(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記少なくとも1つの種類の干渉元素の各々について、前記第1の同位体の二価イオンのイオン強度の測定値、前記第2の同位体の二価イオンのイオン強度の測定値をそれぞれ、C1、C2とし、前記第1の同位体、前記第2の同位体、及び前記第3の同位体の同位体存在比をそれぞれ、A1、A2、A3とし、前記第1の同位体の二価イオン、前記第2の同位体の二価イオン、及び前記第3の同位体の二価イオンの質量電荷比を、それぞれ、M1、M2、M3としたときに、
前記少なくとも1つの種類の干渉元素の各々の前記第3の同位体の二価イオンによるスペクトル干渉の前記干渉量が、
C2×(A3/A2)×[(1+a×(M3−M2)]
として算出され、ここで、aは、
[1/(M2−M1)]×[(C2/C1)/(A2/A1)−1]
である、請求項1に記載の方法。
前記質量分析装置に四重極質量分析装置が用いられる場合に、該質量分析装置の質量分解能が0.4amu(FWHM)以下に設定される、請求項1または2に記載の方法。
前記分析元素がAsの場合には、前記少なくとも1つの種類の干渉元素は、NdとSmのいずれか、またはNd及びSmであり、前記分析元素がSeである場合には、前記少なくとも1つの種類の干渉元素は、GdとDyのいずれか、または Gd及びDyである、請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
干渉量を算出する前記ステップ及び補正値を求める前記ステップが、前記質量分析装置の外部のコンピューティング装置によって実施される、請求項1〜6のいずれかに記載の方法。
干渉量を算出する前記ステップ及び補正値を求める前記ステップが、前記質量分析装置に内蔵されたデータ処理手段によって実施される、請求項1〜6のいずれかに記載の方法。
前記質量分析装置が、誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP−MS)、マイクロウェーブプラズマ質量分析装置、またはグロー放電質量分析装置(GDMS)である、請求項1〜8のいずれかに記載の方法。
前記質量分析装置が、誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP−MS)、マイクロウェーブプラズマ質量分析装置、またはグロー放電質量分析装置(GDMS)であって、前記質量分析装置が、請求項1〜6のいずれかに記載の方法を実施する、質量分析装置。
【背景技術】
【0002】
既存のプラズマイオン源を用いた質量分析装置の動作の概要
プラズマイオン源を用いた質量分析装置の1例として、被測定試料中の元素をイオン化するためのイオン源に誘導結合プラズマ(ICP)を用いる誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP−MS)が知られている。かかる公知の誘導結合プラズマ質量分析装置の動作を、そのブロック図である
図7を参照して概説する。
図7において、オプションのオートサンプラ10またはオペレータによって試料導入部15に接続された試料吸い上げチューブが試料ボトルに入った被測定試料5に接液され、該試料5は、試料導入部15からイオン化部20に導入されて、該試料5に含まれていた元素は該イオン化部20で生成されたプラズマによってイオン化される。イオン化された元素は、サンプリングコーン及びスキマーコーンを含む差動排気系を構成するインターフェース部25でサンプリングされてイオンレンズ部30、質量分離部35、及び検出器42を内部に持つ高真空のチャンバーに導入されて、該イオンレンズ部30で収束された後、選択された質量電荷比のイオンのみを通過させるための、典型的には四重極マスフィルターから構成される質量分離部35に入射される。
【0003】
検出器42は、典型的には二次電子増倍管から構成され、該質量分離部35で分離された質量電荷比のイオンの単位時間あたり到達数に対応する電気信号を出力する。該二次電子増倍管から出力された電気信号は、パルスカウンタ44及びアナログ電流測定部46に送られ、該電気信号のパルス頻度に応じたパルスカウント値、該電気信号のアナログ電流値が、それぞれ、パルスカウンタ44、アナログ電流測定部46によって計測される。検出器42、パルスカウンタ44、及びアナログ電流測定部46は、イオン測定部40を構成する。
【0004】
イオンレンズ電圧駆動部55は、イオンレンズ部30中のイオンレンズに電圧を印加するように動作する。該イオンレンズは、電界を利用してイオンの軌道を変える作用を有する電界型レンズ群から構成されており、その電極に印加される電圧が変わるとそれに応じてイオン透過率が変わるように構成されている。そのため、システムコントロール部60によってイオンレンズ電圧駆動部55を制御して、イオンレンズの電極に印加する電圧を適宜変更することによって該イオンレンズのイオン透過率を増減することが可能である。通常の測定時には、イオンレンズへの印加電圧は、被測定試料中の分析元素の濃度を決定するためにイオン強度の測定対象とされる該分析元素の同位体のイオンの透過率が最大になるような所定の電圧に設定される。
【0005】
システムコントロール部60は、
図7中の各ブロックの動作を制御し、演算処理部65は、質量電荷比(m/z)毎に、測定されたアナログ電流値を1秒間当たりのイオンカウント数(cps)に換算するなどのデータ処理を行う。尚、質量分析装置とPC(パーソナルコンピューター)などの外部のコンピューティング装置70とをネットワークなどを介して接続して、イオン強度の測定値(イオンカウント数)などのデータを該コンピューティング装置70に転送して、測定対象とされる分析元素の同位体のイオンのイオン強度を求める演算処理やユーザーとの入出力処理を行うこともできる。
【0006】
質量分離部35の四重極マスフィルターを構成する4つの平行なロッド電極のうちの相対する2つのロッド電極の極性を同じ(一方の相対する2つのロッド電極の極性と他方の相対する2つのロッド電極の極性とは逆)として、直流電圧と高周波交流電圧を重ね合わせた電圧を印加し、該直流電圧の電圧と該高周波交流電圧の電圧を適宜設定することによって、特定の質量電荷比のイオンのみを通過させて検出器42に到達させることができるようになっており、また、これらのロッド電極に印加する直流電圧と高周波交流電圧との比を変えることにより質量分解能を調整することが可能である。尚、これらの質量電荷比の設定や質量分解能の設定は、質量分析装置の外部コンピューティング装置(
図7の70)を介するオペレータの所望の入力設定に応答して、システムコントロール部60によって設定される。また、プラズマイオン源を用いた質量分析装置にセクター型マスフィルターを利用するものがあるが、該装置では、イオンが通過するスリット幅を変更することによって、質量分解能を調整することができる。
【0007】
プラズマイオン源を用いた質量分析装置の他の例としては、グロー放電をイオン化の手段として利用するグロー放電質量分析装置(GDMS)がある。
【0008】
上記のようなプラズマイオン源を用いた質量分析装置で分析元素の同位体のイオンのイオン強度を測定することによって該分析元素の濃度を決定することができる。以下、本明細書では、該濃度を決定するためのイオン強度の測定対象とされる分析元素の同位体のイオンを「分析元素の測定イオン」といい、該同位体を「分析元素の測定同位体」という(ある特定の分析元素をαとした場合には、それぞれ、「分析元素αの測定イオン」、「分析元素αの測定同位体」という)。
【0009】
従来のスペクトル干渉の補正方法
ICP−MSなどのプラズマイオン源を用いた質量分析装置(本明細書において、単に「質量分析装置」と記載されている場合には、それは、プラズマイオン源を用いた質量分析装置を意味する)によって、環境や食品サンプルなどの被測定試料に含まれるヒ素(As)やセレン(Se)などの分析元素の濃度を測定する際に、該試料中に希土類元素が含まれている場合には、それらの分析元素の測定イオンのイオン強度の測定値にスペクトル干渉による誤差が生じる場合がある。このスペクトル干渉は、試料中の分析元素の測定イオンの質量電荷比と希土類元素の二価イオンの質量電荷比が互いに同じかまたは近く、質量分析装置で分離できないことから生じる。
【0010】
図1に、いくつかの希土類元素の各々について、同位体の質量数(m)、同位体存在比、及び二価イオンの質量電荷比(m/2)を示しているが、たとえば、希土類元素である
150Nd(ネオジウム)の二価イオン
150Nd
2+と同じく希土類元素である
150Sm(サマリウム)の二価イオン
150Sm
2+の質量電荷比はいずれも、
75Asの質量数と同じ75である(厳密には異なるがその違いは小さく質量分析装置で分離できない)。そのため、試料中の分析元素がAsであって、該分析元素Asの測定イオンが質量電荷比75の
75Asイオンである場合に、該試料中にそれらの希土類元素が存在する場合には、それらの二価イオンは、質量電荷比75の
75Asイオンに対してスペクトル干渉を生じ、このため、該試料中のAsの濃度を正確に決定することができなくなる。同様に、試料中の分析元素がSeであって、該分析元素Seの測定イオンが質量電荷比78の
78Seイオンである場合には、該試料中に含まれる希土類元素
156Gd(ガドリニウム)の二価イオン
156Gd
2+と、希土類元素
156Dy(ジスプロシウム)の二価イオン
156Dy
2+は、質量電荷比78の
78Seイオンに対してスペクトル干渉を生じる。
【0011】
以下、本明細書では、上記の
150Ndや
150Smのように、イオン化されると、分析元素の測定イオンに対してスペクトル干渉する元素を干渉元素という。試料中に存在する干渉元素の二価イオンによるかかるスペクトル干渉を補正する従来の補正方法として、該干渉元素の同位体のうち、奇数の質量数を有する同位体の二価イオンのイオン強度の測定値を利用するものが知られている(非特許文献1)。以下、この従来の補正方法について説明する。
【0012】
試料中の分析元素をα、分析元素αの測定同位体の質量数をα
nとする。ここで、分析元素αはイオン化されると一価のイオンになり、したがって、分析元素αの測定同位体の質量数α
nと分析元素αの測定イオンの質量電荷比は等しい。それゆえ、以下では、α
nを分析元素αの測定イオンの質量電荷比を表すものとしても使用している。該試料中に存在するある干渉元素をXとし、Xの異なる2つの同位体X1、X2(それぞれの質量数をX1
n、X2
nとする)のそれぞれの二価イオンをX1
2+、X2
2+とする。ここで、X2
nは奇数である(奇数の質量数の同位体の二価イオンの信号は、その質量電荷比が整数でないために干渉を受けることもなく正確に測定できる)。X1
2+は、その質量電荷比(X1
n/2)が、分析元素αの測定イオンの質量電荷比α
nと同じかまたは質量分析装置の分解能で分離できないほどα
nに近いために分析元素αの測定イオンに対してスペクトル干渉する。
【0013】
質量分析装置によって測定された質量電荷比α
nにおけるイオン強度の測定値と質量電荷比X2
n/2におけるイオン強度の測定値を、それぞれ、[α
n]m、[X2
n/2]mとする。[X2
n/2]mに、X1の理論上の同位体存在比A1とX2の理論上の同位体存在比A2との比である同位体比A1/A2を乗じ、これを、[α
n]mから減じたものを、X1
2+によるスペクトル干渉が補正された補正値[α
n]cとする。すなわち、
[α
n]c=[α
n]m−[X2
n/2]m×A1/A2 [式1−1]
である。
【0014】
試料中に、分析元素Asと干渉元素Nd及びSmが共存する場合に、上記従来の方法を適用して、分析元素Asの測定イオンである質量電荷比75の
75Asイオンに対するそれらの二価イオンのスペクトル干渉を補正する例を説明する。この場合、
150Nd
2+及び
150Sm
2+は、上記のとおり、質量電荷比が75である
75Asイオンに対してスペクトル干渉する。
【0015】
先ず、
150Nd
2+によるスペクトル干渉の補正について説明する。質量分析装置によって測定された質量電荷比75におけるイオン強度の測定値と質量電荷比72.5におけるイオン強度の測定値(すなわち、
145Nd
2+のイオン強度の測定値)を、それぞれ、[75]m、[72.5]mとすれば、[式1−1]の[α
n]m、[X2
n/2]mは、それぞれ、[75]m、[72.5]mに対応する。また、
150Ndと
145Ndの同位体比は、
150Nd/
145Nd=5.6/8.3(≒0.675)(
図1参照)として既知であり、これは、[式1−1]のA1/A2に対応する。すなわち、
150Nd
2+によるスペクトル干渉が補正された質量電荷比75におけるイオン強度を[75]cとすれば、今の例では、[式1−1]は、
[75]c=[75]m−[72.5]m×5.6/8.3 [式1−2]
と表される。
【0016】
質量電荷比75の
75Asイオンに対する
150Sm
2+によるスペクトル干渉も同様に補正される。すなわち、質量電荷比73.5におけるイオン強度の測定値(すなわち、
147Sm
2+のイオン強度の測定値)に、
150Smと
147Smの同位体比である
150Sm/
147Smを乗じたものを[式1−2]の[75]cからさらに減じることによって、質量電荷比75の
75Asイオンに対する
150Nd
2+と
150Sm
2+の両方によるスペクトル干渉が補正されたイオン強度が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明は、上記の従来の補正方法において、質量分析装置のバイアス効果をさらに考慮したものである。具体的には、本発明による補正方法は、上記の従来の補正方法による計算式である[式1−1]において、MBをマスバイアス補正係数として、
[α
n]c=[α
n]m−[X2
n/2]m×A1/A2×MB [式2]
とすることによって質量分析装置のマスバイアス効果を考慮し、マスバイアス補正係数MBを、X2の二価イオンのイオン強度の測定値[X2
n/2]mと、X2とは異なる奇数の質量数X3
nを有するもう一つの同位体X3の二価イオンのイオン強度の測定値[X3
n/2]mを用いて求めて、[式2]を計算することによって、マスバイアス効果まで考慮したスペクトル干渉の補正を行うものである。本明細書では、[式2]の[X2
n/2]m×A1/A2×MBを、分析元素αの測定イオンに対するX1
2+によるスペクトル干渉の干渉量という。尚、本発明の補正方法の対象となりうる干渉元素は、上記のような希土類元素には限定されない。以下の説明からも明らかなように、少なくとも3つの異なる同位体をもつ干渉元素であって、それらの同位体のうちのいずれか2つの同位体の質量数が奇数であり、他の1つの同位体の二価イオンの質量電荷比が分析元素の測定イオンの質量電荷比と互いに同じかまたは質量分析装置で分離できないほど該分析元素の測定イオンの質量電荷比に近い該干渉元素も本発明の補正方法の対象とされる干渉元素になりうる。たとえば、分析元素が質量数24のMg(マグネシウム)であるときの質量数48のTi(チタン)や、分析元素が質量数68のZn(亜鉛)であるときの質量数136のBa(バリウム)も本発明の補正方法の対象とされる干渉元素に含まれうる。ここで、質量数48のTiの二価イオンは質量数24のMgに対してスペクトル干渉し、かつ、Tiの同位体には、質量数が48の同位体の他に質量数47と49の同位体、すなわち質量数が奇数の2つの同位体が含まれる。また、質量数136のBaの二価イオンは質量数68のZnに対してスペクトル干渉し、かつ、Baの同位体には、質量数が136の同位体の他に質量数135と137の同位体、すなわち質量数が奇数の2つの同位体が含まれる。
【0023】
以下、本発明による補正方法について説明する。被測定試料中の分析元素をαとする。上記と同様に、分析元素αはイオン化されると一価のイオンになり、したがって、分析元素αの測定同位体の質量数α
nと分析元素αの測定イオンの質量電荷比は等しい。該試料中には、その二価イオンが分析元素αの測定イオンに対してスペクトル干渉するところの少なくとも1つの種類の干渉元素(それらのうちの1つの種類の干渉元素をβとする)が含まれており、βの3つの異なる同位体をβ1、β2、及びβ3とし、これらのそれぞれの同位体の二価イオンをβ1
2+、β2
2+、β3
2+とする。β1及びβ2の質量数はいずれも奇数である。β3の二価イオンであるβ3
2+は、その質量電荷比が質量電荷比α
nと同じかまたは質量分析装置の分解能で分離できないほどα
nに近いために分析元素αの測定イオンに対してスペクトル干渉する。また、β1、β2、β3の同位体存在比を、それぞれ、A1、A2、A3とし、β1
2+、β2
2+、β3
2+の質量電荷比を、それぞれ、M1、M2、M3とし、質量分析装置によって測定されたβ1
2+、β2
2+のイオン強度の測定値を、それぞれ、C1、C2とする。β3
2+のイオン強度をC3とするが、C3は、分析元素αの測定イオンに対してスペクトル干渉するために未知の値である。奇数の質量数の同位体の二価イオンであるβ1
2+、β2
2+の質量電荷比は整数ではないために、それらの二価イオンのイオン強度は、他のイオンによるスペクトル干渉を受けることなく正確に測定することができる(すなわち、C1、C2はいずれも正確に測定することが可能な値である)。
【0024】
ここで、2つ以上の同位体比間のマスバイアス効果の違いは、2つの同位体間の質量数の差の関数で近似できることが知られている(たとえば特許文献2参照)。
たとえば、a、b、cを係数として、
C2/C1=A2/A1×(1+a×ΔM21) [式3]
C2/C1=A2/A1×(1+b)
ΔM21 [式4]
C2/C1=A2/A1×exp(c×ΔM21) [式5]
などと表すことができる。ただし、ΔM21=M2−M1である。
ここで、[式3]の関係を、未知の値C3にも適用すると、ΔM32=M3−M2として、
C3/C2=A3/A2×(1+a×ΔM32) [式6]
と表すことができ、したがって、
C3=C2×(A3/A2)×(1+a×ΔM32) [式7]
である。ここで、[式3]から、
a=(1/ΔM21)×[(C2/C1)/(A2/A1)−1] [式8]
であり、A1、A2、M1、M2は既知で、C1、C2は上記のとおり正確に測定可能であるから、[式8]を用いてaを求めることができる。したがって、既知の値であるA1、A2、A3、M1、M2、M3、及び、正確に測定可能なC1及びC2から、[式7]を用いて、未知の値であるC3を求めることができる。
[式4]、[式5]の関係についても同様である。すなわち、[式4]の関係を未知の値C3にも適用すると、ΔM32=M3−M2として、
C3/C2=A3/A2×(1+b)
ΔM32 [式9]
と表すことができ、したがって、
C3=C2×(A3/A2)×(1+b)
ΔM32 [式10]
である。ここで、[式4]から、
b=[(C2/C1)/(A2/A1)]
1/ΔM21−1 [式11]
である。また、[式5]の関係を未知の値C3にも適用すると、ΔM32=M3−M2として、
C3/C2=A3/A2×exp(c×ΔM32) [式12]
と表すことができ、したがって、
C3=C2×(A3/A2)×exp(c×ΔM32) [式13]
である。ここで、[式5]から、
c=(1/ΔM21)×ln[(C2/C1)/(A2/A1)] [式14]
である。[式4]、[式5]のb、cを、aと同様に、A1、A2、M1、M2、C1、C2から求めることができ、したがって、[式10]及び[式13]のC3を、[式7]のC3と同様に、既知の値であるA1、A2、A3、M1、M2、M3、及び、正確に測定可能なC1及びC2から求めることができる。
【0025】
[式2]と[式7]、[式10]、[式13]のそれぞれとの対比から、
(1+a×ΔM32) [式15]
(1+b)
ΔM32 [式16]
exp(c×ΔM32) [式17]
は、それぞれ、マスバイアス補正係数MBを表しており、C3は干渉量を表している。したがって、既知の値A1、A2、M1、M2、M3、及び質量分析装置によって測定されたイオン強度の測定値C1、C2から、マスバイアス補正係数MBが得られる。質量電荷比α
nにおけるイオン強度の測定値の補正値(すなわち、マスバイアス効果まで考慮したスペクトル干渉に対する補正値)[α
n]cは、質量電荷比α
nにおけるイオン強度の測定値[α
n]mからC3を減じることによって得られる。C3を求める式としてたとえば[式7]を用いた場合には、[α
n]cは、
[α
n]c=[α
n]m−C2×(A3/A2)×(1+a×ΔM32) [式18]
として得られる。ここでaは[式8]で与えられる。
このように、本発明の主たる特徴は、奇数の質量数を有する干渉元素の2つの同位体の二価イオンはいずれも他のイオンによるスペクトル干渉を受けないために、それらの二価イオンのイオン強度を正確に測定できることから、それらの二価イオンのイオン強度の測定値と共に、それら2つの同位体の既知の理論上の同位体比及びそれら2つの同位体のイオンの質量電荷比の差を用いてマスバイアス補正係数MBをより正確に算出できることに着眼して、それら2つの二価イオンのイオン強度を測定することによって、分析元素の測定イオンに対する該干渉元素の他の1つの同位体の二価イオンによるスペクトル干渉の干渉量を、マスバイアス効果まで考慮してより正確に決定する点にある。
【0026】
元素β以外にも、干渉元素の二価イオンの質量電荷比が質量電荷比α
nと同じかまたは質量分析装置の分解能で分離できないほどα
nに近いために、該二価イオンが分析元素αの測定イオンに対してスペクトル干渉を生じる該干渉元素であって、該干渉元素の異なる2つの同位体が奇数の質量数を有する該干渉元素が、該試料中にもう1種類存在する場合がある。この場合には、その干渉元素についても上記と同様にしてマスバイアス効果を考慮したスペクトル干渉の補正をすることができる。たとえばそのようなもう1つの種類の干渉元素をγとすれば、γの同位体のうち、奇数の質量数を有する異なる2つの同位体の二価イオンのイオン強度の測定値を用いて同様にC3を計算して、[式18]の[α
n]cからこのC3をさらに減算することによって、元素β及びγの2種類の干渉元素について、マスバイアス効果まで考慮してスペクトル干渉を補正することが可能である。
【0027】
イオン強度の測定と補正計算のフロー
本発明の1実施形態による、既存の質量分析装置(たとえば、
図7のICP−MS)を用いたイオン強度の測定及び該測定値の補正値を求めるための補正計算のフローを、
図3のフローチャートを参照して説明する。尚、スペクトル干渉の補正の対象とされる干渉元素の種類及びその数、該干渉元素の二価イオンは、分析元素や被測定試料の種類等の要件に応じて、予め選択ないし決定しておくことができる。尚、ここでは、補正計算(下記のステップ330及び340における計算)は、該質量分析装置に内蔵された演算処理部(たとえば、
図7の演算処理部65)で実施されることが想定されているが、該質量分析装置によって測定されたデータを、該質量分析装置の外部のコンピューティング装置(たとえば、
図7の外部コンピューティング装置70)に転送することによって、それらの補正計算を外部のコンピューティング装置で行うこともできる。
【0028】
以下では、分析元素αの測定イオンに対するスペクトル干渉の補正の対象として選択されたそのような干渉元素の1つをβとし、該試料中に存在する干渉元素βの異なる3つの同位体をβ1、β2、β3とする。β1、β2、β3の質量数をそれぞれβ1
n、β2
n、β3
nとし、β1、β2、β3の二価イオンをそれぞれβ1
2+、β2
2+、β3
2+とする。この場合、β1
2+、β2
2+、β3
2+の質量電荷比は、それぞれ、β1
n/2、β2
n/2、β3
n/2である。また、β1とβ2の質量数β1
n、β2
nはいずれも奇数である。
【0029】
上記と同様に、分析元素αはイオン化されると一価のイオンになり、したがって、分析元素αの測定同位体の質量数α
nと分析元素αの測定イオンの質量電荷比は等しい。β3の二価イオンであるβ3
2+は、その質量電荷比β3
n/2が質量電荷比α
nと同じかまたは質量分析装置の分解能で分離できないほどα
nに近いために分析元素αの測定イオンに対してスペクトル干渉する。尚、該質量分析装置によって測定されたイオン強度の測定値は、例えば1秒間当たりのイオンカウント数(cps)として、該質量分析装置のメモリ(たとえば、
図7の演算処理部65にある不図示のメモリ)に格納され、また、質量分解能の設定は、質量分析装置が四重極質量分析装置である場合には、
図7に関して説明したように、該質量分離部を構成するロッド電極に印加する直流電圧及び高周波交流電圧を適宜調整することによって行う。
【0030】
先ず、上記のとおり、イオン強度の測定精度を高めるために、ステップ300において、該質量分析装置の質量分解能を変えて、通常より細いピークに設定する。質量分析装置が四重極質量分析装置である場合には、質量分解能を、通常の分析時の値である0.5〜0.8amu(FWHM)よりも高い0.4amu(FWHM)以下の値(たとえば0.3amu(FWHM))に設定する。
【0031】
次のステップ310において、試料を質量分析装置に導入して、質量電荷比α
nにおけるイオン強度を測定し、該測定値[α
n]mを上記メモリに格納する。
【0032】
次に、ステップ320において、該試料中のβ1
2+の質量電荷比β1
n/2におけるイオン強度を測定して、その測定値[β1
n/2]mを該メモリに格納し、該試料中のβ2
2+の質量電荷比β2
n/2におけるイオン強度を測定して、その測定値[β2
n/2]mを該メモリに格納する。ここで、元素β以外の干渉元素(該元素をγとする)がスペクトル干渉の補正を行う干渉元素として選択されている場合には、同様に、その2つの異なる同位体のそれぞれの二価イオンの質量電荷比におけるイオン強度を測定する。この場合、元素γは、元素βと同様に、その異なる3つの同位体γ1、γ2、γ3のうち、γ1とγ2はいずれも奇数の質量数(それぞれ、γ1
n、γ2
nとする)を有する。βの場合と同様に、γ1とγ2のそれぞれの二価イオンであるγ1
2+、γ2
2+の質量電荷比γ1
n/2、γ2
n/2におけるイオン強度を測定して、それぞれの測定値[γ1
n/2]m、[γ2
n/2]mを該メモリに格納する。スペクトル干渉の補正の対象として選択された全ての種類の干渉元素について、それぞれの二価イオンの質量電荷比におけるイオン強度の測定及び測定値の該メモリへの格納が終了したら、ステップ330に進む。
【0033】
ステップ330では、ステップ320で得られた [β1
n/2]m、[β2
n/2]mを用いて、β3
2+による干渉量C3を求める。C3を求める式として[式7]を用いる場合には、上記[式7]ないし[式8]のC1、C2に、[β1
n/2]m、[β2
n/2]mをそれぞれ代入し、A1、A2、A3に、β1、β2、β3のそれぞれの同位体存在比を代入し、M1、M2、M3に、β1、β2、β3のそれぞれの二価イオンの質量電荷比を代入して、β3
2+による干渉量C3を計算する。ステップ320において、β以外の干渉元素についてもβと同様に、奇数の質量数を有する異なる2つの同位体の二価イオンのイオン強度が測定されている場合には、該干渉元素についても同様に干渉量C3を計算する。[式7]の代わりに[式10]または[式13]を用いて、同様に干渉量C3を求めることもできる。
【0034】
次に、ステップ340において、ステップ310で得られた質量電荷比α
nにおけるイオン強度の測定値[α
n]mから、それぞれの干渉元素についてステップ330で得られた干渉量C3を順次減算して、測定値[α
n]mの補正値[α]cを求める。スペクトル干渉の補正の対象として2つの種類の干渉元素が選択されている場合に、それぞれの干渉元素について得られた干渉量をC3
1、C3
2とすれば、
[α
n]c=[α
n]m−(C3
1+C3
2)
である。補正値[α
n]cは、スペクトル干渉の補正の対象として選択された全ての干渉元素によるスペクトル干渉が、質量分析装置のマスバイアス効果まで考慮して補正された値である。その後、[α
n]cの値を使い、別に測定された検量線をもとに濃度への変換を行う。
【0035】
具体的な測定及び計算の例
次に、試料中に分析元素As(質量数75)と共に干渉元素Nd及びSmが存在する場合に、スペクトル干渉の補正対象の干渉元素としてNd及びSmを選択した場合の測定及び補正計算フローを、
図3のフローに沿って説明する。ここでは、質量電荷比75の
75Asイオンに対する
150Nd
2+によるスペクトル干渉に対しては、質量電荷比72.5及び71.5におけるイオン強度の測定値(すなわち、
150Ndの2つの同位体である
145Nd及び
143Ndのそれぞれの二価イオン
145Nd
2+及び
143Nd
2+のイオン強度の測定値)を用いて補正を行い、質量電荷比75の
75Asイオンに対する
150Sm
2+によるスペクトル干渉に対しては、質量電荷比73.5及び74.5におけるイオン強度の測定値(すなわち、
150Smの2つの同位体である
147Sm及び
149Smのそれぞれの二価イオン
147Sm
2+及び
149Sm
2+のイオン強度の測定値)を用いて、
150Nd
2+に対するのと同様の補正を行う。
【0036】
先ず、ステップ300において、該質量分析装置の質量分解能を、通常より細いピーク、たとえば0.3amu(FWHM)に設定する。
【0037】
次のステップ310において、質量分析装置に導入された試料について、質量電荷比75におけるイオン強度の測定値[75]mを測定し、該測定値[75]mを上記メモリに格納する。
【0038】
次のステップ320において、質量電荷比71.5におけるイオン強度(すなわち、
150Ndの同位体
143Ndの二価イオン
143Nd
2+のイオン強度)を測定して、該測定値[71.5]mを該メモリに格納し、さらに、質量電荷比72.5におけるイオン強度(すなわち、もう1つの同位体
145Ndの二価イオン
145Nd
2+のイオン強度)を測定して、該測定値[72.5]mを該メモリに格納する。今の例では、スペクトル干渉の補正の対象とする干渉元素としてSmも選択されているので、質量電荷比73.5及び74.5におけるイオン強度(すなわち、
147Sm
2+及び
149Sm
2+のイオン強度)を同様に測定して、それらの測定値[73.5]m及び[74.5]mを該メモリに格納する。
【0039】
次のステップ330では、ステップ320において該メモリに格納された測定値を読み出して、それらの測定値を用いて、
150Nd
2+と
150Sm
2+のそれぞれによる干渉量C3をそれぞれ求める。C3を求める式として[式7]を用いる場合には、測定値[71.5]m、[72.5]m、及び、
143Nd、
145Nd、
150Ndの同位体存在比を、上記[式7]ないし[式8]のC1、C2、A1、A2、A3にそれぞれ代入し、
143Nd
2+、
145Nd
2+、
150Nd
2+の質量電荷比を、上記[式7]ないし[式8] のM1、M2、M3にそれぞれ代入して、
150Nd
2+による干渉量C3を求める。同様に、測定値[73.5]m、[74.5]m、及び、
147Sm、
149Sm、
150Smの同位体存在比を、上記[式7]ないし[式8]のC1、C2、A1、A2、A3にそれぞれ代入し、
147Sm
2+、
149Sm
2+、
150Sm
2+の質量電荷比を、上記[式7]ないし[式8]のM1、M2、M3にそれぞれ代入して、
150Sm
2+による干渉量C3を求める。[式7]の代わりに[式10]または[式13]を用いて、
150Nd
2+と
150Sm
2+のそれぞれによる干渉量C3を同様に求めることもできる。
【0040】
次のステップ340において、ステップ310において該メモリに格納された[75]mを読み出して、該[75]mから、ステップ330で得られた
150Nd
2+による干渉量C3及び
150Sm
2+による干渉量C3を減じることによって、質量電荷比75の
75Asイオンに対する
150Nd
2+と
150Sm
2+の両方のスペクトル干渉が補正された分析元素Asの測定イオンの質量電荷比におけるイオン強度の補正値[75]cを得る。
【0041】
測定及び補正結果の例
本発明の1実施形態による、既存の質量分析装置を用いたイオン強度の測定によって得られた測定値に対して、干渉量C3を求める式として[式7]を用いる本発明による補正方法を適用したときの補正結果の1例を
図4に示す。
図4の上段には、既存のICP−MSによって、1ppmの濃度のNdマトリックス(該マトリックスには、Asは含まれていない)をH
2モードとHeモードの2つの測定モードで測定して得られた、Ndの7つの同位体の二価イオンのそれぞれの質量電荷比におけるイオン強度の測定値(cps)が示されている。
【0042】
図4の下段には、M1、M2、M3の値として、
図4の上段中の質量電荷比71.5、72.5、75(
143Nd
2+、
145Nd
2+、
150Nd
2+の質量電荷比)がそれぞれ記載されており、A1、A2、A3の値として、
143Nd、
145Nd、
150Ndの同位体存在比がそれぞれ記載されている。図中のΔM21は、M2−M1、ΔM32は、M3−M2である。また、C1、C2の値として、
図4の上段の質量電荷比71.5、72.5におけるイオン強度の測定値(cps)がそれぞれ記載されており、MBの値として、[式8]及び[式15]によって計算されたマスバイアス補正係数が記載されている。
【0043】
図4の下段の最後の3行には、
図4の上段に示されている質量電荷比75におけるイオン強度の測定値(H
2モードとHeモード)に対して、「補正なし」の場合(すなわちスペクトル干渉の補正を行わなかった場合)の測定値、「従来の補正」をした場合(すなわち上記の従来の補正方法によって
150Nd
2+によるスペクトル干渉を補正した場合)の補正値、「本発明による補正」をした場合(ここでは、干渉量C3を求める式として[式7]を用いる本発明の補正方法によって
150Nd
2+によるスペクトル干渉を補正した場合)の補正値がそれぞれ記載されている。
図4の下段の「補正なし」の行に示されているように、質量電荷比75に対する
150Nd
2+のスペクトル干渉を、従来の補正方法と本発明による補正方法のいずれによっても補正しなかった場合には、1ppmのNdは、質量電荷比75におけるイオン強度の測定値として、H
2モードで8127cpsを生じ、Heモードで28143cpsを生じている。
【0044】
ここで、Asを含まず質量電荷比75のイオンとして
150Nd
2+のみが存在する該マトリックスについて、該マトリックスには存在しない質量電荷比75の分析元素の測定イオンに対する
150Nd
2+による干渉量が理想的に補正された場合には、質量電荷比75におけるイオン強度の補正値は、
150Nd
2+の実際のイオン強度の測定値とそれによる干渉量とが相殺して理論上はゼロになる。ところが、上記従来の補正方法を適用した場合には、「従来の補正」の行に示されているように、質量電荷比75におけるイオン強度の補正値は、「補正なし」の場合の値よりはかなり小さいものの、依然として、1082cps(H
2モード)、3248cps(Heモード)という比較的大きな値を生じている。これは、従来の補正方法が、マスバイアス効果による
150Nd/
145Ndの理論値からのずれを考慮していないことに主に起因する。
【0045】
これに対して、本発明による補正方法を適用した場合には、「本発明による補正」の行に示されているように、H
2モードとHeモードのそれぞれにおいて、質量電荷比75におけるイオン強度の補正値は、318cps、498cps(いずれも絶対値)となっており、これらは、従来の補正方法を適用した場合に比べて非常に小さい値(理想値のゼロにより近い値)であり、極めて良好な補正値が得られたことがわかる。これは、本発明による補正方法が、
150Nd
2+による干渉量の計算において、マスバイアス効果をも考慮した補正をした結果である。
【0046】
図5の(i)、(ii)、(iii)は、それぞれ、
図4の「補正なし」の場合のイオン強度の測定値(cps)、該測定値に対して、「従来の補正」を行った場合の補正値(cps)、及び「本発明による補正」を行った場合の補正値(cps)を、H
2モードとHeモードのそれぞれについてグラフ表示した図である。
【0047】
図6は、各1ppmの16種の希土類元素(REE)(La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Y、及びSc)と共に9.0ppbのAsが存在する試料について、既存のICP−MSによって2つのセルガスモード(H
2モードとHeモード)でイオン強度を測定したときの測定値に対して、「補正なし」の場合(すなわちスペクトル干渉の補正を行わなかった場合)、「従来の補正」による補正をした場合(すなわち上記の従来の補正方法によって
150Nd
2+及び
150Sm
2+によるスペクトル干渉を補正した場合)、及び「本発明による補正」をした場合(ここでは、干渉量C3を求める式として[式7]を用いる本発明による補正方法によって
150Nd
2+及び
150Sm
2+によるスペクトル干渉を補正した場合)に得られたAsの添加回収率をそれぞれ示している。
図6に示されているように、本発明による補正方法を適用した場合には、従来の補正方法も本発明による補正方法も適用しなかった場合はもちろん、従来の補正方法を適用した場合よりも、極めて良好な(すなわち100%により近い)Asの添加回収率が得られた。