(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記結晶粒の粒界は、CSL粒界と、一般粒界とを含み、CSL粒界のうちΣ3型結晶粒界の長さは、CSL粒界を構成するΣ3型結晶粒界、Σ5型結晶粒界、Σ7型結晶粒界、Σ9型結晶粒界、Σ11型結晶粒界、Σ13型結晶粒界、Σ15型結晶粒界、Σ17型結晶粒界、Σ19型結晶粒界、Σ21型結晶粒界、Σ23型結晶粒界、Σ25型結晶粒界、Σ27型結晶粒界およびΣ29型結晶粒界のそれぞれの長さの総計であるΣ3−29型結晶粒界の長さの50%未満である、請求項1に記載の表面被覆切削工具。
前記硬質層は、ナノインデンテーション法による押し込み硬さが30GPa以上40GPa以下である、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の表面被覆切削工具。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[本発明の実施形態の説明]
最初に本発明の実施態様を列記して説明する。
【0014】
[1]本発明の一態様に係る表面被覆切削工具は、基材と、該基材上に形成された被膜とを備える表面被覆切削工具であって、被膜は、硬質層を含み、硬質層は、塩化ナトリウム型の結晶構造を有する複数の結晶粒を含み、結晶粒は、Al
xTi
1-xの窒化物または炭窒化物からなる第1層と、Al
yTi
1-yの窒化物または炭窒化物(ただしx≠y)からなる第2層とが交互に積層された積層構造を有し、隣り合う第1層と第2層との厚みの合計は、3nm以上40nm以下であり、硬質層のうち基材の表面に平行な面に対し、電子線後方散乱回折装置を用いて複数の結晶粒の結晶方位をそれぞれ解析することにより、結晶粒の結晶面である(111)面に対する法線方向と基材の表面に対する法線方向との交差角を測定した場合に、交差角が0度以上10度未満となる結晶粒の面積比率が40%以上である。
【0015】
上記表面被覆切削工具によれば、高い耐チッピング性を示しつつ、特に高い耐摩耗性を示すことができ、もって長寿命を実現することができる。
【0016】
[2]上記表面被覆切削工具において、結晶粒の粒界は、CSL粒界と、一般粒界とを含み、CSL粒界のうちΣ3型結晶粒界の長さは、CSL粒界を構成するΣ3型結晶粒界、Σ5型結晶粒界、Σ7型結晶粒界、Σ9型結晶粒界、Σ11型結晶粒界、Σ13型結晶粒界、Σ15型結晶粒界、Σ17型結晶粒界、Σ19型結晶粒界、Σ21型結晶粒界、Σ23型結晶粒界、Σ25型結晶粒界、Σ27型結晶粒界およびΣ29型結晶粒界のそれぞれの長さの総計であるΣ3−29型結晶粒界の長さの50%未満である。これにより、過度な双晶粒形成による組織の粗大化を抑制し、微粒で機械特性に優れる硬質層となる。
【0017】
[3]上記表面被覆切削工具において、結晶粒は1μm以下の粒径を有する。これにより、表面被覆切削工具の硬度がさらに向上する。
【0018】
[4]上記表面被覆切削工具において硬質層は、1μm以上15μm以下の厚みを有する。これにより、表面被覆切削工具の耐摩耗性を維持しつつ耐チッピング性を向上させることができる。
【0019】
[5]上記表面被覆切削工具において硬質層は、ナノインデンテーション法による押し込み硬さが30GPa以上40GPa以下である。これにより表面被覆切削工具の耐摩耗性がさらに向上する。
【0020】
[6]上記表面被覆切削工具において、硬質層は、圧縮残留応力の絶対値が0.5GPa以上3.0GPa以下である。これにより表面被覆切削工具の靱性がさらに向上する。
【0021】
[7]本発明の一態様に係る表面被覆切削工具の製造方法は、上記の表面被覆切削工具の製造方法であって、基材を準備する第1工程と、硬質層をCVD法を用いて形成する第2工程とを含み、第2工程は、AlCl
3ガスおよびTiCl
4ガスの両方またはいずれか一方の流量を変調させる工程を含む。
【0022】
上記製造方法によれば、高い耐チッピング性を示しつつ、特に高い耐摩耗性を示すことができ、もって長寿命を実現することができる表面被覆切削工具を製造することができる。
【0023】
[本発明の実施形態の詳細]
以下、実施形態について説明する。以下の実施形態の説明に用いられる図面において、同一の参照符号は、同一部分または相当部分を表わす。
【0024】
ここで、本明細書において「A〜B」という形式の表記は、範囲の上限下限(すなわちA以上B以下)を意味し、Aにおいて単位の記載がなく、Bにおいてのみ単位が記載されている場合、Aの単位とBの単位とは同じである。また、本明細書において化合物などを化学式で表す場合、原子比を特に限定しないときは従来公知のあらゆる原子比を含むものとし、必ずしも化学量論的範囲のものに限定されるものではない。たとえば「TiAlN」と記載されている場合、TiAlNを構成する原子数の比はTi:Al:N=0.5:0.5:1に限られず、従来公知のあらゆる原子比が含まれる。
【0025】
≪表面被覆切削工具≫
本実施形態に係る表面被覆切削工具は、基材と、該基材上に形成された被膜とを備える。被膜は、基材の全面を被覆することが好ましい。しかしながら、基材の一部がこの被膜で被覆されていなかったり被膜の構成が部分的に異なっていたりしていたとしても、本発明の範囲を逸脱するものではない。
【0026】
図1は、表面被覆切削工具における被膜の断面の顕微鏡像を捕えた写真である。
図1においては、基材10上に被膜20が設けられており、被膜20は硬質層から構成されている。
【0027】
本実施形態に係る表面被覆切削工具は、高い耐チッピング性を示しつつ、特に高い耐摩耗性を示すことができる。このため、高硬度に基づいた高い耐摩耗性と、優れた靱性に基づいた高い耐チッピング性とを発揮することができ、もって長寿命を実現することができる。したがって、ドリル、エンドミル、ドリル用刃先交換型切削チップ、エンドミル用刃先交換型切削チップ、フライス加工用刃先交換型切削チップ、旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップなどの切削工具として好適に使用することができる。
【0028】
≪基材≫
基材は、この種の基材として従来公知のものであればいずれも使用することができる。たとえば、超硬合金(たとえば、WC基超硬合金、WCのほか、Coを含み、あるいはTi、Ta、Nbなどの炭窒化物を添加したものも含む)、サーメット(TiC、TiN、TiCNなどを主成分とするもの)、高速度鋼、セラミックス(炭化チタン、炭化ケイ素、窒化ケイ素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウムなど)、立方晶型窒化ホウ素焼結体、またはダイヤモンド焼結体のいずれかであることが好ましい。
【0029】
これらの各種基材の中でも超硬合金、特にWC基超硬合金、またはサーメット(特にTiCN基サーメット)を選択することが好ましい。これらの基材は、特に高温における硬度と強度のバランスに優れ、上記用途の表面被覆切削工具の基材として優れた特性を有している。
【0030】
表面被覆切削工具が刃先交換型切削チップなどである場合、基材は、チップブレーカーを有するものも、有さないものも含まれる。刃先稜線部の形状は、シャープエッジ(すくい面と逃げ面とが交差する稜)、ホーニング(シャープエッジに対してアールを付与したもの)、ネガランド(面取りをしたもの)、ホーニングとネガランドを組み合わせたものの中で、いずれのものも含まれる。
【0031】
≪被膜≫
本実施形態において被膜は、硬質層を含む。この硬質層は、当該被膜中に1層または2層以上含まれることができる。また硬質層以外の他の層を含んでもよいことはいうまでもない。
【0032】
被膜の厚みは好ましくは1〜15μmである。被膜の厚みがこの範囲であることにより、硬質層の耐摩耗性を維持しつつ耐チッピング性を向上させる効果をはじめとする被膜の特性を好適に発揮することができる。被膜の厚みが1μm未満であると硬度が低下する傾向があり、15μmを超えると切削加工時に被膜が基材から剥離し易くなる。被膜の総厚は、その特性を向上させる観点から好ましくは3〜7.5μmである。
【0033】
被膜の厚みは、たとえば基材の表面の法線方向に平行な断面サンプルを得て、このサンプルを走査透過型電子顕微鏡(STEM:Scanning Transmission Electron Microscopy)で観察することにより測定される。このようなSTEMを用いた測定方法としては、STEM高角度散乱暗視野法(HAADF−STEM:High-Angle Annular Dark-field Scanning Transmission Electron Microscopy)を挙げることができる。
【0034】
なお本明細書において「厚み」といった場合、その厚みは平均厚みを意味する。具体的には、断面サンプルの観察倍率を5000〜10000倍とし、観察面積を100〜500μm
2として、1視野において10箇所の厚み幅を測定し、その平均値を「厚み」とする。後述の各層の厚みについても、特に記載のない限り同様である。
【0035】
<硬質層>
(結晶粒の結晶構造)
硬質層は、塩化ナトリウム型の結晶構造を有する複数の結晶粒を含む。硬質層に含まれる結晶粒が塩化ナトリウム型の結晶構造を有していることは、X線回折装置、SEM−EBSD装置、TEM分析装置などを用いて確認することができる。
【0036】
硬質層においては、上記の分析装置の観察領域(100μm×100μm)中に確認される複数の結晶粒のうち、50面積%以上の結晶粒が塩化ナトリウム型の結晶構造を有していることが好ましい。硬質層の硬度を高める観点からは、硬質層に含まれる結晶粒の全てが塩化ナトリウム型であることが好ましい。
【0037】
(結晶粒の積層構造)
硬質層に含まれる結晶粒は、Al
xTi
1-xの窒化物または炭窒化物からなる第1層と、Al
yTi
1-yの窒化物または炭窒化物(ただし、x≠y)からなる第2層とが交互に1層以上積層された積層構造を有している。第1層および第2層の組成は、窒化物または炭窒化物のいずれでもよい。ただし、第1層の組成が窒化物となる場合、第2層の組成も窒化物となる。第1層の組成が炭窒化物となる場合、第2層の組成も炭窒化物となる。
【0038】
より詳細には、硬質層に含まれる結晶粒は、それぞれAlTiの窒化物または炭窒化物の単結晶または双晶であって、この単結晶または双晶の内部でAlの原子比が変動している。この変動は周期的であって、連続的または段階的である。これにより、硬質層に含まれる結晶粒は、所定の界面に微小な歪が生じ、この歪に基づいて異なった層として区別され得る第1層および第2層からなる積層構造が形成されることとなる。そして、この歪によって結晶粒の硬度が向上する。
【0039】
図2は、
図1の鎖線囲い部分を拡大して示す写真である。
図2において、白色(淡色)領域は黒色(濃色)領域と比してTiの原子比が多い領域である。すなわち、
図2から、硬質層において、Tiリッチな白色領域とAlリッチな黒色領域が交互に存在することが理解される。
【0040】
結晶粒が双晶の結晶構造を有する場合、この双晶中の結晶構造においてΣ3型結晶粒界が線対称軸として存在し、この軸の両側に上述の積層構造が存在していることがより好ましい。この場合、積層構造を長期にわたって安定的に成長させることができる。
【0041】
さらに、第1層のAlの原子比xは、各第1層中で0.6以上1未満の範囲で変動し、第2層のAlの原子比yは、各第2層中で0.45以上0.6未満の範囲で変動することが好ましい。すなわち、硬質層に含まれる結晶粒は、Alの原子比が高い割合を維持して変動する第1層と、この第1層に比べAlの原子比が相対的に低い割合を維持して変動する第2層とが、交互に配置される積層構造を有していることが好ましい。
【0042】
第1層のAlの原子比xは、0.6未満となることはない。原子比xが0.6未満であれば、もはや第2層のAlの原子比yであるというべきだからである。原子比yが0.6以上となることがないことも同じ理由に基づく。原子比xは、第1層がTiを含むため1となることもない。一方で、高い耐摩耗性を保ちつつ靭性を向上させる観点から、原子比yは0.45以上となる。原子比yが0.45未満となると、Al量の低下に起因して耐酸化性が劣るようになり、被膜の酸化に伴う靱性の低下が起こりやすくなる。
【0043】
原子比xおよび原子比yは、硬質層において基材の表面の法線方向に平行な断面サンプルを得て、この断面サンプルに現われた結晶粒に対してSEMまたはTEM付帯のエネルギー分散型X線分析(EDX:Energy Dispersive X-ray spectroscopy)装置を用いて分析することにより、その分析位置での原子比を算出することができる。さらに、上記EDXを用いた分析を繰り返し行なうことにより、原子比xおよび原子比yを算出する対象を該断面サンプルの全面に拡大することができ、故に硬質層の任意の箇所における原子比xおよび原子比yを特定することができる。
【0044】
さらに、原子比xと原子比yとは、その差の最大値が0.05以上0.5以下となることが好ましい。さらに好ましい原子比xと原子比yとの差の最大値は、0.15以上0.5以下である。原子比xと原子比yとの差の最大値が0.05未満となると、結晶粒内の歪みが小さくなるため、結晶粒の硬度が低下する傾向がある。一方でその差の最大値が0.5を超えると、結晶粒内の歪みが大きすぎ、格子欠陥が大きくなるので、結晶粒の硬度が低下する傾向がある。
【0045】
原子比xと原子比yとの差の最大値は、上述の方法で原子比xおよび原子比yの値を断面サンプルに基づいて算出したとき、算出されたすべての原子比xの値のうちの最大値と、算出されたすべての原子比yの値のうちの最小値との差を求めたときに得られる値をいう。すなわち硬質層の全体を対象にし、その中から選んだ原子比xの最大値と、原子比yの最小値との差を求めたときに得られる値と同義となる。
【0046】
(隣り合う第1層および第2層の厚みの合計)
本実施形態において、隣り合う第1層と第2層との厚みの合計(以下、「積層周期」とも称する)は、3〜40nmである。このような厚みで第1層と第2層とからなる積層構造を有することにより、結晶粒は高硬度となり、かつ靱性が向上する。この厚みが40nmを超えると、結晶粒がウルツ鉱型結晶構造へ相転移することにより硬度が低下する傾向があり、耐摩耗性に悪影響が及ぶ。隣り合う第1層と第2層との厚みの合計は、好ましくは7〜38nmである。
【0047】
隣り合う第1層と第2層とは、少なくとも1組が3〜40nmの厚みを有していればよい。しかしながら、隣り合う第1層と第2層とのすべての組が3〜40nmの厚みを有することより、耐チッピング性に優れた被膜を安定して作製することができる点で好ましい。
【0048】
隣り合う第1層と第2層との厚みの合計は、たとえば、任意の箇所(好ましくは刃先稜線部近傍)の断面サンプルを得て、その断面に現われた10の結晶粒において、それぞれ10組の隣り合う第1層と第2層の厚みの合計を測定し、その平均値を該厚みの合計として表すことができる。このとき、観察倍率を500000倍とし、観察面積を0.1μm
2程度として1視野に1個の結晶粒が現れるように調節する。これを10回以上繰り返して行うことにより、平均値を算出するのに十分な数の「隣り合う第1層と第2層との厚みの合計」を測定することができる。
【0049】
(結晶粒の配向性)
硬質層において、硬質層のうち基材の表面に平行な面に対し、電子線後方散乱回折(EBSD:Electron Back Scatter Diffraction)装置を用いて複数の結晶粒の結晶方位をそれぞれ解析することにより、結晶粒の結晶面である(111)面に対する法線方向と基材の表面に対する法線方向との交差角を測定した場合に、交差角が0度以上10度未満となる結晶粒の面積比率が40%以上である。硬質層がこれを満たす場合に、硬質層は硬度に特に優れることとなり、もって表面被覆切削工具の優れた耐摩耗性に寄与することができる。上記面積比率の上限値は特に限定されず、硬度の向上の観点からは100%が好ましい。
【0050】
上記面積比率は、具体的には次のようにして求めることができる。まず、硬質層を後述の製造方法に基づいて基材上に成膜させる。次に、成膜された硬質層の表面(基材側に位置する面の反対側の面)に平行な面であって、表面から深さ方向に対して、その厚みが0.1〜0.5μmとなる領域に位置する硬質層を除去して得られる新たな表面である加工面を作製する。硬質層の表面近傍は結晶粒のばらつきが大きく、硬質層の特徴を特定すべき位置として不適切なためである。加工位置に関しては、硬質層の任意の位置とすることができる。
【0051】
上記の加工面の好適な作製方法としては、FIB(Focused Ion Beam)を用いたFIB加工が挙げられる。これにより、基材の表面に平行であり、かつ後述のEBSD解析に適した加工面が得られる。加工面の作製方法はFIB加工に限られないが、少なくとも、FIB加工により作製される加工面に準じた測定面が作製可能な方法であることが好ましい。また、硬質層上に表面層等の他の層が形成されている場合には、研磨加工等により他の層を除去して硬質層を露出させた後に、上記FIB加工を実施することが好ましい。
【0052】
次に、上記加工面を測定対象面とし、EBSDを備えたFE−SEMを用いて観察し、得られた観察画像に対してEBSD解析を行う。この観察は、集束電子ビームを観察画像の各ピクセル上へ個別に配置し、順にEBSDデータを収集することによって行なうことができる。なお観察位置は、特に限定されないが、切削特性との関係を考慮すると刃先稜線部近傍を観察することが好ましい。
【0053】
EBSD装置は、後方散乱電子によって発生する菊池回折パターンの自動分析に基づき、結晶粒が配向する結晶方位、およびこの結晶方位が測定対象面の法線方向(すなわち基材の表面の法線方向)に対してどの程度の角度で交差しているのか(交差角)を測定することができる。これを利用し、上記装置を用いて測定対象面を撮影して、撮影画像の各ピクセルにおける(111)面に対する法線方向と基材の表面に対する法線方向との交差角を測定する。
【0054】
上記測定は、測定対象面の法線を入射ビームに対して70°傾斜させ、15kVにて分析を行なう。帯電効果を避けるために、10Paの圧力を印加する。開口径60μmまたは120μmと合わせて高電流モードを用いる。データ収集は、測定対象面のうち50×30μmの面領域に相当する500×300ピクセルについて、0.1μm/ステップのステップにて行なう。そして、以下のような交差角範囲毎にピクセルを区分けして、グループ1〜18を構築する。
【0055】
グループ1:交差角が0度以上5度未満
グループ2:交差角が5度以上10度未満
グループ3:交差角が10度以上15度未満
グループ4:交差角が15度以上20度未満
グループ5:交差角が20度以上25度未満
グループ6:交差角が25度以上30度未満
グループ7:交差角が30度以上35度未満
グループ8:交差角が35度以上40度未満
グループ9:交差角が40度以上45度未満
グループ10:交差角が45度以上50度未満
グループ11:交差角が50度以上55度未満
グループ12:交差角が55度以上60度未満
グループ13:交差角が60度以上65度未満
グループ14:交差角が65度以上70度未満
グループ15:交差角が70度以上75度未満
グループ16:交差角が75度以上80度未満
グループ17:交差角が80度以上85度未満
グループ18:交差角が85度以上90度未満。
【0056】
次に、グループ1〜18のそれぞれにおいてピクセルの数の和である度数を算出して、交差角の度数分布を算出する。すなわち「度数」は、測定対象面に表れた全ての結晶粒を交差角毎にグループ1〜18に区分けした場合の、各グループの結晶粒の面積の和に相当する。グループ分けおよび交差角の度数分布の算出は、たとえば市販のソフトウェア(「Orientation Imaging Microscopy Ver 6.2」、EDAX社製)を用いて行なうことができる。
【0057】
上述の方法に従って算出された度数分布において、グループ1〜2の度数の合計は、全グループの度数の合計の40%以上である。このような硬質層は極めて高い硬度を有することができるために、被膜の耐摩耗性を向上させることができる。グループ1〜2の度数の合計は、全グループの度数の合計の好ましくは50%以上であり、より好ましくは60%以上である。
【0058】
交差角の度数分布を表したグラフの一例を
図3に示す。このグラフの横軸は、結晶粒を区分けした18のグループを表し、縦軸は度数である。
図3に示す例では、グループ1〜2の度数の合計は、全グループの度数の合計の59.8%となる。
【0059】
(結晶粒の粒界)
硬質層に含まれる複数の結晶粒間には、結晶粒の粒界である「結晶粒界」が存在する。特に、硬質層に含まれる結晶粒の結晶粒界は、CSL粒界(対応格子結晶粒界)と一般粒界とを含み、CSL粒界のうちΣ3型結晶粒界の長さは、CSL粒界を構成するΣ3型結晶粒界、Σ5型結晶粒界、Σ7型結晶粒界、Σ9型結晶粒界、Σ11型結晶粒界、Σ13型結晶粒界、Σ15型結晶粒界、Σ17型結晶粒界、Σ19型結晶粒界、Σ21型結晶粒界、Σ23型結晶粒界、Σ25型結晶粒界、Σ27型結晶粒界およびΣ29型結晶粒界のそれぞれの長さの総計であるΣ3−29型結晶粒界の長さの50%未満であることが好ましい。
【0060】
ここでCSL粒界とは、多重度インデックス(multiplicity index)Σによって特徴付けられ、結晶粒界で接している2つの結晶粒の結晶格子部位密度と、両結晶格子を重ね合わせた場合に対応する部位の密度との比率として定義される。単純な構造の場合、低Σ値の結晶粒界は、低界面エネルギーおよび特殊な特性を有する傾向にあることが一般的に認められている。したがって、特殊結晶粒界の割合およびCSLモデルから推定される結晶粒方位差の分布の制御は、セラミック被膜の特性およびこれらの特性を向上させる方法にとって重要であると考えられる。
【0061】
本明細書において、CSL粒界は、Σ3型結晶粒界、Σ5型結晶粒界、Σ7型結晶粒界、Σ9型結晶粒界、Σ11型結晶粒界、Σ13型結晶粒界、Σ15型結晶粒界、Σ17型結晶粒界、Σ19型結晶粒界、Σ21型結晶粒界、Σ23型結晶粒界、Σ25型結晶粒界、Σ27型結晶粒界およびΣ29型結晶粒界からなる。ただし、上記のEBSDで観察した場合に、Σ3型結晶粒界以外のいずれか1以上の結晶粒界が観察されない場合でも本実施形態の効果を示す限り本実施形態の範囲を逸脱するものではない。一般粒界は、CSL結晶粒界以外の結晶粒界である。よって、一般粒界とは、硬質層の断面をEBSDで観察した場合の結晶粒の全粒界からCSL粒界を除いた残余部分となる。
【0062】
またΣ3型結晶粒界の長さとは、EBSDで観察される視野中のΣ3型結晶粒界の合計長さを示し、Σ3−29型結晶粒界の長さとは、EBSDで観察される視野中のΣ3型結晶粒界、Σ5型結晶粒界、Σ7型結晶粒界、Σ9型結晶粒界、Σ11型結晶粒界、Σ13型結晶粒界、Σ15型結晶粒界、Σ17型結晶粒界、Σ19型結晶粒界、Σ21型結晶粒界、Σ23型結晶粒界、Σ25型結晶粒界、Σ27型結晶粒界およびΣ29型結晶粒界のそれぞれの合計長さの総計を示す。
【0063】
Σ3型結晶粒界は、CSL結晶粒界の中で最も低い粒界エネルギーを有するものと考えられ、以ってΣ3−29型結晶粒界に占める割合を高くすることにより機械特性(特に耐塑性変形性)を高めることができると考えられる。一方、Σ3型結晶粒界は高い整合性を有する結晶粒界であることから、Σ3型結晶粒界を粒界とする2つの結晶粒は単結晶または双晶類似の挙動を示し、粗粒化する傾向を示す。結晶粒が粗粒化すると、耐チッピング性等の被膜特性が低下する。そこで本実施形態においては、Σ3型結晶粒界の長さをΣ3−29型結晶粒界の長さの50%未満と規定して結晶粒の粗粒化を抑制し、もって硬質層の耐チッピング性が担保される。なおこの下限値は、20%であることが好ましい。均粒で特性のばらつきが少ない硬質被膜を得られるためである。
【0064】
本実施形態において、Σ3型結晶粒界の長さがΣ3−29型結晶粒界の長さの50%未満であるか否かは、次のようにして確認することができる。まず、この硬質層に対し、基材の表面の法線方向に平行な断面が得られるように切断する。その後、その断面を耐水研磨紙(研磨剤としてSiC砥粒研磨剤を含むもの)で研磨し、必要に応じてArイオンを用いたイオンミーリング処理により平滑化する。
【0065】
上記の切断は、たとえば硬質層の表面(硬質層上に他の層が形成されている場合は被膜表面とする)を、十分に大きな保持用の平板上にワックスなどを用いて密着固定した後、回転刃の切断機でその平板に対して垂直方向に切断する(該回転刃と該平板とが可能な限り垂直となるように切断する)。基材の表面と硬質層の表面(被膜表面)とは平行であると考えられるためである。この切断は、このような垂直方向に対して行なわれる限り、硬質層の任意の部位で行なうことができる。上記研磨は、上記耐水研磨紙#400、#800、#1500を順に用いて行なう(耐水研磨紙の番号(#)は研磨剤の粒径の違いを意味し、数字が大きくなるほど研磨剤の粒径は小さくなる)。
【0066】
以上により、硬質層の断面研磨面を準備することができる。そして、この断面研磨面を測定対象面とし、EBSD装置を備えたFE−SEMを用いて測定対象面を観察する。この観察において、硬質層の基材側の界面近傍および表面側の界面近傍については測定対象面から除外する。硬質層のうち基材側の界面近傍は、硬質層の成長初期に形成された部分であり、結晶粒のばらつきが大きく、硬質層の特徴を特定すべき位置として不適切である。硬質層のうち被膜の表面側の界面近傍においても、隣接した別の硬質層が存在したとき、該硬質層の物理特性に起因する測定誤差に影響されると結晶粒のばらつきが大きくなるため、硬質層の特徴を特定すべき位置として不適切である。したがって、基材側の界面から0.5μm以上離れ、かつ表面側の界面から0.1μm以上離れた位置を測定対象面とする。また交差角の度数分布の正確性を担保する観点から、FE−SEMの観察倍率を2000〜20000倍の範囲から適宜選択し、かつ観察面積も200〜10000μm
2の範囲から適宜選択し、1視野に10〜100個の結晶粒が現れるような状態にすることが好ましい。
【0067】
上記測定は、測定対象面の法線を入射ビームに対して70°傾斜させ、15kVにて分析を行なう。帯電効果を避けるために、10Paの圧力を印加する。開口径60μmまたは120μmと合わせて高電流モードを用いる。データ収集は、研磨面上、50×30μmの面領域に相当する500×300ポイントについて、0.1μm/ステップのステップにて行なう。
【0068】
データ処理は、ノイズフィルタリング有りおよび無しで行なう。ノイズフィルタリングおよび結晶粒界性格分布は、市販のソフトウェア(「orientation Imaging microscopy Ver 6.2」、EDAX社製)を用いて決定する。結晶粒界性格分布の分析は、Grimmer(H.Grimmer,R.Bonnet,Philosophical Magazine A 61(1990),493-509)から入手可能であるデータに基づいて行なう。ブランドンの条件(Brandon criterion)(ΔΘ<Θ
0(Σ)
-0.5、ここで、Θ
0=15°)を用いて、実験値の理論値からの許容誤差を考慮に入れる(D.Brandon Acta metall.14(1966),1479-1484)。Σ3型結晶粒界に対応する特殊結晶粒界を計数し、他の特殊結晶粒界を計数し、これらの比を算出する。これにより、Σ3−29型結晶粒界の長さに対するΣ3型結晶粒界の長さの割合を求めることができる。
【0069】
(結晶粒の粒径)
硬質層に含まれる結晶粒は、1μm以下の粒径を有することが好ましい。これにより、硬質層の硬度をさらに向上させることができる。硬質層の結晶粒の粒径は、上述の交差角の度数分布の算出方法を利用して、求めることができる。
【0070】
具体的には、上述の交差角の度数分布の算出方法と同様の方法により、交差角範囲毎にピクセルを区分けして、グループ1〜18を構築する。次に、撮影画像をもとに、交差角毎に色彩を変化させたカラーマップを作成する。該カラーマップの作成には、上記ソフトウェアに含まれる「Cristal Direction MAP」の手法を用いることができる。次に、カラーマップにおいて、色彩が一致し(すなわちグループが一致し)、かつ周囲が他の色彩(すなわち他のグループ)で囲まれている領域を、各結晶粒の個別の領域とみなす。次に、各領域に対して最も長く引ける仮想の対角線を引き、これを各結晶粒の粒径とする。
【0071】
図4に、測定対象面の解析に基づいて作成されたカラーマップの一部分の一例を示す。
図4において、実線で囲まれかつ斜線のハッチングで示される領域が、上記の交差角が0度以上10度未満となる結晶粒である。実線で囲まれかつハッチングが施されていない白色の領域が、上記の交差角が10度以上90度未満となる結晶粒である。なお、
図4においては、結晶方位が特定されなかった領域を黒色で示した。
図4においては、
図5に示すように観察される結晶粒の全てが1μm以下の粒径を有している。なお
図5中、横軸の粒径区分は、0〜1μmの範囲を0.05μm毎に区分して示している。
【0072】
より好ましくは、撮影画像において観察される結晶粒が占める総面積(100%)の70面積%以上100面積%以下が、0.5μm以下の粒径の結晶粒であることが好ましい。
【0073】
(結晶粒のアスペクト比)
本実施形態において硬質層に含まれる結晶粒は、平均アスペクト比Aが2以上であることが好ましい。本実施形態では、個々の結晶粒において結晶の成長方向に垂直な方向となる幅のうち最大のものを粒子幅wとし、この粒子幅wに対して垂直な方向となる長さのうち最大のものを粒子長さlとし、wとlとの比(l/w)を個々の結晶粒のアスペクト比αとする。さらに、個々の結晶粒について求めたアスペクト比αの平均値を平均アスペクト比A、個々の結晶粒について求めた粒子幅wの平均値を平均粒子幅Wとする。このとき、硬質層に含まれる結晶粒は、平均アスペクト比Aが2以上であり、かつ平均粒子幅Wが0.5μm以下であることがより好ましい。
【0074】
上記条件を満たす結晶粒は柱状組織となり、これによって優れた耐チッピング性および耐摩耗性を示すことができる。結晶粒の平均アスペクト比Aが100を超えると、第1層と第2層との界面と結晶粒間の結晶粒界とを伝うようにクラックが伝播し易くなるため好ましくない。結晶粒の平均アスペクト比Aは、好ましくは30〜80であり、より好ましくは40〜60である。結晶粒の平均粒子幅Wは0.1μm未満であると耐摩耗性が低下するので好ましくない。結晶粒の平均粒子幅Wが1.0μmを超えると靭性が低下する。したがって、硬質層に含まれる結晶粒の平均粒子幅Wは、0.1〜1.0μmとすることが好ましい。結晶粒の平均粒子幅Wは、より好ましくは0.2〜0.8μmである。
【0075】
平均アスペクト比Aは、たとえば、結晶粒内の第1層および第2層の厚みを測定するときと同様に、測定対象面をSTEMで観察することにより測定することができる。たとえばSTEMの顕微鏡像に現われた10個の結晶粒を選択し、これらの結晶粒に対して粒子幅wおよび粒子長さlをそれぞれ特定する。次に、その比(l/w)を個々の結晶粒のアスペクト比αとして算出し、アスペクト比αの平均値を算出する。なお、硬質層の2つの界面近傍を測定対象面から除外することは上記と同様である。
【0076】
(押し込み硬さ)
硬質層は、ナノインデンテーション法による押し込み硬さが30〜40GPaであることが好ましい。より好ましくは、32〜38GPaである。硬質層のナノインデンテーション法による押し込み硬さが上記範囲であることにより、本実施形態に係る表面被覆切削工具は、耐摩耗性が向上する。特に、耐熱合金などの難削材の切削加工を行う際に優れた性能を発揮することができる。
【0077】
上記の押し込み硬さは、ナノインデンテーション法が利用可能な超微小押し込み硬さ試験機を用いて測定することができる。具体的には、上記押し込み硬さは、硬質層の厚さ方向に垂直に所定荷重(たとえば30mN)で圧子を押し込み、圧子が押し込んだ押し込み深さに基づいて算出することができる。硬質層上に表面被覆層などの他の層が存在する場合、カロテスト、斜めラッピングなどをすることにより、他の層を除いて硬質層を露出させ、この露出した硬質層に対して上記方法を用いることにより、押し込み硬さを測定することができる。
【0078】
(圧縮残留応力)
硬質層は、圧縮残留応力を有することが好ましく、該残留応力は、その絶対値が0.5GPa以上3.0GPa以下であることが好ましい。すなわち硬質層が圧縮残留応力を有する場合、その絶対値は3.0GPa以下であることが好ましい。硬質層の圧縮残留応力の絶対値が上記範囲であることにより、硬質層の靱性を飛躍的に向上させることができる。一方、圧縮残留応力の絶対値が3.0GPaを超えると、組織破壊に伴い耐摩耗性が低下する傾向がある。また圧縮残留応力の絶対値が0.5GPa下回ると、チッピングが起きやすくなる傾向がある。靱性が低下する傾向がある。硬質層の圧縮残留応力は、硬質層に含まれる結晶粒内における第1層と第2層との積層周期を調節することによって制御することができる。
【0079】
ここで「圧縮残留応力」とは、層内に存する内部応力(固有ひずみ)の一種である。圧縮残留応力は、「−」(マイナス)の数値(本明細書においてその単位は「GPa」で表す)で表される応力をいう。このため、圧縮残留応力が大きいという概念は、上記数値の絶対値が大きくなることを示し、圧縮残留応力が小さいという概念は、上記数値の絶対値が小さくなることを示す。
【0080】
硬質層の圧縮残留応力は、たとえば、X線応力測定装置を用いたsin
2ψ法により測定することができる。このようなX線を用いたsin
2ψ法は、多結晶材料の圧縮残留応力の測定方法として広く用いられ、たとえば「X線応力測定法」(日本材料学会、1981年株式会社養賢堂発行)の54〜67頁に詳細に説明されている方法を用いることができる。sin
2ψ法を適用して硬質層の圧縮残留応力を測定する場合、硬質層上に表面被覆層などの他の層が存在するときには、必要に応じて電解研磨、フラットミーリングなどをすることにより、表面被覆層を除いて硬質層を露出させ、この露出した硬質層に対して圧縮残留応力を測定する。
【0081】
(硬質層の厚み)
硬質層は、1〜15μmの厚みを有することが好ましい。硬質層の厚みが上記範囲であることにより、高い耐チッピング性を示しつつ、特に高い耐摩耗性を示す効果を顕著に示すことができる。硬質層の厚みが1μm未満であると靱性が十分ではなく、15μmを超えるとチッピングが起きやすくなる傾向がある。硬質層の厚みは、その特性を向上させる観点から3.5〜7.0μmであることがさらに好ましい。
【0082】
(不純物)
硬質層は、本実施形態の作用効果に影響を及ぼさない限り、塩素(Cl)、酸素(O)、硼素(B)、コバルト(Co)、タングステン(W)、クロム(Cr)、タンタル(Ta)、ニオブ(Nb)、炭素(C)などを含んでいてもよい。すなわち硬質層は、不可避不純物などの不純物を含んで形成されることが許容される。
【0083】
<その他の層>
本実施形態において被膜は、硬質層以外の層を含んでいてもよい。たとえば、基材と被膜との接合強度を高くすることが可能な下地層を含むことができる。そのような層として、たとえば、TiN層、TiCN層、TiN層とTiCN層とからなる複合層などを挙げることができる。下地層は、従来公知の製造方法を使用することにより製造することができる。
【0084】
その他の下地層としては、上述した下地層のほか、たとえば、Ti、ZrおよびHfからなる群より選択される少なくとも1つの元素と、N、O、C、Bからなる群より選択される少なくとも1つの元素とからなる化合物層を含んでいてもよい。この化合物層によっても基材と被膜との接合強度を高くすることが可能となる。また被膜の最表面に位置する表面被覆層として、α−Al
2O
3層およびκ−Al
2O
3層の少なくとも一方を含んでいてもよい。α−Al
2O
3層およびκ−Al
2O
3層により、被膜の耐酸化性を向上させることができる。
【0085】
<作用効果>
本実施形態に係る表面被覆切削工具は、たとえば、鋳鉄の連続切削、特に乾式のフライス加工などに用いた場合であっても、チッピング、欠損、剥離などの発生が抑えられつつ、極めて高い硬度に基づく高い耐摩耗性を発揮する。したがって、本実施形態に係る表面被覆切削工具は、高い耐チッピング性を示しつつ、特に高い耐摩耗性を示すことができ、もって長寿命を実現することができる。
【0086】
≪表面被覆切削工具の製造方法≫
本実施形態に係る表面被覆切削工具の製造方法は、基材を準備する第1工程と、硬質層をCVD法を用いて形成する第2工程とを含む。特に、第2工程は、AlCl
3ガスおよびTiCl
4ガスの両方またはいずれか一方の流量を変調させる工程を含む。これにより、上記の構成および効果を有する表面被覆切削工具を製造することができる。
【0087】
まず、
図6を用いて本実施形態に係る表面被覆切削工具の製造方法に用いられるCVD装置の一例について説明する。
図6に示すように、CVD装置100は、基材10を設置するための複数の基材保持治具21と、基材保持治具21を包囲する耐熱合金鋼製の反応容器22とを備えている。反応容器22の周囲には、反応容器22内の温度を制御するための調温装置23が設けられている。
【0088】
反応容器22には、隣接して接合された第1ガス導入管24と第2ガス導入管25とを有するガス導入管が反応容器22の内部の空間を鉛直方向に延在し、その軸26で回転可能となるように設けられている。ガス導入管においては、その内部で第1ガス導入管24に導入されたガスと、第2ガス導入管25に導入されたガスとが混合しない構成とされている。第1ガス導入管24および第2ガス導入管25の一部にはそれぞれ、第1ガス導入管24および第2ガス導入管25の内部を流れるガスを基材保持治具21に設置された基材10上に噴出させるための複数の貫通孔が設けられている。
【0089】
さらに、反応容器22には、反応容器22の内部のガスを外部に排気するためのガス排気管27が設けられている。反応容器22の内部のガスは、ガス排気管27を通過して、ガス排気口28から反応容器22の外部に排出される。
【0090】
次に、CVD装置100を用いた表面被覆切削工具の製造方法について説明する。以下、説明の便宜のため、基材上にAlとTiとNとからなる硬質層を直接形成する場合について説明するが、第2工程では、基材上に下地層などの他の層を形成してから硬質層を形成してもよい。さらに、硬質層を形成した後、耐酸化性等の向上のために表面被覆層を形成することもできる。下地層および表面被覆層を形成する方法は、いずれも従来公知の方法を用いることができる。
【0091】
<第1工程>
第1工程では基材を準備する。基材は、市販のものを用いてもよく、一般的な粉末冶金法で製造してもよい。たとえば、基材として超硬合金基材を一般的な粉末冶金法で製造する場合、ボールミルなどによってWC粉末とCo粉末などとを混合して混合粉末を得ることができる。該混合粉末を乾燥した後、所定の形状に成形して成形体を得る。さらに該成形体を焼結することにより、WC−Co系超硬合金(焼結体)を得る。次いで該焼結体に対して、ホーニング処理などの所定の刃先加工を施すことにより、WC−Co系超硬合金からなる基材を製造することができる。第1工程では、上記以外の基材であっても、この種の基材として従来公知のものをいずれも準備可能である。
【0092】
<第2工程>
第2工程では、CVD装置100を用いたCVD法により、基材上に硬質層を形成する。具体的には、まずCVD装置100の反応容器22内に、基材10として任意の形状のチップを基材保持治具21に装着する。続いて調温装置23を使って基材保持治具21に設置した基材10の温度を750〜850℃に上昇させる。さらに反応容器22の内部の圧力を1.5〜2.5kPaとする。
【0093】
次に、軸26を中心にガス第1ガス導入管24と第2ガス導入管25を回転させながら、TiCl
4ガスおよびAlCl
3ガスを含む第1ガス群を第1ガス導入管24に導入し、NH
3ガスを含む第2ガス群を第2ガス導入管25に導入する。これにより、第1ガス導入管24の貫通孔および第2ガス導入管25の貫通孔から、第1ガス群および第2ガス群がそれぞれ反応容器22内に噴出される。
【0094】
噴出された第1ガス群および第2ガス群は回転操作によって反応容器22内で均一に混合され、この混合ガスが基材10上へ向かう。そして、第1ガス群に含まれるガス成分および第2ガス群に含まれるガス成分が化学反応することによって、基材10上にAlとTiとNとを含む結晶粒の核が生成される。引き続き、第1ガス導入管24の貫通孔から第1ガス群を、第2ガス導入管25の貫通孔から第2ガス群を噴出させる。これにより、上記結晶粒の核が成長され、AlとTiとNとを含む結晶粒を含む硬質層が形成されることとなる。
【0095】
特に、本実施形態では、硬質層を形成するに際し、AlCl
3ガスおよびTiCl
4ガスの両方またはいずれか一方の流量を変調させながら結晶粒を成長させる。この方法としては、全反応ガス中のAlCl
3ガスの流量(体積%)を一定に維持しながら、TiCl
4ガスの流量を変調させる第1結晶成長方法と、全反応ガス中のTiCl
4ガスの流量を一定に維持しながら、AlCl
3ガスの流量を変調させる第2結晶成長方法とがある。
【0096】
第1結晶成長方法では、TiCl
4ガスの流量の調節によってTiの原子比を制御することができる(すなわちAlの原子比も制御することができる)。具体的には、AlCl
3ガスの流量を2〜3体積%で一定に維持しながら、TiCl
4ガスの流量を3〜5体積%(高流量:High Flow)として5〜30秒間維持する条件で第1ガス群を第1ガス導入管24に導入する。その後、直ちにTiCl
4ガスの流量の高低を切り替えてTiCl
4ガスの流量を0.2〜0.8体積%(低流量:Low Flow)として5〜30秒間維持する条件で第1ガス群を第1ガス導入管24に導入する。その後、さらにTiCl
4ガスの流量の高低を切り替える。この操作を複数回繰り返すことにより、第1層および第2層が交互に積層された積層構造を有する結晶粒を含む硬質層を形成することができる。
【0097】
第2結晶成長方法では、AlCl
3ガスの流量の調節によってAlの原子比を制御することができる(すなわちTiの原子比も制御することができる)。具体的には、TiCl
4ガスの流量を0.5〜2体積%で一定に維持しながら、AlCl
3ガスの流量を5〜10体積%(高流量:High Flow)として5〜10秒間維持する条件で第1ガス群を第1ガス導入管24に導入する。その後、直ちにAlCl
3ガスの流量の高低を切り替えてAlCl
3ガスの流量を1〜3体積%(低流量:Low Flow)として5〜10秒間維持する条件で第1ガス群を第1ガス導入管24に導入する。その後、さらにAlCl
3ガスの流量の高低を切り替える。この操作を複数回繰り返すことにより、第1層および第2層が交互に積層された積層構造を有する結晶粒を含む硬質層を形成することができる。
【0098】
第1結晶成長方法および第2結晶成長方法において、高流量(High Flow)でTiCl
4ガスまたはAlCl
3ガスを噴出する時間、低流量(Low Flow)でTiCl
4ガスまたはAlCl
3ガスを噴出する時間、TiCl
4ガスまたはAlCl
3ガスの流量を高流量から低流量へ、または低流量から高流量へ切り替える回数などを調節することにより、第1層および第2層の厚み、隣り合う第1層と第2層との厚みの合計、ならびに硬質層の厚みをそれぞれ所望の厚みに制御することができる。
【0099】
また、反応容器22の内部の圧力および基材10の温度を上記範囲とすることにより、硬質層に含まれる結晶粒の配向性に関し、上記面積比率を満たすように制御することができる。さらに、化学反応の原料ガスであるNH
3の体積%の制御により、Σ3型結晶粒界の長さをΣ3−29型結晶粒界の長さの50%未満とすることができる。
【0100】
ここで、第1ガス群には、TiCl
4およびAlCl
3ガスとともに、塩化水素(HCl)ガスおよびキャリアガスとしての水素(H
2)ガスを含むことが好ましい。第2ガス群としてはNH
3ガスとともに、アルゴンガスを含むことが好ましい。さらに、窒素(N
2)ガスを含んでいてもよい。しかしながら、本実施形態のように塩化ナトリウム型の結晶構造を有する結晶粒を効果的に成長させるには、窒素(N
2)ガスを含ませることなく、アンモニア(NH
3)ガスおよびアルゴンガスのみから第2ガス群を構成することが好ましい。さらに、AlTiの炭窒化物を含む結晶粒を成長させる場合、さらにエチレン(C
2H
4)ガスを第1ガス群に含ませることが好ましい。
【0101】
以上のようにして、硬質層を形成することができ、もって本実施形態に係る表面被覆切削工具を製造することができる。
【実施例】
【0102】
≪測定方法≫
基材の表面の法線方向に平行な断面に基づく測定対象面は、次のようにして作製された。まず、基材の表面の法線方向に平行な断面を作製した。次に、該断面を上述のとおり耐水研磨紙で研磨し、引続き、Arイオンによるイオンミーリング処理によりさらに平滑化し、これを測定対象面とした。イオンミーリング装置とその処理の条件は以下のとおりである。
【0103】
イオンミーリング装置:「SM−09010」、日本電子株式会社製
加速電圧:6kV
照射角度:基材表面の法線方向から0°
照射時間:6時間。
【0104】
基材の表面に平行な面に基づく測定対象面は、次のようにして作製された。まず、硬質層の表面から深さ方向に対して0.5μmまでの領域に位置する硬質層を除去して得られた新たな表面を作製した。次に、この表面を上述のとおりFIB加工して鏡面加工し、これを測定対象面とした。FIB加工に用いたFIB装置およびその条件は以下のとおりである。
【0105】
FIB装置:「JIB−4501」、日本電子株式会社製
加速電圧:30kV
イオン :ガリウム(Ga)イオン
加工範囲:20μm×20μm
加工深さ:0.1〜0.5μm(除去される硬質層の厚さ)
照射角度:5°
照射時間:1時間。
【0106】
被膜の総厚、硬質層等の各層の厚み、結晶粒内における第1層および第2層の存在、ならびに隣り合う第1層および第2層の厚みの合計の平均値(積層周期)は、STEM(「JEM−2100F」、日本電子株式会社製)を用いたSTEM高角度散乱暗視野法を用いて、測定対象面を観察することにより測定した。硬質層に含まれる結晶粒の結晶構造は、X線回折装置(「SmartLab」、株式会社リガク製)により確認した。
【0107】
第1層におけるAlの原子比xおよび第2層におけるAlの原子比yは、TEM付帯のEDX装置(「SD100GV」、日本電子株式会社製)により算出し、この算出した原子比x、yの値に基づいてx−yの最大値を求めた。交差角の度数分布の測定、結晶粒径、並びにΣ3型結晶粒界の長さおよびΣ3−29型結晶粒界の長さの測定には、EBSD装置を備えたFE−SEM(「Zeiss Supra 35 VP」、CARL ZEISS社製)を用いた。
【0108】
硬質層のナノインデンテーション法による押し込み硬さ(GPa)は、超微小押し込み硬さ試験機(「ENT−1100a」、Elionix社製)を用いて測定した。硬質層の圧縮残留応力(GPa)は、X線応力測定装置(「SmartLab」、株式会社リガク製)を用いたsin
2ψ法により算出した。さらに、応力測定をする際に使用する物性係数は、公知の文献であるN.Norrbyらの『Surface & Coatings Technology 257 (2014) 102−107)』で報告された値を使用した。このとき、使用基材の種類などを考慮し、可能な限り第1硬質被膜層と基材のピークの重なりがなく、かつ高角度側の回折ピークを選択し、応力を測定することが好ましい。
【0109】
≪基材の準備≫
第1工程として、基材Aおよび基材Bを準備した。具体的には、表1に記載の配合組成(重量%)からなる原料粉末を均一に混合した。なお表1中の「残り」とは、WCが配合組成(質量%)の残部を占めることを示す。次に、この混合粉末を所定の形状に加圧成形した後に、1300〜1500℃で1〜2時間焼結することにより、超硬合金からなる基材A(形状:CNMG120408NUX)および基材B(形状:SEET13T3AGSN−G)を得た。これらの形状は、いずれも住友電工ハードメタル株式会社製のものであり、基材AであるCNMG120408NUXは、旋削用の刃先交換型切削チップの形状であり、基材BであるSEET13T3AGSN−Gは、転削(フライス)用の刃先交換型切削チップの形状である。
【0110】
【表1】
【0111】
≪被膜の形成≫
第2工程として、基材Aおよび基材Bの表面上に表2に示す組成の下地層(TiN、試料によってはTiNおよびTiCN)を、表9に示すとおりの厚みで形成した。下地層上に後述する硬質層を表9に示すとおりの厚みで形成した。そのほか表9に示すとおり、試料によっては表面被覆層(Al
2O
3)も形成した。下地層は基材の表面と直接接する層である。表面被覆層は、硬質層上に形成される層であって切削工具の表面を構成する。
【0112】
【表2】
【0113】
ここで表2の「成膜条件」の欄には、下地層および表面被覆層を形成するための「反応ガス組成(体積%)」と、「反応雰囲気」として圧力(kPa)、温度(℃)、全ガス流量(L/min)の条件とを示した。表2中「反応ガス組成(体積%)」の欄において、H
2ガスが「残り」であるとは、H
2ガスが反応ガス組成(体積%)の残部を占めることを示す。
【0114】
たとえば表2の「TiN(下地層)」の欄には、下地層としてのTiN層の形成条件が示されている。表2によれば、TiN層は、
図6に示すCVD装置100を含む公知のCVD装置の反応容器内に基材を配置し、反応容器内に2.0体積%のTiCl
4ガス、39.7体積%のN
2ガスおよび残部としてのH
2ガスからなる混合ガスを、圧力6.7kPaおよび温度915℃の雰囲気において44.7L/分の全ガス流量で噴出することにより形成することができる。各層の厚みは、それぞれ反応ガスを噴出する時間によって制御することができる。
【0115】
<硬質層の形成>
硬質層の形成は、
図6に示すようなCVD装置100を用い、表3〜表5に示す形成条件1A〜1H、2A〜2H、XおよびYのいずれかの条件で行なった。
【0116】
概説すれば、形成条件1A〜1Gでは、AlCl
3ガスの流量を一定に維持しながら、TiCl
4ガスの流量を変調させて結晶粒を成長させる第1結晶成長方法を用いた。形成条件2A〜2Gは、TiCl
4ガスの流量を一定に維持しながら、AlCl
3ガスの流量を変調させて結晶粒を成長させる第2結晶成長方法を用いた。形成条件Xでは、AlCl
3ガスおよびTiCl
4ガスの流量を変調させずに一定としつつ、第1ガス群および第2ガス群の間欠的に供給することにより結晶粒を成長させた。具体的には、0.8秒止めて0.2秒噴出するという周期で第1ガス群および第2ガス群を供給した。形成条件Yでは、AlCl
3ガスおよびTiCl
4ガスの流量を一定とし、かつ連続したガス噴出を行なって結晶粒を成長させた。
【0117】
【表3】
【0118】
【表4】
【0119】
【表5】
【0120】
たとえば、表3〜表5において形成条件「1A」は、以下のような条件により、硬質層を形成することを示す。すなわち、成膜温度(基材温度)を800℃とし、反応容器内圧力を1.5kPaとし、第1ガス群および第2ガス群の流量の合計である全ガス流量を55.0L/分とする。この条件下でAlCl
3ガスの流量を2.5体積%として一定に維持しながら、TiCl
4ガスについて0.25体積%(低流量:Low Flow)として5秒間(Time)維持する条件で第1ガス群を第1ガス導入管24に導入する。その後、直ちにTiCl
4ガス流量の高低を切り替え、AlCl
3ガスの流量を上記濃度に維持したまま、TiCl
4ガスの流量を4.75体積%(高流量:High Flow)として5秒間(Time)維持する条件で第1ガス群を第1ガス導入管24に導入する。その後さらにTiCl
4ガス流量の高低を切り替え、以下、このような操作を所望により複数回行なう。
【0121】
したがって形成条件「1A」においてTiCl
4ガスは、1分当たり5秒間のインターバルにより、高流量および低流量でそれぞれ6回(Interval)、第1ガス導入管24に導入されることとなる。これにより第1層と第2層が交互に積層された積層構造を有する結晶粒が成長し、もって硬質層が形成される。なお形成条件「1A」において、第1ガス群は表3に示すように、TiCl
4ガスおよびAlCl
3ガスとともに、C
2H
4ガスおよび残部としてH
2ガスを含んで構成される。第2ガス群は、表3に示すように、各所定量(体積%)のNH
3ガスおよびArガスを含んで構成される。
【0122】
形成条件1B〜1G、2A〜2Gでは、上記「1A」と同じ要領でTiCl
4またはAlCl
3の流量を変調させ、表3または表4に示す条件で硬質層を形成した。形成条件XおよびYについても、表5に示す条件で硬質層を形成した。
【0123】
なお、形成条件1A〜1C、1F、2A、2B、2Eおよび2Fでは、第1ガス群にエチレンガスが表3、表4に示すとおりの体積%で含まれているので、AlTiの炭窒化物からなる第1層および第2層の積層構造を有する結晶粒が成長した。形成条件1D、1E、1G、2C、2Dおよび2Gでは、AlTiの窒化物からなる第1層および第2層の積層構造を有する結晶粒が成長した。
【0124】
上記の各条件により形成された硬質層は、表6〜表8に示すとおりの積層周期で第1層および第2層が交互に積層された積層構造を有する結晶粒が成長して構成される。表6〜表8では、各条件により形成した第1層の厚み、第2層の厚み、第1層におけるAlの原子比x(最大値)、第2層におけるAlの原子比y(最小値)、原子比x(最大値)と原子比y(最小値)との差(x−y)、Σ3−29型結晶粒界の長さに対するΣ3型結晶粒界の長さの割合、硬質層に含まれる結晶粒の交差角が0−10°である結晶粒の面積比率、ならびに粒径が0.5μm以下となる結晶粒の面積比率も示している。
【0125】
【表6】
【0126】
【表7】
【0127】
【表8】
【0128】
形成条件1A〜1Gおよび2A〜2Gで形成された硬質層に含まれる結晶粒のすべては塩化ナトリウム型の結晶構造を有していた。形成条件XおよびYで形成された硬質層に含まれる結晶粒もすべては塩化ナトリウム型の結晶構造を有していた。
【0129】
≪切削工具の作製≫
上述のように準備された基材Aまたは基材Bを、上記のような方法で形成した被膜により被覆し、表9に示すとおりの試料No.1〜32の切削工具を作製した。本実施例において試料No.1〜28の切削工具が実施例であり、試料No.29〜32の切削工具が比較例である。
【0130】
【表9】
【0131】
試料No.1〜32の切削工具は、試料ごとに基材、下地層および硬質層のいずれかが異なる。表9において、1つの欄内に2つの化合物(たとえば、「TiN(0.5)−TiCN(2.5)」)が記載されている場合、左側(「TiN(0.5)」)の化合物が基材の表面に近い側に位置する層であり、右側(「TiCN(2.5)」)の化合物が基材の表面から遠い側に位置する層であることを意味している。括弧の中の数値はそれぞれの層の厚みを意味する。表9の「−」で示される欄は、層が存在しないことを意味する。表9では、試料No.1〜36の切削工具における硬質層が有する押し込み硬さおよび圧縮残留応力の値もそれぞれ示した。
【0132】
たとえば、表9によれば試料No.1の切削工具は、基材Aの表面に0.5μmの厚みのTiN層および2.5μmの厚みのTiCN層がこの順序に積層されて下地層が形成される。下地層上には形成条件1Aで形成された5.6μmの厚さの硬質層が形成される。ただし、試料No.1の切削工具では、硬質層上に表面被覆層(Al
2O
3層)が形成されない。試料No.1の切削工具の被膜全体の厚さは、8.6μmである。試料No.1の切削工具における硬質層が示す押し込み硬さ(GPa)は38.5であり、圧縮残留応力(GPa)は2.0である。
【0133】
≪切削試験≫
上記のようにして作製した試料No.1〜32の切削工具を用いて、以下の2種の切削試験を行った。
【0134】
<丸棒外周高速切削試験>
試料No.1〜7、15〜21、29および30の切削工具について、以下の切削条件により逃げ面摩耗量(Vb)が0.20mmとなるまでの切削時間を測定するとともに刃先の最終損傷形態を観察し、工具寿命を評価した。その結果を表10に示す。切削時間が長いほど耐摩耗性に優れる切削工具として、高速切削であっても長寿命化を実現することができる可能性が高いと評価することができる。
【0135】
(丸棒外周高速切削試験の切削条件)
被削材 : FCD600丸棒
周速 : 300m/min
送り速度: 0.15mm/rev
切込み量: 1.0mm
切削液 : 有り。
【0136】
<ブロック材耐欠損性試験>
試料No.8〜14、22〜28、31および32の切削工具について、以下の切削条件により逃げ面摩耗量(Vb)が0.20mmとなるまでの切削距離を測定するとともに刃先の最終損傷形態を観察し、工具寿命を評価した。その結果を表11に示す。切削距離が長いほど耐チッピング性に優れる切削工具として、被削材の種類に関わらず長寿命化を実現することができる可能性が高いと評価することができる。
【0137】
(ブロック材耐欠損性試験の切削条件)
被削材 : SKDブロック材
周速 : 200m/min
送り速度: 0.3mm/s
切込み量: 2.0mm
切削液 : なし
カッタ : WGC4160R(住友電工ハードメタル株式会社製)。
【0138】
【表10】
【0139】
【表11】
【0140】
表10、表11において「最終損傷形態」の欄の記載は、摩耗、チッピングおよび欠損の順に被膜の耐摩耗性が劣ることを示している。「摩耗」は、チッピングおよび欠けを生じずに摩耗のみで構成される損傷形態(平滑な摩耗面を有する)を意味する。「チッピング」は、切削工具の仕上げ面を生成する切れ刃部に生じた微小な欠けを意味する。「欠損」は、切れ刃部に生じた大きな欠けを意味する。
【0141】
<評価>
表10によれば、試料No.1〜7、15〜21の切削工具は、試料No.29および30の切削工具と比べて長寿命であることが確認された。特に、試料No.20および30の切削工具は、チッピングが確認されて高速切削に対して性能が劣ることが確認された。
【0142】
表11によれば、試料No.8〜14、22〜28の切削工具は、試料No.31および32の切削工具と比べて長寿命であることが確認された。特に、試料No.31の切削工具はチッピングが確認され、試料No.32の切削工具は欠損が確認されて、耐チッピング性能(耐欠損性能)において劣ることが確認された。
【0143】
以上のように本発明の実施形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施形態および各実施例の構成を適宜組み合わせることも当初から予定している。
【0144】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態および実施例ではなく特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。