(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0017】
(一般的な放射測温法の問題点について)
本発明の実施形態に係る温度測定装置及び温度測定方法について説明するに先立ち、一般的な放射測温法の問題点について、
図1〜
図3を参照しながら具体的に説明する。
図1は、放射測温法について説明するための説明図であり、
図2は、観測される光量の減衰と演算温度との関係を示した説明図であり、
図3は、吸収体の一例である水の分光吸収係数の波長依存性を示した説明図である。
【0018】
図1に、水などの吸収体や、水蒸気・湯気などの散乱体に起因する光路上の減光を伴う放射測温の状況を模式的に示した。また、真の温度が800℃であり、分光放射率が0.83である測定対象物を、観測波長750nmの単色放射温度計で測温した場合において、上記のような吸収体や散乱体により熱放射光が減衰して観測されることに起因する見かけの温度を、プランクの黒体放射式に則して演算した。得られた演算結果を
図2に図示した。
【0019】
ここで、波長750nmは、吸収体の一例である水に対しては透明であるものの、例えば鋼材等の測定対象物上に水膜が存在すれば、水の界面反射に起因して7%程度の減衰があり、界面反射による減衰に起因する測温誤差は約5℃になる。更に、水蒸気や湯気(すなわち、ミスト)中での光散乱で光量が半減する状況になれば、
図2から明らかなように、40℃に達する測定誤差が生じることとなる。このように、単色放射温度計による単色放射測温は、特に熱放射光の光路上で生じる減衰に対して誤差要因が内在する。
【0020】
また、放射測温法には、単色放射温度計ではなく2色放射温度計を用いて測温を行う方法も存在する。この2色放射温度計を用いる測温方法は、2つの波長の分光放射率が互いに同一であるとして、分光放射輝度の比(二色比)から温度を求める方法である。かかる2色放射温度計を利用した方法は、水の吸収による減光が2つの波長間で同じであれば有効な測温方法であるが、以下に述べる理由でその前提が成り立たない。すなわち、水の分光透過率には、
図3に示したように強い波長依存性があり、例えば、真の温度が800℃、水膜の厚みが10mmとして後述する2色比の温度関数と水の分光透過特性データとを用いると、波長750nmと850nmの2波長では24℃の測温誤差が生じ、波長750nmと950nmの2波長では98℃の測温誤差が生じてしまう。また、水が透明であり、かつ、測定対象物が観測できる放射を発している赤色付近の狭い波長帯域で2色測温法を実施しようとすると、近接した2波長を使うことになり、二色比の温度変化が小さく測温精度が得られないという問題がある。
【0021】
なお、上記説明では、測定対象物である鋼材上に存在する吸収体として水を例に挙げたが、水以外にも、ガラスや、鋼材上に存在する溶液や、鋼材上に存在する油脂・樹脂なども、近赤外帯域において分光吸収率が一様ではなく(すなわち、強い波長依存性を示し)、吸収体として機能してしまう。
【0022】
また、放射測温法の測定対象物と放射温度計との光路上に吸収体及び散乱体が存在するという状況は、上記のような連続鋳造工程等といった鉄鋼製造プロセスのみならず、他の様々な測定環境においても生じうる状況である。
【0023】
このように、測定対象物と放射温度計とを結ぶ光路上に、吸収体や散乱体が存在する箇所では、一般的な放射測温技術では十分な精度が得られないという問題がある。
【0024】
(本発明者らが得た知見について)
以上説明したような問題について、本発明者らが鋭意検討した結果、測定対象物の熱放射光を互いに異なる3種類の波長で観測することで、測定対象物の温度、熱放射光を吸収する吸収体の厚み、及び、散乱体による散乱減衰量という3つの未知数を、演算で求めることができることに想到し、以下で詳細に説明する知見を得ることができた。
【0025】
以下では、本発明の実施形態に係る温度測定装置及び温度測定方法で用いられる、3種類の波長の分光放射輝度観測値から、測定対象物の温度を演算する手法について、詳細に説明する。
【0026】
いま、測定対象物の温度をT[℃]とし、放射温度計により観測する3種類の波長をλn(n=1,2,3)とする。かかる場合において、各波長における分光放射輝度L
b(λ
n)は、以下の式(1)のように表わされる。
【0028】
ここで、上記式(1)において、
c
1:黒体放射の第1定数、1.19×10
20[W・m
−2・nm
4]
c
2:黒体放射の第2定数、1.44×10
7[nm・K]
β:散乱体による散乱に起因する見かけの透過率
τ
n:波長λ
nにおける吸収体の分光透過率
ε
n:波長λ
nにおける分光放射率
である。
【0029】
ここで、測定対象物と放射温度計との間の光路上に存在する湯気や水蒸気(ミスト)は、近赤外帯域の波長より直径が大きな散乱体である。かかる場合に、熱放射光は、Mie散乱と呼ばれる散乱現象により散乱されるため、上記式(1)における変数βは、波長によらず一定であると考えることができる。すなわち、近赤外帯域では、散乱体の散乱特性は、波長依存性が無く一様であると考えることができる。
【0030】
一方、吸収体である水の分光透過率は、界面反射損失による透過率τ
0と、水内部のランベルト・ベールの法則に従う透過率との積として、下記の式(2)で記述される。なお、下記式(2)において、α
nは波長λ
nにおける分光吸収係数であり、tは水の厚みである。
【0032】
次に、散乱体による散乱に起因して熱放射光が減衰する効果を表した項を消去するため、上記式(1)を、2種類の二色比の式に変形すると、以下の式(3)及び(4)を得ることができる。ここで、二色比とは、観測されたある一つの波長における分光放射輝度を他の波長における分光放射輝度で除することで得られる、分光放射輝度の比である。
【0034】
ここで、上記式(3)及び式(4)におけるR
1(T)及びR
2(T)は、二色比と温度とを対応付ける指数関数であり、上記式(1)を利用して上記式(3)及び式(4)の左辺を展開することで、以下の式(5)及び式(6)のように表すことができる。
【0036】
しかしながら、理論式(1)から導出されるR
1(T)及びR
2(T)は、上記式(5)及び式(6)から明らかなように、複雑な形を有している。そのため、上記式(5)及び式(6)に代えて、以下の式(7)及び式(8)に示した多項式近似による近似式(実験式)を用いることも可能である。
【0038】
ここで、上記式(7)及び式(8)において、a
2〜a
0及びb
2〜b
0は、多項式の係数である。また、係数a
2〜a
0及びb
2〜b
0は、観測波長と測定対象物の温度域とで定まる定数であるため、事前に実測したりシミュレーションを行ったりすることで、特定することができる。
【0039】
ここで、測定対象物の熱放射光を観測することで得られる、波長λ
1、λ
2、λ
3の分光放射輝度をそれぞれL
1、L
2、L
3とすると、L
1をL
2で割った二色比が上記式(3)式に等しくなり、L
1をL
3で割った二色比が上記式(4)式に等しくなる。すなわち、下記の式(9)及び式(10)で表される関係が成立する。
【0041】
従って、関係式R
1(T)及びR
2(T)の具体的な関数形として、上記式(7)及び式(8)で表される多項式近似の近似式を利用したとすると、上記式(9)及び式(10)は、下記の式(11)及び式(12)のようになる。ここで、下記の式(11)及び式(12)において、E
1及びE
2は、下記の式(13)及び式(14)である。
【0043】
ここで、上記式(11)〜式(14)において、吸収体の分光吸収係数α
1、α
2、α
3は、光路上に存在しうる吸収体を単独で事前に測定することで、予め把握することができる。また、関係式R
1(T)及びR
2(T)は、式(5)及び式(6)に示したものを使用するのであれば、具体的な関数形を事前に算出しておくことが可能であるし、式(7)及び式(8)に示したものを使用するのであれば、事前のシミュレーションや実測により具体的な関数形を特定することが可能である。
【0044】
上記式(13)及び式(14)における分光放射率ε
1、ε
2、ε
3に関しては、分光放射率ε
1、ε
2、ε
3を事前に実測したりシミュレートしたりして特定しておくか、又は、観測波長帯域においてε
1=ε
2=ε
3が成立すると仮定することにより、上記E
1及びE
2が定数となる。すると、上記式(11)及び式(12)における未知数は、測定対象物の温度Tと、水などの吸収体の厚みtの2つとなる。そのため、上記式(11)及び式(12)を連立方程式として取り扱うことで、測定対象物の温度Tを算出することが可能となる。
【0045】
ここで、測定対象物の温度T及び吸収体の厚みtを未知数とする連立方程式の解法は、特に限定されるものではなく、例えば、解析的に解ける場合には解析的に解いてもよいし、数値演算により求解してもよいし、最適値問題として求解してもよい。
【0046】
本発明者らは、以上説明したような知見を得た上で更なる検討を行った結果、以下で説明するような、本発明の実施形態に係る温度測定装置及び温度測定方法に想到したのである。
【0047】
(実施形態)
<温度測定装置の構成について>
続いて、
図4A及び
図4Bを参照しながら、本発明の実施形態に係る温度測定装置10の全体構成について詳細に説明する。
図4A及び
図4Bは、本実施形態に係る温度測定装置10の全体的な構成の一例を示した説明図である。
【0048】
本実施形態に係る温度測定装置10は、測定対象物が温度に応じて発する近赤外帯域の熱放射光を、近赤外帯域において分光吸収係数に波長依存性を有する吸収体、及び、近赤外帯域において分光吸収係数に波長依存性を有しない散乱体の双方が光路上の少なくとも一部に存在している状態で検出し、熱放射光の放射輝度の検出結果に基づいて測定対象物の温度を測定する装置である。ここで、近赤外帯域において分光吸収係数に波長依存性を有する吸収体としては、例えば、水、油脂、溶液、ガラス又は樹脂の少なくとも何れかを挙げることができる。この温度測定装置10は、例えば
図4Aに示したように、測定部101と、演算処理部103と、記憶部105と、を主に備える。
【0049】
測定部101は、例えば高温の状態にある鋼材など、主に、可視光帯域〜近赤外帯域(例えば、800nm〜1400nmの帯域)に属する熱放射光を発している測定対象物に関して、発せられている熱放射光(観測光)の大きさを測定する。この際、測定部101は、測定対象物の熱放射光を、3種類の波長でそれぞれ測定し、これら3種類の波長における熱放射光の放射輝度の検出結果を示した測定データを生成する。
【0050】
ここで、3種類の波長のうち少なくとも2種類は、吸収体の分光吸収係数に波長依存性を有する帯域から選択される。
【0051】
この測定部101は、例えば放射温度計における各種レンズ/レンズ群や光検出器などのセンサ等から構成される光学系に対応するものである。測定部101のより詳細な構成については、以下で改めて説明する。
【0052】
測定部101は、測定対象物の熱放射光の大きさを測定して、熱放射光の放射輝度の検出結果を示した測定データを生成すると、生成した測定データを後述する演算処理部103に出力する。
【0053】
演算処理部103は、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、入力装置、出力装置、通信装置等により実現される。演算処理部103は、測定部101により実施される測定処理の統括的な制御を行う。また、演算処理部103は、測定部101により測定された測定データに基づいて、測定対象物の温度を算出するための演算処理を実施する。より詳細には、演算処理部103は、測定部101により生成された3種類の波長に対応する測定データと、先だって説明したようなプランクの黒体放射式から導出される、分光放射輝度と温度との間の関係式とに基づいて、測定対象物の温度を算出する。演算処理部103により算出された測定対象物の温度に関する情報は、表示画面等を介して画像として出力されたり、プリンタ等を介して印刷物として出力されたり、データそのものとして出力されたりする。
【0054】
なお、かかる演算処理部103の詳細な構成については、以下で改めて詳述する。
【0055】
記憶部105は、例えば本実施形態に係る温度測定装置10が備えるRAMやストレージ装置等により実現される。記憶部105には、着目する吸収体の分光吸収係数や、過去の操業データ等を解析することにより得られる測定対象物の分光放射輝度や、上記の連立方程式における様々な定数などといった各種のパラメータやデータ等が格納される。また、これらのデータ以外にも、記憶部105には、本実施形態に係る温度測定装置10が、何らかの処理を行う際に保存する必要が生じた様々なパラメータや処理の途中経過等、または、各種のデータベースやプログラム等が、適宜記録される。この記憶部105は、測定部101及び演算処理部103等が、自由にデータのリード/ライト処理を行うことが可能である。
【0056】
これら測定部101、演算処理部103及び記憶部105は、
図4Aに模式的に示したように、例えば放射温度計の一機能として一つの測定機器の内部に実現されていてもよい。また、上記測定部101、演算処理部103及び記憶部105は、例えば
図4Bに示したように、複数の機器に分散して実装されていてもよい。
図4Bに示した例では、例えば放射温度計として機能する測定ユニットの内部に、測定部101及び記憶部105の機能が実現されており、パーソナルコンピュータ、各種サーバ、各種プロセスコンピュータなどといった演算処理装置の内部に、演算処理部103及び記憶部105の機能が実現されている場合を図示している。なお、
図4Bにおいて、記憶部105は測定ユニット及び演算処理装置のそれぞれに記憶部105a,105bとして実現されているが、記憶部105は、測定ユニットの内部のみに実現されていてもよいし、演算処理装置の内部にのみ実現されていてもよい。
【0057】
<測定部101の構成例について>
続いて、
図5を参照しながら、本実施形態に係る測定部101の構成例を簡単に説明する。
図5は、本実施形態に係る測定部101の構成例を模式的に示した説明図である。
【0058】
先だって説明したように、本実施形態に係る測定部101は、放射温度計における光学系に対応するものである。かかる測定部101は、
図5に例示したように、測定対象物からの熱放射光を後述する光検出器等のセンサ113に導光するレンズ111と、レンズ111により導光された熱放射光を検出するセンサ113と、を主に備える。また、測定部101は、センサ113に導光される熱放射光の波長を選択するための波長選択フィルタ115を更に備えている。
【0059】
ここで、
図5において、レンズ111は、1つのレンズを用いて模式的に図示されているが、レンズ111は、複数のレンズから構成されるレンズ群であってもよい。また、レンズ111に用いられるレンズは特に限定されるものではなく、球面レンズや非球面レンズなどといった公知の光学素子を適宜利用することが可能である。
【0060】
センサ113は、レンズ111により導光された測定対象物からの熱放射光の分光放射輝度を、予め設定された3つの波長(観測波長)のそれぞれで検出し、得られた輝度信号のデータを生成する。その後、センサ113は、得られた輝度信号を、演算処理部103に出力する。かかる輝度信号が、熱放射光の放射輝度の検出結果を示した測定データに対応するものである。
【0061】
センサ113については特に限定されるものではなく、熱放射光の検出を行う上記のような3種類の波長に適したものであれば、公知のものを使用可能である。このようなセンサ(光検出器)の例としては、例えば、Siを用いた検出素子や、InGaAsを用いた検出素子などを挙げることができる。
【0062】
波長選択フィルタ115は、センサ113に導光される熱放射光の波長を選択し、特定の波長を有する熱放射光をセンサ113へと透過させるフィルタである。かかる波長選択フィルタ115については、予め設定された3つの波長(観測波長)の光を透過させることが可能なものであれば、公知のものを使用可能である。
【0063】
以上、
図5を参照しながら、本実施形態に係る測定部101の構成例を簡単に説明した。
【0064】
<演算処理部103の構成例について>
次に、
図6を参照しながら、本実施形態に係る演算処理部103の構成例について説明する。
図6は、本実施形態に係る演算処理部103の構成例を示したブロック図である。
【0065】
本実施形態に係る演算処理部103は、
図6に例示したように、測定制御部121と、データ取得部123と、温度算出部125と、結果出力部127と、表示制御部129と、を主に備える。
【0066】
測定制御部121は、例えば、CPU、ROM、RAM、入力装置、出力装置、通信装置等により実現される。測定制御部121は、本実施形態に係る温度測定装置10の機能を統括的に制御する処理部である。また、測定制御部121は、先だって説明したような3種類の波長における測定対象物からの熱放射光を測定するように、測定部101の動作を制御する。更に、測定制御部121は、必要に応じて、温度算出部125に対して、熱放射光の測定条件などといった各種設定値を出力することも可能である。
【0067】
データ取得部123は、例えば、CPU、ROM、RAM、通信装置等により実現される。データ取得部123は、測定部101によって生成された3種類の波長における輝度信号を取得し、後述する温度算出部125へと出力する。また、データ取得部123は、取得した3種類の波長における輝度信号に、当該輝度信号を取得した日時等に関する時刻情報を関連づけて、履歴情報として記憶部105に格納してもよい。
【0068】
温度算出部125は、例えば、CPU、ROM、RAM等により実現される。温度算出部125は、データ取得部123から出力された3種類の波長における輝度信号を利用して、第1の波長〜第3の波長のうち何れか一つの波長での輝度信号を、残りの2つの波長のうちの何れかの輝度信号で除した二色比(換言すれば、分光放射輝度の比)を2種類算出する。また、温度算出部125は、算出した2種類の二色比と、予め取得した3種類の波長における分光吸収係数と、3種類の波長における測定対象物の分光放射率が等しいという仮定、又は、予め取得した3種類の波長における測定対象物の分光放射率と、二色比と温度との間の関係式とに基づいて、測定対象物の温度を算出する。
【0069】
ここで、予め取得した3種類の波長における測定対象物の分光放射率は、3種類の波長における測定対象物の分光放射率が互いに等しいという仮定が成立しない場合に用いられても良いし、当該仮定が成立している場合においても用いられても良い。ただ、3種類の波長における測定対象物の分光放射率が互いに等しい(又は等しいとみなすことができる)場合には、実施される演算の演算コストを削減することができるため、予め取得した3種類の波長における測定対象物の分光放射率を利用しない方が良い。
【0070】
より詳細には、温度算出部125は、算出した2種類の二色比を用い、上記知見において示した式(9)及び式(10)の関係式を利用して、連立方程式を解くことによって、測定対象物の温度を算出する。この際に、温度算出部125は、式(9)及び式(10)における関係式R
1(T)及びR
2(T)として、式(5)及び式(6)に示したような理論式を利用しても良いし、式(7)及び式(8)に示したような近似式を利用しても良い。
【0071】
なお、温度算出部125が2種類の二色比を算出する際に、3種類の波長の測定データのうち、いずれの測定データを式(9)及び式(10)の左辺における分子とし、いずれの測定データを分母として演算を行うかについては、特に限定するものではなく、演算処理中において基準とする測定データを変更しないようにしておけばよい。
【0072】
また、温度算出部125は、以上説明したような3種類の輝度信号から2種類の二色比Rを導出する過程を経て温度を算出するのではなく、3種類の観察波長それぞれについて成立する3種類の式(1)を利用して、温度を直接算出することもできる。すなわち、3種類の波長λ
1、λ
2、λ
3における放射率εが既知であれば、温度T、水膜の厚みt及び散乱体透過率βの3つの未知数に対して、観察波長ごとに独立した上記式(1)が3つ存在することとなる。そのため、かかる3種類の式(1)を連立させて連立方程式の解を求めることで、温度Tを算出することができる。更に、3種類の波長λ
1、λ
2、λ
3における放射率εが未知であったとしても、波長λ
1での放射率εと波長λ
2での放射率εと波長λ
3での放射率εとが互いに等しければ、同様に、3種類の式(1)を連立させて、温度Tを直接算出することが可能である。
【0073】
温度算出部125は、上記のようにして算出した測定対象物の温度Tに関する情報を、後述する結果出力部127に出力する。
【0074】
結果出力部127は、例えば、CPU、ROM、RAM、出力装置、通信装置等により実現される。結果出力部127は、温度算出部125から出力された測定対象物の温度Tに関する情報を、温度測定装置10のユーザに出力する。具体的には、結果出力部127は、温度の測定結果に対応するデータを、当該データが生成された日時等に関する時刻データと関連づけて、各種サーバや制御装置に出力したり、プリンタ等の出力装置を利用して、紙媒体として出力したりする。また、結果出力部127は、判定結果に対応するデータを、外部に設けられたコンピュータ等の各種の情報処理装置に出力してもよいし、各種の記録媒体に出力してもよい。
【0075】
また、結果出力部127は、温度の測定結果に対応するデータを、温度測定装置10に設けられたディスプレイ等の出力装置や、外部に設けられた各種機器の有するディスプレイ等に出力する際には、後述する表示制御部129と連携して判定結果を出力する。
【0076】
表示制御部129は、例えば、CPU、ROM、RAM、出力装置、通信装置等により実現される。表示制御部129は、温度の測定結果に対応するデータをディスプレイ等の各種表示装置に表示させる際の表示制御を行う。これにより、温度測定装置10のユーザは、測定対象物の温度に関する測定結果を、その場で把握することが可能となる。
【0077】
以上、本実施形態に係る演算処理部103の機能の一例を示した。上記の各構成要素は、汎用的な部材や回路を用いて構成されていてもよいし、各構成要素の機能に特化したハードウェアにより構成されていてもよい。また、各構成要素の機能を、CPU等が全て行ってもよい。従って、本実施形態を実施する時々の技術レベルに応じて、適宜、利用する構成を変更することが可能である。
【0078】
なお、上述のような本実施形態に係る演算処理部の各機能を実現するためのコンピュータプログラムを作製し、パーソナルコンピュータ等に実装することが可能である。また、このようなコンピュータプログラムが格納された、コンピュータで読み取り可能な記録媒体も提供することができる。記録媒体は、例えば、磁気ディスク、光ディスク、光磁気ディスク、フラッシュメモリなどである。また、上記のコンピュータプログラムは、記録媒体を用いずに、例えばネットワークを介して配信してもよい。
【0079】
以上、
図4A〜
図6を参照しながら、本実施形態に係る温度測定装置10の構成について、詳細に説明した。
【0080】
<温度測定方法の流れについて>
続いて、
図7を参照しながら、本実施形態に係る温度測定装置10で実施される温度測定方法の流れの一例について、簡単に説明する。
図7は、本実施形態に係る温度測定方法の流れの一例を示した流れ図である。
【0081】
図7に例示したように、本実施形態に係る温度測定方法では、まず、温度測定装置10の測定部101が、演算処理部103の測定制御部121による制御のもとで、上記のような3つの波長(より詳細には、吸収体の分光吸収係数が波長依存性を示す2つの波長を少なくとも含む3つの波長)で測定対象物からの熱放射光を測定する(ステップS101)。これにより、測定部101は、検出した熱放射光の強さ(すなわち、分光放射輝度)に関する輝度信号を3種類生成して、演算処理部103に出力する。
【0082】
次に、演算処理部103のデータ取得部123は、測定部101から出力された3種類の波長での分光放射輝度の輝度信号を取得し、温度算出部125に出力する。
【0083】
温度算出部125は、取得した3波長での輝度信号を利用し、2種類の二色比Rを算出する(ステップS103)。また、温度算出部125は、上記式(5)〜式(14)に示したような二色比と温度との関係を示した関係式と、予め取得した3種類の波長における分光吸収係数と、3種類の波長における測定対象物の分光放射率が等しいという仮定、又は、予め取得した3種類の波長における測定対象物の分光放射率と、算出した2種類の二色比とに基づいて、得られる2種類の関係式を連立することで測定対象物の温度Tを算出する(ステップS105)。その後、温度算出部125は、算出した測定対象物の温度Tに関する情報を、結果出力部127に出力する。
【0084】
結果出力部127は、温度算出部125により算出された測定対象物の温度を出力する(ステップS107)。これにより、温度測定装置10のユーザは、測定対象物の温度Tに関する情報を把握することが可能となる。
【0085】
以上、
図7を参照しながら、本実施形態に係る温度測定方法の流れについて、簡単に説明した。
【0086】
(ハードウェア構成について)
次に、
図8を参照しながら、本発明の実施形態に係る温度測定装置10のハードウェア構成について、詳細に説明する。
図8は、本発明の実施形態に係る温度測定装置10のハードウェア構成を説明するためのブロック図である。
【0087】
温度測定装置10は、主に、CPU901と、ROM903と、RAM905と、を備える。また、温度測定装置10は、更に、ホストバス907、ブリッジ909、外部バス911、インターフェース913、測定部101、入力装置915、出力装置917、ストレージ装置919、ドライブ921、接続ポート923および通信装置925を備える。
【0088】
CPU901は、中心的な処理装置及び制御装置として機能し、ROM903、RAM905、ストレージ装置919、又は、リムーバブル記録媒体927に記録された各種プログラムに従って、温度測定装置10内の動作全般又はその一部を制御する。ROM903は、CPU901が使用するプログラムや演算パラメータ等を記憶する。RAM905は、CPU901が使用するプログラムや、プログラムの実行において適宜変化するパラメータ等を一次記憶する。これらはCPUバス等の内部バスにより構成されるホストバス907により相互に接続されている。
【0089】
ホストバス907は、ブリッジ909を介して、PCI(Peripheral Component Interconnect/Interface)バスなどの外部バス911に接続されている。
【0090】
測定部101は、上記のように、測定対象物からの熱放射光を検出して、分光放射輝度の大きさを測定する。
【0091】
入力装置915は、例えば、マウス、キーボード、タッチパネル、ボタン、スイッチ及びレバーなどユーザが操作する操作手段である。また、入力装置915は、例えば、赤外線やその他の電波を利用したリモートコントロール手段(いわゆる、リモコン)であってもよいし、温度測定装置10の操作に対応した携帯電話やPDA等の外部接続機器929であってもよい。さらに、入力装置915は、例えば、上記の操作手段を用いてユーザにより入力された情報に基づいて入力信号を生成し、CPU901に出力する入力制御回路などから構成されている。温度測定装置10のユーザは、この入力装置915を操作することにより、温度測定装置10に対して各種のデータを入力したり処理動作を指示したりすることができる。
【0092】
出力装置917は、取得した情報をユーザに対して視覚的又は聴覚的に通知することが可能な装置で構成される。このような装置として、CRTディスプレイ装置、液晶ディスプレイ装置、プラズマディスプレイ装置、ELディスプレイ装置及びランプなどの表示装置や、スピーカ及びヘッドホンなどの音声出力装置や、プリンタ装置、携帯電話、ファクシミリなどがある。出力装置917は、例えば、温度測定装置10が行った各種処理により得られた結果を出力する。具体的には、表示装置は、温度測定装置10が行った各種処理により得られた結果を、テキスト又はイメージで表示する。他方、音声出力装置は、再生された音声データや音響データ等からなるオーディオ信号をアナログ信号に変換して出力する。
【0093】
ストレージ装置919は、温度測定装置10の記憶部の一例として構成されたデータ格納用の装置である。ストレージ装置919は、例えば、HDD(Hard Disk Drive)等の磁気記憶デバイス、半導体記憶デバイス、光記憶デバイス、又は、光磁気記憶デバイス等により構成される。このストレージ装置919は、CPU901が実行するプログラムや各種データ、及び、外部から取得した各種データなどを格納する。
【0094】
ドライブ921は、記録媒体用リーダライタであり、温度測定装置10に内蔵、あるいは外付けされる。ドライブ921は、装着されている磁気ディスク、光ディスク、光磁気ディスク、又は、半導体メモリ等のリムーバブル記録媒体927に記録されている情報を読み出して、RAM905に出力する。また、ドライブ921は、装着されている磁気ディスク、光ディスク、光磁気ディスク、又は、半導体メモリ等のリムーバブル記録媒体927に記録を書き込むことも可能である。リムーバブル記録媒体927は、例えば、DVDメディア、HD−DVDメディア、Blu−ray(登録商標)メディア等である。また、リムーバブル記録媒体927は、コンパクトフラッシュ(登録商標)(CompactFlash:CF)、フラッシュメモリ、又は、SDメモリカード(Secure Digital memory card)等であってもよい。また、リムーバブル記録媒体927は、例えば、非接触型ICチップを搭載したICカード(Integrated Circuit card)又は電子機器等であってもよい。
【0095】
接続ポート923は、機器を温度測定装置10に直接接続するためのポートである。接続ポート923の一例として、USB(Universal Serial Bus)ポート、IEEE1394ポート、SCSI(Small Computer System Interface)ポート等がある。接続ポート923の別の例として、RS−232Cポート、光オーディオ端子、HDMI(High−Definition Multimedia Interface)ポート等がある。この接続ポート923に外部接続機器929を接続することで、温度測定装置10は、外部接続機器929から直接各種データを取得したり、外部接続機器929に各種データを提供したりする。
【0096】
通信装置925は、例えば、通信網931に接続するための通信デバイス等で構成された通信インターフェースである。通信装置925は、例えば、有線または無線LAN(Local Area Network)、Bluetooth(登録商標)、又は、WUSB(Wireless USB)用の通信カード等である。また、通信装置925は、光通信用のルータ、ADSL(Asymmetric Digital Subscriber Line)用のルータ、又は、各種通信用のモデム等であってもよい。この通信装置925は、例えば、インターネットや他の通信機器との間で、例えばTCP/IP等の所定のプロトコルに則して信号等を送受信することができる。また、通信装置925に接続される通信網931は、有線または無線によって接続されたネットワーク等により構成され、例えば、インターネット、家庭内LAN、赤外線通信、ラジオ波通信又は衛星通信等であってもよい。
【0097】
以上、本発明の実施形態に係る温度測定装置10の機能を実現可能なハードウェア構成の一例を示した。上記の各構成要素は、汎用的な部材を用いて構成されていてもよいし、各構成要素の機能に特化したハードウェアにより構成されていてもよい。従って、本実施形態を実施する時々の技術レベルに応じて、適宜、利用するハードウェア構成を変更することが可能である。
【実施例】
【0098】
以下では、実施例を示しながら、本発明の実施形態に係る温度測定装置及び温度測定方法について、具体的に説明する。なお、以下に示す実施例は、あくまでも本発明の実施形態に係る温度測定装置及び温度測定方法の一例であって、本発明の実施形態に係る温度測定装置及び温度測定方法が下記の例に限定されるものではない。
【0099】
本実施例では、測定対象物として、鉄鋼製造プロセスの連続鋳造工程における赤熱した鋼材を例にとるものとし、吸収体の一例である水、及び、散乱体の一例である水蒸気や湯気のそれぞれが、光路上に存在する場合について着目する。
【0100】
本実施例では、水の分光透過率の波長分布を測定するとともに、鉄鋼製造プロセスの連続鋳造工程での放射測温を想定した温度(二色比)や分光放射率を調査した。連続鋳造機から引き抜かれる鋼材の温度は、過去の操業データ等を参照すると、例えば、700〜1100℃である。かかる温度域であれば、おおよそ波長800nm以上を観測波長とすることで、放射測温法による温度測定を行うことが可能である。
【0101】
図9に、測定の結果得られた水の分光透過率データを示した。
図9から明らかなように、波長820nm付近までは、水の厚みに応じた吸収率の変化が見られないことから、かかる波長範囲における透過率が、空気と水との界面反射による減衰率τ
0(上記式(2)における減衰率τ
0)とみなすことができる。具体的に得られた測定データからτ
0を読み取ったところ、τ
0=0.93であった。
【0102】
本実施例では、
図9に示した分光透過率データを検討することで、3種類の観測波長λ
1、λ
2、λ
3として、それぞれ800nm、900nm及び1000nmを選択した。
図9から明らかなように、波長λ
2及びλ
3は、吸収体である水の分光吸収係数が波長依存性を示す帯域に属する波長であり、波長λ
1は、吸収体である水の分光吸収係数が波長依存性を示さない帯域に属する波長である。
【0103】
ここで、上記3つの波長における水の分光吸収係数α
1,α
2,α
3について着目する。分光吸収係数α
1は、
図9からも明らかなように、水による吸収が無いことから、ゼロである。一方、分光吸収係数α
2及びα
3は、
図9から分光透過率を読み取り、読み取った分光透過率を、上記式(2)に代入することで算出した。この結果、波長λ
2の分光吸収係数α
2=0.004568であり、波長λ
3の分光吸収係数α
3=0.03112であった。
【0104】
次に、800nm〜1000nmの波長帯域における分光放射率ε
1,ε
2,ε
3に着目した。本実施例では、経験的知見から、ε
1=ε
2=ε
3=0.83(一定)とした。この理由は、以下の通りである。すなわち、600℃以上の温度を有する鋼材の表面には、酸化膜としてウスタイト(FeO)が生成していることが従来から知られている。ウスタイトの分光放射率を決める光学定数(物質固有の複素屈折率)についても従来から知られており、この光学定数は、800nm〜1000nmの波長帯域でほとんど変化しない。そのため、理論的にも分光放射率が一定であることが確認できるため、ε
1=ε
2=ε
3=0.83(一定)とした。
【0105】
続いて、700℃〜1100℃における波長800nm、900nm及び1000nmの黒体分光放射輝度を、プランクの黒体放射式を利用して算出し、得られた結果を
図10に示した。
図10から明らかなように、黒体分光放射輝度は、温度Tが増加するにつれて増加することがわかる。また、本実施例で着目する波長帯域では、長波長になるほど分光放射輝度は大きくなっていることがわかる。本実施例では、
図10に示した3種類の黒体分光放射輝度を利用し、上記式(9)及び式(10)の左辺に対応する2種類の二色比を算出した。
【0106】
図11は、
図10における波長800nmの分光放射輝度を、波長900nmの分光放射輝度で除したR
1(T)と、波長800nmの分光放射輝度を、波長1000nmの分光放射輝度で除したR
2(T)と、の算出結果である。本実施例では、関係式R
1(T)及びR
2(T)の関数形として、上記式(7)及び式(8)に示した多項式近似式を用いるものとし、かかる関数を
図11に最小二乗法を利用してフィッティングすることにより、各係数を特定した。その結果、a
2=−5.6559×10
−8、a
1=5.7594×10
−4、a
0=−0.145、b
2=1.6976×10
−7、b
1=6.2068×10
−5、b
0=−5.16×10
−2となった。
【0107】
以上のような検討から、上記式(11)及び式(12)における定数や係数を得ることができた。得られたこれらの定数・係数を利用して、本発明の実施形態に係る温度測定方法を、連続鋳造工程の鋼材に適用する場合の有用性について、シミュレーションで検証した。
【0108】
まず、測定対象物の温度を800℃とし、3つの波長800nm、900nm及び1000nmの熱放射が水膜を透過して、
図3に示したような分光吸収係数に従い減衰して観測された場合の分光放射輝度L
1、L
2、L
3を算出した。その後、得られた模擬的な観測量である分光放射輝度L
1、L
2、L
3を、上記式(11)及び式(12)に代入して、連立方程式を得た。続いて、かかる連立方程式の解を最適値問題として求解した。この際に、吸収体である水膜の厚みを変化させて、求められた解(すなわち、算出された測定対象物の温度)がどのような値を示すかについて確認した。
【0109】
得られた結果を、
図12に示した。
図12から明らかなように、水膜の厚みを1mm〜30mmまで変化させた場合であっても、得られた解は、800℃近傍の値を示している。この結果は、本発明の実施形態に係る温度測定方法を用いることによって、測定対象物の温度を正確に算出できていることを示している。
【0110】
(まとめ)
以上説明したように、本発明の実施形態に係る温度測定装置及び温度測定方法によれば、吸収体の分光吸収係数と分光放射率が既知の3つの観測波長で熱放射光を検出し、演算によって測定対象の温度を求めることが可能となる。すなわち、温度、吸収体の厚み、散乱体による減衰量という3つの変数がある問題に対して、3種類の分光放射輝度観測量を得ることで、連立方程式の求解という演算処理により未知数である温度を求めることが可能となる。従って、吸収体及び散乱体による光路上の光の減衰を厳密に補正することができ、精度の高い温度計測を実現することが可能となる。
【0111】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。