特許第6973664号(P6973664)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許69736644輪駆動車の車体速推定方法および車体速推定装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6973664
(24)【登録日】2021年11月8日
(45)【発行日】2021年12月1日
(54)【発明の名称】4輪駆動車の車体速推定方法および車体速推定装置
(51)【国際特許分類】
   B60T 8/66 20060101AFI20211118BHJP
   B60T 8/172 20060101ALI20211118BHJP
   B60W 40/105 20120101ALI20211118BHJP
【FI】
   B60T8/66 Z
   B60T8/172 Z
   B60W40/105
【請求項の数】11
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2020-560686(P2020-560686)
(86)(22)【出願日】2018年12月18日
(86)【国際出願番号】JP2018046634
(87)【国際公開番号】WO2020129163
(87)【国際公開日】20200625
【審査請求日】2021年1月8日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003997
【氏名又は名称】日産自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002549
【氏名又は名称】特許業務法人綾田事務所
(72)【発明者】
【氏名】西橋 直志
(72)【発明者】
【氏名】中島 祐樹
【審査官】 星名 真幸
(56)【参考文献】
【文献】 特開平7−47948(JP,A)
【文献】 特表2000−504291(JP,A)
【文献】 特開昭61−36052(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60T 8/66
B60T 8/172
B60W 40/105
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
4輪駆動車における各車輪の車輪速から車体速を推定する4輪駆動車の車体速推定方法であって、
各車輪に付与される駆動トルクの符号が反転した場合、各車輪速のうち少なくとも2つの車輪速の偏差が第1所定範囲内かを判定し、前記第1所定範囲内と判定したとき、車体速の推定に用いる車輪速の選択方法を第1の方法と第2の方法とで切り替える4輪駆動車の車体速推定方法。
【請求項2】
請求項1に記載の4輪駆動車の車体速推定方法であって、
前記駆動トルクの符号が反転した場合、車両左側の前後輪速の偏差および車両右側の前後輪速の偏差が共に前記第1所定範囲内となったとき、車輪速の選択方法を切り替える4輪駆動車の車体速推定方法。
【請求項3】
請求項1に記載の4輪駆動車の車体速推定方法であって、
前記駆動トルクの符号が反転した場合、各車輪速のうち最高値と最低値とを除く2つの車輪速の偏差が前記第1所定範囲内となったとき、車輪速の選択方法を切り替える4輪駆動車の車体速推定方法。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項に記載の4輪駆動車の車体速推定方法であって、
前記第1の方法は、各車輪速に基づく2つの値を比較して値の低い方を選択する方法であり、
前記第2の方法は、各車輪速に基づく2つの値を比較して値の高い方を選択する方法である4輪駆動車の車体速推定方法。
【請求項5】
請求項4に記載の4輪駆動車の車体速推定方法であって、
前記第1の方法は、前記駆動トルクの符号が正のとき車輪の駆動スリップを抑制するトラクション制御時において車体速の推定に用いる車輪速の選択方法であり、
前記第2の方法は、前記駆動トルクの符号が負のとき車輪の制動スリップを抑制するアンチスキッドブレーキ制御時において車体速の推定に用いる車輪速の選択方法である4輪駆動車の車体速推定方法。
【請求項6】
請求項4または請求項5に記載の4輪駆動車の車体速推定方法であって、
前記駆動トルクの符号が反転した後であって、各車輪速のうち少なくとも2つの車輪速の偏差が前記第1所定範囲内となるまでの間、前記第1の方法で推定した車体速を増加方向にオフセット補正する一方、前記第2の方法で推定した車体速を減少方向にオフセット補正する4輪駆動車の車体速推定方法。
【請求項7】
請求項1ないし請求項6のいずれか1項に記載の4輪駆動車の車体速推定方法であって、
前記駆動トルクの符号が反転した場合、前記駆動トルクの符号が正のときには各車輪にクリープトルクを付与し、前記駆動トルクの符号が負のときには各車輪にコーストトルクを付与する4輪駆動車の車体速推定方法。
【請求項8】
請求項7に記載の4輪駆動車の車体速推定方法であって、
車両の横加速度に応じて、前記クリープトルクおよび前記コーストトルクを付与する量を車両左側の車輪と車両右側の車輪とで重み付けする4輪駆動車の車体速推定方法。
【請求項9】
請求項1ないし請求項8のいずれか1項に記載の4輪駆動車の車体速推定方法であって、
前記駆動トルクの符号の反転から所定時間が経過した場合には、前記偏差にかかわらず、車輪速の選択方法を切り替える4輪駆動車の車体速推定方法。
【請求項10】
請求項1ないし9のいずれか1項に記載の4輪駆動車の車体速推定方法であって、
前記駆動トルクの符号が反転した場合、各車輪速のうち少なくとも2つの車輪速の変化率の偏差が第2所定範囲内となったとき、車体速の推定方法を切り替える4輪駆動車の車体速推定方法。
【請求項11】
4輪駆動車の各車輪に設けられ、車輪速を検出する車輪速センサと、
各車輪速から車体速を推定するコントローラと、
を備え、
前記コントローラは、各車輪に付与される駆動トルクの符号が反転した場合、各車輪速のうち少なくとも2つの車輪速の偏差が第1所定範囲内かを判定し、前記第1所定範囲内と判定したとき、車体速の推定に用いる車輪速の選択方法を第1の方法と第2の方法とで切り替える4輪駆動車の車体速推定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、4輪駆動車の車体速推定方法および車体速推定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、実際の車体速よりも高い推定車体速が演算される、いわゆる推定車体速の上ずりが生じたとき、1輪のホイルシリンダ液圧を下げることで当該車輪のスリップ率を低下させ、スリップが収束するまでの時間に応じて推定誤差を求め、推定車体速を補正する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第3772486号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
4輪駆動車において、車輪の駆動スリップを抑制するトラクション制御から車輪の制動スリップを抑制するアンチスキッド制御に移行する際、2つの制御の切り替えと同時に車体速の推定に用いる車輪速の選択方法をセレクトローからセレクトハイに切り替えると、車輪速のオーバーシュートの影響を受けて車体速の推定精度が低下する。この課題に対し、上記従来技術は何ら解決方法を提示していない。
本発明の目的は、車体速の推定精度の低下を抑制できる4輪駆動車の車体速推定方法および車体速推定装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明では、各車輪に付与される駆動トルクの符号が反転した場合、各車輪速のうち少なくとも2つの車輪速の偏差が第1所定範囲内となったとき、車体速の推定に用いる車輪速の選択方法を第1の方法と第2の方法とで切り替える。
【発明の効果】
【0006】
よって、本発明にあっては、車体速の推定精度の低下を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】実施形態1の4輪駆動車のシステム構成図である。
図2】実施形態1のECU3における車輪速選択方法の切り替え制御のブロック図である。
図3】実施形態1のECU3における推定車輪速算出処理の流れを示すフローチャートである。
図4】実施形態1の車輪速選択方法の切り替え作用を示すタイムチャートである。
図5図4の要部拡大図である。
【符号の説明】
【0008】
1 車輪
2 電動モータ
3 ECU(コントローラ)
4 車輪速センサ
5 ブレーキユニット
6 アクセル開度センサ
7 ブレーキペダルストロークセンサ
11 比較回路
12 NOT回路
13 比較回路
14 車輪速補正部
15 右側/左側輪収束判定部
15a 右側輪収束判定部
15b 左側輪収束判定部
15c AND回路
16 AND回路
17 OR回路
18 推定方法切り替え部
【発明を実施するための形態】
【0009】
〔実施形態1〕
図1は、実施形態1の4輪駆動車のシステム構成図である。
4輪駆動車(以下、車両)は、車輪1(左前輪1FL、右前輪1FR、左後輪1RL、右後輪1RR)の駆動力を独立に制御可能な全輪駆動車である。以下、各車輪1FL〜1RRに対応する部材を区別する場合にはその符号の末尾に添字FL〜RRを付し、区別しない場合には添字FR〜RRの記載は省略する。
【0010】
実施形態1の車両は、駆動力発生源として電動モータ2を有する。電動モータ2の出力軸は、車輪1と連結されている。電動モータ2は、例えば永久磁石をロータに埋め込んだ三相同期モータである。電動モータ2の力行および回生トルクは、コントローラ(ECU)3からインバータへ出力されるトルク指令により制御される。インバータは、トルク指令に応じて電動モータ2に電力を供給する。
【0011】
車輪1には、車輪速センサ4およびブレーキユニット5が設けられている。車輪速センサ4は、対応する車輪の回転速度(車輪速)を検出し、検出信号をECU3へ出力する。ブレーキユニット5は、例えばディスク式であり、液圧式のブレーキキャリパを有する。ブレーキユニット5が車輪1に付与する摩擦制動力は、ECU3から液圧制御ユニットに出力される制動指令により制御される。液圧制御ユニットは、制動指令に応じてブレーキユニット5のブレーキキャリパにブレーキ液圧を供給する。
【0012】
ECU3には、車輪速センサ4、アクセル開度センサ6およびブレーキペダルストロークセンサ7の各検出信号に加え、電動モータ2に電力を供給するバッテリの状態や、その他の走行状態(車速、ヨーレイト、横G、ステアリングホイールの操舵角、前輪1FL,1FRの転舵角等)が入力される。アクセル開度センサ6は、ドライバが踏み込むアクセルペダルの踏み込み量(アクセル開度)を検出する。ブレーキペダルストロークセンサ7は、ドライバが踏み込むブレーキペダルの踏み込み量(ブレーキストローク)を検出する。
【0013】
ECU3は、ドライバのアクセル踏み込み操作時、アクセル開度および車速に応じて車両の目標加速度を算出し、目標加速度を得るためのトルク指令を生成する。また、ECU3は、ドライバのブレーキ踏み込み操作時、ブレーキペダルストロークおよび車速に応じて車両の目標減速度を算出し、目標減速度を得るためのトルク指令および制動指令を生成する。なお、エネルギーを回収してエネルギー効率を高めるため、目標減速度は可能な限り回生制動のみで達成するものとし、回生制動で不足する制動力を摩擦制動で補うよう、トルク指令および制動指令を求める。
【0014】
実施形態1の車両は、急なアクセル踏み込み操作で電動モータ2のトルクが急増し、車輪1が駆動スリップ(ホイルスピン)傾向になった場合、この駆動スリップを抑制するように電動モータ2の力行トルクを減ずるトラクションコントロールシステム(以下、TCS)を有する。TCSは、上記の急加速時に車輪スリップ率が所定スリップ率(通常は路面摩擦係数が最大となって駆動力を最大にし得る理想スリップ率)から大きく乖離する傾向となる車輪1の駆動スリップ時、電動モータ2の出力トルクを低下させ、車輪速の低下により車輪スリップ率を所定スリップ率に収束させる。理想スリップ率は推定車体速+α1であり、所定スリップ率は理想スリップ率+α2とする。TCSでは、例えば前輪1FL,1FRの各車輪速の平均値と後輪1RL,1RRの各車輪速の平均値とを比較し、セレクトローにより値の小さい方を推定車体速とする(第1の方法)。
【0015】
また、実施形態1の車両は、急ブレーキ操作で減速中に車輪1が制動スリップ(ロック)傾向になった場合、この制動スリップを抑制するように電動モータ2の回生トルクを減ずるアンチスキッドブレーキシステム(以下、ABS)を有する。ABSは、上記の急減速中に車輪スリップ率が所定スリップ率(通常は路面摩擦係数が最大となって制動距離を最短にし得る理想スリップ率)から大きく乖離する傾向となる車輪1の制動スリップ時、電動モータ2の回生トルクを低下させ、車輪速の回復により車輪スリップ率を所定スリップ率に収束させる。理想スリップ率は推定車体速+α3であり、所定スリップ率は理想スリップ率+α4とする。ABSでは、例えば前輪1FL,1FRの各車輪速の平均値と後輪1RL,1RRの各車輪速の平均値とを比較し、セレクトハイにより値の大きい方を推定車体速とする(第2の方法)。
【0016】
さらに、実施形態1の車両は、上記ABSを利用して、特にコーナーリング時に車両が外側に膨らんだりスピンしたりするのを抑制するように、1つまたは複数の電動モータ2に回生トルクを付与するアクティブスタビリティコントロールシステム(以下、ASC)を有する。ASCは、車両のヨーレイトが目標ヨーレイトから大きく乖離して車両の姿勢に乱れが生じたとき、1つまたは複数の電動モータ2の回生トルクを増加させ、姿勢の乱れを抑制するモーメントを発生させる。目標ヨーレイトは、例えば操舵角(または転舵角)および推定車体速から既知の車両モデルを用いて算出する。ASCの推定車体速は、ABSの場合と同じ方法で決定する。以下、ABSとASCとをまとめてASCと称す。
【0017】
ECU3は、車輪1に付与される駆動トルク(モータトルク)の符号が正のときTCSを実施し、駆動トルクの符号が負のときASC(ABS)を実施する。このため、駆動トルクの符号が反転すると、TCSとASCとの切り替えを行う。実施形態1では、TCSとASCとの切り替え時における車体速の推定精度の低下を抑制することを狙いとし、車体速の推定に用いる車輪速の選択方法、すなわち、セレクトローによる車輪速選択方法とセレクトハイによる車輪速選択方法とを、左右それぞれの前後輪の速度差に応じて切り替える。
【0018】
図2は、ECU3における車輪速選択方法の切り替え制御のブロック図である。
比較回路11は、トルク指令の符号が正のとき1を出力し、負または0のとき0を出力する。
NOT回路12は、比較回路11の出力が0のとき1を出力し、1のとき0を出力する。
比較回路13は、NOT回路12の出力が0から1に切り替わるとカウンタのカウントアップを開始し、カウンタが所定時間(Target time)以下のとき0を出力し、カウンタが所定時間を超えると1を出力する。
車輪速補正部14は、各車輪速を横G、ヨーレイトおよび転舵角を用いて車体中心位置相当の車輪速に補正し、補正後右前輪速、補正後左前輪速、補正後右後輪速、補正後左後輪速を出力する。
【0019】
右側/左側輪収束判定部15は、右側輪収束判定部15a、左側輪収束判定部15bおよびAND回路15cを有する。右側輪収束判定部15aは、補正後右前輪速と補正後右後輪速との絶対値差分(差分の絶対値)が閾値εよりも小さいとき(速度差が第1所定範囲内となったとき)1を出力し、絶対値差分が閾値ε以上のとき0を出力する。閾値εは、補正後右前輪速と補正後右後輪速とが収束していると判定可能な値とする。左側輪収束判定部15bは、補正後左前輪速と補正後左後輪速との絶対値差分が閾値εよりも小さいとき(速度差が第1所定範囲内となったとき)1を出力し、絶対値差分が閾値ε以上のとき0を出力する。AND回路15cは、右側輪収束判定部15aおよび左側輪収束判定部15bの出力が共に1のとき1を出力し、それ以外は0を出力する。
【0020】
AND回路16は、NOT回路12の出力および右側/左側輪収束判定部15の出力が共に1のとき1を出力し、それ以外は0を出力する。
OR回路17は、比較回路13の出力およびAND回路16の出力の少なくとも1方が1のとき1を出力し、それ以外は0を出力する。
推定方法切り替え部18は、比較回路11の出力が1のときはフラグをセット(F=1)し、OR回路17の出力が1のときはフラグをクリア(F=0)する。
【0021】
図3は、ECU3における推定車輪速算出処理の流れを示すフローチャートである。この処理は、所定の制御周期で繰り返し実行される。
ステップS1では、各車輪速を横G、ヨーレイトおよび転舵角を用いて車体中心位置相当の車輪速に補正する。これにより、車輪速の収束を判断するための閾値εを小さくでき、車輪速の選択方法をより適切なタイミングで切り替えられる。
ステップS2では、前回のトルク指令の符号と今回のトルク指令の符号とが互いに異なり、かつ、トルク指令の符号が正であるかを判定する。YESの場合はステップS3へ進み、NOの場合はステップS7へ進む。
ステップS3では、電動モータ2により車輪1にクリープトルクを付与する。クリープトルクは、トルク指令に応じた駆動トルクに対して比較的小さな正の駆動トルクである。このとき、横Gに応じて、クリープトルクを付与する量を旋回内輪と旋回外輪とで重み付けする。具体的には、横Gが大きいほど、旋回内輪に付与するクリープトルクの重みを旋回外輪に付与するクリープトルクの重みよりも大きくする。
【0022】
ステップS4では、左右の前後輪速が共に収束しているかを、補正後左前輪速と補正後左後輪速との絶対値差分が閾値εよりも小さく、かつ、補正後右前輪速と補正後右後輪速との絶対値差分が閾値εよりも小さいかにより判定する。YESの場合はステップS6へ進み、NOの場合はステップS5へ進む。
ステップS5では、非収束タイムアウトを、トルク指令の符号が正から負に切り替わってから所定時間が経過したかにより判定する。YESの場合はステップS6へ進み、NOの場合はステップS4へ戻る。
ステップS6では、補正後左前輪速と補正後右前輪速の平均値と、補正後左後輪速と補正後右後輪速の平均値とを比較し、セレクトローにより値の小さい方を推定車体速とする。
ステップS7では、電動モータ2により車輪1にコーストトルクを付与する。コーストトルクは、トルク指令に応じた駆動トルクに対して比較的小さな負の駆動トルクである。このとき、横Gに応じて、コーストトルクを付与する量を旋回内輪と旋回外輪とで重み付けする。具体的には、横Gが大きいほど、旋回外輪に付与するコーストトルクの重みを旋回内輪に付与するコーストトルクの重みよりも大きくする。
【0023】
ステップS8では、ステップS4と同様に、左右の前後輪速が共に収束しているかを判定する。YESの場合はステップS10へ進み、NOの場合はステップS9へ進む。
ステップS9では、ステップS5と同様に、非収束タイムアウトを判定する。YESの場合はステップS10へ進み、NOの場合はステップS8へ戻る。
ステップS10では、補正後左前輪速と補正後右前輪速の平均値と、補正後左後輪速と補正後右後輪速の平均値とを比較し、セレクトハイにより値の大きい方を推定車体速とする。
ステップS11では、空車重量、路面勾配、現在の駆動トルクの状態から、論理的な加速度を求め、ステップS6またはステップS10で決定した推定車体速に対してリミッタ処理を施す。これにより、4輪スリップアップや4輪スキッド状態に近くなった際の車体速推定精度を向上できる。
ステップS12では、リミッタ処理後の推定車体速に対しオフセット処理を施す。推定車体速がステップS6を経て決定された場合には推定車体速に所定値を加え、推定車体速がステップS10を経て決定された場合には推定車体速から所定値を減じることにより、最終的な推定車体速を決定する。
【0024】
次に、実施形態1の作用を説明する。
TCSでは各車輪速のセレクトローにより推定車体速を算出し、ASC(ABS)では各車輪速のセレクトハイにより推定車体速を算出している。一方、TCSとASCとの切り替えは、車輪1に付与される駆動トルクの符号の反転により行われる。このとき、TCSからASCへの切り替えと同時に車体速の推定に用いる車輪速の選択方法をセレクトローからセレクトハイに切り替えた場合、切り替え直後はTCSにおける制御対象輪の駆動スリップが収束しておらず、適正なスリップ量に対してオーバーシュートしている。このため、オーバーシュートの影響を受けて実際の車体速よりも高い推定車体速が算出され、車体速の誤推定が生じる。この結果、初期回生トルクがASCによって制限されるため、いわゆるG抜け(ブレーキ抜け)が発生し、フィーリングの悪化を招く。
【0025】
従来、車体速の推定方法として、車体速の上ずりや下ずりを補正する技術が知られている。ところが、公知技術は、油圧式のブレーキシステムを前提としているため、上記の課題(車輪速のオーバーシュートの影響を受けて車体速の推定精度が低下すること)は解決できない。なお、上記の課題は、高応答の電動4輪駆動車においてモータによる駆動・強回生を連続的に実施する際に生じ、かつ、数100msecで収まる現象であるため、大きな制動力の発生にアクセルブレーキの踏み変えが必要なシステムでは、踏み替え時間があるため、問題とならない。
【0026】
これに対し、実施形態1では、駆動トルクの符号が正から負へ反転した場合、左右の前後輪速が共に収束したとき、車体速の推定に用いる車輪速の選択方法をセレクトローからセレクトハイへ切り替える。
図4は実施形態1の車輪速選択方法の切り替え作用を示すタイムチャート、図5図4の要部拡大図である。
時刻t1で駆動トルク(モータトルク)の符号が正から負に反転し、TCSからASCへ切り替えるが、左右の前後輪速は共に収束していないため、セレクトローによる車輪速選択を継続する。推定車体速は、後輪1RL,1RRの各車輪速の平均値であり、前輪1FL,1FRのオーバーシュートの影響を受けないため、セレクトハイによる車輪速選択に切り替えた場合と比べて、実際の車体速に近い推定車体速が得られるため、車体速の推定精度の低下およびG抜けを抑制できる。
【0027】
時刻t2では、右側の前後輪速が収束したものの、左側の前後輪速が収束していないため、セレクトローによる車輪速選択を継続する。
時刻t3では、左右の前後輪速が共に収束したため、セレクトローによる車輪速選択からセレクトハイによる車輪速選択に切り替える。推定車体速は、前輪1FL,1FRの各車輪速の平均値となる。車両の減速時であって、オーバーシュート解消後における前輪1FL,1FRの各車輪速の平均値は、後輪1RL,1RRの各車輪速の平均値よりも実際の車体速に近い値をとる。よって、オーバーシュートの解消後はセレクトハイによる車輪速選択に切り替えることにより、車体速の推定精度の低下を抑制できる。
【0028】
以上説明したように、実施形態1にあっては以下に列挙する効果を奏する。
(1) ECU3は、車輪1に付与される駆動トルクの符号が反転した場合、各車輪速のうち少なくとも2つの車輪速の絶対値差分が閾値εよりも小さくなったとき、車体速の推定に用いる車輪速の選択方法をセレクトローとセレクトハイとで切り替える。
ある車輪速がオーバーシュートすると、当該車輪速と他の車輪速との絶対値差分は大きくなり、オーバーシュートが収束するに従い絶対値差分は小さくなる。つまり、2つの車輪速の絶対値差分を見ることで、両車輪速の収束状況を判断できる。そして、絶対値差分が閾値εよりも小さくなった時点で車輪速の選択方法を切り替えることにより、車輪速のオーバーシュートの影響を抑えた推定車体速が得られ、車体速の推定精度の低下を抑制できる。
【0029】
(2) ECU3は、駆動トルクの符号が反転した場合、右前輪速と右後輪速との絶対値差分が閾値εよりも小さく、かつ、左前輪速と左後輪速との絶対値差分が閾値εよりも小さくなったとき、車輪速の選択方法を切り替える。
車両の旋回中は左右の車輪速間に一定の速度差が生じるため、左右輪の車輪速を比較しても車輪速の収束状況を正確に判断するのは難しい。一方、車両の旋回中であっても、左側および右側の前後輪の車輪速間の速度差は、左右輪の車輪速間の速度差よりも小さい。このため、左右それぞれで前後輪の車輪速を比較することにより、各車輪速の収束状況を正確に判断できる。この結果、車輪速の選択方法をより適切なタイミングで切り替えられる。
【0030】
(3) セレクトローは、各車輪速に基づく2つの値を比較して値の低い方を選択する方法であり、セレクトハイは、各車輪速に基づく2つの値を比較して値の高い方を選択する方法である。
車輪速のオーバーシュートによる推定車体速への影響は、車輪速の選択方法をセレクトローとセレクトハイとで切り替える際に生じる。実施形態1における車輪速の選択方法を採用することにより、セレクトハローとセレクトハイとの切り替えに伴う車体速の推定精度の低下を抑制できる。
【0031】
(4) セレクトローは、駆動トルクの符号が正のとき車輪1の駆動スリップを抑制するTCSにおいて車体速の推定に用いる車輪速の選択方法であり、セレクトハイは、駆動トルクの符号が負のとき車輪1の制動スリップを抑制するASCにおいて車体速の推定に用いる車輪速の選択方法である。
駆動スリップが発生する加速時および発進時には、各車輪速のうち比較的速度の低い車輪速が実際の車体速に近く、制動スリップが発生する減速時には、各車輪速のうち比較的速度が高い車輪速が実際の車輪速に近い。よって、TCSではセレクトローにより車体速を推定し、ASCではセレクトハイにより車体速を推定することにより、実際の車体速に近い推定車体速が得られ、TCSおよびASCの制御精度を向上できる。
【0032】
(5) ECU3は、駆動トルクの符号が反転した後であって、各車輪速のうち少なくとも2つの車輪速の絶対値差分が閾値εよりも小さくなるまでの間、セレクトローにより推定した車体速を増加方向にオフセット補正する一方、セレクトハイにより推定した車体速を減少方向にオフセット補正する。
減速時においてセレクトローにより推定した車体速は、実際の車体速よりも低い値を示し、加速時においてセレクトハイにより推定した車体速は、実際の車体速よりも高い値を示す。よって、推定車体速をセレクトローの場合は増加方向、セレクトハイの場合は減少方向にオフセット補正することにより、車輪速の選択方法を切り替えるまでの間、実際の車体速に対する推定車体速のずれを抑制でき、車体速の推定精度を向上できる。
【0033】
(6) ECU3は、駆動トルクの符号が反転した場合、駆動トルクの符号が正のときには車輪1にクリープトルクを付与し、駆動トルクの符号が負のときには車輪1にコーストトルクを付与する。
これにより、TCSとASCとの切り替え時、車輪速のオーバーシュートが収束する方向にトルクが付与されるため、オーバーシュートを早期に低減できる。
【0034】
(7) ECU3は、車両の横Gに応じて、クリープトルクおよびコーストトルクを付与する量を車両左側の車輪と車両右側の車輪とで重み付けする。
車両の旋回中は左右の車輪速間に速度差が生じ、旋回内輪は旋回外輪よりも車輪速が低下する。そこで、車両の加速時には横Gが大きいほど旋回内輪に付与するクリープトルクを旋回外輪に付与するクリープトルクよりも大きくする一方、車両の減速時には横Gが大きいほど旋回外輪に付与するコーストトルクを旋回内輪に付与するコーストトルクよりも大きくすることにより、車両の旋回中であっても、車輪速のオーバーシュートを早期に低減できる。
【0035】
(8) ECU3は、駆動トルクの符号の反転から所定時間(Target time)が経過した場合には、右前輪速と右後輪速との絶対値差分および左前輪速と左後輪速との絶対値差分にかかわらず、車輪速の選択方法を切り替える。
路面状況等によっては、まれに前後輪の車輪速が収束しないことがあるため、その場合は、強制的に車輪速の選択方法を切り替えることにより、TCSからASCに移行したにもかかわらず、セレクトローによる車体速の推定が継続するのを回避できる。ASCからTCSに移行した場合も同様の効果を奏する。
【0036】
(9) 4輪駆動車の車輪1に設けられ、車輪速を検出する車輪速センサ4と、各車輪速から車体速を推定するECU3と、を備え、ECU3は、車輪1に付与される駆動トルクの符号が反転した場合、各車輪速のうち少なくとも2つの車輪速の絶対値差分が閾値εよりも小さくなったとき、車体速の推定に用いる車輪速の選択方法をセレクトローとセレクトハイとで切り替える。
これにより、車輪速のオーバーシュートの影響を抑えた推定車体速が得られ、車体速の推定精度の低下を抑制できる。
【0037】
〔実施形態2〕
実施形態2の基本的な構成は実施形態1と同じであるため、実施形態1と相違する部分のみ説明する。
図2に示した車輪速選択方法の切り替え制御のブロック図において、右側/左側輪収束判定部15は、各車輪速(補正後右前輪速、補正後左前輪速、補正後右後輪速、補正後左後輪速)のうち、最高値と最低値とを除く2つの車輪速の絶対値差分が閾値εよりも小さいとき1を出力し、絶対値差分が閾値ε以上のとき0を出力する。
【0038】
実施形態2にあっては、以下の効果を奏する。
(10) 駆動トルクの符号が反転した場合、各車輪速のうち最高値と最低値とを除く2つの車輪速の絶対値差分が閾値εよりも小さくなったとき、車輪速の選択方法を切り替える。
比較する車輪速から最高値と最低値とを除外することにより、車輪速の収束を判断するための閾値εを小さくでき、車輪速の選択方法をより適切なタイミングで切り替えられる。
【0039】
〔実施形態3〕
実施形態3の基本的な構成は実施形態1と同じであるため、実施形態1と相違する部分のみ説明する。
図2に示した車輪速選択方法の切り替え制御のブロック図において、右側輪収束判定部15aは、補正後右前輪速の変化率と補正後右後輪速の変化率との絶対値差分(差分の絶対値)が閾値δよりも小さいとき(車輪速の変化率の偏差が第2所定範囲内となったとき)1を出力し、絶対値差分が閾値δ以上のとき0を出力する。閾値δは、補正後右前輪速と補正後右後輪速とが収束していると判定可能な値とする。左側輪収束判定部15bは、補正後左前輪速の変化率と補正後左後輪速の変化率との絶対値差分が閾値δよりも小さいとき(車輪速の変化率の偏差が第2所定範囲内となったとき)1を出力し、絶対値差分が閾値δ以上のとき0を出力する。
【0040】
実施形態3にあっては、以下の効果を奏する。
(11) 駆動トルクの符号が反転した場合、各車輪速のうち少なくとも2つの車輪速の変化率の絶対値差分が閾値δよりも小さくなったとき、車体速の推定方法を切り替える。
ある車輪速がオーバーシュートすると、当該車輪速の変化率と他の車輪速の変化率との絶対値差分は大きくなり、オーバーシュートが収束するに従い絶対値差分は小さくなる。つまり、2つの車輪速の変化率の絶対値差分を見ることで、両車輪速の収束状況を判断できる。そして、絶対値差分が閾値δよりも小さくなった時点で車輪速の選択方法を切り替えることにより、車輪速のオーバーシュートの影響を抑えた推定車輪速が得られ、車体速の推定精度の低下を抑制できる。
【0041】
(他の実施形態)
以上、本発明を実施するための形態を、実施形態に基づいて説明したが、本発明の具体的な構成は、実施形態に限定されるものではなく、発明の要旨を逸脱しない範囲の設計変更等があっても本発明に含まれる。
例えば、実施形態では、前輪の各車輪速の平均値と後輪の各車輪速の平均値とを比較し、セレクトローまたはセレクトハイにより推定車体速を決定する例を示したが、4つの車輪速のうち低い/高い方の2つのうちいずれか(前後軸それぞれにおいて2つの車輪速のうち低い/高い方を選んだ上で、前後を比較して低い/高い方)およびその2つの車輪速に重み付けした値(前後軸それぞれにおいて2つの車輪速に重み付けして算出した値を比較して低い/高い方を推定車体速としてもよい。
図1
図2
図3
図4
図5