特許第6973576号(P6973576)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6973576-水分散型絶縁皮膜形成用電着液 図000004
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6973576
(24)【登録日】2021年11月8日
(45)【発行日】2021年12月1日
(54)【発明の名称】水分散型絶縁皮膜形成用電着液
(51)【国際特許分類】
   C09D 179/08 20060101AFI20211118BHJP
   C09D 7/63 20180101ALI20211118BHJP
   C09D 7/20 20180101ALI20211118BHJP
   C09D 5/44 20060101ALI20211118BHJP
   C25D 13/10 20060101ALI20211118BHJP
【FI】
   C09D179/08 B
   C09D7/63
   C09D7/20
   C09D5/44
   C25D13/10 B
【請求項の数】1
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2020-119074(P2020-119074)
(22)【出願日】2020年7月10日
(62)【分割の表示】特願2016-166752(P2016-166752)の分割
【原出願日】2016年8月29日
(65)【公開番号】特開2020-180294(P2020-180294A)
(43)【公開日】2020年11月5日
【審査請求日】2020年7月13日
(31)【優先権主張番号】特願2015-249739(P2015-249739)
(32)【優先日】2015年12月22日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100085372
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 正義
(74)【代理人】
【識別番号】100129229
【弁理士】
【氏名又は名称】村澤 彰
(72)【発明者】
【氏名】磯村 洵子
(72)【発明者】
【氏名】飯田 慎太郎
(72)【発明者】
【氏名】桜井 英章
【審査官】 藤田 雅也
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭64−043578(JP,A)
【文献】 特開2017−137541(JP,A)
【文献】 特開2010−095678(JP,A)
【文献】 特開2013−177533(JP,A)
【文献】 特開2013−177532(JP,A)
【文献】 特開2011−190170(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09D 1/00− 10/00
101/00−201/10
C25D 9/00− 8/12
13/00− 21/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリマー粒子、有機溶媒、塩基性化合物及び水を含有する水分散型絶縁皮膜形成用電着液において、
前記ポリマー粒子がポリアミドイミド樹脂であり、
前記有機溶媒が1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン(DMI)、N−メチル−2−ピロリドン、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、テトラメチル尿素、ヘキサエチルリン酸トリアミド、又はγ−ブチロラクタムであり、
前記塩基性化合物が水とのHSP距離が35以上の窒素含有化合物であり、
前記塩基性化合物はアルキルアミン化合物であり、
前記電着液は更に貧溶媒を含有し、
前記貧溶媒が脂肪族アルコール類、エチレングリコール類、又はプロピレングリコール類であり、
前記電着液を100質量%とするとき、前記ポリアミドイミド樹脂と前記有機溶媒と前記貧溶媒と前記水と前記塩基性化合物の含有割合が、ポリアミドイミド樹脂:有機溶媒:貧溶媒:水:塩基性化合物=1〜10質量%:60〜79質量%:残部:10〜20質量%:0.05〜0.3質量%であることを特徴とする水分散型絶縁皮膜形成用電着液。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絶縁電線等の絶縁物が備える絶縁皮膜を、電着法により形成する際に用いられる水分散型絶縁皮膜形成用電着液に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、モーター、リアクトル、トランス等には、電線の表面が絶縁皮膜により被覆された絶縁電線等の絶縁物が用いられている。電線の表面に絶縁皮膜を形成する方法としては、浸漬法や電着法(電着塗装)等が知られている。浸漬法は、例えば被塗装体として平角状の導線等を用い、これを塗料に浸漬して引き上げた後、乾燥させる工程を繰り返し行って、所望の膜厚を有する絶縁皮膜を形成する方法である。一方、電着法は、電着塗料(電着液)に浸漬させた被塗装体と電着塗料に挿入した電極に直流電流を流すことで電気を帯びた塗料粒子を被塗装体側に析出させて絶縁皮膜を形成する方法である。
【0003】
電着法は、他の方法よりも、均一な膜厚で塗装するのが容易であり、また、焼き付け後に高い防錆力や密着性を持つ絶縁皮膜が形成できることから注目されており、様々な改良がなされている。例えば、電着法に用いられる塗料として、分子骨格中にシロキサン結合を有し、分子中にアニオン性基を有するブロック共重合ポリイミドの粒子であって、所定の平均粒径及び粒度分布を有する粒子を分散させたサスペンジョン型ポリイミド電着塗料が開示されている(例えば、特許文献1参照。)。この電着塗料では、長期保存しても変質しにくい優れた保存安定性を有するとともに、高い電着速度で、膜性状の均一性が高い電着皮膜を形成することができるとされている。
【0004】
また、電着法に用いられる電着材料として、ポリアミドイミド系材料を主成分として含有し、このポリアミドイミド系材料の分子鎖にポリジメチルシロキサンを導入してなる電着材料が開示されている(例えば、特許文献2参照。)。この電着材料では、所定の分子構造を有するポリアミドイミド系材料を使用することにより、特に、摺動部材等の塗装に求められる耐熱性を付与することができ、また、電着塗膜のひび割れ等を抑制できるとされている。
【0005】
上記従来の特許文献1では、分子中にアニオン性基を有するポリイミド粒子を使用しているため、粒子の表面電位が大きく、粒子同士の静電反発力によって分散性が高くなる。そのため、調製後の電着液を数日保管しても粒子の凝集又は沈降の発生が抑制される。しかし、カルボキシル基若しくはスルホン酸基を有するジアミンを用いるか、或いはイミド結合に寄与しないカルボキシル基若しくはスルホン酸基を有するテトラカルボン酸無水物を用いる必要があることから、使用できるモノマーの種類が制限されてしまい、製造コストが高くなる。また、上記従来の特許文献2では、樹脂に水溶性ポリアミドイミドを使用しており、電着中に水に不溶性の連続膜が導体表面に形成される。このため、皮膜の形成がある程度進行すると、その後の電着効率が悪くなり、所望の厚さを有する絶縁皮膜の形成が困難になる等の問題があった。
【0006】
このような従来技術が抱える問題について、本発明者らは、これまでに主鎖中にアニオン性基を持たないポリマー粒子を使用しつつも、分散安定性に優れた新たな電着液の開発に従事している。アニオン性基を持たないポリマー粒子は、アニオン性基を持たないがために表面電位が小さく、粒子同士の静電反発力が小さくなるため、電着液中における分散性が悪化し、粒子が凝集又は沈降しやすくなることが懸念される。このような問題について、新たに開発された電着液では、ポリマー粒子の平均粒径や粒度分布を所定の条件で制御することより、電着液中におけるポリマー粒子の良好な分散性が確保され、これによって数日保管してもポリマー粒子の凝集又は沈降の発生が抑制される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第5555063号公報
【特許文献2】特開2002−20893号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
一方、上記電着液を開発するにあたり、電着液の保存安定性に関して、上述のポリマー粒子の凝集又は沈降の問題とは別の新たな問題が浮上していた。例えば、数日保管した電着液を用い、比較的厚みのある絶縁皮膜を形成するために電着液の塗布量を増加させると、保管中に電着液の粘度が増加すること等に起因して、塗膜の乾燥又は焼成時に発泡が生じやすくなることが分かった。このため、保管後の電着液を用いて所望の厚さの絶縁皮膜を形成するのが困難になるという問題が生じていた。そこで、こうした保存安定性に関する新たな問題点を克服できる電着液の早期開発が求められていた。
【0009】
本発明の目的は、保存安定性に優れ、長期保存しても電着液の粘度上昇等が抑えられ、塗膜の乾燥又は焼成時に発泡が生じるのを抑制することができる水分散型絶縁皮膜形成用電着液を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上述の保存安定性に関する新たな問題点について、更に鋭意研究を重ねた結果、電着液中に通常含まれる、特にポリマー粒子以外の他の成分に特定の性質を有する化合物を選択的に使用することによって、これらを解決できる電着液の開発に至った。
【0011】
本発明の第1の観点は、ポリマー粒子、有機溶媒、塩基性化合物及び水を含有する水分散型絶縁皮膜形成用電着液において、ポリマー粒子がポリアミドイミド樹脂であり、前記有機溶媒が1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン(DMI)、N−メチル−2−ピロリドン、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、テトラメチル尿素、ヘキサエチルリン酸トリアミド、又はγ−ブチロラクタムであり、前記塩基性化合物が水とのHSP距離が35以上の窒素含有化合物であり、前記塩基性化合物はアルキルアミン化合物であり、前記電着液は更に貧溶媒を含有し、前記貧溶媒が脂肪族アルコール類、エチレングリコール類、又はプロピレングリコール類であり、前記電着液を100質量%とするとき、前記ポリアミドイミド樹脂と前記有機溶媒と前記貧溶媒と前記水と前記塩基性化合物の含有割合が、ポリアミドイミド樹脂:有機溶媒:貧溶媒:水:塩基性化合物=1〜10質量%:60〜79質量%:残部:10〜20質量%:0.05〜0.3質量%であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明の第1の観点の水分散型絶縁皮膜形成用電着液は、ポリマー粒子、有機溶媒、塩基性化合物及び水を含有し、ポリマー粒子がポリアミドイミド樹脂であって、塩基性化合物が水とのHSP距離が35以上の窒素含有化合物であり、電着液は更に貧溶媒を含有し、電着液を100質量%とするとき、ポリアミドイミド樹脂と有機溶媒と貧溶媒と水と塩基性化合物の含有割合が、ポリアミドイミド樹脂:有機溶媒:貧溶媒:水:塩基性化合物=1〜10質量%:60〜79質量%:残部:10〜20質量%:0.05〜0.3質量%である。これにより、電着液の保存安定性が向上し、長期保存しても電着液の粘度上昇等が抑えられ、塗膜の乾燥又は焼成時に発泡が生じるのを抑制することができる。
【0013】
また、本発明の第の観点の水分散型絶縁皮膜形成用電着液は、塩基性化合物がアルキルアミン化合物であることにより、上述の電着液の保存安定性を向上させる効果がより高められる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の実施形態の電着塗装装置を模式的に表した図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
次に本発明を実施するための形態を図面に基づいて説明する。
【0016】
この水分散型絶縁皮膜形成用電着液は、ポリマー粒子、有機溶媒、塩基性化合物及び水を含有する。水以外に貧溶媒を含有してもよい。
【0017】
<ポリマー粒子>
この電着液に含まれるポリマー粒子は高分子(ポリマー)であるポリアミドイミドから構成される。ポリマー粒子に、ポリアミドイミドからなる粒子を使用する理由は、他のポリマー粒子に比べて耐熱性、可とう性の面で優れるからである。
【0018】
ポリマー粒子の平均粒径は、乾燥又は焼成時の発泡を抑制するという観点からは、特に限定されず、一般的な電着液用途に用いられる粒径のものを使用できる。例えば平均粒径が好ましくは、0.05〜1.0μmの範囲にあるポリマー粒子等を使用することができる。なお、ここで言うポリマー粒子の平均粒径とは、動的光散乱式粒度分布測定装置(堀場製作所社製 型式名:LB-550)により測定された体積基準のメジアン径(D50)をいう。
【0019】
ポリマー粒子を構成するポリアミドイミドについては、一般的な電着液用途に用いられているポリアミドイミド等を、当該ポリマー粒子を構成する樹脂として利用できる。例えば、主鎖中にアニオン性基を有するポリアミドイミドであっても、主鎖中にアニオン性基を有しないポリアミドイミドであってもよい。アニオン性基とは、−COOH基(カルボキシル基)や−SO3H(スルホン酸基)等のように、塩基性溶液中でプロトン等が脱離して−COO-基等のマイナス電荷を帯びる性質を有する官能基をいう。主鎖中にアニオン性基を有するポリアミドイミドによって構成されるポリマー粒子を使用すれば、ポリマー粒子の高い表面電位により、粒子間に大きな静電反発力が得られ、電着液中における分散性が向上し、数日保管してもポリマー粒子の凝集又は沈降が抑制される。
【0020】
そのため、ポリマー粒子を構成するポリアミドイミドは、ポリマー粒子の凝集又は沈降を抑制する上では主鎖中にアニオン性基を有するものが望ましいが、発泡の抑制という観点からは、特にアニオン性基を有するものに限られない。また、主鎖中にアニオン性基を有するものは、その合成に使用するモノマーにもアニオン性基を有するものを使用する必要があり、使用できるモノマーが制限されることから、製造コストが上がる場合がある。このため、低コスト化を図る上では、主鎖中にアニオン性基を有しないポリアミドイミドにて構成されるポリマー粒子を使用するのが望ましい。
【0021】
一方、主鎖中にアニオン性基を有しないポリアミドイミドにて構成されるポリマー粒子は、表面電位が比較的小さい値を示す。そのため、粒子間の静電反発力による分散性が十分に得られない場合があるが、粒径や粒度分布等の制御により分散性を高めることは可能である。このため、発泡の抑制に加え、更に低コスト化や凝集又は沈降の抑制を図る場合には、分散性を考慮してポリマー粒子の粒径や粒度分布をより厳密に制御することが望ましい。主鎖中にアニオン性基を有しないポリマー粒子を使用する場合、その体積基準のメジアン径(D50)が0.05〜0.5μmであり、かつメジアン径(D50)の粒子径の±30%以内に有る粒子が全粒子の50%(体積基準)以上であることが好ましい。即ち、このポリマー粒子は、該粒子からなる粉末について体積基準の粒度分布を測定したときに、メジアン径(D50)が0.05〜0.5μmの範囲内を示し、かつ当該粒度分布において全粒子の50%以上の粒子が、メジアン径(D50)の±30%の範囲内([D50−0.3D50]μm〜[D50+0.3D50]μmの範囲内)に分布するものである。なお、上記体積基準のメジアン径(D50)及びメジアン径(D50)の±30%の範囲内に分布する粒子の割合(体積基準)は、いずれもレーザー回折散乱式粒度分布測定装置(堀場製作所社製 型式名:LA-960)にて測定した体積基準の粒度分布に基づくものである。また、主鎖中にアニオン性基を有しないポリアミドイミドとは、少なくとも、その主鎖末端以外の炭素原子にアニオン性基を有しないポリアミドイミドをいう。主鎖中にアニオン性基を有しないポリマー粒子の体積基準のメジアン径(D50)が上記範囲であることが好ましい理由は、この体積基準のメジアン径(D50)が小さくなりすぎると、後述の絶縁層を形成するときの電着中に、ポリマー粒子が連続膜を形成して、次第に電着効率が低下し、絶縁層の厚膜化が困難になる場合があるからである。また、体積基準のメジアン径(D50)の制御により、電着によって絶縁層の形成がある程度進行しても、その後の電流の流れを良好に保ちやすくすることができる。その理由は、溶媒中に含まれる導電性のある水が、ポリマー粒子間に存在しやすくなるためである。一方、体積基準のメジアン径(D50)が大きくなりすぎると、数日保管した電着液に沈殿が生じる場合がある。また、体積基準のメジアン径(D50)の±30%の範囲内に分布する粒子の割合が50%以上であることが好ましい理由は、該粒子の割合が少なくなりすぎても、数日保管した電着液に沈殿が生じる場合があるからである。このうち、アニオン性基を有しないポリマー粒子は、体積基準のメジアン径(D50)が0.08〜0.25μmであり、かつメジアン径(D50)の±30%の範囲内に分布する粒子の割合は75%以上であることがより好ましい。
【0022】
ポリマー粒子を構成するポリアミドイミドは、モノマーに、芳香族ジイソシアネート成分を含むジイソシアネート成分と、トリメリット酸無水物等を含む酸成分を用い、これらを重合反応させて得られる反応生成物(樹脂)である。
【0023】
ジイソシアネート成分としては、ジフェニルメタン−4,4’−ジイソシアネート(MDI)、ジフェニルメタン−3,3’−ジイソシアネート、ジフェニルメタン−3,4’−ジイソシアネート、ジフェニルエーテル−4,4’−ジイソシアネート、ベンゾフェノン−4,4’−ジイソシアネート、ジフェニルスルホン−4,4’−ジイソシアネート等の芳香族ジイソシアネートが挙げられる。
【0024】
また、酸成分としては、トリメリット酸無水物(TMA)、1,2,5−トリメリット酸(1,2,5−ETM)、ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物、ジフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物、オキシジフタル酸二無水物(OPDA)、ピロメリット酸二無水物(PMDA)、4,4’−(2,2’−ヘキサフルオロイソプロピリデン)ジフタル酸二無水物等の芳香族酸無水物が挙げられる。
【0025】
これらジイソシアネート成分と酸成分とを等量ずつ混合し、有機溶媒中で加熱して重合反応させることにより、ポリアミドイミド樹脂ワニスを得ることができる。なお、上記イソシアネート成分と酸成分はそれぞれ1種類ずつ用いても良いし、複数の種類を組み合わせて使用しても良い。
【0026】
また、ポリマー粒子を構成するポリアミドイミドは、シロキサン結合を有しないものであることが好ましい。シロキサン結合を有すると、シロキサン結合が熱分解しやすいため、絶縁皮膜の耐熱性が劣化する不具合が生じることがあるからである。シロキサン結合の有無は、シロキサン結合を含有するモノマーを使用することに起因するため、シロキサン結合を含有しないモノマーを使用することにより、シロキサン結合を有しないポリマーとすることができる。
【0027】
<有機溶媒、水、貧溶媒>
有機溶媒には、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン(DMI)、N−メチル−2−ピロリドン、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、テトラメチル尿素、ヘキサエチルリン酸トリアミドや、γ−ブチロラクタム等の極性溶剤を使用することができる。また、水には、純水、超純水、イオン交換水等が挙げられる。また、水以外に貧溶媒を含有する場合には、貧溶媒には、1−プロパノール、イソプロピルアルコール等の脂肪族アルコール類、2−メトキシエタノール等のエチレングリコール類、1−メトキシ−2−プロパノール等のプロピレングリコール類等を使用することができる。
【0028】
<塩基性化合物(分散剤又は中和剤)>
塩基性化合物は、中和剤又は分散剤として電着液中に添加される成分であり、この塩基性化合物には、水とのHSP距離が35以上の窒素含有化合物を使用する。ここで、HSP(Hansen Solubility Parameter:ハンセン溶解度パラメーター)とは、ある物質がある物質にどれくらい溶けるかを示す溶解性の指標として用いられる値である。このHSP値は分散項(dD)、極性項(dP)、水素結合項(dH)の3つのパラメータで構成され、各物質ごとに固有の値を示す。これら3つのパラメータは、3次元空間(ハンセン空間)内の座標とみなすことができるため、HSP値は上記空間内の0を始点、HSP値によって与えられる座標を終点とするベクトルとして表される。HSP距離(Ra)とは、2つの物質のHSP値によって与えられる上記座標間の距離又はベクトル間距離のことであり、一般に下記式(1)により算出される。
【0029】
HSP距離=[4×(dD1−dD2)2+(dP1−dP2)2+(dH1−dH2)2]1/2 (1)
【0030】
上記式(1)中、dD1、dP1、dH1は、2つの物質のうちの一方の物質のHSP値であり、dD2、dP2、dH2は他方の物質のHSP値である。この式(1)により算出されるHSP距離が小さい値を示す物質同士程、2つの物質の相溶性が高いことを示している。水とのHSP距離が35以上の窒素含有化合物とは、水のHSP値(dD=15.5、dP=16、dH=42.3)と窒素含有化合物のHSP値を上記式(1)に代入して算出される値(HSP距離)が35以上の値となる窒素含有化合物である。
【0031】
電着液中に含まれる塩基性化合物に、水とのHSP距離が所定値以上の窒素含有化合物を使用することにより、電着液の保存安定性を向上させることができる。これにより、調製後の電着液を長期保存しても電着液の粘度上昇等が抑えられ、塗膜の乾燥又は焼成時に発泡が生じて膜厚が低下するのを抑制できる。このような物性値を示す窒素含有化合物を使用することで電着液の保存安定性が向上する技術的理由は、現在では解明されていないが、例えば次の理由等がその主立った技術的理由として推察される。塩基性化合物はポリマー構造中に結合して電着液の分散性を高める働きをする。塩基性化合物が2−アミノエタノールのように親水性であると、ポリマー粒子に電着液中の水が近づきやすくなるため、ポリアミドイミドが加水分解されやすくなる。ポリアミドイミドが加水分解されると、カルボキシル基やアミノ基といった極性基が生じるため、DMI等の極性溶媒や水を引き付け、ポリマーが溶媒を取り込んで一部ゲル化することで液粘度が上昇することが考えられる。一方、水とのHSP距離が大きく水との親和性が低い、即ち疎水性が高い塩基性化合物を用いると、ポリマー粒子に水を近づけにくいので、上述のような加水分解に伴う電着液の変化を抑制できると考えられる。なお、水とのHSP距離が少なくとも35に達する窒素含有化合物であれば特に上限については限定されないが、現在確認できる窒素含有化合物のHSP値との関係等から、水とのHSP距離が35〜45であるものが好ましい。
【0032】
このような物性値を示し、電着液中に含まれる塩基性化合物として好適な窒素含有化合物としては、具体的にはアルキルアミン化合物が挙げられる。更に、アルキルアミン化合物としては、例えばプロピルアミン、ブチルアミン、アミルアミン、ヘキシルアミン、オクチルアミン、デシルアミン等の第1級アルキルアミンや、ジプロピルアミン、ジブチルアミン、ジアミルアミン、ジヘキシルアミン、ジオクチルアミン等の第2級アルキルアミン、トリプロピルアミン、トリブチルアミン、トリアミルアミン、トリヘキシルアミン等の第3級アルキルアミンが挙げられる。このうち、水とのHSP距離が大きく、高い疎水性を示すことから、トリプロピルアミン、トリブチルアミン、トリアミルアミン、トリヘキシルアミン等が特に好ましい。
【0033】
<電着液の調製>
電着液は、例えば、次のような方法で得ることができる。先ず、上述のようにジイソシアネート成分と酸成分と有機溶媒を用いて、ポリアミドイミド樹脂ワニスを合成する。具体的には、モノマーとしての上記ジイソシアネート成分と上記酸成分をそれぞれ準備し、これらとともに、DMI等の有機溶媒をフラスコ内へ所定の割合で投入する。フラスコには、撹拌機や、冷却管、窒素導入管、温度計等を備えた四つ口フラスコを用いるのが好ましい。上記ジイソシアネート成分と酸成分の配合比は、モル比で1:1となる割合とするのが好ましい。また、有機溶媒の割合は、合成後に得られる樹脂の質量の1〜3倍に相当する割合とするのが好ましい。これらをフラスコ内へ投入した後は、好ましくは80〜180℃の温度まで昇温させ、好ましくは2〜8時間反応させる。
【0034】
その後、必要に応じて、上述の有機溶媒で希釈させることにより、不揮発分として合成したポリアミドイミド樹脂を、好ましくは20〜50質量%の割合で含有するポリアミドイミド樹脂ワニスが得られる。
【0035】
このように合成されたポリアミドイミド樹脂ワニスから、水分散型絶縁皮膜形成用電着液を調製するには、上記調製したポリアミドイミド樹脂ワニスを、必要に応じて上記有機溶媒で更に希釈し、ここに分散剤又は中和剤として上述の塩基性化合物を添加する。このとき、必要に応じて貧溶媒を添加しても良い。そして、好ましくは回転速度8000〜12000rpmにて撹拌しながら、常温下で水を添加して十分に分散させる。貧溶媒を添加する場合には、電着液中の各成分の好ましい割合は、ポリアミドイミド樹脂/有機溶媒/貧溶媒/水/塩基性化合物=1〜10質量%/60〜79質量%/残部/10〜20質量%/0.05〜0.3質量%である。
【0036】
以上の工程により、上述の水分散型絶縁皮膜形成用電着液が得られる。
【0037】
<絶縁物の製造>
続いて、上記水分散型絶縁皮膜形成用電着液を用いて金属表面に絶縁皮膜が形成された絶縁物の製造方法について、電線の表面に絶縁皮膜が形成された絶縁電線の製造方法を例に図面に基づいて説明する。図1に示すように、電着塗装装置10を用いて上記電着液11を電着塗装法により電線12の表面に電着させて絶縁層21aを形成する。具体的には、予め、円筒状に巻き込んである横断面円形の円柱状の電線13を、直流電源14の正極に陽極16を介して電気的に接続しておく。そして、この円柱状の電線13を図1の実線矢印の方向に引上げて次の各工程を経る。
【0038】
先ず、第1の工程として、円柱状の電線13を一対の圧延ローラ17,17により扁平に圧延して、横断面長方形の平角状の電線12を形成する。電線としては、銅線、アルミ線、鋼線、銅合金線、アルミ合金線等が挙げられる。次いで、第2の工程として、電着液11を電着槽18に貯留し、好ましくは5〜60℃の温度に維持して、この電着槽18内の電着液11中に平角状の電線12を通過させる。ここで、電着槽18内の電着液11中には、通過する平角状の電線12と間隔を設けて直流電源14の負極に電気的に接続された陰極19が挿入される。電着槽18内の電着液11中を平角状の電線12が通過する際に、直流電源14により直流電圧が平角状の電線12と陰極19との間に印加される。なお、このときの直流電源14の直流電圧は1〜300Vとするのが好ましく、直流電流の通電時間は0.01〜30秒とするのが好ましい。これにより、電着液11中で、マイナスに帯電したポリマー粒子(図示せず)が平角状の電線12の表面に電着されて絶縁層21aが形成される。
【0039】
次に、表面に絶縁層21aが電着された平角状の電線12に対し、焼付処理を施すことにより、電線12の表面に絶縁皮膜21bを形成する。この実施の形態では、表面に上記絶縁層21aが形成された電線12を、焼付炉22内を通過させることにより行う。上記焼付処理は、近赤外線加熱炉、熱風加熱炉、誘導加熱炉、遠赤外線加熱炉等により行われることが好ましい。また焼付処理の温度は250〜500℃の範囲内であることが好ましく、焼付処理の時間は1〜10分間の範囲内であることが好ましい。なお、焼付処理の温度は焼付炉内の中央部の温度である。焼付炉22を通過することにより、電線12の表面を絶縁皮膜21bで被覆した絶縁電線23が製造される。
【実施例】
【0040】
次に本発明の実施例を比較例とともに詳しく説明する。
【0041】
<実施例1>
攪拌機、冷却管、窒素導入管及び温度計を備えた2リットルの四つ口フラスコに1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン(DMI)30.97g、ジフェニルメタン−4,4’−ジイソシアネート7.508g(30ミリモル)及び無水トリメリット酸5.764g(30ミリモル)を仕込み、160℃まで昇温させた。約6時間反応させることにより、数平均分子量が40000のポリマー(ポリアミドイミド樹脂)を合成し、ポリアミドイミド樹脂(不揮発分)の濃度が30質量%のポリアミドイミドワニス(ポリアミドイミド樹脂/DMI=30質量%/70質量%)を得た。
【0042】
次いで、上記得られたポリアミドイミドワニス1.7gをDMI4.8gで更に希釈し、貧溶媒として1−メトキシプロパノール1.7g、塩基性化合物としてトリプロピルアミン0.02gを加えた後、この液を回転速度10000rpmの高速で撹拌しつつ、常温(25℃)下で水1.8gを添加した。これにより、ポリアミドイミド微粒子が分散する電着液(ポリアミドイミド樹脂/DMI/貧溶媒/水/塩基性化合物=5質量%/60質量%/17質量%/18質量%/0.2質量%)を得た。
【0043】
<実施例2〜7及び比較例1>
以下の表1に示すように、ポリマー粒子の平均粒径、塩基性化合物の種類、及び電着液中の各成分の割合を変更したこと以外は、実施例1と同様にして電着液を得た。なお、ポリマー粒子の平均粒径は、他の液成分の割合を変更したことにより得られた数値である。
【0044】
<比較試験及び評価>
実施例1〜7及び比較例1で得られた電着液等について、以下の(i)〜(iii)の評価を行った。これらの結果を以下の表1又は表2に示す。
【0045】
(i) 水とのHSP距離:下記式(1)に、水のHSP値と、各実施例又は比較例で塩基性化合物として使用した窒素含有化合物のHSP値をそれぞれ代入することにより、各窒素含有化合物と水のHSP距離をそれぞれ算出した。
【0046】
HSP距離=[4×(dD1−dD2)2+(dP1−dP2)2+(dH1−dH2)2]1/2 (1)
【0047】
(ii) 体積基準のメジアン径(D50):各実施例又は比較例で合成したポリマー粒子について、動的光散乱式粒度分布測定装置(堀場製作所社製 型式名:LB-550)により測定された体積基準のメジアン径(D50)を測定した。
【0048】
(iii) メジアン径(D50)の±30%の範囲内に分布する粒子の割合:上記装置により測定した体積基準の粒度分布から、メジアン径(D50)の±30%の範囲内([D50−0.3D50]μm〜[D50+0.3D50]μmの範囲内)に分布する粒子の全粒子数に占める割合を算出した。
【0049】
(iii) 保存安定性:各実施例及び比較例で得られた調製直後の電着液と、調整後1ヶ月間保管した電着液を用いて、銅板の表面に絶縁皮膜が成膜された絶縁物を作製し、この絶縁皮膜中の気泡の有無を目視にて観察することにより、電着液の保存安定性を評価した。表2中、「無」は、絶縁皮膜中に気泡が1個も確認されなかったことを示す。また、「有」は、絶縁皮膜中に気泡が1個以上確認されたことを示す。
【0050】
なお、絶縁物の作製は、後述の手順により行った。また、各実施例及び比較例では、各電着液ごとに、絶縁皮膜の膜厚がそれぞれ10μm、20μm、30μmの3つの絶縁物をそれぞれ作製した。上記調製直後の電着液とは、調製後、24時間経過する前の電着液をいい、また、調整後1ヶ月間保管した電着液とは、調整した電着液をガラス瓶に密封し、大気中、25℃の温度で1ヶ月間保管した電着液である。また、上記膜厚とは、銅板表面に絶縁皮膜を成膜した後、マイクロメータ(ミツトヨ社製 型式名:MDH-25M)を用いて測定した値である。
【0051】
各絶縁物は次の手順により作製した。先ず、電着液を電着槽内に貯留し、この電着槽内の電着液の温度を25℃に調整した。次に、18mm角(厚さは0.3mm)の銅板とステンレス鋼板をそれぞれ陽極、陰極として用意し、電着液中にこれらを互いに対向させて設置した。そして、銅板とステンレス鋼板との間に直流電圧100Vを印加して電着を行った。その際、クーロンメ−タにより流れた電気量を確認し、電気量が所定量に到達したところで電圧の印加を停止した。なお、膜厚が10μmの絶縁皮膜を形成する際には電気量が0.05Cに到達したところで電圧の印加を停止し、膜厚が20μmの絶縁皮膜を形成する際には電気量が0.10Cに到達したところで電圧の印加を停止し、膜厚が30μmの絶縁皮膜を形成する際には電気量が0.15Cに到達したところで電圧の印加を停止した。これにより銅板の表面に絶縁層を形成した。
【0052】
次に、表面に絶縁層が形成された銅板について焼付処理を行った。具体的には、絶縁層が形成された銅板を、250℃の温度に保持された焼付炉に3分間保持することにより行った。これにより、銅板の表面に絶縁皮膜が形成された絶縁物を得た。なお、焼付炉内の温度は、熱電対で測定した炉内中央部の温度である。
【0053】
【表1】
【0054】
【表2】
【0055】
表1及び表2から明らかなように、調製直後の電着液を用いた場合には、実施例1〜実施例7及び比較例1のいずれの絶縁皮膜にも、乾燥又は焼成時の発泡による気泡はみられなかった。
【0056】
一方、調製後1ヶ月間保管した電着液で成膜した絶縁皮膜について比較してみると、塩基性化合物として水とのHSP距離が所定値に満たない窒素含有化合物を使用した比較例1では、全ての膜厚の絶縁皮膜に、乾燥又は焼成時の発泡による気泡が発生した。
【0057】
これに対し、塩基性化合物として水とのHSP距離が所定値以上の窒素含有化合物を使用した実施例1〜実施例7では、実施例2及び実施例4〜6の30μm厚の絶縁皮膜に気泡が若干みられた点を除き、いずれの絶縁皮膜にも乾燥又は焼成時の発泡による気泡はみられなかった。このことから、塩基性化合物として水とのHSP距離が所定値以上の窒素含有化合物を使用した実施例1〜実施例7の電着液は、保存安定性に非常に優れることが確認された。特に、実施例1及び実施例7では、塩基性化合物として水とのHSP距離がそれぞれ43.0及び42.5と大きいため、膜厚が30μmでも、乾燥又は焼成時の発泡による気泡はみられなかった。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明は、パーソナルコンピュータ、スマートフォン等の電源用パワーインダクタのほか、車載用インバータのトランス、リアクトル、モーター等に使用される絶縁電線や、その他の絶縁物の製造に利用することができる。
【符号の説明】
【0059】
11 電着液
図1