(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
請求項1または2に記載の熱延鋼板を冷間ロール成形により円筒状に成形してオープン管とし、該オープン管の周方向両端部を突合せて電縫溶接する、電縫鋼管の製造方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載の電縫鋼管は、母材鋼板において、面積率で50〜92%のポリゴナルフェライトを含むため、ラインパイプや建築構造物に要求される強度と靱性を両立することができなかった。また、肉厚が17mmを超えるような厚肉の電縫鋼管においては、フェライトの加工硬化能が不足するため、要求される低降伏比を得ることができなかった。
【0008】
そして、電縫鋼管をラインパイプに用いる場合には、輸送流体の内圧に耐えうる強度、およびき裂発生時のき裂伝播を停止させるための靱性が要求される。また、電縫鋼管を建築物の柱材に用いる場合には、地震時に発生する曲げや衝撃力に耐えうる強度および靱性が必要とされる。そのために、降伏強さが450MPa以上の高強度、および熱延鋼板においてはシャルピー衝撃試験における延性−脆性遷移温度が−60℃以下の靭性を備えること、または電縫鋼管においては母材部のシャルピー衝撃試験における延性−脆性遷移温度が−40℃以下の靭性を備えることも要求される。
【0009】
本発明は、上記課題を鑑みてなされたものであって、ラインパイプや建築物の柱材等の大型構造物、およびその素材として好適に用いられる、靱性に優れ、さらに高強度、低降伏比を備えた電縫鋼管用熱延鋼板およびその製造方法、並びに厚肉の電縫鋼管およびその製造方法を提供することを目的とする。また、本発明は、上記の電縫鋼管から構成されるラインパイプ、建築構造物を提供することを目的とする。
【0010】
なお、本発明でいう「靱性に優れた」とは、後述する実施例に記載の方法で行った、熱延鋼板のシャルピー衝撃試験における延性−脆性遷移温度が−60℃以下であること、後述する実施例に記載の方法で行った、電縫鋼管の母材部のシャルピー衝撃試験における延性−脆性遷移温度が−40℃以下であることを指す。
【0011】
また、本発明でいう「高強度」とは、後述する実施例に記載の方法で行った、熱延鋼板および電縫鋼管の母材部における降伏強度(YS)が450MPa以上であることを指す。
【0012】
また、本発明でいう「低降伏比(降伏比が低い)」とは、式(1)で示される熱延鋼板の造管後相当の降伏比(YR
P)(%)が90.0%以下であること、電縫鋼管の母材部の降伏比(YR)(=(電縫鋼管の母材部の降伏強度/電縫鋼管の母材部の引張強度)×100)(%)が90.0%以下であることを指す。
YR
P=(4.0FS/TS)×100 ・・・式(1)
ただし、式(1)において、「4.0FS」は公称ひずみ4.0%における流動応力(MPa)であり、TSは熱延鋼板の引張強度(MPa)である。
なお、熱延鋼板および電縫鋼管の降伏強度および引張強度は、後述する実施例に記載の方法で求めた。また本発明において、公称ひずみは、引張試験において、伸び計により測定した試験片平行部の標点間距離の変位量を、引張前の標点間距離で除して100倍した値である。
【0013】
また、「厚肉」とは、上記した熱延鋼板の板厚および電縫鋼管の母材部の肉厚が17mm超え、30mm以下のものを指す。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意検討を行った。
【0015】
通常、電縫鋼管は、室温における固溶限を上回る量のC(炭素)を侵入型固溶元素として含んでおり、鋼に対する固溶限を超えた分のCは炭化物として析出する。
【0016】
N(窒素)もCと同様に、鋼中においては侵入型固溶元素であり、鋼に対する固溶限を超えた分のNは窒化物として析出する。室温での鋼に対するN(窒素)の固溶限は、Cの室温での鋼に対する固溶限と比較して高いため、原子数で比較して、NはCよりも多く鋼中に固溶することができる。
【0017】
そこで、本発明者らは、鋼中の固溶N量を増加させた際の素材としての熱延鋼板およびその素材を造管して製造した電縫鋼管の機械的特性を調査した。その結果、固溶N量が増加することによって、素材の加工硬化能が向上し、造管後に低降伏比が得られることを見出した。しかし同時に、造管時に導入された転位にNが固着することで、靱性が劣化することも明らかとなった。
【0018】
そのため、本発明者らは、さらに鋭意検討を行った。その結果、熱延鋼板および電縫鋼管の母材部の1/2t位置(t:板厚、肉厚)(すなわち、熱延鋼板の場合には「板厚tの1/2位置」であり、電縫鋼管の場合には「母材部の肉厚tの1/2位置」である。以降も同様である。)における鋼組織の平均結晶粒径を20.0μm以下とするとともに、N含有量を適正に設定することで、靱性に優れ、さらに高強度および低降伏比を備えることを見出した。
【0019】
本発明は、これらの知見に基づいて完成されたものであり、その要旨は次のとおりである。
[1] 成分組成は、質量%で、
C :0.030%以上0.20%以下、
Si:0.02%以上1.0%以下、
Mn:0.40%以上3.0%以下、
P :0.050%以下、
S :0.020%以下、
N :0.0070%以上0.10%以下、
Al:0.005%以上0.080%以下
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
鋼中に固溶するNが0.0010%以上0.090%以下であり、
板厚をtとしたとき、1/2t位置における鋼組織は、平均結晶粒径が20.0μm以下である、電縫鋼管用熱延鋼板。
[2] 前記成分組成に加えてさらに、質量%で、
Nb:0.15%以下、
V :0.15%以下、
Ti:0.050%以下、
Cu:1.0%以下、
Ni:1.0%以下、
Cr:0.20%以下、
Mo:0.20%以下、
Ca:0.010%以下、
B :0.0050%以下
のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する、上記[1]に記載の電縫鋼管用熱延鋼板。
[3] 前記1/2t位置における鋼組織は、体積率で、ベイナイトが90%以上であり、残部がフェライト、パーライト、マルテンサイト、オーステナイトから選択される1種または2種以上を有する、上記[1]または[2]に記載の電縫鋼管用熱延鋼板。
[4] 前記板厚が17mm超30mm以下である、上記[1]〜[3]のいずれか1つに記載の電縫鋼管用熱延鋼板。
[5] 上記[1]〜[4]のいずれか1つに記載の電縫鋼管用熱延鋼板の製造方法であって、
上記[1]または[2]に記載の成分組成を有する鋼素材を、
加熱温度:1100℃以上1300℃以下に加熱した後、
粗圧延終了温度:900℃以上1100℃以下、仕上圧延開始温度:800℃以上950℃以下、仕上圧延終了温度:750℃以上850℃以下、かつ、仕上圧延における合計圧下率:60%以上である熱間圧延を施し、
次いで、板厚中心温度における、平均冷却速度:10℃/s以上30℃/s以下、冷却停止温度:400℃以上600℃以下で冷却を施し、
次いで、400℃以上600℃以下の温度で巻取る、電縫鋼管用熱延鋼板の製造方法。
[6] 母材部と電縫溶接部を有する電縫鋼管であって、
前記母材部の成分組成は、質量%で、
C :0.030%以上0.20%以下、
Si:0.02%以上1.0%以下、
Mn:0.40%以上3.0%以下、
P :0.050%以下、
S :0.020%以下、
N :0.0070%以上0.10%以下、
Al:0.005%以上0.080%以下
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
鋼中に固溶するNが0.0010%以上0.090%以下であり、
前記母材部の肉厚をtとしたとき、前記母材部の1/2t位置における鋼組織は、平均結晶粒径が20.0μm以下である、電縫鋼管。
[7] 前記母材部の前記成分組成に加えてさらに、質量%で、
Nb:0.15%以下、
V :0.15%以下、
Ti:0.050%以下
Cu:1.0%以下、
Ni:1.0%以下、
Cr:0.20%以下、
Mo:0.20%以下、
Ca:0.010%以下、
B :0.0050%以下
のうちから選ばれた1種または2種以上を含む、上記[6]に記載の電縫鋼管。
[8] 前記母材部の1/2t位置における前記鋼組織は、体積率で、ベイナイトが90%以上であり、
残部がフェライト、パーライト、マルテンサイト、オーステナイトから選択される1種または2種以上を有する、上記[6]または[7]に記載の電縫鋼管。
[9] 前記母材部の前記肉厚が、17mm超30mm以下である、上記[6]〜[8]のいずれか1つに記載の電縫鋼管。
[10] 上記[1]または[2]に記載の熱延鋼板を冷間ロール成形により円筒状に成形してオープン管とし、該オープン管の周方向両端部を突合せて電縫溶接する、電縫鋼管の製造方法。
[11] 上記[1]または[2]に記載の成分組成を有する鋼素材を、
加熱温度:1100℃以上1300℃以下に加熱した後、
粗圧延終了温度:900℃以上1100℃以下、仕上圧延開始温度:800℃以上950℃以下、仕上圧延終了温度:750℃以上850℃以下、かつ、仕上圧延における合計圧下率:60%以上である熱間圧延を施し、
次いで、板厚中心温度における、平均冷却速度:10℃/s以上30℃/s以下、冷却停止温度:400℃以上600℃以下で冷却を施し、
次いで、400℃以上600℃以下の温度で巻取り熱延鋼板とし、
次いで、冷間ロール成形により前記熱延鋼板を円筒状に成形してオープン管とし、該オープン管の周方向両端部を突合せて電縫溶接する、電縫鋼管の製造方法。
[12] 上記[6]〜[9]のいずれか1つに記載の電縫鋼管を用いた、ラインパイプ。
[13] 上記[6]〜[9]のいずれか1つに記載の電縫鋼管を用いた、建築構造物。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、靱性に優れ、さらに高強度、低降伏比を備えた電縫鋼管用熱延鋼板およびその製造方法、並びに厚肉の電縫鋼管およびその製造方法を提供することができる。また、本発明によれば、これらの特性を有する上記電縫鋼管から構成されるラインパイプ、並びに建築構造物を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下に、本発明について詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されない。また、電縫鋼管では、管周方向断面において、電縫溶接部を0°としたとき、電縫溶接部から90°離れた母材部の成分組成および鋼組織を規定している。ここでは、電縫溶接部から90°離れた位置を規定しているが、例えば電縫溶接部から180°離れた位置でも同じ成分組成および鋼組織である。
【0023】
本発明の電縫鋼管用熱延鋼板は、質量%で、C:0.030%以上0.20%以下、Si:0.02%以上1.0%以下、Mn:0.40%以上3.0%以下、P:0.050%以下、S:0.020%以下、N:0.0070%以上0.10%以下、Al:0.005%以上0.080%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、鋼中に固溶するNが0.0010%以上0.090%以下である成分組成であり、板厚をtとしたとき、1/2t位置における鋼組織は、平均結晶粒径が20.0μm以下である。
【0024】
また、本発明の電縫鋼管の母材部は、質量%で、C:0.030%以上0.20%以下、Si:0.02%以上1.0%以下、Mn:0.40%以上3.0%以下、P:0.050%以下、S:0.020%以下、N:0.0070%以上0.10%以下、Al:0.005%以上0.080%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、鋼中に固溶するNが0.0010%以上0.090%以下である成分組成であり、母材部の肉厚をtとしたとき、母材部の1/2t位置における鋼組織は、平均結晶粒径が20.0μm以下である。
【0025】
まず、本発明の電縫鋼管用熱延鋼板および電縫鋼管の母材部の成分組成を限定した理由について説明する。なお、特に断りがない限り、成分組成を示す「%」は「質量%」を意味する。
【0026】
C:0.030%以上0.20%以下
Cは、固溶強化により鋼の強度を上昇させるとともに、転位に固着してその運動を抑制することで、変形中の転位の回復を阻害して、鋼の加工硬化能を向上させる元素である。本発明で目的とする強度および降伏比を得るためには、0.030%以上のCを含有することが必要である。しかし、C含有量が0.20%を超えると、硬質なパーライトおよびマルテンサイトの割合が高くなり靱性が低下する。このため、C含有量は0.030%以上0.20%以下とする。C含有量は、好ましくは0.035%以上であり、好ましくは0.19%以下である。より好ましくは0.040%以上であり、より好ましくは0.18%以下である。さらに好ましくは0.050%以上であり、さらに好ましくは0.15%以下である。
【0027】
Si:0.02%以上1.0%以下
Siは、固溶強化により鋼の強度を上昇させる元素であり、必要に応じて含有することができる。このような効果を得るためには、0.02%以上のSiを含有することが望ましい。しかし、Si含有量が1.0%を超えると降伏比が高くなり、靱性が低下する。このため、Si含有量は1.0%以下とする。Si含有量は、好ましくは0.03%以上であり、好ましくは0.80%以下である。より好ましくは0.05%以上であり、より好ましくは0.50%以下である。さらに好ましくは0.15%以上であり、さらに好ましくは0.30%以下である。
【0028】
Mn:0.40%以上3.0%以下
Mnは、固溶強化により鋼の強度を上昇させる元素である。また、Mnはフェライト、ベイナイト、マルテンサイト変態開始温度を低下させることで組織の微細化に寄与する元素である。本発明で目的とする強度および靱性を得るためには、0.40%以上のMnを含有することが必要である。しかしながら、Mn含有量が3.0%を超えると降伏比が高くなり、靱性が低下する。このため、Mn含有量は0.40%以上3.0%以下とする。Mn含有量は、好ましくは0.50%以上であり、好ましくは2.5%以下である。より好ましくは0.60%以上であり、より好ましくは2.0%以下である。さらに好ましくは0.70%以上であり、さらに好ましくは1.7%以下である。
【0029】
P:0.050%以下
Pは、粒界に偏析し材料の不均質を招くため、不可避的不純物としてできるだけ低減することが好ましいが、0.050%以下の含有量までは許容できる。このため、P含有量は0.050%以下とする。P含有量は、好ましくは0.040%以下であり、より好ましくは0.030%以下である。なお、特にPの下限は規定しないが、過度の低減は製錬コストの高騰を招くため、Pは0.002%以上とすることが好ましい。
【0030】
S:0.020%以下
Sは、鋼中では通常、MnSとして存在するが、MnSは、熱間圧延で薄く延伸され、延性に悪影響を及ぼす。このため、本発明ではSをできるだけ低減することが好ましいが、0.020%以下の含有量までは許容できる。このため、S含有量は0.020%以下とする。S含有量は、好ましくは0.015%以下であり、より好ましくは0.010%以下である。なお、特にSの下限は規定しないが、過度の低減は製錬コストの高騰を招くため、Sは0.0002%以上とすることが好ましい。
【0031】
N:0.0070%以上0.10%以下
Nは、固溶強化により鋼の強度を上昇させるとともに、転位に固着してその運動を抑制することで、変形中の転位の回復を阻害して、鋼の加工硬化能を向上させる元素である。本発明で目的とする強度および降伏比を得るためには、0.0070%以上のNを含有することが必要である。しかし、N含有量が0.10%を超えると、鉄と鉄窒化物の共析組織(フェライト+γ’-Fe
4N)から成る硬質な組織の割合が高くなり、靱性が低下する。また、溶接時に溶融した鋼中で多量のN
2ガスが発生し、溶接部にブローホールが形成されやすくなるため、溶接性、溶接部の強度および靱性が悪化する。このため、N含有量は0.0070%以上0.10%以下とする。N含有量は、好ましくは0.0080%以上であり、好ましくは0.090%以下である。より好ましくは0.0090%以上であり、より好ましくは0.080%以下である。さらに好ましくは0.010%以上であり、さらに好ましくは0.070%以下である。
【0032】
Al:0.005%以上0.080%以下
Alは、強力な脱酸剤として作用する元素である。この効果を得るため、0.005%以上のAlを含有する。しかし、Al含有量が0.080%を超えると溶接性が悪化するとともに、アルミナ系介在物が多くなり、表面性状が悪化する。また溶接部の靱性も低下する。このため、Al含有量は0.005%以上0.080%以下とする。好ましくは0.007%以上であり、好ましくは0.070%以下である。より好ましくは0.009%以上であり、より好ましくは0.050%以下である。
【0033】
残部はFeおよび不可避的不純物である。ただし、不可避的不純物として、本発明の効果を損なわない範囲においては、O(酸素)を0.005%以下含有することを許容できる。
【0034】
上記の成分が本発明における電縫鋼管用熱延鋼板および電縫鋼管の母材部の基本の成分組成である。上記した必須元素で本発明で目的とする特性は得られるが、さらに、必要に応じて下記の元素を含有することができる。
【0035】
Nb:0.15%以下、V:0.15%以下、Ti:0.050%以下、Cu:1.0%以下、Ni:1.0%以下、Cr:0.20%以下、Mo:0.20%以下、Ca:0.010%以下、B:0.0050%以下のうちから選ばれた1種または2種以上
Nb:0.15%以下
Nbは、鋼中で微細な炭化物、窒化物を形成することで鋼の強度向上に寄与し、また、熱間圧延中のオーステナイトの粗大化を抑制することで組織の微細化にも寄与する元素であり、必要に応じて含有できる。上記した効果を得るため、Nbを含有する場合は、0.005%以上のNbを含有することが好ましい。しかし、Nb含有量が0.15%を超えると降伏比が高くなり靱性が低下する恐れがある。このため、Nbを含有する場合は、Nb含有量は0.15%以下とすることが好ましい。好ましくは0.005%以上である。より好ましくは0.008%以上であり、より好ましくは0.13%以下である。更に好ましくは0.010%以上であり、更に好ましくは0.10%以下である。
【0036】
V:0.15%以下
Vは、鋼中で微細な炭化物、窒化物を形成することで鋼の強度向上に寄与する元素であり、必要に応じて含有できる。上記した効果を得るため、Vを含有する場合は、0.005%以上のVを含有することが好ましい。しかし、V含有量が0.15%を超えると降伏比が高くなり、靱性が低下する恐れがある。このため、Vを含有する場合は、V含有量は0.15%以下とすることが好ましい。好ましくは0.005%以上である。より好ましくは0.008%以上であり、より好ましくは0.13%以下である。更に好ましくは0.010%以上であり、更に好ましくは0.10%以下である。
【0037】
Ti:0.050%以下
Tiは、鋼中で微細な炭化物、窒化物を形成することで鋼の強度向上に寄与する元素であり、必要に応じて含有できる。上記した効果を得るため、Tiを含有する場合は、0.005%以上のTiを含有することが好ましい。しかし、TiはNとの親和性が高いため、Ti含有量が0.050%を超えると固溶N量が減少し、降伏比が高くなる恐れがある。このため、Tiを含有する場合は、Ti含有量は0.050%以下とすることが好ましい。好ましくは0.005%以上である。より好ましくは0.006%以上であり、より好ましくは0.030%以下である。更に好ましくは0.007%以上であり、更に好ましくは0.025%以下である。
【0038】
Cu:1.0%以下、Ni:1.0%以下、Cr:0.20%以下、Mo:0.20%以下
Cu、Ni、Cr、Moは、固溶強化により鋼の強度を上昇させる元素であり、必要に応じて含有することができる。一方、過度の含有は、降伏比の上昇および靱性の低下を招く恐れがある。よって、Cu、Ni、Cr、Moを含有する場合は、それぞれCu:1.0%以下、Ni:1.0%以下、Cr:0.20%以下、Mo:0.20%以下とすることが好ましい。
Cuは、好ましくは0.01%以上であり、より好ましくは0.02%以上であり、更に好ましくは0.04%以上である。Cuは、より好ましくは0.9%以下であり、更に好ましくは0.8%以下である。
Niは、好ましくは0.01%以上であり、より好ましくは0.02%以上であり、更に好ましくは0.04%以上である。Niは、より好ましくは0.9%以下であり、更に好ましくは0.8%以下である。
Crは、好ましくは0.01%以上であり、より好ましくは0.02%以上であり、更に好ましくは0.04%以上である。Crは、より好ましくは0.18%以下であり、更に好ましくは0.15%以下である。
Moは、好ましくは0.01%以上であり、より好ましくは0.02%以上であり、更に好ましくは0.04%以上である。Moは、より好ましくは0.18%以下であり、更に好ましくは0.15%以下である。
【0039】
Ca:0.010%以下
Caは、熱間圧延で薄く延伸されるMnS等の硫化物を球状化することで鋼の靱性向上に寄与する元素であり、必要に応じて含有できる。上記した効果を得るため、Caを含有する場合は、0.0005%以上のCaを含有することが好ましい。しかし、Ca含有量が0.010%を超えると鋼中にCa酸化物クラスターが形成され、靱性が悪化する恐れがある。このため、Caを含有する場合は、Ca含有量は0.010%以下とすることが好ましい。好ましくは0.0005%以上である。より好ましくは0.0008%以上であり、より好ましくは0.0080%以下である。更に好ましくは0.0010%以上であり、更に好ましくは0.0060%以下である。
【0040】
B:0.0050%以下
Bは、フェライト変態開始温度を低下させることで組織の微細化に寄与する元素であり、必要に応じて含有できる。上記した効果を得るため、Bを含有する場合は、0.0003%以上のBを含有することが好ましい。しかし、B含有量が0.0050%を超えると降伏比が上昇し、靱性が悪化する恐れがある。このため、Bを含有する場合は、B含有量は0.0050%以下とすることが好ましい。好ましくは0.0003%以上である。より好ましくは0.0005%以上であり、より好ましくは0.0030%以下である。更に好ましくは0.0008%以上であり、更に好ましくは0.0010%以下である。
【0041】
また本発明では、上記した成分組成に加えてさらに、鋼中に固溶するNは、0.0010%(質量%)以上0.090%(質量%)以下とする。
【0042】
鋼中に固溶するNが0.0010%未満であると、鋼の加工硬化能が低下し、本発明で目的とする降伏比が得られない。また、鋼中に固溶するNが0.090%超であると、鉄と鉄窒化物の共析組織(フェライト+γ’-Fe
4N)から成る硬質な組織の割合が高くなり、靱性が悪化する。さらに、溶接時に溶融した鋼中で多量のN
2ガスが発生し、溶接部にブローホールが形成されやすくなるため、溶接性、溶接部の強度および靱性が悪化する。鋼中に固溶するNを上記の範囲内とするためには、鋼が上記した成分組成を有していればよい。鋼中に固溶するN量は、0.0010%以上0.090%以下とする。好ましくは0.0015%以上であり、好ましくは0.085%以下である。より好ましくは0.0020%以上であり、より好ましくは0.080%以下である。さらに好ましくは0.0040%以上であり、さらに好ましくは0.030%以下である。
【0043】
次に、本発明の電縫鋼管用熱延鋼板および電縫鋼管の母材部の鋼組織を限定した理由について説明する。
【0044】
電縫鋼管用熱延鋼板の1/2t位置、電縫鋼管の母材部の1/2t位置における鋼組織の平均結晶粒径:20.0μm以下
本発明における平均結晶粒径とは、結晶方位差(隣り合う結晶の方位差)が15°以上の境界によって囲まれた領域を結晶粒としたとき、該結晶粒の平均円相当径である。ここで、円相当径(結晶粒径)とは、対象となる結晶粒と面積が等しい円の直径とする。結晶方位差が15°以上の境界は、大角粒界と呼ばれ、脆性破壊の抵抗となる。1/2t位置における鋼組織の平均結晶粒径を20.0μm以下とすることで、大角粒界の総面積を増加させ、これにより本発明で目的とする強度および靱性を得ることができる。1/2t位置における鋼組織の平均結晶粒径は、より好ましくは15.0μm以下である。
なお、1/2t位置における鋼組織の平均結晶粒径の下限は特に規定しない。平均結晶粒径が減少すると降伏比が上昇するため、低降伏比の観点から、2.0μm以上とすることが好ましい。より好ましくは4.0μm以上である。
【0045】
なお、結晶方位差、平均結晶粒径は、SEM/EBSD法によって測定することが可能である。ここでは、後述する実施例に記載の方法で測定することができる。
【0046】
また本発明では、上記の鋼組織は、上述した条件に加えて、体積率で、ベイナイトが90%以上であり、残部がフェライト、パーライト、マルテンサイト、オーステナイトから選択される1種または2種以上を有することが好ましい。なお、上記パーライトは、鉄と鉄炭化物の共析組織(フェライト+セメンタイト)、鉄と鉄窒化物の共析組織(フェライト+γ’-Fe
4N)の両方を含む。
【0047】
ベイナイトの体積率:90%以上
ベイナイトは、フェライトよりも硬質であり、一方でパーライト、マルテンサイトおよびオーステナイトよりも軟質であり、靱性に優れた組織である。ベイナイトに硬度の異なる組織を混合させた場合、硬度差に起因する応力集中によって界面が破壊の起点となりやすく、靱性が低下する。このため、ベイナイトの体積率は、上記した1/2t位置における鋼組織全体に対して90%以上とすることが好ましい。より好ましくは93%以上であり、更に好ましくは95%以上である。
【0048】
残部:フェライト、パーライト、マルテンサイト、オーステナイトから選択される1種または2種以上
ベイナイト以外の残部組織は、フェライト、パーライト、マルテンサイト、オーステナイトから選択される1種または2種以上を有する。これらの各組織の体積率の合計が10%超えでは、ベイナイトとの硬度差に起因する応力集中が生じやすくなって界面が破壊の起点となり、靱性が低下する。そのため、残部組織は、各組織の合計の体積率が、上記した1/2t位置における鋼組織全体に対して10%以下とすることが好ましい。より好ましくは5%以下とする。
【0049】
なお、オーステナイトを除く上記の各種組織は、オーステナイト粒界またはオーステナイト粒内の変形帯を核生成サイトとする。後述するように、熱間圧延において、オーステナイトの再結晶が生じにくい低温での圧下量を大きくすることで、オーステナイトに多量の転位を導入してオーステナイトを微細化し、かつ粒内に多量の変形帯を導入することができる。これにより、核生成サイトの面積が増加して核生成頻度が高くなり、上記のように鋼組織を微細化することができる。
【0050】
次に、本発明の一実施形態における電縫鋼管用熱延鋼板の製造方法を説明する。
【0051】
本発明の電縫鋼管用熱延鋼板は、例えば、上記した成分組成を有する鋼素材を、加熱温度:1100℃以上1300℃以下に加熱した後、粗圧延終了温度:900℃以上1100℃以下、仕上圧延開始温度:800℃以上950℃以下、仕上圧延終了温度:750℃以上850℃以下、かつ仕上圧延における合計圧下率:60%以上である熱間圧延を施し、次いで、板厚中心温度における平均冷却速度:10℃/s以上30℃/s以下、冷却停止温度:400℃以上600℃以下で冷却を施し、次いで、400℃以上600℃以下の温度で巻取ることで得られる。
【0052】
なお、以下の製造方法の説明において、温度に関する「℃」表示は、特に断らない限り、鋼素材や鋼板(熱延鋼板)の表面温度とする。これらの表面温度は、放射温度計等で測定することができる。また、鋼板の板厚中心の温度は、鋼板断面内の温度分布を伝熱解析により計算し、その結果を鋼板の表面温度によって補正することで求めることができる。また、「熱延鋼板」には、熱延鋼板、熱延鋼帯を含むものとする。
【0053】
本発明において、鋼素材(鋼スラブ)の溶製方法は特に限定されず、転炉、電気炉、真空溶解炉等の公知の溶製方法のいずれもが適合する。鋳造方法も特に限定されないが、連続鋳造法等の公知の鋳造方法により、所望の寸法に製造される。なお、連続鋳造法に代えて、造塊−分塊圧延法を適用しても何ら問題はない。溶鋼にはさらに、取鍋精錬等の二次精錬を施してもよい。
【0054】
加熱温度:1100℃以上1300℃以下
加熱温度が1100℃未満である場合、被圧延材の変形抵抗が大きくなり圧延が困難となる。一方、加熱温度が1300℃を超えると、オーステナイト粒が粗大化し、後の圧延(粗圧延、仕上圧延)において微細なオーステナイト粒が得られず、本発明で目的とする鋼組織の平均結晶粒径を確保することが困難となる。このため、加熱温度は、1100℃以上1300℃以下とする。より好ましくは1120℃以上であり、より好ましくは1280℃以下である。
【0055】
なお、本発明では、鋼スラブ(スラブ)を製造した後、一旦室温まで冷却し、その後再度加熱する従来法に加え、室温まで冷却しないで、温片のままで加熱炉に装入する、あるいは、わずかの保熱を行った後に直ちに圧延する、これらの直送圧延の省エネルギープロセスも問題なく適用できる。
【0056】
粗圧延終了温度:900℃以上1100℃以下
粗圧延終了温度が900℃未満である場合、後の仕上圧延中に鋼板表面温度がフェライト変態開始温度以下になり、多量の加工フェライトが生成し、その結果、強度が低下し、降伏比が上昇する。一方、粗圧延終了温度が1100℃を超えると、オーステナイトが粗大化し、かつオーステナイト中に十分な変形帯が導入されないため、本発明で目的とする鋼組織の平均結晶粒径を得ることができなくなる。このため、粗圧延終了温度は、900℃以上1100℃以下とする。より好ましくは910℃以上であり、より好ましくは1000℃以下である。
【0057】
仕上圧延開始温度:800℃以上950℃以下
仕上圧延開始温度が800℃未満である場合、仕上圧延中に鋼板表面温度がフェライト変態開始温度以下になり、多量の加工フェライトが生成する。その結果、強度が低下し、降伏比が上昇する。一方、仕上圧延開始温度が950℃を超えると、オーステナイトが粗大化し、かつオーステナイト中に十分な変形帯が導入されないため、本発明で目的とする鋼組織の平均結晶粒径を得ることができなくなる。このため、仕上圧延開始温度は、800℃以上950℃以下とする。より好ましくは820℃以上であり、より好ましくは930℃以下である。
【0058】
仕上圧延終了温度:750℃以上850℃以下
仕上圧延終了温度が750℃未満である場合、仕上圧延中に鋼板表面温度がフェライト変態開始温度以下になり、多量の加工フェライトが生成し、その結果、強度が低下し、降伏比が上昇する。一方、仕上圧延終了温度が850℃を超えると、オーステナイトが粗大化し、かつオーステナイト中に十分な変形帯が導入されないため、本発明で目的とする鋼組織の平均結晶粒径を得ることができなくなる。このため、仕上圧延終了温度は、750℃以上850℃以下とする。より好ましくは770℃以上であり、より好ましくは830℃以下である。
【0059】
仕上圧延における合計圧下率:60%以上
仕上圧延における合計圧下率が60%未満である場合、オーステナイトが粗大化し、かつオーステナイト中に十分な変形帯が導入されないため、本発明で目的とする鋼組織の平均結晶粒径を得ることができなくなる。仕上圧延における合計圧下率は、好ましくは65%以上である。特に上限は規定しないが、80%を超えると圧下率の上昇に対する靱性向上の効果が小さくなり、設備負荷が増大するだけであるため、仕上圧延における合計圧下率は80%以下が好ましい。より好ましくは75%以下である。
【0060】
上記した合計圧下率とは、仕上圧延における各圧延パスの圧下率の合計をさす。
【0061】
なお、本発明では、必要である圧下率の確保や鋼板の温度管理の観点より、仕上板厚(仕上圧延後の鋼板の板厚)は17mm超30mm以下とすることが好ましい。
【0062】
平均冷却速度:10℃/s以上30℃/s以下
熱延鋼板の板厚中心温度で、冷却開始から後述する冷却停止までの温度域における平均冷却速度が10℃/s未満では、ベイナイトの核生成頻度が低くなるため、本発明で目的とする鋼組織の平均結晶粒径を得ることができない。また、多量のフェライトが生成するため所望の降伏強度が得られない。一方で、平均冷却速度が30℃/sを超えると、多量のマルテンサイトが生成し、その結果、降伏比が上昇し、靱性が低下する。平均冷却速度は、10℃/s以上30℃/s以下とする。好ましくは15℃/s以上であり、好ましくは25℃/s以下である。
【0063】
なお、本発明では、冷却前の鋼板表面におけるフェライト生成を抑制する観点より、仕上圧延終了後直ちに冷却を開始することが好ましい。
【0064】
冷却停止温度:400℃以上600℃以下
熱延鋼板の板厚中心温度における冷却停止温度が400℃未満では、多量のマルテンサイトが生成し、その結果、降伏比が上昇し、靱性が低下する。一方で、冷却停止温度が600℃を超えると、フェライトおよびベイナイトの核生成頻度が低くなるため、本発明で目的とする鋼組織の平均結晶粒径および所望の分率のベイナイトを得ることができなくなる。冷却停止温度は、400℃以上600℃以下とする。好ましくは450℃以上であり、好ましくは580℃以下である。
【0065】
なお、本発明において、平均冷却速度は、特に断らない限り、((冷却前の熱延鋼板の板厚中心温度−冷却後の熱延鋼板の板厚中心温度)/冷却時間)で求められる値(冷却速度)とする。冷却方法は、ノズルからの水の噴射等の水冷や、冷却ガスの噴射による冷却等が挙げられる。本発明では、熱延鋼板の両面が同条件で冷却されるように、熱延鋼板両面に冷却操作(処理)を施すことが好ましい。
【0066】
冷却後に、熱延鋼板を巻取り、その後放冷する。
【0067】
巻取では、鋼組織を得る観点より、巻取温度:400℃以上600℃以下の温度で巻取る。巻取温度が400℃未満では、多量のマルテンサイトが生成し、その結果、降伏比が上昇し、靱性が低下する。巻取温度が600℃を超えると、フェライトおよびベイナイトの核生成頻度が低くなるため、本発明で目的とする鋼組織の平均結晶粒径および所望の分率のベイナイトを得ることができなくなる。巻取温度は、400℃以上600℃以下の温度とする。より好ましくは450℃以上であり、より好ましくは580℃以下である。
【0068】
次に、本発明の一実施形態における電縫鋼管の製造方法について説明する。
【0069】
本発明の電縫鋼管は、母材部と電縫溶接部を有する。本発明の電縫鋼管は、例えば、上記した成分組成を有する鋼素材を、加熱温度:1100℃以上1300℃以下に加熱した後、粗圧延終了温度:900℃以上1100℃以下、仕上圧延開始温度:800℃以上950℃以下、仕上圧延終了温度:750℃以上850℃以下、かつ仕上圧延における合計圧下率:60%以上である熱間圧延を施し、次いで、板厚中心温度における平均冷却速度:10℃/s以上30℃/s以下、冷却停止温度:400℃以上600℃以下で冷却を施し、次いで、400℃以上600℃以下の温度で巻取り熱延鋼板とし、次いで、冷間ロール成形により該熱延鋼板を円筒状に成形してオープン管とし、該オープン管の周方向両端部を突合せて電縫溶接する造管を施すことで得られる。
【0070】
なお、巻取って熱延鋼板を得るところまでは、上述の電縫鋼管用熱延鋼板の説明と同じであるため、ここでは省略する。
【0071】
巻取後に、熱延鋼板に造管を施す。造管の工程では、熱延鋼板を冷間ロール成形により円筒状のオープン管(丸型鋼管)とし、該オープン管の周方向両端部(突合せ部)を突合せて高周波電気抵抗加熱により溶融させながら、スクイズロールによるアプセットで圧接接合して電縫溶接し、電縫鋼管とする。その後、該電縫鋼管に対して上下左右に配置されたロールにより、円筒状のまま管軸方向に数%の絞りを加え、外径を所望の値に調整する。
【0072】
また、鋼管が電縫鋼管であるかどうかは、電縫鋼管を管軸方向と垂直に切断し、溶接部(電縫溶接部)を含む切断面を研磨後、腐食し、光学顕微鏡で観察することにより判断できる。具体的には、溶接部(電縫溶接部)の溶融凝固部の管周方向の幅が、管全厚にわたり1.0μm以上1000.0μm以下であれば、電縫鋼管である。
【0073】
ここで、腐食液は、鋼成分、鋼管の種類に応じて適切なものを選択すればよい。
また、
図1には、腐食後の上記断面の一部(電縫鋼管の溶接部近傍)を模式的に示す。
図1に示すように、溶融凝固部は、母材部1および熱影響部2と異なる組織形態やコントラストを有する領域(溶融凝固部3)として視認できる。例えば、炭素鋼および低合金鋼の電縫鋼管の溶融凝固部は、ナイタールで腐食した上記断面において、光学顕微鏡で白く観察される領域として特定できる。また、炭素鋼および低合金鋼のUOE鋼管の溶融凝固部は、ナイタールで腐食した上記断面において、光学顕微鏡でセル状またはデンドライト状の凝固組織を含有する領域として特定できる。
【0074】
以上に説明した製造方法により、本発明の電縫鋼管用熱延鋼板および電縫鋼管が製造される。本発明の電縫鋼管用熱延鋼板および電縫鋼管は、特に板厚および肉厚が17mmを超えるような厚肉であっても、降伏比が低く、優れた変形性能および高い耐震性を発揮する。また、高い強度、優れた靱性も兼ね備える。
【0075】
そのため、本発明の電縫鋼管は、ラインパイプや建築物の柱材等の建築構造物の素材として好適に用いることができる。特に、耐震性等の観点から低降伏比、曲げ、衝撃力に耐えうる特性が要求される大型構造物に好適である。また、輸送流体の内圧に耐えうる強度、き裂発生時のき裂伝播を停止させるための靱性等が要求されるラインパイプに好適である。
【実施例】
【0076】
以下、実施例に基づいてさらに本発明を詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されない。
【0077】
表1に示す成分組成を有する溶鋼を溶製し、スラブとした。得られたスラブを表2に示す条件の熱間圧延、冷却、巻取を施して、表2に示す板厚(仕上板厚)(mm)の電縫鋼管用熱延鋼板とした。
【0078】
また、巻取後、冷間ロール成形により円筒状の丸型鋼管に成形し、その突合せ部分を電縫溶接した。その後、丸型鋼管の上下左右に配置したロールにより管軸方向に数%の絞りを加え、表2に示す外径(mm)および肉厚(母材部の肉厚)(mm)の電縫鋼管を得た。
【0079】
得られた電縫鋼管用熱延鋼板および電縫鋼管から試験片を採取して、以下に示す固溶N量の測定、組織観察、引張試験、シャルピー衝撃試験を実施した。電縫鋼管においては、管周方向断面において、電縫溶接部を0°としたとき、電縫溶接部から90°離れた位置の母材部から試験片を採取した。
【0080】
〔固溶N量の測定〕
固溶N量(質量%)は、鋼中の全N量から析出物として存在するN量(析出N量)を差し引いて求めた。なお、析出N量は定電位電解法を用いた電解抽出分析法により求めた。電解抽出においては、電解液としてアセチル・アセトン系溶液を用いて、定電位にて電解することで、炭化物、窒化物などの析出物以外の地鉄部分のみを溶解し、抽出した残渣を化学分析して、残渣中の総N量を求め、これを析出N量とした。
【0081】
〔組織観察〕
組織観察用の試験片は熱延鋼板から採取し、観察面が鋼板表面から板厚tの1/2位置において熱間圧延時の圧延方向断面に沿うように、研磨した後、ナイタール腐食して作製した。組織観察は、光学顕微鏡(倍率:1000倍)または走査型電子顕微鏡(SEM、倍率:1000倍)を用いて、板厚1/2t位置における組織を観察し、撮像した。得られた光学顕微鏡像およびSEM像から、ベイナイトおよび残部(フェライト、パーライト、マルテンサイト、オーステナイト)の面積率を求めた。各組織の面積率は、5視野以上で観察を行い、各視野で得られた値の平均値として算出した。ここでは、組織観察により得られた面積率を、各組織の体積率とした。なお、造管前後で鋼組織が変化しないとみなせるため、電縫鋼管の鋼組織は熱延鋼板の鋼組織と同様とした。上記した「板厚1/2t位置」および「板厚tの1/2位置」は、電縫鋼管の場合には「肉厚1/2t位置」および「肉厚tの1/2位置」を指すものとする。
【0082】
ここで、フェライトは拡散変態による生成物のことであり、転位密度が低くほぼ回復した組織を呈する。ポリゴナルフェライトおよび擬ポリゴナルフェライトがこれに含まれる。
【0083】
ベイナイトは、転位密度が高いラス状のフェライトとセメンタイトの複相組織である。
【0084】
パーライトは、鉄と鉄炭化物の共析組織(フェライト+セメンタイト)、あるいは鉄と鉄窒化物の共析組織(フェライト+γ’-Fe
4N)であり、フェライトと炭化物または窒化物が交互に並んだラメラ状の組織を呈する。
【0085】
マルテンサイトは、転位密度が非常に高いラス状の低温変態組織である。SEM像では、フェライトやベイナイトと比較して明るいコントラストを示す。
【0086】
なお、光学顕微鏡像およびSEM像ではマルテンサイトとオーステナイトの識別が難しいため、得られたSEM像からマルテンサイトあるいはオーステナイトとして観察された組織の面積率を測定し、その測定値から後述する方法で測定したオーステナイトの体積率を差し引いた値をマルテンサイトの体積率とした。
【0087】
オーステナイトの体積率の測定は、X線回折により行った。組織観察用の試験片は、回折面が鋼板の板厚および鋼管の肉厚の1/2t位置となるように研削した後、50μm以上の化学研磨をして表面加工層を除去して作製した。測定にはMoのKα線を使用し、fcc鉄の(200)、(220)、(311)面とbcc鉄の(200)、(211)面の積分強度からオーステナイトの体積率を求めた。
【0088】
また、平均結晶粒径は、SEM/EBSD法を用いて測定した。測定領域は500μm×500μm、測定ステップサイズは0.5μmとした。結晶粒径は、隣接する結晶粒の間の方位差を求め、方位差が15°以上の境界を結晶粒界として測定した。得られた結晶粒界から結晶粒径(円相当径)の算術平均を求めて、平均結晶粒径とした。
なお、結晶粒径解析においては、結晶粒径が2.0μm未満のものは測定ノイズとして解析対象から除外し、得られた面積率が体積率と等しいとした。
【0089】
〔引張試験〕
引張試験は、電縫鋼管用熱延鋼板においては引張方向が圧延方向と平行になるように、電縫鋼管においては引張方向がL方向(管長手方向)となるように、JIS Z 2241(2011)の規定に準拠して、JIS5号の引張試験片をそれぞれ採取した。各引張試験片を用いて、引張試験を実施し、降伏強度YS、引張強度TSを測定した。ただし、降伏強度YSは、公称ひずみ0.5%における流動応力とした。
また、以下の式(1)で示される熱延鋼板の造管後相当の降伏比(YR
P)(%)を算出した。
YR
P=(4.0FS/TS)×100 ・・・式(1)
ただし、式(1)において、「4.0FS」は公称ひずみ4.0%における流動応力(MPa)であり、TSは熱延鋼板の引張強度(MPa)である。
また、電縫鋼管の母材部の降伏比(YR)(=(電縫鋼管の母材部の降伏強度/電縫鋼管の母材部の引張強度)×100)(%)を算出した。
【0090】
〔シャルピー衝撃試験〕
シャルピー衝撃試験は、得られた電縫鋼管用熱延鋼板の板厚1/2t位置および電縫鋼管の肉厚1/2t位置から、試験片長手方向が圧延幅方向または管周方向(圧延方向または管長手方向と垂直)と平行になるように、Vノッチ試験片を採取した。そして、JIS Z 2242(2018)の規定に準拠して実施した。試験片の本数は各3本とした。試験は各温度で3回実施し、その平均を求めた。
【0091】
得られた結果を表1、表3および表4に示す。
【0092】
【表1】
【0093】
【表2】
【0094】
【表3】
【0095】
【表4】
【0096】
表3および表4中、鋼No.1、3、5、14〜18は本発明例であり、鋼No.2、4、6〜13、19〜24は比較例である。
【0097】
本発明例の電縫鋼管用熱延鋼板および電縫鋼管の母材部の成分組成は、いずれもC:0.030%以上0.20%以下、Si:0.02%以上1.0%以下、Mn:0.40%以上3.0%以下、P:0.050%以下、S:0.020%以下、N:0.0070%以上0.10%以下、Al:0.005%以上0.080%以下であり、鋼中に固溶するNが0.0010%以上0.090%以下であり、1/2t位置における鋼組織の平均結晶粒径が20.0μm以下であった。
【0098】
また、本発明例の電縫鋼管用熱延鋼板は、いずれも降伏応力が450MPa以上であり、シャルピー衝撃試験における延性−脆性遷移温度が−60℃以下であり、造管後相当の降伏比YR
Pが90.0%以下であった。
【0099】
さらに、本発明例の電縫鋼管は、いずれも降伏応力が450MPa以上であり、シャルピー衝撃試験における延性−脆性遷移温度が−40℃以下であり、降伏比が90.0%以下であった。
【0100】
一方、比較例の鋼No.2は、Nの含有量が本発明の範囲を下回っていたため、降伏比が所望の値に達しなかった。
【0101】
比較例の鋼No.4は、仕上圧延における合計圧下率が低く、結晶粒が粗大化し、平均結晶粒径が本発明の範囲を上回った。そのため、シャルピー衝撃試験における延性−脆性遷移温度が所望の値に達しなかった。
【0102】
比較例の鋼No.6は、Cの含有量が本発明の範囲を下回っていたため、降伏応力が所望の値に達しなかった。
【0103】
比較例の鋼No.7は、Cの含有量が本発明の範囲を上回っていたため、シャルピー衝撃試験における延性−脆性遷移温度が所望の値に達しなかった。
【0104】
比較例の鋼No.8は、Siの含有量が本発明の範囲を下回っていたため、降伏応力が所望の値に達しなかった。
【0105】
比較例の鋼No.9は、Siの含有量が本発明の範囲を上回っていたため、降伏比およびシャルピー衝撃試験における延性−脆性遷移温度が所望の値に達しなかった。
【0106】
比較例の鋼No.10は、Mnの含有量が本発明の範囲を下回っていたため、降伏応力が所望の値に達しなかった。また、結晶粒が粗大化し、平均結晶粒径が本発明の範囲を上回ったため、シャルピー衝撃試験における延性−脆性遷移温度が所望の値に達しなかった。
【0107】
比較例の鋼No.11は、Mnの含有量が本発明の範囲を上回っていたため、降伏比およびシャルピー衝撃試験における延性−脆性遷移温度が所望の値に達しなかった。
【0108】
比較例の鋼No.12は、Pの含有量が本発明の範囲を上回っていたため、シャルピー衝撃試験における延性−脆性遷移温度が所望の値に達しなかった。
【0109】
比較例の鋼No.13は、Sの含有量が本発明の範囲を上回っていたため、シャルピー衝撃試験における延性−脆性遷移温度が所望の値に達しなかった。
【0110】
比較例の鋼No.19は、加熱温度が本発明の範囲を上回っていたため、平均結晶粒径が本発明の範囲を上回ってしまった。そのため、シャルピー衝撃試験における延性−脆性遷移温度が所望の値に達しなかった。
【0111】
比較例の鋼No.20は、粗圧延終了温度が本発明の範囲を上回っていたため、平均結晶粒径が本発明の範囲を上回ってしまった。そのため、シャルピー衝撃試験における延性−脆性遷移温度が所望の値に達しなかった。
【0112】
比較例の鋼No.21は、仕上圧延開始温度が本発明の範囲を上回っていたため、仕上圧延終了温度も本発明の範囲を上回ってしまい、平均結晶粒径が本発明の範囲を上回った。その結果、シャルピー衝撃試験における延性−脆性遷移温度が所望の値に達しなかった。
【0113】
比較例の鋼No.22は、平均冷却速度が本発明の範囲を下回っていたため、多量のフェライトが生成してしまい、また平均結晶粒径が本発明の範囲を上回ってしまった。そのため、降伏強度およびシャルピー衝撃試験における延性-脆性遷移温度が所望の値に達しなかった。
【0114】
比較例の鋼No.23は、冷却停止温度が本発明の範囲を上回っていたため、巻取温度も本発明の範囲を上回ってしまい、多量のフェライトが生成し、また平均結晶粒径が本発明の範囲を上回った。その結果、降伏強度およびシャルピー衝撃試験における延性−脆性遷移温度が所望の値に達しなかった。
【0115】
比較例の鋼No.24は、固溶N量が本発明の範囲を下回っていたため、降伏比が所望の値に達しなかった。