(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記貴金属またはその酸化物がIr、Pt、Ru、Rh、Os、PdおよびAuからなる群から選択される少なくとも1種を含み、前記非貴金属またはその酸化物がFe、Co、Ni、Mn、Al、Zn、Ta、W、Hf、Si、Mo、Ti、Zr、Nb、V、Cr、Sn、およびSrからなる群から選択される少なくとも1種を含む請求項1乃至8いずれか1項に記載の触媒積層体。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、実施の形態について図面を参照しながら説明する。なお、実施の形態を通して共通の構成には同一の符号を付すものとし、重複する説明は省略する。また、各図は実施の形態の説明とその理解を促すための模式図であり、その形状や寸法、比などは実際の装置と異なる個所があるが、これらは以下の説明と公知の技術とを参酌して、適宜設計変更することができる。
【0010】
(第1の実施形態)
図1は、従来の触媒積層体のSEM画像である。
図1で示すような空隙層122と触媒層121を2層以上交互に積層した触媒積層体構造は、比較的高い耐久性と高比表面積を持つ電極として開発されている。しかしながら、水電解用アノードに関しては、数ナノメートル〜数十ナノメートル厚みの触媒層121の端部同士が部分的に結合し、実質的に全ての触媒層121は基材に拘束されている。これにより、積層方向の圧力に対して変形が抑制された安定な構造体となり、比較的高い耐久性を得ることが可能となっている。しかし、高電流、高温、高圧下に連続的に曝されると構造にかかる負荷が大きく、物質輸送効率の維持しつつ持耐久性を向上させることについて改良の余地があった。
【0011】
発明者らは、この課題を解決すべく鋭意研究した結果、第1の実施形態に係る触媒積層体を発明した。
【0012】
本実施形態によると、触媒積層体10が提供される。この触媒積層体10は貴金属及び貴金属の酸化物の少なくとも一方と非貴金属及び非貴金属の酸化物の少なくとも一方を含む触媒層を複数備える触媒積層体10である。
【0013】
この触媒層とは、触媒積層体10断面を、後述するエネルギー分散型X線分光法(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy:EDS)ライン分析において測定される貴金属原子の組成分率が最高値と最低値の平均未満の組成分率を持つ層(第1の触媒層:A1層11)と、貴金属原子の組成分率の最高値と最低値の平均以上の組成分率を持つ層(第2の触媒層:A2層12)を含む層のことである。
【0014】
触媒積層体10は、2以上の第1の触媒層11と1以上の第2の触媒層12を備える。第1の触媒層11と第2の触媒層12は、交互に配置される。第2の触媒層12は、第1の触媒層11の間に配置される。なお、第1の触媒層11と第2の触媒層12が直接的に接していることが好ましい。
【0015】
図2は、EDSライン分析で得られたチャート(図)の一例であり、横軸は深さ方向の距離(nm)、縦軸は原子組成分率(atom%)であり、Ir量とNi量の合計を100%とした場合のIrとNiそれぞれの原子組成分率を示している。
図2において、A1層11の間にA2層12が存在するように、交互に積み重なった積層体構造であることから、触媒積層体10の変形を防ぎ、高い強度を確保することができ、かつ少ない貴金属量でも、高電流、高温、高圧の高負荷環境下において安定に存在することができる。なお、
図2において、測定深さは、70nm程度までの結果の一部をチャートに示している。70nmよりも深い領域においても、A1層11とA2層12が交互に存在している。
【0016】
さらに、A1層11、A2層12ともにnmオーダーの隙間を有した構造であり、比表面積を増大させることができるため、物質輸送をスムーズに行うことができ、触媒活性を向上させることができる。
【0017】
触媒層について詳しく説明する。
本実施形態の触媒層に採用される触媒材料は、電極反応に応じて他の添加物を適宜選択することができる。触媒活性と耐久性の観点から、貴金属または貴金属酸化物触媒が含まれ、触媒層に含まれる貴金属元素はIr、Pt、Ru、Rh、Os、PdおよびAuからなる群から選択される少なくとも1種以上である。また安定した強固な積層構造を形成する観点から、非貴金属またはその酸化物が含まれ、触媒層に含まれる非貴金属元素は、Fe、Co、Ni、Mn、Al、Zn、Ta、W、Hf、Si、Mo、Ti、Zr、Nb、V、Cr、SnおよびSrからなる群から選択される少なくとも1種以上である。
【0018】
触媒層の形状、原子比、元素分布については、走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM)像や、蛍光X線分析法(X-ray Fluorescence:XRF)の他、透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)の元素マッピングおよびTEMの高角度散乱暗視野法(High-Angle Annular Dark Field image:HAADF)、エネルギー分散型X線分光法(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy:EDS)ライン分析によって確認できる。
【0019】
本実施形態では、特に触媒層の厚さが薄いことから、HAADF像およびEDSライン分析法を用いた。その測定方法を説明する。
【0020】
図3は実施例1の触媒積層体10のHAADF像である。HAADF像は、円環状検出器で広角に散乱された電子を取得、信号強度を元に画像を出力したもので、散乱角θは原子番号Zに依存、出力像もZに依存したコントラストを持ち、重い元素の識別に有効である。
【0021】
試料はHAADF像を用いた観察を行うため、樹脂で包埋し、厚さ0.1μmに加工する。
図3より、本実施形態に係る触媒積層体10は、ほぼ均一な層状の触媒層が積層された構成であることが分かる。
図4は後述する
図3のHAADF像の一部を高倍率で観察した像である。
図4ではA2層12に複数のピラー13を観察することができる。このピラー13について詳しくは後述する。
【0022】
触媒層の非貴金属原子組成分率(atom%)および貴金属原子組成分率(atom%)を求めるためEDSライン分析による元素組成分析を行う。この測定方法について説明する。EDSライン分析においては、加速電圧を15kV程度とすることが好ましい。
【0023】
この測定では、貴金属および非貴金属の原子組成を測定する。まず、20サンプル分のHAADF像を作製する。このようにして得たサンプルそれぞれに対して、HAADF像から膜電極接合体の基材に沿って水平方向に10nmずつの間隔でそれぞれ深さ方向(基材方向)にEDSライン分析を行う。各ラインの結果に基づいて、貴金属原子の組成分率の最高値と最低値を求め、それらの平均未満の組成分率を持つ層をA1層11とし、組成分率の最高値と最低値の平均以上の組成分率を持つ層をA2層12とし、それぞれの境目をつなぎ合わせることで、A1層11とA2層12の境界線を明確化する。なお、貴金属や非貴金属をそれぞれ2種類以上用いて触媒積層体を作製した場合でも、EDSライン分析における貴金属の原子組成分率の最高値は、それぞれの貴金属における合計値(例えば、貴金属Aの最大値+貴金属Bの最大値)を用いて算出する。これは、貴金属の原子組成分率の最低値においても同様に算出する。
【0024】
EDSライン分析より、それぞれの層での非貴金属比率Rm、つまりA1層11、A2層12それぞれの(非貴金属組成分率)/(貴金属組成分率)の比Rm(A1)、Rm(A2)を求める。Rm(A1)は0.1以上1.0以下の間であることが好ましい。これは、非貴金属が残存することで助触媒作用が起こり、活性が増加するためである。しかし、非貴金属の割合が小さすぎる(Rm(A1)が0.1より小さい)と、助触媒の効果が少なく更には適度な空隙(触媒が存在しない部分)を持った構造を維持しにくくなるため好ましくなく、また非貴金属の割合が多すぎる (Rm(A1)が1.0より大きい)と膜電極複合体20において、電解質膜23の中に貴金属が溶け出し、電解質膜23のプロトン伝導を阻害するため好ましくない。Rm(A1)が0.2以上0.8以下の範囲にあると、より触媒活性を向上することができ、またプロトン伝導の低下を抑制することができるため、より好ましい。またRm(A2)は0.01以上0.45以下の範囲であることが好ましい。非貴金属の割合が小さすぎる(Rm(A2)が0.01より小さい)と、空隙の量が少なく水や酸素などの物質の拡散が遅くなり、非貴金属の割合が多い(Rm(A2)が0.45より大きい)と電気化学セル運転中に非貴金属が溶け出し、A2層12が潰れて物質輸送性能が低下するためである。また、Rm(A2)の範囲は0.05以上0.4以下の範囲がより好ましい。これは0.05以上だと非貴金属の助触媒作用により触媒活性が上昇し全体の特性が向上し、0.4以下ではA2層12の潰れをさらに抑制することができるので、触媒積層体10の耐久性を向上することができる。
【0025】
安定性の観点からA1層11の平均厚さがA2層12の平均厚さよりも厚くなることが好ましい。同観点から、A1層11の平均厚さがA2層12の平均厚さの1.5倍以上、2.0倍以下であることがより好ましい。またA1層11が厚くなるほどA1層11の内部を移動する物質の拡散性が悪くなる一方で、A1層11が薄すぎると変形しやすく、長期安定性が確保できないため、A1層11の平均厚さは4nm以上35nm以下が好ましい。
【0026】
A2層12が厚くなるほどA2層12の内部を移動する物質の拡散性が良くなる一方で、A2層12が厚過ぎると電気化学セル運転中やホットプレス時にA2層12が潰れて安定性が悪くなるため、A2層12の平均厚さは2nm以上34nm以下が好ましい。A1層11の平均厚さは10nm以上25nm以下、A2層12の平均厚さは5nm以上20nm以下の範囲にあると、触媒積層体10の安定性と拡散性を更に向上することができるため、より好ましい。
【0027】
A1層11、A2層12の1層ずつの平均厚みは、EDSライン分析より求めることができる。なお、A1層11の平均厚さとは、ライン分析から求めた境界線より算出したA1層11の1層あたりの厚さの平均値である。また、A2層12の平均厚さとは、ライン分析から求めた境界線より算出したA2層12の1層あたりの厚さの平均値である。
【0028】
触媒積層体10の基材側への物質輸送を促進するためには、触媒積層体10全体の厚みを薄くすることが有効である。この物質輸送が促進されることで、基材側の触媒を用いることができ、触媒積層体10の全体としての活性を向上することができる。そのため、例えばA2層12の厚さが一定であり、かつ触媒積層体10の全体における貴金属量が一定の場合、触媒となる貴金属量の多いA1層11の1層あたりを厚くする方が、触媒積層体10を通り基材へ拡散する物質の移動距離を短くすることができ、触媒積層体10の全体としての活性を向上することができる。しかし、先述したようにA1層11の1層あたりの厚みが増すと、物質拡散性が抑制されるため、好ましくない。
【0029】
そのため、本実施形態では、A1層11を触媒積層体10としての活性と物質拡散性を向上できる厚みにし、かつA2層12は物質輸送を阻害しない最低の厚みにすることができるため、触媒積層体10の全体の活性を向上させながら、触媒積層体10の全体の厚みを薄くすることができる。
【0030】
触媒積層体10の製造方法詳細は後述するが、これら積層構造体は多元スパッタにより貴金属と非貴金属の混合層を積層させ、その後エッチングにより、ある程度の非貴金属を洗い流すことで製造できる。エッチング前の構造に関してはスパッタ時の出力比と、スパッタ時間に比例するが、エッチングすることで非貴金属が溶出し、A1層11及びA2層12が潰れ、それぞれ収縮する傾向にある。非貴金属の割合が多い場合にはA1層11及びA2層12ともに非貴金属のA1層11及びA2層12の非貴金属比率(Rm)は高くなる。しかし、非貴金属はエッチングで溶けやすいため、それぞれの層で非貴金属が多すぎる場合であっても、非貴金属比率が高くなり続けることはなく、一定以上にはならない。
しかし、多量の非貴金属がA1層11及びA2層12に存在すると、エッチングに用いる溶液の濃度が薄い場合や、エッチングの時間が短い場合は、エッチングが十分に行えずA1層11及びA2層12の非貴金属比率(Rm)が高くなる傾向がある。また、エッチングに用いる溶液の濃度を濃くした場合や、エッチングの時間を長くした場合では、A1層11及びA2層12の非貴金属比率(Rm)が小さくなる傾向が見られる。触媒積層体10全体の厚みを押さえつつ、触媒積層体10の含有する触媒量を増加させる構造を実現するためには、前述したA1層11、A2層12の厚さの範囲になることと、Rm(A1)>Rm(A2)になることがより好ましい。Rm(A1)>Rm(A2)とすることで、急激な変形を抑制できることから耐久性向上にも寄与することができる。
【0031】
次にA1層11、A2層12に存在する触媒の存在を測定する方法を説明する。
まず、TEMで撮像する。撮像において、膜電極複合体の基材の長辺と短辺の交わるところから10%以内の20カ所を観察する。観察部はTEM撮像において視野が200nm×200nmになるように適宜倍率を設定する。
【0032】
こうして得たTEM画像において、A1層11、A2層12に存在する触媒の存在を確認するには、白黒コントラスト比を求めることが有効である。TEM画像において白黒コントラスト比を求めることで、
図5で示すように、白色に近い領域では触媒が存在していることを示し、触媒が存在しない部分は黒色で示される。以下に述べるTEM画像を用いた解析を行い、その構造上の特徴を明らかにする。TEM観察に用いた装置および分析条件、および画像解析に用いたソフトウエアは以下の通りである。
[TEM測定条件]
InstructName=TalosF200X(FEI社製)
AcceleratingVoltage=200,000V
Magnification=320,000
[TEM画像解析用ソフト]
PhotoImpact(COREL社製品)
Image-Pro plus(Media Cybernetics社製)
【0033】
以下、画像解析方法について説明する。まず、TEM観察により触媒積層体10断面のTEM画像を得た。これを、画像編集ソフトPhotoImpactを用い、モノクロ2値(解像度:現在のイメージ、形状:なし)により触媒が存在しない部分を黒、触媒部分を白に表示されるようにした。こうして得られた画像を、TEM像のA1層11、A2層12それぞれの範囲で画像解析ソフトImage-Pro Plusを用いて自動計測機能(黒い部分と白い部分の比率を計測)を行った。これにより触媒の存在しない部分(領域A)と触媒の存在する部分(領域B)の比率(領域A÷(領域A+領域B)×100)を求める。
【0034】
このときA1層11、A2層12それぞれの範囲は、
図6で示すように、EDSライン分析で求めた各層の厚さと、その厚さと直交する直線であって、TEM像の幅で「囲み」で示された範囲である。
【0035】
TEM像におけるそれぞれのA1層11の触媒が存在しない部分は面積比率で30%以上90%未満が好ましい。これは、30%以上だとA1層11の中を移動する物質の拡散抵抗を抑制することができ、90%未満であれば、A1層11の構造耐久性を保つことができるためである。より好ましい範囲は50%以上80%未満である。この範囲であれば、A1層11の中を移動する物質の拡散抵抗を抑制と、構造耐久性をより効率よく両立することができる。
【0036】
A2層12において、触媒が存在しない部分は、面積比率で30%以上95%以下であることが好ましい。これは30%未満だと触媒が存在しない部分が小さく、反応に必要な水や発生する酸素の物質輸送が遅くなり過電圧上昇を引き起こすためである。また、触媒が存在しない部分が95%より大きいと、構造が脆く、長期運転において構造が潰れ、物質拡散が遅くなり過電圧上昇を引き起こすためである。A2層12において、触媒が存在しない部分が35%以上70%以下であることがより好ましい。この範囲にあることで、物質輸送が遅くなることで引き起こされる過電圧上昇を、より効率よく抑えることができる。
【0037】
図5で示されるように、A2層12にはA1層11どうしをつなぐように触媒が存在することがある。この触媒部分をピラー13と呼ぶ。このピラー13が存在することで、長期運転において、ピラー13がA2層12における支柱のような役割を果たすことで、A2層12の厚さを保持することができ、A1層11どうしを接続させることができるため、A1層11の剥離を防ぐことができる。
【0038】
本実施形態が提供する触媒積層体10は、A1層11は貴金属原子の組成を制御し、かつ最適な厚みを保ち、一方でA2層12は反応および生成物質が拡散できる最低限の厚みまで薄くし、さらに貴金属原子と非貴金属原子の組成比を制御した構造をもつことで、少ない貴金属量でも強度および物質輸送効率を確保した積層構造を実現することができる。
【0039】
(第2の実施形態)
第2の実施形態では、
図7で示す通り、第1の実施形態に係る触媒積層体10を備える膜電極複合体(Membrane Electrode Assembly:MEA)20が提供される。MEA20は、第1の電極21および第2の電極22と、これらの間に配置された電解質膜23により構成される。
【0040】
電解質膜23と隣接する第1の電極21は、図面上から順に、第1のガス拡散層(基材)21B、第1触媒積層体21Aが配置されている。第2の電極22は、図面下から順に、第2のガス拡散層(基材)22B、第2触媒積層体22Aが配置されている。触媒積層体10は基材上に配置されている。
【0041】
まず、このMEA20を構成する基材、電解質膜について順に説明する。
【0042】
<基材>
電極の基材は、多孔性と導電性が一般的に要求される。水電解セルのアノードとして使用される場合は耐久性を確保するためチタン材料が一般的に採用されている。基材の形態については特に限定しないが、チタンメッシュ、チタン繊維からなるクロース、チタン不織布、チタン焼結体などが挙げられる。多孔質基材の開口率、特に触媒積層体10に接する部分の構造などの調整、またはブラスト処理など基材の表面処理によって水電解性能を向上させる場合がある。触媒積層体10への水供給、電極反応生成物の排出などがスムーズになり、触媒積層体10における電極反応が促進されたためと考えられる。基材の上に他のコーティング層を付けても良い。導電性のある緻密なコーティング層によって電極の耐久性を大きく向上させる場合がある。コーティング層は特に限定されないが、金属材料、酸化物、窒化物などセラミックス材料、カーボンなどを使用できる。
【0043】
<電解質膜>
電解質膜は、イオン伝導性が要求されることが多い。プロトン伝導性を有する電解質膜としては、例えばスルホン酸基を有するフッ素樹脂(例えば、ナフィオン(デュポン社製)、フレミオン(旭化成社製)、およびアシブレック(旭硝子社製)など)や、炭化水素膜、タングステン酸やリンタングステン酸などの無機物を使用することができる。
【0044】
電解質膜の厚さは、MEAの特性を考慮して適宜決定することができる。強度、耐溶解性およびMEAの出力特性の観点から、電解質膜の乾燥時の厚さは、好ましくは10μm以上200μm以下である。
【0045】
以下、
図8を用いて本実施形態にかかる触媒積層体10を有する電極の製造方法及びMEAの構成と製造方法を説明する。
【0046】
アノードについては、Ti基材21Bの上に、真空装置を用いて触媒材料を含む材料と造孔材材料を成膜し、触媒積層体10の前駆体を作製する。Ir酸化物系触媒積層体10の作製には、特にスパッタ装置を用いて、チャンバーに酸素ガスを添加するなどの反応スパッタ法が適している。この場合、スパッタリング時の電源パワー、基材温度などパラメータの最適化によって電極の耐久性と電気化学セルの特性を大きく向上させることが可能である(工程1)。
【0047】
次いで、酸やアルカリ等の薬剤による選択エッチングで触媒積層体10の前駆体から非貴金属を一部除去し、電極を得る(工程2)。
【0048】
基本的に、触媒積層体10の前駆体は、貴金属を主成分とする触媒材料と非貴金属からなる造孔材材料を同時にスパッタリングまたは蒸着によって順次下地の上に成膜する。成膜にあたっては、触媒積層体10のエッチング前の各層の貴金属と非貴金属の組成比、層数、層厚等を、前駆体成膜時の電源パワーやガス圧、触媒材料と造孔材料の成膜割合によって調整できる。詳しく述べると、貴金属出力が小さいほどA1層11およびA2層12の厚みは薄くなり、貴金属出力が大きいほどA1層11およびA2層12の厚みは厚くできる。さらに、酸やアルカリなどの薬液を用いた造孔材料のエッチングプロセスでも、触媒層膜厚、形状、触媒層中の組成比や、触媒積層体10の構造を調整できる。
【0049】
また、造孔材を除去後、必要に応じて熱処理など後処理を実施することによっても触媒積層体10の構造の調整が可能で、これら積層体構造を恣意的に調整することによって、触媒活性と耐久性を向上させることが可能となる(工程3)。
【0050】
例えば、硝酸や塩酸、硫酸等の酸水溶液もしくは水酸化ナトリウムや水酸化カリウム、アンモニア等のアルカリ水溶液で時間と濃度、温度をパラメータとして洗浄することで、Rm(A1)およびRm(A2)の制御が可能となる。
【0051】
また、スパッタ後の触媒層の結晶構造がアモルファス状の場合もあるが、熱処理により結晶構造を配向させ、さらに触媒活性と耐久性を向上させることも出来る。
今まで酸化物系の触媒積層体10の作製方法を説明したが、酸化物を含まない触媒積層体10を作製する場合は、スパッタ時の環境に酸素を用いない以外、同様の方法で作製することができる。
【0052】
また、触媒積層体10のうち1層は貴金属と貴金属酸化物と非貴金属を含むが、他の層では貴金属と非貴金属のみといったように、層ごとに異なる組成を持たせた触媒積層体10も、スパッタ環境を変えることで同様に作製することができる。
【0053】
基材によっては触媒積層体10を直接形成する場合が多いが、直接形成するプロセスによって、触媒積層体10と基材との間に緻密な界面層の形成が可能であり、基材保護層として基材の劣化を大幅に抑制することが可能である。
【0054】
本実施形態に係るMEA20は、
図7中の第1および第2の触媒積層体21A、22Aの少なくとも一方として前述の触媒積層体10を用いて、電解質膜23と結合させることで作製する。
【0055】
一般的に加熱・加圧して触媒積層体10と電解質膜23を接合させ、MEA20を作製する。ME20の両極は共に触媒積層体10の形成基材がガス拡散層の場合は触媒積層体21Aと触媒積層体22Aを含む電極で電解質膜23を挟んで
図7に示すように積層し、接合することによりMEA20が得られる。触媒積層体10の形成基材が転写用基材の場合は、加熱・加圧して転写用基材から触媒積層体10を電解質膜23に転写してから、触媒積層体10の上にガス拡散層を配置して、対極と接合させてMEA20を作製することができる。
【0056】
上記のような各部材の接合は、一般的には、ホットプレス機を使用して行われる。プレス温度は、第1の電極21、第2の電極22および電解質膜23において結着剤として使用される高分子電解質のガラス転移温度より高い温度であり、一般的には、100℃以上300℃以下である。プレス圧とプレス時間は、第1の電極21、第2の電極22の硬さに依存するが、一般的には、圧力が5kg/cm
2以上200kg/cm
2以下であり、時間が5秒から20分である。
【0057】
なお、触媒積層体10と電解質膜23との接合は以下のようなプロセスを採用しても良い。触媒積層体10付き基材の上に電解質膜23を形成し、その上に対極の触媒積層体10を付ける。基材はガス拡散層であればそのままMEA20として使用できる。基材は転写用基材である場合はガス拡散層を入れ替えてからMEA20として使用する。
本実施形態が提供するMEAは、第1の実施形態に係る触媒積層体を備えることで、強度および物質輸送効率を確保し、少ない貴金属量でも十分な耐久性と水電解性能を提供することができる。
【0058】
(第3の実施形態)
第3の実施形態によれば、第2の実施形態に係るMEAを備える電気化学セルが提供される。
【0059】
図9は本実施形態にかかる電気化学セル300の構成を示す。MEAは、第1の電極31として基材31Bの上に触媒積層体31Aが形成され、第2の電極32として基材32Bの上に触媒積層体32Aが形成され、電解質膜33を挟んだ構成となっている。このMEAの両側に、ガスケット34、35を介して、集電板36、37と締め付け板38、39を取り付け、適当な圧力で締め付けることによって電気化学セル300を作製する。
【0060】
本実施形態に係る電気化学セルは第2の実施形態に係るMEAを備えることで、少ない貴金属量でも十分な耐久性と水電解性能を提供することができる。
【0061】
(第4の実施形態)
本実施形態によれば、スタックが提供される。本実施形態に係るスタック400は、第3の実施形態に係る電気化学セルを備える。
【0062】
図10は本実施形態にかかるスタックの構成を示す。スタック400は、電気化学セル41を複数個、直列に接続した構成である。電気化学セルの両端に締め付け板42を取り付け、適当な圧力で締め付けることによってスタックを作製する。
【0063】
本実施形態に係るスタックは、第3の実施形態に係る電気化学セルを備えることで、少ない貴金属量でも十分な耐久性と水電解性能を提供することができる。一枚のMEA200からなる水電解用セル300での水素生成量は少ないため、水電解用セル300(41)を複数、直列に接続したスタック400を構成すると、大量の水素を得ることができる。
【0064】
(第5の実施形態)
図11は、第5の実施形態の水電解装置を示す図である。
第5の実施形態は、水電解装置500には、スタック400が用いられる。
図9に示すように水電解用セルを直列に積層したものを水電解用スタック400として用いる。水電解用スタック400には、電源51が取り付けられ、アノードカソード間に電圧が印可される。水電解用スタック400のアノード側には、発生したガスと未反応の水を分離する気液分離装置52、混合タンク53がつながっており、混合タンク53には、水を供給するイオン交換水製造装置54からポンプ55で送液し、気液分離装置52から逆止弁56を通して、混合タンク53で混合してアノードへ循環させる。アノードで生成した酸素は、気液分離装置52を経て、酸素ガスが得られる。一方、カソード側には、気液分離装置57に連続して水素精製装置58を接続して、高純度水素を得る。水素精製装置58と接続した弁59を有する経路を経て不純物が排出される。運転温度を安定に制御するためスタックおよび混合タンクの加熱や、熱分解時の電流密度等の制御することができる。水電解装置500は、スタック400の他にMEA200や電気化学セル300を用いることが出来る。
【0065】
本実施形態に係る水電解装置は、第4の実施形態に係るスタックを備えることで、少ない貴金属量でも十分な耐久性と水電解性能を提供することができる。
【0066】
(第6の実施形態)
図12は、第6の実施形態の水素利用システム600を示す図である。
第6の実施形態では、水電解装置500が用いられる。
図12に示すように太陽光発電や風力発電などの電力源61からの電力を水電解装置500で水素ガスに変換する。さらに水素ガスは直接的に水素発電装置62もしくは水素ガスタンク63を経由して水素発電装置62に供給される。水素発電装置62では空気と反応することで電気に変換され、駆動装置64の電力として使用することができる。尚、水素発電装置は62、水素ガスタービンや燃料電池などを挙げることができ、駆動装置64としては車や家電器具、産業用装置などが挙げられる。本発明の電極を用いることで、消費電力が少なくかつ耐久性の高い第6の実施形態の水素利用システムの構築が可能になる。
【0067】
(第7の実施形態)
図13は、第7の実施形態の水素利用システム700を示す図である。
第7の実施形態では、水電解による水素製造および発電が切り替わる可逆燃料電池(Unitized Regenerative Fuel Cell:URFC)を搭載している。可逆燃料電池用に水電解スタック400が用いられる。
図13に示すように水電解用セル300を直列に積層したものを水電解用スタック400として用いる。水電解用スタック400には、太陽光発電や風力発電などの電力源71が取り付けられ、水素製造モードではアノードカソード間に電圧が印可される。水電解用スタック400のアノード側には、発生したガスと未反応の水を分離する気液分離装置72、混合タンク73aがつながっており、混合タンク73aには、水を供給するイオン交換水製造装置74からポンプ75aで送液し、気液分離装置72から逆止弁75bを通して、混合タンク73aで混合してアノードへ循環させる。アノードで生成した酸素は、気液分離装置72を経て、酸素ガスが得られる。一方、カソード側には、気液分離装置76に連続して水素精製装置77を接続して、高純度水素を得る。高純度水素ガスは水素ガスタンク73bに蓄えられる。気液分離装置76と接続した弁78を有する経路を経て不純物が排出される。
【0068】
他方、発電モードでは水素タンク73bに蓄えられた高純度水素が水電解スタック400に供給され、外部の空気と反応することで、燃料電池反応によって電気に変換され、駆動装置79の電力として使用することができる。駆動装置79としては車や家電器具、産業用装置などが挙げられる。本発明の電極を用いることで、小型コンパクトであり、消費電力が少なくかつ耐久性の高い実施形態7の水素利用システムの構築が可能になる。
【0069】
(実施例)
以下、実施例および比較例を説明する。
【0070】
(実施例1)
<電極の作製>
(PEEC標準カソード)
基材として、厚みが25μmの炭素層を有するカーボンペーパーToray060(東レ社製)を用意した。この基材上に、Pt触媒のローディング密度0.1mg/cm
2になるように、スパッタリング法により空隙層を含む積層構造を持つ触媒層を形成し、多孔質触媒層を有する電極を得た。この電極は実施例および比較例の標準カソードとして使用した。
【0071】
(PEECアノード作製)
基材として、チタンメッシュ基材を用意した。
この基材上に、反応性スパッタ法により、貴金属と非貴金属、もしくはそれらの酸化物の混合体からなる触媒前駆体の積層体を得た。成膜にあたっては、前駆体各層の貴金属と非貴金属の組成比、酸素原子と金属原子の組成比、層数、層厚において所望の値が得られるように、貴金属と非貴金属の同時スパッタ時の出力(W)およびスパッタ時間(s)を表1の通り調整した。
【0072】
詳しく述べると、酸素-アルゴン中で貴金属IrのRF出力を100W、非貴金属のNiのDC出力を750Wとして180秒間スパッタを行う。続いてIrのRF出力を25W、NiのDC出力を50Wとして180秒間スパッタを行う。さらに貴金属IrのRF出力を100W、非貴金属のNiのDC出力を750Wとして180秒間スパッタを行う。続いてIrのRF出力を25W、NiのDC出力を50Wとして180秒間スパッタを行う。これらを所望のIr量が得られるまで繰り返し行う。
【0073】
スパッタ後、エッチングによりNiの一部を除去し、所望の値を得るようにエッチングの時間を調整する。IrとNiの混合体である触媒凝集体のA1層とA2層の積層体を作製、その後熱処理を施し触媒積層体からなる電極を得る。貴金属触媒量はすべて0.1mg/cm
2である。
【0074】
各電極から適宜必要なサイズを切り出し、触媒積層体中の各膜厚および原子組成分率をEDSライン分析で求めた。測定方法は第1の実施形態で説明した通りである。
作製した電極の分析結果を表2に示した。また、実施例1の断面HAADF像からピラーを確認した。
【0075】
<PEEC用MEAの作製>
上記PEEC標準カソードと各アノードから5cm×5cmの正方形の切片を切り取った。標準カソード、電解質膜(ナフィオン115(デュポン社製))とアノードをそれぞれ合わせて、熱圧着して接合することにより各種PEEC用MEAを得た。
【0076】
<PEEC単セルの作製>
得られたMEAを流路が設けられている二枚のセパレータの間にセッティングし、PEEC単セル(電気化学セル)を作製した。
【0077】
<触媒評価>
触媒の評価は、MEA化して評価用電気化学セルに組み込み、セル温度を80℃に設定、アノードに水を供給しながら2A/cm
2で連続運転し、50h経過後に初期セル電圧を測定、この電圧を性能の指標とした。
【0078】
この時の評価基準は、1.9V未満…A、1.9〜2.0V…B、2.0Vより大きい場合…C、である。
また、5A/cm
2において連続運転を行いながらセル電圧を測定、初期電圧の110%に上昇した時点の運転時間を耐久時間とした。この時の評価基準は耐久時間が、200時間未満…C、200−2000時間…B、2000時間より大きい…Aである。結果を表2に示した。
【0079】
(実施例2〜11)
実施例1と同様に反応スパッタ法により触媒積層体を作製した。その際の条件は表1の通りである。結果は表2のとおりである。
【0080】
(比較例1〜11)
実施例1と同様に反応スパッタ法により触媒積層体を作製した。その際の条件は表1の通りである。結果は表2のとおりである。
【0083】
表2より、実施例1〜11のMEAを組み込んだ単セルは、比較例1〜11のMEAを組み込んだ単セルと比較すると、電解電圧(V)が低く、耐久性も高い。
【0084】
また、A1層の平均厚みがA2層の平均厚みよりも厚く、A1層が4nm以上35nm以下、A2層は2nm以上34nm以下の範囲、Rm(A1)が0.10以上1.0以下の範囲、Rm(A2)が0.01以上0.45以下の範囲、Rm(A1)>Rm(A2)のとき、電圧および耐久性の両方が良いことがわかる。
【0085】
さらに、実施例1のIrとNiの反応性スパッタで前駆体を作製する条件において、貴金属量がIr30%、Ru70%となるターゲットを用いてスパッタ出力を調整し、IrRu、Niの同時スパッタを行った。スパッタの条件は表3に示す(実施例12〜22、比較例12〜23)。こうして同時スパッタを行った試料について、実施例1と同じ酸処理と熱処理を行い、MEA化して評価セルで電解性能を評価した。得られた結果を表4に示す。
尚、Ruを入れることで、触媒活性が50mV程度向上することから、この時の評価基準は、1.85V未満…A、1.85〜1.95V…B、1.95Vより大きい場合…C、とした。耐久時間評価は前述のとおり行った。結果、実施例1と同等の性能が得られた。
【0088】
以上のように、いくつか説明した本実施形態によれば、少ない貴金属量で、長期の稼動においても、構造的に安定で、高い耐久性を有した触媒積層体、膜電極複合体を提供できる。同時に、この触媒層積層体、膜電極複合体を採用した電気化学セル、スタック及び水電解装置は、高い安定性と高い耐久性を発揮することができる。
【0089】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。