【実施例】
【0035】
1.H
3TOT中性ラジカル薄膜の作製
[製造例1]
(1)トリオキソトリアンギュレン中性ラジカルの合成
容器に、2,3−ジクロロ−5,6−ジシアノ−p−ベンゾキノン(1.61g)、及び溶媒としてジクロロメタン(120mL)を加えた。さらに、この容器に、トリオキソトリアンギュレン(H
3TOT)のテトラブチルアンモニウム塩(2.00g)をジクロロメタン(120mL)に溶かした溶液を滴下し、室温で1時間攪拌した。容器中の析出物を吸引ろ過し、得られた固体を塩化メチレン及びテトラヒドロフランで洗浄した後、真空乾燥させた結果、トリオキソトリアンギュレン中性ラジカル(上記式(1)中のXがいずれも水素であるラジカル)が得られた(収量:1.00g)。以下、この中性ラジカルをH
3TOT中性ラジカルという場合がある。
【0036】
(2)真空蒸着による薄膜の作製
グラファイトシート(厚さ:25μm)をポリイミドテープでガラス板に貼り付け、このグラファイトシートを基材とした。
上記H
3TOT中性ラジカル(109mg)を、直径10mmのアルミナるつぼに入れ、このアルミナるつぼを真空蒸着機内にセットした。また、グラファイトシート基材を、そのグラファイト面がアルミナるつぼと向かい合い、かつそのグラファイト面が水平となるように設置した。その後、真空蒸着機内を2×10
−3Paに減圧し、抵抗加熱によってアルミナるつぼを加熱することにより、H
3TOT中性ラジカルの薄膜をグラファイトシート基材表面に真空蒸着した。
【0037】
図2Aは、製造例1に係るH
3TOT中性ラジカル薄膜の走査型電子顕微鏡(SEM)断面像である。
図2Aの下部は基材であるグラファイトを示し、その上は全てH
3TOT中性ラジカル薄膜を示す。
図2Aより、H
3TOT中性ラジカル薄膜の平均膜厚は800nmである。
【0038】
[比較製造例1]
上記製造例1と同様に、H
3TOT中性ラジカルを合成した。
アルミ箔表面に酸化インジウムスズ(ITO)を100nmの膜厚でスパッタリング成膜した。このITO薄膜を基材とした。
上記H
3TOT中性ラジカル(101mg)を、直径10mmのアルミナるつぼに入れ、このアルミナるつぼを真空蒸着機内にセットした。ITO基材を、そのITO面がアルミナるつぼと向かい合い、かつそのITO面が水平となるように設置した。その後、真空蒸着機内を2×10
−3Paに減圧し、抵抗加熱によってアルミナるつぼを加熱することにより、H
3TOT中性ラジカルの薄膜をITO基材表面に真空蒸着した。
【0039】
図5Aは、比較製造例1に係るH
3TOT中性ラジカル薄膜の走査型電子顕微鏡(SEM)断面像である。
図5Aの下部は基材であるITOを示し、その上は全てH
3TOT中性ラジカル薄膜を示す。
図5Aより、H
3TOT中性ラジカル薄膜の平均膜厚は800nmである。
【0040】
[参考製造例1]
上記製造例1で合成したH
3TOT中性ラジカル(0.66mg)を、直径10mmのアルミナるつぼに入れ、このアルミナるつぼを真空蒸着機内にセットした。また、基材となるガラス基板を、そのガラス基板面がアルミナるつぼと向かい合い、かつそのガラス基板面が水平となるように設置した。その後、真空蒸着機内を2×10
−3Paに減圧し、抵抗加熱によってアルミナるつぼを加熱することにより、H
3TOT中性ラジカルの薄膜をガラス基板表面に真空蒸着した。
このH
3TOT中性ラジカル薄膜はXRD測定よりedge−on配向を取ることが明らかとなった。すなわち、基板に対してH
3TOTのπ平面が垂直になるように、H
3TOTの微結晶が基板上で集合体を形成している。
さらに、H
3TOT中性ラジカル薄膜上に金を真空蒸着して金電極の櫛形パターンを形成した後、150℃で5時間アニーリングを行った。段差計により測定したH
3TOT中性ラジカル薄膜の膜厚は237nmであった。薄膜の電気伝導度を櫛形電極で測定したところ、2.5×10
−2S/cmであった。
【0041】
[参考製造例2]
上記製造例1で合成したH
3TOT中性ラジカル(6.6mg)を、直径10mmのアルミナるつぼに入れ、このアルミナるつぼを真空蒸着機内にセットした。また、ITOが0.2mm幅でパターニングされたガラス基板(基材)を、そのガラス基板面がアルミナるつぼと向かい合い、かつそのガラス基板面が水平となるように設置した。その後、真空蒸着機内を2×10
−3Paに減圧し、抵抗加熱によってアルミナるつぼを加熱することにより、H
3TOT中性ラジカルの薄膜をガラス基板表面に真空蒸着した。
このH
3TOT中性ラジカル薄膜はXRD測定よりedge−on配向を取ることが明らかとなった。
さらに、H
3TOT中性ラジカル薄膜上にITOと直角になるように金を0.2mm幅で真空蒸着した後、150℃で5時間アニーリングを行った。段差計により測定したH
3TOT中性ラジカル薄膜の膜厚は2.15μmであった。ITO−Au電極間の電気伝導度を櫛形電極で測定したところ、6.0×10
−5S/cmであった。
【0042】
2.薄膜のXRD分析
製造例1及び比較製造例1に係るH
3TOT中性ラジカル薄膜について、Out−of−Plane測定、及びIn−Plane測定による各XRD分析を行い、薄膜の配向性を調べた。
詳細な測定条件は以下の通りである。
X線回折測定装置 SmartLab(リガク製)
測定範囲 2θ=2〜60°
測定間隔 0.02°
走査速度 1°/min
測定電圧 45kV
測定電流 200mA
【0043】
図2Bは、製造例1に係るH
3TOT中性ラジカル薄膜のOut−of−Plane XRDスペクトルである。
図2Bには、2θ=26.6°及び27.2°にそれぞれピークが現れている。このうち、2θ=27.2°のピークは、H
3TOT中性ラジカルのπ平面の積層に由来するピークである。また、2θ=26.6°の大きなピークは、基材のグラファイトシート(0001)面に由来する。
図2Bには、2θ=9.5°付近にはピークがほとんど現れていない。
図2Cは、製造例1に係るH
3TOT中性ラジカル薄膜のIn−Plane XRDスペクトルである。
図2Cには、2θ=9.8°、17.0°、19.5°及び26.0°にそれぞれピークが現れている。これらのピークは、いずれも、H
3TOT中性ラジカルのπ−πスタッキングにより形成される一次元カラム構造のパッキングにおける、当該一次元カラム構造の延伸方向に対して略垂直な方向の周期構造に由来するピークである。
図2Cには、2θ=27.2°のピークもわずかに観測されるが、その強度は極めて小さい。
以上の考察より、製造例1に係る薄膜においては、TOT中性ラジカルのπ平面が、グラファイトシート基材の面方向に対して水平な配向(face−on配向)をとることが分かる。
【0044】
図5Bは、比較製造例1に係るH
3TOT中性ラジカル薄膜のOut−of−Plane XRDスペクトルである。
図5Bには、ピークがほとんど現れていない。
図5Cは、比較製造例1に係るH
3TOT中性ラジカル薄膜のIn−Plane XRDスペクトルである。
図5Cには、2θ=9.8°、17.0°、19.5°、26.0°及び27.2°にそれぞれピークが現れている。このうち、2θ=27.2°のピークは、H
3TOT中性ラジカルのπ平面の積層に由来するピークである。また、2θ=9.8°、17.0°、19.5°及び26.0°のピークは、いずれも、H
3TOT中性ラジカルのπ−πスタッキングにより形成される一次元カラム構造のパッキングにおける、当該一次元カラム構造の延伸方向に対して略垂直な方向の周期構造に由来するピークである。
以上の考察より、比較製造例1に係る薄膜においては、TOT中性ラジカルのπ平面が、ITO基材の面方向に対して垂直な配向(edge−on配向)をとることが分かる。
【0045】
3.薄膜の電気伝導度測定
参考製造例1に係るH
3TOT中性ラジカル薄膜の電気伝導度、及び参考製造例2に係るH
3TOT中性ラジカル薄膜についてのITO−Au電極間の電気伝導度を測定した。
電気伝導度は二端子法で端子間に−1Vから1Vまでの電圧を掃引した際の電流を測定することにより求めた。電気伝導度の測定にはピコアンメータ(型番6487、ケースレーインスツルメンツ社製)を用いた。
【0046】
参考製造例2に係るITO−Au電極間の電気伝導度は、6.0×10
−5S/cmである。これに対して、参考製造例1に係るH
3TOT中性ラジカル薄膜の電気伝導度は、2.5×10
−2S/cmである。したがって、参考製造例1に係る薄膜の電気伝導度は、参考製造例2に係る薄膜の電気伝導度の420倍である。
ここで、参考製造例1の電気伝導の経路においては、基材に対して平行に存在する一次元カラム構造のみならず、抵抗となる粒界が数多く存在すると考えられる。このような粒界は、製造例1のH
3TOT中性ラジカル薄膜には存在しないと考えられる。したがって、製造例1の電気伝導度は参考製造例1の電気伝導度よりも大きいと予測される。
以上より、face−on配向の薄膜(製造例1)は、edge−on配向の薄膜(比較製造例1)よりも、少なくとも導電性が420倍高いといえる。
【0047】
XRD分析結果及び電気伝導度測定結果より、以下のことが分かる。
製造例1に係る薄膜は、基材としてグラファイトシートを用いている。そのため、グラファイトシートのπ平面、すなわち(0001)面上に、H
3TOT中性ラジカルのπ平面が水平配向しながら膜成長し、その結果、得られる薄膜はface−on配向となると考えられる。
その一方、比較製造例1に係る薄膜は、基材としてITOを用いている。そのため、当該薄膜と基材との間にface−on配向を生じさせる相互作用が存在しない結果、得られる薄膜はedge−on配向となると考えられる。他に考えられる理由は以下の通りである。ITO基材中の金属原子(インジウム又はスズ)が、H
3TOT中性ラジカル中の酸素と相互作用を起こすことにより、ITO基材表面に対しH
3TOT中性ラジカルのπ平面が垂直に立ち上がり、その状態のH
3TOT中性ラジカルを起点として膜成長が始まるため、得られる薄膜はedge−on配向となると考えられる。
このように、真空蒸着の際の基材を適切に選択することにより、得られる薄膜の配向性を制御できる結果、膜厚方向の導電性を飛躍的に向上させることができると考えられる。
【0048】
4.二次電池の製造
[実施例1]
以下の材料を用いて二次電池を製造した。
正極:製造例1に係るH
3TOT中性ラジカル薄膜(face−on配向、平均膜厚:800nm)
負極:Li金属
電解質:1M LiPF
6、EC/DMC/EMC電解液
セパレータ:ポリオレフィン系(PP/PE/PP)の多孔質膜
評価セル:CR2032型コイン電池
【0049】
[比較例1]
正極を、比較製造例1に係るH
3TOT中性ラジカル薄膜(edge−on配向、平均膜厚:800nm)に替えたこと以外は、実施例1と同様の材料を用いて、二次電池を製造した。
【0050】
5.充放電測定
実施例1及び比較例1の二次電池について、下記条件により充放電測定を行い、電池特性を評価した。各電流密度について、充電と放電を3回ずつ繰り返した。
上下限電圧:4.0V−1.0V
評価温度:25℃
電流密度:10μA/cm
2と100μA/cm
2
【0051】
図3は、実施例1の二次電池の充放電曲線を重ねて示したグラフである。また、
図6は、比較例1の二次電池の充放電曲線を重ねて示したグラフである。
まず、電流密度が10μA/cm
2の場合について検討する。
図3から分かるように、電流密度が10μA/cm
2の場合、実施例1の二次電池は、充電容量及び放電容量がいずれも50μAh近傍である。これに対し、
図6から分かるように、電流密度が10μA/cm
2の場合、比較例1の二次電池は、放電容量が充電容量よりも10μAh程度高い。
図6は以下の結果を意味する。比較製造例1に係るH
3TOT中性ラジカル薄膜(edge−on配向)は、H
3TOT中性ラジカルの積層方向の導電性が小さいため、充放電時の過電圧が大きい。したがって、当該薄膜を含む比較例1の二次電池は、上限電圧4.0Vに早く到達してしまうため、充電容量が放電容量よりも小さくなる。
【0052】
次に、電流密度が100μA/cm
2の場合について検討する。
図3から分かるように、電流密度が100μA/cm
2の場合、実施例1の二次電池は、充電容量及び放電容量がいずれも15μAh近傍である。これに対し、
図6から分かるように、電流密度が100μA/cm
2の場合、比較例1の二次電池の充電容量及び放電容量はいずれも確認できない。これらの結果は、H
3TOT中性ラジカルがface−on配向することにより、レート特性に優れる二次電池が得られることを示す。
【0053】
また、
図3より、実施例1の二次電池のエネルギー密度は、330mAh/gであることが分かる。これに対し、
図6より、比較例1の二次電池のエネルギー密度は、280mAh/gであることが分かる。
【0054】
6.結論
以上の結果から、H
3TOT中性ラジカル薄膜を正極活物質層として含む二次電池について、H
3TOT中性ラジカルが基材に対しface−on配向となる場合(すなわち、H
3TOT中性ラジカルのπ平面が積層体の積層方向に対し垂直な配向となる場合。実施例1)には、H
3TOT中性ラジカルが基材に対しedge−on配向となる場合(すなわち、H
3TOT中性ラジカルのπ平面が積層体の積層方向に対し平行な配向となる場合。比較例1)と比較して、レート特性に優れることが実証された。また、face−on配向を有するH
3TOT中性ラジカル薄膜の膜厚方向の導電性が、edge−on配向を有するH
3TOT中性ラジカル薄膜の膜厚方向の導電性よりも優れることが、レート特性向上の理由であることが実証された。
さらに、face−on配向を有するH
3TOT中性ラジカル薄膜を含む二次電池(実施例1)は、TOT化合物を含む従来の二次電池よりも高いエネルギー密度を有することが証明された。これは、正極活物質層がH
3TOT中性ラジカル薄膜からなるものであり、導電化材やバインダを含まないためである。
このように、H
3TOT中性ラジカルのπ平面が積層体の積層方向に対し垂直となる配向を有する薄膜を活物質層として含むことにより、添加剤を含まない活物質のみの電極層を用いて充放電可能な二次電池が得られることが実証された。