特許第6966029号(P6966029)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6966029-減圧下における溶鋼の脱炭精錬方法 図000017
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6966029
(24)【登録日】2021年10月25日
(45)【発行日】2021年11月10日
(54)【発明の名称】減圧下における溶鋼の脱炭精錬方法
(51)【国際特許分類】
   C21C 7/00 20060101AFI20211028BHJP
   C21C 7/10 20060101ALI20211028BHJP
【FI】
   C21C7/00 R
   C21C7/10 J
【請求項の数】10
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2021-547252(P2021-547252)
(86)(22)【出願日】2021年3月24日
(86)【国際出願番号】JP2021012330
【審査請求日】2021年8月26日
(31)【優先権主張番号】特願2020-65529(P2020-65529)
(32)【優先日】2020年4月1日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100184859
【弁理士】
【氏名又は名称】磯村 哲朗
(74)【代理人】
【識別番号】100123386
【弁理士】
【氏名又は名称】熊坂 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100196667
【弁理士】
【氏名又は名称】坂井 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【弁理士】
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】溝端 圭介
(72)【発明者】
【氏名】原田 晃史
(72)【発明者】
【氏名】中井 由枝
(72)【発明者】
【氏名】山田 令
【審査官】 國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】 特開平8−260030(JP,A)
【文献】 特開2018−83983(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21C 7/00− 7/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
減圧下で溶鋼に酸化性ガスを吹き付けて脱炭処理を実施する送酸脱炭処理と、
前記送酸脱炭処理の後、前記酸化性ガスを含む酸素源の溶鋼への供給を停止し、目標とする溶鋼中炭素濃度以下となるまで減圧下で脱炭処理を実施するリムド脱炭処理と、
を含む減圧下における溶鋼の脱炭精錬方法であって、
脱炭精錬対象のヒートにおいて、前記送酸脱炭処理の開始時及び前記送酸脱炭処理の終了時の操業データを用いて、前記送酸脱炭処理での脱炭量を推定し、
推定した前記送酸脱炭処理での脱炭量に基づいて、前記リムド脱炭処理の開始時での溶鋼中炭素濃度の推定値を求め、
求めた前記推定値をリムド脱炭処理開始時の溶鋼中炭素濃度として、当該ヒートにおけるリムド脱炭処理中の溶鋼中炭素濃度の経時変化を計算し、
前記計算されたリムド脱炭処理中の溶鋼中炭素濃度の経時変化に基づいて前記リムド脱炭処理の終了時期を判定する、
減圧下における溶鋼の脱炭精錬方法。
【請求項2】
前記リムド脱炭処理中の溶鋼中炭素濃度の経時変化の計算値が、目標とする溶鋼中炭素濃度以下となった後に、リムド脱炭処理を終了する、請求項1に記載の減圧下における溶鋼の脱炭精錬方法。
【請求項3】
前記送酸脱炭処理での脱炭量を、当該ヒートにおける送酸脱炭処理中の酸素の収支に基づいて推定する、請求項1または請求項2に記載の減圧下における溶鋼の脱炭精錬方法。
【請求項4】
前記送酸脱炭処理での酸素の収支において、少なくとも、当該ヒートにおいて送酸脱炭処理中に供給された前記酸化性ガスに含まれる酸素ガスの供給量、前記送酸脱炭処理の前後での溶鋼中酸素の変化量、前記送酸脱炭処理の前後でのスラグ中酸素の変化量を、入酸素量または出酸素量として含み、前記送酸脱炭処理での脱炭量を、前記入酸素量と前記出酸素量との差から求める、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の減圧下における溶鋼の脱炭精錬方法。
【請求項5】
前記送酸脱炭処理の前後でのスラグ中酸素の変化量を、前記送酸脱炭処理の開始前でのスラグの酸素ポテンシャルの測定値及びスラグ厚みの測定値、並びに、前記送酸脱炭処理の終了後でのスラグの酸素ポテンシャルの測定値及びスラグ厚みの測定値、から求める、請求項4に記載の減圧下における溶鋼の脱炭精錬方法。
【請求項6】
前記送酸脱炭処理での脱炭量を、下記の(1)式から下記の(3)式を用いて推定する、請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の減圧下における溶鋼の脱炭精錬方法。
【数1】
ここで、ΔOは、送酸脱炭処理時における溶鋼の脱炭に寄与した酸素量(kg)、ΔOは、送酸脱炭処理時における溶鋼中の溶存酸素の変化量(kg)、ΔOは、送酸脱炭処理時におけるスラグ中酸素の変化量(kg)、OExhは、送酸脱炭処理において供給された酸素の内、酸素または二酸化炭素として排気系に排出された酸素量(kg)、FO2は、送酸脱炭処理における酸素供給量(kg)、GCO2は、送酸脱炭処理時における排ガス中の二酸化炭素量(kg)、GO2は、送酸脱炭処理時における排ガス中の酸素量(kg)、ΔCは、送酸脱炭処理時における溶鋼の脱炭量(kg)、ζは、排ガス流量の補正係数(‐)である。
【請求項7】
前記リムド脱炭処理において、少なくとも表面脱炭の反応界面積を計算パラメータに含めて溶鋼中炭素濃度の経時変化の計算を行い、前記表面脱炭の反応界面積を、リムド脱炭処理中における時々刻々の操業データを用いて導出し、且つ、更新する、請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の減圧下における溶鋼の脱炭精錬方法。
【請求項8】
前記リムド脱炭処理における表面脱炭の反応界面積を導出するための時々刻々の操業データとして、少なくとも排ガス中のCO濃度を用いる、請求項7に記載の減圧下における溶鋼の脱炭精錬方法。
【請求項9】
前記リムド脱炭処理における表面脱炭の反応界面積を導出するための時々刻々の操業データとして、少なくとも排ガス中のCO濃度、排ガス中のCO濃度、排ガス中のO濃度及び溶鋼温度を用いる、請求項7に記載の減圧下における溶鋼の脱炭精錬方法。
【請求項10】
前記リムド脱炭処理における表面脱炭の反応界面積を、下記の(4)式から下記の(10)式を用いて導出する、請求項9に記載の減圧下における溶鋼の脱炭精錬方法。
【数2】
ここで、Aは、表面脱炭の反応界面積(m)、Πは、表面反応速度因子、αは、定数(3〜15)、ANAは、下部槽の断面積から上昇側浸漬管の断面積を減じた面積(m)、βは、浴面活性係数、Aは、上昇側浸漬管の断面積(m)、εは、攪拌動力密度(W/kg)、Wは、溶鋼量(kg)、Qは、溶鋼の環流量(kg/s)、vは、下降側浸漬管からの溶鋼の吐出流速(m/s)、Gは、環流用ガスの流量(NL/min)、Dは、上昇側浸漬管の内径(m)、Pは、大気圧(torr)、Pは、真空槽内の圧力(torr)、ρは、溶鋼の密度(kg/m)、γは、比例定数(1×10〜1×10)、PCOは、真空槽内雰囲気のCOガス分圧、Tは、溶鋼温度(K)、cco_gasは、排ガス中のCOガスの濃度(質量%)、cco2_gasは、排ガス中のCOガスの濃度(質量%)である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空脱ガス設備を用いた減圧下における溶鋼の脱炭精錬方法に関する。
【背景技術】
【0002】
取鍋内の溶鋼を減圧下で脱炭精錬する真空脱ガス設備としては、RH真空脱ガス装置、DH真空脱ガス装置、REDA真空脱ガス装置、VAD真空精錬設備など、各種の型式の設備が知られている。ここで、取鍋内の溶鋼を減圧下で脱炭精錬することを「真空脱炭精錬」とも称す。鋼材の高級化及びその需要の増加に伴い、真空脱炭精錬を要する鋼種及び対象量は増加する傾向にあり、その処理に要する時間を短縮することで、真空脱ガス設備の処理能力の向上及び転炉での出鋼温度の低下による鋼材製造コストの低減が強く望まれている。
【0003】
真空脱ガス設備における減圧下での脱炭精錬において、脱炭精錬の終了判定精度が低い場合には、溶鋼の炭素濃度が目標濃度以下になっているにも拘わらず、脱炭精錬が継続して行われ、真空脱炭精錬の遅延を招く原因となる。したがって、真空脱炭精錬を迅速に行うためには、刻一刻変化する真空脱炭精錬中の溶鋼の炭素濃度を正確に把握することが極めて重要となる。しかし、現状の操業では、一般的に排ガスの分析データなどから操業者が感覚的に脱炭精錬終了の時期を判断しており、精度が十分でない。
【0004】
これを改善するために、従来、減圧下で脱炭精錬されている取鍋内溶鋼の炭素濃度を正確に推定するいくつかの技術が提案されている。
【0005】
例えば、特許文献1には、排ガス中のCOガス、COガス、Oガスの各濃度を分析し、この分析値に対して真空排気系内のエアリーク量を補正したCOガス濃度及びCOガス濃度を求め、補正したCOガス濃度及びCOガス濃度から、予め求めた補正ガス濃度と溶鋼中の炭素量との相関に基づいて、溶鋼中の炭素量を推定する方法が提案されている。
【0006】
しかしながら、特許文献1の方法では、排ガス分析計や流量計の精度の問題から、溶鋼中炭素濃度が50質量ppm以下の極低炭領域における炭素濃度の推定精度が不十分である。
【0007】
特許文献2には、溶鋼の真空脱炭反応モデルに基づいて脱炭処理中の炭素濃度を推定する方法において、真空排気開始前に採取した溶鋼試料の炭素分析値と、真空排気開始直前に測定した溶鋼の温度Tと酸素ポテンシャルセンサーによる酸素ポテンシャル[O]の値に基づき、真空槽内の圧力Ptの変化をオンラインで読み込み、時々刻々の炭素濃度及び酸素濃度を算出する方法が提案されている。
【0008】
しかしながら、特許文献2の方法では、スラグ中への酸素移動の影響を考慮しておらず、溶鋼の酸化によるFeO生成を伴う送酸脱炭処理時において、酸素収支(酸素バランス)を正確に評価できないので、計算に誤差が生じてしまうという問題がある。
【0009】
特許文献3には、処理開始時から排ガスの成分及び量から溶鋼の炭素量を推定し、溶鋼の炭素量の推定値が100質量ppmから30質量ppmまでの範囲となる任意の時点で、それ以降の炭素濃度の推移を脱炭モデル式による計算で推定する方法が提案されている。
【0010】
しかしながら、特許文献3の方法では、排ガス分析には遅れ時間が発生することから、排ガスの成分及び量による推定から脱炭モデル式による推定に切り替わる時刻の溶鋼中炭素濃度の決定が困難であるという問題がある。
【0011】
非特許文献1には、真空脱ガス炉における溶鋼の脱炭反応を精度良く解析するために、液相内物質移動、気相内物質移動、化学反応速度の3つの素過程と、内部脱炭、表面脱炭、気泡脱炭の3つの反応を考慮した脱炭反応モデルが記載されている。ここで、内部脱炭とは、或る値以上の過飽和圧を持つ溶鋼内部からのCOガスの発生による脱炭反応、表面脱炭とは、減圧下の雰囲気に暴露されている自由表面での脱炭反応、気泡脱炭とは、溶鋼中に吹き込まれた希ガス気泡(アルゴンガス気泡)の浮上中の表面での脱炭反応を差す。但し、非特許文献1は、減圧下での溶鋼の脱炭反応を解析する概念を示すだけであり、適切なタイミングで脱炭精錬の終了を判定するなどの具体的な精錬方法を提案するものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特許第3965008号公報
【特許文献2】特許第3415997号公報
【特許文献3】特許第3231555号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】北村信也ら;鉄と鋼、vol.80(1994)、p.213−218
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
上記のように、真空脱ガス設備を用いた溶鋼の真空脱炭精錬において、従来、脱炭精錬中の溶鋼中炭素濃度を推定する方法が多数提案されているが、いずれも精度が不十分であるという問題があった。
【0015】
本発明は上記事情に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、真空脱ガス設備を用いて溶鋼を脱炭精錬する際に、溶鋼中炭素濃度を精度良く推定し、適切なタイミングで脱炭精錬の終了を判定することのできる、減圧下における溶鋼の脱炭精錬方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、鋭意、実験及び検討を行った。ところで、真空脱ガス設備を用いて溶鋼を真空脱炭精錬する方法として、以下の3つの処理方法が行われている。
【0017】
(1);上吹きランスなどから酸化性ガス(酸素ガスなど)を真空槽内の溶鋼に吹き付け、酸化性ガス中の酸素と溶鋼中の炭素を反応させて脱炭精錬する処理方法。この処理方法を「送酸脱炭処理」という。
【0018】
(2);溶鋼に酸化性ガスや酸化鉄などの酸素源を供給せずに、脱酸されていない未脱酸状態の溶鋼(リムド状態の溶鋼)を減圧下に曝すことにより、溶鋼中酸素と溶鋼中炭素との平衡関係の変化に基づいて溶鋼中の溶存酸素と溶鋼中の炭素とを反応させて脱炭精錬する処理方法。この処理方法を「リムド脱炭処理」という。
【0019】
(3);真空脱炭精錬の前半は前記送酸脱炭処理で脱炭精錬し、真空脱炭精錬の後半は前記リムド脱炭処理で脱炭精錬する処理方法。
【0020】
本発明は、最も一般的に行われている処理方法である(3)の方法で真空脱炭精錬することを前提として、鋭意、実験及び検討を行った。その結果、送酸脱炭処理中の脱炭量の推定が精度良く行われていないため、リムド脱炭処理開始時の溶鋼中炭素濃度にバラツキが生じる。リムド脱炭処理開始時の溶鋼中炭素濃度にバラツキが生じても、リムド脱炭処理条件に反映できず、これにより、真空脱炭精錬終了時の溶鋼中炭素濃度の推定精度及び処理終了の判定精度が上がらないことを知見した。
【0021】
そこで本発明者らは、送酸脱炭処理中の脱炭量をより精度良く推定し、これをリムド脱炭処理の終了判定に反映させるという観点から検討を行い、本発明を完成させた。具体的には、送酸脱炭処理時の酸素収支から、送酸脱炭処理中の脱炭量を求め、更に、送酸脱炭処理後のリムド脱炭処理時には脱炭反応モデルを用いて溶鋼中炭素濃度を計算することで、精度良く溶鋼中炭素濃度を推定できることを知見した。
【0022】
本発明は上記知見に基づきなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
【0023】
[1]減圧下で溶鋼に酸化性ガスを吹き付けて脱炭処理を実施する送酸脱炭処理と、
前記送酸脱炭処理の後、前記酸化性ガスを含む酸素源の溶鋼への供給を停止し、目標とする溶鋼中炭素濃度以下となるまで減圧下で脱炭処理を実施するリムド脱炭処理と、
を含む減圧下における溶鋼の脱炭精錬方法であって、
脱炭精錬対象のヒートにおいて、前記送酸脱炭処理の開始時及び前記送酸脱炭処理の終了時の操業データを用いて、前記送酸脱炭処理での脱炭量を推定し、
推定した前記送酸脱炭処理での脱炭量に基づいて、前記リムド脱炭処理の開始時での溶鋼中炭素濃度の推定値を求め、
求めた前記推定値をリムド脱炭処理開始時の溶鋼中炭素濃度として、当該ヒートにおけるリムド脱炭処理中の溶鋼中炭素濃度の経時変化を計算し、
前記計算されたリムド脱炭処理中の溶鋼中炭素濃度の経時変化に基づいて前記リムド脱炭処理の終了時期を判定する、
減圧下における溶鋼の脱炭精錬方法。
【0024】
[2]前記リムド脱炭処理中の溶鋼中炭素濃度の経時変化の計算値が、目標とする溶鋼中炭素濃度以下となった後に、リムド脱炭処理を終了する、上記[1]に記載の減圧下における溶鋼の脱炭精錬方法。
【0025】
[3]前記送酸脱炭処理での脱炭量を、当該ヒートにおける送酸脱炭処理中の酸素の収支に基づいて推定する、上記[1]または上記[2]に記載の減圧下における溶鋼の脱炭精錬方法。
【0026】
[4]前記送酸脱炭処理での酸素の収支において、少なくとも、当該ヒートにおいて送酸脱炭処理中に供給された前記酸化性ガスに含まれる酸素ガスの供給量、前記送酸脱炭処理の前後での溶鋼中酸素の変化量、前記送酸脱炭処理の前後でのスラグ中酸素の変化量を、入酸素量または出酸素量として含み、前記送酸脱炭処理での脱炭量を、前記入酸素量と前記出酸素量との差から求める、上記[1]から上記[3]のいずれかに記載の減圧下における溶鋼の脱炭精錬方法。
【0027】
[5]前記送酸脱炭処理の前後でのスラグ中酸素の変化量を、前記送酸脱炭処理の開始前でのスラグの酸素ポテンシャルの測定値及びスラグ厚みの測定値、並びに、前記送酸脱炭処理の終了後でのスラグの酸素ポテンシャルの測定値及びスラグ厚みの測定値、から求める、上記[4]に記載の減圧下における溶鋼の脱炭精錬方法。
【0028】
[6]前記送酸脱炭処理での脱炭量を、下記の(1)式から下記の(3)式を用いて推定する、上記[1]から上記[5]のいずれかに記載の減圧下における溶鋼の脱炭精錬方法。
【0029】
【数1】
【0030】
ここで、ΔOは、送酸脱炭処理時における溶鋼の脱炭に寄与した酸素量(kg)、ΔOは、送酸脱炭処理時における溶鋼中の溶存酸素の変化量(kg)、ΔOは、送酸脱炭処理時におけるスラグ中酸素の変化量(kg)、OExhは、送酸脱炭処理において供給された酸素の内、酸素または二酸化炭素として排気系に排出された酸素量(kg)、FO2は、送酸脱炭処理における酸素供給量(kg)、GCO2は、送酸脱炭処理時における排ガス中の二酸化炭素量(kg)、GO2は、送酸脱炭処理時における排ガス中の酸素量(kg)、ΔCは、送酸脱炭処理時における溶鋼の脱炭量(kg)、ζは、排ガス流量の補正係数(‐)である。
【0031】
[7]前記リムド脱炭処理において、少なくとも表面脱炭の反応界面積を計算パラメータに含めて溶鋼中炭素濃度の経時変化の計算を行い、前記表面脱炭の反応界面積を、リムド脱炭処理中における時々刻々の操業データを用いて導出し、且つ、更新する、上記[1]から上記[6]のいずれかに記載の減圧下における溶鋼の脱炭精錬方法。
【0032】
[8]前記リムド脱炭処理における表面脱炭の反応界面積を導出するための時々刻々の操業データとして、少なくとも排ガス中のCO濃度を用いる、上記[7]に記載の減圧下における溶鋼の脱炭精錬方法。
【0033】
[9]前記リムド脱炭処理における表面脱炭の反応界面積を導出するための時々刻々の操業データとして、少なくとも排ガス中のCO濃度、排ガス中のCO濃度、排ガス中のO濃度及び溶鋼温度を用いる、上記[7]に記載の減圧下における溶鋼の脱炭精錬方法。
【0034】
[10]前記リムド脱炭処理における表面脱炭の反応界面積を、下記の(4)式から下記の(10)式を用いて導出する、上記[9]に記載の減圧下における溶鋼の脱炭精錬方法。
【0035】
【数2】
【0036】
ここで、Aは、表面脱炭の反応界面積(m)、Πは、表面反応速度因子、αは、定数(3〜15)、ANAは、下部槽の断面積から上昇側浸漬管の断面積を減じた面積(m)、βは、浴面活性係数、Aは、上昇側浸漬管の断面積(m)、εは、攪拌動力密度(W/kg)、Wは、溶鋼量(kg)、Qは、溶鋼の環流量(kg/s)、vは、下降側浸漬管からの溶鋼の吐出流速(m/s)、Gは、環流用ガスの流量(NL/min)、Dは、上昇側浸漬管の内径(m)、Pは、大気圧(torr)、Pは、真空槽内の圧力(torr)、ρは、溶鋼の密度(kg/m)、γは、比例定数(1×10〜1×10)、PCOは、真空槽内雰囲気のCOガス分圧、Tは、溶鋼温度(K)、cco_gasは、排ガス中のCOガスの濃度(質量%)、cco2_gasは、排ガス中のCOガスの濃度(質量%)である。
【発明の効果】
【0037】
本発明によれば、真空脱ガス設備を用いて溶鋼を真空脱炭精錬する際に、精度良く溶鋼中炭素濃度を推定することが可能となり、また、これにより、適切なタイミングで脱炭終了判定を行うことが可能となり、真空脱炭精錬時間を短縮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
図1図1は、RH真空脱ガス装置の一例の概略縦断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0039】
以下、本発明を具体的に説明する。
【0040】
本発明に係る減圧下における溶鋼の脱炭精錬方法は、減圧下で溶鋼に酸化性ガスを吹き付けて脱炭処理を実施する送酸脱炭処理と、この送酸脱炭処理の後、前記酸化性ガスを含む酸素源の溶鋼への供給を停止し、目標とする溶鋼中炭素濃度以下となるまで減圧下で脱炭処理を実施するリムド脱炭処理と、を含む減圧下における脱炭精錬方法である。そして、脱炭精錬対象のヒートにおいて、送酸脱炭処理の開始時及び送酸脱炭処理の終了時の操業データを用いて、送酸脱炭処理での脱炭量を推定し、推定した送酸脱炭処理での脱炭量に基づいて、リムド脱炭処理の開始時での溶鋼中炭素濃度の推定値を求める。求めた前記推定値をリムド脱炭処理開始時の溶鋼中炭素濃度として、当該ヒートにおけるリムド脱炭処理中の溶鋼中炭素濃度の経時変化を計算し、計算されたリムド脱炭処理中の溶鋼中炭素濃度の経時変化に基づいてリムド脱炭処理の終了時期を判定する。
【0041】
本発明に係る減圧下における溶鋼の脱炭精錬方法を行うことができる真空脱ガス設備には、RH真空脱ガス装置、DH真空脱ガス装置、REDA真空脱ガス装置、VAD真空精錬設備などがあり、それらの中で最も代表的な設備は、RH真空脱ガス装置である。そこで、先ず、RH真空脱ガス装置における真空脱ガス精錬方法を説明する。
【0042】
図1に、RH真空脱ガス装置の一例の概略縦断面図を示す。図1において、符号1はRH真空脱ガス装置、2は取鍋、3は溶鋼、4は精錬スラグ、5は真空槽、6は上部槽、7は下部槽、8は上昇側浸漬管、9は下降側浸漬管、10は環流用ガス吹き込み管、11はダクト、12は原料投入口、13は上吹きランスである。符号14は、上吹きランスから供給する酸化性ガスの流量を測定する酸化性ガス流量計、15は、ダクトから排出される排ガスの流量を測定する排気ガス流量計、16は、ダクトから排出される排ガスの成分(COガス、COガス、Oガス)濃度を測定するガス分析計である。符号17は、記憶・演算装置であって、酸化性ガス流量計14、排気ガス流量計15、ガス分析計16などから入力される操業データを記憶し、且つ、これらの操業データを用いて、後述する(1)式から(24)式を演算する記憶・演算装置である。また、Dは取鍋平均内径、Dは上昇側浸漬管及び下降側浸漬管の外径、dはスラグ厚みである。
【0043】
真空槽5は、上部槽6と下部槽7とから構成され、また、上吹きランス13は、真空槽内の溶鋼に酸化性ガスや媒溶剤を吹き付けて添加する装置であり、真空槽5の上部に設置され、真空槽5の内部で上下移動が可能となっている。
【0044】
RH真空脱ガス装置1では、溶鋼3を収容した取鍋2を昇降装置(図示せず)にて上昇させ、上昇側浸漬管8及び下降側浸漬管9を取鍋内の溶鋼3に浸漬させる。そして、真空槽5の内部をダクト11に連結される排気装置(図示せず)にて排気して真空槽5の内部を減圧するとともに、環流用ガス吹き込み管10から上昇側浸漬管8の内部に環流用ガスを吹き込む。真空槽5の内部が減圧されると、取鍋内の溶鋼3は、大気圧と真空槽内の圧力(真空度)との差に比例して上昇し、真空槽内に流入する。また、取鍋内の溶鋼3は、環流用ガス吹き込み管10から吹き込まれる環流用ガスによるガスリフト効果によって、環流用ガスとともに上昇側浸漬管8を上昇して真空槽5の内部に流入する。圧力差及びガスリフト効果によって真空槽5の内部に流入した溶鋼3は、下降側浸漬管9を経由して取鍋2に戻る。取鍋2から真空槽5に流入し、真空槽5から取鍋2に戻る溶鋼の流れを「環流」と呼び、溶鋼3は環流を形成して、溶鋼3にRH真空脱ガス精錬が施される。
【0045】
溶鋼3は、真空槽内で減圧下の雰囲気に曝され、溶鋼中の水素や窒素は、溶鋼3から真空槽内の雰囲気中に移動し、溶鋼3に対して脱水素処理、脱窒素処理が行われる。また、溶鋼3が未脱酸状態の場合には、減圧下の雰囲気に曝されることで、溶鋼中炭素と溶鋼中溶存酸素とが反応してCOガスが生成され、このCOガスが真空槽内の雰囲気中に移動し、溶鋼3の脱炭反応が進行する。この脱炭反応がリムド脱炭処理に相当する。
【0046】
本発明に係る減圧下における溶鋼の脱炭精錬方法においては、真空脱炭精錬の前半に、上吹きランス13から真空槽内の未脱酸状態の溶鋼3に酸化性ガスを吹き付けて、送酸脱炭処理を実施する。溶鋼中の炭素は、上吹きランス13から供給される酸化性ガス中の酸素と反応してCOガスとなり、このCOガスが真空槽内の雰囲気中に移動し、溶鋼3の脱炭反応が進行する。上吹きランス13から吹き付ける酸化性ガスとしては、酸素ガス(工業用純酸素ガス)、酸素ガスと不活性ガスとの混合ガス、酸素富化空気などを使用する。上吹きランス13から吹き付ける酸化性ガスにより、溶鋼中の溶存酸素濃度は上昇する。
【0047】
その後、上吹きランス13からの酸化性ガスの供給を含めて、酸化鉄などの酸素源の溶鋼3への供給を停止し、減圧下におけるリムド脱炭処理に移行する。リムド脱炭処理では、目標とする溶鋼中炭素濃度以下となるまでリムド脱炭処理を継続し、目標とする溶鋼中炭素濃度以下となった時刻以降で金属アルミニウムなどの脱酸材を溶鋼3に添加して、リムド脱炭処理を終了する。金属アルミニウムなどの脱酸材の添加により溶鋼中の溶存酸素が低下し、リムド脱酸処理が終了する。
【0048】
本発明者らは、RH真空脱ガス装置などの真空脱ガス設備を用いた、溶鋼を減圧下で精錬して溶鋼中の炭素を除去する溶鋼の真空脱炭精錬において、真空脱炭精錬初期の送酸脱炭処理期における酸素収支を精度良く求めることを検討した。その結果、酸素収支を求める操業データとして、溶鋼中の溶存酸素や脱炭反応に使用される酸化性ガス中の酸素だけでなく、FeOやMnOなどのスラグ4に含有される酸素を考慮した酸素収支に基づいて脱炭量を計算することを見出した。この方法で酸素収支を求めることで、送酸脱炭処理後の溶鋼中炭素濃度を精度良く推定可能であることがわかった。
【0049】
従来、前述のように(例えば、特許文献1を参照)、排ガス中の炭素収支を利用して脱炭量を推定しようとした試みはあるものの、酸素収支を利用して脱炭量を推定することは試みられていない。これは、酸素収支を利用した脱炭量の推定においては、溶鋼中の酸素活量を連続的に測定する必要があるが、連続的に測定する適切な方法が無いために、脱炭量を連続的に推定できず、脱炭終了判定に適用できないためである。また、排ガス中の炭素収支を用いた脱炭量の推定も、溶鋼中炭素濃度が50質量ppm以下の極低炭領域では精度が不足するので、脱炭終了判定には適用できない。
【0050】
そのため、極低炭領域を含むリムド脱炭処理中の溶鋼中炭素濃度の推定においては、脱炭反応モデルを用いることが有効である。しかし、脱炭反応モデルを用いた脱炭量の推定においては、送酸脱炭処理期を含めて計算を行う場合、処理毎に吹き込み酸素の消費内訳(脱炭反応、二次燃焼、スラグ酸化、排気)にバラツキが生じてしまうことより、推定精度が落ちるという問題がある。
【0051】
しかしながら、後述するように、送酸脱炭処理途中にスラグ中酸素量を実測すれば、送酸脱炭処理中において、脱炭に消費される酸素量を含む吹き込み酸素の消費内訳を精度良く評価することが可能である。本発明では、排ガス中の酸素濃度の推移を利用することによって送酸脱炭処理の終了時刻を明確に定義し、その時刻に、スラグ中酸素量の実測タイミングと、脱炭反応モデルを用いた炭素濃度推定への切り替えタイミングとを一致させる。これにより、吹き込み酸素の消費内訳のバラツキの影響を無くし、推定誤差を低減することが可能となる。
【0052】
以下、スラグ4の生成に使用される酸素を考慮した酸素収支に基づいて送酸脱炭処理期の脱炭量を求める方法を説明する。
【0053】
送酸脱炭処理時の酸素収支は、下記の(1)式及び(2)式で表される。
【0054】
【数3】
【0055】
ここで、ΔOは、送酸脱炭処理時における溶鋼の脱炭に寄与した酸素量(kg)、ΔOは、送酸脱炭処理時における溶鋼中の溶存酸素の変化量(kg)、ΔOは、送酸脱炭処理時におけるスラグ中酸素の変化量(kg)、OExhは、送酸脱炭処理において供給された酸素の内、酸素または二酸化炭素として排気系に排出された酸素量(kg)、FO2は、送酸脱炭処理における酸素供給量(kg)、GCO2は、送酸脱炭処理時における排ガス中の二酸化炭素量(kg)、GO2は、送酸脱炭処理時における排ガス中の酸素量(kg)、ΔCは、送酸脱炭処理時における溶鋼の脱炭量(kg)、ζは、排ガス流量の補正係数(‐)である。
【0056】
補正係数(ζ)は、(1)式の左辺と右辺とが等しくなるような値を過去の実績に基づき決定する。例えば、ζ値の決定のための試験ヒートを複数回実施し、各試験ヒートにおいて、(1)式の左辺と右辺とが等しくなるようなζ値をそれぞれ算出し、算出された各試験ヒートのζ値を算術平均して、操業で用いるζ値を決定することができる。尚、ζ値の決定のための試験ヒートは少なくとも5ヒートとすることが好ましい。あるいは、直近の数ヒート(5〜50ヒート)における終点判定の計算溶鋼炭素濃度と実績溶鋼炭素濃度との誤差が最小となるようなζを、その都度計算して求めてもよい。このようにして得られるζ値は、本発明者らの試験によれば0.2〜2.0程度であるが、この値に限らず、適宜定めればよい。
【0057】
ここで、ΔO及びΔOは、ともに送酸脱炭処理前の値から送酸脱炭処理後の値が増加した時に正の値となるように定義する。また、(2)式において、右辺の第一項は、二次燃焼によるCOガスの酸化に使用された酸素量を表す。これは、脱炭反応ではCOガスが発生し、COガスは発生しないことから、排ガス中のCOガスはCOガスの二次燃焼によって生成したものであることによる。
【0058】
送酸脱炭処理中に、溶鋼中の溶存酸素及びスラグ中酸素が増加した場合の酸素の収支を考えると、(1)式において、入酸素量は、送酸脱炭処理における上吹きランスから供給される酸化性ガスに含まれる酸素ガス量である。また、出酸素量は、溶鋼の脱炭に寄与した酸素量ΔOと、溶鋼中の溶存酸素の変化量ΔOスラグ中酸素の変化量ΔOと、酸素または二酸化炭素として排気系に排出された酸素量OExhとの和であると考えることができる。この場合、変化量ΔO及び変化量ΔOは、増加量になる。
【0059】
溶存酸素の変化量ΔOは、送酸脱炭処理前後において、取鍋内溶鋼の酸素ポテンシャルを、測酸プローブを用いて測定することで得られる。
【0060】
スラグ中酸素の変化量ΔOは、送酸前のスラグ中の酸素濃度c0_1(質量%)、送酸前のスラグ厚みds_1(m)、送酸後のスラグ中の酸素濃度c0_2(質量%)及び送酸後のスラグ厚みds_2(m)を求め、下記の(11)式から求める。
【0061】
【数4】
【0062】
ここで、c0_1は、送酸前のスラグ中の酸素濃度(質量%)、c0_2は、送酸後のスラグ中の酸素濃度c0_2(質量%)、ds_1は、送酸前のスラグ厚み(m)、ds_2は、送酸後のスラグ厚み(m)、Dは、取鍋平均内径((上端径+底部径)/2、単位;m)、Dは、浸漬管の外径(m)、ρは、スラグの密度(kg/m)である。
【0063】
スラグ中の酸素濃度c0_1及びスラグ中の酸素濃度c0_2は、下記の(12)式で定義される。(12)式におけるc0_1,2は、スラグ中の酸素濃度c0_1またはスラグ中の酸素濃度c0_2を示すという意味である。
【0064】
【数5】
【0065】
ここで、Xは、送酸脱炭処理期に生成するスラグの成分iのスラグ中濃度(質量%)、mi,allは、スラグの成分iの分子量、mi,Oは、スラグの成分iの分子量中の酸素の原子量合計である。成分iは、スラグ中の金属酸化物のうち、送酸脱炭処理期に生成する成分を指し、具体的には、FeO、Fe、MnO、Al、SiO、TiOなどである。送酸脱炭処理期に主に発生する金属酸化物はFeOであり、したがって、成分iはFeOを含んでいる必要がある。FeO以外の酸化物に関しては、その変化量(増加量)がFeOに比較して小さいので、成分iに含めなくとも問題はないが、含めることが望ましい。
【0066】
スラグ厚みds_1及びスラグ厚みds_2は、溶鋼中に金属棒を浸漬させ、金属棒に付着するスラグ層の高さ(厚み)を物理的に測定して求めてもよく、また、レベルセンサや渦流センサを用いて測定してもよい。また、スラグ中の酸素濃度については、固体電解質センサにより精錬スラグの酸素ポテンシャルを直接測定して求めてもよく、また、スラグサンプルを採取し、スラグサンプルの分析により求めてもよい。固体電解センサを用いる場合は、成分iをFeO及びMnOとし、スラグ中FeO濃度及びMnO濃度を求め、(12)式を用いて酸素濃度c0_1及びスラグ中の酸素濃度c0_2を算出する。分析により求める場合は、スラグサンプルの組成分析を行い、分析結果より、それぞれの酸化物についてXを求め、(12)式により酸素濃度c0_1及びスラグ中の酸素濃度c0_2を算出する。
【0067】
排気系に排出された酸素量OExhは、排ガス流量と、排ガス中COガス濃度及び排ガス中Oガス濃度とを、それぞれ排気ガス流量計15及びガス分析計16によって測定することで、流量と濃度との積から酸素量が導出される。但し、排気ガス流量計15により計測される排気ガス流量は、リークなどの理由により装置状態による誤差が生じるので、至近の過去ヒートにおける排ガス中の炭素及び酸素のマスバランスの実績から決定される補正係数ζを乗じる。
【0068】
酸素供給量FO2は、酸化性ガス流量計14による実測流量値と、酸化性ガスの酸素純分との積で算出される。
【0069】
上記の方法によって求めたΔO、ΔO、OExh、FO2を(1)式に代入することで、送酸脱炭処理中に脱炭に使用された酸素量ΔOが求められる。
【0070】
但し、OExhを算出する際に、(2)式のGO2については、排気系における大気中の酸素リークを考慮し、送酸を行っていない時刻の排ガス中酸素濃度を基準の酸素濃度とし、送酸中における基準の酸素濃度からの増分に排ガス流量を掛け合わせた値の積分値を排ガス中酸素量として、下記の(13)式により求める。
【0071】
【数6】
【0072】
ここで、Qは、排ガス流量(kg/sec)、co_gasは、排ガス中の酸素濃度(質量%)、co_baseは、送酸を行っていない時刻における排ガス中の酸素濃度(質量%)、tは、送酸脱炭処理開始時刻、tは、送酸脱炭処理終了時刻である。但し、真空脱ガス処理を開始して真空槽内の圧力が300torr(39.9kPa)を下回った時刻をt、送酸終了後、(co_gas/co_base)が1.05を下回った時刻をtと定義する。
【0073】
脱炭に使用された酸素はCOガスとして溶鋼中から排出されるため、送酸脱炭処理中のΔCは、下記の(3)式により求められる。
【0074】
【数7】
【0075】
ここで、ΔCは、送酸脱炭処理時における溶鋼の脱炭量(kg)である。
【0076】
送酸脱炭処理中に、溶鋼中の溶存酸素及びスラグ中の酸素が増加した場合、送酸脱炭処理時における出酸素量は、(1)式に示すように、溶鋼の脱炭に寄与した酸素量ΔOと、溶鋼中の溶存酸素の変化量ΔOスラグ中酸素の変化量ΔOと、酸素または二酸化炭素として排気系に排出された酸素量OExhとの和である。これらの全てを出酸素量として計算することで、溶鋼の脱炭量ΔCを精度良く求めることができる。簡便な方法で溶鋼の脱炭量ΔCを求めることもでき、その場合には、送酸脱炭処理での出酸素量として、少なくとも、送酸脱炭処理の前後での溶鋼中酸素の変化量ΔOと、送酸脱炭処理の前後でのスラグ中酸素の変化量ΔOとの和とすることが重要である。
【0077】
転炉からの出鋼後、真空脱炭精錬開始前の任意の時刻で溶鋼サンプルを採取し、溶鋼中炭素濃度を分析しておけば、その分析値と脱炭量ΔC-との差から、送酸脱炭終了時の溶鋼中炭素濃度[C]’を求めることができる。真空脱炭精錬開始前の溶鋼サンプルの採取時刻は出鋼後から真空脱炭精錬開始前の間であればいつでも問題ないが、真空脱炭精錬開始の3分以内で溶鋼サンプルの採取を行うことが望ましい。
【0078】
このようにして得られた送酸脱炭処理終了時の溶鋼中炭素濃度[C]’を、下記の(14)式から(17)式に示す脱炭反応モデル式に初期値として代入することで、送酸脱炭処理終了からのリムド脱炭処理時における溶鋼中炭素濃度の経時変化を推定することができる。ここで、リムド脱炭処理の開始時刻は、送酸脱炭処理の終了時刻と定義し、リムド脱炭処理の終了時刻は、脱酸材の添加時刻と定義する。尚、脱炭反応モデル式は(14)式から(17)式に示すものに限らず、別のモデル式を用いてもよい。
【0079】
【数8】
【0080】
ここで、[C]は、取鍋内溶鋼の炭素濃度(質量%)、[C]は、真空槽内溶鋼の平衡炭素濃度(質量%)、Kは、脱炭反応速度定数(1/s)、tは、送酸脱炭処理終了時からの経過時間(s)、[O]は、取鍋内溶鋼の酸素濃度(質量%)、[O]’は、1ステップ前の取鍋の溶鋼中酸素濃度(質量%)、PCOは、真空槽内雰囲気のCOガス分圧(torr)、fは、溶鋼中炭素の活量係数(−)、fは、溶鋼中酸素の活量係数(−)、Tは、溶鋼温度(K)である。
【0081】
脱炭速度定数(K)は過去の類似鋼種の処理実績から予め決定した値を用いることができるが、後述のように、適宜更新される表面脱炭の反応界面積を計算パラメータに含めて算出することが好ましい。この表面脱炭の反応界面積を用いて算出することで、より精度良くリムド脱炭処理中の溶鋼中炭素濃度を推定することが可能となる。以下に、その方法を説明する。
【0082】
非特許文献1によれば、脱炭反応は、大きく内部脱炭、表面脱炭、気泡脱炭の3つに分類され、脱炭速度定数(K)は下記の(18)式で表される。
【0083】
【数9】
【0084】
ここで、Kは、脱炭速度定数(1/s)、akは、内部脱炭の反応容量係数(m/s)、Aは、下部槽の断面積(m)、akは、表面脱炭の反応容量係数(m/s)、Aは、表面脱炭の反応界面積(m)、akは、気泡脱炭の反応容量係数(m/s)、Aは、気泡脱炭の反応界面積(m)、Wは、溶鋼量(kg)、ρは、溶鋼密度(kg/m)である。
【0085】
内部脱炭反応容量係数(ak)及び気泡脱炭の反応容量係数(ak)は、下記の(19)式から(23)式で表される。
【0086】
【数10】
【0087】
ここで、Aは、下部槽の断面積(m)、kは,COガス気泡発生速度定数(=2×1/s)、Tは、溶鋼温度(K)、[C]は、溶鋼中炭素濃度(質量%)、[O]は、溶鋼中酸素濃度(質量%)、Pは、真空槽内の圧力(torr)、PCOは、COガス気泡限界生成圧(=15torr)、ρは、溶鋼密度(kg/m)、gは、重力加速度(m/s)、Aは、気泡脱炭の反応界面積(m)、kは、気泡脱炭における炭素の溶鋼側物質移動係数(=0.0015m/s)、Nは、単位時間当たりの気泡個数、dは、環流用ガスの気泡径(m)、Gは、環流用ガスの流量(NL/min)、σは、溶鋼の表面張力(=1.68N/m)、dは、環流用ガス吹き込み管のノズル内径(m)、nは、環流用ガス吹き込み管のノズル個数である。尚、環流用ガスの流量Gの単位であるNL/minは、単位時間あたりに供給されるガスの標準状態における体積を意味し、「N」は標準状態を示す記号である。また、本発明では、0℃、1atmを標準状態とする。
【0088】
表面脱炭の反応容量係数(ak)は下記の(24)式で表され、(24)式の右辺の表面脱炭の反応界面積(A)は、下記の(4)式から(10)式で算出される。
【0089】
【数11】
【0090】
【数12】
【0091】
ここで、Aは、表面脱炭の反応界面積(m)、kは、表面脱炭における炭素の溶鋼側物質移動係数(=0.0015m/s)、Πは、表面反応速度因子、αは、定数(3〜15)、ANAは、下部槽の断面積から上昇側浸漬管の断面積を減じた面積(m)、βは、浴面活性係数、Aは、上昇側浸漬管の断面積(m)、εは、攪拌動力密度(W/kg)、Wは、溶鋼量(kg)、Qは、溶鋼の環流量(kg/s)、vは、下降側浸漬管からの溶鋼の吐出流速(m/s)、Gは、環流用ガスの流量(NL/min)、Dは、上昇側浸漬管の内径(m)、Pは、大気圧(torr)、Pは、真空槽内の圧力(torr)、ρは、溶鋼の密度(kg/m)、γは、比例定数(1×10〜1×10)、PCOは、真空槽内雰囲気のCOガス分圧、Tは、溶鋼温度(K)、cco_gasは、排ガス中のCOガスの濃度(質量%)、cco2_gasは、排ガス中のCOガスの濃度(質量%)である。
【0092】
ここで、(5)式における浴面活性係数(β)について、非特許文献1においては、フィッティングパラメータとして固定値で扱われているが、本発明者らは種々の検討の結果、(9)式に示すように、浴面活性係数(β)をCOガス分圧(PCO)と溶鋼温度(T)とを用いて導出することで、溶鋼中炭素濃度の推定精度を更に向上可能であることを見出した。
【0093】
(9)式は、脱炭によるCOガス発生量が多く、真空槽内の圧力(P)に対してCOガス分圧(PCO)が比較的大きくなる領域では、発生するCOガス気泡による攪拌で、表面脱炭の反応界面積(A)がより大きくなることを意味している。この浴面活性係数(β)の値は、記憶・演算装置17に送信される、リムド脱炭処理中における時々刻々の操業データを用いて、リムド脱炭処理中に随時所定の時間間隔で更新される。
【0094】
以上のようにして得られた、内部脱炭の反応容量係数(ak)、表面脱炭の反応容量係数(ak)、及び、気泡脱炭の反応容量係数(ak)を(18)式に代入することで、脱炭速度定数(K)が得られる。この脱炭速度定数(K)は、前述の浴面活性係数(β)の値の更新に合わせて処理中に随時所定の間隔で更新される。
【0095】
上記のようにリムド脱炭処理中の溶鋼中炭素濃度を推定し、推定したリムド脱炭処理中の溶鋼中炭素濃度の経時変化に基づいてリムド脱炭処理の終了時期を判定する。具体的には、リムド脱炭処理中の溶鋼中炭素濃度の経時変化の計算値つまり推定値が目標値以下となった後に、金属アルミニウムなどの脱酸材を溶鋼3に添加して、リムド脱炭処理、つまり、真空脱炭精錬を終了する。
【0096】
ここでは、一例として、RH真空脱ガス装置1を用いた真空脱ガス精錬方法に本発明を適用した例を説明したが、DH真空脱ガス装置、REDA真空脱ガス装置、VAD真空精錬設備など、他の真空脱ガス設備を用いても、本発明に係る溶鋼の脱炭精錬方法を実施することができる。
【0097】
以上説明したように、本発明によれば、真空脱ガス設備を用いて溶鋼を脱炭精錬する際に、精度良く溶鋼中炭素濃度を推定することが可能となり、更に、適切なタイミングで脱炭終了判定を行うこが可能となり、真空脱炭精錬時間を短縮することができる。
【実施例】
【0098】
転炉で溶銑を脱炭精錬して溶製した300トンの溶鋼を、転炉から取鍋に出鋼し、取鍋内の溶鋼をRH真空脱ガス装置で真空脱ガス精錬する試験を行った。脱炭精錬対象の鋼種は炭素含有量の規格上限が25質量ppmの極低炭鋼種とした。真空脱炭精錬は、最初に上吹きランスから酸素ガスを溶鋼に吹き付けて行う送酸脱炭処理を行い、その後、上吹きランスからの酸素ガスを含めて、酸化鉄などの酸素源の溶鋼への供給を停止し、減圧下で脱炭処理を実施するリムド脱炭処理を行った。
【0099】
試験で用いた溶鋼の化学成分(RH真空脱ガス装置での処理前)は、炭素;0.01〜0.06質量%、珪素;0.015〜0.025質量%、マンガン;0.1〜0.3質量%、燐;0.02質量%以下、硫黄;0.003質量%以下であり、真空脱ガス精錬前の溶鋼温度は1600〜1650℃であった。真空槽内の到達真空度を0.5〜1.0torr(0.067〜0.133kPa)とし、環流用ガスとしてアルゴンガスを使用し、アルゴンガスの流量は2000〜2200NL/minとした。
【0100】
そして、RH処理開始前に採取した溶鋼中炭素濃度の分析値、及び、(1)式から(3)式を用いて送酸脱炭処理後の溶鋼中炭素濃度[C]’を求め、求めた溶鋼中炭素濃度[C]’を(14)式から(17)式に示す脱炭モデル式に代入して、リムド脱炭処理中の溶鋼中炭素濃度の推移を推定した。尚、ここではζの値は0.8を用いた。
【0101】
ここで、スラグ厚みdは棒鋼浸漬による直接測定による測定値を用いた。スラグ中酸素量は、本発明例1においては、固体電解質センサを用いてスラグ中のFeO濃度及びMnO濃度を直接測定した測定値を用い、本発明例2及び本発明例3においては、スラグを採取し、FeO、MnO、Al、SiO、TiOのスラグ中の質量濃度を、蛍光X線分析によって求めた。但し、酸化物質量は、酸化物の形態は各金属元素につきそれぞれ一種類であると仮定し、蛍光X線分析値から得られた、それぞれの金属元素のスラグ中質量の値から換算した。
【0102】
また、リムド脱炭処理中の脱炭推定に使用する(14)式の脱炭速度定数(K)について、本発明例2では、過去実績の平均値を用い、本発明例3では、(4)式から(10)式及び(19)式から(24)式で求めた反応容量係数(ak、ak、ak)を(18)式に代入して得られる値を用いた。但し、(4)式から(10)式及び(19)式から(24)式において、操業中に変動する入力パラメータについては、記憶・演算装置に随時送信される操業データを用いて2秒ごとに更新した。(4)式の定数αは、過去の操業実績から0.65とし、(9)式の比例定数γは、過去の操業実績から4.5×10とした。
【0103】
目標炭素濃度を20質量ppmとし、推定炭素濃度が目標炭素濃度を下回った時点で金属アルミニウムを溶鋼に添加し、真空脱炭精錬を終了する処理を、本発明例1、2、3及び比較例1、2で、それぞれ100ヒート行った。真空脱炭精錬終了時点で取鍋から溶鋼サンプルを採取し、溶鋼サンプルの分析値から求めた真空脱ガス精錬後の実際のΔCと推定ΔCとの差を、A;本発明例1、2、3による推定、B;排ガス中の炭素マスバランスによる推定(比較例1)、C;(14)式から(17)式の脱炭推定モデルによる推定(比較例2)についてそれぞれ求め、ΔC推定誤差の標準偏差σをそれぞれ求めた。表1に求めた標準偏差σを示す。
【0104】
【表1】
【0105】
比較例1、2に対し、本発明例1、2、3においては標準偏差が小さくなっており、ΔC推定精度の向上が確認された。また、スラグに含有されるFeO、MnOのみならず、Al、SiO、TiOに含有される酸素を考慮した本発明例2、3は、本発明例1に比べて推定精度が高位であった。
【0106】
更に、本発明例2、3を比較すると、リムド脱炭処理中の脱炭推定に使用する脱炭速度定数(K)に過去実績の平均値を用いた本発明例2に対し、脱炭速度定数(K)を記憶・演算装置に随時送信される操業データを用いて2秒ごとに更新した本発明例3の方が、より推定精度が高位となる結果であった。
【符号の説明】
【0107】
1 RH真空脱ガス装置
2 取鍋
3 溶鋼
4 スラグ
5 真空槽
6 上部槽
7 下部槽
8 上昇側浸漬管
9 下降側浸漬管
10 環流用ガス吹き込み管
11 ダクト
12 原料投入口
13 上吹きランス
14 酸化性ガス流量計
15 排気ガス流量計
16 ガス分析計
17 記憶・演算装置
【要約】
真空脱ガス設備を用いて溶鋼を脱炭精錬する際に、溶鋼中炭素濃度を精度良く推定し、適切なタイミングで脱炭精錬の終了を判定することのできる、減圧下における溶鋼の脱炭精錬方法を提供する。
本発明に係る減圧下における溶鋼の脱炭精錬方法は、送酸脱炭処理と、リムド脱炭処理と、を含む溶鋼の脱炭精錬方法であって、送酸脱炭処理の開始時及び終了時の操業データを用いて、送酸脱炭処理での脱炭量を推定し、推定した脱炭量に基づいてリムド脱炭処理の開始時での溶鋼中炭素濃度の推定値を求め、求めた推定値をリムド脱炭処理開始時の溶鋼中炭素濃度としてリムド脱炭処理中の溶鋼中炭素濃度の経時変化を計算し、計算されたリムド脱炭処理中の溶鋼中炭素濃度の経時変化に基づいてリムド脱炭処理の終了時期を判定する。
図1