(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6973323
(24)【登録日】2021年11月8日
(45)【発行日】2021年11月24日
(54)【発明の名称】電子線マイクロアナライザー、データ処理方法及びデータ処理プログラム
(51)【国際特許分類】
G01N 23/2252 20180101AFI20211111BHJP
G01N 23/2209 20180101ALI20211111BHJP
【FI】
G01N23/2252
G01N23/2209
【請求項の数】4
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2018-149647(P2018-149647)
(22)【出願日】2018年8月8日
(65)【公開番号】特開2020-24176(P2020-24176A)
(43)【公開日】2020年2月13日
【審査請求日】2020年12月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100141852
【弁理士】
【氏名又は名称】吉本 力
(74)【代理人】
【識別番号】100152571
【弁理士】
【氏名又は名称】新宅 将人
(72)【発明者】
【氏名】坂前 浩
【審査官】
赤木 貴則
(56)【参考文献】
【文献】
特表2015−523581(JP,A)
【文献】
米国特許第09188555(US,B2)
【文献】
特開2004−151045(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2004/0099805(US,A1)
【文献】
特開平01−057157(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2016/0163503(US,A1)
【文献】
小林 尚、ほか,EPMA, AEM, SEMにおける国際規格化,まてりあ,2003年01月20日,第42巻、第1号,pp. 24-28,doi:10.2320/materia.42.24
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00−G01N 23/2276
H01J 37/00−H01J 37/36
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子線を試料に照射してX線を発生させる電子線照射部と、
試料から発生するX線を検出してスペクトルデータを取得する波長分散型X線分光器と、
前記波長分散型X線分光器の標準感度値と波長との関係を表す標準感度曲線を算出する標準感度曲線算出処理部と、
前記標準感度曲線算出処理部により算出された標準感度曲線のデータ、前記標準感度曲線の算出に用いられる波長ごとの標準感度値、及び、予め一つの代表する装置を用いて求められた標準感度曲線の初期データを電子線の加速電圧ごとに記憶する記憶部と、
一つの加速電圧での標準感度値の実測値に基づいて、前記記憶部に記憶されている標準感度値を更新し、前記標準感度曲線算出処理部を用いて前記記憶部に記憶されている標準感度曲線のデータを更新するとともに、加速電圧が変化したときに標準感度値が変化する割合を前記記憶部に記憶されている各標準感度曲線の初期データから求め、当該割合及び前記標準感度値の実測値から他の加速電圧における標準感度値を算出し、当該標準感度値に基づいて標準感度曲線のデータを更新して前記記憶部に記憶させる更新処理部とを備えることを特徴とする電子線マイクロアナライザー。
【請求項2】
前記更新処理部により更新された標準感度曲線のデータを用いて試料の元素濃度を算出する元素濃度算出処理部をさらに備えることを特徴とする請求項1に記載の電子線マイクロアナライザー。
【請求項3】
電子線を試料に照射してX線を発生させる電子線照射部と、試料から発生するX線を検出してスペクトルデータを取得する波長分散型X線分光器と、前記波長分散型X線分光器の標準感度値と波長との関係を表す標準感度曲線のデータ、前記標準感度曲線の算出に用いられる波長ごとの標準感度値、及び、予め一つの代表する装置を用いて求められた標準感度曲線の初期データを電子線の加速電圧ごとに記憶する記憶部とを備える電子線マイクロアナライザーに用いられるデータ処理方法であって、
前記波長分散型X線分光器の標準感度値と波長との関係を表す標準感度曲線を算出する標準感度曲線算出ステップと、
一つの加速電圧での標準感度値の実測値に基づいて、前記記憶部に記憶されている標準感度値を更新し、前記標準感度曲線算出ステップを用いて前記記憶部に記憶されている標準感度曲線のデータを更新するとともに、加速電圧が変化したときに標準感度値が変化する割合を前記記憶部に記憶されている各標準感度曲線の初期データから求め、当該割合及び前記標準感度値の実測値から他の加速電圧における標準感度値を算出し、当該標準感度値に基づいて標準感度曲線のデータを更新して前記記憶部に記憶させる更新ステップとを含むことを特徴とするデータ処理方法。
【請求項4】
電子線を試料に照射してX線を発生させる電子線照射部と、試料から発生するX線を検出してスペクトルデータを取得する波長分散型X線分光器と、前記波長分散型X線分光器の標準感度値と波長との関係を表す標準感度曲線のデータ、前記標準感度曲線の算出に用いられる波長ごとの標準感度値、及び、予め一つの代表する装置を用いて求められた標準感度曲線の初期データを電子線の加速電圧ごとに記憶する記憶部とを備える電子線マイクロアナライザーに用いられるデータ処理プログラムであって、
前記波長分散型X線分光器の標準感度値と波長との関係を表す標準感度曲線を算出する標準感度曲線算出ステップと、
一つの加速電圧での標準感度値の実測値に基づいて、前記記憶部に記憶されている標準感度値を更新し、前記標準感度曲線算出ステップを用いて前記記憶部に記憶されている標準感度曲線のデータを更新するとともに、加速電圧が変化したときに標準感度値が変化する割合を前記記憶部に記憶されている各標準感度曲線の初期データから求め、当該割合及び前記標準感度値の実測値から他の加速電圧における標準感度値を算出し、当該標準感度値に基づいて標準感度曲線のデータを更新して前記記憶部に記憶させる更新ステップとをコンピュータに実行させることを特徴とするデータ処理プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子線を試料に照射することにより発生するX線を波長分散型X線分光器により検出する電子線マイクロアナライザー、及び、これに用いられるデータ処理方法及びデータ処理プログラムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
電子線マイクロアナライザー(EPMA:Electron Probe Microanalyzer)には、X線分光器として波長分散型X線分光器(WDS:Wavelength Dispersive X-ray Spectrometer)が備えられており、このX線分光器でX線を検出することによりスペクトルデータが得られる(例えば、下記特許文献1〜4参照)。EPMAを用いた定性分析では、スペクトルデータのピーク波長に基づいて、試料に含まれる元素の種類を特定するとともに、各ピークの高さ(X線強度)を標準感度と比較することにより、各元素の含有量(元素濃度)を求めることができる。
【0003】
X線分光器の感度は装置ごとに異なるため、個々の装置において標準感度値と波長との関係を表す標準感度曲線のデータが記憶され、その標準感度曲線のデータが必要に応じて修正されるのが一般的である。ここで、標準感度値とは、各元素が濃度100%の場合に計測される、単位ビーム電流量当たりのX線信号のカウントレートである。標準感度値は、X線の発生効率とX線分光器の波長に応じた検出効率に依存して変化するため、標準感度曲線のデータは、X線の発生に関わるエネルギー順位に応じた系列(K線、L線、M線)に分けて、記憶部に記憶される。この標準感度曲線のデータを用いることにより、試料の元素濃度を算出することができる。
【0004】
図5は、標準感度曲線の一例を示した図である。この
図5に示すように、標準感度値と波長との関係を最小二乗法などにより多項式近似すると、滑らかに変化する標準感度曲線が得られる。標準感度曲線は、試料に照射する電子線(照射電子ビーム)の加速電圧によっても異なるため、複数の異なる加速電圧条件で標準感度曲線を算出し、それらの間の加速電圧における標準感度値を直線補間により求める方法が実用化されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−285786号公報
【特許文献2】特開2008−122267号公報
【特許文献3】特開2010−107334号公報
【特許文献4】特開2011−227056号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
EPMAのX線分光器の感度は、分光素子やX線検出器を新品に交換した場合に変化するだけでなく、これらが経年変化することによっても低下する場合がある。したがって、定性分析で正確な定量値を得るためには、標準感度曲線のデータを一定期間ごとに修正することが望ましい。
【0007】
しかしながら、標準感度曲線のデータを修正するために取得しなければならない標準感度値の数は非常に多い。具体的には、1つの分光素子についての標準感度値だけでも、K線用、L線用、M線用それぞれ多いもので約10個、あわせて約30個の標準感度値を取得する必要があり、この作業は、装置に用いられている全ての分光素子について実施する必要がある。さらに、複数の異なる加速電圧条件で標準感度曲線を算出するには、その数を乗算した分の標準感度値を取得する必要がある。そのため、全ての加速電圧条件に関して標準感度曲線のデータを定期的に修正することは実質的に困難であった。
【0008】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、標準感度曲線のデータを修正する作業を簡略化することができる電子線マイクロアナライザー、データ処理方法及びデータ処理プログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)本発明に係る電子線マイクロアナライザーは、電子線照射部と、波長分散型X線分光器と、標準感度曲線算出処理部と、記憶部と、更新処理部とを備える。前記電子線照射部は、電子線を試料に照射してX線を発生させる。前記波長分散型X線分光器は、試料から発生するX線を検出してスペクトルデータを取得する。前記標準感度曲線算出処理部は、前記波長分散型X線分光器の標準感度値と波長との関係を表す標準感度曲線を算出する。前記記憶部は、前記標準感度曲線算出処理部により算出された標準感度曲線のデータ、前記標準感度曲線の算出に用いられる波長ごとの標準感度値、及び、予め一つの代表する装置を用いて求められた標準感度曲線の初期データを電子線の加速電圧ごとに記憶する。前記更新処理部は、一つの加速電圧での標準感度値の実測値に基づいて、前記記憶部に記憶されている標準感度値を更新し、前記標準感度曲線算出処理部を用いて前記記憶部に記憶されている標準感度曲線のデータを更新するとともに、加速電圧が変化したときに標準感度値が変化する割合を前記記憶部に記憶されている各標準感度曲線の初期データから求め、当該割合及び前記標準感度値の実測値から他の加速電圧における標準感度値を算出し、当該標準感度値に基づいて標準感度曲線のデータを更新して前記記憶部に記憶させる。
【0010】
このような構成によれば、一つの加速電圧で取得した標準感度値の実測値を用いて、他の加速電圧における標準感度曲線のデータを一括して更新することができる。したがって、各加速電圧について、標準感度値の実測値を用いて標準感度曲線のデータを更新する必要がないため、標準感度曲線のデータを修正する作業を簡略化することができる。
【0011】
(2)前記電子線マイクロアナライザーは、元素濃度算出処理部をさらに備えていてもよい。前記元素濃度算出処理部は、前記更新処理部により更新された標準感度曲線のデータを用いて試料の元素濃度を算出する。
【0012】
このような構成によれば、一括して更新された各加速電圧における標準感度曲線のデータを用いて、試料の元素濃度を算出することができる。したがって、簡略化された作業により得られる加速電圧ごとの標準感度曲線のデータを用いて、試料の元素濃度を容易に算出することができる。
【0013】
(3)本発明に係るデータ処理方法は、電子線を試料に照射してX線を発生させる電子線照射部と、試料から発生するX線を検出してスペクトルデータを取得する波長分散型X線分光器と、前記波長分散型X線分光器の標準感度値と波長との関係を表す標準感度曲線のデータ、前記標準感度曲線の算出に用いられる波長ごとの標準感度値、及び、予め一つの代表する装置を用いて求められた標準感度曲線の初期データを電子線の加速電圧ごとに記憶する記憶部とを備える電子線マイクロアナライザーに用いられるデータ処理方法であって、標準感度曲線算出ステップと、更新ステップとを含む。前記標準感度曲線算出ステップでは、前記波長分散型X線分光器の標準感度値と波長との関係を表す標準感度曲線を算出する。前記更新ステップでは、一つの加速電圧での標準感度値の実測値に基づいて、前記記憶部に記憶されている標準感度値を更新し、前記標準感度曲線算出ステップを用いて前記記憶部に記憶されている標準感度曲線のデータを更新するとともに、加速電圧が変化したときに標準感度値が変化する割合を前記記憶部に記憶されている各標準感度曲線の初期データから求め、当該割合及び前記標準感度値の実測値から他の加速電圧における標準感度値を算出し、当該標準感度値に基づいて標準感度曲線のデータを更新して前記記憶部に記憶させる。
【0014】
(4)本発明に係るデータ処理プログラムは、電子線を試料に照射してX線を発生させる電子線照射部と、試料から発生するX線を検出してスペクトルデータを取得する波長分散型X線分光器と、前記波長分散型X線分光器の標準感度値と波長との関係を表す標準感度曲線のデータ、前記標準感度曲線の算出に用いられる波長ごとの標準感度値、及び、予め一つの代表する装置を用いて求められた標準感度曲線の初期データを電子線の加速電圧ごとに記憶する記憶部とを備える電子線マイクロアナライザーに用いられるデータ処理プログラムであって、標準感度曲線算出ステップと、更新ステップとをコンピュータに実行させる。前記標準感度曲線算出ステップでは、前記波長分散型X線分光器の標準感度値と波長との関係を表す標準感度曲線を算出する。前記更新ステップでは、一つの加速電圧での標準感度値の実測値に基づいて、前記記憶部に記憶されている標準感度値を更新し、前記標準感度曲線算出ステップを用いて前記記憶部に記憶されている標準感度曲線のデータを更新するとともに、加速電圧が変化したときに標準感度値が変化する割合を前記記憶部に記憶されている各標準感度曲線の初期データから求め、当該割合及び前記標準感度値の実測値から他の加速電圧における標準感度値を算出し、当該標準感度値に基づいて標準感度曲線のデータを更新して前記記憶部に記憶させる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、各加速電圧について、標準感度値の実測値を用いて標準感度曲線のデータを更新する必要がないため、標準感度曲線のデータを修正する作業を簡略化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の一実施形態に係るEPMAの構成例を示した概略図である。
【
図2】
図1のEPMAの電気的構成の一例を示したブロック図である。
【
図3A】条件番号mと加速電圧E[m]の対応関係の一例を示した図である。
【
図3B】ある加速電圧E[m]における標準感度データの一例を示した図である。
【
図4A】各加速電圧E[m]における標準感度曲線の一例を示した図である。
【
図4B】標準感度曲線のデータを更新する際の態様について説明するための図である。
【
図4C】標準感度曲線のデータを更新する際の態様について説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
1.電子線マイクロアナライザーの全体構成
図1は、本発明の一実施形態に係るEPMA100の構成例を示した概略図である。EPMA(電子線マイクロアナライザー)100は、ハウジング1内に試料Sを設置して電子線を照射することにより、試料Sから発生するX線を検出して分析を行うための装置である。EPMA100には、試料ステージ3、電子線照射部4、WDS6などが備えられている。
【0018】
試料ステージ3は、水平面内において互いに直交する2軸(X軸及びY軸)と、鉛直方向のZ軸に沿って変位可能である。この試料ステージ3の変位を制御することにより、試料Sの表面上における測定領域(電子線が照射される領域)を調整することができる。
【0019】
電子線照射部4は、電子源41、コンデンサレンズ42、絞り43、対物レンズ45などを備えている。電子源41から放出される電子線は、コンデンサレンズ42により集光され、絞り43により光束が絞られた後、対物レンズ45により小さいスポット状となって試料Sの表面に照射される。電子線が照射された試料Sの表面からは、X線が発生し、そのX線がWDS6に入射する。
【0020】
WDS6は、X線の回折現象を利用する分光器(波長分散型X線分光器)であり、分光結晶61及びX線検出器62を備えている。試料SからのX線は、分光素子としての分光結晶61により分光されてX線検出器62に入射する。このとき、分光結晶61に対するX線の入射角を制御することにより、Braggの回折条件を満たす波長のX線のみをX線検出器62で検出し、X線スペクトルのデータを取得することができる。WDS6は、ハウジング1内に複数設けられている。これにより、WDS6の数と同じ数の元素を同時に分析することができる。
【0021】
分光結晶61及びX線検出器62は、それぞれ移動可能に設けられている。具体的には、分光結晶61は、試料Sに対して離間した位置と近接した位置との間で直線的に移動可能となっている。X線検出器62は、分光結晶61により分光されたX線が入射するように、分光結晶61の位置に応じて移動可能となっている。分光結晶61を試料Sに対して離間した位置(長波長側)から近接した位置(短波長側)へと走査させ、分光結晶61の位置に応じた波長のX線をX線検出器62で検出することにより、各波長におけるX線強度を表すスペクトルデータが得られる。なお、X線強度は、X線検出器62により検出されるX線の強度に比例する値であり、例えばX線検出器62における一定時間当たりのX線のカウント値である。
【0022】
2.電子線マイクロアナライザーの電気的構成
図2は、
図1のEPMA100の電気的構成の一例を示したブロック図である。EPMAは、上述のWDS6の他に、データ処理部10、記憶部20及び表示部30などを備えている。
【0023】
データ処理部10は、例えばWDS6を含むEPMA100全体の動作を制御するEPMA制御装置である。データ処理部10は、例えばCPU(Central Processing Unit)を含む構成であり、WDS6から入力されるデータに対する処理を行う。データ処理部10は、CPUがプログラムを実行することにより、データ取得処理部11、標準感度曲線算出処理部12、更新処理部13、元素濃度算出処理部14及び表示画像生成処理部15などとして機能する。
【0024】
記憶部20は、例えばRAM(Random Access Memory)又はハードディスクにより構成される。記憶部20に記憶されたデータは、データ処理部10により書き換えて適宜更新することができる。表示部30は、例えば液晶表示器により構成される。
【0025】
データ取得処理部11は、WDS6で検出されたX線強度のデータを取得する処理を行う(データ取得ステップ)。標準感度データを取得する際には、元素が濃度100%の標準試料に対して電子線を照射し、その標準試料から発生するX線をWDS6で検出する。このときデータ取得処理部11で取得されたX線強度のデータが、標準感度データとして記憶部20に記憶される。標準感度データは、条件番号に対応付けて記憶部20に記憶されており、条件番号を用いて記憶部20から読み出される。
【0026】
標準感度データは、WDS6の標準感度値と波長との関係を表している。すなわち、記憶部20には、波長ごとの標準感度値が記憶されている。標準感度値は、例えば単位ビーム電流量当たりのX線信号のカウントレート(cps/μA)で表される。標準感度値は、試料に照射する電子線の加速電圧によっても異なるため、複数の異なる加速電圧ごとに標準感度データが記憶部20に記憶される。ここで、加速電圧とは、電子を加速するために印加される電圧を意味しており、試料に照射される電子線の強さに対応している。また、標準感度値は、X線の発生効率とWDS6の波長に応じた検出効率に依存して変化するため、標準感度データは、X線の発生に関わるエネルギー順位に応じた系列(K線、L線、M線)に分けて記憶部20に記憶される。
【0027】
標準感度曲線算出処理部12は、データ取得処理部11により取得した標準感度データに基づいて、標準感度値と波長との関係を表す標準感度曲線を算出する(標準感度曲線算出ステップ)。標準感度曲線は、複数の波長における標準感度値のデータを用いて、最小二乗法などにより多項式近似を行うことにより得られ、標準感度値と波長との関係をグラフで表したときに、滑らかに変化する曲線として表される。標準感度曲線算出処理部12により算出された標準感度曲線のデータは、電子線の加速電圧ごとに対応付けて記憶部20に記憶される。
【0028】
さらに、記憶部20には、予め一つの代表する装置(電子線マイクロアナライザー)を用いて求められた標準感度曲線のデータが、初期データとして電子線の加速電圧ごとに対応付けて記憶されている。上記代表する装置は、本実施形態に係る電子線マイクロアナライザーとは別の装置である。この標準感度曲線の初期データは、更新されることなく常に記憶部20に記憶されている。
【0029】
更新処理部13は、記憶部20に記憶されている標準感度曲線のデータを更新する処理を行う(更新ステップ)。上述の通り、標準感度曲線のデータは、複数の異なる加速電圧ごとに記憶部20に記憶されるが、更新処理部13は、ある一つの加速電圧における標準感度曲線のデータを更新する際に、他の加速電圧における標準感度曲線のデータも更新して記憶部20に記憶させる。
【0030】
更新処理部13は、一つの加速電圧において標準試料から発生するX線をWDS6で検出し、このときデータ取得処理部11で取得された標準感度値の実測値に基づいて、記憶部20に記憶されている標準感度データ及び標準感度曲線のデータを更新する。具体的には、一つの加速電圧での標準感度値の実測値に基づいて、記憶部20に記憶されている標準感度値が、その標準感度値の実測値に更新される。また、その標準感度値の実測値に基づいて標準感度曲線算出処理部12が算出する標準感度曲線のデータにより、記憶部20に記憶されている標準感度曲線のデータが更新される。さらに、上記一つの加速電圧が他の加速電圧に変化したときに標準感度値が変化する割合が、記憶部20に記憶されている各標準感度曲線の初期データから求められ、当該割合及び標準感度値の実測値から、他の加速電圧における標準感度値が算出される。そして、算出された他の加速電圧における標準感度値に基づいて、記憶部20に記憶されている標準感度曲線のデータが更新される。なお、標準感度データ及び標準感度曲線のデータは、当初は記憶部20に記憶されておらず、更新処理部13の1回目の処理により記憶部20に記憶された標準感度データ及び標準感度曲線のデータが、2回目以降は順次書き換えられて更新されることとなる。
【0031】
元素濃度算出処理部14は、記憶部20に記憶されている標準感度曲線のデータを用いて試料の元素濃度を算出する(元素濃度算出ステップ)。更新処理部13により記憶部20に記憶されている標準感度曲線のデータが更新された場合には、その更新された標準感度曲線のデータを用いて試料の元素濃度が算出される。具体的には、所定の加速電圧において試料(未知試料)から発生するX線をWDS6で検出し、このときデータ取得処理部11で取得されたX線強度のデータに基づいて、各波長におけるピーク強度と、各波長における標準感度曲線上の標準感度値との比率を算出する。これにより、各波長に対応する元素の濃度(元素含有量)が、その波長において算出された上記比率に対応する値として算出される。
【0032】
表示画像生成処理部15は、元素濃度算出処理部14により算出された各元素の濃度を表す表示画像を生成し、その表示画像を表示部30に表示させることができる。ただし、元素濃度算出処理部14により算出された各元素の濃度は、表示部30に表示されるような構成に限らず、例えば記憶部20に記憶され、必要に応じてデータとして出力されるような構成であってもよい。
【0033】
3.標準感度データの具体例
図3Aは、条件番号mと加速電圧E[m]の対応関係の一例を示した図である。また、
図3Bは、ある加速電圧E[m]における標準感度データの一例を示した図である。
【0034】
図3Aに示すように、電子線の加速電圧E[m]には、その値に応じて異なる条件番号mが対応付けられている。例えば条件番号m=3には、加速電圧E[m]=15(kV)が対応付けられており、この加速電圧E[m]=15(kV)における標準感度データの一例が
図3Bに示されている。
【0035】
図3Bに示すように、記憶部20には、標準感度値I_DATA[m][n]と、波長X[m][n]とが対応付けられ、標準感度データとして電子線の加速電圧E[m]ごとに記憶されている。各標準感度値I_DATA[m][n]には、それぞれ異なるデータ番号nが割り当てられるとともに、X線名NAME[m][n]も対応付けて記憶されている。本実施形態では、条件番号m及びデータ番号nを指定することにより、対応する加速電圧E[m]における標準感度値I_DATA[m][n]と波長X[m][n]の値を、X線名NAME[m][n]ごとに記憶部20から読み出すことができる。
【0036】
標準感度曲線算出処理部12は、加速電圧E[m]ごとに、各波長X[m][n]における標準感度値I_DATA[m][n]を記憶部20から読み出し、標準感度曲線を算出する。例えば、記憶部20から読み出した標準感度データが、最小二乗法を用いて下記式(1)のような多項式に近似されることにより、標準感度曲線I_CURVE(m,X)が算出される。なお、A[m]、B[m]、C[m]、D[m]は、それぞれ標準感度係数を表しており、これらの係数が標準感度曲線のデータとして記憶部20に記憶される。
I_CURVE(m,X)
=A[m]X
3+B[m]X
2+C[m]X+D[m] ・・・(1)
【0037】
4.標準感度データの更新
図4Aは、各加速電圧E[m]における標準感度曲線の一例を示した図である。記憶部20に初期値として記憶されている各加速電圧E[m](m=1,2,3,4)における標準感度データに基づいて、上記式(1)により標準感度曲線を算出すると、
図4Aに示すように、E[1]=5kV、E[2]=10kV、E[3]=15kV、E[4]=20kVのそれぞれにおける標準感度曲線I_CURVE(1,X)、I_CURVE(2,X)、I_CURVE(3,X)、I_CURVE(4,X)が得られる。
【0038】
図4B及び
図4Cは、標準感度曲線のデータを更新する際の態様について説明するための図である。標準感度曲線のデータを更新する際には、ある条件番号m=Mにおける加速電圧E[M]で取得した標準感度値の実測値に基づいて、記憶部20に記憶されている当該加速電圧E[M]における標準感度値が更新され、その標準感度値に基づいて標準感度曲線算出処理部12により算出された標準感度曲線のデータが記憶部20に記憶されて更新されるとともに、後述する演算により算出された他の加速電圧E[m]における標準感度曲線のデータが記憶部20に記憶されて更新される。
【0039】
例えば、
図4Bに示すように、加速電圧E[M]で取得した標準感度値の実測値が、ある波長X_correct[M][n]において、I_DATA_correct[M][n]であるとする。また、この波長X_correct[M][n]における加速電圧E[M]での標準感度曲線上の標準感度値(初期値)が、I_CURVE_init(M,X_correct[M][n])であり、他の加速電圧E[m]における標準感度曲線上の標準感度値(初期値)が、I_CURVE_init(m,X_correct[m][n])であるとする。
【0040】
この場合、他の加速電圧E[m]における標準感度値I_DATA_correct[m][n]は、下記式(2)により更新される。
I_DATA_correct[m][n]
=I_DATA_correct[M][n]×R ・・・(2)
なお、Rは、加速電圧がE[M]からE[m]に変化したときに標準感度値が変化する割合であり、記憶部20に記憶されている標準感度曲線の初期データから、下記式(3)により求められる。
R=I_CURVE_init(m,X_correct[m][n])
÷I_CURVE_init(M,X_correct[M][n])
・・・(3)
【0041】
このような演算は、
図4Bに示すように、各波長における標準感度値の実測値I_DATA_correct[M][n]に基づいて行われ、これにより、各波長における更新後の標準感度値I_DATA_correct[m][n]が得られる。その後、
図4Cに示すように、各波長における標準感度値の実測値I_DATA_correct[M][n]に合わせて、加速電圧E[M]における標準感度曲線のデータI_CURVE_correct(M,X)が更新されるとともに、各波長における更新後の標準感度値I_DATA_correct[m][n]に合わせて、他の加速電圧E[m]における標準感度曲線のデータI_CURVE_correct(m,X)が更新される。
【0042】
すなわち、各波長における標準感度値の実測値I_DATA_correct[M][n]に基づいて、上記式(1)のような多項式に近似する演算が行われることにより、I_CURVE_correct(M,X)が得られ、この多項式における係数A_correct[M]、B_correct[M]、C_correct[M]、D_correct[M]が記憶部20に記憶されることにより、加速電圧E[M]における標準感度曲線のデータI_CURVE_correct(M,X)が更新される。また、各波長における更新後の標準感度値I_DATA_correct[m][n]に基づいて、上記式(1)のような多項式に近似する演算が行われることにより、I_CURVE_correct(m,X)が得られ、この多項式における係数A_correct[m]、B_correct[m]、C_correct[m]、D_correct[m]が記憶部20に記憶されることにより、他の加速電圧E[m]における標準感度曲線のデータI_CURVE_correct(m,X)が更新される。
【0043】
所定の加速電圧E[M]及び他の加速電圧E[m]は、予め設定されている固定値であってもよいし、ユーザが任意に選択できてもよい。ただし、標準感度曲線の初期データが、WDS6において検出されるX線の波長範囲内(分光波長範囲内)で標準感度値が0以下にならない加速電圧条件でなければならない。例えば、
図4Aに示した例では、加速電圧が15kV以上であれば、その条件を満たすこととなる。
【0044】
5.更新後の元素濃度の算出
標準感度曲線のデータが更新された場合には、その更新された標準感度曲線のデータを用いて試料の元素濃度が算出される。すなわち、加速電圧E[m]で定性分析を実施した場合には、更新された標準感度曲線I_CURVE_correct(m,X)と、測定された各波長におけるピーク強度との比率に基づいて、各波長に対応する元素の濃度(元素含有量)が算出される。
【0045】
このとき、例えばE[m]とE[m+1]の間の加速電圧条件で定性分析を行った場合には、加速電圧E[m]における標準感度曲線I_CURVE_correct(m,X)と、加速電圧E[m+1]における標準感度曲線I_CURVE_correct(m+1,X)との間で、直線補間を行うことにより各波長における標準感度値を算出する。この場合、算出された各波長における標準感度値と、測定された各波長におけるピーク強度との比率に基づいて、各波長に対応する元素の濃度(元素含有量)が算出される。
【0046】
6.作用効果
(1)本実施形態では、一つの加速電圧E[M]で取得した標準感度値の実測値I_DATA_correct[M][n]を用いて、他の加速電圧E[m]における標準感度曲線I_CURVE_correct(m,X)のデータを一括して更新することができる。したがって、各加速電圧E[m]について、標準感度値の実測値を用いて標準感度曲線のデータを更新する必要がないため、標準感度曲線のデータを修正する作業を簡略化することができる。
【0047】
同じX線の測定に関して加速電圧E[m]のみを変化させた場合、測定される標準感度値は、WDS6の検出効率には依存せず、X線の発生効率のみに依存して変化する。したがって、異なる加速電圧条件において同じX線の標準感度値を求めた場合、互いの比率は装置や部品の個体差に依存せず、同じ値になると考えられる。このため、予め1つの代表する装置を用いて求めた加速電圧ごとの標準感度曲線を用いて上記比率を算出すれば、1つの加速電圧条件で標準感度値を更新するだけで、他の加速電圧E[m]の標準感度値も適切な値に修正し、標準感度曲線を更新することが可能である。
【0048】
(2)また、本実施形態では、一括して更新された各加速電圧E[m]における標準感度曲線I_CURVE_correct(m,X)のデータを用いて、試料の元素濃度を算出することができる。したがって、簡略化された作業により得られる加速電圧ごとの標準感度曲線I_CURVE_correct(m,X)のデータを用いて、試料の元素濃度を容易に算出することができる。
【0049】
7.変形例
上記実施形態では、データ処理部10を備えたEPMA100について説明したが、データ処理部10としてコンピュータを機能させるためのプログラム(データ処理プログラム)を提供することも可能である。この場合、上記プログラムは、記憶媒体に記憶された状態で提供されるような構成であってもよいし、有線通信又は無線通信を介してプログラム自体が提供されるような構成であってもよい。
【符号の説明】
【0050】
1 ハウジング
3 試料ステージ
4 電子線照射部
6 WDS(波長分散型X線分光器)
10 データ処理部
11 データ取得処理部
12 標準感度曲線算出処理部
13 更新処理部
14 元素濃度算出処理部
15 表示画像生成処理部
20 記憶部
30 表示部
41 電子源
42 コンデンサレンズ
45 対物レンズ
61 分光結晶
62 X線検出器
100 EPMA(電子線マイクロアナライザー)