(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
金属基体の上層に非金属層が設けられた対象物の表面の所定位置にテラヘルツ波を照射可能に構成されているとともに、前記対象物の表面を走査可能なテラヘルツ波発信手段と、前記対象物の前記所定位置において反射されたテラヘルツ波を検出可能に構成されているとともに、前記対象物の表面を走査可能なテラヘルツ波検出手段と、前記テラヘルツ波発信手段における前記テラヘルツ波の出射側に設けられた発信側直線偏光手段と、前記テラヘルツ波検出手段の検出側に、偏光方向が前記発信側直線偏光手段の偏光方向と90°異なるように設けられた検出側直線偏光手段と、を備えた異常検出装置による異常検出方法において、
前記発信側直線偏光手段および前記検出側直線偏光手段は、前記発信側直線偏光手段の偏光方向と前記検出側直線偏光手段の偏光方向とが90°異なった状態を維持しながら回転するように構成され、
前記発信側直線偏光手段および前記検出側直線偏光手段の回転とともに、前記テラヘルツ波検出手段によって検出される前記反射されたテラヘルツ波の強度が増減することなく極小を維持する箇所を、前記金属基体と前記非金属層との密着度が低下した異常箇所と判定する
ことを特徴とする異常検出方法。
金属基体の上層に非金属層が設けられた対象物の表面の所定位置にテラヘルツ波を照射可能に構成されているとともに、前記対象物の表面を走査可能なテラヘルツ波発信手段と、前記対象物の前記所定位置において反射されたテラヘルツ波を検出可能に構成されているとともに、前記対象物の表面を走査可能なテラヘルツ波検出手段と、前記テラヘルツ波発信手段における前記テラヘルツ波の出射側に設けられた発信側直線偏光手段と、前記テラヘルツ波検出手段の検出側に、偏光方向が前記発信側直線偏光手段の偏光方向と90°異なるように設けられた検出側直線偏光手段と、前記テラヘルツ波発信手段の出射側に設けられ、前記発信側直線偏光手段を透過した直線偏光のテラヘルツ波を円偏光になるように位相差を与える発信側位相変換手段と、前記検出側直線偏光手段に対して前記テラヘルツ波の入射側に設けられ、前記テラヘルツ波に位相差を与える検出側位相変換手段と、を備えた異常検出装置による異常検出方法において、
前記対象物の表面に沿って所定範囲を走査するとともに、前記テラヘルツ波発信手段から出射された前記テラヘルツ波を前記非金属層に照射して、前記反射されたテラヘルツ波を前記テラヘルツ波検出手段によって検出して得られる前記反射されたテラヘルツ波の強度分布において、検出強度が極小になった箇所を前記金属基体と前記非金属層との密着度が低下した異常箇所と判定する
ことを特徴とする異常検出方法。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態による異常検出方法および異常検出装置について、図面を参照しつつ説明する。なお、以下の実施形態の全図においては、同一または対応する部分には同一の符号を付す。また、本発明は以下に説明する実施形態によって限定されるものではない。
【0014】
まず、本発明による異常検出方法を説明するにあたり、本発明の理解を容易にするために、本発明の原理について説明する。通常、構造物は部材の保護のために、表面が耐環境性に優れた塗料や樹脂などによって被覆される。これらの代表的なものとしては、鋼材からなる構造物(鋼構造物)が腐食しないように保護する、非金属層からなる防食層としての塗装や塗覆装(以下、防食層と総称する)がある。防食層は通常、部材の表面に密着している。ところが、防食層が劣化すると、鋼材の鋼面に対する防食層の密着度が低下する。
【0015】
ここで、防食層の密着度を評価するために、例えば塗装については、クロスカット試験法(日本工業規格、K5600−5−6)も知られている。クロスカット試験法とは、カミソリの刃によって塗装の表面に微細な間隔で縦横に切り込みを入れ、塗装の剥がれ状況を観察して標準判定画像と対比することによって、塗装の密着度を5段階で評価する方法である。ところが、クロスカット試験法は、検査者が塗装の表面に接近する必要があるのみならず、局所的な評価に留まり、さらには塗装を損傷させる方法であることから、実際の構造物に対する適用には限界があった。
【0016】
上述した防食層は、乾燥および硬化の過程において収縮することから、表面に引張残留応力が生じることが知られている。すなわち、鋼構造物などの防食層においては、施工の工程に基づくと、施工の完了時には等方的な引張残留応力の状態になっている。例えば塗装の場合、乾燥の過程において塗膜自体が収縮する一方、金属基体である鋼材との密着部が抗力になって、結果として引張残留応力の状態になる。さらに、乾燥の過程においては通常、乾燥は一様に進行することから、引張残留応力は等方的になる。また、塗覆装の場合、塗覆装を加熱により軟化させた状態で鋼材に施工する。この際、塗覆装の冷却の過程において熱収縮が生じる一方、塗装の場合と同様に、鋼材との密着部が抗力になって、結果として引張残留応力の状態になる。熱収縮においては冷却が一様に進むことから、引張残留応力は等方的になる。
【0017】
以上の点から、防食層が健全である箇所、すなわち鋼材の鋼面に防食層が正常に密着している正常部分においては、防食層における応力の状態は、等方的な引張残留応力と構造物の死荷重によって生じるひずみによる応力とが重畳した状態になっている。死荷重によるひずみは一般には等方的ではないことから、健全な箇所における防食層の応力状態は等方的でなく、異方性を有することになる。他方、防食層が健全ではない箇所、すなわち鋼材の鋼面に防食層が正常に密着していない異常部分においては、防食層と鋼材との密着性が低下していたり防食層の下方が腐食していたりする場合がある。この場合、防食層は剥離などによって浮いた状態になるため、防食層に対する密着部の抗力が存在しなくなり、等方的な圧縮残留応力のみが残った状態になる。そのため、防食層が健全ではない箇所は、健全である箇所とは応力方向が反対である圧縮方向の等方的な応力状態になる。したがって、鋼構造物の表面の防食層の応力が等方性を有するか異方性を有するかを検出することによって、防食層の異常部分を検出でき、防食層による防食状態の健全性を評価できる。
【0018】
そこで、防食層に生じる応力に関する異方性および等方性の検出方法について説明する。従来、樹脂の応力を評価する手法として、エポキシ樹脂やガラスなどの透明な材料に外力を作用させると複屈折現象が生じることを利用した、光弾性応力測定法(以下、光弾性法)が知られている。光弾性法においては、複屈折現象が生じる材料によって作成したモデルに外力を作用させ、モデルに生じた複屈折現象を観察することによって、応力分布を求める方法である。
図3は、従来の光弾性法による応力測定方法を説明するための、光弾性応力測定装置の概略構成を示す図である。
【0019】
図3に示すように、従来の光弾性応力測定装置100は、互いに直線状に配置された、可視光源101、第1偏光板102、λ/4波長板103,104、第2偏光板105、およびカメラ106を有して構成される。なお、必要に応じてさらにレンズなどが設けられる。これらのうちの第1偏光板102と第2偏光板105とは、互いの偏光方向が90°(π/2)異なるように設けられている。一方、λ/4波長板103,104は互いの主軸方向が90°異なるように設けられている。その上で、第1偏光板102の偏光方向とλ/4波長板103の主軸方向とは互いに45°(π/4)異なるように設けられている。同様に、λ/4波長板104の主軸方向と第2偏光板105の偏光方向とは互いに45°異なるように設けられている。応力が測定される測定対象物110は、可視光に対して透明な例えばエポキシ樹脂などからなる。測定対象物110は、λ/4波長板103,104の間の所定位置に配置される。
【0020】
光弾性応力測定装置100によって測定対象物110に生じる応力を測定する場合には、まず、可視光源101から可視光を出射させる。可視光源101から出射された可視光は、第1偏光板102によって直線偏光となった後、λ/4波長板103によって円偏光となる。円偏光となった可視光は、測定対象物110に入射して測定対象物110の応力場に起因する複屈折によって位相差δを生じ、楕円偏光となる。なお、楕円偏光は円偏光である場合を含む。ここで、複屈折により生じる位相差δは、以下の(1)式に示すように、測定対象物110の主応力差(σ
1−σ
2)に比例する。
δ=2πCt(σ
1−σ
2)/λ …(1)
なお、λは使用する光の波長、Cは測定対象物110の材料の光弾性係数、tは測定対象物110の厚さである。
【0021】
測定対象物110を透過した光は、λ/4波長板104によって直線偏光となった後、第2偏光板105を通過した偏光成分が、カメラ106によって撮像される。この場合に検出される光の強度Iは、以下の(2)式に示すように、複屈折により生じる位相差δに依存する。
I=A
2sin
2(δ/2) …(2)
なお、Aは入射光の振幅である。
【0022】
すなわち、測定対象物110に生じた位相差に依存した画像が、カメラ106によって撮像可能となって、測定対象物110の応力状態が観察可能になる。カメラ106によって撮像された画像は、測定対象物110における明暗模様の光弾性縞の画像として得られる。得られた明暗模様の光弾性縞は等色線と言われる。撮像された等色線を観察することによって、測定対象物110の厚さtと光弾性係数Cとから光弾性パラメータとしての主応力差(σ
1−σ
2)を導出することができる。
【0023】
一方、
図3に示す光弾性応力測定装置100において、λ/4波長板103,104を取り除いた構成にすることによって、さらに主応力方向を測定することができる。すなわち、光弾性応力測定装置100において、可視光源101からカメラ106の間の光軸上から、λ/4波長板103,104を取り外した状態にする。この構成においては、可視光源101から出射した可視光が、第1偏光板102を通過して直線偏光に偏光された後、測定対象物110に入射する。この場合に検出される光の強度Iは、以下の(3)式に示すように、複屈折により生じる位相差δと主応力方向と直線偏光方向のなす角度φに依存する。
I=A
2sin
22φ・sin
2(δ/2) …(3)
【0024】
詳細には、第1偏光板102の偏光方向、すなわち直線偏光の偏光方向と主応力方向とが一致している場合には、直線偏光は偏光方向が変化することなく測定対象物110を透過する。この場合、主応力方向と直線偏光方向のなす角度φは0である。測定対象物110を透過した光は、第1偏光板102の偏光方向と平行な直線偏光であることから、第2偏光板105をほとんど透過しない。この状態において、第2偏光板105を透過した光を観測すると、測定対象物110において等傾線と言われる暗線が発現する。一方、第1偏光板102の偏光方向と主応力方向とが一致していない場合には、測定対象物110を透過する光には複屈折によって位相差δが生じるため、測定対象物110を透過した光は楕円偏光になって、第2偏光板105によって偏光されて透過する。透過する光の強度Iは、(3)式に示すように、第1偏光板102の偏光方向と主応力方向とのなす角度φに応じて変化する。これにより、第1偏光板102と第2偏光板とを、互いの偏光方向が90°異なった状態を維持しながら測定対象物110に入射する可視光の偏光方向の角度が変化するように回転させると、カメラ106によって撮像される光に明暗が生じて、第1偏光板102の回転角度に対応して光弾性縞が撮像される。カメラ106によって撮像された光弾性縞の画像に基づいて、測定対象物110における主応力方向を検出することができる。
【0025】
以上のようにして、光弾性応力測定装置100により光弾性パラメータとしての主応力差(σ
1−σ
2)および主応力方向を検出することができる。ここで、評価する応力場が等方的である場合、主応力差(σ
1−σ
2)は0(σ
1−σ
2=0)になるため、(1)式から位相差δも0になって、検出される光の強度Iも0となる。したがって、光弾性法において、
図3に示す光弾性応力測定装置100を用いて測定対象物110を透過した光を検出する場合、検出された光の強度が0となる箇所は、測定対象物110において等方的な応力状態にあると判断できる。
【0026】
また、
図3に示す光弾性応力測定装置100において、λ/4波長板103,104を取り除いた構成を用いて光を検出する場合、第1偏光板102および第2偏光板105を回転させて、偏光方向を変化させた場合に常に検出光が0となる箇所は、測定対象物110において等方的な応力状態にあると判断できる。したがって、光弾性法において、λ/4波長板103,104を取り除いた構成の光弾性応力測定装置100を用いても、検出された光が常に0になる箇所は、測定対象物110において等方的な応力状態にあると判断できる。
【0027】
ところが、上述した従来の光弾性応力測定装置100を用いた光弾性法による応力の測定においては、可視光源101から出射する可視光を使用しているため、測定対象物110としては、可視光を透過可能な透明材料からなるものに限定されていた。これに対し、実際の構造物などに対して防食のために使用される塗装や塗覆装を構成する樹脂材料は、可視光に対して不透明であることから、可視光を用いた光弾性法を適用することが困難であった。
【0028】
そこで、本発明者は、可視光に代えて電磁波の一種であるテラヘルツ波を用いることを想到し、テラヘルツ波を用いた光弾性法による異常検出方法について検討を行った。テラヘルツ波は、樹脂などの非金属材料に照射するとほとんどが透過する一方、金属材料に照射するとほとんどが反射する性質を有する。本発明者は、テラヘルツ波が有する性質に着目して、電磁波の複屈折現象が生じる光弾性法の原理と併用することによって、可視光に対して不透明な非金属層である樹脂においても主応力方向を測定して、応力が等方的であるか否かを検出可能であることを想到した。本発明者の鋭意検討によって、防食層における主応力方向を測定することにより、構造物の表面に密着された防食層の任意の位置における異常を非接触で測定可能になる。さらに、本発明者は、テラヘルツ波は、金属材料に照射するとほとんどが反射することから、テラヘルツ波を用いた光弾性法(テラヘルツ波光弾性法)なども可能であることを想到した。以下に説明する本発明は、以上の鋭意検討により案出されたものである。
【0029】
(第1の実施形態)
(異常検出装置)
図1は、本発明の第1の実施形態による異常検出装置の構成を示す図である。
図1に示すように、第1の実施形態による異常検出装置1は、解析制御部10、テラヘルツ波発信器11、およびテラヘルツ波検出器12を備える。第1の実施形態において測定の対象となる鋼構造物15は、金属基体としての鋼材15aの表面に、非金属層からなる防食層15bが設けられている。
【0030】
異常検出装置1は、テラヘルツ波L
1を偏光させて鋼構造物15の表面に照射可能に構成されているとともに、鋼構造物15を反射したテラヘルツ波L
2を偏光させた後に検出可能に構成された反射型のテラヘルツ波計測装置から構成される。すなわち、異常検出装置1は、テラヘルツ波発信手段とテラヘルツ波検出手段とを兼ね備える。ここで、テラヘルツ波は、1テラヘルツ(1THz=10
12Hz)前後、具体的には、100GHz〜10THz(10
11〜10
13Hz)オーダーの周波数領域である、いわゆるテラヘルツ領域に属する電磁波である。テラヘルツ領域は、光の直進性と電波の透過性を兼ね備えた周波数領域である。なお、第1の実施形態においてテラヘルツ波の周波数は、防食層15bの材質や厚さなどの条件に応じて選択することが可能であり、防食層15bでのテラヘルツ波の減衰度(透過度)によって選択してもよい。
【0031】
テラヘルツ波発信手段としてのテラヘルツ波発信器11は、例えば共鳴トンネルダイオード(RTD:Resonant Tunneling Diode)などを備えたテラヘルツ波発生素子11a、半球レンズ11b、コリメートレンズ11c、および対物レンズ11dを有して構成される。なお、共鳴トンネルダイオードの代わりに、光伝導アンテナ(PCA:Photo Conductive Antenna)を用いてもよい。テラヘルツ波発信器11における発信側には、発信側直線偏光手段としての第1偏光板13a、および発信側位相変換手段としてのλ/4波長板14aが設けられている。なお、直線偏光手段は、電磁波に対して位相変換を行う位相変換手段として機能する。第1偏光板13aの偏光方向とλ/4波長板14aの主軸方向とは互いに、45°異なるように設けられている。なお、テラヘルツ波発信器11、第1偏光板13a、およびλ/4波長板14aは、直線状に配置された光学系を構成しているが、必ずしも直線状に配置される場合に限定されず、テラヘルツ波L
1を反射する反射ミラーなどをさらに備えて、テラヘルツ波を屈曲させる光学系であってもよい。テラヘルツ波発信器11、第1偏光板13a、およびλ/4波長板14aからなる発信光学系は、テラヘルツ波L
1の直線偏光であるテラヘルツ波L
1pを、鋼構造物15の面に対して所定角度αで照射可能に構成されている。
【0032】
テラヘルツ波検出手段としてのテラヘルツ波検出器12は、例えばRTDからなるテラヘルツ波検出素子12a、半球レンズ12b、および集光レンズ12cを有して構成される。テラヘルツ波検出器12は、テラヘルツ波検出素子12aによってテラヘルツ波の反射波(テラヘルツ波L
2,L
2p)を受信可能な状態で、異常検出装置1に設けられている。テラヘルツ波検出器12における検出側には、検出側直線偏光手段としての第2偏光板13b、および検出側位相変換手段としてのλ/4波長板14bが設けられている。λ/4波長板14bの主軸方向と第2偏光板13bの偏光方向とは互いに、45°異なるように設けられている。
【0033】
第1偏光板13aと第2偏光板13bとは互いに、偏光方向が90°異なるように設けられている。ここで、第1偏光板13aと第2偏光板13bとの偏光方向が90°異なるように設けられているとは、λ/4波長板14a,14bが設けられておらず、かつ複屈折現象が生じる部材が設けられていない状態で、第1偏光板13aによって直線偏光にされた後、偏光状態が変わることなく所定の面を反射したテラヘルツ波が、第2偏光板13bを透過しない状態になることである。また、上述した第1偏光板13aおよび第2偏光板13bとの関係から、λ/4波長板14a,14bは互いの主軸方向が90°異なっている。
【0034】
以上のように構成された異常検出装置1において、少なくともテラヘルツ波発信器11、テラヘルツ波検出器12、第1偏光板13a、第2偏光板13b、およびλ/4波長板14a,14bからなるテラヘルツ波光学系は、一体として鋼構造物15に対して相対的に走査可能に構成される。これにより、異常検出装置1は、鋼構造物15の表面の所定範囲を走査しつつ、テラヘルツ波L
1を照射可能、かつ反射されたテラヘルツ波を検出可能に構成されている。なお、異常検出装置1のテラヘルツ波光学系を鋼構造物15の表面に対して相対的に走査させる走査機構としては、従来公知の種々の走査機構を採用することができ、さらには手動で走査させることも可能である。
【0035】
解析手段および制御手段としての解析制御部10は、信号増幅部10a、バイアス生成部10b、ロックイン検出部10c、および解析処理部10dを備える。解析制御部10は、テラヘルツ波発信器11に対する各種制御を行う。また、解析制御部10は、テラヘルツ波検出器12によって検出されたテラヘルツ波の信号に対して、各種処理を行う。信号増幅部10aは、テラヘルツ波検出器12によって検出された信号を増幅し、テラヘルツ波受信データとしてロックイン検出部10cに出力する。バイアス生成部10bは、バイアス電圧を生成してテラヘルツ波発生素子11aおよびテラヘルツ波検出素子12aをバイアスすることによって、発信するテラヘルツ波、または検出されたテラヘルツ波を、バイアス電圧に応じて変化させる。テラヘルツ波発生素子11aおよびテラヘルツ波検出素子12aによって発信または検出されたテラヘルツ波は、微弱な場合もある。この第1の実施形態においては、発信または検出されたテラヘルツ波が微弱である場合の例を示し、テラヘルツ波の検出にはロックイン検出が用いられる。ロックイン検出の際、テラヘルツ波発信器11においては、テラヘルツ波発生素子11aのバイアス電圧として変調された参照信号が用いられることにより、テラヘルツ波の検出信号のノイズ成分が除去される。これにより、発信または検出されたテラヘルツ波が微弱であっても、検出を精度良く行うことができる。解析処理手段としての解析処理部10dは、検出されたテラヘルツ波受信データを格納する所定の記録部(図示せず)を備えるとともに、テラヘルツ波受信データに対して解析処理を行う。
【0036】
(異常検出方法)
次に、以上のように構成された異常検出装置1を用いた異常検出方法について説明する。上述したように、鋼構造物15は鋼材15aの鋼面15asに防食層15bが設けられている。鋼材15aは、橋梁や配管などの構造物において一般的に用いられる代表的な材料である。なお、鋼構造物15としては、例えば塗覆装を有する鋼構造物のほか、アルミニウム(Al)やステンレス鋼(SUS)などの金属基体の所定の面を下地として、下地の上層に非金属層が形成された種々の物体とすることができる。
【0037】
防食層15bは、下地の鋼材15aにおける鋼面15asの防食層として機能し、接着剤なども含む。防食層15bは、鋼材15aの鋼面15asに密着して設けられている。そのため、防食層15bが密着した鋼材15aに応力に起因してひずみが生じると、生じたひずみのほとんどが防食層15bに伝播し、防食層15bにも鋼材15aに準じたひずみが発生する。この場合、鋼面15asに防食層15bが正常に密着している正常部分においては、防食層15bにおける応力の状態は、等方的な引張残留応力と鋼構造物15の死荷重によって生じるひずみによる応力とが重畳した状態になっている。他方、鋼面15asに防食層15bが正常に密着していない異常部分15dにおいては、防食層15bと鋼材15aとの密着性が低下していたり防食層15bの下方が腐食していたりする。この場合、防食層15bに対する鋼面15asとの密着による抗力が存在しないため、等方的な圧縮残留応力のみが残る。
【0038】
防食層15bが鋼面15asに設けられた鋼構造物15において、異常検出装置1のテラヘルツ波発信器11から防食層15bの表面15bsに向けてテラヘルツ波L
1を出射する。具体的には、テラヘルツ波発生素子11aにおいて発生したテラヘルツ波は、半球レンズ11b、コリメートレンズ11c、および対物レンズ11dを介して、テラヘルツ波L
1として出射される。ここで、発信されるテラヘルツ波L
1は、典型的には連続的に発信されるテラヘルツ連続波であるが、断続的に発信されるテラヘルツパルス波やトーンバースト波であってもよい。
【0039】
テラヘルツ波発信器11から発信されたテラヘルツ波L
1は、第1偏光板13aによって直線偏光にされる。第1偏光板13aを通過した直線偏光のテラヘルツ波は、λ/4波長板14aを透過して円偏光となる。円偏光となったテラヘルツ波L
1pは、所定角度αの入射角で鋼構造物15の防食層15bに入射する。防食層15bに入射したテラヘルツ波L
1pは、防食層15b内においてひずみに応じた複屈折が生じつつ鋼面15asによって完全反射される。鋼面15asにおいて完全反射したテラヘルツ波L
2は、防食層15b内においてひずみに応じた複屈折が生じつつ、表面15bsから出射される。
【0040】
表面15bsから出射したテラヘルツ波L
2は、複屈折により位相差δを生じて楕円偏光または円偏光に偏光される。テラヘルツ波L
2は、λ/4波長板14bを透過して直線偏光となった後、第2偏光板13bを通過した偏光成分であるテラヘルツ波L
2pが、テラヘルツ波検出器12によって検出される。これにより、防食層15bにおける複屈折によって生じた位相差δに依存したテラヘルツ波の強度が、テラヘルツ波検出器12によって検出される。
【0041】
以上のように、テラヘルツ波検出器12によって検出されたテラヘルツ波L
2pの強度は、防食層15bの主応力差(σ
1−σ
2)に比例した物理量になる。そのため、防食層15bにおける正常部分においては、主応力差(σ
1−σ
2)が0にならず、テラヘルツ波検出器12によってテラヘルツ波L
2pが検出される。一方、防食層15bにおける異常部分においては、主応力差(σ
1−σ
2)が0になることから、テラヘルツ波L
2pの検出強度は極小になる。さらに、上述した走査機構によって、上述したテラヘルツ波光学系を鋼構造物15の表面に沿って所定範囲を走査させる。これにより、鋼構造物15の表面15bsの所定範囲において、防食層15bのひずみに応じたテラヘルツ波の強度分布が、テラヘルツ波検出器12によって検出される。テラヘルツ波検出器12によって検出されたテラヘルツ波の強度分布は、防食層15bにおけるテラヘルツ波の光弾性縞の等色線の分布として得られる。その上で、テラヘルツ波L
2pの検出強度が極小になった箇所は、防食層15bにおける異常箇所として検出される。これらの異常部分を検出する演算は、解析制御部10の解析処理部10dなどにより実行される。
【0042】
以上説明した第1の実施形態による異常検出方法によれば、テラヘルツ波を鋼構造物15に照射し、鋼材15aの鋼面15asで反射したテラヘルツ波の強度に基づいて、防食層15bの主応力差(σ
1−σ
2)を導出することができる。したがって、反射したテラヘルツ波の強度が極小となって、主応力差(σ
1−σ
2)が0となる部分を検出することによって、防食層15bにおける鋼面15asとの密着度が低下した異常部分を検出することが可能になる。
【0043】
(第2の実施形態)
次に、本発明の第2の実施形態による異常検出装置および異常検出方法について説明する。
図2は、第2の実施形態による異常検出装置の構成を示す図である。
【0044】
(異常検出装置)
図2に示すように、異常検出装置2は、異常検出装置1において、λ/4波長板14a,14bが設けられていない構成を有する。また、異常検出装置2は、異常検出装置1における第1偏光板13aおよび第2偏光板13bに対応して、第1偏光板21aおよび第2偏光板21bがそれぞれ設けられている。第1偏光板21aおよび第2偏光板21bはそれぞれ、互いに同径の円盤状の偏光板から構成されているとともに、円盤状の外周部分に互いに同じピッチの外歯が形成された円盤ギヤ形状を有する。
【0045】
異常検出装置2において、第1偏光板21aと第2偏光板21bとの間には、偏光板同期回転機構22が設けられている。偏光板同期回転機構22は、旋回ヘッド22a、ギヤボックス22b、および偏光板同期回転ギヤ22cを有して構成される。旋回ヘッド22aは、従来公知のギヤボックス22bを介して偏光板同期回転ギヤ22cに接続されている。旋回ヘッド22aを回転軸Oの回りで回転させることにより、ギヤボックス22b内の複数のギヤを介して、偏光板同期回転ギヤ22cが回転される。偏光板同期回転ギヤ22cの外周部分には、第1偏光板21aおよび第2偏光板21bの外周部分の外歯と噛み合う外歯が形成されている。偏光板同期回転ギヤ22cの外歯と、第1偏光板21aおよび第2偏光板21bの外歯とが噛み合うことにより、偏光板同期回転ギヤ22cの回転に伴って、第1偏光板21aおよび第2偏光板21bが同じ回転方向に回転可能に構成される。ここで、第1偏光板21aの外径と第2偏光板21bの外径とは互いに同径である。そのため、旋回ヘッド22aを回転させて偏光板同期回転ギヤ22cを回転させると、第1偏光板21aと第2偏光板21bとは、偏光方向が所定の偏光方向、ここでは90°の角度だけ異なった状態を維持しながら、同じ回転方向に回転する。その他の構成は、異常検出装置1と同様である。
【0046】
(異常検出方法)
次に、上述した異常検出装置2を用いた異常検出方法について説明する。すなわち、
図2に示すように、テラヘルツ波発信器11から出射したテラヘルツ波L
1は、第1偏光板21aを通過して直線偏光に偏光された後、鋼構造物15の防食層15bに入射される。防食層15bに入射したテラヘルツ波L
1pは、鋼材15aの鋼面15asによって完全反射されて防食層15bを透過して出射される。この状態で、偏光板同期回転ギヤ22cを回転させて、第1偏光板21aと第2偏光板21bとを、互いの偏光方向が90°異なった状態を維持しながら回転させる。
【0047】
上述したように、防食層15bが鋼面15asに密着している正常部分においては防食層15bの応力状態は等方的でない、すなわち異方性を有している。そのため、(3)式にも示すように、第1偏光板21aおよび第2偏光板21bの回転とともに、第2偏光板21bを透過したテラヘルツ波L
2Pの強度は、明暗、すなわち極大と極小とを繰り返すように変化する。
【0048】
これに対し、防食層15bが鋼面15asに密着していない異常部分においては、防食層15bの応力が等方的であることから、(3)式においてδ=0になる。そのため、第1偏光板21aと第2偏光板21bとを回転させたとしても、第2偏光板21bを透過したテラヘルツ波L
2pの強度は極小の状態を維持する。
【0049】
すなわち、上述した防食層15bの正常部分にテラヘルツ波を照射した場合と異なり、第1偏光板21aおよび第2偏光板21bの回転に伴った極大と極小とが交互に発現することなく、検出されるテラヘルツ波L
2pの強度は極小の状態を維持する。これにより、第1偏光板21aと第2偏光板21bとを回転させても、検出されるテラヘルツ波L
2pの強度が極小の状態を維持している部分は、防食層15bにおける異常部分として検出できる。これらの異常部分を検出する演算は、解析制御部10の解析処理部10dなどにより実行される。
【0050】
さらに、上述した走査機構(図示せず)によって、少なくともテラヘルツ波発信器11、テラヘルツ波検出器12、第1偏光板21a、および第2偏光板21bを一体とした第2テラヘルツ波光学系を、鋼構造物15の表面に沿って所定範囲を走査させる。これにより、テラヘルツ波検出器12によって、鋼構造物15の所定範囲において防食層15bの主応力方向に沿ったテラヘルツ波L
2pの強度分布が検出される。テラヘルツ波検出器12によって検出されたテラヘルツ波L
2pの強度分布は、防食層15bにおけるテラヘルツ波の等傾線として得られる。なお、防食層15bが鋼材15aに密着している場合、得られた光弾性縞の等傾線は、鋼材15aにおける等傾線になる。
【0051】
(変形例)
次に、上述した第2の実施形態による異常検出方法の変形例について説明する。すなわち、
図2に示す異常検出装置2において、第1偏光板21aおよび第2偏光板21bは、偏光方向が90°異なった状態を維持しながら同じ回転方向に回転する。この場合、任意の偏光方向の位置での検出強度と,その位置から第1偏光板21aおよび第2偏光板21bを偏光方向が90°異なった状態を維持しながら45°回転させた位置でのテラヘルツ波L
2pの強度を検出し、検出された2つのテラヘルツ波L
2pの強度を加算することによって、主応力差(σ
1−σ
2)を求めることも可能である。
【0052】
より詳細には、任意の偏光方向で検出される光の強度I
1は、以下の(4)式に示すように、複屈折により生じる位相差δと主応力方向と偏光方向とのなす角度φに依存する。
I
1=A
2sin
22φ・sin
2(δ/2) …(4)
なお、Aは入射光の振幅である。
【0053】
さらに、光の強度I
1が検出された位置から、第1偏光板21aおよび第2偏光板21bを、互いの偏光方向が90°異なった状態を維持しながら、45°回転させた位置において検出される光の強度I
2は、(5)式に示すようになる。
I
2=A
2sin
22(φ+π/4)・sin
2(δ/2) …(5)
【0054】
以上のように検出された光の強度I
1,I
2を合成すると、合成された光の強度Iは、以下の(6)式に示すように、主応力方向と偏光方向とのなす角度φに依存しない。
I=I
1+I
2=A
2sin
2(δ/2) …(6)
これは、光弾性法において、円偏光を用いた場合と同じ結果が得られることを意味する。これにより、異常検出装置2によって、防食層15bの主応力方向と主応力差(σ
1−σ
2)とをともに導出可能になる。その他の構成は、上述した第2の実施形態と同様である。
【0055】
以上説明した第2の実施形態による異常検出方法によれば、テラヘルツ波を鋼構造物15に照射し、鋼材15aの鋼面15asで反射したテラヘルツ波の強度に基づいて、防食層15bの等方的な部分を検出できる。したがって、簡易な構成によって、防食層15bを鋼材15aに対する密着度が低下している異常部分を、鋼構造物15の表面の所定範囲から検出することが可能となる。
【0056】
以上、本発明の実施形態について具体的に説明したが、本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想に基づく各種の変形が可能である。例えば、上述の第1の実施形態において挙げた異常検出装置1,2の構成はあくまでも例に過ぎず、テラヘルツ波を用いて構造物の表面に密着した非金属層の主応力差および主応力方向を測定可能な構成であれば、必要に応じてこれと異なる構成の装置を用いてもよい。また、本発明は、上述した実施形態による本発明の開示の一部をなす記述および図面により限定されない。
【0057】
例えば、上述した実施形態においては、鋼構造物15に対してテラヘルツ波をスポット的に照射して、鋼材15aの鋼面15asによってスポット的に反射させているが、必ずしもスポット的に照射および反射に限定されない。例えば、テラヘルツ波発信器11の代わりに、テラヘルツ波を面状に出射可能なテラヘルツ波光源を用いるとともに、テラヘルツ波検出器12の代わりに、テラヘルツ波L
2pを面状の分布として検出可能なテラヘルツ波検出アレイなどを用いることも可能である。
【0058】
例えば、上述した第2の実施形態においては、異常検出装置2において、第1偏光板21aと第2偏光板21bとを互いの偏光方向が90°異なった状態に維持しながら回転させるための機構として、偏光板同期回転機構22を用いているが、必ずしもこの機構に限定されるものではない。第1偏光板21aと第2偏光板21bとを互いの偏光方向が90°異なった状態に維持しながら回転させることが可能であれば、従来公知の種々の回転機構を採用することが可能である。
【0059】
例えば、上述した実施形態においては、異常検出装置1,2において、テラヘルツ波を鋼構造物15に向けて出射するための光学系と、鋼面15asで反射されたテラヘルツ波を検出するための光学系とを光軸が異なる非同軸とした構成にしているが、必ずしも非同軸に限定されない。具体的には、ハーフミラーなどを用いることによって、テラヘルツ波を出射する光学系と反射されたテラヘルツ波を検出する光学系とを、光軸が重なる同軸とした構成にすることも可能である。