特許第6973640号(P6973640)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6973640
(24)【登録日】2021年11月8日
(45)【発行日】2021年12月1日
(54)【発明の名称】イメージング質量分析データ処理装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20210101AFI20211118BHJP
【FI】
   G01N27/62 Y
【請求項の数】6
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2020-522477(P2020-522477)
(86)(22)【出願日】2018年5月30日
(86)【国際出願番号】JP2018020838
(87)【国際公開番号】WO2019229902
(87)【国際公開日】20191205
【審査請求日】2020年9月10日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】押川 倫憲
【審査官】 吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2018/042605(WO,A1)
【文献】 国際公開第2010/001439(WO,A1)
【文献】 特開2011−58982(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/60 − G01N 27/70
G01N 27/92
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料上の2次元領域内の複数の微小領域からそれぞれ得られる質量分析データを処理するイメージング質量分析データ処理装置であって、
a)前記質量分析データに基づく2次元強度分布を観察したい化合物又は質量電荷比値をユーザが指定するための入力設定部と、
b)前記入力設定部を介してユーザにより指定された化合物に対応する質量電荷比値及び/又はユーザにより指定された質量電荷比値が複数であるとき、該質量電荷比値それぞれについて所定の又は指定された許容幅を持つ複数の質量電荷比範囲の重なりを判定する判定部と、
c)前記判定部により複数の質量電荷比範囲に重なりがあると判定されたとき、少なくともユーザにより指定された化合物又は質量電荷比値において質量電荷比範囲に重なりがあることの情報をユーザに提供する情報提供部と、
を備えることを特徴とするイメージング質量分析データ処理装置。
【請求項2】
請求項1に記載のイメージング質量分析データ処理装置であって、
前記情報提供部は、ユーザが認識可能な態様で警告を報知するものであることを特徴とするイメージング質量分析データ処理装置。
【請求項3】
請求項1に記載のイメージング質量分析データ処理装置であって、
前記情報提供部は、質量電荷比範囲に重なりがある化合物及び/又は質量電荷比値をリスト化して表示部の画面上に表示するものであることを特徴とするイメージング質量分析データ処理装置。
【請求項4】
請求項1に記載のイメージング質量分析データ処理装置であって、
前記入力設定部を介したユーザにより指定に基づく前記複数の質量電荷比範囲のそれぞれについて、前記質量分析データを利用した2次元強度分布を示す画像を作成する画像作成部をさらに備え、
前記情報提供部は、前記画像作成部で作成された画像情報を表示部の画面上に表示する際に、質量電荷比範囲に重なりがある化合物及び/又は質量電荷比値に対応する画像を他の画像と視覚的に識別可能に表示するものであることを特徴とするイメージング質量分析データ処理装置。
【請求項5】
請求項1に記載のイメージング質量分析データ処理装置であって、
前記判定部により複数の質量電荷比範囲に重なりがあると判定されたとき、その重なりが無くなるように、重なっている複数の質量電荷比範囲の少なくとも一つの質量電荷比範囲を変更する質量電荷比範囲変更部をさらに備えることを特徴とするイメージング質量分析データ処理装置。
【請求項6】
請求項1に記載のイメージング質量分析データ処理装置であって、
前記判定部により複数の質量電荷比範囲に重なりがあると判定されたとき、重なっている複数の質量電荷比範囲をマージして、該複数の質量電荷比範囲に対応する複数の化合物及び/又は質量電荷比値を擬似的に一つの成分として扱うことを特徴とするイメージング質量分析データ処理装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イメージング質量分析装置で収集された、試料上の2次元領域内の多数の微小領域毎の質量分析データを処理し、例えば特定の物質の2次元強度分布を示す画像を作成して表示するイメージング質量分析データ処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
イメージング質量分析装置は、生体組織切片などの試料の表面の形態を光学顕微鏡によって観察しながら、同じ試料表面における特定の質量電荷比m/zを有するイオンの2次元的な強度分布を測定することが可能な装置である(特許文献1、非特許文献1など参照)。イメージング質量分析装置を用いて例えば癌などの特定の疾病に特徴的に現れる化合物由来のイオンについての質量分析イメージング画像を観察することにより、その疾病の拡がり具合などを把握することが可能である。こうしたことから、近年、イメージング質量分析装置を利用し、生体組織切片等を対象とした薬物動態解析や各器官での化合物分布の相違、或いは、癌等の病理部位と正常部位との間での化合物分布の差異などを解析する研究が盛んに行われている。
【0003】
イメージング質量分析装置では、試料上の2次元領域内に設定された多数の微小領域(測定点)毎にそれぞれ所定の質量電荷比範囲に亘る質量分析が実施されるが、一つの微小領域において得られるデータは質量電荷比方向に連続的な波形を示すプロファイルスペクトルデータである。イメージング質量分析装置におけるデータ処理部、具体的にはデータ処理用のコンピュータでは、測定によって収集された微小領域毎のプロファイルスペクトルデータが記憶装置に格納され、このデータを用いた様々なデータ処理によって試料に関する情報が算出される。
【0004】
従来の一般的なイメージング質量分析データ処理装置(以下、単に「データ処理装置」という)において、ユーザが試料中の特定の化合物の2次元分布画像を観察したい場合、その化合物の質量電荷比値Mと質量電荷比の許容幅(以下、単に「許容幅」という)ΔMとを指定したうえで、画像作成処理の実行を指示する。この指示を受けてデータ処理装置は、記憶装置に格納されていた各微小領域のプロファイルスペクトルデータから、微小領域毎に、指定された質量電荷比値M及び許容幅ΔMに基づくM±ΔMの質量電荷比範囲の信号強度値を積算することで、各微小領域に対応する信号強度値を算出し、その信号強度値の2次元分布を示す画像を形成して表示する。
【0005】
様々な化合物の精密な質量値(又は理論的な質量値)は既知であり汎用的なデータベース等にも収録されている。したがって、ユーザが化合物を指定する際に、そうした情報を用いることで、その化合物に対応する質量電荷比値Mを実質的に指定することができる。また、場合によっては、化合物は未知であるものの、試料に含まれることが分かっている或る質量電荷比における2次元強度分布を観察したいような場合もある。そうした場合には、直接、質量電荷比値と許容幅とを指定することで、その質量電荷比における2次元強度分布画像を表示させることもできる。
【0006】
一般に、ユーザは試料に含まれる多数の様々な化合物の2次元分布を併せて確認したいことが多い。そのため、上記データ処理装置では画像作成処理の際に、複数の化合物の質量電荷比値M及び許容幅ΔMを指定することが可能となっている。しかしながら、質量電荷比値は必ずしも化合物に特有というわけではない。例えば、組成式が同じである異なる化合物同士は原理的に区別がつかない。また、組成式が相違していても分子量がきわめて近い複数の化合物も多い。2次元分布画像を観察したい化合物としてこうした化合物がユーザにより複数指定されると、その複数の化合物についてのM±ΔMである質量電荷比範囲はその全体又は一部が重なることになるため、各化合物に対して2次元強度分布がほぼ同じである画像が表示されることになる。
【0007】
その場合、指定した化合物の質量電荷比値をユーザが的確に把握していないと、実際には複数の化合物の一方が試料中に殆ど存在していないにも拘わらず、その複数の化合物の空間分布は非常に近いとユーザが誤った判断を下すおそれがある。また逆に、指定した複数の化合物が近い空間分布でいずれも試料中に存在しているにも拘わらず、いずれか一方の化合物の空間分布であって他の化合物は存在しないとユーザが誤った判断を下すおそれもある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開第2017/183086号パンフレット
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】「iMScope TRIO イメージング質量顕微鏡」、[online]、[平成30年3月16日検索]、株式会社島津製作所、インターネット<URL : http://www.an.shimadzu.co.jp/bio/imscope/>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、複数の化合物の2次元分布画像又は複数の質量電荷比における2次元強度分布画像をユーザが観察したい場合に、化合物や特定の質量電荷比を有するイオンの分布状況をユーザが正確に把握することができるイメージング質量分析データ処理装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために成された本発明は、試料上の2次元領域内の複数の微小領域からそれぞれ得られる質量分析データを処理するイメージング質量分析データ処理装置であって、
a)前記質量分析データに基づく2次元強度分布を観察したい化合物及び/又は質量電荷比値をユーザが指定するための入力設定部と、
b)前記入力設定部を介してユーザにより指定された化合物に対応する質量電荷比値及び/又はユーザにより指定された質量電荷比値が複数であるとき、該質量電荷比値それぞれについて所定の又は指定された許容幅を持つ複数の質量電荷比範囲の重なりを判定する判定部と、
c)前記判定部により複数の質量電荷比範囲に重なりがあると判定されたとき、少なくともユーザにより指定された化合物及び/又は質量電荷比値において質量電荷比範囲に重なりがあることの情報をユーザに提供する情報提供部と、
を備えることを特徴としている。
【0012】
本発明における「質量分析データ」は、イオンに対する解離操作を伴わない単純なマススペクトルデータのみならず、nが2以上であるMSn分析により得られたMSnスペクトルデータも含む。また、この質量分析データは一般的には、連続的な波形を示すプロファイルスペクトルデータであるが、それに限るものではなく、例えばセントロイド処理により棒グラフ化されたあとに各棒に所定のピーク幅が与えられることで山形状のピークに成形されたマススペクトルを表すデータなどでもよい。
【0013】
2次元強度分布を観察したい化合物が決まっている場合、ユーザは入力設定部によりその化合物を指定する。化合物の指定方法は特に限定されず、化合物名を直接入力してもよいし、予め用意された化合物リストの中から目的の化合物を選択してもよいし、或いは、予め作成しておいた化合物リスト自体を指定することで該リストに載っている複数の化合物をまとめて指定してもよい。また、化合物を指定する代わりに、質量電荷比値そのものを指定してもよい。この場合には、観察したい化合物が不明であってもよい。
【0014】
上記入力設定部を介してユーザにより指定された化合物に対応する質量電荷比値及び/又はユーザにより指定された質量電荷比値が複数である場合、判定部は、その質量電荷比値それぞれについて所定の又は指定された許容幅を持つ複数の質量電荷比範囲に重なりがあるか否かを判定する。
【0015】
この許容幅は、入力設定部で化合物や質量電荷比値が指定される際に併せて指定されるようにしてもよい。或いは、予め決められた値でもよいし、予め決められた計算式やアルゴリズムに従って質量電荷比値毎に(つまりは質量電荷比値の大小に応じて)算出されるようにしてもよい。上記質量電荷比範囲はマススペクトルデータから、指定された化合物や質量電荷比値における信号強度値を算出する際に用いられる一種の窓である。つまり、一つの質量電荷比範囲により切り出されるマススペクトルのピーク波形の面積、又はデータの積算値がその質量電荷比範囲中の質量電荷比値における信号強度値となる。そのため、例えば異なる二つの化合物に対応する質量電荷比範囲の一部が重なっていることは、マススペクトルのピーク波形の中の同じ部分が別々の化合物の信号強度値にダブって反映されることを意味する。
【0016】
そこで、情報提供部は、複数の質量電荷比範囲に重なりがあると判定されたならば、指定された条件に従って画像を作成する前に、又は作成した画像を表示部の画面上に表示する時点で、少なくともユーザにより指定された化合物や質量電荷比値において質量電荷比範囲に重なりがあることをユーザが認識できるような情報を提供する。このときの情報の提供の仕方は様々な態様を採り得る。
【0017】
本発明の第1の態様として、前記情報提供部は、ユーザが認識可能な態様で警告を報知するものとすることができる。
即ち、複数の質量電荷比範囲に重なりがある場合に、警告表示或いは警告音などにより、ユーザの注意を喚起すればよい。
【0018】
また本発明の第2の態様として、前記情報提供部は、質量電荷比範囲に重なりがある化合物及び/又は質量電荷比値をリスト化して表示部の画面上に表示するものとすることができる。
これにより、ユーザは具体的にどの化合物の質量電荷比範囲が、或いはどの質量電荷比に対応する質量電荷比範囲が重なっているのかを、表示画面上で視覚的に確認することができる。
【0019】
また本発明の第3の態様として、前記入力設定部を介したユーザにより指定に基づく前記複数の質量電荷比範囲のそれぞれについて、前記質量分析データを利用した2次元強度分布を示す画像を作成する画像作成部をさらに備え、
前記情報提供部は、前記画像作成部で作成された画像情報を表示部の画面上に表示する際に、質量電荷比範囲に重なりがある化合物及び/又は質量電荷比値に対応する画像を他の画像と視覚的に識別可能に表示するものとすることができる。
【0020】
この第3の態様において、画像作成部は、複数の質量電荷比範囲に重なりがあった場合でも、各質量電荷比範囲のそれぞれについて、質量分析データを利用して2次元強度分布を示す画像を作成する。例えば異なる二つの化合物に対応する質量電荷比範囲の一部が重なっている場合には、その重なりの範囲にマススペクトルのピーク波形の一部が存在すると、その波形部分は上記二つの化合物の両方の信号強度値に反映される。そのため、仮にその二つの化合物の一方が全く存在していなくても、該化合物に対し偽の信号強度値が現れることになる。そこで、情報提供部は、画像作成部で作成された画像情報を表示画面上に表示する際に、例えば質量電荷比範囲に重なりがある化合物に対応する画像を他の化合物に対応する画像と視覚的に識別できるように表示する。
【0021】
具体的には、例えば質量電荷比範囲に重なりがある化合物に対応する複数の画像に特定のマークを付したり、質量電荷比範囲に重なりがある化合物に対応する複数の画像を囲む枠の表示色を他の画像とは異なる色としたりすることができる。また、質量電荷比範囲に重なりがある化合物に対応する複数の画像のみを自動的に集めて表示画面内の所定の表示領域に表示するようにしてもよい。いずれにしても、化合物等の2次元分布画像、つまりは質量分析イメージング画像を表示する画面上でユーザが見たときに容易に視認可能な態様で表示すればよい。
【0022】
また上述したように、質量電荷比範囲に重なりがある場合に、それに関連する情報をユーザに知らせるのみならず、そうした重なりの影響を軽減した画像を作成したり、その重なりがあることを前提とした画像を作成したりしてもよい。
【0023】
即ち、本発明の他の態様として、前記判定部により複数の質量電荷比範囲に重なりがあると判定されたとき、その重なりが無くなるように、重なっている複数の質量電荷比範囲の少なくとも一つの質量電荷比範囲を変更する質量電荷比範囲変更部をさらに備える構成とするとよい。
【0024】
この構成では、質量電荷比範囲変更部は例えば、重なっている複数の質量電荷比範囲における一部の許容幅を変更することで質量電荷比範囲を狭め、それにより質量電荷比範囲の重なりを解消する。これにより、例えばマススペクトル上で隣接する二つの化合物に対応するピークの裾が重なっている場合に、垂直分割と同様の手法でピークを分割してそれぞれの信号強度値を計算することができる。これによって、完全ではないものの、複数の質量電荷比範囲の重なりの影響を軽減して信号強度値の精度を高めることができる。
【0025】
但し、観察したい複数の化合物の組成式が同じである場合にはその複数の化合物の質量電荷比範囲は完全に重なってしまうし、両化合物の質量電荷比値がきわめて近い場合にはその複数の化合物の質量電荷比範囲の差は装置性能の限界以下になる可能性がある。こうした場合には、重なっている複数の質量電荷比範囲の重なりを無くすことは実質的に不可能である。
【0026】
そこで本発明のさらに他の態様として、前記判定部により複数の質量電荷比範囲に重なりがあると判定されたとき、重なっている複数の質量電荷比範囲をマージして、該複数の質量電荷比範囲に対応する複数の化合物及び/又は質量電荷比値を擬似的に一つの成分として、前記質量分析データを利用した2次元強度分布を示す画像を作成する画像作成部を備える構成とするよい。
【0027】
この構成によれば、擬似的に一つの成分とされた複数の化合物それぞれの2次元強度分布は分からないものの、少なくとも、本来は存在しない化合物が存在していると判断したり、逆に本来は存在している化合物を存在していないものと判断する等の誤った判断が生じることを回避することができる。また、擬似的な一つの成分としての2次元強度分布は高い精度で画像化することができる。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、複数の化合物における質量分析イメージング画像をユーザが観察したい場合に、例えば、表示された質量分析イメージング画像が一つの化合物由来のものでない可能性があること、つまりは他の化合物の2次元強度情報が混じっている可能性があることや、逆に、表示された質量分析イメージング画像が純粋に目的の化合物由来のものある可能性が高いことなどを、ユーザが的確に把握することができる。これにより、目的の化合物や特定の質量電荷比を有するイオンの分布状況をユーザが正確に把握することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1】本発明に係るイメージング質量分析データ処理装置を含むイメージング質量分析装置の一実施例の概略構成図。
図2】本実施例のイメージング質量分析装置におけるMSイメージング画像作成動作の説明図。
図3】m/z軸上で近接する複数の化合物の信号強度値を算出する際の質量電荷比範囲の関係を示す模式図。
図4】質量電荷比範囲が重なる複数の化合物を表示するリストの一例を示す図。
図5】質量電荷比範囲が重なる複数の化合物におけるMSイメージング画像を表示する表示画面の一例を示す図。
図6】m/z軸上で近接する複数の化合物に対応する質量電荷比範囲を変更する際の動作説明のための模式図。
図7】m/z軸上で近接する複数の化合物に対応する質量電荷比範囲をマージする際の動作説明のための模式図。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明に係るイメージング質量分析データ処理装置を含むイメージング質量分析装置の一実施例について、添付図面を参照して説明する。
図1は本実施例によるイメージング質量分析装置の概略構成図、図2は本実施例のイメージング質量分析装置におけるMSイメージング画像作成動作の説明図である。
【0031】
本実施例のイメージング質量分析装置は、試料に対して測定を実施するイメージング質量分析部1と、データ処理部2と、ユーザインターフェイスである入力部3及び表示部4と、を含む。なお、ここでは記載を省略しているが、イメージング質量分析装置は、試料上の光学顕微鏡画像を撮影する光学顕微撮像部も備える。
【0032】
イメージング質量分析部1は例えばマトリクス支援レーザ脱離イオン化イオントラップ飛行時間型質量分析装置を含み、図2(a)に示すように、生体組織切片などの試料100上の2次元的な測定領域101内の多数の測定点(微小領域)102に対してそれぞれ質量分析を実行して測定点毎に質量分析データを取得するものである。ここでは、質量分析データは所定の質量電荷比範囲に亘るマススペクトルデータであるが、特定のプリカーサイオンに対するMSnスペクトルデータでもよい。
【0033】
データ処理部2は、イメージング質量分析部1で収集された各測定点におけるマススペクトルデータを受けて所定の処理を行うものであり、データ収集部20、データ格納部21、画像表示指示受付部22、質量電荷比範囲重なり判定部23、重なり判定結果処理部24、質量電荷比範囲変更処理部25、イメージング画像作成部26、表示処理部27などの機能ブロックを備える。
【0034】
一般に、データ処理部2の実体はパーソナルコンピュータ(又はより高性能なワークステーション)であり、該コンピュータにインストールされた専用のソフトウェアを該コンピュータ上で動作させることにより、上記各ブロックの機能が達成される構成となっている。その場合、入力部3はキーボードやマウス等のポインティングデバイスであり、表示部4はディスプレイモニタである。
【0035】
本実施例のイメージング質量分析装置において、ユーザ(オペレータ)が試料100をイメージング質量分析部1の所定の測定位置にセットし、入力部3で所定の操作を行うと、図示しない光学顕微撮像部が試料100の表面を撮影し、その画像を表示部4の画面上に表示する。ユーザはその画像上で所望の測定領域101を入力部3により指定したうえで、測定開始を指示する。すると、イメージング質量分析部1は、図2(a)に示すような測定領域101内の多数の測定点102についてそれぞれ質量分析を実行し、所定の質量電荷比範囲に亘るマススペクトルデータを取得する。このときデータ収集部20は、いわゆるプロファイルアクイジションを実行し、図2(b)に示すような、所定の質量電荷比範囲に亘り質量電荷比方向に連続的な波形であるプロファイルスペクトルデータを収集してデータ格納部21に保存する。当然のことながら、データ格納部21に保存されるのは、連続的なプロファイル波形を所定のサンプリング間隔(波形のピーク幅に比べて十分に小さな間隔)でサンプリングしたサンプルをデジタル化したデータの列である。
【0036】
目的とする試料100についての測定が終了した後、ユーザは試料100中の2次元強度分布を確認したい化合物(以下「目的化合物」という)を入力部3から指定する。目的化合物の指定は、例えば化合物名を直接入力する、予め用意された化合物リストの中から化合物を選択する、等の方法で行うことができる。また、複数の目的化合物を指定する場合には、上記手法で目的化合物を一つ一つ指定してもよいが、予め複数の目的化合物をリスト化しておき、そのリストを選択することで該リストに載っている複数の目的化合物をまとめて指定できるようにしてもよい。
【0037】
また、目的化合物を指定するのではなく、2次元強度分布を確認したい質量電荷比値(以下「目的質量電荷比値」という)そのものを指定することもできる。これは例えば、その試料において得られたマススペクトルについてピーク検出を行うことで作成されたピークリストから、ユーザが適宜の質量電荷比のピークを選択することで指定できるようにするとよい。もちろん、ユーザが質量電荷比値を直接入力できるようにしてもよい。なお、目的質量電荷比値を指定する場合には、その質量電荷比に対応する化合物が未知であってもよい。
【0038】
また、ユーザは2次元強度分布の確認対象として目的化合物や目的質量電荷比値を指定する際に併せて、信号強度値を算出する際の許容幅ΔMを指定する。但し、複数の目的化合物や目的質量電荷比値を指定する際に許容幅は必ずしもその目的化合物毎、目的質量電荷比値毎に指定しなくてもよく、例えば全ての目的化合物や目的質量電荷比値に対して許容幅は共通でもよい。また、許容幅を「Da」、「u」等の質量電荷比の単位の数値で指定するのではなく、中心となる質量電荷比値に対する比率、例えば「ppm」等で指定できるようにしてもよい。もちろん、それ以外の指定方法でも構わない。重要なことは、目的化合物毎又は目的質量電荷比毎に何らかの許容幅が定められることである。
【0039】
画像表示指示受付部22は、目的化合物が指定された場合には、予め記憶してある化合物データベースなどを参照して、指定された化合物に対応する精密な質量電荷比値(通常は質量電荷比の理論値)を求める。したがって、目的化合物、目的質量電荷比値のいずれが指定された場合であっても、目的化合物毎に又は目的質量電荷比値毎に、中心となる質量電荷比値Mと許容幅ΔMの情報が得られる。
【0040】
質量電荷比範囲重なり判定部23は、目的化合物毎に又は目的質量電荷比値毎に、その質量電荷比値Mと許容幅ΔMとから信号強度値を積算するための質量電荷比範囲[M−ΔM〜M+ΔM]を算出する。そして、指定された全ての目的化合物の質量電荷比範囲及び目的質量電荷比値の質量電荷比範囲に重なりがあるか否かを調べる。
【0041】
例えば図3(a)は、質量電荷比軸上で隣接している化合物Aの質量電荷比範囲[Ma−ΔM〜Ma+ΔM]と化合物Bの質量電荷比範囲[Mb−ΔM〜Mb+ΔM]とに重なりがない場合の例である。一方、図3(b)は、質量電荷比軸上で隣接している化合物Aの質量電荷比範囲[Ma−ΔM〜Ma+ΔM]と化合物Bの質量電荷比範囲[Mb−ΔM〜Mb+ΔM]とに重なりがある場合の例であり、図中に網掛けで示している部分が重なっている。質量電荷比範囲重なり判定部23は、全ての質量電荷比範囲について重なりの有無を判定する。もちろん、場合によっては3以上の化合物の質量電荷比範囲が重なっている場合もある。
【0042】
質量電荷比範囲の重なりが全くない場合、その結果の通知を受けたイメージング画像作成部26は、各測定点102のプロファイルスペクトルデータの中で目的化合物や目的質量電荷比値の質量電荷比範囲に含まれるデータを抽出してデータ格納部21から読み出し、質量電荷比範囲に含まれるデータを積算することで信号強度値を求める(図(c)参照)。これにより、目的化合物毎、又は目的質量電荷比値毎に、測定領域101に含まれる多数の測定点102それぞれの信号強度値が求まるから、その信号強度値を測定点の位置に応じて2次元的に配置し、所定のカラースケールに従って信号強度値に表示色を与えることで、図2(d)に示すようなヒートマップ状の質量分析イメージング画像200を作成する。表示処理部27は、目的化合物や目的質量電荷比値それぞれについて作成された質量分析イメージング画像200を例えば一覧表の形式で表示部4の画面上に表示する。
【0043】
一方、複数の質量電荷比範囲の少なくとも一組に重なりがある場合、その結果の通知を受けた重なり判定結果処理部24は以下のような処理のいずれか、又は複数の処理を併せて実行する。なお、どのような処理を実行するのかは、予めユーザが設定できるようにしておくのがよい。
【0044】
<処理1>質量電荷比範囲の重なりの警告
重なり判定結果処理部24は、質量電荷比範囲の重なりがあることを示す警告表示を表示部4の画面上に表示する。なお、同時に警告音等を発するようにしてもよい。
【0045】
<処理2>質量電荷比範囲が重なっている化合物等のリスト表示
重なり判定結果処理部24は、質量電荷比範囲が重なっている目的化合物又は目的質量電荷比値のリストを作成し、そのリストを表示部4の画面上に表示する。図4図3(b)に示したように化合物A、Bの質量電荷比範囲が重なっている場合のリストの一例である。ユーザは表示されたリストから、例えばどの化合物とどの化合物の質量電荷比範囲が重なっているのかを即座に確認することができる。
【0046】
なお、上記処理1、処理2の場合、警告表示やリスト表示を行うとともに、重なりがある状態の質量電荷比範囲のままで上述したように目的化合物毎又は質量電荷比値毎に質量分析イメージング画像を作成してもよいし、後述するように自動的に質量電荷比範囲を変更したあとに上述したように目的化合物毎又は質量電荷比値毎に質量分析イメージング画像を作成してもよい。或いは、警告表示やリスト表示を行ったあとにユーザによる指示を待ち、つまりは直ぐには質量分析イメージング画像を作成することなく、ユーザによる画像作成の指示があったならば質量分析イメージング画像の作成を行うようにしてもよい。
【0047】
<処理3>質量分析イメージング画像表示上での重なっている化合物等の明示
重なり判定結果処理部24の指示を受けてイメージング画像作成部26は、一部に重なりがある状態の質量電荷比範囲のままで上述したように目的化合物毎又は質量電荷比値毎に質量分析イメージング画像を作成する。表示処理部27は、目的化合物や目的質量電荷比値それぞれについて作成された質量分析イメージング画像を例えば一覧表の形式で表示部4の画面上に表示する。このとき、重なり判定結果処理部24は、質量電荷比範囲が重なっている目的化合物又は目的質量電荷比値に対応する質量分析イメージング画像が、他の(つまりは質量電荷比範囲に重なりがない)質量分析イメージング画像とは表示上で識別可能であるようなマーク等を付す。
【0048】
図5図3(b)に示したように化合物A、Bの質量電荷比範囲が重なっている場合の質量分析イメージング画像リストの一例を示す図である。この例では、画像リスト画面400内にユーザに指定された複数の目的化合物の質量分析イメージング画像のサムネイル画像が並べて配置されている。その中で、質量電荷比範囲が重なる化合物A、Bの質量分析イメージング画像は同じ表示色の枠401で囲まれている。これにより、ユーザは一目で質量電荷比範囲が重なっている目的化合物や目的質量電荷比値の質量分析イメージング画像を認識することができる。もちろん、図5に示したような枠401ではなく、矢印等の任意の形状のマークや記号を用いることができる。また、質量電荷比範囲が重なっている目的化合物や目的質量電荷比値の質量分析イメージング画像が同じ枠内に収まるように画像を適宜並べ替えて表示してもよい。いずれにしても、質量電荷比範囲が重なっている目的化合物や目的質量電荷比値の質量分析イメージング画像が他の画像と容易に区別ができるような態様で表示すればよい。
【0049】
上述したように化合物A、Bの質量電荷比範囲に重なりがある状態で質量分析イメージング画像を作成すると、質量電荷比範囲が重なっている部分の信号強度値は化合物Aの質量分析イメージング画像と化合物Bの質量分析イメージング画像との両方にダブって反映されることになる。実際には、その重なっている部分の信号強度値は化合物A、Bのいずれか一方の信号強度値であるか、或いは、適宜の割合で以て化合物A、Bの両方に分配すべきものであるから、いずれにしても質量分析イメージング画像の2次元強度分布の精度が低下していることになる。そこで、より精度の高い質量分析イメージング画像を作成するには、ユーザが例えば許容幅を手作業で変更することで質量電荷比範囲の重なりがなくなるようにすることが必要である。但し、多数の化合物の質量分析イメージング画像を一度に観察したいような場合には、質量電荷比範囲が重なる化合物の数も多くなり、それら一つ一つについて手作業で質量電荷比範囲の重なりを解消することは面倒である。
【0050】
そこで本実施例の装置において、ユーザが入力部3から所定の操作を行うと、質量電荷比範囲変更処理部25は質量電荷比範囲の重なりが解消されるように質量電荷比範囲を自動的に変更する処理を実施する。図6はm/z軸上で近接する複数の化合物に対応する質量電荷比範囲を変更する際の動作説明のための模式図、図7はm/z軸上で近接する複数の化合物に対応する質量電荷比範囲をマージする際の動作説明のための模式図である。
【0051】
質量電荷比範囲変更処理部25は、二つの化合物A、Bの質量電荷比範囲の重なりを解消する処理の実行指示が与えられると、まずその重なりの幅を求める。そして、その重なり幅が許容幅ΔMよりも小さい所定値以上であるか否かを判定する。図6(a)に示すように重なり幅が所定値未満であれば、図6(b)に示すように、重なっている部分を分割し、その両側に振り分けて許容幅を減らす。図(b)の例では、重なっている部分の両側の許容幅をそれぞれαずつ減らすことで質量電荷比範囲を変更している。
【0052】
理想的にはプロファイルスペクトルのピーク形状もガウス分布形状になるから左右対称である。したがって、各目的化合物の許容幅をΔM−αにしてもよい。また、重なっている部分の両側の許容幅が異なる場合には、その許容幅の割合に応じて両側への分配を変えることが好ましい。
【0053】
このように、重なりがなくなるように質量電荷比範囲を変更したうえで、上述したように、測定点毎に質量電荷比範囲に含まれるデータを積算することで信号強度値を求め、質量分析イメージング画像を作成する。これにより、質量電荷比範囲の重なりの影響を軽減した、より精度の高い質量分析イメージング画像を得ることができる。
【0054】
一方、質量電荷比範囲の重なり幅が許容幅ΔMよりも小さい所定値以上である場合には、重なりを解消するように質量電荷比範囲を狭めると、積算結果である信号強度値が小さくなって感度の点で不利である。また、図(a)に示すように、重なりが大きい場合には、分離することは実質的に不可能である。その場合には、図(b)に示すように、重なっている質量電荷比をマージして、化合物Aと化合物Bとの混合物の質量電荷比範囲として扱う。
【0055】
このように質量電荷比範囲をマージして広げたうえで、上述したように、測定点毎に質量電荷比範囲に含まれるデータを積算することで信号強度値を求め、質量分析イメージング画像を作成する。これにより、化合物Aと化合物Bとの混合物の2次元強度分布を示す質量分析イメージング画像を得ることができる。この場合には、化合物A、化合物Bそれぞれ単独の2次元強度分布は分からないが、二つの化合物の混合物の2次元強度分布を精度良く求めることができる。
【0056】
なお、上記実施例は本発明の一例であり、本発明の趣旨の範囲で適宜に変更、修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【符号の説明】
【0057】
1…イメージング質量分析部
2…データ処理部
20…データ収集部
21…データ格納部
22…画像表示指示受付部
23…質量電荷比範囲重なり判定部
24…重なり判定結果処理部
25…質量電荷比範囲変更処理部
26…イメージング画像作成部
27…表示処理部
3…入力部
4…表示部
100…試料
101…測定領域
102…測定点
200…質量分析イメージング画像
400…画像リスト画面
401…枠
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7