特許第6974715号(P6974715)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6974715
(24)【登録日】2021年11月9日
(45)【発行日】2021年12月1日
(54)【発明の名称】ガスセンサ及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/00 20060101AFI20211118BHJP
   G01N 27/12 20060101ALI20211118BHJP
【FI】
   G01N27/00 J
   G01N27/12 C
【請求項の数】10
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2017-223854(P2017-223854)
(22)【出願日】2017年11月21日
(65)【公開番号】特開2019-95264(P2019-95264A)
(43)【公開日】2019年6月20日
【審査請求日】2020年8月7日
(73)【特許権者】
【識別番号】000005223
【氏名又は名称】富士通株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090273
【弁理士】
【氏名又は名称】國分 孝悦
(72)【発明者】
【氏名】林 賢二郎
(72)【発明者】
【氏名】實宝 秀幸
【審査官】 小澤 瞬
(56)【参考文献】
【文献】 特開2017−161302(JP,A)
【文献】 特開2017−079313(JP,A)
【文献】 特開2017−010971(JP,A)
【文献】 特開2011−061046(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2009/0014757(US,A1)
【文献】 Giberti A,Tin(IV) sulfide nanorods as a new gas sensing material,Sensors and Actuators. B. Chemical,2016年,Vol.223,827-833
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/00 − G01N 27/404
G01N 27/414 − G01N 27/416
G01N 27/42 − G01N 27/49
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲート電極と、
前記ゲート電極の上方に設けられた、二硫化スズを有する気体検出層と、
前記気体検出層と電気的に接続されたソース電極及びドレイン電極と
を備えており、
前記気体検出層は、二硫化スズの結晶格子中に硫黄原子の欠損サイトを持つことを特徴とするガスセンサ。
【請求項2】
前記気体検出層は、二硫化スズの結晶格子中における前記欠損サイトの密度が0.5%以上20%以下であることを特徴とする請求項1に記載のガスセンサ。
【請求項3】
前記気体検出層は、最表面に前記欠損サイトを持つことを特徴とする請求項1又は2に記載のガスセンサ。
【請求項4】
前記ソース電極と前記ドレイン電極との間で前記気体検出層に接する絶縁膜を備えており、
前記絶縁膜は、前記気体検出層と前記ゲート電極との間に設けられることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のガスセンサ。
【請求項5】
前記欠損サイトを介して披検対象の気体分子が前記気体検出層に吸着することによる前記ドレイン電極の電流変化が検知されることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のガスセンサ。
【請求項6】
二硫化スズを有する気体検出層を形成する工程と、
前記気体検出層の二硫化スズの結晶格子中に硫黄原子の欠損サイトを形成する工程と
前記気体検出層の上方に、前記気体検出層と電気的に接続されたソース電極及びドレイン電極を形成する工程と、
前記気体検出層の下方にゲート電極を形成する工程と、
を備えたことを特徴とするガスセンサの製造方法。
【請求項7】
前記気体検出層を、硫黄の非含有の雰囲気中で熱処理し、二硫化スズの結晶格子中に前記欠損サイトを形成することを特徴とする請求項6に記載のガスセンサの製造方法。
【請求項8】
前記熱処理を200℃以上600℃以下の範囲内の温度で行うことを特徴とする請求項7に記載のガスセンサの製造方法。
【請求項9】
前記気体検出層は、二硫化スズの結晶格子中における前記欠損サイトの密度が0.5%以上20%以下であることを特徴とする請求項6〜8のいずれか1項に記載のガスセンサの製造方法。
【請求項10】
前記気体検出層は、最表面に前記欠損サイトを持つことを特徴とする請求項6〜9のいずれか1項に記載のガスセンサの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスセンサ及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年では、2次元層状物質である層状の金属カルコゲナイドを用いたガスセンサが注目されている。金属カルコゲナイドは、大気中で安定であり、非常に高い比表面積を有することから、微量のガスに高感度に応答するガスセンサの気体検出部として利用できると期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2016−151558号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Nano Lett. 10, 1271 (2010)
【非特許文献2】ACS Nano 7, 4610, (2013)
【非特許文献3】Adv. Func. Mater. 26, 4405 (2016)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
金属カルコゲナイドを用いたガスセンサは、無機ガスに対しては高感度に反応することが知られているが、揮発性有機化合物(Volatile Organic Compounds:VOC)に対する感度は低い。VOCは、現在社会問題になっているシックハウス症候群の原因物質であり、その中でもアルデヒド類のホルムアルデヒドは住宅や生活用品から発生することが知られており、同症候群の主要因と考えられている。ホルムアルデヒドの室内環境基準は80ppbとされており、このような低濃度のホルムアルデヒドを高精度に測定することができるガスセンサが求められている。
【0006】
現在市販されているガスセンサは、使い捨てのセンサチップと特殊な試薬を必要とするため簡易性を欠く。室内環境基準の低濃度のホルムアルデヒド等のアルデヒド類を高感度で検出することができるようなガスセンサは未だ開発されていない現況にある。
【0007】
本発明は、簡素な構成でVOC、特にアルデヒド類を高感度で検出することができるガスセンサ及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
一つの態様では、ガスセンサは、ゲート電極と、前記ゲート電極の上方に設けられた、二硫化スズを有する気体検出層と、前記気体検出層と電気的に接続されたソース電極及びドレイン電極とを備えており、前記気体検出層は、二硫化スズの結晶格子中に硫黄原子の欠損サイトを持つ。
【0009】
一つの態様では、ガスセンサの製造方法は、二硫化スズを有する気体検出層を形成する工程と、前記気体検出層の二硫化スズの結晶格子中に硫黄原子の欠損サイトを形成する工程と、前記気体検出層の上方に、前記気体検出層と電気的に接続されたソース電極及びドレイン電極を形成する工程と、前記気体検出層の下方にゲート電極を形成する工程と、を備えている。
【発明の効果】
【0010】
一つの側面では、簡素な構成でVOC、特にアルデヒド類を高感度で検出することができるガスセンサが実現する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本実施形態によるガスセンサを示す概略断面図である。
図2】一般的な単層のSnS2結晶の模式図である。
図3】本実施形態によるガスセンサの製造方法を工程順に説明する概略断面図である。
図4】本実施形態によるガスセンサについて、N2雰囲気中における電流―電圧特性について調べた結果を示す特性図である。
図5】ドレイン電圧として1V、ゲート電圧として5Vを印加したときの電流値の時間変化を示す特性図である。
図6】本実施形態によるガスセンサを用いて、披検対象であるガスの選択性について調べた結果を示す特性図である。
図7】矢印で示す時点においてガスを切り替えてから1分間経過後の電流変化率をまとめた特性図である。
図8】SnS2の電子状態を示す特性図である。
図9】SnS2膜と披検対象であるホルムアルデヒド分子との関係を示す模式図である。
図10】本実施形態によるガスセンサを備えたガスセンサ装置の一例を示す模式図である。
図11】本実施形態のガスセンサによる披検対象の検知方法を説明するブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本実施形態では、VOCのうち、特にホルムアルデヒド(HCHO)やアセトアルデヒド(CH3CHO)に代表されるアルデヒド類を披検対象とするガスセンサを開示する。本実施形態では、特に披検対象としてホルムアルデヒドを例に採り説明する。図1は、本実施形態によるガスセンサを示す概略断面図である。
【0013】
このガスセンサは、いわゆるバックゲート型のトランジスタ構造とされており、基板1上に絶縁膜2を介して気体検出層3が形成され、気体検出層3上にソース電極4及びドレイン電極5が形成され、基板1の裏面にゲート電極6が形成されている。また、このガスセンサには加熱機構であるヒータ(不図示)が設けられている。
【0014】
基板1は、例えばシリコン基板である。シリコン基板の代わりに、アルミナ基板、サファイア基板、マイカ基板等を用いることができるが、特に限定されるものではない。
絶縁膜2は、例えばシリコン酸化膜であり、膜厚は1nm程度〜1000nm程度であることが望ましい。本実施形態では、基板1及び絶縁膜2は、典型的には酸化膜付きシリコン基板である。
【0015】
気体検出層3は、二硫化スズ(SnS2)を有しており、SnS2の単層又は複数層で形成されている。作製プロセスの容易性及び気体検出層3自体の抵抗(寄生抵抗)を勘案すれば、SnS2の層数を1層〜100層(厚み0.7nm〜70nm程度)とすることが望ましい。気体検出層3は、表面の少なくとも一部が外部に露出してガス検出部として機能し、またトランジスタのチャネル層としても機能する。図2は、一般的な単層のSnS2結晶の模式図であり、(a)が上面図、(b)が側面図である。SnS2の単層は、1層のスズ(Sn)原子層と2層の硫黄(S)原子層からなり、Sn原子層が上下方向から硫黄原子層に挟まれた構造とされている。
【0016】
気体検出層3は、SnS2の結晶格子中、少なくとも最表面に硫黄(S)原子の欠損サイトを持つ。具体的には、硫黄原子の欠損サイトの密度(欠損密度)は0.5%程度〜20%程度の範囲内であることが望ましい。欠損密度が0.5%を下回ると、披検対象であるガス原子の吸着が不十分となり、ガスに対する十分な感度が得られなくなる。欠損密度が20%を上回ると、気体検出層3のSnS2膜自体の電気特性が劣化し、ガスに対する十分な感度が得られなくなる。欠損密度を0.5%程度〜20%程度とすることにより、気体検出層3の高い電気特性を維持しつつ、披検対象であるガス分子の十分な吸着機能が発揮される。
【0017】
ソース電極4及びドレイン電極5は、気体検出層3上に形成されて気体検出層3と電気的に接続されており、例えばTi(下層)/Au(上層)の積層構造とされている。ソース電極4が第1電極の一例であり、ドレイン電極5が第2電極の一例である。
ゲート電極6は、第3電極の一例であり、気体検出層3との間で絶縁膜2を挟持するように基板1の裏面に形成されており、例えばTi(下層)/Au(上層)の積層構造とされている。
【0018】
ヒータは、例えば気体検出層3の上方に配置されており、披検対象であるガスを検出した後に十分なリカバリーを得るために気体検出層3を加熱するものである。気体検出層3の表面からガス分子(又は酸素原子)を確実に脱離させて除去するべく、加熱温度を50℃程度〜200℃程度とすることが望ましい。
【0019】
なお、本実施形態では、ガスセンサとしてバックゲート型のトランジスタ構造を例示したが、気体検出層の下方にゲート電極が設けられるボトムゲート型のトランジスタ構造としても良い。
【0020】
以下、本実施形態によるガスセンサの製造方法について説明する。図3は、本実施形態によるガスセンサの製造方法を工程順に説明する概略断面図である。
先ず、図3(a)に示すように、表面上に絶縁膜2としてシリコン酸化膜が形成されたシリコン基板1(酸化膜付きシリコン基板)を用意する。
【0021】
続いて、図3(b)に示すように、絶縁膜2上にSnS2膜を成膜し、気体検出層3を形成する。
SnS2膜を形成するには、いくつかの手法がある。本実施形態では、(1)〜(3)の3種類の形成方法を例示する。ここでは、SnS2膜を絶縁膜2上に直接的に形成する場合を例示するが、他の基板上にSnS2膜を形成した後に、絶縁膜2上に転写するようにしても良い。
【0022】
(1)CVD法による合成
原料となる前駆体(ここではSnS2の構成元素を含む化合物、又はその単体)を真空中、不活性ガス雰囲気、又は水素を含む不活性ガス雰囲気中において加熱環境下で反応させ、絶縁膜2上に堆積させる。これにより、SnS2膜が得られる。前駆体の種類としては、例えば、構成元素単体であるスズ(Sn)と硫黄(S)、又は構成元素を含む化合物(酸化物、塩化物、フッ化物、水素化物、有機化合物等)が挙げられる。SnS2は、それを構成する元素を全て含む1種類の前駆体から作製しても良く、複数の種類の前駆体から作製しても良い。前駆体には、固体(結晶、アモルファス)、液体、気体の何れを用いても良い。固体や液体を用いる場合には、加熱等により気化させて用いることが望ましい。このときの前駆体の蒸発量は、温度や圧力、前駆体の量(重量、体積)や前駆体固有の蒸気圧に依存するため、所望とする層状カルコゲナイドのSnS2膜の層数や面積に応じて夫々を適宜調整して作製することが望ましい。また、SnS2膜を作製する基板1の加熱温度も、所望とする層数、面積、質に応じて調整することが望ましい。合成装置内における基板1及び前駆体の配置は、装置の構成や形状、合成条件に応じて適宜調整することが望ましい。合成時の圧力は大気圧、又は減圧、加圧の何れかで良い。
【0023】
一例として、合成装置として管状炉を用いた大気圧CVD法により、前駆体としてSnO2及び硫黄を用いてSnS2を合成する場合の合成条件は以下のようなものである。
Ar雰囲気に満たした状態の管状炉内に、キャリアガスとしてArガスを10sccm程度〜1000sccm程度導入し続ける。この状態で、基板温度を300℃程度〜800℃程度、基板1の上流に配置したSnO2(1mg程度〜100g程度)の温度を800℃程度〜900℃程度、更に上流に配置した硫黄(1mg程度〜100g程度)の温度を100℃程度〜300℃程度に保持する。
【0024】
この場合、2種類の異なる前駆体を用いているため、夫々の蒸気圧を考慮した最適な加熱温度を設定することで各前駆体の蒸発量を独立に制御することが望ましい。これにより、作製するSnS2膜中にS欠陥、又はSn欠陥を意図的に導入し、キャリア濃度を制御することが可能である。また、気相中で各前駆体同士が反応及び析出することを考慮し、基板1と各前駆体との距離や配置を適宜設定することが望ましい。合成時間は1秒間程度〜10時間程度であるが、目的とするSnS2膜の厚みに応じて適宜調整することが望ましい。
【0025】
(2)Sn原料膜の硫化による合成
基板1に、予め堆積させたSn原料膜を硫黄と反応させて合成する手法を説明する。Sn原料膜を真空中、不活性ガス雰囲気、又は水素を含有する不活性ガス雰囲気中において、加熱環境下で硫黄と反応させる。これにより、SnS2膜が得られる。原料となる膜は、Snを含む化合物(酸化物、塩化物、フッ化物、水素化物、有機化合物等)、又はその単体である。Sn原料膜の作製方法は特に限定されないが、例えば、スパッタ堆積法、蒸着法、湿式塗布法等が挙げられる。SnS2膜は、それを構成する元素を全て含む1種類の原料から作製して良く、複数の種類の原料から作製しても良い。硫黄の原料は、固体(結晶、アモルファス)、液体、気体の何れを用いてもよい。固体や液体を用いる場合には、加熱等により気化させて用いても良い。このとき、硫黄の蒸発量は、温度や圧力、量(重量、体積)や原料固有の蒸気圧に依存するため、必要とするSnS2膜の層数や面積に応じて夫々を適宜調整して作製することが望ましい。また、SnS2膜を作製する基板の加熱温度も、目的とするSnS2膜の層数、面積、質に応じて調整することが望ましい。合成装置内におけるSn原料、硫黄原料の配置は装置の構成や形状、合成条件に応じて適宜調整することが望ましい。合成時の圧力は大気圧、又は減圧、加圧の何れかで良い。
【0026】
一例として、合成装置として管状炉を用いた大気圧下の環境において、原料としてSnO2膜と硫黄を用いてSnS2を合成する場合の合成条件は次のようなものである。
Ar雰囲気に満たした状態の管状炉内に、キャリアガスとしてArガスを10sccm程度〜1000sccm程度導入し続ける。この状態で、予めSnO2膜が堆積した基板1を300℃程度〜700℃程度、更に上流に配置した硫黄(1mg程度〜100g程度)の温度を100℃程度〜300℃程度に保持する。このとき、SnO2と硫黄の蒸気圧を考慮した最適な加熱温度を設定することが望ましい。合成時間は1秒間程度〜10時間程度であるが、目的とするSnS2膜の厚みに応じて適宜調整することが望ましい。
【0027】
(3)スパッタリングによる製膜
SnS2のターゲットをスパッタリングすることにより、ターゲットと対向配置された基板1にSnS2を堆積させる手法を説明する。通常、スパッタリングはArや窒素等の不活性ガス雰囲気で行う。製膜時の硫黄原子の脱離を防ぐために、硫化水素(H2S)を導入しても良い。製膜時の圧力は0.1Pa程度〜10Pa程度であり、基板温度は室温〜600℃程度が望ましい。投入電力は10W程度〜200W程度である。堆積するSnS2膜の厚みは、1層(厚み0.7nm程度)〜100層程度(厚み70nm程度)が望ましい。
【0028】
次に、上記の手法により成膜されたSnS2膜の結晶格子中に硫黄原子の欠損を形成する。
SnS2膜の結晶格子中に硫黄原子の欠損を形成する手法として、例えばポストプロセスにより欠損を導入する。硫黄原子の欠損密度は、0.5%程度〜20%程度とする。SnS2膜を直接的に大気に暴露させて、硫黄原子の欠損を結晶最表面に導入することが望ましい。
【0029】
詳細には、硫黄を非含有の雰囲気、例えば真空、不活性ガス、水素、又はこれらの混合ガス雰囲気中において、SnS2膜を200℃程度〜600℃程度で熱処理する。加熱時間は、1分間程度〜10時間程度である。水素雰囲気中で熱処理を行う水素アニール法では、水素ガス濃度を3%程度〜100%程度とし、水素を希釈する場合に導入する不活性ガスとしては、Ar又はN2が望ましい。
【0030】
上記の熱処理により、SnS2膜中に硫黄原子の欠損が導入される。導入される欠損密度は、加熱温度や真空度、水素分圧等に依存する。そのため、加熱温度、加熱時間、真空度、水素分圧等を適宜調整して、硫黄原子の欠損密度を所期値に設定する。逆に、硫黄を含有する気体雰囲気(例えば、硫化水素や硫黄蒸気)中において、SnS2膜を200℃程度〜600℃程度で熱処理することにより、硫黄欠損を修復することが可能である。このとき、加熱温度や加熱時間、硫黄分圧等を適宜調整して、硫黄原子の欠損密度を所期値に設定する。
以上により、絶縁膜2上にSnS2膜からなる気体検出層3が形成される。
【0031】
続いて、図3(c)に示すように、ゲート電極6を形成する。
詳細には、基板1の裏面上に、例えば真空蒸着法により、例えば厚みが5nm程度のTi膜及びその上に厚みが300nm程度のAu膜を順次形成する。これにより、ゲート電極6が形成される。
【0032】
続いて、図3(d)に示すように、ソース電極4及びドレイン電極5を形成する。
詳細には、ソース電極及びドレイン電極を形成するためのレジストマスクを形成する。レジストを気体検出層3上に塗布し、電極形成部位を露出させる開口を形成する。以上により、当該開口を有するレジストマスクが形成される。
【0033】
このレジストマスクを用いて、電極材料として、例えば厚みが5nm程度のTi膜及びその上に厚みが100nm程度のAu膜を、例えば真空蒸着法により、電極形成部位を露出させる開口内を含むレジストマスク上に順次堆積する。以上により、気体検出層3上にソース電極4及びドレイン電極5が形成される。
以上のようにして、本実施形態によるガスセンサが形成される。
【0034】
本実施形態によるガスセンサについて、N2雰囲気中における電流―電圧特性について調べた。その結果を図4に示す。ドレイン電圧が1Vのときのゲート電圧依存性から、本実施形態によるガスセンサがn型トランジスタであることが判った。
【0035】
本実施形態によるガスセンサを用いて、ホルムアルデヒドガスの暴露に対する応答について調べた。その結果を図5に示す。図5は、ドレイン電圧として1V、ゲート電圧として5Vを印加したときの電流値の時間変化を示す特性図である。
【0036】
予めN2で満たした容器内において、毎分10LのN2を導入させながら測定を開始し、最初の矢印で示す時点において導入ガスを1ppbのホルムアルデヒドを含有するN2ガスに切り替えた。その直後、大幅な電流値の減少が確認された。これは、SnS2膜の表面に吸着したホルムアルデヒド分子、又は吸着したホルムアルデヒドから単離された酸素原子により多数キャリアである電子が引き抜かれた(ホールドープされた)ことによる結果であると解釈することができる。その後、導入ガスをN2ガスに切り替えると、電流値が僅かに増加し、導入ガスを再び1ppbのホルムアルデヒドを含有するN2ガスに切り替えると電流値が減少した。
【0037】
導入ガスをN2ガスに切り替えたときの電流値の増加は、SnS2膜の表面からのホルムアルデヒド分子の脱離に起因するが、電流値のリカバリーは不十分であった。これは、ホルムアルデヒド分子、又はホルムアルデヒドから単離された酸素原子がSnS2の表面に強く吸着していることを示唆している。本実施形態では、ヒータで気体検出層3を加熱することにより、SnS2膜の表面からホルムアルデヒド分子又は酸素原子が脱離して除去され、又は、新たな硫黄原子の欠損が生成されることにより、ガスセンサとしての十分なリカバリーが得られる。
【0038】
本実施形態によるガスセンサを用いて、披検対象であるガスの選択性について調べた。その結果を図6に示す。ガスの測定方法については図5の場合と同様であり、テストガスとして、NO2、H2S、アセトアルデヒド、ホルムアルデヒド(20ppb)、アセトン、エタノール、トリメチルアミンを用いた。ホルムアルデヒド以外のガス濃度は全て200ppbである。電流値はN2ガスの雰囲気における測定値で規格化しており、矢印で示す時点においてN2ガスから各テストガスに切り替えている。
【0039】
図7は、図6の矢印で示す時点においてガスを切り替えてから1分間経過後の電流変化率をまとめた特性図である。図7では、ホルムアルデヒド以外のガス濃度は全て200ppbである。
図示のように、本実施形態によるガスセンサでは、ホルムアルデヒドに対して顕著に反応していることが判る。アセトアルデヒドに対しても高い反応性を示している。また、無機ガスではNO2に対して反応性が高いことが明らかになった。以上の結果より、本実施形態によるガスセンサがホルムアルデヒドやアセトアルデヒド(アルデヒド類)に対して高い選択性及び感度を有していることが確認された。
【0040】
SnS2膜とホルムアルデヒド分子との相互作用について、理論計算により検証した。原子欠陥のない理想的なSnS2膜とその表面に吸着したホルムアルデヒド分子のモデルを計算した結果、ホルムアルデヒド分子とSnS2との相互作用は弱く、ホルムアルデヒド分子がSnS2に対して物理的に吸着することが示唆された。一方、本実施形態のように硫黄原子の欠損を導入したSnS2膜の表面においては、ホルムアルデヒドが欠損サイトにおいてSnS2の結晶格子中のSn原子と強い相互作用を持ち、化学的に結合することが示唆された。これに伴い、硫黄原子の欠損を含むSnS2の電子状態も大きく変調されることが判った。
【0041】
図8は、SnS2の電子状態を示す特性図である。(a)が理想的なSnS2、(b)がホルムアルデヒドの吸着した理想的なSnS2、(c)が最表面(上側にある硫黄原子)に約3%の密度で硫黄原子の欠損を導入したSnS2、(d)が最表面の硫黄原子の欠損にホルムアルデヒドが吸着したSnS2、(e)がホルムアルデヒドから単離された酸素原子が硫黄欠陥に吸着したSnS2の各電子状態をそれぞれ表している。
【0042】
先ず、理想的なSnS2においては、図8(a),(b)のように、ホルムアルデヒド分子の電子準位の出現により、僅かにフェルミ準位(破線で示す)が伝導帯の最底部に近づく(電子ドープされる)ことが示された。しかしながら、SnS2に対するホルムアルデヒド分子の吸着エネルギーは非常に小さく(0.086eV)、殆ど吸着しないことが示唆された。
【0043】
次に、SnS2膜に硫黄原子の欠損を導入すると、図8(c)のように、欠陥準位の出現により、フェルミ準位が上方にシフトした。これは、硫黄原子の欠損を導入することにより、SnS2に強く電子ドーピングされることを示している。この表面の硫黄原子の欠損サイトにホルムアルデヒド分子が吸着すると、図8(d)のように、フェルミ準位が更に上方にシフトした。これは、ホルムアルデヒドからSnS2にn型ドーピングが惹起されて(ホルムアルデヒドからSnS2へ電子が移動して)いることを示している。しかしながらこの状態は、エネルギー的に安定とは言えない。
【0044】
図9は、SnS2膜と披検対象であるホルムアルデヒド分子との関係を示す模式図である。図9(a)のように、ホルムアルデヒド分子が硫黄原子の欠損サイトに近づいて吸着する。そうすると、図9(b)のように、ホルムアルデヒド分子は酸素原子を残して表面から脱離する(CH2に分離する。)。図9(c)のように、分離したCH2は、同様にして生成された近傍のCH2と結合してC24(エチレン分子)になる。これにより、酸素原子が硫黄原子の欠損サイトに吸着したSnS2膜が生成される。
【0045】
図8(e)のように、上記のモデルにおける電子状態は、図8(c)の場合に比べてフェルミ準位が大幅に下方にシフトしていることが判る。これは、硫黄原子の欠損サイトが酸素原子に占有されることにより、SnS2が強くホールドープされることを示唆している。この結果は、SnS2膜を披検対象であるホルムアルデヒドに暴露した際における電流値の減少を説明している。
【0046】
次に、本実施形態によるガスセンサの使用方法について説明する。図10は、本実施形態によるガスセンサを備えたガスセンサ装置の一例を示す模式図である。図11は、本実施形態のガスセンサによる披検対象の検知方法を説明するブロック図である。
【0047】
本実施形態によるガスセンサ10は、例えばソース電極4とドレイン電極5との間にこれらの間を流れる電流を検知する電流モニタリング装置11を接続して用いられる。ソース電極4は接地され、ゲート電極6にバイアス電源12によりバイアス電圧を印加し、ドレイン電極5にバイアス電源13によりバイアス電圧を印加する。電流モニタリング装置11に、例えば、各種の電源、増幅回路、サンプリング回路、アナログ−デジタル(AD)変換器、データ処理用コンピュータ等が含まれても良い。
【0048】
ガスセンサ10を所定の場所に配置する(ステップS1)。気体検出層3に被検対象であるVOCの分子(例えばホルムアルデヒド分子14)が吸着する(ステップS2)。そうすると、ホルムアルデヒド分子14は酸素原子を残して表面から脱離し、酸素原子が硫黄原子の欠損サイトに吸着する(ステップS3)。そうすると、気体検出層3のSnS2の電子状態が変調されて気体検出層3の電気伝導度が変化し、その結果としてドレイン電流が変化する(ステップS4)。このドレイン電流の変化が電流モニタリング装置11で検知され、ホルムアルデヒドが高感度で検出される(ステップS5)。
【0049】
以上説明したように、本実施形態によれば、簡素な構成でVOC、特にホルムアルデヒドに代表されるアルデヒド類を高感度で検出することができるガスセンサが実現する。
【0050】
以下、ガスセンサ及びその製造方法の諸態様について、付記としてまとめて記載する。
【0051】
(付記1)二硫化スズを有する気体検出層と、
前記気体検出層と電気的に接続された第1電極及び第2電極と
を備えており、
前記気体検出層は、二硫化スズの結晶格子中に硫黄原子の欠損サイトを持つことを特徴とするガスセンサ。
【0052】
(付記2)前記気体検出層は、二硫化スズの結晶格子中における前記欠損サイトの密度が0.5%以上20%以下であることを特徴とする付記1に記載のガスセンサ。
【0053】
(付記3)前記気体検出層は、最表面に前記欠損サイトを持つことを特徴とする付記1又は2に記載のガスセンサ。
【0054】
(付記4)前記第1の電極と前記第2の電極との間で前記気体検出層に接する絶縁膜と、
前記気体検出層との間で前記絶縁膜を挟持する第3の電極と
を備えたことを特徴とする付記1〜3のいずれか1項に記載のガスセンサ。
【0055】
(付記5)前記欠損サイトを介して披検対象の気体分子が前記気体検出層に吸着することによる前記第2電極の電流変化が検知されることを特徴とする付記1〜4のいずれか1項に記載のガスセンサ。
【0056】
(付記6)二硫化スズを有する気体検出層を形成する工程と、
前記気体検出層の二硫化スズの結晶格子中に硫黄原子の欠損サイトを形成する工程と
を備えたことを特徴とするガスセンサの製造方法。
【0057】
(付記7)前記気体検出層を、硫黄の非含有の雰囲気中で熱処理し、二硫化スズの結晶格子中に前記欠損サイトを形成することを特徴とする付記6に記載のガスセンサの製造方法。
【0058】
(付記8)前記熱処理を200℃以上600℃以下の範囲内の温度で行うことを特徴とする付記7に記載のガスセンサの製造方法。
【0059】
(付記9)前記気体検出層は、二硫化スズの結晶格子中における前記欠損サイトの密度が0.5%以上20%以下であることを特徴とする付記6〜8のいずれか1項に記載のガスセンサの製造方法。
【0060】
(付記10)前記気体検出層は、最表面に前記欠損サイトを持つことを特徴とする付記6〜9のいずれか1項に記載のガスセンサの製造方法。
【0061】
(付記11)前記気体検出層を、二硫化スズの前駆体を熱処理して反応させ、前記基板の上方に二硫化スズを堆積させて形成することを特徴とする付記6〜10のいずれか1項に記載のガスセンサの製造方法。
【0062】
(付記12)前記気体検出層を、前記基板の上方に堆積させたスズの原料膜を硫黄と共に熱処理して反応させて硫化し、前記基板の上方に二硫化スズを形成することを特徴とする付記6〜10のいずれか1項に記載のガスセンサの製造方法。
【0063】
(付記13)前記気体検出層を、二硫化スズのターゲットを用いたスパッタリング法により、前記基板の上方に二硫化スズを堆積させて形成することを特徴とする付記6〜10のいずれか1項に記載のガスセンサの製造方法。
【符号の説明】
【0064】
1 基板
2 絶縁膜
3 気体検出層
4 ソース電極
5 ドレイン電極
6 ゲート電極
10 ガスセンサ
11 電流モニタリング装置
12,13 バイアス電源
14 ホルムアルデヒド分子
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11