【文献】
ZENG L. et al.,Effects of working, heat treatment, and aging on microstructural evolution and crystallographic text,Materials Science and Engineering A,2005年,Vol.392,p.403-414
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0024】
(本発明者らによる検討)
上記課題を解決するために、本発明者らは鋭意検討を行い、以下で詳述する本発明の各実施形態に係るα+β型チタン合金線材とその製造方法を完成するに至った。以下では、まず、本発明者らが行った検討について、その概略を簡単に説明する。
【0025】
上述したように、従来、Ti−6Al−4Vに代表されるα+β型チタン合金線材では、等軸晶組織にする場合、最終加工をα+β二相高温域で行うため、α相を微細粒にするにも限界がある。加えて、α+β二相高温域で加工を行う際に、加工によるひずみが不足する場合には、
図1Aに模式的に示したような非等軸晶組織になりやすい。また、α+β二相高温域で加工を行う際に、加工温度が高すぎる場合には、初析α相やひずみによる粒成長促進もあり、
図1Bに模式的に示したような混粒組織になりやすい。疲労は材料の最も弱い部分で破断するため、疲労特性を向上させるためには、微細粒にすることに加えて、均一組織とすることが重要である。そのため、本発明では、疲労特性向上のため、α+β型チタン合金の金属組織を、
図1Cに模式的に示したような、均一かつ微細粒を有する等軸組織にすることを目指した。
【0026】
α+β型のチタン合金の疲労強度を高めるためには、微細な結晶粒を有し、かつ、粗大な結晶粒を含まない等軸結晶組織を備えることが好ましい。このような等軸結晶組織を得るために、従来は、チタン合金を熱間加工することによって等軸結晶組織を形成していた。しかしながら、α+β型のチタン合金を熱間加工したとしても、必ずしも好ましい等軸結晶組織が得られなかった。そこで、本発明者らが、α+β型のチタン合金に対して、これまであまり検討されていなかった冷間又は温間での加工を施すことを試みたところ、所定の条件を組み合わせることで、微細な結晶粒を有し、かつ、粗大な結晶粒を含まない等軸結晶組織が得られることを見出した。冷間加工又は温間加工によって得られる等軸結晶組織は、熱間加工では得られない程度に極めて優れた等軸結晶組織となる。
【0027】
ここで、本明細書において「温間加工」とは、200〜500℃程度までの温度範囲内で加工を行うことを意味する。また、「熱間加工」とは、700〜1000℃程度の温度範囲内での加工を意味する。
【0028】
(α+β型チタン合金線材)
本発明の各実施形態に係るα+β型チタン合金線材は、質量%で、Al:4.50〜6.75%、Si:0〜0.50%、C:0.080%以下、N:0.050%以下、H:0.016%以下、O:0.25%以下、Mo:0〜5.5%、V:0〜4.50%、Nb:0〜3.0%、Fe:0〜2.10%、Cr:0〜0.25%未満、Ni:0〜0.15%未満、Mn:0〜0.25%未満を含有し、残部がTi及び不純物からなり、更に、Al、Mo、V、Nb、Fe、Cr、Ni及びMnの含有量が下記式(1)を満足し、α結晶粒の平均アスペクト比が、1.0〜3.0であり、α結晶粒の最大結晶粒径が、30.0μm以下であり、α結晶粒の平均結晶粒径が、1.0μm〜15.0μmであり、線材の長軸方向の直交断面におけるα結晶粒のうち、前記長軸方向に対してα結晶粒を構成する稠密六方結晶のc軸方向の傾斜角度が15°〜40°の範囲にあるα結晶粒の面積率が、5.0%以下である。
【0029】
なお、本発明の各実施形態において、線材とは、直径が15mm以下であるものをいう。また、例えば航空機業界において、需要が多い線材は、直径が4mm〜10mm程度のものである。
【0030】
<化学成分>
まず、本発明の各実施形態に係るα+β型チタン合金線材の化学成分について、説明する。以下の説明では、「質量」%を、単に「%」と略記する。また、「A〜B」(A及びBは、含有量、粒径、温度等の数値)は、A以上、B以下を意味する。
【0031】
[Al:4.50〜6.75%]
アルミニウム(Al)は、固溶強化能の高い元素であり、含有量を増やすと室温での引張強度が高くなる。所望の引張強度を得るとともに、得られる集合組織の結晶方位を所望の範囲内に制御するために、Alの含有量の下限を、4.50%とする。Alの含有量は、4.60%以上であることが好ましい。一方、Alを6.75%を超えて含有させると、引張強度への寄与度が飽和する上に、熱間加工性及び冷間加工性を低下させる。そのため、Alの含有量の上限を、6.75%とする。Alの含有量は、6.50%以下であることが好ましい。
【0032】
[Si:0〜0.50%]
シリコン(Si)は、β安定化元素であるが、α相中にも固溶して高い固溶強化能を示す。そのため、本発明の各実施形態に係るα+β型チタン合金線材では、必要に応じて、Siの固溶強化により高強度化してもよい。Siは、任意添加元素であることから、含有量の下限は、0%であってもよい。また、Siは、適正量のSiをOと複合含有させることにより、高い疲労強度と引張強度を両立することが期待できる。このような効果は、Siの含有量を0.05%以上とすることで、確実に発現させることが可能であるため、Siを含有させる場合、Siの含有量は0.05%以上とすることが好ましい。Siの含有量は、より好ましくは0.10%以上である。一方で、Siを含有させ過ぎると、シリサイドと称する金属間加工物を形成し、疲労強度が低下する。0.50%を超えるSiを含有させると、製造過程で粗大なシリサイドが生成し疲労強度が低下する。そのため、Siの含有量の上限は、0.50%とする。Siの含有量は、0.45%以下であることが好ましく、0.40%以下であることがより好ましい。
【0033】
本実施形態に係るα+β型チタン合金線材では、式(1)を満たすことを前提として、Mo、V、Nb、Fe、Cr、Ni及びMnからなる群から選択される1種又は2種以上を含有する。これらの元素はいずれも、β安定化させる一般的な元素であり、適切な量を含有させることで強度と成形性をともに向上させる効果がある。添加量が少なすぎると上記のメリットが得られず、多すぎると偏析、延性低下及び金属間化合物形成などの問題を引き起こすため、含有量は以下の通り規定する。
【0034】
[Mo:0〜5.5%]
モリブデン(Mo)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Mo含有量は、0%であってもよい。また、Moは、式(1)を満たすことを前提として、含有できる。Moが少しでも含有されれば、上記効果はある程度得られる。しかしながら、Mo含有量が高すぎれば、偏析が生じ疲労特性が低下する。したがって、Mo含有量の上限は、5.5%とする。上記効果をより有効に高めるためのMo含有量の好ましい下限は、2.00%であり、より好ましくは2.50%である。Mo含有量の好ましい上限は、3.7%であり、より好ましくは3.5%である。
【0035】
[V:0〜4.50%]
バナジウム(V)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、V含有量は、0%であってもよい。また、Vは、式(1)を満たすことを前提として、含有できる。Vが少しでも含有されれば、上記効果はある程度得られる。しかしながら、V含有量が高すぎれば、強度が上がりすぎて冷間及び温間加工性が低下する。したがって、V含有量の上限は4.50%とする。上記効果をより有効に高めるためのV含有量の好ましい下限は、2.00%であり、より好ましくは2.50%である。V含有量の好ましい上限は、4.40%であり、より好ましくは4.30%である。
【0036】
[Nb:0〜3.0%]
ニオブ(Nb)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Nb含有量は、0%であってもよい。また、Nbは、式(1)を満たすことを前提として、含有できる。Nbが少しでも含有されれば、上記効果はある程度得られる。しかしながら、Nb含有量が高すぎれば、偏析が生じ疲労特性が低下する。したがって、Nb含有量の上限は、3.0%とする。上記効果をより有効に高めるためのNb含有量の好ましい下限は、0.5であり、より好ましくは0.7%である。Nb含有量の好ましい上限は、2.7%であり、より好ましくは2.5%である。
【0037】
[Fe:0〜2.10%]
鉄(Fe)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Fe含有量は、0%であってもよい。また、Feは、式(1)を満たすことを前提として、含有できる。Feが少しでも含有されれば、上記効果はある程度得られる。しかしながら、Fe含有量が高すぎれば、偏析が生じ疲労特性が低下する。したがって、Fe含有量の上限は、2.10%とする。上記効果をより有効に高めるためのFe含有量の好ましい下限は0.10%であり、より好ましくは0.80%である。Fe含有量の好ましい上限は2.00%である。
【0038】
[Cr:0〜0.25%未満]
クロム(Cr)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Cr含有量は、0%であってもよい。また、Crは、式(1)を満たすことを前提として、含有できる。Crが少しでも含有されれば、上記効果はある程度得られる。しかしながら、Cr含有量が高すぎれば、平衡相である金属間化合物(TiCr
2)が生成し、疲労強度及び室温延性が劣化する。したがって、Cr含有量は、0.25%未満とする。上記効果をより有効に高めるためのCr含有量の好ましい下限は、0.05%であり、より好ましくは0.07%である。Cr含有量の好ましい上限は、0.20%であり、より好ましくは0.15%である。
【0039】
[Ni:0〜0.15%未満]
ニッケル(Ni)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ni含有量は、0%であってもよい。また、Niは、式(1)を満たすことを前提として、含有できる。Niが少しでも含有されれば、上記効果はある程度得られる。しかしながら、Ni含有量が高すぎれば、平衡相である金属間化合物(Ti
2Ni)が生成し、疲労強度及び室温延性が劣化する。したがって、Ni含有量は、0.15%未満とする。上記効果をより有効に高めるためのNi含有量の好ましい下限は、0.05%であり、より好ましくは0.07%である。Ni含有量の好ましい上限は、0.13%であり、より好ましくは0.11%である。
【0040】
[Mn:0〜0.25%未満]
マンガン(Mn)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Mn含有量は、0%であってもよい。また、Mnは、式(1)を満たすことを前提として、含有できる。Mnが少しでも含有されれば、上記効果はある程度得られる。しかしながら、Mn含有量が高すぎれば、平衡相である金属間化合物(TiMn)が生成し、疲労強度及び室温延性が劣化する。したがって、Mn含有量は、0.25%未満とする。上記効果をより有効に高めるためのMn含有量の好ましい下限は、0.05%であり、より好ましくは0.07%である。Mn含有量の好ましい上限は、0.20%であり、より好ましくは0.15%である。
【0041】
[式(1)について]
本発明の各実施形態に係るα+β型チタン合金線材の化学成分においては、更に、Al、Mo、V、Nb、Fe、Cr、Ni及びMnの含有量が、下記式(1)を満たす。
【0042】
−4.0≦[Mo]+0.67[V]+0.28[Nb]+2.9[Fe]+1.6[Cr]+1.1[Ni]+1.6[Mn]−[Al]≦2.0 ・・・(1)
【0043】
なお、式(1)において、[元素記号]の表記は、対応する元素記号の含有量(質量%)を表し、含有しない元素記号については、0を代入するものとする。
【0044】
A=[Mo]+0.67[V]+0.28[Nb]+2.9[Fe]+1.6[Cr]+1.1[Ni]+1.6[Mn]−[Al]
【0045】
ここで、上記式(1)の右辺で表されるMo当量Aは、式中に記載された各β安定化元素Mo、V、Nb、Fe、Cr、Ni、Mnによるβ相の安定化度合いを数値化するために、用いられるものである。この際に、Moによるβ相の安定化度合いを基準として、Mo以外のβ安定化元素によるβ相の安定化度合いを、正の係数によって相対化している。一方、Alはα安定化元素であるため、上記のMo当量Aにおいて、Alに関する係数は、負の値となっている。
【0046】
[Mo当量Aの範囲:−4.0≦A≦2.0]
本発明の各実施形態に係るα+β型チタン合金線材は、上記式(1)で表されるMo当量Aの値が−4.0以上2.0以下の範囲内となるように、Mo、V、Nb、Fe、Cr、Ni、及び、Mnからなる群より選択される少なくとも何れか1つ以上の元素を含有する。上記Mo当量Aの値が−4.0未満である場合には、α相の面積率が高くなりすぎて加工性が低下する。Mo当量Aの下限は、好ましくは−3.5であり、より好ましくは−3.0である。一方、Mo当量Aの値が2.0を超える場合には、β相が硬くなりすぎて加工性が低下する。Mo当量Aの上限は、好ましくは1.8、より好ましくは1.1である。
【0047】
[C:0.080%以下]
[N:0.050%以下]
[H:0.016%以下]
[O:0.25%以下]
炭素(C)、窒素(N)、水素(H)、酸素(O)は、いずれも多量に含有すると、延性、加工性を低下させてしまう場合があるため、Cの含有量は、0.080%以下、Nの含有量は、0.050%以下、Hの含有量は、0.016%以下、Oの含有量は0.25%以下にそれぞれ制限する。なお、C、N、H、Oは、不可避的に混入する不純物であるため、その含有量はそれぞれ低ければ低いほど好ましい。また、C、N、H、Oは、不可避的に混入する不純物であるが故に、含有が避けられないことから、実質的な含有量の下限は、通常、Cで0.0005%、Nで0.0001%、Hで0.0005%、Oで0.01%である。
【0048】
本実施形態に係るチタン合金線材は、上述の元素以外(残部)は、Ti及び不純物からなる。ただし、以上説明した各元素以外の元素を、本発明の効果を損なわない範囲で含有させることができる。なお、本実施形態における「不純物」とは、チタン合金を工業的に製造する際にスポンジチタンやスクラップ等の原料をはじめとして製造工程の種々の要因によって混入する成分であり、不可避的に混入する成分も含む。かかる不純物としては、例えば、スズ(Sn)、ジルコニウム(Zr)、銅(Cu)、鉛(Pd)、タングステン(W)、ホウ素(B)等が挙げられる。Sn,Zr,Cu,Pd,W,Bが不純物として含まれる場合、その含有量は、例えば、それぞれ0.05%以下であり、合計0.10%以下である。
【0049】
[β相の面積率]
本発明の各実施形態に係るα+β型チタン合金線材の金属組織は、α相が主体であり、α相中に少量のβ相が存在したものとなっている。ここで、α相が「主体」とは、α相の面積率が80%以上であることを意味する。本発明の各実施形態において、β相の面積率は、おおよそ5%〜20%程度となる。なお、本発明の各実施形態で着目するチタン合金線材では、β相の面積率の測定が難しく、許容される測定誤差は±5%である。
【0050】
[α結晶粒の平均アスペクト比]
疲労強度は、ミクロ組織や結晶粒径に大きく依存する。金属材料では、針状組織に比べ等軸晶組織の方が、疲労強度が高い。そのため、疲労特性向上のためには、等軸晶組織を有することが重要である。等軸晶組織であるかどうかは、α結晶粒の平均アスペクト比(長軸方向長さ/短軸方向長さ)に基づき評価することができる。本実施形態に係るα+β型チタン合金線材では、α結晶粒の平均アスペクト比が1.0以上3.0以下であれば、等軸晶組織であると判断できる。α結晶粒の平均アスペクト比が3.0を超えると、いわゆる針状組織となるため、α結晶粒の平均アスペクト比は3.0以下とする。α結晶粒の平均アスペクト比は、好ましくは2.5以下であり、更に好ましくは2.3以下である。
【0051】
[α結晶粒の平均結晶粒径]
次にα結晶粒の平均結晶粒径について説明する。
金属材料では、結晶粒径が細かいほど、繰り返し応力下での有効Slip長さが減少し、すべり変形が均一化する。これにより、き裂発生抵抗が著しく向上し、疲労特性が向上する。従来のα+β二相域での圧延では、旧β結晶粒内の組織は、変態と加工で比較的微細になるものの、初析α相部が残存して、粗大な結晶粒が残存する。そのため、き裂発生抵抗の低減に対しては(1)平均結晶粒径を微細にする、こと以外に、(2)混粒にならないよう均一組織にする、ことが重要である。
【0052】
ここで、α結晶粒の平均結晶粒径が15.0μm以下であれば、き裂発生に対して十分な効果が得られる。そこで、本発明の各実施形態に係るα+β型チタン合金線材では、α結晶粒の平均結晶粒径を15.0μm以下とする。α結晶粒の平均結晶粒径は、好ましくは12.0μmであり、更に好ましくは10.0μmである。細粒であるほど効果があるため、α結晶粒の平均結晶粒径の下限は特に定めない。ただし、1.0μm未満の平均結晶粒径の組織を作製することは製造上困難であるため、1.0μmをα結晶粒の平均結晶粒径の下限としてよい。
【0053】
[α結晶粒の最大結晶粒径]
一方、金属材料の疲労は、部材の最も弱い部分で生じるため、一部分の疲労強度が強くとも疲労強度は向上せず、逆に低下してしまう。そのため、上記の通り、α結晶粒の平均結晶粒径を微細にするだけでなく、組織全体が均一組織であることが重要である。すなわち、最大の結晶粒径が粗大過ぎると、粗大な結晶粒が起点となり破断に至る。最大結晶粒径が30.0μm以下であれば疲労強度低下に大きく影響しないことから、本発明の各実施形態に係るα+β型チタン合金線材では、α結晶粒の最大結晶粒径を30.0μm以下とする。α結晶粒の最大結晶粒径は25.0μm以下であることが好ましく、20.0μm以下であることがより好ましい。
【0054】
[β相の面積率の測定方法]
β相の面積率は、後述する熱処理後のチタン合金棒線部材より切断したL断面を、電解研磨もしくはコロイダルシリカ研磨により鏡面にした後、電子マイクロアナライザ(EPMA:Electron Probe Micro Analyzer)を用いて測定する。具体的には、鏡面化後のL断面において、大きさ500μm×500μmの領域を、ステップ0.5〜2μmで、加速電圧10kV、電流50〜100nAで2〜10視野程度測定する。固溶しているβ安定化元素が周りと比較して5倍以上濃化している領域を、β相と見做し、定義されたβ相領域の面積と、500μm×500μmの全面積とから、β相の面積率を算出する。
【0055】
[α結晶粒の平均アスペクト比の測定方法]
α結晶粒の平均アスペクト比は、後述する熱処理後のチタン合金棒線部材より切断したL断面を、電解研磨もしくはコロイダルシリカ研磨により鏡面にした後、電子線後方散乱回折法(EBSD:Electron Back Scattering Diffraction Pattern)を用いて測定する。具体的には、鏡面化後のL断面において、大きさ500μm×500μmの領域を、ステップ0.5〜1μmで、2〜10視野程度測定する。その後、5°以上の方位差を生じる場合を粒界と見做し、各結晶粒の長軸方向と長軸に直交する方向の最大長さの比(長軸/短軸)、すなわちアスペクト比を算出し、全てのα結晶粒の平均値(平均アスペクト比)を算出する。
【0056】
[α結晶粒径の測定方法]
α結晶粒径は、平均アスペクト比の測定方法と同様にして、鏡面化後のL断面において、大きさ500μm×500μmの領域を、ステップ0.5〜1μmで、2〜10視野程度測定する。その後、5°以上の方位差を生じる場合を粒界と見做し、結晶粒面積Aより円相当粒径Dを求める(結晶粒面積A=π×(D/2)
2)。平均結晶粒径は、測定範囲内の全てのα結晶粒径の平均値とする。また、最大結晶粒径は、測定範囲内におけるα結晶粒径の最大値とする。
【0057】
なお、α結晶粒とβ結晶粒等の他の結晶粒とは、EBSD上で技術的に容易に識別することが可能である。
【0058】
[集合組織]
α+β型チタン合金線材における疲労による破断は、ファセットと呼ばれる部分からき裂が発生し、このき裂が進展して破断に至る。特に高サイクル疲労では、この傾向が顕著となる。ファセットは、α相の結晶構造である稠密六方構造(hcp)の(0001)面に対し、ほぼ平行に形成する。疲労の場合、ファセットが、応力負荷方向に対し15°〜40°の角度に傾くと、ファセットとなる(0001)面のシュミット因子が高くなり、高度にファセットを形成する。そのため、ファセットを形成し難くすることが、疲労特性向上に有効である。
【0059】
そこで本発明の各実施形態に係るα+β型チタン合金線材では、線材の長軸方向の直交断面におけるα結晶粒のうち、長軸方向に対してα結晶粒を構成する稠密六方結晶のc軸方向の傾斜角度が15°〜40°の範囲にあるα結晶粒の面積率を、5.0%以下とする。この条件を満たせば、ファセット形成を抑制でき、疲労特性に優れる。稠密六方結晶(hcp)のc軸と、α+β型チタン合金線材の長軸方向とのなす角度が、15°以上40°以下であるα結晶粒の面積率は、低い分には問題ないため、下限は0%であることが好ましい。
【0060】
ここで、なす角15°〜40°とは、
図2〜
図4に示すような、長軸方向から見た(0001)の正極点図において、輪状となる領域内すべてを指している。ここで、
図2において、符号Lは、棒線部材の長軸方向を示す直線である。また、符号Aは、長軸方向Lに対する角度が40°を示す境界面であり、符号Bは、長軸方向Lに対する角度が15°を示す境界面である。
図3は、
図2の長軸方向Lと交差する方向から見た図であり、
図4は
図2の長軸方向Lの方向から図であり、
図4は長軸方向から見た(0001)の正極点図を表している。
【0061】
図2及び
図3において、長軸方向Lを表す直線上に点Oを設定したとき、長軸方向Lに対して境界面Aは点Oにおいて40°の角度をなしており、境界面Bは点Oにおいて15°の角度をなしている。
【0062】
本発明の各実施形態に係るチタン合金の金属組織に含まれるα結晶粒のc軸の方向は、その大部分が、長軸方向Lとのなす角が15°未満の範囲(境界面Bの内側の範囲)に入っている。そして、長軸方向Lとのなす角が15°〜40°の範囲(境界面Bと境界面Aの間の範囲)にあるα結晶粒の面積率は、5.0%以下である。長軸方向Lとのなす角が15°〜40°の範囲(境界面Bと境界面Aの間の範囲)にあるα結晶粒の面積率は、好ましくは4.0%以下であり、より好ましくは3.0%以下である。
【0063】
[集合組織の測定方法]
上記の集合組織は、次のようにして観察ことができる。
上記の結晶粒径の測定方法と同様に、後述する熱処理後のα+β型チタン合金線材より切断したL断面(棒線部材の長軸方向の直交断面)を、電解研磨もしくはコロイダルシリカ研磨により鏡面にした後、電子線後方散乱回折法(EBSD:Electron Back Scattering Diffraction Pattern)を用いて測定する。具体的には、大きさ500μm×500μmの領域を、ステップ0.5〜1μmで2〜10視野程度測定し、各視野における稠密六方結晶(hcp)のc軸とα+β型チタン合金棒線部材の長軸方向との成す角度が15°以上40°以下であるα結晶粒の面積率を求める。その後、各視野において得られたα結晶粒の面積率の平均を算出する。計算された面積率は、L断面全面に対する面積率である。
【0064】
(α+β型チタン合金線材の製造方法の概略)
上記のように、等軸α組織であっても、α結晶粒のc軸の方向と長軸方向Lとのなす角が15°〜40°の範囲内となると、疲労特性が低下する。α相は、伸線を繰り返すことで、c軸の方向と長軸方向Lとのなす角は0°に集積していく。しかしながら、従来のようにα+β二相高温域で熱間加工を行った場合、冷却の過程で、β相からα相が無作為方向に析出する。この影響で、α結晶粒のc軸の方向と長軸方向Lとのなす角が15°〜40°の範囲内となるα相の割合が多くなってしまう。
【0065】
一方、本発明の各実施形態に係るα+β型チタン合金線材は、先だって言及したように、従来とは異なり0℃〜500℃の温度域において冷間加工又は温間加工を行うことで、α結晶粒を等軸化させている。冷間加工又は温間加工を行うことで、金属組織におけるβ相分率が、常温(室温)と同程度となるため、熱間加工で生じるような相変態によるα相の方位分散を抑制することができる。更に、冷間加工又は温間加工という低温加工を行うことで、低温加工による転位増加により、より微細で等軸な組織をより均一に生成させることが可能となる。加えて、従来の熱間加工と比較して、α結晶粒のc軸が0°方向により集積しやすくなる。これにより、本発明の各実施形態に係るα+β型チタン合金線材は、より疲労特性に優れるものとなる。また、冷間〜温間という温度域で加工が可能であるため、コスト削減に非常に有利である。
【0066】
また、本発明の各実施形態に係るα+β型チタン合金線材の製造方法では、以下で改めて詳細に説明するように、0℃〜500℃の温度域において、冷間加工又は温間加工を行う際に、複数回の加工を行うことが可能である。また、複数回の加工を行う際には、n回目(nは、1以上の整数。)の加工と(n+1)回目の加工との間に、中間焼鈍を実施することが好ましい。
【0067】
かかる中間焼鈍において、β相分率が増加しても、冷却時にβ相から析出するα相は、焼鈍開始時の方位となる。そのため、15°〜40°に傾いているα相の割合は、5.0%以下と低くなる。ただし、冷間〜温間で加工を行うことで、集合組織の結晶方位は揃うものの、方位が100%揃うということはなく、ランダムで残留するものが存在する。
【0068】
上記のような特徴を有する、本発明の各実施形態に係るα+β型チタン合金線材の製造方法については、以下で改めて詳細に説明する。
【0069】
以下では、上記のような特徴を有する本発明の実施形態に係るα+β型チタン合金線材及びα+β型チタン合金線材の製造方法について、より具体的な化学成分を挙げながら、より詳細に説明する。
【0070】
(第1の実施形態)
以下では、本発明の第1の実施形態であるα+β型チタン合金線材及びその製造方法について、詳細に説明する。本実施形態に係るα+β型チタン合金線材は、上記のようなMo当量Aを用いて化学成分が規定されるチタン合金線材のうち、V及びFeを含有するチタン合金線材である。
【0071】
<α+β型チタン合金線材>
本実施形態に係るα+β型チタン合金線材は、質量%で、Al:5.50〜6.75%、V:3.50〜4.50%、Fe:0.40%以下、C:0.080%以下、N:0.050%以下、H:0.016%以下、O:0.25%以下を含有し、残部がTi及び不純物からなり、α結晶粒の平均アスペクト比が1.0〜3.0であり、α結晶粒の最大結晶粒径が20.0μm以下であり、α結晶粒の平均結晶粒径が1.0〜10.0μmであり、線材の長軸方向の直交断面におけるα結晶粒のうち、長軸方向に対してα結晶粒を構成する稠密六方結晶のc軸方向の傾斜角度が15°〜40°の範囲にあるα結晶粒の面積率が5.0%以下である。
【0072】
まず、本実施形態のα+β型チタン合金線材の化学成分について、以下で改めて説明する。以下の説明では、「質量%」を、単に「%」と略記する。
【0073】
[Alの含有量]
Alは、固溶強化能の高い元素であり、含有量を増やすと室温での引張強度が高くなる。より確実に所望の引張強度を得るとともに、得られる集合組織の結晶方位をより確実に所望の範囲内に制御するために、Alの含有量を5.50%以上とすることが好ましく、5.70%以上とすることがより好ましい。一方、Alを6.75%を超えて含有させると、引張強度への寄与度が飽和する上に、熱間加工性及び冷間加工性を低下させる。そのため、Alの含有量の上限を、6.75%とする。Alの含有量は、6.50%以下であることが好ましい。
【0074】
[Vの含有量]
Vは、固溶強化能の高い元素であり、含有量が高くなると室温での引張強度が高くなる。また、室温で加工性の良好なβ相を維持する必要がある。そのため、Vの含有量は、3.50%以上とすることが好ましく、3.60%以上であることがより好ましい。一方、Vを4.50%を超えて含有させると、強度が高くなりすぎ、冷間及び温間加工性を低下させる。そのため、Vの含有量は、4.50%以下とすることが好ましい。Vの含有量は、4.30%以下であることがより好ましい。
【0075】
[Feの含有量]
Feは、偏析を生じさせて均質性を低下させる場合があるため、含有量を0.40%以下に制限することが好ましく、0.25%以下に制限することがより好ましい。Feは、固溶強化能があり、室温での強度向上に寄与する効果があるため、0.10%以上含有させることが好ましい。
【0076】
[C、N、H、Oの含有量]
C、N、H、Oは、いずれも多量に含有すると、延性、加工性を低下させてしまう場合があるため、Cの含有量は、0.080%以下、Nの含有量は、0.050%以下、Hの含有量は、0.016%以下、Oの含有量は0.25%以下にそれぞれ制限することが好ましい。なお、C、N、H、Oは、不可避的に混入する不純物であるため、その含有量はそれぞれ低ければ低いほど好ましい。また、C、N、H、Oは、不可避的に混入する不純物であるが故に、含有が避けられないことから、実質的な含有量の下限は、通常、Cで0.0005%、Nで0.0001%、Hで0.0005%、Oで0.01%である。
【0077】
本実施形態に係るα+β型チタン合金線材は、上述の元素以外(残部)は、Ti及び不純物からなる。ただし、以上説明した各元素以外の元素を、本発明の効果を損なわない範囲で含有させることができる。
【0078】
[β相の面積率]
本実施形態に係るα+β型チタン合金線材の金属組織についても、α相が主体であり、α相中に少量のβ相が存在したものとなっている。本実施形態において、α相の面積率は80%以上であり、おおよそ80〜97%程度である。本実施形態において、β相の面積率は、おおよそ3〜20%程度となる。
【0079】
[α結晶粒の平均アスペクト比]
先だって言及したように、疲労特性向上のためには、等軸晶組織であることが重要である。そのため、本実施形態に係るα+β型チタン合金線材では、α結晶粒の平均アスペクト比が1.0以上3.0以下とすることが好ましい。α結晶粒の平均アスペクト比は、より好ましくは2.5以下であり、更に好ましくは2.3以下である。
【0080】
[α結晶粒の平均結晶粒径]
また、本実施形態に係るα+β型チタン合金線材では、き裂発生低減効果をより確実に得るために、α+β型チタン合金線材におけるα結晶粒の平均結晶粒径を、上記の通り15.0μm以下とすることが好ましい。本実施形態において、α結晶粒の平均結晶粒径は、より好ましくは12.0μm以下であり、更に好ましくは10.0μm以下である。
【0081】
[α結晶粒の最大結晶粒径]
また、疲労強度の低下をより確実に抑制するために、本実施形態に係るα+β型チタン合金線材では、α結晶粒の最大結晶粒径を、上記の通り30.0μm以下とすることが好ましい。α結晶粒の最大結晶粒径は、25.0μm以下であることがより好ましく、20.0μm以下であることが更に好ましい。
【0082】
なお、β相の面積率、α結晶粒の平均アスペクト比、α結晶粒の測定方法は、先だって説明した測定方法を用いればよいため、以下では詳細な説明は省略する。
【0083】
[集合組織]
本実施形態に係るα+β型チタン合金線材においても、線材の長軸方向の直交断面におけるα結晶粒のうち、長軸方向に対してα結晶粒を構成する稠密六方結晶のc軸方向の傾斜角度が15°〜40°の範囲にあるα結晶粒の面積率は、5.0%以下とすることが好ましい。長軸方向Lとのなす角が15°〜40°の範囲(境界面Bと境界面Aの間の範囲)にあるα結晶粒の面積率は、より好ましくは4.0%以下であり、更に好ましくは3.0%以下である。稠密六方結晶(hcp)のc軸と、α+β型チタン合金線材の長軸方向とのなす角度が、15°以上40°以下であるα結晶粒の面積率は、低い分には問題ないため、下限は0%であることが好ましい。なお、集合組織の測定方法は、先だって説明した測定方法を用いればよいため、以下では詳細な説明は省略する。
【0084】
[内部欠陥]
上述したようにTi−6Al−4Vに代表される高強度なα+β型チタン合金は、室温〜温間での加工性に乏しく、変形加工時に内部欠陥が発生し易い。ここで内部欠陥とはボイドまたはクラックを指す。一方で、後述の疲労特性は、内部欠陥が多量に存在すると劣化する可能性がある。
【0085】
本実施形態に係るα+β型チタン合金線材において、内部欠陥の発生量(すなわち、単位面積あたりの内部欠陥の個数)は、通常は、0個/mm
2となる。ただし、鋭意検討した結果、内部欠陥の発生量が13個/mm
2以下の範囲内であれば、本実施形態に係るα+β型チタン合金線材に発現する疲労特性に対して、影響を与えるものではない。
【0086】
[内部欠陥の測定方法]
内部欠陥の発生量は、後述する熱処理後のチタン合金棒線部材より切断したC断面をエメリー紙及びバフ研磨により鏡面にした後、光学顕微鏡にて測定する。倍率を50〜500倍として、10〜20視野を撮影し、各視野中に存在するボイドやクラックなどの欠陥の数を測定し、観察面積で除して、単位面積あたりの内部欠陥の個数を求め、その平均値とする。なお、内部欠陥は、最大寸法が5μm以上のものとする。
【0087】
[0.2%耐力]
後述するが、疲労強度は、引張特性の0.2%耐力や引張強度と相関がある。そのため、0.2%耐力や引張強度を高めた方が、疲労強度が高くなる。加えて、α+β型チタン合金は、高強度である特性を活用し様々な部材に用いられることから、0.2%耐力は、ある程度高い値を有していることが好ましい。本実施形態に係る化学成分系では、0.2%耐力が850MPa以上であれば、疲労強度と共に、部材として使用する際の強度を満足することができる。そのため、本実施形態に係るα+β型チタン合金線材において、0.2%耐力は850MPa以上であることが好ましい。本実施形態に係るα+β型チタン合金線材の0.2%耐力は、より好ましくは860MPa以上である。一方、0.2%耐力の上限は、特に定めるものではない。ただし、0.2%耐力が高くなり過ぎると、切欠き感受性が高くなり、疲労強度の低下を招く。1200MPa以上となると切欠き感受性が顕著となることから、本実施形態に係るα+β型チタン合金線材の0.2%耐力は、1200MPa未満であることが好ましい。本実施形態に係るα+β型チタン合金線材の0.2%耐力は、より好ましくは1100MPa以下である。
【0088】
なお、ここでいう0.2%耐力とは、チタン合金線材の長軸方向(長手方向、長尺方向と同義)が引張り方向となるように引張試験を行った場合の0.2%耐力である。
【0089】
[0.2%耐力の測定方法]
着目するα+β型チタン合金線材から、長手方向が圧延方向に対して平行であるASTMハーフサイズ引張試験片(平行部幅6.25mm、平行部長さ32mm、標点間距離25mm)を採取し、ひずみ速度を、ひずみ1.5%までを0.5%/min、その後破断までを30%/minで行う。このときの0.2%耐力を測定する。
【0090】
[疲労強度]
本実施形態に係るα+β型チタン合金線材は、高疲労強度であることを特徴している。上述したように、組織形状や結晶粒径は疲労特性に大きく影響し、結晶形状の場合、針状組織では疲労特性が大幅に低下する。また、等軸晶組織であっても、組織が粗大である(すなわち、結晶粒径が大きい)と疲労特性は低下する。本実施形態に係るα+β型チタン合金線材の化学成分系では、下記に示す回転曲げ疲労において、450MPa以上であることが好ましく、470MPa以上であることがより好ましい。
【0091】
[疲労強度の測定方法]
本実施形態に係るα+β型チタン合金線材の疲労特性は、回転曲げ疲労時の疲労特性を採用することとし、下記の方法で測定した際の疲労特性とする。
すなわち、製造した線材を用いて、平行部の表面粗さが研磨紙#600以上となるよう研磨された丸棒試験片を作製する。この丸棒試験片を用い、小野式回転曲げ試験により、応力比R=−1として、1×10
7回まで応力負荷を繰り返しても疲労破壊しない最大応力を求め、疲労強度とする。
【0092】
<α+β型チタン合金線材の製造方法>
続いて、本実施形態に係るα+β型チタン合金線材の製造方法について、詳細に説明する。
【0093】
本実施形態に係るα+β型チタン合金線材の製造方法は、(a)上述の化学成分を有するチタン合金材を、0〜500℃の範囲の加工温度において、1回又は2回以上の加工を行う工程であり、1回あたりの加工時の減面率を10〜50%とし、合計減面率を50%以上とする第1の工程と、(b)第1の工程後のチタン合金材に対して、熱処理温度Tを700℃〜950℃の範囲とし、熱処理時間tを下記式(2)を満足する熱処理時間とする最終熱処理を施す第2の工程と、を含む。ただし、下記式(2)において、Tは、第2の工程における熱処理温度(℃)であり、tは、第2の工程における熱処理時間(hr)である。
【0094】
21000<(T+273.15)×(log
10(t)+20)<24000
・・・(2)
【0095】
以下、本実施形態に係るα+β型チタン合金線材の製造方法における各工程について、詳細に説明する。
【0096】
≪第1の工程≫
第1の工程では、0〜500℃の範囲の加工温度において、1回又は2回以上の加工を行う。これにより、α+β型チタン合金線材の組織におけるα結晶粒の平均結晶粒径を小さくし、かつ、最大結晶粒径を小さくすることで、等軸結晶組織を形成する。なお、複数回の加工を行う場合は、加工の間で中間焼鈍を行ってもよい。かかる第1の工程は、冷間加工、又は、温間加工に区分される加工である。また、加工温度は、α+β型チタン合金線材の表面における温度とする。
【0097】
なお、上記のような第1の工程に供される前(冷間加工又は温間加工に供される前)のα+β型チタン合金は、どの断面で切断したとしても、平均粒径3.0μm程度であり、かつ、平均アスペクト比が1.5μm以下である、微細な球状組織を有している。
【0098】
[加工温度]
本実施形態に係るα+β型チタン合金線材の製造方法において、加工温度が500℃以下の範囲内となる室温〜中温域で加工を行うことで、上述の集合組織を形成し易くなる。また、室温〜中温域において圧延や伸線等の加工を加える(すなわち、冷間加工又は温間加工を行う)ことで、粗大な初析α相の形成を防ぎつつ、かつ、転位の蓄積、及び、下記の熱処理(中間焼鈍及び最終焼鈍)時の再結晶により、微細かつ均一な等軸粒を得ることができる。これらのことから、本実施形態に係るα+β型チタン合金線材の製造方法における第1の工程では、加工温度を0℃以上とする。加工温度は、好ましくは20℃以上であり、より好ましくは200℃以上である。一方、加工温度が高くなりすぎると、転位の蓄積が困難となる可能性があるため、加工温度は、拡散しにくく転位が蓄積できる500℃以下とする。
【0099】
[加工と減面率]
本実施形態では、上記のように、0℃以上500℃以下の温度で加工することとしている。加工の種類としては、例えば、カリバー圧延加工、ローラーダイス伸線加工、孔ダイス伸線加工等が挙げられる。加工量については、高いほど転位の集合組織が発達し易く、また再結晶により組織が微細化し易い。ただし、0℃以上500℃以下の温度域では加工性が劣るため、加工し過ぎるとボイド等の内部欠陥を形成し、疲労特性の低下を招く。一回あたりの減面率(加工率)が10%以上であれば、集合組織の発達及び再結晶に有効である。そのため、本実施形態に係る第1の工程において、1回あたりの加工時の減面率を10%以上とする。更なる効果を得るために、第1の工程における1回あたりの加工時の減面率は、15%以上であることが好ましく、20%以上であることがより好ましい。一方、1回あたり50%を超える加工を行うと、ボイド等の内部欠陥が形成されてしまう。そのため、第1の工程における1回あたりの加工時の減面率は、50%以下とする。
【0100】
更に、より確実に均一かつ微細な等軸晶組織とするためには、加工と焼鈍を繰り返し合計の減面率を大きくすることが有効である。すなわち、1回あたりの減面率を10〜50%として加工した後に中間焼鈍を施し、再び10〜50%の減面率で加工し中間焼鈍を行う、といったサイクルを繰り返すことが有効である。また、1回あたりの減面率が低い場合は、繰り返し回数を多くすることで均一かつ微細組織にできる。一方、一回あたりの減面率が高い場合は、繰り返し回数が少なくても均一かつ微細組織となる。
【0101】
また、本発明者らが種々試験した結果、1回又は複数回の加工を施す場合に、合計の減面率が50%以上であれば、均一かつ微細な組織を得ることができる。そのため、本実施形態に係る第1の工程において、合計の減面率は50%以上とする。本実施形態に係る第1の工程において、合計の減面率は、好ましくは60%以上であり、より好ましくは70%以上である。一方、加工すればするほど再結晶し易くなるため、合計の減面率の上限は、特に規定するものではない。ただし、加工及び中間焼鈍の回数が増加するとコストが高くなることから、合計の減面率は90%未満とすることが好ましい。また、複数回の加工を行う場合の各回の減面率は、全て同じ減面率になるように加工してもよく、各回毎に異なる減面率になるように加工してもよい。
【0102】
なお、減面率は、加工前の断面積S
1と加工後の断面積S
2から、100×(S
1−S
2)/S
1で求める。複数回の加工を行う場合の合計の減面率は、1回目の加工前の断面積S
3と最終回の加工後の断面積S
4から、100×(S
3−S
4)/S
3で求める。
【0103】
≪中間焼鈍及び第2の工程である最終熱処理≫
本実施形態では、前述の中間焼鈍、及び、最終熱処理を、700℃以上950℃以下の温度範囲内で行うこととする。熱処理温度Tが700℃未満である場合には、ひずみが十分に回復しなかったり、最終焼鈍時の再結晶が不十分となって、
図5Aに模式的に示したように、延伸粒や針状組織が残存したりする。一方、熱処理温度Tが950℃を超える場合には、高温過ぎるために組織が粗大化したり、熱処理時のβ相が不安定になって、冷却時にβ相内に針状組織が形成されたりする結果、
図5Bに模式的に示したような、針状組織と等軸組織とが混在する組織であるバイモーダル組織が形成される。また、温度を上記範囲にしたとしても、温度に合わせた保持時間を確保しないと、十分なひずみ除去や再結晶をさせることができない。
【0104】
本発明者らが鋭意検討した結果、熱処理温度T(℃)と、加熱及び保持を含めた熱処理時間(hr)と、の関係が、下記の式(2)の範囲内であれば問題が生じずに、
図1Cに模式的に示したような、均一かつ微細な等軸晶組織を得られることが判明した。そのため、本実施形態では、下記の式(2)を満足するように、中間焼鈍及び最終熱処理を行うこととする。ここで、熱処理温度T(℃)は、α+β型チタン合金線材の表面における温度とする。
【0105】
21000<(T+273.15)×(log
10(t)+20)<24000
・・・(2)
【0106】
上記式(2)の関係を満足するように、熱処理温度T及び熱処理時間tを制御して中間焼鈍及び最終熱処理を実施することで、ひずみ除去及び再結晶を促進させることができる。(T+273.15)×(log
10(t)+20)の値は、好ましくは24000以下である。
【0107】
[昇温速度]
なお、中間焼鈍及び最終熱処理における、熱処理温度Tまでの昇温速度は、速ければ速いほど、上記熱処理温度Tでの保持時間が長くなり、また、安定したひずみ除去及び再結晶が可能となる。具体的な昇温温度は、特に規定するものではないが、昇温速度が1.0℃/s以上であれば、十分な保持時間が確保可能であり、好ましい。昇温速度は、より好ましくは、2.0℃/s以上である。
【0108】
以上、本実施形態に係るα+β型チタン合金線材の製造方法について、詳細に説明した。
【0109】
(第2の実施形態)
以下では、本発明の第2の実施形態に係るα+β型チタン合金線材及びその製造方法について、詳細に説明する。本実施形態に係るα+β型チタン合金線材は、上記のようなMo当量Aを用いて化学成分が規定されるチタン合金線材のうち、Fe及びSiを含有するチタン合金線材である。かかるα+β型チタン合金線材は、冷間伸線性に優れ、第1の実施形態に係るα+β型チタン合金線材のようにVを含有しないため安価であり、かつ、切削・切断が容易である。
【0110】
本実施形態に係るα+β型チタン合金線材は、質量%で、Al:4.50〜6.40%、Fe:0.50〜2.10%、Si:0〜0.50%、C:0.080%未満、N:0.050%以下、H:0.016%以下、O:0.25%以下を含有し、残部Ti及び不純物からなり、α結晶粒の平均アスペクト比が1.0〜3.0であり、α結晶粒の最大結晶粒径が30.0μm以下であり、α結晶粒の平均結晶粒径が1.0〜15.0μmであり、線材の長軸方向の直交断面におけるα結晶粒のうち、長軸方向に対してα結晶粒を構成する稠密六方結晶のc軸方向の傾斜角度が15°〜40°の範囲にあるα結晶粒の面積率が5.0%以下である。
【0111】
まず、本実施形態に係るα+β型チタン合金線材の化学成分について、以下で改めて説明する。以下の説明では、「質量%」を、単に「%」と略記する。
【0112】
[Alの含有量]
Alは、固溶強化能の高い元素であり、含有量を増やすと室温での引張強度が高くなる。より確実に所望の引張強度を得るとともに、得られる集合組織の結晶方位をより確実に所望の範囲内に制御するために、Alの含有量を4.50%以上とすることが好ましい。Alの含有量は、4.80%以上であることがより好ましく、5.00%以上であることが更に好ましい。一方、Alを6.40%を超えて含有させると、変形抵抗の増大により加工性の低下をもたらすとともに、凝固偏析などによりα相を過度に固溶強化して局所的に硬い領域が生成され、疲労強度の低下をもたらし、更には、衝撃靱性の低下をももたらす可能性がある。そのため、Alの含有量は、6.40%以下とすることが好ましい。Alの含有量は、5.90%以下であることがより好ましく、5.50%以下であることが更に好ましい。
【0113】
[Feの含有量]
Feは、β安定化元素の中でも安価な添加元素であり、更に、固溶強化能の高い元素である。また、含有量を増やすと室温での引張強度が高くなる。必要な強度を得ることと、室温で加工性の良いβ相を維持するために、本実施形態においてFeの含有量は、0.50%以上であることが好ましい。本実施形態においてFeの含有量は、より好ましくは0.70%以上であり、更に好ましくは0.80%以上である。一方、Feは非常に凝固偏析し易い添加元素であるため、含有させ過ぎると性能のばらつきが大きくなり、場所によっては疲労強度の低下が低下する可能性がある。そのため、本実施形態においてFeの含有量は、2.10%以下であることが好ましい。本実施形態においてFeの含有量は、より好ましくは1.80%以下であり、更に好ましくは1.50%以下である。
【0114】
[Siの含有量]
Siは、β安定化元素であるが、α相中にも固溶して高い固溶強化能を示す。上記のように、Feは、偏析という観点から2.10%を超えて含有させないことが好ましいことから、必要に応じて、Siの固溶強化により高強度化してもよい。そのため、Siは、任意添加元素であり、その含有量は、0%を下限とする。また、Siは、下記のOと逆の偏析傾向にあり、更に、Oほどには凝固偏析し難いことから、適正量のSiをOと複合含有させることにより、高い疲労強度と引張強度を両立することが期待できる。このような効果は、Siの含有量を0.05%以上とすることで、確実に発現させることが可能であるため、Siを含有させる場合、Siの含有量は0.05%以上とすることが好ましく、0.10%以上とすることが好ましい。ただし、先だって言及したように、Siを含有させ過ぎると、シリサイドと称する金属間加工物を形成し、疲労強度が低下する。そのため、本実施形態では、Siの含有量を0.50%以下とすることが好ましい。本実施形態において、Siの含有量は、より好ましくは0.45%以下であり、更に好ましくは0.40%以下である。
【0115】
[C、N、H、Oの含有量]
C、N、H、Oは、いずれも多量に含有すると、延性、加工性を低下させてしまう場合があるため、Cの含有量は、0.010%未満、Nの含有量は、0.050%以下、Hの含有量は、0.016%以下、Oの含有量は0.25%以下にそれぞれ制限することが好ましい。なお、C、N、H、Oは、不可避的に混入する不純物であるため、その含有量はそれぞれ低ければ低いほど好ましい。また、C、N、H、Oは、不可避的に混入する不純物であるが故に、含有が避けられないことから、実質的な含有量は、通常、Cで0.0005%、Nで0.0001%、Hで0.0005%、Oで0.01%である。
【0116】
本実施形態に係るα+β型チタン合金線材は、上述の元素以外(残部)は、Ti及び不純物からなる。ただし、以上説明した各元素以外の元素を、本発明の効果を損なわない範囲で含有させることができる。
【0117】
[Ni、Cr、Mnの含有量]
本実施形態に係るα+β型チタン合金線材では、必要に応じて、残部のTiの一部に換えて、0.15%未満のNi、0.25%未満のCr、0.25%未満のMnのうちの1種又は2種以上含有しても良い。ここで、Ni、Cr、Mnの含有量を、それぞれ、0.15%未満、0.25%未満、0.25%未満としたのは、これらの元素は、上記上限を超えて含有させると、平衡相である金属間化合物(Ti
2Ni、TiCr
2、TiMn)が生成し、疲労強度及び室温延性が劣化するためである。Niの含有量は、より好ましくは0.13%以下であり、更に好ましくは0.11%以下である。Cr及びMnの含有量は、より好ましくは0.20%以下であり、更に好ましくは0.15%以下である。
【0118】
[β相の面積率]
本実施形態に係るα+β型チタン合金線材の金属組織についても、α相が主体であり、α相中に少量のβ相が存在したものとなっている。本実施形態において、α相の面積率は85%以上であり、おおそよ85〜99%程度である。本実施形態において、β相の面積率は、おおよそ1〜15%程度となる。
【0119】
[α結晶粒の平均アスペクト比]
先だって言及したように、疲労特性向上のためには、等軸晶組織であることが重要である。そのため、本実施形態に係るα+β型チタン合金線材では、α結晶粒の平均アスペクト比が1.0以上3.0以下とすることが好ましい。α結晶粒の平均アスペクト比は、より好ましくは2.5以下であり、更に好ましくは2.3以下である。
【0120】
[α結晶粒の平均結晶粒径]
また、本実施形態に係るα+β型チタン合金線材では、き裂発生低減効果をより確実に得るために、α+β型チタン合金線材におけるα結晶粒の平均結晶粒径を、上記の通り15.0μm以下とすることが好ましい。本実施形態において、α結晶粒の平均結晶粒径は、より好ましくは12μm以下であり、更に好ましくは10μmm以下である。
【0121】
[α結晶粒の最大結晶粒径]
また、疲労強度の低下を抑制するために、本実施形態に係るα+β型チタン合金線材では、α結晶粒の最大結晶粒径を、上記の通り30.0μm以下とすることが好ましい。α結晶粒の最大結晶粒径は、25.0μm以下であることがより好ましく、20.0μm以下であることが更に好ましい。
【0122】
なお、β相の面積率、α結晶粒の平均アスペクト比、α結晶粒の測定方法は、先だって説明した測定方法を用いればよいため、以下では詳細な説明は省略する。
【0123】
[集合組織]
本実施形態に係るα+β型チタン合金線材においても、線材の長軸方向の直交断面におけるα結晶粒のうち、長軸方向に対してα結晶粒を構成する稠密六方結晶のc軸方向の傾斜角度が15°〜40°の範囲にあるα結晶粒の面積率は、5.0%以下とすることが好ましい。長軸方向Lとのなす角が15°〜40°の範囲(境界面Bと境界面Aの間の範囲)にあるα結晶粒の面積率は、より好ましくは4.0%以下であり、更に好ましくは3.0%以下である。稠密六方結晶(hcp)のc軸と、α+β型チタン合金線材の長軸方向とのなす角度が、15°以上40°以下であるα結晶粒の面積率は、低い分には問題ないため、下限は0%であることが好ましい。なお、集合組織の測定方法は、先だって説明した測定方法を用いればよいため、以下では詳細な説明は省略する。
【0124】
[内部欠陥]
上述したようにTi−6Al−4Vに代表される高強度なα+β型チタン合金は、室温〜温間での加工性に乏しく、変形加工時に内部欠陥が発生し易い。ここで内部欠陥とはボイドまたはクラックを指す。一方で、後述の疲労特性は、内部欠陥が多量に存在すると劣化する可能性がある。
【0125】
本実施形態に係るα+β型チタン合金線材において、内部欠陥の発生量(すなわち、単位面積あたりの内部欠陥の個数)は、通常は、0個/mm
2となる。ただし、鋭意検討した結果、内部欠陥の発生量が13個/mm
2以下の範囲内であれば、本実施形態に係るα+β型チタン合金線材に発現する疲労特性に対して、影響を与えるものではない。なお、内部欠陥の測定方法は、先だって第1の実施形態で説明した測定方法を用いればよいため、以下では詳細な説明は省略する。
【0126】
[0.2%耐力]
先だって言及しているように、疲労強度は、引張特性の0.2%耐力や引張強度と相関がある。そのため、0.2%耐力や引張強度を高めた方が、疲労強度が高くなる。加えて、α+β型チタン合金は、高強度である特性を活用し様々な部材に用いられることから、0.2%耐力は、ある程度高い値を有していることが好ましい。本実施形態に係る化学成分系では、0.2%耐力が700MPa以上あれば、疲労強度と共に、部材として使用する際の強度を満足することができる。そのため、本実施形態に係るα+β型チタン合金線材において、0.2%耐力は700MPa以上であることが好ましい。本実施形態に係るα+β型チタン合金線材の0.2%耐力は、より好ましくは720MPa以上である。一方、0.2%耐力の上限は、特に定めるものではない。ただし、0.2%耐力が高くなり過ぎると、切欠き感受性が高くなり、疲労強度の低下を招く。1200MPa以上となると切欠き感受性が顕著となることから、本実施形態に係るα+β型チタン合金線材の0.2%耐力は、1150MPa未満であることが好ましい。本実施形態に係るα+β型チタン合金線材の0.2%耐力は、より好ましくは1050MPa以下である。
【0127】
なお、ここでいう0.2%耐力とは、チタン合金線材の長軸方向(長手方向、長尺方向と同義)が引張り方向となるように引張試験を行った場合の0.2%耐力である。なお、0.2%耐力の測定方法は、先だって第1の実施形態で説明した測定方法を用いればよいため、以下では詳細な説明は省略する。
【0128】
[疲労強度]
本実施形態に係るα+β型チタン合金線材は、高疲労強度であることを特徴している。上述したように、組織形状や結晶粒径は疲労特性に大きく影響し、結晶形状の場合、針状組織では疲労特性が大幅に低下する。また、等軸晶組織であっても、組織が粗大である(すなわち、結晶粒径が大きい)と疲労特性は低下する。本実施形態に係るα+β型チタン合金線材の化学成分系では、下記に示す回転曲げ疲労において、400MPa以上であることが好ましく、420MPa以上であることがより好ましい。なお、疲労強度の測定方法は、先だって第1の実施形態で説明した測定方法を用いればよいため、以下では詳細な説明は省略する。
【0129】
<α+β型チタン合金線材の製造方法>
なお、上述してきたα+β型チタン合金線材の製造方法であるが、製造に用いるチタン合金材を上述の第2の実施形態に係る化学成分とする以外は、第1の実施形態に係るα+β型チタン合金線材の製造方法と同様にして、実施することが可能である。そのため、以下では、詳細な説明は省略する。
【0130】
以上、本発明の各実施形態に係るα+β型チタン合金線材及びその製造方法について、詳細に説明した。
【実施例】
【0131】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で適宜変更を加えて実施することが可能であり、それらは何れも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0132】
(試験例1)
以下に示す試験例1では、主に、本発明の第1の実施形態に係るα+β型チタン合金線材及びその製造方法に着目し、より具体的に説明する。
【0133】
スポンジチタン、スクラップ及び所定の添加元素を溶解原料とし、真空アーク溶解炉を用いて、以下の表1に示す各成分組成を有するチタンインゴットを鋳造した。
【0134】
鋳造したチタン鋳塊を用いて、熱間鍛造を行った。得られた熱間鍛造材から100mmφの丸棒を採取し、1050℃で熱間圧延を行いφ20mm程度の熱延棒を得た。その後、得られた熱延棒に対し、脱スケールを施した。得られた熱延棒の組織を確認したところ、どの断面で切断した場合においても、平均粒径3.0μm程度であり、かつ、平均アスペクト比が1.5μm以下である、微細な球状組織を有していた。
【0135】
その後、第1の工程として、以下の表2に示した加工温度及び減面率で伸線を行い、次いでAr雰囲気にて、均熱温度850℃、均熱保持時間1.00時間の条件で中間焼鈍を施した。かかる中間焼鈍の処理条件は、均熱温度までの昇温速度を考慮しても、上記式(2)で表した関係を満足するものである。その後も、伸線と中間焼鈍とを繰り返し行って、表2に示した合計減面率まで伸線した。ここで、以下の表2における「減面率」は、n回目の中間焼鈍と(n+1)回目の中間焼鈍との間での減面率を表しており、中間焼鈍は、上記のように、所定の減面率での伸線加工を実施する毎に実施した。その後、第2の工程として、表2に示す条件で最終熱処理を施すことで、α+β型チタン合金線材を製造した。得られたα+β型チタン合金線材から各種の試験片を作製した。
【0136】
α+β型チタン合金線材の製造条件を、表2に示した。また、表3には、表2におけるパターンA〜Fの減面率を示した。表3に示す減面率は、第1の工程における加工の減面率を加工の回数毎に変化させた場合の各回の減面率である。各加工の合間に、上記の条件にて中間焼鈍を行った。
【0137】
【表1】
【0138】
【表2】
【0139】
【表3】
【0140】
得られた試験片について、ミクロ組織観察、各特性(0.2%耐力、疲労強度)の測定を行った。
【0141】
(α結晶粒の平均アスペクト比)
α+β型チタン合金線材より切断したL断面(線材の長軸方向の直交断面)を、電解研磨又はコロイダルシリカ研磨により鏡面にした後、EBSD(TSLソリューションズ製のOIM Analysisソフトウェア)を用いて測定した。具体的には、鏡面化後のL断面において、大きさ500μm×500μmの領域を、ステップ0.5〜1μmで、2〜10視野程度測定した。その後、5°以上の方位差を生じる場合を粒界とみなし、各結晶粒の長軸方向と長軸に直交する方向の最大長さの比(長軸/短軸)、すなわちアスペクト比を算出し、全ての結晶粒の平均値(平均アスペクト比)を算出した。
【0142】
(α結晶粒の平均結晶粒径及び最大結晶粒径)
結晶粒径は、得られた試験片のL断面を電解研磨又はコロイダルシリカ研磨により鏡面にした後、EBSD(TSLソリューションズ製のOIM Analysisソフトウェア)を用いて測定した。具体的には、鏡面化後のL断面において、大きさ500μm×500μmの領域を、ステップ0.5〜1μmで、2〜10視野程度測定した。その後、5°以上の方位差を生じる場合を粒界とみなし、結晶粒面積Aより結晶粒毎の円相当粒径Dを求めた(結晶粒面積A=π×(D/2)
2)。平均結晶粒径は、測定範囲内の全ての結晶粒径の平均値とした。また、最大結晶粒径は、測定範囲内における最大値とした。なお、α結晶粒とβ結晶粒等の他の結晶粒とは、EBSD上で技術的に容易に識別することが可能であった。
【0143】
(長軸方向とc軸とのなす角が15〜40°であるα結晶粒の面積率)
上記の結晶粒径の測定方法と同様に、得られた試験片のL断面を電解研磨又はコロイダルシリカ研磨により鏡面にした後、EBSD(TSLソリューションズ製のOIM Analysisソフトウェア)を用いて測定した。具体的には、大きさ500μm×500μmの領域を、ステップ0.5〜1μmで、2〜10視野程度測定し、各視野における稠密六方結晶(hcp)のc軸とα+β型チタン合金線材の長軸方向との成す角度が15°以上40°以下であるα結晶粒の面積率を求めた。その後、各視野から得られた面積率の平均を算出した。
【0144】
なお、ミクロ組織観察においては、EBSDの測定結果に基づき、解析ソフトウェア(株式会社TSLソリューションズ製OIM Analysis)を用いることで、β結晶粒も含む個々の結晶粒の面積と、長軸及び短軸の長さと、アスペクト比と、を算出した。
【0145】
(内部欠陥)
内部欠陥は、α+β型チタン合金線材より切断したC断面をエメリー紙及びバフ研磨により鏡面にした後、光学顕微鏡にて測定した。倍率を50〜500倍として、10〜20視野を撮影し、各視野に存在するボイドやクラックなどの欠陥の数を測定し、観察面積で除して、単位面積あたりの内部欠陥の個数を求め、その平均値を内部欠陥数とした。なお、内部欠陥は最大寸法が5μm以上のものとした。
【0146】
(0.2%耐力)
得られたα+β型チタン合金線材から、長手方向が圧延方向に対して平行であるASTMハーフサイズ引張試験片(平行部幅6.25mm、平行部長さ32mm、標点間距離25mm)を採取し、ひずみ速度を、ひずみ1.5%までを0.5%/min、その後破断までを30%/minで行った。このときの0.2%耐力を測定した。本試験例では、得られた0.2%耐力が850MPa以上1200MPa未満である場合を、合格とした。
【0147】
(疲労強度)
疲労特性は、回転曲げ疲労時の疲労特性を採用することとし、下記の方法で測定した際の特性とした。得られたα+β型チタン合金線材から、平行部の表面粗さが研磨紙#600以上となるよう研磨された丸棒試験片を作製した。この丸棒試験片を、小野式回転曲げ試験により、応力比R=−1として、1×10
7回まで応力負荷を繰り返しても疲労破壊しない最大応力を、疲労強度とした。本試験例では、得られた疲労強度が450MPa以上である場合を、合格とした。
【0148】
得られた結果を、以下の表4にまとめて示した。実施例1〜29は、本発明例である。実施例1〜29のα+β型チタン合金棒線部材は、いずれも優れた疲労強度を有していることが分かる。
【0149】
一方、比較例1〜3、5、9及び10は、最終熱処理の熱処理時間が本発明の製造条件を満たさないため、平均アスペクト比、平均結晶粒径又は最大結晶粒径が発明範囲から外れ、疲労強度が450MPaを下回った。比較例4及び6では、加工温度が高すぎるため、α結晶粒を構成するhcpにおけるc軸の結晶方位を所定の範囲に制御できず、疲労強度が450MPaを下回った。比較例7は、1回あたりの減面率が50%を超えて高すぎるため、疲労強度が450MPaを下回った。また、内部欠陥についても、増加していることが明らかとなった。比較例8は、合計の減面率が50%未満のため、疲労強度が450MPaを下回った。
【0150】
なお、表2及び表4における下線は、本発明の範囲外であることを示している。
【0151】
【表4】
【0152】
(試験例2)
以下に示す試験例2では、主に、本発明の第2の実施形態に係るα+β型チタン合金線材及びその製造方法に着目し、より具体的に説明する。
【0153】
スポンジチタン、スクラップ及び所定の添加元素を溶解原料とし、真空アーク溶解炉を用いて、以下の表5に示す各成分組成を有するチタンインゴットを鋳造した。
【0154】
鋳造したチタン鋳塊を用いて、熱間鍛造を行った。得られた熱間鍛造材から100mmφの丸棒を採取し、1050℃で熱間圧延を行いφ20mm程度の熱延棒を得た。その後、得られた熱延棒に対し、脱スケールを施した。得られた熱延棒の組織を確認したところ、どの断面で切断した場合においても、平均粒径3.0μm程度であり、かつ、平均アスペクト比が1.5μm以下である、微細な球状組織を有していた。
【0155】
その後、第1の工程として、以下の表6に示した加工温度及び減面率で伸線を行い、次いでAr雰囲気にて、均熱温度850℃、均熱保持時間1.00時間の条件で中間焼鈍を施した。かかる中間焼鈍の処理条件は、均熱温度までの昇温速度を考慮しても、上記式(2)で表した関係を満足するものである。その後も、伸線と中間焼鈍を繰り返し行って、表5に示した合計減面率まで伸線した。ここで、以下の表6における「減面率」は、n回目の中間焼鈍と(n+1)回目の中間焼鈍との間での減面率を表しており、中間焼鈍は、上記のように、所定の減面率での伸線加工を実施する毎に実施した。その後、第2の工程として、表5に示す条件で最終熱処理を施すことで、α+β型チタン合金線材を製造した。得られたα+β型チタン合金線材から各種の試験片を作製した。
【0156】
α+β型チタン合金線材の製造条件を、表6に示した。また、表7には、表6におけるパターンA〜Fの減面率を示した。表7に示す減面率は、第1の工程における加工の減面率を加工の回数毎に変化させた場合の各回の減面率である。各加工の合間に、上記の条件にて中間焼鈍を行った。
【0157】
【表5】
【0158】
【表6】
【0159】
【表7】
【0160】
得られた試験片について、ミクロ組織観察、各特性(0.2%耐力、疲労強度)の測定を行った。
【0161】
(α結晶粒の平均アスペクト比)
α+β型チタン合金線材より切断したL断面(線材の長軸方向の直交断面)を、電解研磨又はコロイダルシリカ研磨により鏡面にした後、EBSD(TSLソリューションズ製のOIM Analysisソフトウェア)を用いて測定した。具体的には、鏡面化後のL断面において、大きさ500μm×500μmの領域を、ステップ0.5〜1μmで、2〜10視野程度測定した。その後、5°以上の方位差を生じる場合を粒界とみなし、各結晶粒の長軸方向と長軸に直交する方向の最大長さの比(長軸/短軸)、すなわちアスペクト比を算出し、全ての結晶粒の平均値(平均アスペクト比)を算出した。
【0162】
(α結晶粒の平均結晶粒径及び最大結晶粒径)
結晶粒径は、得られた試験片のL断面を電解研磨又はコロイダルシリカ研磨により鏡面にした後、EBSD(TSLソリューションズ製のOIM Analysisソフトウェア)を用いて測定した。具体的には、鏡面化後のL断面において、大きさ500μm×500μmの領域を、ステップ0.5〜1μmで、2〜10視野程度測定した。その後、5°以上の方位差を生じる場合を粒界とみなし、結晶粒面積Aより結晶粒毎の円相当粒径Dを求めた(結晶粒面積A=π×(D/2)
2)。平均結晶粒径は、測定範囲内の全ての結晶粒径の平均値とした。また、最大結晶粒径は、測定範囲内における最大値とした。なお、α結晶粒とβ結晶粒等の他の結晶粒とは、EBSD上で技術的に容易に識別することが可能であった。
【0163】
(長軸方向とc軸とのなす角が15〜40°であるα結晶粒の面積率)
上記の結晶粒径の測定方法と同様に、得られた試験片のL断面を電解研磨又はコロイダルシリカ研磨により鏡面にした後、EBSD(TSLソリューションズ製のOIM Analysisソフトウェア)を用いて測定した。具体的には、大きさ500μm×500μmの領域を、ステップ0.5〜1μmで、2〜10視野程度測定し、各視野における稠密六方結晶(hcp)のc軸とα+β型チタン合金線材の長軸方向との成す角度が15°以上40°以下であるα結晶粒の面積率を求めた。その後、各視野から得られた面積率の平均を算出した。
【0164】
なお、ミクロ組織観察においては、EBSDの測定結果に基づき、解析ソフトウェア(株式会社TSLソリューションズ製OIM Analysis)を用いることで、β結晶粒も含む個々の結晶粒の面積と、長軸及び短軸の長さと、アスペクト比と、を算出した。
【0165】
(内部欠陥)
内部欠陥は、α+β型チタン合金線材より切断したC断面をエメリー紙及びバフ研磨により鏡面にした後、光学顕微鏡にて測定した。倍率を50〜500倍として、10〜20視野を撮影し、各視野に存在するボイドやクラックなどの欠陥の数を測定し、観察面積で除して、単位面積あたりの内部欠陥の個数を求め、その平均値を内部欠陥数とした。なお、内部欠陥は最大寸法が5μm以上のものとした。
【0166】
(0.2%耐力)
得られたα+β型チタン合金線材から、長手方向が圧延方向に対して平行であるASTMハーフサイズ引張試験片(平行部幅6.25mm、平行部長さ32mm、標点間距離25mm)を採取し、ひずみ速度を、ひずみ1.5%までを0.5%/min、その後破断までを30%/minで行った。このときの0.2%耐力を測定した。本試験例では、得られた0.2%耐力が700MPa以上1200MPa未満である場合を、合格とした。
【0167】
(疲労強度)
疲労特性は、回転曲げ疲労時の疲労特性を採用することとし、下記の方法で測定した際の特性とした。得られたα+β型チタン合金線材から、平行部の表面粗さが研磨紙#600以上となるよう研磨された丸棒試験片を作製した。この丸棒試験片を、小野式回転曲げ試験により、応力比R=−1として、1×10
7回まで応力負荷を繰り返しても疲労破壊しない最大応力を、疲労強度とした。本試験例では、得られた疲労強度が400MPa以上である場合を、合格とした。
【0168】
得られた結果を、以下の表8にまとめて示した。実施例30〜57は、本発明例である。実施例30〜57のα+β型チタン合金棒線部材は、いずれも優れた疲労強度を有していることが分かる。
【0169】
一方、比較例11〜12、15は、最終熱処理の熱処理時間が本発明の製造条件を満たさないため、平均アスペクト比又は結晶粒径が本発明の範囲外となり、疲労強度が400MPaを下回った。比較例13は、1回あたりの減面率が50%を超えて高すぎるため、伸線中に破断してしまい、詳細な評価を行うことができなかった。比較例14では、加工温度が高すぎるため、α結晶粒を構成するhcpにおけるc軸の結晶方位を所定の範囲に制御できず、疲労強度が400MPaを下回った。比較例15は、合計の減面率が50%未満であったため、疲労強度が400MPaを下回った。比較例16は、最終熱処理の熱処理温度が700℃未満であったため、平均アスペクト比が本発明の範囲外となり、疲労強度が400MPaを下回った。比較例17は、最終熱処理の熱所温度が950℃超であったため、平均アスペクト比及び結晶粒径が本発明の範囲外となり、疲労強度が400MPaを下回った。
【0170】
なお、表6及び表8における下線は、本発明の範囲外であることを示す。
【0171】
【表8】
【0172】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。