(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
温暖化抑制を目的とした自動車排ガス規制を背景に、自動車の軽量化が求められている。自動車の軽量化には、自動車部品の素材として使用される材料を高強度化することが有効であるため、高強度熱延鋼板(hot-rolled high strength steel sheet)の適用が年々増加している。特に、1180MPa以上の引張強度を有する高強度熱延鋼板は、軽量化を通じて自動車の燃費を飛躍的に向上し得る素材として期待されている。
【0003】
一方で、鋼板の引張強度を高めると延性(ductility)が低下し、その結果、該鋼板のプレス成形性(press formability)が悪化する。自動車部品、特にサスペンション部品などの足回り部品は剛性確保のために複雑な形状とする必要があるため、自動車部品の素材には高いプレス成形性、すなわち延性が必要となる。
【0004】
そこで、プレス成形性を悪化させることなく鋼板の高強度化を達成するために様々な技術が提案されている。
【0005】
例えば、特許文献1では、所定の成分組成と、面積分率で90%以上のベイナイトを含み、マルテンサイトと残留オーステナイト(retained austenite)の合計面積分率が5%以下であるミクロ組織(microstructure)とを有する熱延鋼板が提案されている。
【0006】
また、特許文献2では、所定の成分組成と、下記(a)〜(c)からなり、かつ、残留オーステナイト中の積層欠陥が10.0×10
−3(nm/nm
2)以下であるミクロ組織とを有する高強度鋼板が提案されている。
(a)体積分率で5〜35%のフェライト
(b)合計体積分率で50%以上の、ベイニティックフェライトおよび/または焼戻しマルテンサイト
(c)体積分率で20%以下の、フレッシュマルテンサイトと残留オーステナイトとの混合組織(Martensite-Austenite Constituent、MA)
【0007】
特許文献3では、所定の成分組成と、下記(a)〜(c)からなるミクロ組織とを有し、平均結晶粒径および集合組織(texture)が制御された熱延鋼板が提案されている。
(a)面積分率で20〜98%の低温変態相(残留オーステナイトおよび焼戻しマルテンサイト)
(b)面積分率で2〜80%のフェライト
(c)面積分率で0〜10%の残部組織
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、特許文献1〜3に記載されているような従来技術には、以下に述べる問題があった。
【0010】
特許文献1で提案されている技術によれば、980MPa以上の引張強度を有する熱延鋼板を得ることができるとされている。しかし、実際に特許文献1で得られている引張強度は、最高でも1088MPaであり、特許文献1に記載の技術では1180MPa以上の高強度を得ることができない。
【0011】
また、特許文献1では、前記熱延鋼板が優れた加工性を有するとされている。ここで、特許文献1では、加工性の指標として「伸び」が使用されている。前記「伸び(elongation)」とは、全伸び(total elongation、El)とも呼ばれ、引張試験において試験片が破断した時点における伸びを表す。しかし、実際には、破断が生じるよりも前の段階でネッキング(くびれ)が生じる。ネッキングが生じると板厚が局所的に薄くなるため、製品不良となる。そのため、優れたプレス成形性を実現するためには全伸びが高いだけでは十分とはいえない。
【0012】
同様に、特許文献2においても加工性の指標として全伸び(El)が使用されている。特許文献2では、12%以上の全伸びを有する高強度鋼板が得られているが、上述したように、優れたプレス成形性を実現するためには全伸びが高いだけでは十分とはいえない。
【0013】
加えて、引用文献2における高強度鋼板の製造においては、圧延後の鋼板に対して、加熱と冷却を複数回繰り返す熱処理を施す必要があるため、製造コストの面でも課題がある。
【0014】
一方、引用文献3では、一様伸び(u−El)について言及されている。しかし、特許文献3では、引張強度TSと一様伸びu−Elの積(TS×u−El)を用いて強度と延性のバランスを評価しているのみであり、一様伸びの値自体を評価しているわけではない。上述したように、強度とプレス成形性とは相反する特性であるため、優れた強度とプレス成形性とを兼ね備えた高強度鋼板を得るためには、引張強度TSと一様伸びu−Elの積ではなく、TSとu−Elの個々の値を高める必要がある。
【0015】
このように、強度とプレス成形性とを高い水準で兼ね備えた高強度鋼板を得るための技術は依然として確立されていないのが実状であった。
【0016】
本発明は、上記実状に鑑みてなされたものであり、1180MPa以上の引張強度と6%以上の一様伸びとを兼ね備えた高強度鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは、上記課題を解決するために、1180MPa以上引張強度と、様々な降伏応力と一様伸びを有する鋼板の仮想的な応力−ひずみ曲線(stress-strain curve)を作成し、前記応力−ひずみ曲線を用いてサスペンション部品のプレス成形シミュレーションを行なった。そして、前記シミュレーションの結果に基づいて、優れたプレス成形性を得るために必要な鋼板の特性を検討した。
【0018】
その結果、引張強度1180MPa以上の鋼板では、一様伸びを6%以上確保すると、プレス成形時の減肉が最小限に抑えられ、プレス成形不良を抑制できることがわかった。
【0019】
一般的に、1180MPa以上の高強度とするためには、鋼板のミクロ組織の主相として、硬度の高い組織である下部ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトの少なくとも一方が用いられる。しかし、これらの組織は一様伸びに劣る。そこで、本発明者らは、鋼板の一様伸びを上げるべく、最適な鋼板組織の検討を行なった。
【0020】
その結果、主相が上部ベイナイト(upper bainite)であり、フレッシュマルテンサイトと残留オーステナイトとの両方を適正量含有するミクロ組織とすることにより、1180MPa以上の高強度と6%以上の一様伸びを両立できることを明らかにした。
【0021】
さらに、フレッシュマルテンサイトと残留オーステナイトとの両方を適正量含有するミクロ組織を得るためには、Si、Mn、およびCrをバランスよく添加する必要があることも明らかにした。
【0022】
なお、ここでいう上部ベイナイトとは、方位差が15°未満のラス状(lath-like)フェライトの集合体であり、ラス状フェライト間にFe系炭化物および/または残留オーステナイトを有する組織(ただし、ラス状フェライト間にFe系炭化物および/または残留オーステナイトを有しない場合も含む)を意味する。ラス状フェライトは、パーライト中のラメラ状(層状)フェライトやポリゴナルフェライトと異なり、形状がラス状でかつ内部に比較的高い転位密度を有するため、両者はSEM(走査型電子顕微鏡)やTEM(透過型電子顕微鏡)を用いて区別可能である。なお、ラス間に残留オーステナイトを有する場合は、ラス状フェライト部のみを上部ベイナイトとみなし、残留オーステナイトとは区別する。また、フレッシュマルテンサイトとは、Fe系炭化物を有しないマルテンサイトである。フレッシュマルテンサイトと残留オーステナイトは、SEMでは同様のコントラストを有するが、電子線反射回折(Electron Backscatter Diffraction Patterns:EBSD)法を用いて区別可能である。
【0023】
本発明は、以上の知見をもとにさらに検討を加えてなされたものであり、以下を要旨とする。
【0024】
1.質量%で、
C :0.10〜0.20%、
Si:0.7〜1.4%、
Mn:2.3〜4.0%、
P :0.10%以下、
S :0.03%以下、
Al:0.001〜2.0%、
N :0.01%以下、
O :0.01%以下、および
B :0.0005〜0.010%
を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなり、
下記(1)式で定義されるMSCが3.0〜4.2質量%である成分組成を有し、
主相としての、面積分率で70%以上の上部ベイナイトと、
合計面積分率で7〜30%のフレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトとを含み、かつ、
前記残留オーステナイトの面積分率が2%以上であるミクロ組織を有し、
一様伸びが6%以上、引張強度が1180MPa以上である機械的特性を有する、高強度鋼板。
MSC(質量%)=Mn+0.2×Si+1.7×Cr+2.5×Mo…(1)
ここで、上記(1)式における各元素記号は各元素の含有量(質量%)を表し、含有されていない元素の場合は0とする。
【0025】
2.前記成分組成が、さらに、質量%で、
Cr:1.0%以下、および
Mo:1.0%以下、
の一方または両方を含有する、上記1に記載の高強度鋼板。
【0026】
3.前記成分組成が、さらに、質量%で、
Cu:2.0%以下、
Ni:2.0%以下、
Ti:0.3%以下、
Nb:0.3%以下、および
V :0.3%以下
からなる群より選択される少なくとも1つを含有する、上記1または2に記載の高強度鋼板。
【0027】
4.前記成分組成が、さらに、質量%で、
Sb:0.005〜0.020%
を含有する、上記1〜3のいずれか一項に記載の高強度鋼板。
【0028】
5.前記成分組成が、さらに、質量%で、
Ca:0.01%以下、
Mg:0.01%以下、および
REM:0.01%以下
からなる群より選択される少なくとも1つを含有する、上記1〜4のいずれか一項に記載の高強度鋼板。
【0029】
6.上記1〜5のいずれか一項に記載の高強度鋼板の製造方法であって、
前記成分組成を有する鋼素材を1150℃以上の加熱温度に加熱し、
加熱された前記鋼素材を、仕上圧延終了温度:(RC-50℃)以上、(RC+150℃)以下の条件で熱間圧延して熱延鋼板とし、
前記熱延鋼板を、前記熱間圧延終了から冷却開始までの時間:2.0s以下、平均冷却速度:5℃/s以上、冷却停止温度:Trs以上、(Trs+250℃)以下の条件で冷却し、
前記冷却後の熱延鋼板を、巻取り温度:Trs以上、(Trs+250℃)以下の条件で巻取り、
前記巻取後の熱延鋼板を、20℃/s以下の平均冷却速度で100℃以下まで冷却し、
前記RCは下記(2)式で定義され、前記Trsは下記(3)式で定義される、高強度鋼板の製造方法。
RC(℃) = 800 + 100×C + 100×N + 10×Mn + 700×Ti + 5000×B + 10×Cr + 50×Mo + 2000×Nb + 150×V …(2)
Trs(℃) = 500 - 450×C - 35×Mn - 15×Cr - 10×Ni - 20×Mo …(3)
ここで、上記(2)、(3)式における各元素記号は各元素の含有量(質量%)を表し、含有されていない元素の場合は0とする。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、1180MPa以上の引張強度と6%以上の一様伸びとを兼ね備えた高強度鋼板を得ることができる。本発明の高強度鋼板は、引張強度が高いにもかかわらず、プレス成形性に優れており、ネッキングや割れ等の成形不良を生じることなくプレス成形することができる。また、本発明の高強度鋼板をトラックや乗用車の部材に適用した場合、安全性を確保しつつ自動車車体の重量軽減が可能となり、環境負荷低減に寄与できる。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明について具体的に説明する。なお、以下の説明は、本発明の好適な実施形態の例を示すものであって、本発明はこれに限定されない。
【0032】
[成分組成]
はじめに、本発明の高強度鋼板の成分組成の限定理由について説明する。なお、本明細書において、含有量の単位としての「%」は、特に断らない限り「質量%」を意味するものとする。
【0033】
C:0.10〜0.20%
Cは、鋼の強度を向上させる作用を有する元素である。Cは、焼入れ性を向上させることによってベイナイトの生成を促進し、高強度化に寄与する。また、Cは、マルテンサイトの強度を高めることによっても高強度化に寄与する。1180MPa以上の引張強度を得るためには、C含有量を0.10%以上とする必要がある。そのため、C含有量は0.10%以上、好ましくは0.12%以上、より好ましくは0.13%以上とする。一方、C含有量が0.20%を超えると、マルテンサイトの強度が過度に上昇し、主相としての上部ベイナイトとフレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトとの強度差が大きくなり、その結果、一様伸びが低下する。そのため、C含有量は0.20%以下、好ましくは0.18%以下、より好ましくは0.17%以下とする。
【0034】
Si:0.7〜1.4%
Siは、Fe系炭化物の形成を抑制する作用を有し、上部ベイナイト変態時のセメンタイトの析出を抑制する。これにより未変態オーステナイトにCが分配され、巻取後の冷却で、未変態オーステナイトがフレッシュマルテンサイトおよび/または残留オーステナイトとなり、所望のフレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトを得ることができる。これらの効果を得るためには、Si含有量を0.7%以上とする必要がある。そのため、Si含有量を0.7%以上、好ましくは0.8%以上とする。一方、Siは、熱間圧延中に鋼板表面にサブスケールを形成する元素である。Si含有量が1.4%を超えるとサブスケールが厚くなり過ぎてしまい、デスケーリング後の鋼板表面の表面粗さが過大となり、熱延鋼板の塗装前処理性が悪化する。したがって、Si含有量は1.4%以下、好ましくは1.3%以下、より好ましくは1.2%以下とする。
【0035】
Mn:2.3〜4.0%
Mnは、オーステナイトを安定化させ、フレッシュマルテンサイトおよび/または残留オーステナイトの生成に寄与する。この効果を得るためには、Mn含有量を2.3%以上とする必要がある。そのため、Mn含有量を2.3%以上、好ましくは2.4%以上とする。一方、Mn含有量が4.0%を超えると、フレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトが過剰に生成し、一様伸びが低下する。したがって、Mn含有量は4.0%以下、好ましくは3.6%以下、より好ましくは3.2%以下とする。
【0036】
P:0.10%以下
Pは、固溶して鋼の強度増加に寄与する元素である。しかし、Pは、熱間圧延時のオーステナイト粒界に偏析することで、熱間圧延時のスラブ割れを発生させる元素でもある。また、Pは、粒界に偏析して一様伸びを低下させる。このため、P含有量を極力低くすることが好ましいが、0.10%までのPの含有は許容できる。したがって、P含有量は0.10%以下とする。一方、P含有量は低ければ低いほど良いため、P含有量の下限は特に限定されず、P含有量は0%以上であってよく、0%超であってもよい。しかし、過度の低減は製造コストを増加させるため、製造コストの観点からは、P含有量を0.0005%以上とすることが好ましく、0.001%以上とすることがより好ましい。
【0037】
S:0.03%以下
Sは、TiやMnと結合して粗大な硫化物を形成し、該硫化物がボイドの発生を早めることで一様伸びが低下する。そのため、S含有量は極力低くすることが好ましいが、0.03%までのSの含有は許容できる。したがって、S含有量を0.03%以下とする。一方、S含有量は低ければ低いほど良いため、S含有量の下限は特に限定されず、S含有量は0%以上であってよく、0%超であってもよい。しかし、過度の低減は製造コストを増加させるため、製造コストの観点からは、S含有量を0.0002%以上とすることが好ましく、0.0005%以上とすることがより好ましい。
【0038】
Al:0.001〜2.0%
Alは、脱酸剤として作用し、鋼の清浄度を向上させるのに有効な元素である。また、Alは、Siと同様に、Fe系炭化物の形成を抑制する効果があり、上部ベイナイト変態時のセメンタイトの析出を抑制する。これにより、Alは、巻取り後の冷却でのフレッシュマルテンサイトおよび/または残留オーステナイトの生成に寄与する。Al含有量が0.001%未満ではその効果が十分ではないため、Al含有量は0.001%以上とする。一方、Alの過剰な添加は、酸化物系介在物の増加を招き、一様伸びを低下させる。したがって、Al含有量は2.0%以下とする。
【0039】
N:0.01%以下
Nは、窒化物形成元素と結合することにより窒化物として析出し、一般に結晶粒微細化に寄与する。しかし、Nは高温でTiと結合して粗大な窒化物を形成するため、0.01%超の含有は一様伸び低下の原因になる。このため、N含有量を0.01%以下とする。一方、N含有量の下限は特に限定されず、0%であってよいが、Nの添加効果を高めるという観点からは、N含有量を0.0005%以上とすることが好ましく、0.0010%以上とすることがより好ましい。
【0040】
O:0.01%以下
Oは、不純物として鋼中に含有される元素であるが、0.01%以下の含有は許容できる。そのため、O含有量は、0.01%以下、好ましくは0.005%以下とする。一方、O含有量の下限は特に限定されず、O含有量は0%以上であってよく、0%超であってもよい。しかし、過度の低減は製造コストを増加させるため、製造コストの観点からは、O含有量を0.0001%以上とすることが好ましい。
【0041】
B:0.0005〜0.010%
Bは、旧オーステナイト粒界に偏析し、フェライトの生成を抑制することで、上部ベイナイトの生成を促進し、鋼板の強度向上に寄与する元素である。これらの効果を発現させるためには、B含有量を0.0005%以上とする必要がある。そのため、B含有量を0.0005%以上とする。一方、B含有量が0.010%を超えると、上記した効果が飽和する。したがって、B含有量を0.010%以下とする。
【0042】
本発明の一実施形態における高強度鋼板は、上記元素を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる成分組成を有することができる。
【0043】
なお、前記不可避的不純物としては、例えば、Zr、Co、Sn、Zn、およびWが挙げられる。前記成分組成がZr、Co、Sn、Zn、およびWからなる群より選択される少なくとも1つを不可避的不純物として含有する場合、これらの元素の合計含有量を0.5%以下とすることが好ましい。
【0044】
また、本発明の他の実施形態における高強度鋼板の成分組成は、さらに以下に挙げる元素の少なくとも1つを任意に含有することができる。
【0045】
Cr:1.0%以下
Crは炭化物形成元素であり、熱延鋼板巻取り後の上部ベイナイト変態時に、上部ベイナイトと未変態オーステナイトとの間の界面に偏析してベイナイト変態の駆動力を低下させ、上部ベイナイト変態を停留させる効果を有する。上部ベイナイトへの変態が停留することで残存した未変態オーステナイトは、巻取り後の冷却によりフレッシュマルテンサイトおよび/または残留オーステナイトとなる。したがって、Crを添加した場合、Crも所望の面積分率のフレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトの形成に寄与する。しかし、Crは耐食性や塗装前処理性を悪化させる元素であるため、Crを添加する場合、Cr含有量を1.0%以下とする。
【0046】
Mo:1.0%以下
Moは、焼入れ性の向上を通じてベイナイトの形成を促進し、鋼板の強度向上に寄与する。また、Moは、Crと同様に、炭化物形成元素であり、熱延鋼板巻取り後の上部ベイナイト変態時に上部ベイナイトと未変態オーステナイトの界面に偏析することで、ベイナイトの変態駆動力を低下させ、巻取り冷却後のフレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトの生成に寄与する。しかし、Mo含有量が1.0%を超えると、フレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトが過度に生成して一様伸びを悪化させる。したがって、Moを添加する場合、Mo含有量を1.0%以下とする。
【0047】
また、本発明の他の実施形態における高強度鋼板の成分組成は、さらに以下に挙げる元素の少なくとも1つを任意に含有することができる。
【0048】
Cu:2.0%以下
Cuは、固溶して鋼の強度増加に寄与する元素である。また、Cuは、焼入れ性の向上を通じてベイナイトの形成を促進し、強度向上に寄与する。しかし、Cu含有量が2.0%を超えると、熱延鋼板の表面性状の低下を招き、熱延鋼板の疲労特性を劣化させる。したがって、Cuを添加する場合、Cu含有量を2.0%以下とする。
【0049】
Ni:2.0%以下
Niは、固溶して鋼の強度増加に寄与する元素である。また、Niは、焼入れ性の向上を通じてベイナイトの形成を促進し、強度向上に寄与する。しかし、Ni含有量が2.0%を超えると、フレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトが過度に増加して、熱延鋼板の延性を劣化させる。したがって、Niを添加する場合、Ni含有量を2.0%以下とする。
【0050】
Ti:0.3%以下
Tiは、析出強化または固溶強化により鋼板の強度を向上させる作用を有する元素である。Tiは、オーステナイトの高温域で窒化物を形成する。これにより、BNの析出が抑制され、Bが固溶状態になる。したがって、Tiを添加した場合、Tiも上部ベイナイトの生成に必要な焼入れ性の確保に寄与し、強度が向上する。しかし、Ti含有量が0.3%を超えると、Ti窒化物が多量に生成し、一様伸びを低下させる。したがって、Tiを添加する場合、Ti含有量を0.3%以下とする。
【0051】
Nb:0.3%以下
Nbは、析出強化または固溶強化により鋼板の強度を向上させる作用を有する元素である。また、Nbは、Tiと同様に、熱間圧延時のオーステナイトの再結晶温度を上昇させることで、オーステナイト未再結晶域での圧延を可能とし、上部ベイナイトの粒径微細化とフレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトの体積率の増加に寄与する。また、Nbは、Crと同様に、炭化物形成元素であり、熱延鋼板巻取り後の上部ベイナイト変態時に上部ベイナイトと未変態オーステナイトの界面に偏析することで、ベイナイトの変態駆動力を低下させ、未変態オーステナイトを残したまま上部ベイナイト変態を停止させる効果を有する元素である。未変態オーステナイトは、その後冷却されることでフレッシュマルテンサイトおよび/または残留オーステナイトとなる。したがって、Nbを添加した場合、Nbも所望の面積分率のフレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトの形成に寄与する。しかし、Nb含有量が0.3%を超えるとフレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトが過度に増加し、一様伸びが低下する。したがって、Nbを添加する場合、Nb含有量を0.3%以下とする。
【0052】
V:0.3%以下
Vは、析出強化および固溶強化により鋼板の強度を向上させる作用を有する元素である。また、Vは、Tiと同様に、熱間圧延時のオーステナイトの再結晶温度を上昇させることで、オーステナイト未再結晶域での圧延を可能とし、上部ベイナイトの粒径微細化に寄与する。また、Vは、Crと同様に、炭化物形成元素であり、熱延鋼板巻取り後の上部ベイナイト変態時に上部ベイナイトと未変態オーステナイトの界面に偏析することで、ベイナイトの変態駆動力を低下させ、未変態オーステナイトを残したまま上部ベイナイト変態を停止させる効果を有する元素である。未変態オーステナイトは、その後冷却されることでフレッシュマルテンサイトおよび/または残留オーステナイトとなる。したがって、Vを添加した場合、Vも所望の面積分率のフレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトの形成に寄与する。しかし、V含有量が0.3%を超えるとフレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトが過度に増加し、一様伸びが低下する。したがって、Vを添加する場合、V含有量を0.3%以下とする。
【0053】
また、本発明の他の実施形態における高強度鋼板の成分組成は、さらに以下に挙げる元素を任意に含有することができる。
【0054】
Sb:0.005〜0.020%
Sbは、鋼素材(スラブ)を加熱する際に前記鋼素材表面の窒化を抑制する効果を有する元素である。Sbを添加することにより、鋼素材の表層部におけるBNの析出を抑制することができる。その結果残存する固溶Bはベイナイトの生成に必要な焼入れ性の確保と、それによる鋼板の強度向上に寄与する。Sbを添加する場合、前記効果を得るためにSb含有量を0.005%以上とする。一方、Sb含有量が0.020%を超えると、鋼の靭性が低下し、スラブ割れおよび熱間圧延割れを引き起こす場合がある。したがって、Sbを添加する場合、Sb含有量を0.020%以下とする。
【0055】
また、本発明の他の実施形態における高強度鋼板の成分組成は、さらに以下に挙げる元素の少なくとも1つを任意に含有することができる。以下に挙げる元素は、プレス成形性等の特性のさらなる向上に寄与する。
【0056】
Ca:0.01%以下
Caは、酸化物や硫化物系の介在物の形状を制御し、鋼板のせん断端面の割れ抑制および曲げ加工性のさらなる向上に寄与する。しかし、Ca含有量が0.01%を超えると、Ca系介在物が増加して鋼の清浄度が悪化し、かえってせん断端面割れや曲げ加工割れの原因となる場合がある。したがって、Caを添加する場合、Ca含有量を0.01%以下とする。
【0057】
Mg:0.01%以下
Mgは、Caと同様に、酸化物や硫化物系の介在物の形状を制御し、鋼板のせん断端面の割れ抑制および曲げ加工性のさらなる向上に寄与する。しかし、Mg含有量が0.01%を超えると、鋼の清浄度が悪化し、かえってせん断端面割れや曲げ加工割れの原因となる場合がある。したがって、Mgを添加する場合、Mg含有量を0.01%以下とする。
【0058】
REM:0.01%以下
REM(希土類金属)は、Caと同様に、酸化物や硫化物系の介在物の形状を制御し、鋼板のせん断端面の割れ抑制および曲げ加工性のさらなる向上に寄与する。しかし、REM含有量が0.01%を超えると、鋼の清浄度が悪化し、かえってせん断端面割れや曲げ加工割れの原因となる場合がある。したがって、REMを添加する場合、REM含有量を0.01%以下とする。
【0059】
なお、Cr、Mo、Cu、Ni、Ti、Nb、V、Ca、Mg、およびREMの含有量の下限値はとくに限定されず、含有量は0%以上であってよい。
【0060】
MSC:3.0〜4.2質量%
1180MPa以上の高強度を維持しつつ、高い一様伸びを得るためには、後述するように、フレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトの面積分率を適正範囲内に制御する必要がある。フレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトの面積分率の制御には、Mn、Si、Cr(添加する場合)、およびMo(添加する場合)の添加バランスが重要であり、具体的には、下記(1)式で定義されるMSC値を3.0〜4.2質量%とする必要がある。1180MPa以上の引張強度を有する高強度鋼板において、MSC値が前記範囲から外れると、6%以上の一様伸びを得ることができない。MSCは、3.1質量%以上とすることが好ましい。また、MSCは3.7質量%以下とすることが好ましく、3.5質量%以下とすることがより好ましい。
MSC(質量%)=Mn+0.2×Si+1.7×Cr+2.5×Mo…(1)
ここで、上記(1)式における各元素記号は各元素の含有量(質量%)を表し、含有されていない元素の場合は0とする。
【0061】
[ミクロ組織]
次に、本発明の高強度鋼板のミクロ組織の限定理由について説明する。
【0062】
本発明の高強度鋼板は、(1)主相としての、面積分率で70%以上の上部ベイナイトと、(2)合計面積分率で7〜30%のフレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトとを含むミクロ組織を有する。そして、前記残留オーステナイトの面積分率は2%以上である。なお、本明細書において、ミクロ組織の割合を表す「%」は、特に断らない限り面積分率を意味するものとする。
【0063】
上部ベイナイト:70%以上
本発明の高強度鋼板のミクロ組織は、上部ベイナイトを主相として含む。上部ベイナイトの面積分率が70%未満であると、1180MPa以上の引張強度と6%以上の一様伸びを実現することができない。そのため、上部ベイナイトの面積分率を70%以上、好ましくは80%以上とする。上部ベイナイトの面積分率の上限はとくに限定されない。しかし、フレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトの合計面積分率が7%以上であるため、上部ベイナイトの面積分率は93%以下であってよい。
【0064】
フレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイト:7〜30%
本発明の高強度鋼板のミクロ組織は、フレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトを含む。フレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトの合計面積分率が7%未満であると、1180MPa以上の引張強度と6%以上の一様伸びを実現することができない。そのため、フレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトの合計面積分率を7%以上とする。一方、前記合計面積分率が30%を超えると、フレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトと主相との界面で生成するボイドの合体成長が促進され、一様伸びが低下する。そのため、前記合計面積分率は30%以下、好ましくは20%以下、より好ましくは16%以下とする。
【0065】
残留オーステナイト:2%以上
フレッシュマルテンサイトは、加工硬化を促進して塑性不安定(plastic instability)の開始を遅らせることにより一様伸びを向上させる効果を有している。しかし、引張強度が1180MPa以上の高強度鋼板において6%以上の一様伸びを得るには、フレッシュマルテンサイトのみでは不十分であり、残留オーステナイトを2%以上含有させることが必要となる。そのため、残留オーステナイトの面積分率を2%以上とする。
【0066】
すなわち、1180MPa以上の引張強度と6%以上の一様伸びは、フレッシュマルテンサイトの加工硬化向上能と、残留オーステナイトの加工誘起変態(TRIP)効果によるひずみ分散能を組み合わせることによってはじめて達成することができる。
【0067】
上記ミクロ組織は、上部ベイナイト、フレッシュマルテンサイト、および残留オーステナイト以外の任意の組織(以下、「その他の組織」という)をさらに含有することができる。しかし、ミクロ組織制御の効果を高めるという観点からは、前記その他の組織の合計面積分率を3%以下とすることが好ましい。言い換えると、上記ミクロ組織における上部ベイナイト、フレッシュマルテンサイト、および残留オーステナイトの合計面積分率を97%以上とすることが好ましい。前記その他の組織としては、例えば、セメンタイト、パーライト、焼き戻しマルテンサイト、および下部ベイナイトなどが挙げられる。
【0068】
したがって、本発明の一実施形態における高強度鋼板は、
(1)主相としての上部ベイナイト:70〜93%、
(2)フレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイト:合計7〜30%、および
(3)上部ベイナイト、フレッシュマルテンサイト、および残留オーステナイト以外の組織:合計0〜3%、からなり、
前記残留オーステナイトの面積分率が2%以上であるミクロ組織を有することができる。
【0069】
[機械的特性]
一様伸び:6%以上
引張強度:1180MPa以上
上述したように、本発明の高強度鋼板は、1180MPa以上の引張強度と6%以上の一様伸びを兼ね備えている。そのため、本発明の高強度鋼板は、引張強度が高いにもかかわらず、プレス成形性に優れており、ネッキングや割れ等の成形不良を生じることなくプレス成形することができる。引張強度の上限はとくに限定されないが、過度に引張強度を高めると、6%以上の一様伸びを確保することが難しくなる。そのため、引張強度は1500MPa以下とすることが好ましく、1400MPa以下とすることがより好ましい。また、一様伸びの上限もとくに限定されないが、過度に一様伸びを高めると、1180MPa以上の引張強度を確保することが難しくなる。そのため、一様伸びは10%以下とすることが好ましく、9.5%以下とすることがより好ましい。
【0070】
[製造方法]
次に、本発明の一実施形態における高強度鋼板の製造方法について説明する。なお、以下の説明における温度は、とくに断らない限り、対象物(鋼素材または鋼板)の表面温度を表すものとする。
【0071】
本発明の高強度鋼板は、鋼素材に対して、下記(1)〜(5)の処理を順次施すことにより製造することができる。以下、各工程について説明する。
(1)加熱
(2)熱間圧延
(3)冷却(第1の冷却)
(4)巻取り
(5)冷却(第2の冷却)
【0072】
(鋼素材)
上記鋼素材としては、上述した成分組成を有するものであれば任意のものを用いることができる。最終的に得られる厚鋼板の成分組成は、使用した鋼素材の成分組成と同じである。前記鋼素材としては、例えば、鋼スラブを用いることができる。
【0073】
前記鋼素材の製造方法は、特に限定されない。例えば、上記成分組成を有する溶鋼を、転炉等の公知の方法で溶製し、連続鋳造等の鋳造方法で鋼素材を得ることができる。造塊−分塊圧延方法など、連続鋳造法以外の方法を用いることもできる。また、原料としてスクラップを使用しても構わない。前記鋼素材は、連続鋳造法などの方法によって製造された後、直接、次の加熱工程に供してもよく、また、冷却して温片または冷片となった鋼素材を加熱工程に供してもよい。
【0074】
(加熱)
加熱温度:1150℃以上
まず、前記鋼素材を、1150℃以上の加熱温度に加熱する。通常、鋼素材中では、Tiなどの炭窒化物形成元素のほとんどが、粗大な炭窒化物として存在している。この粗大で不均一な析出物の存在は、一般的にトラック用、乗用車用部品向けの高強度鋼板に求められる諸特性(例えば、耐せん断端面割れ性、曲げ加工性、バーリング加工性など)の悪化を招く。そのため、熱間圧延に先だって鋼素材を加熱し、粗大な析出物を固溶する必要がある。
【0075】
具体的には、粗大な析出物を十分に固溶させるためには、鋼素材の加熱温度を1150℃以上とする必要がある。そのため、鋼素材の加熱温度を1150℃以上、好ましくは1180℃以上、より好ましくは1200℃以上とする。一方、鋼素材の加熱温度が高くなりすぎるとスラブ疵の発生や、スケールオフによる歩留まり低下を招く。そのため、歩留まりの向上という観点からは、鋼素材の加熱温度を1350℃以下とすることが好ましい。前記加熱温度は、1300℃以下とすることがより好ましく、1280℃以下とすることがさらに好ましい。
【0076】
前記加熱においては、鋼素材の温度を均一化するという観点からは、鋼素材を前記加熱温度まで昇温した後、当該加熱温度に保持することが好ましい。加熱温度に保持する時間(保持時間)は特に限定されないが、鋼素材の温度の均一性を高めるという観点からは、1800秒以上とすることが好ましい。一方、保持時間が10000秒を超えると、スケール発生量が増大する。その結果、続く熱間圧延においてスケール噛み込み等が発生し易くなり、表面疵不良による歩留まりの低下を招く。そのため、前記保持時間は10000秒以下とすることが好ましく、8000秒以下とすることが好ましい。
【0077】
(熱間圧延)
次いで、加熱された前記鋼素材を熱間圧延して熱延鋼板とする。前記熱間圧延は、粗圧延と仕上圧延とからなるものであってよい。粗圧延を行う場合、その条件は特に限定されない。また、粗圧延後、表面スケールを除去するために、仕上げ圧延に先立って高圧水デスケーリングを行うことが好ましい。なお、仕上圧延においてスタンド間でデスケーリングを行ってもよい。
【0078】
仕上圧延終了温度:(RC−50℃)以上、(RC+150℃)以下
前記熱間圧延は、仕上圧延終了温度:(RC−50℃)以上、(RC+150℃)以下の条件で実施する。仕上圧延終了温度が(RC−50℃)未満であると、転位密度の高い状態のオーステナイトからベイナイト変態が生じることになる。転位密度の高い状態のオーステナイトから変態した上部ベイナイトは転位密度が高く延性に乏しいので、一様伸びが低下する。また、圧延終了温度が低く、フェライト+オーステナイトの二相域温度で圧延が行われた場合にも、一様伸びが低下する。そのため、仕上圧延終了温度は(RC−50℃)以上とする。一方、仕上圧延終了温度が(RC+150℃)より高いと、オーステナイト粒が粗大化し、上部ベイナイトの平均粒径が大きくなるため、強度が低下する。また、フレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトも粗大となり、その結果、一様伸びが低下する。そのため、仕上圧延終了温度は(RC+150℃)以下とする。
【0079】
なお、RCは成分組成から推定されるオーステナイト再結晶下限温度であり、下記(2)式で定義される。
RC(℃) = 800 + 100×C + 100×N + 10×Mn + 700×Ti + 5000×B + 10×Cr + 50×Mo + 2000×Nb + 150×V …(2)
ここで、上記(2)式における各元素記号は各元素の含有量(質量%)を表し、含有されていない元素の場合は0とする。
【0080】
(冷却)
冷却開始時間:2.0s以下
次いで、前記熱延鋼板を冷却する(第1の冷却)。その際、前記熱間圧延終了から前記冷却開始までの時間(冷却開始時間)を2.0s以下とする。冷却開始時間が2.0sを超えると、オーステナイト粒の粒成長が生じ、1180MPa以上の引張強度を確保できない。前記冷却開始時間は、1.5s以下とすることが好ましい。一方、前記冷却開始時間は、短ければ短いほどよいため、0s以上であってよい。
【0081】
平均冷却速度:5℃/s以上
前記冷却における平均冷却速度が、5℃/s未満であると、上部ベイナイト変態の前にフェライト変態が起こり、所望の面積分率の上部ベイナイトが得られない。したがって、平均冷却速度を5℃/s以上、好ましくは20℃/s以上、より好ましくは50℃/s以上とする。一方、平均冷却速度の上限は特に限定されないが、平均冷却速度が大きくなりすぎると、冷却停止温度の管理が困難となる。そのため、平均冷却速度は200℃/s以下とすることが好ましく、150℃/s以下とすることがより好ましい。なお、前記平均冷却速度は、鋼板の表面における平均冷却速度をもとに規定される。
【0082】
前記冷却においては、上記平均冷却速度となるよう強制冷却を行えばよい。前記冷却の方法は特に限定されないが、例えば、水冷によって行うことが好ましい。
【0083】
冷却停止温度:Trs以上、(Trs+250℃)以下
冷却停止温度がTrs未満であると、ミクロ組織が焼戻しマルテンサイトまたは下部ベイナイトとなる。焼戻しマルテンサイトおよび下部ベイナイトは、いずれも高強度の組織であるが、一様伸びが著しく低い。そのため、冷却停止温度はTrs以上とする。一方、冷却停止温度が(Trs+250℃)より高いと、フェライトが生成するため、1180MPaの引張強度が得られない。そのため冷却停止温度は(Trs+250℃)以下とする。
【0084】
なお、前記Trsは下記(3)式で定義される。
Trs(℃) = 500 - 450×C - 35×Mn - 15×Cr - 10×Ni - 20×Mo …(3)
ここで、上記(3)式における各元素記号は各元素の含有量(質量%)を表し、含有されていない元素の場合は0とする。
【0085】
(巻取り)
巻取り温度:Trs以上、(Trs+250℃)以下
次いで、前記冷却後の熱延鋼板を、巻取り温度:Trs以上、(Trs+250℃)以下の条件で巻取る。巻取り温度がTrs未満であると、巻取り後にマルテンサイト変態または下部ベイナイト変態が進行し、所望のフレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトが得られない。そのため、巻取り温度はTrs以上とする。一方、巻取り温度が(Trs+250℃)より高いと、フェライトが生成するため、1180MPaの引張強度が得られない。そのため巻取り温度は(Trs+250℃)以下とする。
【0086】
(冷却)
平均冷却速度:20℃/s以下
前記巻取り後、さらに20℃/s以下の平均冷却速度で100℃以下まで冷却する(第2の冷却)。前記平均冷却速度は、フレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトの生成に影響を及ぼす。前記平均冷却速度が20℃/sを超えると、未変態オーステナイトがほとんどマルテンサイト変態し、所望の残留オーステナイトが得られず、一様伸びが低下する。そのため、前記平均冷却速度を20℃/s以下、好ましくは2℃/s以下、より好ましくは0.02℃/s以下とする。一方、上記平均冷却速度の下限は特に限定されないが、0.0001℃/s以上が好ましい。
【0087】
前記冷却は、100℃以下の任意の温度まで行うことができるが、10〜30℃程度(例えば室温)まで冷却することが好ましい。なお、前記冷却は、任意の形態で行うことができ、例えば、巻取られたコイルの状態で行ってもよい。
【0088】
以上の手順により、本発明の高強度鋼板を製造することができる。なお、巻取りとそれに続く冷却の後には、常法にしたがい、調質圧延を施してもよく、また、酸洗を施して表面に形成されたスケールを除去してもよい。
【実施例】
【0089】
表1に示す組成の溶鋼を転炉で溶製し、連続鋳造法により鋼素材としての鋼スラブを製造した。得られた鋼素材を、表2に示す加熱温度に加熱し、次いで、前記加熱後の鋼素材に、粗圧延と仕上圧延からなる熱間圧延を施して熱延鋼板とした。前記熱間圧延における仕上げ圧延終了温度は表2に示したとおりとした。
【0090】
次に、得られた熱延鋼板を、表2に示した平均冷却速度および冷却停止温度の条件で冷却した。前記冷却後の熱延鋼板を表2に示した巻取温度で巻取り、巻取られた鋼板を表2に示した平均冷却速度で冷却し、高強度鋼板を得た。なお、前記冷却後には、後処理としてスキンパス圧延および酸洗を行った。前記酸洗は、濃度10質量%の塩酸水溶液を使用し、温度85℃で実施した。
【0091】
得られた高強度鋼板から試験片を採取し、以下に述べる手順でミクロ組織および機械的特性を評価した。
【0092】
(ミクロ組織)
得られた高強度鋼板から、圧延方向に平行な板厚断面が観察面となるよう、ミクロ組織観察用試験片を採取した。得られた試験片の表面を研磨し、さらに腐食液(3質量%ナイタール溶液)を用いて表面を腐食させることによりミクロ組織を現出させた。
【0093】
次いで、前記試験片の板厚1/4位置における表面を、走査電子顕微鏡(SEM)を用い、5000倍の倍率で10視野撮影してミクロ組織のSEM画像を得た。前記SEM画像を画像処理により解析し、上部ベイナイト(UB)、ポリゴナルフェライト(F)、および焼戻しマルテンサイト(TM)の面積分率を定量化した。また、フレッシュマルテンサイト(M)と残留オーステナイト(γ)はSEMでは区別が困難なため、電子線反射回折(Electron Backscatter Diffraction Patterns:EBSD)法を用いて同定し、それぞれの面積分率を求めた。測定された各ミクロ組織の面積分率を表3に示す。なお、表3には、フレッシュマルテンサイトと残留オーステナイトの合計面積分率(M+γ)も併記した。
【0094】
(引張試験)
得られた高強度鋼板から、引張方向が圧延方向と直角方向になるようにJIS5号試験片(標線間距離(gage length、GL):50mm)を採取した。前記試験片を用い、JIS Z 2241の規定に準拠して引張試験を行い、降伏強度(降伏点、YP)、引張強度(TS)、全伸び(El)、一様伸び(u−El)を求めた。前記引張試験は、各高強度鋼板につき2回行い、得られた測定値の平均をその高強度鋼板の機械特性として表3に示した。本発明においては、TSが1180MPa以上の場合、高強度と評価し、一様伸び6%以上をプレス成形性が良好と評価した。
【0095】
【表1】
【0096】
【表2】
【0097】
【表3】
所定の成分からなり、MSCが3.0〜4.2質量%である成分組成を有し、主相としての、面積分率で70%以上の上部ベイナイトと、合計面積分率で7〜30%のフレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトとを含み、かつ、前記残留オーステナイトの面積分率が2%以上であるミクロ組織を有し、一様伸びが6%以上、引張強度が1180MPa以上である機械的特性を有する、高強度鋼板。