特許第6973639号(P6973639)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6973639
(24)【登録日】2021年11月8日
(45)【発行日】2021年12月1日
(54)【発明の名称】イメージング質量分析データ処理装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20210101AFI20211118BHJP
   H01J 49/00 20060101ALI20211118BHJP
【FI】
   G01N27/62 D
   H01J49/00 040
   H01J49/00 360
【請求項の数】3
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2020-522474(P2020-522474)
(86)(22)【出願日】2018年5月30日
(86)【国際出願番号】JP2018020835
(87)【国際公開番号】WO2019229899
(87)【国際公開日】20191205
【審査請求日】2020年9月11日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山口 真一
【審査官】 吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2016/103388(WO,A1)
【文献】 国際公開第2011/058883(WO,A1)
【文献】 VESELKOV, Kirill,BASIS: High-performance bioinformatics platform for processing of large-scale mass spectrometry imag,Scientific Reports,2018年03月06日,Vol.8/Article number 4053,PP.1-11
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/60 − G01N 27/70
G01N 27/92
H01J 49/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料上の測定領域内の複数の微小領域からそれぞれ得られるプロファイルデータである質量分析データを処理するイメージング質量分析データ処理装置であって、
a)ユーザによる質量分析イメージング画像の表示対象である化合物又は質量電荷比値の指定を受け付ける入力受付部と、
b)微小領域毎に、ユーザにより指定された化合物に対応する質量電荷比値又はユーザにより指定された質量電荷比値である目的質量電荷比値と、該目標質量電荷比値に対応すると推測される、前記プロファイルデータにより形成されるプロファイルスペクトルにおいて観測されるピークから求まる観測質量電荷比値との差を算出する質量差算出部と、
c)前記質量差算出部により微小領域毎に算出された質量差の情報に基づいて、前記測定領域又はその中の一部の領域に対応する質量差の2次元分布を示す画像を作成して表示する質量差画像作成部と、
を備えることを特徴とするイメージング質量分析データ処理装置。
【請求項2】
請求項1に記載のイメージング質量分析データ処理装置であって、
測定領域の全体又はその一部である領域に含まれる複数の微小領域における質量差に基づいて、該領域における質量差の全体の傾向を表す指標値を算出する指標値算出部をさらに備えることを特徴とするイメージング質量分析データ処理装置。
【請求項3】
請求項1に記載のイメージング質量分析データ処理装置であって、
測定領域の全体又はその一部である領域に含まれる複数の微小領域における質量差に基づいて、該領域における質量差の分布の傾向を表すグラフを作成するグラフ作成部をさらに備えることを特徴とするイメージング質量分析データ処理装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イメージング質量分析装置により収集された、試料上の測定領域内の多数の微小領域それぞれにおける質量分析データを処理し、例えば特定の化合物の2次元強度分布を示す画像を作成して表示するイメージング質量分析データ処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
イメージング質量分析装置は、生体組織切片などの試料の表面の形態を光学顕微鏡によって観察しながら、同じ試料表面における特定の質量電荷比m/zを有するイオンの2次元的な強度分布を測定することが可能な装置である(特許文献1、非特許文献1など参照)。イメージング質量分析装置を用いて、例えば癌などの特定の疾病に特徴的に現れる化合物由来のイオンについての2次元強度分布を示す質量分析イメージング画像を観察することにより、その疾病の拡がり具合や投薬等による治療の効果などを把握することが可能である。こうしたことから、近年、イメージング質量分析装置を利用し、生体組織切片等を対象とした薬物動態解析や各器官での化合物分布の相違、或いは、癌等の病理部位と正常部位との間での化合物分布の差異などを解析する研究が盛んに行われている。
【0003】
こうしたイメージング質量分析装置では、試料上の測定領域に設定された又は該測定領域を細かく区切った多数の微小領域(測定点)毎にそれぞれ所定の質量電荷比範囲に亘る質量分析が実施されるが、一つの微小領域において得られるデータは質量電荷比方向に連続的な波形を示すプロファイルデータである。イメージング質量分析装置におけるデータ処理部、具体的にはデータ処理用のコンピュータでは、測定によって収集された微小領域毎のプロファイルデータが記憶装置に格納され、このデータを用いたデータ処理によって質量分析イメージング画像が作成される。
【0004】
具体的には、従来の一般的なイメージング質量分析データ処理装置(以下、単に「データ処理装置」という)では、例えば以下のような手順及びデータ処理により質量分析イメージング画像が作成される。
【0005】
ユーザが試料中の或る化合物の2次元分布画像を観察したい場合、その化合物の質量電荷比値Mと質量電荷比の許容幅(以下、単に「許容幅」という)ΔMとを指定したうえで、画像作成処理の実行を指示する。化合物の質量電荷比値を指定するのではなく、ユーザが化合物名を指定すると、該化合物名に対応する質量電荷比値が化合物データベースから導出される構成が採られる場合もある。上記許容幅は通常、イメージング質量分析装置の質量精度に基づいて決められる。イメージング質量分析装置では一般に飛行時間型質量分析装置等の質量精度の高い質量分析装置が利用されるため、通常、許容幅はかなり小さい値とされる。
【0006】
画像作成開始の指示を受けたデータ処理装置は、記憶装置に格納されていた各微小領域のプロファイルデータから、微小領域毎に、指定された質量電荷比値Mと許容幅ΔMとに基づくM±ΔMの質量電荷比範囲(以下「精密質量範囲」という)が包含されるような、ピーク強度を積算する範囲であるビン(bin)の範囲(以下「強度積算範囲」という)を探索する。図4図5はそれぞれ、精密質量範囲と強度積算範囲との関係を示すプロファイルスペクトルである。
【0007】
図4図5において、測定により得られたプロファイルデータにより形成されるピークの中心の質量電荷比値がMmである。理想的には、このピークは質量電荷比値Mmの位置に幅のない1本の縦棒として観測されるべきものであるが、実際には、装置そのものの質量精度や分解能による制約のほか、繰り返し測定時の精度のばらつきなどの誤差要因によってピーク幅を有する。このピーク幅は一般に、ピーク中心の装置精度の幅に比べるとかなり広い。上記強度積算範囲はこのピークの幅をほぼカバーするように設定されるため、このピークのほぼ全体の強度の積算値、換言すればピークの面積値に相当する信号強度値がピーク中心である質量電荷比値Mmにおける信号強度値とされる。
【0008】
いま、図4図5のいずれでも、質量電荷比値Mmをピーク中心とするピーク波形の形状は同じであるので、ピーク中心である質量電荷比値Mmにおける信号強度値は同じである。また、図4図5のいずれにおいても精密質量範囲は強度積算範囲に包含されるので、質量電荷比値Mmにおける信号強度値がユーザにより指定された化合物に対応する信号強度であるとみなされる。各微小領域において同様の処理が実施されることで、微小領域毎の信号強度値が求まり、それを画像化することでユーザにより指定された化合物に対応する質量分析イメージング画像が作成される。
【0009】
しかしながら、図4の場合と図5の場合とでは次のような相違がある。図4の場合には、精密質量範囲内にピーク中心である質量電荷比値Mmが含まれる。つまり、このピーク中心である質量電荷比値Mmと目的化合物の精密な質量電荷比値との差異は装置精度の範囲内であり、上述したように計算されたピーク中心である質量電荷比値Mmにおける信号強度値は目的化合物に対応する信号強度値をほぼ示していると推測できる。一方、図5の場合には、精密質量範囲は強度積算範囲に包含されるものの、ピーク中心である質量電荷比値Mmは精密質量範囲に含まれない。そのため、実際には、このピーク自体がユーザが意図する目的化合物に対応したものではない可能性がある。即ち、図5の場合には、目的化合物ではない別の化合物の信号強度値が、目的化合物の質量分析イメージング画像の作成に利用される可能性がある。
【0010】
図4の場合と図5の場合とで目的化合物について作成及び表示される質量分析イメージング画像はほぼ同じになるが、指定された目的化合物の精密な質量電荷比値と観測された質量電荷比値との差は大きく異なる。この差が大きいほど質量分析イメージング画像には別の化合物の影響が及んでいる、つまりは目的化合物の2次元強度分布の精度が低い可能性が高い、と推測される。しかしながら、表示された質量分析イメージング画像を作業者が見ても、上記のような質量差やそれによる品質劣化の影響などを把握することができないという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】国際公開第2017/183086号パンフレット
【特許文献2】特開2017−32465号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】「iMScope TRIO イメージング質量顕微鏡」、[online]、[平成30年3月16日検索]、株式会社島津製作所、インターネット<URL : http://www.an.shimadzu.co.jp/bio/imscope/>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、ユーザにより指定された目的化合物の精密な質量電荷比値又はユーザにより指定された質量電荷比値における質量分析イメージング画像の正確性や品質を、質量精度の点からユーザが評価するのに有用な情報を提供することができるイメージング質量分析データ処理装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決するために成された本発明は、試料上の測定領域内の複数の微小領域からそれぞれ得られるプロファイルデータである質量分析データを処理するイメージング質量分析データ処理装置であって、
a)ユーザによる質量分析イメージング画像の表示対象である化合物又は質量電荷比値の指定を受け付ける入力受付部と、
b)微小領域毎に、ユーザにより指定された化合物に対応する質量電荷比値又はユーザにより指定された質量電荷比値である目的質量電荷比値と、該目標質量電荷比値に対応すると推測される、前記プロファイルデータにより形成されるプロファイルスペクトルにおいて観測されるピークから求まる観測質量電荷比値との差を算出する質量差算出部と、
c)前記質量差算出部により微小領域毎に算出された質量差の情報に基づいて、前記測定領域又はその中の一部の領域に対応する質量差の2次元分布を示す画像を作成して表示する質量差画像作成部と、
を備えることを特徴としている。
【0015】
本発明における「質量分析データ」は、イオンに対する解離操作を伴わない単純なマススペクトルデータのみならず、nが2以上であるMSn分析により得られたMSnスペクトルデータも含む。本発明による処理の対象であるデータは、測定領域内の微小領域毎に収集された所定の質量電荷比範囲のプロファイルデータである。また、質量分析データを取得する質量分析装置の方式は特に問わないが、一般的には、飛行時間型質量分析装置である。
【0016】
本発明において、例えばユーザが質量分析イメージング画像の表示対象として或る化合物を指定すると、入力受付部は該指定を受けて例えば既存の化合物データベースなどを用いて、その化合物に対応する精密な質量電荷比値を目的質量電荷比値として取得する。質量差算出部は、測定領域内の微小領域毎に、プロファイルデータにより形成されるプロファイルスペクトルにおいて検出されるピークの中で上記目標質量電荷比値に対応すると推測されるピークの中心位置である観測質量電荷比値を求め、該観測質量電荷比値と目標質量電荷比値との質量差を算出する。
【0017】
プロファイルスペクトルにおいて観測されるピークの中心位置は、例えばそのプロファイルスペクトルに現れる山形状のピークに対してセントロイド変換処理を適用することで得られるピークの重心位置とすればよい。或いは、単に山形状のピークのピークトップの位置、さらには、山形状のピークに対しデコンボリューション処理を実行することで求めたピークのピークトップの位置などでもよい。また、プロファイルスペクトルにおける或るピークが目標質量電荷比値に対応するか否かの推定は、例えば単にそのピークの中心位置が目標質量電荷比値から最も近く、且つその差が所定値以内であるか否かにより行えばよい。
【0018】
微小領域毎に質量差が算出されたならば、質量差画像作成部は、測定領域又はその中の一部の領域に対応する質量差の2次元分布を示す画像を作成する。即ち、例えば質量差の数値をカラースケールに対応付けて、質量差の大小をヒートマップで表せばよい。こうした質量差画像によれば、例えば複数の化合物の質量分析イメージング画像の中で全体的に品質が高いものと品質が低いものとが明瞭になる。また、試料上で、目標質量電荷比値と観測質量電荷比値との差が大きい部分とその差が小さい部分とが顕在化する。
【0019】
また本発明において好ましい一態様として、測定領域の全体又はその一部である領域に含まれる複数の微小領域における質量差に基づいて、該領域における質量差の全体の傾向を表す指標値を算出する指標値算出部をさらに備える構成とするとよい。
【0020】
上記指標値としては、平均値、最頻値、最大値、最小値、最大値と最小値との差、分散などのうちの1又は複数を用いることができる。こうした指標値を質量差画像と共に表示することで、ユーザはその目的化合物又は質量電荷比値における質量差の全体的な傾向を容易に把握することができる。
【0021】
また本発明において好ましい別の態様として、測定領域の全体又はその一部である領域に含まれる複数の微小領域における質量差に基づいて、該領域における質量差の分布の傾向を表すグラフを作成するグラフ作成部をさらに備える構成とするとよい。
【0022】
上記グラフは典型的には、微小領域毎の質量差についてその質量差の範囲と頻度(微小領域の個数)との関係を示すヒストグラムである。こうしたグラフを質量差画像と共に表示することで、ユーザは質量差が特定の状態に片寄っている(即ち、特定の質量差を示す微小領域の数が多い)ときにそれを容易に把握することができる。これにより、作業者は、例えば目的化合物に精密な質量電荷比が近い別の化合物が測定領域の全体に満遍なく分布している、或いは特定の部位に片寄って分布している可能性が高いことを把握することができる。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、ユーザが質量差画像から質量精度の状況を把握し、それに基づき、目的とする化合物又は目的とする質量電荷比値における質量分析イメージング画像の正確性や品質を評価することができる。それにより、品質が悪いと推定される質量分析イメージング画像を解析対象から除外したり、質量分析イメージング画像を作成する際のパラメータを手動で変更することでより品質の高い質量分析イメージング画像を作成したりすることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本発明に係るイメージング質量分析データ処理装置を含むイメージング質量分析装置の一実施例の概略構成図。
図2】本実施例のイメージング質量分析装置におけるMSイメージング画像作成処理の説明図。
図3】本実施例のイメージング質量分析装置において表示される質量差情報の一例を示す概略図。
図4】目的化合物に対応する精密質量範囲と測定により得られたピークの強度積算範囲との関係の一例を示す図。
図5】目的化合物に対応する精密質量範囲と測定により得られたピークの強度積算範囲との関係の他の例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明に係るイメージング質量分析データ処理装置を含むイメージング質量分析装置の一実施例について、添付図面を参照して説明する。
図1は本実施例によるイメージング質量分析装置の概略構成図、図2は本実施例のイメージング質量分析装置における特徴的なデータ処理の説明図である。
【0026】
本実施例のイメージング質量分析装置は、試料に対して測定を実施するイメージング質量分析部1と、試料上の光学顕微画像を撮影する光学顕微撮像部2と、データ処理部3と、ユーザインターフェイスである入力部4及び表示部5と、を含む。
【0027】
イメージング質量分析部1は例えばMALDIイオントラップ飛行時間型質量分析装置を含み、図2(a)に示すように、生体組織切片などの試料100上の2次元的な測定領域101内の多数の測定点(微小領域)102に対してそれぞれ質量分析を実行して微小領域毎に質量分析データを取得するものである。ここでは、質量分析データは所定の質量電荷比範囲に亘るマススペクトルデータであるが、特定のプリカーサイオンに対するMSnスペクトルデータでもよい。光学顕微撮像部2は光学顕微鏡に撮像部を付加したものであり、試料上の表面の2次元領域の顕微画像を取得するものである。
【0028】
データ処理部3は、イメージング質量分析部1で収集された各微小領域におけるマススペクトルデータを受けて所定の処理を行うものであり、データ収集部31、データ格納部32、入力受付部33、ピーク波形変換処理部34、質量差算出部35、質量差画像作成部36、質量差関連情報算出部37、イメージング画像作成部38、表示処理部39、を機能ブロックとして備える。データ格納部32は、イメージング質量分析部1による測定で収集された生データを格納するプロファイルデータ格納領域321と後述するピーク波形変換処理による処理後のデータを格納する変換後データ格納領域322とを含む。
【0029】
なお、通常、データ処理部3の実体はパーソナルコンピュータ(又はより高性能なワークステーション)であり、該コンピュータにインストールされた専用のソフトウェアを該コンピュータ上で動作させることにより、上記各ブロックの機能が達成される構成となっている。その場合、入力部4はキーボードやマウス等のポインティングデバイスであり、表示部5はディスプレイモニタである。
【0030】
次に、本実施例のイメージング質量分析装置による試料の測定作業について説明する。
まず作業者が分析対象である試料100を光学顕微撮像部2の所定の測定位置にセットし、入力部4で所定の操作を行うと、光学顕微撮像部2は該試料100の表面を撮影し、その画像を表示部5の画面上に表示する。作業者はその画像上でその試料100の全体又は一部である測定領域を入力部4で指示する。
【0031】
作業者は試料100を一旦装置から取り出し、その表面にMALDI用のマトリクスを付着させる。そして、マトリクスが付着された試料100をイメージング質量分析部1の所定の測定位置にセットし、入力部4で所定の操作を行う。これにより、イメージング質量分析部1は、試料100上の、上述したように指示された測定領域内の多数の微小領域についてそれぞれ質量分析を実行し、所定の質量電荷比範囲に亘る質量分析データを取得する。このときデータ収集部31は、いわゆるプロファイルアクイジションを実行し、質量電荷比範囲内で質量電荷比方向に連続的な波形であるプロファイルデータを収集してデータ格納部32のプロファイルデータ格納領域321に保存する。当然のことながら、プロファイルデータ格納領域321に保存されるのは、連続的なプロファイル波形を所定のサンプリング間隔(波形のピーク幅に比べて十分に小さな間隔)でサンプリングしたサンプルをデジタル化したデータの列である。
【0032】
なお、マトリクスを試料表面に付着させても該試料表面の模様(異なる組織の境界等)が比較的鮮明に観察できる場合には、先に試料の表面にマトリクスを付着させたあとに光学顕微撮像部2で撮影を実施してもよい。
【0033】
目的とする試料100についての測定が終了した後、作業者は試料100中の2次元強度分布を確認したい化合物(以下「目的化合物」という)を入力部4から指定する。入力受付部33はこの入力情報を受け付ける。目的化合物が指定された場合、入力受付部33は、予め記憶してある化合物データベースなどを参照して、指定された化合物に対応する精密な質量電荷比値(通常は質量電荷比の理論値)を求める。
【0034】
目的化合物の指定は、例えば化合物名を直接入力する、予め用意された化合物リストの中から化合物を選択する、等の方法で行うことができる。また、複数の目的化合物を指定する場合には、上記手法で目的化合物を一つ一つ指定してもよいが、予め複数の目的化合物をリスト化しておき、そのリストを選択することで該リストに載っている複数の目的化合物をまとめて指定できるようにしてもよい。また、目的化合物を指定するのではなく、2次元強度分布を確認したい質量電荷比値Ma(以下「目的質量電荷比値」という)そのものを指定することもできるようにしてもよい。
【0035】
またユーザは、目的化合物や目的質量電荷比値を指定する際に併せて、想定される質量電荷比の許容幅ΔMを指定する。但し、複数の目的化合物や目的質量電荷比値を指定する際に許容幅は必ずしもその目的化合物毎、目的質量電荷比値毎に指定しなくてもよく、例えば全ての目的化合物や目的質量電荷比値に対して許容幅は共通でもよい。また、許容幅を「Da」、「u」等の質量電荷比の単位の数値で指定するのではなく、中心となる質量電荷比値に対する比率、例えば「ppm」等で指定できるようにしてもよい。もちろん、それ以外の指定方法でも構わない。重要なことは、目的化合物毎又は目的質量電荷比毎に何らかの許容幅が定められることである。したがって、目的化合物、目的質量電荷比値のいずれが指定された場合であっても、目的化合物毎に又は目的質量電荷比値毎に、中心となる質量電荷比値Maと許容幅ΔMの情報が得られる。
【0036】
ピーク波形変換処理部34は、各微小領域についての指定された質量電荷比値M付近の所定の質量電荷比範囲のプロファイルデータをプロファイルデータ格納領域321から読み出しプロファイルスペクトルを形成する(図2(b)、(c)参照)。そして、微小領域毎に、プロファイルスペクトルに現れる山形状のピークを検出し、検出されたピークに対してセントロイド変換処理を実行する。セントロイド変換処理は例えば特許文献2等に記載の周知のアルゴリズムを用いればよく、典型的には山形状のピークの重心位置及び面積値を計算して、該重心位置つまり質量電荷比値を棒状ピークの位置とし面積値を棒状ピークの高さつまりは信号強度値とする。これにより、図2(d)に示すように、一つの山形状ピークは一つの棒状ピーク(いわゆるセントロイドピーク)に変換される。
【0037】
なお、指定された質量電荷比値Ma付近の所定の質量電荷比範囲のプロファイルスペクトルではなく、測定により取得された質量電荷比範囲全体のプロファイルスペクトルについてピークを検出し、検出された各ピークに対しそれぞれセントロイド変換処理を行ってもよい。また、こうしてセントロイド変換処理を行うことで求まった棒状ピークを含むマススペクトルを構成するデータをデータ格納部32の変換後データ格納領域322に保存しておくことで、同じプロファイルスペクトルについて再度セントロイド変換処理を行うことなく、後述する質量分析イメージング画像作成処理を実行することができる。
【0038】
イメージング画像作成部38は、各微小領域において、目的化合物毎に又は目的質量電荷比値毎に、質量電荷比値Maと許容幅ΔMとから質量電荷比範囲[Ma−ΔM〜Ma+ΔM]を算出する。そして、その質量電荷比範囲[Ma−ΔM〜Ma+ΔM]内に棒状ピークが存在するか否かを判定し、図2(e)に示すように、質量電荷比範囲[Ma−ΔM〜Ma+ΔM]内に棒状ピークが存在する場合には、その棒状ピークの高さ(信号強度値)Icを、その微小領域においてその目的化合物に対応する信号強度値とみなす。一方、図2(f)に示すように、質量電荷比範囲[Ma−ΔM〜Ma+ΔM]内に棒状ピークが存在しない場合には、その微小領域においてその目的化合物に対応する信号強度値を0とする。
【0039】
そしてイメージング画像作成部38は、各微小領域において同様の処理を行うことで各微小領域にそれぞれ対応する信号強度値を決定する。これにより、目的化合物毎、又は目的質量電荷比値毎に、測定領域101に含まれる多数の微小領域102それぞれの信号強度値が求まるから、その信号強度値を微小領域102の位置に応じて2次元的に配置し、所定のカラースケールに従って信号強度値に表示色を与えることで質量分析イメージング画像を作成する。表示処理部39は、目的化合物や目的質量電荷比値それぞれについて作成された質量分析イメージング画像を例えば一覧表の形式で表示部5の画面上に表示する。
【0040】
一方、質量差算出部35は微小領域毎に、作業者の指定に基づく質量電荷比値Maと測定データに基づく質量電荷比値Mcとの質量差(絶対値)Δmを計算する。このときに求めたい質量差Δmは、作業者が指定した目的化合物の精密な質量電荷比値とその化合物について実際に観測された質量電荷比値との差である。したがって、目的化合物とは明らかに異なる実測ピークから得られる質量電荷比値Mcに関する質量差は意味がない。そこで、質量電荷比値Maを中心とする所定の質量電荷比範囲内に実測ピークによる質量電荷比値Mcがない場合には、質量差Δmを一律に所定値(質量差の最大値)にするとよい。このときの所定の質量電荷比範囲は上記[Ma−ΔM〜Ma+ΔM]でもよいし、これとは異なる範囲でもよい。
【0041】
質量差画像作成部36は、微小領域毎に算出された質量差Δmの値にカラースケールに従った表示色を与えることで、質量差Δmの2次元分布を示す質量差画像200を作成する。カラースケールに代わりにグレイスケールを用いてもよい。この質量差画像200は作業者により指定された目的化合物についての質量電荷比の精度を表した画像であり、作業者が指定した目的化合物又は目的質量電荷比値の数だけ作成される。
【0042】
また、質量差関連情報算出部37は、1枚の質量差画像に対応する微小領域毎の質量差Δmの値に基づいて、その画像全体の質量差の傾向を把握するための所定の指標値を求めるとともにグラフを作成する。具体的には、指標値として、質量差Δmの平均値、最頻値、最大値、最小値、分散、標準偏差などを用いることができる。また、グラフとしては、質量差Δmの値を所定幅毎に区切った質量差範囲と微小領域の計数値(つまり頻度)との関係を示すヒストグラムや、質量差範囲毎の頻度を全体の構成比で表した円グラフや帯グラフなどを用いることができる。こうした指標値やグラフは質量差画像毎、つまりは作業者に指定された目的化合物や目的質量電荷比値毎に得られる。
【0043】
表示処理部39は、質量差画像作成部36により作成された質量差画像と、質量差関連情報算出部37により得られた指標値やグラフとを併せて表示部5の画面上に表示する。これらは、目的化合物における質量分析イメージング画像に対応付けて表示するようにしてもよいし、或いは、画面上に表示されている質量分析イメージング画像について作業者により選択指示がなされたときに、それに対応して表示するようにしてもよい。また、画面上に質量差画像のみを表示し、その表示されている質量差画像についての詳細情報をさらに表示するべく作業者により指示されたときに、その質量差画像に対応する指標値やグラフを表示してもよい。
【0044】
図3は、グラフと指標値とを表示する画面の一例である。ここでは、質量差のヒストグラムを表示している。一般に、測定が適切に行われていれば質量差はそれほど大きくないため、質量差Δmが0に近い質量差範囲で頻度が高くなっている。しかしながら、質量差Δmが0から離れた位置で頻度が高くなっている。これは1枚の質量差画像の中で局所的に質量差が大きい部分があることを示唆しており、目的化合物に質量電荷比がごく近い別の化合物が局所的に存在している可能性を示唆している。作業者が質量分析イメージング画像からこうしたことを認識するのは実質的に不可能であるが、質量差画像やヒストグラム等のグラフを確認することで容易に認識することができる。
【0045】
なお、上記実施例の装置では、ピーク波形変換処理部34は山形状のピークに対しセントロイド変換処理を行って該ピークを棒状ピークに変換していたが、山形状のピークを棒状ピーク又は棒状ではなくてもピーク幅が山形状ピークに比べて十分に小さいピーク幅の狭幅ピークに変換できさえすれば、セントロイド変換処理以外の波形処理手法を用いてもよい。具体的には、ガウス関数等の所定の分布関数を用いたデコンボリューションを利用することでピークを構成するデータを再構成することにより、質量分析装置の精度程度のピーク幅を持つピークを算出することができる。もちろん、それ以外の波形処理手法を用いてもよい。
【0046】
また、質量差Δmを算出する際には、セントロイド化されたピークの質量電荷比値Mcではなく、山形状のピークのピークトップに対応する質量電荷比値等を用いてもよい。
【0047】
また、上記実施例は本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜に変更、修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【符号の説明】
【0048】
1…イメージング質量分析部
2…光学顕微撮像部
3…データ処理部
31…データ収集部
32…データ格納部
321…プロファイルデータ格納領域
322…変換後データ格納領域
33…入力受付部
34…ピーク波形変換処理部
35…質量差算出部
36…質量差画像作成部
37…質量差関連情報算出部
38…イメージング画像作成部
39…表示処理部
4…入力部
5…表示部
図1
図2
図3
図4
図5