【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業(ACCEL)、「エレクトライドの物質科学と応用展開」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
CaO、Al
2O
3、SiO
2を構成成分とするアルミノケイ酸カルシウム中に、鉱物名を「マイエナイト(Mayenite)」と呼ぶ物質があり、その結晶と同型の結晶構造を有する化合物を「マイエナイト型化合物」という。
マイエナイト型化合物は、12CaO・7Al
2O
3(以下、「C12A7」と略記することがある)なる代表組成を有する。前記C12A7の結晶は、2分子を含む単位胞にある66個の酸素イオンのうち、2個の酸素イオンが、結晶骨格で形成される正の電荷を有するケージ内のサブナノ空間に、対アニオンとして「フリー酸素」(O
2−)を包接するという、特異な結晶構造を持つことが報告されている(非特許文献1)。
【0003】
本発明者らは、前記C12A7に関して1980年代から研究をすすめ、通常は絶縁体であるマイエナイト型化合物に対し、導電性を有するマイエナイト型化合物(以下、「導電性マイエナイト型化合物」)を見出した(特許文献1)。
【0004】
前記導電性マイエナイト型化合物(以下、C12A7:e
−と略記することがある。)は、マイエナイト型化合物の前述のケージ中のフリー酸素が電子で置換されたものであり、その電子の理論的最大濃度は、2.3×10
21cm
−3である。前記導電性マイエナイト型化合物は、無機のエレクトライド化合物ということができる(非特許文献2)。本発明者らが報告してきた前記C12A7:e
−は、常温、大気中で安定な初めてのエレクトライドである(非特許文献3)。
【0005】
前記導電性マイエナイト型化合物の製造方法も種々検討されている。例えばマイエナイト型化合物を溶融し、低酸素分圧の雰囲気中で保持した後、冷却、凝固し、前記導電性マイエナイト型化合物を製造する方法(特許文献2)や、マイエナイト型化合物の前駆体を、還元剤と混合し、熱処理する方法(特許文献3)が提案されている。
【0006】
2007年には、C12A7の単結晶、粉末又は薄膜をチタン金属蒸気中で高温熱処理することにより、さらに大量の電子を結晶内に含めることが可能となり、金属的電気伝導性を持つC12A7の製造に成功し、前記C12A7:e
−を用いた電子放出素子を作製した。(特許文献4)。
【0007】
前記の製造方法の他に、前記マイエナイト型化合物をCa金属還元法で直接合成する方法(非特許文献4)、Ti等の還元剤を用いず、スパークプラズマ焼結法によってC12A7:e
−を一段階で合成する方法(非特許文献5)、気相蒸着法により、基板上に成膜を行ってC12A7エレクトライドの薄膜を形成する方法(特許文献5)、又はマイエナイト型化合物の表面にアルミニウム箔を配置し、低酸素分圧の雰囲気下、高温に保持して導電性マイエナイト型化合物を製造する方法(特許文献6)等が挙げられる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。
【0019】
本発明で用いるマイエナイト型化合物は、12CaO・7Al
2O
3で表される代表組成を有している。
前記マイエナイト型化合物の結晶は、籠状の構造(ケージ)がその壁面を共有し、三次元的に繋がることで構成される。通常、マイエナイト型化合物のケージの内部にはO
2−などのアニオンが含まれているが、化学処理によってそれらを別のアニオンや伝導電子に置換することができる。前記のアニオンとしては、特に限定はされないが、例えば、O
2−イオン、F
−イオン、Cl
−イオン等が挙げられる。 マイエナイト型化合物の骨格を形成する前記のケージには、通常、Ca、Al等のカチオンが含まれ、それらのカチオンはその一部又は全部が別のカチオンで置換されていてもよい。
【0020】
マイエナイト型化合物としては、特に限定はされないが、具体的には、例えば、以下の例が挙げられる。
・Ca、Al及びO原子のみで形成されているもの;
・Caのすべてが、それ以外のアルカリ土類金属イオン等のカチオンで置換されているもの、例えば、ストロンチウムアルミネート(Sr
12Al
14O
33);
・Caの一部が別のカチオンと置換されているもの、例えば、CaとSrの混合比が任意に変化された混晶であるカルシウムストロンチウムアルミネート(Ca
12−xSr
xAl
14O
33);
・Alがそれ以外のカチオンで置換されたもの、例えば、シリコン置換型マイエナイト型化合物であるCa
12Al
10Si
4O
35;又は
・カチオンとアニオンがともに置換されたもの、例えば、ワダライトCa
12Al
10Si
4O
32:6Cl
−。
【0021】
本発明において用いられるマイエナイト型化合物の形状は、特に限定はされないが、通常、粉末状、微粒子状、顆粒状、バルク状、気相法等により得られた薄膜状等が挙げられる。また粉末状のマイエナイト型化合物を焼結させた焼結体や、バルク状のものの一例としてフローティングゾーン(FZ)法等により得られた単結晶を用いてもよい。
またマイエナイト型化合物を製造するための原料を用いることで、該原料から一貫して導電性マイエナイト型化合物を製造することもできる。この場合は具体的には、C12A7を例に取った場合、そのカルシウム成分及びアルミニウム成分となる原料を用いればよく、カルシウム成分としては炭酸カルシウム、水酸化カルシウム、酸化カルシウム又は金属カルシウム等が挙げられ、アルミニウム成分として酸化アルミニウム、水酸化アルミニウム、金属アルミニウム等が挙げられる。これらの原料をカチオン比が目的物の化学量論どおりに混合したものを使用することができる。また、CaAl
2O
4、Ca
3Al
2O
6等のカルシウムとアルミニウムの混合酸化物を用いることもできる。
これらのうち、本発明では、酸素イオン等のケージ内アニオンの移動がスムーズであることからマイエナイト型化合物の形状は、単結晶が好ましい。
【0022】
本発明の製造方法は、マイエナイト型化合物に、加熱状態下、電圧を印加し、前記マイエナイト型化合物に直接電流を流すことにより、前記マイエナイト型化合物をエレクトライド化することを特徴とするものである。以下、具体的に説明する。
【0023】
本発明の製造方法では、マイエナイト型化合物に電圧を印加し、直接電流を流す。具体的には、原料となるマイエナイト型化合物に直接電流が流れるようにすれば、特に限定はされないが、具体的には、マイエナイト型化合物に、正極及び負極となる電極を付与し、これらの電極から電圧を印加し、直接電流をマイエナイト型化合物に流すことができる。
【0024】
前記の電極の材料は、特に限定されないが、通常、加熱による高温条件に耐久性がある材料や、酸化に強い材料が選択され、C(カーボン)、Ti、Ni、Mo、W、Ta、Pt、Ni−Cr合金等が挙げられ、好ましくはスパッタリング等の蒸着法で付与できるPt、Ti、Ni等の金属である。
【0025】
前記の電極の付与の方法は特に限定はされないが、具体的には機械的接触により電極を取り付ける方法や、スパッタリング等の蒸着で取り付ける方法がある。このうち好ましくは任意の大きさの試料の任意の場所に任意の大きさ(例えば極小さな面積)の電極を取り付けられるという点で、蒸着法で付与する方法である。
【0026】
マイエナイト型化合物に直接電流を流す方法としては、マイエナイト型化合物を、導電性の容器に充填し、その容器に電圧を印加することで、直接電流をマイエナイト型化合物に流してもよい。前記導電性の容器の材質としては、金属、黒鉛等が挙げられるが特に限定はされない。また前記容器の形状は、中に充填したマイエナイト型化合物に直接電気が流れれば、特に限定はされない。
具体的な方法として、例えば、円筒型の絶縁体容器に、両端の蓋として導電性の材質を用い、その蓋の間にマイエナイト型化合物を充填し、前記の蓋に電流を流す方法等が挙げられる。
このうち、操作が容易で、必要とするエネルギー量を小さくすることができる点で、マイエナイト型化合物に電極を付与して、電流を流す方法が好ましい。
【0027】
本発明の製造方法では、前記のマイエナイト型化合物に電圧を印加する際に、加熱状態下にマイエナイト型化合物を置く。ここでマイエナイト型化合物のケージ内のフリー酸素イオンをケージ外に乖離させ、代わりに電子が包接されることをエレクトライド化という。ここでエレクトライド化するために、加熱状態下で電圧を印加するマイエナイト型化合物を被加熱体という。前記被加熱体は、前記電極を付与したマイエナイト型化合物でもよい。
【0028】
加熱の方法は特に限定はされないが、前記被加熱体をヒーター等の外部加熱をすることもでき、前記被加熱体に電流を流すことにより発生する熱(以下、自己加熱ということがある)により加熱することもできる。
【0029】
前記被加熱体の加熱温度は、特に限定はされず、エレクトライド化の進行度に応じ、適宜選択することができるが、通常、用いるマイエナイト型化合物の融点より低い温度であり、例えばC12A7であれば、1450℃より低温である。加熱温度は、高温であるほどマイエナイト型化合物中のフリー酸素イオンの運動性が高まる点で有利だが、より低い方がエネルギー効率が有利なこと、及び高温熱源が不要である点から好ましい。またエレクトライド化したマイエナイト型化合物の酸化を防止することができる点で400℃以下がより好ましい。また加熱の温度履歴は、本発明の効果が得られる範囲において特に限定されず、連続的に行なっても、断続的におこなってもよく、一定温度でおこなっても、段階的に温度を上昇、下降させてもよい。
【0030】
前記被加熱体に印加する電圧は、特に限定はされず、本発明の効果が得られる限りにおいて適宜設定することができるが、通常0V超であり、後述するようにマイエナイト型化合物に電流が流れるように電圧が印加できれば、その電圧は特定されない。また好ましい電圧の大きさは、加熱温度におけるマイエナイト型化合物のイオン伝導度に依存する。上限は絶縁破壊を起こす電圧より低い値である。電源装置の利便性等を考慮すれば200V以下が好ましい。
【0031】
電圧の印加の履歴は、本発明の効果が得られる限りにおいて特に限定されず、連続的に行なっても、断続的におこなってもよく、一定電圧でおこなっても、段階的に電圧を上昇、下降させてもよい。
【0032】
前記被加熱体に直接流す電流の値は、本発明の効果得られる限りにおいて特に限定はされない。具体的には、前記被加熱体に直接電流が流れていることが確認できればよいが、その電流密度として、通常は0.001Acm
−2以上、10Acm
−2以下である。
通常、マイエナイト型化合物は絶縁体であるため、電流は極めて流れにくい。マイエナイト型化合物に、具体的には後述する方法等で、加熱及び電圧印加するうちに、通常、電流が流れるようになる。具体的に電流を流す方法については後述する。
【0033】
本発明の製造方法は、前記の加熱の方法、前記の電圧の印加の方法及び前記の電流の通電方法を適宜組み合わせて製造することができ、各方法の具体的な組み合わせは特に限定されないが、好ましくは、例えば以下の条件1〜条件3の方法が挙げられる。
条件1:加熱温度を所定の温度として、電圧を段階的に上昇させる方法
具体的には、前記被加熱体に電圧を印加していない状態でまず所定の温度への加熱をし、引き続き前記被加熱体に印加する電圧を0Vから段階的に印加していく方法である。
条件2:電圧を所定の電圧として、加熱温度を段階的に上昇させる方法
具体的には、前記被加熱体に常温下で印加する電圧を設定し、引き続き温度を常温から段階的に上げていく方法である。
条件3:加熱温度と電圧を共に上昇させる方法
具体的には、前記被加熱体に、常温及び電圧を印加しない状態から、加熱温度と印加電圧を同時に調整しながら前記被加熱体に加熱及び電圧印加を段階的にしていく方法である。
【0034】
前記被加熱体に、加熱及び電圧印加をすることにより、マイエナイト型化合物はエレクトライド化していくが、エレクトライド化されていく過程は、以下のような段階を経ることが好ましい。
【0035】
まず前記被加熱体には、通常、マイエナイト型化合物が常温で絶縁体であるため、電圧の印加を開始した当初はほとんど電流は流れず、流れてもごく微量な電流しか流れない。前記被加熱体に、加熱及び電圧印加を継続していくと、通常、次に、前記被加熱体に流れる電流密度の急激な増加と共に、印加していた電圧の減少が観察される。このときの電流密度は特に限定はされず、通常は急激な変化をするため、値を特定するのは比較的困難だが、1Acm
−2程度が目安となるが、通常0.1Acm
−2以上である。本明細書において、前記の現象が見られるまでの工程を加熱下の電圧制御工程(以下、加熱・電圧制御工程)という。
前記加熱・電圧制御工程では、通常、前記被加熱体への電圧印加は、印加電圧見合いで制御(以下、電圧制御)する。通常、この工程では、前記被加熱体にほとんど電流が流れないためであり、印加電圧を制御する方が製造を管理しやすいためである。
前述の電流密度増加及び印加電圧減少が観察された時点(以下、電流密度増加点という)以降は、前記被加熱体が、加熱及び電圧印加を開始したときに比べて電流が流れやすい状態に変化したと考えられる。
【0036】
前記電流密度増加点以降は、前記被加熱体への加熱を継続しながら、電圧印加の制御の方法を、印加電圧見合いから、被加熱体に流れる電流値見合の制御(以下、電流制御)に移行する。前記電流制御に移行し、前記被加熱体に電流を流すことによって、前記被加熱体中の酸素が脱離するとともに、電子が供給される。これにより、マイエナイト型化合物のエレクトライド化が進行する。
【0037】
前記電流制御を、所望の電子濃度に至るまで行なうことで、導電性マイエナイト型化合物を得ることができる。本明細書において、前記電流密度増加点以降、所望の導電性マイエナイト型化合物が得られ、電圧の印加を終了するまでの工程を、加熱下の電流制御工程(以下、加熱・電流制御工程)という。
前記加熱・電流制御工程は、前記被加熱体が所望の電子濃度に至るまで、適宜行なうことができるが、通常は、前記被加熱体の抵抗率はエレクトライド化が進むにつれ減少するので、抵抗率が十分に減少するまで継続する。具体的な抵抗率の値は、特に限定はされないが、通常、1.0×10
5Ω・cm以下となるまで行なうことが目安となる。
【0038】
一方、前記被加熱体の電気伝導度は、通常、エレクトライド化が進むに従って増加する。そのため電気伝導度をエレクトライド化の目安とすることができ、通常は、電気伝導度が、1.0×10
−4S/cm以上となるまで継続する。
【0039】
また前記被加熱体の色を観察することでも判断できる。具体的には、前記被加熱体が、後述するグレードに応じた所望の色になるまで電流を流せばよく、例えば後述するグレードCの導電性マイエナイト型化合物を所望するのであれば、前記被加熱体が黒色化するまで前記加熱・電流制御工程を継続すればよい。
【0040】
前記加熱・電圧制御工程から、前記加熱電流制御工程への移行方法は、本発明の効果が得られる上では特に限定はされず、既知の方法を適宜組み合わせて行なうことができる。具体的には、例えば、100V/10A等の大電力に対応する電源装置を用いて適宜切り替える方法や、両工程で用いる電圧印加装置をそれぞれ準備し、前記電流密度増加点を経たところで切り替える方法等が挙げられる。
【0041】
本発明製造方法は、圧力状態について特に制限されることなく製造を行なうことができ、大気圧下、減圧条件下、及び加圧状態下の何れでも製造することができる。
本発明の製造方法は、周囲の雰囲気について特に制限されることなく製造を行なうことができる。好ましくは、酸素分圧が低いほどマイエナイト型化合物からフリー酸素イオンの乖離を促進されるため、前記被加熱体を100Pa以下の低酸素分圧雰囲気、特に酸素分圧が極度に少ない雰囲気である、極低酸素分圧雰囲気に保つことが好ましい。前記極低酸素分圧雰囲気として具体的には不活性ガス雰囲気下で、酸素分圧を10
−15Pa(10
−20atom)以下程度まで低下させた雰囲気、又は真空度10
−5Pa以下の状態をいう。不活性ガスとしては特に限定されず、窒素、アルゴン等が用いられ、好ましくはアルゴンである。
特に前記の通り、加熱温度が400℃を超える場合は、酸素分圧が高いと、エレクトライド化されたマイエナイト型化合物が酸化を受けやすくなるため、極低酸素分圧雰囲気が好ましく、加熱温度が400℃以下であれば、雰囲気は特に制限はされない。
【0042】
また本発明の製造方法によって、エレクトライド化が進むにつれて、マイエナイト型化合物中のフリー酸素イオンが乖離する。そして前記の通り、酸素分圧が、エレクトライド化及びエレクトライド化されたマイエナイト型化合物に影響を与えることから、前記の乖離した酸素を除外しながら製造することが好ましい。
【0043】
導電性マイエナイト型化合物は、単位体積当たりの電子濃度を基準に分類すると、以下のグレードAからグレードCまでの3つのグレードに分類することができる。
【0045】
本発明の製造方法で得られる導電性マイエナイト型化合物は、前記3つのいずれのグレードのものも製造することができるが、好ましくは最も電子濃度が高く、単位堆積当たりの電子放出能力が高い前記グレードCクラスのものの製造に好適である。
具体的には、電子濃度の理論的な最大値は、2.3×10
21cm
−3であることから、電子濃度が1.0×10
20/cm
3以上、2.3×10
21cm
−3以下の導電性マイエナイト型化合物を得ることができる。
なお、得られた導電性マイエナイト型化合物は、その電子濃度が均一でも不均一でもよいが、均一のものが好ましい。また不均一な導電性マイエナイト型化合物の前記グレードの判定は、目視による色で判定し、電子濃度は、その最高の電子濃度の測定値とする。
【0046】
また本発明の製造方法で得られる導電性マイエナイト型化合物の室温での電気伝導度は、その理論的な最大値としては、1500S/cm程度であることから、好ましくは1.0S/cm以上、より好ましくは100S/cm以上好ましくは1500S/cm以下である。
【0047】
本発明の製造方法における上記各工程について図を参照してさらに詳細に説明する。
図1は、加熱・電圧制御工程(A)、加熱・電流制御工程(B)の概念を示す模式図である。
図1の(A)に示すように、前記加熱・電圧制御工程においては、マイエナイト型化合物のケージ内のフリー酸素イオン(O
2−)を加熱により活性化させてイオン伝導性を高めて酸素イオン伝導体化する。
【0048】
次に、
図1の(B)に示すように、被加熱体の抵抗が下がってから加熱下の電流制御に移行して荷電電子を電圧印加回路へ流す。本明細書において、前記エネルギー障壁(ΔE)を低く抑えるか、緩和するために電位負荷方向に電流を強制的に流すことをカレントドライブ(以下、CD制御)と称している。CD制御によりケージ空間を電気的中性状態に保たせ電位障壁を下げることにより、酸素イオンの移動が容易になる。
【0049】
上記の各工程により電子をはぎとられて原子分極状態から電子分極状態に至り、電子分極後の電子はそのままケージ内に残存し、酸素原子はマイエナイト型化合物から乖離しようとするが、その際の酸素乖離圧は加熱により上昇する。「酸素乖離」とは、複数の工程を経てフリー酸素イオンがケージ内から離れてしまう現象をいう。本明細書の「酸素乖離圧」は、Ar等の不活性ガス雰囲気中のO
2分圧である。
【0050】
図3は、加熱炉を用いてエレクトライドを製造する一態様を概念的に示している。この例は加熱炉を用いる態様であるが、加熱はヒーター等の外部加熱や内部抵抗加熱でもよい。極低酸素分圧のArを流す石英管1の内部にC12A7:O
2−を被加熱体2として装入する。加熱炉3に極低酸素分圧制御装置4を取り付ける。極低酸素分圧制御装置4は、酸素を含んだガスの入り口側酸素センサー41、酸素ポンプ42、ガスの出口側酸素センサー43、循環ポンプ44などから構成され、極低酸素分圧ガスが加熱炉3内に供給される。加熱雰囲気は石英管1内に流入した極低酸素分圧アルゴンガス雰囲気になる。この雰囲気下に置かれた被加熱体2からは、加熱下の電圧制御及び加熱下の電流制御によりO
2が脱離し、脱離した酸素を含有するアルゴンガスが石英管1外に流出し、極低酸素分圧制御装置4へ循環する。
【0051】
前記加熱・電圧制御工程において、200V以下の範囲で電圧を印加すると、加熱温度が高温であるほどイオン伝導率が高くなる(低抵抗化)ので、高温では低電圧でエレクトライド化することができる。できるだけ低温でのエレクトライド化を行うためには、低温においてイオン伝導率が低い場合、比較的高電圧を印加すると、高電圧負荷に比例してマイエナイト型化合物内電流は増加する。しかし、300℃程度以上に高温加熱すると温度の上昇とともに抵抗が減少するので負荷電圧は下がるとともに、酸素イオン伝導率が上昇し、マイエナイト型化合物内の電流が上昇する。したがって、電圧範囲は温度との関係で0V〜200Vの範囲で制御すればよい。しかし、この場合、
図1の(A)のように酸素アニオンのケージ間移動にはケージ間の空間的に狭いボトルネックを押し広げるためにエネルギー障壁を越えながら行なわれることになる。
【0052】
本発明の製造方法の反応機構については、以下の通りと推定する。
マイエナイト型化合物のケージを構成する酸素原子は、カルシウム原子やアルミニウム原子と強固に結合しており、結晶格子を崩さない限り脱離しない。一方、ケージ内のフリー酸素イオンは極めて緩く結合している。
電圧をマイエナイト型化合物に印加すると、ケージは移動できないが、酸素イオンは電流の流れる方向、具体的には正極(+)に引かれてケージ壁の酸素イオンと置き換わりながら移動する。その際、Ca−Al−Oで構成されるマイエナイト型化合物のケージの壁の酸素イオンと置き換わりに必要な電位障壁(ΔE)を超える電圧印加が必要になる。そこで被加熱体の抵抗が急激に下がり、電流密度が急激に増加するまで、加熱温度及び/又は電圧を段階的に上昇させる。なおその際のイオン伝導性は電気抵抗の計測により求められる。
正極付近のマイエナイト型化合物が、導電性マイエナイト型化合物と酸素に電気分解され、その結果酸素がケージ外に放出される。加熱によりフリー酸素イオンのイオン伝導性が上昇することにより、正極付近に移動してくるフリー酸素は遂次電子と置換され、エレクトライド化が進行するものと推定される。
これにより従来は、還元剤を用いて乖離させていたフリー酸素イオンが、還元剤を使うことなく乖離させ、エレクトライド化できるものと考えられる。
【実施例】
【0053】
以下に本発明の製造方法について実施例に基づいて詳細に説明する。
【0054】
(実施例1)
[加熱下の電圧制御並びに加熱下の電流制御]
FZ法で得られたC12A7単結晶を10mm×5mm×1mmの大きさにカットし、
図1に示すように、この両端(端面面積:5mmx1mm)にスパッタリングにより白金(Pt)薄膜を蒸着し、正電極及び負電極の両電極をモリブデン(Mo)ワイヤーにより取り付け、被加熱体とした。該被加熱体を、
図6に示すような履歴に従い、加熱状態下で電圧を印加した。具体的には1000℃まで、及び1200℃までの高温処理を電圧制御下及び電流制御下で実施した。処理雰囲気は、極低酸素分圧制御したArガス(Ar流量:3L/分、平均流速5.2cm/sec、大気圧、常温)とした。極低酸素分圧制御装置としてキャノンマシナリー(株)社製装置を用いた。酸素分圧は、
図3に示すように、OutセンサーとInセンサーで計測した。極低酸素分圧制御については以下同様である。
【0055】
その結果、
図6の右縦軸に示すように、約650℃の定常温度状態において大量の酸素乖離が生じているとともに、1000℃まで再加熱した際に酸素の再乖離圧上昇が見られた。同図中「Area I」で示される0分〜119分の領域では、被加熱体に電圧制御で段階的な昇温[(1)〜(6)]を行い、119分以降のArea IIにおいては電圧制御から電流制御に移行し(CD投入)、さらに実験後半では電流制御値を増加させるCD制御を行った。
【0056】
図7に示すように、Area Iの電圧印加制御においては、加熱温度変化(昇温速度10K/min)により試料内の電流密度が0.1A・cm
−2から急上昇することが確認された。
【0057】
この際の前記被加熱体の抵抗を調べてみると、
図8に示すように、加熱温度上昇とともに前記被加熱体の抵抗が急激に減少していることがわかる。
図8に矢印(1)、(2)で示す加熱温度以前の状態は被加熱体の絶縁体挙動を示しており、100V印加において加熱により徐々に抵抗が減少しイオン伝導体化する挙動を示しており、矢印(2)で示す加熱段階で100Vから10Vに負荷を変えながらさらに加熱を続けると矢印(4)で示す加熱段階で抵抗がほとんどなくなりエレクトライド化が進行したことがわかる。
【0058】
[印加電圧の影響]
そこで、一定加熱温度下における印加電圧と試料内電流の関係(I−V曲線)を印加電圧を増・減変化させることにより調べてみた。その結果、
図9、
図10に示すように、高温加熱状態において電圧増加変化と減少変化においてヒステリシスが生じていることがわかった。すなわちこの不可逆変化は被加熱体内にフリー酸素イオンが空間的に偏在していることを意味している。
【0059】
図9の(1)の低温(379.3K)状態ではマイエナイト型化合物は絶縁状態なので電圧昇降時に電流がほとんど流れない。(2)の温度(432K)での加熱時においてある程度イオン伝導性が発現すると電圧昇圧時と降圧時で不可逆的な振る舞いをしている。すなわち、昇圧時に正極に移動したフリー酸素イオンが降圧時にはその一部が元の位置に戻っておらず偏在していることが分る。これに対して、トラップとは一方の方向に電圧を負荷した際に生じる現象のことである。
【0060】
[加熱温度の影響]
図11に、Area IIの電流制御並びにCD制御下における被加熱体内の電流・電圧の温度変化を示す。電流制御開始(730K)の約18Vから、加熱温度が約819Kに到達した段階で試料電圧の急激な変化が見られ、925Kで約7Vまで下がった段階でCD制御により被加熱体内の電流を徐々に増加させた。
【0061】
図12、
図13(
図12の部分拡大図)に示すように、その際の前記被加熱体の抵抗は925Kでさらに急激な減少が見られた。そこで、以降、この抵抗の遷移温度である925Kを3T(=Triggering Transition Temperature)と称する。同様に、
図14に、酸素乖離圧(Ar中のO
2分圧)と加熱温度の関係を示す。3Tで酸素乖離圧の急激な上昇が見られるとともに、3T以降、加熱温度の上昇にともない酸素乖離圧の上昇が見られる。
図15には、正極側でAr雰囲気中へ乖離した酸素が正極に取り付けたモリブデンワイヤーのモリブデン(Mo)を酸化させる状態を模式図で示している。
【0062】
図16に、平衡乖離圧比(PI
O2/PII
O2)と加熱温度(T)の関係をCD制御(電圧印加10V)の場合と、電極を取り付けない(電圧無印加)被加熱体の場合とで比較した結果を示すが、CD投入において3T温度が低温化する(CD有効)ことが分かる。PI
O2とPII
O2は、それぞれ、Inセンサーで測定したO
2分圧(PI
O2)とOutセンサーで測定したO
2分圧(PII
O2)である。
【0063】
[消費電力の評価〕
図17に、CD制御以降の温度、消費電力並びに酸素乖離圧の時間変化を示す。消費電力がピークとなるのは電流制御状態における3T温度維持状態の後半であり、酸素乖離圧がピーク値以降であった。その後、一旦消費電力は減少するものの、CD制御により被加熱体内電流を増加させた場合、増加に転じ最大500W/cm
2程度で飽和した。
【0064】
(実施例2)
【0065】
FZ法で得られたC12A7単結晶を10mm×5mm×1mmの大きさにカットし、この両端にスパッタリングにより白金薄膜を蒸着し、各末端をそれぞれ正電極及び負電極とした。前記正電極と負電極にモリブデンリード線を取り付け、被加熱体とした。
まず、当該被加熱体に、大気圧下で、100Vの印加電圧をかけたところ、試料温度30℃付近から1pA程度の電流(電流密度20pA・cm
−2)を観測した。
次に電源を切り替え、最大100Vの電圧を印加及び最大30Aの電流が流せる電源とした。常温から10℃刻みで昇温した後、前記被加熱体の温度を保持し、各温度において100Vまで電圧を印加した。これを180℃に到達するまで繰り返した。本電源で検出可能な最小電流は0.1mAであるが、上記条件において電流は観測されなかった。
【0066】
前記被加熱体の温度を180℃に保持した際、99V印加した際に0.6mAの電流(電流密度12mA・cm
−2)が観測された(
図18)。この時点での被加熱体の抵抗率は1.7×10
4Ω・cmであり、このことは被加熱体がグレードB以上のエレクトライドに変化していることを示している。電圧を100Vで保持したところ、約25秒後に約550mAの急激な電流値の増加が観測され、それと同時に試料に100Vが印加できるほどの電流を流せなくなった。
ここで、被加熱体の電圧印加方法を、前記電圧制御から、前記電流制御に移行した(
図19)。電流制御になってから約100秒後に被加熱体の様子を確認したところ、被加熱体は黒色化し、C12A7はエレクトライド化していた。この被加熱体中には電子の濃度に不均一が生じた。最大の箇所は1.0×10
21/cm
3程度、最低の箇所は1.0×10
19/cm
3程度であった。前記エレクトライド化された被加熱体(本実施例のエレクトライド化マイエナイト型化合物)の電子濃度最大の部位の電気伝導度は5×10
2S/cmであった。
【0067】
(実施例3)
【0068】
実施例2と同様の手順でC12A7の加熱温度を、常温から210℃まで昇温した後、210℃に保持し、以降は実施例1と同様の実験を行ったところ、約70V印加した際に0.2mAの電流(電流密度4mA・cm
−2)を観測した(
図20)。この時点での被加熱体の抵抗率は5.0×10
4Ω・cmであり、このことは被加熱体がグレードB以上のエレクトライドに変化していることを示している。電圧を75Vで保持したところ、約7秒後に約1100mAの急激な電流の増加が観測されたため前記電流制御に移行した(
図21)。前記電流制御になってから約100秒後に試料の様子を確認したところ、黒色化しC12A7はエレクトライド化していた。前記被加熱体中での電子濃度に違いは無く、均一な電子濃度1.0×10
21cm
3のエレクトライドになっていた。前記エレクトライド化された被加熱体(本実施例のエレクトライド化マイエナイト型化合物)の電気伝導度は5×10
2S/cmであった。
【0069】
(実施例4)
実施例1と同様に前記被加熱体を準備し、上記試料への電圧負荷時は、最高1000℃まで加熱できる電気加熱炉内に上記試料を置き、加熱炉内を1000℃まで加熱した。そして、最高10
−29Pa(10
−34atom)まで極低酸素分圧雰囲気に制御されたAr(流量:3L/分、平均流速5.2cm/秒、大気圧、室温)を加熱炉内に流した。極低酸素分圧制御装置によって、ケージから抜け出し、極低酸素分圧制御されたAr雰囲気に混入した酸素を酸素ポンプの原理でAr雰囲気中から抜き出し、極低酸素分圧状態でのArを再度加熱炉内に流した。
【0070】
低温状態では前記被加熱体は絶縁体的挙動を示すので最高100Vの電圧負荷を行ったが、段階的に昇温するにつれてイオン伝導が生じ、試料に電流が流れ出し0.1A・cm
−2から急上昇することから徐々に電圧を10Vまで降下させた。
【0071】
電圧制御下では、それ以降温度を上昇させても電流量が増加しないため、ある程度温度が上昇した段階で電圧制御から電流制御に移行することで試料に流れる電流量が加熱温度上昇とともに増加し、やがて抵抗が急激に低下し金属伝導体と同程度まで低下した。
【0072】
その際のアルゴン中の酸素濃度を計測すると、急激に電気抵抗が低下してから試料からの顕著な酸素乖離が観察された。同時に、試料正極側で著しい発光現象が観察された。これは試料からの乖離酸素と正極に繋げたモリブデンワイヤーが酸化反応を起こしていることを意味している。電気加熱炉内で自然冷却した試料を取り出したところ、透明であった前記被加熱体は、黒色化しグレードCのエレクトライド化していること、すなわち電子濃度10
20/cm
3以上のエレクトライドが得られたことを確認した。前記エレクトライド化された被加熱体(本実施例のエレクトライド化マイエナイト型化合物)の電気伝導度は5×10
2S/cmであった。
【0073】
(比較例1)
FZ法で得られたC12A7単結晶を10mm×5mm×1mmの大きさにカットして被加熱体とした。
図3に示すような装置を用いて、この被加熱体に、加熱炉内で加熱処理を実施した。処理雰囲気は極低酸素分圧Ar雰囲気(Ar流量:3L/分、平均流速5.2cm/秒、大気圧、常温)とした。
【0074】
図4に示すように、該被加熱体を、常温から1時間で900℃まで昇温した後、約25時間900℃に保持した。その後、前記被加熱体を1000℃に昇温し、更に5時間保持後、常温へ自然放冷した。前記加熱処理後の被加熱体は薄黄色であった。このことから、前記加熱処理後のマイエナイト型化合物の電子濃度は、1.0×10
17/cm
3未満と推定され、そのグレードはAクラスと判断した。
このことから加熱処理のみでは、マイエナイト型化合物の十分なエレクトライド化はできないことがわかった。
【0075】
(比較例2)
比較例1のC12A7単結晶に替えて、多結晶であるC12A7:O
2―粉末試料を用いた以外は、比較例1と同様の処理を、
図5に示すような履歴でおこなった。比較例1と同様に、加熱処理後のマイエナイト型化合物のグレードはAクラスであった。C12A7単結晶同様、加熱処理のみではマイエナイト型化合物の十分なエレクトライド化はできなかった。