(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
一般的に研磨とは、固体の表面を砥石や砥粒等の研磨材を使用して断続的に擦ることで表面部分を削り、平滑にしていく作業のことであり、半導体材料や電子部品材料等、多くの製品で実施されている。
【0003】
近年、半導体パワーデバイス用の基板材料として、SiC(炭化珪素)、GaN(窒化ガリウム)、サファイア等が使用されている。中でもSiCは、Si(シリコン)に比べて絶縁破壊電界が約10倍、またバンドギャップが3倍大きいことから、パワーデバイスへの応用が期待されている。
【0004】
SiC基板はSiC単結晶のインゴットから切り出されて得られるが、SiC基板の表面には高い平坦性、平滑性が求められており、切り出されたSiC基板の表面は十分な平坦性を有しないため、SiC基板の表面を研削、研磨する必要がある。
【0005】
SiCは、滑石を1とし、ダイヤモンドを15とした修正モース硬度が13であり、ダイヤモンドに近い硬さを有し、化学的な耐久性もきわめて高いため、SiCの研磨には、SiCよりも硬度が高いダイヤモンド微粒子などが研磨材として用いられている(特許文献1参照)。また、SiC基板に金属を反応させた後にダイヤモンドで研磨する場合もある(特許文献2参照)。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明のバフ材は、熱可塑性樹脂スポンジを主体として熱硬化性樹脂が付与された多孔質体によって構成され、研磨材を含有せず、気孔径が20μm以上であり、気孔率が40%(容量%)以上95%(容量%)以下であり、圧縮弾性率が39MPa以上である。
【0014】
熱可塑性樹脂スポンジの原料となる熱可塑性樹脂は、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ウレタン等が好適である。
【0015】
例えば、PVAを原料としたポリビニルアセタールスポンジは、PVAの溶解液に気孔形成材の添加や発泡等によって気孔を形成させつつ、ホルマール化反応を行うことで得られる素材であり、高弾性で耐水性に優れる多孔質構造の熱可塑性樹脂スポンジである。より詳細には、PVAの粉末を水に溶解したPVA水溶液にアセタール化反応の原料であるホルマリン等を加え、さらに反応触媒である酸類を加え、気孔形成材を添加する或いは発泡させることによって気孔を形成し、容器(成形型)内で加温して反応させることでPVAがアセタール化して硬化し、容器から取出すことによりポリビニルアセタールスポンジが得られる。
【0016】
付与する熱硬化性樹脂は、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、尿素樹脂等が好適である。
【0017】
熱硬化性樹脂の付与は、熱可塑性樹脂スポンジの原料混合液への添加(スポンジ成形前の付与)であってもよく、熱可塑性樹脂スポンジへの含浸(スポンジ成形後の付与)であってもよい。例えばポリビニルアセタールスポンジの場合、スポンジ成形前の付与では、PVA水溶液にホルマリン等や酸類とともに熱硬化性樹脂を混入し、加温し反応させて容器から取出して水洗及び乾燥し、乾燥後の熱処理により硬化させる。一方、スポンジ成形後の付与では、熱硬化性樹脂を混入せずに反応させ、容器から取出して水洗及び乾燥し、乾燥後のポリビニルアセタールスポンジに熱硬化性樹脂を含浸した後、熱処理して硬化させる。
【0018】
上記気孔径とは、バフ材(多孔質体)の気孔の大きさを示す値であり、得られた気孔径の分布の最頻値としている。例えば水銀圧入式ポロシメーター(Quantachrome製)によって検出される。
【0019】
上記気孔率とは、乾燥機で十分に乾燥された乾燥状態の直方体のバフ材(多孔質体)の真体積を乾式自動密度計にて測定し、直方体の見掛け体積と真体積とから、次式(1)にて算出される値である。
【0020】
気孔率(%)=(見掛け体積−真体積)/見掛け体積×100…(1)
【0021】
上記圧縮弾性率とは、バフ材(多孔質体)を圧縮した際の応力−ひずみ曲線の直線部(線形部分)の傾きに相当する値(圧縮応力/ひずみ)であり、例えば万能試験機(株式会社島津製作所製)によって検出される。
【0022】
本発明に係るバフ材を用いたSiC研磨のメカニズムは以下のように考察される。
(1)SiC基板を、研磨材(砥粒)を供給することなく、本発明に係るバフ材を用いて高圧条件下で研磨(砥粒レス研磨)すると、SiC基板とバフ材との接触面に摩擦熱が生じ、基板表面(SiCを主成分とする被研磨面)の少なくとも一部が熱酸化され、SiOxが生成される。
(2)生成されたSiOxが微粒子化し、基板表面から脱落する。
(3)脱落したSiOx微粒子がバフ材に保持され、擬似的な砥粒(研磨材)として働き、SiC基板の研磨が促進される。
【0023】
なお、砥粒レス研磨後のバフ材の表面には黒い研磨粉が付着しており、XPS(X線光電子分光)によりSiOxのピークが確認されている。
【0024】
このように、本発明は、SiC基板研磨において、従来必要とされていたダイヤモンド等の高価な微粉砥粒を使用することなく、高圧研磨条件にてバフ材単独でのSiC研磨を可能ならしめる新規なバフ材を提供するものである。本発明のバフ材によって、研磨に要するコストの上昇を抑制し、且つ作業環境を汚染することなく、SiCを主成分とする被研磨面を研磨することが可能となる。
【0025】
上記メカニズムより、効率的にSiCを研磨するバフ材としては、SiOxを保持するために、気孔を有する多孔質体によって構成することが有効である。気孔は、発泡法、焼結、抽出法の何れによって形成されてもよいが、バフ材(多孔質体)への蓄熱を抑制するためには独立気孔よりも連続気孔の方が好適である。
【0026】
気孔径は、20μm以上が好適であり、より好ましくは40μm以上である。気孔径が小さすぎると、SiOxを保持できずに加工能率が低下するためである。
【0027】
また、気孔率(容積%)は、40%以上95%以下が好適であり、より好ましくは50%以上90%以下である。一般的に気孔率が50%未満の場合、バフ材(多孔質体)の圧縮弾性率は5000kgf/cm
2(490MPa)以上となり、バフ材表面形成時の歪みが矯正されず被研磨面に均一に当たらなくなる。一方、気孔率が高すぎると構造物としての形状を維持できない。このため、気孔率が適正な範囲を外れる場合、バフ材の製造が不可能となる。
【0028】
また、被研磨材(SiC)にバフ材を押し当てる際にバフ材が歪みにくくするため、ある程度の硬さが必要であり、そのためには、多孔質体に熱硬化性樹脂が含まれることが重要である。具体的には、硬さの指標となる圧縮弾性率は、400kgf/cm
2以上(39MPa以上)が好適であり、より好ましくは500kgf/cm
2以上4100kgf/cm
2以下(49MPa以上402MPa以下)である。圧縮弾性率が低すぎると被研磨材にバフ材を押し当てた時に、バフ材が歪んでしまい、被研磨面に均一に当たらなくなる。また高すぎてもバフ材表面形成時の歪みが矯正されず被研磨面に均一に当たらなくなる。このため、圧縮弾性率が上記範囲を外れる場合、加工能率が著しく低下する。
【0029】
熱可塑性樹脂と熱硬化性樹脂から成るバフ材(多孔質体)に合成繊維を添加(熱可塑性樹脂スポンジの成形前に原料混合液へ混入)してもよい。一般に繊維を添加することにより、圧縮弾性率を大きく変化させることなく、バフ材の高圧下における変形を抑制することができるためである。添加する合成繊維は、ビニロン繊維、ナイロン繊維、アクリル繊維、ポリエステル繊維等が好適である。すなわち、本発明のバフ材は、合成繊維を含有しない多孔質体単体によって構成されてもよく、合成繊維を含有する多孔質体によって構成されてもよい。
【0030】
また、バフ材(成形後)をプレス加工してもよい。プレス加工によってバフ材の高圧下における変形を抑制することができるためである。
【0031】
また、効率的にSiOxを発生させるために、被研磨材(SiC)にバフ材を押し当てる圧力(加工圧力)は高圧である必要がある。具体的には、0.1MPa以上が好適であり、より好ましくは1MPa以上である。加工圧力が低すぎると基板表面(被研磨面)の熱酸化によるSiOxが発生しなくなり、研磨が不可能となる。また加工圧力の上限は規定しないが、バフ材が変形しない程度の圧力が望ましい。なお、SiCにバフ材を押し当てる際のバフ材の形状は、特に限定されるものではなく任意である。
【0032】
次に、バフ材を用いた研磨の形態例について、
図2〜
図6を参照して説明する。
【0033】
図2及び
図3に示すように、バフ材1は、研磨装置の台座2に固定されて回転軸3を中心に回転し、研磨装置に支持された被研磨材(SiC)4との間で相対回転及び相対移動をしながら被研磨材4の表面(上面)を移動して研磨する。被研磨材4は、回転可能及び/又は移動可能に研磨装置に支持されてもよく、回転不能且つ移動不能に支持されてもよい。
図2の例では、バフ材1の回転軸3を被研磨材4の表面(被研磨面)の垂直方向5に対して傾斜させ、バフ材1の下端面の外周縁部を被研磨材4の表面に押圧接触させて研磨する。バフ材1を台座2に固定する方法は限定されず、例えば接着剤などによって固定される。
【0034】
バフ材1の形状や1つの台座2に固定されるバフ材1の数は任意に設定することができる。例えば、
図3に示すように、ドーナツ板状の1枚のバフ材1をドーナツ板状の台座2に固定してもよく、
図4に示すように、扇形状の複数(
図4の例では18枚)のバフ材6を互いに離間するようにドーナツ状に並べて台座2に固定してもよい。また、
図5に示すように、小型円板状の多数のバフ材7を台座2に固定してもよく、
図6に示すように、複数のバフ材8を互いに離間するように台座2の外周縁部に沿って配置して固定してもよい。
【0035】
次に、実施例をあげて本発明を説明するが、本発明は記載した実施例により何ら限定されるものではない。
【0036】
(実施例1)
中間けん化型ポリビニルアルコールの加温した10%水溶液100L(リットル)に、気孔形成材として馬鈴薯澱粉7.5kgを撹拌混合し、澱粉を糊化し、37%ホルムアルデヒド水溶液10Lと37%塩酸10L、65%レゾール型フェノール樹脂25Lを攪拌機で充分に撹拌後、容器(型枠)に流し込んで60℃にて20時間反応させた。反応・固化終了後、反応生成物を容器(型枠)から取出し、洗浄して余剰のホルムアルデヒド、酸、澱粉を除去し、乾燥させ、実施例1のバフ材を得た。実施例1のバフ材の気孔径は、66μm、圧縮弾性率は、900kgf/cm
2(88MPa)であった。
【0037】
(実施例2)
実施例1のバフ材を厚み50mmに切断し、切断したバフ材を40mmの厚みになるように110℃で6分間熱プレス加工して、実施例2のバフ材を得た。実施例2のバフ材の気孔径は、56μm、圧縮弾性率は、600kgf/cm
2(59MPa)であった。
【0038】
(実施例3)
実施例1に繊維長3mmのビニロン繊維を加えた(熱硬化性樹脂とともに原料混合液へ混入した)こと以外は実施例1と同様の工程により実施例3のバフ材を得た。実施例3のバフ材の気孔径は、45μm、圧縮弾性率は、800kgf/cm
2(78MPa)であった。
【0039】
(実施例4)
実施例3のバフ材を厚み50mmに切断し、切断したバフ材を40mmの厚みになるように110℃で6分間熱プレス加工して、実施例4のバフ材を得た。実施例4のバフ材の気孔径は、49μm、圧縮弾性率は、500kgf/cm
2(49MPa)であった。
【0040】
(実施例5)
実施例1のフェノール樹脂を150Lとしたこと以外は実施例1と同様の工程により実施例5のバフ材を得た。実施例5のバフ材の気孔径は、21μm、圧縮弾性率は、3800kgf/cm
2(372MPa)であった。
【0041】
(実施例6)
実施例1のフェノール樹脂を200Lとしたこと以外は実施例1と同様の工程により実施例6の多孔質体を得た。実施例6のバフ材の気孔径は、25μm、圧縮弾性率は、4100kgf/cm
2(402MPa)であった。
【0042】
(実施例7)
実施例1よりも粒子径の大きな澱粉を使用したこと以外は実施例1と同様の工程により実施例7のバフ材を得た。実施例7のバフ材の気孔径は、74μm、圧縮弾性率は、1500kgf/cm
2(147MPa)であった。
【0043】
(比較例1)
実施例3の酸触媒よりも酸化性の高い酸触媒を使用し、気孔形成材の加水分解を促進することにより、圧縮弾性率を低くしたこと以外は実施例1と同様の工程により比較例1のバフ材を得た。比較例1のバフ材の気孔径は、85μm、圧縮弾性率は、300kgf/cm
2(29MPa)であった。
【0044】
(比較例2)
実施例1のフェノール樹脂を加えず、繊維長3mmのビニロン繊維を加えた(熱硬化性樹脂とともに原料混合液へ混入した)こと以外は実施例1と同様の工程により比較例2のバフ材を得た。比較例2のバフ材の気孔径は、88μm、圧縮弾性率は、300kgf/cm
2(29MPa)であった。
【0045】
(比較例3)
比較例2のバフ材を厚み50mmに切断し、切断したバフ材を40mmの厚みになるように110℃で6分間熱プレス加工して、比較例3のバフ材を得た。比較例3のバフ材の気孔径は、96μm、圧縮弾性率は、100kgf/cm
2(10MPa)であった。
【0046】
(比較例4)
実施例1のフェノール樹脂を加えないこと以外は実施例1同様の工程により比較例4のバフ材を得た。比較例4のバフ材の気孔径は、82μm、圧縮弾性率は、200kgf/cm
2(20MPa)であった。
【0047】
(比較例5)
比較例4のバフ材を厚み50mmに切断し、切断したバフ材を40mmの厚みになるように110℃で6分間熱プレス加工して、比較例5のバフ材を得た。比較例5のバフ材の気孔径は、95μm、圧縮弾性率は、100kgf/cm
2(10MPa)であった。
【0048】
(比較例6)
実施例1よりも粒子径の小さな澱粉を使用したこと以外は実施例1と同様の工程により比較例6の多孔質体を得た。比較例6の多孔質体の気孔径は、9μm、圧縮弾性率は、1200kgf/cm
2(118MPa)であった。
【0049】
(比較例7)
実施例1のフェノール樹脂を50Lとしたこと以外は実施例1と同様の工程により比較例7の多孔質体を得た。比較例7の多孔質体の気孔径は、11μm、圧縮弾性率は、2400kgf/cm
2(235MPa)であった。
【0050】
(比較例8)
実施例1のフェノール樹脂を100Lとしたこと以外は実施例1と同様の工程により比較例8の多孔質体を得た。比較例8の多孔質体の気孔径は、16μm、圧縮弾性率は、3200kgf/cm
2(314MPa)であった。
【0051】
(比較例9)
レゾール型フェノール樹脂を容器(型枠)に入れ、80℃にて48時間反応させて、比較例9のフェノール樹脂体を得た。比較例9のフェノール樹脂体の圧縮弾性率は5900kgf/cm
2(580MPa)であった。
【0052】
(研磨試験)
上記実施例1〜7及び比較例1〜9の各バフ材を使用して試験を行った。
【0053】
研磨試験では、実施例1〜7及び比較例1〜9の各バフ材を、縦4mm×横4mm×長さ5mmの直方体状のバフ片に切断し、縦10mm×横10mmのSiC基板を1000rpmで回転させながら、SiC基板の表面(C面)に各バフ片の表面(4mm×4mmの面)を1.875MPaの加工圧力で500秒間押し当てて、SiCを研磨した。試験後、研磨されたSiCの個所を接触式粗さ計にてトレースし、その最大高さを加工量として測定し、1時間当たり(単位時間当たり)の加工量(研磨量)を加工能率として算出した。
【0054】
試験の結果、
図1に示すように、実施例1〜7のバフ材の方が比較例1〜9のバフ材に比べて加工能率が顕著に優れている(単位時間当たりの研磨量が多い)ことが確認された。
【0055】
また、プレス品(実施例2,4)の方が非プレス品(実施例1、3)よりも加工能率が優れていること、及び繊維添加品(実施例3、4)の方が繊維非添加品(実施例1、2)よりも加工能率が優れていることが確認された。
【0056】
なお、本発明は、一例として説明した上述の実施形態、及びその実施例に限定されることはなく、上述の実施形態等以外であっても、本発明に係る技術的思想を逸脱しない範囲であれば、設計等に応じて種々の変更が可能である。