(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
複数の巻線組を有するモータ(80)に、各巻線組に対応して設けられる複数のインバータ(60u、60x)から電力を供給させ前記モータの通電を制御するモータ制御装置であって、
対応する前記巻線組及び前記インバータを含む一群の構成の単位を系統と定義すると、
各系統の前記インバータへの出力電圧指令であるdq軸上の電圧ベクトル(V*du、V*qu、V*dx、V*qx)の電圧位相(V*ψu、V*ψx)及び電圧振幅(V*ampu、V*ampx)について、各系統の電圧位相基準値(V*ψu0、V*ψx0)に対する電圧ベクトルの位相変化量(Δψ)、及び、各系統の電圧振幅基準値(V*ampu0、V*ampx0)に対する電圧ベクトルの振幅補正量(ΔV)を演算し、前記電圧位相基準値に前記位相変化量を加算した電圧位相、及び、前記電圧振幅基準値に前記振幅補正量を加算した電圧振幅に基づき、前記インバータを駆動するものであり、
推定又は検出された前記モータの実トルク(τr)をトルク指令(τ*)に対してフィードバック制御し、前記位相変化量を演算する位相変化量演算部(36)と、
dq座標上で、少なくとも一つの系統の電圧ベクトルの位相変化に対する前記モータに流れる電流ベクトルの変化が非干渉化された座標軸を非干渉化座標軸(λ軸)として設定する非干渉化座標軸設定部(41)と、
前記電流ベクトルの前記非干渉化座標軸方向成分である非干渉化電流(Iλ)を算出する非干渉化電流算出部(42)と、
前記非干渉化電流算出部によって算出された非干渉化電流を、前記トルク指令に応じて設定される非干渉化電流指令値(Iλ*)に対してフィードバック制御し、前記振幅補正量を演算する振幅補正量演算部(46)と、
を備えるモータ制御装置。
前記非干渉化座標軸設定部は、少なくとも一つの系統の電圧ベクトル、各系統の前記巻線組の自己インダクタンス、及び、複数系統の前記巻線組間の相互インダンクタンスに基づいて前記非干渉化座標軸を設定する請求項1に記載のモータ制御装置。
前記非干渉化座標軸は、現在の各系統の電圧位相が微小変化した場合に前記電流ベクトルが変化する方向と直交する方向の座標軸である請求項1または2に記載のモータ制御装置。
前記位相変化量演算部は、各系統の電圧位相を独立に制御可能であり、複数系統のうち選択された一つ以上の系統を操作系統とし、前記操作系統以外の一つ以上の系統を非操作系統とすると、前記非操作系統の電圧位相を固定しつつ、前記操作系統の電圧位相のみを変化させるように操作し、且つ、
前記非干渉化座標軸設定部は、前記操作系統の電圧ベクトルの位相変化に対して前記非干渉化座標軸を設定する請求項1〜3のいずれか一項に記載のモータ制御装置。
前記位相変化量演算部は、前記操作系統の電圧ベクトルの前記位相変化量に対する、全ての系統の電圧ベクトルを合成した合成電圧ベクトルの前記位相変化量の比を補正ゲインとして、前記操作系統の電圧ベクトルの前記位相変化量を演算する請求項5に記載のモータ制御装置。
前記モータの動作状態を反映するパラメータは、前記インバータに入力される直流電圧に対する出力電圧の比に基づく変調率、又は、前記巻線組に流れる電流である請求項7に記載のモータ制御装置。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、モータ制御装置の複数の実施形態を図面に基づいて説明する。複数の実施形態において、実質的に同一の構成には同一の符号を付して説明を省略する。また、第1〜第4実施形態を包括して「本実施形態」という。本実施形態のモータ制御装置は、ハイブリッド自動車や電気自動車の主機モータ等として用いられ、複数の巻線組を有するモ―タの通電を制御する装置である。このモータ制御装置は、各巻線組に対応して設けられる複数のインバータからモータに電力を供給させる。以下、対応する巻線組及びインバータを含む一群の構成の単位を「系統」と定義する。
【0017】
最初にモータ制御システムの全体構成について、
図1〜
図3を参照して説明する。
図1に示すように、本実施形態のモータ制御システム600は、二つのインバータ60u、60xから、二組の三相巻線組を有するモータ80に電力を供給する。
図2に示すように、モータ80は、互いに独立した、U相、V相、W相からなる三相巻線組80uと、X相、Y相、Z相からなる三相巻線組80xとが組み合わされて構成された永久磁石式同期型三相交流モータである。二系統の冗長構成とすることで、仮に片方の系統が故障した場合でも他方の系統で駆動を続けることができ、信頼性が向上する。また、電流−トルク効率の向上が図られる。
【0018】
以下、U相、V相、W相の三相巻線組80uに電力供給する系統を「U系統」といい、X相、Y相、Z相の三相巻線組80xに電力供給する系統を「X系統」という。U系統の構成に係る符号には末尾に「u」を付し、X系統の構成に係る符号には末尾に「x」を付す。また、各系統の電流、電圧等の物理量の記号についても、末尾又は途中に「u」又は「x」を付して区別する。「u」又は「x」が付されない符号又は記号は、基本的に両系統に共通の構成や物理量を表す。
【0019】
U系統の巻線組80uとX系統の巻線組80xとは通電により協調してモータ80のトルクを発生する。巻線組80u、80xの構成は、Y結線のみ、Δ結線のみ、Y結線とΔ結線との混合のいずれでもよく、各系統の巻線組80u、80xの機械的な位置関係は問わない。各系統の巻線組80u、80xの電気的仕様は、基本的に同等であることを想定する。
【0020】
図1の構成例では、各系統のインバータ60u、60xは共通のバッテリ10に対して並列に接続され、それぞれ、バッテリ10から直流電圧Vdcの直流電力が入力される。インバータ60u、60xの入力部には、直流電圧Vdcを平滑化するコンデンサ15が設けられる。直流電圧Vdcは、例えば図示しない電圧センサにより検出される。なお、他の構成例では、二つの独立した電源から各インバータ60u、60xに個別に直流電力が入力されてもよい。また、バッテリ10とインバータ60u、60xとの間に昇圧コンバータが設けられてもよい。
【0021】
各系統のインバータ60u、60xは、それぞれ上下アームの6つのスイッチング素子がブリッジ接続されている。スイッチング素子は、例えばIGBTで構成され、低電位側から高電位側へ向かう電流を許容する還流ダイオードが並列に接続されている。インバータ60u、60xは、モータ制御装置500から出力されるスイッチングパルス(図中「SWパルス」)信号に従ってスイッチング素子が動作することでバッテリ10の直流電力を三相交流電力に変換し、モータ80に供給する。
【0022】
各系統の電流センサ70u、70xは、は、各巻線組80u、80xの二相又は三相に流れる相電流を検出する。
図1の構成例では、U系統のV相、W相電流Ivr、Iwr、及びX系統のY相、Z相電流Iyr、Izrが検出される。電流記号末尾の「r」は実電流を意味する。なお、二相の電流を検出する構成では、他の一相の電流はキルヒホッフの法則により算出される。
【0023】
回転角センサ85は、レゾルバ等の回転角センサであり、モータ80の電気角θを検出する。電気角θは時間微分され、電気角速度ωとしても用いられる。
図1の構成例では、電気角θは二系統に共通の値としているが、系統毎に電気角θu、θxが検出されてもよい。また、二系統の巻線組80u、80xが例えば30degの位相差を有している場合、U系統の電気角θに対し、X系統の電気角を(θ+30)degのように処理してもよい。
【0024】
モータ制御装置500は、上位の車両制御ECU等からトルク指令τ
*が指令される。また、モータ制御装置500は、直流電圧Vdc、電気角θ、及び両系統の実電流Ivr、Iwr、Iyr、Izrを取得し、これらの情報に基づくフィードバック制御により、各系統のスイッチングパルス信号を生成し、インバータ60u、60xに出力する。
【0025】
次に
図3を参照し、モータ制御装置500の詳細な制御構成を説明する。
図3では物理量の入出力が煩雑となるため、一部の物理量について入出力の図示を省略する。例えば、三相−dq変換部29u、29xに入力される電気角θ、変調器55u、55xに入力される電気角θ、直流電圧Vdc、制御モード選択部51に入力される各パラメータ等が省略されている。また、
図3では、各系統の電圧出力部として、変調器55u、55x及びインバータ60u、60xをまとめて図示する。
【0026】
変調器55u、55xは、変調率やモータの回転数−トルク特性に応じて変調方式を切り替えつつ、電圧指令、直流電圧Vdc、電気角θ等に基づいてスイッチングパルス信号を生成し、インバータ60u、60xに出力する。一般に変調率Mは、直流電圧Vdcに対する出力電圧の比(すなわち電圧利用率)に基づき、式(1)で定義される。式(1)では、出力電圧を電圧指令ベクトルの振幅V
*ampで表す。
M=(2/√1.5)×(V
*amp/Vdc) ・・・(1)
【0027】
モータ制御装置500は、U系統及びX系統の各系統において、電流制御部20u、20xと、電圧振幅位相制御部30u、30xとを備える。電流制御部20u、20xは、変調率Mが相対的に低い(例えば1.15未満の)領域で、dq直交座標での電流ベクトル制御による電流フィードバック制御により、インバータ60u、60xへの出力電圧指令を生成する。出力電圧波形が正弦波の場合の変調率は最大1.0であり、正弦波に高調波成分を重畳させることにより最大1.15までの変調率を実現可能である。電流フィードバック制御は、非干渉制御、PID制御、オブザーバを含むものであってもよい。
【0028】
電圧振幅位相制御部30u、30xは、変調率Mが相対的に高い(例えば1.15〜1.27の)領域で、トルクフィードバック制御により電圧ベクトルの位相、又は振幅及び位相の両方を制御してインバータ60u、60xへの出力電圧指令を生成する。物理的に出力可能な上限である変調率1.27のときには、電気1周期に1パルスを出力する矩形波制御が用いられる。
【0029】
また、モータ制御装置500は、各系統の制御モードについて、電流フィードバック制御又はトルクフィードバック制御を選択する制御モード選択部51を備える。制御モード選択部51には、U系統のdq軸電圧指令V
*du、V
*qu及び実電流Idur、Iqur、X系統のdq軸電圧指令V
*dx、V
*qx及び実電流Idxr、Iqxr、並びに直流電圧Vdcが入力される。制御モード選択部51は、これらのパラメータに基づいて、電流フィードバック制御又はトルクフィードバック制御を選択し、モード信号Mode_u、Mode_xを電圧指令選択部52u、52x及び電圧位相基準値演算部37に出力する。
【0030】
各系統の電圧指令選択部52u、52xは、制御モード選択部51から出力されるモード信号Mode_u、Mode_xに従って電圧指令を選択する。つまり、電圧指令選択部52u、52xは、電流フィードバック制御ではdq軸電圧指令V
*du、V
*qu、V
*dx、V
*qxを選択し、トルクフィードバック制御では電圧振幅指令V
*ampu、V
*ampx及び電圧位相指令V
*ψu、V
*ψxを選択する。
【0031】
続いて、電流制御部20u、20x及び電圧振幅位相制御部30u、30xの構成について順に説明する。なお、
図3では図示の都合上、各制御部の範囲を各系統の電圧指令選択部52u、52xの手前までの範囲で示しているが、変調器55u、55xの一部が各制御部に含まれると解釈してもよい。例えば電流制御部20u、20xは、変調器55内の搬送波生成部やPWM変調部を含むと考えてよく、電圧振幅位相制御部30u、30xは、変調器55内の矩形波生成部やパルスパターン生成部を含むと考えてよい。要するに、各制御部の範囲は周知技術に基づいて柔軟に解釈すればよい。
【0032】
電流制御部20u、20xについて、U系統及びX系統の構成は実質的に同一であるため、ここでの説明は「u」、「x」を省略し、両系統について共通に記載する。電流制御部20は、電流指令演算部21、電流偏差算出部22d、22q、電流制御器23d、23qを含む。
【0033】
電流指令演算部21は、トルク指令τ
*に基づいて、d軸電流指令I
*d及びq軸電流指令I
*qを演算する。電流偏差算出部22d、22qは、dq軸電流指令I
*d、I
*qと、三相−dq変換部29からフィードバックされた実dq軸電流Idr、Iqrとの電流偏差を算出する。電流制御器23d、23qは、電流偏差を0に近づけるように、PI制御によりdq軸電圧指令V
*d、V
*qを演算する。dq軸電圧指令V
*d、V
*qは、各系統の電圧指令選択部52u、52xに出力される。
【0034】
電圧振幅位相制御部30は、U系統の制御部30uとX系統の制御部30xとが混在して図示されており、大きく、電圧位相の制御部と、電圧振幅の制御部とに分かれる。電圧位相の制御部には、合成電流算出器31d、31q、トルク推定部32、トルク偏差算出部34、位相制御器36、電圧位相基準値演算部37、位相加算器38が含まれる。
【0035】
先に、電圧位相基準値演算部37は、両系統のモード信号Mode_u、Mode_xの入力により、制御モードが電流フィードバック制御からトルクフィードバック制御に切り替わったタイミングを認識する。そして、電圧位相基準値演算部37は、各系統のdq軸電圧指令V
*du、V
*qu、V
*dx、V
*qxに基づき、トルクフィードバック制御への切替タイミングにおける電圧位相を基準値V
*ψu0、V
*ψx0として設定する。電圧位相基準値V
*ψu0、V
*ψx0は、電流フィードバック制御からトルクフィードバック制御への切替毎に更新される。
【0036】
合成電流算出器31d、31qは、両系統の実dq軸電流Idur、Iqur、Idxr、Iqxrを軸毎に加算し合成電流を算出する。トルク推定部32は、合成電流、逆起電圧定数φ、dq軸自己インダクタンスLd、Lq、モータ80の極対数pに基づき、式(2)を用いて実トルクτrの推定値を算出し、トルク指令τ
*にフィードバックする。なお、式(2)の算出に代えてマップが用いられてもよい。また、トルクセンサが設けられる構成では、トルク推定部32を設けず、トルクセンサにより検出されたセンサ値が実トルクτrとしてフィードバックされてもよい。
τr=p×{Iq×φ+(Ld−Lq)×Id×Iq} ・・・(2)
【0037】
トルク偏差算出部34は、トルク指令τ
*と実トルクτrとのトルク偏差を算出する。位相制御器36は、トルク偏差を0に近づけるように、PI演算により位相基準値V
*ψu0、V
*ψx0からの位相変化量Δψu、Δψxを演算する。位相加算器38は、各系統の位相基準値V
*ψu0、V
*ψx0に位相変化量Δψu、Δψxを加算し、加算後の電圧位相V
*ψu、V
*ψxを各系統の電圧指令選択部52u、52xに出力する。
【0038】
電圧振幅の制御部には、電圧振幅基準値演算部47、振幅補正量演算部46、振幅加算器48等が含まれる。電圧振幅基準値演算部47は、トルク指令τ
*、電気角速度ω、各系統の電流Iu、Ix、電圧Vu、Vxに基づいて電圧振幅を演算する。また、電圧振幅基準値演算部47は、電圧位相基準値演算部37と同様に両系統のモード信号Mode_u、Mode_xが入力され、トルクフィードバック制御への切替タイミングにおける電圧振幅基準値V
*ampu0、V
*ampx0を設定する。
【0039】
振幅補正量演算部46は、トルクフィードバック制御により決定される振幅補正量ΔVu、ΔVxを演算する。例えばPI制御では、U系統の振幅補正量ΔVuは積分項ΔVu_iと比例項ΔVu_pとの和として算出される。なお、U系統及びX系統の振幅補正量ΔVu、ΔVxは同じ値に設定されてもよい。振幅加算器48は、各系統の電圧振幅基準値V
*ampu0、V
*ampx0に振幅補正量ΔVu、ΔVxを加算し、加算後の電圧振幅V
*ampu、V
*ampxを各系統の電圧指令選択部52u、52xに出力する。
【0040】
ところで、特許文献1(特許第6015712号公報)の従来技術では、一系統の巻線組を有するモータの制御装置において、位相制御と振幅制御との非干渉化のために非干渉化座標軸(λ軸)の概念を導入し、非干渉化座標軸方向の成分である非干渉電流に基づいて電圧振幅補正量を設定する。ここで、一系統のモータ制御装置において、電圧位相ψが微小量Δψだけ変化した条件における電圧方程式は、式(3)で表される。
【0042】
特許文献1の従来技術では、この電圧方程式を元に、電圧位相ψが微小量Δψ変化したときの電流変化を算出し、電流変化方向と直交する軸を非干渉化座標軸と定義している。これに対し、独立した複数系統の巻線組を有するモータの通電を制御する場合、巻線組間の相互インダクタンスによる干渉を考慮する必要がある。二系統の相互インダクタンスを考慮すると、電圧位相ψu、ψxが微小量Δψだけ変化した条件における電圧方程式は、式(4)で表される。そして、式(4)を電流変化ΔIdu、ΔIqu、ΔIdx、ΔIqxについて解くと、式(5)が得られる。ここで、U系統及びX系統の巻線組間の相互インダクタンスをMdux、Mquxと表す。
【0045】
式(5)から電圧位相ψが変化したときの各系統電流への影響が求められる。電圧位相ψの変化により影響を受ける電流方向と直交する方向の電流成分が、電圧位相の影響を与えない非干渉化電流となる。そこで本実施形態では、この非干渉化電流を電圧振幅制御の入力として用い、複数系統のモータ制御装置における位相制御と振幅制御との非干渉化を実施することを目的とする。続いて、この目的を達成するための電圧位相振幅制御部30の具体的な構成について、実施形態毎に説明する。各実施形態の電圧位相振幅制御部の符号として、「30」に続く3桁目に実施形態の番号を付す。
【0046】
(第1実施形態)
第1実施形態について、
図4、
図5を参照して説明する。第1実施形態では、合成電圧ベクトルを変化させるために、各系統の電圧ベクトルを同じ位相だけ変化させる。この操作方式を「両系統操作方式」という。
図4には、
図3に示すモータ制御装置500の全体構成のうち、トルクフィードバック制御での電圧位相制御及び電圧振幅制御に係る電圧位相振幅制御部301の構成を詳しく示す。
図3と重複する部分については適宜説明を省略する。
【0047】
合成電流算出器31は、
図3で軸毎に31d、31qとして記載した部分をまとめて示したものであり、両系統の実dq軸電流Idur、Iqur、Idxr、Iqxrの合成電流を算出する。トルク推定部32は、上述の通り、数式やマップにより実トルクτrの推定値を算出する。LPF43は、トルク推定部32が出力した実トルクτrをフィルタ処理する。
【0048】
位相制御器36は、トルク偏差算出部34により算出されたトルク指令τ
*と実トルクτrとの偏差をフィードバック制御し、位相変化量Δψを演算する。ここで、第1実施形態では、位相変化量Δψは、U系統及びX系統について共通である。すなわち、「Δψ=Δψu=Δψx」の関係にある。各系統の位相加算器38u、38xは、各系統の位相基準値V
*ψu0、V
*ψx0に位相変化量Δψu、Δψxを加算する。
【0049】
非干渉化座標軸設定部41は、dq座標上で非干渉化座標軸を設定する。以下、特許文献1の用語に倣い、非干渉化座標軸を「λ軸」といい、非干渉化座標軸設定部41をλ軸設定部41という。λ軸は、少なくとも一つの系統の電圧ベクトルの位相変化に対する、モータ80に流れる電流ベクトルの変化が非干渉化された座標軸である。本実施形態では、λ軸は、「現在の各系統の電圧位相ψが微小変化した場合に電流ベクトルが変化する方向と直交する方向の座標軸」として設定される。すなわち、電流ベクトルの変化方向をαとすると、λ軸の角度は、「λ=α−(π/2)[rad]」で表される。このようなλ軸の考え方は特許文献1に記載の通りであるため詳細は省略する。
【0050】
具体的にλ軸設定部41は、少なくとも一つの系統の電圧ベクトル、各系統の巻線組の自己インダクタンスLd、Lq及び、両系統の巻線組間の相互インダンクタンスMd、Mq、及び、位相変化量演算部35が演算した位相変化量Δψに基づいてλ軸を設定する。なお、式(3)の相互インダクタンスの記号Mdux、Mquxに対し、以下ではMd、Mqと記す。第1実施形態では、電圧ベクトルの情報として、各系統の座標変換部39u、39xで電圧振幅及び位相から座標変換されたdq軸電圧指令V
*du、V
*qu、V
*dx、V
*qxが用いられる。そして、λ軸設定部41は、U系統及びX系統の電圧ベクトルを合成した合成電圧ベクトルの位相変化に対してλ軸を設定する。
【0051】
また、一系統の構成を前提とした特許文献1の従来技術に対し、複数系統の構成である本実施形態では、特に相互インダクタンスMd、Mqの情報を用いる点が異なる。これにより、λ軸設定部41は、巻線組間の磁気結合による相互作用を考慮してλ軸を設定することができる。より詳しくは、第1実施形態では、U系統及びX系統の合成電流ベクトルの変化は、式(6)で表される。また、電流ベクトルの変化方向αは式(7)で表され、方向αと直交するλ軸は式(8)で表される。なお、式(6)以降では、二系統の巻線組80u、80xが電気角30degの位相差を有する場合を想定して式展開する。
【0055】
λ軸上の電流は、電圧位相ψの変化に寄与しない非干渉化電流Iλとして扱うことができる。非干渉化電流算出部42は、各系統の実dq軸電流Idur、Iqur、Idxr、Iqxrの合成電流が入力され、この合成電流ベクトルのλ軸方向成分である非干渉化電流Iλを算出する。言い換えれば、非干渉化電流算出部42において、dq座標上の合成電流が非干渉化電流Iλに座標変換される。LPF43は、非干渉化電流算出部42が出力した非干渉化電流Iλをフィルタ処理する。
【0056】
非干渉化電流偏差算出部44は、トルク指令τ
*に応じて設定される非干渉電流指令値Iλ
*と、非干渉化電流算出部42が算出した非干渉化電流Iλとの偏差を算出する。振幅補正量演算部46は、その偏差を0にするように、非干渉化電流Iλを非干渉電流指令値Iλ
*に対してフィードバック制御し、振幅補正量ΔVを演算する。ここで、第1実施形態では、振幅補正量ΔVは、U系統及びX系統について共通である。すなわち、「ΔV=ΔVu=ΔVx」の関係にある。各系統の振幅加算器48u、48xは、各系統の電圧振幅基準値V
*ampu0、V
*ampx0に振幅補正量ΔVu、ΔVxを加算する。
【0057】
図5に示すように、U系統の電圧ベクトルは、細い一点鎖線で示す基準電圧ベクトルV
*u0から位相変化量Δψだけ回転し、太い一点鎖線で示す電圧ベクトルV
*uに至る。同様に、X系統の電圧ベクトルは、細い二点鎖線で示す基準電圧ベクトルV
*x0から位相変化量Δψだけ回転し、太い二点鎖線で示す電圧ベクトルV
*xに至る。したがって、合成電圧ベクトルは、細い実線で示す基準合成電圧ベクトルV
*ux0から、各系統の位相変化量に等しい位相変化量Δψだけ回転し、太い実線で示す合成電圧ベクトルV
*uxに至る。
【0058】
このように、第1実施形態の両系統操作方式では、各系統の電圧ベクトルをバランス良く同じ位相だけ変化させて合成電圧ベクトルの位相を変化させるため、系統電圧間の偏角を小さくでき力率を向上させることができる。また、合成電圧ベクトルの振幅は、非干渉化電流Iλのフィードバック制御に基づいて演算される振幅補正量ΔVによって補正されるため、複数系統のモータ制御装置において、位相制御と振幅制御との干渉を抑制することができる。
【0059】
(第2実施形態)
第2実施形態について、
図6、
図7を参照して説明する。第2実施形態では、合成電圧ベクトルを変化させるために、一方の系統の電圧位相は操作せず、他方の系統の電圧位相のみを操作する。この操作方式を「片系統操作方式」という。また、電圧位相を操作する系統を「操作系統」、電圧位相を操作しない系統を「非操作系統」とする。
図6、
図7の例では、U系統を操作系統とし、X系統を非操作系統として説明する。
【0060】
図6に示すように、第2実施形態の電圧位相振幅制御部302では、U系統のみのdq軸電圧指令V
*du、V
*quがλ軸設定部41に入力される。位相変化量演算部36が演算した位相変化量Δψu、及び振幅補正量演算部46が演算した振幅補正量ΔVuは、それぞれ、U系統の電圧位相基準値V
*ψu0及び電圧振幅基準値V
*ampu0のみに加算される。X系統では、電圧位相基準値V
*ψx0及び電圧振幅基準値V
*ampx0がそのまま変調器55xに入力される。
【0061】
位相変化量演算部36は、各系統の電圧位相を独立に制御可能であり、非操作系統であるX系統の電圧位相を固定しつつ、操作系統であるU系統の電圧位相のみを変化させるように操作する。λ軸設定部41は、U系統の電圧ベクトルの位相変化に対してλ軸を設定する。
【0062】
図7に示すように、U系統の電圧ベクトルは、
図5と同様に、細い一点鎖線で示す基準電圧ベクトルV
*u0から位相変化量Δψuだけ回転し、太い一点鎖線で示す電圧ベクトルV
*uに至る。一方、X系統の電圧ベクトルは固定される。すなわち、二点鎖線で示す基準電圧ベクトルV
*x0と電圧ベクトルV
*xとは同一のベクトルとなる。その結果、合成電圧ベクトルV
*uxの位相変化量Δψuxは、U系統の位相変化量Δψuよりも小さな値となる。
【0063】
X系統の電圧位相を固定した片系統操作方式での電流ベクトル変化の式を式(9)に示す。また、U系統及びX系統のλ軸の式を式(10.1)、(10.2)に示す。X系統の電圧位相を固定することで、式(9)において四角枠で囲ったVd、Vq項が0として扱われる。
【0066】
式(9)では、X系統のVd、Vq項が無いため、座標変換式を予めマップ化しておくことが容易となる。このように、片系統操作方式の第2実施形態では、演算負荷を低減しつつ、高精度な非干渉化軸の算出が可能となる。
【0067】
(第3実施形態)
第3実施形態について、
図8、
図9を参照して説明する。モータの出力トルクは各系統の合成電流により決定されるため、トルクフィードバックする際に制御したいのは合成電圧の位相である。ところが、X系統の電圧位相を固定してU系統の電圧位相のみを操作する片系統操作方式では、操作系統の電圧位相変化量Δψuと合成電圧の位相変化量Δψuxとの線形性が保たれず、PI制御のゲイン設定が動作点により変化する。そこで第3実施形態では、片系統操作方式において制御応答を正規化するために、入力を線形化することで安定化を図る。
【0068】
図8に示す第3実施形態の電圧位相振幅制御部303は、第2実施形態(
図6)の電圧位相振幅制御部302に対し、トルク偏差算出部34と位相変化量演算部36との間に補正ゲイン乗算器35を備える。補正ゲイン乗算器35は、「操作系統であるU系統の電圧位相変化量に対する合成電圧の位相変化量の比(Δψux/Δψu)」を補正ゲインとしてトルク偏差(τ
*−τr)に乗算する。位相変化量演算部36は、補正ゲインが乗算されたトルク偏差を入力としてU系統の補正後位相変化量Δψu_compを演算する。
【0069】
図9に示すように、U系統の電圧ベクトルは、細い一点鎖線で示す基準電圧ベクトルV
*u0から、元々の位相変化量Δψuに補正ゲインが乗算された位相変化量Δψu_compだけ回転する。そのため、太い一点鎖線で示す電圧ベクトルを超えて、さらに太い破線で示す電圧ベクトルV
*uに至る。その結果、合成電圧ベクトルV
*uxの位相変化量Δψuxは、U系統の位相変化量Δψuに対し増幅され、両系統操作方式の第1実施形態(
図5)における位相変化量と同等となる。したがって、片系統操作方式での電圧位相制御を安定化させることができる。
【0070】
(第4実施形態)
第1実施形態の両系統操作方式は、演算負荷が高いが、系統電圧間の偏角を小さくでき力率を向上させることができる。一方、第2実施形態の片系統操作方式は、演算負荷は小さいが、系統電圧間の偏角が増大し力率が低下する。そこで、第4実施形態では、二つの操作方式を適切に組み合わせることで、高速領域での損失低減を図り、電流フィードバック制御とトルクフィードバック制御との切替安定性を両立させる。
【0071】
好適な操作方式の選択として、高速領域では、効率の良い両系統操作方式により電圧位相を制御する方が良い。また、フィードバック制御の切替付近では、非干渉電流の演算を高精度に算出可能な片系統操作方式により制御する方が良い。操作方式の切替は、例えば変調率、又は、モータ80に流れる合成電流もしくは系統毎の電流により判定することができる。
【0072】
操作方式の切替にヒステリシスによる不感帯を設ける例を
図10に示す。ここでは、変調率をパラメータとする場合を例として説明する。電流フィードバック制御での動作中に変調率が増加し上昇側切替閾値Th1_upを上回ると、電流フィードバック制御からトルクフィードバック制御の片系統操作方式に切り替えられる。さらに、変調率が上昇側切替閾値Th2_upを上回ると、片系統操作方式から両系統操作方式に切り替えられる。
【0073】
一方、トルクフィードバック制御の両系統操作方式での動作中に変調率が減少し下降側切替閾値Th2_dnを下回ると、両系統操作方式から片系統操作方式に切り替えられ、さらに、変調率が下降側切替閾値Th1_dnを下回ると、電流フィードバック制御に切り替えられる。ここで、上昇側切替閾値Th1_upは下降側切替閾値Th1_dnより大きく設定されており、上昇側切替閾値Th2_upは下降側切替閾値Th2_dnより大きく設定されいる。したがって、操作方式切替のヒステリシスが構成されている。
【0074】
これにより、変調率が切替閾値付近で変動して操作方式が頻繁に切り替わることによるチャタリングが防止される。その他、再切替期間期間を設定し、操作方式を一度切り替えた後、再切替期間期間が経過するまで再度の切替を禁止する構成としてもよい。この構成でも、チャタリングを防止することができる。
【0075】
(その他の実施形態)
(a)本発明は、上記実施形態で例示した二系統の構成に限らず、三系統以上のモータ制御装置に適用されてもよい。その場合、二系統での説明における「両系統」を「全ての系統」に、「一系統」を「少なくとも一つの系統」に読み替えて解釈すればよい。また、操作方式については、「両系統操作方式」を「全系統操作方式」に、「片系統操作方式」を「一部系統操作方式」に読み替えて解釈すればよい。一部系統操作方式では、複数系統のうち一つ以上の系統が操作系統として選択され、操作系統以外の一つ以上の系統が非操作系統となる。基本的には、N系統のうち一系統のみの操作で上記の式(9)と同様の簡略化が可能である。
【0076】
(b)非干渉化座標軸(λ軸)は、各系統の電圧位相が微小変化した場合に電流ベクトルが変化する方向と厳密に「直交」する方向に限らず、特許文献1の段落[0151]の知見に基づき、直交方向からややずれた方向に設定されてもよい。その他、非干渉化座標軸(λ軸)の設定に関する特許文献1の知見は、基本的に本発明にも適用可能である。
【0077】
(c)本発明のモータ制御装置は、ハイブリッド自動車や電気自動車の主機モータに限らず、トルクフィードバックにより電圧位相及び電圧振幅を制御するあらゆるモータに適用可能である。また、モータの相の数は、三相に限らず何相でもよい。
【0078】
以上、本発明は、上記実施形態になんら限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において種々の形態で実施可能である。