特許第6963932号(P6963932)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6963932珪炭窒化バナジウム膜、珪炭窒化バナジウム膜被覆部材およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6963932
(24)【登録日】2021年10月20日
(45)【発行日】2021年11月10日
(54)【発明の名称】珪炭窒化バナジウム膜、珪炭窒化バナジウム膜被覆部材およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 16/36 20060101AFI20211028BHJP
   C23C 16/34 20060101ALI20211028BHJP
   C23C 16/50 20060101ALI20211028BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20211028BHJP
   B23F 21/00 20060101ALI20211028BHJP
   B21D 37/01 20060101ALI20211028BHJP
   B21D 37/20 20060101ALI20211028BHJP
【FI】
   C23C16/36
   C23C16/34
   C23C16/50
   B23B27/14 A
   B23F21/00
   B21D37/01
   B21D37/20 Z
【請求項の数】11
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2017-156684(P2017-156684)
(22)【出願日】2017年8月14日
(65)【公開番号】特開2019-35108(P2019-35108A)
(43)【公開日】2019年3月7日
【審査請求日】2020年6月17日
(73)【特許権者】
【識別番号】306039120
【氏名又は名称】DOWAサーモテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101557
【弁理士】
【氏名又は名称】萩原 康司
(74)【代理人】
【識別番号】100096389
【弁理士】
【氏名又は名称】金本 哲男
(74)【代理人】
【識別番号】100187849
【弁理士】
【氏名又は名称】齊藤 隆史
(72)【発明者】
【氏名】羽深 智
(72)【発明者】
【氏名】松岡 宏之
(72)【発明者】
【氏名】榊原 渉
【審査官】 内藤 康彰
(56)【参考文献】
【文献】 特開2002−371352(JP,A)
【文献】 特開2006−093550(JP,A)
【文献】 国際公開第2010/150411(WO,A1)
【文献】 特開2016−204202(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 16/00−16/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
バナジウムと、珪素と、炭素と、窒素とを含む膜であり、
前記膜中の、バナジウム元素濃度[at%]/(バナジウム元素濃度[at%]+珪素元素濃度[at%]+炭素元素濃度[at%]+窒素元素濃度[at%])をaと定義し、
前記膜中の、珪素元素濃度[at%]/(バナジウム元素濃度[at%]+珪素元素濃度[at%]+炭素元素濃度[at%]+窒素元素濃度[at%])をbと定義としたときに、
0.6≦a/b≦1.0、および0.40≦a+b≦0.65を満たし、かつ、前記膜中のバナジウム元素濃度[at%]と、珪素元素濃度[at%]と、炭素元素濃度[at%]と、窒素元素濃度[at%]との合計が90[at%]以上である、珪炭窒化バナジウム膜。
【請求項2】
0.45≦a+b≦0.60を満たす、請求項1に記載の珪炭窒化バナジウム膜。
【請求項3】
前記炭素元素濃度が10[at%]以上であり、前記窒素元素濃度が10[at%]以上である、請求項1または2に記載の珪炭窒化バナジウム膜。
【請求項4】
基材上に、請求項1乃至3のいずれか一項に記載の珪炭窒化バナジウム膜が形成された、珪炭窒化バナジウム膜被覆部材。
【請求項5】
前記基材と、前記珪炭窒化バナジウム膜との間に窒化バナジウム膜を有する、請求項に記載の珪炭窒化バナジウム膜被覆部材。
【請求項6】
珪炭窒化バナジウム膜被覆部材の製造方法であって、
窒素ガスおよびアンモニアガスからなる群から選択される1種以上のガスで構成される窒素源ガスと、水素ガスと、塩化バナジウムガスと、珪素源ガスと、炭素源ガスとを含む原料ガスを使用したプラズマ化学蒸着法により、
前記珪炭窒化バナジウム膜中の、バナジウム元素濃度[at%]/(バナジウム元素濃度[at%]+珪素元素濃度[at%]+炭素元素濃度[at%]+窒素元素濃度[at%])をaと定義し、
前記珪炭窒化バナジウム膜中の、珪素元素濃度[at%]/(バナジウム元素濃度[at%]+珪素元素濃度[at%]+炭素元素濃度[at%]+窒素元素濃度[at%])をbと定義としたときに、
0.6≦a/b≦1.0、および0.40≦a+b≦0.65を満たし、かつ、前記珪炭窒化バナジウム膜中の、バナジウム元素濃度[at%]と、珪素元素濃度[at%]と、炭素元素濃度[at%]と、窒素元素濃度[at%]との合計が90[at%]以上となるような前記珪炭窒化バナジウム膜を基材上に形成して珪炭窒化バナジウム膜被覆部材を製造する、珪炭窒化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
【請求項7】
0.40≦a+b≦0.65を満たす、請求項6に記載の珪炭窒化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
【請求項8】
前記珪素源ガスおよび前記炭素源ガスとして有機シランガスを使用する、請求項6または7に記載の珪炭窒化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
【請求項9】
前記原料ガスは、さらにアルゴンガスを含み、
前記基材上に前記珪炭窒化バナジウム膜を形成する際に、前記塩化バナジウムガスと、前記有機シランガスと、前記窒素源ガスと、前記水素ガスと、前記アルゴンガスとの分圧比が、前記塩化バナジウムガスの分圧を1としたときに1:0.8〜1.4:8〜14:30〜55:0.8〜1.4となるように各ガスの流量を調節する、請求項に記載の珪炭窒化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
【請求項10】
前記有機シランガスはモノメチルシランガスである、請求項またはに記載の珪炭窒化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
【請求項11】
前記塩化バナジウムガスは四塩化バナジウムガスである、請求項乃至10のいずれか一項に記載の珪炭窒化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材の表面に形成される硬質皮膜である珪炭窒化バナジウム膜(VSiCN膜)、その珪炭窒化バナジウム膜が被覆された被覆部材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プレス成形用の金型や切削工具、歯切工具、鍛造工具、自動車部品等の基材としては一般的に鋼材が使用されること多いが、それらの製品の耐久性を維持するため、従前は基材となる鋼材よりも硬度が高い硬質皮膜を基材表面に形成して基材を被覆することが行われていた。そのような硬質皮膜の一種として、膜硬度が高く潤滑性に富むバナジウム系皮膜がある。特許文献1には、イオンプレーティング法を用いてビッカース硬さHVが2400であるバナジウム(V)、炭素(C)、窒素(N)を含む炭窒化バナジウム膜(VCN膜)が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2005−46975号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
通常、硬質皮膜は硬度が高い程、耐摩耗性に富むため、耐摩耗性の向上の観点からはさらに高硬度の膜が求められる。しかしながら、特許文献1のような炭窒化バナジウム膜では硬質皮膜としての硬度の向上に限界があった。
【0005】
本発明に係る珪炭窒化バナジウム膜およびその珪炭窒化バナジウム膜の被覆部材は、上記事情に鑑みてなされたものであり、バナジウム、炭素、窒素を含む硬質皮膜の硬度向上を目的とする。
【0006】
また、特許文献1のようなイオンプレーティング法に代表される物理蒸着法は、蒸発粒子の付きまわり性が悪いことから、金型や切削工具、歯切工具、鍛造工具、自動車部品等の複雑形状物に硬質皮膜を形成する際には、ワークテーブルに回転機構を設けるといった成膜装置への対策が必要となる。このため、従来の成膜方法では、複雑形状物の成膜用に特別仕様の成膜装置を用意しなければならず、成膜装置の導入に伴うコストが嵩むといった課題があった。一方、付きまわり性の良い成膜方法としてはプラズマ化学蒸着法が知られているが、硬質皮膜としてのバナジウム系皮膜の成膜処理にプラズマ化学蒸着法を用いることが可能であるかは不明であった。
【0007】
本発明に係る珪炭窒化バナジウム膜被覆部材の製造方法は、上記事情に鑑みてなされたものであり、バナジウム、炭素、窒素を含む硬質皮膜の硬度向上に加え、成膜装置の導入に伴うコストの抑制を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決する本発明は、バナジウムと、珪素と、炭素と、窒素とを含む珪炭窒化バナジウム膜であって、膜中の、バナジウム元素濃度[at%]/(バナジウム元素濃度[at%]+珪素元素濃度[at%]+炭素元素濃度[at%]+窒素元素濃度[at%])をaと定義し、前記膜中の、珪素元素濃度[at%]/(バナジウム元素濃度[at%]+珪素元素濃度[at%]+炭素元素濃度[at%]+窒素元素濃度[at%])をbと定義としたときに、0.6≦a/b≦1.0、および0.40≦a+b≦0.65を満たし、かつ、前記膜中のバナジウム元素濃度[at%]と、珪素元素濃度[at%]と、炭素元素濃度[at%]と、窒素元素濃度[at%]との合計が90[at%]以上であることを特徴としている。
【0009】
別の観点による本発明は、珪炭窒化バナジウム膜被覆部材であって、基材上に上記の珪炭窒化バナジウム膜が形成されていることを特徴としている。
【0010】
さらに別の観点による本発明は、珪炭窒化バナジウム膜被覆部材の製造方法であって、窒素ガスおよびアンモニアガスからなる群から選択される1種以上のガスで構成される窒素源ガスと、水素ガスと、塩化バナジウムガスと、珪素源ガスと、炭素源ガスとを含む原料ガスを使用したプラズマ化学蒸着法により、前記珪炭窒化バナジウム膜中の、バナジウム元素濃度[at%]/(バナジウム元素濃度[at%]+珪素元素濃度[at%]+炭素元素濃度[at%]+窒素元素濃度[at%])をaと定義し、前記珪炭窒化バナジウム膜中の、珪素元素濃度[at%]/(バナジウム元素濃度[at%]+珪素元素濃度[at%]+炭素元素濃度[at%]+窒素元素濃度[at%])をbと定義としたときに、0.6≦a/b≦1.0、および0.40≦a+b≦0.65を満たし、かつ、前記珪炭窒化バナジウム膜中の、バナジウム元素濃度[at%]と、珪素元素濃度[at%]と、炭素元素濃度[at%]と、窒素元素濃度[at%]との合計が90[at%]以上となるような前記珪炭窒化バナジウム膜を基材上に形成して珪炭窒化バナジウム膜被覆部材を製造することを特徴としている。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、バナジウム、炭素、窒素を含む硬質皮膜の硬度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の一実施形態に係る珪炭窒化バナジウム膜の成膜装置の概略構成を示す図である。
図2】本発明の一実施形態に係る珪炭窒化バナジウム膜被覆部材の概略構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の一実施形態について、図面を参照しながら説明する。なお、本明細書および図面において、実質的に同一の機能構成を有する要素においては、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0014】
本実施形態では、プラズマ化学蒸着法(いわゆるプラズマCVD法)を用いて、基材上にバナジウムと珪素と炭素と窒素からなる珪炭窒化バナジウム膜を形成する。基材としては例えばSKD11のようなダイス鋼、その他の工具鋼等の鋼材が用いられるが、これらの材料に限定されることはない。材料固有の強度と用途等に応じ、硬質皮膜処理が必要となる材料であれば基材として採用され得る。
【0015】
珪炭窒化バナジウム膜を成膜するための成膜装置としては、図1に示すようなプラズマ処理装置10が用いられる。プラズマ処理装置10は、基材2が搬入されるチャンバー11と、陽極12および陰極13と、パルス電源14とを備えている。チャンバー11の上部には原料ガスが供給されるガス供給管15が接続され、チャンバー11の下部にはチャンバー11内のガスを排気するガス排気管16が接続されている。ガス排気管16の下流側には真空ポンプ(不図示)が設けられている。陰極13は基材2を支持する支持台としての役割も有しており、チャンバー11内に搬入された基材2は陰極上に載置される。また、チャンバー11の内部にはヒーター(不図示)が設けられており、ヒーターによりチャンバー11内の雰囲気温度を調節してもよい。
【0016】
本実施形態のプラズマ処理装置10は以上のように構成されているが、プラズマ処理装置10の構成は本実施形態で説明したものに限定されない。例えばパルス電源14に代えて高周波電源を用いても良いし、原料ガスを供給するシャワーヘッドを設け、それを陽極12として用いても良い。また、ヒーターを設けずにグロー電流のみで基材2を加熱しても良い。すなわち、プラズマ処理装置10は、チャンバー11内に供給される珪炭窒化バナジウム膜の原料ガスをプラズマ化することが可能であって、基材2に珪炭窒化バナジウム膜を形成して珪炭窒化バナジウム膜被覆部材を製造できる構造となっていれば良い。なお、プラズマCVD法は、減圧下(または大気圧下)において原料ガスのプラズマ放電分解により珪炭窒化バナジウム膜を形成することができる方法であれば、放電方法については特に限定されないが、パルス放電プラズマCVD法で珪炭窒化バナジウム膜を形成することが好ましい。
【0017】
次に、珪炭窒化バナジウム膜被覆部材の製造方法について説明する。本実施形態では、図2のように基材2の表面に窒化バナジウム膜3を形成した後、窒化バナジウム膜3の表面に珪炭窒化バナジウム膜4を形成することで珪炭窒化バナジウム膜被覆部材1を製造する。
【0018】
<成膜処理準備工程>
まず、チャンバー11に基材2を搬入して所定位置に基材2をセットする。その後、チャンバー11内の圧力を例えば10Pa以下となるように真空排気を行う。このときチャンバー11内の温度は室温程度となっている。続いて、ヒーター(不図示)を作動させて基材2のベーキング処理を行う。その後、一度ヒーターの電源を切り、所定の時間、プラズマ処理装置10を放置し、基材2の冷却を行う。次に、チャンバー11内に少量の水素ガスを供給し、再度ヒーターを作動させてチャンバー11内の雰囲気を加熱する。このとき、チャンバー11内の雰囲気温度をプラズマCVD法による成膜処理に適した処理温度近傍まで昇温させる。このときのチャンバー11内の圧力は適宜設定されていれば良く、例えば100Pa程度に維持される。
【0019】
続いて、後述するプラズマCVD法を用いた成膜処理に先立って水素ガスのプラズマ化を行う。具体的には、チャンバー11内の雰囲気を加熱する際に供給されていた水素ガスを引き続き供給した状態でパルス電源14を作動させる。これにより、電極12、13間において水素ガスがプラズマ化する。このようにして生成された水素ラジカルにより基材2表面の酸化膜が還元され、成膜処理の前に基材2表面がクリーニングされる。なお、パルス電源14はチャンバー11内に供給されるガスがプラズマ化するように電圧や周波数、Duty比等が適宜設定されている。なお、Duty比は、パルス1周期あたりの電圧印加時間で定義され、Duty比=100×電圧印加時間(ON time)/{電圧印加時間(ON time)+電圧印加停止時間(OFF time)}で算出される。水素ガスをプラズマ化させた後、水素ガスの供給を維持しつつ、チャンバー11内にさらに窒素ガスおよびアルゴンガスを供給して水素ガス、窒素ガスおよびアルゴンガスのプラズマ化を行う。これにより、窒化バナジウム膜3の形成前にグロー放電の安定化を図ることができる。
【0020】
<窒化バナジウム膜3の成膜処理>
その後、チャンバー11内にバナジウム源ガスとして塩化バナジウムガスをさらに供給する。これにより、窒化バナジウム膜3を形成するための原料ガスとして、チャンバー11内に窒素ガス、塩化バナジウムガス、水素ガスおよびアルゴンガスが供給された状態となる。塩化バナジウムガスと、窒素ガスと、水素ガスと、アルゴンガスの分圧比は、塩化バナジウムガスの分圧を1としたときに例えば1:7〜11:35〜45:0.7〜1.1に設定される。チャンバー11内の圧力は例えば50〜200Paに設定される。
【0021】
なお、塩化バナジウムガスとしては、例えば四塩化バナジウム(VCl)ガス、三塩化酸化バナジウム(VOCl)ガスが用いられる。ガスを構成する元素の数が少なく、窒化バナジウム膜3中の不純物を取り除くことが容易になるという観点では、四塩化バナジウムガスを用いることが好ましい。また、四塩化バナジウムガスは、入手が容易で、常温において液体であり、ガスとしての供給が容易な点でも好ましい。また、窒素源ガスは窒素ガスに限定されず、例えばアンモニアガスであっても良い。窒素源ガスは、窒素ガスとアンモニアガスを混合して供給しても良い。
【0022】
チャンバー11内に塩化バナジウムガスを供給すると、電極12、13間で塩化バナジウムガスがプラズマ化する。これにより、電極12、13間でプラズマ化したバナジウムや窒素は基材2に吸着されていき、基材2の表面に窒化バナジウム膜3が形成される。なお、窒化バナジウム膜3の成膜処理時のチャンバー11内の雰囲気温度は450℃〜550℃であることが好ましい。また、成膜処理時の電圧は700V〜1500Vであることが好ましい。
【0023】
<珪炭窒化バナジウム膜4の成膜処理>
基材2の表面に窒化バナジウム膜3を形成した後、珪炭窒化バナジウム膜4を形成するための珪素源および炭素源となるガスとして、チャンバー11内にさらに有機シランガスを供給する。これにより、珪炭窒化バナジウム膜4を形成するための原料ガスとして、チャンバー11内に塩化バナジウムガス、有機シランガス、窒素ガス、水素ガスおよびアルゴンガスが供給された状態となる。このとき、塩化バナジウムガスと、有機シランガスと、窒素ガスと、水素ガスと、アルゴンガスの分圧比は、塩化バナジウムガスの分圧を1としたときに、例えば1:0.8〜1.4:8〜14:30〜55:0.8〜1.4に設定されるよう、各ガスの流量が調節される。チャンバー11内の圧力は例えば50Pa〜200Pa以下に設定される。なお、パルス電源14の電圧や周波数、Duty比等はチャンバー11内に供給されるガスがプラズマ化するように適宜設定されるものであるが、珪炭窒化バナジウム膜4の成膜処理時の電圧は700V〜1800Vであることが好ましい。また、珪炭窒化バナジウム膜4の成膜処理時のチャンバー11内の雰囲気温度は450℃〜550℃であることが好ましい。
【0024】
上記の“有機シランガス”は、珪素(Si)に炭化水素官能基が結合した分子構造のものであれば特に限定されないが、例えばモノメチルシランガス、ジメチルシランガス、トリメチルシランガス、テトラメチルシランガス等が用いられる。有機シランガスは珪素と炭素を含むガスであるため、珪炭窒化バナジウム膜4を形成する際に有機シランガスを用いることで、珪素源ガスと炭素源ガスの2種類のガスをそれぞれ供給する必要がなくなる。これによりプラズマ処理装置10に原料ガスを供給する機構の部品点数を減らすことが可能となる。なお、珪素源ガスと炭素源ガスをそれぞれ別々にチャンバー11内に供給する場合には、珪素源ガスとして例えばモノシランガス、ジシランガス、ジクロロシランガス、トリクロロシランガス、四塩化ケイ素ガス、四フッ化珪素ガス等のシラン系ガスが使用され、炭素源ガスとして例えばメタン、エタン、エチレン、アセチレンなどの炭化水素ガスが使用される。
【0025】
チャンバー11内に有機シランガスを供給することで、電極12、13間で有機シランガスがプラズマ化し、既にプラズマ化しているバナジウムおよび窒素と共に、珪素および炭素も窒化バナジウム膜3の表面に吸着されていく。その結果、窒化バナジウム膜3の表面に珪炭窒化バナジウム膜4が形成される。これにより珪炭窒化バナジウム膜被覆部材1が製造される。
【0026】
以上の工程を経て形成される珪炭窒化バナジウム膜4(VSiCN膜)は、ビッカース硬さHVが2400を超える硬度と、300GPa以下の複合弾性率を有する硬質皮膜である。すなわち、本実施形態の珪炭窒化バナジウム膜4は、従来のバナジウム、炭素、窒素を含む炭窒化バナジウム膜(VCN膜)の硬度よりも高い硬度を有し、かつ、低い複合弾性率であることにより弾性変形領域が広く、同程度の硬さを有する膜と比較しても高い耐摩耗性を有する硬質皮膜である。
【0027】
加えて、本実施形態の珪炭窒化バナジウム膜4は従来よりも多くの珪素を含有していることで耐熱性も向上した硬質皮膜である。したがって、本実施形態に係る珪炭窒化バナジウム膜被覆部材1は、硬度と耐熱性が従前よりも高いレベルで両立した部材である。
【0028】
このような珪炭窒化バナジウム膜4は、EPMAの組成分析結果から得られた皮膜中のバナジウム元素濃度[at%]、珪素元素濃度[at%]、炭素元素濃度[at%]および窒素元素濃度[at%]を基に、a=バナジウム元素濃度[at%]/(バナジウム元素濃度[at%]+珪素元素濃度[at%]+炭素元素濃度[at%]+窒素元素濃度[at%])と定義し、b=珪素元素濃度[at%]/(バナジウム元素濃度[at%]+珪素元素濃度[at%]+炭素元素濃度[at%]+窒素元素濃度[at%])と定義したときに、0.30≦a/b≦1.3を満たす膜である。a/bが0.30未満の場合には珪炭窒化バナジウム膜4の硬度が十分に得られない。同様にa/bが1.3を超える場合も、珪炭窒化バナジウム膜4の硬度が十分に得られない。a/bの好ましい下限値は0.5であり、さらに好ましい下限値は0.6である。一方、a/bの好ましい上限値は1.2であり、さらに好ましい上限値は1.0である。また、珪炭窒化バナジウム膜4の膜厚は0.5〜4μmであることが好ましい。
【0029】
また、珪炭窒化バナジウム膜4は0.30≦a+b≦0.70も満たす膜である。膜中の炭素や窒素の含有量に対してバナジウムや珪素の含有量が少なすぎる場合には、上記の0.30≦a/b≦1.3を満たす珪炭窒化バナジウム膜4であっても硬質皮膜としての硬度が十分に得られないおそれがある。同様に、膜中の炭素や窒素の含有量に対してバナジウムや珪素の含有量が多すぎる場合には、上記の0.30≦a/b≦1.3を満たす珪炭窒化バナジウム膜4であっても硬質皮膜としての硬度が十分に得られないおそれがある。a+bの好ましい下限値は0.40であり、さらに好ましい下限値は0.45である。一方、a+bの好ましい上限値は0.65であり、さらに好ましい上限値は0.60である。
【0030】
さらに、珪炭窒化バナジウム膜4はバナジウム元素濃度[at%]と、珪素元素濃度[at%]と、炭素元素濃度[at%]と、窒素元素濃度[at%]の合計が90[at%]以上となる膜である。膜中のバナジウム、珪素、炭素および窒素の絶対量が少ない場合には、上記の0.30≦a/b≦1.3を満たす珪炭窒化バナジウム膜4であっても硬質皮膜としての硬度が十分に得られないことが懸念される。なお、炭素元素濃度は10[at%]以上であることが好ましい。また、窒素元素濃度は10[at%]以上であることが好ましい。
【0031】
本実施形態では、珪炭窒化バナジウム膜4の形成時にプラズマCVD法を用いているが、このようにプラズマCVD法を用いることにより、複雑形状物に対する成膜処理時においても、複雑形状物以外の成膜処理時に使用される成膜装置と同等の装置を用いることが可能となる。すなわち、プラズマCVD法で珪炭窒化バナジウム膜4を形成することで、複雑形状物用の特別仕様の成膜装置が不要となり、成膜装置の導入に伴うコストを抑えることが可能となる。加えて、従来の成膜方法を用いた場合に、複雑形状物用の特別仕様の成膜装置と通常仕様の成膜装置の双方の設置が必要となるような状況であっても、本実施形態の成膜方法によれば、特別仕様の成膜装置が不要となるため、工場内に設置する成膜装置の数を減らすことが可能となる。これにより、工場内の設備レイアウトの自由度を広げることができる。
【0032】
なお、本実施形態の成膜方法によれば、窒化バナジウム膜3の形成時および珪炭窒化バナジウム膜4の形成時にバナジウム源ガスとして塩化バナジウムガスを使用していることから、窒化バナジウム膜3および珪炭窒化バナジウム膜4の膜中には、バナジウム、珪素および窒素を除く残部として必然的に不純物としての塩素が含まれる。原料ガスに含まれる水素ガスは塩素と結合しやすいことから、本実施形態のように原料ガスとして水素ガスを含む場合には、塩化バナジウムガスから発生する塩素が水素と結合して系外に排出されやすくなる。これにより、窒化バナジウム膜3および珪炭窒化バナジウム膜4の膜中への塩素の混入を抑えることができる。なお、窒化バナジウム膜3および珪炭窒化バナジウム膜4の残部には、本実施形態の場合に含まれる塩素以外にも不可避的不純物が含まれ得る。
【0033】
また、プラズマ処理中の水素ガスの流量は、塩化バナジウムガスの流量に対して25倍以上であることが好ましい。
【0034】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明はかかる例に限定されない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到しうることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【0035】
例えば上記実施形態では原料ガスにアルゴンガスが含まれているが、アルゴンガスの供給は必須ではない。アルゴンガスは、アルゴンイオンが他の分子をイオン化することによってプラズマの安定化やイオン密度の向上に寄与するため、必要に応じて供給することが好ましい。
【0036】
また、上記実施形態では、基材2の表面に窒化バナジウム膜3を形成した後、窒化バナジウム膜3の表面に珪炭窒化バナジウム膜4を形成することとしたが、基材2の表面に直接珪炭窒化バナジウム膜4を形成しても良い。ただし、基材2と珪炭窒化バナジウム膜4の密着性を向上させるためには、基材2と珪炭窒化バナジウム膜4との間に窒化バナジウム膜3を形成することが好ましい。
【実施例】
【0037】
プラズマCVD法を用い、基材の表面に珪炭窒化バナジウム膜を形成し、膜の硬度および耐熱性について評価した。なお、以下の説明における水素ガス、窒素ガス、アルゴンガス、四塩化バナジウムガス、四塩化珪素ガスおよびモノメチルシランガスの流量はそれぞれ0℃、1atmにおける体積流量である。
【0038】
珪炭窒化バナジウム膜を形成する基材としては、ダイス鋼の一種であるSKD11から成るφ22の丸棒に焼入れおよび焼き戻し処理を施した後、丸棒を6〜7mm間隔で切断し、切断された各部材の表面を鏡面研磨したものを使用した。なお、珪炭窒化バナジウム膜は基材の鏡面研磨した側の面に形成する。成膜装置は図1に示すような構造のものを使用し、電源はパルス電源を用いた。
【0039】
ここで、実施例1の試験片の製造方法について説明する。
【0040】
<成膜処理準備工程>
まず、成膜装置のチャンバー内に基材をセットし、30分間チャンバー内を真空引きし、チャンバー内の圧力を10Pa以下まで小さくする。このとき、ヒーターは作動させない。なお、ヒーターはチャンバーの内部に設けられており、チャンバー内の雰囲気温度はシース熱電対で測定している。続いて、ヒーターの設定温度を200℃とし、基材のベーキング処理を10分間行う。その後、ヒーターの電源を切り、30分間成膜装置を放置してチャンバー内を冷却する。
【0041】
次に、チャンバー内に100ml/minの流量で水素ガスを供給し、排気量を調節してチャンバー内の圧力を100Paとする。そして、ヒーターの設定温度を485℃とし、30分間チャンバー内の雰囲気を加熱する。この加熱によりチャンバー内の雰囲気温度をプラズマ処理温度近傍の温度まで昇温させる。
【0042】
次に、電圧:800V、周波数:25kHz、Duty比:30%、ユニポーラ出力形式でパルス電源を作動させる。これにより、チャンバー内の電極間で水素ガスがプラズマ化する。その後、水素ガスの流量を200ml/minに上げると共にチャンバー内に、50ml/minの流量の窒素ガスおよび5ml/minの流量のアルゴンガスを供給する。このとき、排気量を調節してチャンバー内の圧力を58Paとする。そして、パルス電源の電圧を1100Vに上げる。これにより電極間で水素ガス、窒素ガスおよびアルゴンガスがプラズマ化した状態となる。
【0043】
<窒化バナジウム膜形成工程>
続いて、供給する水素ガスの流量を200ml/min、窒素ガスの流量を50ml/min、アルゴンガスの流量を5ml/minに維持したまま、チャンバー内に四塩化バナジウムガスを4.4sccmの流量でさらに供給する。また、パルス電源の電圧を1100Vから1500Vに上げる。これにより四塩化バナジウムガスがバナジウムと塩素に分解される。そして、プラズマ化したバナジウムと窒素が基材に吸着することにより、窒化バナジウム膜が基材の表面に形成されていく。この状態を30分間維持し、基材の表面に0.4μmの窒化バナジウムを形成した。
【0044】
<珪炭窒化バナジウム膜形成工程>
続いて、供給する水素ガスの流量を200ml/min、窒素ガスの流量を50ml/min、アルゴンガスの流量を5ml/minに維持したまま、四塩化バナジウムガスの流量を5.0sccmに上げ、チャンバー内にモノメチルシラン(SiHCH)ガスを5.0sccmの流量でさらに供給する。パルス電源の電圧は1500Vに維持する。これにより、モノメチルシランガスが珪素と炭素に分解される。そして、プラズマ化したバナジウム、珪素、炭素、窒素が基材に吸着することにより、窒化バナジウム膜の表面にバナジウム、珪素、炭素、窒素からなる珪炭窒化バナジウム膜が形成されていく。この状態を120分間維持し、窒化バナジウム膜の表面に珪炭窒化バナジウム膜を形成した。
【0045】
以上の工程を経て、珪炭窒化バナジウム膜が被覆された実施例1の試験片を得た。実施例1の珪炭窒化バナジウム膜形成工程の成膜条件をまとめると、下記表1のようになる。また、下記表1に示す成膜条件に従い、実施例2〜3、比較例1の試験片も製造した。
【0046】
【表1】
【0047】
実施例2の成膜条件は、珪炭窒化バナジウム膜形成工程におけるチャンバー内に供給する四塩化バナジウムガスの流量を5.4sccmに変更し、さらに、Duty比を50%に変更したことを除き、実施例1と同様の成膜条件である。
【0048】
実施例3の成膜条件は、珪炭窒化バナジウム膜形成工程におけるチャンバー内に供給する四塩化バナジウムガスの流量を4.7sccmに変更したことを除き、実施例1と同様の成膜条件である。
【0049】
比較例1の成膜条件は、珪炭窒化バナジウム膜形成工程におけるチャンバー内に供給する四塩化バナジウムガスの流量を7.0sccmに変更したことを除き、実施例1と同様の成膜条件である。
【0050】
珪炭窒化バナジウム膜が被覆された各試験片に対し、珪炭窒化バナジウム膜の硬度測定、膜厚測定および組成分析を実施した。各実施例および比較例の硬度測定、膜厚測定および組成分析の結果を表2に示す。
【0051】
【表2】
【0052】
(硬度測定)
硬度測定は、Fischer Instruments製のFISCHER SCOPE(登録商標)HM2000を用いたナノインデンテーション法により実施した。具体的には、最大押し込み荷重を10mNとして試験片にビッカース圧子を押し込み、連続的に押し込み深さを計測する。その押し込み深さの変化に基づいて測定装置によりマルテンス硬さ、マルテンス硬さから換算されるビッカース硬さおよび複合弾性率が算出される。算出されたビッカース硬さは測定装置の画面に表示され、この数値を測定点における膜の硬度として扱う。本実施例では各試験片表面の任意の20点のビッカース硬さを求め、得られた硬度の平均値を珪炭窒化バナジウム膜のビッカース硬さ(HV)とした。
【0053】
なお、試験片に圧子を押し込む際には、圧子の最大押し込み深さの約10倍まで押し込み荷重が伝播する場合がある。このため、押し込み荷重の伝播が試験片の基材に到達してしまうと、硬度測定の結果に基材の影響が含まれてしまう場合がある。したがって、純粋な硬質皮膜の硬度を測定するためには、「硬質皮膜の膜厚>圧子の最大押し込み深さ×10」を満たす必要がある。
【0054】
(膜厚測定)
珪炭窒化バナジウム膜の膜厚は、試験片を垂直に切断して切断面を鏡面研磨した後、金属顕微鏡の倍率を1000倍として切断面を観察し、観察した画像情報に基づいて算出することで珪炭窒化バナジウム膜の膜厚を測定した。
【0055】
(珪炭窒化バナジウム膜の組成分析)
珪炭窒化バナジウム膜の組成を分析した。分析条件は次の通りである。
測定装置:EPMA(日本電子株式会社製JXA-8530F)
測定モード:半定量分析
加速電圧:15kV
照射電流:1.0×10−7
ビーム形状:スポット
ビーム径設定値:0
分光結晶:LDE6H, TAP, LDE5H, PETH, LIFH, LDE1H
【0056】
組成分析の結果により得られた、珪炭窒化バナジウム膜中のバナジウム元素濃度[at%]、珪素元素濃度[at%]、炭素元素濃度[at%]および窒素元素濃度[at%]は上記表2の通りである。また、バナジウム元素濃度[at%]/(バナジウム元素濃度[at%]+珪素元素濃度[at%]+炭素元素濃度[at%]+窒素元素濃度[at%])を“a”と定義し、珪素元素濃度[at%]/(バナジウム元素濃度[at%]+珪素元素濃度[at%]+炭素元素濃度[at%]+窒素元素濃度[at%])を“b”と定義したときのa/b、およびa+bを算出した。なお、表2中の“残部”は塩素等の不純物の合計量である。
【0057】
ところで、珪炭窒化バナジウム膜の膜厚が1μm以下である場合には、基材や他の膜の成分組成がEPMAの測定結果に影響を及ぼす。このため、膜厚の薄い珪炭窒化バナジウム膜の組成を分析する場合には、事前に珪炭窒化バナジウム膜を形成する前の試験片のEPMA測定を実施しておき、珪炭窒化バナジウム膜の形成後のEPMAの測定結果から基材や他の膜由来のバナジウム元素濃度[at%]、珪素元素濃度[at%]、炭素元素濃度[at%]および窒素元素濃度[at%]を差し引く必要がある。例えば、バナジウムを含有する基材の表面に1μm以下の珪炭窒化バナジウム膜が形成されている場合、珪炭窒化バナジウム膜のバナジウム元素濃度[at%]は、下記の(1)式で算出された基材のバナジウム元素濃度[at%]を用い、下記の(2)式から求めることができる。なお、基材に含まれる珪素や炭素、窒素についても同様に計算することで、珪炭窒化バナジウム膜の珪素元素濃度[at%]、炭素元素濃度[%]および窒素元素濃度[at%]をそれぞれ求めることができる。
基材のバナジウム元素濃度[at%]=(珪炭窒化バナジウム膜形成前のEPMAで測定されたバナジウム元素濃度[at%]/珪炭窒化バナジウム膜形成前のEPMAで測定された鉄元素濃度[at%])×珪炭窒化バナジウム膜形成後のEPMAで測定された鉄元素濃度[at%]・・・(1)
珪炭窒化バナジウム膜のバナジウム元素濃度[at%]=珪炭窒化バナジウム膜形成後のEPMAで測定されたバナジウム元素濃度[at%]−基材のバナジウム元素濃度[at%]・・・(2)
【0058】
上記表2に示すように、実施例1〜3の珪炭窒化バナジウム膜のビッカース硬さHVは2500以上であり、従来の炭窒化バナジウム膜(VCN膜)の硬度(HV2400程度)よりも高い硬度の硬質皮膜を得ることができた。一方、比較例1の珪炭窒化バナジウム膜のビッカース硬さHVは1369であり、実施例1〜3の珪炭窒化バナジウム膜の1/2程度の硬度であった。実施例1〜3と比較例1の珪炭窒化バナジウム膜の組成分析の結果から、a/bの値を比較したところ、比較例1のa/bの値は、実施例1〜3に対して2倍程度の値となっていた。この結果に鑑みると、a/bの値が大きすぎる場合、珪炭窒化バナジウム膜は硬質皮膜としての十分な膜硬度が得られないことがわかる。本実施例の結果によれば、a/bの値が0.30〜1.3であれば十分な膜硬度を得ることができると考えられる。
【0059】
なお、表2に示す各試験片の珪炭窒化バナジウム膜の厚さは、硬度測定時の圧子の最大押し込み深さの10倍を大きく超える厚さであるため、表2に示す珪炭窒化バナジウム膜の硬度は、基材の硬度の影響や、基材と珪炭窒化バナジウム膜との間に形成された窒化バナジウム膜の硬度の影響を受けていない数値である。すなわち、表2に示される珪炭窒化バナジウム膜の硬度は、珪炭窒化バナジウム膜そのものの硬度である。
【0060】
(耐熱性評価)
耐熱性評価は、実施例1の試験片と新たに製造した比較例2の試験片に対し、大気雰囲気下で600℃、1時間の条件で均熱処理を行い、均熱処理後の各試験片の硬度を測定することで実施した。均熱処理前の試験片の硬度と均熱処理後の試験片の硬度とを比較し、均熱処理後における硬度低下の度合いから珪炭窒化バナジウム膜の耐熱性が評価される。なお、比較例2の試験片は、珪炭窒化バナジウム膜形成工程を実施せず、窒化バナジウム膜形成工程における四塩化バナジウムガスの流量を5.1sccmに変更し、かつ処理時間を180分にしたことを除き、実施例1と同様の成膜条件で製造した。比較例2の試験片の最表面には窒化バナジウム膜が形成されている。
【0061】
実施例1および比較例2の各試験片の均熱処理前の硬度と均熱処理後の硬度とを測定した結果、実施例1の試験片の成膜処理時点の硬度は3366HVであり、比較例2の試験片の成膜処理時点の硬度は2989HVであった。すなわち、実施例1の試験片および比較例2の試験片ともに成膜処理時点では十分な膜硬度を有していた。一方、実施例1の均熱処理後の試験片の硬度は2957HVであったが、比較例2の均熱処理後の試験片の硬度は200HVであり、硬度が低下した。
【0062】
この耐熱性評価の試験結果によれば、本発明に係る珪炭窒化バナジウム膜は窒化バナジウム膜に対して耐熱性が向上することがわかる。このように珪炭窒化バナジウム膜が均熱処理後に硬度が低下しない理由は、均熱処理時に珪炭窒化バナジウム膜の表面に薄いシリコン酸化膜が形成され、このシリコン酸化膜が雰囲気中の酸素と珪炭窒化バナジウム膜中の炭素との結合を阻害しているためであると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明は、金型や切削工具、歯切工具、鍛造工具、自動車部品等の硬質皮膜処理に利用することができる。
【符号の説明】
【0064】
1 珪炭窒化バナジウム膜被覆部材
2 基材
3 窒化バナジウム膜
4 珪炭窒化バナジウム膜
10 プラズマ処理装置
11 チャンバー
12 陽極
13 陰極
14 パルス電源
15 ガス供給管
16 ガス排気管
図1
図2