特許第6966023号(P6966023)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6966023
(24)【登録日】2021年10月25日
(45)【発行日】2021年11月10日
(54)【発明の名称】ホットスタンプ成形体
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20211028BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20211028BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20211028BHJP
   C21D 9/00 20060101ALN20211028BHJP
   C21D 1/18 20060101ALN20211028BHJP
【FI】
   C22C38/00 301Z
   C22C38/58
   !C21D9/46 J
   !C21D9/46 U
   !C21D9/00 A
   !C21D1/18 C
【請求項の数】4
【全頁数】37
(21)【出願番号】特願2021-507422(P2021-507422)
(86)(22)【出願日】2020年3月19日
(86)【国際出願番号】JP2020012395
(87)【国際公開番号】WO2020189767
(87)【国際公開日】20200924
【審査請求日】2021年7月8日
(31)【優先権主張番号】特願2019-52103(P2019-52103)
(32)【優先日】2019年3月20日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】藤中 真吾
(72)【発明者】
【氏名】戸田 由梨
(72)【発明者】
【氏名】前田 大介
【審査官】 守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2018/134874(WO,A1)
【文献】 特開2017−043825(JP,A)
【文献】 国際公開第2019/186928(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C :0.40%以上、0.70%以下、
Si:0.010%以上、1.30%以下、
Mn:0.40%以上、3.00%以下、
sol.Al:0.0010%以上、0.500%以下、
Ti:0.010%以上、0.100%以下、
Cr:0.010%以上、0.80%以下、
B :0.0005%以上、0.0100%以下、
P :0.100%以下、
S :0.0100%以下、
N :0.0100%以下、
Nb:0%以上、0.100%以下、
Mo:0%以上、1.00%以下、
V :0%以上、0.100%以下、
Ni:0%以上、0.50%以下、
REM:0%以上、0.0100%以下、
Mg:0%以上、0.0100%以下、
Ca:0%以上、0.0100%以下、
Co:0%以上、4.00%以下、並びに
残部がFe及び不純物である化学組成を有し、
ミクロ組織中の旧オーステナイト粒の平均粒径が5.0μm以下であり、
前記旧オーステナイト粒の粒界の平均Mn濃度が1.0質量%以下である、
ホットスタンプ成形体。
【請求項2】
前記化学組成が、質量%で、
Nb:0.010%以上、0.100%以下、
Mo:0.01%以上、1.00%以下、
V :0.001%以上、0.100%以下、
Ni:0.001%以上、0.50%以下、
REM:0.0010%以上、0.0100%以下、
Mg:0.0010%以上、0.0100%以下、
Ca:0.0010%以上、0.0100%以下、および
Co:0.10%以上、4.00%以下
から選択される1種または2種以上の元素を含有する、
請求項1に記載のホットスタンプ成形体。
【請求項3】
表面にめっき層を備える、請求項1または2に記載のホットスタンプ成形体。
【請求項4】
ホットスタンプ成形体の一部に軟化領域を有する、請求項1〜3のいずれか1項に記載のホットスタンプ成形体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホットスタンプ成形体に関する。
本願は、2019年3月20日に、日本に出願された特願2019−052103号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境保護及び省資源化の観点から自動車車体の軽量化が求められており、自動車用部材への高強度鋼板の適用が加速している。鋼板の強度が高いほど、自動車用部材へのプレス成形時の荷重が増加する。また、高強度鋼板を用いると、複雑な形状の部材への成形性が課題となる。このような課題を解決するため、鋼板が軟質化するオーステナイト域まで加熱した後にプレス成形を実施するホットスタンプ技術の適用が進められている。
【0003】
ホットスタンプは、プレス加工と同時に、金型内において焼入れ処理を実施することで、自動車用部材への成形と強度確保とを両立する技術として注目されている。ホットスタンプは、自動車の変形抑止部材および衝撃吸収部材の加工方法として採用されている。特に、変形抑止部材は衝突によってもほぼ変形しない部材が求められており、より高強度化することが要求される。
【0004】
しかしながら、一般に、鋼板強度の上昇に伴い靭性は低下するため、衝突変形において割れが生じやすくなる。その結果、自動車用部材に要求される耐力や吸収エネルギーが得られない場合がある。
【0005】
特許文献1には、焼き入れ焼き戻し前に650〜Ac+20℃の球状化焼鈍を行うことで、炭化物を球状化させ、焼き入れ焼き戻し熱処理時に未溶解炭化物を低減させることによって靭性を向上させることができる技術が提案されている。
【0006】
特許文献2には、焼き戻しマルテンサイトおよび下部ベイナイトを合計で90%以上とし、均質なミクロ組織とすることによって高強度および低温靭性を両立させた熱延鋼板が提案されている。
【0007】
特許文献3には、ミクロ組織を焼き戻しマルテンサイト単相とし、伸びフランジ性を向上させた超高強度冷延鋼板が提案されている。
【0008】
特許文献4には、2回焼き入れによって高強度および靭性を両立させることができる成形体の製造方法が提案されている。この製造方法では、1回目の焼き入れ熱処理によって、鋼材のミクロ組織を微細な炭化物を多く含むマルテンサイトとする(炭化物の数密度は、好ましくは0.50個/μm以上であると記載されている)。その後、2回目の焼き入れ熱処理で急速加熱を行い、炭化物をオーステナイトへの逆変態の核生成サイトとすることでミクロ組織の微細化を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】日本国特許第5030280号公報
【特許文献2】日本国特許第6132017号公報
【特許文献3】日本国特許第5402191号公報
【特許文献4】国際公開第2018/134874号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1に記載の技術においては、炭化物の球状化を目的として、Ac点未満で加熱する焼鈍が実施される。そのため、Mnが十分に拡散せず、焼鈍後の鋼材中にMn濃度が高い部分が存在し、鋼材の靭性が劣化する。また、球状化焼鈍によって鋼材のミクロ組織中に粗大な炭化物が生成する。このような炭化物は、2000MPa以上の高強度鋼材において破壊起点となりやすいため、鋼材の靭性が大幅に劣化する場合がある。
【0011】
特許文献2に記載の技術においては、ミクロ組織は全体としては均一ではあるものの、旧オーステナイト粒内にMnが偏析している場合がある。Mnの偏析を減少させれば、Mn濃度の高い部分が破壊起点になるようなことはなく、さらに靭性の向上が期待できる。しかし、特許文献2において、その手法については明らかになっていない。
【0012】
特許文献3に記載の技術においては、旧オーステナイト粒を粗大化させないため900℃以下の焼鈍を行うが、Mnが十分に拡散しておらず、ミクロ組織内にMnが偏析している場合がある。このように、局所的にMn濃度が高い部分は、2000MPa以上の高強度鋼材において破壊起点となりやすいため、鋼材の靭性が劣化する場合がある。また、この技術では、ミクロ組織をマルテンサイトとした後に250℃での焼戻しを行うことが必須であり、プロセス増加に伴う製造コストの増加を引き起こす。
【0013】
特許文献4に記載の技術においては、1回目熱処理時に極力多くの炭化物を生成させた鋼材に2回目熱処理を行い、この炭化物を核生成サイトとしてオーステナイトへの逆変態を生じさせる。このため、1回目熱処理時には残留オーステナイトが少なく、また、2回目熱処理時には、オーステナイトの粒成長が進みやすいため、さらなる結晶粒微細化手法が求められる。
【0014】
本発明は、従来技術の課題を解決するためになされたものであり、優れた強度および靱性を有するホットスタンプ成形体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは上記課題を解決する方法について鋭意検討した結果、以下の知見を得た。
【0016】
従来は、2000MPa以上の引張強さを確保するためには、焼き入れ性の確保が必要であり、Mnを含有させることが有効であるとされていた。しかし、Mnを含有させることによって結晶粒界のMn偏析が助長され、ホットスタンプ成形体の靭性が劣位となる。そこで本発明者らは、鋭意研究を行った結果、Mnを含有させた材料であっても、従来よりも優れた靱性を有するホットスタンプ成形体が得られることを見出した。
【0017】
本発明者らは、ホットスタンプ成形体のミクロ組織として、旧オーステナイト粒の平均粒径を5.0μm以下に制御し、旧オーステナイト粒の粒界(以下、旧オーステナイト粒界と記載する場合がある)の平均Mn濃度を1.0質量%以下とすることで、亀裂発生を抑制することができることを見出した。また、本発明者らの鋭意検討の結果、以下の方法により上記のミクロ組織が得られることを知見した。
【0018】
まず、ホットスタンプ工程の前に前熱処理(以下、「一回目熱処理」と示す。)を行う。一回目熱処理は、Ac点以上、Ac点+200℃以下の加熱温度T1まで加熱する加熱工程と、この加熱温度T1で保持する保持工程と、10℃/s以上、500℃/s以下の平均冷却速度で、加熱温度T1から「250℃以上、400℃以下」の冷却停止温度まで冷却する冷却工程と、を含む熱処理である。一回目熱処理の加熱工程および保持工程には、一回目熱処理前に形成していた粗大な炭化物を再固溶する役割、および旧オーステナイト粒界にMnを濃化させる役割がある。また、一回目熱処理の冷却工程により、マルテンサイト、焼戻しマルテンサイト、ベイナイトおよび焼戻しベイナイトを含むミクロ組織に制御されるため、旧オーステナイト粒内には多量の大傾角粒界が形成される。
【0019】
次に、ホットスタンプ工程の加工熱処理(以下、「二回目熱処理」と示す。)を行う。二回目熱処理は、10℃/s以上、500℃/s以下の平均加熱速度で、Ac点以上、(Ac’点+100℃)以下の加熱温度T2まで急速加熱を行う加熱工程、および、この加熱温度T2で10秒超、60秒以下保持する保持工程を含む熱処理である。ここで、一回目熱処理時の冷却停止温度と、二回目熱処理時の加熱温度T2との差(T2−冷却停止温度)は600℃未満である。
二回目熱処理の保持工程後の鋼材には、ホットスタンプ、および、冷却が実施される。
なお、Ac’点は、実験によって求められる温度である。詳細は後述する。
【0020】
二回目熱処理の加熱工程では、旧オーステナイト粒界から、一回目熱処理で形成した大傾角粒界へMnの拡散が起こる。これにより、大傾角粒界(ブロック間)に存在する微細な残留オーステナイトへMnが濃化する。残留オーステナイトにMnが濃化することで、残留オーステナイトの安定性が高まり、Ac点が低下する。この低下したAc点を、便宜上、「Ac’点」と呼称する。
【0021】
Ac’点を超える温度域ではオーステナイト化が進む。ただし、この段階におけるオーステナイト化は低温で進むため、オーステナイトの粒成長は抑制される。また、微細なオーステナイトが維持されるため、旧オーステナイト粒界から大傾角粒界へのMn濃化が引き続き進む。
【0022】
二回目熱処理後の鋼材は、ホットスタンプされ、室温まで冷却される。これにより、ホットスタンプ成形体が得られる。これらの工程により、ホットスタンプ成形体の旧オーステナイト粒の平均粒径を5.0μm以下の細粒組織とし、かつ旧オーステナイト粒の粒界の平均Mn濃度を1.0質量%以下に低下させることができる。その結果、旧オーステナイト粒界の高Mn濃度領域の低減により衝突時の破壊(亀裂発生)が抑制され、且つ、旧オーステナイト粒の粒径が微細なため、亀裂進展も抑制される。結果として、優れた靭性を有するホットスタンプ成形体を得ることが可能となる。
【0023】
上記知見に基づいてなされた本発明の要旨は以下のとおりである。
[1]本発明の一態様に係るホットスタンプ成形体は、質量%で、
C :0.40%以上、0.70%以下、
Si:0.010%以上、1.30%以下、
Mn:0.40%以上、3.00%以下、
sol.Al:0.0010%以上、0.500%以下、
Ti:0.010%以上、0.100%以下、
Cr:0.010%以上、0.80%以下、
B :0.0005%以上、0.0100%以下、
P :0.100%以下、
S :0.0100%以下、
N :0.0100%以下、
Nb:0%以上、0.100%以下、
Mo:0%以上、1.00%以下、
V :0%以上、0.100%以下、
Ni:0%以上、0.50%以下、
REM:0%以上、0.0100%以下、
Mg:0%以上、0.0100%以下、
Ca:0%以上、0.0100%以下、
Co:0%以上、4.00%以下、並びに
残部がFe及び不純物である化学組成を有し、
ミクロ組織中の旧オーステナイト粒の平均粒径が5.0μm以下であり、
前記旧オーステナイト粒の粒界の平均Mn濃度が1.0質量%以下である。
[2]上記[1]に記載のホットスタンプ成形体は、質量%で、
Nb:0.010%以上、0.100%以下、
Mo:0.01%以上、1.00%以下、
V :0.001%以上、0.100%以下、
Ni:0.001%以上、0.50%以下、
REM:0.0010%以上、0.0100%以下、
Mg:0.0010%以上、0.0100%以下、
Ca:0.0010%以上、0.0100%以下、および
Co:0.10%以上、4.00%以下
から選択される1種または2種以上の元素を含有してもよい。
[3]上記[1]または[2]に記載のホットスタンプ成形体は、表面にめっき層を備えてもよい。
[4]上記[1]〜[3]のいずれか1項に記載のホットスタンプ成形体は、一部に軟化領域を有してもよい。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、優れた強度および靱性を有するホットスタンプ成形体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】旧オーステナイト粒の粒界の平均Mn濃度の測定に用いる試験片の形状を示す図である。
図2】T2−冷却停止温度と、旧オーステナイト粒の粒界の平均Mn濃度との関係を示す図である。
図3】T2−冷却停止温度と、旧オーステナイト粒の平均粒径との関係を示す図である。
図4】加熱温度T2での保持時間と、旧オーステナイト粒の粒界の平均Mn濃度との関係を示す図である。
図5】加熱温度T2での保持時間と、旧オーステナイト粒の平均粒径との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本実施形態に係るホットスタンプ成形体およびその製造方法について詳細に説明する。ただし、本発明は本実施形態に開示の構成のみに制限されることなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。
【0027】
<ホットスタンプ成形体の化学組成>
まず、本実施形態に係るホットスタンプ成形体の化学組成の限定理由について説明する。以下、化学組成についての%は全て質量%を意味する。「以上」または「以下」と示す数値には、その値が数値範囲に含まれる。「未満」または「超」と示す数値には、その値が数値範囲に含まれない。
【0028】
本実施形態に係るホットスタンプ成形体は、質量%で、C:0.40%以上、0.70%以下、Si:0.010%以上、1.30%以下、Mn:0.40%以上、3.00%以下、sol.Al:0.0010%以上、0.500%以下、Ti:0.010%以上、0.100%以下、Cr:0.010%以上、0.80%以下、B:0.0005%以上、0.0100%以下、P:0.100%以下、S:0.0100%以下、N:0.0100%以下、並びに、残部がFe及び不純物である化学組成を有する。以下、各元素について詳細に説明する。
【0029】
「C:0.40%以上、0.70%以下」
Cは、ホットスタンプ成形体において2000MPa以上の引張強さを得るために重要な元素である。C含有量が0.40%未満では、マルテンサイトが軟質となり、2000MPa以上の引張強さを得ることが困難である。そのため、C含有量は0.40%以上とする。C含有量は、好ましくは0.43%以上、0.45%以上である。一方、C含有量が0.70%超では、粗大な炭化物が生成して破壊が生じやすくなり、ホットスタンプ成形体の靭性が低下する。そのため、C含有量は0.70%以下とする。C含有量は、好ましくは0.60%以下、0.55%以下である。
【0030】
「Si:0.010%以上、1.30%以下」
Siは、粗大なセメンタイトの形成を抑制する効果があり、ホットスタンプ成形体の靭性を確保するために重要な元素である。また、Siは、焼戻し軟化抵抗を有しており、ホットスタンプ焼入れ時の自己焼戻しによる強度低下を抑える作用がある。Si含有量が0.010%未満では上記効果が得られず、ホットスタンプ成形体の靭性が劣化する場合がある。そのため、Si含有量は0.010%以上とする。好ましくは、0.02%以上、0.03%以上である。一方、1.30%超のSiを含有する場合、オーステナイトの安定度が低下し、二回目熱処理時に大傾角粒界へのMnの拡散が十分に進まないことから、ホットスタンプ成形体の靭性が劣化する。そのため、Si含有量は1.30%以下とする。好ましくは、1.20%以下、1.00%以下である。
【0031】
「Mn:0.40%以上、3.00%以下」
Mnは、固溶強化によりホットスタンプ成形体の強度の向上に寄与する元素である。Mn含有量が0.40%未満では、固溶強化能が乏しくマルテンサイトが軟質となり、ホットスタンプ成形体において2000MPa以上の引張強さを得ることは困難である。そのため、Mn含有量は0.40%以上とする。Mn含有量は、好ましくは0.50%以上、0.60%以上である。一方、Mn含有量を3.00%超とすると、鋼中に粗大な介在物が生成して破壊が生じやすくなり、ホットスタンプ成形体の靭性が低下する。そのため、Mn含有量は3.00%以下とする。好ましくは、2.50%以下、2.00%以下、1.50%以下である。
【0032】
「sol.Al:0.0010%以上、0.500%以下」
Alは、溶鋼を脱酸して鋼を健全化する(鋼にブローホールなどの欠陥が生じることを抑制する)作用を有する元素である。sol.Al含有量が0.0010%未満では、脱酸が十分に行われない。そのため、sol.Al含有量は0.0010%以上とする。sol.Al含有量は、好ましくは0.010%以上、0.020%以上、である。一方、sol.Al含有量が0.500%を超えると、鋼中に粗大な酸化物が生成し、ホットスタンプ成形体の靱性が低下する。そのため、sol.Al含有量は0.500%以下とする。好ましくは、0.400%以下、0.350%以下である。
なお、sol.Alとは酸可溶性Alを意味し、固溶状態で鋼中に存在する固溶Alのことを示す。
【0033】
「Ti:0.010%以上、0.100%以下」
Tiは、炭窒化物を形成し、ホットスタンプ加熱時(特に、二回目熱処理時)のオーステナイトの粒成長を抑制する元素である。Ti含有量が0.010%未満では上記効果が得られず、旧オーステナイト粒が粗大化し、ホットスタンプ成形体の靭性が劣化する。そのため、Ti含有量は0.010%以上とする。Ti含有量は、好ましくは0.020%以上、0.025%以上である。一方、0.100%を超えてTiを含有させると、粗大なTiNが生成するため、ホットスタンプ成形体の靭性が劣化する。そのため、Ti含有量は0.100%以下とする。Ti含有量は、好ましくは0.080%以下、0.060%以下である。
【0034】
「Cr:0.010%以上、0.80%以下」
Crは、炭化物形成元素であるとともに炭化物を微細化させて、ホットスタンプ成形体の靭性を向上させる元素である。Cr含有量が0.010%未満では上記効果が得られない。そのため、Cr含有量は0.010%以上とする。Cr含有量は、好ましくは0.10%以上、0.15%以上である。一方、0.80%超のCrを含有させても上記効果は飽和する。また、旧オーステナイト粒界のMn偏析サイトを埋めてしまい、一回目熱処理時のMnの旧オーステナイト粒界への偏析を阻害する。その結果、旧オーステナイト粒内のMn量が増加し、ホットスタンプ成形体の靭性が劣化する場合がある。そのため、Cr含有量は0.80%以下とする。Cr含有量は、好ましくは0.60%以下、0.50%以下、0.40%以下である。
【0035】
「B:0.0005%以上、0.0100%以下」
Bは、粒界に偏析して鋼の焼き入れ性を高める元素である。B含有量が0.0005%未満では上記効果が得られず、フェライトが形成される場合がある。その結果、2000MPa以上の引張強さを得ることが困難となる場合およびホットスタンプ成形体の靭性が劣化する場合がある。そのため、B含有量は0.0005%以上とする。B含有量は、好ましくは0.0010%以上、0.0015%以上、0.0020%以上である。一方、Bは旧オーステナイト粒界に偏析しやすいため、0.0100%を超えて含有させると、一回目熱処理時に、旧オーステナイト粒界へのMnの偏析を阻害する。その結果、旧オーステナイト粒内のMnが増加し、ホットスタンプ成形体の靭性が劣化する場合がある。よって、B含有量は0.0100%以下とする。B含有量は、好ましくは0.0075%以下、0.0050%以下である。
【0036】
「P:0.100%以下」
Pは、粒界に偏析し、粒界の強度を低下させる元素である。P含有量が0.100%を超えると、粒界の強度が著しく低下して、ホットスタンプ成形体の靱性が低下する。そのため、P含有量は0.100%以下とする。P含有量は、好ましくは0.050%以下、0.030%以下である。P含有量の下限は特に限定しないが、0.0001%未満に低減すると、脱Pコストが大幅に上昇し、経済的に好ましくない。実操業上、P含有量は0.0001%以上としてもよい。
【0037】
「S:0.0100%以下」
Sは、鋼中に介在物を形成する元素である。S含有量が0.0100%を超えると、鋼中に多量の介在物が生成し、ホットスタンプ成形体の靱性が低下する。そのため、S含有量は0.0100%以下とする。S含有量は、好ましくは0.0040%以下である。S含有量の下限は特に限定しないが、0.00015%未満に低減すると、脱Sコストが大幅に上昇し、経済的に好ましくない。実操業上、S含有量は0.00015%以上、0.0002%以上としてもよい。
【0038】
「N:0.0100%以下」
Nは、不純物元素であり、鋼中に窒化物を形成してホットスタンプ成形体の靱性を劣化させる元素である。N含有量が0.0100%を超えると、鋼中に粗大な窒化物が生成されて、ホットスタンプ成形体の靱性が著しく低下する。そのため、N含有量は0.0100%以下とする。N含有量は、好ましくは0.0075%以下、0.0050%以下である。N含有量の下限は特に限定しないが、0.0001%未満に低減すると、脱Nコストが大幅に上昇し、経済的に好ましくない。実操業上、N含有量は0.0001%以上としてもよい。
【0039】
本実施形態に係るホットスタンプ成形体の化学組成の残部は、Feおよび不純物である。不純物としては、鋼原料もしくはスクラップから不可避的に混入した元素、製鋼過程で不可避的に混入した元素、および/または、意図的に微量添加された元素であって、本実施形態に係るホットスタンプ成形体の特性を阻害しない範囲で許容される元素が例示される。
【0040】
本実施形態に係るホットスタンプ成形体では、Feの一部に代えて、下記任意元素を含有させてもよい。下記任意元素を含有させない場合の含有量の下限は0%である。以下、各任意元素について詳細に説明する。
【0041】
「Nb:0%以上、0.100%以下」
Nbは、固溶強化によりホットスタンプ成形体の強度を向上させるとともに炭窒化物を形成することにより旧オーステナイト粒の細粒化に寄与する元素である。そのため、必要に応じてNbを含有させても良い。Nbを含有させる場合、上記効果を確実に発揮させるために、Nb含有量は0.010%以上とすることが好ましい。Nb含有量は、より好ましくは0.035%以上である。一方、0.100%を超えてNbを含有させると、炭窒化物が過剰に生成し、ホットスタンプ成形体の靭性が低下する場合がある。そのため、Nb含有量は0.100%以下とすることが好ましい。Nb含有量は、より好ましくは0.080%以下である。
【0042】
「Mo:0%以上、1.00%以下」
Moは、固溶強化によりホットスタンプ成形体の強度を向上させるとともに、鋼の焼き入れ性を高め、靭性を劣化させるフェライトの形成を抑制する元素である。そのため、必要に応じてMoを含有させても良い。Moを含有させる場合、上記効果を確実に発揮させるために、Mo含有量は0.01%以上とすることが好ましい。Mo含有量は、より好ましくは0.02%以上である。一方、1.00%を超えてMoを含有させても上記効果は飽和するばかりか、合金コストの上昇を引き起こす。そのため、Mo含有量は1.00%以下とすることが好ましい。Mo含有量は、より好ましくは0.80%以下である。
【0043】
「V:0%以上、0.100%以下」
Vは、固溶強化によりホットスタンプ成形体の強度を向上させる元素である。この効果を確実に得るためには、V含有量は0.001%以上とすることが好ましい。より好ましくは、V含有量は0.050%以上である。一方、V含有量が0.100%を超えると、炭窒化物が過剰に生成し、ホットスタンプ成形体の靱性が低下する。そのため、V含有量は0.100%以下とすることが好ましい。V含有量は、より好ましくは0.090%以下である。
【0044】
「Ni:0%以上、0.50%以下」
Niは、オーステナイトに固溶し、鋼の焼き入れ性を高める作用を有するとともに、ホットスタンプ成形体の靭性を向上させる元素である。上記効果を確実に得るためには、Ni含有量を0.001%以上とすることが好ましい。より好ましくは、0.01%以上である。一方、0.50%を超えてNiを含有させても上記効果は飽和するとともに合金コストの上昇を引き起こす。そのため、Ni含有量は0.50%以下とすることが好ましい。より好ましくは、0.40%以下である。
【0045】
「REM:0%以上、0.0100%以下」
REMは、溶鋼を脱酸して鋼を健全化する作用を有する元素であるとともに、ホットスタンプ成形体の靭性を向上させる元素である。そのため、必要に応じてREMを含有させてもよい。上記効果を確実に得るためには、REM含有量は0.0010%以上とすることが好ましい。より好ましくは、0.0020%以上である。一方、0.0100%を超えてREMを含有させても上記効果が飽和して、コストの上昇を引き起こす。そのため、REM含有量は0.0100%以下とすることが好ましい。より好ましくは、0.0080%以下である。
なお、本実施形態においてREMとは、Sc、Y及びランタノイドからなる合計17元素を指す。本実施形態では、REMの含有量とはこれらの元素の合計含有量を指す。ランタノイドの場合、工業的にはミッシュメタルの形で添加される。
【0046】
「Mg:0%以上、0.0100%以下」
Mgは、溶鋼を脱酸して鋼を健全化する作用を有する元素であり、ホットスタンプ成形体の靭性を向上させる。そのため、必要に応じてMgを含有させてもよい。上記効果を確実に得るためには、Mg含有量は0.0010%以上とすることが好ましい。より好ましくは、0.0020%以上である。一方、0.0100%を超えてMgを含有させても、上記効果は飽和してコストの上昇を引き起こす。そのため、Mg含有量は0.0100%以下とすることが好ましい。より好ましくは、0.0080%以下である。
【0047】
「Ca:0%以上、0.0100%以下」
Caは、溶鋼を脱酸して鋼を健全化する作用を有する元素であり、ホットスタンプ成形体の靭性を向上させる。そのため、必要に応じてCaを含有させてもよい。上記効果を確実に得るためには、Ca含有量は0.0010%以上とすることが好ましい。より好ましくは、0.0020%以上である。一方、0.0100%を超えてCaを含有させても、上記効果は飽和してコストの上昇を引き起こす。そのため、Ca含有量は0.0100%以下とすることが好ましい。より好ましくは、0.0080%以下である。
【0048】
「Co:0%以上、4.00%以下」
Coは、マルテンサイト開始温度(Ms点)を上昇させる作用を有する元素であり、ホットスタンプ成形体の靭性を向上させる。そのため必要に応じてCoを含有させてもよい。Coを含有させる場合、上記効果を確実に発揮させるためには、Co含有量は0.10%以上とすることが好ましい。より好ましくは0.20%以上である。一方、Co含有量が4.00%超を超えると鋼の焼き入れ性が低下し、2000MPa以上の引張強さを得ることが困難となる。そのため、Co含有量は4.00%以下とすることが好ましい。より好ましくは3.00%以下である。
【0049】
上述したホットスタンプ成形体の化学組成は、一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、ICP−AES(Inductively Coupled Plasma−Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。なお、sol.Alは、試料を酸で加熱分解した後の濾液を用いてICP−AESによって測定すればよい。CおよびSは燃焼−赤外線吸収法を用い、Nは不活性ガス融解−熱伝導度法を用いて測定すればよい。
【0050】
<ホットスタンプ成形体のミクロ組織>
次に、本実施形態に係るホットスタンプ成形体のミクロ組織について説明する。本実施形態において、ホットスタンプ成形体のミクロ組織とは、表面から板厚t/4位置(tは板厚)を中心とした、表面から板厚t/8深さ〜表面から板厚3t/8深さの領域におけるミクロ組織を意味する。
本実施形態に係るホットスタンプ成形体は、ミクロ組織中の旧オーステナイト粒の平均粒径が5.0μm以下であり、前記旧オーステナイト粒の粒界の平均Mn濃度が1.0質量%以下である。以下、各規定について説明する。
【0051】
「旧オーステナイト粒の平均粒径が5.0μm以下であり、前記旧オーステナイト粒の粒界の平均Mn濃度が1.0質量%以下」
ホットスタンプ成形体において優れた靭性を得るためには、ミクロ組織は微細であるほど好ましい。本発明者らは、引張強さが2000MPaを超える高強度のホットスタンプ成形体では、旧オーステナイト粒の平均粒径が5.0μmを超えると靭性が劣化することを知見した。従って、旧オーステナイト粒の平均粒径は5.0μm以下とする。より好ましくは、4.5μm以下、4.0μm以下、3.5μm以下である。
旧オーステナイト粒の平均粒径は、1.0μm以上、または2.0μm以上としてもよい。
【0052】
また、本発明者らは、ホットスタンプ成形体において優れた靭性を得るためには、旧オーステナイト粒の粒界(旧オーステナイト粒界)のMn濃度を低下させることが重要であることも知見した。旧オーステナイト粒界に多量のMnが偏在すると、延性破壊限界を著しく劣化させ、衝突時の破壊起点となる。その結果、ホットスタンプ成形体の靭性が劣化する。旧オーステナイト粒界の平均Mn濃度が1.0質量%を超えると、破壊感受性が高まり、ホットスタンプ成形体の靭性を著しく劣化させる。従って、旧オーステナイト粒界の平均Mn濃度は1.0質量%以下とする。好ましくは、0.8質量%以下、0.6質量%以下、0.5質量%以下である。
旧オーステナイト粒界の平均Mn濃度は、0.1質量%以上、または0.2質量%以上としてもよい。
【0053】
(旧オーステナイト粒の平均粒径の測定方法)
旧オーステナイト粒の平均粒径は、次の方法により測定する。
まず、ホットスタンプ成形体を540℃で24hr熱処理する。これにより、旧オーステナイト粒界の腐食が促進される。熱処理は、炉加熱や通電加熱によって行えばよく、昇温速度は0.1〜100℃/s、冷却速度は0.1〜150℃/sとする。熱処理後のホットスタンプ成形体の中央部(端部を避けた部分)から板面に垂直な板厚断面を切り出す。この板厚断面を#600から#1500の炭化珪素ペーパーを使用して研磨した後、粒度1〜6μmのダイヤモンドパウダーをアルコール等の希釈液や純水に分散させた液体を使用して鏡面に仕上げる。この板厚断面を観察面とする。
【0054】
次に、3〜4%硫酸−アルコール(又は水)溶液(%は体積%である)に観察面を1分間浸漬し、旧オーステナイト粒界を現出させる。浸漬作業は、排気処理装置内で実施し、作業雰囲気の温度は常温(10〜30℃、以下同じ。)とする。旧オーステナイト粒界を現出させた観察面をアセトンまたはエチルアルコールで洗浄し、乾燥した後、観察面を走査型電子顕微鏡で観察する。使用する走査型電子顕微鏡は、2次電子検出器を装備しているものとする。
【0055】
9.6×10−5Pa以下の真空において、加速電圧15kV、照射電流レベル13にて試料に電子線を照射し、ホットスタンプ成形体の表面から板厚t/8深さ〜表面から板厚3t/8深さの領域の二次電子像を撮影する。撮影倍率は、横386mm×縦290mmの画面を基準として4000倍とし、撮影視野数は10視野以上とする。
【0056】
撮影した二次電子像においては、旧オーステナイト粒界が明るいコントラストとして撮像される。撮影視野に含まれる旧オーステナイト粒について最も短い直径と最も長い直径とを測定し、これらの平均値を算出することで、観察された旧オーステナイト粒の粒径を得る。撮影視野の端部等、旧オーステナイト粒の全体が撮影視野に含まれていない場合、その旧オーステナイト粒については粒径を測定しない。全撮影視野における全ての旧オーステナイト粒について粒径を算出し、これらの平均値を算出することで、旧オーステナイト粒の平均粒径を得る。なお、旧オーステナイト粒の平均粒径は、算出して得た旧オーステナイト粒の粒径の総和を、粒径を測定した旧オーステナイト粒の総数で除した値である。
【0057】
(旧オーステナイト粒の粒界の平均Mn濃度の測定方法)
旧オーステナイト粒の粒界の平均Mn濃度の測定方法について説明する。
ホットスタンプ成形体の中央部(端部を避けた部分)から、図1に示す寸法の試験片を作製する。試験片は、板厚(図1中の紙面に垂直な方向の試験片長さ)が1.2mmとなるように、その表裏面を同量ずつ機械研削によって除去する。試験片の長さ方向(図1中の左右方向)の中央部には、切れ込みが設けられる。この切れ込みは、厚さ1mmのワイヤーカッターを挿入して形成する。試験片の幅方向(図1中の上下方向)において、切れ込み底と、切り込みが設けられていない側面との距離は、100〜200μmに制御する。
【0058】
次に、試験片を20%−チオシアン酸アンモニウム溶液(%は体積%である)に24〜48hr浸漬させる。浸漬完了後0.5hr以内に試験片の表裏面に亜鉛めっきを施す。亜鉛めっき後は、1.5hr以内にオージェ電子発光分光分析に供する。オージェ電子発光分光分析を実施するための装置の種類は特に限定されない。試験片を分析装置内にセッティングし、9.6×10−5Pa以下の真空において、試験片の切れ込み部分から破壊して、旧オーステナイト粒界を露出させる。露出した旧オーステナイト粒界に、1〜30kVの加速電圧で電子線を照射し、旧オーステナイト粒界におけるMn濃度(質量%)を測定する。測定は、3つ以上の旧オーステナイト粒について、各旧オーステナイトの粒界で10ヶ所以上の位置において実施する。旧オーステナイト粒界の汚染を防ぐため、破壊後30分以内に測定を完了する。得られたMn濃度(質量%)の平均値を算出することで、旧オーステナイト粒界の平均Mn濃度を得る。
【0059】
ホットスタンプ成形体のミクロ組織は特に限定されないが、マルテンサイト(フレッシュマルテンサイトおよび焼戻しマルテンサイトを含む)、上部ベイナイト、下部ベイナイトおよび残留オーステナイト、並びに、鉄炭化物および/または合金炭化物を含んでもよい。
好ましくは、ミクロ組織は、マルテンサイト(フレッシュマルテンサイトおよび焼戻しマルテンサイトを含む)が主相(面積率で90%以上)であり、残部組織(上部ベイナイト、下部ベイナイトおよび残留オーステナイト、並びに、鉄炭化物および/または合金炭化物)の面積率が10%以下である。マルテンサイトの面積率は、より好ましくは95%以上であり、更に好ましくは100%である。残部組織の面積率は、マルテンサイトの面積率との関係から、より好ましくは5%以下、更に好ましくは0%であることが好ましい。
【0060】
(マルテンサイトの面積率の測定方法)
マルテンサイトの面積率の測定は以下の方法により行う。
ホットスタンプ成形体の端面から50mm以上離れた位置(または端部を避けた位置)から、板厚断面が観察できるようにサンプルを採取する。観察面を研磨した後、ナイタール腐食を行い、炭化物および結晶粒界のコントラストを明瞭にする。次に、2次電子検出器を装備した電解放射型走査型電子顕微鏡(FE−SEM)を用い、サンプルの板厚t/4位置を中心とした領域(表面から板厚の1/8深さ〜表面から板厚の3/8深さの領域)について、5000倍の撮影倍率で2次電子像を撮影する。
【0061】
上記方法により得た撮影写真において、マルテンサイト以外の相(フェライト、パーライト、上部ベイナイト、下部ベイナイトおよび残留オーステナイトなど)とマルテンサイト(フレッシュマルテンサイトおよび焼戻しマルテンサイト)とを区別する。上部ベイナイト、下部ベイナイトおよび焼戻しマルテンサイトはラス状の結晶粒内の鉄炭化物の有無及び、鉄炭化物の伸長方向により区別することができる。フレッシュマルテンサイトはナイタールエッチングでは充分にエッチングされないため、エッチングされる他の組織とは区別が可能である。ただし、残留オーステナイトもマルテンサイト同様に充分にエッチングされないため、後述の方法で得られる残留オーステナイトの面積率との差分を求めることで、フレッシュマルテンサイトの面積率を得る。
【0062】
上部ベイナイトはラス状結晶粒の集合からなる相であり、ラス間に炭化物の析出を伴う。
下部ベイナイトおよび焼戻しマルテンサイトもラス状結晶粒の集合からなる相であるが、ラス内部に炭化物を含む相である。下部ベイナイトと焼戻しマルテンサイトとは炭化物の伸長方向により区別する。下部ベイナイトの炭化物は単一のバリアントを有し、一つの結晶粒内に存在する炭化物の角度差は5°以内であり、実質的に単一の方向を有する。一方、焼戻しマルテンサイトの炭化物は複数のバリアントを有し、一つの結晶粒内に存在する炭化物は複数の方向に伸長している。これらの差異より、下部ベイナイトと焼戻しマルテンサイトとを区別する。
【0063】
上記撮影写真を得た観察領域と同じ領域について、残留オーステナイトの面積率を測定する。観察面を#600から#1500の炭化珪素ペーパーを使用して研磨した後、粒度1〜6μmのダイヤモンドパウダーをアルコール等の希釈液や純水に分散させた液体を使用して鏡面に仕上げる。次に、室温においてアルカリ性溶液を含まないコロイダルシリカを用いて8分間研磨し、観察面の表層に導入されたひずみを除去する。観察面について、0.1μmの測定間隔で電子後方散乱回折法により測定を行い、結晶方位情報を得る。測定には、サーマル電界放射型走査電子顕微鏡(JEOL製JSM−7001F)とEBSD検出器(TSL製DVC5型検出器)とで構成された装置を用いる。この際、装置内の真空度は9.6×10−5Pa以下、加速電圧は15kv、照射電流レベルは13、電子線の照射レベルは62とする。得られた結晶方位情報をEBSD解析装置に付属のソフトウェア「OIM Analysis(登録商標)」に搭載された「Phase Map」機能を用いて、fcc構造である残留オーステナイトの面積率を算出することで、残留オーステナイトの面積率を得る。
【0064】
上述した方法により組織の区別を行い、マルテンサイト(フレッシュマルテンサイトおよび焼戻しマルテンサイト)の面積率を求める。
残部組織の面積率は、100%からマルテンサイトの面積率を差し引くことで得る。
【0065】
「円相当直径が0.20μm以上である炭化物の個数密度が0.5個/μm以下」
ホットスタンプ成形体のミクロ組織において、粗大な炭化物が多く含まれると、ホットスタンプ成形体の靭性が劣化する場合がある。そのため、粗大な炭化物量は極力少ないことが望ましい。本実施形態では、円相当直径が0.20μm以上である炭化物の個数密度は、0.5個/μm以下とすることが好ましい。より好ましくは、0.3個/μm以下、0.2個/μm以下である。円相当直径が0.20μm以上である炭化物の個数密度は少ない程好ましいため、0個/μmとしてもよい。
【0066】
(炭化物の個数密度の測定方法)
ホットスタンプ成形体の板厚断面が観察面となるように試料を採取し、観察面を電界研磨によって仕上げる。その後、表面から板厚t/8深さ〜表面から板厚3t/8深さの領域を、倍率20000倍で10視野以上観察する。画像解析により、観察された各炭化物の面積から、各炭化物の円相当直径を求める。円相当直径が0.20μm以上である炭化物の個数密度を算出することで、円相当直径が0.20μm以上である炭化物の個数密度を得る。
なお、本実施形態では、マルテンサイト中のラス内あるいはラス状に存在する長径5nm以上の粒子を炭化物とみなす。
【0067】
「引張強さ」
本実施形態に係るホットスタンプ成形体は、引張(最大)強さが2000MPa以上であってもよい。好ましくは、2200MPa以上である。上限は特に限定しないが、2600MPa以下、2500MPa以下としてもよい。
【0068】
引張(最大)強さは、ホットスタンプ成形体の出来るだけ平坦な位置から、JIS Z 2241:2011に記載の5号試験片を作製して、JIS Z 2241:2011に記載の試験方法に従って求める。
【0069】
「靭性」
本実施形態に係るホットスタンプ成形体は、早期破断特性の指標である値が0.60MPa/Hv以上であり、且つ硬度ばらつき(ΔHv)が50Hv以下であってもよい。早期破断特性の指標である値は、引張強さ(単位:MPa)を、後述の方法により得られる平均硬さ(単位:Hv)に3.3を乗じた値で除した値(引張強さ/(平均硬さ×3.3))である。この値は、好ましくは、0.75MPa/Hv以上、0.80MPa/Hv以上である。平均硬さに3.3を乗じた値は、硬さから推定される推定引張強さであり、引張強さの実測値が推定引張強さの0.60MPa/Hv倍以上であれば、早期破断特性に優れるため、靭性に優れると判断することができる。
【0070】
硬度ばらつき(ΔHv)が50Hv以下であれば、2000MPa以上の引張強さを有するホットスタンプ成形体において、外部から変形(応力)が生じる場合に、応力集中が生じにくいため、靭性に優れると判断することができる。硬度ばらつき(ΔHv)は、好ましくは40Hv以下、30Hv以下、20Hv以下である。
【0071】
早期破断特性の指標の算出に用いる平均硬さは以下の方法により測定する。
ホットスタンプ成形体の任意の位置(端部を避けた位置)から表面に垂直な板厚断面が観察できるように試験片を切り出す。試験片の長さは、測定装置にもよるが、10mm程度で良い。試験片の板厚断面を#600から#1500の炭化珪素ペーパーを使用して研磨した後、粒度1〜6μmのダイヤモンドパウダーをアルコール等の希釈液や純水に分散させた液体を使用して鏡面に仕上げる。この板厚断面を測定面とする。マイクロビッカース硬さ試験機を用いて、測定面の板厚t/4位置(表面から板厚t/8深さ〜表面から板厚3t/8深さの領域)において、荷重1kgfで圧痕の3倍以上の間隔でビッカース硬さを測定する。合計で20点測定し、それらの平均値を算出することで、ビッカース硬さの平均値(平均硬さ)を得る。
なお、硬度ばらつき(ΔHv)は、上述の方法で平均硬さを求めた際に得られた、20点におけるビッカース硬さの最大値と最小値との差を算出することで得る。
【0072】
本実施形態に係るホットスタンプ成形体は、ホットスタンプ用鋼板に対し、一回目熱処理および二回目熱処理を行う製造方法により得ることができる。一回目熱処理を行うことで、旧オーステナイト粒内には多量の大傾角粒界が形成される。二回目熱処理時に、旧オーステナイト粒界から、旧オーステナイト粒内の大傾角粒界にMnが拡散する。その結果、ホットスタンプ成形体のミクロ組織において、旧オーステナイト粒界のMn濃度を低減することができる。すなわち、本実施形態に係るホットスタンプ成形体に加工されるホットスタンプ用鋼板(一回目熱処理後且つ二回目熱処理前の鋼板)では、十分な量の大傾角粒界が形成されていることが好ましい。
【0073】
本実施形態に係るホットスタンプ成形体に加工されるホットスタンプ用鋼板は、板厚t/4位置(表面から板厚t/8深さ〜表面から板厚3t/8深さの領域)における大傾角粒界の割合が40%以上であることが好ましい。ただし、ホットスタンプ用鋼板の大傾角粒界の割合が40%未満であっても、一回目熱処理以降の製造条件によっては、本実施形態に係るホットスタンプ成形体を製造することができるので、ホットスタンプ用鋼板の大傾角粒界の割合は特に限定されない。
【0074】
(大傾角粒界の割合の算出方法)
ホットスタンプ用鋼板の大傾角粒界の割合の算出方法について説明する。
ホットスタンプ用鋼板の任意の位置から表面に垂直な断面(板厚断面)が観察できるように試験片を切り出す。試験片の長さは、測定装置にもよるが、10mm程度で良い。試験片の断面を#600から#1500の炭化珪素ペーパーを使用して研磨した後、粒度1〜6μmのダイヤモンドパウダーをアルコール等の希釈液や純水に分散させた液体を使用して鏡面に仕上げる。この板厚断面を観察面とする。
【0075】
次に、室温においてアルカリ性溶液を含まないコロイダルシリカを用いて観察面を8分間研磨し、試験片の表層に導入されたひずみを除去する。観察面の長手方向の任意の位置において、鋼板の板厚t/4位置(表面から板厚t/8深さ〜表面から板厚3t/8深さの領域)を、0.1μmの測定間隔で電子後方散乱回折法により測定して結晶方位情報を得る。測定には、サーマル電界放射型走査電子顕微鏡(JEOL製JSM−7001F)とEBSD検出器(TSL製DVC5型検出器)とで構成された装置を用いる。この際、装置内の真空度は9.6×10−5Pa以下、加速電圧は15kv、照射電流レベルは13、電子線の照射時間は0.01秒/点とする。
【0076】
得られた結晶方位情報をEBSD解析装置に付属のソフトウェア「OIM Analysis(登録商標)」に搭載された「Image Quality」機能を用いて、隣接する結晶格子間の回転角が15°以上である粒界の長さと、回転角が15°未満である粒界の長さの合計に対して、回転角が15°以上である粒界の長さの割合を算出する。この機能では、体心立方構造を持つ結晶粒の粒界について、任意の回転角を持つ粒界の合計の長さを算出することができる。測定領域に含まれる全ての結晶粒について、これらの粒界の合計の長さを算出し、回転角が15°以上である粒界の長さの割合を求める。この割合を、大傾角粒界の割合とする。
【0077】
<ホットスタンプ成形体の製造方法>
次に、本実施形態に係るホットスタンプ成形体の好ましい製造方法について説明する。まず、本実施形態に係るホットスタンプ成形体に適用されるホットスタンプ用鋼板の製造方法について説明する。
【0078】
(ホットスタンプ用鋼板の製造方法)
「加熱工程」
熱間圧延に供する鋼片(鋼材)は、常法で製造した鋼片であればよく、例えば、連続鋳造スラブ、薄スラブキャスターなどの一般的な方法で製造した鋼片であればよい。前述の化学組成を有する鋼材を熱間圧延に供し、熱間圧延工程で1100℃以上の温度域に加熱し、この温度域で20分以上の保持を行うことが好ましい。加熱温度が1100℃未満となる場合または保持時間が20分未満となる場合には、Ti等の粗大介在物の再溶解が進まず、破壊起点として残存するため、ホットスタンプ成形体の靭性が劣化する場合がある。より好ましくは、加熱温度は1200℃以上であり、保持時間は25分以上である。また、加熱温度は1400℃以下が好ましく、保持時間は120分以下が好ましい。
【0079】
「仕上げ圧延工程」
次に、仕上げ圧延の完了温度(仕上げ圧延温度)がAr点以上の温度域となるように熱間圧延を行うことが好ましい。Ar点未満の温度で仕上げ圧延を終了すると、二相域圧延となることから圧延での板形状が劣化する場合がある。このため、仕上げ圧延温度はAr点以上とするのが好ましい。より好ましくはAr点+10℃以上である。また、仕上げ圧延温度は、Ar点+100℃以下とすることが好ましい。
【0080】
Ar点は下記式(1)により表される。式(1)中の各元素記号は、各元素の含有量(質量%)を示す。当該元素を含有しない場合は0を代入する。
Ar点=850+10×(C+N)×Mn+350×Nb+250×Ti+40×B+10×Cr+100×Mo ・・・式(1)
【0081】
「巻取り工程」
仕上げ圧延後の鋼板を750℃以下の温度域でコイル状に巻き取る。巻取り温度が750℃を超えるとスケールが多量に生成し、次工程の酸洗工程でのスケール除去が困難となる。そのため、巻取り温度は750℃以下とすることが好ましい。より好ましくは600℃以下である。また、巻取り温度は、400℃以上とすることが好ましい。
以上の方法により熱延鋼板を得る。
【0082】
上記方法により得られた熱延鋼板については、必要に応じて軟質化を目的とした再加熱処理を実施してもよい。熱延鋼板に対して、冷間圧延を行うことにより冷延鋼板を得てもよく、めっきを付与することによりめっき鋼板を得てもよい。また、連続焼鈍を行ってもよい。
【0083】
冷間圧延は通常の累積圧下率、例えば30〜90%で行う冷間圧延でよい。冷間圧延せずに熱延鋼板をホットスタンプ工程に供してもよい。
【0084】
熱延鋼板または冷延鋼板は、表面にめっき層を備えていてもよい。ホットスタンプ工程におけるスケール生成の抑制、およびホットスタンプ成形体の耐食性向上等の目的に応じて、公知の各種の溶融金属めっきおよび電気めっきなどを施してもよい。
【0085】
溶融金属めっきとしては、溶融亜鉛めっき、合金化溶融亜鉛めっき、溶融アルミニウムめっき、および溶融アルミニウム−亜鉛めっき等が挙げられる。溶融金属めっき層が硬質であると、ホットスタンプ成形時にクラックが生じてホットスタンプ成形体の耐食性が劣化する場合がある。このため、溶融金属めっきは、めっき層が軟質となる溶融亜鉛めっきまたは合金化溶融亜鉛めっきであることが好ましい。
【0086】
溶融金属めっきが溶融亜鉛めっきまたは合金化溶融亜鉛めっきである場合、熱延鋼板または冷延鋼板の表面に施すめっきの付着量は、片面当たり3〜800g/mであることが好ましい。めっき付着量が片面あたり3g/m未満であると、耐食性の向上効果を確実に得ることができない場合がある。一方、めっき付着量が片面当たり800g/mを超えると、溶接時にブローホール等の欠陥が生じ易くなる場合がある。耐食性の向上およびコスト上昇の抑制の観点から、めっき付着量は10〜200g/mであることがより好ましい。
【0087】
ホットスタンプ成形前のめっき層の蒸発を抑制して、ホットスタンプ成形体の耐食性を向上させるためには、めっきが合金化溶融亜鉛めっきであることが好ましい。合金化溶融亜鉛めっきの合金化度としては、めっき層中のFe含有量が3〜25%であることが好ましい。めっき層中のFe含有量が3%未満であると、ホットスタンプ成形時のめっき層の蒸発を十分に抑制できない場合がある。めっき層中のFe含有量が25%超であると、ホットスタンプ成形体のパウダリング性が劣化する場合がある。
【0088】
めっき層の蒸発抑制およびパウダリング性の確保の観点から、めっき層中のFe含有量は7〜18%であることがより好ましい。なお、溶融亜鉛めっき層または合金化溶融亜鉛めっき層の表面にさらに、有機系あるいは無機系の被膜を施してもよい。
【0089】
(ホットスタンプ成形体の製造方法)
上記の方法で得られたホットスタンプ用鋼板を用いて、例えば、下記の製造方法により本実施形態に係るホットスタンプ成形体を製造する。上述の通り本実施形態では、ホットスタンプ成形体において所望のミクロ組織を得るため、二回の熱処理を行う。
【0090】
(一回目熱処理)加熱温度T1:Ac点以上、Ac+200℃以下
本実施形態に係るホットスタンプ成形体は、上記ホットスタンプ用鋼板をホットスタンプ工程に供する前に、一回目熱処理を行う。一回目熱処理では、Ac点以上、Ac点+200℃以下加熱温度T1まで加熱し、この温度T1で保持を行う。この一回目熱処理の加熱において、旧オーステナイト粒界にMnを濃化させる。加熱温度T1がAc点を下回る場合には、旧オーステナイト粒界へのMn濃化が十分に進まず、続く二回目熱処理でMn濃度の低減を十分に行えない。このため、加熱温度T1はAc点以上とする。好ましくはAc点+20℃以上である。一方、加熱温度T1がAc点+200℃超となる場合、旧オーステナイト粒が粗大化し、旧オーステナイト粒の平均粒径を5.0μm以下とすることができない場合がある。このため、加熱温度T1は、Ac+200℃以下とする。加熱温度T1までの平均加熱速度は、1〜30℃/sとすればよい。
Ac点は以下の式(2)より得られる。
【0091】
Ac点(℃)=912−230.5×C+31.6×Si−20.4×Mn−14.8×Cr+16.8×Mo ・・・式(2)
上記式(2)中の各元素記号は、各元素の含有量(質量%)を示す。当該元素を含有しない場合は0を代入する。
【0092】
加熱温度T1まで加熱されたホットスタンプ用鋼板は、その加熱温度T1で保持される。保持時間には制約がないが、60秒〜20分とすることが好ましい。保持時間が60秒未満の場合、炭化物の再溶解が進まず、粗大炭化物が溶け残り、炭化物の個数密度が高くなり過ぎて所望のミクロ組織を得ることができない場合がある。保持時間が20分超の場合、旧オーステナイト粒の過度な粗大化が進み、大傾角粒界の割合が少なくなり、所望のミクロ組織を得ることができない場合がある。
【0093】
(一回目熱処理)冷却停止温度までの平均冷却速度:10℃/s以上、500℃/s以下
上記の加熱温度T1から、後述の冷却停止温度までの平均冷却速度が10℃/s以上、500℃/s以下となるように冷却する。この冷却により、ミクロ組織をマルテンサイト主相とすることで、旧オーステナイト粒内に多量の大傾角粒界が導入される。この大傾角粒界であるブロック界面には、微細なオーステナイトが存在しており、二回目熱処理時のオーステナイトの微細化、および旧オーステナイト粒界のMn濃度の低減に強い影響を及ぼす。すなわち、この大傾角粒界は、二回目熱処理での旧オーステナイト粒界のMnの拡散経路となることから、旧オーステナイト粒界のMn濃度を低下させるのに重要な役割を担う。
【0094】
加熱温度T1から、後述の冷却停止温度までの平均冷却速度が10℃/sを下回る場合には、フェライトなどの軟質相が形成する場合があり、大傾角粒界の導入が不十分となる。その結果、二回目熱処理での旧オーステナイト粒界のMn濃度の低下が不十分となり、旧オーステナイト粒界の平均Mn濃度を1.0質量%以下に低減できない場合がある。従って、平均冷却速度は10℃/s以上とする。好ましくは20℃/s以上である。一方、冷却速度が500℃/s超となる場合、マルテンサイト変態に伴う内部応力が大きくなり、室温までの冷却過程で割れが生じる場合がある。従って、平均冷却速度は500℃/s以下とする。好ましくは300℃/s以下である。
【0095】
(一回目熱処理)冷却停止温度:250℃以上、400℃以下
一回目熱処理の冷却は、単に、マルテンサイトを形成するだけではなく、マルテンサイトのブロック界面にオーステナイトを残存させる必要がある。上述したように、この残存したオーステナイトは、二回目熱処理でのMnの拡散経路となるからである。このオーステナイトの安定化のためには、マルテンサイトから未変態オーステナイトへのC拡散を促進させる必要がある。このために、250℃以上、400℃以下の温度域で冷却を停止する。冷却停止温度が250℃未満の場合、マルテンサイトから未変態オーステナイトへのC拡散が進まない。従って、冷却停止温度は250℃以上とする。好ましくは260℃以上である。冷却停止温度が400℃超となる場合、炭化物が生成し、ブロック間の残留オーステナイトの安定化が進まない。従って、冷却停止温度は400℃以下とする。
【0096】
(一回目熱処理)冷却停止温度以下の平均冷却速度:10℃/s未満
二回目熱処理でのMnの拡散経路となるオーステナイトを残すため、上記冷却停止温度以下の冷却速度を制御し、マルテンサイトから未変態オーステナイトへの炭素拡散を促進させ、オーステナイトを安定化させる必要がある。この作用を発現させるために、冷却停止温度以下の平均冷却速度を10℃/s未満に制御する。好ましくは8℃/s以下である。冷却停止温度以下の冷却速度が10℃/s以上となる場合、マルテンサイトから未変態オーステナイトへの炭素拡散が進まず、オーステナイトの安定度が低くなり、残留オーステナイトを残すことができないため、オーステナイト粒が二回目熱処理時の加熱過程で粗大化するとともに、旧オーステナイト粒界のMn濃度を低減できない場合がある。
【0097】
(二回目熱処理)平均加熱速度:10℃/s以上、1000℃/s以下
一回目熱処理を行ったホットスタンプ用鋼板について、旧オーステナイト粒の微細化、および旧オーステナイト粒界のMn濃度を低減するために、ホットスタンプ時の加熱(二回目熱処理)の平均加熱速度を制御する。二回目熱処理の平均加熱速度を10℃/s以上とすることで、旧オーステナイト粒の粒成長を抑制できる。また、一回目熱処理で導入した大傾角粒界を拡散経路として、旧オーステナイト粒界から大傾角粒界へのMnの拡散を進めることができる。それらの結果、旧オーステナイト粒を微細化すること、および旧オーステナイト粒界のMn濃度を低減することができる。これにより、ホットスタンプ成形体の靭性を向上することができる。このため、平均加熱速度を10℃/s以上とする。好ましくは、30℃/s以上である。一方、平均加熱速度が1000℃/s超となる場合、ホットスタンプ成形体の加熱温度制御が困難となり、部位によって旧オーステナイト粒の平均粒径を5.0μm以下とすることができない場合がある。その結果、ホットスタンプ成形体の靭性が劣化する場合がある。このため、平均加熱速度は1000℃/s以下とする。好ましくは、700℃/s以下である。
【0098】
(二回目熱処理)加熱温度T2:Ac点以上、Ac点+100℃以下
一回目熱処理で形成した残留オーステナイトは、Mnが濃化している。Mnがオーステナイト安定化元素であるために、Ac点が一回目熱処理よりも低下する。この低下したAc点を、「Ac点」と呼称し、二回目熱処理時の加熱温度をT2と呼称する。
【0099】
二回目熱処理時の加熱温度T2をAc点以上、Ac点+100℃以下とすることで、旧オーステナイト粒内の大傾角粒界を拡散経路として、一回目熱処理で旧オーステナイト粒界に濃化したMnを拡散させる。これにより、旧オーステナイト粒界のMn濃度を低下させる。加熱温度T2がAc点未満である場合、旧オーステナイト粒界からMnが十分に拡散せず、旧オーステナイト粒界のMn濃度が1.0質量%を超える場合がある。その結果、ホットスタンプ成形体の靭性が劣化する場合がある。このため、加熱温度T2はAc点以上とする。好ましくはAc+20℃以上である。一方、加熱温度T2がAc点+100℃超となる場合、旧オーステナイト粒の粒成長が進み、旧オーステナイト粒の平均粒径が5.0μmを超える場合がある。その結果、ホットスタンプ成形体の靭性が劣化する場合がある。このため、加熱温度T2はAc点+100℃以下とする。好ましくは、Ac点+80℃以下である。
【0100】
なお、Ac点は、一回目熱処理後のホットスタンプ用鋼板を熱膨張測定に供し、加熱中の熱膨張量の変化から、ミクロ組織が完全にオーステナイト化する温度を求め、この温度をAc点とする。熱膨張測定に用いる装置は、加熱中の熱膨張量を連続的に測定できる装置であればよく、例えば、富士電波工機製の薄板フォーマスタ試験機を使用すればよい。
【0101】
加熱温度T2での保持時間は、10秒超、60秒以下とする。保持時間が10秒以下であると旧オーステナイト粒界から大傾角粒界へのMn拡散が十分に進まないため、旧オーステナイト粒界のMn量を低減できない場合がある。保持時間が60秒超であると、旧オーステナイト粒の成長が進み、靭性が劣化する場合がある。旧オーステナイト粒の微細化とオーステナイト粒界から大傾角粒界へのMn拡散のバランスを考慮した好ましい保持時間は、20秒以上、30秒以下である。
【0102】
また、一回目熱処理時の冷却停止温度と、二回目熱処理時の加熱温度T2との差(T2−冷却停止温度)は600℃未満とする。T2−冷却停止温度が600℃以上であると、二回目熱処理時の加熱段階でオーステナイトの粒成長が進み、旧オーステナイト粒の平均粒径が5.0μm超となる場合および/または旧オーステナイト粒界の平均Mn濃度が高くなる場合がある。より好ましくは、一回目熱処理時の冷却停止温度と、二回目熱処理時の加熱温度T2との差(T2−冷却停止温度)は570℃以下である。
【0103】
図2は、実施例における、T2−冷却停止温度と旧オーステナイト粒の粒界の平均Mn濃度との関係を示す図である。図3は、実施例における、T2−冷却停止温度と旧オーステナイト粒の平均粒径との関係を示す図である。
図2に示す通り、T2−冷却停止温度を600℃未満とすることで、旧オーステナイト粒の粒界の平均Mn濃度が1.0質量%以下となることが分かる。また、図3に示す通り、T2−冷却停止温度を600℃未満とすることで、旧オーステナイト粒の平均粒径が5.0μm以下となることが分かる。
なお、図2および図3の発明例および比較例は、実施例における全発明例および全比較例のうち一部を抽出したものである。
【0104】
図4は、実施例における、加熱温度T2での保持時間と旧オーステナイト粒の粒界の平均Mn濃度との関係を示す図である。図5は、実施例における、加熱温度T2での保持時間と旧オーステナイト粒の平均粒径との関係を示す図である。
図4に示す通り、加熱温度T2での保持時間を10秒超、60秒以下とすることで、旧オーステナイト粒の粒界の平均Mn濃度が1.0質量%以下となることが分かる。また、図5に示す通り、加熱温度T2での保持時間を10秒超、60秒以下とすることで、旧オーステナイト粒の平均粒径が5.0μm以下となることが分かる。
なお、図4および図5の発明例および比較例は、実施例における全発明例および全比較例のうち一部を抽出したものである。
【0105】
加熱温度T2に加熱され、保持されたホットスタンプ用鋼板は、ホットスタンプにより、ホットスタンプ成形体とされ、下記の冷却速度で冷却される。
【0106】
(二回目熱処理)ホットスタンプ成形後から200℃までの温度域の平均冷却速度:10℃/s以上、500℃/s以下
ホットスタンプ成形後から200℃までの温度域の平均冷却速度を10℃/s以上、500℃/s以下に制御することにより、ホットスタンプ成形体のミクロ組織をマルテンサイト(フレッシュマルテンサイトおよび焼戻しマルテンサイトを含む)主相とする。平均冷却速度が10℃/s未満の場合、焼きが十分に入らず、ミクロ組織中にフェライト等の軟質相が形成され、ホットスタンプ成形体の靭性が劣化する。このため、平均冷却速度を10℃/s以上とする。好ましくは30℃/s以上である。一方、平均冷却速度が500℃/s超となる場合、マルテンサイトの自己焼戻しが十分に進まず、ミクロ組織中の内部応力が高くなり、ホットスタンプ成形体の靭性が劣化する場合がある。このため、平均冷却速度を500℃/s以下とする。好ましくは、300℃/s以下である。
【0107】
ホットスタンプ成形後に強度調整を目的として、100℃〜600℃の温度域に加熱し、当該温度域で保持する焼戻しを行ってもよい。また、ホットスタンプ成形体の変形能向上を目的として、ホットスタンプして冷却した後に、ホットスタンプ成形体の一部に軟化領域を形成してもよい。ここでいう軟化領域とは、ホットスタンプ成形体の一部(例えばフランジ部)だけにレーザーを照射して焼戻して形成した領域を意味する。
【実施例】
【0108】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0109】
表1〜3に示す化学組成を有する鋼を溶製し、連続鋳造によって鋼片を得た。当該鋼片を1150℃に加熱し、当該温度域で30分間保持した後、仕上げ圧延温度が940℃となるように熱間圧延を行うことで熱延鋼帯を得た。得られた熱延鋼帯を580℃でコイル状に巻き取った。この熱延鋼帯に対し、累積圧下率が50%となる条件で冷間圧延を行い、厚さ1.4mmのホットスタンプ用鋼板(冷延鋼板)を得た。
【0110】
一部のホットスタンプ用鋼板には溶融亜鉛めっきを施して、ホットスタンプ用めっき鋼板を得た。めっきの付着量は、片面あたり10〜200g/mとした。溶融亜鉛めっきを施したホットスタンプ用鋼板については、表4〜8中の「めっき」の欄に「有り」と記載した。
【0111】
各ホットスタンプ用鋼板およびホットスタンプ用めっき鋼板(以下、「ホットスタンプ用鋼板」と総称する。)について、表4〜8に示す一回目熱処理(前熱処理)および二回目熱処理を実施し、ホットスタンプを実施して、ホットスタンプ成形体を得た。なお、表4〜8中の「冷却1」は加熱温度T1から、「250℃以上、400℃以下の冷却停止温度」までの冷却を示し、「冷却2」は冷却停止温度以下の温度域の冷却を示し、「冷却3」は、ホットスタンプ成形後から200℃までの温度域の平均冷却速度を示す。
【0112】
また、一部のホットスタンプ成形体には、強度調整を目的として、100〜600℃の温度域に加熱して保持する、焼戻しを施した。焼戻しを施したホットスタンプ成形体については、表4〜8中の「焼鈍」の欄に「有り」と記載した。
更に、一部のホットスタンプ成形体には、ホットスタンプ成形体の一部にレーザーを照射することで200℃に加熱して、部分軟化領域を形成した。部分軟化領域を形成したホットスタンプ成形体については、表9〜13中の「部分軟化領域」の欄に「有り」と記載した。
【0113】
ホットスタンプ用鋼板およびホットスタンプ成形体について、上述の測定方法によりミクロ組織の測定を行った。また、ホットスタンプ成形体の機械特性を測定した。その結果を、表9〜13に示す。ホットスタンプ成形体の機械特性は、以下の方法により測定し、評価した。
なお、表6および表11の試験No.66は、一回目熱処理時の冷却速度が速すぎて割れが発生したため、ホットスタンプ成形体のミクロ組織等について観察を行わなかった。
【0114】
「引張強さ」
ホットスタンプ成形体の引張強さは、ホットスタンプ成形体の出来るだけ平坦な位置から、JIS Z 2241:2011に記載の5号試験片を作製し、JIS Z 2241:2011に記載の試験方法に従って求めた。引張強さが2000MPa以上であった場合、優れた強度を有するとして合格と判定した。一方、引張強さが2000MPa未満であった場合、優れた強度を有しないとして不合格と判定した。
【0115】
「硬さ」
ホットスタンプ成形体の任意の位置(端部を避けた位置)から表面に垂直な断面(板厚断面)が観察できるように試験片を切り出した。試験片の長さは、10mm程度とした。試験片の板厚断面を#600から#1500の炭化珪素ペーパーを使用して研磨した後、粒度1〜6μmのダイヤモンドパウダーをアルコール等の希釈液や純水に分散させた液体を使用して鏡面に仕上げた。この板厚断面を測定面とした。マイクロビッカース硬さ試験機を用いて、測定面の板厚t/4位置(表面から板厚t/8深さ〜表面から板厚3t/8深さの領域)において、荷重1kgfで、圧痕の3倍以上の間隔でビッカース硬さを測定した。合計で20点測定し、それらの平均値を算出することで、ビッカース硬さの平均値(平均硬さ)を得た。この方法で得た平均硬さは、後述の靭性評価に使用した。
なお、平均硬さが650Hv以上である場合に、十分な硬度を有していると判断できる。
【0116】
「靭性」
ホットスタンプ成形体の靭性は早期破断特性および硬度ばらつき(ΔHv)により評価した。ホットスタンプ成形体の引張強さ(単位:MPa)を、平均硬さ(単位:Hv)に3.3を乗じた値で除した値を、早期破断特性の指標である値とした。なお、引張強さおよび平均硬さは、上述の方法により得た値である。
平均硬さに3.3を乗じた値は、硬さから推定される引張強さであり、引張強さの実測値が推定引張強さの0.60MPa/Hv倍以上であれば、早期破断特性に優れると判断できる。
【0117】
「硬度ばらつき(ΔHv)」
2000MPa以上の引張強さを有するホットスタンプ成形体においては、外部から変形(応力)が生じる場合に、ホットスタンプ成形体内の硬度ばらつき(ΔHv)が大きいと、応力集中が生じることで、靭性が劣化する場合がある。硬度ばらつき(ΔHv)が50Hv超となる場合に靭性が劣化する。
なお、硬度ばらつき(ΔHv)は、上述の方法で平均硬さを求めた際に得られた、20点におけるビッカース硬さの最大値と最小値との差とした。
【0118】
早期破断特性の指標である値が0.60MPa/Hv以上であり、且つ硬度ばらつき(ΔHv)が50Hv以下であった場合、靭性に優れるとして合格と判定した。いずれか一方でも満足しなかった場合、靭性に劣るとして不合格と判定した。
【0119】
【表1】
【0120】
【表2】
【0121】
【表3】
【0122】
【表4】
【0123】
【表5】
【0124】
【表6】
【0125】
【表7】
【0126】
【表8】
【0127】
【表9】
【0128】
【表10】
【0129】
【表11】
【0130】
【表12】
【0131】
【表13】
【0132】
表1〜13に示すように、本発明で規定される化学組成およびミクロ組織を満足する発明例は、機械的特性に優れていた。本発明で規定される化学組成およびミクロ組織を満足しない比較例は、機械的特性に劣っていた。
【産業上の利用可能性】
【0133】
本発明に係る上記態様によれば、優れた強度および靱性を有するホットスタンプ成形体を提供することができる。
図1
図2
図3
図4
図5