【実施例】
【0037】
プラズマCVD法を用い、基材の表面に珪炭窒化バナジウム膜を形成し、膜の硬度および耐熱性について評価した。なお、以下の説明における水素ガス、窒素ガス、アルゴンガス、四塩化バナジウムガス、四塩化珪素ガスおよびモノメチルシランガスの流量はそれぞれ0℃、1atmにおける体積流量である。
【0038】
珪炭窒化バナジウム膜を形成する基材としては、ダイス鋼の一種であるSKD11から成るφ22の丸棒に焼入れおよび焼き戻し処理を施した後、丸棒を6〜7mm間隔で切断し、切断された各部材の表面を鏡面研磨したものを使用した。なお、珪炭窒化バナジウム膜は基材の鏡面研磨した側の面に形成する。成膜装置は
図1に示すような構造のものを使用し、電源はパルス電源を用いた。
【0039】
ここで、実施例1の試験片の製造方法について説明する。
【0040】
<成膜処理準備工程>
まず、成膜装置のチャンバー内に基材をセットし、30分間チャンバー内を真空引きし、チャンバー内の圧力を10Pa以下まで小さくする。このとき、ヒーターは作動させない。なお、ヒーターはチャンバーの内部に設けられており、チャンバー内の雰囲気温度はシース熱電対で測定している。続いて、ヒーターの設定温度を200℃とし、基材のベーキング処理を10分間行う。その後、ヒーターの電源を切り、30分間成膜装置を放置してチャンバー内を冷却する。
【0041】
次に、チャンバー内に100ml/minの流量で水素ガスを供給し、排気量を調節してチャンバー内の圧力を100Paとする。そして、ヒーターの設定温度を485℃とし、30分間チャンバー内の雰囲気を加熱する。この加熱によりチャンバー内の雰囲気温度をプラズマ処理温度近傍の温度まで昇温させる。
【0042】
次に、電圧:800V、周波数:25kHz、Duty比:30%、ユニポーラ出力形式でパルス電源を作動させる。これにより、チャンバー内の電極間で水素ガスがプラズマ化する。その後、水素ガスの流量を200ml/minに上げると共にチャンバー内に、50ml/minの流量の窒素ガスおよび5ml/minの流量のアルゴンガスを供給する。このとき、排気量を調節してチャンバー内の圧力を58Paとする。そして、パルス電源の電圧を1100Vに上げる。これにより電極間で水素ガス、窒素ガスおよびアルゴンガスがプラズマ化した状態となる。
【0043】
<窒化バナジウム膜形成工程>
続いて、供給する水素ガスの流量を200ml/min、窒素ガスの流量を50ml/min、アルゴンガスの流量を5ml/minに維持したまま、チャンバー内に四塩化バナジウムガスを4.4sccmの流量でさらに供給する。また、パルス電源の電圧を1100Vから1500Vに上げる。これにより四塩化バナジウムガスがバナジウムと塩素に分解される。そして、プラズマ化したバナジウムと窒素が基材に吸着することにより、窒化バナジウム膜が基材の表面に形成されていく。この状態を30分間維持し、基材の表面に0.4μmの窒化バナジウムを形成した。
【0044】
<珪炭窒化バナジウム膜形成工程>
続いて、供給する水素ガスの流量を200ml/min、窒素ガスの流量を50ml/min、アルゴンガスの流量を5ml/minに維持したまま、四塩化バナジウムガスの流量を5.0sccmに上げ、チャンバー内にモノメチルシラン(SiH
3CH
3)ガスを5.0sccmの流量でさらに供給する。パルス電源の電圧は1500Vに維持する。これにより、モノメチルシランガスが珪素と炭素に分解される。そして、プラズマ化したバナジウム、珪素、炭素、窒素が基材に吸着することにより、窒化バナジウム膜の表面にバナジウム、珪素、炭素、窒素からなる珪炭窒化バナジウム膜が形成されていく。この状態を120分間維持し、窒化バナジウム膜の表面に珪炭窒化バナジウム膜を形成した。
【0045】
以上の工程を経て、珪炭窒化バナジウム膜が被覆された実施例1の試験片を得た。実施例1の珪炭窒化バナジウム膜形成工程の成膜条件をまとめると、下記表1のようになる。また、下記表1に示す成膜条件に従い、実施例2〜3、比較例1の試験片も製造した。
【0046】
【表1】
【0047】
実施例2の成膜条件は、珪炭窒化バナジウム膜形成工程におけるチャンバー内に供給する四塩化バナジウムガスの流量を5.4sccmに変更し、さらに、Duty比を50%に変更したことを除き、実施例1と同様の成膜条件である。
【0048】
実施例3の成膜条件は、珪炭窒化バナジウム膜形成工程におけるチャンバー内に供給する四塩化バナジウムガスの流量を4.7sccmに変更したことを除き、実施例1と同様の成膜条件である。
【0049】
比較例1の成膜条件は、珪炭窒化バナジウム膜形成工程におけるチャンバー内に供給する四塩化バナジウムガスの流量を7.0sccmに変更したことを除き、実施例1と同様の成膜条件である。
【0050】
珪炭窒化バナジウム膜が被覆された各試験片に対し、珪炭窒化バナジウム膜の硬度測定、膜厚測定および組成分析を実施した。各実施例および比較例の硬度測定、膜厚測定および組成分析の結果を表2に示す。
【0051】
【表2】
【0052】
(硬度測定)
硬度測定は、Fischer Instruments製のFISCHER SCOPE(登録商標)HM2000を用いたナノインデンテーション法により実施した。具体的には、最大押し込み荷重を10mNとして試験片にビッカース圧子を押し込み、連続的に押し込み深さを計測する。その押し込み深さの変化に基づいて測定装置によりマルテンス硬さ、マルテンス硬さから換算されるビッカース硬さおよび複合弾性率が算出される。算出されたビッカース硬さは測定装置の画面に表示され、この数値を測定点における膜の硬度として扱う。本実施例では各試験片表面の任意の20点のビッカース硬さを求め、得られた硬度の平均値を珪炭窒化バナジウム膜のビッカース硬さ(HV)とした。
【0053】
なお、試験片に圧子を押し込む際には、圧子の最大押し込み深さの約10倍まで押し込み荷重が伝播する場合がある。このため、押し込み荷重の伝播が試験片の基材に到達してしまうと、硬度測定の結果に基材の影響が含まれてしまう場合がある。したがって、純粋な硬質皮膜の硬度を測定するためには、「硬質皮膜の膜厚>圧子の最大押し込み深さ×10」を満たす必要がある。
【0054】
(膜厚測定)
珪炭窒化バナジウム膜の膜厚は、試験片を垂直に切断して切断面を鏡面研磨した後、金属顕微鏡の倍率を1000倍として切断面を観察し、観察した画像情報に基づいて算出することで珪炭窒化バナジウム膜の膜厚を測定した。
【0055】
(珪炭窒化バナジウム膜の組成分析)
珪炭窒化バナジウム膜の組成を分析した。分析条件は次の通りである。
測定装置:EPMA(日本電子株式会社製JXA-8530F)
測定モード:半定量分析
加速電圧:15kV
照射電流:1.0×10
−7A
ビーム形状:スポット
ビーム径設定値:0
分光結晶:LDE6H, TAP, LDE5H, PETH, LIFH, LDE1H
【0056】
組成分析の結果により得られた、珪炭窒化バナジウム膜中のバナジウム元素濃度[at%]、珪素元素濃度[at%]、炭素元素濃度[at%]および窒素元素濃度[at%]は上記表2の通りである。また、バナジウム元素濃度[at%]/(バナジウム元素濃度[at%]+珪素元素濃度[at%]+炭素元素濃度[at%]+窒素元素濃度[at%])を“a”と定義し、珪素元素濃度[at%]/(バナジウム元素濃度[at%]+珪素元素濃度[at%]+炭素元素濃度[at%]+窒素元素濃度[at%])を“b”と定義したときのa/b、およびa+bを算出した。なお、表2中の“残部”は塩素等の不純物の合計量である。
【0057】
ところで、珪炭窒化バナジウム膜の膜厚が1μm以下である場合には、基材や他の膜の成分組成がEPMAの測定結果に影響を及ぼす。このため、膜厚の薄い珪炭窒化バナジウム膜の組成を分析する場合には、事前に珪炭窒化バナジウム膜を形成する前の試験片のEPMA測定を実施しておき、珪炭窒化バナジウム膜の形成後のEPMAの測定結果から基材や他の膜由来のバナジウム元素濃度[at%]、珪素元素濃度[at%]、炭素元素濃度[at%]および窒素元素濃度[at%]を差し引く必要がある。例えば、バナジウムを含有する基材の表面に1μm以下の珪炭窒化バナジウム膜が形成されている場合、珪炭窒化バナジウム膜のバナジウム元素濃度[at%]は、下記の(1)式で算出された基材のバナジウム元素濃度[at%]を用い、下記の(2)式から求めることができる。なお、基材に含まれる珪素や炭素、窒素についても同様に計算することで、珪炭窒化バナジウム膜の珪素元素濃度[at%]、炭素元素濃度[%]および窒素元素濃度[at%]をそれぞれ求めることができる。
基材のバナジウム元素濃度[at%]=(珪炭窒化バナジウム膜形成前のEPMAで測定されたバナジウム元素濃度[at%]/珪炭窒化バナジウム膜形成前のEPMAで測定された鉄元素濃度[at%])×珪炭窒化バナジウム膜形成後のEPMAで測定された鉄元素濃度[at%]・・・(1)
珪炭窒化バナジウム膜のバナジウム元素濃度[at%]=珪炭窒化バナジウム膜形成後のEPMAで測定されたバナジウム元素濃度[at%]−基材のバナジウム元素濃度[at%]・・・(2)
【0058】
上記表2に示すように、実施例1〜3の珪炭窒化バナジウム膜のビッカース硬さHVは2500以上であり、従来の炭窒化バナジウム膜(VCN膜)の硬度(HV2400程度)よりも高い硬度の硬質皮膜を得ることができた。一方、比較例1の珪炭窒化バナジウム膜のビッカース硬さHVは1369であり、実施例1〜3の珪炭窒化バナジウム膜の1/2程度の硬度であった。実施例1〜3と比較例1の珪炭窒化バナジウム膜の組成分析の結果から、a/bの値を比較したところ、比較例1のa/bの値は、実施例1〜3に対して2倍程度の値となっていた。この結果に鑑みると、a/bの値が大きすぎる場合、珪炭窒化バナジウム膜は硬質皮膜としての十分な膜硬度が得られないことがわかる。本実施例の結果によれば、a/bの値が0.30〜1.3であれば十分な膜硬度を得ることができると考えられる。
【0059】
なお、表2に示す各試験片の珪炭窒化バナジウム膜の厚さは、硬度測定時の圧子の最大押し込み深さの10倍を大きく超える厚さであるため、表2に示す珪炭窒化バナジウム膜の硬度は、基材の硬度の影響や、基材と珪炭窒化バナジウム膜との間に形成された窒化バナジウム膜の硬度の影響を受けていない数値である。すなわち、表2に示される珪炭窒化バナジウム膜の硬度は、珪炭窒化バナジウム膜そのものの硬度である。
【0060】
(耐熱性評価)
耐熱性評価は、実施例1の試験片と新たに製造した比較例2の試験片に対し、大気雰囲気下で600℃、1時間の条件で均熱処理を行い、均熱処理後の各試験片の硬度を測定することで実施した。均熱処理前の試験片の硬度と均熱処理後の試験片の硬度とを比較し、均熱処理後における硬度低下の度合いから珪炭窒化バナジウム膜の耐熱性が評価される。なお、比較例2の試験片は、珪炭窒化バナジウム膜形成工程を実施せず、窒化バナジウム膜形成工程における四塩化バナジウムガスの流量を5.1sccmに変更し、かつ処理時間を180分にしたことを除き、実施例1と同様の成膜条件で製造した。比較例2の試験片の最表面には窒化バナジウム膜が形成されている。
【0061】
実施例1および比較例2の各試験片の均熱処理前の硬度と均熱処理後の硬度とを測定した結果、実施例1の試験片の成膜処理時点の硬度は3366HVであり、比較例2の試験片の成膜処理時点の硬度は2989HVであった。すなわち、実施例1の試験片および比較例2の試験片ともに成膜処理時点では十分な膜硬度を有していた。一方、実施例1の均熱処理後の試験片の硬度は2957HVであったが、比較例2の均熱処理後の試験片の硬度は200HVであり、硬度が低下した。
【0062】
この耐熱性評価の試験結果によれば、本発明に係る珪炭窒化バナジウム膜は窒化バナジウム膜に対して耐熱性が向上することがわかる。このように珪炭窒化バナジウム膜が均熱処理後に硬度が低下しない理由は、均熱処理時に珪炭窒化バナジウム膜の表面に薄いシリコン酸化膜が形成され、このシリコン酸化膜が雰囲気中の酸素と珪炭窒化バナジウム膜中の炭素との結合を阻害しているためであると考えられる。