【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために成された本発明は、試料上の2次元領域内の複数の微小領域からそれぞれ得られる質量分析データを処理するイメージング質量分析データ処理装置であって、
a)前記質量分析データに基づく2次元強度分布を観察したい化合物及び/又は質量電荷比値をユーザが指定するための入力設定部と、
b)前記入力設定部を介してユーザにより指定された化合物に対応する質量電荷比値及び/又はユーザにより指定された質量電荷比値が複数であるとき、該質量電荷比値それぞれについて所定の又は指定された許容幅を持つ複数の質量電荷比範囲の重なりを判定する判定部と、
c)前記判定部により複数の質量電荷比範囲に重なりがあると判定されたとき、少なくともユーザにより指定された化合物及び/又は質量電荷比値において質量電荷比範囲に重なりがあることの情報をユーザに提供する情報提供部と、
を備えることを特徴としている。
【0012】
本発明における「質量分析データ」は、イオンに対する解離操作を伴わない単純なマススペクトルデータのみならず、nが2以上であるMS
n分析により得られたMS
nスペクトルデータも含む。また、この質量分析データは一般的には、連続的な波形を示すプロファイルスペクトルデータであるが、それに限るものではなく、例えばセントロイド処理により棒グラフ化されたあとに各棒に所定のピーク幅が与えられることで山形状のピークに成形されたマススペクトルを表すデータなどでもよい。
【0013】
2次元強度分布を観察したい化合物が決まっている場合、ユーザは入力設定部によりその化合物を指定する。化合物の指定方法は特に限定されず、化合物名を直接入力してもよいし、予め用意された化合物リストの中から目的の化合物を選択してもよいし、或いは、予め作成しておいた化合物リスト自体を指定することで該リストに載っている複数の化合物をまとめて指定してもよい。また、化合物を指定する代わりに、質量電荷比値そのものを指定してもよい。この場合には、観察したい化合物が不明であってもよい。
【0014】
上記入力設定部を介してユーザにより指定された化合物に対応する質量電荷比値及び/又はユーザにより指定された質量電荷比値が複数である場合、判定部は、その質量電荷比値それぞれについて所定の又は指定された許容幅を持つ複数の質量電荷比範囲に重なりがあるか否かを判定する。
【0015】
この許容幅は、入力設定部で化合物や質量電荷比値が指定される際に併せて指定されるようにしてもよい。或いは、予め決められた値でもよいし、予め決められた計算式やアルゴリズムに従って質量電荷比値毎に(つまりは質量電荷比値の大小に応じて)算出されるようにしてもよい。上記質量電荷比範囲はマススペクトルデータから、指定された化合物や質量電荷比値における信号強度値を算出する際に用いられる一種の窓である。つまり、一つの質量電荷比範囲により切り出されるマススペクトルのピーク波形の面積、又はデータの積算値がその質量電荷比範囲中の質量電荷比値における信号強度値となる。そのため、例えば異なる二つの化合物に対応する質量電荷比範囲の一部が重なっていることは、マススペクトルのピーク波形の中の同じ部分が別々の化合物の信号強度値にダブって反映されることを意味する。
【0016】
そこで、情報提供部は、複数の質量電荷比範囲に重なりがあると判定されたならば、指定された条件に従って画像を作成する前に、又は作成した画像を表示部の画面上に表示する時点で、少なくともユーザにより指定された化合物や質量電荷比値において質量電荷比範囲に重なりがあることをユーザが認識できるような情報を提供する。このときの情報の提供の仕方は様々な態様を採り得る。
【0017】
本発明の第1の態様として、前記情報提供部は、ユーザが認識可能な態様で警告を
報知するものとすることができる。
即ち、複数の質量電荷比範囲に重なりがある場合に、警告表示或いは警告音などにより、ユーザの注意を喚起すればよい。
【0018】
また本発明の第2の態様として、前記情報提供部は、質量電荷比範囲に重なりがある化合物及び/又は質量電荷比値をリスト化して表示部の画面上に表示するものとすることができる。
これにより、ユーザは具体的にどの化合物の質量電荷比範囲が、或いはどの質量電荷比に対応する質量電荷比範囲が重なっているのかを、表示画面上で視覚的に確認することができる。
【0019】
また本発明の第3の態様として、前記入力設定部を介したユーザにより指定に基づく前記複数の質量電荷比範囲のそれぞれについて、前記質量分析データを利用した2次元強度分布を示す画像を作成する画像作成部をさらに備え、
前記情報提供部は、前記画像作成部で作成された画像情報を表示部の画面上に表示する際に、質量電荷比範囲に重なりがある化合物及び/又は質量電荷比値に対応する画像を他の画像と視覚的に識別可能に表示するものとすることができる。
【0020】
この第3の態様において、画像作成部は、複数の質量電荷比範囲に重なりがあった場合でも、各質量電荷比範囲のそれぞれについて、質量分析データを利用して2次元強度分布を示す画像を作成する。例えば異なる二つの化合物に対応する質量電荷比範囲の一部が重なっている場合には、その重なりの範囲にマススペクトルのピーク波形の一部が存在すると、その波形部分は上記二つの化合物の両方の信号強度値に反映される。そのため、仮にその二つの化合物の一方が全く存在していなくても、該化合物に対し偽の信号強度値が現れることになる。そこで、情報提供部は、画像作成部で作成された画像情報を表示画面上に表示する際に、例えば質量電荷比範囲に重なりがある化合物に対応する画像を他の化合物に対応する画像と視覚的に識別できるように表示する。
【0021】
具体的には、例えば質量電荷比範囲に重なりがある化合物に対応する複数の画像に特定のマークを付したり、質量電荷比範囲に重なりがある化合物に対応する複数の画像を囲む枠の表示色を他の画像とは異なる色としたりすることができる。また、質量電荷比範囲に重なりがある化合物に対応する複数の画像のみを自動的に集めて表示画面内の所定の表示領域に表示するようにしてもよい。いずれにしても、化合物等の2次元分布画像、つまりは質量分析イメージング画像を表示する画面上でユーザが見たときに容易に視認可能な態様で表示すればよい。
【0022】
また上述したように、質量電荷比範囲に重なりがある場合に、それに関連する情報をユーザに知らせるのみならず、そうした重なりの影響を軽減した画像を作成したり、その重なりがあることを前提とした画像を作成したりしてもよい。
【0023】
即ち、本発明の他の態様として、前記判定部により複数の質量電荷比範囲に重なりがあると判定されたとき、その重なりが無くなるように、重なっている複数の質量電荷比範囲の少なくとも一つの質量電荷比範囲を変更する質量電荷比範囲変更部をさらに備える構成とするとよい。
【0024】
この構成では、質量電荷比範囲変更部は例えば、重なっている複数の質量電荷比範囲における一部の許容幅を変更することで質量電荷比範囲を狭め、それにより質量電荷比範囲の重なりを解消する。これにより、例えばマススペクトル上で隣接する二つの化合物に対応するピークの裾が重なっている場合に、垂直分割と同様の手法でピークを分割してそれぞれの信号強度値を計算することができる。これによって、完全ではないものの、複数の質量電荷比範囲の重なりの影響を軽減して信号強度値の精度を高めることができる。
【0025】
但し、観察したい複数の化合物の組成式が同じである場合にはその複数の化合物の質量電荷比範囲は完全に重なってしまうし、両化合物の質量電荷比値がきわめて近い場合にはその複数の化合物の質量電荷比範囲の差は装置性能の限界以下になる可能性がある。こうした場合には、重なっている複数の質量電荷比範囲の重なりを無くすことは実質的に不可能である。
【0026】
そこで本発明のさらに他の態様として、前記判定部により複数の質量電荷比範囲に重なりがあると判定されたとき、重なっている複数の質量電荷比範囲をマージして、該複数の質量電荷比範囲に対応する複数の化合物及び/又は質量電荷比値を擬似的に一つの成分として、前記質量分析データを利用した2次元強度分布を示す画像を作成する画像作成部を備える構成とするよい。
【0027】
この構成によれば、擬似的に一つの成分とされた複数の化合物それぞれの2次元強度分布は分からないものの、少なくとも、本来は存在しない化合物が存在していると判断したり、逆に本来は存在している化合物を存在していないものと判断する等の誤った判断が生じることを回避することができる。また、擬似的な一つの成分としての2次元強度分布は高い精度で画像化することができる。