特許第6966485号(P6966485)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ ヴァルター アーゲーの特許一覧

特許6966485集合組織化されたアルミナ層を有する切削工具
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6966485
(24)【登録日】2021年10月25日
(45)【発行日】2021年11月17日
(54)【発明の名称】集合組織化されたアルミナ層を有する切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20211108BHJP
   C23C 16/34 20060101ALI20211108BHJP
   C23C 16/40 20060101ALI20211108BHJP
【FI】
   B23B27/14 A
   C23C16/34
   C23C16/40
【請求項の数】13
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2018-568694(P2018-568694)
(86)(22)【出願日】2017年6月20日
(65)【公表番号】特表2019-520992(P2019-520992A)
(43)【公表日】2019年7月25日
(86)【国際出願番号】EP2017064997
(87)【国際公開番号】WO2018001784
(87)【国際公開日】20180104
【審査請求日】2020年4月20日
(31)【優先権主張番号】16177567.1
(32)【優先日】2016年7月1日
(33)【優先権主張国】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】506297474
【氏名又は名称】ヴァルター アーゲー
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】シュティーンス, ディルク
(72)【発明者】
【氏名】マンス, トルステン
【審査官】 村上 哲
(56)【参考文献】
【文献】 特開2018−039102(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2016/0053372(US,A1)
【文献】 特表2016−522323(JP,A)
【文献】 国際公開第2006/103982(WO,A1)
【文献】 特開2006−055950(JP,A)
【文献】 特開2015−163423(JP,A)
【文献】 特開2007−210066(JP,A)
【文献】 国際公開第2015/135802(WO,A1)
【文献】 特表2017−508632(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
C23C 16/34
C23C 16/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
超硬合金、サーメット、セラミック、鋼若しくは立方晶窒化ホウ素の基材と、4〜25μmの合計厚さを有する多層耐摩耗性コーティングとから成るコーティングされた切削工具であって、多層耐摩耗性コーティングは、
般式Ti1−xAlにより表されるTiAlCN層(a)(式中、0.2≦x≦0.97、0≦y≦0.25、及び0.7≦z≦1.15)、及び
iAlCN層(a)のすぐ上に堆積されたカッパ酸化アルミニウムのκ−Al層(b)
を備え、
Ti1−xAl層(a)は、基材表面に対して平行に優先的に成長する{111}面を有する全体的な繊維集合組織を有し、該繊維集合組織は、X線回折又は電子線後方散乱回折により0°≦α≦80°の角度範囲で測定したTi1−xAl層(a)の{111}極点図が、基準法線から≦10°の傾斜角内に最大強度を有すること、及び0°≦α≦60°の角度範囲で測定した相対強度の≧50%を、基準法線から≦20°の傾斜角内に有することを特徴とし、
κ−Al層(b)は、基材表面に対して平行に優先的に成長する{002}面を有する全体的な繊維集合組織を有し、該繊維集合組織は、X線回折又は電子線後方散乱回折により0°≦α≦80°の角度範囲で測定したκ−Al層(b)の{002}極点図が、基準法線から≦10°の傾斜角内に最大強度を有すること、及び0°≦α≦80°の角度範囲で測定した相対強度の≧50%を、基準法線から≦20°の傾斜角内に有することを特徴とする、コーティングされた切削工具。
【請求項2】
Ti1−xAl層(a)の繊維集合組織は、X線回折又は電子線後方散乱回折により測定したTi1−xAl層(a)の{111}極点図が、基準法線から≦5°の傾斜角内に最大強度を有することを特徴とする、請求項1に記載のコーティングされた切削工具。
【請求項3】
κ−Al層(b)の繊維集合組織は、X線回折又は電子線後方散乱回折により測定したκ−Al層(b)の{002}極点図が、基準法線から≦5°の傾斜角内に最大強度を有することを特徴とする、請求項1又は2に記載のコーティングされた切削工具。
【請求項4】
TiAlCN層(a)とκ−Al層(b)との界面から30nmの距離内において、TiAlCN層(a)が、Ti1−xAlによって表されるTiAlCN層(a)の平均組成よりも高いTi含分を有する化学組成Ti1−uAlを有し、差(x−u)≧0.04、好ましくは(x−u)≧0.06、並びに0.16≦u≦0.93、0≦v≦0.25、及び0.7≦w≦1.15により特徴付けられる、請求項1から3のいずれか一項に記載のコーティングされた切削工具。
【請求項5】
κ−Al層(b)に対して界面を形成するTiAlCN層(a)の表面が、{100}結晶面のファセットで終端している、請求項1から4のいずれか一項に記載のコーティングされた切削工具。
【請求項6】
TiAlCN層(a)の>90%、好ましくは95%>、最も好ましくは>99%が、面心立方(fcc)結晶構造を有する、請求項1から5のいずれか一項に記載のコーティングされた切削工具。
【請求項7】
TiAlCN層(a)が、Ti及びAlの化学量論含分が異なるTiAlCN下位層が交互にくるラメラ構造を有し、TiAlCN下位層はそれぞれ、150nm以下、好ましくは50nm以下の厚さを有する、請求項1から6のいずれか一項に記載のコーティングされた切削工具。
【請求項8】
面心立方(fcc)結晶構造を有する、式Ti1−xAlで表されるTiAlCN層(a)の結晶粒の間に、Ti1−xAlによって表されるTiAlCN層(a)の平均組成よりもAl含分が高い化学組成Ti1−oAlの粒界析出物が存在し、差(o−x)≧0.05、好ましくは(o−x)≧0.10、並びに0.25≦o≦1.05、0≦p≦0.25、及び0.7≦q≦1.15により特徴付けられる、請求項1から7のいずれか一項に記載のコーティングされた切削工具。
【請求項9】
TiAlCN層(a)の厚さが、2μm〜14μm、好ましくは2.5μm〜6μmである、請求項1から8のいずれか一項に記載のコーティングされた切削工具。
【請求項10】
κ−Al層(b)の厚さが、1μm〜9μm、好ましくは1.5μm〜6μmである、請求項1から9のいずれか一項に記載のコーティングされた切削工具。
【請求項11】
多層耐摩耗性コーティングが、TiAlCN層(a)及びκ−Al層(b)に加えて、基材表面とTiAlCN層(a)との間に、かつ/又はκ−Al層(b)の上に、
期表の4A族、5A族若しくは6A族の1種以上の元素又はAl若しくはSi又はこれらの組み合わせの酸化物、炭化物、窒化物、オキシカーバイド、酸窒化物、炭窒化物、オキシカルボニトリド、又はホウ炭窒化物から成る1つ又は複数の耐火層を備え、該耐火層はそれぞれ、0.5〜6μmの厚さを有する、請求項1から10のいずれか一項に記載のコーティングされた切削工具インサート。
【請求項12】
多層耐摩耗性コーティングが、TiN、TiC、TiCN、ZrN、ZrCN、HfN、HfCN、VC、TiAlN、TiAlCN、AlN若しくはこれらの組み合わせ、又はこれらの多層から成る、厚さ0.1〜3μm、好ましくは0.2〜2μm、より好ましくは0.5〜1.5μmの最外トップコーティングを備える、請求項1から11のいずれか一項に記載のコーティングされた切削工具インサート。
【請求項13】
基材表面のすぐ上にあり、基材表面と接触している第一の耐火層がTi(C,N)、TiN、TiC、Ti(B,C,N)、HfN、Zr(C,N)又はこれらの組み合わせから成り、好ましくは、基材表面に隣接する第一の耐火層がTiNから成る、請求項1から12のいずれか一項に記載のコーティングされた切削工具インサート。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超硬合金、サーメット、セラミック、鋼若しくは立方晶窒化ホウ素の基材と、化学蒸着(CVD)によって堆積された4〜25μmの合計厚さを有する多層耐摩耗性コーティングとから成るコーティングされた切削工具に関し、この多層耐摩耗性コーティングは、一般式Ti1−xAlにより表されるTiAlCN層(a)(式中、0.2<x≦0.97、0<y≦0.25、及び0.7<z≦1.15)、及びカッパ酸化アルミニウムのκ−Al層(b)を備えるものである。
【背景技術】
【0002】
切削工具の耐摩耗性はしばしば、異なる金属の酸化物、窒化物及び炭化物の耐火性硬質コーティング(通常はCVD又はPVD技術により堆積される)によって改善される。酸化アルミニウム(Al)は、切削工具において耐摩耗性コーティングのために広く使用されている。Alは、幾つかの異なる相で結晶化し、γ−Al、α−Al及びκ−Al多形の堆積は、工業的な規模で達成されてきており、ここで主に後者2つの多形が、市販の切削工具で用いられる。
【0003】
多結晶構造のコーティングは、基材表面(繊維集合組織:fiber texture)に対して優先結晶方位で成長することが知られている。優先結晶方位は、幾つかの要因、例えばコーティング組成、核形成、及び堆積条件、堆積表面などに依存している。コーティングの優先結晶方位は、コーティングされた切削工具の機械的特性及び切削性能に大きな影響を与えることがあると知られている。例えば、α−Alコーティングのための堆積法を修正して、基材表面に対して平行に優先的に成長する{012}、{104}、{110}、{116}、{100}、又は{001}結晶面を有する優先結晶方位を得ることが論じられている。基材表面に対して平行な結晶面{nkl}優先成長での優先結晶方位は、{nkl}集合組織とも呼ばれる。{001}集合組織化されたα−Alコーティングは、多くの切削用途において優れた特性を示し、優れた耐摩耗性を示すことが判明している。これはコーティングの摩耗が、主に結晶格子の底面の脱落によって生じるという事実に起因し、このため{001}集合組織化されたコーティングは、脆さ、破砕及び結晶粒の引き抜き(pull−out)により特徴付けられるその他の集合組織の摩耗メカニズムとは異なり、滑らかな摩耗表面で均一な摩耗を示す(S. Ruppi, Surface and Coatings Technology 202 (2008) 4257-4269)。
【0004】
優先結晶方位は、層の成長条件によって引き起こすことができ、これは力学的又は動熱力学的な理由から、特定の結晶方向(成長集合組織)に沿った成長にとって有利に働くか、あるいは下層又は基材の結晶方位又は構造(エピタクシーによる集合組織)によって引き起こされ得る。CVDコーティングにおいて適切なプロセス条件の選択により優先結晶方位を制御することは、特に非常に一般的に適用されるコーティング層組成、例えばTi(C,N)、TiAl(C,N)、又はAlについては、かなり確立されている。成長集合組織を決定づけるパラメータは、反応ガス及び/又は触媒ガスの選択及び流量比であり得る。
【0005】
κ−Al(カッパAl)の結晶構造は、長年にわたり不明であったが、1980年代になって初めて、この構造は単純直方晶系であることが分かった。それまでκ−Alの結晶構造が不確かだったのは、κ−Al結晶粒の双晶化が原因である。双晶に関連したドメインが、XRD粉末回折において六方格子構造のものに似たほぼ六方超格子という誤認をもたらしたのである(Y. Yourdshahyan et al., J. Am. Ceram. Soc.82/6 (1999) 1365-1380)。
【0006】
欧州特許出願第0403461号は、κ−Al及びTiC又はこれらの炭化物、窒化物、炭窒化物又はオキシカルボニトリドからの1つの二重層を有する物体を開示しており、TiC層と接触しているAl層は、κ−Al又はθ−Alから成り、以下のようなエピタキシー関係にある:(111)TiC//(0001)κ−Al、[110]TiC//[1010]κ−Al、(111)TiC//(310)θ−Al、[110]TiC//[001]θ−Al。κ−Al又はθ−Alの結晶構造は、この文献では規定されていないが、六方晶系であると考えられる。また、層の優先結晶方位は、κ−Al層若しくはθ−Al層についても、又はTiC層についても開示されていない。
【0007】
欧州特許出願第0753602号は、1種以上の耐火層を有する少なくとも部分的にコーティングされた物体を開示しており、この耐火層のうち少なくとも1つは、{210}集合組織を有する単相のκ−Al層である(すなわち、基材表面に対して平行な結晶面{210}優先成長)。この集合組織は、CVD法においてAlの核形成の間、水の蒸発濃度を入念に制御することによって得られる。
【0008】
国際公開第2005/090635号は、CVDにより750℃〜920℃の温度で得られる、α−Al又はκ−Alコーティングを有するコーティングされた物体を開示している。
【0009】
国際公開第2009/112115号は、TiAlC、TiAlN又はTiAlCNの内部層と、Alの外部層とを有する、CVDコーティングされた物体を開示しているが、アルミニウム層の結晶構造、相又は集合組織は特定されていない。
【0010】
国際公開第2015/135802号は、基材と、CVDにより堆積された、3〜25μmの合計厚さを有する耐摩耗性コーティングとから成るコーティングされた切削工具を開示しており、ここで耐摩耗性コーティングは、1.5〜17μmの厚さを有するTi1−xAl層(式中、0.7≦x≦1、0≦y<0.25、及び0.75≦z<1.15)を備える。Ti1−xAl層は、周期的に交互にくるTi及びAlの化学量論含分が異なるドメインのラメラ構造を有しており、このドメインは、同一の面心立方(fcc)構造、及び同一の結晶方位を有する。透過型電子顕微鏡(TEM)で国際公開第2015/135802号のTi1−xAl層について調べると、周期的に交互にくるドメインであるTi1−xAl層の下部構造は、{111}集合組織で、すなわち基材表面に対して平行な結晶面{111}成長で、優先成長方位を示すことが明らかになった。
【0011】
本発明の目的は、耐摩耗性が改善された、特にフランク摩耗に対する耐性が改善され、また加工熱による衝撃に対する耐性が改善された、コーティングされた切削工具を提供することである。
【発明の概要】
【0012】
本発明は、超硬合金、サーメット、セラミック、鋼若しくは立方晶窒化ホウ素の基材と、化学蒸着(CVD)によって堆積された4〜25μmの合計厚さを有する多層耐摩耗性コーティングとから成るコーティングされた切削工具を提供し、この多層耐摩耗性コーティングは、
CVDにより堆積された、一般式Ti1−xAlにより表されるTiAlCN(a)(式中、0.2≦x≦0.97、0≦y≦0.25、及び0.7≦z≦1.15)、及び
CVDによってTiAlCN層(a)のすぐ上に堆積されたカッパ酸化アルミニウムのκ−Al層(b)
を備え、
Ti1−xAl層(a)は、基材表面に対して平行に優先的に成長する{111}面を有する全体的な繊維集合組織を有し、この繊維集合組織は、X線回折又は電子線後方散乱回折により0°≦α≦80°の角度範囲で測定したTi1−xAl層(a)の{111}極点図が、基準法線から≦10°の傾斜角内に最大強度を有すること、及び0°≦α≦60°の角度範囲で測定した相対強度の≧50%を、基準法線から≦20°の傾斜角内に有することを特徴とし、
κ−Al層(b)は、基材表面に対して平行に優先的に成長する{002}面を有する全体的な繊維集合組織を有し、この繊維集合組織は、X線回折又は電子線後方散乱回折により0°≦α≦80°の角度範囲で測定したκ−Al層(b)の{002}極点図が、基準法線から≦10°の傾斜角内にある最大強度を有すること、かつ0°≦α≦80°の角度範囲で測定した相対強度の≧50%を、基準法線から≦20°の傾斜角内に有することを特徴とする。
【0013】
本発明の文脈において、ここで使用する「基準法線(sample normal)」とは、堆積表面の平面に対して垂直な法線を、すなわちそれぞれ、基材表面の平面に対して垂直な法線、又は規定すべきコーティングの下にあるコーティング表面の平面に対して垂直な法線を意味する。
【0014】
本発明の文脈において、「繊維集合組織」(単に「集合組織」とも言う)とは、ここで、基準法線から特定の傾斜角内にある層の{hkl}極点図の最大強度により規定するように、結晶材料の結晶粒が、ランダム分布より頻繁に、基材表面に対して平行に優先的に成長する{hkl}結晶面で方位付けされていることを意味する。κ−Al層(b)の繊維集合組織については、κ−Al層の{001}及び{002}結晶面が平行な平面であるため、以下では、κ−Al層の繊維集合組織との関連で、結晶面名称{001}及び{002}は、同じ意味を有し、κ−Al層の結晶成長方位に関して相互に交換可能である。κ−Al層の優先結晶成長方位の定義については、{002}極点図が選択されている。(001)ピークは、結晶格子型に当てはまる消滅則が原因で、XRDスペクトルには現れないからである。
【0015】
本発明による生成物は、改善された特性を有する新規なコーティング構造を有する。本発明者らは、意外なことに、x=0.2からx=0.97のAl含分を含む{111}集合組織化されたTi1−xAl層の表面に、高度に{001}集合組織化されたκ−Al層を面心立方(fcc)結晶構造で、κ−Al層の優れた接着性で成長させることが可能なことを見出した。以下に説明するようにこのことは、従来技術の観点から、またκ−Al層の成長特性に関する知識からは予測できず、また意想外であった。
【0016】
熱力学的にメタ安定性のκ−Al多形の核形成及び成長は、安定性のα−Al相とは異なり、通常は、面心立方(fcc)結晶構造を有する下部層、例えば、TiC、TiNまたはTiCN層(Al含分を非常に僅かしか含まないか、又は全く含まない)の表面にある{111}結晶ファセットで起こることが知られている。ここで方位関係性は、[111]fcc相層//[001]κ−Alであり(前述の欧州特許第0403461号で論じられている)、κ−Alの成長は、互いに上に堆積された2つの結晶構造に稠密充填された原子層の積層順序によって決まる。そして、面心立方(fcc)結晶構造を有する前述の種類の下部層の表面にある{111}結晶ファセットにより、核形成箇所について高密度をもたらし、成長にとって良好な前提条件、及びκ−Alの稠密充填{001}結晶面の良好な接着性をもたらす。
【0017】
κ−Alがfcc相の層で核形成し、これによって稠密充填{111}結晶面の上部においてκ−Al稠密充填{001}結晶面が成長するための核形成箇所について高密度がもたらされるこのような既知の技術とは対照的に、本発明によるコーティングでは、Ti1−xAl層が、{111}集合組織で優先成長方位で成長する。すなわち、結晶面{111}は、基材表面に対して平行に成長する。この特徴的な成長プロセスにより、Ti1−xAl層の表面は、基本的に完全に、{100}結晶ファセットで終端し、これによってκ−Alにとって非常に僅かな核形成箇所がもたらされる。しかしながら、本発明による生成物である下部fcc−Ti1−xAl層上にもたらされる核形成表面が、稠密充填原子層を有する{111}面を欠き、その代わりに{100}面で終端しているにも拘わらず、本発明による生成物は、方位関係[111]fcc−Ti1−xAl//[002]κ−Alを示し、ひいては本発明によるκ−Al層における高度な{001}集合組織を示す。
【0018】
本発明によるTi1−xAl層(a)の{111}繊維集合組織は、X線回折又は電子線後方散乱回折(EBSD)により測定したTi1−xAl層(a)の{111}極点図が、基準法線から≦10°、好ましくは≦5°の傾斜角内に最大強度を有することを特徴とする。
【0019】
本発明によるκ−Al層(b)の{001}繊維集合組織は、X線回折又は電子線後方散乱回折(EBSD)により測定したκ−Al層(b)の{002}極点図が、基準法線から≦10°、好ましくは≦5°の傾斜角内に最大強度を有することを特徴とする。
【0020】
極点図は、優先結晶配向(繊維集合組織)を特定するための適切な手段である。本発明の文脈において、本発明によるTi1−xAl層(a)の{111}反射の極点図、又は本発明によるκ−Al層(b)の{002}反射の極点図は、0°≦α≦80、及び0°≦β≦360°の角度範囲にわたり、環状に配置された測定点で実施した。測定されたすべての極点図及び逆算された極点図についての強度分布は、ほぼ回転対称であり、これはつまり、調査した層が、繊維集合組織を示したということである。極点図をXRDによって測定する場合、0°≦α≦80及び0°≦β≦360°の角度範囲にわたる測定は通常、例えば5°以下の角度増分で行う。
【0021】
本発明によるTiAlCN層(a)は好ましくは、600℃〜900℃の範囲にある反応温度でCVDにより堆積させ、本発明によるカッパ酸化アルミニウムのκ−Al層(b)は好ましくは、600℃〜950℃の範囲にある反応温度でCVDにより堆積させる。
【0022】
本発明によるコーティングされた切削工具の1つの実施態様では、TiAlCN層(a)とκ−Al層(b)との界面近くで、TiAlCN層(a)の組成が変わっている。従って、TiAlCN層(a)とκ−Al層(b)との界面から30nmの距離内において、TiAlCN層(a)が、Ti1−xAlによって表されるTiAlCN層(a)の平均組成よりも高いTi含分を有する化学組成Ti1−uAlを有し、差(x−u)≧0.04、好ましくは(x−u)≧0.06、並びに0.16≦u≦0.93、0≦v≦0.25、及び0.7≦w≦1.15であることを特徴とする。
【0023】
何らかの理論に結び付けるつもりはないが、TiAlCN層(a)とκ−Al層(b)との界面近くで、TiAlCN層(a)の組成変化により、AlNがTiAlCN層(a)からκ−Al層(b)内に拡散すると、本発明者らは考えている。本発明者らは、この組成変化(恐らく界面での拡散に起因する)が、層(a)及び層(b)の相互接着に対して有利な効果をもたらすことを観察している。
【0024】
本発明によれば好ましくは、κ−Al層(b)に対して界面を形成するTi1−xAl層(a)の表面が、{100}結晶面のファセットで終端している。これによって{100}結晶面のファセットが、{111}結晶面で約54.7°の角度を有し、これは基材表面に対して平行な優先方位である。Ti1−xAl層(a)の終端となる{100}結晶面のファセットは、κ−Al層(b)のための成長端部を反映している。このように方位付けされた{100}結晶面のファセットが、κ−Alに対して非常に僅かな核形成箇所しかもたらさないにも拘わらず、意外なことに、κ−Alについて充分な核形成及び成長が、強力な{001}繊維集合組織で存在することが判明した。
【0025】
{100}集合組織化されたTiAlCN層もまた、{100}結晶面のファセットによって終端しており、この場合、基材表面に対して平行に方位付けされていることを、本発明者らは観察している。しかしながら、TiAlCN層(a)の表面が、同様に{100}結晶面のファセットで終端しているにも拘わらず、基材表面に対して方位が異なるのみで、κ−Alは、実質的に何らかの集合組織無しで、核形成する。
【0026】
本発明の別の実施態様では、TiAlCN層(a)の>90%、好ましくは95%>、最も好ましくは>99%が、面心立方(fcc)結晶構造を有する。
【0027】
本発明の別の実施態様では、TiAlCN層(a)が、Ti及びAlの化学量論含分が異なるTiAlCN下位層が交互にくるラメラ構造を有し、TiAlCN下位層は、150nm以下、好ましくは50nm以下の厚さを有する。
【0028】
本発明の別の実施態様では、面心立方(fcc)結晶構造を有する、式Ti1−xAlで表されるTiAlCN層(a)の結晶粒の間に、Ti1−xAlによって表されるTiAlCN層(a)の平均組成よりもAl含分が高い化学組成Ti1−oAlの粒界析出物が存在し、差(o−x)≧0.05、好ましくは(o−x)≧0.10、並びに0.25≦o≦1.05、0≦p≦0.25、及び0.7≦q≦1.15.であることを特徴とする。この粒界析出物は、fcc−TiAlCNから相転移によって形成された、少なくとも部分的に六方晶相のh−AlNから成る。六方晶相は、面心立方(fcc)相よりもモル体積が大きいため、相転移の際に体積が膨張し、fcc−TiAlCNの残留応力状態から、より高度な圧縮残留応力へと移行する。圧縮残留応力の増加により、コーティングにおける亀裂形成に対する耐性が改善され、特に断続的な切削作業で使用される場合に、コーティングされた工具の靭性が向上する。
【0029】
本発明の好ましい態様では、TiAlCN層(a)の厚さが、2μm〜14μm、好ましくは2.5μm〜6μmである。
【0030】
本発明の別の好ましい態様では、κ−Al層(b)の厚さが、1μm〜9μm、好ましくは1.5μm〜6μmである。
【0031】
本発明の別の好ましい態様では、多層耐摩耗性コーティングが、TiAlCN層(a)及びκ−Al層(b)に加えて、基材表面とTiAlCN層(a)との間に、かつ/又はκ−Al層(b)の上に、化学蒸着(CVD)によって堆積された、周期表の4A族、5A族若しくは6A族の1種以上の元素又はAl若しくはSi又はこれらの組み合わせの酸化物、炭化物、窒化物、酸窒化物、オキシカーバイド、酸窒化物、炭窒化物、オキシカルボニトリド、又はホウ炭窒化物から成る1つ又は複数の耐火層を備え、この耐火層はそれぞれ、0.5〜6μmの厚さを有する。
【0032】
基材表面とTiAlCN層(a)との間にある、1つ又は複数のさらなる耐火層の好ましい例は、窒化チタン、炭化チタン、炭窒化チタン、窒化ジルコニウム、炭化ジルコニウム、炭窒化ジルコニウム、窒化ハフニウム、炭化ハフニウム、又は炭窒化ハフニウムから成るものである。窒化チタン層が、最も好ましい。
【0033】
κ−Al層(b)の上にある、1つ又は複数のさらなる耐火層の例は、炭窒化チタンアルミニウム、窒化アルミニウム、窒化チタン、炭化チタン、炭窒化チタン、窒化ジルコニウム、炭化ジルコニウム、炭窒化ジルコニウム、窒化ハフニウム、炭化ハフニウム、又は炭窒化ハフニウムから成るものである。
【0034】
本発明の別の好ましい実施態様では、多層耐摩耗性コーティングが、TiN、TiC、TiCN、ZrN、ZrCN、HfN、HfCN、VC、TiAlN、TiAlCN、AlN若しくはこれらの組み合わせ、又はこれらの多層から成る、厚さ0.1〜3μm、好ましくは0.2〜2μm、より好ましくは0.5〜1.5μmの最外トップコーティングを備える。薄い最外コーティング(トップコーティング)は、平滑性又は潤滑性という目的のために、及び/又は最外コーティングの摩耗程度及びその摩耗位置により工具の摩耗を示す検知層として、設けられていてよい。
【0035】
本発明の別の好ましい実施態様では、基材表面のすぐ上にあり、基材表面と接触している第一の耐火層がTi(C,N)、TiN、TiC、Ti(B,C,N)、HfN、Zr(C,N)又はこれらの組み合わせから成り、好ましくは、基材表面に隣接する第一の耐火層がTi(C,N)から成る。基材表面のすぐ上にあり、基材表面と接触しているこの種類の第一の耐火層を備える利点は、後続層の接着性が改善することである。
【図面の簡単な説明】
【0036】
図1】以下で述べるように製造した、例1(本発明による)のコーティングについて断面図を示すSEMイメージである。
図2-a】0°≦α≦80(増分5°)及び0°≦β≦360°(増分5°)の角度範囲にわたるX線回折により測定した、例1(本発明による)のコーティングのTiAlN層の{111}極点図を示す。測定強度は、等値線により示されている。点線の円は、10〜70度の放射角度を表し、破線の円は、80度の放射角度を表し、実線の円は、90度の放射角度を表す。
図2-b】0〜90°のアルファ角度範囲にわたり、固定ベータ角度0°での、図2(a)の極点図による断面図を示す。横座標は、0〜90度の角度範囲を示し、座標は、測定された関連強度を示す。
図3-a】0°≦α≦80(増分5°)及び0°≦β≦360°(増分5°)の角度範囲にわたるX線回折により測定した、例1(本発明による)のコーティングのκ−Al層の{002}極点図を示す。測定強度は、等値線により示されている。点線の円は、10〜70度の放射角度を表し、破線の円は、80度の放射角度を表し、実線の円は、90度の放射角度を表す。
図3-b】0〜90°のアルファ角度範囲にわたり、固定ベータ角度0°での、図3(a)の極点図による断面図を示す。横座標は、0〜90度の角度範囲を示し、座標は、測定された関連強度を示す。
図4】以下で述べるように製造した、例2(比較例)のコーティングについて断面図を示すSEMイメージである。
図5-a】0°≦α≦80(増分5°)及び0°≦β≦360°(増分5°)の角度範囲にわたるX線回折により測定した、例2(比較例)のコーティングのTiAlN層の{111}極点図を示す。測定強度は、等値線により示されている。点線の円は、80度の放射角度を表し、破線の円は、90度の放射角度を表す(これは、10〜70度の放射角度を示す点線の円を含まない)。
図5-b】0〜90°のアルファ角度範囲にわたり、固定ベータ角度0°での、図5(a)の極点図による断面図を示す。横座標は、0〜90度の角度範囲を示し、座標は、測定された関連強度を示す。
図6-a】0°≦α≦80(増分5°)及び0°≦β≦360°(増分5°)の角度範囲にわたるX線回折により測定した、例2(比較例)のコーティングのκ−Al3層の{002}極点図を示す。測定強度は、等値線により示されている。点線の円は、10〜70度の放射角度を表し、破線の円は、80度の放射角度を表し、実線の円は、90度の放射角度を表す。
図6-b】0〜90°のアルファ角度範囲にわたり、固定ベータ角度0°での、図6(a)の極点図による断面図を示す。横座標は、0〜90度の角度範囲を示し、座標は、測定された関連強度を示す。
【0037】
定義及び方法
繊維集合組織
ここで使用されるように、また蒸着によって生成された薄膜との関連で一般的に使用されるように、「繊維集合組織」又は「集合組織」という用語はそれぞれ、成長結晶粒の方位を、ランダム方位から区別する。薄膜及びコーティングでは通常、集合組織について3種の集合組織が区別される:(i)結晶粒が優先方位を有さないランダム方位、(ii)繊維集合組織、ここでコーティングにおける結晶粒は、ミラー指数によりh、k及びlで規定される形状的に等価の結晶面の一群{hkl}が、基材表面の平面に対して優先方位であることが判明しているように方位付けされており、その一方で、この平面に対して垂直な繊維軸を中心にした、結晶粒の回転自由度が存在する、(iii)単結晶基材におけるエピタキシャル配向(又は面内集合組織)、ここで平面内配向は、基材に対して結晶粒の3つの軸を固定する。本願の文脈において「集合組織」という用語は、「繊維集合組織」と同義で使用する。
【0038】
X線回折(XRD)測定
X線回折特定は、GE Sensing and Inspection Technologies のXRD3003 PTS回折計を用いて、Cu−Kα照射で行った。X線管は、点集束で40kV及び40mAで走らせた。サイズが固定された測定開口部を備えるポリキャピラリー視準レンズを利用する平行ビーム光学装置を、試料のコーティングされた面にわたってX線ビームのスピルオーバーが回避されるように、試料の照射面積を規定する一次側で使用した。二次側では、ダイバージェンスが0.4°であり、厚さが25μmのNi Kβフィルタを備えるSollerスリットを使用した。
【0039】
極点図
分析された層について特定の{hkl}反射の極点図は、ここに記載するようにXRDを用いて測定し、0°≦α≦80°(増分5°)及び0°≦β≦360°(増分5°)の角度範囲にわたって、環状に配置された測定点で測定した。測定強度のバックグラウンド補正については、αの各増分について、他のコーティング層又は基材の回折ピークとは一切重ならない固定角2θで測定した。焦点外れ補正は、行わなかった。測定されたすべての極点図及び逆算された極点図についての強度分布がほぼ回転対称であった場合、調査した層は、繊維集合組織であったということになる。
【0040】
Ti1−xAlについて極点図は、残留層が約20〜80%を有し、かつ適度な平滑性を備えるまで、通常は≦0.075μmのグリッドサイズ、≧25μm×25μmのマップサイズを用いて、基材表面に対して平行に研磨された層を有する試験体のEBSDマップから交互に生成可能である。回折パターン及び指数化のために充分な品質を有する方位マップが得られたら、市販で手に入るソフトウェア(例えばEDAX OIM Analysis)を用いて、層内のfcc−Ti1−xAlの集合組織を計算することができ、また極点図をプロットすることができる。κ−Al層については、菊池線回折パターンの取得、及びその補正指数は、多結晶層の結晶粒内で双晶又はその他の積層欠陥が高密度であることによって、しばしば妨げられる。このため、この場合における集合組織を安全に特定するためには、XRD測定が推奨される。EBSD試料作製、測定、及びTiAlCN層におけるfcc相の最小含分特定プロセスについての詳細な手順を以下に示すが、これらの手順によって得られる一群のデータから、集合組織を特定することもできる。一般的には当業者であれば、試験体作製、EBSD測定、及びデータ加工を適切に行うことができる。
【0041】
{hkl}結晶面の優先方位を調べ、確認するために、立方晶系についての少なくとも2つのさらなる反射から、又はその他の(非六方晶)結晶系についての少なくとも3つのさらなる反射から、それぞれ別の極点図を測定した。XRD極点図測定について充分な数のデータから、方位密度分布関数(ODF)を、ポーランドのLaboSoft製ソフトウェアLaboTex3.0により算出し、優先結晶方位を、逆極点図により示すことができた。ODFを逆極点図として提示することは、試料に存在する繊維集合組織の結晶方位及び鋭さを示すために適している。EBSD(電子線後方散乱回折)測定においてODFは、局所的な各方位測定について統計的に重要な数から、市販で手に入るEBSDデータ加工ソフトウェア(例えばEDAX OIM Analysis)を用いて、算出することができる[L. Spies et al., Moderne Roentgenbeugung, 2nd edition, Vieweg & Teubner, 2009]。
【0042】
透過型電子顕微鏡(TEM)EDS分析
透過型電子顕微鏡(TEM)分析は、電界放射カソードを備えるFEI Titan 80−300顕微鏡により、300kVの加速電圧で行った。EDS分析のために、Oxford Inca EDSシステムを使用した。TEMのための試料作製は、その場取り出し技術(in−situ lift−out)により、FIB/SEMを組み合わせた装置で、表面から薄い断面片を切り出し、この試料を電子透過に充分なほど薄くすることにより、行った。
【0043】
電子後方散乱回折(EBSD)
EBSD分析は、電界放射カソードを備えるZeiss SUPRA40VP電子走査顕微鏡(SEM)により、60μmの開口部、及び15kVの加速電圧で、研磨された試料表面に約12mmの作業距離で70°の電子ビーム励起角により高電流モードを作用させて行った。EBSDシステムは、EDAX(Digiview camera)であり、データ補正及び分析のためには、TSL OIM Data Collection 7及びTSL OIM Analysis 7 ソフトウェアパッケージを、それぞれ使用した。
【0044】
電子後方散乱回折(EBSD)による結晶構造特定
層(b)のTi1−xAlの面心立方(fcc)結晶構造についてのパーセンテージは、EBSD分析により、試料の研磨断面で特定した。研磨は、以下の手順によって行った:グラインドディスクStruers Piano 220及び水を用いて、6分グラインドする;Struers 9μm MD−Largoダイヤモンド懸濁液を用いて、3分研磨する;Struers 3μm Md−dac ダイヤモンド懸濁液を用いて、3:40分研磨する;Struers 1μm MD−Napダイヤモンド懸濁液を用いて、2分研磨する;平均粒径が0.04μmのコロイド状シリカ懸濁液Struers OP−Sを用いて、少なくとも12分研磨する。SEM/EBSD分析の前に試験体を、エタノール中で超音波洗浄し、消磁する。このようにして製造した試験体を、FE−SEM(通常はEverhart−Thornley二次電子検出器を用いて、加速電圧2.5kV、及び作業距離3〜10mmで)で検査することにより、面心立方Ti1−xAl層の結晶粒が、平坦な表面に研磨されていることが分かり、これが強調された方位コントラストを示すのに対して、fcc−Ti1−xAl層の粒界で析出したh−AlN又はh−AlNの層は、fcc相の結晶粒よりもかなり激しくエッチングされ、このため、コーティングについてこれらの表面の割合は、fcc相よりも少なく、平坦な表面を有さない。このトポグラフィーにより、h−AlNから成るコーティングにおける割合は、以下に示すEBSD分析においてより悪いEBSDパターンをもたらすのだろう。
【0045】
EBSDマップについての典型的な取得、及び処理パラメータは、以下の通りである:マップサイズは、少なくとも50×30μm(段階的なサイズは≦0.15μm)であり、測定点の六方晶格子である。4×4又は8×8の区間割り、及び任意で動的バックグラウンド差し引きは、カメラ画像で、1秒あたり20〜100フレームに相当する露出時間により行う。しかしながら基本的には、前述の製造手順によって、バックグラウンド差し引き手順を行うことなく、充分な品質のTi1−xAl層の回折パターンを有する試料が得られた。回折パターンの指数化は、ハフ変換により行う。こうして記録されたデータ点は、>0.2という平均信頼指数(CI)により、理想的に指数化されているべきである。CIは、回折パターンを自動指数化する間に、TSL OIM Analysis 7ソフトウェアによって算出される。所定の回折パターンについて複数の方位があり得ることは、イメージ分析ルーチンにより検知された回折バンドを満たすことによって判明し得る。ソフトウェアは、投票スキームによりこれらの方位(又は解析結果)をランク付けする。信頼指数は、この投票スキームに基づき、CI=(V−V)/VIDEALとして得られ、式中、V及びVは、第一及び第二の解析結果の投票数であり、VIDEALは、あり得る投票数を検知されたバンドから合計した数である。信頼指数は、0〜1の範囲にある。信頼指数が0であってもパターンがなおも正確に指数化され得る場合があるものの、CIは、パターン品質のための統計的手段として考慮することができる。粗い表面を有する試料は、充分なパターン品質及びEBSDのための指数化を得るための粗さにまで、研磨しなければならない。0.3よりも大きいCI値は、自動化されたパターン指数化について99%の精度に相当し、一般的に>0.1で指数化されたパターンは、正確であるとみなされる。
【0046】
第一の工程ではEBSDマップを、分析すべきTi1−xAl層(b)のデータ点を得るためだけに、取り込む。第二の工程では、許容角度5°、及び5つのデータ点の最小結晶粒サイズを適用して、結晶粒CI標準化を行う。第三の工程では、フィルタCI>0.1を適用して、すなわち、結晶粒CI標準化後に比較的低い信頼指数を有する全てのデータ点を考慮しないように、こうして得られた一群のデータを分ける。この比(CI標準化及びフィルタリング後にfcc相として指数化されたデータ点の数/取り込んだマップにおけるデータ点の合計数)は、分析したTi1−xAl層内にあるfcc相の面積比に相当する(面積%で得られる)。しかしながら、パターンが重複するため、また粒界におけるトポグラフィーは、fcc相のTi1−xAlから得られるEBSDパターンについてより悪い指数につながるため、こうして得られた値は、層におけるfcc層の最小分率を表し、実際の分率はこれよりも高い。XRD及びSEMによってh−AlNの指数が得られないTi1−xAlコーティングは通常、実質的に約100%のfcc相から成るため、前述のEBSD測定及び処理法によってfcc相として指数化されたEBSDマップについて、>95面積%という値が得られる。
【実施例】
【0047】
試料製造
本発明による切削工具の製造、及び比較例による切削工具を製造するために、超硬合金切削工具基材物体(組成:90.5重量%のWC、1.5重量%のTaC+NbC、及び8.0重量%のCo;形状:SEHW1204AFN)を、高さが1250mm、直径が325mmである、円筒形のCVD反応器(Bernex BPX 325S)でコーティングした。
【0048】
基材物体にわたるガス流は、第一及び第二の前駆体ガス流(PG1及びPG2)を用いて、中心ガス分配管から放射状に行った。第一及び第二の前躯体ガス流(PG1及びPG2)を、反応器に別個に導入し、反応ゾーンに入る直前に(すなわち、ガス分配管の出口の後で)合した。
【0049】
本発明によるTi1−xAl層(a)は、600℃〜900℃の範囲の温度で堆積させる。所望の層組成に応じて、反応ガスは、TiCl、AlCl、CHCN、NH、N、Hを含有する。
【0050】
それからκ−Al層(b)を、Ti1−xAl層(a)のすぐ上に、600℃〜950℃の範囲の温度で堆積させる。反応ガスは、AlCl、CO及びHを含有し、さらにCO、HCl、HS及び/又はSFを含有することができる。κ−Al層(b)の堆積は典型的に、2つの堆積工程で行ったのだが、第一の工程では核形成層が成長し、第二の工程では、κ−Al層を所望の厚さまで成長させる。第二の工程では、HS及び/又はSFを触媒として使用した。先の第一堆積工程を用いることなく、κ−Al層を成長させることも本発明の範囲内にあるが、しかしながらその場合、下部のTi1−xAl層(a)とκ−Al層(b)との間にある界面において、多量の多孔質が観察された。
【0051】
本発明による実施例のコーティング、及び比較例によるコーティングは、ここに記載した装置及び以下の表1に記載のプロセス条件を用いて、得たものである。しかしながら、使用する装置に応じて、CVDコーティングを生成させるためのプロセス条件を特定の範囲まで変えられることは、当技術分野においてよく知られている。このため、当業者であれば、本発明のコーティング特性を達成するために使用する堆積条件及び/又は装置を変更することができる。
【0052】
SEM顕微鏡断面写真を、実施例によるコーティングから作製し、これらは図1及び4に示されている。TiAlN層及び実施例によるコーティングのκ−Al層から極点図を測定し、これらは図2、3、5及び6に示されている。
【0053】
Ti1−xAl層の{111}極点図における基準法線に対する最大強度の位置(傾斜角)、また例1(本発明による)及び例2(比較例)のコーティングについてのTi1−xAl層の{002}極点図における基準法線に対する最大強度の位置(傾斜角)が、表2に示されている。表2はまた、Ti1−xAl層の{111}極点図では0°≦α≦60°の角度範囲で測定した、また例1(本発明による)及び例2(比較例)のコーティングについてκ−Al層の{002}極点図では0°≦α≦80°の角度範囲で測定した、基準法線から≦20°の傾斜角内にある相対的な強度を示す。
【0054】
【0055】
【0056】
切削試験
例1(本発明による)及び例2(比較例)に従って製造した切削工具を、以下の条件でミリング作業において使用した:
ワークピース材料:鋼(DIN 42CrMo4)
冷却剤:無し
一枚当たりの送り:f=0.2mm
切削深さ:a=3mm
切削速度:v=283m/分
設定角度:κ=45°
【0057】
主切れ歯における最大フランク摩耗(VBmax)の発生、及び櫛状亀裂の数を、800mmの工程で4000mmのミリング距離にわたって観察した。以下の表3は、VBmaxの発生、及びミリング距離にわたる櫛状亀裂の数を示す。ミリング試験において、本発明によるコーティングを備える切削工具は、フランク摩耗に対して、また櫛状亀裂形成に対して、比較例のものよりも著しく高い耐性を示した。
【0058】
図1
図2-a】
図2-b】
図3-a】
図3-b】
図4
図5-a】
図5-b】
図6-a】
図6-b】