特許第6973392号(P6973392)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社GSユアサの特許一覧

<>
  • 特許6973392-鉛蓄電池 図000008
  • 特許6973392-鉛蓄電池 図000009
  • 特許6973392-鉛蓄電池 図000010
  • 特許6973392-鉛蓄電池 図000011
  • 特許6973392-鉛蓄電池 図000012
  • 特許6973392-鉛蓄電池 図000013
  • 特許6973392-鉛蓄電池 図000014
  • 特許6973392-鉛蓄電池 図000015
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6973392
(24)【登録日】2021年11月8日
(45)【発行日】2021年11月24日
(54)【発明の名称】鉛蓄電池
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/14 20060101AFI20211111BHJP
   H01M 4/62 20060101ALI20211111BHJP
   H01M 4/73 20060101ALI20211111BHJP
【FI】
   H01M4/14 Q
   H01M4/62 B
   H01M4/73 Z
【請求項の数】8
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2018-530361(P2018-530361)
(86)(22)【出願日】2017年7月26日
(86)【国際出願番号】JP2017027073
(87)【国際公開番号】WO2018021420
(87)【国際公開日】20180201
【審査請求日】2020年6月23日
(31)【優先権主張番号】特願2016-150860(P2016-150860)
(32)【優先日】2016年7月29日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】507151526
【氏名又は名称】株式会社GSユアサ
(74)【代理人】
【識別番号】110002745
【氏名又は名称】特許業務法人河崎・橋本特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】籠橋 宏樹
【審査官】 守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開2016−103422(JP,A)
【文献】 特開2013−218894(JP,A)
【文献】 特開2012−209084(JP,A)
【文献】 国際公開第2016/194328(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/14
H01M 4/62
H01M 4/73
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉛蓄電池であって、
前記鉛蓄電池は、負極板と、正極板と、電解液と、を備え、
前記負極板は、負極集電体と、負極電極材料と、を備え、
前記負極電極材料は、硫黄元素を含む有機防縮剤を含み、
前記有機防縮剤中の前記硫黄元素の含有量は、4000μmol/g以上であり、
前記負極板の高さは、15cm以上である、鉛蓄電池。
【請求項2】
前記負極電極材料の密度は、2.5g/cm以上4.0g/cm以下である、請求項1に記載の鉛蓄電池。
【請求項3】
前記負極板は、前記負極板の上端部に耳部を備えており、
前記耳部は、前記鉛蓄電池を設置した状態で、前記鉛蓄電池の上側に位置している、請求項1または2に記載の鉛蓄電池。
【請求項4】
前記負極板の高さは、100cm以下である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の鉛蓄電池。
【請求項5】
前記負極集電体は、打ち抜き方式の格子体である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の鉛蓄電池。
【請求項6】
前記硫黄元素の含有量は、10000μmol/g以下である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の鉛蓄電池。
【請求項7】
前記負極電極材料中に含まれる前記有機防縮剤の含有量は、0.01質量%以上である、請求項1〜6のいずれか1項に記載の鉛蓄電池。
【請求項8】
前記負極電極材料中に含まれる前記有機防縮剤の含有量は、1.0質量%以下である、請求項1〜7のいずれか1項に記載の鉛蓄電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉛蓄電池に関する。
【背景技術】
【0002】
鉛蓄電池は、車載用、産業用の他、様々な用途で使用されている。鉛蓄電池は、負極板と、正極板と、電解液とを含む。負極板と正極板との間にはセパレータが配置される。フォークリフト用などの産業用途に利用される鉛蓄電池では、高さが大きな負極板および正極板が、大きな電槽に収容されている。例えば、特許文献1には、高さ190〜700mmの電槽を備える鉛蓄電池が記載されている。特許文献2には、高さ120cmの負極板および正極板を備える鉛蓄電池が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2013−41757号公報
【特許文献2】特開昭59−186262号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、高さが大きな負極板は、極板下部の充電効率が低いため、鉛蓄電池内で下部に硫酸鉛が蓄積される。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一側面は、負極板と、正極板と、電解液と、を備え、
前記負極板は、負極集電体と、負極電極材料と、を備え、
前記負極電極材料は、硫黄元素を含む有機防縮剤を含み、
前記有機防縮剤中の前記硫黄元素の含有量は、4000μmol/g以上であり、
前記負極板の高さは、10cmを超える、鉛蓄電池に関する。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、高さが大きな負極板を用いる鉛蓄電池においても、負極板の下部における硫酸鉛の蓄積を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】本発明の一側面に係る鉛蓄電池のフタを外した状態を模式的に示す斜視図である。
図2A図1の鉛蓄電池の正面図である。
図2B図2Aの鉛蓄電池のIIB−IIB線による矢示断面図である。
図3】硫黄元素の含有量が異なる有機防縮剤を用いたときの負極板の高さ(6〜30cm)と硫酸鉛の蓄積量との関係を示すグラフである。
図4】硫黄元素の含有量が異なる有機防縮剤を用いたときの負極板の高さ(6〜50cm)と硫酸鉛の蓄積量との関係を示すグラフである。
図5】硫黄元素の含有量が異なる有機防縮剤を用いたときの負極板の高さ(6〜30cm)と鉛蓄電池の寿命サイクルとの関係を示すグラフである。
図6】硫黄元素の含有量が異なる有機防縮剤を用いたときの負極板の高さ(6〜50cm)と鉛蓄電池の寿命サイクルとの関係を示すグラフである。
図7】負極電極材料の密度が異なる負極を用いたときの有機防縮剤の硫黄元素の含有量と5時間率容量との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明の新規な特徴を添付の請求の範囲に記述するが、本発明は、構成および内容の両方に関し、本発明の他の目的および特徴と併せ、図面を照合した以下の詳細な説明によりさらによく理解されるであろう。
【0009】
本発明の一側面に係る鉛蓄電池は、負極板と、正極板と、電解液と、を備え、負極板は、負極集電体と、負極電極材料と、を備え、負極電極材料は、硫黄元素を含む有機防縮剤を含み、有機防縮剤中の硫黄元素の含有量は、4000μmol/g以上であり、負極板の高さは、10cmを超える。
【0010】
鉛蓄電池の負極電極材料は、一般に、酸化還元反応により容量を発現する活物質(海綿状鉛もしくは硫酸鉛)を含む。負極板では、充電時に、硫酸鉛の還元反応が進行するが、硫酸鉛は海綿状鉛に還元され難い。そのため、硫酸鉛の結晶が次第に成長するサルフェーションが進行することが知られている。鉛蓄電池において、負極板および正極板の上端部には、鉛蓄電池の外部端子に電気的に接続するための耳部が形成されている。負極板の下部の領域では、上部の領域に比べて、耳部までの距離が長くなるため、その分、抵抗が大きくなる。高さが10cmを超える大きな負極板を用いると、負極板の下部の領域では抵抗が特に大きくなり、上部の領域において優先的に充放電反応が進行する。さらに充放電反応の繰り返しによって、電池の下方における電解液の硫酸濃度が高くなるため、充電効率が低下する。その結果、負極板下部ではサルフェーションが進行しやすい。
【0011】
また、一般に、高さが大きい負極板を用いる鉛蓄電池(例えば、産業用鉛蓄電池など)では、天然物に由来するリグニンもしくはリグノスルホン酸(以下、リグニンと称する。)などの有機防縮剤が利用されている。リグニン中に含まれる硫黄元素の含有量は、通常、500μmol/g以上600μmol/g以下である。
【0012】
それに対し、本発明の上記側面では、硫黄元素の含有量が4000μmol/g以上である有機防縮剤を含む負極電極材料を用いることで、高さが10cmを超える負極板を用いるにも拘わらず、負極板の下部の領域における硫酸鉛の蓄積を抑制することができる。また、充放電時に硫酸鉛の蓄積が抑制されることで、鉛蓄電池の寿命を延ばすことができる。
【0013】
従って、本発明の上記側面に係る鉛蓄電池は、特に、耳部を負極板の上端部に備え、耳部が、鉛蓄電池を設置した状態で、鉛蓄電池の上側に位置するように負極板を配置する場合に好適である。この場合、負極板の下部から耳部までの距離が遠くなり、抵抗が大きくなり易いが、このような場合にも、本実施形態によれば負極板の下部の領域における硫酸鉛の蓄積を効果的に抑制することができる。
【0014】
鉛蓄電池は、制御弁式(密閉式)鉛蓄電池および液式(ベント式)鉛蓄電池のいずれでもでもよい。特に、液式鉛蓄電池においては、負極板の耳部を鉛蓄電池の上側に位置するように配置することになるが、このような場合でも、本実施形態によれば、負極板の下部の領域における硫酸鉛の蓄積を効果的に抑制できる。
【0015】
なお、負極板の高さとは、負極板において負極電極材料が存在する領域の高さ(具体的には、負極集電体に負極電極材料が充填された部分の下端から上端までの長さ)をいう。なお、正極板の高さについても、負極板の場合に準じて、正極板において正極電極材料が存在する領域の高さをいう。
【0016】
負極板および正極板の上下は、耳部が存在する側を各極板の上側とし、耳部とは反対側を各極板の下側とする。そのため、耳部が存在する側の端部は、各極板の上端部となる。一方、鉛蓄電池の上下は、各極板における耳部の位置とは無関係に、鉛蓄電池を設置したときの上下を意味する。
【0017】
本明細書中、負極板の下部の領域とは、負極板の下(具体的には、負極電極材料が存在する下端)から負極板の高さの30%以下の領域とする。また、負極板の下部の領域における硫酸鉛の蓄積量を調べる場合には、負極板の下から20%の位置において調べるものとする。
【0018】
本発明の上記側面に係る鉛蓄電池は、自動車用鉛蓄電池として用いることもできるが、高さが大きい負極板を用いるため、特に、産業用鉛蓄電池に適している。産業用鉛蓄電池としては、例えば、非常用電源、非常用電力バックアップ、電動車両(フォークリフトなど)用電源などが挙げられる。なお、フォークリフトとは、荷物を支えるフォークと、フォークを昇降させるマストとを備える荷役運搬車両である。フォークリフトなどの荷役運搬車両では、従来より、電池で駆動する電動車両が普及しており、本発明の上記側面に係る鉛蓄電池を利用するのに適している。
【0019】
電動車両用の鉛蓄電池は、液式鉛蓄電池であり、負極板の高さも高い場合が多い。このような場合、負極板の下部の領域から負極板の上端部に位置する耳部までの距離が長くなり、硫酸鉛の蓄積量が多くなり易い。本発明の上記側面によれば、このような場合にも、負極板の下部における硫酸鉛の蓄積を効果的に抑制することができる。
【0020】
本発明の上記側面に係る鉛蓄電池で使用する有機防縮剤は、4000μmol/g以上の硫黄元素を含む。負極板の下部の領域における硫酸鉛の蓄積を抑制する効果をさらに高める観点からは、有機防縮剤中の硫黄元素の含有量は、6000μmol/g以上が好ましい。この場合、高さが15cm以上もしくは20cm以上の負極板を用いても、下部の領域における硫酸鉛の蓄積を効果的に抑制することができる。また、有機防縮剤中の硫黄元素の含有量が7000μmol/g以上になると硫酸鉛の蓄積を大幅に抑制でき、この抑制効果は負極板の高さが20cm以上になっても得ることができる。有機防縮剤中の硫黄元素の含有量は、正極の軟化脱落を防止し、5時間率容量の低下を抑制する点で、10000μmol/g以下が好ましく、9000μmol/g以下がより好ましい。
【0021】
なお、有機防縮剤中の硫黄元素の含有量がXμmol/gであるとは、有機防縮剤の1g当たりに含まれる硫黄元素の含有量がXμmolであることをいう。
【0022】
負極電極材料の密度は、例えば2.5g/cm3以上5g/cm3以下の範囲で適宜調整できる。鉛蓄電池の軽量化の観点からは、2.5g/cm3以上4.5g/cm3以下が好ましく、2.5g/cm3以上4.2g/cm3以下がより好ましい。硫黄元素の含有量が高い有機防縮剤を用いると、負極活物質が微細化されて硫酸が負極板の内部に侵入し難くなるため、5時間率容量が低下し易い。5時間率容量の低下を抑制する点からは、負極電極材料の密度は、例えば2.5g/cm3以上4.0g/cm3以下であることが好ましい。特に、硫黄元素の含有量が6000μmol/g以上である有機防縮剤を用いる場合は、負極電極材料の密度を4.0g/cm3以下とすることで、5時間率容量の低下を効果的に抑制することができる。
【0023】
一般には、負極電極材料の密度を小さくして空隙密度を大きくすると、通常は、抵抗が増加し、5時間率容量が低下すると予想される。しかし、この予想に反して、本発明の上記側面では、負極電極材料の密度を小さく(例えば、4.0g/cm3以下に)しても、負極板の下部の領域における硫酸鉛の蓄積を抑制しながらも、5時間率容量を向上することができる。
【0024】
鉛蓄電池の負極集電体は、一般に、鋳造方式、エキスパンド方式、打ち抜き方式などの加工方式により形成される。中でも、打ち抜き方式で形成された格子体は、他の方式で形成された集電体に比べて、抵抗を小さくすることができる。このような集電体と硫黄元素含有量が4000μmol/g以上の有機防縮剤とを組み合わせることで、負極板全体の抵抗を効果的に低く抑えることができるため、負極板の高さを高くしても、負極板の下部の領域における硫酸鉛の蓄積を効果的に抑制することができる。また、負極集電体として格子体を用いると、負極電極材料を担持させ易いことに加え、負極集電体の抵抗を調節し易い。
【0025】
なお、一般に、産業用鉛蓄電池の用途では、鉛蓄電池は、一旦、満充電状態した後に使用されることが多い。本発明者は、このような充電状態で鉛蓄電池が使用される場合に、負極板の高さの違いにより、有機防縮剤の硫黄元素含有量の違いによる効果が顕在化し易いことに気づいた。本発明の上記側面に係る鉛蓄電池においては、特に、充電電気量(充電量とも言う)の、放電電気量(放電量とも言う)に対する比(=充電量/放電量)が100%以上で、充放電が行なわれる場合に、硫黄元素含有量が4000μmol/g以上の有機防縮剤を用いることで、負極板の下部における硫酸鉛の蓄積を抑制する効果をさらに高めることができる。よって、10cmを超える高さの負極板においても、高い寿命サイクルを確保することができる。
【0026】
鉛蓄電池の充放電を行なう際の充電量/放電量の比は、例えば、100%以上、好ましくは115%以上であり、120%以上または125%以上であってもよい。充電量/放電量の比は、例えば、200%以下であり、150%以下であることが好ましく、130%以下または125%以下であってもよい。これらの下限値と上限値とは任意に組み合わせることができる。なお、JIS5303−1の充放電サイクル試験では、電動車両(電気車)用の試験が、充電量/放電量の比が115%以上125%以下で行なわれることが規定されている。本発明の上記側面によれば、充電量/放電量の比が、115%以上125%以下の範囲でも、硫黄元素含有量が4000μmol/g以上の有機防縮剤を用いることで、負極板の下部における硫酸鉛の蓄積を抑制する高い効果を得ることができる。それに対し、充電量/放電量の比が100%以上(例えば、115%以上、120%以上または125%以上)で充放電を行う場合でも、硫黄元素含有量が4000μmol/g未満の有機防縮剤を用いると、10cmを超える高さの負極板では、高い寿命サイクルを確保し難くなる。
【0027】
なお、充電電気量とは、充電時の電流の積算値(Ah)であり、放電電気量とは、放電時の電流の積算値(Ah)である。例えば、定電流で充電(または放電)を行なう場合には、そのときの電流値(A)と充電時間(または放電時間)(h)とを乗ずることにより、充電電気量(または放電電気量)を求めることができる。
【0028】
以下、本発明の実施形態に係る鉛蓄電池について、主要な構成要件ごとに説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
(負極板)
鉛蓄電池の負極板は、負極集電体と、負極電極材料とで構成されている。負極電極材料は、負極板から負極集電体を除いたものである。負極集電体は、鉛(Pb)または鉛合金の鋳造により形成してもよく、鉛または鉛合金シートを加工して形成してもよい。加工方法としては、エキスパンド加工や打ち抜き(パンチング)加工が挙げられる。中でも、打ち抜き加工方式により形成される格子体は抵抗が小さくなり易い。このような格子体と硫黄含有量が4000μmol/g以上の有機防縮剤とを組み合わせることで、負極板全体の抵抗を低く抑えることができるため、負極板の高さを10cmより大きくしても(好ましくは、15cm以上や20cm以上にしても)、硫酸鉛の蓄積をさらに効果的に抑制できる。また、格子体は、負極電極材料を担持させ易く、負極集電体の抵抗を調節し易いため、好ましい。
【0029】
集電体に用いる鉛合金は、Pb−Sb系合金、Pb−Ca系合金、Pb−Ca−Sn系合金のいずれであってもよい。これらの鉛もしくは鉛合金は、更に、添加元素として、Ba、Ag、Al、Bi、As、Se、Cuなどからなる群より選択された少なくとも1種を含んでもよい。負極集電体は、組成の異なる鉛合金層を有してもよく、合金層は複数でもよい。
【0030】
負極電極材料は、酸化還元反応により容量を発現する負極活物質(鉛もしくは硫酸鉛)と、4000μmol/g以上の硫黄元素を含有する有機防縮剤とを所定の含有量で含む。負極電極材料は、更に、カーボンブラックのような炭素質材料、硫酸バリウムなどを含んでもよく、必要に応じて、他の添加剤を含んでもよい。
【0031】
充電状態の負極活物質は、海綿状鉛であるが、未化成の負極板は、通常、鉛粉を用いて作製される。
【0032】
有機防縮剤は、硫黄元素を含む有機高分子であり、一般に、分子内に複数の芳香環を含むとともに、硫黄含有基として硫黄元素を含んでいる。硫黄含有基の中では、安定形態であるスルホン酸基もしくはスルホニル基が好ましい。スルホン酸基は、酸型で存在してもよく、Na塩のように塩型で存在してもよい。
【0033】
有機防縮剤の具体例としては、硫黄含有基を有するとともに芳香環を有する化合物のホルムアルデヒドによる縮合物が好ましい。化合物は、芳香環を複数有していてもよい。芳香環としては、ベンゼン環、ナフタレン環などが挙げられる。芳香環を有する化合物が複数の芳香環を有する場合には、複数の芳香環は直接結合や連結基(例えば、アルキレン基、スルホン基など)などで連結していてもよい。このような構造としては、例えば、ビフェニル、ビスフェニルアルカン、ビスフェニルスルホンなどが挙げられる。芳香環を有する化合物としては、例えば、上記の芳香環と、ヒドロキシ基および/またはアミノ基とを有する化合物が挙げられる。ヒドロキシ基やアミノ基は、芳香環に直接結合していてもよく、ヒドロキシ基やアミノ基を有するアルキル鎖として結合していてもよい。芳香環を有する化合物としては、ビスフェノール化合物、ヒドロキシビフェニル化合物、ヒドロキシナフタレン化合物、フェノール化合物などが好ましい。芳香環を有する化合物は、さらに置換基を有していてもよい。有機防縮剤は、これらの化合物の残基を一種含んでもよく、複数種含んでもよい。ビスフェノール化合物としては、ビスフェノールA、ビスフェノールS、ビスフェノールFなどが好ましい。中でも、ビスフェノールSは、スルホニル基(−SO2−)を有するため、硫黄元素の含有量を大きくすることが容易である。なお、ビスフェノール化合物の縮合物は、常温より高い環境を経験しても、低温での始動性能が損なわれないので、常温より高い温度環境に置かれる鉛蓄電池に適している。
【0034】
硫黄含有基は、化合物に含まれる芳香環に直接結合していてもよく、例えば硫黄含有基を有するアルキル鎖として芳香環に結合していてもよい。また、例えば、アミノベンゼンスルホン酸もしくはアルキルアミノベンゼンスルホン酸のような単環式の芳香族化合物を、上記の芳香環を有する化合物とともにホルムアルデヒドで縮合させてもよい。
【0035】
N,N’−(スルホニルジ−4,1−フェニレン)ビス(1,2,3,4−テトラヒドロ−6−メチル−2,4−ジオキソピリミジン−5−スルホンアミド)の縮合物などを有機防縮剤として用いてもよい。
【0036】
負極電極材料中に含まれる有機防縮剤の含有量は、一般的な範囲であれば、有機防縮剤の作用を大きく左右するものではない。負極電極材料中に含まれる有機防縮剤の含有量は、例えば0.01質量%以上が好ましく、0.02質量%以上がより好ましく、0.05質量%以上が更に好ましく、一方、1.0質量%以下が好ましく、0.8質量%以下がより好ましく、0.3質量%以下が更に好ましい。ここで、負極電極材料中に含まれる有機防縮剤の含有量とは、既化成の満充電状態の鉛蓄電池から、後述の方法で採取した負極電極材料における含有量である。
【0037】
負極板の高さは、10cmより高ければよく、15cm以上または20cm以上であってもよい。負極板の高さは、例えば、150cm以下であり、100cm以下であることが好ましく、80cm以下であってもよい。これらの下限値と上限値とは任意に組み合わせることができる。負極板の高さがこのような範囲である場合には、硫黄元素含有量が4000μmol/g以上の有機防縮剤を用いることによる効果が得られ易い。よって、負極電極材料における抵抗を低く抑えることができるため、負極板の高さが上記のように高くても、負極板の下部の領域における硫酸鉛の蓄積を抑制することができる。
【0038】
負極板は、負極集電体に、負極ペーストを充填し、熟成および乾燥することにより未化成の負極板を作製し、その後、未化成の負極板を化成することにより形成できる。負極ペーストは、鉛粉と有機防縮剤および必要に応じて各種添加剤に、水と硫酸を加えて混練することで作製する。熟成工程では、室温より高温かつ高湿度で、未化成の負極板を熟成させることが好ましい。
【0039】
化成は、鉛蓄電池の電槽内の硫酸を含む電解液中に、未化成の負極板を含む極板群を浸漬させた状態で、極板群を充電することにより行うことができる。ただし、化成は、鉛蓄電池または極板群の組み立て前に行ってもよい。化成により、海綿状鉛が生成する。
【0040】
(正極板)
鉛蓄電池の正極板には、ペースト式とクラッド式がある。
ペースト式正極板は、正極集電体と、正極電極材料とを具備する。正極電極材料は、正極集電体に保持されている。ペースト式正極板では、正極電極材料は、正極板から正極集電体を除いたものである。正極集電体は、負極集電体と同様に形成すればよく、鉛または鉛合金の鋳造や、鉛または鉛合金シートの加工により形成することができる。
【0041】
クラッド式正極板は、複数の多孔質のチューブと、各チューブ内に挿入される芯金と、芯金が挿入されたチューブ内に充填される正極電極材料と、複数のチューブを連結する連座とを具備する。クラッド式正極板では、正極電極材料は、正極板から、チューブ、芯金、および連座を除いたものである。
【0042】
正極集電体に用いる鉛合金としては、耐食性および機械的強度の点で、Pb−Ca系合金、Pb−Ca−Sn系合金が好ましい。正極集電体は、組成の異なる鉛合金層を有してもよく、合金層は複数でもよい。芯金には、Pb−Ca系合金やPb−Sb系合金を用いることが好ましい。
正極電極材料は、酸化還元反応により容量を発現する正極活物質(二酸化鉛もしくは硫酸鉛)を含む。正極電極材料は、必要に応じて、他の添加剤を含んでもよい。
【0043】
未化成のペースト式正極板は、負極板の場合に準じて、正極集電体に、正極ペーストを充填し、熟成、乾燥することにより得られる。その後、未化成の正極板を化成する。正極ペーストは、鉛粉、添加剤、水、硫酸を練合することで調製される。
【0044】
クラッド式正極板は、芯金が挿入されたチューブに鉛粉または、スラリー状の鉛粉を充填し、複数のチューブを連座で結合することにより形成される。得られる未化成の正極板は化成される。
【0045】
(セパレータ)
セパレータには、不織布、微多孔膜などが用いられる。負極板と正極板との間に介在させるセパレータの厚さや枚数は、極間距離に応じて適宜選択すればよい。不織布は、繊維を織らずに絡み合わせたマットであり、繊維を主体とする(例えば、60質量%以上が繊維で形成されている)。繊維としては、ガラス繊維、ポリマー繊維(ポリオレフィン繊維、アクリル繊維、ポリエチレンテレフタレート繊維などのポリエステル繊維など)、パルプ繊維などを用いることができる。中でも、ガラス繊維が好ましい。不織布は、繊維以外の成分、例えば耐酸性の無機粉体、結着剤としてのポリマーなどを含んでもよい。
【0046】
一方、微多孔膜は、繊維成分以外を主体とする多孔性のシートであり、例えば、造孔剤(ポリマー粉末および/またはオイルなど)を含む組成物をシート状に押し出し成形した後、造孔剤を除去して細孔を形成することにより得られる。セパレータを構成する材料は、耐酸性を有するものが好ましく、ポリマー成分としては、ポリエチレン、ポリプロピレンなどのポリオレフィンが好ましい。
【0047】
セパレータは、例えば、不織布のみで構成してもよく、微多孔膜のみで構成してもよい。また、セパレータは、必要に応じて、不織布と微多孔膜との積層物、異種または同種の素材を貼り合わせた物、または異種または同種の素材においてオスメスをかみ合わせた物などであってもよい。
【0048】
(電解液)
電解液は、硫酸を含む水溶液であり、必要に応じてゲル化させてもよい。化成後で満充電状態の鉛蓄電池における電解液の20℃における比重は、例えば1.10g/cm3以上1.35g/cm3以下であり、1.20g/cm3以上1.35g/cm3以下であることが好ましい。
【0049】
次に、各物性の分析方法について説明する。
(1)負極電極材料の密度
負極電極材料の密度は化成後の満充電状態の負極電極材料のかさ密度の値を意味し、以下のようにして測定する。化成後の電池を満充電してから解体し、入手した負極板に水洗と真空乾燥(大気圧より低い圧力下で乾燥)とを施すことにより、負極板中の電解液を除く。次いで負極板から負極電極材料を分離して、未粉砕の測定試料を入手する。測定容器に試料を投入し、真空排気した後、0.5psia以上0.55psia以下(≒3.45kPa以上3.79kPa以下)の圧力で水銀を満たして、負極電極材料のかさ容積を測定し、測定試料の質量をかさ容積で除すことにより、負極電極材料のかさ密度を求める。なお、測定容器の容積から、水銀の注入容積を差し引いた容積をかさ容積とする。
【0050】
本明細書中、鉛蓄電池の満充電状態とは、液式の電池の場合、25℃の水槽中で、5時間率電流(つまり、0.2CAの電流)で2.5V/セルに達するまで定電流充電を行った後、さらに5時間率電流で2時間、定電流充電を行った状態である。また、制御弁式の電池の場合、満充電状態とは、25℃の気槽中で、5時間率電流で、2.23V/セルの定電流定電圧充電を行い、定電圧充電時の充電電流が1mCA以下になった時点で充電を終了した状態である。
なお、本明細書中、1CAとは、電池の公称容量(Ah)と同じ数値の電流値(A)である。例えば、公称容量が30Ahの電池であれば、1CAは30Aであり、1mCAは30mAである。
【0051】
(2)有機防縮剤の分析
まず、既化成の満充電状態の鉛蓄電池を分解し、負極板を取り出し、水洗により硫酸を除去し、真空乾燥(大気圧より低い圧力下で乾燥)する。次に、乾燥した負極板から負極電極材料(初期試料)を採取し、初期試料を下記方法で分析する。
【0052】
(2−1)負極電極材料中の有機防縮剤の定性分析
初期試料を1mol/Lの水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液に浸漬し、有機防縮剤を抽出する。次に、抽出された有機防縮剤を含むNaOH水溶液から不溶成分を濾過で取り除き、得られた濾液を透析により脱塩した後、濃縮し、乾燥する。脱塩は、濾液をイオン交換膜に通すことにより行うか、もしくは濾液を透析チューブに入れて蒸留水中に浸すことにより行なう。これにより有機防縮剤の粉末試料が得られる。
【0053】
このようにして得た有機防縮剤の粉末試料を用いて測定した赤外分光スペクトルや、粉末試料を蒸留水等で希釈し、紫外可視吸光度計で測定した紫外可視吸収スペクトル、重水等の所定の溶媒で溶解し、得られた溶液のNMRスペクトルなどから得た情報を組み合わせて用いて、有機防縮剤種を特定する。
【0054】
(2−2)負極電極材料中における有機防縮剤の含有量の定量
上記(2−1)と同様に、有機防縮剤を含むNaOH水溶液の濾液を得た後、濾液の紫外可視吸収スペクトルを測定する。スペクトル強度と、予め作成した検量線とを用いて、負極電極材料中の有機防縮剤の含有量を定量する。
【0055】
なお、有機防縮剤の含有量が未知の鉛蓄電池を入手して有機防縮剤の含有量を測定する際に、有機防縮剤の構造式の厳密な特定ができないために検量線に同一の有機防縮剤が使用できないことがある。この場合には、当該電池の負極から抽出した有機防縮剤と、紫外可視吸収スペクトル、赤外分光スペクトル、およびNMRスペクトルなどが類似の形状を示す、別途入手可能な有機防縮剤を使用して検量線を作成することで、紫外可視吸収スペクトルを用いて有機防縮剤の含有量を測定するものとする。
【0056】
(2−3)有機防縮剤中の硫黄元素の含有量
上記(2−1)と同様に、有機防縮剤の粉末試料を得た後、酸素燃焼フラスコ法によって、0.1gの有機防縮剤中の硫黄元素を硫酸に変換する。このとき、吸着液を入れたフラスコ内で粉末試料を燃焼させることで、硫酸イオンが吸着液に溶け込んだ溶出液を得る。次に、トリン(thorin)を指示薬として、溶出液を過塩素酸バリウムで滴定することにより、0.1gの有機防縮剤中の硫黄元素の含有量(C1)を求める。次に、C1を10倍して1g当たりの有機防縮剤中の硫黄元素の含有量(μmol/g)を算出する。
【0057】
図1は、本発明の実施形態に係る鉛蓄電池のフタを外した一例を模式的に示す斜視図である。図2Aは、図1の鉛蓄電池の正面図であり、図2Bは、図2AのIIB−IIB線による矢示断面図である。
鉛蓄電池1は、極板群11と電解液12とを収容する電槽10を具備する。極板群11は、それぞれ複数枚の負極板2および正極板3を、セパレータ4を介して積層することにより構成されている。ここでは、負極板2が、袋状のセパレータ4で包まれている状態を示すが、セパレータの形態は特に限定されない。
【0058】
複数の負極板2のそれぞれの上部には、上方に突出する集電用の耳部(図示せず)が設けられている。複数の正極板3のそれぞれの上部にも、上方に突出する集電用の耳部(図示せず)が設けられている。そして、負極板2の耳部同士は負極用ストラップ5aにより連結され一体化されている。同様に、正極板3の耳部同士も正極用ストラップ5bにより連結されて一体化されている。負極用ストラップ5aの上部には負極柱6aの下端部が固定され、正極用ストラップ5bの上部には正極柱6bの下端部が固定されている。
【0059】
本発明の一側面に係る鉛蓄電池を以下にまとめて記載する。
(1)鉛蓄電池であって、前記鉛蓄電池は、負極板と、正極板と、電解液と、を備え、
前記負極板は、負極集電体と、負極電極材料と、を備え、
前記負極電極材料は、硫黄元素を含む有機防縮剤を含み、
前記有機防縮剤中の前記硫黄元素の含有量は、4000μmol/g以上であり、
前記負極板の高さは、10cmを超える、鉛蓄電池である。
【0060】
(2)上記(1)において、前記硫黄元素の含有量は、6000μmol/g以上であることが好ましい。
【0061】
(3)上記(1)または(2)において、前記負極板の高さは、20cm以上であることが好ましい。
【0062】
(4)上記(1)〜(3)のいずれか1つにおいて、前記負極電極材料の密度は、2.5g/cm3以上4.0g/cm3以下であることが好ましい。
【0063】
(5)上記(1)〜(4)のいずれか1つにおいて、前記負極板は、前記負極板の上端部に耳部を備えており、前記耳部は、前記鉛蓄電池を設置した状態で、前記鉛蓄電池の上側に位置していることが好ましい。
【0064】
(6)上記(1)〜(5)のいずれか1つにおいて、前記負極板の高さは、100cm以下であることが好ましい。
【0065】
(7)上記(1)〜(6)のいずれか1つにおいて、前記負極集電体は、打ち抜き方式の格子体であることが好ましい。
【0066】
(8)上記(1)〜(7)のいずれか1つにおいて、前記硫黄元素の含有量は、10000μmol/g以下または9000μmol/g以下であることが好ましい。
【0067】
(9)上記(1)〜(8)のいずれか1つにおいて、前記負極電極材料中に含まれる前記有機防縮剤の含有量は、0.01質量%以上が好ましい。
【0068】
(10)上記(1)〜(9)のいずれか1つにおいて、前記負極電極材料中に含まれる前記有機防縮剤の含有量は、1.0質量%以下が好ましい。
【0069】
(11)上記(1)〜(10)のいずれか1つにおいて、前記鉛蓄電池は、充電量/放電量の比が、100%以上で充放電されることが好ましい。
【0070】
(12)上記(1)〜(11)のいずれか1つにおいて、前記鉛蓄電池は、電動車両用であることが好ましい。
【0071】
以下、本発明を実施例および比較例に基づいて具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0072】
《実施例1》
(1)負極板の作製
(a)高さ20cmの負極板の作製
鉛粉、水、希硫酸、硫酸バリウム、カーボンブラック、および所定量の有機防縮剤を混合して、負極ペーストを得る。負極ペーストを、Pb−Ca−Sn系合金製のエキスパンド格子の網目部に充填し、熟成、乾燥し、未化成の負極板(高さ20cm)を得る。有機防縮剤には、スルホン酸基を導入したビスフェノール化合物のホルムアルデヒドによる縮合物を用いる。ここでは、有機防縮剤中の硫黄元素の含有量が4000μmol/gになるように、導入するスルホン酸基の量を制御する。
【0073】
なお、有機防縮剤中の硫黄元素含有量(μmol/g)については、負極電極材料を調製する前の値と、鉛蓄電池を解体し、有機防縮剤を抽出して測定した値には差がない。そのため、以下、実施例および比較例で記載した有機防縮剤中の硫黄元素含有量としては、負極電極材料を調製する前の有機防縮剤について求めた値を記載している。
【0074】
有機防縮剤は、既化成で満充電後の負極電極材料100質量%に含まれる有機防縮剤の含有量(A(質量%))が0.15質量%になるように、添加量を調整して、負極ペーストに配合する。また、負極ペーストを調製する際には、既化成で満充電後の負極電極材料の密度が4.0g/cm3になるように、負極ペーストに加える水と希硫酸の量を調節する。なお、負極電極材料の密度は、既述の手順で、化成後の電池を満充電してから解体し、回収した測定試料を用いて求める。電池の満充電は、既述の手順で行なう。負極電極材料の密度は、島津製作所(株)製の自動ポロシメータ(オートポアIV9505)を用いて既述の方法で測定する。
【0075】
(b)高さの異なる負極板の作製
上記の(a)の高さが20cmである負極板の場合に準じて、高さが6cm、10cm、15cm、30cm、40cm、50cmおよび60cmの未化成の負極板をそれぞれ作製する。
【0076】
(2)正極板の作製
鉛粉と、水と、硫酸とを混練させて、正極ペーストを作製する。正極ペーストを、Pb−Ca−Sn系合金製のエキスパンド格子の網目部に充填し、熟成、乾燥し、未化成の正極板を得る。未化成の正極板の高さは、未化成の負極板と同じ高さとする。
【0077】
(3)鉛蓄電池の作製
未化成の負極板を、ポリエチレン製の微多孔膜で形成された袋状セパレータに収容し、セル当たり未化成の負極板5枚と未化成の正極板4枚とで極板群を形成する。未化成の負極板と未化成の正極板とは同じ高さのものを組み合わせる。
【0078】
極板群をポリプロピレン製の電槽に挿入し、電解液を注液して、電槽内で化成を施し、各高さの負極板および正極板を用いた極板群ごとに、液式の鉛蓄電池を組み立てる。鉛蓄電池の端子電圧は2Vであり、公称容量は、極板の高さ1cm当たり、8Ah/cmとする。
【0079】
なお、作製した1つの鉛蓄電池について、既述の手順で、負極板から取り出した負極電極材料(100質量%)中に含まれる有機防縮剤の含有量(A(質量%))を求める。このようにして定量される有機防縮剤の含有量は、鉛蓄電池について調製される負極電極材料(100質量%)中の有機防縮剤の含有量(B(質量%))とは幾分異なった値となる。そのため、これらの含有量AおよびBの比率R(=A/B)を予め求め、他の鉛蓄電池の負極板に使用する負極電極材料を調製する際に、比率Rを利用して、負極電極材料中の有機防縮剤の含有量(A(質量%))が所定の値になるように、調製される負極電極材料中の有機防縮剤の含有量(B(質量%))を調整する。また、実施例、参考例、および比較例では、使用する有機防縮剤の硫黄元素含有量ごとに比率Rを求め、同じ硫黄元素含有量の有機防縮剤を用いる負極電極材料については、求めた比率Rに基づいて有機防縮剤の含有量(B(質量%))を調整する。
【0080】
《実施例2〜5および参考例1》
有機防縮剤中の硫黄元素の含有量が、6000μmol/g(実施例2)、7000μmol/g(実施例3)、8000μmol/g(実施例4)、9000μmol/g(実施例5)、または3000μmol/g(参考例1)になるように、それぞれ、ビスフェノール化合物のホルムアルデヒドによる縮合物に導入するスルホン酸基の量を調節する。これらの硫黄元素の含有量を有する有機防縮剤をそれぞれ用いること以外は、実施例1と同様にして、各高さを有する負極板を形成する。得られた負極板を用いること以外は、実施例1と同様にして、鉛蓄電池を組み立てる。
【0081】
《比較例1》
合成有機防縮剤の代わりに、天然物に由来し、硫黄元素の含有量が600μmol/gであるリグニンを用いること以外は、実施例1と同様に、各高さを有する負極板を形成する。得られた負極板を用いること以外は、実施例1と同様にして、鉛蓄電池を組み立てる。
【0082】
[評価1]
実施例1〜5、参考例1、および比較例1で作製した鉛蓄電池に関し、充放電サイクル試験を行い、600サイクル目で、負極板の下部(負極板の高さの下から20%の位置)における硫酸鉛の蓄積量を調べる。充放電サイクル試験は、JIS5303−1に準拠して行う。より具体的には、温度40℃にて、鉛蓄電池を、電流値0.25CAで3時間放電し、電流値0.2CAで放電量の125%まで充電するサイクルを繰り返す。
【0083】
硫酸鉛の蓄積量の測定では、まず、鉛蓄電池から負極板を取り出し、負極板を水洗、真空乾燥(大気圧より低い圧力下で乾燥)する。負極板下部から負極電極材料を採取し、粉砕する。次に、硫黄元素分析装置(例えばLECO社製、S−200型)を用いて、粉砕された負極電極材料(粉砕試料)中の硫黄元素の含有量を測定する。そして、下記式に従い、負極電極材料中に蓄積された硫酸鉛中の硫黄元素の含有量を求める。
【0084】
硫酸鉛中の硫黄元素の含有量
=(硫黄元素分析装置で得られる硫黄元素の含有量)−(粉砕試料の質量(g)×有機防縮剤の含有量(g/g)×有機防縮剤中の硫黄元素の含有量(g/g))
【0085】
次に、硫酸鉛中の硫黄元素の含有量を、硫酸鉛量に換算し、粉砕試料の単位質量あたりの硫酸鉛濃度(質量%)を求めて、硫酸鉛の蓄積量とする。そして、硫酸鉛の蓄積量は、比較例1において負極板の高さが6cmの場合の硫酸鉛の蓄積量を100としたときの比率(%)で表す。硫酸鉛の蓄積量が多いほど、サルフェーションや電解液の成層化が進行しているといえる。
【0086】
硫黄元素の含有量が異なる各有機防縮剤について、負極板の高さと硫酸鉛の蓄積量との関係を表1および図3、ならびに表2および図4に示す。表1および表2には、負極板の下部における硫酸鉛の蓄積量(%)を示す。
【0087】
【表1】
【0088】
【表2】
【0089】
硫黄元素の含有量が600μmol/g〜3000μmol/gの有機防縮剤を用いた比較例1および参考例1と、4000μmol/g以上の有機防縮剤を用いた実施例1〜5とでは、負極板の高さに対する硫酸鉛の蓄積量の変化の挙動が全く異なる(表1および図3)。
【0090】
具体的には、比較例1および参考例1では、負極板の高さが高くなるにつれて硫酸鉛の蓄積量が多くなり、10cmを超える高さでも硫酸鉛の蓄積量は非常に多くなっている。これに対し、実施例1〜5では、負極の高さが低い場合には、硫酸鉛の蓄積量の変化はほとんどなく、10cmを超える高さでも硫酸鉛の蓄積量の変化は比較例1および参考例1に比べて緩やかになっている。このように、高さ10cmを超える場合には、通常、硫酸鉛の蓄積量が非常に多くなるが(比較例1および参考例1)、実施例1〜5では、硫酸鉛の蓄積を大きく抑制できている。
【0091】
表1および図3、ならびに表2および図4より、硫酸鉛の蓄積を抑制する高い効果が得られる点からは、有機防縮剤中の硫黄元素の含有量は、6000μmol/g以上であることが好ましい。この場合、負極板の高さが15cm以上であっても、硫酸鉛の蓄積を抑制することができる。また、有機防縮剤中の硫黄元素の含有量が7000μmol/g以上である場合には、負極板の高さが20cm以上になっても、負極板の下部の領域における硫酸鉛の蓄積が殆ど見られない。
【0092】
[評価2]
評価1の充放電サイクル試験において、放電容量が、鉛蓄電池の公称容量の80%を下回ったときのサイクル数を求め、鉛蓄電池の寿命サイクルを評価する。そして、鉛蓄電池の寿命サイクルは、比較例1において負極板の高さが6cmの場合の寿命サイクルを100としたときの比率(%)で表す。
【0093】
硫黄元素の含有量が異なる各有機防縮剤を用いた場合について、負極板の高さと鉛蓄電池の寿命サイクルとの関係を表3および図5、ならびに表4および図6に示す。表3および表4には、寿命サイクル(%)を示す。
【0094】
【表3】
【0095】
【表4】
【0096】
寿命サイクルの結果は、表1および図3、ならびに表2および図4の硫酸鉛の蓄積量と類似の結果を示している。つまり、負極板の高さが10cmを超える場合には、通常、寿命サイクルは大きく低下するが(比較例1および参考例1)、実施例1〜5では、寿命サイクルの低下が緩やかである。特に、有機防縮剤の硫黄含有量が6000μmol/g以上もしくは7000μmol/g以上の場合には、負極板の高さが15cm以上もしくは20cm以上と高くなっても、寿命サイクルの低下を抑制することができる。
【0097】
《実施例6》
既化成の負極電極材料の密度が2.5g/cm3になるように負極ペーストに加える水と希硫酸の量を調節すること以外は、実施例1と同様にして高さ20cmの負極板を作製する。
また、有機防縮剤中の硫黄元素の含有量が5000μmol/g、6000μmol/g、7000μmol/g、8000μmol/g、9000μmol/g、または3000μmol/gになるように、それぞれ、ビスフェノール化合物のホルムアルデヒドによる縮合物に導入するスルホン酸基の量を調節する。これらの硫黄元素の含有量を有する有機防縮剤をそれぞれ用いること以外は、実施例1と同様にして、20cmの負極板を形成する。
【0098】
合成有機防縮剤の代わりに、天然物に由来し、硫黄元素の含有量が600μmol/gであるリグニンを用いること以外は、実施例1と同様にして高さ20cmの負極板を形成する。
そして、上記で得られた負極板を用いること以外は、実施例1と同様にして、鉛蓄電池を組み立てる。
【0099】
《実施例7》
既化成の負極電極材料の密度が4.5g/cm3になるように負極ペーストに加える水と希硫酸の量を調節すること以外は、実施例6と同様にして、各硫黄元素の含有量につき、高さ20cmの負極板を作製する。
そして、上記で得られた負極板を用いること以外は、実施例1と同様にして、鉛蓄電池を組み立てる。
【0100】
[評価3]
実施例6および実施例7で作製した鉛蓄電池の5時間率容量を次のようにして求める。電解液温度30℃にて、満充電状態から、0.20CAで、電池電圧が1.72Vになるまで鉛蓄電池を放電し、このときの放電持続時間および放電電流を求める。放電持続時間と放電電流との積から5時間率容量を求める。そして、5時間率容量を、比較例1の高さ20cmの負極板を用いた場合の5時間率容量を100としたときの比率(%)で表す。
【0101】
負極電極材料の密度が異なる負極板につき、有機防縮剤中の硫黄元素の含有量と5時間率容量との関係を表5および図7に示す。表5および図7には、実施例1〜5、参考例1および比較例1において負極板の高さが20cmの場合(負極電極材料の密度=4.0g/cm3)の結果、並びにこれらの場合に対応し、かつ硫黄元素含有量が5000μmol/gである有機防縮剤を用いた結果も合わせて示す。表5には、5時間率容量(%)を示す。
【0102】
【表5】
【0103】
表5および図7に示されるように、有機防縮剤の硫黄元素の含有量が大きくなる(具体的には、6000μmol/g以上になる)と、負極電極材料の密度によっては、5時間率容量が低下する。よって、高い5時間率容量を確保する点からは、負極電極材料の密度は、4.0g/cm3以下であることが好ましい。
【0104】
《実施例1A》
実施例1の(a)の高さが20cmである負極板の場合に準じて、高さが5cm、12cm、70cm、および80cmの未化成の負極板をそれぞれ作製する。得られる負極板を用いること以外は、実施例1と同様にして、鉛蓄電池を組み立てる。
【0105】
《実施例2A〜5Aおよび参考例1A》
有機防縮剤中の硫黄元素の含有量が、6000μmol/g(実施例2A)、7000μmol/g(実施例3A)、8000μmol/g(実施例4A)、9000μmol/g(実施例5A)、または3000μmol/g(参考例1A)になるように、それぞれ、ビスフェノール化合物のホルムアルデヒドによる縮合物に導入するスルホン酸基の量を調節する。これらの硫黄元素の含有量を有する有機防縮剤をそれぞれ用いること以外は、実施例1Aと同様にして、各高さを有する負極板を形成する。得られる負極板を用いること以外は、実施例1と同様にして、鉛蓄電池を組み立てる。
【0106】
《比較例1A》
合成有機防縮剤の代わりに、天然物に由来し、硫黄元素の含有量が600μmol/gであるリグニンを用いること以外は、実施例1Aと同様に、各高さを有する負極板を形成する。得られた負極板を用いること以外は、実施例1と同様にして、鉛蓄電池を組み立てる。
【0107】
[評価4]
実施例1〜5、実施例1A〜5A、参考例1、参考例1A、比較例1、および比較例1Aで作製した鉛蓄電池に関し、評価1の充放電サイクル試験を行なう。より具体的には、温度40℃にて、鉛蓄電池を、電流値0.25CAで3時間放電し、電流値0.2CAで放電量の125%まで充電するサイクルを繰り返す。つまり、充電時の充電量(すなわち、充電電気量)の、放電量(すなわち、放電電気量)に対する比(=充電量/放電量(%))は、125%である。
また、充電量/放電量比を、120%および115%のそれぞれに変更し、上記の125%の場合と同様にサイクルを繰り返す。
そして、比較例1の負極板の高さが6cmの場合の寿命サイクル数を基準の100とし、各充電量/放電量比の場合について、寿命サイクル数が、基準の85%を下回る最小の負極板の高さを評価する。なお、上記の実施例、参考例、および比較例では、基準の85%付近で寿命サイクル数が目だって低下するため、基準の85%を閾値として評価するものとする。
結果を表6に示す。表6には、基準の85%を下回る最小の負極板の高さ(cm)を示す。
【0108】
【表6】
【0109】
表6に示されるように、充電量/放電量の比が100%以上の場合において、硫黄元素含有量が4000μmol/g未満では、基準の85%に満たない負極板の高さの最小値は5cmや10cmである。それに対し、硫黄元素含有量が4000μmol/g以上の場合には、基準の85%に満たない負極板の高さの最小値は、10cmを超える。よって、硫黄元素含有量が4000μmol/g以上の場合には、負極板の高さが10cmを超える場合にも高い寿命サイクルを確保することができると言える。また、充電量/放電量の比が大きくなるにつれて、基準の85%を下回る最小の負極板の高さは高くなり、高い寿命サイクルが得られる。実施例と参考例および比較例とのこのような違いは、実施例に比べて、参考例や比較例において、負極電極材料における抵抗の増加が顕在化して、負極板の下部における硫酸鉛の蓄積が顕著になり、負極板の高さによる影響が顕在化し易いためと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0110】
本発明の一側面に係る鉛蓄電池は、制御弁式および液式の鉛蓄電池に適用可能であり、電動車両(フォークリフトなど)などの産業用蓄電装置などの電源として好適に用いられる。また、自動車もしくはバイクなどの始動用の電源としても利用できる。
【0111】
本発明を現時点での好ましい実施態様に関して説明したが、そのような開示を限定的に解釈してはならない。種々の変形および改変は、上記開示を読むことによって本発明に属する技術分野における当業者には間違いなく明らかになるであろう。したがって、添付の請求の範囲は、本発明の真の精神および範囲から逸脱することなく、すべての変形および改変を包含する、と解釈されるべきものである。
【符号の説明】
【0112】
1:鉛蓄電池
2:負極板
3:正極板
4:セパレータ
5a:負極用ストラップ
5b:正極用ストラップ
6a:負極柱
6b:正極柱
10:電槽
11:極板群
12:電解液
図1
図2A
図2B
図3
図4
図5
図6
図7