特許第6970823号(P6970823)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6970823
(24)【登録日】2021年11月2日
(45)【発行日】2021年11月24日
(54)【発明の名称】燃料噴射制御装置
(51)【国際特許分類】
   F02M 51/00 20060101AFI20211111BHJP
   F02D 41/22 20060101ALI20211111BHJP
【FI】
   F02M51/00 A
   F02D41/22
【請求項の数】10
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2020-521022(P2020-521022)
(86)(22)【出願日】2019年2月14日
(86)【国際出願番号】JP2019005211
(87)【国際公開番号】WO2019225076
(87)【国際公開日】20191128
【審査請求日】2020年9月24日
(31)【優先権主張番号】特願2018-98595(P2018-98595)
(32)【優先日】2018年5月23日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】509186579
【氏名又は名称】日立Astemo株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】特許業務法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】板羽 史博
(72)【発明者】
【氏名】向原 修
【審査官】 二之湯 正俊
(56)【参考文献】
【文献】 特開2015−055277(JP,A)
【文献】 特開2014−152697(JP,A)
【文献】 国際公開第2017/006814(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02M 39/00−71/04
F02D 41/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃料噴射弁のコイルに電流又は電圧を供給して、前記燃料噴射弁の弁体を完全に開弁するフルリフト制御と、前記弁体を完全に開弁する位置に到達させずに閉弁位置に戻すハーフリフト制御とを実行可能なように、前記燃料噴射弁を駆動する燃料噴射弁駆動回路と、
前記燃料噴射弁の弁体の動作に関する弁体動作時間を検出する弁体動作時間検出部と、
前記弁体動作時間検出部により検出された弁体動作時間に関連する情報に基づいて、前記燃料噴射弁、前記弁体動作時間検出部、又は前記燃料噴射弁駆動回路の少なくとも一つが異常であると判定する状態判定部と
を備え
前記状態判定部は、前記弁体動作時間検出部により検出された前記弁体動作時間が設定範囲外となった場合に、前記燃料噴射弁、前記弁体動作時間検出部、又は前記燃料噴射弁駆動回路の少なくとも一つが異常であると判定し、
前記弁体動作時間検出部により検出された前記弁体動作時間のばらつきが設定量に比べて大きい場合に、前記燃料噴射弁、前記弁体動作時間検出部、又は前記燃料噴射弁駆動回路の少なくとも一つが異常であることを判定し、
前記弁体動作時間検出部により検出された前記弁体動作時間と、前記燃料噴射弁、前記弁体動作時間検出部、及び前記燃料噴射弁駆動回路がいずれも正常である場合に検出された前記弁体動作時間との間の差が設定量に比べて大きい場合に、前記燃料噴射弁、前記弁体動作時間検出部、又は前記燃料噴射弁駆動回路の少なくとも一つが異常であると判定する
ことを特徴とする燃料噴射制御装置。
【請求項2】
前記弁体動作時間検出部は、前記燃料噴射弁駆動回路から供給される電圧又は電流において、前記燃料噴射弁の弁体が開弁又は閉弁する際に生じる変曲点を検出し、この変曲点が現れるタイミングを、前記燃料噴射弁が開弁するタイミング、又は閉弁するタイミングとして検出する、請求項1に記載の燃料噴射制御装置。
【請求項3】
前記弁体動作時間検出部は、前記燃料噴射弁駆動回路から供給される電圧又は電流において、前記燃料噴射弁の弁体が閉弁又は閉弁する際に生じる変曲点を検出し、この変曲点に基づいて、前記燃料噴射弁が開弁又は閉弁するタイミングを検出する、請求項1に記載の燃料噴射制御装置。
【請求項4】
前記弁体動作時間検出部は、
前記燃料噴射弁の弁体が開弁する際には、前記燃料噴射弁駆動回路から供給される電流における変曲点を検出し、
前記燃料噴射弁の弁体が閉弁する際には、前記燃料噴射弁駆動回路から供給される電圧における変曲点を検出する、請求項3に記載の燃料噴射制御装置。
【請求項5】
前記弁体動作時間検出部は、前記変曲点が現れるタイミングに従って、前記燃料噴射弁が開弁又は閉弁するタイミングを検出する、請求項3又は4に記載の燃料噴射制御装置。
【請求項6】
前記変曲点が現れるタイミングを、前記燃料噴射弁が開弁するタイミング、又は閉弁するタイミングとして検出する、請求項5に記載の燃料噴射制御装置。
【請求項7】
前記変曲点は、前記電圧又は前記電流の変化曲線の2階微分値の極値に基づいて検出される、請求項2〜6のいずれか1項に記載の燃料噴射制御装置。
【請求項8】
前記状態判定部が前記燃料噴射弁、前記弁体動作時間検出部、及び前記燃料噴射弁駆動回路が正常であると判定した場合に、前記弁体動作時間検出部により検出された弁体動作時間に基づき、前記燃料噴射弁の噴射量を補正する補正部を更に備えたことを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載の燃料噴射制御装置。
【請求項9】
前記状態判定部が前記燃料噴射弁、前記弁体動作時間検出部、及び前記燃料噴射弁駆動回路の少なくとも一つが異常であると判定した場合に、前記補正部による補正が禁止される、請求項に記載の燃料噴射制御装置。
【請求項10】
前記補正部は、前記弁体動作時間検出部から得られた前記弁体動作時間を記憶部に記憶可能に構成され、前記補正部による補正が禁止された場合に、前記記憶部に記憶されている前記弁体動作時間の更新が禁止される、請求項に記載の燃料噴射制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関への燃料の噴射を制御する燃料噴射制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の自動車燃費・排気規制の強化から、内燃機関の低燃費化と高出力化を同時に達成し、内燃機関の広い運転領域に適合することが求められている。その達成手段の一つとして、燃料噴射弁のダイナミックレンジの拡大が要求されている。燃料噴射弁のダイナミックレンジ拡大には、従来の静流特性を確保しつつ、動流特性を改善することが必要となる。この動流特性の改善方法として、ハーフリフト制御による最小噴射量の低減が知られている。このハーフリフト制御は、燃料噴射弁の弁体を完全に開弁する位置(フルリフト位置)までは到達させずに閉弁位置に戻す制御である。
【0003】
近年、特に直接噴射式の内燃機関の燃料噴射制御では、1サイクル当たりの噴射を数段に分割する多段噴射方式が広く採用されている。多段噴射方式の場合、分割数が増えると一段当たりの噴射量を小さくする必要が生じる。このため、多段噴射の各段の噴射をハーフリフト制御により実現することで、1段当たりの噴射量を小さくすることができる。
【0004】
ハーフリフト制御では、フルリフト制御の場合に比べ、弁体の位置制御をより高精度に行う必要がある。ハーフリフト制御における噴射量のばらつきは、燃料噴射弁の個体差に起因して大きくなることが知られている。複数の内燃機関が有する燃料噴射弁の各々を同一の駆動パルスで駆動したとしても、燃料噴射弁毎のスプリング特性やソレノイド特性等の固体差によって、各燃料噴射弁の弁体の動きが変化し、燃料噴射弁の開弁完了時間や閉弁完了時間がばらついてしまうので、結果として複数の内燃機関の間で噴射量がばらついてしまう。
【0005】
このため、燃料噴射弁毎に生じる個体差を判定する様々な技術が提案されている。例えば、特許文献1には、燃料噴射弁の弁体が開弁状態又は閉弁状態となったタイミングに関する個体差をインダクタンスの変化などの電気的特性に基づき間接的に検知する技術について開示されている。しかし、特許文献1では、電気的特性を検知するための電気信号の入力回路、フィルタ、燃料噴射弁本体、燃料噴射弁を駆動するための駆動回路、その他の構成要素に異常(故障、劣化、性能低下など)が発生した場合、固体差検知の外乱となる。外乱がある状態で開弁完了若しくは閉弁完了の検知を行うと、目標噴射量と実際の噴射量の乖離が大きくなり、燃費性能や排気性能の悪化、内燃機関の意図しないトルク変動を引き起こす可能性がある。
【0006】
一方、特許文献2では、個体差を所定の方法で学習する一方、学習実行条件が不成立となった場合に学習を禁止することが記載されている。しかし、この特許文献2では、個体差の検知について具体的に記載がなく、更に、学習実行条件を不成立とする場合の具体例に関しても記載が無い。このため、特許文献1の問題はこの特許文献2の技術によっても解決されるものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2014−152697号公報
【特許文献2】国際公開第2017/006814号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、燃料噴射弁の個体差を検知するとともに、その個体差の情報の収集を適切に実行することができる燃料噴射制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するため、本発明に係る燃料噴射制御装置は、燃料噴射弁のコイルに電流又は電圧を供給して前記燃料噴射弁を駆動する燃料噴射弁駆動回路と、前記燃料噴射弁の弁体の動作に関する弁体動作時間を検出する弁体動作時間検出部と、前記弁体動作時間検出部により検出された弁体動作時間に関連する情報に基づいて、前記燃料噴射弁、前記弁体動作時間検出部、又は燃料噴射弁駆動回路の少なくとも一つが異常であると判定する状態判定部とを備える。
【発明の効果】
【0010】
本発明の燃料噴射制御装置によれば、燃料噴射弁の個体差を検知するとともに、その個体差の情報の収集を適切に実行することができる燃料噴射制御装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】第1の実施の形態に係る燃料噴射制御装置を備えた内燃機関の基本構成を示している。
図2図1に示すECU109の燃料噴射制御装置109Aの構成を説明するブロック図である。
図3】燃料噴射弁105の構成例を説明する概略図である。
図4】内燃機関101が通常の動作を行う場合における、噴射パルスSp、駆動電圧Vd、駆動電流Id、弁体303の変位量(弁変位)Hの時間的変化の一例を示すタイミングチャートである。
図5】弁体動作時間検出部211により燃料噴射弁105の弁体動作時間を検知する手順を説明するタイミングチャートである。
図6】弁体動作時間検出部211により燃料噴射弁105の弁体動作時間を検知する手順を説明するグラフである。
図7】弁体動作時間検出部211により燃料噴射弁105の弁体動作時間を検知する手順を説明するグラフである。
図8】弁体動作時間検出部211の構成例を説明するブロック図である。
図9】第1の実施の形態の状態判定部212による異常判定方法について説明する。
図10】燃料噴射量補正部213での噴射量補正について説明する概略図である。
図11】第1の実施の形態における噴射量補正の禁止に関し説明するタイミングチャートである。
図12】第2の実施の形態の状態判定部212による異常判定方法について説明する。
図13】第3の実施の形態の状態判定部212による異常判定方法について説明する。
図14】本発明の実施の形態の効果を説明するグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、添付図面を参照して本実施形態について説明する。添付図面では、機能的に同じ要素は同じ番号で表示される場合もある。なお、添付図面は本開示の原理に則った実施形態と実装例を示しているが、これらは本開示の理解のためのものであり、決して本開示を限定的に解釈するために用いられるものではない。本明細書の記述は典型的な例示に過ぎず、本開示の特許請求の範囲又は適用例を如何なる意味においても限定するものではない。
【0013】
本実施形態では、当業者が本開示を実施するのに十分詳細にその説明がなされているが、他の実装・形態も可能で、本開示の技術的思想の範囲と精神を逸脱することなく構成・構造の変更や多様な要素の置き換えが可能であることを理解する必要がある。従って、以降の記述をこれに限定して解釈してはならない。
【0014】
[第1の実施の形態]
図1は、本発明の第1の実施の形態に係る燃料噴射制御装置を備えた内燃機関の基本構成を示している。
図1において、制御対象としての内燃機関101は、シリンダ内にピストン102、吸気弁103、排気弁104を備えている。内燃機関101は、一例としては、複数、例えば4個の気筒(シリンダ)(#1〜#4)を有した内燃機関とすることができるが、図1は、複数の気筒のうちの1つの気筒のみを図示している。燃料噴射弁105はシリンダ内の燃焼室内に燃料を直接噴射するものであり、シリンダヘッドには点火プラグ106と点火コイル107が備えられている。シリンダのウォータジャケットには冷却水の水温センサ108が備えられている。この内燃機関101を制御する制御部として、ECU(Engine Control Unit)109が設けられている。なお、ピストン102には、内燃機関101のクランク軸角度を計測するクランク角度センサ11が取り付けられている。また、ECU109には、運転者が操作するアクセルの開度を計測するアクセル開度センサ12が設けられている。クランク角度センサ11、及びアクセル開度センサ12の検知信号は、ECU109の燃料噴射制御装置109Aに入力される。
【0015】
また、吸気弁103の前段には、内燃機関101に吸入される空気を導入するための吸気管110が設けられ、排気弁104の後段には、シリンダから排出される排気管111が設けられている。排気管111上には、この排気ガスを浄化するための三元触媒112、及び酸素センサ113が備えられている。また、吸気管110には、コレクタ115、スロットル弁119、及び空気流量計120が設けられている。
【0016】
内燃機関101に吸入される空気は、空気流量計120、スロットル弁119、コレクタ115を介して吸気管110に導入され、その後吸気弁103を介して燃焼室121に供給される。空気流量計120の出力信号は、ECU109の燃料噴射制御装置109Aに供給される。
【0017】
内燃機関101で用いられる燃料は、燃料タンク123から低圧燃料ポンプ124により、内燃機関101に備わる高圧燃料ポンプ125へ送られる。高圧燃料ポンプ125は、排気カム128の排気カム軸(図示せず)から伝達される動力により、内部に導入された燃料の圧力を昇圧させる。具体的には、高圧燃料ポンプ125内に備えられたプランジャーを上下動させることで高圧燃料ポンプ125内に導入された燃料の圧力が昇圧される。ECU109からの制御指令値に基づき、高圧燃料ポンプ125から吐出される燃料の圧力燃料圧が所望の圧力になるように、その吸入口に備わる開閉バルブがソレノイドにより制御される。高圧化された燃料は、高圧燃料配管129を介して燃料噴射弁105へ送られ、燃料噴射弁105は、ECU109内に備わる燃料噴射制御装置109Aの指令に基づき、燃料を燃焼室121内へ噴射する。
【0018】
内燃機関101には、高圧燃料ポンプ125を制御するため、高圧燃料配管129内の圧力を計測する燃料圧力センサ13が設けられている。ECU109の燃料噴射制御装置109Aは、この燃料圧力センサ13の出力に基づき、高圧燃料配管内129の燃料圧を所望の圧力になる様、所謂フィードバック制御を行うように構成されている。前述したように、内燃機関101は、点火プラグ106及び点火コイル107を備えており、ECU109は、燃料圧力センサ13からの出力に基づき、点火コイル107への通電制御と点火プラグ106による点火制御を実行する。これにより、燃焼室121内で吸入空気と燃料は、点火プラグ106から放たれる火花により燃焼し、この圧力によりピストン102が押し下げられる。
【0019】
燃焼により生じた排気ガスは、排気弁104を介して、排気管111に排出され、三元触媒112の触媒作用により浄化されて外部に排出される。また、排気ガスの酸素濃度が、三元触媒112の上流側に設けられた酸素センサ113により計測される。酸素センサ113の出力信号は、ECU109の燃料噴射制御装置109Aに供給される。
【0020】
ECU109の制御についてより詳細に説明する。ECU109は、アクセル開度センサ12の信号から、内燃機関101の要求トルクを算出するとともに、アイドル状態であるか否かの判定等を行う。ECU109は更に、クランク角度センサ11の信号から内燃機関101の回転速度(以下、エンジン回転数という)を演算するとともに、水温センサ108から得られる内燃機関101の冷却水温度と内燃機関101の始動後の経過時間等から三元触媒112が暖機された状態であるか否かを判断する機能を有する。
【0021】
また、ECU109は、前述の内燃機関101の要求トルクなどから、内燃機関101に必要な吸入空気量を算出し、それに見合った開度信号をスロットル弁119に出力するとともに、燃料噴射制御装置109Aは、吸入空気量に応じた燃料量を算出して燃料噴射弁105にそれに応じた燃料噴射信号を出力し、更に、点火コイル107に点火信号を出力する。
【0022】
次に、図2のブロック図を用いて、図1に示すECU109の燃料噴射制御装置109Aの構成を説明する。
燃料噴射制御装置109Aは、駆動IC200、エンジン状態検知部201、燃料噴射パルス信号演算部202、燃料噴射駆動波形指令部203、高電圧生成部(昇圧装置)206、燃料噴射駆動部207a、207b、弁体動作時間検出部211、状態判定部212、及び燃料噴射量補正部213を備える。駆動IC200は、燃料噴射制御装置109Aの全体の制御を司る駆動制御部である。エンジン状態検知部201は、内燃機関101のエンジン回転数、吸入空気量、冷却水温度、燃料圧力や内燃機関エンジンの故障状態などの各種情報を集約し、提供する。
【0023】
燃料噴射パルス信号演算部202は、エンジン状態検知部201から得られる各種情報に基づき、燃料噴射弁105の燃料噴射期間を規定する噴射パルスSpのパルス幅Wpを演算し、そのパルス幅Wpを有する駆動パルスSpを出力する。燃料噴射駆動波形指令部203は、燃料噴射弁105の開弁又は開弁維持するために供給する駆動電流Idの波形に関する指令値Swfを算出し、駆動IC200へ出力する。駆動電流Idの波形が制御されることにより、弁体のリフト量や閉弁時期を適切に設定し、燃料噴射量を精密に制御することができる。
【0024】
高電圧生成部206は、ヒューズ204とリレー205を介して供給されるバッテリ電圧Vbatを、昇圧電圧Vboostに昇圧させる昇圧装置である。この昇圧電圧Vboostは、電磁ソレノイド式の燃料噴射弁105を閉弁状態から開弁状態に変化させる際に必要となる電圧である。高電圧生成部206は、駆動IC200からの指令に基づき、バッテリ電圧Vbatを昇圧電圧Vboostまで昇圧する。なお、バッテリ電圧Vbatは、開弁した燃料噴射弁105を開弁状態に維持するために用いられる。すなわち、燃料噴射弁105に供給される電圧は、バッテリ電圧Vbatと昇圧電圧Vboostの2種類がある。
【0025】
燃料噴射弁105の上流側と下流側には、それぞれ燃料噴射駆動部207a、207bが備えられている。燃料噴射駆動部207a、207bは、駆動IC200からの制御信号に従いON/OFF動作されるスイッチング装置であり、これにより燃料噴射弁105に対する駆動電流Idの供給の切り替え(スイッチング)を行う。駆動IC200は、燃料噴射パルス信号演算部202で演算された噴射パルスSp、燃料噴射駆動波形指令部203で演算された駆動電流波形の指令値Swfに基づいて燃料噴射駆動部207a、207bのON/OFFを切り替え、燃料噴射弁105に昇圧電圧Vboost又はバッテリ電圧Vbatを印加することで、燃料噴射弁105へ供給する駆動電流Idを制御する。
【0026】
弁体動作時間検出部211は、所定の条件を与えた場合の、燃料噴射弁105の弁体動作時間を検出する機能を有する。弁体動作時間とは、ある基準点から開弁完了時刻までの開弁完了時間、又はある基準点から閉弁完了時刻までの閉弁完了時間の両方を含む概念として定義される。弁体動作時間検出部211で検出される弁体動作時間は、内燃機関101の燃料噴射量を補正する燃料噴射量補正部213において行われる補正のファクターとして検出されるものである。詳しい機能については後述する。
【0027】
状態判定部212は、弁体動作時間検出部211での検出結果に従い、燃料噴射弁105、弁体動作時間検出部211、又は燃料噴射駆動部207a、207bの状態を判定する機能を有する。判定の具体的な手順等は後述する。
燃料噴射量補正部213は、弁体動作時間検出部211で検出された弁体動作時間の情報に従い、内燃機関101において行うべき燃料噴射量の補正を判定し、その補正を行うための信号を生成する。なお、燃料噴射量補正部213における補正は、状態判定部212における判定結果に従い停止される。
【0028】
次に、図3を参照して燃料噴射弁105の構成例を説明する。
燃料噴射弁105は、一例として、可動コア301、ハウジング302、弁体303、固定コア304、ソレノイド305、弁座306、セットスプリング308、ゼロスプリング309を備えて構成され得る。
【0029】
ハウジング302は、燃料噴射弁105の筐体を構成し、ハウジング302内には固定コア304が固定されている。固定コア304の周囲には、ソレノイド305が配置されている。弁体303は、ハウジング302の中心軸を長手方向として配置され、ハウジング302の中心軸に沿って移動可能に配置され、またセットスプリング308により弁座306の方向に付勢されている。また、可動コア301は、固定コア304の下端に、ゼロスプリング309により付勢されている。可動コア301の中心軸には貫通穴が形成されており、この貫通穴に沿って弁体303は移動可能に配置されている。
【0030】
内燃機関101の運転時には、ハウジング302の内部は燃料で満たされており、ソレノイド305に電流が流れると可動コア301がソレノイド305に吸引されて、弁体303の下端が弁座306から離れる。これにより、弁体303によって塞がれていた弁303の噴孔307から燃料が噴射される。ソレノイド305の電流が遮断されると、燃料噴射の終了後に可動コア301はゼロスプリング309の弾性力に抗して下降して初期位置に戻る。
【0031】
図4のタイミングチャートを参照して、内燃機関101が通常の動作を行う場合における、噴射パルスSp、駆動電圧Vd、駆動電流Id、弁体303の変位量(弁変位)Hの一例を示す。
【0032】
時刻t0〜t1では、燃料噴射パルス信号演算部202から出力される噴射パルスSpがOFF状態であるため、燃料噴射駆動部207a、207bがOFF状態となり、燃料噴射弁105には駆動電流Idが流れない。したがって、燃料噴射弁105において、セットスプリング308の付勢力によって弁体303が弁座306の閉弁方向へ付勢され、弁体303の下端が弁座306と当接したままとなり噴孔307が閉じられ、燃料は噴射されない。
【0033】
次いで、時刻t1で、噴射パルスSpが立ち上がり(ON状態となり)、燃料噴射駆動部207aと燃料噴射駆動部207bがON状態(導通状態)となり、これにより燃料噴射弁105には昇圧電圧Vboostの印加が開始される。燃料噴射弁105のソレノイド305には駆動電圧Vdとして昇圧電圧Vboostが印加され、更に駆動電流Idも流れ始め、駆動電流Idは徐々に上昇を開始する。これにより、固定コア304と可動コア301との間に磁束が生じ、可動コア301に対し固定コア304に向けた磁気吸引力が働く。
【0034】
ソレノイド305に供給される駆動電流Idが増加し、可動コア301に作用する磁気吸引力がゼロスプリング309による付勢力を上回ると、可動コア301が固定コア304の方向へ吸引されて上方に移動し始める(時刻t1〜t2)。可動コア301が所定の長さだけ移動すると、可動コア301と弁体303とが一体となって移動し始め(時刻t2)、弁体303は弁座306から離れ、弁座306は開弁されて燃料の噴射が開始される。
【0035】
可動コア301と弁体303は、可動コア301が固定コア304に衝突するまで一体となって移動する。図4では、弁変位HがSt1+St2まで可動コア301が移動し、この状態がいわゆるフルリフトの状態である。なお、弁変位St1程度までに可動コア301の移動を抑制する場合もあり、これが上述のハーフリフト状態である。
ここで、可動コア301と固定コア304とが勢いよく衝突すると可動コア301が固定コア304で跳ね返って噴孔307から噴射される燃料の流量が乱れる虞がある。そこで、可動コア301が固定コア304に衝突する前の時刻t3、つまり駆動電流Idがピーク電流Ip2に到達したときに、燃料噴射駆動部207a、207bをOFF状態(非導通状態)とする。これにより、ソレノイド305に印加される駆動電圧Vdは、逆起電力により負の値まで減少し、駆動電流Idもこれに伴い急激に減少するので、可動コア301及び弁体303の勢いは低下する。
【0036】
時刻t4から噴射パルスSpが立ち下がる時刻t6までは、可動コア301が固定コア304に引き寄せられた状態を維持するのに十分な磁気吸引力のみを供給するため、燃料噴射駆動部207bをオン状態に維持した状態で燃料噴射駆動部207aを間欠的にONにする(所定のデューティ比でONとOFFを繰り返す)PWM制御を行う。ソレノイド305に印加される駆動電圧Vdは、所定の周期でバッテリ電圧Vbatと0Vの間で切り替わり、これによりソレノイド305に流れる駆動電流Idが所定の範囲内に収まるようにする。
【0037】
時刻t6で、噴射パルスSpが立ち下がり、これにより燃料噴射駆動部207a、207bがいずれもオフ状態となり、ソレノイド305へ印加される駆動電圧Vdが減少し、ソレノイド305に流れる駆動電流Idも減少する。すると、固定コア304と可動コア301との間に生じた磁束が次第に消滅し、可動コア301に作用する磁気吸引力が消滅する。よって、弁体303は、セットスプリング308の付勢力と燃圧による押圧力により、所定の時間遅れを持って弁座306の閉弁方向へ押し戻される。そして、時刻t7では、弁体303が元の位置まで戻され、弁体303の下端が弁座306に当接して閉弁されて、燃料の噴射が停止する。
【0038】
なお、噴射パルスSpが立ち下がった時刻t6以降は、燃料噴射弁105内の残留磁力を素早く低下させ、弁体303が早期に閉弁状態に復帰するように、燃料噴射弁105を駆動する際とは逆方向に駆動電圧Vdを供給する。
【0039】
次に、図5図7を参照して、弁体動作時間検出部211により燃料噴射弁105の弁体動作時間を検知する手順を説明する。ここで検知された弁体動作時間が、燃料噴射量補正部213における補正値の演算に用いられる。図5は、同動作を行う場合のタイミングチャートであり、図6、及び図7は、それぞれ駆動電圧Vd、駆動電流Id、及びその2回微分値のグラフの拡大図である。
【0040】
時刻t1までの動作は、図4の通常動作と同一である。時刻t1で、噴射パルスSpがON状態となり、これにより燃料噴射弁105のソレノイド305には駆動電圧Vdとして昇圧電圧Vboostが印加され、更に駆動電流Idも流れ始め、駆動電流Idは徐々に上昇を開始する。可動コア301は、例えば時刻t2から固定コア304に向けて移動を開始する。
【0041】
次いで、時刻t13において、昇圧電圧Vboostが遮断され、これにより駆動電流Idは急激に減少し、駆動電圧Vdはソレノイド305の逆起電力により負の値側に振れる。その後、駆動電圧Vdは再び時刻t14で短期間だけバッテリ電圧Vbatまで復帰する。その後、駆動電圧Vdは0Vとされるが、これにより、駆動電流Idの変動量は小さくなり、この状態で可動コア301が固定コア304に衝突し、以後フルリフト状態が維持される。フルリフト状態を維持するため、時刻t15以降は、通常動作と同様にバッテリ電圧VbatがPWM制御によりソレノイド305に供給される。
【0042】
時刻t14以降のいずれかの時点で可動コア301と固定コア304とが衝突すると、可動コア301の加速度が変化し、ソレノイド305のインダクタンスが変化する。ここで、ソレノイド305のインダクタンスの変化は、ソレノイド305に流れる駆動電流Id又はソレノイド305に印加される駆動電圧Vdに変曲点として現れると考えられるものの、開弁する際には駆動電圧Vdがほぼ一定に維持されるため、駆動電圧Vdに変曲点は現れず、変曲点は駆動電流Idに現れる(符号501付近)。この駆動電流Idの変曲点が現れるタイミング(時刻)を検出することで、弁体303の開弁のタイミングを検知することができる。換言すれば、燃料噴射制御装置109Aから供給される電圧又は電流において、燃料噴射弁105の弁体が開弁又は閉弁する際に生じる変曲点を検出し、この変曲点が現れるタイミングを、燃料噴射弁105が開弁するタイミング、又は閉弁するタイミングとして検出する。ここで変曲点とは、電流や電圧などの変化曲線において、その曲がり方が変わる点を意味しており、より具体的には、当該変化曲線の2階微分値が極値を有する点を意味する。
【0043】
一方で、燃料噴射弁105の弁体303を閉弁する際には、弁体303が弁座306と衝突する時に、ゼロスプリング309が伸長から圧縮に転じ、可動コア301の運動方向が逆転することにより加速度が変化し、ソレノイド305のインダクタンスが変化する。
弁体303が閉弁するタイミングでは、ソレノイド305に流れる駆動電流Idが遮断されており、ソレノイド305の両端の電圧Vdは逆起電力となり、駆動電流Idが0に収束すると徐々に逆起電力も減少していく。逆起電力が減少していく期間(時刻t6〜)においてソレノイド305のインダクタンスが変化することで、駆動電圧Vdに変曲点が発生する(符号502)。この駆動電圧Vdの変曲点が現れるタイミング(時刻)を検出することで、弁体の閉弁のタイミングを検知することができる。
【0044】
このように、この第1の実施の形態の燃料噴射制御装置は、弁体303の開弁タイミングについては駆動電流Idの変曲点の発生タイミングに基づいて検知し、弁体303の閉弁タイミングについては駆動電圧Vdの変曲点の発生タイミングに基づいて検知することができる。例えば、噴射パルスSpが立ち上がったタイミング(時刻t1)から駆動電流Idの変曲点の発生タイミングまでの間の時間を計測することで、開弁完了時間(503)を検出することができる。また、噴射パルスSpが立ち下がったタイミング(時刻t6)から、駆動電圧Vdの変曲点の発生タイミングまでの間の時間を計測することで、閉弁完了時間(504)を検出することができる。このような開弁完了時間又は閉弁完了時間を弁体動作時間として、異なる気筒の燃料噴射弁105毎に検知して個体差として特定し、この個体差に基づいて燃料噴射量を制御することができる。
【0045】
図6及び図7に示すように、変曲点は、ソレノイド305に流れる駆動電流Idの曲線(時系列データ)又はソレノイド305に印加される駆動電圧Vdの曲線を2階微分することで求めることができる。2階微分曲線において、前述の変曲点が極大値又は極小値として現れる。よって、それらの2階微分曲線の極値の位置を検出することで前述の変曲点を特定することができる。
【0046】
図6は、閉弁動作中の駆動電圧Vdの曲線の一部と、その2階微分値の時系列データであり、601は変曲点502に対応する極値である。図7は、開弁動作中の駆動電流Idの曲線の一部と、その2階微分値の時系列データであり、701は変曲点501に対応する極値である。尚、図6の駆動電圧Vdは、図4、5に対して正負逆転させて記載している。
【0047】
図6及び図7で示した駆動電圧Vdの2階微分値と駆動電流Idの2階微分値は、駆動電圧Vdと駆動電流Idの信号にローパスフィルタを通過させ、平滑化したデータに対して2階微分をして得たものある。計測される駆動電流Idや駆動電圧VdのS/N比が低く、そのノイズレベルが大きい場合は、駆動電流Idや駆動電圧Vdの時系列データの2階微分の結果から極値を検知することが難しくなるため、ローパスフィルタが用いられ得る。S/N比が十分に高い場合には、ローパスフィルタは省略することも可能である。
【0048】
また、2階微分を施す時系列データは、・噴射パルスSaの立ち上がりタイミングから一定時間経過した後(言い換えれば、駆動電圧Vd又は駆動電流Idの立ち上がりから一定時間経過した後)の駆動電流Idの時系列データ、又は・噴射パルスSaの立下りタイミングから一定時間経過した後(言い換えれば、駆動電圧Vd又は駆動電流Idの立ち下がりから一定時間経過した後)の駆動電圧Vdの時系列データとすることが好ましい。
【0049】
噴射パルスSaが立ち上がったタイミング(時刻t1)の直後の駆動電流Idの時系列データ、又は、噴射パルスSaが立ち下がったタイミング(時刻t6)の直後の駆動電圧Vdの時系列データに対して2階微分を施すと、電圧の切り替え時(例えば昇圧電圧Vboostからバッテリ電圧Vbat)や、駆動電圧Vdを遮断した後の逆起電力の発生時などが極値として現れる可能性があり、変曲点を正確に特定することができない虞があるためである。
【0050】
次に、図8を参照して、図2の弁体動作時間検出部211の構成の一例について説明する。状態判定部212は、弁体動作時間検出部211で算出された開弁完了時間もしくは閉弁完了時間に関する情報に基づいて、燃料噴射弁105、弁体動作時間検出部211、及び燃料噴射弁105を駆動するための各種回路、並びにその他燃料噴射制御装置109A内の構成要素の機能が正常であるか、それとも異常があるかを判定する。
【0051】
ここで、燃料噴射弁105を駆動するための回路(燃料噴射弁駆動回路)には、駆動IC200、高電圧生成部206、燃料噴射駆動部207a、207b、それらに電気的に接続する信号線、燃料噴射制御装置127とバッテリ電圧Vbatの電源装置とを接続するハーネス、燃料噴射制御装置127と燃料噴射弁105とを接続するハーネス等が含まれる。
【0052】
図8に示すように、弁体動作時間検出部211は、一例として、マルチプレクサ801、AD変換器802、広域抽出フィルタ803、及びピーク検出器804を備えて構成され得る。
【0053】
マルチプレクサ801は、複数の気筒(#1〜#4)に設けられる複数の燃料噴射弁105からの信号を選択的に入力させる機能を有する。なお、図示は省略するが、燃料噴射弁105のソレノイド305の下流側端子と接地端子との間はシャント抵抗が設けられ、このシャント抵抗の両端電圧をマルチプレクサ801に入力することができる。
【0054】
AD変換器802は、マルチプレクサ801を介して燃料噴射弁105から入力されるアナログ信号をデジタル信号に変換する回路である。A/D変換器802は、燃料噴射弁105のソレノイド305の下流側端子電圧、又は、上下の端子電圧の差動電圧をデジタル信号に変換することができる。
【0055】
また、広域抽出フィルタ803は、このデジタル信号を平滑化するとともに、平滑化された信号を2階微分する機能を有する。ピーク検出器804は、広域抽出フィルタ803によって2階微分されて変曲点が強調された信号から極値を検出する機能を有する。尚、ピーク検出器804では、極値が検出される時間のうち、2階微分値が最大となるタイミングを特定し、例えば噴射パルスSpが立ち上がるタイミングからの時間を計測することで、開弁完了時間を検知することができる。
【0056】
燃料噴射弁105、燃料噴射弁105を駆動するための回路、及び弁体動作時間検出部211のいずれかに異常(故障、劣化など)が発生すると、駆動電流Id又は駆動電圧Vdの変曲点の発生タイミング等が変化し、更には2階微分曲線の極値の発生タイミングが変化する。
【0057】
例えば、燃料噴射弁105の開固着や閉固着が発生した場合、燃料噴射弁105が開弁又は閉弁していないため、駆動電流Id又は駆動電圧Vdの変曲点が検知されないと考えられるが、実際は弁体動作時間検出部211は、微小なノイズ成分による変動を変曲点として検知してしまう場合がある。この場合、弁体動作時間検出部211で算出される弁体動作時間は実際の燃料噴射弁105の弁体動作と同期したものではなく、その時間は正常時と比較して乖離したものとなる。
【0058】
また、燃料噴射弁105を駆動するための回路が故障等した場合は、燃料噴射弁105を正常に駆動できなくなるため、故障した状態で弁体動作時間検出部211を動作させると、検知される変曲点は弁体303の実際の動作と同期したものにならない。
【0059】
また、弁体動作時間検出部211についても同様で、燃料噴射弁105が正常に動作しているにもかかわらず、その駆動電流Id又は駆動電圧Vdから燃料噴射弁105の弁体動作によって生じる変曲点を正確に検知できず、弁体動作時間は正常時と比較して乖離する。例えば、マルチプレクサ801が故障すると、所望のタイミングで駆動電流Id又は駆動電圧Vdを入力することができなくなる。A/D変換器802、広域抽出フィルタ803、又はピーク検出器804の故障が発生した場合も、駆動電圧Vdや駆動電流Idから弁体動作に同期した変曲点を抽出できず、弁体動作時間は正常時と比較して乖離したものとなる。
【0060】
上述した通り、燃料噴射弁105、燃料噴射弁105を駆動するための回路、及び弁体動作時間検出部211のいずれかに異常が発生すると、弁体動作時間は弁体303の動作に同期した時間とならない。そこで、この第1の実施の形態では、弁体動作時間を弁体動作時間検出部211で検出し、この弁体動作時間を状態判定部212において基準値と比較することで異常の有無を判断する。
【0061】
図9を参照して、噴射パルスSpが立ち下がった時刻から、駆動電圧Vdの2階微分曲線の最大値までの時間である閉弁完了時間による異常判定方法について説明する。尚、本例では閉弁完了時間について例示的に説明するが、開弁完了時間を検知する場合にも同様の手法を適用することができる。
【0062】
図9の方法は、弁体303の閉弁完了時間904が設定範囲902内にあるか否かを状態判定部212において判定するものである。設定範囲902は、燃料噴射弁105、燃料噴射弁105を駆動するための回路、弁体動作時間検出部211のいずれにも異常がない場合に予想される閉弁完了時間の範囲である。この設定範囲902は、状態判定部212の図示しない記憶部に記憶される。
【0063】
弁体動作時間検出部211で検出された閉弁完了時間904が設定範囲902に収まらない場合には、状態判定部212により異常が発生したと判定される。弁体動作時間検出部211で検出された閉弁完了時間904が設定範囲902に収まっている場合には、状態判定部212により上記構成要素はいずれも正常であると判定される。
【0064】
検出された1つの閉弁完了時間904が設定範囲902に収まらない場合に異常と判定するのではなく、複数通り得られた閉弁完了時間904のうち、所定の割合の閉弁完了時間904が設定範囲902に収まらない場合に「異常」と判定することも可能である。
【0065】
上記設定範囲902は、燃料噴射弁105の劣化時における弁体動作時間の変化を考慮し、予め実験によって算出しておき、状態判定部212の図示しない記憶部に記憶させておく。また、燃料噴射弁105の弁体動作時間は燃圧によっても変化する。このため、上記設定範囲902は、燃圧を計測し、この燃圧に従ってその範囲が可変となるようにすることもできる。
【0066】
この第1の実施の形態では、駆動電圧Vdのサンプリング期間を図9に示す範囲901のように設定する。このサンプリング範囲901は、噴射パルスSpが立ち下がった後、所定の時間が経過した後に開始するように設定することが好ましい。噴射パルスSpを立ち下げた後の逆起電力による変曲点が誤検出されることを避けることができる。
【0067】
弁体動作時間検出部211での検知が完了すると、燃料噴射量補正部213は、予め記憶しておいた基準となる開弁完了時間と、弁体動作時間検出部211で検知された開弁完了時間の偏差である開弁完了偏差を算出する。同様に、予め記憶しておいた基準となる閉弁完了時間と、弁体動作時間検出部211で検知された閉弁完了時間の偏差である閉弁完了偏差を算出する。
【0068】
開弁開始偏差と開弁完了偏差とは相関があり、これを図10を参照して説明する。図10において、実線のグラフは弁体変位Hの標準的な曲線を示し、点線のグラフは実際の弁体変位を示している。一般に、開弁完了偏差1202は、各燃料噴射弁105の噴射特性に関わらず開弁開始偏差1201の略定数倍(K倍)であることが知られている。そこで、開弁完了偏差1202にゲイン1/Kを積算して開弁開始偏差1201を算出する。同様にして、閉弁完了偏差1203も算出する。そして、開弁開始偏差1201と閉弁完了偏差1203とに基づいて、弁変位Hの曲線のパルス幅を算出し、予め記憶しておいた基準の弁変位Hのパルス幅H(s)と比較し、両者の偏差を算出する。これにより、要求噴射量に対する噴射パルス幅Wpの補正量を決定することができる。
【0069】
尚、上記例では開弁開始偏差1201と閉弁完了偏差1203との両方を用いたが、開弁完了偏差1202と閉弁完了偏差1203のどちらか一方を用いて噴射パルス幅を補正することもできる。
また、上記例では駆動パルス幅Wpを補正したが、駆動電流Ipを補正することで、噴射量補正を実施することも可能である。例えば、基準となる開弁完了時間に対して、弁体動作検出部211で検知した開弁完了時間が長い場合、駆動電流Ipのピーク電流を相対的に大きくすることで、弁体303の開弁動作を早める(開弁完了時間を短く)することができる。
【0070】
逆に、基準となる開弁完了時間に対して、弁体動作検出部211で検知した開弁完了時間が短い場合、駆動電流Ipのピーク電流を相対的に小さくすることで、弁体303の開弁動作を遅くすることができる。このように、基準となる燃料噴射弁105の特性に近づけることができる。閉弁完了時間についても同様に、基準となる閉弁完了時間に対して、弁体動作検出部211で検知した閉弁完了時間が長い場合、駆動電流鵜Ipのピーク電流を小さくすることで、弁体303の開弁動作を遅くすることができる。逆に、基準となる閉弁完了時間に対して、弁体動作時間検出部211で検知した閉弁完了時間が短い場合、ピーク電流を大きくすることで、弁体303の開弁動作を早くすることができる。そのため、基準となる燃料噴射弁の特性に近づけることができる。
【0071】
上記で説明した噴射量補正は、弁体動作時間検出部で検出した開弁完了時間もしくは閉弁完了時間の少なくとも一方に基づいて補正を実施しているため、これらの値が異常となると、補正値も異常となるため、適切な補正を行うことができず、要求の噴射量で燃料噴射を実施することが困難になる。よって、燃料噴射量補正部213で実施する燃料噴射量の補正は、状態判定部212において、燃料噴射弁105、燃料噴射弁105を駆動するための回路、弁体動作時間検出部211のいずれにも異常がないと判定された場合のみ実施される。一方、状態判定部212でこれら構成要素に異常であると判定された場合は、燃料噴射量補正部213で実施する補正を禁止する。状態判定部212は、異常と判定がされた場合に、禁止信号Sinhを燃料噴射量補正部213に送信し、燃料噴射量補正部213は、この禁止信号Sinhに基づき、補正動作を停止する。また、弁体動作時間検出部211も、この禁止信号Sinhに基づき、弁体動作時間の検出動作を停止する。
【0072】
なお、弁体動作時間検出部211で検知した開弁完了時間及び閉弁完了時間、並びに状態判定部212で算出された状態判定結果は、それらの内部又は別途設けられたEEPROMなどの記憶手段に記憶しておくことができる。
【0073】
図11は、駆動電流Id、弁体動作時間検出部211の動作が実行中か否かを表すパルス信号、状態判定部212の判定結果(状態判定結果)、及び記憶手段に記憶される弁体動作時間のデータの時間的変化を示すタイミングチャートである。
【0074】
時刻t21にて弁体動作時間検出部211での弁体動作時間の検出が完了し、状態判定部212にて「正常」との判定がされた場合は、記憶手段に記憶されている弁体動作時間1(1305)を最新の検知結果である弁体動作時間2(1306)に更新する。時刻t21以降は、弁体動作時間2(1306)を用いて燃料噴射量の補正が実行される。
【0075】
時刻t22で燃料噴射制御装置109Aの電源がOFFとされ、時刻t23では燃料噴射制御装置109Aの電源がONとされる、時刻t22〜t23の期間においても、弁体動作時間2(1306)は記憶手段に記憶されたまま維持されている。一方、時刻t24にて再度弁体動作時間検出部211の検知が完了し、状態判定部212にて「異常」の判定がなされた場合は、記憶手段に記憶されている弁体動作時間2(1306)の更新は禁止され、最新の噴射量補正は弁体動作時間2(1306)がそのまま用いられる。このような構成とすることで、状態判定部212が異常判定したとしても、正常判定された際に記憶した弁体動作時間を用いて燃料噴射量の補正を実施することができる。
【0076】
このように、第1の実施の形態によれば、弁体動作時間検出部211で弁体動作時間を検出して個体差を検出する一方で、その弁体動作時間に関連する情報に基づいて、状態判定部212において異常の有無を判断することができる。従って、個体差の情報の収集を適切に実行することが可能になる。更に、その判断結果に基づいて噴射量補正の可否判断を行うことで、意図しない噴射量変動を防止することができ、燃費性能や排気性能の悪化を防止することができる。
【0077】
[第2の実施の形態]
次に、第2の実施の形態に係る燃料噴射制御装置を、図12を参照して説明する。装置の全体構成(図1図3図8)や、燃料噴射制御装置109Aの基本的な動作(図5図7)は、第1の実施の形態と略同一であるので、重複する説明は省略する。ただし、この第2の実施の形態では、状態判定部212における判定方法が第1の実施の形態とは異なっている。
【0078】
図12を参照して、この第2の実施形態の状態判定部212における異常の判定方法を説明する。この第2の実施の形態では、複数回の弁体の動作により検知された複数の閉弁完了時間のデータが、標準偏差の範囲に収まっているか否かにより異常の有無を判断する。この方法によっても、第1の実施の形態と同様の効果を得ることができる。
【0079】
図12の例では、閉弁完了時間を3回計測し、それが標準偏差の範囲に収まっているか否か、換言すればバラつきが所定の設定量よりも大きいか否かにより異常の有無を判定している。燃料噴射弁105、燃料噴射弁105を駆動するための回路、及び弁体動作時間検出部211のいずれかに異常が発生した場合、弁体動作時間検出部211で検知した閉弁完了時間が、検知する毎に異なる場合がある。
【0080】
図10では、3回の閉弁完了時間1001、1002、1003を検出し、各閉弁完了時間の標準偏差が所定範囲901内に含まれていればあれば正常と判定し、標準偏差が所定範囲外であれば異常と判定する。このように標準偏差の大きさを判定することで、各閉弁完了時間が所定範囲902内(図9)に含まれていたとしても、標準偏差が大きいことから異常と判定することが可能となる。なお、尚、所定範囲901は燃料噴射弁の電気的、機械的なばらつきや、構成回路の電気的ばらつきを考慮し、あらかじめ実験より求めておくことができる。
【0081】
[第3の実施の形態]
次に、第3の実施の形態に係る燃料噴射制御装置を、図13を参照して説明する。装置の全体構成(図1図3図8)や、燃料噴射制御装置109Aの基本的な動作(図5図7)は、前述の実施の形態と略同一であるので、重複する説明は省略する。ただし、この第3の実施の形態では、状態判定部212における判定方法が前述の実施の形態とは異なっている。
【0082】
図13を参照して、この第3の実施形態の状態判定部212における異常の判定方法を説明する。
同一の燃料噴射弁105において、弁体動作時間を変化させる要因の一つに経時劣化がある。つまり、燃料噴射弁105、燃料噴射弁105を駆動するための回路、弁体動作時間検出部211がいずれもが正常である場合に検知した閉弁完了時間1103と、新たに検知した閉弁完了時間1102を比較した時に、経時劣化による変化以上の乖離がある場合、異常と判定できる。従って、正常時に検知した閉弁完了時間1103と、新たに検知した閉弁完了時間1102を比較し、その差1104が所定値以下であれば、状態判定部212は、燃料噴射弁105、燃料噴射弁105を駆動するための回路、弁体動作時間検出部211が正常と判定し、その差1104が所定値以上であれば、燃料噴射弁105、燃料噴射弁105を駆動するための回路、及び弁体動作時間検出部211のいずれかが異常と判定する。このように判定することで、燃料噴射弁105等の劣化に対してロバストな判定が可能となる。
なお、第1〜第3の実施の形態の判定方法を、1つの状態判定部212にすべて取り込むことも可能である。
【0083】
図14を参照して、本発明の実施の形態の効果を説明する。図14は、複数の気筒INJ#1〜4における弁体動作時間のバラつきの度合を棒グラフで示している。正常な燃料噴射制御装置INJ#1、INJ#4では、弁体動作時間にバラつきは殆どなく、弁体動作時間も基準値に近い値となる。しかし、図14のINJ#3のように、弁体動作時間が正常範囲外となる場合がある。このような気筒は、第1の実施の形態(図9)の方法により異常を検出することができる。また、INJ#2のように、弁体動作時間が基準値に近いが、複数のサイクル間で弁体動作時間のバラつきが大きい場合がある。この場合は、第2の実施の形態(図12)の方法を実行することにより異常を検出することができる。
【0084】
尚、図9〜11では開弁完了時間と閉弁完了時間に基づく異常判定を行う例について説明したが、開弁完了時間と閉弁完了時間の代わりに、又はこれに追加して、駆動電流Idもしくは駆動電圧Vdの2階微分値の大きさによって判定することもできる。
前述したように、開弁完了や閉弁完了によって生じる変曲点は可動コア301の加速度変化によって発生する。したがって、駆動電圧Vdもしくは駆動電流Idの2階微分値をあらかじめ実験により特定することができるため、2階微分値の大きさが所定の範囲内であるか否かで正常もしくは異常を判定することができる。
【0085】
以上、本発明の実施の形態を説明したが、これらの実施の形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施の形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施の形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【0086】
例えば、上記の実施の形態の電気的構成の説明において、各種データや命令を伝達する配線は、説明上必要と考えられるものを代表的に示しており、対応する製品で設けられる全ての制御線や情報線を示しているとは限らない。実際には殆ど全ての構成が相互に接続されていると考えてもよい。
【0087】
また、上記の各構成、機能、処理部等は、例えばアナログ集積回路やデジタル集積回路、又はアナログ/デジタル混載型集積回路等からなるハードウェアで実現してもよい。また、上記の各構成、機能等は、プロセッサがそれぞれの機能を実現するプログラムにより実現してもよい。そのようなプログラムは、ハードディスクドライブ、フラッシュメモリ装置、記録ディスク(CD−ROM、DVD−RAMなど)の記録媒体に記録することができる。
【符号の説明】
【0088】
11…クランク角度センサ、 12…アクセル開度センサ、 13…燃料圧力センサ、 101…内燃機関、 102…ピストン、 103…吸気弁、 104…排気弁、 105…燃料噴射弁、 106…点火プラグ、 107…点火コイル、 108…水温センサ、 109…ECU、 109A…燃料噴射制御装置、 110…吸気管、 111…排気管、 112…三元触媒、 113…酸素センサ、 115…コレクタ、 119…スロットル弁、 120…空気流量計、 121…燃焼室、 123…燃料タンク、 124…低圧燃料ポンプ、 125…高圧燃料ポンプ、 127…燃料噴射制御装置、 128…排気カム、 129…高圧燃料配管、 201…エンジン状態検知部、 202…燃料噴射パルス信号演算部、 203…燃料噴射駆動波形指令部、 204…ヒューズ、 205…リレー、 206…高電圧生成部(昇圧装置)、 207a、207b…燃料噴射駆動部、 211…弁体動作時間検出部、 212…状態判定部、 213…燃料噴射量補正部、 301…可動コア、 302…ハウジング、 303…弁体、 304…固定コア、 305…ソレノイド、 306…弁座、 307…噴孔、 308…セットスプリング、 309…ゼロスプリング、 503…開弁完了時間、 504…閉弁完了時間、 801…マルチプレクサ、 802…AD変換器、 803…広域抽出フィルタ、 804…ピーク検出器、 902…設定範囲、 904、1001〜1003、1102、1103…閉弁完了時間、 1201…開弁開始偏差、 1202…開弁完了偏差、 1203…閉弁完了偏差。
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