特許第6973069号(P6973069)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6973069
(24)【登録日】2021年11月8日
(45)【発行日】2021年11月24日
(54)【発明の名称】回転工具
(51)【国際特許分類】
   B23C 5/16 20060101AFI20211111BHJP
   B23B 51/00 20060101ALI20211111BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20211111BHJP
【FI】
   B23C5/16
   B23B51/00 J
   B23B27/14 A
【請求項の数】5
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2017-502080(P2017-502080)
(86)(22)【出願日】2016年2月15日
(86)【国際出願番号】JP2016054295
(87)【国際公開番号】WO2016136520
(87)【国際公開日】20160901
【審査請求日】2018年8月21日
(31)【優先権主張番号】特願2015-33136(P2015-33136)
(32)【優先日】2015年2月23日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】アルムスコーグ パール クリストッファー
(72)【発明者】
【氏名】内海 慶春
【審査官】 山本 忠博
(56)【参考文献】
【文献】 特開平04−210315(JP,A)
【文献】 特開2005−022071(JP,A)
【文献】 特開2004−283951(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23C 5/10,5/16,
B23B 27/14,51/00,
B23P 15/28,
C23C 14/00−14/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
切れ刃部と、溝部とを含む基材と、
前記基材の表面を被覆する被膜と、を備え、
前記切れ刃部の表面を被覆する前記被膜の膜厚Aに対する、前記溝部の表面を被覆する前記被膜の膜厚Bの比B/Aが、1.0超4.15以下であり、
前記膜厚Aは2.0μm以上10μm以下であ
前記被膜の材料は、周期表の第4族元素、第5族元素、第6族元素、アルミニウムおよびケイ素からなる群より選択される少なくとも1種の元素と、ホウ素、炭素、窒素および酸素からなる群より選択される少なくとも1種の元素とからなる1種以上の化合物である、回転工具。
【請求項2】
前記回転工具はエンドミルである、請求項1に記載の回転工具。
【請求項3】
前記回転工具はドリルである、請求項1に記載の回転工具。
【請求項4】
前記比B/Aは1.01以上4.15以下である、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の回転工具。
【請求項5】
前記膜厚Aは2.0μm以上6.0μm以下である、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の回転工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材と、該基材上に形成された被膜とを備える回転工具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
工具として、WC基超硬合金等の硬質の基材の表面に、TiAlN等の硬質な被膜が設けられたものが知られている。基材の表面にこのような被膜を設けることにより、基材の耐摩耗性を向上させることができ、これによって工具の寿命を長くすることが可能となる。
【0003】
たとえば、特開2012−36506号公報(特許文献1)および砥粒加工学会誌、Vol.57,No.8(2013),536−541(非特許文献1)には、アークイオンプレーティング(AIP)法によって基材の表面に被膜が設けられた工具が開示されている。また、被膜の他の製造方法としては、マグネトロンスパッタリング(MS)法が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2012−36506号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】PVDコーティング工具による難削材切削、嶋村ら、砥粒加工学会誌Vol.57,No.8(2013),536−541
【非特許文献2】An introduction to thin film processing using high-power impulse magnetron sputtering, J. Mater. Res., vol.27, No.5(2012), 780-792
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記のような従来の技術によって形成された被膜を備える回転工具に関し、被膜を備えることによる耐摩耗性の向上の程度が不十分である場合があった。
【0007】
上記のような課題に鑑み、本開示は、優れた耐摩耗性を有する回転工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様に係る回転工具は、切れ刃部と、溝部とを含む基材と、基材の表面を被覆する被膜と、を備え、切れ刃部の表面を被覆する被膜の膜厚Aに対する、溝部の表面を被覆する被膜の膜厚Bの比B/Aが、0.8以上である。
【発明の効果】
【0009】
上記によれば、優れた耐摩耗性を有する回転工具を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本実施形態の一態様に係る回転工具の一例を示す概略平面図である。
図2図1に示すX−X線に関する矢視断面図である。
図3】外周刃部および溝部の各領域を説明するための模式図である。
図4】被膜の成膜時におけるチャンバ内での基材の配置状態を示す模式図である。
図5】膜厚の測定方法を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[本発明の実施形態の説明]
最初に本発明の実施態様を列記して説明する。
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決すべく検討を重ねたところ、従来の回転工具においては、切れ刃部の表面に形成された被膜の膜厚に対し、溝部の表面に形成された被膜の膜厚が著しく小さく、これが回転工具の耐摩耗性の低下に起因していることを知見した。この知見に基づき、本発明者らは、AIP法、MS法といった従来の被膜の形成方法に問題があると考え、これに代わる形成方法として、J. Mater. Res., vol.27, No.5(2012), 780-792(非特許文献2)に記載されるHigh Power Impulse Magnetron Sputtering(HiPIMS)法に着目して鋭意検討を重ねた。この結果、耐摩耗性に優れる回転工具を完成させた。
【0013】
[1]本発明の一態様に係る回転工具は、切れ刃部と、溝部とを含む基材と、基材の表面を被覆する被膜と、を備え、切れ刃部の表面を被覆する被膜の膜厚Aに対する、溝部の表面を被覆する被膜の膜厚Bの比B/Aが、0.8以上である。
【0014】
上記回転工具によれば、溝部の表面を被覆する被膜の摩耗を抑制することができるため、優れた耐摩耗性を有することができる。
【0015】
[2]上記回転工具はエンドミルである。従来、エンドミルにおいて、上記比は特に小さい傾向にあったが、上記回転工具によれば従来と比して大きい上記比を有することができるため、もって、優れた耐摩耗性を有することができる。
【0016】
[3]上記回転工具はドリルである。従来、ドリルにおいて、上記比は特に小さい傾向にあったが、上記回転工具によれば従来と比して大きい上記比を有することができるため、もって、優れた耐摩耗性を有することができる。
【0017】
[4]上記回転工具において、上記比B/Aは1以上である。これにより、さらに耐摩耗性に優れることができる。
【0018】
[5]上記回転工具において、膜厚Aは0.1μm以上10μm以下である。これにより、さらに耐摩耗性に優れることができる。
【0019】
[6]上記回転工具において、膜厚Aは2.0μm以上6.0μm以下である。これにより、さらに耐摩耗性に優れることができる。
【0020】
[7]上記回転工具において、被膜の材料は、周期表の第4族元素、第5族元素、第6族元素、アルミニウムおよびケイ素からなる群より選択される少なくとも1種の元素と、ホウ素、炭素、窒素および酸素からなる群より選択される少なくとも1種の元素とからなる1種以上の化合物である。これにより、上記回転工具は高い硬度を有する被膜を備えることができる。
【0021】
[本発明の実施形態の詳細]
以下、本発明の一実施形態(以下「本実施形態」と記す)について詳細に説明するが、本実施形態はこれらに限定されるものではない。
【0022】
<回転工具>
図1は本実施形態に係る回転工具の一例を示す概略平面図であり、図2図1に示すX−X線に関する矢視断面図である。本実施形態では4枚刃のエンドミルが例示される。
【0023】
図1および図2を参照し、回転工具10は、回転工具10の本体となる基材11と、基材11の表面を被覆する被膜12と、を備える。回転工具10を構成する基材11の表面全体が被膜12によって被覆されていてもよく、基材11の一部が被覆されていてもよい。たとえば、シャンク2を構成する基材11の表面は被覆されずに刃先1を構成する基材の表面のみが被膜12によって被覆されていてもよい。
【0024】
本実施形態においては、回転工具10としてエンドミルを例示するが、エンドミルの他、ドリルを挙げることができる。また、回転工具10は、少なくとも被削材と接触して被削材を切り出すための切れ刃部と、切り屑を外に流し出すための溝部とを有する基材11と、被膜12とを備えるものであればよく、上記以外にも、ルータ、リーマなどを挙げることができる。特に、本実施形態の回転工具10は、高精度加工用の回転工具として好適に利用できる。
【0025】
(基材)
基材11は、回転工具10の形状の本体となるものである。基材11は、刃先1と、シャンク2とを備える。刃先1は、外周刃部3と、溝部4と、底刃部5とを備える。外周刃部3および底刃部5は、被削材を切り出すための部位であり、溝部4は、切削により生じた切り屑を外に流し出すための部位である。特に、外周刃部3は、被削材に対する逃げ角のない部分となる切れ刃部(不図示)を含む。切れ刃部は、切削時において被削材と接触する部位である。
【0026】
ここで、本明細書において、外周刃部3および溝部4の各領域は、次のようにして決定される。図3を参照し、円Sは、刃先1の断面を内部に含み、かつ刃先先端3aを繋ぐことにより描かれる仮想の円であり、その直径をDとする。なお刃先先端3aとは、被削材を切り出すための起点となる部分である。
【0027】
外周刃部3;円S1は、刃先先端3aと円Sとの接点を中心点とし、かつその半径D1が2/10Dとなる仮想の円である。基材11の外周うち、仮想の円S1内(円S1上も含む)に位置する領域を外周刃部3とする。
【0028】
溝部4;線L1および線L2は、向かい合う刃先先端3aと円Sの中心点Pとを繋ぐ仮想の線である。線L3は、線L1と線L2との成す角2αを等分する仮想の線である。円S2は、線L3と基材11の外周との接点を中心点とし、かつその半径D2が1/10Dとなる仮想の円である。基材11の外周のうち、仮想の円S2内(円S2上も含む)に位置する領域を溝部4とする。
【0029】
基材11の材料としては、回転工具の基材11として知られる従来公知のものを特に限定なく使用することができる。たとえば、炭化タングステン(WC)基超硬合金、サーメット、高速度鋼、セラミックス、立方晶型窒化ホウ素焼結体、およびダイヤモンド焼結体などが挙げられる。なお、基材11は一体形成されていてもよく、複数の部品が組み合されたものであってもよい。
【0030】
(被膜)
被膜12は、基材11の全ての表面または一部の表面を被覆するものである。また被膜12は、1つの層からなる単層であってもよく、2つ以上の層からなる複層であってもよい。本実施形態において、切れ刃部6の表面を被覆する被膜12の膜厚Aに対する、溝部4の表面を被覆する被膜12の膜厚Bの比B/Aは0.8以上である。これにより、回転工具10は耐摩耗性に優れることができる。
【0031】
本実施形態の回転工具10が耐摩耗性に優れる理由を、従来の回転工具と比較しながら説明する。回転工具においては、基材の物性はもちろん、その表面に備える被膜の物性から設計上期待される耐摩耗性が導かれる。しかし、従来の回転工具では、設計上期待される程度の耐摩耗性を発揮できていない傾向にあった。これについて、本発明者らは、従来の回転工具において、切れ刃部の表面に形成された被膜の膜厚Aに対する溝部の表面に形成された被膜の膜厚Bの比B/Aが0.5以下程度と小さ過ぎること、これによって溝部の耐摩耗性が設計上期待される程度よりも低いために、結果的に回転工具の耐摩耗性が不十分となっていることを知見した。
【0032】
上記比が小さ過ぎることは、従来の回転工具の被膜がMS法やAIP法により製造されていることが関係している。具体的には、MS法ではプラズマ中のターゲットとなる原子のイオン化率が低過ぎるために、基板バイアスによる溝部へのイオンの十分な引き込みができない。AIP法ではイオン化率は十分であるものの、ターゲットから発生する金属液滴の数を減らすためにチャンバ内の圧力を高くする必要がある。これにより、チャンバ内の圧力が高くなり過ぎるために、イオンの平均自由行程が短すぎる傾向となる。イオンの平均自由行程が短いと、イオンが散乱し易いため、溝部へのイオンの引き込みが難しくなる。このため、これらの方法では、他の工具と比して複雑な形状を有する回転工具用の基材の表面に対し、膜厚の均一な被膜を形成することができず、故に、基材の入り組んだ部分に位置する溝部での膜厚Bが小さくなる。
【0033】
膜厚Bが小さいと、溝部の摩耗が期待されるよりも早く進んでしまう。これにより、溝部の平滑性が低下して切り屑の排出性が低下するため、切削抵抗が増加してしまう。切削抵抗が増加すると、切れ刃部での摩耗も期待されるよりも早く進んでしまうことになり、結果的に、回転工具の耐摩耗性が不十分となる。また溝部の膜厚Bが十分に大きくなるように被膜を形成すると、これに付随して切れ刃部の膜厚Aが大きくなり過ぎるために、被膜と基材の密着性が低下し、これによる耐摩耗性の低下が引き起こされてしまう。
【0034】
これに対し、本実施形態の回転工具10は、MS法、AIP法にかえてHiPIMS法を用いて形成された被膜12を備える。HiPIMS法とは、大電力を短パルスでターゲットに印加させるため、高いイオン化率を達成することができると共に、当該法はスパッタ法の1種であるため、チャンバ内の圧力を低くすることが可能である。
【0035】
上記HiPIMS法を利用することにより、基材11の表面に均一な膜厚の被膜12が形成され、これによって上記比B/Aは0.8以上という高い値を示すことができる。したがって、本実施形態の回転工具10は、従来の回転工具が抱えていた上述の問題を解消することができるため、本実施形態の回転工具10は、従来と比して高い耐摩耗性を有することができる。さらに、高い耐摩耗性を有することによって長い寿命を有することができることはもちろん、切削精度も向上するため、被削材における面粗度などの面状態を良好にすることができる。
【0036】
また、高精度加工用の回転工具のように、被膜の膜厚を小さく設定する必要がある場合、従来の回転工具では溝部における膜厚Bが小さくなり過ぎるために、工具寿命が極めて短くなる傾向にあったが、本実施形態の回転工具10によればこれを解消することができる。したがって、本実施形態の回転工具10は高精度加工用の回転工具として好適である。
【0037】
被膜12の膜厚Aおよび膜厚Bは、回転工具10を長手方向(図1中横方向)に切断し、その断面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察することにより測定することができる。本明細書では、各切れ刃の任意の点(本実施形態では合計4か所)の膜厚Aを測定し、各溝部の任意の点(本実施形態では合計4か所)の膜厚Bを測定し、測定された膜厚Bの全ての値の合計値を測定された膜厚Aの全ての値の合計値で除したものを比B/Aとする。なお図3を参照し、たとえば回転工具10が4枚刃であり、刃先の直径(図3における円Sの直径)が10mm程度の場合、切れ刃の任意の点は、円S1の中心(刃先先端3a)からのずれが100μm以内であることが好ましく、溝部の任意の点は、円S2の中心からのずれが100μm以内であることが好ましい。
【0038】
被膜12において上記比B/Aは好ましくは1以上である。この場合、回転工具10はより耐摩耗性に優れることができる。また、後述する実施例の結果(表1参照)から、上記比B/Aが1.0超、具体的には1.01以上の場合にさらに耐摩耗性に優れることが確認されている。また、上記比B/Aが好ましくは4.15以下であることも確認されている。さらに、上記比B/Aが1.05〜3.90の場合に、特に耐摩耗性に優れること、上記比B/Aが1.22〜3.90の場合に、より顕著に耐摩耗性に優れることも確認されている。
【0039】
また被膜12において、膜厚Aは0.1μm以上10μm以下(以下この表記を単に「0.1〜10μm」のようにも表す)であることが好ましい。膜厚Aが0.1μm未満であると、被膜12を有することに起因する機能的特性(耐摩耗性の向上を含む)を十分に発揮し難い場合があり、10μmを超えると、基材11と被膜12の密着性が低下する傾向がある。膜厚Aは、より好ましくは2.0〜6.0μmである。
【0040】
被膜12の材料としては、回転工具の被膜12として知られる従来公知のものを特に限定なく使用することができる。特に、周期表の第4族元素(Ti、Zr、Hfなど)、第5族元素(V、Nb、Taなど)、第6族元素(Cr、Mo、Wなど)、アルミニウム(Al)およびケイ素(Si)からなる群より選択される少なくとも1種の元素と、ホウ素(B)、炭素(C)、窒素(N)および酸素(O)からなる群より選択される少なくとも1種の元素とからなる1種以上の化合物であることが好ましい。
【0041】
なかでも、TiAlN、TiN、CrN、AlCrN、AlCrSiN、TiAlSiN、TiSiN、TiCN、TiAlON、TiAlBNOが好ましく、TiAlN、TiN、CrN、AlCrN、AlCrSiN、TiAlSiN、TiCNがより好ましい。この場合、より回転工具10に適した高硬度の被膜12を有することができる。
【0042】
なお、本明細書において化合物をTiAlN等の化学式で表す場合、原子比を特に限定しない場合は従来公知のあらゆる原子比を含むものとし、必ずしも化学量論的範囲のもののみに限定されるものではない。
【0043】
<製造方法>
本実施形態の回転工具10は、基材11の表面に対し、HiPIMS法を用いて被膜12を形成させることによって製造することができる。以下、図4を用いて被膜12の一例として、TiAlNからなる被膜を形成する場合について説明する。
【0044】
図4は被膜の成膜時におけるチャンバ内での基材の配置状態を示す。図4を参照し、チャンバ(不図示)の側壁には、被膜12の原料となるターゲット20が配置されている。なお、図4では2つのターゲット20を示すが、ターゲット20の数は特に制限されず、たとえばTiAlNからなる被膜12を形成する場合には、複数のTiターゲットと、複数のAlターゲットとをチャンバ内に配置することができる。
【0045】
チャンバ内に配置される複数のターゲットの中心には、回転台21が配置されており、回転台21上には、2つの回転軸22によって複数の載置台(基板)23が配置されている。この載置台23には、それぞれ複数の基材11が載置される。なお回転軸22の数は図4に示すものに限られず、2つ以上の複数とすることができる。この場合、回転軸の増加に伴い回転台21および載置台23も増加させることができる。
【0046】
載置台23はバイアス電源の負極に電気的に接続されており、バイアス電の正極はアースされ、かつチャンバと電気的に接続されている(不図示)。またターゲットには短パルス電源の負極が接続されており、短パルス電源の正極はアースされている(不図示)。
【0047】
被膜12の形成時には、真空のチャンバ内に不活性ガスと窒素ガスとを導入し、大電力を短いパルスでターゲット20に印加させる。これにより、チャンバ内にプラズマ30が発生する。そして、ターゲット20にイオンが衝突することにより、ターゲット20から金属原子および金属イオンが飛び出し、窒素原子と共に基材11の表面に付着する。なお、回転台21および回転軸22とは、それぞれ図に示す矢印方向に回転している。このときの成膜条件を以下の条件に設定することにより、比B/Aが0.8以上である被膜12を形成することができる。
【0048】
成膜条件;
パルス幅(パルス時間):100μs〜10ms
パルス電力密度:1.5kW/cm2以上
パルス平均電力:4kW以上
バイアス電圧:80V以下
チャンバ内圧力:1Pa以下
成膜時間:4〜650分。
【0049】
上記成膜条件に関し、パルス幅は100μs〜1msがより好ましく、バイアスは60V以下が好ましい。また、成膜条件のモードを遷移モードとすることがより好ましく、反応ガス(本実施形態では窒素ガス)の分圧は、ヒステリシス損失を考慮することが好ましい。
【実施例】
【0050】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。試料No.1〜44およびA〜GではHiPIMS法にて基材上に被膜を形成し、試料No.45〜61ではAIP法にて基材上に被膜を形成した。
【0051】
<試料No.1〜13およびA〜F>
(成膜処理)
まず基材を準備した。試料No.1〜8、10〜13、およびA〜Fの基材は、材質が住友電気工業製超硬合金であり、形状が「SSEHVL4160−R10」(直径16mm、4枚刃)であった。試料No.9の基材は、材質が住友電気工業製超硬合金であり、形状が「SSEHVL4100−R10」(直径10mm、4枚刃)であった。
【0052】
準備した基材を、HiPIMS装置のチャンバ内の載置台(基板)上(図4参照)に設置した。チャンバ内には、ターゲットとしてチタン(50原子%)およびアルミニウム(50原子%)の合金ターゲットを配置した。そして、アルゴン(Ar)ガスおよび窒素(N2)ガスを導入しながら、以下の成膜条件下で成膜処理を行った。各試料に関し、パルス幅以外の成膜条件は同じとした。各試料のパルス幅を表1に示す。なお成膜時間は、被膜を狙いの膜厚とするための適切な時間とした。
【0053】
成膜条件;
パルス幅(パルス時間):25μs〜50ms(各試料毎に変更、表1参照)
パルス電力密度:1.5kW/cm2
パルス平均電力:6kW
バイアス電圧:30〜60V(各試料毎に変更、表1参照)
チャンバ内圧力:0.60〜0.70Pa
アルゴンガス分圧:0.4Pa
モード:遷移モード
なお、「パルス電力密度」は、「パルス内の平均電力」を「ターゲット表面にあるレーストラックの面積」で割った値である。
【0054】
【表1】
【0055】
(被膜の膜厚の測定)
上記成膜処理により得られた試料No.1〜13、およびA〜Fの回転工具(エンドミル)について、それぞれの被膜のうち、切れ刃部の表面を被覆する被膜の膜厚Aと、溝部の表面を被覆する被膜の膜厚Bとを測定し、比B/Aを算出した。
【0056】
具体的には、まず、ダイヤモンド回転刃を備えた切断機を用いて回転工具の切れ刃部を一部切断して切片50を得た。次に、図5に示すように、得られた切片50を樹脂51中に埋め込み、SEMにより切片50の断面(図5において観察される切片50の表面)を観察し、切れ刃部A1〜A4の表面を被覆する被膜の膜厚Aをそれぞれ測定し、かつ溝部B1〜B4の表面を被覆する被膜の膜厚Bのそれぞれを測定し、それぞれの平均値から比を算出した。
【0057】
具体的には、切れ刃部A1〜A4の表面を被覆する被膜について、それぞれ刃先の外周のうち刃先先端からのずれが100μm以内に位置する任意の1点の被膜の膜厚を測定し、溝部B1〜B4の表面を被覆する被膜について、それぞれ線L4と刃先1の外周とが接する位置からのずれが100μm以内(図3参照)に位置する任意の1点の被膜の膜厚を測定した。そして、溝部において測定された4つの膜厚の合計の値を、切れ刃部において測定された4つの膜厚の合計の値で除したものを比B/Aとした。その結果を表1に示す。
【0058】
(切削試験1)
作製した各試料No.1〜7、10、11、およびA〜Fに対して切削試験(溝加工寿命試験)1を行い、工具寿命を評価した。切削条件は以下のとおりとし、工具寿命に至るまで、具体的には、切れ刃部の最大摩耗が0.1mmになるまでの切削距離を測定した。結果を表1に示す。表1中、切削距離が長いほど工具寿命が長いことを示している。
【0059】
切削条件;
被削材:ステンレス鋼(SUS304)
切り込み量ap:4.8mm
回転速度:1200回/min
送り速度:130mm/min
エアブロー:有
ここで「切り込み量ap」は回転工具の軸方向の切り込み量を示している。
【0060】
(切削試験2)
作製した試料No.8に対して切削試験(側面工面品位試験)2を行い、工具性能を評価した。切削条件は以下のとおりとし、切削試験後の被削材の表面粗さ(Ra)および切削時の送り分力(N)を測定した。結果を表1に示す。表1中、Raが小さいほど被削材の表面が平滑であることを示し、送り分力(N)が小さいほど被削材と回転工具との抵抗が小さいことを示す。
【0061】
切削条件;
被削材:ステンレス鋼(SUS304)
切削速度:30m/min
送り速度(fz):0.083mm/刃
切り込み量ap:16.0mm
切り込み量ae:1.6mm
エアブロー:有
ここで「切り込み量ap」は回転工具の軸方向の切り込み量を示しており、「切り込み量ae」は半径方向の切り込み量を示している。
【0062】
(切削試験3)
作製した試料No.9に対して切削試験(側面工面品位試験)3を行い、工具性能を評価した。切削条件は以下のとおりとし、切削試験後の被削材の表面粗さ(Ra)および切削時の送り分力(N)を測定した。結果を表1に示す。表1中、Raが小さいほど被削材の表面が平滑であることを示し、送り分力(N)が小さいほど被削材と回転工具との抵抗が小さいことを示す。
【0063】
切削条件;
被削材:ステンレス鋼(SUS304)
切削速度:50m/min
送り速度(fz):0.050mm/刃
切り込み量ap:10.0mm
切り込み量ae:1.0mm
エアブロー:有
ここで「切り込み量ap」は回転工具の軸方向の切り込み量を示しており、「切り込み量ae」は半径方向の切り込み量を示している。
【0064】
表1に示されるように、切削試験1に関し、比B/Aが0.8以上の試料No.3〜7、10、11、およびA〜Fにおいて、高い工具寿命が確認された。また切削試験2および3に関し、比B/Aが0.8以上の試料No.8および9において、切削処理後の被削材の表面が十分に平滑であり、また切削抵抗も十分に低いことが確認された。このことから、試料No.3〜11、およびA〜Fの回転工具が耐摩耗性に優れていることが分かった。この耐摩耗性の高さは、後述する試料No.45〜61(従来の成膜処理による被膜を備える回転工具)の結果と比較しても明らかである。
【0065】
<試料No.14〜24>
試料No.14〜16に関し、パルス電力密度を表2に示すように変更した以外は、試料No.7と同様の方法により回転工具(エンドミル)を得た。試料No.17〜20に関し、パルス平均電力を表2に示すように変更した以外は、試料No.7と同様の方法により回転工具(エンドミル)を得た。試料No.21〜24に関し、バイアス電圧を表2に示すように変更した以外は、試料No.7と同様の方法により回転工具(エンドミル)を得た。得られた試料No.14〜24の各回転工具に対し、上記と同様の方法により被膜の膜厚を測定し、比B/Aを算出した。その結果を表2に示す。
【0066】
【表2】
【0067】
表2に示されるように、被膜の上記比B/Aを0.8以上とするためには、パルス電力密度は1.5kW/cm2以上、パルス平均電力は4kW以上、およびバイアス電圧は80V以下に設定することが好ましいことが分かった。
【0068】
<試料No.25〜31>
試料No.25〜31に関し、成膜時間を表3に示すように変更した以外は、試料No.7と同様の方法により回転工具(エンドミル)を得た。得られた試料No.25〜31の各回転工具に対し、上記と同様の方法により被膜の膜厚を測定し、比B/Aを算出した。また、試料No.25〜31の各回転工具を用いて上記切削試験1を行い、工具寿命に至るまでの切削距離を測定した。これらの結果を表3に示す。
【0069】
【表3】
【0070】
表3に示されるように、被膜の膜厚Aが0.07μm以上の場合に、比B/Aが0.8以上となることが確認された。すなわち、被膜の膜厚Aが0.07μm以上であれば、比B/Aが0.8以上となるように容易に制御できることが分かった。被膜の膜厚Aが10.8μm以下の場合にも同様のことが言える。また、試料No.7、28およびNo.29の切削距離が特に長いことが確認された。このことから、被膜の膜厚Aが2.08〜5.71μmの場合に、特に耐摩耗性に優れることが分かった。
【0071】
<試料No.32〜41およびG>
試料No.32〜41およびGに関し、被膜の組成を表4に示すように変更した以外は、試料No.7と同様の方法により回転工具(エンドミル)を得た。なお、被膜の組成を表4に示すように変更すべく、チャンバ内のターゲットの種類および導入ガスの種類を適宜変更した。得られた試料No.32〜41およびGの各回転工具に対し、上記と同様の方法により被膜の膜厚を測定し、上記比B/Aを算出した。その結果を表4に示す。
【0072】
【表4】
【0073】
表4に示されるように、試料No.32〜41およびGのいずれにおいても、上記比B/Aが0.8以上となることが確認された。
【0074】
<試料No.42〜44>
試料No.42〜44に関し、材質が住友電気工業製超硬合金であり、形状が「MDW0800HGS5」(直径8mm、L/D=5)の基材を用い、成膜条件(パルス時間、パルス電力密度)を表5に示すように変更した以外は、試料No.7と同様の方法により回転工具(ドリル)を得た。得られた試料No.42〜44の各回転工具に対し、上記と同様の方法により被膜の膜厚を測定し、比B/Aを算出した。その結果を表5に示す。
【0075】
(切削試験4)
作製した各試料No.42〜44に対して切削試験(穴あけ試験)4を行い、工具寿命を評価した。切削条件は以下のとおりとし、切削時のスラスト(N)およびトルク(N)を測定した。結果を表5に示す。表5中、スラスト(N)およびトルク(N)が大きいほど切削抵抗が大きいことを示している。
【0076】
切削条件;
被削材:炭素鋼(S50C)
切削速度(回転速度):90m/min
送り量:0.25mm/rev
切り込み量:40mm
湿式切削。
【0077】
【表5】
【0078】
表5に示されるように、エンドミル(試料No.1〜No.41およびA〜G)の場合と同様に、所定の成膜条件を満たす場合に、ドリルが備える被膜の上記比B/Aが0.8以上となることが確認された。また、上記比B/Aが0.8以上の試料No.42は、試料No.43およびNo.44と比較して切削抵抗が小さく、もって耐摩耗性に優れることが確認された。
【0079】
<試料No.45〜61>
まず基材を準備した。試料No.45〜49、51〜53、55〜61の基材は、材質が住友電気工業製超硬合金であり、形状が「SSEHVL4160−R10」(直径16mm、4枚刃)であった。試料No.50の基材は、材質が住友電気工業製超硬合金であり、形状が「SSEHVL4100−R10」(直径10mm、4枚刃)であった。試料No.54の基材は、材質が住友電気工業製超硬合金であり、形状が「MDW0800HGS5」(直径8mm、L/D=5)であった。
【0080】
試料No.45に関し、準備した基材を、AIP装置のチャンバ内の載置台(基板)上に設置した。チャンバ内には、ターゲットとしてチタン(50原子%)およびアルミニウム(50原子%)の合金ターゲットを配置した。そして、アルゴン(Ar)ガスおよび窒素(N2)ガスを導入しながら、以下の成膜条件下で成膜処理を行った。なお成膜時間は、被膜を狙いの膜厚とするための適切な時間とした。
【0081】
成膜条件;
アーク電流:150A
バイアス電圧:40V
チャンバ内圧力:4.5Pa。
【0082】
得られた試料No.45の回転工具(エンドミル)について、上記と同様の方法により、被膜の膜厚を測定し、比B/Aを算出した。また、試料No.45の回転工具を用いて上記切削試験1を行い、工具寿命に至るまでの切削距離を測定した。これらの結果を表6に示す。
【0083】
【表6】
【0084】
試料No.46〜54に関し、アーク電流および/またはバイアス電圧を表6に示すように変更した以外は、試料No.45と同様の方法により回転工具(エンドミルまたはドリル)を得た。試料No.55〜61に関し、被膜の組成およびバイアス電圧を表6に示すように変更した以外は、試料No.45と同様の方法により回転工具(エンドミル)を得た。得られた試料No.46〜61の各回転工具に対し、上記と同様の方法により被膜の膜厚を測定し、上記比B/Aを算出した。その結果を表6に示す。
【0085】
表6に示されるように、AIP法により形成された被膜に関し、上記比B/Aは0.8に満たず、0.7以下であることが確認された。また、試料No.47〜51およびNo.54については、それぞれ切削試験1〜4のいずれかを行ったが、この結果は上記比B/Aが0.8以上である回転工具と比して耐摩耗性に劣る結果であった。
【0086】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0087】
1 刃先、2 シャンク、3 外周刃部、4 溝部、5 底刃部、10 回転工具、11 基材、12 被膜、20 ターゲット、21 回転台、22 回転軸、23 載置台、30 プラズマ、50 切片、51 樹脂。
図1
図2
図3
図4
図5