(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
モータの状態変数を推定する状態推定器を有し、前記状態変数の値と前記モータの回転座標において前記モータの状態を示す検出信号の値との差である推定誤差を算出する推定誤差算出部と、
前記推定誤差の前記回転座標における電圧ベクトルと直交する方向の成分である第1成分および前記推定誤差の前記回転座標における電流ベクトルと直交する方向の成分である第2成分の少なくともいずれか一方を求めて、前記第1成分および前記第2成分の少なくともいずれか一方を用いて前記回転座標と多相静止座標との間の座標変換用の位相を補償するための補償周波数を求める周波数補償部と、
を備え、
前記状態変数は推定電流であり、前記検出信号は電流信号であり、前記推定誤差は電流推定誤差である
ことを特徴とするモータ制御装置。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、本発明の実施の形態にかかるモータ制御装置を図面に基づいて詳細に説明する。なお、この実施の形態によりこの発明が限定されるものではない。
【0013】
実施の形態1.
図1は、本発明の実施の形態1にかかるモータ制御装置100の構成を説明する図である。モータ1のコントローラであるモータ制御装置100は、オブザーバを用いてモータ1を制御するための構成となっている。本実施の形態においては、モータ1を誘導モータとして説明するが、永久磁石同期モータであってもよく、
図1に示した構成はモータの種類によらず同様に適用することができる。
【0014】
モータ制御装置100は、モータ1を駆動するPWM(Pulse Width Modulation)インバータ2を制御する。さらに、モータ1の電流信号iu,iv,iwを検出する電流センサ3は、検出した電流信号iu,iv,iwをモータ制御装置100に送信する。電流信号iu,iv,iwのそれぞれは、3相交流の各相に対応する電流値の信号である。PWMインバータ2は、モータ制御装置100からの電圧指令Vu
*,Vv
*,Vw
*に応じた電圧をモータ1に印加するが、印加する電圧は誤差を含む。さらに、モータ1にはエンコーダ4が接続され、エンコーダ4はエンコーダ(Enc)信号をモータ制御装置100に送信する。
【0015】
モータ制御装置100は、主として、オブザーバ演算処理、座標変換処理および電流制御処理を実行する。モータ制御装置100は、座標変換部5と、電流制御部6と、座標変換部7と、推定誤差算出部8と、周波数補償部9と、電気角周波数換算部10と、座標変換用の追従周波数演算部11と、積分器12と、加算器21と、を備える。
【0016】
座標変換部5は、検出された電流信号iu,iv,iwをモータ1の回転座標においてモータ1の状態を示す検出信号である電流信号i
ds,i
qsに変換する。電流制御部6はPI制御等の処理を行う。具体的には、電流制御部6は、検出された電流信号i
dsと電流指令i
d*とが一致するように電圧指令v
ds*を求めて出力し、検出された電流信号i
qsと電流指令i
q*とが一致するように電圧指令v
qs*を求めて出力する。座標変換部7は、電圧指令v
ds*,v
qs*を3相交流の各相の電圧指令Vu
*,Vv
*,Vw
*に変換する。座標変換部5および座標変換部7において実行される回転座標と多相静止座標との間の座標変換は位相θを用いて行われる。ここでは、モータ1は3相であるとして、回転座標と3相静止座標との間の座標変換は位相θを用いて行うとするが、モータ1は3相以外の多相のモータであっても構わない。このような電流制御系は、誘導モータまたは永久磁石同期モータ等の交流モータ制御系の構成としては一般的なものであり、「ACサーボシステムの理論と設計の実際、総合電子出版社」といった文献に詳細な動作説明があるため、ここでは説明を省略する。
【0017】
次に、推定誤差算出部8の動作について説明する。推定誤差算出部8は、状態推定器であるオブザーバ80を含んでいる。ここでは、d‐q軸回転座標上に構築されたオブザーバ80を例として説明するが、オブザーバ80は、様々な方式が検討されており、静止座標上にオブザーバ80を構築する場合もある。しかし、上述した電流制御系は、制御性能の確保のためd‐q軸回転座標上に構築されることが殆どであり、そこではオブザーバ80からの信号を利用した回転座標と3相静止座標との間の変換が実施される。本実施の形態のモータ制御装置100による誤差の抑制は、座標変換処理の特性に基づいてなされたものであり、オブザーバ80の構成またはモータ1の種類を問わずに適用することができる。
【0018】
オブザーバ80においては、推定電流i
^s=(i
^ds,i
^qs)および推定磁束Φ
^r=(Φ
^dr,Φ
^qr)を状態変数として、以下に記載される数式(1)を演算することにより推定電流i
^sおよび推定磁束Φ
^rを求める。添字sは誘導モータ固定子の状態量を示し、添字rは誘導モータ回転子の状態量を示す。i
^dsは推定d軸電流であり、i
^qsは推定q軸電流であり、Φ
^drは推定d軸磁束であり、Φ
^qrは推定q軸磁束である。数式(1)の右辺第3項は、オブザーバ80の特性を決める電流推定誤差のフィードバック項であり、電流推定誤差にオブザーバフィードバックゲインg11〜g42を乗じられた項になっている。数式(1)から右辺第3項を除くと誘導モータの一般的な数学モデルと同じ構造となる。
【0020】
ここで、数式(1)の記号の説明は下記の通りである。
【0022】
R
s:1次抵抗、R
r:2次抵抗、L
s:1次インダクタンス、L
r:2次インダクタンス、M:相互インダクタンス、σ:漏れ係数、ω
re:電気角周波数、g11〜g42:オブザーバフィードバックゲイン、ω:座標変換用の周波数。
【0023】
電気角周波数ω
reは、速度の極対数倍の値である。モータ1の回転座標と3相静止座標との間の座標変換用の周波数ωは、電気角周波数ω
reとすべり周波数ω
sとの加算値である。
【0024】
誘導モータにおいては、追従周波数演算部11が求める追従周波数ω
fはすべり周波数ω
sとなる。ここですべり周波数ω
sは、以下の数式(2)の右辺の演算によって得られる。これは、推定q軸磁束Φ
^qrをゼロにするように制御するもので、2軸直交回転座標のd軸を誘導モータの2次磁束に設定することを目的とする。
【0026】
追従周波数演算部11は、数式(2)により求めた追従周波数ω
fを出力する。電気角周波数換算部10は、エンコーダ4からのエンコーダ信号を電気角周波数ω
reに変換して出力する。結果的に、座標変換用の周波数ωは、加算器21が出力する電気角周波数ω
reと追従周波数ω
fとの加算値として得られる。座標変換用の周波数ωは、周波数補償部9の加算器22において補償周波数ω
cと加算される。積分器12は、座標変換用の補償後の周波数(ω+ω
c)を積分することでモータ1の回転座標と3相静止座標との間の座標変換用の位相θを求めて出力する。
【0027】
オブザーバ80は、電流推定誤差ei
d,ei
qをフィードバック項として数式(1)の数式モデルに含めて算出し、推定誤差算出部8は、オブザーバ80により求められた電流推定誤差ei
d,ei
qを推定誤差として出力する。推定誤差である電流推定誤差ei
d,ei
qは、周波数補償部9および追従周波数演算部11に入力される。電流推定誤差ei
d,ei
qは、以下の数式(3)で示される。したがって、電流推定誤差ei
d,ei
qは、オブザーバ80により推定された状態変数である推定電流i
^s=(i
^ds,i
^qs)の値と、モータ1の回転座標における検出信号である電流信号i
ds,i
qsの値との差になっている。
【0029】
オブザーバ80を用いた誘導モータの制御は以上のようにして行われる。オブザーバ80を用いた制御では、オブザーバ80から得た推定磁束Φ
^rが目標の値になるように制御する処理がさらに行われるが、ここでは説明を省略する。
【0030】
オブザーバ80の利用においては、モータ1の回路定数を高い精度で入手して設定する必要がある。例えば、モータ1の速度に対応する電気角周波数ω
reを推定する場合は、推定対象である電気角周波数ω
re以外のパラメータを高い精度で設定することで、モータ1の速度の推定誤差に起因する電流推定誤差のみを得ることができる。その結果としてモータ1の推定速度の精度が向上する。また、オブザーバ80の演算の特性上、入出力信号に関わる信号処理においても精度が必要となる。
【0031】
以上の内容を具体的に説明する。オブザーバ80にはモータ1の電圧情報が入力される。モータ1への電力供給は、通常、PWMインバータ2といった電力変換装置を介してなされる。PWMインバータ2はモータ制御装置100からの電圧指令に基づいたスイッチング指令によって動作し、概ね上記電圧指令に沿った電圧出力がモータ1に対して出力される。このため、オブザーバ80へ入力する電圧情報はPWMインバータ2への電圧指令で代用する場合が多い。
【0032】
通常、PWMインバータ2内部の上下短絡防止期間であるデッドタイムの補償精度の不足、PWMインバータ2に内蔵するパワーモジュールのスイッチング特性、スイッチング指令に対する絶縁素子での伝達遅れバラつきといった様々な理由によりインバータ出力電圧は、電圧指令に対して誤差を持つ。具体的には、オフセット電圧による誤差、電圧指令と出力電圧との間のゲイン誤差、デッドタイム起因の脈動状の電圧誤差等がある。これらの出力電圧誤差が発生した結果、オブザーバ80への入力電圧情報は、実際にモータ1に印加される電圧とは異なった値となる。PWMインバータ2の出力電圧誤差はオブザーバ80での電流推定誤差に反映される。また、PWMインバータ2の出力電圧誤差は回転子磁束の推定誤差にも反映されトルクの誤差をもたらす場合がある。
【0033】
以上のような理由からオブザーバ80を用いた制御では、インバータ出力電圧精度および電流検出精度の確保が重要となるのであるが、PWMインバータ2の出力電圧誤差および電流検出誤差自体は低めに抑えられていても、電流、モータ回路定数および電流推定誤差から計算される追従周波数ω
fが脈動すると座標変換用の位相θ自体も脈動する。これにより、モータ制御装置100内部の電圧指令および検出電流の主成分のベクトルがそれほど変化しなくても、座標軸自体が脈動することにより回転座標上の検出電流信号および電圧指令には脈動が生じる。この脈動は実際のモータ電流および印加される電圧に対しての差異となり、オブザーバ80にとっては入力電圧情報における誤差、出力電流推定の誤差につながる。したがって、上記誤差に起因して追従周波数ω
fがさらに脈動する悪循環が生じる可能性を有しているが、実施の形態1にかかるモータ制御装置100においては、周波数補償部9の動作によりこれらの問題を効果的に抑制することができる。
【0034】
周波数補償部9の動作について説明する前に、回転座標における電圧ベクトルに誤差が発生する仕組みについて
図2を用いて説明する。
図2は、実施の形態1にかかるモータ制御装置100の動作を説明するために電圧ベクトルを示した図である。説明の簡単化のため、脈動のトリガとなるPWMインバータ2の出力電圧の誤差自体は無視し、PWMインバータ2の出力電圧の平均値と電圧指令の平均値とは一致するものとしている。この一致した平均電圧を示す電圧ベクトルVを、d‐q軸が示す回転座標においてv
dDC,v
qDCと記載する。|V|は電圧ベクトルVの大きさであり、θ
vは電圧ベクトルVの位相である。オブザーバ80の演算によって得られるモータ制御装置100が用いるd‐q軸には添字cを付与してd
c‐q
c軸としている。ここで、モータ制御装置100が用いるd
c‐q
c軸は、真のd‐q軸に対してΔθの脈動する位相差を持つものとする。モータ制御装置100が用いるd
c‐q
c軸において電圧ベクトルを表現する電圧v
dc,v
qcは、以下の数式(4)で表現される。
【0036】
電圧v
dc,v
qcそれぞれの脈動による誤差成分である差分電圧Δv
dc,Δv
qcのみを取り出すと、以下の数式(5)で表現される。
【0038】
数式(5)によれば、差分電圧Δv
dc,Δv
qcは、v
dDC,v
qDCが示す平均的な電圧ベクトルVと直交する方向においてΔθに応じて伸縮するベクトルとなることがわかる。従って、Δθの脈動に起因して、電圧ベクトルVと直交する方向に最大の電圧誤差が発生する。
【0039】
数式(5)に示す脈動の発生原理は、電圧ベクトルを電流ベクトルに置き換えても成立する。
【0040】
図3は、実施の形態1にかかるモータ制御装置100の動作を説明するために電流ベクトルを示した図である。検出した電流信号に基づいて得られたモータ1の回転座標における検出信号である電流ベクトルに誤差が発生する仕組みについて
図3を用いて説明する。平均的な電流を示す電流ベクトルIを、d‐q軸が示す回転座標においてi
dDC,i
qDCと記載する。|I|は電流ベクトルIの大きさであり、θ
iは電流ベクトルIの位相である。オブザーバ80の演算によって得られるモータ制御装置100が用いるd‐q軸には添字cを付与してd
c‐q
c軸としている。ここで、モータ制御装置100が用いるd
c‐q
c軸は、真のd‐q軸に対してΔθの脈動する位相差を持つものとする。モータ制御装置100が用いるd
c‐q
c軸において電流ベクトルを表現する電流i
dc,i
qcは、以下の数式(6)で表現される。
【0042】
電流i
dc,i
qcそれぞれの脈動による誤差成分である差分電流Δi
dc,Δi
qcのみを取り出すと、以下の数式(7)で表現される。
【0044】
従って、Δθの脈動に起因して、電流ベクトルIと直交する方向に最大の電流誤差が発生する。
【0045】
図1において、以上説明したΔθの脈動に起因した誤差成分の信号の流れを取り出すと
図4に示すようになる。
図4は、実施の形態1にかかるモータ制御装置100における誤差成分の信号の流れを示す図である。
図4の誤差加算部5’および誤差加算部7’は、Δθの脈動に起因して、それぞれ座標変換部5およびの座標変換部7により誤差が加算される様子を示している。すなわち、誤差加算部5’は数式(7)を表現し、誤差加算部7’は数式(5)を表現している。なお、モータ制御装置100では、オブザーバ80へ入力する電圧情報は座標変換前のPWMインバータ2への電圧指令で代用している。しかし、PWMインバータ2の出力電圧の平均値と電圧指令の平均値とは一致するものと考えているので、
図4においては座標変換部7により誤差が加算されると想定している。
【0046】
図4において、差分電圧Δv
dc,Δv
qcはオブザーバ80に入力され、Δθの脈動に起因した推定電流の誤差Δi
^dc,Δi
^qcとなって推定誤差算出部8から出力される。同様に、差分電流Δi
dc,Δi
qcも電流推定誤差ei
d,ei
qに含まれ誤差を与える。電流推定誤差ei
d,ei
qのΔθの脈動に起因した成分をΔei
d,Δei
qで示す。そして、上記誤差を含んだ推定電流と、検出された電流信号とに基づいて追従周波数演算部11において、追従周波数ω
fが計算されるため、座標変換用の位相θにさらに誤差が含まれるようになる。このようにして、再度の座標変換処理においても、オブザーバ80への入力電圧および電流推定誤差を求めるための検出された電流に脈動を含ませる悪循環をもたらす。また制御対象の電流信号i
ds,i
qs自体も脈動するため、トルク脈動の原因となる。
【0047】
数式(5)によれば、Δθの脈動に起因した差分電圧Δv
dc,Δv
qcが成すベクトルの方向は、電圧ベクトルVと直交する方向となる。したがって、電流推定誤差ei
d,ei
qが成すベクトルから電圧ベクトルVと直交する方向の成分を取り出すことにより、電圧の座標変換に起因する誤差成分を取り出すことが可能となる。
【0048】
同様に、数式(7)によれば、Δθの脈動に起因した差分電流Δi
dc,Δi
qcが成すベクトルの方向は、電流ベクトルIと直交する方向となる。したがって、電流推定誤差ei
d,ei
qが成すベクトルから電流ベクトルIと直交する方向の成分を取り出すことにより、電流の座標変換に起因する誤差成分を取り出すことが可能となる。
【0049】
実施の形態1によるモータ制御装置100においては、電流推定誤差ei
d,ei
qから座標変換に起因する誤差成分を取り出して、この誤差成分を用いて、回転座標と多相静止座標との間の座標変換用の位相θを補償することにより、位相θの脈動Δθを効果的に減衰させることができる。
【0050】
以上説明した原理に基づいて周波数補償部9は構成されている。
図5は、実施の形態1にかかる周波数補償部9の詳細な構成図である。但し、
図5において、
図1の加算器22は省いて周波数補償部9を示してある。
【0051】
周波数補償部9は、電圧ベクトル基準換算部9aと、電流ベクトル基準換算部9bと、補償関数部9cと、補償関数部9dとを備える。
【0052】
電圧ベクトル基準換算部9aは、電流推定誤差ei
d,ei
qが成すベクトルから電圧ベクトルVと直交する方向の成分を取り出す。具体的には、ローパスフィルタ(LPF:Low Pass Filter)部90は電圧指令v
ds*をローパスフィルタ処理した値v
d*_LPFを角度演算部94に出力し、ローパスフィルタ部91は電圧指令v
qs*をローパスフィルタ処理した値v
q*_LPFを角度演算部94に出力する。上記ローパスフィルタ処理は、PWMインバータ2の出力電圧の代用として電圧指令を用いているので、両者が一致すると考えられる平均値である
図2のv
dDC,v
qDCを求めるための近似的な処理である。そして、角度演算部94は、以下の数式(8)に従って、電圧ベクトルVの位相θvを算出する。
【0054】
直交成分演算部96は、角度演算部94が求めた位相θvを用いて、電流推定誤差ei
d,ei
qが成すベクトルから電圧ベクトルVと直交する方向の成分である(−sin(θv)・ei
d+cos(θv)・ei
q)を算出して、ハイパスフィルタ(HPF:High Pass Filter)部98に出力する。ハイパスフィルタ部98は、上記電圧ベクトルVと直交する方向の成分からハイパスフィルタ処理により残存する直流成分を除去して、電圧ベクトルVと直交する方向の電流推定誤差の第1成分ei1を出力する。
【0055】
同様に、電流ベクトル基準換算部9bは、電流推定誤差ei
d,ei
qが成すベクトルから電流ベクトルIと直交する方向の成分を取り出す。具体的には、ローパスフィルタ部92は電流信号i
dsをローパスフィルタ処理した値i
d*_LPFを角度演算部95に出力し、ローパスフィルタ部93は電流信号i
qsをローパスフィルタ処理した値i
q*_LPFを角度演算部95に出力する。上記ローパスフィルタ処理は、平均値である
図3のi
dDC,i
qDCを求めるための近似的な処理である。そして、角度演算部95は、以下の数式(9)に従って、電流ベクトルIの位相θiを算出する。
【0057】
直交成分演算部97は、角度演算部95が求めた位相θiを用いて、電流推定誤差ei
d,ei
qが成すベクトルから電流ベクトルIと直交する方向の成分である(−sin(θi)・ei
d+cos(θi)・ei
q)を算出して、ハイパスフィルタ部99に出力する。ハイパスフィルタ部99は、上記電流ベクトルIと直交する方向の成分からハイパスフィルタ処理により残存する直流成分を除去して、電流ベクトルIと直交する方向の電流推定誤差の第2成分ei2を出力する。
【0058】
補償関数部9cは、電流推定誤差の第1成分ei1に対してPI制御処理を実行して第1補償周波数を出力し、補償関数部9dは、電流推定誤差の第2成分ei2に対してPI制御処理を実行して第2補償周波数を出力する。補償関数部9cの出力である第1補償周波数と補償関数部9dの出力である第2補償周波数とは、加算器23で加算されて補償周波数ω
cとして出力される。補償周波数ω
cは、モータ1の回転座標における座標変換用の位相θを補償するために、座標変換用の周波数ωを補償するための周波数である。
【0059】
周波数補償部9を以上のような構成にすることで、電流推定誤差の座標変換に起因した成分を最大のゲインで取り出して補償に用いることができる。すなわち、実施の形態1にかかるモータ制御装置100は、電流推定誤差ei
d,ei
qから脈動Δθが起因していると理論的に考えられる成分を取り出して補償に用いることで、単純にd軸側の推定誤差成分を利用して補償するよりも大幅にΔθを抑制して脈動の悪循環を抑制することができる。したがって、モータ制御装置100は、外乱に起因した状態変数の推定誤差の拡大を抑えて、回転座標変換に起因する誤差の増幅を効果的に抑制することができる。
【0060】
図5の周波数補償部9においては、電流推定誤差の電圧ベクトルVと直交する方向の成分である第1成分ei1および電流ベクトルIと直交する方向の成分である第2成分ei2の両者を加算して補償周波数ω
cを求めて補償に用いる構成を示した。しかし、モータ制御装置100の構成、PWMインバータ2の構成、または各種センサの構成に応じて、第1成分ei1または第2成分ei2の振幅のより大きな方の成分のみを用いても良いし、両者を切り替えて用いても良い。
【0061】
トルク脈動を抑えるためにモータ制御装置100が行う補償方法は、少ない演算処理量で実行が可能なので、モータ制御装置100を安価なマイクロコンピュータにより実現することができる。また、モータ制御装置100によれば、電流検出誤差またはインバータ出力電圧誤差と、トルク脈動との間のトレードオフを改善することができるので、トルク脈動を許容範囲内に抑えることができれば、インバータ出力電圧値の補正および電流センサ3の補正といった調整の作業量を低減できるという効果が得られる。
【0062】
また、モータ制御装置100が行う補償方法は、座標変換という一般的な処理に伴って生ずる現象に基づいて補償しているため、モータ1の種類またはオブザーバ80のフィードバックゲインの設計値によらず適用することができ、十分な抑制性能が得られると共に汎用性が高いという利点を有している。
【0063】
実施の形態2.
図6は、本発明の実施の形態2にかかるモータ制御装置200の構成を説明する図である。モータ制御装置200は、モータ1をセンサレス制御する場合の構成になっている。
図6において、
図1に示したエンコーダ4は省かれているが、モータ1に接続されていてもかまわない。実施の形態1と同様にモータ1としては誘導モータを例に取り説明するが、センサレス制御の仕組みおよび構造は永久磁石モータでも同じであり、モータ制御装置200は、モータ1の種類を問わず適用することができる。
【0064】
センサレス制御では、モータ1の速度推定精度が低下するので、電流推定誤差より得た推定速度も脈動するため、座標変換のための周波数が一層脈動する傾向がある。したがって、非センサレス制御時と比較して各信号の脈動が更に顕著となるおそれがある。また、脈動を含む推定速度に基づいて速度制御および電流制御がなされるので、モータ1の真の速度も大きく脈動する可能性がある。しかし、実施の形態2においても周波数補償部9を動作させることにより、Δθの脈動を抑制することが可能である。
【0065】
図6のモータ制御装置200は、
図1の電気角周波数換算部10の替りに、速度推定部13が設けられているところがモータ制御装置100と異なるが、それ以外の
図1と同じ符号を付した構成要素は同様に動作するので、説明を省略する。
【0066】
速度推定部13は、モータ1の速度に対応する電気角周波数ω
reの推定値である推定電気角周波数ω
^reを求めて出力する。速度推定部13が求めた推定電気角周波数ω
^reはモータ1の推定速度ω
^rの極対数倍になっており、モータ1の推定された速度に比例する値である。速度推定部13は、以下の数式(10)のPI演算を行うことにより推定電気角周波数ω
^reを求める。数式(10)のK
pおよびK
iは、速度推定用のゲインである。
【0068】
オブザーバ80は、推定電気角周波数ω
^reを用いてモータ1の状態変数を推定して、推定誤差算出部8が速度推定誤差に起因する電流推定誤差ei
d,ei
qを出力する。従って、本実施の形態2におけるオブザーバ80は、以下に記載される数式(11)を演算する。
【0070】
ここで、数式(11)の記号の説明は下記の通りである。
【0072】
上記において、数式(1)で用いた電気角周波数ω
reは推定電気角周波数ω
^reに置き換わっている。また、座標変換用の周波数ωは、加算器21が出力する推定電気角周波数ω
^reと追従周波数ω
fとの加算値として得られる。
【0073】
センサレス制御では、上記したように、追従周波数ω
fに推定電気角周波数ω
^reを加算して座標変換用の周波数ωを求める。推定電気角周波数ω
^reは数式(10)に示したように、電流推定誤差ei
d,ei
qに基づいて求められるため、実施の形態1のモータ制御装置100に比べて、座標変換に伴う電圧および電流の脈動の影響がさらに増加する。
【0074】
図6において、Δθの脈動に起因した誤差成分の信号の流れを取り出すと
図7に示すようになる。
図7は、実施の形態2にかかるモータ制御装置200における誤差成分の信号の流れを示す図である。
図7に示されるように、実施の形態2のモータ制御装置200におけるセンサレス制御では、Δθの悪循環のループにおいて、
図4に対して、推定電気角周波数ω
^reを経由したパスが追加され、影響が拡大する。センサレス制御のため、脈動を含んだ推定電気角周波数ω
^reにより速度制御および電流制御が実施されるため、実施の形態1のモータ制御装置100のようにセンサ情報をフィードバックする制御と比較し、モータ制御装置200内の各信号の脈動が大きくなる可能性がある。しかし、実施の形態2にかかるモータ制御装置200によれば、モータ1をセンサレス制御する場合でも、周波数補償部9が動作することにより、Δθの脈動を抑制し、推定速度、トルクおよびモータ1の真の速度の脈動を大きく抑制することが可能となる。
【0075】
実施の形態3.
実施の形態1にかかるモータ制御装置100では、モータ1にはエンコーダ4が接続されていたが、実施の形態3においては、
図1のエンコーダ4に変えてレゾルバおよびRD(Resolver‐Digital)コンバータを組み合わせた構成によりモータ1の速度検出を行う。レゾルバは、モータ1の回転軸の角度を検知するセンサである。RDコンバータは、レゾルバの出力信号をデジタルの角度データに変換処理する。
【0076】
レゾルバは温度により電気出力変動がある。このレゾルバの信号を用いて速度検出をした場合に、検出速度の精度が低下し脈動が重畳する可能性がある。この脈動は、実施の形態1の
図4で説明したΔθの脈動の循環ループにおいて、検出速度の誤差に相当するΔω
reの経路で入り込み、Δθの脈動の悪循環のループのトリガとなる。実施の形態3においても、周波数補償部9の動作によりΔθの脈動が抑制され、これに伴う電流脈動を抑制することができる。特に、電流制御のみを行うレゾルバを利用したモータ駆動システムにおいて効果的である。
【0077】
実施の形態4.
実施の形態1から実施の形態3にかかるモータ制御装置内の特定の機能を持った各構成要素の機能は、プロセッサ上で実行されるプログラムの信号処理と、プロセッサ上に設けられた論理回路における信号処理とにより実現される構成としてもよい。
【0078】
図8は、本発明の実施の形態4にかかるモータ制御装置300の構成を説明する図である。
図8のモータ制御装置300は、プロセッサ14および記憶装置15より実現される。
図8のモータ制御装置300は、
図1のモータ制御装置100、
図6のモータ制御装置200または実施の形態3にかかるモータ制御装置の機能および動作を、プロセッサ14上で実行されるプログラムの処理にて実施する場合の構成を記載したものである。プロセッサ14は上記プログラムを記憶装置15から読み出して、実行する。またプロセッサ14は、その処理の過程で一時的に記憶すべき情報の書き込みまたは読み出しを記憶装置15に対して行う。
【0079】
実施の形態1の
図1におけるモータ制御装置100の座標変換部5、電流制御部6、座標変換部7、推定誤差算出部8、周波数補償部9、電気角周波数換算部10、追従周波数演算部11、積分器12および加算器21の機能は、プロセッサ14上で実行されるプログラムの処理にて実現することができる。センサレス制御を行う実施の形態2の
図6におけるモータ制御装置200の場合、
図1の構成要素の電気角周波数換算部10を速度推定部13に置き換えた各構成要素の機能は、プロセッサ14上で実行されるプログラムの処理にて実現することができる。実施の形態3にかかるモータ制御装置の各構成要素の機能は、プロセッサ14上で実行されるプログラムの処理にて実現することができる。なお、実施の形態1から実施の形態3にかかるモータ制御装置の機能の一部をプロセッサ14上で実行されるプログラムの処理にて実現してもよい。また、
図1または
図6において各構成要素の間を行き来する信号は、記憶装置15に一時的に記憶される情報として実現される。このようにして、プロセッサ14上で実行されるプログラムの信号処理とプロセッサ14上に設けられた論理回路における信号処理との結果によっても、実施の形態1から実施の形態3で得られたのと同様な効果が得られる。
【0080】
以上の実施の形態に示した構成は、本発明の内容の一例を示すものであり、別の公知の技術と組み合わせることも可能であるし、本発明の要旨を逸脱しない範囲で、構成の一部を省略、変更することも可能である。