリル樹脂製の仕切り板2にて分かれている。セルはアクリル等の樹脂製であってよい。電解液部は内部の各部品を装着しやすい様に分割しており、分割部は接着、もしくはネジ構造により、ゴム製リング3で密着している。セル上部の基準電極部の開口部はゴム栓4で封じ、基準電極部には飽和塩化カリウム溶液5が充填され、ゴム栓を貫通するように基準電極6がセル中央部に設置される。電解液部には、電解液7がゴム栓とアクリル樹脂製の仕切り板を貫通するガラス管11から注入される。セルの底部は中央に貫通孔8をあけたゴム板9によりセルの底面を形成し、電解液部とは反対側のゴム板9面に被測定材10をセッティングする。これにより、ゴム板中央の貫通孔に露出した被測定材10表面のみ電解液と接触するようになる。対極14はゴム栓とアクリル板を貫通し、電解液に浸漬する様に取り付けられおり、被測定材に接続した導線13と対極に接続した導線15が定電位発生装置16に接続されている。測定に際しては、ゴム栓と仕切り板を貫通するガラス管12から窒素ガスを流入し、電位が一定になったら窒素ガスを止め、ガラス管11、12をゴム栓で封じ、被測定材と対極との間に電位を印加する。電位を印加すると、セル内に配置した塩橋17と被測定材との間に、被測定材表面の電気化学反応によるアノード電流が発生する。このアノード電流は基準電極6を介して定電位発生装置16により測定することができる。得られるアノード電流は、被測定材の表面性状や電気化学反応によって変化する。このアノード電流を、記録装置18を用いて記録することにより、アノード電流分極波形を得ることができる。このような電気分極用セル1を用いることで、被測定材に、例えば、1cm
2程度の面が存在すれば、本実施形態による測定が可能となる。なお、上述の電気分極用セルの構成やその材料は一例であり、同様の測定結果を得られる代替的な構成や材料からなる装置を用いることもできる。
【0024】
本実施形態においては、電気分極用セルに充填して用いる電解液として、pHが14.3より大きい溶液を用いる。電解液の好ましいpHは、概ね14.3より大きく、15.2以下程度であり、例えば、14.6以上であって15.0以下程度であってもよい。pHが14.3より大きい水溶液であれば、例えば、水酸化カリウム(KOH)溶液であってもよく、その他のアルカリ溶液であってもよい。pHが14.3より大きい電解液を用いることにより、被測定材の電解液接触面にラーベス相が存在する場合、被測定材と電解液間に所定の電位を印加することで、ラーベス相を選択的に溶解させることができる。また、電解液の温度は室温程度であればよく、例えば、約20〜25℃とすることができる。
【0025】
アノード電流分極波形を得る工程においては、被測定材と電解液間の電位を低電位側から高電位側へ掃引することによりアノード電流分極波形を得る。印加する電位は、腐食電位である約−1.2〜−1.0Vから、約0.2〜0.4Vまで掃引することが好ましいが、被測定材の組成により開始電位及び掃引を終了する電位を適宜変更する場合がある。また、電位の掃引速度は100mV/min.以下であることが好ましく、概ね5〜50mV/min.程度であることが好ましい。ラーベス相の溶解に対応するピークを、他の析出物の溶解に対応するピークと十分に分離して得るためである。
【0026】
図2は、上述の装置及び方法を用いて得られる、被測定材のアノード電流分極波形の概念図である。
図2の横軸は電位、縦軸は電流密度を示す。
図2に示す波形には、低電位側から順に、1次アノードピークIp1、2次アノードピークIp2、3次アノードピークIp3の3つのアノードピークが存在する。1次アノードピークは金属表面の活性化によるアノード電流、2次アノードピークはラーベス相溶解によるアノード電流、3次アノードピークは炭窒化物によるアノード電流に由来する。本明細書において、一回の掃引で得られる1以上のピークのそれぞれを「n次アノードピーク(nは整数)」と指称し、低電位側から高電位側に向けて電位を掃引した際に、n番目に出現するピークをいうものとする。
【0027】
被測定材にラーベス相が存在する場合には、主として3つのアノードピークが出現し、このうち、2次アノードピークIp2がラーベス相の溶解に相当する。2次アノードピークIp2は、被測定材の組成や測定条件にもよるが、例えば、−0.8〜−0.4Vの電位に観察される。一方、1次アノードピークIp1は、概ね−1.1〜−0.9Vに観察される。1次アノードピークIp1は識別しにくい場合もあるが、縦軸の電流密度を対数表示とすると、ピークが顕著に表れ、ピークの存在を確認することができる。3次アノードピークIp3は、被測定材の組成にもよるが、概ね−0.3〜0.45Vの電位に観察される。なお、1次アノードピークIp1、2次アノードピークIp2、3次アノードピークIp3が出現する電位については、ラーベス相、炭窒化物の存在が予め他の分析方法等により確認されている同じ組成の被測定材について、電解液の組成(pH)、掃引速度を同じ条件としてアノード電流分極波形を得る予備実験を行うことで確認することができる。
【0028】
ラーベス相の析出量は、2次アノードピーク電流密度の極大値Ip2
max、または2次アノードピーク電流密度の積分値Qと相関する。2次アノードピーク電流密度の積分値Qは、アノード電流分極波形で、2次アノードピークに対してベースラインLを引き、ベースラインとピークで囲まれる部分の面積(
図2中の斜線部)で表すことができる。したがって、Ip2
max値、またはQ値は、ラーベス相析出量の指標値とすることができる。
【0029】
このようにして、定量可能な指標値を得ることで、例えば、予め別の方法でラーベス相の析出量が定量されている被測定材について、Ip2
max値またはQ値と、ラーベス相の析出量との相関関係を求めることで、Ip2
maxまたはQ値の実測値から、ラーベス相を定量することができる。さらには、ラーベス相の析出量は、高Cr鋼の劣化と大きな相関関係があることから、温度、時間の劣化パラメータと、Ip2
max値、またはQ値との相関関係式を得ることもできる。
図3は、このような相関関係を概念的に示すものである。温度、時間の劣化パラメータとしては、例えば、所定温度における時効加熱時間、あるいは温度、時間から成るラーソン・ミラーパラメータ等が挙げられるが、これらには限定されない。
【0030】
なお、
図2に示す波形は、一例であって、ラーベス相あるいは他の炭窒化物の析出量により、複数のピークの大きさや形状、並びに相対的な大きさが異なる場合がある。あるいは、3を超えるピークが確認される場合もある。また、図示はしないが、pHが14.3未満の電解液を用いた場合には、
図2の2次ピークに相当するピークが存在せず、概ね−1.1〜−0.9Vと、概ね−0.3〜0.3Vの電位にピークが現れる。前者は金属表面の活性化によるアノード電流、後者は炭窒化物によるアノード電流に由来する。
【0031】
本実施形態による方法によれば、所定の条件でアノード電流分極波形を得る工程により、波形(ピークの数及び位置)に基づいてラーベス相の有無を判断することができる。また、アノード電流分極波形に基づいて、2次アノードピーク電流密度の極大値または2次アノードピーク電流密度の積分値といった定量可能な指標値を得ることができる。これらの指標値は、従来困難であったラーベス相のみの析出物量を反映するものであり、高Cr鋼の劣化や寿命予測において非常に有用となる。
【0032】
[第2実施形態]
本発明は第2実施形態によれば、高Cr鋼のラーベス相析出量の経時変化を測定する方法に関する。経時変化を測定する方法は、
a)被測定材にpHが14.3より大きい電解液を接触させて、前記被測定材と電解液間の電位を低電位側から高電位側へ掃引することによりアノード電流分極波形を得る工程と、
b)前記アノード電流分極波形
に基づき、3つ以上のアノードピーク電流が存在する場合に、2次アノードピーク電流密度の極大値、または2次アノードピーク電流密度の積分値を得る工程と、
c)同一の被測定材について、経時的に前記工程a)及びb)行うことにより、高Cr鋼のラーベス相析出量の経時変化を得る工程と
を含む。
【0033】
本実施形態において、工程a)及びb)は、第1実施形態において詳述した態様と同様であってよく、ここでは説明を省略する。本実施形態においては、工程c)を実施することで、例えば、ラーベス相の析出状態を比較することができ、経時的な変化を得ることが可能となる。
【実施例】
【0034】
以下に、本発明を、実施例を参照してより詳細に説明する。しかし、以下の実施例は本発明を限定するものではない。
【0035】
[実施例1.析出物の検出]
電気化学的分極法による高Cr鋼のラーベス相の検出を行った。本実施例では、蒸気タービン部品に使用される、10%のCrを含み、その他に主成分としてFe、W、Moを含む高Cr鋼であって、ラーベス相及び炭窒化物の析出が確認されている試料を被測定材として用いた。アノード電流分極波形を得るための装置としては、
図1よりも簡易な装置を用いた。具体的には、
図1における基準電極6、電解液7、被測定材10の小片、ガラス管11、導線15、定電位発生装置16、塩橋17、記録計18と温度計で構成された簡易装置を用いた。簡易装置を用いても、同様の分極波形が得られることは確認されている。電解液には、0.086,0.86,1.72,4.25mol/L(pH12.9、13.9、14.2、14.6)の水酸化カリウム溶液を用い、電解液の温度は25℃で、腐食電位(−1.1V付近)から高電位側に、掃引速度10mV/minにて電位を掃引した。得られたアノード電流分極波形を
図4に示す。
【0036】
本実施例の予備実験として、実施例1の被測定材と同じ組成をもつ高Cr鋼について、ラーベス相が析出していない初期状態の試料と、630℃で15000時間の加熱時効後の試料を観察した。
図5(a)は初期状態の試料表面を、
図5(b)は加熱時効後の試料表面を、それぞれ走査型電子顕微鏡の反射電子像で観察した写真である。
図5(a)と
図5(b)を比較すると、加熱時効後の試料には、初期状態の試料には存在しなかった白色粒状物21がみられ、そのほかに灰色粒状物22がみられる。白色粒状物21について、元素分析を行ったところ、Crが約13.9%、Feが約60.9%、Moが14.6%、Wが約8.9%であり(単位はいずれもAt%)、白色析出物21がラーベス相であることが推定された。
【0037】
図4を参照すると、pH12.9〜14.2である0.086〜1.72mol/L水酸化カリウム溶液を電解液として用いたアノード電流分極波形では、−1.1〜−0.9V(vs.Ag/AgCl)に1次アノードピーク電流密度Ip1、−0.1〜0.45V(vs.Ag/AgCl)に3次アノードピーク電流密度Ip3が観察されるのみであった。
図6(a)は、電位印加前の被測定材の表面を走査型電子顕微鏡の反射電子像で観察した写真である。
図6(b)は、被測定材に電解液を接触させ、0.2V(vs.Ag/AgCl)の定電位で所定時間保持した後、電解液を接触させた表面を走査型電子顕微鏡の反射電子像で観察した写真である。
図6(a)にみられる白色粒状物21は、
図5(b)の白色粒状物とほぼ同じ組成であることが元素分析により確認された。したがって、白色粒状物21はラーベス相であると推定される。
図6(b)では白色粒状物21が残存しており、
図6(a)にはほとんど存在しなかった黒色の溶解痕23がみられた。このことから、pH12.9〜14.2の電解液を用いたときに−0.1〜0.45V(vs.Ag/AgCl)に得られる3次アノードピーク電流密度Ip3は主に炭窒化物の溶解によるピーク電流密度と考えられる。
【0038】
pH14.6である4.25mol/L水酸化カリウム水溶液を電解液として用いたアノード電流分極波形では、−1.1〜−0.9V(vs.Ag/AgCl)に1次アノードピーク電流密度Ip1、−0.3〜0.3V(vs.Ag/AgCl)に3次アノードピーク電流密度が観察された他、−0.8〜−0.4V(vs.Ag/AgCl)に2次アノードピーク電流密度Ip2が観察された。
図7(a)は、電位掃引前の被測定材の表面を走査型電子顕微鏡の反射電子像で観察した写真である。
図7(b)は、pH14.6である5mol/L水酸化カリウム溶液を電解液として用い、腐食電位から−0.56V(vs.Ag/AgCl)まで掃引試験した後、電解液を接触させた表面を走査型電子顕微鏡の反射電子像で観察した写真である。
図7(a)にみられる白色粒状物21は、
図5(b)の白色粒状物とほぼ同じ組成であることが元素分析により確認された。したがって、白色粒状物21はラーベス相であると推定される。
図7(b)では白色粒状物21がみられず、白色粒状物が存在した箇所に溶解痕23がみられる。このことから、pH14.6である4.25mol/L水酸化カリウム溶液を電解液として用いたアノード電流分極波形において、−0.8〜−0.4V(vs.Ag/AgCl)に観察される2次アノードピーク電流密度Ip2はラーベス相をほぼ溶解したピーク電流密度であると考えられる。
【0039】
上記実験に加えて、pH14.3、14.4、14.5及びpH14.7の水酸化カリウム水溶液を電解液として用いた以外は上記と同じ条件でアノード電流分極波形を得た。その結果、pH14.4、14.5及びpH14.7の条件では、−0.8〜−0.4V(vs.Ag/AgCl)付近に2次アノードピーク電流密度が観察された。一方で、pH14.3では2次アノードピークは観察されなかった(波形は図示せず)。特に、pH14.7では、
図4におけるpH14.6の条件で得た場合と同程度の大きさの2次アノードピークを持つ波形が得られた。測定したpH14.4〜pH14.7の範囲では、2次アノードピーク電流密度極大値、2次アノードピーク電流密度の積分値とも、pHの増大とともに増加する傾向にあった。
【0040】
[実施例2.人工劣化材における析出物の経時変化検出]
加熱時効により作製した人工劣化材について、本発明の第2実施形態にしたがって、析出物を検出した。人工劣化材としては、実施例1と同じ組成の高Cr鋼を、630℃の温度にて、ぞれぞれ、1400時間、2800時間、5600時間、10000時間、15000時間、及び20000時間にわたって加熱時効した計6条件の加熱時効試料及び加熱時効処理時間が0時間の初期材を用いた。加熱時効処理温度は、例えば610℃〜650℃である。
図8中、”As quenched”で表した試料は、受け入れまま材(初期材)に、再焼入れ処理を施した試料である。焼入れ処理温度は、加熱時効処理温度より高い温度である。アノード電流分極波形を得るための装置としては、実施例1と同じ装置を用いた。電解液には、pH14.6の水酸化カリウムを用いた。電位を初期状態(−1.2〜−1.0V付近)から0.4Vまで、10mV/min.の一定速度で掃引し、得られた電気分極波形を記録計に出力させた。結果を
図8に示す。加熱時効時間の増加に伴い2次アノードピーク電流は増加した。一方で、初期材(0h)と”As quenched”で表した試料は、2次アノードピークが得られなかった。
図8で得られた各人工劣化材の2次アノードピーク電流値と温度・時間の劣化パラメータの相関関係を概略的に示すと、概ね
図3の曲線と同じカーブが得られた。複数のパラメータについてこのような相関関係を予め求めておくことで、劣化に伴う金属間化合物量の変化を定量することが可能となり、実機材の劣化度を非破壊にて検査することが可能となると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明の方法による析出物の検出方法は、高温下で使用される機械の部材として用いられる高Cr鋼から構成される部材、例えば、火力発電所用の蒸気タービン部品の劣化度の評価、例えば脆化評価や余寿命の算出において有用となりうる。