(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者等は、Cr、FeおよびNiを主要成分とするCr-Fe-Ni系合金、特にCrを44質量%以上含むCr-Fe-Ni系合金を用いた製造物において、化学組成、金属組織形態、機械的特性、および耐食性の関係について鋭意調査検討し、本発明を完成させた。
【0016】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しながら具体的に説明する。また、本発明は、ここで取り挙げた実施形態に限定されるものではなく、その発明の技術的思想を逸脱しない範囲で公知技術と適宜組み合わせたり公知技術に基づいて改良したりすることが可能である。ただし、同義の状態や製造工程については、同じ符号を付して重複する説明を省略することがある。
【0017】
[本発明のCr-Fe-Ni系合金の化学組成]
前述したように、本発明に係る合金は、Cr、FeおよびNiを主要成分とするCr-Fe-Ni系合金であり、必須の副成分としてMn、SiおよびAlを含む。随意的な副成分としてTiおよびCuのうちの一種以上を更に含んでもよい。また、不可避的にC、N、O、PおよびSを含む。以下、本発明で用いるCr-Fe-Ni系合金の組成(各成分)について説明する。
【0018】
(主要成分)
Cr:44質量%以上75質量%以下
Cr成分は、本Cr-Fe-Ni系合金の主要成分の1つであり、高耐食性のフェライト相の形成に寄与すると共に、オーステナイト相においても耐食性の向上に寄与する成分である。Cr成分の含有率は、44質量%以上75質量%以下が好ましく、47質量%以上70質量%以下がより好ましく、50質量%以上65質量%以下が更に好ましい。Cr含有率が44質量%未満になると、Cr-Fe-Ni系合金製造物の耐食性および機械的特性(例えば、延性、靱性)が不十分になる。一方、Cr含有率が75質量%超になると、Cr-Fe-Ni系合金製造物の機械的特性が低下する。
【0019】
耐食性と材料コストとの観点から、主要3成分(Cr、Fe、Ni)のうちでCr成分が最大含有率であることが好ましい。言い換えると、本発明のCr-Fe-Ni系合金は、Niよりも安価なCrを最大含有率成分とすることから、Niを最大含有率成分とするNi基合金よりも材料コストを低減できる利点と共に、Ni基合金と同等以上の耐食性を確保できる利点がある。
【0020】
Fe:10質量%以上33質量%以下
Fe成分も、本Cr-Fe-Ni系合金の主要成分の1つであり、良好な機械的特性を確保するための基本成分である。Fe成分の含有率は、10質量%以上33質量%以下が好ましく、12質量%以上28質量%以下がより好ましく、14質量%以上23質量%以下が更に好ましい。Fe含有率が10質量%未満になると、Cr-Fe-Ni系合金製造物の機械的特性が不十分になる。一方、Fe含有率が33質量%超になると、800℃近傍の温度域で脆性のσ相(FeCr相を基本とする金属間化合物相)が生成し易くなり、Cr-Fe-Ni系合金製造物の延性・靱性が著しく低下する(いわゆるσ相脆化)。言い換えると、Feの含有率を10〜33質量%の範囲に制御することにより、Cr-Fe-Ni系合金製造物のσ相脆化を抑制して良好な機械的特性を確保することができる。
【0021】
Ni:10質量%以上40質量%以下
Ni成分も、本Cr-Fe-Ni系合金の主要成分の1つであり、オーステナイト相の形成に寄与すると共に、フェライト相においても延性・靱性の向上に寄与する成分である。加えて、Al成分と化合してL1
2型のNi基金属間化合物相(例えば、Ni
3Al相および/またはNi
3(Al,Ti)相)を生成し、Cr-Fe-Ni系合金製造物の機械的特性(特に、機械的強度、硬さ)の向上に寄与する成分である。Ni成分の含有率は、10質量%以上40質量%以下が好ましく、15質量%以上35質量%以下がより好ましく、20質量%以上30質量%以下が更に好ましい。Ni含有率が10質量%未満になると、Ni基金属間化合物相の生成・析出が不十分になってCr-Fe-Ni系合金製造物の機械的特性の向上効果が不十分になる。一方、Ni含有率が40質量%超になっても、Cr-Fe-Ni系合金製造物の機械的特性(特に、硬さ)が不十分になる。
【0022】
Fe+Ni:30質量%以上54質量%以下
Fe成分とNi成分との合計含有率は、30質量%以上54質量%以下が好ましく、32質量%以上52質量%以下がより好ましく、35質量%以上50質量%以下が更に好ましい。該合計含有率が30質量%未満になると、Cr-Fe-Ni系合金製造物の機械的特性が不十分になる。一方、該合計含有率が54質量%超になると、Cr-Fe-Ni系合金製造物の耐食性および機械的特性が不十分になる。
【0023】
なお、高温環境における機械的特性と耐食性との観点から、Ni成分の含有率がFe成分の含有率よりも高いことが好ましい。
【0024】
(必須副成分)
Mn:0.05質量%以上2質量%以下
Mn成分は、本Cr-Fe-Ni系合金の必須副成分の1つであり、硫黄や酸素と化合して該化合物の微細粒子を形成し不純物成分を捕捉・安定化する(いわゆる、脱硫・脱酸素の役割を担う)ことにより、合金製造物の機械的特性の向上および耐炭酸ガス腐食性の向上に寄与する成分である。Mn成分の含有率は、0.05質量%以上2質量%以下が好ましく、0.2質量%以上2質量%以下がより好ましく、1質量%超2質量%以下が更に好ましい。Mn含有率が0.05質量%未満になると、Mn成分による作用効果が十分に得られない。一方、Mn含有率が2質量%超になると、硫化物(例えばMnS)の粗大粒子を形成して合金製造物の耐食性や機械的特性の低下要因になる。
【0025】
Si:0.05質量%以上1質量%以下
Si成分も、本Cr-Fe-Ni系合金の必須副成分の1つであり、酸素と化合して該化合物の微細粒子を形成し不純物成分を捕捉・安定化する(いわゆる、脱酸素の役割を担う)ことにより、合金製造物の機械的特性の向上に寄与する成分である。Si成分の含有率は、0.05質量%以上1質量%以下が好ましく、0.1質量%以上0.9質量%以下がより好ましく、0.3質量%以上0.8質量%以下が更に好ましい。Si含有率が0.05質量%未満になると、Si成分による作用効果が十分に得られない。一方、Si含有率が1質量%超になると、酸化物(例えばSiO
2)の粗大粒子を形成して合金製造物の機械的特性の低下要因になる。
【0026】
Al:0.5質量%以上5質量%以下
Al成分も、本Cr-Fe-Ni系合金の必須副成分の1つであり、Ni成分と化合してL1
2型のNi基金属間化合物相(例えばNi
3Al相および/またはNi
3(Al,Ti)相、γ’(ガンマ プライム)相と称する場合がある)の微細粒子を形成し、Cr-Fe-Ni系合金製造物の機械的特性(特に、高温での機械的強度)の向上に寄与する成分である。Al成分の含有率は、0.5質量%以上5質量%以下が好ましく、1質量%以上4質量%以下がより好ましく、1.5質量%以上3質量%以下が更に好ましい。Al含有率が0.5質量%未満になると、L1
2型のNi基金属間化合物相の形成が抑制され、合金製造物の機械的特性の向上効果が不十分になる。一方、Al含有率が5質量%超になると、酸化物や窒化物(例えば、Al
2O
3やAlN)の粗大粒子を形成して合金製造物の機械的特性の低下要因になる。
【0027】
C:0質量%超0.1質量%以下
C成分は、母相中に固溶することによって合金を硬化させる作用効果がある成分である。一方、本Cr-Fe-Ni系合金の構成成分と化合して炭化物(例えば、Cr炭化物)の粗大粒子を形成した場合に、合金製造物の耐食性や機械的特性を低下させる不純物成分でもある。C成分の含有率を0.1質量%以下に制御することで、負の影響を抑制することができる。C含有率は、0.03質量%以下がより好ましい。
【0028】
N:0質量%超2質量%以下
N成分は、母相中に固溶したり本Cr-Fe-Ni系合金の構成成分と化合して窒化物(例えば、Cr窒化物やAl窒化物)の微細粒子を形成したりすることによって機械的特性(例えば、硬さ)を向上させる作用効果がある成分である。一方、窒化物の粗大粒子を形成した場合に、合金製造物の機械的特性(例えば、延性、靱性)を低下させる不純物成分でもある。N成分の含有率を2質量%以下に制御することで、負の影響を抑制することができる。
【0029】
なお、耐食性をより重要視する場合、N含有率は、0質量%超0.1質量%以下がより好ましく、0質量%超0.02質量%以下が更に好ましい。一方、機械的強度をより重要視する場合、N含有率は、0.02質量%超2質量%以下がより好ましく、0.06質量%超2質量%以下が更に好ましく、0.2質量%超2質量%以下が特に好ましい。
【0030】
O:0質量%超0.2質量%以下
O成分は、本Cr-Fe-Ni系合金の構成成分と化合して酸化物(例えば、Fe酸化物、Si酸化物、Al酸化物)の微細粒子を形成することによって機械的特性(例えば、硬さ)を向上させる作用効果がある成分である。一方、酸化物の粗大粒子を形成した場合に、合金製造物の機械的特性(例えば、延性、靱性)を低下させる不純物成分でもある。O成分の含有率を0.2質量%以下に制御することで、負の影響を抑制することができる。
【0031】
なお、耐食性をより重要視する場合、O含有率は、0質量%超0.05質量%以下がより好ましく、0質量%超0.03質量%以下が更に好ましい。一方、機械的強度をより重要視する場合、O含有率は、0.05質量%超0.2質量%以下がより好ましく、0.07質量%超0.2質量%以下が更に好ましい。
【0032】
(不純物)
本Cr-Fe-Ni系合金における不純物としては、PおよびSが挙げられる。以下、これら不純物について説明する。
【0033】
P:0質量%超0.04質量%以下
P成分は、本Cr-Fe-Ni系合金の結晶粒界に偏析し易く、合金製造物の機械的特性や結晶粒界の耐食性を低下させる不純物成分である。P成分の含有率を0.04質量%以下に制御することで、それらの負の影響を抑制することができる。P含有率は、0.03質量%以下がより好ましい。
【0034】
S:0質量%超0.01質量%以下
S成分は、本Cr-Fe-Ni系合金の構成成分と化合して比較的低融点の硫化物(例えば、Fe硫化物、Mn硫化物)を生成し易く、合金製造物の機械的特性や耐孔食性を低下させる不純物成分である。S成分の含有率を0.01質量%以下に制御することで、それらの負の影響を抑制することができる。S含有率は、0.003質量%以下がより好ましい。
【0035】
(随意副成分)
本Cr-Fe-Ni系合金における随意副成分としては、TiおよびCuの一種以上がある。随意副成分とは、前述したように、含有させてもよいし含有させなくてもよい成分を意味する。すなわち、随意副成分の含有率は0質量%でもよい。以下、これら随意副成分について説明する。
【0036】
Ti:0質量%超4質量%以下
Ti成分は、本Cr-Fe-Ni系合金の随意副成分の1つであり、NiおよびAl成分と化合してγ’相(L1
2型のNi基金属間化合物相、例えばNi
3(Al,Ti)相)の微細粒子を形成し、合金製造物の機械的特性(特に、機械的強度、硬さ)の向上に寄与する成分である。また、炭素や窒素や酸素と化合して該化合物の微細粒子を形成し不純物成分を捕捉・安定化する(いわゆる、脱炭素・脱窒素・脱酸素の役割を担う)成分でもある。
【0037】
Ti成分を含有させる場合、Ti成分の含有率は、0質量%超4質量%以下が好ましく、0.5質量%以上3.5質量%以下がより好ましく、1質量%以上3質量%以下が更に好ましい。Ti含有率が0質量%超0.5質量%未満の場合、脱炭素・脱窒素・脱酸素の作用効果が主となる。Ti含有率が0.5質量%以上になると、γ’相形成による作用効果が顕著になる。一方、Ti含有率が4質量%超になると、D0
24型のNi基金属間化合物相(例えばNi
3Ti相、η相と称する場合がある)が析出し易くなり、合金製造物の機械的特性が低下する。
【0038】
Cu:0質量%超2質量%以下
Cu成分は、本Cr-Fe-Ni系合金の随意副成分の1つであり、合金製造物の耐食性の向上に寄与する成分である。Cu成分を添加する場合、その含有率は、0質量%超2質量%以下が好ましく、0.1質量%以上1.5質量%以下がより好ましく、0.1質量%以上1質量%以下が更に好ましい。Cu含有率が0質量%超0.1質量%未満の場合、Cu成分に基づく作用効果が明確化しづらいだけである(特段の不具合は生じない)。一方、Cu含有率が2質量%超になると、フェライト相中にCu析出物を生成し易くなり、合金製造物の機械的特性(例えば、延性、靭性)が低下する。
【0039】
[本発明のCr-Fe-Ni系合金製造物の微細組織]
本発明に係るCr-Fe-Ni系合金製造物の微細組織(金属組織とも言う)について説明する。
【0040】
一般的に、主要成分にFeを含む合金の微細組織は、体心立方格子の結晶構造を有するフェライト組織(フェライト相、α相とも言う)と、面心立方格子の結晶構造を有するオーステナイト組織(オーステナイト相、γ相とも言う)と、ひずんだ体心立方格子の結晶構造を有するマルテンサイト組織(マルテンサイト相、α’相とも言う)とに大別される。
【0041】
本発明のCr-Fe-Ni系合金製造物中のフェライト相は、Cr含有率の高いフェライト相(以下、単純に「高Crフェライト相」や「フェライト相」と称する場合がある)であり、耐食性(例えば、耐SCC性)に優れ、高い機械的強度(例えば、引張強さや硬さ)を有するが、オーステナイト相に比して延性・靭性が相対的に低いとされている。オーステナイト相は、フェライト相に比して相対的に高い延性・靭性を有するが、機械的強度が相対的に低いとされている。また、通常環境において高い耐食性を示すが、腐食環境が厳しくなると耐SCC性が急激に低下するとされている。
【0042】
本発明の合金製造物は、使用される部材に加工した後の使用時には、高Crフェライト相(α相)とオーステナイト相(γ相)とが共存した二相組織を母相組織とし、該オーステナイト相(γ相)の中にL1
2型のNi基金属間化合物相(γ’相、Ni
3Al相および/またはNi
3(Al,Ti)相)が分散析出した微細組織を有する。母相組織がα相とγ相との二相組織であることから、高Crフェライト相の利点(耐SCC性を含む優れた耐食性、高い機械的強度)とオーステナイト相の利点(優れた延性・靭性)とをバランスよく示すことができる。さらに、オーステナイト相(γ相)の中にγ’相が析出分散していることから、析出強化の作用効果も示すことができる。
【0043】
本発明の合金製造物において、フェライト相の占有率(以下、単純に「フェライト率」と称する場合がある)は、機械的強度の観点から60面積%以上が好ましく、70面積%以上がより好ましく、80面積%以上が更に好ましい。残部(すなわち40面積%以下)は、オーステナイト相とγ’相とであることが好ましい。
【0044】
本発明における相の占有率とは、合金バルク試料の研磨面に対して後方散乱電子回折像(EBSP)解析を行ったときの当該相の含有率(単位:面積%)、または合金バルク試料の研磨面に対する走査型電子顕微鏡(SEM)による観察像に画像処理ソフトウェア(ImageJ、National Institutes of Health(NIH)開発のパブリックドメインソフトウェア)を用いた画像解析を行ったときの当該相の含有率(単位:面積%)と定義する。
【0045】
なお、フェライト相、オーステナイト相およびγ’相以外の相(例えば、σ相やη相などの異相)は、本合金製造物中に検出されないことが望ましいが、機械的特性や耐食性に著しい悪影響を及ぼさない範囲(例えば、異相の合計占有率が3面積%以下)ならば許容される。
【0046】
本合金製造物は、所定の焼鈍熱処理を施すと各相の占有率が変化して(オーステナイト相が増加し、フェライト相とγ’相とが減少して)加工性を向上させることが可能であり、最終形状に加工した後に所定の組織制御熱処理を施すとフェライト相とγ’相との占有率が増加して(オーステナイト相の占有率が減少して)機械的強度を向上させることが可能であるという魅力的な特長がある。
【0047】
また、本合金製造物は、製造方法に起因する金属組織(結晶粒の形状から判別される微細組織)において特別な限定は無く、例えば、鋳造組織であってもよいし、急冷凝固組織であってもよいし、焼結組織であってもよい。また、溶体化熱処理や組織制御熱処理を施した金属組織(例えば、再結晶組織)であってもよい。
【0048】
機械的特性および耐食性の観点からは、フェライト相およびオーステナイト相の結晶粒径が小さい金属組織(例えば、急冷凝固組織、焼結組織)を有する方が有利である。具体的には、平均結晶粒径は40μm以下であることが好ましく、30μm以下がより好ましく、20μm以下が更に好ましい。
【0049】
本発明におけるフェライト相およびオーステナイト相の平均結晶粒径は、微細組織観察像に対する従前の画像処理技術で解析・算出される平均結晶粒径を採用することができる。例えば、合金バルク試料の研磨面の光学顕微鏡観察像または電子顕微鏡観察像(視野面積100μm×100μm以上の観察像)を画像解析ソフト(例えば、ImageJ)で読み込んで、当該視野内の結晶粒の平均面積を解析した後、該平均面積と等価面積の円の直径を平均結晶粒径として算出する。
【0050】
図1は、本発明に係るCr-Fe-Ni系合金製造物の一例であり、鋳造した後に組織制御熱処理を施した成形体の表面研磨面の微細組織例を示す模式図である。
図1の模式図は、SEM観察像を基にして作成したものである。
図1に示したように、フェライト相(灰色)とオーステナイト相(白色)とが共存した二相組織を母相組織とし、該オーステナイト相の中にγ’相(黒色)が析出分散した微細組織を有していることが確認される。なお、フェライト相およびオーステナイト相の平均結晶粒径を別途測定したところ、40μm以下であることを確認した。
【0051】
[本発明のCr-Fe-Ni系合金製造物の製造方法]
次に、本発明のCr-Fe-Ni系合金製造物の製造方法について説明する。
【0052】
(鋳造材の製造方法)
図2は、本発明に係るCr-Fe-Ni系合金製造物の製造方法の一例であり、鋳造材の製造方法を示す工程図である。
図2に示したように、まず、所望の組成(主要成分+必須副成分+必要に応じて随意副成分)となるようにCr-Fe-Ni系合金の原料を混合・溶解して溶湯10を形成する原料混合溶解工程(ステップ1:S1)を行う。原料の混合方法や溶解方法に特段の限定はなく、高耐食性・高強度合金の製造における従前の方法を利用できる。
【0053】
また、合金中の不純物成分の含有率をより低減する(合金を精錬する)ため、原料混合溶解工程S1が、Cr-Fe-Ni系合金の原料を混合・溶解して溶湯10を形成した後に一旦凝固させて原料合金塊11を形成する原料合金塊形成素工程(ステップ1a:S1a)と、該原料合金塊11を再溶解して清浄化溶湯12を用意する再溶解素工程(ステップ1b:S1b)とからなることはより好ましい。合金の清浄度を高められる限り再溶解方法に特段の限定はないが、例えば、真空アーク再溶解(VAR)やエレクトロスラグ再溶解(ESR)を好ましく利用できる。
【0054】
次に、所定の鋳型を用いて溶湯10を鋳造して鋳造成形体20を形成する鋳造工程(ステップ2:S2)を行う。上述したように再溶解工程S1bを行った場合は、鋳造工程S2は、清浄化溶湯12を鋳造して鋳造成形体20を形成する工程となる。
【0055】
鋳造手法が精密鋳造の場合(最終製品形状に近い形状となる鋳造成形体を得ようとする場合)は、原料混合溶解工程S1で成分調整した溶湯10を一旦鋳造して大型の母合金塊を用意し、該母合金塊を適度な大きさに分割した後、再溶解して、精密鋳造用鋳型で鋳造を行うことがある。その場合、最終製品の機械的特性および耐食性の観点から凝固時の結晶粒粗大化(粗大な鋳造凝固組織)を抑制できる冷却速度を確保することが好ましい。
【0056】
得られた鋳造成形体20に対して、所望の形状となるように機械加工を施そうとする場合、機械加工を施す前に、鋳造成形体20に対して750℃以上900℃以下の焼鈍熱処理を施す焼鈍工程(ステップ3:S3)を行ってもよい。焼鈍工程S3は必須の工程ではないが、機械加工性向上の観点からは行うことは好ましい。当該温度領域の焼鈍熱処理を施すことにより、鋳造成形体20中のオーステナイト相の占有率が増加して(フェライト相が減少して)靱性の向上および硬さの低下が生じ(例えば、600 Hv未満のビッカース硬さが得られ)、鋳造成形体20の機械加工性を向上させることができる。
【0057】
次に、焼鈍熱処理を施した鋳造成形体20に対して所望の形状となるように機械加工を施して機械加工成形体30を形成する機械加工工程(ステップ4:S4)を行う。機械加工を施さない場合は、当然のことながら本工程S4をスキップしてもよい。なお、本発明における機械加工とは、所望形状に成形するために工作機械を用いて行う加工(例えば、切削加工、研削加工、放電加工、レーザー加工、ウォータージェット加工)を意味する。
【0058】
次に、機械加工成形体30または鋳造成形体20に対して1050℃以上1250℃以下の溶体化熱処理を施す溶体化工程(ステップ5:S5)を行う。溶体化熱処理の温度は、先の焼鈍熱処理の温度よりも150℃以上高いことが好ましい。溶体化工程S5は、フェライト相およびオーステナイト相の各相内で化学的組成を均質化する作用効果を有すると共に、後工程で微細なγ’相粒子を分散析出させるための前処理としての意味合いがある。また、当該温度領域の溶体化熱処理を施すと、オーステナイト相の占有率が更に増加する。なお、溶体化熱処理を行うと、微細組織としては、少なくとも一部に再結晶粒が見られる組織(再結晶組織)を示すことが多い。
【0059】
次に、機械加工成形体30に対して600℃以上900℃以下の組織制御熱処理を施す組織制御工程(ステップ6:S6)を行う。組織制御工程S6は、前工程で増加したオーステナイト相をフェライト相に戻す(フェライト率を増加させる)作用効果と共に、オーステナイト相内に微細なγ’相粒子を分散析出させて、機械加工成形体30の機械的強度や硬さを向上させる作用効果を有する(例えば、650 Hv
1以上のビッカース硬さが得られる)。
【0060】
なお、組織制御工程S6の後に、仕上加工工程として機械加工(例えば、研磨)を行ってもよい。仕上加工工程は、他の製造物に対しても同様である。
【0061】
(急冷凝固材の製造方法)
図3は、本発明に係るCr-Fe-Ni系合金製造物の製造方法の他の一例であり、急冷凝固材の製造方法を示す工程図である。
図3では、粉体および肉盛溶接材を作製する工程について示した。また、図面の簡単化のため、原料合金塊形成素工程S1aおよび再溶解素工程S1bの記載を省略したが、当然のことながらそれらの素工程を行ってもよい。
【0062】
図3に示したように、急冷凝固材(ここでは、粉体および肉盛溶接材)の製造方法は、原料混合溶解工程S1を
図2の鋳造材の製造方法と同じとし、鋳造工程S2〜溶体化工程S5の代わりにアトマイズ工程(ステップ7:S7)、分級工程(ステップ8:S8)および肉盛溶接工程(ステップ9:S9)を行う点で異なる。そこで、アトマイズ工程S7〜肉盛溶接工程S9について説明する。
【0063】
アトマイズ工程S7を行うことにより、溶湯10または清浄化溶湯11からCr-Fe-Ni系合金の急冷凝固合金粉末40を得ることができる。アトマイズ方法に特段の限定はなく、従前のアトマイズ方法を利用できる。例えば、肉盛用粉末用途では、高清浄・均質組成・球形状粒子が得られるガスアトマイズ法を用いることができる。粉末冶金用途では、不規則形状粉末が得られる水アトマイズ法を用いることができる。
【0064】
アトマイズ工程S7の後、急冷凝固合金粉末40に対して、所望の粒径に揃えるための分級工程S8を行ってもよい。分級工程S8は必須の工程ではないが、急冷凝固合金粉末40の利用性向上の観点からは行うことが好ましい。また、分級する粒径に特段の限定はないが、ハンドリング性の観点から、例えば、10μm以上200μm以下の平均粒径となるように急冷凝固合金粉末40を分級することが好ましい。得られた急冷凝固合金粉末40は、例えば、溶接材料、粉末冶金用材料、積層造形用材料として好適に用いることができる。
【0065】
次に、急冷凝固合金粉末40を用いて所望の基材51上に肉盛溶接工程S9を行うことにより、基材51上に急冷凝固組織を有する合金被覆層52が形成された肉盛溶接材50を得ることができる。なお、本発明においては、肉盛溶接工程S9は、金属粉末を用いた溶射を含むものとする。
【0066】
また、肉盛溶接工程S9の後、組織制御工程S6を行ってもよい。肉盛溶接材50に対する組織制御工程S6は必須の工程ではないが、肉盛溶接材50の機械的特性を調整する(例えば、合金被覆層52の硬さを調整する、急冷凝固に起因する肉盛溶接材50の内部ひずみを緩和する)観点からは、組織制御工程S6(例えば、600〜700℃の組織制御熱処理)を行うことが好ましい。
【0067】
(粉末冶金材の製造方法)
図4は、本発明に係るCr-Fe-Ni系合金製造物の製造方法の他の一例であり、粉末冶金材の製造方法を示す工程図である。
図4では、粉末焼結体を作製する工程について示した。また、図面の簡単化のため、原料合金塊形成素工程S1aおよび再溶解素工程S1bの記載を省略したが、当然のことながらそれらの素工程を行ってもよい。
【0068】
図4に示したように、粉末冶金材の製造方法は、アトマイズ工程S7または分級工程S8までを
図3の急冷凝固材の製造方法と同じとし、肉盛溶接工程S9の代わりに粉末成型工程(ステップ10:S10)および焼結工程(ステップ11:S11)を行う点で異なる。そこで、粉末成型工程S10および焼結工程S11ついて説明する。
【0069】
急冷凝固合金粉末40を用いて粉末成型工程S10を行うことにより、所望形状を有するCr-Fe-Ni系合金の粉末成形体60を得ることができる。粉末成型方法に特段の限定はなく、従前の金属粉末成型方法を利用できる。例えば、プレス成型や射出成型を好ましく用いることができる。
【0070】
次に、粉末成形体60に対して、1000℃以上1350℃以下の焼結熱処理を施して粉末焼結体70を形成する焼結工程S11を行う。焼結熱処理方法に特段の限定はなく、従前の方法を利用できる。また、粉末焼結体70の緻密化の観点から、焼結熱処理は、1000℃以上で合金の固相線温度未満かつ500気圧以上3000気圧以下の熱間等方圧加圧(HIP)処理を含むことがより好ましい。焼結工程S11は、その温度領域が溶体化熱処理の温度領域と重複することから、溶体化工程S5の作用効果も有する。
【0071】
次に、前述の他の製造物と同様に、粉末焼結体80に対して、600℃以上900℃以下の組織制御熱処理を施す組織制御工程S6を行うことが好ましい。
【0072】
[本発明のCr-Fe-Ni系合金製造物]
上記のようにして製造したCr-Fe-Ni系合金製造物は、マルテンサイト系ステンレス鋼と同等以上の機械的特性と高い耐食性とを有しながら、Niに比して安価なCrを最大成分とすることから、Ni基合金製造物よりも低コスト化を図ることができる。
【0073】
その結果、本発明のCr-Fe-Ni系合金製造物は、厳しい腐食・温度環境に耐えられる高い耐食性と高い機械的特性とが要求される種々の部材として好適に利用できる。当該適用部材としては、自動車用部材(例えば、燃料噴射装置部材、ローラーチェーン部材、ターボチャージャー部材、エンジン排気系統部材、ベアリング部材)や、転がり軸受およびすべり軸受部材(例えばリニア軸受部材、風車軸受部材、水車軸受部材、換気扇軸受部材、ミキシング・ドラム軸受部材、コンプレッサー軸受部材、エレベータ軸受部材、エスカレータ軸受部材、惑星探査機軸受部材)や、建設機器部材(例えば、無限軌道部材、ミキシング・ドラム部材)や、船舶および潜水艦用部材(例えば、スクリュー部材)や、環境機器部材(例えば、ゴミ焼却炉部材)や、自転車、二輪自動車および水上バイク用部材(例えば、ローラーチェーン部材、スプロケット部材)や、機械加工装置部材(例えば、金型、圧延ロール、切削工具部材)や、油井用機器部材(例えば、回転機械(圧縮機、ポンプ)の部材(軸、軸受))や、海水環境機器部材(例えば、海水淡水化プラント機器部材、アンビリカルケーブル)や、化学プラント機器部材(例えば、液化天然ガス気化装置部材)や、発電機器関連部材(例えば、石炭ガス化装置部材、耐熱配管部材、燃料電池用セパレータ部材、燃料改質機器部材)や、傘の骨などが挙げられる。
【0074】
図5Aは、本発明に係るCr-Fe-Ni系合金製造物およびそれを利用した工業製品の一例であり、自動車エンジン用の燃料噴射装置の断面模式図である。燃料噴射装置においては、例えば、バルブおよび/またはバルブボディとして本発明のCr-Fe-Ni系合金製造物を好適に利用できる。該バルブやバルブボディは、例えば、精密鋳造材や機械加工材や粉末冶金材の形態で製造することができる。
【0075】
図5Bは、本発明のCr-Fe-Ni系合金製造物およびそれを利用した工業製品の他の一例あり、ローラーチェーンの平面模式図である。ローラーチェーンにおいては、例えば、チェーンプレートおよび/またはチェーンローラとして本発明のCr-Fe-Ni系合金製造物を好適に利用できる。該チェーンプレートやチェーンローラも、例えば、精密鋳造材や機械加工材や粉末冶金材の形態で製造することができる。
【0076】
図5Cは、本発明のCr-Fe-Ni系合金製造物およびそれを利用した工業製品の他の一例であり、射出成形金型の断面模式図である。射出成形金型においては、例えば、金型基材表面の合金被覆層として本発明のCr-Fe-Ni系合金製造物を好適に利用できる。該合金被覆層は、肉盛溶接材の形態で製造することができる。
【実施例】
【0077】
以下、実施例および比較例により本発明をさらに具体的に説明する。なお、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0078】
[実験1]
(発明合金IA-1〜IA-9および比較合金CA-1〜CA-4を用いた鋳造成形体の用意)
表1に示す名目化学組成となるように、原料を混合し高周波溶解法(溶解温度1500℃以上、減圧Ar雰囲気中)により溶解して溶湯を形成した後(原料混合溶解工程S1)、溶湯を鋳造して鋳造成形体(ここでは機械加工用インゴット)を用意した(鋳造工程S2)。
【0079】
(発明合金IA-10〜IA-11を用いた急冷凝固合金粉末の用意)
同様に、表1に示す名目化学組成となるように、高周波溶解法で原料を混合・溶解して溶湯を形成した後に一旦凝固させて原料合金塊を用意した(原料合金塊形成素工程S1a)。次に、該原料合金塊を真空アーク再溶解法(溶解温度1500℃以上)により再溶解して清浄化溶湯を形成し(再溶解素工程S1b)、ガスアトマイズ法により急冷凝固合金粉末を用意した(アトマイズ工程S8)。その後、急冷凝固合金粉末に対して分級工程S9を行って、平均粒径100μmの急冷凝固合金粉末を用意した。
【0080】
表1において、各成分の含有率(単位:質量%)は、記載の成分の総和が100質量%となるように換算してある。なお、比較合金CA-1はステンレス鋼(市販品)であり、比較合金CA-2はスーパー二相鋼と称される二相ステンレス鋼(市販品)であり、比較合金CA-3はNi基合金(市販品)であり、比較合金CA-4は本発明の組成規定を外れるCr-Fe-Ni系合金である。
【0081】
【表1】
【0082】
[実験2]
(発明合金製造物IAP-1〜IAP-13および比較合金製造物CAP-1〜CAP-4の作製)
実験1で用意したIA-1〜IA-9およびCA-4の鋳造成形体に対して、750〜900℃の焼鈍熱処理(焼鈍工程S3)を施した。次に、焼鈍した鋳造成形体に対して、所定の形状となるように機械加工を行ってIA-1〜IA-9およびCA-4の機械加工成形体を用意した(機械加工工程S4)。
【0083】
実験1で用意したCA-1〜CA-3の鋳造成形体に対しては、焼鈍工程S3を行わないで機械加工工程S4を行って、所定形状に成形したCA-1〜CA-3の機械加工成形体を用意した。
【0084】
次に、IA-1〜IA-9およびCA-3〜CA-4の機械加工成形体に対して、溶体化熱処理(1050〜1250℃で1時間保持した後、空冷)を施した(溶体化工程S5)。溶体化熱処理の温度は、焼鈍熱処理よりも150℃以上高い温度とした。CA-1〜CA-2の機械加工成形体に対しては、溶体化工程S5を行わなかった。
【0085】
次に、溶体化工程S5を行ったIA-1〜IA-9およびCA-3〜CA-4の機械加工成形体の試料に対して、組織制御熱処理(600〜900℃で1時間保持した後、油冷)を施した(組織制御工程S6)。溶体化工程S5を行わなかったCA-1〜CA-2の機械加工成形体に対しては、それぞれの合金に適切な温度の組織制御熱処理を行った。
【0086】
以上の工程により、試験・評価用の合金製造物(発明合金製造物IAP-1〜IAP-13および比較合金製造物CAP-1〜CAP-4)を作製した。
【0087】
(発明合金製造物IAP-14〜IAP-15の作製)
実験1で用意したIA-10の急冷凝固合金粉末を用いて、粉末プラズマ肉盛溶接法によりオーステナイトステンレス鋼板(SUS304板)上に合金被覆層(厚さ5 mm)を形成して合金被覆複合体を用意した(肉盛溶接工程S10)。用意した合金被覆複合体を二分割し、一方を発明合金製造物IAP-14とした。二分割した合金被覆複合体のもう一方に対して、組織制御熱処理(600℃で1時間保持した後、油冷)を施して(組織制御工程S6)、発明合金製造物IAP-15とした。
【0088】
(発明合金製造物IAP-16の作製)
実験1で用意したIA-11の急冷凝固合金粉末に対して、750℃の焼鈍熱処理(焼鈍工程S3)を施した。次に、焼鈍した急冷凝固合金粉末を圧粉成形して円柱状の粉末成形体(外径30 mm、高さ10 mm)を用意した(粉末成型工程S11)。次に、粉末成形体に対して焼結熱処理(1200℃で1時間保持した後、空冷)を施して、粉末焼結体を用意した(焼結工程S12)。次に、粉末焼結体に対して組織制御熱処理(900℃で1時間保持した後、油冷)を施して(組織制御工程S6)、発明合金製造物IAP-16とした。
【0089】
発明合金製造物IAP-1〜IAP-16および比較合金製造物CAP-1〜CAP-4の作製条件の概略を表2に記す。
【0090】
【表2】
【0091】
[実験3]
(IAP-1〜IAP-16およびCAP-1〜CAP-4に対する試験・評価)
(1)微細組織評価
各合金製造物から組織観察用の試験片を採取した後、該試験片の表面を鏡面研磨し、シュウ酸水溶液中で電界エッチングを行った。当該研磨表面の微細組織を観察すると共に後方散乱電子回折像(EBSP)解析を行い、フェライト相の占有率(フェライト率、単位:面積%)を測定した。微細組織観察・EBSP解析には、SEM(株式会社日立ハイテクノロジーズ製、S-4300SE)に結晶方位測定装置(株式会社TSLソリューションズ製)を付加した装置を用いた。
【0092】
また、当該研磨表面に対してX線回折(XRD)測定を行い、γ’相(L1
2型のNi基金属間化合物相)の有無(γ’相と同定できる回折ピークの検出の有無)を調査した。
【0093】
微細組織評価の結果を後述する表3に記す。
【0094】
(2)機械的特性評価
機械的特性評価として、ビッカース硬度計を用いて室温ビッカース硬さ試験(荷重1 kg、荷重付加時間10 s)を行った。室温ビッカース硬さHvは5点測定の平均値として求めた。硬さ試験用の試料は、先の組織観察用試験片を用いた。
【0095】
室温ビッカース硬さ試験の結果、「Hv<400」をDグレードと評価し、「400≦Hv<550」をCグレードと評価し、「550≦Hv<650」をBグレードと評価し、「650≦Hv<700」をAグレードと評価し、「700≦Hv」をAAグレードと評価した。Aグレード以上を合格と判定し、Bグレード以下を不合格と判定した。
【0096】
室温ビッカース硬さ試験の後、各試験片に対して高温ビッカース硬さ試験(800℃、荷重1 kg、荷重付加時間10 s)を行った。高温ビッカース硬さ試験では、800℃で320 Hv以上を合格と判定し、800℃で320 Hv未満を不合格と判定した。
【0097】
また、他の機械的特性評価として、各合金製造物から別途採取した引張試験用の試験片に対して、JIS G 0567:2012に準拠して高温引張試験を行った。高温引張試験では、700℃の引張強さが650 MPa以上を合格と判定し、700℃の引張強さが650 MPa未満を不合格と判定した。
【0098】
機械的特性評価の結果を表3に併記する。
【0099】
(3)耐食性評価
耐食性評価として耐硫酸性試験を行った。用意した各合金製造物から耐硫酸性試験用の試験片(幅25 mm、長さ25 mm、厚さ1.5 mm)を採取し、硫酸中の腐食速度により耐食性を評価した。具体的には、JIS G 0591:2012に準拠して、沸騰した5%硫酸中に試験片を6時間浸漬する試験を行った。試験前後の各試験片の質量を測定し、腐食による平均質量減少速度m(単位:g/(m
2・h))を測定し、2測定の平均値で求めた。
【0100】
平均質量減少速度の測定の結果、「m<0.1」をAグレードと評価し、「0.1≦m<0.3」をBグレードと評価し、「0.3≦m<0.5」をCグレードと評価し、「0.5≦m」をDグレードと評価した。Aグレードを合格と判定し、Bグレード以下を不合格と判定した。耐食性評価の結果を表3に併記する。
【0101】
【表3】
【0102】
表3に示したように、発明合金製造物IAP-1〜IAP-16は、微細組織評価において、フェライト率が60面積%以上であり、γ’相(L1
2型のNi基金属間化合物相)が析出している。また、微細組織のSEM観察およびXRD測定から、IAP-1〜IAP-16は、フェライト相とオーステナイト相とが共存した二相組織を母相組織とし、該オーステナイト相の中にγ’相が分散析出した微細組織を有していることが確認されている(
図1参照)。なお、
図1に示した微細組織模式図は、IAP-3のものである。
【0103】
一方、比較合金製造物CAP-1は、市販のマルテンサイト系ステンレス鋼材であり、フェライト率を測定しなかったが、γ’相も検出されなかった。CAP-2は、フェライト率が45面積%の市販の二相ステンレス鋼であり、γ’相は検出されなかった。CAP-3は、市販のNi基合金(Alloy 718)であり、フェライト率を測定しなかったが、γ’相は検出された。CAP-4は、フェライト率が95面積%であり、γ’相も検出された。
【0104】
機械的特性評価に関しては、IAP-1〜IAP-16は、室温ビッカース硬さが全てAグレード以上(650≦Hv)となり、市販のマルテンサイト系ステンレス鋼材のCAP-1と同等以上の硬さを有していることが確認される。800℃における高温ビッカース硬さは全て320 Hv以上であった。また、700℃の引張強さが650 MPa以上であった。なお、IAP-14〜IAP-15では、合金被覆層単体を引っ張ることは困難なので、引張試験を行わなかった。
【0105】
これらに対し、CAP-1〜CAP-4は、試験評価した機械的特性(室温ビッカース硬さ、高温ビッカース硬さ、高温引張強さ)を全て合格するものはなかった。
【0106】
耐食性評価に関しては、IAP-1〜IAP-16は、全てAグレード(m<0.1)の評価であり、高い耐硫酸性を有していることが確認される。これに対し、CAP-1、CAP-3〜CAP-4は、硫酸腐食による平均質量減少速度がBグレード以下(0.1≦m)と、耐食性が不十分であった。
【0107】
上述した実施形態や実験例は、本発明の理解を助けるために説明したものであり、本発明は、記載した具体的な構成のみに限定されるものではない。例えば、実施形態の構成の一部を当業者の技術常識の構成に置き換えることが可能であり、また、実施形態の構成に当業者の技術常識の構成を加えることも可能である。すなわち、本発明は、本明細書の実施形態や実験例の構成の一部について、発明の技術的思想を逸脱しない範囲で、削除・他の構成に置換・他の構成の追加をすることが可能である。