(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、各実施の形態について図面を参照して詳しく説明する。なお、同一または相当する部分には同一の参照符号を付して、その説明を繰り返さない場合がある。
【0014】
実施の形態1.
[本開示の概要]
最初に本開示による保全支援装置および方法の概要を説明する。
【0015】
本開示の保全支援方法は、点検対象機器に対して複数の点検方式がある場合に、どの点検方式を選択するのかを、コスト(費用とも称する)およびリスクなどを考慮して最適に決定することを可能にする。点検方式を選択する際に考慮するべき点は、第1に点検方式ごとの診断精度および点検コストであり、第2の点検対象機器が故障した場合の影響度である。以下、具体例を挙げて説明する。
【0016】
(1.点検方式ごとの診断精度および点検コスト)
一例として、電力機器を構成する複数の部品を対象として、診断精度の異なる2つの点検方式A,Bを想定する。
【0017】
点検方式A(低診断精度):点検での詳細な計測をせず、簡易な計測のみによって故障発生確率および故障が発生したときの影響度を評価する点検方式。
【0018】
点検方式B(高診断精度):点検での詳細な計測によって部品の状態を判断し、機器の余寿命を推定し、交換推奨時期が得られる点検方式。
【0019】
点検方式Aでは、状態基準保全に基づいて簡易な点検を行う。この点検で得られる計測値では劣化の時間変化を把握することは困難であり、発生する異常を確率的に評価せざるを得ない。点検コストは比較的安価である。計測値が閾値を超えた場合、対策などによって保全コストが発生する。また、機器の故障が発生した場合、故障の復旧に要する損失コストおよび電力ネットワークの運用によっては故障による損害コストが発生するリスクを要する。
【0020】
点検方式Bでは、詳細な状態基準保全に基づき、劣化の時間変化を把握することができ、機器の余寿命を推定することが可能である。このため、余寿命の年数が経過したときに確実な機器の更新を行うことができ、機器全体の故障リスクを最小限に抑えることができる。ただし、詳細点検のためのコストは、点検方式Aの簡易点検よりも多くかかる。
【0021】
上記で2つの点検方式の違いにおいて注目すべき点は、診断精度の低い点検方式Aを採用した場合には、点検後であっても、ある程度の故障発生確率を受け入れなければならない点である。逆に、診断精度の高い点検方式Bを採用した場合には、点検によって余寿命を正確に見積もることができるために、余寿命の年数が経過する前であれば故障発生確率を低く(ほとんど0に)抑えることができる。以下、図面を参照してさらに詳しく説明する。
【0022】
図1は、機器の点検方式の診断精度と故障発生確率との関係を説明するための模式図である。
【0023】
図1(A)では、機器の稼働を開始してからの経過年tと故障率λとの関係が示されている。故障率が寿命レベルλdに達したときが、当該機器の寿命であるとする。
図1の場合、稼働開始からのτd[年]が経過したとき、当該機器の故障率は寿命レベルλdに達する。この場合のτdを初期寿命とも称する。
【0024】
以下、当該機器の稼働開始からτ[年]が経過した現時点において、今後のX年を考慮して点検方式Aと点検方式Bとのどちらを選択すべきかを判定する場合について説明する。ここで、X年が経過しても、当該機器は交換推奨時期には達しないとする。すなわち、X年は、機器の余寿命RL(=τd−τ)よりも短いものとする。
【0025】
なお、現時点からX年が経過した時点で再び、より好ましい点検方式が判定される。このX年後に行われる判定では、現時点からX年後までの間に行われる点検結果(たとえば、余寿命の推定結果)などが考慮される。
【0026】
図1(B)は、点検方式Aの診断精度を表すグラフである。具体的に
図1(B)には、点検方式Aを用いて余寿命がRLであるとの推定結果が得られたときに、真の余寿命のばらつきの程度が示されている。ばらつきの程度としては、正規分布を仮定したときの分散が用いられる。
【0027】
点検方式Aは比較的診断精度が低い場合であり、真値のばらつきの程度、すなわち分散が大きい。したがって、検査直後に故障が発生する可能性はほとんど0であるとしても、今後のX年の間には故障が発生する可能性がある。
図1(B)においてハッチングを付した部分81が故障発生確率に相当する。したがって、
図1(B)の場合の故障発生確率は、約X/2年経過後から徐々に増加し始め、その後は、時間の経過に伴って増加することがわかる。
【0028】
図1(C)は、点検方式Bの診断精度を表すグラフである。
図1(B)の場合と同様に、
図1(C)では、点検方式Bを用いて余寿命がRLであるとの推定結果が得られたときに、真の余寿命のばらつきの程度が示されている。ばらつきの程度としては、正規分布を仮定したときの分散を用いることができる。
【0029】
点検方式Bは比較的診断精度が高い場合であり、真値のばらつきの程度、すなわち分散は小さい。したがって、今後X年の間の故障発生確率はほぼ0である。このように、点検方式の診断精度と故障発生確率とは密接に関係しており、診断精度が高いほど故障発生確率は低くなることがわかる。
【0030】
(2.点検対象機器が故障した場合の影響度の違い)
たとえば、点検対象の機器が電力機器の場合、電力機器は電力ネットワークに接続されているので、同じような故障が生じても、当該電力機器が設置されている場所に応じて故障の影響度が異なる。したがって、点検対象機器には、故障した際の影響度が大きいためにリスクを高く見積もる機器と、故障した際の影響度がさして大きくないのでリスクを低く見積もる機器とがある。
【0031】
このように点検対象機器ごとに故障した場合のリスクが異なる場合には、リスクに応じて点検方式を変える必要がある。なぜなら、リスクの高い機器は、できるだけ診断精度の高い点検方式を用いることによって、故障発生確率を低く抑えることが望ましいからである。以下、図面を参照してさらに詳しく説明する。
【0032】
図2は、ツリー状に接続された電力系統の一例を示す模式図である。
図2を参照して、電力系統20は、発電所21に接続された変電所S/S_3と、変電所S/S_3に接続された変電所S/S_1,S/S_2とを含む。需要家22,23は変電所S/S_3から電力供給を受ける。需要家24,25は変電所S/S_1から電力供給を受ける。需要家26,27は変電所S/S_2から電力供給を受ける。
【0033】
上記の構成の電力系統20において、変電所S/S_1,S/S_2,S/S_3にそれぞれ設けられた同一機種の電力用変圧器31,32,33の点検を行う場合を想定する。この場合、各電力用変圧器31〜33の各々の設置場所に応じて、当該変圧器が故障した場合の影響度が異なる。たとえば、大口需要家に電力を直接供給している変電所に設けられた電力機器に故障が生じた場合には、故障によって停電に至らなくても、使用制限または節電要請を行う必要が生じるためにコストが発生し得る。また、大口需要家の事業内容によっては、病院など社会的重要度の高い場合には停電が許容されず、電力供給の観点で当該電力機器の重要度が高く、停電による補償額が高額になる場合があり得る。このように、電力機器の場合には、当該電力機器の設置場所に応じて故障発生時のコストに違いがある。したがって、この故障発生時に必要となるコストによって当該機器の重要度(すなわち、電力供給の観点での停電回避の重要度合に応じた影響度)が決まる。
【0034】
なお、単一の設備事故によっては供給支障を生じないというN−1基準が満たされている場合には、故障発生によって直ちに停電が生じることはない。しかし、通常のN−1基準は、故障発生箇所が電力系統から切り離された後の各流通設備の潮流が、短時間熱容量を超過しないという制限である。したがって、保護装置による電源制限が実施される場合があるし、社会的影響が小さい場合には供給支障が許容される場合もある。したがって、N−1基準の場合にも、設備の設置場所に応じて故障発生による影響度の相違が生じ得る。
【0035】
以上から、点検方式に応じて決まる故障発生確率と、点検対象機器が故障した場合のコストとの両方を考慮に入れることによって、過剰投資とならないような適切な点検方式を決定することができる。
【0036】
[保全システムの全体構成]
図3は、電力機器の保全システムの全体構成を概略的に示す図である。
図3を参照して、保全システムは、点検対象の電力機器について点検および診断を行う。保全システムは、可搬型診断装置36および保全支援装置40などを含む。保全支援装置40は、サーバ41、外部記憶装置42、入出力装置43などを備えたコンピュータシステムである。
【0037】
変電所を例にとると、電力機器には、電力用変圧器、開閉装置や遮断器、避雷器、ケーブルなどの変電機器が含まれる。点検対象の電力機器(たとえば、変圧器31)について、点検を行う保守員35が可搬型診断装置36を用いて診断を行う。あるいは、電力機器の劣化部位の一部を採取して診断のために持ち帰ってもよい。
【0038】
可搬型診断装置36による診断結果、または、採取した劣化部位の診断結果は、当該電力機器の機種、型式などの機器情報と設置場所、稼働開始年などの情報と紐付けしてサーバ41に取り付けられた外部記憶装置42に保存される。可搬型診断装置36は、無線LANなどを介してサーバ41に点検データを送信してもよい。
電力機器として、電力用変圧器31を例にとる。
【0039】
可搬型診断装置36としては、油中ガス分析装置を使用する。電力用変圧器31の内部での放電などによる局所的な過熱により絶縁油や絶縁紙が熱分解し、水素、メタン、エタン、エチレン、アセチレンなどの分解ガスが発生する。油中ガス分析装置は、この油中に熔解した分解ガスを分析し、溶融量によって内部異常度合いを判断するものである。この診断では、絶縁油の劣化状態として、3レベル程度のおおまかな判断にとどまる。また、一般に分解ガスの溶融量の経年との相関は低いこと、故障モードによって分解ガスの発生パターンが異なることから、時系列での劣化状態の変化を測定値から推定することは難しい。したがって、測定データに基づいて当該電力用変圧器31の余寿命を推定することはできない。しかし、この診断は変圧器の運転中に実施することができ、診断に要するコストは小さい。
【0040】
一方、絶縁紙の劣化は、変圧器内部事故での電流による電磁機械力による引張強度の低下により評価できる。絶縁紙の引張強度は、紙の主要構成物質であるセルロース分子のつながり数に関係する平均重合度によって推測される。
【0041】
図4は、電力用変圧器に用いられる絶縁紙の平均重合度と、稼働開始年からの経年tとの関係を示すグラフである。
【0042】
平均重合度と経年tとの関係は
図4で示されるような負の相関関係にある。現時点τでの平均重合度の測定値をVmとし、平均重合度の寿命レベルをVdとする。
図4の曲線から、平均重合度が寿命レベルVdに到達するときにおける、稼働開始年からの経年τdを推定することができる。したがって、当該測定対象の電力用変圧器の推定余寿命RLは、τd−τであると判断することができる。このように平均重合度から余寿命RLを推定することができる。
【0043】
上記の余寿命RLの推定値は信頼性のあるものである。しかしながら、この診断を行うには電力用変圧器を停止し、内部の絶縁油を抜いて絶縁紙を採取する必要がある。このために点検コストがかかる。
【0044】
保全支援装置40は、上記のような診断精度と点検コストの異なる2つの点検方式について、どちらの点検方式がより適切かを、点検対象の電力機器が故障したときのリスクを考慮することによって判断するものである。なお、点検方式は2つに限らず3つ以上であってもよく、それぞれ診断精度と点検コストが異なるものとする。
【0045】
[保全支援装置のハードウェア構成]
図5は、保全支援装置のハードウェア装置を概略的に示すブロックである。前述のように、保全支援装置40は、サーバ41、外部記憶装置42、入出力装置43などを備えたコンピュータシステムである。
【0046】
図5を参照して、サーバ41は、CPU(Central Processing Unit)51と、RAM(Random Access Memory)を構成する揮発性メモリ52と、ROM(Read Only Memory)を構成する不揮発性メモリ53と、通信装置54と、メモリI/F(Interface)55、入力I/F56、ディスプレイI/F57などの各種インタフェースとを含む。サーバ41のこれらの構成要素は、バス50を介して相互に接続されている。
【0047】
CPU51は、不揮発性メモリ53および/または外部記憶装置42に格納されたプログラム、通信装置54などを介して受信したプログラムに従って動作することによって、保全支援装置40全体を制御するとともに、後述する各種の機能を実現する。
【0048】
RAMおよびROMはCPU51の主記憶である。RAMを構成する揮発性メモリ52は、たとえば、DRAM(Dynamic Random Access Memory)、SRAM(Static Random Access Memory)などによって構成される。ROMを構成する不揮発性メモリ53は、たとえば、フラッシュメモリなどによって構成される。
【0049】
通信装置54は、たとえば、インターネットなどの外部のネットワークと接続するためのネットワークアダプタ、前述の可搬型診断装置36と通信するためのトランシーバなどを含む。
【0050】
外部記憶装置42は、フラッシュメモリ、ハードディスク、光ディクスなどの不揮発性メモリによって構成される。外部記憶装置42は、前述のように点検データおよび点検データに基づく劣化状態の診断結果を格納したり、データベース70として後述する各種のデータを格納したりする。外部記憶装置42は、メモリI/F55を介してサーバ41と接続される。
【0051】
入出力装置43は、キーボード、マウス、タッチパネルなどの入力装置46と、ディスプレイ47およびプリンタなどの出力装置を含む。入力装置46は入力I/F56を介してサーバ41と接続され、ディスプレイ47はディスプレイI/F57を介してサーバ41と接続される。
【0052】
[保全支援装置の機能的構成]
図6は、保全支援装置の機能的構成を示すブロック図である。保全支援装置40は、機能的に見て、保全支援装置40は、データベース70と保全支援装置本体60とを備える。
【0053】
データベース70は、
図4の外部記憶装置42に格納された各種データである。
図6の例では、データベース70は、機器データ71と、点検方式データ72と、個別機器データ73と、点検結果および劣化部位の診断結果などの各種結果データ74とを含む。
【0054】
表1は、
図6の機器データ71の一例を示す。
【表1】
【0055】
機器データ71は、
図2の電力系統20の各変電所S/S_1〜S/S_3に設けられている電力機器の種類を示すデータである。具体的には、表1に示すように、電力機器の一般名称、メーカ、機種名、型式などを含む。なお、本開示では、機種名と型式とをまとめて電力機器の種類と称する。
【0056】
表2は、
図6の点検方式データ72の一例を示す。
【表2】
【0057】
点検方式データ72は、機器データ71に格納されている電力機器の種類ごとに、点検方式の一覧を示すデータである。表2の例では、X社製の機種名P、型式TF_Pの電力用変圧器について、点検方式ごとに、点検周期、点検コスト、診断精度などが点検方式データ72としてデータベース70に格納されている。
【0058】
診断精度に関して、表2の例では低精度および高精度の2段階に分類しているが、3段階以上に分類してもよい。もしくは、
図1を参照して説明したように、余寿命の真値のばらつきの程度を表す分散を診断精度に用いてもよい。
【0059】
表3は、
図6の個別機器データ73の一例を示す。
【表3】
【0060】
個別機器データ73は、機器データ71に格納されている電力機器の種類ごとに、電力系統20で実際に稼働している個々の電力機器の一覧を示すデータである。表2の例では、X社製の機種名P、型式TF_Pの電力用変圧器について、個々の変圧器の識別名、設置位置、稼働開始年などのデータが、個別機器データ73としてデータベース70に格納されている。
【0061】
保全支援装置本体60は、
図5のCPU51で動作する保全支援のためのプログラムに相当する。
図6に示すように、保全支援装置本体60は、点検対象機器の入力部61と、重要度決定部62と、故障発生率決定部63と、リスク算定部64と、コスト算定部65とを含む。これらの各要素は、
図5のCPU51で動作するサブプログラムに相当する。
【0062】
点検対象機器の入力部61は、
図4の入力装置46、通信装置54などを介して、点検対象の機器の一覧を受け付ける。点検対象機器は、たとえば、個別機器データ73の識別名として指定される。
【0063】
なお、以下では、点検対象機器の具体例として、
図2の変電所S/S_1に設けられている電力用変圧器31(識別名:TF_P_1)、変電所S/S_2に設けられている電力用変圧器32(識別名:TF_P_2)、および変電所S/S_3に設けられている電力用変圧器33(識別名:TF_P_3)を例に挙げて説明する。
【0064】
図7は、重要度決定部62の動作を説明するためのブロック図である。
図6および
図7を参照して、重要度決定部62は、入力部61によって受け付けた点検対象機器ごとに重要度を決定する。
図2で説明したように、重要度とは当該点検対象機器が故障したときに必要となるコストに相当する。すなわち、重要度は、稼働中の個々の変圧器ごとに設定され、変圧器の設置される変電所における設置箇所および電力系統に基づく評価指標である。この評価値が大きいほど故障時に発生する費用が大きくなる。
【0065】
より具体的には、故障発生時のコスト計算部67は、個別機器データ73に格納されている点検対象機器の設置位置に基づいて、各点検対象機器が故障したと仮定したときに生じ得るコストを計算する。このコストには、使用制限および節電要請に伴うコスト、停電に伴う補償コスト、修理費用などが含まれる。重要度決定部62は、算出したコストに基づいて、各点検対象機器の重要度を決定する。
【0066】
なお、個別機器データ73に格納されている個別機器ごとに予め重要度を決定しておいてもよい。この場合、重要度を個別機器データ73に予め格納しておくことができる。重要度決定部62は、入力部61によって受け付けた各点検対象機器に対応する重要度を個別機器データ73から取り出して出力する。
【0067】
表4は、
図6の重要度決定部62によって決定された重要度の一例を示す。表4には、
図2の電力用変圧器31,32,33の各々の重要度の一例が示されている。
【0069】
図8は、故障発生率決定部63の動作を説明するためのブロック図である。
図6および
図8を参照して、故障発生率決定部63は、入力部61によって受け付けた点検対象機器の各々について、点検方式ごとのX年後までの年ごとの故障発生率を決定する。なお、X年後は交換推奨時期(すなわち、推定余寿命の到達年)よりも前であるとする。
【0070】
図1で説明したように、診断精度が分散などの統計量で表されている場合には、稼働開始年およびこれまでの点検・診断結果などに基づいて決定された推定余寿命を用いることにより、故障発生確率を数値的に計算することができる。
【0071】
もしくは、同種の機器の故障に関する統計データなどに基づいて、点検方式ごとに予め故障発生率を決定しておいてもよい。この場合、故障発生確率を点検方式データ72に予め格納しておくことができる。故障発生率決定部63は、入力部61によって受け付けた点検対象機器に応じて、点検方式データ72から該当する故障発生確率を点検方式ごとに出力する。
【0072】
表5は、
図6の故障発生率決定部63によって決定された故障発生率の一例を示す。
【表5】
【0073】
表5の例では、点検対象の機器として電力用変圧器を例にとっている。そして、絶縁油の分解ガス溶融量測定による診断のように診断精度はあまりよくないが点検コストが小さい点検方式を点検方式Aと称する。絶縁紙の平均重合度測定による診断のように診断精度が高いがコストも高い点検方式を点検方式Bと称する。
【0074】
上記の点検方式Aは、機器を停止せずに行う診断方法である。点検周期を5年とする。この診断では、おおまかな故障レベルのみ判定のみ可能である。この診断に要するコストは1回あたり20(単位はなし)とする。故障レベルは要注意I、要注意II、異常の3レベルであると。もし、これらのいずれかの診断結果となった場合、詳細点検を実施して機器の状態を確認し、機器の故障を防止する対策を講ずる必要がある。いずれの故障レベルと判定された場合でも、以降の年次における機器劣化状態の予測誤差による故障発生確率は残存するものとし、これに伴うリスクコストが発生する。表5に示すように、経年ごとに故障発生確率が増加し、5年目に次の点検を行うと故障発生確率は零にリセットされる。
【0075】
上記の点検方式Bは、機器を停止して行う点検方式である。点検周期は10年とする。この点検に要するコストは100(単位はなし)とする。この点検では、精度の高い結果が得られるものとし、点検実施年以降の年次における故障発生確率はほぼ0である、すなわち、点検方式Aの場合と比較して無視できる故障発生確率であるとする。したがって、リスクコストもほぼ0である。
【0076】
図6のリスク算定部64は、重要度決定部62によって決定された点検対象機器の重要度と、故障発生率決定部63によって決定された故障発生確率に基づいて、年次ごとのリスク費用を計算する。具体的には以下の式(1)に示すように、故障発生確率と重要度との積で求めることができる。
(リスク費用)=(故障発生確率)×(重要度) …(1)
【0077】
コスト算定部65は、点検方式ごとに今後のX年間で生じ得る全コストを計算する。全コストは以下の式(2)に示すように、X年間に生じ得る点検コストと、上式(1)で計算した年次ごとのリスク費用との和で求めることができる。
(全コスト)=(点検コスト)+(リスク費用) …(2)
【0078】
[具体的なコスト計算例]
以下、表4に示す重要度の設定例と表5に示す故障発生確率の設定例とを用いて、
図2の電力用変圧器31,32,33の各々について、上式(2)の全コストを計算した例について説明する。
【0079】
表6は、
図2の電力用変圧器31(識別名:TF_P_1)について、ある時点から10年間の年次ごとの点検費用とリスク費用について、点検方式Aと点検方式Bとの計算結果を示すものである。
【0081】
表6に示すように、点検方式Aおよび点検方式Bのいずれの場合もコストの合計値は100であり、同じである。したがって、点検方式としてはどちらを採用してもよい。
【0082】
表7は、
図2の電力用変圧器32(識別名:TF_P_2)について、ある時点から10年間の年次ごとの点検費用とリスク費用について、点検方式Aと点検方式Bとの計算結果を示すものである。
【0084】
表7に示すように、点検方式Aの場合のコストの合計値は80であるのに対して、点検方式Bの場合のコストの合計値は100である。したがって、比較的重要度が小さい電力用変圧器32の場合には、診断精度の低い点検方式Aを採用した方が有利である。
【0085】
表8は、
図2の電力用変圧器33(識別名:TF_P_3)について、ある時点から10年間の年次ごとの点検費用とリスク費用について、点検方式Aと点検方式Bとの計算結果を示すものである。
【0087】
表8に示すように、点検方式Aの場合のコストの合計値は140であるのに対して、点検方式Bの場合のコストの合計値は100である。したがって、比較的重要度が大きい電力用変圧器32の場合には、診断精度の高い点検方式Bを採用した方が有利である。
【0088】
上記の表6〜表8に示した3例に示したように、個別の変圧器の重要度に着目することによって、診断精度の低い点検方式Aと診断精度の高い点検方式Bのどちらを選択すべきかを決定することができる。
【0089】
[点検方式の決定手順]
図9は、点検対象機器について点検方式を決定する手順を示すフローチャートである。以下、
図9を主として参照して、保全支援装置40が点検対象機器の点検方式を決定する手順について説明する。
【0090】
ステップS10において、
図5のCPU51は、入力装置46、通信装置54などを介して点検対象機器の入力を受け付ける。
【0091】
次のステップS20において、CPU51は、
図6の個別機器データ73として格納されている当該点検対象機器の電力ネットワークでの設置位置に基づいて、当該点検対象機器の重要度を決定する。ここで、重要度とは、当該点検対象機器が故障したときのリスク費用に相当する。
【0092】
その次のステップS40〜S60は、点検対象機器に対して採用し得る点検方式A,B,C…の各々ごとに実行される。
【0093】
具体的にステップS40において、CPU51は、
図6の点検方式データ72として格納されている点検方式ごとの劣化状態の診断精度に基づいて、現時点からX年後までの年次ごとの故障発生率を決定する。劣化状態の診断精度が高いほど、故障発生率は低い。また、一般に、故障発生率は経年ごとに増加していく(正確には、各年の故障発生率は前年の故障発生率以上になる)が、X年間の間に点検を行った場合には、再び初年度の故障発生率までリセットされる。
【0094】
次のステップS50において、CPU51は、X年後までの年次ごとのリスクコストを計算する。リスクコストは、各年次の故障発生率に重要度を乗算することによって求めることができる。
【0095】
その次のステップS60において、CPU51は、当年からX年後までのX年間の全コストを計算する。全コストは、X年間の点検コストに年次ごとのリスクコストを全て加算することによって求めることができる。点検コストは、1回あたりの点検コストにX年間で実行する点検回数を乗算することによって求めることができる。
【0096】
最後のステップS80において、CPU51は、点検方式ごとに算出した全コストを比較することによって当年からX年後までの推奨点検方式として、全コストが最も低い点検方式を出力する。
【0097】
[実施の形態1の効果]
上記の実施の形態において、点検方式ごとに決まる劣化状態の診断精度に応じて、点検を行った後の当該点検対象機器の故障発生確率が決定可能になる点を明らかにした。そして、この故障発生確率と点検対象機器が故障した場合に必要となるコストとの両方を考慮に入れることによって、過剰投資とならないような適切な点検方式を決定することができる。
【0098】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものでないと考えられるべきである。この発明の範囲は上記した説明ではなくて請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。