(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
質量%で、C:0.005%以下、Si:1.0〜4.0%、Al:0.1〜0.8%、Mn:0.01〜0.07%、P:0.02〜0.3%、N:0.005%以下、およびS:0.0012〜0.005%、Cu:0.001〜0.5%、Ti:0.005%以下、ならびにSnおよびSbのうち少なくとも1種:合計で0.01〜0.2%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を有し、
球相当直径が0.01〜1μmの介在物の個数NTotに対する該介在物のうちの硫化銅の個数NCuSの比率NCuS/NTotが0.100以下であることを特徴とする無方向性電磁鋼板。
【背景技術】
【0002】
無方向性電磁鋼板は、モータ、発電機等の回転機器や小型変圧器等の静止機器において鉄心用材料として使用され、電気機器のエネルギー効率の決定に重要な役割を果たす。
【0003】
電磁鋼板の特性としては、代表的に鉄損と磁束密度が挙げられる。鉄損は低いほどよく、磁束密度は高いほどよい。これは鉄心に電気を加えて磁場を誘導する時、鉄損が低いほど熱で損失されるエネルギーを低減させることができるためである。また、磁束密度が高いほど同一のエネルギーでより大きい磁場を誘導することができるためである。
【0004】
したがって、エネルギーの節減、環境に優しい製品の需要増加に応えるために、鉄損が低く、磁束密度が高い無方向性電磁鋼板およびその製造方法が求められている。
【0005】
無方向性電磁鋼板の磁気特性のうちの鉄損を改善する代表的な方法としては、板厚を薄くする方法と、Si、Mn、およびAl等の比抵抗が大きい合金元素を添加する方法とが知られている。
【0006】
しかしながら、無方向性電磁鋼板の板厚を薄くする方法では、板厚は使用される製品の特性に応じて決定される上、板厚が薄いほど鋼板の生産性が低下して原価も増加するという問題がある。
【0007】
また、Si、Mn、およびAl等の比抵抗が大きい合金元素を添加する方法では、合金元素を添加することにより鉄損は低下するが、飽和磁束密度が低下して磁束密度が低下することも避けられないという問題がある。
【0008】
また、Si含有量が4%以上になると、加工性が低下することで冷間圧延が困難になって生産性が低下することがある。また、Mn、Al等も多く添加されるほど圧延性が低下し、硬度が増加し、加工性も落ちることがある。
【0009】
一方、鋼板内に微細な介在物が存在すると、焼鈍時の結晶粒成長が阻害されることになり、磁壁移動の阻害作用が増大することにより、鉄損が劣化する。鋼板内に含まれる微細な介在物の個数がより多くなるほど、またサイズが小さくなるほど、結晶粒成長が阻害される。したがって、結晶粒成長性を良好にするために、介在物の個数を少なくして、介在物を粗大化させる必要がある。
【0010】
無方向性電磁鋼板の結晶粒成長を阻害する微細な介在物としては、例えば、硫化銅や硫化マンガン等の硫化物、シリカやアルミナ等の酸化物、窒化アルミや窒化チタン等の窒化物等が知られている。なお、以下において、介在物とは、これらの酸化物、硫化物、窒化物等の非金属析出物を意味することとする。
【0011】
これらの微細な介在物の中でも、硫化物は、圧延後の焼鈍において溶解した後に冷却過程で再析出するため、個数が多く、かつ微細となり易いので、結晶粒成長を阻害して鉄損を劣化させる作用が大きい。そして、特に、集合組織および鋼の強度等を制御するために有効なCuを含有する無方向性電磁鋼板やスクラップや鉱石から不可避的に入るCuを含有する無方向性電磁鋼板に見られるCuSやCu
2S等の硫化銅は、例えば、約1100℃〜1200℃で析出を開始する硫化マンガン等のような他の硫化物と比較して、析出開始温度が約1000℃〜1100℃と低い。このため、硫化銅は、他の硫化物と比較して、圧延後の焼鈍においてより低温で溶解して再析出するため、個数がより多く、かつより微細となり易い。よって、硫化銅は、結晶粒成長を阻害して鉄損を劣化させる作用が他の硫化物よりも大きいと考えられている。
【0012】
したがって、鋼板の結晶粒成長を向上させるには、微細な硫化物の中でも特に硫化銅の個数を低減するか、または粗大化させることにより、無害化することが重要である。しかしながら、微細な硫化銅の形成を完全に回避することは困難であると考えられてきた。このため、Cuを含有する無方向性電磁鋼板においては、微細な硫化銅が存在することを前提とし、微細な硫化銅を無害となる範囲内に制御する技術が進められてきた。
【0013】
微細な硫化銅を無害となる範囲内に制御する技術としては、例えば、特許文献1には、微細な硫化銅が存在することを前提として、熱間圧延条件を特定の範囲内に制御することで、硫化銅の質量比および析出状態を特定の範囲内に制御することによって磁気特性を改善する技術が開示されている。また、特許文献2には、Mn、Al、P、およびSの含有量を特定の範囲内に制御することにより、硫化銅等の微細な介在物の形成を抑制し、粗大な介在物を増加させて、結晶粒成長性および磁壁の移動性を向上させることによって磁気特性を改善する技術が開示されている。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の無方向性電磁鋼板およびその製造方法について詳細に説明する。
【0026】
A.無方向性電磁鋼板
本発明の無方向性電磁鋼板は、質量%で、C:0.005%以下、Si:1.0〜4.0%、Al:0.1〜0.8%、Mn:0.01〜0.07%、P:0.02〜0.3%、N:0.005%以下、およびS:0.0012〜0.005%、Cu:0.001〜0.5%、Ti:0.005%以下、ならびにSnおよびSbのうち少なくとも1種:合計で0.01〜0.2%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を有し、球相当直径が0.01〜1μmの介在物の個数N
Totに対する該介在物のうちの硫化銅の個数N
CuSの比率N
CuS/N
Totが0.100以下であることを特徴とする。
【0027】
以下、本発明の無方向性電磁鋼板における各構成について説明する。
【0028】
1.介在物の析出状態
(1)硫化銅の析出状態
a.硫化銅の析出状態
本発明の無方向性電磁鋼板においては、球相当直径が0.01〜1μmの介在物の個数N
Totに対する該介在物のうちの硫化銅の個数N
CuSの比率N
CuS/N
Totが0.100以下である。すなわち、介在物の中でも磁気特性の劣化作用が大きい硫化銅の形成が極力抑制または完全に回避されている。これにより、磁気特性の劣化を効果的に抑制することができる。特に低磁場において、透磁率が改善されることにより、鉄損が改善される。
【0029】
ここで、本発明において、「介在物の球相当直径」とは、介在物を球体に換算した場合の直径、すなわち介在物と等しい体積の球体の直径を意味し、後述する介在物の析出状態の観察用サンプルにて観察された介在物のサイズおよび形状から求められる。なお、全観察領域に存在する対象となる球相当直径の介在物は、言うまでもなく全て計測する必要がある。また、画像解析等を用いて、介在物の球相当直径および個数を求めることもできる。
【0030】
本発明においては、球相当直径が0.01〜1μmの硫化銅が含有されないことが好ましい。介在物の中でも磁気特性の劣化作用が大きい硫化銅の形成が完全に回避されていることにより、特に低磁場において、透磁率が顕著に改善されることにより、鉄損が顕著に改善されるからである。
ここで、本発明において、「球相当直径が0.01〜1μmの硫化銅が含有されない」とは、後述の手順により、少なくとも200個の球相当直径が0.01〜1μmの介在物について、介在物の種類を調査した場合において、その中に硫化銅と判断される介在物が存在しない(硫化銅と判断される介在物の個数が0個である)ことを意味する。例えば、後述の手順により、1000個の球相当直径が0.01〜1μmの介在物について、介在物の種類を判定した場合には、1000個の該介在物のうち、硫化銅と判断される介在物の個数が0個であることを意味する。
【0031】
b.硫化銅の析出状態が作用する推定メカニズム
本発明において、N
CuS/N
Totが上述した範囲内であることによって、低磁場での鉄損が低減されるメカニズムは、未解明な部分があるものの、以下のように推定される。
なお、本明細書においては、以下の推定メカニズムに基づいて本発明を説明している箇所があるが、該推定メカニズムは推定に過ぎないため、将来的に本発明の作用効果が該推定メカニズムとは異なるメカニズムにより発現していることが判明する可能性もある。しかしながら、そのように判明した知見は、本発明を否定するものではない。
【0032】
微細な硫化銅は、従来から結晶粒成長性を低下させる作用が特に大きい介在物として認識されており、微細な硫化銅の個数密度を低下させた場合には単調に結晶粒成長性が向上すると考えられている。これは、一般的に、ピニング効果と呼ばれている現象が原因である。ピニング効果とは、介在物が結晶粒界上に存在する場合には、結晶粒界の界面エネルギーを考える上では該領域には結晶粒界が存在しないことになるので、結晶全体での界面エネルギーが低下することにより、結晶粒界の配置が安定化して結晶粒界の移動性が低下する現象である。鋼板においては、硫化銅等を含む介在物の体積率が一定であれば、介在物が粗大化するほどピニング効果が小さくなるので、従来は、硫化銅等を含め、介在物を粗大化することでピニング効果を小さくすることによって、結晶粒成長性を向上させて磁壁の移動性を向上させていた。
【0033】
一方、上述した通り、球相当直径が0.01〜1μmの介在物の個数N
Totに対する該介在物のうちの硫化銅の個数N
CuSの比率N
CuS/N
Totが0.100以下にまで低下した本発明の無方向性電磁鋼板においては、該硫化銅の個数N
CuSの比率N
CuS/N
Totの低減に従って、該硫化銅の球相当直径の平均が100nm程度以下の範囲内にまで微細化すると推定される。よって、本発明の無方向性電磁鋼板においては、低磁場での鉄損が改善される現象は、該硫化銅の比率の低減に従って該硫化銅が粗大化することにより上述したピニング効果が小さくなったことが原因ではなく、硫化銅自体が直接的に磁壁の移動性に作用したことが原因であると推定される。
【0034】
具体的には、磁壁には厚さがあるために、硫化銅の球相当直径が磁壁の厚さより大きい場合において、磁壁が両側に硫化銅がはみ出すように位置した場合には、磁壁の両側にはみ出す硫化銅の部位には、地鉄の磁化とは反対の磁化が生じる上、磁壁を挟んで反対の磁気モーメントを生じることになるので、静磁エネルギーが低下する。これにより、硫化銅による磁壁の移動性への阻害作用が増加する。
【0035】
一方、無方向性電磁鋼板においては、磁壁の厚さが50〜100nm程度になると考えられるため、上述した硫化銅の個数N
CuSの比率N
CuS/N
Totの低減に従って、該硫化銅の球相当直径の平均を100nm程度以下の範囲内にまで微細化すると、磁壁からはみ出す部位の体積が急激に消失し、静磁エネルギーが低下することがなくなる。このため、硫化銅による磁壁の移動性への阻害作用が急激に低減する。したがって、このような現象を考慮すると、硫化銅の球相当直径が100nm程度である場合には、該硫化銅を粗大化しても無害化することにはならないので、上述した硫化銅の個数N
CuSの比率N
CuS/N
Totを低減することで、該硫化銅の球相当直径の平均を100nm程度以下の範囲内にまで微細化することによって、該硫化銅が磁壁からはみ出さないようにすることにより、硫化銅による磁壁の移動性への阻害作用を低減させることができると推定される。そして、この結果、低磁場での鉄損が低減されると推定される。
【0036】
さらに、このような低磁場での鉄損の低減が低磁場での透磁率の増加と高い相関を示すことを考慮に入れると、このような低磁場での鉄損の低減は、硫化銅を粗大化することにより実現する結晶粒成長性の向上を介した高磁場での鉄損の改善とは異なる現象に起因しており、硫化銅自体が直接的に磁壁の移動性に作用したことが原因であると推定される。
【0037】
(2)他の介在物の析出状態
本発明の無方向性電磁鋼板においては、Mn、Cu、Al、P、およびSの含有量が下記式(1)を満足する上述した化学組成を有し、球相当直径が0.01〜1μmの介在物の個数N
Totに対する該介在物のうちの球相当直径が0.1μm以上の硫化物の個数N
XS≧0.1μmの比率N
XS≧0.1μm/N
Totが0.51以上であり、上記介在物の球相当直径の平均が0.114μm以上であることが好ましい。
3.0≦{([Mn]+[Cu])/(100×[S])+[Al]}/[P]≦70
(1)
(ここで、[Mn]、[Cu]、[Al]、[P]、および[S]はそれぞれMn、Cu、Al、P、およびSの含有量[質量%]を意味する。以下において、Mn、Cu、Al、P、およびSの含有量[質量%]は、[Mn]、[Cu]、[Al]、[P]、および[S]と略すことがある。)
【0038】
Cu、Mn、およびSの含有量の比を適切に制御することで、介在物のうちの硫化銅の個数の比率がより好ましい範囲に制御され、低磁場での特性が改善されるばかりでなく、MnおよびAlの含有量を後述する範囲内に減少させて飽和磁束密度の増加作用を得ることができるとともに、MnおよびAlの含有量を後述する範囲内に減少させても粗大な介在物を増加させることができるので、結晶粒成長性を向上させることにより、ヒステリシス損を低減することができる。これにより、高磁場での鉄損をさらに低減させ、かつ磁束密度を高くすることができるからである。
【0039】
以下、Mn、Cu、Al、P、およびSの含有量が上記式(1)を満足して、比率N
XS≧0.1μm/N
Totおよび介在物の球相当直径の平均が上述した範囲内となることによって、上述したような効果が得られる原因について説明する。
【0040】
Mnは、比抵抗を増加させて渦電流損を低下させる作用を得るため添加されるものの、Sと結合してMnSを形成する。同様に、CuもSと結合して硫化銅を形成する。一方、Alも、Mnと同様に比抵抗を増加させて渦電流損を低下させる作用を得るために添加されるものの、窒化物を形成する。MnSや硫化銅のような硫化物や窒化物等の介在物は、一般的には球相当直径が0.05μm程度と微細になるため、結晶粒成長性を低下させて磁壁の移動性を低下させることにより、高磁場での磁気特性を大きく劣化させる(鉄損のうち特にヒステリシス損を増加させる)。このようなことから、磁気特性(鉄損)の劣化を最小化するためには、介在物を粗大化する必要がある。
【0041】
一般的には、Mn、Cu、およびAlの含有量を減少させると、それに対応してMn、Cu、およびAlが形成する介在物のうちの微細な介在物が増加すると知られている。しかしながら、Mn、Cu、Al、P、およびSの含有量が上記式(1)を満足する場合には、一般的な知見とは異なり、Mn、Cu、およびAlの含有量を後述する範囲内に減少させることにより、微細な介在物の形成を抑制して粗大な介在物を増加させることができる。具体的には、上述した通り、球相当直径が0.01〜1μmの介在物の個数N
Totに対する該介在物のうちの球相当直径が0.1μm以上の硫化物の個数N
XS≧0.1μmの比率N
XS≧0.1μm/N
Totを0.51以上とし、かつ上記介在物の球相当直径の平均を0.114μm以上とすることができる。これにより、Mn、Cu、およびAlの含有量を減少させて飽和磁束密度の増加作用を得ることができるとともに、Mn、Cu、およびAlの含有量を減少させても粗大な介在物を増加させることができるので、結晶粒成長性を向上させることにより、高磁場での鉄損への影響が大きいヒステリシス損を低減することができる。これにより、高磁場での鉄損をさらに低減させ、かつ磁束密度を高くすることができる。
【0042】
([Mn]+[Cu])/[S]は、介在物の中でも硫化物の種類、球相当直径、および個数を制御する上で重要である。また、[Al]は、介在物の中でも窒化物の析出状態を制御する上で重要である。さらに、Pは、結晶粒界に偏析する元素である。このため、[P]に対する([Mn]+[Cu])/[S]および[Al]の比率は、介在物を粗大化することで、介在物が有する結晶粒成長の抑制力を除去することによって、高磁場での磁気特性を向上させる上で、非常に大きな影響を与えると考えられる。
【0043】
したがって、Mn、Cu、Al、P、およびSの含有量が上記式(1)を満足して、比率N
XS≧0.1μm/N
Totおよび介在物の球相当直径の平均が上述した範囲内となることによって、上述したような効果が得られると考えられる。
【0044】
一方、Mn、Cu、Al、P、およびSの含有量が上記式(1)を満足せず、上記式(1)が3.0未満であるか、または70を超える場合において、MnおよびAlの含有量を後述する範囲内に減少させると、微細な介在物の形成を抑制して介在物を粗大化することができないので、結晶粒成長が抑制されることになる。この結果、上述したような効果が得られなくなると考えられる。
【0045】
念のために記述するが、上記式(1)およびこれに関連する硫化物の粗大化の説明ではCuおよび硫化銅を含めた説明を行っているが、本発明は硫化銅の形成は全介在物との個数比率N
CuS/N
Totが0.100以下に抑制されているため、上述した効果のほとんどは、硫化銅以外の硫化物(主としてMnS)および窒化物によるものと理解できる。つまり、硫化銅は上述したように低磁場において磁壁そのものとの相互作用を介して発明効果を生じさせるものであるのに対して、MnSおよび窒化物は、上述したように結晶粒の成長性に作用して、結晶粒径を介して磁壁の移動性に影響を及ぼして高磁場での磁気特性を改善するものであり、それぞれ異なる作用を生じるものと解釈すべきものである。
【0046】
(3)介在物の析出状態の調査方法
球相当直径が0.01〜1μmの介在物の個数N
Totおよび該介在物のうちの硫化銅の個数N
CuS、ならびに該介在物のうちの球相当直径が0.1μm以上の硫化物の個数N
XS≧0.1μmおよび該介在物の球相当直径の平均は、鋼板に存在する介在物の種類、球相当直径、および個数から求められる。介在物の種類、球相当直径、および個数を調査する方法としては、鏡面研磨した鋼板表面を、SEM(走査型電子顕微鏡)を用いて観察して、EDSを用いて分析する方法が用いられる。
【0047】
a.介在物の析出状態の観察用サンプルの作成方法
上述した介在物の析出状態の観察用サンプルの作成方法について説明する。
本発明者らが用いた析出状態の観察用サンプルの作成方法では、鋼板表面に形成されたスケール等の酸化皮膜等を化学的研磨または機械的研磨等により除去して鋼板表面を露出させ、さらに鋼板表面を鏡面研磨することにより、析出状態の観察用サンプルを作成する。該観察用サンプルを作成する際には、鏡面研磨方法として、水分により溶解しやすい介在物または析出物を安定的に観察するために、最終仕上げ工程を油研磨で鏡面仕上げする方法を用いる。上述した介在物の析出状態の調査は、このように作成した介在物の析出状態の観察用サンプルの研磨面を観察することより実施する。
【0048】
b.介在物の種類、球相当直径、および個数の調査方法
介在物の種類、球相当直径、および個数は、SEMを用いて、上述した介在物の析出状態の観察用サンプルの研磨面において、介在物の種類、球相当直径、および個数が偏ることがないようにランダムに選択される領域を観察することによって調査する。具体的には、球相当直径が0.01μm以上の介在物が明確に観察される倍率にSEMを設定した後に、観察領域に存在する全ての介在物のサイズ、形状、および個数を測定することによって、少なくとも200個の球相当直径が0.01μm〜1μmの介在物について球相当直径および個数を調査する。さらに、EDSを用いてそれらの介在物の種類を判定する。この場合には、例えば、作動距離(WD)を10mm、加速電圧を15kV、倍率を100倍〜200000倍として研磨面を測定する。
【0049】
なお、観察用サンプルの研磨面の観察領域において測定される介在物のサイズおよび形状は、二次元でのサイズおよび形状であるのに対して、本発明の規定に用いられる介在物の球相当直径は三次元でのサイズである。このため、上述したように介在物の球相当直径を調査する場合には、上述したように測定される介在物のサイズおよび形状から直接的に求められる二次元でのサイズである介在物の円相当直径を1.27倍して換算したものとして、介在物の球相当直径を求める。
【0050】
本発明において、鋼板に存在する介在物の種類、球相当直径、および個数を調査する場合には、球相当直径が0.01μm未満の介在物については、観察および測定が困難であるだけではなく、磁気特性に及ぼす影響が小さいため、調査対象には含めない。さらに、球相当直径が1μm超のSiO
2やAl
2O
3等の酸化物については、磁気特性に及ぼす影響が小さいため、調査対象には含めない。
【0051】
また、EDSを用いて、全ての介在物の種類を調査する場合には、EDXにより介在物においてSが検出される場合を「硫化物」と判定する。また、介在物のサイズが小さいためにSが明瞭に検出されなかったとしても、CuやMn等が検出され、かつO等が検出されない介在物について、Sが明瞭に検出された他の介在物との形態比較からSが含有されていると事実上判断できる介在物についても「硫化物」と判定する。さらに、「硫化物」のうちEDXによりCuが検出されたもの、またはCuが含有されていると事実上判断できるものを「硫化銅」と判定する。
【0052】
上述のように決定される本発明における「硫化銅」および「硫化物」は、実用的な実施が可能となる簡便な手法で判断されていることには注意すべきである。ここで、本発明における「硫化銅」および「硫化物」の意味について説明する。
【0053】
一般的に、「硫化銅」または「硫化物」は、結晶構造や組成等が決まった特定の化合物を意味する。しかしながら、結晶粒成長を阻害する硫化銅や硫化マンガン等の硫化物を含む介在物は、非常に微細であるためにその結晶構造や組成等を確定することが困難となるものが多い。TEMにより観察された介在物が、本発明において析出状態を特定すべき硫化銅であるか否かは、介在物にSおよびCuが含有されているか否かによって判定する。この場合には、EDXによりSとともに例えばOやC等が検出されることがあり、Cuとともに例えばMnやTi等が検出されることもある。さらに、これら以外の元素が検出されることもある。このため、例えば、結晶構造および組成から完全に硫化マンガンと判断される介在物において、Cuが固溶していることで、Cuが検出されるようなことも想定される。よって、例えば、EDXでの検出元素の強度比のみから硫化物と判定される介在物であっても、酸化物もしくは炭化物、または酸硫化物もしくは炭硫化物等といった様々な種類の介在物と解釈可能となることもある。実際に、特許出願の明細書のみならず学術論文等でもそのような判断に基づいて記載されていることが多い。
【0054】
しかしながら、本発明においては、介在物の種類を厳密に判定することは意味がなく、現実的にも多くの労力が必要となるため実用的ではない。そこで、上述したように、SまたはCu等が含有されているか否かによって介在物の種類を判定する。このため、本発明において、「硫化物」とは、Sが含有される介在物を意味し、「硫化銅」とは、SおよびCuが含有される介在物を意味する。すなわち、本発明において、「硫化物」および「硫化銅」は、それぞれ結晶構造や組成等から厳密には硫化物および硫化銅とは言えない介在物を含む意味となる。また、「硫化物」および「硫化銅」は、厳密には化合物名を特定できない介在物を含む意味となる。
【0055】
2.化学組成
次に、本発明における化学組成について説明する。以下において、各成分の含有量は質量%での値である。
【0056】
(1)C
C含有量は、多いと、オーステナイト領域を拡大し、相変態区間を増加させて、焼鈍時にフェライトの結晶粒成長を抑制するので、鉄損を増加させるおそれがある。また、Ti等と結合して炭化物を形成して磁気特性を劣化させて、最終製品から加工した電気製品の使用時に磁気時効により鉄損を増加させるおそれがある。このため、C含有量は、0.005%以下にする。
【0057】
(2)Si
Siは、比抵抗を増加させて渦電流損を低下させる作用を得るために添加される主要な元素である。Si含有量は、少ないと渦電流損を低下させる作用が得られにくく、多いと冷間圧延時に鋼板が破断するおそれがあるので、1.0〜4.0%にする。
【0058】
(3)Al
Alは、製鋼工程において鋼を脱酸するために不可避的に添加される元素であって、Siと同様に比抵抗を増加させて渦電流損を低下させる作用を得るために添加される主要な元素である。このため、Alは、鉄損を低下させるために多く添加されるが、多く添加されると飽和磁束密度を減少させる。具体的には、Al含有量が0.8%を超えると、磁束密度を低下させることになる。一方、Mn、Al、P、およびSの含有量が上述した式(1)を満足する場合であっても、Al含有量が0.1%未満になると、微細なAlNを形成することで結晶粒成長性を低下させて磁気特性を低下させることになる。そこで、Al含有量は0.1〜0.8%にする。
【0059】
(4)Mn
Mnは、SiおよびAlと同様に比抵抗を増加させて渦電流損を低下させる作用を得るために添加される元素である。このような作用を得るために、従来は、Mn含有量を0.1%以上にしていた。しかしながら、Mn含有量を増加させると、飽和磁束密度を減少させて磁束密度を減少させる上、MnがSと結合して微細なMnSを形成することで結晶粒成長性を低下させて磁壁の移動性を低下させることにより、鉄損のうち特にヒステリシス損を増加させる。そこで、Mn含有量は、磁束密度の増加および鉄損の低減の観点から0.01〜0.07%にする。さらに、この観点から、Mn含有量は0.01〜0.05%にすることが好ましい。
【0060】
(5)P
Pは、比抵抗を増加させて鉄損を低下させるとともに、結晶粒界に偏析することによって、磁気特性に不利な{111}集合組織の形成を抑制し、磁気特性に有利な{100}集合組織の形成を促進することから添加する。P含有量は、0.3%を超えると圧延性が劣化して磁気特性を改善する効果が減少するため、0.02〜0.3%にする。
【0061】
また、Mnがフェライトの形成を抑制する元素である一方、Pはフェライト相を拡張する元素であるが、[Mn]<[P]を満足させるようにすることによって、熱間圧延時および熱延板焼純時にフェライト相を安定化することができるため、磁気特性に有利な集合組織を増加させて、高周波磁気特性を改善することができる。
【0062】
(6)N
Nは、鋼中のAlまたはTi等と強く結合して窒化物を形成することで、結晶粒成長性を低下させる等の問題を生じさせる磁気特性に有害な元素であるから、少なくした方がよい。このため、N含有量は0.005%以下にする。
【0063】
(7)S
Sは、磁気特性に有害なMnS、CuS、および(Cu、Mn)S複合硫化物等の硫化物を形成する元素であるため、含有量を出来るだけ少なくすることが好ましい。しかしながら、S含有量は、0.0012%未満になるとむしろ集合組織の形成上不利となり磁気特性が劣化し、0.005%を超えると微細な硫化物の増加により磁気特性が劣化する。そこで、S含有量は、0.0012〜0.005%にする。
【0064】
(8)Cu
Cuは、Mnと同様にSと反応して硫化物を形成するが、硫化銅による低磁場の磁気特性への影響は硫化マンガンと比較して大きいため、含有量の制御が特に重要となる元素である。Cuは、含有量が僅かでも、熱間圧延工程、中でも仕上げ圧延以降において微細な硫化物を形成して鉄損および磁束密度を著しく劣化させると考えられている。このため、Cu含有量は出来るだけ少ないことが好ましいと考えられているが、通常は、鋼板内に原料や製造工程で混入するスクラップ等からCが不可避的に入るため、Cuを含有させないことは困難である。また、本発明の特徴は硫化銅の制御であるため、Cuの含有は必須であり、Cu含有量が過度に少ないと発明効果が発現しない。このため、Cu含有量は0.001%以上とする。一方で本発明においては硫化銅の形成を十分に抑制することが可能となるため、比較的多量の含有が可能であるから、Cu含有量は0.5%以下とする。磁束密度を劣化させることを回避するためには、Cu含有量は0.3%以下とすることが好ましい。
【0065】
(9)Ti
Tiは、微細な炭化物または窒化物を形成して結晶粒成長性を低下させるため、添加量が多くなるほど微細な炭化物または窒化物の増加により集合組織も劣位となり、磁気特性が劣化する。このため、Ti含有量は0.005%以下にする。
【0066】
(10)SnおよびSb
SnおよびSbは、結晶粒界に偏析する元素(segregates)であって、結晶粒界を介する窒素の拡散を抑制することによって、磁気特性に不利な{111}集合組織の形成を抑制し、磁気特性に有利な{100}集合組織の形成を促進する。このため、磁気特性を向上させるために、SnおよびSbのうち少なくとも1種を添加する。SnおよびSbのうちの1種を添加する場合のその1種の含有量、またはSnおよびSbの両方を添加する場合の両方の合計の含有量は、0.2%を超えると結晶粒成長性を低下させて磁気特性を劣化させるため、0.01〜0.2%にする。
【0067】
(11)残部
残部はFeおよび不可避的不純物である。不可避的不純物のうちNb、Zr、Mo、およびV等は、炭窒化物を形成する元素であるため、極力低減することが望ましく、これらの含有量はそれぞれ0.01%以下にすることが好ましい。さらに、不可避的不純物にはその他にも各製造工程で不可避的に入る不純物が含まれ、例えば原料にスクラップを使用することにより混入するNiやCr等が挙げられる。また、本発明の無方向性電磁鋼板は、本発明の作用効果を得ることができれば、磁気特性の向上、強度、耐食性、もしくは疲労特性等の機械特性の向上、または鋳造性もしくは通板性等の生産性に関する特性の向上を図るなど公知の目的で、Ni、Cr、W、Co、Mg、Ca、REM等を残部のFeの一部に代えて含有するものでもよい。
【0068】
(12)その他
Mn、Cu、Al、P、およびSの含有量は上述した式(1)を満足することが好ましい。高磁場での鉄損をさらに低減させ、かつ磁束密度を高くすることができるからである。
【0069】
3.無方向性電磁鋼板
本発明の無方向性電磁鋼板においては、結晶粒径は50〜180μmであることが好ましい。結晶粒径が増大する場合、鉄損中のヒステリシス損が低下するため有利であるが、鉄損中の渦電流損は増加するため、このような鉄損を最小とするのに適した結晶粒径はこのように制限される。
【0070】
結晶粒径は、鋼板の板厚断面を鏡面研磨してナイタールエッチングを施すことにより現出させた複数の結晶粒について、投影面積に対する同一面積の円の直径をそれぞれ測定して平均する方法によって求める。
【0071】
B.無方向性電磁鋼板の製造方法
本発明の無方向性電磁鋼板の製造方法は、上記「A.無方向性電磁鋼板」の項目に記載された無方向性電磁鋼板の製造方法であって、上述した化学組成を有するスラブに熱間圧延を施して熱延鋼板を得る熱間圧延工程と、上記熱延鋼板に対して、600℃から800℃までの平均昇温速度を50℃/秒以上800℃/秒以下として、800℃以上1200℃以下の温度域の最高到達温度にまで昇温して、該温度域に5秒間以上300秒間以下保持した後に、800℃から400℃までの平均冷却速度を50℃/秒以上800℃/秒以下として冷却する熱延板焼純および酸洗を施して熱延板焼純板を得る熱延板焼純・酸洗工程と、上記熱延焼鈍板に冷間圧延を施して冷延鋼板を得る冷間圧延工程と、上記冷延鋼板に仕上げ焼鈍を施す仕上げ焼鈍工程と、を有することを特徴とする。
【0072】
以下、本発明の無方向性電磁鋼板の製造方法について、上記スラブの化学組成および各工程を中心に説明する。
【0073】
1.化学組成
スラブが有する化学組成については、上記「A.無方向性電磁鋼板 2.化学組成」の項目に記載された化学組成である。また、スラブの化学組成は、上述した式(1)を満足する組成が好ましい。前述の通り、介在物種の個数の比率および球相当直径の平均が好ましい範囲内に制御されるからである。
【0074】
2.熱間圧延工程
熱間圧延工程においては、上述した化学組成を有するスラブに熱間圧延を施して熱延鋼板を得る。
【0075】
熱間圧延条件としては、本発明の作用効果を得ることができれば特に限定されるものではなく、例えば、一般的な条件でよい。
【0076】
熱間圧延工程においては、熱間圧延を施す前に、上述した化学組成を有するスラブを加熱することが好ましい。より効果的に、上述した介在物種の個数の比率および球相当直径の平均が好ましい範囲内に制御されるからである。なお、スラブ加熱条件は、特に限定されるものではなく、例えば、一般的な条件でよいが、スラブを1200℃以下に加熱するものが好ましい。スラブの加熱温度が1200℃を超える場合には、スラブ内に存在するAlNおよびMnS等の介在物が再固溶された後、熱間圧延時に微細析出することにより、結晶粒成長性を低下させることによって、磁気特性を劣化させるからである。
【0077】
仕上げ圧延はフェライト相において終了することが好ましい。また、熱間圧延の圧下率は、本発明の作用効果を得ることができれば特に限定されるものではなく、例えば、一般的な圧下率でよいが、熱間圧延の最終圧下率は、板状矯正のために20%以下にすることが好ましい。さらに、仕上げ圧延後の鋼板を700℃以下の巻取り温度で巻取り、空気中で冷却することが好ましい。
【0078】
3.熱延板焼純・酸洗工程
熱延板焼純・酸洗工程においては、上記熱延鋼板に対して、熱延板焼純および酸洗を施して熱延板焼純板を得る。酸洗および熱延板焼鈍は順不同であり、酸洗後に熱延板焼鈍を施してもよく、熱延板焼鈍後に酸洗を施してもよい。
【0079】
熱延板焼純条件は、600℃から800℃までの平均昇温速度を50℃/秒以上800℃/秒以下として、800℃以上1200℃以下の温度域の最高到達温度にまで昇温して、該温度域に5秒間以上300秒間以下保持した後に、800℃から400℃までの平均冷却速度を50℃/秒以上800℃/秒以下として冷却する条件とする。このような条件にすることにより、硫化銅が冷却過程で再析出することを抑制することができるので、微細な硫化銅の形成を極力抑制または回避することができる。このため、無方向性電磁鋼板において、上述した硫化銅の析出状態(N
CuS/N
Tot)を本発明の範囲内にするか、または球相当直径が0.01〜1μmの硫化銅が含有されないようにすることができる。
【0080】
昇温速度を上述した特定の範囲内に制御するのは、上記温度範囲での昇温速度が上述した特定の範囲よりも小さい場合には、昇温過程において硫化銅の析出サイト数が低下し粗大化する結果、全体の静磁エネルギーが低下することにより、低磁場において鉄損が悪化する問題が生じ易くなるからである。昇温速度が上述した特定の範囲よりも大きい場合には、昇温過程において硫化銅の析出サイト数が増加し微細かつ多数となる結果、低磁場の鉄損が悪化するとともに、結晶粒成長性を阻害する問題が生じ高磁場特性も悪化し易くなるからである。また、冷却速度を上述した特定の範囲内に制御するのは、上記温度範囲での冷却速度が上述した特定の範囲よりも小さい場合には、冷却過程において再析出する硫化銅が粗大化する結果、全体の静磁エネルギーが低下し、低磁場の鉄損が悪化するからである。冷却速度が上述した特定の範囲よりも大きい場合には、冷却過程において再析出する硫化銅が微細かつ多数となる結果、低磁場の鉄損が悪化するとともに、結晶粒成長性を阻害し高磁場特性も悪化するからである。
【0081】
また、昇温速度を制御する温度域が600℃から800℃までであるのは、該温度域が硫化銅が溶解する温度域と重複するからである。冷却速度を制御する温度域が800℃から400℃までであるのは、硫化銅の析出温度域(核生成および成長初期)と重複するからである。また、800℃以上1200℃以下の温度域に5秒間以上300秒間以下保持するのは、熱延鋼板の結晶粒径を適度に粗大化し、冷延焼鈍後の磁気特性を確保するためである。
【0082】
酸洗の条件は、特に限定されるものではないが、例えば、酸洗液の主成分を塩酸、温度を80℃以上とする。
【0083】
また、熱延板焼純・酸洗工程において、焼純するために所定時間保持する上述した800℃以上1200℃以下の温度域としては、熱延板焼鈍温度が850℃未満である場合には結晶粒成長が不充分となり、1150℃を超える場合には結晶粒成長が過剰となって鋼板の表面欠陥が過多になるため、850℃以上1150℃以下の温度域が好ましい。
【0084】
4.冷間圧延工程
冷間圧延工程においては、熱延焼鈍板に冷間圧延を施して冷延鋼板を得る。必要に応じて一回または中間焼鈍を挟む二回以上の冷間圧延を施す。
【0085】
冷間圧延条件および冷間圧延の圧下率としては、本発明の作用効果を得ることができれば特に限定されるものではなく、一般的な条件でよい。冷間圧延工程においては、冷間圧延の圧下率を50〜95%として、0.10〜0.70mmの板厚にすることが好ましい。より効果的に、上述した介在物種の個数の比率および球相当直径の平均が好ましい範囲内に制御されるからである。
【0086】
5.仕上げ焼鈍工程
仕上げ焼鈍工程においては、冷延鋼板に仕上げ焼鈍を施す。
【0087】
仕上げ焼鈍条件としては、本発明の作用効果を得ることができれば特に限定されるものではなく、例えば、一般的な条件でよい。仕上げ焼鈍条件としては、一般的な連続焼鈍の条件として、最高到達温度を800〜1100℃、保持時間を1〜300秒とする条件を用いることが好ましい。仕上げ焼鈍温度が800℃未満である場合には結晶粒成長が不充分となり、磁気特性に不利な{111}集合組織が増加し、1100℃を超える場合には結晶粒成長が過剰となって磁気特性を劣化させるからである。
【0088】
6.他の工程
本発明の無方向性電磁鋼板の製造方法は、上記「A.無方向性電磁鋼板」の項目に記載された無方向性電磁鋼板を製造するものであれば特に限定されるものではなく、他の工程を有していてもよい。例えば、仕上げ焼鈍工程後に、仕上げ焼鈍により得られた鋼板表面にコーティング液を塗布し、焼き付けることによって、絶縁被膜を形成する絶縁被膜形成工程を有していてもよい。絶縁被膜は一般的に電磁鋼板を積層して使用する際の絶縁性を付与するものであり、絶縁被膜の種類は特に限定されない。絶縁被膜は有機成分から構成されるものでもよいし、無機成分から構成されるものでもよく、さらに有機成分および無機成分の両方から構成されるものでもよい。絶縁被膜を構成する無機成分としては、例えば、重クロム酸−ホウ酸系、リン酸系、シリカ系等が挙げられる。また、絶縁被膜を構成する有機成分としては、例えば、一般的なアクリル系、アクリルスチレン系、アクリルシリコン系、シリコン系、ポリエステル系、エポキシ系、フッ素系等の樹脂が挙げられる。また、塗装性を考慮した場合、好ましい樹脂は、エマルジョンタイプの樹脂である。加熱または加圧することにより接着能を発揮する絶縁被膜を形成してもよい。接着能を有する絶縁被膜としては、例えば、アクリル系、フエノール系、エポキシ系、メラミン系等の樹脂が挙げられる。絶縁被膜の膜厚は、特に限定されないが、一般的には片面当たり0.05μm〜2μmである。また、他の絶縁被膜形成条件は、一般的なものでよい。
【0089】
本発明は、上述した実施形態に限定されるものではない。上述した実施形態は例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様の作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0090】
以下、実施例を例示して、本発明を具体的に説明する。なお、実施例の条件は、本発明の実施可能性および効果を確認するために採用した一例であり、本発明は実施例の条件に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱せず、その目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0091】
下記表1に示す素材No.M01〜M29の化学組成を有するスラブに、下記表1に示す条件の熱間圧延を施した。これにより、素材No.M01〜M29の熱延鋼板を得た。
【0092】
続いて、素材No.M01〜M29の熱延鋼板に、下記表2に示す条件で熱延板焼純を施して、試料No.1〜44の熱延板焼純板を得た。下記表2に示す熱延板焼純条件は、各試料ごとに、600℃から800℃までの平均昇温速度を下記表2に示すようにして、800℃以上1200℃以下の温度域における下記表2に示す最高到達温度まで昇温して、該温度域に下記表2に示す保持時間だけ保持した後に、800℃から400℃までの平均冷却速度を下記表2に示すようにして冷却する条件である。
【0093】
次に、熱延板焼純板に酸洗を施した後に、冷間圧延を施して下記表2に示す板厚の冷延鋼板とした。さらに、冷延鋼板に下記表2に示す条件の仕上げ焼鈍を施して、試料No.1〜44の無方向性電磁鋼板を製造した。
【0094】
試料No.1〜44の無方向性電磁鋼板から作成した介在物の析出状態の観察用サンプルについて、上述した方法によって所定の観察領域に存在する全ての介在物のサイズ、形状、個数、および種類を測定または判定することによって、球相当直径が0.01μm〜1μmの介在物を1000個調査して(N
Tot=1000)、該介在物のうちの硫化銅の個数N
CuS、および該介在物のうちの球相当直径が0.1μm以上の硫化物の個数N
XS≧0.1μmを上述した方法によって求めて、N
CuS/N
TotおよびN
XS≧0.1μm/N
Totを計算した。さらに、これらの球相当直径が0.01〜1μmの介在物の球相当直径の平均[μm]を求めた。
【0095】
また、試料No.A1〜A15の無方向性電磁鋼板の結晶粒径を上述した方法によって求めた。
【0096】
さらに、試料No.A1〜A15の無方向性電磁鋼板について、磁化力5000A/mで磁化した際の磁束密度B
50[T]および周波数50Hzにて磁束密度1.5Tで磁化した際の鉄損W
15/50、ならびに磁束密度1.0Tでの透磁率μ
L[mH/m]および周波数50Hzにて磁束密度1.0Tで磁化した際の鉄損W
L[W/kg]を求めた。これらの磁束密度、鉄損、および透磁率は、各試料の鋼板を25cm長に切断してJIS−C−2550に示すエプスタイン法により測定した。これらの結果を下記表2に示す。
【0097】
【表1】
【0098】
【表2】
【0099】
上記表1および表2に示されるように、Cuが含有されている化学組成を有する熱延鋼板から製造された無方向性電磁鋼板においては、N
CuS/N
Totが0.100以下である鋼板は、N
CuS/N
Totが0.100を超える鋼板と比較して、μ
Lが大きくなり、W
Lが低くなる傾向が見られた。
【0100】
また、上記表1および表2に示されるように、素材No.がM02である試料No.4〜7の無方向性電磁鋼板においては、N
CuS/N
Totが「0.000」(球相当直径が0.01〜1μmの硫化銅が含有されない状況)に近くなるに従い、μ
Lが大きくなり、W
Lが低くなる傾向が見られた。また、素材No.がM03である試料No.8〜13の無方向性電磁鋼板においても、同様の傾向が見られた。さらに、素材No.がM04である試料No.14〜17の無方向性電磁鋼板においても、同様の傾向が見られた。
【0101】
また、化学組成が本発明の範囲内である素材No.M02〜M04の熱延鋼板から製造された試料No.4〜17の無方向性電磁鋼板においては、熱延板焼純条件における平均昇温速度および平均冷却速度のどちらかが50℃/秒未満である場合には、N
CuS/N
Totが高くなる傾向が見られ、熱延板焼純条件における平均昇温速度が50℃/秒未満である場合には、N
CuS/N
Totが0.100を超えた。
【0102】
また、上記表1および表2に示されるように、素材No.がM02である試料No.4〜7の無方向性電磁鋼板においては、Mn、Cu、Al、P、およびSの含有量が上述した式(1)を満足する化学組成を有し、N
XS≧0.1μm/N
Totが0.51以上であり、球相当直径が0.01〜1μmの介在物の球相当直径の平均が0.114μm以上である鋼板は、これらの要件のいずれかを満足しない鋼板と比較して、W
15/50が低くなり、B
50が大きくなった。また、素材No.がM03である試料No.8〜13の無方向性電磁鋼板においても同様の結果となり、素材No.がM04である試料No.14〜17の無方向性電磁鋼板においても同様の結果となった。
【0103】
さらに、上記表1および表2に示されるように、Cu含有量が本発明の上限を超える素材No.M05の熱延鋼板から製造された試料No.18〜20の無方向性電磁鋼板においては、熱延板焼鈍条件が本発明の好ましい範囲内であるか否かにかかわらず、N
CuS/N
Totが0.100を超えた。